船橋洋一「カウントダウン・メルトダウン」を読む その3 B・5・b 核セキュリティとセーフティ
船橋洋一(民間事故調プログラムディレクター)「カウントダウン・メルトダウン」を読み続けています。
本書は膨大な民間事故調の聞き取りと、その後の船橋の取材によって構成され、熟達の平易な文体で書かれています。
評者によっては新たな知見が乏しいと言う人もいますが、米国NRC(原子力規制委員会)、ホワイトハウス科学技術補佐官、国務省、米大使館、米海軍までを網羅した重厚なドキュメントは、これまで存在しませんでした。
国際政治の狭間で福島事故がどのように受け止められ、そして日米が軋轢を重ねつつ「放射能という悪魔」を封じ込めていく姿は感動的ですらあります。
さて、「B・5・b」という謎のような言葉をご存じでしょうか。
この言葉は、14日、福島事故対策にあたっていた米国NRCの技術スタッフの一人がこれを利用できないかと発言したことに発しています。
「B・5・b」は2002年2月にNRCが作成した原発事故・核テロにおける減災対策連邦基準B5条b項のことです。
B・5・bは
・第1段階。、想定される事態に対応可能な機材や人員の準備。
・第2段階。使用済み燃料プールの機能維持及び回復のための措置。
・第3段階。炉心冷却と格納容器の機能の維持及び回復ための措置。
この際に、第2段階では
・サイト内では給水手段の多重化
・サイト外では給水装置の柔軟性と動力の独立性
を求めています。
また第3段階では
・原子炉への攻撃に対する初動時の指揮命令系統の強化
・原子炉への攻撃に対する対処戦略の強化
を求めています。
一読して分かるように、米国は、核テロをも想定しています。テロリストがサイト内に侵入し制御室を制圧し、制御室へのアクセスが不可能になるといった事態です。
そして全交流電源と直流電源が失われてしまう事態を想定して立てられているのが、この「B・5・b」なのです。
一方、日本警察の担当者も核・原発テロは4つのシナリオを考えていました。
①核施設に潜入して、中央制御室に立てこもり、要求を受け入れないとベントするか爆破する。
②9.11スタイルで、乗っ取った航空機をで核施設を自爆攻撃する。
③電源喪失などの核インフラを切断する。
④配管・パイプを切断する。
テロリストという部分を除けば、④こそがまさに福島第1原発事故そのものです。ですから米国NRCは真っ先にこれを援用できると考えて、日本側に打診したわけです。
しかし、日本側にはそのような「B・5・b」が求める安全防護設計による減災対策は存在しませんでした。それはありえないこと、「想定外」だったからです。
明石真言放射性医学研究所緊急被曝医療研究センター長は、そのことを事故時に深く悔いることになります。
今まで我が国は「核テロ訓練」らしきものはやっていました。しかしそれは2010年APECの時の訓練のように、「成田空港に外国から放射性物質が大量に持ち込まれたという想定は止めて下さい」と釘を押され、セシウム検出訓練もできず、ただ救急車がサイレンを鳴らして走り回るだけのものでした。
あるいは、新潟県のように、原発テロを「想定」しておきながら、県から「被曝者が出たという想定は止めて下さい」、「安定ヨウ素剤は配布しないで下さい」といった現実離れしたものでした。
2002年既に米国はこの「B・5・b」を日本政府に伝えて協議していますが、原子力安全・保安院は関心を持ちませんでした。
米国代表団は、東海村や大学の核研究施設を訪問し、東海村ではプルトニウムに南京錠がかかっているだけといった有り様にショックを受けます。
原発の警備は、丸腰の門番が行っており、SAT(警察特殊部隊)配備などは検討さえされていませんでした。
いや、提案はされたのです。 IOC事故を受けて茨城選出の議員は、警備員に武装させることを提案しましたが、警察が抵抗し、結局武装テロリストに攻撃された場合、駐在のお巡りさんにご一報をということになってしまったようです。もはや笑うしかありません。
日本は、このように原発のセキュリティ(保安)が、セイフティ(安全)の強化につながるという思考が大きく欠落していたのです。
自衛隊や警察のテロ警備担当者からすれば、核テロ対策をしておけば、福島第1原発事故はまったく違った対処があったのにという苦い思いが残りました。
1990年代から2000年代初めに核テロ問題を手がけた防衛省高官はこう述べています。
「東京電力に対して、原発が止まって、電源が切れた時にはどうするのかということで、何回も訓練をしようという話を持ちかけたように理解している。それに対して、規制官庁サイドがそんなことをやったら大変だということで出来なかった、という部分がある。」
ここでいう「規制官庁」とは、原子力安全・保安院を指します。
そしてこれらの減災対策は、「官僚制度の縦割り構造と、リスク回避のメンタリティが壁となって、脅威への準備ができていない」(シェファー米駐日大使が本国に出した報告書)現状のまま、我が国は3.11当日を迎えてしまうことになります。
