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2012年7月

米国農業は輸出補助金なくしては延命できない体質だ

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米国農業は一風変わったスタイルをしています。それはハナから輸出シフトだからです。

もちろん、伝統的な家族農業を基礎とするこまやかな野菜作りは弱体化しながらも残っていますが、主流はなんといっても自由貿易を前提とする飼料作物の大規模生産です。

米国農業の目玉商品は、願いましては、トウモロコシ、大豆、小麦、米、綿花、ピーナッツ、ソルダム、乳製品、キャノーラ(菜種)などです。

どれもこれもわが国になじみ深いもので、トウモロコシ、小麦は日本畜産の要であり、米国産大豆がなけりゃ国民食たる醤油、味噌、豆腐、納豆などことごとくアウトです。キッコーマンなんぞ、かなり前に産地に近いところに工場を移転してしまったほどです。

なんでこんなに米国農産物に依存するんでしょう。ひとつは安いからです。もうひとつは近いからです。

「近い」ほうから説明しましょうか。米国が熱波で打撃を受けると、各商社は分散調達を開始します。

三菱商事は大豆をブラジルから輸入するためにかの地の大手穀物集荷会社に出資しました。双日はアルゼンチンでの開発輸入を始めています。

豊田通商は今春に、豪州の穀物集荷会社と合弁し、小麦の調達に乗り出しました。三井商事はロシアの穀物会社と提携しています。全農はアルゼンチンからの輸入を開始しています。

と、まぁこのように一斉にアッチコッチに当たりをつけているのですが、なにがネックかというと船賃なのです。船賃はもともと安さを要求される原料用飼料では絶対的条件です。

ところが、昨日も書いたように飼料用穀物が価格上昇すると、連動して原油相場も上昇していく傾向がありますから、同時に船賃も上昇している場合が多いのですね。

ここで、世界最大の貿易ルートである太平航路とマイナーな南米、豪州航路との差がついてしいます。なんせ便数とトン数と船会社の数が桁違いです。圧倒的なボリュームの太平洋航路はなんといっても強い

というわけで、米国依存は日本の商社にとって「わかっちゃいるけど止められない」というわけなのです。

ところで、もうひとつの「安さ」ですが、これは米国政府が輸出農産品にゲタを履かせているからです。

ゲタとは米国が得意とする輸出補助金制度なのです。本来これは、農作物特有の天候異変による市場価格上下を平均化するセーフティネットだったのですが、だんだんと輸出商品のゲタに変化していきました。

何かというと補助金漬けと揶揄されているわが日本の農業補助金など可愛らしいものです。おそらくTPP交渉では間違いなく日本が言わずともオーストラリアやNZあたりからの猛攻撃にさらされているでしょう。

これには5種類の補助金枠がありますので欄外をご覧ください。 (資料1参照)

まさに至れり尽くせりですな。補助金漬けと揶揄されている日本の農業補助金など可愛らしいものです。おそらくTPP交渉では間違いなく日本が言わずともオーストラリアやNZあたりからの猛攻撃に合うことは避けられないでしょうね。

特に②のCCPはひどい。もしこれが日本のコメならば、天候不順で収量が低下したり、品質が悪いために市場価格が下がったら、その差損を政府が埋めてくれるということになります。

ひと頃、民主党が言っていた農家戸別所得補償によく似た発想で、政府の所得移転で農業を底上げしようという考え方です。

しかも米国の場合日本と違って、基幹作物のコメを守るというのではなく、トウモロコシ、大豆、小麦、米、綿花に7割が投入されて、それを輸出攻勢の武器にしろやということですからタチが悪い。(資料2参照)

実は米国の穀物生産は、今年に限らず熱波や洪水で年がら年中作柄が変化しています。こうまでよくやられるのを見ていると、米国農地や治水は相当にダメになっているなぁ、というのが私の感想です。

化学肥料と農薬一本で突っ走ってきた「世界の穀倉」は、間違いなくかんじんの地味が疲弊しきっているように見えます。これによる作柄変動に税金をぶっ込んでやっとのことで安定した輸出を続けているというのが米国農業ではないでしょうか。

ですから今や、外すに外せないゲタと化してしまっているのが輸出補助金制度なのです。 

しかも受給者が大規模アグリビジネスに偏っていることが、米国内部でも問題となっています。 

たとえば受給者第3位のDnrc Trust Land Managemenだけで、09年に政府から受け取った補助金がな~んと290万ドル(約2億3千万円)。おそらく日本の農家でこれだけ一年で税金をもらってしまっては国会喚問ものです。もはやギネス級といえましょう。

ここまで巨額な米国農業補助金はもはや農家支援という次元ではなく、市場価格の86%までもが補助金という凄まじさです。私たち日本人は、米国の納税者の金を食卓に乗せていたわげです。

よく自由貿易論者の人たちは、米国農業がグローバリズムになるのは、輸出を前提にしているためではなく生産過剰にあるといいますが皮相な見方です。

そうではなく、過剰な生産を前提としたグローバリズムなくしては、米国のアグリビジネスは生きていけない特殊な体質があるだけの話です。

ちなみに、米国の自給率が高いのはこのような輸出依存体質があって余計に作ってしまうからで、逆に日本が低いのは国内市場が中心だからにすぎません。

これをして国際競争力がウンヌンという工業製品と同じ尺度で農業を測るのはいかがなものでしょうか。

     ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

■資料1 米国の各種農業輸出補助金制度

①直接支払制度(Direct Payments)・・・土地の価値を評価に対して農業者に直接支払らわれるタイプの補助金。年間約50億ドル。

②CCP(Counter Cyclical Payments) ・・・うまい訳語が見当たりませんが、市場価格の低下による差損を補填するタイプの支払い。差損を補填することで、安価な農産物を輸出し続けることができるために、WTOで禁止されている輸出補助金に相当するとして国外からの強い批判を浴び続けている。

③マーケティング・ローンの提供・・・農産物の販売のための農業ローンを提供しLDP(ローン不足払い)になった場合に差額を政府が補てんする仕組み。

④ACRE(Average Crop Revenue Election Program) ・・・08年に登場した補助金枠で、価格、低収量収入の最低保証をする補助金。トウモロコシ、大豆生産者の全部が加盟していると言われる。

⑤作物保険 作物保険加入にあたっての政府補助金 ・・・農業共済加入に対して与えられる補助金枠。

■資料2 米国連邦政府の農業補助金支出内訳

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米国で観測史上2位の干ばつ すべての穀物や原油市場に影響が出るだろう

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米国が深刻な干ばつに陥っています。観測史上2番目だそうです。豪州は今や干ばつの常連さんで、米国までこれに追随しようとしています。

米全土を襲っている干ばつがこの1週間でさらに悪化している。19日の統計によると、米国土の約64%に干ばつが広がり、観測史上最悪を記録した1934年に次いで2番目の規模となった。この影響でミシシッピ川の水位も低下し、過去最低に迫っている。」
(CNN7月20日 資料1参照)

当然、世界に影響が出るでしょう。既にトウモロコシの先物取引は天井知らずの状態になっており、大豆の8月物は連日最高値を更新しています。トウモロコシも9月物が19日に1年1か月ぶりに更新しました。(産経新聞7月23日による)

ご承知のように、大豆やトウモロコシなどは投機の対象とされ、天候次第、雨の降り方ひとつで収穫予想が変化し、それに応じて先物価格が上下します。

工業製品は価格が安定していますが、自然によって収量が増えたり減ったりする農産物は、ある意味もっともギャンブル性が高いバクチなのです。

このように人の命を育む食糧が「国際金融商品」としてバクチの対象になっていることが、世界の現状です。

既に投機筋のホットマネーは巨額な流入を続けており、一時的にではあれ狂乱水準になる可能性があります。

テレビは例によってマヨネーズが上がってマヨラーが困るというしゃもないことを報じていましたが、真の影響は養豚、養鶏などの畜産の基幹に影響を与えることです。

穀物相場は四半期ごとにリスクヘッジされていますので、現在は前四半期の価格で供給されていますが、次四半期はどのようになるのか、全国の畜産家は私も含めて気が気ではありません。

ただし、ロイターは影響は一時的ではないかという観測も出していますので参考になさって下さい。(資料2参照)

また、原油野需給にも影響が出る可能性があります。下図をご覧ください。原油相場と黄色線のトウモロコシの相場に着目してください。完全にパラレルになっていますね。これが穀物相場の基調をなす原油-トウモロコシ相場曲線です

このようにトウモロコシと原油価格がパラレルに動くのは、米国がガソリンにバイエタを一定割合混合することを法的に定めているからで、バイエタの主原料であるトウモロコシが減産すると、石油相場にも影響が出ると思われます。

米国農家はトウモロコシ、大豆、綿花、小麦、コメなどを単作しているわけではなく、相場を見ながら生産スイッチしているために、他の穀物すべての相場が連動して高騰するかもしれません。

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            表は九州大学大学院農学研究院伊東正一教授による

そしてさらに、トウモロコシを餌とする畜産価格や加工品にまで波及し、食糧を外国に頼る貧困国にまで食料危機をもたらします。

さて、米農業がクシャミをすれば、世界が震撼するという構造がある限り、私たちは枕を高くして眠れないことになります。

TPPで更にこのグローバリズムは飛躍的に拡大強化されるわけですから、推進論者の皆さんはそのような不安定な食糧需給をよしとされるのでしょうか。

ところで、なぜかくも穀物輸出大国では干ばつ、熱波が多いのでしょうか?私にはこれが天気は神様が投げるダイスのようなものとはどうしても思えません。

そのあたりを次回考えたいと思います。

            ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

■資料1 米国の干ばつ、国土の64%に拡大 観測市場2番目の規模
7月20日 CNN  

米全土を襲っている干ばつがこの1週間でさらに悪化している。19日の統計によると、米国土の約64%に干ばつが広がり、観測史上最悪を記録した1934年に次いで2番目の規模となった。この影響でミシシッピ川の水位も低下し、過去最低に迫っている。

ミシシッピ川では港湾の運営と船舶の航行を継続させるため、米陸軍工兵隊が今後数週間で約700万ドルをかけてしゅんせつ工事を実施する。テネシー州メンフィスでは、88年の干ばつで記録した最低水位まであと90センチに迫った。

ミシシッピ川はわずか1年前の昨年5月、大規模な洪水によって増水し、過去最高水位まであと約30センチに迫っていた。しかし現在の水位はそれより約17メートル低下。米航空宇宙局(NASA)の衛星がとらえた画像を比較すると、昨年4月の時点ではミズーリ州とアーカンソー州で川幅が4.8キロにも達した地点があった。しかし今年7月の画像では川幅が0.8キロに満たない場所もあるなど、大きな対比を見せている。

作物の被害も深刻化し、トウモロコシの不作は約40%と、わずか1週間で8ポイント拡大した。農務省は2012耕作年の間に29州の1297郡を被災地に指定していたが、干ばつと熱波による被害が広がっているとして、16日にはさらに8州の39郡を被災地に追加指定した。

■資料2 米国干ばつ 物価全体への影響は一時的か
ロイター 7月24日

[ワシントン 23日 ロイター] 米国は50年ぶりという大干ばつに襲われ、先物市場では大豆やトウモロコシの価格が高騰している。このため米国民は食品価格の値上がりに見舞われることになる。ただ、食品価格上昇は物価全体に持続的な影響を及ぼさず、連邦準備理事会(FRB)の金融政策方針も左右しないだろう。

メジロウ・ファイナンシャルのチーフエコノミスト、ダイアン・スウォンク氏は「一過性の原油相場上昇のたぐいだ。来年には適度な降雨があり、干ばつは終わる。FRBがインフレ要因として対処するような問題ではない」と述べ、金融政策の道筋を変えることにはならないとの見方を示した。

FRBは今年初めに原油相場が跳ね上がった局面でも、物価への影響は一時的だとの認識を表明していた。

6月の米消費者物価指数(CPI)前年同月比上昇率は1.7%で5月と変わらず、FRBが目標としている2.0%を下回っている。

このCPIの約14.2%を占める食品価格は、果物や野菜、食肉の値上がりによって前年同月比で2.7%上がった。

先物市場では大豆とトウモロコシの11月きりと12月きりが先週、それぞれ限月最高値を更新したが、エコノミストはこれが小売価格に波及するには最低半年はかかるとみている。

ビアンコ・リサーチのアナリスト、ハワード・サイモンズ氏は「価格上昇の波及には時間差が生じる。なぜなら食品加工業者は既に過去の収穫分で契約を確保しているからだ。年内に実感される値上がりの程度は、来年上半期に比べるとそれほど大きくはないだろう」と話した。

