飯田哲也氏のメガ・ミスリードその1 太陽光発電とFIT制度はなにをもたらしたのか?
時代の変わり目には、えてして既存の価値観をかき回すようなトリックスターが生まれることがあります。飯田哲也(てつなり)氏もそのひとりでした。
福島第1原発事故以前の飯田氏は、「北欧のエネルギーデモクラシー」という本に現れるように、地域の中で企業や住民が協同して新しいエネルギーの地域自給システムを作っていくことを説く環境研究者でした。
この再生可能エネルギーのあり方には、今でも私は強く共感します。しかし、彼は変質します。 福島第1原発事故直後に、脱原発と次代のエネルギー政策を柔らかい語り口で伝えられる人材が払底していたために、一挙に彼は脱原発時代の寵児に祭り上げられてしまったからです。
飯田氏は、再生可能エネルギーによって原発ゼロが可能だとし、なかでも太陽光発電をFIT(フィード・イン・タリフ/全量固定買取り制度)で拡大すべきであると主張しました。
これではまるで、本来は地域自給の一環であった再生可能エネルギーに、無理やり竹馬を履かせて全力疾走させるようなものではないですか。
再生可能エネルギーでも、小型水力やバイオマス、地熱などは大規模化に向いていないし、風力や太陽光発電もただひたすらメガ化すればいいとは私は思いません。
そのような大型化をすれば、必ず既存のエネルギー源との競合になり、同じ土俵に乗ってその弱点をさらすことになるからです。
ただ大きくなればいい、ひたすら拡大すればいいというのではなく、様々なエネルギー源がお互いの良さを引き出しながら、ひとつの地域で支え合っていくことを説いていたのは、他ならぬ飯田哲也氏だったはずです。
※関連記事 http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-d7c4.html
しかし、福島事故後の「時代」は飯田氏を求め、飯田氏もただの運動家になってしまいました。
運動家は「勝つ」ことを目的とします。ですから必然的に自分にとって不利なことには眼を閉ざします。
合理的選択ではなくスローガンが、協同ではなく闘争が、地道な前進ではなく急進が、融和ではなく支配が、それに替わるようになります。
そしていつしか国民は、飯田氏の脱原発の舌鋒の鋭さに影響されて、脱原発とは即時全面ゼロのことであり、そして太陽光発電などの再生可能エネルギーの拡大でそれが可能だと錯覚を起こすようになっていきました。
実は世界を見渡せば、原子力からの離脱にしてもその方法は各国いろいろであり、EU諸国でもおおむね長期のスパンで代替エネルギーを構築しながら、少しずつ原発と置き換えていく国のほうが圧倒的です。
また本来、原子力から脱却することと、再生可能エネルギーの拡大とは無関係なはずでした。
別に代替エネルギーは温室効果ガスを大量発生しなければなんでもいいわけであって、天然ガスやシェールガスでもよかったのです。
いや、むしろそのほうが多くのエネルギー専門家が一致して指摘するように、はるかに合理的選択であったと思います。
ところが、これに無知なること天下無敵の菅直人首相が飛び乗り、なにやら金の匂いを嗅ぎつけた携帯電話屋が相乗りし、とうとう政局がらみで再生可能エネルギー法まで通してしまいました。
まるで福島第1原発事故のドサクサ紛れの火事場泥棒ようなまねでした。
そして、その価格がなんと42円。いままで世界一高いと言われ続けたドイツの固定買い取り価格は38.5円ですから、文句なく世界一の高額買い取り価格です。
売電側は30円台前半でも手を打とうと思っていたので狂喜乱舞しました。やれやれです。20年間固定価格で、しかも全量買い取り制度なんですから、請求書が来てからびっくりするのは国民だというのに。
このようなバカ高い買い取り価格をこの先20年固定でやった場合どうなるのかといえば、初年度に殺到します。
FITを国策としたドイツで分かるように年を経るごとに財政負担がひどくなって、買い取り価格は下落する一方だからです。だから、多くの投資家は初年度に狙いを定めます。
それはEU各国の例をみるまでもなく、買電価格は財政負担の重さから毎年下がる一方で、初年度を上回る事がありえないからです。(下図参照)
(「脱原発を決めたドイツの挑戦」 熊谷徹)
初年度から数年に集中することで普及に弾みがつくというブースター効果はあるのですが、それも程度問題です。
というのは初年度からの数年間は、設備投資の大部分を占める太陽光パネルのコストが下がらないからです。
飯田氏は大丈夫です。太陽光発電が拡がれば、液晶テレビのようにコストは大幅に下がっていきます、と言っていました。
しかし、現実にはそのコストダウンを待たずして、たちまち政府予測の2倍以上の速度で新規参入がなされた結果、太陽光パネルの競争が十分でないうちに大量参入が始まってしまったのです。
