TPP 浮足立つ必要は必要はないが警戒は必要
「ニューズウィーク」(3月5日)には「オバマの無気力外交」と題されて、「世界をダメにする」とまでダメぶりを批判されています。
伝統的に米国民主党びいきの「ニューズウィーク」誌ですらそう思うのですから、私たち日本人にはそれ以上に見えてもあたりまえです。
第1期めの飄然とした青年大統領の姿は消え失せ、2期目が始まったばかりだというのに、鈍い表情で投げやりな政権末期的ムードすら見え隠れします。
安倍首相の訪米時の内外記者会見では、意気込んで熱く語る首相に対して、なんとそっぽを向いている時すらあり、記者の質問にはすべてパスといった「クール」ぶりです。
オバマ大統領のビジネスライクなクールぶりは、米国内でも悪評のようで、あれはクールなんてもんじゃなくて「コールド」だろうと言われているとか。
あの共同記者会見でも、目立った大統領発言はほとんどなく、足を組んだまま国務省官僚の作文を棒読みして、「日米同盟はアジア太平洋地域にとって中心的な礎だ」と言ったようですが、なにを今さら。そんなことは米国首脳としては常識以前ではないですか。
TPP、尖閣といった今の我が国が直面する問題については、完全に口を閉ざしていました。どうやら、オレは、アフガンとイランで手一杯なんだから、中国とまでメンドー起すなよということのようです。
新華社電はこのオバマ氏の昼食会のみで済ました「冷遇ぶり」を嘲笑しています。
もっとも人民大会堂で小沢訪中団の国会議員ひとりひとりと写真まで撮ってくれても、日中関係は緊密にはなりませんでしたがね(笑)。
それはともかく、この中でうがった表現がありました。
「中日関係を制御可能な対立状態にしておくことが米国の最高の利益だ」という部分です。なるほど中国、あんがい冷静に観察しているじゃないですか。
中国の思惑はともかく、今後尖閣については米国は、「制御可能」な範囲で我が国を消極的に支持しても、それ以上の厳しい状況になった場合、それは確約できないということのようです。
さてTPPです。この新華社記事の「尖閣」の部分をTPPに置き換えてみましょう。「TPP問題において、日米関係を制御可能な対立状態にしておくことが米国の最高の利益だ」。
安倍首相は、日米関係の建て直しの真っ最中であり、菅政権からのお荷物であるTPPを民主党のようにちゃぶ台返しするわけにもいかず、いかに国益を損なわずに軟着陸するかが問題だったはずです。
このような安倍首相の意気ごみとは別に、米国は従来の姿勢をほとんど変えていません。
共同声明では、米国の主張どおり「包括的で高い水準の協定を達成していく」ということをベースにして、以下のことが述べられています。(欄外原文参照)
①日本側は一定の農産品で、米国側は一定の工業製品(=自動車)でセンシティビティを抱えていること
②全ての物品が交渉の対象とされること
③最終的には、交渉の中で決まっていくものであること
④一方的に全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められるものでないこと
⑤自動車や保険について残された懸案事項に対処し、その他の非関税措置に対処すること
⑥TPPの高い水準を満たすことについて作業を完了すること
まず問題は、②の「全ての物品が交渉の対象」という部分です。
う~んですね。この部分は野田前総理ですら、一応は拒否したわけで、突っ張ってほしかったと思います。この部分を認めてしまうと、農業関税などの重要品目が守りにくくなります。
と言っても、米国相手に「聖域なき関税撤廃」という日本的あいまい語では通じなかったはずです。
外務省は、「eliminate tariffs with no sanctuary、eliminate tariffs with no sanctuary」という表現で米国側と事務方同士の事前折衝をしたはずですが、難色を示されて、結局「it is not required to make a prior commitment to unilaterally eliminate all tariffs upon joining the TPP negotiations.」という表現に落ち着きます。
その結果、両国の原則が並列されることになりました。米国の交渉原則はあくまで「全品目がテーブルに乗る」(オン・ザ・テーブル)ということです。
そして日本側が望む「聖域」(サンクチュアリ)をあらかじめ排除(エリミネート)することなく、交渉する(ネゴシエート)し、その交渉次第で互いに重要品目(センシティブ)があれば認めようということのようです。
この部分で米国は、いささかも日本に譲歩していません。ただ、表現に配慮しただけです。
新聞報道によれば、安倍氏は、「聖域なき関税撤廃があるのならば交渉参加は出来ない」と、「コールド・オバマ」に直言したとのことで、それは素直に評価します。
日本的あいまいさを嫌う米国人の中でもひときわクールな弁護士気質で、しかも日本に対する関心などはいささかもないオバマ氏に、日本的な国内事情などは言うだけヤボというものですから。
そこでオバマ氏としては、「そうか、センシティビティでアベの面子を立ててやらないといかんのか。少し飲み安いように脚色するか」と思ってあのような持って回った表現に落ち着いたようです。