サイモンズ氏によると、先物高がどれだけ続くかは、米国の半分以上の地域に広がる干ばつの持続期間や、南半球の穀物の収穫状況にかかっているという。

米海洋大気局(NOAA)は先週、8月は米国の48州の大半で気温が平年を上回り、既に干ばつに見舞われている中西部では降水量が平年より少なくなるとの見通しを発表した。

米農務省は8月に穀物の作柄調査の結果と、今年のトウモロコシ、大豆の収穫に関する最新見通しを示す。

<アフリカやアジアでは食料インフレの懸念>

農産物価格上昇に対してエコノミストは平静を保っているようだが、米国はトウモロコシや大豆、小麦の最大の輸出国であるため、これらを輸入するアフリカやアジアの諸国では食料インフレが起こりかねない。

ブラジルやアルゼンチンといった主要大豆生産国でも、降雨不足が悪影響を及ぼしており、世界的な生産量の減少につながっている。

また農産物価格の上昇と同時に、最近大きく値下がりしていたガソリン小売価格もじわじわと上がり始めている。

それでも、米国内外における慢性的な需要の弱さで生産者が消費者にコストを転嫁するのが難しくなっている点を理由に、コモディティ価格の上振れが大幅なインフレ圧力を生み出すことはないとみられている。

ムーディーズ・アナリティクスのシニアエコノミスト、ライアン・スイート氏は「消費者にとって農産物の値上がりの影響は、ガソリンのじり高によって大きく感じられるが、生産者は消費者に価格転嫁できないのでもっと負担に思うだろう」と語った。

<長期の予想インフレ率は動かず>

一部の物価が跳ね上がれば家計はさらなる値上がりを予想するのが普通だが、エコノミストは予想インフレ率が大きく上昇することはないと考えている。

スイート氏は「短期的な予想インフレ率は変動しても、長期的には一時的な食品高に影響されないはずだ。食品価格高騰が長期の予想インフレ率を動かした例はない」と指摘する。

干ばつによって逆に目先は食肉価格が下落する可能性もある。飼料の値上がりのせいで、畜産業者が家畜が通常の生育段階に達するのを待たず、早めに市場に食肉を供給せざるを得なくなるからだ。

農務省のチーフエコノミスト、ジョセフ・グローバー氏によると、飼料コストは畜産業者にとって生産コスト全体の約40─50%を占めており、飼料コストが上がればもうけが少なくなるので、完全に育つ前に食肉にして市場に出してしまうケースがしばしばあるという。

もっともこうした動きは家畜頭数の不足を招くので、消費者は長期的には食肉価格の上昇に直面しかねないことを意味している。

(Lucia Mutikani記者)

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政府事故調は事故情報の隠匿を厳しく指摘した

012

3.11から1年5か月たった今でも、歯ぎしりしたいような思いにかられることがあります。

それは当時の政府の許しがたい欺瞞です。あるものをないと言い、起きていることを起きていないとシラを切る、そして国民を騙しおおせられると思う、それが許せません。

まず、政府が放射性物質の拡散を予測するシステムであるSPEEDI情報を隠匿し、福島県のみならず周辺県に一切の警告を与えませんでした。

次に、政府が原子炉の炉心融解について偽りの情報を流し続け、炉心融解を承知しておきながら保安院に口止めを命じたことです。

このふたつのの罪だけで、当時の政府責任者は訴追されねばなりません。事故対応の失敗などという「高度」な課題以前の政府の国民に対する姿勢そのものの根性が腐り切っています。

さて、チェルノブイリ事故の後にスウエーデンの一部は福島県40キロ圏内と同レベルの汚染にさらされました。そしてそこで起きたことは、3.11で私たちが経験したことと驚くほど似ています。

そのことを後にスウエーデン政府は、「スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか」という本にまとめて公表しています。

報告書冒頭でスウエーデン当局は、このようにみずからを省みています。

チェルノブイリ原発事故によって被災した直後のスウェーデンにおける行政当局の対応は、『情報をめぐる大混乱』として後々まで揶揄されるものでした。」

行政当局は、ときに、国民に不安をあたえることを危惧して、情報発信を躊躇する場合があります。」

まさに、3.11で政府がやった二大罪・SPEEDIと炉心融解情報の隠匿そのものではありませんか。

菅総理が決めたとされる同心円的避難は、放射計物質の拡散とはまったく関係ない地域の人々を避難させたかと思うと、逆にいち早く避難すべき人々が逃げ後れるという事態を招きました。

ある地域の避難民たちは、本来は危険の少ない地域から飯館、南相馬へ逃げ込みそこで被曝しました。

また、放射能雲(プルーム)の移動をまったく警告しなかったために、茨城、千葉、栃木、群馬、東京東葛の隣県の多くの人々までもがしなくともよい被曝をしました。

特に、放射能雲が通過する時点で降雨があることを知りながら、千葉県柏、松戸、東京東葛地域になんの警告も発せず、放射性物質を含んだ雨に子供たちをさらしました。

このような本来しなくともよい被曝を予知していたにかかわらず、政治的に情報を秘匿する、これを犯罪と呼ばずしてなにが犯罪ですか。

枝野氏などの当時官邸で指揮をとっていた人たちはこのことに対して、「正しい情報は原子炉脇の排気塔付近で計測されたもので、それが爆発で得られなかったために正確な情報ではないとして出さなかった」(大意)と言っています。

こういうことをぬけぬけと言うから枝野氏は自己弁護士と呼ばれるのです。この人がかわいいのは自分だけです。

このような醜悪な言い逃れに対して政府事故調はこう判断しています。
「(SPEEDIは)避難の方向などを判断するために有効なものだった。」

「(仮定の放出量のデータであってもSPEEDIが)提供されていれば適切に避難のタイミングや方向を選択できた可能性があった」。

これは今までの国会事故調報告書から一歩踏み出した見解です。国会事故調においては、「(SPEEDI情報は)避難区域の設定の根拠にできる正確性がなく避難指示には活用することは困難」という表現にとどまっていました。

そして国会事故調は、「放射能の拡散状況を把握するのにもっとも効果的なのはモニタリングだ」としていました。

私はこれを読んだ時に、あのときの現場の状況を知らない人が書いたものだなと思ったことを思い出します。

事故直後、福島県、茨城県では長期の停電に見舞われていたのです。そして通信インフラもズタズタでした。

モニタリングするにもモニタリングポストを動かす電源がなくて、集計するにも電話すら遮断されている、これでどうして各地の放射能拡散状況が分かりますか。空論をいわないで頂きたい。

多少の誤差があろうとなかろうと、現地住民にとってこれから放射性物質の拡散が始まるぞという時に一番欲しいのは、おおざっぱでもいいから拡散情報です。

数値なんぞ多少狂おうが、大まかにどちらに放射性物質の拡散が向かっているという情報が喉から手が出るほど欲しいのです

それと、その時点での天気予報です。どちらの風が吹いており、どこの時点で降雨がある、これだけでも欲しかったのです。

しかし、政府は一切の必要とされる情報を出さなかったばかりか、「炉心融解はない」、「直ちに健康への被害はない」などというすぐにバレる嘘を国民に広報し続けました。まさに死ね、と言いたい。

政府事故調はこう記しています。
関係者や住民の切羽詰まった情報ニーズを誤った方向に導く極めて不適切なものだ」。

当時官邸にいた要人たちは、スウエーデン政府報告書が今から12年も前にこのように記していることを肝に命じるべきでしょう。

「各種の研究報告によれば、通常、情報発信によってパニックの発生を恐れる根拠は無く、むしろ、多くの場合、十分に情報が得られないことが大きな不安を呼び起こすのです。とりわけ、情報の意図的な隠蔽は、行政当局に対する信頼を致命的に低下させかねません。」

このようにスウェーデン政府は、情報の隠蔽と二転三転する説明こそが国民に混乱を与える最大の原因としています。

3.11の事故における政府中枢は、やってはいけないことをすべてやり、やるべきことをなにひとつしなかった存在として歴史に残ることでしょう。

■関連過去記事 http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/1-6a51.html
           http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-7f9f.html

■写真 ゆずの花が咲きました。花弁の蜜に蟻が酔っています。やがて秋にはたわわに柚子をつけます。翠の中の白い服の少女ように可憐な花です。

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中島紀一先生と福島県東和町の農業者の講演会のお知らせ

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今なお続く農産物への風評被害に対して、どのようにそれに打ち勝っていくのか、福島県東和町「NPO 法人ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会」の代表大野達弘氏をお招きして、講演があります。

また、長年東和町の農業運動に関わり、今また茨城農業の苦境をもっともよく知るわが県が誇る農業指導者である茨城大学名誉教授の中島紀一先生のお話があります。

ぜひ明日のご参加をお待ちしております。参加資格はただひとつ、「農業を愛する」ことだけです。

「ガンバロウ、茨城勇気農業者の集い」呼びかけ文を再録くします。

             ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

      ■「交流農業推進のための研修会のお知らせ」

【開催日時】平成24年7月27日(金) 13時00分~15時40分
(受付12:30~)
【会場】小美玉市四季文化館「みの~れ」風のホール
住所:小美玉市部室1069番地

【内容】
① 講演テーマ:「放射性物質と農業について」
講師:茨城大学名誉教授中島紀一氏
② 活動事例テーマ:「協議会のこれまでの活動と風評被害払拭のための
取り組みについて」
講師:NPO 法人ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会
(福島県二本松市太田字下田)
代表大野達弘氏

【対象者】都市農村交流関係者,茨城むらまちネット会員,農産物直売所関係者,農産
物出荷者,交流活動に取り組んでいる者,興味のある者等

【定員】120名
【参加費】無料
【申込】7月20日(金)までに,農村環境課まで別添の報告用紙に記入のうえ
FAX 等によりお申し込みください。
※ なお、申し込みが120名となった時点で締め切りとさせていただきます。

* 問合先*
茨城県農林水産部農地局農村環境課
農村活性化・都市農村交流グループ担当:大塚,鈴木
T E L : 029-301-4264 FAX:029-301-4269

主催 茨城県

「いばらきの有機農業」の苦境

「ガンバロウ いばらき有機生産者の集い」からの
緊急アピール

3.11から1年4ケ月が過ぎ、茨城県農業を襲った福島第1原発事故の被害は一段落したかと見られています。しかし、それは真実ではありません。

「安全性が証明されていても農産物が売れない」という被害はいまも深刻に続いています。

科学的根拠のない風評によって、「東日本農産物は、なかでも福島産や茨城産はすべて怖い」という消費者心理は増幅され、安全性が証明されていても、農産物が売れないという大打撃が茨城農業を襲いました。

ことに茨城の有機農業は極端な販売不振の中でいまだ苦しんでいます。

東京電力からの補償は原発事故の直接的被害によるものに限られ、その後1年有余にわたる農産物販売の壊滅的状況を補償するものにはなっていません。なかでも「安全・安心」、「畑と顔が見える関係」という産直原則を忠実に守ってきた有機農業者ほど受けた傷は深く大きいのが現状です。特に有機米生産者の状態は厳しく、昨年産米は78割程度がまだ売り先が見つからず、まだ蔵に積まれたままになっています。いま田んぼで育っているお米の販売計画もまったく立たないという状況です。

有機野菜の場合も、流通組織の多くで産地を関西、九州方面に変更する動きが止まっておらず、今年の作付けは例年の8割程度で、しかも価格は安いという状態が続いています

このままではせっかく苦労して続けてきた有機農業を断念せざるを得ないような状況なのです。

きびしい農業情勢の中で「いばらきの有機農業」は、微力ながら、元気な地域農業、元気な茨城農業の牽引役を果たしてきました。その有機農業がいま、根拠のない放射能の風評被害によって壊滅しかねない苦境のなかにあるのです。

そんな苦しさの中で私たちは去る78日に茨城大学に集い、互いの状況を交流し合い、力を出し合って何かの行動をおこしていこうと話し合いました。

とりあえずの緊急課題は、有機米の販売です。食べてもらえる見通しの立っていない昨年産の有機米を食べてくれる消費者を募りたい、そして今年のお米の売り先についても見通しを立てたいということです。

しかし、どうしたらよいのか具体的な方策は見つけられておりません。

そこで、茨城農業を愛し、日頃からご支援、ご支持を頂いている消費者のみなさん、流通団体のみなさん、行政のみなさん、研究者のみなさんに、ぜひ、私たち有機農業者がこの苦境から脱していくためのお知恵とお力を貸していただけないかとお願いすることにしました。

また、同じような苦しさの中にある有機農者の方々のご参加もこころから呼びかけたいと思います。ぜひ私たちの集いにご参加ください。

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「ガンバロウ いばらき有機生産者の集い」

代表 中島紀一(茨城大学名誉教授)