そうなるといっそうバスに乗り遅れてはならじと参入に拍車がかかかるわけで、オリックスなどは前倒しでメガソーラを建設するそうです。
メガソーラーは初めこそマスコミがもてはやしましたが、今やその数260箇所(2012年)、その前年11年の約2倍です。
メカソーラは通常の発電所よりはるかに大きな敷地を必要とするために、裏業界による土地地権者に対する地上げまで起きる始末です。
特に、この間の太陽光発電への投資には、外国の投機筋が必ずといっていいほどプロジェクトにかんできています。
たとえば、日照が日本一だといわれる岡山県には、日本最大の25万キロワットのメガソーラー発電所が建設されようとしていますが、事業主体がなかなか興味深いものがあります。
日本IBM、NTT西日本、東洋エンジニアリング、そして外資系のゴールドマンサックスです。東洋エンジニアリングがプラント建設会社であることを除けば、まさにお雑煮状態。しかも外資の投機筋まで加わっています。
総事業費650億円で、400ヘクタールという巨大規模の投資ですから、よほど儲かるという見込みがなくてはこんなことはやりません。
そのほか、米国のサンエジソンは5000億をかけて、国内数カ所に土地を物色中ですし、カナディアン・ソーラはパネルメーカーでもありますが、ここも3000億円かけてメガソーラーを計画中です。
中国のスカイソーラーも同じく大規模投資を計画中で、まさに世界中から投機資本が大集合というありさまです。
ところで、これでどれだけの発電がなされているのかといえば、「環境エネルギー産業情報」によれば、このようです。
・2012年現在のメガソーラー発電所数 ・・・260箇所
・これに要した敷地面積の総計 ・・・3227h
・これがすべて発電したとしての推定発電量・・・1291メガワット
・これが供給可能な所帯数 ・・・39万所帯
まさに飯田氏が叩いた太鼓が、世界中のハゲタカ共を呼び寄せたようです。そしてこの260箇所のメガソーラーの発電量全部で、わずか原子力発電所の1基分ていどにすぎません。
それは、太陽光発電のうたう「発電量」は発電容量といって、理論的にはこれだけ発電できますよという能力で計算しているからです。
実発電量は、天候の晴れたり曇ったり(曇りや雨だとまったく発電しません)、昼夜、季節変動を平均化して計算します。おおよそ、発電容量の7分の1から8分の1ていどで、10分の1という説もあります。
たとえば、行田市メガソーラーの場合、2.2ヘクタールの浄水場に発電パネルを5040枚並べて発電していますが、1.2メガワットという公称出力は、あくまでも発電容量ですから、実発電力はその7から10分の1となって、仮に8分の1とすれば、15万W(0.15MW)ていどです。
メガソーラーという勇ましい名称とは裏腹に、実はわずか0.15メガソーラーだったのです。これが定常発電量を維持できる火力発電や原発などとは決定的に違う点です。
原発一基は約1000メガワットで、しかも太陽光発電とは違って正味の実発電量ですから、行田メガソーラー(実発電量0.12メガワット)が8000基集まらないと原発1基の原発に相当できないことになります。
全国のメガソーラーを全部かき集めても供給可能な発電量は、柏市(人口約40万)ていどのものなのです。原子力の代替など遠い幻です。
埼玉県はこれに7億3600万円(11年度)を投入しました。これで埼玉県は年に1600万円電気代が節約できるとしています。
当時埼玉県は、償却するのに46年かかるとしていました。現実には、パネルのメンテナンスや、インバーターの交換などがにかなり費用がかかることがEUの経験でわかっているので、もっとかかるでしょう。
しかし私企業はこれではたまらないので、できるだけ高い価格で、できるだけ短期間に投資を回収しようとします。つまり初期にできるだけ高く売りまくる、これが太陽光発電業界の鉄則なのです。
もともと再生可能エネルギー法が議論されていた段階で、経済産業省・算定委員会が想定していた買取価格は15円から20円程度でした。
これに初期参入のボーナスをつけて30円から35円ならば、日本の太陽光発電はもっと堅実な発展をしたかもしれません。
しかし孫正義氏の自然エネルギー協議会が出して来た買い取り価格試算は、42円というものでした。(資料1参照)
実はこれは太陽光発電業界の中でも図抜けて高い価格で、太陽光発電業協会の試算では、損益分岐点が約27円でした。(資料2参照)
孫氏は、堂々と業界試算の15円も高い見積もりを出して、これでもまだ赤字だ、全国の首長が賛同しているメガソーラー計画をチャラにするぞ、と算定委員会で吠えています。(資料1参照)
なにがなんだかわからないが、孫氏が呼びかけるから悪くない話だろうと参加してきた自治体首長を人質にして、いい度胸です。さすが一代で巨万の富を築いた男だけはあります。
