原子力規制委員会はきめの細かい予測図を作れ!
10月24日、原子力規制委員会が福島第1原発事故レベルの過酷事故が起きた場合にどのような放射性物質の拡散状況になるのかのシミュレーション・マップを公表しました。
まずは初仕事というわけですし、言いたいことは山ほどありますが、一歩前進と評価します。
というのは、今までこのようなものは「事故ゼロ」幻想のためにまったく作成されておらず、地元住民の避難訓練はおろか、避難計画も安定ヨウ素剤の配布もなかったからです。犯罪的なまでの無為無策ぶりでした。
さて、今回の規制委員会のシミュレーション・マップはこのような条件を設定して作られています。
※「毎日新聞10月24日欄外資料1参照
ここには全国の原発のシミュレーション・マップが掲載されています。http://mainichi.jp/graph/2012/10/24/20121024mog00m040020000c/001.html
①福島第1原発1~3号機と同量の放射性物質が放出された場合
②すべての原子炉で炉心溶融が起きた場合−−の2種類を試算
③気象条件は一部原発を除き、昨年1年分のデータを使用
④各原発の16方位で、国際原子力機関(IAEA)が定めている避難の判断基準(事故後1週間の内部・外部被ばくの積算線量が計100ミリシーベルト)に達する最も遠い地点を地図に表した。
⑤極端な気象条件を排除するため、上位3%のデータは除外した。
④のIAEA1週間の積算線量100msVについては文句を言いたい人も沢山いるでしょうが、ここではコメントを控えます。
ます、規制委員会は②の「すべての原子炉で炉心融解が起きるかどうかは、議論が分かれる」としていますが、二種類の試算を出したのは賢明でした。
というのは、福島1原発事故では、1号機から4号機まで隣り合わせの原子炉で事故が連鎖したからで、もし1~4号機の隣に5、6号機があればどのようなことになったのか想像しただけでゾっとします。
それはわが国ではひとつの原発において、複数の原子炉があることが多く福島第1原発にしても6基ある原子炉が2基ごとにコントロールルームが設けられていました。
このコントロールルームでは、主任以下8~10名で2基を制御しているわけで、福島事故のように事故が連鎖して長期化するにつれて作業員の重荷が大きくなりました。
結果、事故報告書を読むと、要求される対応力、対応速度やその精度が日を追って鈍化しました。あの日本を救った「鉄の男」・吉田昌郎所長ですら判断ミスをしています。
わずかの判断ミスが壊滅的破壊につながる原子力事故においては、このような複数プラントの同時事故対策はきわめて重要です。
ですから、このシミュレーション・マップで世界最大級の柏崎・刈羽原発(7基820万キロワット)で拡散面積がもっとも大きく見積もられたのは当然で、事故を起こした福島第1原発1号機~4号機の3倍近くの出力があります。 (資料3参照)
危機管理においては、「最大限の事故が起こりうる」という前提に立たねばなりません。これが鉄則です。柏崎刈羽原発のように7基あれば、7基すべてが連鎖的に水素爆発を起こしたとして前提を立てねばなりません。
私は規制委員会が最大限危機の立場にたったことは、素直に評価したいと思います。規制委員会が、従来あった半径30キロ圏のUPZ(緊急防護措置区域)を超えて放射性物質の拡散が伸びるのは、あたりまえすぎるほどあたりまえであり、そのことで私たちは取り乱すべきではありません。
むしろ、自分の住む地域がUPZをはずれているから安全だろうと思っていて、現実に事故が起きて放射能雲が頭上に現れるのを見るよりはるかにましではありませんか。
私は去年その経験をしたひとりとしてそう思います。 それを見た時は遅いのです。(現実には見えませんが)。
さて次に問題点も指摘しておきます。最大の問題点は実際に放射性物質の拡散パターンがこのシミュレーション・マップのようにコンパスで丸を描きいたようになるか、という点です。
福島事故の経験から見れば、絶対になりません。福島事故の放射性物質放出時(3月12日、15日、21日)の場合、風向きと地形により複雑な拡散パターンを見せました。(欄外資料2参照)
浜岡原発を例にとれば、規制委員会が出したシミュレーション・マップのようにはならないはずです。(下図左 TBS「ひるおび」より))
上図を一目すれば、左の規制委員会シミュレーション・マップと右のSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測)のシミュレーション・マップとは大きく異なるのがわかります。
規制委員会の公表した予測図は米国NRC(原子力規制委員会)のコンピュータを使って作成したために、現実の山や河川などはないものとして単純に描かれています。
そのためか、ここでは原発立地地点のみの風向頻度を年間平均で出して決定しています。(下図参照)
ところが現実の福島事故ではどうだったでしょうか?
