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原発と免震 その1 福島第1原発で重要免震棟があったという「奇跡」

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福島第1原発で、当時の民主党政権が「最悪シナリオ」を作っていたことはようやく知られるようになってきました。
※関連記事
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       http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-2.html 

この時、菅首相たち官邸中枢は、「日本の半分が住めなくなる。そして米国が再占領するという悪夢に苛まれていたようです。 

米国には日本占領などというシナリオがまったくなかったのは船橋洋一氏の「カウントダウン・メルトダウン」にも描かれていますので、菅氏のいかにも「市民活動家」らしい妄想だとして、確かに我が国は断崖絶壁に立たされていたことだけは事実です。 

腰が抜けてものの役に立たなくなった斑目氏の代わりに、事実上の専門家対策チームリーダーを任された近藤駿介原子力委員会委員長が最も心配したのは福島第1原発の重要免震棟が使用不能になってしまうことてした。 

吉田所長が事故指揮を執っている重要免震棟の線量が高くなって使えなくなってしまえば、福島原発からの撤退という、米側がもっとも恐れた事態に発展していき、原子炉はもはや完全に制御不能に陥る可能性がありました。

その場合、福島原発の「もっとも弱い環」である4号炉使用済み燃料プールの水が抜けて、炉から取り出して間もない崩壊熱の大きな使用済み核燃料がメルトダウンします。 

そして4号炉プールがメルトダウンすれば、1、2、3号炉で当時懸命にやっていた注水による冷却作業は出来なくなり、再び連鎖的に炉心融解が始まります。

もう手がつけられない、完全な原子炉の暴走が始まるのです。  この時、近藤たち対策チームホが秘かに作ったのが最悪シナリオ、こと「プランB」です。 

もしこれがもし実施される事態になれば、首都東京の避難を含む3500万人というチェルノブイリを優に越える世界史上空前の避難作戦になったと思われます。 

言うまでもなく、我が国本州東半分は長期、かつ深刻にノーマンズランドになる可能性すらあったわけです。これが2013年3月16日前後の状況でした。

重要免震棟が大震災と津波から生き残ったことが、我が国をその「最悪シナリオ」から救いました。

ではなぜ、福島第1原発重要免震棟(※)が生き残ったのでしょうか? それは福島第1原発で唯一の免震対策が施された建造物だったからです。

Photo       (写真 2011年4月1日に公開された重要免震棟の内部 東電撮影) 

この重要免震棟は、あの福島第1原発で唯一、そうたったひとつだけ免震対策が施された建造物でした。 そしてそれはあくまで予備であり、ほんとうの緊急時対策室は別に本館にあったのです。

不幸中の幸いというか、この現場での最後の砦である重要免震棟こと緊急対策室だけは、この震災前の東電のコストカットの嵐の中でからくも生き残りました。 

それを東電は「安全対策 災害に強い発電所づくりの推進」という広報資料の中でこう述べています。 

「緊急時対策室
 新潟県中越沖地震の発生時に建物内への入室が困難になったことなどをふまえ、災害発生時に対策活動の拠点となる緊急時対策室や通信・電源などの重要設備を集合させた「免震重要棟」を建設し、柏崎刈羽原子力発電所では2010年1月より、福島第一原子力発電所・福島第二原子力発電所では2010年7月より運用を開始しています。
 免震重要棟は、建物と地盤の間にゴムなどの柔らかい部材(免震装置)をおくことで、地震の揺れを吸収する免震構造としており、新潟県中越沖地震を超える震度7クラスの地震が発生した場合においても、緊急時の対応に支障をきたすことがないように設計しています。」

東電は2007年7月16日のマグニチュード(M)は6.8、震度7を記録した新潟県中越沖地震時に、原発建屋内部の緊急時対策室が大損害を受けたことに衝撃を受け気を受けて、その3年後に福島1、第2原発の緊急時対策室を免震化したというわけです。

Photo_3               (写真 本館事務所内部 東電撮影)

上の写真が事故後の本館事務所内部です。本館にあった緊急時対策室もこのような状況であったと考えられます

天井は崩落し、機器は床に投げ出され、電源、通信機能も全滅しています。

一方、この本館から離れた重要免震棟内部は、一時電源が切れて真っ暗になりながらも、原子炉制御機能と通信機能は生き残っていました。

この不幸中の幸いがなかりせば、それも大震災3年前に間に合って設置された「幸運」がなければ、我が国は「最悪シナリオ」の崖を一気に滑り落ちていってしまったでしょう。

                                               (続く)