さすがにこの孫氏の吹っ掛けには算定委員の間でも疑問の声が上がり、その試算の信憑性すら疑われました。(資料3参照)
ところがこれがどのようなわけか、孫氏の言い値であっさりと決まってしまいます。 当時孫氏と盟友関係にあった菅首相の意志が働いていたことは疑う余地がありません。
この露払いをしたのが飯田氏でした。脱原発を太陽光発電に短絡させ、その上、FIT制度を持ち込んでハゲタカ共の好餌にしました。
つまり飯田氏は、原発利権の代わりに巨大な脱原発利権を目覚めさせてしまっただけだったのです。
飯田氏ならば当然、スウェーデンが原発モラトリアムを決めながらも、代替エネルギーのめどがつくまで原発を止めないことを2010年に決めていたことも知っていたはずです。
またドイツが今FITで苦しんでいる事情も知り得たはずです。しかし、彼の口からはそのようなバランスの取れた情報は一切出ませんでした。
このような意図的に偏った情報で世論を操作し、人を誤った方向へ導くことをミスリードと呼びます。しかも一国のエネルギー政策に影響を与えて、これを偏らせたという意味でメガ・ミスリードでした。
飯田氏はその後、もうひとりの時代のトリックスターである橋下徹市長に招かれて大阪市の特別顧問になりますが、そこでも強引に自分の政策を主張する独善的姿勢が、他のブレーンに受け入れられず、追放同然で去ることになります。
そしてこの「維新の会」との醜い内部抗争が国民の眉をひそめさせ、山口知事選の敗北、衆院選の「未来の党」惨敗へとつながっていきます。
トリックスターは時代をとんでもない方向にもっていくことかあります。しかし、トリックスターの魔術が切れた時、時代はゆっくりと自らをあるべき形に修復していくのです。ちょうど、今のように。
さて次回は太陽光発電が、飯田哲也氏が主張したように我が国の再生可能エネルギー産業を現実に振興させたかどうかを検証します。
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■写真 霜の降り積もるわが村の早朝。
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■資料1経済産業省 調達価格等算定委員会(第3回)議事録要旨
孫代表取締役社長
(略)仮に40
円で20 年だという試算をしたときに、二百数十カ所のうちの200
カ所ほどは採算が合わないということで見送らざるを得ない。
われわれはもともと最初から発表時の約束が、10
数カ所を造るということですので、10 数カ所以上は予定どおり行うつもりでおります。
ただし、本来は200
数十カ所で、各都道府県の皆さんがメガソーラーの候補地があるということで提示いただいたわけで、その9
割近くを見送らざるを得ないというほど、決して40 円とか20
年という数値が甘い数値ではなくて、それでもかなり多くの一般的な候補地が脱落してしまうほど、安易な軽いレベルのハードルではないことを、最初に申し上げさせていただきます。
■資料2 太陽光発電業協会 前回の御指摘事項について(PDF形式)
■資料3 経済産業省 調達価格等算定委員会(第5回)議事録要旨
http://www.meti.go.jp/committee/chotatsu_kakaku/005_giji.html
委員
コスト計算の根拠となるデータについて、実績の有無や信憑性に留意する必要がある。
委員
改めて事業者から提案された買取価格を見ると、思っていたよりも高いという印象。例えば、非住宅用の太陽光が、現状の余剰電力買取制度(42円/kWh)
と同じというのは、高いのではないか。事業者は最大限の金額を提示してきていると思われるので、内容をしっかり精査する必要がある。
委員
消費者の立場からすると、負担をする以上、途中で事業をやめるようなことがないよう、認定等の際によく精査して欲しい。
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今回と明日で、
飯田てつなり氏の詭弁の総決算ですね。
まったくあの方は学者に徹してればよかったものを…。
政治に首を突っ込んだことこそが大失敗でした。
やんわりとした口調でいながら、全く融通の効かない石頭で、自身の都合のいい主張意外は週刊紙で批判などという「卑劣な男」であることを露呈しました。
震災以前は、極めてまともな自然エネルギー推進派だったのが、政治に利用され踊らされ…もう哀れだ。
投稿: 山形 | 2013年1月 7日 (月) 12時45分
太陽光発電、年金が入ったので、原発反対を叫ぶより、子供達の未来のために、やってみようと思います。結果はブログで発表していきます。
投稿: 金子 | 2013年10月11日 (金) 20時32分