原子力規制委員会の新安全基準の原案出る
「日経新聞」1月9日によれば,規制委員会の新安全基準の原案が明らかになりました。これが最終案というわけではなく、詳しくは11日に再開される検討チーム会合で骨子が決まります。
そしてパブリックコメントを募集した後に7月に新基準として成立する運びです。
これが日経紙上で公表されると、電力会社株が一斉に下がったそうです。
まぁこの新基準は反対派にとっては「論外」でしょうが、電力会社としては
「(対策費として)原子炉の型や古さによって異なるが、冷却施設の増設などにかかる対策費は原発1基あたり最大で数百億円にのぼる可能性がある」。(日経新聞1月9日)
おそらくは、大部分の原発が新基準を満たさないと思われます。その場合、再稼働は大幅に遅れ、火力発電所の化石燃料購入でコスト高に陥っている電力会社は、この夏にでも追加値上げをしてくると考えられます。
原発の中には改修をあきらめて廃炉にする老朽原発も多いと思われます。
さて、新基準原案の骨子は福島第1原発型シビア・アクシデントが起きえるという前提に立って建てられています。
この制度哲学は素直に評価したいと思います。
「原発が機能を失った場合に備え原子炉を冷やす施設の新設を求める」として、このような項目が並んでいます。 (欄外切り抜き参照) これは原子力の深層防護という概念によって作られています。
深層防護とは、原子力施設の安全性確保の基本的考え方の1つで以下の安全対策で多段的に構成しています。
①異常発生防止のための設計
②万一異常が発生してもその拡大を防止するための設計
③万一事故が発生しても放射性物質の異常な放出を防止するための設計
(「原子力防災用語集」より)
具体的には、新安全基準はこのうよな項目で構成されています。
①大津波の被害が及ばぬ高台に非常用原子炉冷却施設
②同じく高台に非常用電源
③放射性物質フィルター付き排気施設
④放水砲をもった車両を配置
⑤防波堤の嵩上げ
⑥防水扉の設置
⑨原子炉施設本体の耐震性の強化
⑩テロ対策
①、②は福島事故で予備電源が全喪失したことを踏まえて、予備電源を原子炉施設から離れた高台に移し、冷却施設もこの図を見る限り別の高い場所に移しています。
これはドイツやスイスの安全基準が、緊急時に原子炉を冷却する設備を独立させて持つことを義務づけていることに倣ったものだと思われます。
米国でも、火災により原発の大部分が失われても冷却設備が機能するような基準があります。
③は、今回の福島事故の折のベントにより、大量に放射性物質が放出されたことについての対策です。
諸外国の原子炉施設は既にフィルター付き廃棄設備を装着することが義務づけられていることに対して、わが国も遅ればせながら追随しました。
このフィルター付き排気装置があれば、福島、茨城などの「被曝」は大幅に下がったと思うと、今までなかったほうが異常であり、怒りが湧いてきます。
④は、すべての予備電源がアウトになった場合、最後の手段としての放水銃の設置義務化です。
もし福島第1原発に、非常用の小型発電機が多数あり、放水銃を持った車両があれば相当に違った事故の様相になったと思われます。
一見、非常に素朴な手段ですが、万が一、全外部電源喪失から予備電源も喪失した場合、間違いなく有効な手段であることは福島事故で立証されています。
⑤以下は津波と地震対策です。これは既に一部で始められていますが、原発ごとの基準津波や基準震度が、いかなる設定になるのか注視していく必要があります。
フランスでは昨年6月に、原子炉建屋に旅客機が激突してもそれに耐える防護壁で覆うように指示が出されました。
また「日経」記事には、火災基準も盛り込まれるとされています。1970年代以前より作られていた原発には燃えやすいケーブルを使ってあったり、非常用配管が設置されていなかったりするものが多く、全面的な改修を命じられることになります。
私はこれが最終的な安全対策だとは思いません。あくまで「福島型事故」に対応したものであり、別なタイプの事故もありえるのですから、規制委員会は今後も検討を続けるべきです。
そしてそれに沿って、随時安全基準は追加され、バージョンアップせねばなりません。結果として、それに半分超の原発は追随できないはずです。
田中委員長が、「適合化の努力をされるのは自由ですが、経済的に合わないでしょう」と言っているとおりです。
■関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post.html
私はこれにより稼働30~40年の老朽原発は廃炉するしかなくなり、30年以内の大地震の確率が高い地域の原発、活断層が発見された原発もまたその後を追うと思っています。
これてほぼ半分超の原発が廃炉となるでしょう。まずはこれが最初の「脱原発」へ向けた最初のステップとなるはずです。
私は脱原発の道筋はかなり長いと考えています。私の貧弱な想像力ではこのような段階を踏むでしょう。これは時系列ではなく、ほぼ同時期に進行すると思われます。
電力自由化は未知数なので、省きました。自由化になった場合まったく違った様相になります。
[私の試案]
①規制委員会の独立性の法的な確立(3月国会承認・環境省から独立させる必要あり)
②公正な安全基準を作成(今年7月・安全基準は随時バージョンアップ)
③福島事故の原因の統一見解(現在各事故調でバラバラ)
④地層調査(現在進行中)
⑤安全審査(数年に渡る・おそらく5年以上)
⑥審査による「適合化」命令
⑦「適合化」不能な原発の再稼働停止・廃炉処分(新型炉の代置を認めるのか?)