ですから、状況は大きく進展したわけではなく、お互いに原則を言い合ってこれからネゴシエート(交渉)していこうね、ということにすぎません。
まぁ、日本側としてはあたりまえのことでも、共同声明で公式文書の形で明文化してみせたことに意義があるわけです。
米国としても、鳩山首相の時のような言った、言わないという低レベルの水掛け論はもうこりごりだったのでしょう。
日本は「センシティブ」な農産品があることが確認され代わりに、米国にもセンシティブな工業製品(自動車のことですね)があることを認めさせられています。これは失点です。
米国の自動車関税などはたかだか2.5%にすぎず、そんなものはとっくに円安でお釣りがきています。
つまり円安で意味がなくなりかかっている自動車関税と、絶対譲れない農業関税を不等価交換してしまったことになります。
産業界からすれば、たいした実害もなく、農業に圧力をかける材料を得てしまったことになります。
米国自動車産業界は、自分の努力不足を棚に上げて、日本の自動車関税がゼロにもかかわらず、軽自動車の税率などにイチャモンをつけてくるはずです。
農業は重要品目として、どこまで「オン・ザ・テーブル」できるのかが問題となりました。米の関税といっても、私が勘定したわけではありませんが、一説百種類あるとか言いますから、どうなりますでしょうか。
ところで、わが農業界は全農を中心に一斉に「違約だ」と言い始めています。「日本農業新聞」などは「関税自由化の保証がない」という言い方をしています。
どうしてこういう非常識な言い方を「日本農業新聞」はするのでしょうか。
首脳会談の場で、オバマ大統領が「コメの関税はいいとしましょう」などと「保証」するはずがないじゃないですか。ハイレベルの会議がどのようなものかという国際常識が欠落しています。
現時点では国内議論の場にボールが投げ返されただけということにすぎません。
一方、TPP大好きのマスコミはテレビ、新聞でもう決まったような報じ方をしていますが、冗談ではありません。そういう「空気」を推進派が意図的に作り出しているのにまどわされてはダメです。
たしかに、政府の言うとおり、政府の専権事項というのは、行政上はその通りですが、政権公約とした以上、密室では決まりません。
これからの議論の中で、論点を明確にしていくべきです。この論点は、予算委員会で安倍首相に厳しい質問をした山田としお議員(自民)のまとめでいいのではないかと思います。
①日本側の言うセンシティビティな農産品とは何を指すのか、米国側の工業製品というのは何を指すのか、どんな問題を抱えているのか
②事前協議において、さらなる懸案事項であという自動車や保険、そして非関税措置とは何を言うのか
③全てが交渉の中で決まると言っても、交渉に際して、あらかじめ関税撤廃でないものとして打ち出すものは一体どんなものであるのか
④統一的な影響試算
私はコメ、砂糖、乳製品、畜産品などは重要品目として守られる可能性が高いと思っています。
畜産品、砂糖は米国も関税でブロックしており、ことこの部分では立場が日米の利害が一緒だからです。
NZなどはギャギャー言うでしょうが、日米というTPPのGDPの大部分を占める両国が共闘すれば、この部分は大丈夫だと思います。
むしろ米国の狙いは、関税そのものよりよりむしろ非関税障壁の撤廃にあります。自民党の「6条件」にも明らかなように「聖域」を確認すべきは、医療や保険などの非関税障壁なのです。
この部分に関しては共同声明に盛り込まれていないこともあり、大きな不安が残ります。
首相は国家言い答弁でこの部分も守ることを言明しているので、改めて釘を刺しておかねばなりません。
米国は、今までの常套手段として自国の経済的利害を「日本国内からの提言」の形を取ります。
ですから、間違いなく、産業競争力会議や経済・財政諮問会議に大量にいる新自由主義者・構造改革論者の提言の形をとってきます。
これらの諮問会議の提言と、共同声明が言う、「その他の非関税措置に対処し、及びTPPの高い水準を満たすことについて作業を完了することを含め、なされるべき更なる作業」が一対になる形で「既得権益」の切り崩しにかかります。
注意せねばならないのは、最悪、TPP交渉に参加するために事務方の事前協議のレベルで非関税障壁に対する米国の要求を飲んでしまう可能性もありえます。これは交渉の進捗状況をガラス化することで、防がねばなりません。
オバマ大統領はTPP交渉の年内妥結を宣言していることもあって、浮足だつのもわからないではありませんが、大騒ぎする必要はありません。極端に言えば、来年、再来年まで引っ張っていけばいいのです。
むしろ、農業界が大騒ぎを演じれば、「TPPは農業が既得権益を守りたいために進まない」という経団連の言い分を裏付けてしまうことになります。
産業競争力会議はJAの解体まで視野に入れており、ただ反対では彼らの思う壺にはまってしまいます。
参院選を背景にしているだけに、こちらには有利です。数的にも与党内部では圧倒的に反対派が多数です。
最後に、我が農業界の中に存在する極小派のTPP推進派ですが、この人たちはみっともないから引っ込んでいてほしいものです。
