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2012年8月

2012年8月31日 (金)

原発再稼働の前提に最大限安全基準と更新基準をおくべきだ

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結局、なし崩し的再稼働が大飯原発3、4号機で始まってしまいました。このことは痛恨事です。

このような形で再稼働を認めてしまうと、今後も原発の再稼働問題が浮上するごとに日本は揺れ続けることでしょう。

電力の必要性と安全性という本来は対立するはずがない二項対立が生れています。

私は再稼働の条件は、菅前首相が思いつき的に言い出したストレス・テストなどではないと思っています。

ストレス・テストとは、原発の非常事態に対する余裕度をコンピュータを使って測るもので、再稼働の前提条件そのものではありません。

もし、その必要があったのならヨーロッパ諸国がしたように3.11位後直ちになすべきであったし、去年7月6日時点で稼働していた19基の原発をいったん停止させるべきでした。

それをせずに、玄海2、3号機の再稼働になってからストレス・テストを持ち出すということは、彼が得意とする政治的スタンドプレイだったとしか考えられません。

それはさておき、再稼働の前提条件はストレス・テストではなく厳格で万人が納得する安全基準です。

これはいままでの原発事故に対する基本姿勢あった「原発過酷事故は起きない」というファンタジーに立つのではなく、「原発過酷事故は起きる」という前提に立つものではなくてはなりません。

そしてこの原発無謬ファンタジーを未だ信奉している者たちは、一切の原発関連の規制当局はもちろんのこと、審議会などにも加えてはなりません

彼らの影響力を徹底的に排除しないことには、新たな安全基準は誕生できるはずもありません。そのためにはしっかりとした政府の政治的決断が必要とされることでしょう。、

そして作るべき再稼働の安全基準はこのようにあるべきだと私は考えます。

原発施設に、史上最大級の地震、津波が襲来したとしても、それに耐えうる最大限の危機を想定した安全基準。

➋新たな活断層の発見、あるいは地震学の知見が発見された場合には、それを優先して取り入れる事が随時できる柔軟な更新基準。

実はこれは私のオリジナルではなく、日本最大の原発銀座をもつ福井県の発案です。このような徹底した安全基準を再稼働の条件とした場合、大部分の原発は再稼働が不可能となります。

特に南海トラフによる大地震が想定される地域での原発はBWR、PWRを問わずすべて廃炉とし、直ちに燃料棒の抜き取りと安全な場所への移動を行わねばなりません

昨日の記事がらみでいえば、CO2排出問題には目をつぶって一時的に火力発電所のフル稼働でしのぎながら乗り切るしかないのではないかと思います。

■あすあさっては定休日です。月曜日にお会いしましょう。

2012年8月30日 (木)

ドイツが「脱原発」をできたわけ

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今年の夏のピーク時電力をしのぎ切ってしまったために、原発護持派の旗色は急速に悪くなりました。

そりゃそうだ、あれだけ大停電を喧伝されていたのに「実質原発ゼロ」でこともなく乗り切ってしまい、電力会社間の貸し借りもなかったのですから。

では、今後この「実質原発ゼロ」のまま脱原発社会に突入するのでしょうか?

それを考える時に参考になるのがドイツです。ドイツは世界に先駆けて「脱原発」を宣言しました。

ドイツは福島第1原発の事故を受けて、2022年までに国内の全原発2000万キロワットを停止することを決定しました。

ドイツは漫然と「脱原発」に突入しようとしたわけではありません。ドイツのような工業を基幹産業とし、しかもGDPに占める輸出の比率が非常に高い国がエネルギー危機に陥ってはシャレになりません。

ちなみにドイツのGDPに対する輸出依存度は34.2%、日本は10.7%です。このような国で工業のエネルギーが不安定になることは死の宣告に等しいといえます。

ドイツのエネルギー源の割合は以下です。ベース電力のうち原子力は23%です。これは、日本の24%とほぼ一緒の比率です。

よくわが国を「原発大国」などと言う人がいますが、それは間違いで、わが国のエネルギーミックスは先進国としては標準的な比率です。(下図参照)

Photo_2 それはさておき、ドイツがとった「脱原発」の方針は二つです。ひとつは火力発電所の大増設計画です。

ドイツ環境諮問委員会の資料によれば、現在計画中の石炭火力発電所により1000万キロワット、そして天然ガスによる火力発電所で更に1000万キロワットを補填する計画です。

このうち石炭火力発電所は2013年までに早期完成させ、天然ガスのほうも2020年までに竣工させるという計画をもっています。

つまりドイツは、「脱原発」というカードを選んだ代償としてCO2の排出削減という環境政策を捨てたことになります。

そして、この化石燃料依存にシフトするまでの10年ていどの期間は、ドイツは電力を燐国フランスからの電力輸入に頼ることにしました。

このように書くとかならずドイツは脱原発をしても電力輸出国だという人がいますがそれはあくまで一時的なことで、ドイツのエネルギー・ネットワーク庁の責任者はこう明解に言い切っています。

「今多くの人は、ドイツが数週間フランスに電力を輸出したと喜んでいます。しかし2011年全体でみれば、ドイツはフランスに対してかつての電力輸出国から輸入国へと転落しています。都合のいい数字ばかりではなく、事実を見つめるべきです。」(フランクフルター・アルゲマイネ紙)
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-6147.html

ドイツは大きなヨーロッパ送電網の中に位置しており、電力が余剰の時は旧東欧諸国に輸出し、不足した場合は火力発電所を調整してもらっています。

このおかげで東欧はドイツの電力事情の尻ぬぐいをさせられていると年中文句を言っているようです。 

つまりヨーロッパは地域全体で国を超えた電力需給をしており、その中で得意方面をいかしているのだと思えばいいでしょう。スペインは風力であり、ノルウェーやスウェーデンは水力という具合です。

その中でドイツの燐国のフランスは原発大国であり、ドイツは系統調整の一環として燐国から原子力の電気を融通してもらったというだけの話です。(下図参照)

Photo_4

このような裏付けがあってドイツは初めて「脱原発」を叫ぶ事ができました。

この二つの要素、すなわち、ひとつは火力発電所のCO2削減を捨てた大増設計画、そしてもうひとつは国を超えた電力需給という条件がわが国にあるのでしょうか。

2012年8月29日 (水)

福間県、早場米の全袋検査を開始!

Img_0010 

福島県がすべての本年度産の新米をを計測するという難事業を始めました。おそらくここまで徹底した検査態勢は歴史上かつてなかったでしょう。

福島県、コメの放射性物質濃度全袋検査のため機器を150台導入へ
福島県は、2012年に収穫される全てのコメの放射性物質の濃度を袋ごとに検査することになり、短時間で測定できる検査機器を150台導入する予定。
福島県は、コメの袋を通すだけでセシウムの濃度を測定できる機器を、35億円かけて、150台導入する予定。
福島県は2011年、一部で基準超えのコメが見つかったため、2012年は、全てのコメを袋ごとに検査する計画。こうした機器の導入で、全てのコメを2カ月で検査することができる。
28日の展示会には、条件を満たした5つのメーカーが参加していて、市町村やJAなどが、それぞれのメーカーと契約することになる
。」

(05/28 13:20 福島テレビ)

この測定結果はリアルタイムで検索する事ができます。
ふくしまの恵み安全対策協議会
放射性物質検査情報

玄米
https://fukumegu.org/ok/kome/

福島県はこの全袋検査の実施に、実に35億円を投じています。去年の収穫期の地獄からわずか一年間でこれだけの検査機器を島津製作所などと共同開発し、ソフト面まで整え、しかも192台もの量産にこぎつけたたことに敬意を表します。

全袋検査に要したコンベア式検査器が192台。検出限界は30bqです。ゼロベクレルを望む一部消費者には文句があるでしょうが、必要にして充分な精度ではないでしょうか。

それ以下のたとえば5bqを望む場合は、30bqでハネられた対象のみをゲルマニウム半導体計測器にかけて再検査すればいいのです。第一、ゼロベクレル主義者は、福島、茨城産というだけで寄りつきもしません(苦笑)。

今は全量検査という膨大な「量」をこなすことが第一義であって、そこまでの精度を望むならそもそも全袋検査は不可能となります。

また、それと同時に整備されたQRコード検索システム構築もなされました。これせは既にある牛のトレサビリティシステムの応用だと思われますが、検査点数が比較にならないほど多い米に転用するのは技術的にも大変であっただろうと思われます。

これは私の憶測ですが、個人生産者名まくでの追跡は可能でしょうが、もう一歩進んでの田んぼ単位まで特定は不可能だと思われます。

去年の二本松などの検出例からの経験で言えば、同一の生産者の水田でも山林際の水口が線量が高く、下に行くほど下がってくる傾向がありました。

現行の方法だと、おそらく生産者単位となってしまうのではないかと危惧します。

つまり、原則として袋単位での測定をしながらも、いったん基準値声が発生した場合その生産者すべての米が事実上の出荷停止に追い込まれる可能性があります。

これが私の危惧であることを望みますが、万が一そのような事が起きた場合には、県はあくまでひと袋一袋安全性を確認しているのだ、という原則を主張していただきたいと思います。

その場合、量販店チェーンはかならず基準超えをした地域全体の取引を停止するはずです。(イオンは微量でも検出された場合、当該地域全体を出荷停止にすると言っています。)それに負けて、生産者すべての米、あるいは去年のように地域丸ごとまで類が及ぶことがないようにお願いしたいと思います。

ガンバレ、福島!

2012年8月28日 (火)

結局余っていたこの夏のピーク時電力

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猛烈な暑さが続きます。歳を喰ったせいか、毎年ごとに今年は一生でいちばん暑かったなどと言っては笑われています。

実際には観測史上一位だとかいう一昨年には及ばないものの、4位の去年を凌いで今年のほうが暑いのではないでしょうか。なんせまだあと正味1か月ありますもんね(げっそり)。

ところで大笑いなのは、あれほどまでに電力会社が「原発がなければ大停電するぞ、ピーク時電力は致命的に不足だぞ」と騒いでいた電力事情が、事実上の原発ゼロのままなんのことはないスルスルと済んでしまったことです。

電力会社では現場はほっと胸をなで下ろし、経営トップは苦虫をかみ潰していることでありましょう(笑)。

いちばんの赤恥はなんと言っても関西電力なのは間違いありません。関西電力はこの春に大飯原発の再稼働を求めてなんとのたまうていたのか。

同社は5月時点で受容が3000万kWに対して、供給電力は2500万kW強しかないので15%電力不足をすると言っていたわけです。

ところが実際にはどうだったのでしょうか。8月9日の直近時点での大阪府市エネルギー戦略会議資料によれば電力実態はこうです。

8月6日現在のピーク時供給電力・・・3000万kW(大飯原発分含む)
・同        ピーク時電力需要・・・2600万kW
・同              剰余電力・・・400万kW

関西電力はぬけぬけと大飯3号、4号機の稼働があったからと言いたいようですが、この合計発電量は236万kWにすぎません。

つまり、大飯原発を動かそうとどうしようと、164万kWは剰余していたのです!