⑧使用済み核燃料処分方法の確定(暫定処分か?)
⑨核燃料サイクル稼働に対する政府判断(今年10月に稼働開始できるか?)
⑩代替エネルギーの確立(シェールガスが有力だが数年先か?再生可能エネルギーはどのていどにまで増える?)
⑪日本型新エネルギー体制の全体図作り(原発や再生可能エネルギーをどのように位置づけるか?)
ここまでの工程だけで10年超かかっています。しかし、この工程で危険度の高い原発から先に約5~6割の原発が廃炉に向かうはずです。
自民党が言う3年以内に再稼働の審査を済ませるのは、田中委員長が言うように「政治の要求」にすぎず、無理だと思っています。
一挙に来るわけでなくパラパラと改修なったところから来るわけですから,それだけて5年間はかかります。
その間にも、福島事故の事故原因の公的統一見解が必要です。現状はバラバラです。本来はここまでまとめて、原発ゼロを叫ぶべきでしたが、民主党政権は放りだしたまま行ってしまいました。
代替エネルギーや、残存する原発をどのようにしていくのかについては、その進捗状況を見ながらということになります。
ひとついえるのは、あくまでも脱原発は段階を追っていくしかありません。危険の順位付けをして、最も危険なものから排除していく方法が合理的です。
たぶんいわゆる脱原発派の人々からみれば、なにを生ぬるいといわれそうですが、私は原子力からの離脱はそれを使ったのと同じくらいの時間が必要だと考えていますもので。
■写真 暗雲の下の霞ヶ浦大橋。
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コメント
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現実的な考察だと思います。
長い時間をかけつつ、廃炉の方向に持って行くべきでしょう。
「規制委員会」の独立性は必須だと考えますが、早くても実行力を持つのは半年後ですね…。
一方で自民政権は「もんじゅ」の研究開発は続けるとも。
もんじゅ自体は立地上問題があるとは思いますが、新型炉の研究は続けるべきだと私は思います。
アメリカと中国が、トリウム冷却炉の共同研究を進めていますし、あのビル・ゲイツも新たな原子炉開発計画を進行中です。
基礎研究レベルでは遅れをとってはならないでしょう。採用するかどうかは別として…。
マークⅠなどの旧式原発が廃炉への道を歩むと思われますが、東北電力女川原子力発電所なんかは、改修した上で再稼働への意欲満々のようです。
ちょっと話が逸れてしまいますが、「復興庁幹部職員が福島常駐へ」のニュース。
何を今更って話ですが、民主政権時代にやってなかったのが不思議です。
投稿: 山形 | 2013年1月10日 (木) 08時58分
どのような考え方の人にとっても、大きな意味のある原案だと思います。
一箇所も再稼働させずに廃炉にという方にとっても、はたまた、安倍氏のように最新型原発に置き換えていきたい方にとっても、この原案に沿って現存する原発に対処し一歩を踏み出すことは、必要不可欠なプロセスです。論争の入り口で立ち往生しているのが、最悪だと私は思います。
管理人さんが示した①から⑦を、今後深く突き詰めて考えて行く中で、方向性がどんどん絞られていくでしょう。
現時点において、規制委員会はこの原案に魂を込める必要があると思います。現在、各電力会社が行なっている安全対策を、この原案に沿って検証しなければなりません。
1例をあげれば、浜岡原発の防壁などです。建築学や津波の専門家による検証が必要です。津波の高さの壁を作っても、津波を防御できなければ意味がありません。果たしてあの壁は津波に耐え原発を守ることができるのでしょうか?
昨日のコメントとかぶるのですが、この原案を進めると、原発は各電力会社にとって大きな負担になります。社会的影響を抑えながら進めていくためにも、原発部門を分離し経営的な負担を軽減することが必要でしょう。
投稿: 南の島 | 2013年1月10日 (木) 13時46分
訂正です。①から⑦ではなく、①から⑪でした。
投稿: 南の島 | 2013年1月10日 (木) 13時51分
連投ですみません。
自民政権の「もんじゅ」に対するスタンス。
基礎研究のレベルならまだしも、国家プロジェクトとして「もんじゅ」を維持するのには反対です。
原子力分野では、廃炉・放射性廃棄物処理・除染に対して、国家予算や人材を集中すべきです。「もんじゅ」に振り分ける余裕はないでしょう。
廃炉・放射性廃棄物処理の研究に関しては、欧米諸国に比べて何歩も遅れています。プルトニウムの処理方法などが確立できれば、ノーベル平和賞ものの世界貢献につながると思います。この分野で世界をリードした方がいいのじゃないでしょうか。
国家プロジェクトとして、放射性廃棄物暫定処分施設をどこかに作らねばならないのですが、併設して研究施設や人材育成の大学院も必要でしょう。もんじゅや六ケ所村の研究者もその分野で活躍してもらいたいものです。
投稿: 南の島 | 2013年1月10日 (木) 19時10分