■写真 ほとんどの方はお分かりにならないでしょう。葛(くず)の花です。この時期に地味ですが、美しい花をひっそりと咲かせます。

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政府事故調が指摘する東電の不都合な解析歪曲と初動ミス

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政府事故調報告書には新味がないと書きましたが、ちょっと気の毒な表現だったかもしれません。

いくつか今まで出た調査報告書とは異なったことが記述されています。

原子炉の震災による損壊について
これについては今までの民間事故調、東電事故調共に「損傷したとは考えがたい」と否定しています。

それに対して国会事故調は「地震による損傷がなかったとはいえない」とかなり黒に近いグレイの表現をしています。

そして今回の政府事故調は、「閉じ込め機能を大きく損なう損傷は今まで認められていない」という表現で、要するに分からないので今後の調査を待てという言い方をしています。

まぁ、これが公平なところかなと思わないことはありません。現在、事故を起こした原子炉付近は高濃度の放射能に覆われており、圧力容器や格納容器、細管などの損傷の実測はまだできない状況だからです。

東電は不都合な実測値を隠蔽したと批判

事故原因は取り付けられた圧力計や水位計のデータで解析しているわけですが、政府事故調は東電が事故原因の解析において意図的歪曲があるのではないか、と批判しています

政府事故調報告書はこう述べています。
「(東電は事故原因のコンピュータ解析において)不都合な実測値を考慮に入れず解析結果を導いた。」

「(東電は)原因究明への熱意が不足している。」

この問題は、事故原因で決定的な意味をもつ「炉心融解がどの時点で起きたのか」ということを東電が、原子炉の水位計と圧力計の数値を基に1号機で11時間後としていることについての部分で指摘されています。

政府事故調は、これらの計測機器を調査した結果,、真っ向から疑問を投げかけています。水位計は原子炉圧力容器外部についているのですが、事故後の急激な温度上昇のために基準となる水位を示す水が蒸発していました。

このために原子炉内との水位差が実際より縮まってしまい、現実より高い数値を出した可能性があると、政府事故調は指摘します。

このようなことは現場を預かる東電は当然知り得ていたはずであって、「容易に入手できるデータで、より真相に近づけるはずだ。自ら考えて事態に望む姿勢が充分ではなく、積極的な思考に欠ける。」(政府事故調報告書より)

現場作業員の初動対応について

現場における初動対応について東電事故調は、「中央制御室の表示灯が消え、対応が現実的に困難、代替注水への切り換えも可能と判断した」としています。

国会事故調は、「マニュアルもなく、運転員は充分な訓練もされていなかった。運転員の判断や操作の非を問うことはできない」と同情的です。

これに対して民間事故調は、「IC(非常用復水器)作動状況の誤認は、もっとも大きなヒューマン・エラー」だとしています。

これに並んで政府事故調もまた、「非常用冷却装置の稼働状況の誤認や、代替注水手段を確保する前に(IC)装置を停止する誤った操作をした」と述べています。

おそらくは国会、政府事故調が指摘するように、非常用復水器(IC)の意味を現場操作員が正しく把握していなかったヒューマンエラーがあったと考えられます。

一歩も逃げることなく、我が身の安全を省みることなく現場で闘いぬいた作業員の人々の勇気には称賛を惜しみませんが、冷厳な事故原因調査はこれと別次元にあります。

同じような状況にあった福島第2原発では、このICによる非常冷却を続けながら、代替冷却装置の準備をしました。外部交流電源が完全喪失しなかったこともあるとはいえ、第2の経験は重視せねばなりません。

福島第1ではICが初動で停止させられてしまっために、一挙に炉心温度の急激な上昇を招いていきます。

政府事故調はこう言います。
「事態の進捗を的確に予測し、事前に必要な対応を取るというものになっていなかった」。

現場作業員の被曝について

先日も作業員がつける線量計にあろうことか鉛のカバーをかけて作業させた下請け会社が摘発されました。

これと似たことを東電がしていたことが政府事故調で明らかになっています。

東電は、事故現場の作業用線量計が不足していたために全国の原発から950個もの線量計をかき集めたのですが、これらは充電器がなかったために作業員に届けられることなく虚しく放置されました。

これについて政府事故調は
現場作業員の被曝防止に対する東電社員の意識は低い」。

このような作業被曝や事故による被曝の補償などに東電が往々にして見せるやりきれない鈍感さを、今後も私たちは批判していかねばならないでしょう。

炉心融解の情報隠匿と、SPEEDI問題については、長くなりましたので次回といたします。

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福島第1原発事故の真犯人は誰か?

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国会事故調に次いで、政府事故調報告書も出ました。これで公式報告書は出揃ったわけです。

民間事故調から東電も入れて4番煎じです。いいかげん決定版が欲しいのですが、今回も裏切られました。

内容的にはほとんど新味はありません。菅首相の「過剰介入」が改めて批判されたことと、「事故の原因究明が未だ完全になされていない」ことが述べられているだけです。

いろいろ言いたいこともありますが、私は一点だけ触れておきたいと思います。

それは福島第1原発事故の最大の原因は何かという点が、いつの間にか菅首相という希代の愚人宰相ひとりにすべてを転化してしまっていいのか、という点です。

この事故を煎じ詰めると、全交流電源喪失という事態が原因です。地震によって外部電源全系統が遮断され、バックアップ電源までもが津波で破壊された結果、「冷やし続けられない」事態になったのが原因です。

東電報告書を読むと、盛んに巨大地震と津波をあたかも想定外の運命のように書いていますが、なにを甘えているのですか。冗談ではない。

ひとたび原子炉を稼働させれば、事業者として巨大津波がこようが、巨大地震がこようが、ヤリが降ろうがなんだろうが、原子炉を冷却し続けねばならない、これが「原子炉の掟」です。

そんなわかりきったことを今更「できなかったのは想定外だ」と言う。この無責任と無自覚には吐き気さえします。そもそも東電には原子炉を動かす資格がなかったことを自分で堂々と言って恥ずかしくないのかと思います。

では、この東電の無自覚の原因はなんでしょうか?

政府最高責任者の脳味噌がメルトダウンしていようといまいと、東電が逃げようと逃げまいと、原子炉が冷やし続けられていさえすれば事故に至らなかったのです。

しかし福島第1原発のMARK1BSRでは、非常用電源が米国と同じ仕様で平地にあったために、外部電源とバックアップディーゼル電源がほぼ同時に破壊されてしまうということになりました。

それは、福島第1原発のそもそも設計段階で「全交流電源喪失という想定外は起こり得ない」とした者がいたからです。

誰が?原子力安全委員会が、です。この「原子力安全委員会が」という事故原因の主語の部分を抜いて、理由を考えても意味がありません

1990年8月30日、原子力安全委員会はこのような文書を出しています。

長期間にわたる全交流動力電源喪失は、送電線の復旧または非常用電源設備の復旧が期待できるので考慮する必要はない
(「発電用軽水炉型原子炉施設に関する安全設計審査指針」より)

つまり、安全委員会は初めから、「全交流電源喪失なんてあるわけないから考えなくていいよ」、と言ってしまっているのです。

しかも、この重大な一句をあらかじめ事業者たる東電に対して、規制する立場の国家機関である安全委員会がお伺いたてて、東電から「いいでしょう」というお言葉を頂戴して施行しているのですから、話にもなりません

どこの世界に、規制される側に「これで大丈夫でしょうか」と規制官庁が聞くバカがいますか?私はこの国に住むのがイヤになりそうです。

これが、国会事故調が言う、「ルールはルールで縛られる側が作る」という腐敗の構図です。

そしてこの安全委員会の責任者が斑目氏です。

斑目氏がやったことといえば、2007年に経済産業省「保安管理検討会WG」において、東電の意向を受けて従来の13か月以内という国内基準をフランス、米国並の18か月以内と24か月以内に引き延ばすことに尽力したのです。

結果、米仏並に改悪されたとたん、失笑することには今回の福島第1原発事故で氏の努力はすべて水の泡となりました。

斑目氏はまがうことなく「原子力ムラ」であり、東電の遣い走りでした。

しかも原因を作ったのみならず、官邸対策本部にいた「唯一の専門家」(政府事故調)でありながらなんの役割も果たせずに首相と一緒にバニくるという醜態を晒しました。

彼が委員長を務める原子力安全委員会、こここそが今回の事故の元凶です。

菅直人氏は、このような斑目委員長に補佐されたピエロに過ぎず、真の犯人は原子力安全委員会という規制当局にあると私は思います。

菅首相、枝野官房長官、海江田経産相、そして誰より斑目安全委員会委員長まで誰ひとりとして罪を裁かれることなくぬくぬくと権力の座にあることに、わが国の悲劇を感じます

彼らは、私たちの頭上に放射能を降らせた責任者として法的訴追を受けるべきです。

■写真 霞ヶ浦き船溜まりと月見草。霞ヶ浦、北浦にはこのような船溜まりが十数カ所あります。一番にぎやかなのはまだ夜も開けきらぬ早朝です。午後は案外のんびりとして、漁師さんたちが網の繕いなどをやっている姿が見られます。
湖の回りは初夏の翠一色です。この中に包まれるようにして私は毎日暮らしています。

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放射能問題についての私の立場について

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コメント欄がにぎやかなようですが、個別にお答えするより、私の基本的な姿勢を述べておきます。

まず、福島、茨城産が故に食べたくないとおっしゃる方には、それはご自由にとかねてから言っています。

各人の消費行動はまったくその方の自由です。その意味づけには、各自の価値観がおありでしょうから、それもまた自由です。

0.1BQでなければ食べないというのも自由です。どうぞ、そうなさって下さい。そう主張されるのも自由です。

ただ、その価値観をなんの縁もない私たち農業者に怒声と共に叩きつけるような行為は野蛮ですから、いいかげんにお止めください、と言っているのです。

私はゼロベクレル主義者の方たちとは討論にならないと思っています。今、現実にどのような状況に「被曝地」がいるのか、そしてなにをしようとしているのか、どこまで放射能との闘いが進んだのかを見ないで、観念的なラジカリズムに陥っている人たちとしか、私には見えません。

自分の安全を守るために、「被曝地」を攻撃して心が痛まない人たちと、討論する意味が私にはありません。

お互いに、このような3.11以後の情況を共に引き受けて、なにをしたらいいのかを自らに問わない方々と討論しても、虚しい空中戦です。

自分にできるのは、福島、茨城産農産物を買わないことだけだ、農民を批判し唾を吐きかけることだけだ、と言うならどうぞ別な場所でおやりになって下さい。

大変に迷惑です。一日の仕事の前に唾を吐きかけられて喜ぶ人はいないのではありませんか。このブログは都市インテリ有閑階級の手慰みではなく、ごくあたりまえの農民という生活者が書いているのですよ。

そして、私の3.11以後の行動を知らずして私を批判の矛先で弄ぶのはやめて頂きたいと申し上げています。

さて、私たち茨城農業者の3.11以降の対応が間違っているという方がいました。人は誰でも自らの社会的関係の範疇内でしか責任を引き受けられません。

したがって、JAや行政のとった行動に対しては負いかねます。それは私がJAに属していない独立系有機農業団体に責任をもっているからであり、また、行政に対しても去年3月の初動段階で徹底した対応を呼びかけた人間だからです。

それが故に私は地域で「浮き」ました。行政からは、考えすぎかも知れませんが、危険人物視されているふしさえありました。しかし、微力ですが、私なりに生き方として筋を通したと思っています。

地方の狭い地域で声を上げるということは、都市の住民がネットで農業を叩くのとまったく次元の違うことです。自分で言うのはおこがましいのですが、あるていどの勇気がいるのです。

結果として、放射能禍による農業生産の大打撃と重なって孤立感が私を苦しめました。

しかし一方で、単独で放射能研究会を立ち上げ、地域の有機農業者と共に月例で学識者をお招きし、かたわら地道な計測運動をしていく中で、団体を超えた信頼できる農業の仲間が生れたのは収穫でした。