特に農業界から総スッカンを食ってキャノンに拾ってもらった元農水官僚の山下一仁氏などは、妙にウキウキとしゃべりまくっているようですが、自分の考える「JA解体=農業改革」が受け入れられなかったからといって、TPPで国を売るのは止めて頂きたい。
浅川芳裕氏(「農業経営者」(副編集長)も勝手に農産物の輸出を伸ばして下さい。止めやしません。しかし、高級りんごを何個売ったら車一台分になるのですか。
これらの人々は、自分の日本農業に対する願望やルサンチマンを、TPPの形で晴らしているにすぎません。
そしてTPPを農業問題に矮小化する産業界の一部にうまく利用されてしまっています。
外圧利用で一挙に自分の考える「農業改革」を実行してしまうという歪んだ根性がたまりません。
この人たちは待ってましたとばかりに、「農業の国際競争力強化に向けた国内対策」を提言してくるはずです。なまじ農業の内部事情に精通しているだけに、やっかいな人たちです。
落ち着いて「国益」がなんであるのか、本当にしなければならない「改革」なのか、ただ米国の要求だからするだけなのか、しっかりと納得いくまで議論していきましょう。
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【第一パラグラフ】
両政府は,日本が環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉に参加する場合には、全ての物品が交渉の対象とされること、及び、日本が他の交渉参加国とともに、2011 年 11 月 12 日にTPP首脳によって表明された「TPPの輪郭(アウトライン)」において示された包括的で高い水準の協定を達成していくことになることを確認する。
The two Governments confirm that should Japan participate in the TPP negotiations, all goods would be subject to negotiation, and Japan would join others in achieving a comprehensive, high-standard agreement, as described in the Outlines of the TPP Agreement announced by TPP Leaders on November 12, 2011.
【第二パラグラフ】
日本には一定の農産品、米国には一定の工業製品というように、両国ともに二国間貿易上のセンシティビティが存在することを認識しつつ、両政府は、最終的な結果は交渉の中で決まっていくものであることから、TPP交渉参加に際し、一方的に全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められるものではないことを確認する。
Recognizing that both countries have bilateral trade sensitivities, such as certain agricultural products for Japan and certain manufactured products for the United States, the two Governments confirm that, as the final outcome will be determined during the negotiations, it is not required to make a prior commitment to unilaterally eliminate all tariffs upon joining the TPP negotiations.
【第三パラグラフ】
両政府は、TPP参加への日本のあり得べき関心についての二国間協議を継続する。これらの協議は進展を見せているが、自動車部門や保険部門に関する残された懸案事項に対処し、その他の非関税措置に対処し、及びTPPの高い水準を満たすことについて作業を完了することを含め、なされるべき更なる作業が残されている。
The two Governments will continue their bilateral consultations with respect to Japan's possible interest in joining the TPP. While progress has been made in these consultations, more work remains to be done, including addressing outstanding concerns with respect to the automotive and insurance sectors, addressing other non-tariff measures, and completing work regarding meeting the high TPP standards
(訳大野元裕氏による)
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