その上、関西電力は大飯の再稼働に合わせて火力発電所1基の稼働を停止させ、その上5基の火力発電所はとうとう稼働させずじまいでした。バカバカしい。国民を愚弄するにもほどがあります。

その上に、西日本各地の電力会社からの融通可能電力は合わせて1000万kWでした。結局、この電力融通もなしで済んでしまいました。

これでいかに5月時点で盛んに流されていた電力会社の電力試算が虚偽に満ちたものであるのかが露になりました。

関西電力経営陣の本心は、原発を塩漬けにして不良債権化したくない、その維持費負担コストから逃れたい所にあったことは今や明らかです。

この5月の時点で私自身もあれやこれやの試算をしましたが、その情報の多くは電力会社のプレスリリースをそのまま垂れ流すマスコミ報道によらざるをえませんでした。反省材料にしたいと思います。

現実には当時から大阪符市エネルギー戦略会議が検証していた数字のほうが正しかったことが立証されました。

これを主導した橋下氏に国民の強い期待が集まるのも当然の成り行きかもしれません。

■写真 月見草が盛りです。可憐なピンクから、淡い黄色に染まっていきます。 

2012年8月27日 (月)

米国熱波 「まるで砂漠だ!」

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「日本農業新聞」8月27日1面に、米国トウモロコシ農家のルポ記事が掲載されておりましたので転載いたします。

米国の干ばつは半世紀ぶりの様相を停止始めているようです。米国中西部の穀倉地帯では延々と続く砂ぼこりにまみれた荒れ果てた光景が続いています。

「まるで査読だ。ほとんどの作物が既に死んだ状態さ」とは、このシカゴ南西135キロに住む老農夫ラリーさんの吐いた言葉です。

受粉期に高温熱波に見舞われたために実がつかず、茎だけのとうもろこしが畑に林立しています。実が仮についていても、首が垂れているためにコンバインで収穫できないそうです。

かつてジョン・スタインベックが「怒りの葡萄」で描いたような荒れ果てた1030年代の農村風景を彷彿するような飛散な状況です。

かつては熱波に追い立てられるようにして、多くの農民がわずかな家財道具をトラックに積み込んで都市へと流れていきました。

米国農務省が10日に出した報告で、「大豆は今後の雨次第で持ち直す可能性があるが、トウモロコシは回復の見通しがない」と宣告されてしまいました。

もはや先行きの光明を失った農家は青いうちに早刈りしてサイレージにし、家畜の粗飼料に転用しようという動きが始まっています。何もせずに枯らしてしまうよりましだということのようです。

同じ農家として胸が締めつけられるような気持ちがします。青田を刈る苦しみは、農家でなければわからないでしょう。その屈辱感、やりきれなさは痛いようにわかります。

かつての30年代農業恐慌時と違うのは、今は農業保険があり平均年収の7~8割ていどは補償されるそうです。ただし、高額の掛け金を支払っていればの話ですが。

これに対して畜産農家はダイレクトに飼料高騰のあおりを受けてしまい、既に3割ていどの飼料代の値上がりがあったそうです。

わが国と一緒で末端ユーザー価格をその分値上げするわけでもないので、米国畜産業も苦しい状況に追い込まれています。

このような状況を横目にして、トウモロコシを燃やして車を走らせるバイエタなどはまさに犯罪行為といえましょう。

わが国は四半期ごと(1、4、7、10月)の仕切りで配合飼料の価格改訂を行っているために、今の段階では極端な値上げを避けられているわけですが、既に高騰したトウモロコシのトレードが始まっているために10月以降の高騰は避けられない見通しです。

焼け付くような熱波が去ってくれることを祈るのみです。

2012年8月24日 (金)

沖縄に渡って初めて出会ったのは

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沖縄に惚れ抜いて、とうとう勤め人を辞めて渡ったのが、ちょうど30の時だった。ザックひとつを背負って泊港に着いた時に、靴の紐を締めるふりをして、桟橋にキスをした。

ようやく来た!ついに来た!すべてを捨ててきた、よろしくオキナワ!という気分だ。しかし、地面にキスまですることはない。まったくバカである。第一バッチイではないか。

そして、亜熱帯の夕暮れ時、紫色に染った長い日没のなかを那覇に向って歩き始めた。気分は高揚。足どりは大股、そこら中のウチナンチュー(沖縄人)に抱きつきたいような幸福な一体感があった。 

と、電信柱の陰から色黒く、怪しげなアロハを着たオジサンが、ニコニコ笑って声をかけてくるではないか。「オニィさん、これいらないかねぇ」、そして小指を立てた仕種は、なにか沖縄の手話のようなものであるのか。そして「二枚、二枚」と、いっそう訳のワカラナイことを言う。私を二枚目だと言いたいことはよく分かるが、いきなりそう言われてもねぇ、照れるな。

 ところで、私は最初に出会ったウチナンチューに、ある宣言をすることを心に誓っていた。そこでこのオジサンにこう厳かに言った。きっと鼻の穴が開いていたことであろう。

「私はこの島に農業をしに来たのだ。沖縄繁栄のための捨て石になる覚悟です!」なんたる感動、なんたる崇高な歴史のひとこま!

ところがオジサン、グエっという顔をして「アキシャビヨォ~」などと言いながらさっさと逃げてしまった。なんだあの顔は、農業をしにきてどこが悪い、と少々腹を立てながら、電柱の地番を見ると「辻」とあった。後に知るが、オキナワで一番の大歓楽街だそうである。私の沖縄移住の最初の出迎えは、ポン引きオジサンだったのである。

ちなみに、「アキシャビヨー」(アキサミヨ)は「びっくり仰天」、「あきれた~」ていどの意味であることも、これも後に知った。

思えば、マヌケな幕開けであった。

■明日明後日は定休日です。月曜日にお会いしましょう。

2012年8月23日 (木)

終わらない米国熱波

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米国の熱波は治まる気配がありません。上図を見ると、軒並みに穀倉地帯は華氏100度(摂氏37.8度)前後を記録しています。

7月末に待ちに待った雨が少し降りましたが、降雨量はおしめり程度で慈雨とはならなかったようです。

米国「ナショナルジオグラフィック」誌によれば熱波はこのような影響を与えています。

「アメリカのトウモロコシ生産地帯「コーンベルト」全体が大打撃を受けており、価格が高騰している。収穫量が30%も減少した1988年以来、最悪の作物被害となる可能性が高いという。専門家の予測では、トウモロコシ、大豆、小麦などの主要穀物の供給不足により、間もなく食料の流通価格が上がり、その状況が2014年ごろまで続く。家畜の餌でもある穀物の価格が上昇すると、やがては食肉や乳製品の値段にも転嫁されるはずだ。」

森林火災や、激しいハブーブ(砂嵐)も起きており、、過去50年で最悪の状況になりつつあります。

「干ばつの時期には山火事の頻度が増える。コロラド州で6月に発生した複数の山火事は、州最悪の火災の記録を2度にわたって塗り替えた。」(同)

また、残留農薬が高温のために濃縮してしまい、来期の作付けの悪影響が心配されています。

「深刻化する干ばつは、農場の雑草除去にも大きな影響を与える可能性がある。乾燥した条件下では、除草剤の分解スピードが非常に遅くなる場合が多い。次の作付け時期まで残留し、輪作作物に害を及ぼす恐れがある。残留農薬のリスクを背負って雑草対策を進めるべきか、水不足と猛暑で苦しむアメリカの農家に新たな難問が突きつけられている。」(同)

また、穀倉地帯からの輸送にも影響が出始めています。

「トラック輸送がほとんどと思われがちなアメリカだが、水運は今も大きな比重を担っている。艀(はしけ)は毎年1800億ドル(約14兆円)相当の農作物や石炭、鉄鋼などを運んでいるが、水位の下がったミシシッピ川などでは、積載量の削減を余儀なくされている。その結果、輸送回数が増え、コストの上昇を招くという。
干ばつと水位低下は経済にとってダブルパンチだ。農業への直接的な影響だけでなく、農作物など必需品の水上輸送も滞っていると、アメリカ水上輸送業者協会(American Waterways Operators)の代表兼CEO、トム・アレグレッティ(Tom Allegretti)氏は声明で述べている。」(同)

特にコーンベルトの被害は大きく、7月30日に発表された作柄報告では、G/E率(グッド・エクセレント率)は、平年並みの40%を大きく下回り24%という危機的数値となっています。

7月の農務省需給見通しでは単収146ブッシェル/エーカー(1ブッシェル=約23㎏・1エーカー=約40㌃)でしたが、民間調査会社のインフォーマー社によれば、それを下回る134ブッシェル/エーカーとなっています。

これに伴いFOBプレミアム(*フィー・オン・ボード・積み出し港までの陸送賃)は天井知らずの上昇を続けています。

Photo_3 上図はトウモロコシのFOBプレミアムですが、現在値は、7ドル92セントの高値を示しています。

シカゴ市場での穀物相場は欄外図のとおりです。

これに伴いトウモロコシの期末在庫は去年同期の10%を切り、6.7%にまで下落しており、輸出市場が逼迫しています。

米国の輸出穀物に全面的にたよるわが国は、アルゼンチンなどと交渉を急いでいるようですが、船賃などの不利は免れないようです。

一方の南米穀物大国ブラジルは輸出余力はあるものの、積み出し港が大西洋側にしかないために、パナマ運河経由での輸出というネックを抱えているために難航しています。

既に今期は飼料代のトンあたり5千円の値上げが通告されており(JA東日本飼料調べ)、むしろこれで収まるのかという不安すら漂う情勢です。

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2012年8月22日 (水)

沖縄の「政治的資産」としての米軍基地

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沖縄の基地に対する誤解は、政治的立場を問わず、「沖縄の米軍基地群がこのままあるのは当然だ」という理解です。

保守の人たちは「現状維持をすることが日米安保の基盤となる」と考えていますし、それは現実主義的判断としてはそう外れているわけではありません。

しかし、現状維持の見返りとして巨額の沖縄振興予算を、大部分の国民が知らないところで長年にわたって沖縄に注ぎ込んできたのは他ならぬ自民党です。

自民党は 旧竹下派が振興資金や基地利権を一手に握っており、普天間基地移転も言い出したのは橋本龍太郎首相時で、その実働部隊は野中広務幹事長代理が指揮していました。

結果、沖縄の自治体は軒並み基地依存体質という基地頼みの宿痾をかかえることになってしまいました。

一方、いわゆる護憲反安保の人たちは、「基地のない平和な沖縄を」と主張し続けてきました。その実、太田革新県政時にもっとも基地見返りとしての振興予算が増えたように、理想論と現実は激しく乖離しています。Photo_2

上図のように、本土から「ぶんとった」振興予算がもっとも多いのは1998年当時「琉球王」とまで言われた太田昌秀知事でした。

太田氏は沖縄革新のシンボルであり、反戦・反基地闘争の輝けるリーダーでありながら、この時期もっとも多くの資金が本土政府から流れ込んでいるのです。これを見ると、反基地闘争と振興資金はメダルの表裏の存在なのだとあらためて考えさせられます。

沖縄における反安保陣営は沖教祖と自治労で支えられており、県職員の平均賃金は722万円(04年度)で、県内平均賃金の340万円の倍以上です。沖縄の革新はエリート階級だと言えます。