原発から放出された放射性物質は、初期のヨウ素、セシウムが揮発性のために風に乗って拡散し、山で阻まれてその麓に降下したり、川面に落ちて流されていき湖で溜まったり、森林の樹冠に落ちてから雨で滴り落ちて森林を汚染したり、あるいは雨で落下して遠く離れた街にホットスポットを作ったりする複雑な動きをしました。
3月12日の福島事故第1回の水素爆発によって排出された放射性物質は、発生地点周辺をなめ尽くした後、東側方向の風に乗り海に出て、その後に北上して一関方向に達しています。
私たち関東まで拡散したのは第4回目の3月21日の拡散で、茨城を経て私の住む霞ヶ浦周辺を通過し、松戸・柏・東葛周辺で降雨に合ってホットスポットを作りながら東京湾に抜けています。(資料3 拡散ルート参照)
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-d5ba.html
このように発生地点の風向き出現確率だけで拡散方向を決するのは、福島第1原発事故の現実に学ばない非現実的な姿勢です。
地形、天候の考慮がまったくないなら、なぜ福島事故の時の同心円的避難地域設定が無意味であったのかの反省をしていないことになります。
どうして規制委員会がこのような仕事をするのか理解に苦しみます。
日本には世界に誇るスーパーコンピュータ「京」があるでしょう。なぜあれを使わないのでしょうか? 「京」を使って各原発の月毎の放射性物質シミュレーション・マップを作るべきです。
そうすれば下図の浜岡原発のSPEEDIマップのように、40キロ圏をはるかに超えて飛散が拡大する地域が点在するのが分かるはずです。
この浜岡原発におけるSPEEDIの予測図を見ると、30~40キロはおろか80キロを超えて拡散する場合があり得ることを示しています。この「最大限の危険」を基に避難計画を立てなければ意味がありません。
この規制委員会の予測図では、この「最大限の危険」地域の人や自治体に誤って過剰な安心感を与えてしまう可能性があります。
人というのはおかしなもので、UPZスレスレでも、「あ、オレの所には放射能は来ないのか」と思ってしまうものなのです。規制委員会はそのあたりの「被曝地」心理まで踏み込んで考えたことがあるのでしょうか。
規制委員会自身が「精度に限界がある」と認めながら、田中俊一委員長が「再稼働の条件ではないが、(避難計画を作ってもらわないと)再稼働はなかなか難しくなる」と言うとなると、この「不正確な」マップを基にして避難計画を立てろと言うに等しいことになります。
これは矛盾ではありませんか。より肌理の細かいものを作ってから、こういうシミュレーションがあるので、ここの地域にはこういう避難計画を立てなさいという丁寧さが規制委員会には必要なはずです。
いいかげんな30~40キロの円を描いて、はいこの地域の人は避難計画を作りなさい、というのではあまりにずさんに過ぎます。シミュレーションマップは避難計画の大本になるものなのです。
ただ作ればいいのではなく、実際に原子力事故が起きたらいかなる被害を与えるのか予測し、それに対しての避難計画を策定する基礎となるものです。
今回公表された予測図では、従来の30キロ圏UPZ(緊急時避難準備区域)を超えた地域が柏崎・刈羽や大飯などで全国で4カ所出ました。(資料3参照)
規制委員会はこれらの自治体に来年3月までに新たな避難計画を作ることを求めています。
つまりは、このシミュレーション・マップこそが避難計画の基礎中の基礎なのです。規制委員会は可能な限り早くSPEEDIマップを提出し、より現実的な避難計画を立てるべきです。