この「放射能見える化運動」によって私たちは自分の畑や田んぼ、あるいは森や湖にどれだけの放射性物質が降ったのか可視化できるようになりました。

そして現在、地域国立大学と協働して一定の地点を数カ所選び、今後5年、10年に渡る長期観測体制を作る努力をしているところまで進捗してきています。

可視化される以前には、放射能の脅威は無限大でした。脅威Xではなく、脅威を数値化できさえすれば、私たちはどのように闘っていくのか闘うすべを編み出せるのです。

低線量なら低線量なりに、中線量、高線量ならそれとして、私たちは闘えるのです。そのような時に、ゼロベクレル、ゼロリスクでなければ、という人たちが大量に現れました。

彼らは、私たち現地農民のやっている地道な活動を尻目に、東日本の農業全体を止めてしまえという無責任な意見をひんぱんにぶつけてきました。

私は断固拒否いたしました。なぜならそれは、放射能と闘うのを止めてしまえ、ということに他ならないからです。

それは、私たち農民が、「耕す」中でしか放射能と闘えない存在だということを理解していないからです。都市消費者の狭い視野に閉じこもっているからです。

私たち農業者が「放射能と闘う」というのは、必ずしもデモをすることではなく、日々の農作業を通して放射能を「封じ込める」ことです。その科学的合理性についてはここで詳述しませんが、論理的確信をもっています。

人は持ち場に応じて、それぞれの放射能との距離、対応を決定します。それは個人の自由です。ただし、現実に頭上に降ってきてしまった私たちには選択の余地はありませんでした。

なんと言われようと少しでも闘うしか道はないのです。目の前に未だある放射能とだけではなく、それが再びまき散らされることのない社会を作るためにもカタツムリのようにしてでも進むしかないのです。

ご理解いただければ幸いです。

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日本生協連レポート・11検体から出たが、それを1年間摂取し続けても中央値で基準の2.3%にすぎない

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再稼働に反対して首相官邸を取り巻いた万余の人の波に、心動かされぬ人はいなかったのではないでしょうか。あの日をひとつの頂きとして、今後いくつかの方向に運動は向かっていくと思います。

ひとつは、日本の「緑の党」を創ることです。ドイツが原発廃止を現実的政治プロセスに乗せることができたのは、既製の左翼政党とは一線を画したこの党があり、議会で有力な勢力となりえたからです。

日本において、今までその試みはことごとく失敗に終わりました。今、その原因は問いませんが、あえてひとつだけ指摘すればリアリズムの欠落によると私は考えています。

3.11から1年たって、各地に降下した放射能の現状はどうなっているのか、まずそれを定点観測的に捉えることです。それは今、私たちは始めたところです。
(●関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-c07b.html )

自分の生きる地域の放射線量の推移をデータバンク化することで、福島第1原発事故がいかなる影響を与えたのかを記録し、保管します。

そのような地道な計測活動が、5年、10年に渡って続けられなければ、原発事故がいかなるものであったのかを問えないはずです。政治的バイアスがかからない客観的数値が必要なのです。  

ドイツではチェルノブイリ事故以後10数年に渡って放射能の影響が残り続けました。それを測る人々がいて、データが蓄積されました。その中で脱原発運動は力をつけていったのです。

特に原発周辺の農民たちがこの測定運動や建設反対のキャンプ作りに参加したことで、運動が都市の市民、学生から農民層へと拡がっていきました。農民層を敵とするような言動が多くみられるわが国は、ドイツの実践に学ぶべきでしょう。  

さて、昨日に続き、日本生協連が今年5月に出した「家庭の食事からの放射性物質摂取調査結果」と題するレポート紹介します。

これはコープふくしまが始めたもので、福島県内の食材を100軒の家庭で料理してもらい、2日間分(6食+間食)を1サンプルとして、すべてを混合し、均一化した後に測定するという方法をとりました。

ご先祖に捧げる「陰膳」のように一食多く作るので、別名「「陰膳運動」。これによって、当時週刊誌がヒステリックに騒ぎ立てたように、「広島の原爆500発分だから、ガンで何万人も死ぬ」、「奇形児が生れる」というようなレベルの放射線量が食事に含まれているかどうかがわかってきました。

結論を言えば、週刊誌のご期待に相違して福島県産農産物で作られた食事は、11家庭で検出こそされたものの、きわめて低い線量であることが分かりました。(欄外資料参照)

日本生協連はレポートの結論部でこう述べています。

今回放射性セシウムを検出した11家庭のサンプルと同じ食事を1年間食べたとしてと仮定すると、食事からの内部被爆線量は、0.019mSv~0.136mSvと推定され、これは新基準値の根拠である年間許容線量1mSvに足して1.9%~13.6%にあたります。」

またこうも述べています。

放射性セシウムを検出した11サンプルの中央値は1.40bq/㎏でこの食事で求めた1年間の内部被曝線量は0.023mSv、年間許容線量1mSvに対して2.3%でした。」

考えるまでもありません。年間許容線量の1.9~13.6%、中央値において2.3%の内部被曝線量でガンを発症することは絶対にありえません

この「陰膳運動」はいったん終了したものの、今後もなんらかの形で継続されることでしょう。これが内部被曝を恐れる消費者をなだめるだけではなんの意味もありません。

これを先に繋げていき、現状の食からのリスクはどのていどか、それはどう推移するのか、そのためには社会がどの方向に向かって行くべきなのかを考えていかねばなりません。

■予告どおり明日土日はお休みといたします。ああ、ちょっと朝寝ができるかなぁ~。

           ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。Photo

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日本生協連レポートの食事から摂取された放射線量のリアルな数字

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日本生協連が、今年5月に出した「家庭の食事からの放射性物質摂取調査結果」と題するレポートがありますのでご紹介します。(欄外参照)

これは日本生協連が、一般家庭における日々の食事に含まれる放射性物質の量を計測したものです。

方法はかつてコープふくしまの事例で見たように、実際の食事の2日分の食事(6食分+間食)を1サンプル.として、すべてを混合し、均一化して測定します。
(*関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-d666.html

この方法がもっともリアルに食卓の放射線量の現状を把握できます。一部の人がやるような道路の側溝だけを狙って測るようなホットスポット・ハンティングではなく、日常でどれだけ食事から放射性物質を摂取するのかが分かります。

常識的に考えればわかるように、たとえば山の野生イノシシ肉から高濃度の数値が出たからと言って、だからナンダです。

野生のイノシシ肉を日常的に食べる人なんぞいやしません。

よくチェルノブイリ事故後十数年たっても、現地の子供に高い放射線量が出るという話が出回りました。

これは、ベラルーシ森林地帯の住民が季節のキノコを大量に食べたためです。グラフを見るとキノコの収穫期が有意に飛び抜けて体内線量が高いことが分かります。

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(関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-efe0.html

ですから、特殊な状況で、特殊な食生活の習慣がある地域を取り出して一般化するのは間違っているのです。やるならば、公平に一般の食事をサンプルにせねばなりません

そして更に公平を期するために、当該県産農産物を対象にせねばなりません。この日本生協連の測定レポートはその条件を満たしています。

さて、測定機器は、これ以上の精密さをもった放射能測定機器はないといわれるゲルマニウム半導体検出器です。検出限界は1bq/㎏です。

現実には1bq以下は、文字通り「なにもない」と解釈すべきでしょう。3.11までは30bqが検出限界でしたので、わずか1年でここまでの精密測定が可能になったということに複雑な気分になります。

測定日は、2011年11月14日にから12年4月13日です。ほぼ5カ月間で、特に測定開始日の11年11月頃は福島農産物バッシングが盛んだった頃です。

つまり、この「家庭の食事測定」は、事故後7か月から1年にかけてリアルに食卓で放射性物質がどれだけ摂取されたのかを広範に測定した貴重な資料となっています。

さて、結果ですが、検体数250件、うち福島県のみが半数弱の100検体採取しました。そして不検出が全体の95.6㌫でした。

検出されのは福島県10検体と宮城県1検体です。最大値は11.7bqでした。いうまでもなく、国の規制値100bqのはるか手前、桁ひとつ違います。内訳は、セシウム134が5Bq/kg、セシウム137が6.7Bq/kgです。

たしかアノ武田邦彦氏も15bq以下は科学的に意味がないとかつておっしゃっていたはずです。

検出されたのは福島県が中心ですが、不正確で申し訳ないのですが、この原因はたしか干し柿だったと思います。

干し柿は、原料の柿自体が3.11以降の外部被曝にあっている上に、干されることでいっそう水分の蒸散で放射性物質が濃縮されてしまった不幸な食品です。これがおそらくは間食に入っていて出たようです。

この計測結果が意味することを次回見ましょう。

       ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

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「脱原発運動」は農業バッシングをするな!

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放射能測定の正しいやり方をご存じですか。それは複島県の側溝の上ばかりを狙って測ることでもなく、ましてや出荷制限のかかった農産物ばかりを測ってみることではありません。

私はこのような計測の仕方を「ホットスポット・ハンティング」と呼びます。これはセンセーショナルに騒ぎ立て、危機を必要以上に煽ることで利益を得ている人たちのやり口です。

「ソフィーの世界」の訳者である池田香代子さんは、脱原発運動の先頭に立ちながらもこんなことを言っておられます。

「福島の女性が子供を産めなくなるとか、もう住めないという言い方をしてはいけないと思う。危機を過剰に言えば運動が前進しているというような考え方はおかしい」(大意)

残念ながら、彼女のこの常識的なもの言いに対して脱原発運動家からは猛烈な反発が出ました。それはほとんどバッシングの様相すら呈しました。

私はこのありさまを見て、現在の「脱原発運動」と称するものにいっそう冷やかになる自分に気がつきました。

また、わが農業の師である中島紀一さんも同じような類の批判を受けています。先生はただ「耕すことが、農業にとっていちばん大事な放射能との闘いなのです」と言っただけだったのですが。

「脱原発運動家」の人たちは、耕してはならない、とまで言います。農業を止めろとまで言います。

そしておためこかしに「気の毒だが、それが国民の安全を守ることだ。東電から賠償してもらえばいいじゃないか」と言います。

ふざけるのもいいかげんにしてほしいものです。私たち農民は東電の乞食ではない!

この人たちは真剣に放射能を考えた事があるのでしょうか?真夏の炎天下に、実際に地を這うようにして計測器をもって歩いたことはあるのでしょうか?

自分の村の畑や田んぼで土を採取して、ガンマスペクトロメータで計測したことはあるのでしょうか。そしてそのような定点観測を5年、10年続ける覚悟はあるのでしょうか。

その実践も覚悟もなく、口先で怖い怖いと言い募り、真面目に真っ正面から放射能と闘っている私たち農民の足を引っ張っているのは、他ならぬあなた方自称「脱原発運動家」たちではないですか。

放射能の危機を、あることないこと言い散らすのが「脱原発運動」ではないはずです。原発の危険性はあまねく知れ渡っており、再稼働の誤りも国民の大部分が理解しています。

つまり、「脱原発」自体は、百人の日本人に聞けば90人はそうだろうなと答えるような最大公約数的考え方に成長してきています。

問題はその先なのです。どうやって原発をリアルに消滅させるのか、という方法です。私はこれをシリーズで追いかけました。
*カテゴリー 原発のたたみ方

そしてまた、その論拠です。津波対策があればいいのか、重要免震棟があればいいのか、ベントフィルターがついていればいいのでしょうか。

それだけではないはずです。そのようなものはこの5年のうちに装備されます。問題は、廃炉、放射性廃棄物などのバックエンド問題について宿命的に原発は回答が準備できないからです。

最終処理がない技術など、しょせんまがい物にすぎません。

にもかかわらず、日本の原発依存は終わったわけではありません。BWRは消えても、より新しい技術により更新されていきます。「より安全な原子炉」は既に登場していますし、今後普及することでしょう。

その時、「脱原発派」の人たちの論理的根拠は相対的に弱体化するはずです。それは運動の衰退につながりかねません。

おそらくは、運動家はその危うさに気がついていると思います。その危うさがあるからこそ、脱原発運動家は、いつまでも執拗に福島、茨城の農産物が危険であると言い立てて危機を煽りたいのです。

今もなお福島第1原発からは放射能が垂れ流され続けており、農産物からも高濃度の放射性物質が検出されているというデマゴギーを流していたいのです。

そう言い続けたいのです。

原発が危険だという論拠を、原発という技術体系自体の中に求めず、筋違いの農業バッシングすることで恐怖を煽り続ける、それが運動の「正義」だと錯覚しているのです。

だから科学的データも論証もない被災瓦礫問題で警官隊と乱闘を演じたり、いつまでも執拗に福島、茨城の農産物をバッシングするのです。

彼らの「正義」の生贄にされた石巻の市民や私たち農民はたまったものではない。

私は脱原発です。しかし、このような小児的な「脱原発運動」には一片の共感も感じません。

今のようなことをやり続ければ、彼らはかならず国民から孤立していくことでしょう。かつて、私が青年期に参加した70年安保闘争もそうでした。

まっとうな危機感が、どこかでねじ曲げられ、党派的に変質し、カルト化していき、気がつけば一握りの集団に追い詰められ、そして内部抗争が激化したあげくは国民に愛想を尽かされて自滅していくのです。

