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2013年1月14日 (月)

トンデモドラマ「発送電分離」 原作・経産省・脚色・飯田哲也

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ナオミ・クラインが書いた「ショック・ドクトリン」(岩波書店)という本があります。彼女はこう書きます。 

「市場至上主義を推進する最適の時は大きなショックの直後です。経済の破綻でも、天災でも、テロでも、戦争でもいい。人々が混乱して自分を見失った一瞬の隙をついて、極端な国家改造を一気に全部やるのです。」
■関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-066e.html

この「ショック・ドクトリン」という言葉は、新自由主義の創始者であるミルトン・フリードマンが言ったこの言葉によります。彼はこう言い放ったそうです。 

危機のみが真の変化をもたらす」。平たく言えば、「火事場泥棒ほどえぐい商売はない」というところですか。 

戦争や大災害で国民が判断停止常態になっている時こそ、平時ならできないような「国家改造」を行なう絶好のチャンスだというわけです。 

このフリードマンこそが、グローバル資本のためにすべての規制の撤廃、自由競争こそが繁栄の王道であると唱えた市場原理主義者の祖でした。 

この新自由主義はリーマンショックで化けの皮がはがれたのですが、それ以前の1980年代から90年代にかけて冷戦に勝利した経済思想として米国で全盛を誇ります。 

この時期に米国に留学した日本人から多くの新自由主義者、別名構造改革論者が誕生しました。最も有名なのは、小泉改革で手腕を振るった竹中平蔵氏です。 

彼と同じ考えをする人間は、経済学者や時に「改革派」官僚という肩書で登場します。 

「改革が足りないから不況なのだ」、「日本は規制緩和が遅れているからダメなのだ」、あげくは「グレートリセットだ」なんて言っていたらこの一派だと思いましょう。(笑)

念のために言い添えますが、このような新自由主義者は、自民、民主、第3極に関わらず存在します。民主党政権には掃いて捨てるほどいましたし、安陪政権にもいます。「維新の会」や「みんな」などは巣窟状態です。

さて、その彼らが積極的に押し進めている「改革」の目玉のひとつがTPPであり、いまひとつが福島第1原発事故を口実にした電力市場の自由化=発送電分離です。 

この間私はブログで飯田哲也氏ばかり批判してきましたが、実は電力自由化=発送電分離を言い出したのは彼ではなく、飯田氏が批判して止まないはずの経産省「電力システム改革専門委員会」という所です。 

それも昨日や今日ではなく、小泉政権時に竹中改革の一環として急浮上しながら、電力の安定供給の観点から否定されてしまいました。「改革派」官僚たちは地団駄踏んで再起を誓ったことでしょう。 

それが、福島第1原発事故があった後に、突如「脱原発」の新しい衣をまとって再登場したというわけです。 

この元来、縁もゆかりもない別次元の脱原発と発送電分離を強引に接着したのが、飯田哲也氏だったのです。 

飯田氏は、原発事故の恐怖で脅える国民に、原発があるのは電力会社が原価をいくらでも上乗せできる総括原価方式をもっていて、金がかかる原発が欲しかったんだと説きました。 

そして今まで地域独占にあぐらをかいて甘い汁をさんざん吸ってきたのだから、この電力会社の既得権を電力自由化で奪ってしまえばいいのだと叫びました。

そして出てくる結論が、「東電などの電力会社を解体して発送電分離をせねば脱原発はできない」、となります。

そして当時(いまでもそうですが)東電批判は、彼らの自業自得もあって言いたい放題であり、原発反対=東電解体=電力自由化という論理の飛躍に誰にも気づきませんでした。

というわけで、いつの間にか、「東電は原発事故の元凶だ!東電を潰せ!東電の特権を奪え!電力自由化だ。発送電分離だ!原発ゼロ!」という「民意」が作られてしまったのです。 

これはまさに経産省「改革」派官僚たちにとって願ってもない展開でした。

もはやお蔵入り同然だった発送電分離論が、一挙に国民に脱原発の錦の御旗の下に浸透していったのですから、彼らは随喜の涙にむせいだことでしょう。

おそらく資源エネルギー局を除いて、経産省官僚は打ち揃って脱原発派に転向したのではないでしょうか(冗談です)。

まぁ今さら経産省が、「小泉・竹中改革の延長戦をやろう」では、国民は「冗談じゃないや。誰のおかげで失業者が増えて、格差社会になったんだ」と怒りだすでしょうが、「脱原発」が旗印ならいまの日本で反対する人はいませんものね。 

