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2012年4月18日 (水)

富良野のロケット その2 「わっ、ロケットエンジンって作れるんだ!」と社員は言った

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「富良野のロケット」第2回です。次回完結です。

ひさしぶりに「夢を持つ」ということを考えさせられました。60過ぎて、人生やるべきことはやったなんて思っていた私にとって快い一撃を頂戴しました。

放射能も再稼働もTPPもデフレも、みんな忘れてお読みください。
ああ、忘れたいことがなんて多いこと(笑)。

          ○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

■5.「ライト兄弟は東大に行ってない」

植松さんは、飛行機やロケットの仕事をするためには、本当に東大へい
かなきゃ駄目なのかな、と考えた。しかし、考えてみたら、飛行機を発
明したライト兄弟は東大に行ってない。だから、関係ないやと思って、
自分で飛行機の勉強をしようと思った。

飛行機に関する外国の文献を辞書を引き引き読んだ。航空用語はたくさ
ん覚えたが、そういう単語は中学や高校の試験には全然出てこない。航
空工学で使われる数学も自分なりに勉強したが、それも試験には出てこ
ない。だから、試験では赤点ばかりだった。

大学受験をしようと思ったら、高校の進路指導の先生は、おまえには絶
対無理だと言われた。しかし、奇跡的に北見工業大学に受かった。そう
したら、そこで学ぶ航空力学や流体力学は、自分なりに勉強したこと、
そのものだった。中学高校では赤点王だったのに、大学に行ったら勉強
しなくともほとんど100点がとれるようになっていた。

それでも先生方は「おまえはこの大学に来た段階で、残念だけど飛行機
の仕事は無理だ」と言う。「えっ、うそ!」と思った。先生方は、ここ
は国立の工業系大学で偏差値が一番低いから、無理だという。

同級生たちは、もっといい工業大学を受けたのに落ちたので、やむなく
この大学に来た人が大半で、「俺の人生はもう終わった」などとみんな
言っている。

それでも植松さんは飛行機の勉強を続けた。周りがもうダメだと言った
からといって、自分もダメだとは限らない、と思って。

■6.飛行機の設計をしながら飛行機が好きではない人たち

「どうせ無理」と言われながらも、あきらめずにやってきた植松さんは、
ついに名古屋で飛行機をつくる会社に就職した。かつて世界一のゼロ戦
を開発したた会社である。[a]

植松さんはそこで様々な航空機の開発に関わることができた。しかし、
子どもの頃からの夢をせっかく実現できたのに、わずか5年半で辞めて
しまう。

「なぜなら、その職場に飛行機が好きではない人たちが急増してきたか
らです。

飛行機の設計の仕事をしているにもかかわらず、彼らは飛行機の雑誌を
読もうともしませんでした。彼らは飛行場に行ってもわくわくしないん
です。そして、ただ言われたことを言われた通りにやるだけでした。・
・・
好きという心がなければ、よりよくすることはできません。だから、指
示をされないと何もできなくなるんです。・・・

彼らが悪いのではなくて、彼らから好きという心を奪ってしまった仕組
みに問題があります」。

彼らも植松さんのように、子どもの頃には「自分のつくった潜水艦で世
界の海を旅したい」というような夢を持っていたはずだ。しかし、「こ
んな、できもしない、かなわない夢を書いていていいのか?」と言う声
に従って、一流校をめざして、勉強に励んできたのだろう。

その結果、一流企業に勤めることができたが、その時には、すでに幼い
頃の夢は枯れてしまっている。自分自身の夢を持たない人たちは、指示
待ち族にならざるを得ない。

■7.「えーっ、宇宙開発なんか、やったことないからできません」

「今度、ロケット作ることにした」と植松さんは、従業員たちに言った。
故郷で父親がやっていた植松電機に入り、パワーショベルにつけるマグ
ネットを開発して、売上を伸ばした後である。

皆は「えーっ、宇宙開発なんか、やったことないからできません」とい
う反応だった。これも「どうせ無理」という声である。

そこで植松さんは一人でロケットエンジンを作り始めた。それがやっと
動いて、美しい炎と轟音を発した時、彼らは「わっ、ロケットエンジン
ってつくれるんだ」と知った。自分たちにもできるかもしれない、と取
り組み始めたら、たった半年でロケットを作れるようになった。

現在、20人ほどいる従業員のほとんどは大学を出ていない。もとはアメ
屋や焼き肉屋でバイトをしていた若者たちだ。そういう人たちが本業の
傍らで、今や一生懸命に宇宙開発をしている。最近は国の研究機関の人
たちも大勢訪ねてくるが、そういう超エリートたちとも、平然と会議を
している。

また社員たちは分からないことにも挑戦する姿勢を身につけたので、近
所の農家の人と一緒に、農業の機械の開発を勝手に始めたりしている。

人間、夢を持てば、それに向かって自然に努力をしてしまう。そして、
自分の持つ可能性を押し広げていく。学歴がないから、頭が悪いから、
中小企業だから「どうせ無理」という言葉が、その可能性を殺してしま
っていたのである。

逆に、成績を良くして一流企業さえに入れば、という形で、子どもの頃
の夢や憧れをつぶしてしまう事が、飛行機の設計をしながら、飛行場に
行ってもわくわくしない指示待ち族を作り出す。

(続く)

■伊勢 雅臣 「小企業が自前で挑む宇宙開発」より転載させていただきました。ありがとうございます。

■植松努『NASAより宇宙に近い町工場』★★★、ディスカヴァー・トゥ
エンティワン、H21

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コメント

ネットで「夢のある者」でクリックしたら、松岡儀典さんの言葉が出てきました。

以下引用です・・・

夢がある者は希望がある
希望がある者は目標がある
目標があるものは計画がある
計画のある者は実行がある
実行がある者は実績がある

やる気のある者は元気が出る
元気のある者は笑いがある
笑いがある者は明るい心
明るい思いは謙虚な心
謙虚なる者は心を見る
心を見る者には反省がある
反省のある者は感謝がある
感謝がある者は喜びがある
喜びがある者は優しさがある

優しい心は素直な心
素直な心は受け入れる心
受け入れる者は真実を心で知る
真実を知る者は人生の目的を知る
人生の目的を知る者から本当の夢が生まれる

引用終了(ありがとうございました)

昨日と本日の記事を読んで、この言葉が心に響きました。
(著者の「松岡」氏と私は何の関係もありませんので、誤解無きようお願いします)

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