※重要免震棟という表記には、「免震重要棟」という表記も存在します。資料により異なるようなので重要免震棟て今回は統一しました。

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コメント

2007年の柏崎で、原発から黒煙が上がった時はギョッとしました。ただの配電盤ショートだったようですが…翌日床屋談義(ホントに床屋でした)で「ビックリしたよねえ」と。

対策で「免震重要棟」がギリギリで間に合ってなかったら…背筋が寒くなります。
また、所長はじめ現場の緊迫したで収束作業に当たった職員の方々には、心より敬意を表します。

オフサイトセンターは、現場に近すぎる上に通信インフラや耐震性と電源の不備で全く「オフサイト」ではなく役に立たなかったことも、教訓として記憶すべきですね。

投稿: 山形 | 2013年6月10日 (月) 07時45分

現在の重要免震棟は、どこも、免震構造には、なっていますが、肝心の汚染外気との遮断と人工空調設備、外部被曝を避けるために、コンクリート廊下を平行に作らないとか、直線性の強いエックス線被爆を減らすためのL字型廊下構造。そして、被曝量を自動コントロールできるドアや、部屋の内圧を常時高める装置の一部不備。

空間放射線量が、上がっても、内部被曝が測定できるような鉛で遮断された部屋など、水密ドアも含め、原子力潜水艦並の設備がありません。

ただ、建物が免振なだけです。

しかも、現在の免震装置は、震度7レベルが、3回以上、襲ったときに、耐えられるのかは、不明です。
実際、関東以北の免震建物は、部品の交換をせざるを得ない建物が、結構出ました。

また、4号炉の水素爆発が、3号炉より遅れた理由など、ほとんど、説明されてませんし、炉心溶融時の2700度に、耐えうるセラミックス系の材料開発が、あれば、メルトダウンは、しても、メルトスルーは、止められたかもしれません。

スペースシャトルに、耐高温高熱タイルを、供給しているのは、日本の技術です。

本来、こういう建物は、民間ゼネコンの建築構造部門だけでなく、NASAのごとく、あらゆるジャンルの人が、プラント設計に、もっと係わるべきで、すでに、人工ゼオライトに磁性体を混ぜて、セシウムを吸着分離できると言う研究も、ほぼ、完成しています。

異業種交流して、改善策を、マジメに、議論して、至急対応してほしいものです。発電していない50基の原発も、燃料棒は、プール内に、ずっとある訳で、プラント設計者から言えば、発電してなくても、危険度の差は、現状では、差がないと見るべきであろうと思います。

投稿: りぼん。 | 2013年6月10日 (月) 09時31分

りぼん。さん

だからね、奇跡的にギリギリ間に合っただけなんですよ。
あなたの言う構造その他はもっともですが、現実には存在しません。
食品を扱うプラントに関わっていたのなら、内圧を上げて放射性の粉塵を防ぐことも可能だと分かることですが、主電源が落ちて停電している状況でした。

原潜並の防護システムって、さらにPWR原子炉でも積むんですか?
少なくとも2年前に、そんなものは存在していません。だから奇跡的だったのです。

あなたがいくらお得意の「理想論」を仰っても、社会は追い付いていないのが「現実」に起きていることです。

スペースシャトルならとっくに引退しましたよ。

投稿: 山形 | 2013年6月10日 (月) 11時34分

え~、お二人ともいつものパターンに入らないように。

投稿: 管理人 | 2013年6月10日 (月) 17時27分

http://www.energy-materials.jp/research_05.html

すでに、実用化実験中で、福島の田んぼで、秋の収穫に向けて、行われていて、完成度の高い技術ですよ。

投稿: りぼん。 | 2013年6月10日 (月) 21時31分

13日(木)15:00~16:00 ナショジオチャンネルで衝撃の瞬間5「福島第一原発」が再放送されます。
私は未見で、海外のTVではどのような視点で語られるのか興味があります。
ダメコンに関しての視点もあれば良いのですが。

投稿: 好実 | 2013年6月11日 (火) 15時22分

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