「脱原発運動」もそうならないことを祈ります。ざんねんですが、そうなる可能性は濃厚ですが。

■写真 煙草の花です。実に優美ですが、残念なことに、これを摘花して葉を育てて出荷します。

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ヤンバルの共同売店

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私が知っている沖縄は、本島北部のヤンバルといわれる地域です。

今はどうか知りませんが、私が住んでいた当時は売店ひとつない地域がごまんとありました。

たまにあっても、なんとしたことか定価より高いのです。定価100円の上に120円などという手書きシールがペタっと貼ってあるのです。

こんなものは初めて見ました。激安デフレの時代にまっこう楯突く地域、これがヤンバルでした。

本土から那覇に来ると、値引きどころか定価維持で精一杯、それが国道58号線で下るにつれてだんだん高くなり、名護を超えると割高セールとなってしまいます。

それも割高であろうがなんだろうが、売ってくれる商店があればこそですが、それがないのです。食品店などがあるのは名護まで。それ以北は店すらありませんでした。

日航オクマリゾートがあるって?あれはナイチャーの作った租界地です。

ないとなると名護までいちいち出かけなければならないのであまりにも不便、というわけで「共同売店」というものを作りました。

ムラの人たちが、資金を出して小さな店を作り、商品を買い入れて、あんまーやネェネェが替わり番で店番をするのです。

新聞もここに取りに来ます。ちょっと集落から離れた場所の人は、郵便もここに置いてあります。

私の住んでいた場所は、本島北部脊梁山脈の真上の猫の額のようなウルトラ過疎地だったので、郵便屋に来いというほうが無茶です。

毎夕、共同売店に出かけて新聞を取って、郵便をもらうという生活をしていました。そのとき必要な買い物をするのですが、当時は米軍の横流し物資が悪びれもせずに売られていました。

バドワイザー120円、オリンピア100円、島ビールのオリオン180円といった具合で、私が島暮らしをしていた当時はオリンピアという水みたいなビールしか飲んだことはなかったですね。あ、そうそう、アサヒやキリンなど影もなし。

島ビールは復帰特別措置法の酒税軽減でそうとうに優遇されていたはずですが、なぜか米国産ビールに価格では太刀打ちできませんでした。

ま、そりゃそうだ。アメちゃんビールは米軍基地のPXからのもので、基地に勤めている知り合いから買い込むのです。

そもそも米軍基地のPXは在外駐留米兵のために価格を下げてしいるのですから、かなうはずがないのです。

ですから、ヤバルで老人会や豊年祭があると、おジィ、おバアがサンシン片手に飲むのは、バドワイザーと決まっています。

本土に帰ってから、若者たちがナウ(←死語)に「バドくれ」などと言っているのを聞くと、私は「バドワイザーはヤンバルではジジババビールだぜ」、と可笑しかったものでした。

午後、牛にやるグヒチ(カヤ)を刈りにポンコツトラックで北部を回り、1トンほど刈り取り、シャツを絞れば汗がしたたるようになった帰りすがりに寄る共同売店。ありがたかったですね。

そこで一本のオリンピアとテンプラ(さつま揚げ)を1枚買い込み、私ひとりしか知らない東シナ海の蒼い海がみえる眺望の丘で飲む一時。

ああ、あれが人生の至福というものでしょう。

■写真 ムクゲに寄り添うアゲハチョウ。

■今週から土日をお休みとさせていただきます。ちょっと毎日更新じゃあ続かなくって。

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野田政権はTPP8月参加表明、12月参加をもくろんでいる

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野田首相は、小沢氏が不満分子を引き連れて脱党し、中間派を無力化した今、ほぼ完全な支配権を握りました。

次なる標的は、自民党執行部も条件付き賛成をしているTPPだと目標を定めたようです。この間の消費税攻防で、野田政権は自民党野田派と揶揄されるほど自・公と密着しており、この三角同盟の力で一挙にTPPまで押し渡る可能性が濃厚になりました。

6月のメキシコでのG20では表明にまで至りませんでした。それは未だ反対派が民主党の半数を占めていたからですが、そのためにオバマ大統領との会談はわずか数分の立ち話に終わりました。

表面的にはいったんはTPP参加の危機は去ったかに見えましたが、その舞台裏では着々とTPP参加の裏交渉が進んでいたのです。

その一角が米国からの自動車交渉での譲歩要求として日本に突きつけられていることを、民主党TPが明らかにしました。(「日本農業新聞」7月6日による)

これに対して、内閣府大串政務官は、、「自動車について、いくつかの項目で前進を得られるということを(米国)議会に通達できるように米国政府は希望している。信頼醸成のための材料・譲歩を求めている」と述べました。(同)

おそらくは、TPP交渉参加事前交渉の場で政府は、「信頼醸成のための材料」として、外務当局や経済産業省は、米国にいくつもの妥協を既にしているのではないか思われます。

これは、国会審議はおろか、内閣会合などの一切の諸手続きを超越してのものです。このような事ができるのは、TPPが、国内法を外国によって自由に変えらることを狙ったものでありながら、外交条約交渉の範疇に入るために憲法73条により制約を受けないからです。
(関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/cat22955329/index.html

このような時に産経新聞7月10日の衝撃的とも癒える記事が載りました。同紙によれば、日本政府は既にこのような読みをしているとされています。(欄外参照)

米政府は近く、議会にカナダ、メキシコの参加承認を求めることにしており、手続きは9月末までに完了する運び。米国で10日まで開かれている9カ国によるTPP交渉は今後、9月と12月に予定されているが、両国の正式参加は12月になる見通し。日本が8月中に関係国に伝達できれば、米議会の承認手続きは11月末までに終わり、12月の交渉入りが可能になる。」

来月、野田政権はTPP参加表明を、一切の国会審議を超越して単独で決定し、これをもって米国議会「90日ルール」の終了する今年末の正式交渉入りを目指している可能性があります。

これは既に参加を求めているメキシコ、カナダというNAFTA(北米貿易自由協定)組と同歩調をとることを考えたものだとされています。

ちなみにこの両国に対して、既にTPPに加盟している諸国は、一切の条約内容の変更は認めないことを通告してきています。

その場合わが国もまた、TPPによる例外なき関税自由化、国民皆保険制度の廃止、外国人労働者の受け入れ自由化、JAの金融部門と流通部門の切り離し、外国企業の国内農業参入、食品安全基準の切り下げ、そして植民地主義的ISD条項などの市場原理主義の攻撃にさらされることになります。
(関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post.html

野田政権には、消費税騒動での勝利の後政治力学的勢いがあり、一挙に8月中の政府参加表明、12月の正式加盟に突入する可能性が高くなりました。

私たちは日本農業の存亡をかけてこれを阻止しなければなりません。

■お断り 明日明後日2日間更新を停止します。よろしくお願いいたします。

         ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

TPP交渉参加、来月表明 政府 カナダ、メキシコと歩調
産経新聞7月10日

政府は9日、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉参加問題で、8月中に参加を正式決定し、米国など関係9カ国に通告する方針を固めた。早ければ8月上旬に消費税増税を柱とする社会保障・税一体改革関連法案が成立するのを待ち、野田佳彦首相がオバマ米大統領ら関係国首脳との電話会談で正式に伝達。12月にカナダ、メキシコと同時に交渉入りすることを目指す。複数の政府関係者が明らかにした。政府内では、9月上旬にロシア・ウラジオストクで開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせて参加を伝達する案も検討されたが、首脳会議にオバマ大統領が欠席することや、6月のメキシコでの20カ国・地域(G20)首脳会議でカナダ、メキシコの参加が日本に先行して承認されたことを踏まえ前倒しすることにした。

 首相が8月中に決着させる意向を固めたのは、米議会の「90日ルール」が念頭にある。関係国に交渉参加が承認されたとしても、米議会では最低90日間の協議を行う必要がある。

 米政府は近く、議会にカナダ、メキシコの参加承認を求めることにしており、手続きは9月末までに完了する運び。米国で10日まで開かれている9カ国によるTPP交渉は今後、9月と12月に予定されているが、両国の正式参加は12月になる見通し。日本が8月中に関係国に伝達できれば、米議会の承認手続きは11月末までに終わり、12月の交渉入りが可能になる。

 関係府省には12月の交渉入りを確実にするため7月中に決着させる案もあったが、首相周辺は民主党内の慎重論を踏まえ、「消費税増税法案の成立まで結論を出すべきではない」とストップをかけている。

 一方、政府・民主党は今月5日、TPPについて協議する党経済連携プロジェクトチーム(PT)で党内論議を再開。政府の国家戦略会議(議長・首相)フロンティア分科会は6日、「TPP参加を通じて貿易や投資の自由化・円滑化を進める」と明記した報告書を公表するなど、ここへきてTPP交渉参加に向けた動きが活発化している。

 TPPに慎重姿勢を取ってきた小沢一郎元代表ら50人が離党したことで「党内の了承を取り付けやすくなる」(首相周辺)との見方もある。ただ、PTには山田正彦元農林水産相ら慎重派が結集、「TPPを強引に進めればさらに党が割れる」との懸念も残されている。

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県庁交渉の顛末

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昨日の茨城県陳情は、予想どおりでした。

県庁の部長級もいれての10人ほどのお出迎え。名刺交換の後、中島先生からの陳情趣旨、そして各自の状況の訴え。

それに対して、真剣に聞き入る県庁の皆さん。大変に真摯で好意的。そして収穫なし。

というのは、官僚は自分の書いたフィールドでしか発想そのものをしません。あれこれのイベントがありますよと県内催し一覧表を下さる。

それについて主催すればウン十万円、参加ならウン万円補助いたしますよ。ここの市にはどこそこにアンテナショップがありますよ。お話されたらいかがでしょうか。

あるいは、去年の売り上げ減には、仮に安い価格で売っても東電から補償されますよ・・・。

・・・いつもこのパターンです。こちらがなにそれをやれというプランを持っていかない限り、そしてそれに支援するのかしないのかを問わない限り、農業支援目録を拡げてお終いです。

そんなものは、いつも彼らはフォルダーにしこたま蓄えているし、さっと拡げてニコニコできるのです。私はこれを官僚アリバイ目録と呼びます。

なんなんでしょうね、この官僚の当事者意識の欠落は。しょせん他人ごとなのですよ。

官僚は支援しかできない、政策誘導ていどが限界だということなのでしょうが、ここまで農家が危機に陥っていて、下手をすれば潰れる所すらでようというのに、支援カタログを拡げてとおり一遍です。

彼らのルーチン・ワークにあてはめてお終い。

申し訳ありませんが、私は中座したくなりました。時間の無駄です。しょせんお役人には、私たち農業現場の悲鳴などは届くはずもない。

3.11があろうとなかろうと、録をはめる官僚になにがわかりますか。茨城の有機農家がみんな首をくくっても地位が保証される彼らになにが分かりますか。

これは県に対する批判ではありません。そうでしかありえない官僚システムに幻想を多少持っていた自分に対する怒りです。

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本日は茨城県への陳情行動をします

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本日は「ガンバロウ、いばらき有機農業者の集い」の県庁要請行動があります。

茨城県は有機農業の苦境をまったく知っていません。それどころか、安全宣言を出して放射能はもうないと宣言したくてウズウズしています。

そうではなく、未だ放射能禍に苦しんでいる生産者が多くいることを県行政に知らしめる必要があります。

そして有効な支援策を引き出さねばなりません。さもないと、私たち茨城県の有機農業者のかなりの部分は、来春までもたないかもしれません。

茨城県の有機農業者の支援をよろしくお願いいたします。
かんたんにはくたばらないぞ!

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助けて下さい、茨城有機農業!

