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釜石・スマートコミュニティを通して震災復興に挑む希望の街

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日本における再生可能エネルギーの導入は、制度的に初手で失敗したと私は思っています。それはEUでつまずいたFIT制(固定・全量買い上げ制度)を導入してしまったからです。 

しかし、にもかかわらずというべきでしょうか、再生可能エネルギーは21世紀の重要なエネルギー源候補であることには変わりありません。 

なにか脱原発の御神体を祭るように神格化する扱いが間違っているだけであって、再生可能エネルギー自体は活かし方さえ誤らなかったら、こんな魅力的な電源はありません。 

岩手県釜石市に再生可能エネルギーの先進事例があります。釜石市は3.11の大震災で大津波に襲われた地域のひとつです。 

明治以降に実に今回で4回もの大津波に耐えてきました。3.11においても1061名もの死者・行方不明者という痛ましい被害を受けています。 

私がこの釜石の人々に感嘆するのは、生き残った人々が「引っ越せばいい」という安直な声に耳を貸さなかったことです。 

なんとかふるさとを再生するのだ、生き方を取り戻すのだという願いの強さです。これはとりもなおさず地場産業復興であり、それによる雇用の創出です。 

「鉄の町釜石」、「漁業の町釜石」、「農業の町釜石」、この三つが相互につながって「釜石市復興まちづくり基本計画」を作りました。 

この基本計画のひとつひとつは実に興味深いもので、なし崩し的に「復興」しつつあるわが茨城南部地域にはまぶしいほどです。その中のひとつに「スマートコミュニティなどによるエネルギー多様化に向けた取り組み」があります。

これが実に「釜石らしい」のです。

というのは、豊かな山林資源を後背地に持つ「鉄の町釜石」という地域的特性、海に面しているために海風が強く吹く地形、そしてLP(液化石油)ガス関連施設の存在という多様な地場エネルギー源が釜石にはあるのです。

これは再生可能エネルギーの大胆な取り組みをする上でまたとはない条件でした。お分かりになるでしょう。再生可能エネルギーのもっとも大きな欠点はなんでしたか?

そう、それは定常性がないことです。風力発電ではその時の風向き、風量に支配され、太陽光では曇り、晴れの天気に一喜一憂するという難点のために、常にバックアップ電源として火力発電がなくてはならないことです。

しかしこれらが一括してひとつの地域にセットされていたとしたら、その地域内での分散型電源網を作り、地域内配電網をコンピュータでコントロールすることによって自立した発送電網ができるのではないでしょうか。

これがスマートコミュニティです。次回もう少し詳しく釜石市の実験をみていきます。

■あすあさっては定休日です。また月曜日にお会いしましょう。

■写真 筑波山神社です。

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原発を真面目に終りにする方法」カテゴリの記事

コメント

かつて新日鐵釜石がラグビーで強かったのは80年代までで、20年前には高炉も廃止され象徴だった巨大煙突も爆破解体されました。
同時期に人口も5万を切っています。

今では、明らかに過剰施設と言える高台の「鉄の歴史館」で往年の繁栄や、太平洋戦争時の艦砲射撃の着弾地図等が見られます。


それでも釜石の人々は逞しい!
漁業が中心ですが輸送には極めて不利な立地ながら、必死で戦い続けています。漁港は海に隣接するしかありません。

あのギネスに乗った湾口防潮堤は笑い物にもされましたが、あれが無かったらさらに何倍の被害になったことやら。


以前、コメント欄で「まさか同じ所に住むつもりか(笑)」
という意見もありましたが、住居の高台移転はともかく、街は元の中心街から再建されることでしょう。

もちろん、より安全対策は必要ですが、
ぜひオキライ小中学校で、あの日に起きたことを考えて下さい。

投稿: 山形 | 2012年9月 7日 (金) 08時14分

初めて、管理人さんの撮影された写真の感想を、書きます。筑波山神社とのこと。
お参りしたことがないので、写真からの想像ですが、山門鐘楼のような作りに見えますね。
真ん中部分は、はしごでしょうか?
屋根は、斗きょうと隅木と力垂木で、自由に揺れて、力を逃がす神社というより、寺院建築の手法が使われているようですね。
かなり、凝った建物のように思います。

戦前は、神社も寺院も、国有地であったのが、宗教法人法と言う法律により、神仏混合から、どちらか1方の民法法人にならざるを得なかったことや、今でも、寺と神社は、隣同士で、存在する場合が多く、戦前の建物が残っていることは、多神教を受け入れる日本人の宗教観を感じられ、好感が持てますね。

愛知県で、正月に初詣が多い、豊川稲荷(神社)は、本体は、曹洞宗の寺の運営です。
社寺建築に、国民が、ひかれるのは、全体の意匠ラインなのだと思います。

美的なラインを作り出す具体的工法を、獲得していて、それらは、中国大陸から学びながら、地震国であり、湿度の高い日本と言う島国に合わせて、改良してきたものです。
最終改良型は、江戸様と言う規格化された意匠になりましたが、もっとも日本らしいのは、鎌倉様あたりかもしれません。写真の建築物は、あらゆる部分に、賢人の智慧の工法が、含まれています。都会の鉄筋コンクリート製の社寺建築とは、根本的に、異なる工法ですよね。(見た目は、似ているのですが)

さて、管理人さんのテーマに対する私の個人的考えは、このような高度な建築物は、原寸で、組み立て、ばらして、現地で、再組み立てしたり、現物とほぼ同じ、模型を作ったりして、作られます。
私自身、これらの設計の監修管理に携わったことがありますが、原子炉を安全に廃炉にするには、当然、リスクはありますが、実際に稼動している原子炉を、発電目的でなく、プラント廃炉システムの実際の施工方法確立のため、実験室レベルでなく、研究し、試行錯誤せざるを得ないと、思ってます。
それは、この写真に表現されているように、屋根の軒が大きく伸びていても、1階の柱を内側にすこしだけ傾け、ダボで、ずれを止めて、ほぞを貫通させ、楔をはさむなど、美的センス=構造強化となるような発案をたくさん盛り込む必要があるからです。