沖縄では民間労組の力は弱く、労働条件も非常に悪いにもかかわらず、労組はエリート階級で占められていることが、いっそう沖縄を「住みにくい島」にしてしまっています。

沖縄エリートの公務員は基地がもたらす振興資金こそが沖縄経済のほんとうの財源だと熟知していますから、本気で沖縄の基地がなくなることを望んでいません。

むしろ振興資金が減ることこそが、他県と同様の公務員削減をもたらすと思っています。

このようにみると、「基地の現状維持」という点に関して左右の対立はありません。かつて沖縄社会大衆党というローカル革新政党の書記長をしていた比嘉良彦氏がこう語った事があります。

「本来、沖縄の保守と革新の間でイデオロギー対立はありません。なにが違うかというと、革新は理想論を主張し、保守は現実論を言う。そして沖縄全体で政府から振興資金を人出す役割分担か続いてきました。
1972年の本土復帰も、運動を主導したのは教員と官公労です。本土並を目指して公務員はほぼ本土並になりました。復帰で一番恵まれたのは公務員だったのです。公務員は県内の勝ち組となり、同時に革新勢力の担い手でもありました」。

富裕層の沖縄の公務員が反戦・反基地闘争を担い、本土政府の贖罪意識を刺激し続けることでその見返りとして振興資金を引き出す、これで島ぐるみ潤う、これが沖縄の基地を巡る構図でした

この構図がある限り沖縄の基地問題が解決されることはないでしょう。なぜなら、それは沖縄の「政治的資産」として基地を考える限り、基地は現状維持とならざるをえないからてす。

おおかたのお怒りを覚悟で言えば、沖縄県民は本心のどこかで基地がなくなることを望んでいないないように私は感じます。

これが普天間問題が14年間の歳月を浪費し続けたあげく座礁した原因であり、今またオスプレイ問題に現れた「島ぐるみ」反対のもうひとつの顔なのです。

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2012年8月21日 (火)

米国熱波・バイエタ政策に非難の嵐

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「日本農業新聞」(8月21日)によれば、バイオエタノール(バイエタ)が米国で批判の的になり始めてきたようです。大変に遅いですが、まずはまっとうな反応でしょう。

国連食糧農業機関(FAO)のダシルバ事務局長は、「(米政府が)誤った対応を誤れば、(世界的な)食糧危機を招きかねない」と警告を発しました。

ダシルバ事務局長によれば、FAOは米政府に対して穀物価格の高騰を押えるためにガソリンのバイエタ使用量を義務づけている再生可能燃料基準(RFS)の適用を一時停止するように求めた、としています。

このような要請はFAOのみならず、米国内の畜産業界や食品業界にも波及しており、7月には上院において超党派でバイエタ使用基準の停止を求める書簡を米環境保護局(EPA)に送りました。

現状では、EPAは「農務省と協働で状況を注視する」と慎重姿勢にとどまっており、農務省サイドも「再生可能エネルギー投資に打撃になる」として同じく使用基準の見直しには腰が引けているようです。

これはオバマ政権が再生可能エネルギーへの転換による雇用創出政策の重要な柱としてバイエタを位置づけたことによります。

しかしこのようなテクノクラートの姿勢に対して、大統領選で「揺れる州」(スイングステート)と呼ばれる檄戦地はまさにこの熱波による干ばつ地域に入っており、この地域の畜産業者たちの声を頭から無視することは無理な情勢だとも伝えられています。

一方、バイエタ業界はオバマ陣営の重要な支持基盤であり、大統領陣営はこの対立の中でモミクチャにされているようです。

これは背景に、ブュシュ政権が2007年に始めたバイエタ政策により、バイエタ生産を当時の50億ガロンから一挙に350億ガロンに生産拡大する政策の流れがあります。

この目標に掲げた350億ガロンのバイエタを製造するためには実に122億ブッシェルものトウモロコシが必要となり、今の米国で生産されるトウモロコシ全量をバイエタに回してもまだ足りない馬鹿げた数字でした。

にもかかわらず、このバイエタ政策が単なる目標値ではなく、法的に再生可能燃料基準(RFS)として義務づけられたためにバイエタには多額の投資資金が流入し、今やトウモロコシを作ることは食糧生産ではなくバイエタ生産であるかのような倒錯した構図が生れてしまいました。

このバイエタ生産の急増による圧迫のために米国のトウモロコシ輸出余力はみるみる縮小し、既に2006年には輸出とバイエタが並び、翌年07年にはバイエタが大幅に上回り全体の27%を占めるまでになってしまいました。(下図参照 柴田明夫「水戦争」)

Photo

今後、今年の記録的熱波のみならず、毎年のように繰り返される気象変動と水資源枯渇をもろにかぶる米国の穀物生産にとって、もはやバイエタなどという偽りのエコにうつつを抜かしている余裕はないはずです。

2012年8月20日 (月)

HN元茨城人「とやら」の狂態

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「元茨城人」と名乗る者からまたありがたいコメントを頂戴した。この人ははっきり言って、病気である。そうとうに深く精神を病んでいる。

以下引用
「濵田さんとやら。ちょっと待て。放射性物質云々の件は脇においても、あなたの「沖縄かぶれ」ぶりは、著しく鼻につく。

正統派???オキナワンレシピ?沖縄を冒涜するのはやめてくれませんか」
引用終了

もはやなにを言いたいのかすら分からない。初めから実名を名乗っているこのブログにきて「濱田とやら」ときたもんだ(笑)。「とやら」とは一般的に自称を揶揄する時に使う。あたりまえだが、私は自称ハマダではない。

メルアドや経歴まで公開しているブログにきて「とやら」といわれるのは「元茨城人」とやらのほうではないのか。

覆面を被って土足で上がり込んできた者が、家主に向かって「とやら」呼ばわりをしてあまつさえ「沖縄へのボウトクだ」と説教まで垂れる。無礼であるとかなんとか以前の問題だ。

その上内容ときたひにゃ、もう八つ当たりの狂態だ。今度はゴーヤチャンプルーに対して当たっている(苦笑)。あなた、熱ないですか?

さて、私が沖縄「かぶれ」だそうである。失礼だが、あなたは沖縄在住のようだが、一体いつから彼の地にいるのだろうか、教えていただきたい。

たぶん3.11以後、「汚染県」のわが茨城の地を嫌ってそちらに逃げ出した人のひとりであろう。

自主避難の人にもいろいろあるので、この人をもって代表例とはみなさないが、それにしてもこの元茨城人「とやら」は沖縄になにを求めて行ったのだろうか。

きっと放射能からの「安全・安心」であろう。自分の生きる県を捨て、故郷に住む近隣の人々を置き去りにして、全国でもっとも失業率が高く、必死に毎日を生き抜いている沖縄県に転がり込んだというわけだ。

そして、「ハマダとやら」の書いたゴーヤチャンプルーのレシピなどというなんのこともない記事にまでイチャモンをつける、ああなんて暇なお人だ。

避難者が福島県の母親の方たちなら自主避難も仕方がないと心から同情する。それもやむをえない選択だとお察しする。しかし、わが茨城県は違う。

わが県レベルで「避難」を決め込むなら、群馬、栃木、千葉、東京東部まで含めて数千万人が「避難」せねばならなくなる。そしてこれらの県の99.99%の人々は逃げずに生活をするという形で放射能と闘った。

この「元茨城人」は自らが置き去りにした人々がどのようにして放射能と闘っているのか、一度たりとも考えたことなどあるまい。

あるはずがない。残った私たちが故郷を守るためにどれだけの汗をかいたのか考えたことなどあるわけがない。

残った私たちが放射能がどのように降下したのかを知るためにどれだけ測定を繰り返し、それを記録し、そして除染する苦労がどのようなものであったのか、手を汚したこととのない口舌の徒には一生わかるまい。

分かってから私たちを批判しろ。汗をかいてから言え!分かってたまるか、この卑怯者め!

そして遠く離れた地で他県の人にお世話になりながら、「放射能の恐怖」の伝道師よろしく、青森の人々が善意で沖縄の子供に毎年贈ってきた雪を拒否する運動などをする。

あるいは、福島や茨城の農産物がいかに危険かを説いて回りでもしたのか。

あなた方はなにをしに沖縄に行っているのだ。これでは放射能パニックを持ち込んでいるだけではないか。

このような人は二度と故郷の地を踏むことはないだろう。踏みとどまって闘うべき時に逃げ、逃げた地で故郷に唾するような人間を故郷は絶対に許さない。

こんな人に脱原発集会で「ふるさと」を歌う資格などない。だからせめて、那覇のハローワークで沖縄人を押し退けることだけはやめろ。

2012年8月17日 (金)

ゴーヤチャンプルーの正統派オキナワン・レシピ

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夏になると異常にクリック回数が増えるのが過去ログのゴーヤチャンプルーの記事です。

いまでこそゴーヤと言っていますが、ひと昔前はニガウリなんってまずそうな名前でしたね。今はまったく本土でも夏の定番。

私の父祖の地の南九州でもよく食べます。母は親戚が送ってきたニガウリを大事そうに味噌炒めにしていましたっけ。

私もその血を引いてだいのゴーヤ好き。沖縄に移住した時には、まさに毎日のように食べていました。その時覚えた正しいオキナワン・レシピをお届けします。

今日は朝から、むしょうに食べたくなったゴーヤチャンプルーの ことをお話しましょう。私はチャンプルーに関してはプロです。ですから、グチャグチャな柳川鍋もどきのチャンプルーを出されると、星一徹のようにお膳ごとひっくり返したくなります。

 チャンプルーは沖縄が誇るテーゲー(いいかげん)料理の帝王ですが、きちんとしたレシピが存在します。テーゲーでいいのは、その食材にマーミナ(もやし)、タマナー(キャベツ)、ソーミン(そーめん)、はたまたパパヤー(パパイヤ)にするかという選択だけで、料理方法には王道があるのです。えへん。あ、私がいばることではなかった。

 よく沖縄居酒屋で出るチャンプルもどきの失敗の原因は、なんと汁で煮てしまうという外道にあります。そして、あろうことか卵とじにする愚挙に至っては、怒りすら覚えます。ま、まったくとんでもない間違えです!(←怒りで過呼吸状態に)

 チャンプルーの一番の鉄則は、中華鍋をこれでもか、というほどチンチン、ボーボーに焦がすことにあります。水滴を垂らせば、瞬時にチュンと言って蒸発するまで炙ります。ですから、当然テフロン加工は適しません。

 そして、よ~く水切りをした豆腐を使います。あたりまえですが、豆腐は木綿です。絹豆腐でやったら、グチグチャな代物になること必定です。

 できたら、島豆腐という荒縄でくくって沖縄では売っている(ウソ)堅い豆腐が望ましいのですが、本土で入手は困難でしょう。ですから、テッテイテキに水を重石をかけて切ります。

 この水切りをした豆腐を、チンチンに炙られた鍋に投入します。シュンッというでしょう。すかさず軽く塩を振って、ちぎるように一口大に割ります。そして焦げ目がついたら、鍋から出してしまいましょう。

 次に主役のゴーヤを縦半分に割り、スプーンで種を出して半月に切ります。苦みがイヤなら水で晒して、と言いたいところですが、苦みがイヤならゴーヤなんか食べなさんな。「苦み」という、本源的に人間が忌避したがる味を逆手にとって、食欲増進につなげるというパラドックスへのあくなき挑戦こそが、このゴーヤチャプルーなのです(そんな大層なもんか?)。

