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2012年6月18日 (月)

沖縄基地問題という迷路 

Img_0017

かなり前のことでしたが、りぼんさんから「沖縄県民のうちで基地に賛成と反対はどんな割合ですか」、というようなことを尋ねられた記憶があります。

大変に答えにくい質問ですので、そのときは答えないままになってしまいました。世論調査的に言えば、半々でしょう。

しかし、そのような答えはほとんど意味をなしません。なぜなら、誤解を恐れずに言えば「基地は沖縄の資産」の部分があるからです。

こう書いただけで、反安保を掲げるかたには批判を受けるでしょう。「とんでもない、基地のない沖縄は県民の総意だ」と言われるに違いありません。

「基地のない沖縄は県民の総意」・・・、それもまた真実です。ただし一面の真理にすぎません。

では、「基地がなくなった沖縄を望むのか」と聞き方を変えれば、県民のかなりの人は「さてねぇ」と言うかもしれません。

ところがこれにも地域差があります。なにか米軍基地がらみの事件がある度に本土のテレビは、那覇市のメーンストリートで市民の感想を聞いています。おおかたの人は、「早く米軍は出て行ってほしい」と答えます。

あれをみるたびに、私は無駄なことを聞くもんだ、と思って眺めています。基地がない那覇で聞いてどうするんですか。聞くなら、中部か北部で聞きなさい。そこに米軍基地は集中しているのですから。

たまに頭上高く米軍機が飛ぶのを見る地域で基地問題は必ずしも切実ではなく、同じ県民でも建て前的回答にならざるを得ないいことを、本土の人間は肌で理解しようとしません。

さて、この那覇から国道58号、復帰前は軍用1号線と呼ばれた幹線を下っていきましょう。

道路の左右には基地群が展開して、その間を走ることになります。まるで基地の中の道路のようです。ここが航空基地が集中する中部です。

問題の普天間基地もこの中部に属しますが、今やかつての基地の街ではなく、膨張する那覇市の外縁部にあたる交通便利な新興住宅地となって発展しています。

よく映像で、普天間基地のフェンスひとつ隔てて民家が密集しているのをご覧になるでしょうが、「世界で一番危険な基地」もなにも、あれはそもそも航空法違反です。法的に言えば、着陸進入路下の民家はすべて違法建築であり、撤去対象です。

撤去できないのは、復帰前の国内航空法が適用除外だった時期に既に建てられていて、今さら撤去できない慣習的既得権となってしまったからです。

また、普天間基地が返還されれば、こににショッピングモールやマンションが林立するニュータウンが建設されるかもしれません。

宜野湾市の跡地計画も言うように、返還された場合にその利用価値は大変に大きいのですが、このような普天間基地のような基地は、全体からみれば例外的存在なのです。

では、この普天間基地が移設先とされた辺野古はどうか見てみましょう。辺野古選出の名護市議会議員はこう言います。

「この辺野古では7~8割が容認だ。向こうとはそうとうに温度差がある。辺野古移設による北部新興策や基地交付金だって8割は向こうが使っている。でも基地の騒音も危険も被害を受けるのはこっちだ。騒音も危険もない所が反対するのはおかしいんじゃないか。だったら向こうに持っていけということだよ」。

この「向こう」とは、米国でも那覇でもありません。同じ名護市の西海岸地域です。ここに名護市の市役所も市街地もあり、この辺野古とは山を隔てて10㎞以上離れています。

この市議が何に怒っているのかといえば、移設が実現してもなんの影響もない地域の人たちが、当事者づらをして反対していることが不快だからです。

それに加えて、今まで辺野古移設を条件にして交付されてきた多額の北部地域振興予算が、当該予定地のある東海岸ではなく、西海岸で大部分使われてしまったことに対することも含まれています。

昨日書いた、キャンプ・ハンセン162ヘクタールの返還を名護市が拒む理由は、ここから入る借地料が地元の地域に入ることまでを取り上げることができないというのが理由です。

言い方は悪いですが、名護市中心部は、辺野古などの旧久志村地域の犠牲の上に立って北部振興予算をもらってきたという「弱み」があり、それへの配慮なくしては市政が成り立たないのです。

ではだからといって、貧しい東海岸だけが「犠牲」を払ってきたのかといえば、必ずしもそうではないから複雑です。これらの地域は、基地からの900億円(全島)もの毎年確実に入る地代の恩恵に浴してきました。

基地のない住民にとっては、彼らはいままでさんざん甘い汁を吸ってきたのだから、という気持ちもあるかもしれません。

どちらの思いが正しいと考える前に、この北部の地域を空からグーグルでご覧ください。山また山です。辺野古などは、集落は険しい山と海岸に挟まれて陸にしがみつくようにしてポツンとあるにすぎません。

私はそのような山中で農業をしていました。だからリアルに分かります。この土地に生きる以上、基地もまた好むと好まざるとに関わらず、大事な「地域資源」なのです

北部においては、キャンプ・シュアブ、キャンプ・ハンセン、そして北部訓練場の三基地で、県内基地の三分の二を占めています。航空基地は中部にあり、海兵隊の陸上基地は北部にあるというわけです。

