ほんとうは怖い電力改革 その13 郵政、道路公団民営化に続く愚行にしてはならない
自由化というのは、ひとことで言えば競争を激化させようという政策のことです。
競争した結果、コスト削減が達成され、冗長な設備や人員が削減され、送電網の独占が解体されるので、めでたく電力料金は安くなり、再生可能エネルギーは拡大するという筋書きでした。
残念ですが、たぶんそうなりません。いくつかポイントを検証してきましたが、ともかく時期が悪すぎます。
よりによって自由化を、動いている原発は全52基中2基だけ、おまけに原油やLNGが高騰という極度に供給サイドが逼迫している時にやってどうします。
9月に電力3社の値上げが決まりました。今後も追随がでることでしょう。(欄外参照)
いまでも充分に供給サイドが悪化しているのに、体力の弱りきった電力会社を解体して、更に競争させようというのですから不安定化して当然のことです。
あ、念のために言いますが、「信用ならない東電」とか、「福島事故おこしやがって」、はたまた「悪の中枢・東電」などというリベンジ的感情で、エネルギー政策を考えないで下さい。
お気持ちは、「被曝地」茨城の住民の私もわかりますが、東電どころか何も事故を起こしていない全国9電力会社を丸ごと解体した結果どうなるの、と私は問うているのです。
自由化や規制緩和という競争激化政策は、インフレ気味で景気が加熱している時にやってピリっとするインフレ冷却政策であって、今のように20年間の超ロングデフレから這い上がりつつある時期にかましたら、またもやデフレ地獄に逆落としです。
そして落ちた地獄で私たちを待っているのは、半身不随になった電力供給という公共インフラなのです。
ところで、2000年代に欧米では電力自由化が流行しましたが、米国のように電気料金は下がったものの送電インフラがガタガタになって停電を頻発するなどといったことが生じました。
ドイツやイタリアでは、脱原発政策もあって、電気料金が大幅に跳ね上がっています。自由化して安定し続けているのは、国内に大きな水力資源があるスカンジナビア諸国だけです。
また、電力自由化による競争を強いられて安値合戦になるために、長期的設備投資が大きく削られて行きました。
結果、米カリフォルニア州ではもっとも削りやすいコストである電力インフラの整備や安全対策が手抜きになり、ただでさえ発送電分離でバラバラな会社が管理する複雑さもあいまって大規模な停電が頻発しました。
このあたりは、高速道路の崩落の構図と酷似しています。
皮肉にも、欧米でもっとも旧態依然たる原発依存と、自由化によらない従来型の電力供給基盤を持つフランスが、総合評価で世界最高に輝くという結果になってしまいました。
このようなことから欧米では既に、電力自由化論は失敗として総括されることのほうが多くなっています。
国には競争原理を安易に持ち込んでいい部門と、そうでない部門があるのです。これをわきまえないから、新自由主義者(構造改革派)は、改革に名を借りた破壊者にすぎなくなるのです。
衣料や家電製品などの消費財を競争するなというのは馬鹿げていますが、ガス、水道、電気、道路、医療、郵便などの公共インフラ(ユニバーサルサービス)に競争原理と市場原理を持ち込むことが正しいとは思えません。
これらは国の骨格であり、国民の生活を安定して支える基盤です。これを市場原理で運営することは、リスクが高いのです。
たとえば、発送電分離と簡単に言いますが、検証してきたように儲かるのは発電と小売り部門だけで、その間の肝心の送電部門は、いわば公共道路みたいなものでそれ自体儲かる要素がありません。
かつての自民党橋本政権が始めた公共事業=悪玉論に悪のりして軽薄なメディアは、「鹿しか通らない道」、「農家しか使わない農道」、「20戸の村に立派な道路」、「政治家が票が欲しくてひいた道」、「土建屋の談合道路」などとあげつらったことがありました。
しかし、このような利用頻度が少ない道路も、地域で必要があるから存在しているのです。
その道がなくなれば生活や生産ができないからあるのであって、それを「効率」という一本の尺度でズバズバ切った結果が、今の地方の衰退です。
道路という公共インフラは、「儲かるから作る」のではなく、「必要だから作る」のです。
ところが自民党構造改革派が始めた「無駄の削減」は、民主党という都市型政党で完成され、当時建設大臣だった前原氏などは、「公共事業を36%も自民党時代から削減した」と得意満面で言う始末です。
公共道路は儲からないからこそ、国や地方自治体が税金で作っているので、これを「民営化」などしたら、元来儲からないのですからたちどころに米国のように継続的な投資がなくなって、メンテナンスから削られていき 笹子トンネル崩落事故のようにボロボロになっていきます。