 次にわき役のポークを短冊に切ります。ポークと言われても、豚肉そのままではありません。ポーク缶であります。正式にはランチョンミート、いわゆるスパム・メールでも有名なスパムです。

 スパムは米軍が戦後沖縄に大量に持ち込んだ食品で、粗雑な肉を合成保存料、発色剤などとともに固めたという、とんでもない食品です。犬缶といい勝負です。戦時中にスパムを大量に補給されたイギリス人が、そのまずさに厭戦気分になったという噂がある食品です。

 世界一の味オンチ・イギリス人が太鼓判を押したこのスパムは、なぜか沖縄では大好評で受け入れられます。たぶんチャンプルーとの相性が抜群だったからに相違ありません。上京したウチナンチューがまっさきに郷里から送ってもらうのがこのポーク缶で、これを一日一回食べないと、ウチナンチューは死んでしまうとさえ言われています。

 わが家は、ことポークに関しては、一切の食品安全上の論評を差し控えています。だって、これを使わないと沖縄料理にならないんだもん。

チャンプルーも普通の肉を使うとまったく別な味になっちゃいます。オキナワン・ママにはツナ缶を使う人もいるようです。 

では、レシピを進めるとしましょう。洗った中華鍋を、ふたたびボーボーと強火で炙ります。黒煙があがった頃に、一気にゴーヤ、ポークを投入し、泡盛を大さじ1らい加えて鍋をあおります。

軽く炒めたら、豆腐を鍋に戻し、大きくかき混ぜます。あまりこのときに煽ると、豆腐が崩れてしまうのでご注意。あらかじめ電子レンジで2分ほどチンしておくとよいでしょう。

 最後に軽く塩コショウをして、溶き卵2個分をかけまわします。卵は半熟ていどで火を止めます。これでワンラ。皿に盛りつけ、カツオ節をふりかけてどうぞ。

わが家では、ゴーヤチャンプルーは3日に一回は食べて、夏を乗り切っています。冬にも食べます。要するに、一年中食べている定番料理です。

           ■ゴーヤ・チャンプルーのレシピ

①ゴーヤは半分に切って半月に切る。苦みが嫌いな人は水にさらす、というか苦みが嫌いなら食うな。

②ポーク(ランチョンミート)は小さめの短冊。豆腐は一口に切る。豆腐はあらかじめ電子レンジで2分ほど熱する。

③中華鍋をよく熱して豆腐を炒め、軽く塩して出す。

④鍋に油を引いてゴーヤ、ポークを炒めて、塩こょしうして、泡盛(日本酒でもいい)を加える。

⑤豆腐を鍋に戻して軽く炒めて、溶いた卵をまわしかけておしまい。皿に盛ったら、仕上げにカツブシをドバッとかける。

■写真 カラスウリが満開です。カラスウリの花にテントウムシ、絵になります。

■あすあさっては定休日です。また月曜日にお会いしましょう。

 

 

2012年8月16日 (木)

世界同時異常気象 グローバルにそして毎年のように

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近年の異常気象の影響は、その干ばつ・洪水が世界規模になることです。

1970年代以前ならば、北半球のどこか、たとえば米中西部はやられたが、南半球は変化なしというように限定的なのですが、1990年代から2000年代にかけてはグローバルにやられてしまうのです。

この原因はエルニーニョとラニーニョの同時発生です。その最初のケースが2002年でした。

欄外資料をご覧ください。北米、南米、欧州、アジア、インドと世界総なめ的に被害がでているのがわかります。

・北米・・・米中西部、カナダが干ばつ
・欧州・・ドイツ南部、チェコ、フランスで大洪水
・南半球・・・豪州大干ばつ

●アジア地域
・インド・・・120年ぶりの干ばつ
・ベトナム・・・北部デルタで洪水、中北部で干ばつ
・日本・・・7月に台風
・中国・・・南部大洪水、干ばつ

そしてもうひとつの特徴は、これが何年間も継続することです。翌2003年はどのような年だったでしょうか。

6月~8月にかけて広くユーラシア大陸から、北米にかけて異常気象が続く災厄の年となりました。

●欧州地域・・・6月から高温が続き8月にピークに
・フランス・・・最高気温40場。熱死5000人を記録。
・ドイツ、イギリスでも平年より8度高い38度。
・ポルトガル、ロシア東部、フランス南部・・・大規模森林火災発生

・北米・・・米国で高温乾燥

●アジア・アフリカ地域
・アフガニスタン・・・市場かつてない砂嵐発生
・インド・・・・大洪水
・アフリカ・・・東部で大洪水
・日本・・・東北・北海道で10年ぶりの冷夏・多雨

だんだん書くのが辛くなる思いですが、まだリストは続きます。その翌年の2004年から2007年はどうだったのか見てみます。

2005年はエルニーヨョ現象もラニーニョ現象もなかったにも関わらず全世界的異常気象はやみませんでした。

米国、南欧、豪州東部、北アフリカ、アルゼンチンなどの主要穀倉地帯で高温乾燥が続きました。

・米中西部コーンベルト地帯・・・高温乾燥
・スペイン、ポルトガル、フランス南部・・・60年来の干ばつ

そして翌2006年もまた豪州最大の小麦産地であるニューサウスウェーズル州が干ばつに見舞われ、昨年比率6割減という打撃を受けています。

国際稲作研究所(IRRIによれば、、調査地フィリピンの平均気温が1979年から200年までに0.75度上昇した結果、「生育期間中に1度温度が(平均気温より)上がるごとにコメの収量が10%減少する」といいます。

これはコメのみならず、大豆、大豆、トウモロコシ、小麦などの経験則である「平均気温を1度上回ると収量が10%減少する」という経験則にもつながるものです。

これは高温乾燥下では作物が葉を水分の蒸散からガードするためにきつく巻くために、光合成が阻害されて、生育が低下するためだと言われています。

このように、まさに毎年恒例のように世界各地が、そして02年~03年のように世界同時異常気象を迎えることがあたりまえのようになってきているのです。

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Photo                      (「水戦争」柴田明夫)

2012年8月15日 (水)

地球規模の異常気象と農作物への影響

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米国の熱波は最悪の状況を迎えつつあります。

「 ビルサック米農務長官は2012年7月18日緊急記者会見し、米国土の6割が干ばつに見舞われているとして、「非常事態」を宣言した。トウモロコシや大豆の世界的産地である中西部を干ばつが直撃。両作物とも8割弱の生産が何らかの被害を受け、凶作の恐れが急速に広がっているという。米海洋大気局の基準では全米の55%が干ばつ状態にあり1956年以降で最悪の状況だという。」(J-CAST)

結果、世界の穀物需給を直撃しつつあります。

「穀物が高騰。トウモロコシは指標となるシカゴ市場の先物価格が、7月第4週には期近の9月物で1ブッシェル8ドル台に乗せ、昨年6月の最高値(7.9975ドル)を超えた。大豆も期近の8月物が1ブッシェル17ドル台に乗せた。その後、雨が降ってやや下がったが、1ブッシェル9ドル程度の小麦(9月物)も含め、高値圏で推移している。」(同)) 

世界銀行は開発途上国の食糧危機支援のための融資を検討し始めました。

190年代以降米国熱波と穀物市場は完全な相関関係にあることがわかります。(欄外資料1参照)

相関関係をみるために書き抜いてみるとこうなります。

●米国を熱波が襲った年とシカゴ穀物相場
・1976年中西部干ばつ・・・シカゴ穀物相場急騰
・1983年中西部大干ばつ・・・同
・1988年同        ・・・同
・2000年同        ・・・急騰なし
・2002年北米大干ばつ(エルニーニョ発生・世界的熱波)・・・翌03年相場急騰
・205年干ばつとミシシッピーにハリケーン襲来・・・相場下落
・2006年北半球、南半球同時熱波(エルニーニョ発生)・・・翌07年急騰
・2012年中西部熱波・・・急騰トレンド

これを見る限り、エルニーニョ現象の翌年に熱波・干ばつが起きる⇒穀物生産に打撃⇒欧州、東欧まで含んだ洪水などの異常気象発生⇒全世界的な穀物相場の急騰、というパターンが見えてきます。

また、それまで10数年おきだったエルニーニョやラニーニョ現象が、1990年代後半から2000年代かけて、97年、02年、06年、そして今年12年と頻発し、その間隔も短くなっていっていることです。

そして北半球のみならず、南半球で発生するラニーニャ現象まで連動するために、その影響が主要穀物産地であるブラジル、アルゼンチン、豪州にまで及ぶ全世界的な穀物恐慌に発展するケースがでてます。

2002年を例に取ると、エルニーニョ現象により北半球全域が異常高温に見舞われ、、米中西部、カナダ、インド、インドネシアで熱波、欧州ではドイツ東部とチェコ、フランス南部で大洪水が発生し、同時にラニーニャ現象が起きた南半球では豪州が大干ばつを受ける事態となりました。

その結果、豪州では前年の2490万トンから実に62%の1710万トンへと減産、カナダは21%、米国は2%で食い止めたものの1995年以来の低い生産水準となりました。

そしてインド、中国、ベトナムなどで干ばつや大洪水が発生し、その被害は世界規模となりました。

また翌年の03年にも世界的高温・熱波は続き、欧州全域、特にフランスの熱波では5000人が死亡するなどの被害が出ました。

今年懸念されるのは、このような全地球規模の異常気象が起きる可能性とその翌年にまでそれが引き続くことです。

次回、もう少し近年の異常気象と農作物への影響を調べてみたいと思います。

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Photo                (「水戦争」柴田明夫)

2012年8月14日 (火)

加害者呼ばわりはやめていただこう

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いったん誤解を受けるといつまでも消えないものになるらしい。下のような名無しコメントを読むとつくづく脱力感に似た感情に襲われる。

(以下引用)
「生産者と消費者は対決ではなく「協調・共闘」では無いでしょうか?
そうなんです。それに尽きると思うんです。
しかしながら、食品の暫定基準値が500ベクレルであった際にも、農・漁・畜に携わる生産者のみなさんは、自ら販売する商品に関する商品の危険性を一切担保することなく、あろうことか、汚染食品の安全性を主張し、自らの生計を保つべく、汚染食品を出荷流通させ、結果たくさんの消費者を被ばくさせました。
それが消費者にとっては、これから長きにわたってその信用を失う理由であり続けることが、無責任な生産者には理解できないようです。
もどかしいというか、あきれます。」
(引用終了)

この人は一体いつの話をしているのだろうか。おそらくは去年の事故後半年間のことを言っているに違いない。

そしてこう言う。「(農業者は)自らの生計を保つべく、汚染食品を出荷流通させ、結果たくさんの消費者を被ばくさせた」としている。要するに、ゼニカネのために私たちを被曝の危険にさらしたでしょう、この悪者どもめ、と言いたいわけだ。

まるで一段高い座からを被告席に座る私たち農家を責める審問官のようだ。消費者はいつから自由気ままに私たち農業者を糾弾できる特権を持つようになったのか?