北部こそ忘れられたもうひとつの基地密集地帯なのです。そのことを多くの本土の人間、いや沖縄県民ですら忘れています

基地公害のない県中心地の南部、航空基地が集中しながらも大都市近郊では開発が進む中部、そして鬱蒼たるジャングルに覆われて発展が進まない北部、それぞれに基地に対する思いが違って当然です

この基地依存体質の構図は、同じ国策に基づいて行われた原発立地自治体と同じです。これを原発反対、基地反対という刃で切り捨てても、なにもわかったことにはならないのではないでしょうか。

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■写真 もう初夏の陽気です。桑の実の季節ですね。

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コメント

現地を生で知る濱田さんの言葉には重みがあります。

そう。ただ「反対!ヤメロ!」とばかり叫んで、時に過激な行動に及ぶ方々は、それこそ只の狂信的宗教団体と同じようにしか映りません。
原発問題も同様ですね。わざわざ廃止への道程を遠くしているだけです。
きっちり論理立ててロードマップ作らないと。

基地返還に関しては、辺野古移設とセットで少しずつ進んでいたのですが、政権交代で10年以上は遅れましたね。
本島北部のジャングルの訓練場に関しては、あくまで私の一面的私感と断っておきますが、貴重な自然を保護するには現状が一番です。

昨日の記事を拝見して「原発立地自治体」と似たような想いかな?と想像していました。
基地を抱える自治体と、その周辺や若干距離がある自治体及び住民では、それぞれに違った本音があるのでしょう。

原発も設置してから40年、基地も終戦から数えて70年弱、それぞれ気の遠くなる期間(時間)共存せざるを得なかったのですから、世代も変わり色々な想いが複雑に交差しているものと想像します。

原発と基地で、いざ事故が発生した場合の影響を、同列で比較できませんが、お金が絡むと余計に複雑さが増すのではないでしょうか?

連投ご容赦・・・

本日の写真「桑の実」を見て、小さい頃桑の木に登り、手や指、口の周りを紫色に染めて食べたのを思い出しました。

甘いおやつが無かった頃、桑の実の甘さが嬉しかったのを覚えています。

北海道さん。
いわゆる「ドドメ色」ってやつですね(笑)。
70年代までは近所にも桑畑がありましたが、全く見なくなってしまいました。
現在、県内の養蚕農家は酒田市の1軒だけです。
それでも県蚕糸協会なんてものが存在する不思議。
他県と合同すればいいのに。

そのような答えはほとんど意味をなしません。なぜなら、誤解を恐れずに言えば「基地は沖縄の資産」の部分があるからです。

>>>>>単純に、基地の地主は、地代収入があり、また、地主さんは、沖縄に住んでいるとも限らないので、本土人には、わからない利権構造は、やっぱり現地の人に、尋ねるしかありませんよね。

少なくとも、沖縄で読む新聞と本土で読む新聞は、同じ事象や世論を記事にしたものであっても、あまりにも、論調に差を感じます。
それは、琉球の過去からの風習、風俗の違いだけでなく、基地による経済の成り立ちの考え方が、全く違うように、新聞で比較する限り、思えるのです。

当然、基地があるから、自治体の国庫交付金がついてくる訳で、原発立地自治体と同じような経済構造ですよね。

私の住む、名古屋北部も、今は、大阪航空局の管内ですが、防音2重窓やエアコンの設置などは、防衛省予算で、実施されます。

もちろん、F2やF15がスクランブルで、緊急発進することもありますし、自衛隊名古屋小牧空港は、三菱航空機製作所と同居してますので、F15などの、メンテナンス、試験飛行、修理などの拠点でもありますし。。

つまり、飛行場の土地の一部は、地元地主さんに、地代が払われているのが、現状です。

愛知は、種子島のロケット本体やボーイング社の旅客機の胴体や翼もボーイング社のサプライヤーとして、部品供給してますし、今は、三菱もホンダも、小型実用旅客機を、受注してますし。。

ある意味、小牧空港の自衛隊は、無くなることはないでしょうね。各務ヶ原、小松、小牧と、三重のヘリコプター演習場は、一体で、動いています。

もう溶け込んだ産業ですので、無くならないと思います。

小牧市も豊山町も、航空機関連法人税が、入らなければ、自治体の一般会計は、組めないのだと思いますよ。

こういうことの、仕事の受注と地元経済の構造は、当事者でしか、ほとんど解りません。
ましてや、沖縄の内情は、ほとんど、本土には、伝わっていないと思います。で、沖縄の住民の本心がわからないのに、本土の住民が、あれこれ言うのも、なんだかなあ?との思いはあります。昔は、東北や北海道は、ちょっと違う文化だなあと思ってましたが、今は、それほど、極端な意識の差を感じなくなりましたけど、沖縄だけは、まだまだ、感覚が、本土とは、温度差を感じるのは、私だけなんでしょうか?

沖縄の米軍基地と言っても、OO基地という風に、個別に取り上げると、本土では、名前さえ、知らない米軍基地や管理地域がありますから、知識不足で、何を、どうコメントすれば、沖縄にプラスになるか?は、非常に難しいと感じながら、60年以上、時間が過ぎていったと言う事ですよね。
沖縄は、思ったより出生率があるので、良い職場があれば、何とか、経済的に、今より、楽になる未来が、描き安いとも、思えますが。。

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