原発事故という巨大な災厄をダシにしようという点で、経産省「改革」官僚と飯田氏の利害が一致したわけなのですが、脱原発の旗手と原発推進の司令塔が同じ改革案を出してくるこのうさん臭さは一体なんなのでしょう。

これではまるでトンデモドラマ「発送電分離」・原作・経産省、脚色・演出・主演・飯田哲也といったところです。

このトンデモ・ドラマの企画趣旨は、電力自由化がされれば新規発電事業者が増えて、競争が促進され、再生可能エネルギー発電の事業者も増えて、電気料金は安くなり、原子力依存も大幅に減るだろうというバラ色のものです。

簡単に検証してみましょう。まず、安価になるということですが、なりません。たしかに北欧では安価になりましたが、大部分の自由化した国では電気料金は高値に貼りついたままです。

英国などは2009年には、1998年の分離以前の実に2倍にまで電気料金が跳ね上がり、「燃料貧困層」と呼ばれる収入の10%を燃料代にする階層まで登場し、社会問題となったほどです。

では北欧がなぜ成功したのかといえば、スウェーデンやノルウェーが、水力や原子力という基盤電源をしっかりと持っていて、火力発電のような価格変動が激しいエネルギー源が少なかったからです。

だから、もし、北欧のように電気料金を安くしたいのであれば、ダムをもっと増やすか(無理ですが)、原子力をもっと増やす(もっと無理ですが)しかありません。

それどころか、原発の停止により、わが国はエネルギー源のバランスが火力発電に一元的に傾くという異常な状態にあり、先が見えない深刻な電力不足状況です。

このような状況では国際原油相場や、それに連動する天然ガス相場の影響をもろにかぶってしまいます。

そうなった場合、発送電分離がされていたとすると、発電業者サイドが圧倒的に有利な売り手市場となるでしょう。

はっきり言って、発電業者側は、高い売電価格を維持しておくためには、電力は「不足気味」であったほうがいいわけで、あえて安くする努力をする必要がなくなるわけです。

電力価格は、電力自由化となれば、送電業者との相対取引になるわけですから、それが適正であるかを審議する政府のチェック機能もなくなります。これで、どうして電力価格が下がるのか私にはさっぱり分かりません。

また、再生可能エネルギーが増えるということについては、逆に分離すれば致命的に拡大することは阻害されるでしょう。

というのは、いままで何度となく論じてきたように、再生可能エネルギーは本質的にその日の天候によって左右される性格があるからです。

晴れればよく発電し、雨ならばまったくダメ、風が吹けばプロペラは回るが、凪ならば全然ダメという性格は、どのような技術進歩があっても変化しません。

ですから、再生可能エネルギーには必ず、そのバックアップの従来型の発電所がセットになっていなければなりません。

再生可能エネルギー発電料が減ればバックアップで発電量を増し、増えれば減らすという損な役割の火力発電所が必ず近所にいるのです。
■関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/jaxa-a7dd.html

これは現在の日本のように発送電が一体で管理されているから高い調整能力をもつのであって、発電と送電が別なら、そんなバカなことをする義理はありません。なにせ別会社ですから。

今は電力会社に公共事業体として電力需給に厳しい義務が課せられているからやっているのです。

そもそもそんな不安定な発電所の為に、なんで送電会社が険しい山谷を越えて鉄塔を建て、ヘリで送電線を引かなければならないのでしょうか。

送電網さえ握ってさえいれば、そこに自由にかけられる託送料で有象無象のミニ発電会社の首根っこを押えられるからです。

送電業者なら、絶対にイヤでしょう。経営的メリットが少ないですから。自分で引けと突っ放し、泣きつく新電源会社との交渉で高い託送料をかけることで折り合うでしょう。

特に高い売電価格をもつ再生可能エネルギーは容赦なく高い託送料が課せられると思います。だって、バックアップ電源までつけてやらねば一人立ちできないならないからです。

よく勘違いされているようなのですが、電力自由化して発送電分離した結果、必ずしも多彩な送電業者が生まれる保証はないのです。

送電業は、巨額な設備投資による減価償却圧力や、日常的な保守点検にコストがかさむわりに、利が薄い地味な部門だからです。

現在わが国の9電力会社は、どこも動かない原発の維持費と原油高がのしかかって青息吐息です。 

この経営状況の中で安易に電力市場の開放をすると、経営体力がある大規模電力会社がスケールメリットを目指してこの際とばかりに、弱小電力会社の発電シェアを奪いにかかります。これは現実にドイツの電力自由化で起きたことです。 