「商品の危険性を担保しないで」というが、あの3.11直後の北関東の状況を少しでも知っているのだろうか。

政府は情報隠匿に走り、地方行政は不作為でなにもしないに等しかった。そんな中で一体誰が農業者に正しい情報を伝えたのか?神ならぬ私たちは自分の頭上に降った放射性物質の量、土中の線量すら知らなかったのだ。

農産物の検査をしようにも、検査場は満杯。長期に待たされたあげく、一検体2~3万円の費用がかかった。

そしてベクレル、シーベルトの意味すらも分からなかった。たしかに私たちは放射能に無知だったが、私たちの無知を当時の国民のどれだけが笑えるのだろうか。

私たちだけが実は正しい情報を知りながら、「生計のために」隠匿していたとでも言うのか。

冗談も休み休み言え。私たちが自分のカネ欲しさのために、真実を知りながら消費者を犠牲にしたとでも!?

私たちも一般の国民とまったく同様に情報空白地帯に置かれていただけだ。消費者と同様になにが起きているのかも分らず、噂に振り回され、無我夢中の闇の中で行政の壁を虚しく叩いては慇懃無礼に拒否された。

そして自主的に高価な測定器を(それも散々待たされて)買い込み、まさに地べたを這うようにして計測して回った。

ベクレル、シーベルトの意味を知ろうと専門書も買い込み、専門家を呼んで勉強会を重ねた。消費者より情報過疎の農村に住む私たちにとってそれがどれだけ大変だったか分かって言っているのだろうか。

3.11から1年5か月たった「今」ならなんとでも言える。事故調報告書も出揃い、あの時なにが起きたのかも詳細に分るようになってきた。放射線量分布の情報も遅ればせで国家機関から提供されるようになった。

でも、それは「今」の話だ。結果が分かってからの話だ。あのカオスのような3.11以降の半年間の中で、私たち農業者も消費者も皆なにもわからずに恐れおののいた、それが真実ではないのか。

そして「今」になって、「あの時農家はカネに目が眩んで危険な汚染食品を出荷して私たちを被曝させた」などとわかったような言い方をする。

早川由紀夫氏に至っては「社会に毒をばらまくテロリスト」とまで私たちを攻撃した。武田邦彦氏は「東日本のものを食べてはいてない」としたり顔で主婦層に説いてまわった。

私たち農家は神ではない。消費者と同じく悩み、苦しみ、壁に頭をぶち当てていた国民のひとりに過ぎない。

朝令暮改のように毎日のように変化する出荷制限区域、制限品目に翻弄されたどこにでもいる国民のひとりに過ぎない。私たちが原発を経営していたのならともかく、私たちは福島第1原発事故に関して、国民と同じ全面的被害者なのだ。

そんな私たちに対して加害者呼ばわりはやめていただこう。

もういいかげんにあのとき農業がどんな状況にいたのか、知ってもよい頃ではないのか。それを知ろうともしないで、「あきれる」という言葉は、私の方からこの「名無し」さんや「元茨城人」さんなどに進呈したい言葉だ。

あきれた人たちだ。1年半以上もたつというのに、まだ目が醒めずに加害者と被害者の区別もつかないのか、と。

2012年8月13日 (月)

短期的対応から、中長期的放射能トレサビリティに

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茨城のある街の直販所に入ったところ、「放射能安全合格証」といった趣のラベルがペタペタと貼ってある農産物に出くわしました。

う~ん、気持ちは分からないではないんですがね・・・。「元茨城人」さんのような消費者からやんのやんの問いつめられれば、ならば測定して合格証の一枚も貼ろうかというのが始まりだったのでしょう。

去年段階まではやむをえない産地対応だったと思います。そうでもしなければ、産地の良心はないって空気でしたからね。

でも1年6か月だった今、まだそんなシールを貼る意味がどこまであるんでしょうか。私はなくなりつつある、というかむしろないと思いますよ。

というのは、「放射能安全合格証」というのを独自で産地が作るためには一定の基準を作らねばなりません。とうぜん、国の食品安全基準値100bq/㎏以下にしなければ競争になりませんから、ドカッ下げるのが流通業界の流行です。

その直販所では20bq以下でした。これは測定器の検出限界値でとったんでしょうが、20bqの科学的根拠はなんなのでしょうか?

たぶんないはずです。理論的根拠があって20bqにしたのではなく、ドカっと低くすれば安全だと思ってもらえるだろう」という切ない生産サイドの思い込みがあったにすぎません。

しかし、気の毒なことには、福島、茨城の農産物は食べないと言いと募る消費者にとって20bqなど、「今までゼロであったのだから20倍、いや無限倍に危険が増大したんだ」ということになって相手にもされません。残念!

むしろ「20bq以下」と謳えば、まんま「この野菜は20bqある」と考えるでしょうね(苦笑)。非常に残念!

そもそも、現実に人間は農産物以外いろいろなものを食べているわけですから、本当にリアルな内部被曝量を知りたいと思えば、食べている食事を一回ごとに全部ミキサーにぶっ込んですり潰してゲルマニウム半導体計測器にかけてみなければわかりません。

けっこう大変な作業ですが、生協連が全国的にやった数値がありますので、欄外資料をご覧ください。(日本生協連「家庭の食事からの放射性物質摂取調査結果」)

福島以外は検出せずです。検出限界は5bqです。生協連はこの報告書の中でこう述べています。

放射性セシウムを検出した11サンプルの中央値は1.40bq/㎏でこの食事で求めた1年間の内部被曝線量は0.023mSv、年間許容線量1mSvに対して2.3%でした。」

考えるまでもありません。年間許容線量の1.9~13.6%、中央値において2.3%の内部被曝線量でガンを発症することは絶対にありえません。

つまり、現実の食卓では食品による内部被曝で健康被害が出ると考えるほうが非科学的なのです

ありえない脅威に怯える消費者が作る「空気」に迎合するのが、このような生産サイドの自主基準値なのだと私は思っています。

本来なら、堂々と「食品由来の内部被曝はありえない」と説明すべきです。

20bqに独自設定するのは勝手ですが、ならば、国家基準が定めた年間許容線量1mSの5分の1にした合理的理由を説明する責任があります。

もしできなければ、それは消費者の一部の「空気」への迎合であり、付加価値生産のための道具でしかないことになります。

今やらなければならないのは、去年のような短期対応ではありません。今後まだありえるだろう5年後、10年後を見通した中長期的対応です。

そのためにまず、畑や田んぼをしっかりと一枚一枚測って「ほ場線量台帳」のようなデータベースを作り、それに基づいて、いかなる放射能対策をしたのかの記録を取り、そして収穫した農産物の線量がどれだけあったのかを記録して保管し、開示できるように積み上げていくことが大事です。

これが放射能トレサビリティであって、この方向に切り換える必要があります。今後「被曝地」産地がやるべきは、このような長い目で見た対策であって、商品にペタペタ「安全シール」を貼ることではないはずです。

             ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。Photo

2012年8月10日 (金)

金城次郎のヤチムン

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沖縄の民窯をヤチムンいう。そもそも完全な日用品として始まった。

戦後、焼け野原になった沖縄ですっかり什器が焼けてしまったんで、せっせと日常使いの皿やお碗を作ったのが、金城次郎さんたち戦争から返ってきた沖縄の陶工たちだっだ。

彼を知る島の人たちは彼のことを親しみを込めて「次郎さん」、あるいは「ジルー」という。

ジルーの陶器を特徴づけるのは、そのスピードと勢いだ。
アートを作っている気なんか作る方も使う方もさらさらないから、スピードが第一。
一日何個が出来るのかが大事だったのだろう。そして当時はガス窯なんかないから、登り窯だ。
製品としてばらつきなんてのは当然なわけだ。それが次郎さんの勢いのある線彫りの面白さとなって生きてくる。手工業ではあるが、量産が次郎さんを生んだともいえる。
彼の作品はたまに抱瓶(ダチビン)の注ぎ口が歪んでいたりする。上の写真を見ていただきたい。注ぎ口が歪んでいる。たぶん大手の陶芸工房ならハネ品だ。
しかし、この海老の線彫りの見事さはどうだ。ダチビンから生きて踊りだそうとしているようだ。
このダチビンも実際にジルーの工房で買ったものだ。まだ彼が存命だった時だ。たぶん彼が50代後半のバリバリの時だ。まだ私が29の時くらいだったか。
その時のことは今でも鮮明に覚えている。8月の沖縄。ご想像くれ、12時半くらいに、迷い迷って彼の読谷の工房にたどり着き汗だくで木陰にへたり込んでいた。
1時頃に工房の人たちがぞろぞろ出てきて、その中に次郎さんもいて、冷たいお茶をごちそうになり、ちょっとだけ話が出来た。
こっちも汗だくだが、次郎さんもヨレヨレの汗くさいTシャツを着て、グローブみたいな「使える手」を持つ働く男だった。まるで農民みたいだった。
町工場のような工房の横で直販していたヤチムンをいくつか買った。
そのときに彼はいくつかあるダチビンの中で、いかにも金のない私を見てとったのか、「これがいいよ。口が曲がっているが。色がいい」と言って譲ってもらったのが、藍色のグルクン踊るダチビンだった。それは今、若い陶芸作家の元にある。
すばらしいあの藍色、線刻の勢い!グルクンがあの狭い空間が足りなくて、飛び出しそうだ。そして私はあの藍色がたまらなく好きだ。あれは豊穣の沖縄の海の色だと思う。
その深い藍色はお孫さんの金城吉彦さんにも受け継がれている。しかしスピード、つまり勢いまでは遺伝しなかったが。なぜなら、今孫が作ろうとしているのは工芸であり、偽悪的にいえばみやげ物だからだ。
次郎さんは人間国宝なんてものになりたくもなくてなってしまい、自分のたかだか一個のマーカイ(お茶碗)がウン万円の値がつけられた時に、「ちゃーならんさ」(訳す必要はないだろうが、「しょうがないね」)と言ったそうだ。
ある時、県のエライさんが人間国宝を訪れたそうだが、彼はシラっとしてあらぬ方角を指して「アッチ、アッチ」と言ったそうだ。

生涯一陶工で何が悪い。ゲージュツ家になんかなるものか、それが次郎さんの陶工としての心意気だったのではないか。

今や金城一門なんて大相撲みたいな存在に成長し、大勢の陶芸作家を排出している。泉下の次郎さんはやや迷惑げな顔をして、今も泥だらけの手でヤチムンを捏ね続けているのではないか。 土日は更新の定休日です。また月曜日にお目にかかりましょう。

2012年8月 8日 (水)

喫煙被害と放射線被害

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今日は投稿頂いたパックさんのコメントを紹介させていただきます。大変に参考になりました。ありがとうございます。

ストロンチウム騒ぎでもあらためて感じましたが、「放射線被害を喫煙にたとえるのはストロンチウムから目を逸らせるための陰謀だ」という考えがあるようです。

困ったものです。あの武田邦彦先生ですら喫煙をシーベルト換算しているんですがね(苦笑)。

パックさんのコメントにもあるように、放射線の健康被害は活性酸素を細胞内に発生させることで癌細胞を作ってしまうことにあります。

つまりは、放射線被害もまた、一般に言われるガンの発生原因である喫煙、運動不足、野菜をとらない食生活などと何ら変わらないリスクなわけです。

これは常々ガンの専門医が言っていることですが、3.11以後これを口にすると原子力村の回し者呼ばわりされるという風潮ができてしまいました。

放射線被害だけ特別な健康リスクであって、他のなにものとも比較してはならない「神聖」なものであるかのようです。この人たちは放射線の危険性から目を逸らせるための議論で、原発護持につながるとでもいいたいようですが、ちょっと度が過ぎます。