国民は、この写真の建物の仕口の仕様が解らないのと同様に、原子炉の発電模式は、知っていても、現物の原子炉プラントの内容を知らないまま、廃炉、廃炉と騒いでも、もんじゅに、800億/年、投資しても、なかなか先が見えないように、現状、廃炉作業は、確立した工法が、完成してません。
本来、放射性廃棄物最終処理まで、実用化レベルの工法が完成していて、稼動させるべき原発でしたが、現時点においては、できるだけ早く、安全で迅速に廃炉できる工法を実用化するには、どこかで、誰かが研究しない限り、もんじゅと同じ状況にしか、なりえないと言う事です。
脱原発は、国民の総意と見て、良いのでしょうが、科学者や技師に、机上論で、廃炉工程を、考えなさいというのは、酷と言うか、無理だと思います。商業用原子炉プラントは、未知の部分が多すぎることや、軽い操作ミスでも、メルトダウンしてしまうからこそ、本物を目の前にして、事前シュミレーションを、しっかりしなければ、廃炉なんて、無理な作業に思います。

投稿: りぼん。 | 2012年9月 8日 (土) 09時42分

りぼん。さん。
先日は暴言失礼しました。以前の流れから、あまりにイラッとしたもので…たぶん判って頂けるとおもいますが…。


もし、お時間があれば、暫くこちら(ウチにまともな寝床と飯くらいは用意します)に滞在なさって、宮城や岩手そして福島の状況を自分の目で確かめて戴きたいですよ。

もう、1年半にもなりますが、復興レベルは様々な事情でバラバラです。
急速復興した仙台空港は良いのですが、ターミナルを近く望む位置から反対側に目を向けると…壊滅した古い漁師町。かろうじて残ったのは土台の一部と、全国の墓石業者がボランティアで協力している、荒れ果てた荒野の中の墓地の一部です。
それでも、荒浜地区でバーやラーメン屋を再開している逞しい方々もいます。


山形市では、有名な山寺のお婆さんが慌てて避難して頭を打って亡くなりましたが…山寺は無事です。急激な石段を是非、ご案内したいですよ。大丈夫、ガイドさんが健脚の70~80代ですから。

山形や米沢市内でコミュニティを作って生活を維持するママさんや、支援のNPO。
観光やイベントに、毎度宮城や福島から招待する全力の試みなど、是非とも自分のマナコで見て下さいな。

失礼ながら、メカニズムの初歩に関してのレクチャーなんぞは御免こうむります。
今さら原子炉構造にしても、今や史上最大レベルの醜いメディアスクラムとなった「オスプレイ騒動」などにも、私は至って冷静です。

投稿: 山形 | 2012年9月 9日 (日) 11時35分

管理人さまの口蹄疫禍から福島原発問題や風評被害問題にしても、結局、全国一般国民が、山形さまと同じレベルで、リスク評価できていれば、私のような農業に縁のないものが、プロに向かって、コメントすることは、全く必要が、ないことでしょうね。
ただ、尖閣問題にしても、残念ながら、日本全体は、平和ぼけ状態レベルですし、東北の方々は、我慢強いのか、本来、発信すべき情報を、発信しない。

関東圏では、針の穴ほどの問題でも、大騒ぎするのに、農家さん達は、ある意味、自然との闘いの結果が、年収になると言うハイリスクでの生計を、日々行っている関係なのか、まあ、放射線汚染問題が、ないならば、米と水と多少の野菜があれば、最低限の生きることは、出来るからと、生活実態を、他人に表現しない、ある意味、義理、人情とか、保守的思想を感じます。

名古屋から花巻空港までは、わずか1時間ですので、岩手の震災地区のお見舞いには、行くことができましたが、残念ながら、声をかけ、多少の寄付をする以上のことは、出来ませんでした。

まあ、未だに、空襲にあった町そのものとしか、言い様のない風景でした。

復興、復旧という感じは、津波被害地では、しませんでした。夜が、暗くて、街路灯もなく、新しい電柱は、立ってましたが、町の明かりが、ほとんどない世界でした。

都会にいる私たちが、都会に居ながらお役に立てることは、東北の現状を正確に、都会に住んでいる人に伝えることと思います。
大体、雪の降らない名古屋に居て、毎日、かなりのスペースを雪かきしている皆さんの真似など、出来ようがありません。
まあ、2~3ヶ月、毎日、雪かきしたら、サロンパスのやっかいにならなくなるかも、しれませんが、農業だって、その世界で、数年は、体で、覚えないと、出荷検品に合格するような作物は、我々では、ほぼ、作れないでしょうね。

農家の皆さんが、ご存知であたり前と思っていることが、西日本の都会では、正確に、伝わってないことが、問題のひとつであって、そういう本当のことは、電力会社が、大口スポンサーである以上、マスコミは、報道しないばかりか、復興は、進んでいるとさえ、報道されているのが、現状です。読売ばかりか、朝日ですら、事実の報道は、しないのです。だから、異常なまでの東北バッシングが起きる訳で、この管理人さんのブログは、ある意味、西日本に居住するものに対して、現状を正しく記事にしていただいている数少ないブログだと思います。
事実を知らない人のコメントを受付しないスタンスですと、益々、東北や被災地は、忘れ去られる状況が、都会での論調であり、都会での世論であることは、間違いないような気がします。

投稿: りぼん。 | 2012年9月 9日 (日) 15時08分

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