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茨城有機農業の危機的状況は昨日の「ガンバロウ、いばらき有機農業生産者の集い」の呼びかけ文で訴えたとおりです。

その状況は、先日の準備会合で持ち寄った情報によればおおよそこのようなところです。

●米・・・有機米は生産者により9割減。
     アイガモ農法米・注文数9割減。23年度米の在庫が今年の稲刈りまで持ち越される見通し。

●野菜・・・流通の西日本、九州シフトが止まらないためにシェアが回復せずに3.11以前の8割で固定されてしまった。価格も安い傾向がある。

●自然卵・・・東日本離れが固定してしまった。3.11以降、流通が山梨、西日本、九州へ産地シフトしてしまい、3.11以前の注文量の半分以下に激減。

このように、茨城の有機農家は軒並み経営基盤がすさまじい逆風にさらされています。

私自身のことをお話すれば、3.11以前と較べて注文が6割減りました。3.11直後はぱったりと途絶え、その後必死のお願いで徐々に回復してきたものの、「東日本のものは食べたくない」という消費者の声が上回ってしまったようです。

ある流通は、山梨に生産拠点を移動し、突然注文数を半分にしました。別の流通は、ずるずると崖を滑り落ちるように注文数を減らし続け、今や最大時の10分の1ていどになっています。

私の農場は5棟あるのですが、今やそのうち生産しているのはわずか2棟のみ。残りの3棟は遊休しています。5発エンジンの飛行機が2発で飛んでいるようなものです。

したがって、飼養羽数は3.11以前の6割減となり、まさにミニマム。これ以上注文数が下がると採算分岐点を突破し倒産します。

あまりに注文が減ったために、この数か月はまったく問題ない卵を液卵に回してしのいでいましたが、それにも限界があります。泣く泣くまだ生むことができる鶏を処分して生産調整しました。

こんなことを書くのは初めてですが、私の農場は潰れる間際というのはややオーバーですが、この状況が改善されなければ残念ですが、たたむしかないでしょう。

今は、農業収益はほとんど経費で消えて、蓄えで食べている状況です。その蓄えも、去年の震災による母屋の損壊の修理などで減り続けています。

こんなことはみっともなくて書けなかったのですが、それが実態です。

このような茨城の有機農家の惨状はまったくマスメディアで報じられません。福島は報じられる事があっても茨城はたいしたことはなかったのだろうという勝手な先入観で意識の外に追いやられています。

しかし、そうではありません。今、茨城の有機農家はゆっくりと破滅の淵に近づいているのです。

原発より先に農家のほうが先にたたまれてしまうというのがわが茨城の有機農業です。助けて下さい、茨城有機農業!

わが農場の放射能測定結果(2012年6月12日現在)
検出限界5bqでNDです。

Photo

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「ガンバレ いばらき有機生産者の集い」からの緊急アピール

061_g「いばらきの有機農業」の苦境

「ガンバレ いばらき有機生産者の集い」からの緊急アピール

3.11から1年4ケ月が過ぎ、茨城県農業を襲った福島第1原発事故の被害は一段落したかと見られています。

しかし、それは真実ではありません。

「安全性が証明されていても農産物が売れない」という被害はいまも深刻に続いています。

科学的根拠のない風評によって、「東日本農産物は、なかでも福島産や茨城産はすべて怖い」という消費者心理は増幅され、安全性が証明されていても、農産物が売れないという大打撃が茨城農業を襲いました。

ことに茨城の有機農業は極端な販売不振の中でいまだ苦しんでいます。

東京電力からの補償は原発事故の直接的被害によるものに限られ、その後1年有余にわたる農産物販売の壊滅的状況を補償するものにはなっていません。

なかでも「安全・安心」、「畑と顔が見える関係」という産直原則を忠実に守ってきた有機農業者ほど受けた傷は深く大きいのが現状です。特に有機米生産者の状態は厳しく、昨年産米は78割程度がまだ売り先が見つからず、まだ蔵に積まれたままになっています。いま田んぼで育っているお米の販売計画もまったく立たないという状況です。

有機野菜の場合も、流通組織の多くで産地を関西、九州方面に変更する動きが止まっておらず、今年の作付けは例年の8割程度で、しかも価格は安いという状態が続いています。

このままではせっかく苦労して続けてきた有機農業を断念せざるを得ないような状況なのです。

きびしい農業情勢の中で「いばらきの有機農業」は、微力ながら、元気な地域農業、元気な茨城農業の牽引役を果たしてきました。その有機農業がいま、根拠のない放射能の風評被害によって壊滅しかねない苦境のなかにあるのです。

そんな苦しさの中で私たちは去る78日に茨城大学に集い、互いの状況を交流し合い、力を出し合って何かの行動をおこしていこうと話し合いました。

とりあえずの緊急課題は、有機米の販売です。食べてもらえる見通しの立っていない昨年産の有機米を食べてくれる消費者を募りたい、そして今年のお米の売り先についても見通しを立てたいということです。

しかし、どうしたらよいのか具体的な方策は見つけられておりません。

そこで、茨城農業を愛し、日頃からご支援、ご支持を頂いている消費者のみなさん、流通団体のみなさん、行政のみなさん、研究者のみなさんに、ぜひ、私たち有機農業者がこの苦境から脱していくためのお知恵とお力を貸していただけないかとお願いすることにしました。

また、同じような苦しさの中にある有機農者の方々のご参加もこころから呼びかけたいと思います。ぜひ私たちの集いにご参加ください。

2012

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「ガンバレ いばらき有機生産者の集い」

代表 中島紀一(茨城大学名誉教授)

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夜明三景

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夜明三景です。

厚く覆っていた雲が流れ、夜空の底が白んで、生れたばかりの太陽が清楚な姿を現します。
みるみる輝く球体となり、地上をあまねく照らしていきます。

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国会事故調報告書その2 緊急対応の遅れは、事業者と政府の責任の所在と境界が明確ではなかったことにあった

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国会事故調は、福島第1原発事故の緊急対応についてこう述べています。
(以下引用は国会事故調報告書による)

http://naiic.go.jp/pdf/naiic_digest.pdf

       いったん事故が発災した後の緊急時対応について、官
       邸、規制当局、東電経営陣には、その準備も心構えもなく、
      その結果、被害拡大を防ぐことはできなかった。

このような緊急対応の初動からの崩壊は、もはや必然の結果というべきでしょう。

なぜなら、事業者である東電と規制当局であるはずの保安院には、持ちつ持たれつの隠微な癒着構造があり、地震や津波によって重大事故が起きる可能性を熟知しながらも、その対策を先送りし続けてきたのです。

国会事故調はこれを「東電の組織的な問題であると認識する」と結論づけています。すなわち、まがうことなき国民への背信行為です。

しかし幸運にも、多重防護が一気に破られて全電源喪失する中で現場を死守した作業員たちの奮闘といくつかの偶然の賜物により、2-3号機は重大事態になることが避けられました。

これを事故調はこう記しています。

      多重防護が一気に破られ、同時に 4 基の原子炉の電
     源が喪失するという中で、2 号機の原子炉隔離時冷却系
     (RCIC)が長時間稼働したこと、2 号機のブローアウト
     パネルが脱落したこと、協力会社の決死のがれき処理が
     思った以上に進んだことなど、偶然というべき状況がなけ
     れば、2、3 号機はさらに厳しい状況に陥ったとも考えら
     れる。シビアアクシデント対策がない状態で、直流電源も
     含めた全電源喪失状況を作り出してしまったことで、既に
     その後の結果は避けられなかったと判断した。

各々の責任部署について、東電はいうに及ばず、保安院、官邸まで混乱の極にあり、そのなすべきことすら満足にできなかったことも記されています。

    官邸、規制当局、東電経営陣には、その準備も心構えもなく、
    その結果、被害拡大を防ぐことはできなかった。保安院は、
    原子力災害対策本部の事務局としての役割を果たすこと
    が期待されたが、過去の事故の規模を超える災害への備
    えはなく、本来の機能を果たすことはできなかった。

保安院は、政府側の事故対応事務局として、東電・事業者側と、官邸・政府中枢を結ぶ連絡センターでありながらその機能を早々と喪失していました。

そのために東電から伝達される情報に滞りや歪みがあり、それが官邸側に「東電信じるに足りず」という誤解を招いてしまいました

そのために官邸は即時に出すべきであった緊急事態宣言を出さず、以後、菅首相の異常な行動にふりまわされていくとになります。

      官邸は東電の本店及び現場に直接的な指示
      を出し、そのことによって現場の指揮命令系統
      が混乱した。さらに、15 日に東電本店内に設置
      された統合対策本部も法的な根拠はなかった。

事故対応の最初の切り札であったドライベントの遅れに付いて、報告書はこう書きます。

     1 号機のベントの必要性については、官邸、規制当局
     あるいは東電とも一致していたが、官邸はベントがいつ
     までも実施されないことから東電に疑念、不信を持った。
     東電は平時の連絡先である保安院にはベントの作業中
     である旨を伝えていたが、それが経産省のトップ、そして
     官邸に伝えられていたという事実は認められない。

ドライベントの実施は、東電から官邸に伝達されていたにもかかわらず、(*一説、東電側が放射性物質が避難民の頭上に降りかかることを恐れたためだという説もあります)、実施が遅れました。

このベント実施の遅れが菅首相の東電直接乗り込み事件と、その後の官邸の事故現場への直接介入という異常事態を招来しました。

    保安院の機能不全、東電本店の情報不足は結果として官
    邸と東電の間の不信を募らせ、その後、総理が発電所の
    現場に直接乗り込み指示を行う事態になった。その後も続
    いた官邸による発電所の現場への直接的な介入は、現場
    対応の重要な時間を無駄にするというだけでなく、指揮命令
    系統の混乱を拡大する結果となった。

言うまでもないことですが、このような緊急対応において、専門分野に無知な政府トップは、事故対応の政治的責任だけを取る立場にあり、事故現場の直接指揮などは厳に戒められるべきです。

ところが、専門的知見も訓練も受けていない政治家が危機管理現場の指揮権をいったん奪ってしまえば、一介の素人が原発事故現場の指揮を執るという、考えるだに恐ろしい事態が引き起こされます。これが現実になりました。

この事故において混乱の象徴とされる菅首相の東電本社乗り込み事件について、国会事故調はいくつかの証拠を挙げて全面否定しました。

菅首相は退任後も、この東電乗り込みを最大の自分の成果としていまだに触れ回っていますが、今後はやめていただきたいものです。

     ①発電所の現場は全面退避を一切考えていなかったこと、
     ②東電本店においても退避基準の検討は進められていた
     が、全面退避が決定された形跡はなく、清水水社長が官
     邸に呼ばれる前に確定した退避計画も緊急対応メンバー
     を残して退避するといった内容であったこと、
     ③当時、清水社長から連絡を受けた保安院長は全面退避
     の相談とは受け止めなかったこと、
     ④テレビ会議システムでつながっていたオフサイトセンター
     においても全面退避が議論されているという認識がなかっ
     たこと等から判断して、総理によって東電の全員撤退が阻
     止されたと理解することはできない。

この本店乗り込み事件によって引き起こされた事態は、東電本店の屈伏です。東電本店は官邸の下僕と化してしまい、その時点で東電本店がなすべき最重要事項であるはずの現場への技術的支援をおざなりにしました。

もはや東電本店には事故処理の当事者としての責任意識すら消え失せ、「官邸の意向を現場に伝えるだけの役割状態」に堕っしてしまったのです。 

    東電本店は、的確な情報を官邸に伝えるとともに、発
    電所の現場の技術的支援という重要な役割を果たす
    べきであったが、官邸の顔色をうかがいながら、むし
    ろ官邸の意向を現場に伝える役割だけの状態に陥っ
    た。

最後に事故調は事故対応についてこう結論づけます。

    当委員会は、事故の進展を止められなかった、あるいは
    被害を最小化できなかった最大の原因は「官邸及び規制
    当局を含めた危機管理体制が機能しなかったこと」、そして
   「緊急時対応において事業者の責任、政府の責任の境界が
    曖昧であったこと
」にあると結論付けた。

    重要なのは時の総理の個人の能力、判断に依存するの
    ではなく、国民の安全を守ることのできる危機管理の仕
    組みを構築することである。

原子力行政の構造的欠陥と体質により引き起こされたこの重大事故は、危機管理体制の混乱を招きながら、一気に首都圏壊滅という「最悪シナリオ」コースに入っていったのでした。

■写真。北浦の朝。北浦には渡り鳥が沢山きます。早朝のこの時間の湖を支配するのは、静寂ではなくにぎやかな鳥たちの囀りと、水を切り羽ばたく彼らの生きる音です。
北浦にはバードウォッチングするポストもあり、近距離から静かに観察したり、撮影する事ができます。親しい人と共に静かに湖の朝を楽しまれるのもいいでしょう。

           ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

■「明らかに人災」国会事故調 菅元首相による混乱も指摘
産経新聞 2012.7.5 17:02

東京電力福島第1原発事故を受け、国会が設置した事故調査委員会(黒川清委員長)は5日、「事故は自然災害ではなく明らかに人災だった。政府、規制当局、東電は人々の命と社会を守るという責任感が欠如していた」と厳しく批判する報告書をまとめた。事故当時、菅直人首相らが現場に直接指示を出したことも「現場対応の重要な時間を無駄にしただけでなく、指揮命令系統の混乱を拡大させた」と断罪した。 報告書は約640ページ。事故調は5日の会合で最終的に取りまとめ、衆参両院議長に提出した。