この縦割り構造と縄張りの壁は、本書上巻に描写されているように事故が燃え盛っている中でも随所で見られました。
福島第1原発正門の守衛たちは、外部電源を確保するための電線敷設をしようと駆けつけた協力会社の作業員の入構を連絡を受けていないと拒否し、支援要請を受けた自衛隊は、東電から空撮した地図を受けとることができず、東電からの政府への情報は遅れに遅れました。
指揮系統はいくつもの系統にも分かれて相互の連絡を欠き、菅首相の私的独走も手伝って乱れ続けました。
斑目春樹原子力安全委員長は船橋のインタビューに答えて、次のように語っています。
「B・5・bなんかに至っては安全委員会は実はまったく知らなかった。今回初めて知って、ああ、これももっとちゃんと読み込んでおくべきであった。あれがたまたま核セキュリティのほうの話としてあったもんですら、安全委員会の所掌ではなくて原子力委員会の所掌で・・・」。
唖然とするような無責任な言い逃れです。このような人が日本の原子力安全行政のトップだったのです。
原子力安全・保安院はこの福島事故で醜悪な姿をさらしました。
本書上巻第1章は、本来原発にいなければならない保安院検査官が爆発と共に、オフサイトセンターに逃亡し、しかもそこの放射線量が上がるとそこすらさっさと逃げ出してしまった姿が描かれています。
これは、多くの作業員、自衛隊、消防、警察の人々が退くことなく留まって戦っていたにもかかわらず、国による事故現場の把握をいっそう困難にしたまさに背任行為でした。
同じサイト敷地内で懸命の注水活動を行っていた自衛隊化学特殊部隊の指揮官は、この保安院検査官たちを吐き捨てるようにこう評しています。
「われわれの言葉で言えば、連中は敵前逃亡をした。保安院というところは逃げても罰則規定を作っていない。」
我が国にNRCの「B・5・b」といった減災対策を導入することを妨げ、事故においては現場から真っ先に逃げ出すような国家機関、それが原子力安全・保安院でした。
この惨めに逃亡した保安院検査官たちの姿こそが、日本の原子力安全・規制行政そのものを象徴しているようです。
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コメント
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自分で作る法律ですから、都合の悪いものは作りません。
基本公務員は間違いを犯さず、保身のためならどんな努力もする・・・ものです。
一般市民が実力行使すれば、直ちに「公務執行妨害」ですから・・・
自衛官・警察官・消防(レスキュー含)署員などは、公務員と言っても、別次元の意識で職務に就いていると感じています。
前例主義ですので、前例がない事象には法律整備など何も手をつけないのがお国の役員だし、何かが起きてから法整備するのが常套手段であり、混乱に乗じて、都合よく作るものです。
投稿: 北海道 | 2013年2月14日 (木) 13時01分
「想定外」と言えば、未だに、日本には、自然防災に関する危機管理室は、存在しますが、現在、国にも、自治体にも、人工物防災、つまり、北朝鮮からのミサイル攻撃、原子力発電所のメルトダウン、危険なテロ行為などにおける、一元化した危機管理室は、存在していません。
つまり、自然防災計画は、存在しますが、福島原発事故を経験して、2年が経過した今でさえ、政府や内閣官房、地方自治体など、総理大臣を、ヘッドとする自然災害以外の危機管理室は、存在しません。
よって、防衛省と外務省とは、未だ、情報収集の一元化も出来ていませんし、体たらくも、いいとこです。
管理人さん、自然防災以外の危機管理室をご存知でしたら、教えてくださいませ。
米国は、特に、飛行機事故を中心とした危機管理や、最近、日本でも増えてきた、竜巻など、過去に出会った、自然災害も人工災害も、すべて、州で、管理できない災害は、あらゆる面で、ホワイトハウスの専門官に情報が、集約します。
よって、首相官邸の地下危機管理室は、日本領土のどこであれ、原因が、自然であれ、人工であれ、危機管理室で、一元化するのが、本来業務とおもうのですが、原発や、ミサイル攻撃など、まずは、情報収集すべき、政府、首相官邸への、情報集約は、未完成状態が続いています。官僚もそのことを知りながら、ほったらかしです。
未だ、テロ攻撃や原発の爆発は、今後、一切起きないという前提の分掌になっていることが、不思議であります。
あるいみ、日本ほど、サリンテロとか、広島、長崎原爆被害など、人工的災害を事実、受けていながら、想定外と言う官僚や省庁は、頭がおかしいとは思いませんか?
本来、国民の財産、生命を守るなら、原因が、自然であれ、人工物であれ、テロであっても、総理を中心に危機管理が、1本化していないと、おかしいのに、2年経っても、そういう機関が、存在しないことに、違和感を覚えます。
投稿: りぼん。 | 2013年2月14日 (木) 22時52分