もう少し、冷静になったらどうでしょうか。喫煙被害とは違うといって怒り、微量のストロンチウムが検出されたと言ってパニックまがいの大騒ぎを演じたりするのは、脱原発の流れを浮ついた一過性のものにするだけだと思いますが。

8月12日に政府のエネルギー原発に関するパブリック・コメントの締め切りが近づいています。皆さんもお考えを政府に寄せて下さい。私はしました。

■写真 霞ヶ浦で釣りをするひと。できるだけ底魚は食べないようになどと余計なことを考えてしまうのが哀しい。

         ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

以下引用

放射線が人体に与える悪影響を喫煙や食生活に例えようとすると、ある集団の人達から「本質を逸らしている」と言うセリフが直ぐに飛んできそうですが、それは的外れな意見だと思います。
放射線の悪影響は、放射線の強いエネルギーによって細胞内の遺伝子が傷つき破壊されることでその細胞が死滅し、再生時に遺伝子のミスコピーが起き、それが癌細胞になる可能性があることはよく知られています。
ただ、放射線が直接細胞内の遺伝子を壊すことは稀で、その多くは放射線が細胞内の水分子と反応して細胞内に活性酸素を発生させ、その活性酸素の影響で遺伝子が破壊されるのです。
つまり、放射線による人体への直接的悪影響とは細胞に活性酸素を増やすということになるのです。
この活性酸素の点から見てみれば、たばこや偏った食生活などは、活性酸素を増やす因子として知られています。
ミシガン大学の推計では、「タバコを1日に20本吸って暮らす害 = 空間線量28マイクロシーベルト/1時間の場所で暮らす害」と発表しています。

http://www.umich.edu/~radinfo/introduction/risk.htm

この放射線量を年換算しますと、実に年間空間線量245ミリシーベルトに相当します。
今の福島で年間空間線量245ミリシーベルトの場所で暮らしている人が居るでのしょうか?
逆にタバコを一日1~2箱吸ってる人はどうでしょう、幾らでも居そうですよね。

放射線を恐れる≒活性酸素を恐れると言うことからすれば、
たばこ、紫外線、化学物質、食生活、寝不足etc・・様々な因子を等しく恐れるべきでしょうね。

ちなみに人工放射性核種(そんな表現は本来変なのですがww)を極端に怖がる方向けに内部被ばくまで含めた預託実効線量(生涯被ばく量)を計算できるベージを紹介します。

http://testpage.jp/m/tool/bq_sv.php?guid=ON

これを使って計算してみると
セシウム137に汚染された100Bq/kgの食品を
毎日1Kg、365日間ずっと食べ続けたとして、
預託実効線量は0.4745mSvと計算できます。

このリスクを比べれば、たばこを一日1本吸った方がどれだけリスクが高いか解りますよね。
(後略)

2012年8月 6日 (月)

ハブ様には出会わないのが一番、もし遭遇してしまったら・・・

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皆様がお嫌いなニョロニョロのお時間です。そうですか、頂戴したコメントを読んでやはり天を仰ぎました(←大ゲサな)。やっぱりヘビはダメですか。

多いんですよ。人類の半分、いや3分の2はダメなようです。その分、残りのヘビ好きはかなり偏愛モードの人もいるようです。

私はさほどではありません。怖くないと、よく見ればキレイではないかの間くらいです。本土でもヘビくらいは見ていましたが、脅威として認識したのは沖縄に百姓修行に入ったあたりからです。

僻村というのもおこがましい、ヤンバルの究極の過疎の村に就農してしまったのですが、電気が本島で最後に通った村などとニュースにされていたような場所です。

当然、そここに空家がありますわな。入り口が壊れていれば、つい入ってみたくなりますが、それはおよしになったほうがいい。その空家はハブ様ご一家のお住まいです。

梁の上に優雅にのたくってお休みになっているハブ様の眠りを妨げようものなら怒りの急降下爆撃に遭遇するはめになります。

というわけでせっかくですから、ハブ採りクチョーおジィの防衛法を伝授いたしましょう。

まず絶対原則。アブナイ場所には行かない。な~んだという人は呪われるでありましょう。思いつくままに危ない場所を書き出してみます。

・石垣・瓦礫・・・石の隙間におられる場合濃厚。見つけると部落総出で石垣を崩して捕まえてしまいます。
・空家・・・死にたければどうぞ。
・側溝・下水・・・こういう湿り気の多い場所は大のお好き。繁華街の下水にもいます。
・森の淵・・・涼しいところはたまりません。
・小川の近くの草むら・・・同じく。泳いでいるのを見たことがあります。
・木の枝・・・昼寝に最適。ポトっと落ちてきます。
・夜の道・・・夜道で枝をまたがないということをよくシマンチューは言います。
・床下・天井・・・理由は分かりますね。だから沖縄には忍者はいません。
・草むら・・・いかにもあぶなそうでしょう。やっぱりあぶないんです。

まぁ要するに、涼しくて、湿りけが適度にあって、身を隠す空間があるような場所がお好きなようです。

那覇の桜町という繁華街の側溝で2mの大物が見つかったことがあるそうです。繁華街は残飯を食う太ったネズミが沢山いるので、ハブ様絶好の猟場。ネズミ獲ってんだから、人間から嫌われる筋合いじゃないと思いますがね。

万が一、いや本島では万が千くらいでいるところにはいますが、ハブ様に遭遇した場合はいかがいたしましょう。

クチョーおジィからひとこと。「逃げるしかないねぇ」。そう逃げるしかありません。ただし、その場合なけなしの勇気をふるってハブ様をよく観察して下さい。

その時ハブ様がニョロニョロと道脇の草むらに逃げ込もうとしていたら、なにもしないで静かに見守ってやることです。これはハブにとって逃避・無害モードだからです。

逃げようとしているのに、こっちが棒で叩いたりしたたら、ハブ様は「なんでなんや」と反撃モードにスイッチしてしまいます。

反撃・攻撃モードに入った怒りのハブ様は本島における食物連鎖第1位だけある恐ろしさを見せます。

まずはそのデルタ・ヘッドを優雅にもたげてSの字に鎌首をもたげるでしょう。おお、これが亜熱帯最強のハブの攻撃準備態勢なのです。Sの字を軽く前後に振り子のように揺らす仕種は、間合いを測っているのです。

このSの字態勢のハブを見たら、ゆっくりと間合いを開けていきます。つまり逃げるんです。ただし、正面を向いたままでゆっくりと、ゆ~くりと後ずさりしてください。

間違っても後ろを向いてヒャーなどと叫びながら逃げないように。ハブ様はそのヘタレ声を合図にしてミサイルよろしく飛んできます。成体ならば軽く3~4m飛んできます。

ひとことで3~4mといいますが、実感で言うと、「えっこんなに遠くまで」というほどの距離ですのでお気をつけ下さい。

漫画だとシャーとかの擬態語がつきますが、まったくの無音。だからいっそう怖い。そして逃げようとしている足のフクロハギにカプッ。短パンならばそのまま一本。ジーパン程度でも牙は貫通するでしょうね。

その牙から、神経毒じゃなかった出血毒(南の島様ありがとう)が注入され、牙は引っかかったまま抜けなくなります。

この毒は消化酵素の一種でハブ様は食べる前に獲物を消化しておこうということなのだそうです。ですからジワジワとあなたは生きながら消化れさていくことになります。こわいぞぉ。

ま、それはオーバーで、噛まれた部分が壊死してやがて死に至るわけですが、今は血清治療が確立して100%助かりすます。だから、大急ぎで噛まれた部位の上の動脈を縛って、血清を打ってもらいに病院か、近所の家に駆け込まねばなりません。

ちなみに、沖縄北部の部落には必ず血清と注射器などの医療器具は常備してありますからご安心を。

■写真 わが村の風景。郵便屋さんが入ると絵になります。

■明日は臨時休業いたします。

 

2012年8月 5日 (日)

ストロンチウム検出を騒ぎすぎてはいけない

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先日来コメント欄に来る人たちの中で、私たち農業サイドが「安全だと言うなら、ストロンチウムやプルトニウムのデータをだせ」と迫る人がいます。

あるいはそれをあたかも製造物責任のように捉えて、「もしなにかあった場合責任をとれるのか」、と私たちに迫ります。

そのように迫られてもなぁ、というのが私の素朴な答えです。そもそも答えられないような問いはどこかがおかしいのです。

たとえば、ストロンチウやプルトニウムが出ているといいますが、考えるまでもなくそんなものがわが茨城の田畑からセシウムのように大量に出るはずがないでしょう。

なぜならこのふたつの放射性元素は、原子炉から放出される量自体は大きく変わらないものの、重量が重いためにそんなに遠方にまで飛ばないからです。セシウムは揮発性ですから風に乗り遠方まで飛散しました。

それなりの線量のストロンチウムは福島第1原発から数キロの外周で見つかったのみです。去年の横浜における報道は信憑性に難があります。

たしかに、文科省調査によりストロンチウムはわが県も含む10の自治体で「発見」されています。線量は欄外資料をご覧ください。

はっきり言って意味のない数値です。「計ったらあったよ」ていどのもので、このていどの線量は朝日新聞が述べているように、「最大、60年代の60分の1」に過ぎません

・1963年の核実験によるストロンチウムの最大値  ・・・仙台市358ベクレル
・1986年チェルノブイリ原発事故以降の最大値   ・・・秋田県6、1ベクレル

もし、今回の福島第1原発によるストロンチウムが人体になんらかの健康被害を及ぼすというならば、過去の二つの事例により、仙台市や秋田県で1970年代から1990年代にかけて有意にガンや白血病が増加したという統計データがあるはずですので、ぜひご教示ください

ちなみに、人間の持つ自然放射線量は約6000ベクレルですから、比較するのもおろかな量です。

今やジャーナリストや学者というよりアジテーターとなってしまった広瀬氏や小出氏がバイアスをかけて騒ぎたい気持ちは理解できますが、大騒ぎするほうがどうかしています。

文科省が今になってストロンチウムを計測し始めたのは、ストロンチウムを計測するにはセシウムのようにα線サーベイメーターでは検出できず、特定するために化学的処理が必要で、セシウムとは別の計測機器が必要だからです。

また、検出値がセシウムとは比較にならない超微量であるために高精度・高価なものが要求されるから後回しになったのです。

なにか国がインボーを企んで危険だから隠匿していたわけではありません。国はさんざん信頼を裏切りましたが、今回は技術的な事情です。

農産物にストロンチウムが存在するのかどうか調べろ、と言うことのようですが、頭を冷やしてほしいものですね。

セシウムの検出限界をようやく1年5か月かけて5ベクレルていどにまで狭めたのに、研究所ならぬ民間が計測できるはずもないじゃないですか。非常識なことをいわないで下さい。

脱原発を広めるためには、針小棒大に危険を大声で叫ばねばならないとでもいった強迫神経症じみた空気が一部の人にはあるようですが、冷静にならなければ、脱原発なんていう歴史的転換はできっこないと思いますが。