避難計画とは周辺住民に不確実な「希望」は与えず、原発と共存することのリスクを共有することです。
「事故ゼロ」幻想は金と引き換えに安易な安心感を与えたにすぎませんでした。「福島以後」の原子力政策はそこから出直すべきです。
■写真 月光の下の湖の漁港。ではなくて強烈な朝日です。
■私事ですが、眼の網膜が出血しているようで、眼科医にかかっています。頑張って更新を続けるつもりですか、今週から来週にかけては休載日が出るかもしれません。皆さまも季節き変わり目です。ご自愛ください。
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■資料1 全国16原発の放射性物質拡散予測地図:原子力規制委が公表
毎日新聞10月24日
原子力規制委員会は24日、東京電力福島第1原発事故のような過酷事故が発生した場合、全国の16原発について、どの程度の距離まで避難範囲が広がるかを試算した放射性物質の拡散予測地図を公表した。
福島第1原発を除く16原発で、(1)福島第1原発1~3号機と同量の放射性物質が放出された場合(2)すべての原子炉で炉心溶融が起きた場合−−の2種類を試算。気象条件は一部原発を除き、昨年1年分のデータを使用。各原発の16方位で、国際原子力機関(IAEA)が定めている避難の判断基準(事故後1週間の内部・外部被ばくの積算線量が計100ミリシーベルト)に達する最も遠い地点を地図に表した。極端な気象条件を排除するため、上位3%のデータは除外した。
規制委事務局の原子力規制庁は「架空の前提条件を基にした試算であり、精度や信頼性には限界がある」としている。地図は、地元自治体が来年3月までにまとめる地域防災計画の資料にするため、規制庁と独立行政法人・原子力安全基盤機構が作製した。
◇地形考慮せず試算
放射性物質が最も多く出た東京電力福島第1原発2号機と同様、約10時間にわたって放出が続いたと設定。風向、風速、降雨量などについて、1年分の気象データ8760パターン(365日×24時間)を地図上に積み重ねた(一部原発を除き、気象データは昨年1年分を使用)。ただし、極端な気象を除外するため、拡散分布地点の遠い上位3%に入るデータは除いた。計算システムの制約上、山間部や河川、湖沼などの地形を考慮しておらず、それに伴う風向などのデータも加味されていない欠点がある。放出源は地表面に設定しているため、実際の飛散状況とは異なるとみられる。試算では、米国の原子力規制委員会(NRC)が使用しているコンピューターシステムを使用した。
■資料3 福島第1原発事故拡散ルート
●第1ルート/3月12日夜から・・・・・南相馬⇒太平洋⇒太平洋を北上⇒西旋回して女川から内陸に侵入⇒一関、平泉に到達
●第2ルート/3月15日午前中から・・・・太平洋を南下⇒いわきをかすめて、水戸から内陸へ侵入⇒3方向に分裂
・2-1ルート・・・宇都宮方向ルート
・2-2ルート・・・群馬方向ルート
・2-3ルート・・・首都圏に南下ルート
●第3ルート/3月15日夕方から・・・・北西に進み飯館⇒西旋回して内陸部へ⇒福島、二本松、郡山、那須⇒日光
●第4ルート/3月21日午前から・・・太平洋を南下⇒鉾田から内陸部へ⇒柏、松戸⇒東葛地区⇒東京湾⇒太平洋を南下⇒足柄⇒一部が静岡
■資料4 産経新聞10月24日 より
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