規制委員会、新「原子力災害指針」を出す
原子力規制委員会が、新たな「原子力災害対策指針」を出しました。これは現行の原子力災害特別措置法(原災法)の欠陥を是正するために作られたものです。(欄外資料参照)
さて、この新原子力災害指針が生まれたのは、現行の原災法が、福島第1原発事故でなんの役にも立たなかったことがバレてしまったからです。
この原災法は1999年の茨城県東海村JOC臨界事故を契機に作られたのですが、それまでなんの災害対策指針がなかったというのもスゴイといえばスゴイのですが、作られたこれもそうとうに役立たずでした。
なぜなら、肝心な避難基準と指揮権限があいまいだったからです。ここで改めてあの悪夢のようだった2011年3月11日を簡単に検証してみましょう。
午後4時36分、福島第1原発吉田所長は「緊急事態が起きてい、る」という通告を行いました。これが永久に出されることはないだろうと原子力関係者が思っていた、「15条通告」(緊急事態通告)でした。
同法によれば、これを受けて首相は緊急事態を宣言し、放射能汚染にさらされる可能性がある周辺住民を避難させなければなりませんでした。
この核事故緊急事態に際して、首相には原子力安全委員会の5人の委員と40人調査委員からなる「緊急技術助言組織」という原子力の専門家ブレーンが付くはずでしたが、これがまともに機能しませんでした。
というのは、助言委員が震災による交通・通信インフラの麻痺により呼び出しすらできず、それをいいことに「原子力に強い」と自称する菅首相は、自らが電話で呼び寄せた自分と同門の学閥の仲間だけを集めて緊急対応を始めてしまったからです。
それらの人々はかつて菅首相と同じ大学紛争の釜の飯を食った、というだけの理由で招集された素人集団でした。
後に首相は、むしろ得意気にインタビューでこう述べています。このへんの神経がずぶといですね。
「私にはそういう経験があるの。だからこのときも(略)個人的つながりで、後に内閣参与になってもらう人から話を聞いたんだ。」
どういう「経験」があったのか知りませんが、菅首相とその「個人的つながり」の仲間たちは早々に重大なミスを犯します。
原災法では緊急事態が宣告されると、避難を定めた区域を定め、住民を避難させることをせねばなりませんが、首相は緊急事態を宣言しただけで、その避難誘導どころか、避難区域を設定することすらしなかったのです。
理由はただ忘れていただけで、指示を出すのは斑目委員長らが到着してからのことになります。 それも避難圏の規定がなかったために3キロ、10キロ、20キロと猫の眼のように変わっていきます。その都度、周辺住民は転々と避難場所を変えねばなりませんでした。
政府事故調によれば、ある人など逃げた先のほうが、自宅がある地域より高い放射線量だったということすら起きました。瞬時に放射能の拡散状況を予測するための、SPEEDI(緊急時放射能拡散予想システム)の存在が官邸では忘れられていたからです。
このような混乱は首相の個人的資質もさることながら、オフサイトセンターが震災の影響で機能不全になったために、使用できた通信回線が防災車に搭載された衛星電話6台のみで、官邸に現地の状況がまったく伝わらなかったこともあります。
そしてもうひとつの原因は、事故現場との連絡を保っていた東京電力と官邸の連絡や情報共有が不備だったことです。
既に東電は事故直後から独自に事故対応を開始していました。しかし原災法では指揮権限が国にあるのか、原発所有者の東電にあるのかがあいまいだったのです。
東電には事故対策本部があり、吉田所長に直接回線て刻々と福島第1原発に対策指示を出していました。それとは別に国は国で、首相を本部長とする対策本部があったのです。
つまり指揮系統が2本存在しているために、後に首相と東電の間に埋めがたい溝を生み出すことになります。
この構図は原発事故の起きる1年前に発生した、宮崎県口蹄疫事件における県対策本部と政府現地対策本部との軋轢の構図に酷似しています。
猜疑心の強い首相は東電に対して強い不信感を抱き、事故現場へのヘリ視察や本社怒鳴り込み事件といった非常識な事件を引き起こしていくことになり、指揮混乱にいっそうの拍車をかけるようになります。