1あることちを100に増幅するのではなく、1あることは1に、2あることは2に、冷静に現状を分析して、今なにをすべきなのかを明らかにしていきたいと思います。

初稿で単位のとり違いがありましたので、当該箇所を削除します。しかし、全体の私の意見にはなんら変わりはありません。

■写真  蓮の花が咲き始めました。村のいたるるところ酷暑の中で極楽絵図を見せてくれています。

               ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

検出されたストロンチウム90の最大値(単位はMBq/km2)

・岩手県 :0・74 (平成23年4月)
埼玉県 :1・0 (平成23年3月)
・秋田県 :0・30 (平成23年4月)
・山形県 :1・6 (平成23年3月)
・神奈川県:0・47(平成23年3月)
・栃木県 :1・2(平成23年3月、4月)
・群馬県 :1・9 (平成23年3月)
・千葉県 :0・44(平成23年3月)
・東京都 :0・89(平成23年3月)
・茨城県 :6・0 (平成23年3月)

2012年8月 4日 (土)

ハブという可愛い奴がいる

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ハブという可愛い奴がいる。

チャーミングな目は輝く金色。体型はあくまでスリム(←あたり前だ)。頭は優美なデルタ。くわっと開いた顎からはふたつに割れた舌がピラピラとのぞく。

嫌いな方にはたまらないだろうが、私のような蛇がキレイだと思う人間にもたまらない。

第一、噛まれたら死ぬ。死なないまでも噛まれた場所が腐っていく。シャレにならない。

初対面は今から30年前のことだ。所は沖縄の農場の納屋だった。

仕事をしていた私の横に天井の梁からボテッと落下した奴がいる。なにか雑巾でも落ちて来たのかと初めは思った。

それがハブだった。私の数メートル横にいた鼠を襲ったのである。瞬く間にくるくると鼠を頭を残して巻き上げ、おもむろに最後に残った頭をカッと顎がはずれんばかりにしてカプッ。

哀れ鼠は凍りついたままクイクイとばかりに呑み込まれていく。最後にシッポが今生の名残を残すようにひらひらとうち振られて往生。

それまでに数分とかからなかった。唯一の観客たる私もまたネズ公のように凍りついたままだった。

だってあなた、もう数メートルハブがハズれていたら私の首筋にカプッですぜ。そうしたら私は享年32歳でたいして惜しまれずにナンマンダブだった。

腕や指を噛まれるのとは違って、首筋の動脈にハブの神経毒をもらったら命はない。

何回か登場しているクチョーのオジィの右手の小指は曲がったままだが、オジィに言わせると手首だったらアウトだったそうだ。

この時は幼体のハブを放してやろうとしてやられたそうだ。仏心がアダになったさぁとはオジィ。

クチョーは調査には職業農業などと書いているが、ほんとうはハブ採りで金を稼いでいる。一日3匹もつかまえればウン万円で名護の保健所が買い込んでくれるのだそうだ。

狙い目は早朝と夕方。蛇は涼しいうちにしか仕事をしない。涼しい水際か、森の淵でハンティングをする。

私が遭遇したようなまっ昼間は例外である。あの時ハブは梁の上でうたた寝をしていたのであろう。そして人の気配で目覚め、眺めるともなく見ていると、マヌケな人間(←私だ)の横にご馳走がある。

ハブはやや迷いながらも、人間がボケてそうなのでついご馳走を食べる衝動に勝てなかったというわけだ。

クチョーにその話をするとかなり珍しいケースだそうで、ハブは人がいるとじっとしているそうである。人がチョカイを出すして危険を察知すると、ようやく反撃に出るのだとか。

後に私は、牛舎でハブと一対一のガチンコ勝負をすることになる。

それにしても、私がカエルやヘビが好きだというと信じられないというような目で見る人が多いのは、残念である。

あんな見事な生き物をと私は思う。私には美しい花のように見えるのだが。

■写真 まだ青いホオズキ。わが農場は自生して群落になっています。

2012年8月 3日 (金)

金沢市内で黄砂から放射性物質を検出 未だ続く中国核実験の長い影

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石川県で発行されている「北国新聞」によれば、今年の春、1980年代の中国の核実験からのものだと思われるセシウムが微量ですが、見つかったそうです。

この放射性セシウムを日本列島に持ち込んだのは、例の黄砂です。例のというのは、あの黄砂は大陸からのありとあらゆる汚染物質のメッセンジャーだからです。

昨日、米国グレートプレーンズの砂漠化をテーマにしましたが、中国の砂漠化はこんな生優しいものではありません。

中国西部のタクラマカン砂漠、中国北部から内モンコルにかけてのゴビ砂漠、中国中央部の黄土高原などの三大黄砂発生地域は拡大を続け、今や黄河の源流域を枯渇させ、北京近郊にまで達する勢いです。

「北国新聞」の中でこんなとぼけた見解が登場しています。
「山本教授は、中国やモンゴルの土壌に含まれるセシウムが砂漠化の進行で黄砂と ともに飛来している。」

ありえません。土壌中に放射性セシウムが自然に含有されるとでも言うのでしょうか?自然由来の放射性セシウム、聞いたことがありません。原因は疑う余地なく中国の核実験によるものです。

この三大黄砂発生地域のひとつにタクラマカン砂漠があり、その中に位置するタリム盆地ロプノールは16年前まで中国の核実験場でした。

「ウイグル人の暮らすウイグル地区のロプノルで中国当局は1964年10月16日から1996年に渡って、0・2メガトン級~4メガトン級の地表、空中、地下で延べ46回、総爆発エネルギー20メガトンの核爆発実験を行っている。うち、放射線災害として最も危険な地表核爆発を含む大気圏実験を、少なくとも1980年までに21回実施した。」
(高田純 「中国の核実験」)

この中国核実験場が、他国と大きく異なる点は、少数民族居住地周辺で核実験が行われたことです。しかもにわかには信じがたいことには、ウイグル族が核爆発を目視できる距離で、なおかつ地表すれすれで爆発させるという方法をとっています。

その数実に1964年から1996年まで46回。1980年までの大気圏内核実験だけで21回。総爆発エネルギー量20メガトン。

「中国がかつて実施した最大規模の核実験は4メガトンに達したが、旧ソ連の核実験を上回った10倍の威力だった。実験により大量に落下した「核の砂」と放射汚染は周辺住民計19万人の命を一瞬にして奪った。放射線汚染の影響を受けた面積は東京都の136倍に相当、中国共産党の内部極秘資料によると、75万人の死者が出たという。」
(同)

これは地上に組み上げた枠の上で核爆発させるものです。通常の地下核実験においては大部分の放射性物質は封じ込められますが、空中爆発させた場合、原爆投下と同程度の被害を周辺地域に及ぼします。

これにより大気圏内に放出される大量の光線、熱波、そして放射性物質は巻き上げられた大量の砂に混ざってエアゾル化され周囲に降り注ぎました。

その上、中国政府は周辺住民に対していかなる避難措置はおろか事前通告も行わず抜き打ちで強行したのです。自国民に対して無警告で原爆投下をするに等しい蛮行です。まさにウイグル族に対する民族浄化政策、ジェノサイドそのものです。

これを16年間に渡り21回実施しました。言葉の正しい意味で、まさに悪魔の所業です。

被害者総数は19万人から75万人とされていますが、未だ闇の中です。それは中国政府に自国の暗部である被害統計を取る意思がそもそもないこと、そしてなにより国際世論がこのことに対して無関心でであったことによります。

ところで、この春に32年ぶりに金沢市内で計測された黄砂中の放射線量はこのようなことのようです。
調査期間中に計8回検出されたセシウムの総量は、1平方メートル当たり0.67ベク レルだった。このうち約70%に当たる0.46ベクレルは、金沢市内で大規模な黄砂が観測された10年3月21日を含む4日間に検出された。」
(「北国新聞」)

この放射線量は、3.11で降下した金沢市内の放射線量を桁違いで上回っています。

これをして検出された放射線量は微量でありたいしたことがないと言うのは自由です。また原発事故と混同するな、という意見もあるでしょう。

しかし、立ち止まって考えていただきたいのです。

32年たって未だこれだけの濃度で出続ける中国核実験は、1960年代から1980年代にかけてどれだけ大量の放射性物質をわが国の頭上にに降らせたのか、そしてなにより実験地周辺の人々にいかなる災厄を与えたのかに心致して頂きたいと思います。

■関連記事 http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-cd1f.html

カテゴリーフリーチベット・ウイグル には現在の中国少数民族弾圧の記事をいくつか載せております。

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■黄砂に乗って微量セシウム 石川県保健環境センター調査「人体に影響なし」
北国新聞

大陸由来の放射性セシウムが黄砂とともに日本に運ばれ、春先の石川県内にも降下して いることが、5日までの石川県保健環境センターの調査で分かった。検出されたセシウム は微量で、1980年代以前の核実験で発生したと考えられる。実験から30年以上が経 過していることから、専門家は「健康への影響は極めて小さい」としている。

 県保健環境センターは2009(平成21)年4月から10年3月にかけ、金沢市太陽が丘の同センター屋上で10日ごとに降下物を採取、濃縮乾燥した上で半導体検出器を使いセシウム137の量を測定した。

 調査期間中に計8回検出されたセシウムの総量は、1平方メートル当たり0.67ベク レルだった。このうち約70%に当たる0.46ベクレルは、金沢市内で大規模な黄砂が観測された10年3月21日を含む4日間に検出された。

 4日間の数値を人体が浴びる放射線量に換算すると、1日当たり0.000925マイ クロシーベルトでエックス線検査1回分の放射線量の約6万4800分の1となる。

 東日本大震災による福島第一原発事故に伴い、県内で3月21日~4月4日に確認され たセシウムと比較すると、1日当たりでは約71倍に当たるが、同センターは人体に影響がある値ではないとしている。

 金大低レベル放射能実験施設センター長の山本政儀教授によると、黄砂で運ばれてくる セシウムは、アメリカや旧ソ連が80年以前に実施した大気圏内核実験で発生したと推定される。山本教授は、中国やモンゴルの土壌に含まれるセシウムが砂漠化の進行で黄砂と ともに飛来しているとし、「半減期である30年以上が経過しており、直接健康に影響を与える可能性は極めて小さい」と話す。

 黄砂にはセシウム以外に硫黄、窒素酸化物など大気汚染物質が含まれており、県保健環 境センターは「セシウムをはじめさまざまな物質で長期的なデータを集めていきたい」と している。

■ユタ州における大気圏内核実験の画像。まさに血も凍る光景です。ただし、これは小規模実験であり、中国では桁違いの大規模実験が行われました。_edited_3

2012年8月 2日 (木)

「元茨城人」さんのコメントにお答えして

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正直申し上げて、あまり気が進みませんが、「元茨城人」さんにお答えしておきます。

今回、丁寧な語り口に好感を持ちました。いままでよくここまで面識のない人を蔑むことができるのだと呆れ返った人が多かったもので、こちらもつい構えてしまいます。

さて、あなたの趣旨はこのようなことでしょうか。とりあえず三つのパーツに切り分けてみました。

①「原発事故以来の一連の騒動にについて鑑みるに、生産者の方々が、茨城県産の商品の購入を求めるのであれば、もう少し消費者に寄り添った認識に基づく言動が必要なのではないかと思い、再三主張しております。」

②「茨城福島の農業生産者が、自ら販売する商品の安全性を担保して、つまり、うちの商品を買って将来健康被害を受けた場合にはその責任を負います、と公言するならば私も茨城福島の商品を買いますし、家族にもそれらを食べさせられます。」

③「しかしながら、「生産者責任」は食品だけでなく、現代の商取引においては当然の責務だと認識しているのですが、どういうわけか、農畜漁行従事者においては、あたかも免責を受られるような風潮が見受けられるような気がします。」

まずは「消費者に寄り添った認識」についてですが、私は30年の間、産直提携をしてきました。

市場に出荷してお終いではなく、ひとりひとりの消費者と膝を交えて話をする中で「畑と顔が見える関係」を作ってきた自信があります。

ところが、3.11で「畑と顔が見える関係」が二つに別れました。私にとって初めての経験でした。

ある消費者グループのリーダーは、茨城が「被曝」したことにたじろぎ、交流会にECRR(*)の関係者を呼ぶようなまねをしました。たちまち不安心理は他の会員にも拡がっていき、消費は激減しました。

別の消費者グループは、食べることで支えようと話合い、多額のカンパまで頂戴しました。生産者の苦難に対しては消費者と一緒になって闘おうという気持ちは涙が出るほどありがたいことでした。

このように同じ産直運動をしてきたふたつの消費者グループが真逆な行動をとったわけです。どちらに対して私たちはあなたが言う「消費者に寄り添った認識」を持つべき対象なのでしょうか?