 報告書では、東電の清水正孝社長(当時)が第1原発からの全面撤退を申し出て菅氏が阻止したとされる問題に関しては「東電で全面撤退が議論された形跡はない。菅氏が阻止したと理解することはできない」と結論づけた。その上で「重要なのは首相の能力、判断に依存するのではなく、国民の安全を守ることのできる危機管理の仕組みの構築である」とした。

 東電側の対応についても「官邸の顔色をうかがい、官邸の意向を現場に伝えるだけの状態に陥った」と批判。「緊急時対応での事業者の責任、政府の責任の境界が曖昧だった」とした。

一方、事故の背景として「第1原発は地震にも津波にも耐えられる保証がない脆弱(ぜいじゃく)な状態だったと推定される」と指摘。「東電や原子力安全委員会などは地震や津波による被災の可能性、シビアアクシデントへの対策、住民の安全保護など当然の備えをしていなかった」と批判した。

 根源的な原因として「規制する立場と規制される立場が逆転し、原子力安全についての監視機能の崩壊が起きた」と認定。「規制当局の防災対策への怠慢と、官邸の危機管理意識の低さが、住民避難の混乱の根底にある」と結論付けた。

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国会事故調報告書その1 福島第1原発事故は人災 1~3号に地震による損傷も

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福島第1原発事故を総括する文書が出されました。

今まで民間事故調の形で中間的に私たちは事故の実態を知りましたが、より強い権限をもち、多方面の関係者を聴取した国会事故調(東京電力福島原子力発電所事故調査委員会)の報告書は、政府報告書に等しいもので極めて重大な意味を持ちます。
(*正確には内閣の事故調とは法的根拠が異なっていますので、国会事故調=政府見解ではありません。)
http://www.naiic.jp/
http://naiic.go.jp/pdf/naiic_digest.pdf

国会事故調は、この春に発表された民間事故調より一歩踏み込んだものになっています。それは民間事故調が、東京電力や政府関係者に対しての強制的聴取が可能だったことによります。

民間事故調は、立場上任意団体にすぎませんから、東京電力に聴取を逃げられてしまったり、政府責任者に対しての聴取についてもやや手ぬるさを指摘されていました。

今回の国会事故調は、明解に3点を言い切ったことを私は高く評価します。

まず第1に、この事故を明解に「人災」と結論づけました。「結論の要旨」で国会事故調はこう述べます。(太字引用者)

    事故の根源的な原因は、東北地方太平洋沖地震が発生
    した平成23(2011)年3 月11 日(以下「3.11」という)
    以前に求められる。
当委員会の調査によれば、3.11 時点
    において、福島第一原発は、地震にも津波にも耐えられ
    る保証がない、脆弱な状態であったと推定される。地震・
    津波による被災の可能性、自然現象を起因とするシビア
    アクシデント(過酷事故)への対策、大量の放射能の放
    出が考えられる場合の住民の安全保護など、事業者であ
    る東京電力(以下「東電」という)及び規制当局である
    内閣府原子力安全委員会(以下「安全委員会」という)、
    経済産業省原子力安全・保安院(以下「保安院」という)、
    また原子力推進行政当局である経済産業省(以下「経
    産省」という)が、それまでに当然備えておくべきこと、
    実施すべきことをしていなかった

報告書には、東電と規制当局は、福島第1が「地震にも津波にも耐えられない、脆弱な状態」であることを事前に知りながら、重大事故対策、周辺住民の安全保護を実施してこなかった、としています。

したがって、この事故は人為的災害、すなわち人災であって、「天災」であることを理由に未だ責任逃れを続ける東電の主張を完璧に退けることになりました。

東電は、2009年6月とした耐震バックチェックの最終報告期限を、恣意的に社内で17年もの先の2018年1月までへと先送りし、耐震補強工事をまったく実施していませんでした。

まさに意図的、かつ、悪質な不作為です。

    東電は、最終報告の期限を平成 21(2009) 年 6 月
   と届けていたが、耐震バックチェックは進められず、いつ
    しか社内では平成28(2016)年 1 月へと先送りされた。
    東電 及び保安院は、新指針に適合するためには耐震補
    強工事が必要であることを認識していたにもかかわらず、
    1 ~ 3 号機については、全く工事を実施していなかった。

第2に、東電事業者を監査・規制すべき監督官庁の保安院もまた東電と一体となった「黙認」を決め込んだことを告発しました。

     規制する立場と規制される立場が逆転し、原子力行政に
    ついての監視機能の崩壊が起きた

    規制当局の防災対策への怠慢と、官邸の危機管理意識の低さが
    住民避難の混乱の根底にある

このように規制される側=東電の社内的都合に、規制する側=保安院が合わせてしまい、本来なすべき監査を怠り事故に至らしめたのです。

この責任は重大であり、単なる原子力規制庁への再編でお茶を濁すのではなく、関係官僚の厳罰を要求するべきでしょう。

第3に、報告書は今まで震災には耐えたとされていた原子炉についても、「1 ~ 3 号機に地震動による損傷がなかったとは言えない」と断じています。

   保安院は、あくまでも事業者の自主的取り組みであるとし、
  大幅な遅れを黙認していた。事故後、東電は、5 号機に
  ついては目視調査で有意な損傷はなかったとしているが、
  それをもって 1 ~ 3 号機に地震動による損傷がなかった
  とは言えない。

この歯に衣を着せぬ明確な国会の名における結論が出たことを歓迎します。次に政府の事故対応をみます。(続く)

■明日は都合により休載いたします。

■写真 霞ヶ浦の夕暮れ。真っ赤に燃える夕日が霞ヶ浦の向こうに消えていくのを見ていると、ガラにもななく、運命とか永遠などをボーッと考えてしまいました。

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           ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

国会事故調 “明らかに人災”
NHK 7月5日 14時16分

東京電力福島第一原子力発電所の事故原因などの解明に取り組んできた国会の原発事故調査委員会は、5日、報告書をまとめ、衆参両院の議長に提出しました。

報告書は、歴代の規制当局と東京電力の経営陣の安全への取り組みを批判し、何度も事前に対策を立てるチャンスがあったことに鑑みれば今回の事故は「自然災害」ではなく、明らかに「人災」であるとしています。国会の原発事故調査委員会は、5日、国会内で20回目の委員会を開いて、641ページにおよぶ報告書を取りまとめ、黒川委員長が横路衆議院議長と平田参議院議長に提出しました。

報告書では、今回の事故について、歴代の規制当局と東京電力の経営陣がそれぞれ意図的な先送り、不作為、または自己の組織に都合の良い判断を行うことによって、安全対策が取られないまま3月11日を迎えたことで発生した。

何度も事前に対策を立てるチャンスがあったことに鑑みれば、今回の事故は「自然災害」ではなく明らかに「人災」であるとしています。

また、事故当時の総理大臣官邸の対応について、発電所の現場への直接的な介入が現場対応の重要な時間をむだにするだけでなく、指揮命令系統の混乱を拡大する結果となったなどと指摘しています。そして、国民の健康と安全を守るために規制当局を監視する目的で、国会に原子力の問題に関する常設の委員会を設置すべきだと提言しています。

一方、事故の直接的な原因について、報告書では、「安全上重要な機器への地震による損傷がないとは確定的に言えない」として、津波だけに限定すべきではないと指摘するとともに、特に1号機については、小規模な配管破断などが起きて原子炉の水が失われる事故が起きるなど地震による損傷があった可能性は否定できないと指摘しています。
そのうえで、未解明の部分が残っており、引き続き第三者による検証が行われることを期待するとしています。

黒川委員長“提言着実に実行を”

国会の原発事故調査委員会の黒川委員長は、記者会見で、「提言を一歩一歩、着実に実行し、不断の改革の努力を尽くすことこそ、国民から未来を託された国会議員や国会、国民1人1人の使命だと確信している。

原発事故はまだ終わっておらず、提言の実現に向けた第一歩を踏み出すことこそ、事故によって日本が失った世界からの信用を取り戻し、国に対する国民の信頼を回復するための必要条件だと確信している」と述べました。

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原理主義的な二項対立で原発問題を語る時期は終わった

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大飯原発3号機が再稼働し、電力供給が開始されました。また大飯原発の再稼働に反対する人々が首相官邸に数万人集まりました。

労組の組織的動員はあったのでしょうが(赤旗は自粛していました)、その大多数は再稼働を憂いて集まった普通の市民だったと思われます。

では、このエネルギーがどこに向かうのでしょうか。残念ですが、私はいったん雲散霧消してしまうと思っています。

というのは、ドイツ緑の党のような運動の中心になる有力な政党が日本には存在しないからです。

その原因はリアリズムの欠如です。具体現実の課題として脱原発を唱えることを怠り、即時全面稼働停止といった極端なスローガン政治に陥っています。

脱原発というスローガンを唱えているだけでどうかなるほど、原子力はヤワではありません。

戦後の長い歴史をかけて作られてきた国策としての原子力推進の舵を切るためには、こちらにも相当な覚悟とリアルな対案が必要とされます。

日本という痩せても枯れても世界屈指の工業国家のエネルギー政策の問題として、原発問題を見ていく必要があるのです。

たとえば、半導体のクリーンルーム、常時温度管理が必要なバイオテクノロジー関係、コンピュータ制御が絶対条件のNC旋盤や産業用ロボットを主力とする製造業などは、わずか一瞬の停電も許されません。

このような部門にわが国は満ち溢れており、リスクマネージメント上から国内生産から逃避していきます。

これはわが国よりはるかにしっかりとした脱原発路線をとったドイツにおいて、大量の工業の国外移転を生み出してしまったことからも想像がつきます。

では、ここで原子力に未来はあるのかと逆な質問をしてみましょう。私はないと思います。

それはいわゆる「バックエンド問題」が、日本では解決不可能な以上、原子力に仮に明日はあっても、明後日はありません

バックエンド問題とは、日々原発から排出される使用済み核燃料の行き場です。

ひとつはリサイクル工程に入れて再処理されてプルトニウムになります。これは経済エネルギーの枠を超えて軍事転用問題というやっかい事を半永久的に抱え込むことでもあります。

もうひとつは、そのまま処分場に埋設し補完するワンススルー(直接廃棄)方式です。ガラス化しての地層処分は、活断層が縦横に走っていて、未発見の活断層に満ちあふれているわが国ではナンセンスです。

この核燃料問題とは別に、廃炉問題もあります。原発の炉関連は言うに及ばず、原子炉全体の細かなネジ一個まで処分することには膨大な費用と廃棄処分場を必要とします。

現実的に不可能に等しいことです。そしてこのバックエンド問題を処理するために、国が市場メカニズムとは別次元で介入せねばなりませんでした。

これが単なる民間エネホルギー部門でありながら、過剰な国家介入を招いて、飯田哲也(てつなり)氏のいう原子力村を生み出し3.11の遠因を作り、国策民営という歪んだ原子力政治を生み出したことはご承知のとおりです。

推進派は極端な原発安全神話を創造し、いっさいの批判に耳を貸さず、リスクマネージメントすら「何も起きるはずがない」という前提で立てるというまねをしました。

一方、脱原発を掲げる人々の多くは、「命か経済か」というような無意味な二項対立に未だしがみついています。このような別次元のものを秤にかけても意味はありません。

このような原理的な二項対立、つまり一方は不可侵の「原子力安全神話」にしがみつき、方や「命か経済か」という空論から出ようとしないのではリアルな原発の畳み方が議論の俎上に登ることはありえません

ましてこれに小沢新党やら菅直人氏らのグループが政局として脱原発を利用するとなると、絶望的な気すらします。

原理主義的な二項対立で原発問題を語る時期は終わったのです。

今必要なことは、いかに合理的に、段階を踏んで、経済にも国民生活にも負担をかけず、原子力から離脱し、命を守ることなのです。

■写真 当地は今日もぐずついた天気です。その中で新緑がみずみずしく天に向かって伸びています。ほんとうに見飽きない美しさです。
この欅は若木から植えたもので、樹齢が30数年たちます。いつの間にか大木に育ってしまいました。
30年というのは人間にとってあっと言うまですが、ほんとうは長いのですね。

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アジサイ

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アジサイが村のそこここで満開だ。アジサイの花言葉は気の毒だ。
移り気、変節だそうである。

アジサイは、その時期と土質によって色を変える。淡く清楚なブルーから、ためらったような紅色、そして落ち着いたいわゆるアジサイ色にまで姿を変える。

アジサイには責任がない。アジサイはただ生きて、その命をまっとうさせているたけだ。

彼女を変えたのは土であり、季節だ。彼女はほんとうは変わっていないのだと思う。

淡い青であろうとも、紅色であろうとも、そして落ち着いたアジサイ色であろうとも、アジサイはアジサイなのだ。

そう言えば、アジサイにはもうひとつの花言葉があったことを思い出した。
「辛抱強い愛情」。

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村人が自分ひとりしかいないクチョーおジィ

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昨日、密造ジジィのことを書いたら、私が出会ったもうひとりのヘンツツおジィのことを思い出した。