この状況について細野剛志首相補佐官は、「(官邸では)原発でどんな事象が起きていて、どんな避難区域にすべきなのか、完全に検討できなかったのです」と述べています。(11年6月20日記者会見)
そのために枝野官房長官は、午後7時45分の記者会見でこのような重大なミス発表をしてしています。
「居住者や滞在者は現時点で特別な行動をとる必要がありません。あわてて避難することなく自宅で待機していて下さい。」
一方、この官邸の指示の遅れにしびれを切らしたのは地元福島県でした。福島県は緊急事態宣言が発せられたままなんの指示も政府から来ないために、独自に午後8時50分に2キロ圏の住民を避難させ始めています。
官邸から避難指示が来たのは福島県の独自避難が始まってから30分がたつ午後9時23分でした。
枝野官房長官は、午後9時52分の記者会見で前回の記者会見の内容を忘れたかのように、「すみやかに避難を始めていただきたい」と前言撤回をしました。
この政府避難勧告があったのは、吉田所長が「15条通告」(緊急事態通告)をした午後4時36分から実に5時間、首相が緊急事態宣言をしてからも2時間50分が経過していました。
避難に際して、事故初動の貴重な5時間もの時間を徒に空費した政府とは一体なんだったのでしょうか。
後に分かることですが、この時既に、1号炉は炉心頂部が露出し始めてメルトダウンが始まっていたのです。 この惨憺たる政府の原子力事故対応はもはや犯罪的ですらあります。
新たに原子力災害指針を作り直すのならば、このような2011年3月11日初動の状況を総括せねばなりません。
さてもっとも重要なことは、避難の判断基準の明確化です。
IAEA(国際原子力機関)は2種類の避難基準をもっています。
①「原発の事故に応じた避難基準」(EAL)
②「実際に観測された放射線量」(OIL)
福島事故に対してこの避難基準があれば、吉田所長が15条通告(緊急事態通告)をした時点で「原発の事故に応じた避難基準」(EAL)が自動的に発動されて、30キロ(一部40キロ)圏の避難指定地域の住民は避難を開始します。
そして、SPEEDI(緊急時放射能拡散予想システム)による放射能拡散状況の観測結果を基にして、「実際に観測された放射線量」(OIL)に応じてより広い地域の避難も開始されます。
福島事故の場合のOILは、福島県、茨城県、宮城県、千葉県,栃木県、群馬県、東京都などの一部なども含む非常に広大な地域となったでしょう。
これらのOIL地域が避難になるのか、あるいは屋内退避となるのか、そもそもSPEEDIを使うのかどうなのかについては、規制委員会は結論を出していませんが、おそらくは30キロ同心円の避難計画のみで終わりそうな気配です。
この避難指示はすべて機械的に判断され、「政治判断や政治家の恣意的な考えが入りこむ余地はなくなる」(規制委員会)ものでなければなりません。
これをもう一歩進めて、危機対応の指揮権の国への一本化も必要だと思います。いうまでもなく「国への一本化」とは、素人首相への一本化ではなく、政府直轄の原子力事故対応専門家グループに対する一本化のことです。首相は責任をとる覚悟だけあればいいのです。
また、安定ヨウ素剤の投与基準や作業員の被曝線量限度も、すべてが基準に基づいて自動適用されねばなりませんが、 これに関しても規制委員会の結論は先送りになりました。
これらの問題は、人命にも関わる重大なことなので、規制委員会の原則的対応を望みます。
福島第1原発事故は、専門知識を持たない政治家の恣意的判断が恐ろしい結果をもたらすことを教えました。
一秒を争う原子力事故おいては、政治家から指揮権限を取り上げ、核危機対応専門官による危機管理対応が必要です。
そしてそれを可能とするためには、事故発生と同時に自動的に立ち上がる危機管理マニュアル(指針)が必須なのです。
安全監視・規制機関、緊急時における国直轄の核危機対応専門官による一元的指揮、そしてこの危機管理基準の三つが一体となって核事故を防がねばなりません。