また、ユニーバーサル・サービスである電力は、「地域を問わず普遍的に提供する」ことが大前提なのにもかかわらず、人口が多く、収益性が高く見込まれる都市部、地方では県庁所在地のみに参入希望が集中し、山間地が切り捨てられていくことでしょう。
下の写真は、関西地方の送電線補修の様子ですが、もし発送電分離した場合、平地が少ないわが国でこのような送電インフラの維持を継続的に実行できるのでしょうか。
(写真 関西電力HPより)
そもそも送電部門は不人気な部門なので、新規参入は限られたものに終わり、既存電力会社の送電部門がそのまま別会社として残ると思われます。
新自由主義者は勘違いしているようですが、電力事業は発電-送電-小売りがワンセットになって、そこで利益をプールできるから収益を上げられるのであって、ひとつひとつに分解してしまえば儲かる部門と儲からない部門の差が歴然としています。
電力会社は儲かる発電-小売り2部門の利益を、送電部門に注入してバランスをとっていることを忘れてはなりません。
それが故に、総括原価方式というコストの積み上げ方式が認められているのです。
飯田哲也氏が言うように、総括原価方式は単に原発で儲けるためだけにあるのではないのです。あの人はどうも原発からしか電力を見ないから困ります。
多少儲かると思われる送電-小売り部門ですら、ユニバーサル・サービスを請け負っているために停電という事態を避けねばならないにも関わらず、見たところ新規に参入した再生可能エネルギー発電事業者にその意識は皆無だと思われます。
彼らは作ったら作った分だけいい値で売れることに魅力を感じているから参入したのであって、旧来の電力会社にあった電事法の送電「義務」を意識することはないのです。
私は再生可能エネルギーの新規参入会社が、やれ送電線が引いてないと泣き出し、安いからと買った僻地のメガソーラーにケーブルも敷かないでおいて、電力会社の買い取りが少ない、再エネの未来は閉ざされたなどと不平をこぼす姿をみると、電力のモラル崩壊がはもう始まったと情けない気持ちになりました。
このように、ユニバーサル・サービスを担う気概もなく、ただ濡れ手に粟で参入したような彼らの一部は、諸外国で、「クリーム・スキミング」とか「チェリー・ピッキング」とかいわれて、「いいとこ取り」を図る行為として社会的に糾弾されかねない行為を始めています。
幸か不幸か、現在の「電力改革」は、中途半端です。構造改革派や脱原発派が望むような、過激な発送電分離は遅らせるようですが、発電と送電-小売り部門を自由化するために不均等が生じかねません。
電力自由化が郵政民営化、道路公団に続く、新自由主義による三度目のユニバーサル・サービスの破壊にならないようにせねばなりません。
■写真 ヤマユリです。いまがシーズンです。そここに咲き乱れています。
■茂木敏充経済産業相は1日、北海道、東北、四国の電力3社の電気料金引き上げについて、9月1日から実施されると語った。上げ幅は申請より2~3%程度圧縮し、北海道は平均7.73%、東北は8.94%、四国は7.80%となるとした。(時事通信)
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コメント
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行政(特に公共事業)にB/Cを持ち込んで本当に何の意味があるのでしょうか?費用対効果が全てである風潮のおかげで、本当に必要なインフラの整備がどれほど遅れたことでしょう。税金の無駄使いを本当に無くそうと思うなら、単年度予算を止めるほうがずっと効果的な気がします。
投稿: 一宮崎人 | 2013年8月 2日 (金) 16時47分
政府>長期債務が膨大で、単年度プライマリーバランスを、適正にしたい>民間株式会社でしか意味のないB/C(費用対効果)の考えを、単年度政策に流用して、税金の還元先を決める>国民の多くは、市場原理下で、生産活動をしていて、苦しんで努力しているので、理解されやすい>よって、意味のないB/Cによる予算削減案を、政府、財務省の、予算カット用ものさしに採用させる>本来、行政でしかできない事業を、予算カットする>単年度決算としては、取り繕うことができる>
官僚としては、人事考課があがる>よって、行政としては、無駄な予算分配になって、さらに赤字が増える>
赤字国債の責任は、立法にあり、行政にはないので、官僚は、当面安泰である。
ってことでしょ。
社会経済は、崩壊しますが、自分達の職と給与は守られますから。。
大体、長期債務である国債を、単年度で、評価することほど、意味のない話ですし、B/C導入することは、地方交付税制度を無くさないと意味ないし。。
投稿: りぼん。 | 2013年8月 3日 (土) 06時39分