その名は「クチョウー」です。なんのことやらだろうが、「区長」のことである。東京都港区の区長などという大仰ものではなく、字を束ねる自治会長みたいなものだ。

村の十数所帯を束ねる世話役というところか。私の村にもある。村内のもめごとや決め事があると、クチョーの出番になる。

その「クチョウー」おジィは、沖縄の山の中に住んでいた。ヤンバルのど真ん中、一番山々が連なっているところだ。東南アジアのジャングルを思い出していただければ、ビンゴである。

私の就農第一歩がこのジャングルだったのだが、そこにはわずか十所帯に満たない人しか住んでいなかった。

クチョーを除く村人は、下の町から山に上がってきた連中だったが、クチョーだけはいわば先住民だった。

実は、この村は一回廃村になっている。沖縄では村はソンと言う。たとえば東村はヒガシソンというわけだ。そして村はシマと言い習わす。

このシマは一度廃村になっていた。なぜって、学校がないからだ。今でもない。

だから、小学校にもテクテクとと小一時間かけて山を下らねばならない。そして帰りもリュキュウイノシシがブイブイいう山道をまた歩いて帰る。

高校ともなれば、名護の町中に下宿させねばならない。この負担に耐えかねて村人たちは去っていった。

村人がひとりふたりと去るごとに、おジィはサンシンを爪弾いて、島酒を酌んで惜別した。最後の村人が去って、おジィの友はサンシンと島酒だけになった。

そして廃屋だけが残った。今でも、竹藪と化した住居はハブ宮殿と化している。

クチョーの家だけは、竹のくし刺しを免れて、傾きながらも生きている。竹というのは、床下から畳をぶち抜き、天井までもブスっとやるのだ。けっこうこわい風景だ。

その屋根の梁にハブが家族で住んでいるのだ。コワイぞぉ。無防備で入ってはいかんぞぉ。首筋にポトリと落ちてきたら死ぬぞぉ。

クチョーおジィの家は、ガタガタの赤瓦に、庭にはバショウの樹があった。バナナの樹というとシャレて聞こえるが、バショウは赤い花弁を子供の腕の長さほど伸ばし、ピロピロと亜熱帯の風にそよがせているのだ。オシャレどころか、かなり不気味である。

おジィがどうしてひとり残ったのか。子供はとっくに下界の建設現場に行ってしまったし、妻には先立たれている。身軽なものである。

それに役場の職業欄には書けないが、彼はハブ採りだったのだ。ハブは儲かるのだ。ただし命がけだが。

下界の町の保健所に生きたまま持ち込むとたしか当時1万円ていどにはなった。保健所はこれで血清を作るのである。

ハブがお出ましになる早朝と夕方に、猟場である山を歩けば数匹は捕まる。一日数万円。いい商売かもしれない。ただくどいが、命がけだ。

クチョーというのは、おジィが廃村を認めていないからだ。役場は、何度か足を運び下界に親戚はいないかとか、なんなら老人施設もあるからと猫なで声で説得を試みた。

その都度オジィは、「うんにゃ、廃村ではない。ワンがいる」と 突っぱねた。それどころか、「ワンはクチョウである」とすら宣言したのである。まるで独立宣言である。

市としても、まさか強制退去させるわけにもいかず、渋々追認した。「そこまで言うのなら、勝手に名乗ってなさい」という気分だったのだろう。

かくして、ハブとヤンバルクイナ、そして自分ひとりしか住民がいないクチョーが誕生した。沖縄の山の中のことである。

■写真 梅雨の前に花開く赤いバラの花言葉は、「愛情 ・ 美 ・ 情熱 ・ 熱烈な恋 ・ あなたを愛します」です。あなたには贈りたい人はいますか?

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さようなら、私の好きなジジィ

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村のジジィが亡くなった。享年88。末広がりの歳で大往生だ。合掌。むしろ祝ってやりたい。

ジジィは、おっと、年長者に対して無礼な言い方だと思われるかもしれないが、おじぃさんというようなヤワなキャラではない。

彼は今でこそ大人しい老人ヅラをしているが、終戦直後の若い頃はハッパをしかけて魚を獲ったというのが自慢だった。もちろんいい子はやってはいけません。当時だっていけません。手が後ろに回ります。

もうひとつの自慢は密造酒作りだ。これも自慢することかと思うが、芋焼酎に関しては「夏子の酒」(←愛読書です)の杜氏のじっちゃんのようだ。

今でこそ、作るより買ったほうが安いので、大五郎の2リットルペットボトルを愛飲しているが、ほんとうは今でも芋焼酎のほうが好きなようだ。

ジジィに言わせると、主原料たる芋は今どきの紅高系などはダメだそうである。金時などもってのほか。

あんなクソ甘い芋だと、ベタベタに甘くて飲めたもんじゃない、と言いながら2リットル1980円の焼酎をお飲みになるのはやめていただきたいものである。

ついでに渋茶で割るのはともかく、オロナミンCで割るだけはゼッタイに止めてほしい。味もさることながら、色がシュールだ。マカ茶で割っていたのも知っているが、ジィさんなにを考えていたのか。

この芋焼酎用の芋はクールでハード(てなもんか)に甘くない農林100号のような、いまでは見向きもされない品種のほうがいいそうである。

ジジィはドブロクにも手を出していて、私がかつて新米で挑戦した時に、沸かないのでイーストを入れた話をした時には、歯がない口で5分間ガハガハと笑われてしまった。まったくかわいくない。

ドブロクは古米、古古米で作るべきだそうだ。考えてみればとうぜんで、新米を売って現金にして、子供を学校に通わせて、親爺はおもむろに残った古米でドブロクを作るのである。新米でドブロクなどは瑞穂の神様にバチが当たる、というわけだ。

ジジィに「夏子の酒」で仕入れた吟醸酒精米率6割などという知識をひけらかしたら、バッカじゃないかという目で見られた。なんという無駄なことを。これまたバチあたりで、百姓はそのようなことをしてはならないのである。

かつて「富乃宝山」を手土産に持っていったことがあるが、かけた茶碗でグビグビ飲みながら(ちっとは遠慮しろよな)、「なんだこの水みたいな芋焼酎は」とぬかしおった。

あの芋焼酎の革命児と言われた宝山さまを、水と抜かす。ムッとなる私にジジィは楽しげにウンチクを披露する。しまった、このウンチクモードに入るとともかく長いのである。

ジジィに言わせると、芋焼酎は栓を開けるとガツンとくる毒ガスを発生させねばならないのだそうである。あの独特のイモの悪臭、もとい香りが室内に立ち込めて、女房子供は屋外退避する、これがいいのだそうだ。

つまみはいらない。せいぜいが畑で採れたきゅうりかなすの漬け物。それも古漬け。ほとんどピックルス一歩手前の漬け物でグビグビやる。

漬け物がなければ、味噌をつけただけで充分。野菜すらなければ、味噌だけで充分。味噌がなければ、塩だけでも。

前にハムを持って行ったが、ひと口も食べなかった。若い村の連中のようにすぐにから揚げに走るということをしないのは立派である。というか、空酒タイプなのだ。体にいいはずがない。

しかし88まで生きて、最後まで飲み続けたのだから天晴れである。ジジィは棺桶に入れるより、大きな酒樽にでも入れて、上から酒を入れてやるのが幸せだったのではないか。

晩年は震災と放射能禍で、家業が壊滅状態になってしょぼくれていた。もう百姓ができねぇ時代になっちまった、というのがジジィの最後の声だった。

考えて見れば、震災と放射能が殺したようなものだ。

おとなしく極楽往生するとも思えないが、極楽の蓮池で酒を飲んでいるだろう。

私はこんなジジィになりたい。無理かな。

蛇足 最近堅い記事ばかりで、データとグラフばかりですね、と昔からの読者に言われてしまいました。4年前に始まった時は、こんなエッセイ調だったんですが、たまに戻ってみると、書くのが楽しいですね。これからもたまに書きます。

■写真 菜の花です。春から初夏にかけての田園は翠一色です。私の中まで翠一色に染まっています。 

 

 

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霞ヶ浦放射能汚染の実態その6 県は重い腰を上げたが、対策まで検討せねば無意味だ

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霞ヶ浦の茨城県に占める割合をご存じでしょうか。実に35%です。わが茨城の3割強の面積は、霞ヶ浦という複雑な生態系をもつ巨大な「生き物」なのです。

その広さは、西浦(狭義の霞ヶ浦)と北浦を合わせて2156.7平方キロにもおよび、東京港区の2034キロ平方キロに匹敵する大きさです。東京に港区ほどの湖があったらさぞかし壮観でしょうね。

さて、この間見てきたように、この霞ヶ浦は今静かに、この湖が始まって以来最大の危機を迎えようとしています。

言うまでもなく、放射性物質の蓄積です。下のグラフを見てください。

006         環境省モニタリング調査結果 濱田篤信氏「霞ヶ浦の放射線汚染」による

これは霞ヶ浦に流入している河川の環境省モニタリング数値です。左から2番目が流域面積で大きければ大きいほど、流域が長い大きな川ということになります。

一番長いのは桜川で350平方キロあります。ですから、わが村を流れる武田川や山田川は20平方キロに満たないので、いかに小さな川かわかるでしょう。

グラフの左から3番目の去年9月の環境省第1回モニタリング時のセシウム合計値と、5番目の第2回目の数値を見較べてください。

・山田川(北浦へ流入)・・・600⇒330bq
・竹田川(西浦へ)   ・・・460⇒260
・新川(西浦へ)    ・・・5500⇒2600
・備前川(西浦へ)   ・・・2600⇒1400

いずれも第2回目が半減しています。新川など2900bqも減っています。普通はセシウム値が減少するのは大いにメデタイことなのですが、川の場合そうではありません。

放射性物質は移動はするが、半減期を迎えるまで消滅しないことを思い出して下さい。

そう、この河川の線量の劇的減少分は移動したのです。もちろん湖という閉鎖的生態系に向かってです。

実は、霞ヶ浦のモニタリングの実態調査は遅れています。

これだけ広大な水面を持ち、その上そこから100万人とも言われる市民の水道水を取っているにもかかわらず、検体数は56本の河川数に対してわずか半数の24箇所でしかありません。

001               (図 NPO法人アサザ基金作成による)

特に取水ポイントのある土浦での計測ポイントはわずか4カ所!環境省は真面目にやる気があるのかといいたいような検体数です。

しかもこれを第1回からどんどんと増やしていこうというならまだしも、逆に2回目は24カ所から12カ所へ半減させるというていたらくです。

この調子ならば、環境省は地元自治体に測定を丸投げして、第3回の測定すらやらない可能性すらあります

そう私が勘ぐりたくなるのは、茨城県、千葉県、栃木県などの霞ヶ浦に影響をもつ自治体は、2012年3月に「霞ヶ浦水質保全計画・第6期(平成24~27年度)」を策定しました。

この6項に「霞ヶ浦の水環境の放射性物質モニタリング」という項目を儲けて、定期的にモニタリングすることをうたっています。

茨城県は、今まで見向きもしなかったわけですから、それ自体はけっこうなことなのですが、茨城県は魚の汚染と水質汚染問題を切り離して考える傾向があります。

魚の汚染は漁政課、水質汚染は環境課という縦割り行政的発想からぬけだせないでいる結果として、魚の放射能汚染は詳しく調査してみても、その原因であるはずの水質汚染調査はまったくしないということになってしまいました

これへの反省がない限り、仮に放射能汚染計測をしたとしても、それを汚染防止政策へと繋げずに、風評被害補償のためのデータ集めのために使われてしまうでしょう。

東京湾では、かなり調査が進み、鯉淵東大准教授の提唱するような、大きめの穴を河口手前に堀り、流入してくる放射性物質をそこでトラップする防止方法も検討されているようです。(欄外切り抜き参照)

このような湖の汚染防止策を、全河川でやれなどと言うつもりはありません。そんな力がわが茨城県にないのは百も承知です。

だからこそせめて取水口のある備前川河口付近でするべきです。

水道水に放射性物質が入ってからでは、その補償や対策に膨大なコストがかかります。今の時点で取り組めば、はるかに少ないコストで防止できるのですから。

■写真 私は翠という色が好きです。青葉の季節の主役は、この透明な翠です。そういえば、仙台にある青葉城を訪れたことを思い出しました。

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■東京新聞2012年2月18日

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