規制委員会は、政治的圧力をはねのけて危機管理基準において一切の妥協を排して進むべきです。それこそが規制委員会の存在理由なはずですから。
■※参考文献。「メルトダウン」大鹿靖明 講談社。 福島事故とその後についての必読の一冊です。
■※肩書はすべて当時のものです。
■関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/6-fd4b.html
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■資料1 新原子力災害指針の骨子
①原子力災害対策重点地域を原発の半径30キロに拡大する。
②5キロ圏内は深刻な被曝を避けるために直ちに避難。
③30キロ圏内は被曝の影響を低減するために、避難などに備える。
④避難の判断は、放射線量の実測値ち基づく。
⑤甲状腺被曝を防ぐための安定ヨウ素剤の配布方法は今後検討する。
■資料2 原子力規制委の指針(詳報)
http://www.tokyo-np.co.jp/feature/tohokujisin/nucerror/shisin/list/20121101-5.html
■資料3 規制委 原発事故指針決定 避難基準示さず 線量値など積み残し
東京新聞10月31日
原子力規制委員会(田中俊一委員長)は三十一日午前、原発の重大事故に備えた自治体の防災計画の基準となる「原子力災害対策指針」を決めた。重点的に防災対策を進める区域を、原発の半径八~十キロ圏から三十キロ圏に拡大するなど、内容は二十四日に公表した素案とほぼ同じ。検討中の項目も多く、具体的な内容の詰めが急務になる。
指針は、東京電力福島第一原発事故の反省を踏まえて策定。重点区域は現行の十五道府県四十五市町村から二十一道府県百三十五市町村に拡大。対象人口は七十二万人から四百八十万人に増える。三十キロ圏に入る自治体は、指針に基づき、来年三月末までに防災計画をつくる。
指針では、原発から半径五キロ圏は炉心溶融など重大事故発生で直ちに避難する予防的防護区域(PAZ)とし、その外側の三十キロ圏の緊急時防護区域(UPZ)は放射線量のモニタリング体制など対策を進め、線量に応じて避難や屋内退避をする。五~三十キロ圏には、放射線防護や食料備蓄を強化した対策拠点のオフサイトセンター(OFC)を整備する。
積み残しとなっている項目には、住民避難の判断基準になる放射線量の数値や、放射性物質の拡散状況を国と自治体がどう役割分担してモニタリングするかなど。自治体からは早期に決定を求めているが、「規制委で検討する」との表現にとどまっている。
事故発生当初、住民の内部被ばくを抑える安定ヨウ素剤をどのタイミングで服用してもらうかは、事故の状況に応じて規制委が判断し、自治体から医療機関に伝達する。
また、重点区域が三十キロ圏に広がり、避難ルートや避難場所、住民の移動手段の確保などでは、自治体の枠を越えた広域の連携が求められる。これについては「国が積極的・主体的に関与し、調整を行うことが必要」とされ、具体的な検討はこれから。
避難の判断基準と医療体制整備の要件は年内にまとめ、他は三月末までに結論を出す予定。三十キロ圏の自治体は、指針のほか、二十四日に公表(うち六つの原発で訂正)された原発ごとの放射性物質の拡散予測マップも参考にした防災計画作りが求められる。ただし、自治体からは「どう使えばいいのか」との声も出ている。
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なにやら大飯のF-6破砕帯の見解で揉めてますが…
「規制庁」という立場なら、グレーならとりあえずストップをかけるのが常道だと思います。
しかし、裏付けとなる法律の整備が追い付いていないという…困った現実です。
投稿: 山形 | 2012年11月 5日 (月) 15時04分
山形さん。活断層については私もかぎりなくグレイだと思っています。いったん止めるべきです。このテーマは明後日にアップする予定です。もうちょっと待ってね。
投稿: 管理人 | 2012年11月 5日 (月) 15時38分