たぶん両方ともそうです。3.11という今まで日本人が経験したことのない苦難に際して、一方は我が身と家族を守るために闘い、一方は我が身と家族を守るために更に苦難をなめている人たちと手を繋ごうとした、その差があるだけです。

こう書くと、倫理的に後者が正しいと思われがちですが、私は前者もまたあるであろうひとつの対応だと思っています。

ただし、前者の視野の狭さは覆い難くあります。消費者主権主義とでも言ったらいいのでしょうか、あるいは平たく「消費者は神様」意識とでも呼んだらいいのでしょうか。

食べものを買う消費者は「知る権利」があるが故に、一切の情報を開示されてなければならず、「将来健康被害を受けた場合にはその責任を負います」という農産物にもいわば工業製品と同じ「製造物責任」(PL)があるとする考えかたです。

もちろんPLに似た概念のJAS有機認証は存在します。私たちグループはそれを取得ていますが、認証項目にひとつでも違反が発覚すれば、認証取り消しという社会的制裁が待っています。

ただし、こんなものは単なる紙切れでしかありません。第一、JAS有機には放射能の一項は存在しません。

仮にあったとしても、3.11当時私たち農業者が「一切の情報」を提供できる立場にあったのでしょうか。

私たち生産者のみならず、事故調が指摘するように国が情報隠匿に走り、地方行政は尻込みするばかりだったからです。

このような状況の中で正確な放射性物質の拡散状況を知ることすらできませんでした。だから、私たちは自力で文字通り地を這うようにして農地や湖を測定して回ったのです。

そしてとうぜんのこととして農産物の日常的測定もしていきました。そして1年5か月たった今は、それを中長期的定点観測体制に切り換えようとしています。

さて、「元茨城人」さんは3.11の状況に対してPL的製造物責任の発想がないと私たち農業者を批判しておられます。

ないものねだりだと私は思います。そもそも、農産物とは自然条件によって大きく左右されるために、そのような工業製品的尺度を適用するのは困難だと言うことが前提としてあります。

今回の3.11の状況は、この「自然条件」そのものが降ってきた放射能という存在でした。しかも東電をして法的には「無主」であり、環境庁をして「汚染物質ではない」(!)と言わしめる物質でした。

このような国家の不作為の中で、どうして私たち農民だけが突出してあなたが言うようにPLを引き受け、「うちの商品を買って将来健康被害を受けた場合にはその責任を負いますと公言」できるのでしょうか

そのように「公言」することが、放射能との闘いの中でなんならかの前進ならばやぶさかではありませんが、買ってららうためだけならば意味があるようには思えません。

意味があるとすれば、国や東電が放射能汚染すべてに対して包括的に責任を負い、清浄な土地に戻すことを約束させる取り組みの中でならあるでしょう。

このような「被曝地」全体に対するトータルな浄化を含む支援なきところで、私たち生産者のみがPLの責任を負うことは、加害者と被害者を混同し、全面的に被害者である農業者の背に無用な重荷を乗せるものでしかありません

私たちにできるのは空疎に「安全宣言」を出すことではなく、自らの責任で計測した測定数値を記録し、保管し、開示を誠実に準備することだけです。あるいは遅ればせで出揃いつつある行政各機関の測定値を知らせることです。

それでもなお、もし私たちの農産物が安全か危険なのかと問われるのならば、私たちは自らの測定値を示し、「国の100BQよりはるかに下回っている数値であり、国はこの食品摂取基準に対して責任を持ち、私たち生産者はそれを遵守する関係にあります」とまでしか言えません

また、元茨城人さんの「免責」という文脈で言うならば、国が定めた食品基準値以下で正当な流通をしている食品に関しては「免責」されるべきだと考えます。もしされないのであれば、国が食品基準値を作った意味がそもそもありません

欄外に食品由来の放射線量のもっともリアルな食卓の数値である日本生協連の測定データを出しておきます。

最後に沖縄に茨城の農産物がないということでしたが、残念ですが私がとやかく言えることではありませんし、逆にあなたの主張を裏付ける証拠というわけでもないと思います。

ただ、沖縄に大量移住している放射能避難者の皆さんがどのような情報発信をして、それがどのように沖縄社会の中で広まっているかは少々心配ではあります。

「元茨城人」さん、これでお答えになったでしょうか。茨城は爽快なまでに暑いですよ。お盆に帰ってきませんか?

■関連記事 http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-fb6f.html
        http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-ffc9.html

          ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

*ECRR ・・・ヨーロッパ放射線リスク委員会・ヨーロッパの急進的脱原発団体。3.11に際してクリス・バズビー氏が来日し、各地で「福島で40万人がガンになる」と講演して回った。

資料Photo

2012年8月 1日 (水)

米国農地の砂漠化の進行 穀倉の水源オガララ帯水層の危険な水位低下

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      図版 Wikipediaより危険な水位低下 低下は赤とオレンジ、増加は水色と紫)

昔、ヒューストンからの帰りの飛行機から地上を眺めたことがあります。行けども行けども土漠が続く乾燥しきった大地に、真円の巨大な染みが沢山あることに気がつきました。

後でわかったのですが、あれがセンター・ピボット灌水という奴です。「米国のパンかご」と言われるグレートプレーンズ(大平原)では一般的な灌水方法だそうです。

下の写真を見て頂くとその巨大さが分かります。大きなもので半径1㎞もあるような巨大な自走式散水管に化学肥料入りの汲み上げた水を高圧をかけて注入し、ザーッと散布していきます。(写真 アイダホのジャガイモ畑 出典同)

ですから真ん丸の農場という異形のシロモノが出来上がるというわけです。アメリカ人はやることがなんにつけてもゴツイですな(笑)。私たち日本人には考えもつかないですよ。

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この方法で地下のオガララ帯水層から地下水を大量に汲み上げ、日本のような土づくりなんてまだるっこいことはいっさい省略。

巨大トラクターで耕耘してから飛行機で種をぶん播き、後はピボット灌水で汲み上げた水に化学農薬と肥料を入れてブッかけて、成長したら巨大コンバインで収穫して一丁上がりです。最初から最後まで農場主は土に触りもしません。

典型的な収奪農法です。自然環境から奪うだけ奪って与えない。与えることをせず、土を生産にだけ隷属させ、絞り尽くせば使い捨てにして去っていくという農法です。

しかしやがて、強引な灌水は農地を地中から塩を噴かせるアルカリ土壌に変えていきます。

また等高線に沿って計画的に土留めをしないために、いったんアルカリ化した砂を大量に含んだ土砂は崩れて、低い土地をも呑み込んで拡がっていくことになります。

これが砂漠化です。米国農地では今静かに砂漠化が進行していると考えるべきです。近年毎年のように続く熱波はこれと何かの相関関係があるかもしれません

このような収奪農法は米国やブラジル、あるいはロシアなどでしか可能な農法ではありません。狭隘なわが国でこんな農法をとれば十年たたずしてすべての農地は消滅してしまいます。

私はこのような持続することをハナから捨てているような農法を、「農業」とは呼びたくありません。これは水と土という貴重な人類が共有するべき地下資源の私的略奪です。

作物にとって水は欠くことのできないもので、特に主要作物のトウモロコシは大量に水を必要とします。

この水をグレートプレーンズではこのオガララ帯水層から汲み上げています。ですからこのオガララ帯水層とグレートプレーンズは完全に重なっています。(グレートプレーンズは緑色部分・下図参照 出典同)

このオガララ帯水層と五大湖によって潤う湖周辺地域を合わせて、米国の穀倉地帯は作られています。言い換えれば、「米国のパンかご」の過半はこのオガララ帯水層なくしては成立しないのです。

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オガララ帯水層は、ロッキー山脈東側の大平原の地下に存在する文句なしに世界最大級の地下水層です。総面積は450,000km²で日本の国土の約1.2倍という馬鹿げた広さです。わが愛する霞ヶ浦などここにくると針穴ていどになってしまいますな(笑)。

オガララ帯水層は氷河期の地球が遺してくれた恵みとも言うべきものですが、年間降雨量が500mmに満たないこの地域では、増えることは期待できません。

むしろ、人間の乱開発がないとしても、大草原特有の乾燥した強風によって地表水や降水の蒸発が促されているために蒸散し続けています。

しかも、オガララ帯水層は地下水の蒸散を早め、降雨を浸透させない働きのある炭酸カルシウムの不透水層によって覆われているために、降雨は地下浸透しません。わずかに降った雨水は地表を滑るようにして川に流れ込んでいってしまいます。

つまり、いくら巨大な地下水帯だろうと、新たな増水が期待できず、むしろ減る一方なのにもかかわらず、それを戦後本格的にジャカジャカ乱費する潅漑農業が盛んになったのですから結果は見えています。

1980年の統計の時点で既にオガララ帯水層からの揚水量は地下水涵養量の3倍に達していました。実に年間1.5mにもおよぶ水位低下の地域すらあり、枯れた井戸が続出しました

冒頭に掲げた地図は、オガララ帯水層の1980年から1995年の地下水位の変化を示しています。水位が著しい低下を示している赤とオレンジ色のゾーンに注目してください。

テキサス州北西部、カンザス州南西部では危険なまでに水位が低下しています。わずかに水位が上昇している地域は水色と紫色ですが、比較するまでもなくオガララ帯水層は水位低下が顕著になっています。

そもそも限りある水資源を収奪農法によって1911年から延々一世紀以上にわたって収奪し続ければ水源の枯渇が起きて当然でしょう。近年になって一定の計画下に置いたとしても既に手遅れであり、一時しのぎにすぎません。

米国の輸出を前提とする過剰な穀物生産を見直さない限り、米国の農地の砂漠化は不可避だと思われます

念のために申し添えますが、この問題とわが国畜産や食品加工の米国依存は別次元の問題です。それぞれの国で解決を見いだしていくべきで、グローバリズムは解決にならないと私は思っています。

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