一方、送電部門への新規参入も限られたものになるでしょう。東京、大阪などの大都市周辺部以外では、地形が厳しいわりに送電所帯が少ないので、メリットがないからです。

したがって、大都市周辺は送電-販売の激戦区、地方は買い手がつかない、ということになります。 

このような非対照を調整するために一県単位での買い取りしかないと私は思いますが、そうなるかは分かりません。

たぶん既存の電力会社が、そのまま他社系列の送電網を買い取ることが主流となるのではないでしょうか。技術的にも、人材的にもズフの素人が参入出来ることではないからです。

結果、ドイツは独占が強化されてしまいました。わが国も電力の自由化により、発電会社は9社体制から4、5社体制に独占強化され、送電部門も同じような独占強化がされてしまう可能性が高いと思います。 

つまり、電力自由化をいまの日本のような電力供給逼迫期で実行するなら、かえって今以上の独占体制となり 、託送料も再生可能エネルギーに対して有利になるとは考えにくいのです。

原発が止まって史上空前の電力の供給不足に陥っているわが国は、現在、平時ではありません。

こんな緊急時に再生可能エネルギーの飛躍的拡大や、発送電分離、果てはスマートグリッドなどを言い出す神経が私には理解できません。

こういうくだらない国家改造はもっとのどかな時期に議論してくれませんか。こんな非常時に一挙にやりたがるからショック・ドクトリン、火事場泥棒だと言われるのです。

結論を言えば、今のような原発が止まって、しかも原油高により電力需給が逼迫している現状において、絶対にやってはならないのが不安定電源である再生可能エネルギーの大幅導入であり、発電事業者が絶対有利な発送電分離なのです

しかし、昨年12月7日に経済産業省の「電力システム改革専門委員会」が再開して、電力会社の分社化による発電と送電の分離を推進するとの方針が強く出るようになりました。

経産省「改革派」官僚は、脱原発の熱が冷めないうちに発送電分離をしてしまうつもりなのかもしれません。まさにフリードマンの言う「危機のみが真の変化をもたらす」そのままです。

何度も書いてきていますが、脱原発と再生可能エネルギー拡大とは無関係です。ましてや、発送電分離などはまったく脱原発となんの関係ありません。

「南の島」さんがいみじくもおっしゃっていましたが、再生可能エネルギーを無理矢理にFIT(全量固定価格買い取り制度)で拡大したり、発送電分離などをすれば、必ず電気料金は上がり続け、財政負担が増え、電力供給は不安定の一途を辿るでしょう。

この時、多くの国民はドイツ人のように、「再生可能エネルギーの拡大のために電気料金が上がって迷惑なことだ。だから初めから脱原発は無理だったんだ」などと考えるようになるかもしれません。

そして経産省「改革派」官僚は、この「社会実験」に失敗のスタンプを押して、誰に責任をとることもなく次の「構造改革」に取りかかるのでしょう。

私たち日本人は「改革」に何度ダマされたら懲りるのでしょうか。社会は「改革」されるごとに悪くなっているというのに。

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コメント

まず、北欧諸国は日本とは人口規模・密度が違いすぎますからねえ…。
マイクロ水力や家庭用ソーラーパネルや地熱・温泉といったものの普及と、より進んだ省エネルギー技術の開発などは絶えずに推進すべきだとは思いますが、馬鹿高いFIT制度はおかしいだろうと。
それこそショック・ドクトリンで一気に進めるようなものではありません。
また、前述の再生可能エネルギー発電はあくまで家庭やせいぜい集落レベルのネットワークでの話であり、発送電分離とは全く別の話ですよね。

どちらにしても、火力等の充分なバックアップ電源と送電網や大規模なバッテリーといったインフラの設置・維持は必須となります。

連投すみません。

ショック・ドクトリンでやれるかも?と思った有益なことといえば、明治以来続いてきた東西50Hz/60Hzの統合あたりですかね。
あくまで私の思いつきなので何兆円かかるかわかりませんが、東西の幹線が直結できれば、我が国の将来に渡って大変有益なことではないかと。

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