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2013年8月23日 (金)

集団的自衛権って何だ?不定期その1 私の「護憲論」

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私は憲法を今変える必要がないじゃないか、とかねがね思っています。 

というのは、現行憲法は多くの護憲論者が指摘するように一定の「歯止め」作用があることは確かで、痛くない腹を探られるよりこのままのほうがいいからです。 

こう言ってはナンですが、自衛隊が憲法で正式に位置づけられなくても、自衛隊が軍隊として国際的に認められていることは不動であり、自民党案のように「国防軍」などにせずとも内実はそう変わらないのですから。 

改憲論者が挙げるネックのうち、集団的自衛権やポジティリスト(できること)ネガティブリスト(できないこと)への変換も現在有識者会議で議論されいます。(※参照)

残るは石破幹事長が気にしている「最大の実力組織が最高法で規定されていない」という法的位置づけの整合性の問題「だけ」です。 

いわばそれは、法律学科出身の石破氏が「気持ちが悪い」という「だけ」じゃないかと、私などは思うわけです。 

そのために96条という改憲規定のハードルを下げるなどというのはやや馬鹿げています。 

大騒ぎして国論を二分して、改憲のハードルを下げるだけなら、またおかしな勢力が政権をとれは簡単に改憲できてしまいます。 

ハトカンなどという人外魔人たちを政権にいただいていただけにそう思います。(よく国が潰れなかったと思いますよ。はい。)

小選挙区制はこのようなドラスティックな政権交替がありえる危険な制度だというのは、私たち国民もそろそろわかってきたはずです。 

あの橋下-石原両氏率いる維新の会などのようなトンチキ集団に間違って風が吹いて、憲法を「グレートリセット」されたらどうするんです。ドえらいことですよ。

ですから、私は拙速に憲法を変えることには反対です。

その意味では福島瑞穂さんとはまったく違った意味で、私は護憲派」です。より正確に言えば、「今がその時期じゃないだろう派」です。

とはいえ、なにか事が起きるたびに火事場泥棒的に「改釈」していては信頼が得られません

護憲論者の一部にあるような「戦争が起きることを考えること自体がけしからん」という姿勢では、結局泥縄的に法「改釈」して、現実局面に突入することになってしまいます

ですから、平時において冷静に解釈を現実にあった方向に是正し、そのわけをしっかりと国際社会に向けて説明するべきなのです。

どうもわが民族は、68年の長きに渡って米国の「核の傘」の下で安逸を貪っていたために、意志的に発信することが苦手なようです。

難しいことは米国様に聞いてね、というのがわが国の安全保障の基本方針だったからです。

そのために、イラク派遣の時のように、いかにも「ブッシュにつき従う忠犬ジュンちゃん」といった情けない印象を国際社会に与えてしまったことは確かです。

まぁ、あの時のフランスやドイツの凛々しさの背景にはNATOのような集団的安全保障機構があるわけで、オリバー・ストーン監督のように手放しでわが国と比較するのはいかがなものかとは思いますが。

誤解なきようにつけ加えるならば、わが国の発信する先は、米国、東南アジア諸国、オーストラリア、EU(NATO)といった国際社会であって、中韓ではありません。

残念ながら、この両国にはなにを言っても「反日フィルター」でしか見られないようですので、無駄というものです。

あの両国とは有事ホットラインを開設して、偶発的軍事衝突を避けることくらいしか手はないでしょう。

とまれ、平時において、国際社会に「なぜ安全保証政策を変更するのか」、「その背景情勢はなにか」を分かりやすく発信していかねばなりません。そのあたりの不手際が、先の大戦での失敗のひとつでもあるのです。

このような地道な国内議論と、国外発信の積み重ねがあってその先にようやく改憲という巨大なテーマが登場するのであり、それは今ではありません

さて先だって、内閣法制局長官に集団的自衛権行使容認派といわれる小松一郎駐仏大使の就任が閣議決定されました。 

安倍首相は、秋の臨時国会で集団的自衛権の行使容認を表明すると報じられていますので、内閣法制局人事はそれの前段だと常識的には考えられます。

集団的自衛権は、歴代の内閣でも周辺事態法や日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)制定の際に大きな「壁」として立ちはだかってきたものです。

ただし誤解されているようですが、集団的自衛権の行使が憲法違反であるかどうかを判断する権限を持つのは最高裁判所であって内閣法制局ではありません

よくメディアは内閣法制局元長官がああ言った、こう言ったと取り上げますが、法制局はあくまでも、内閣の活動に法的根拠を与えることで、違憲立法審査権はありません。

もし、俗に言われるように法制局が「憲法の番人」ならば、任命権者が首相だったら大変じゃないですか。

あくまでも内閣法制局は内閣の一部でしかなく、その意味では首相の意志を反映して当然の存在なのです。

というわけで、集団的自衛権について賛成、反対と結論づける前に、いかなるものなのかいい機会ですので、不定期で考えていきたいと思います。

来週からいったん農業フィールドに戻ります。(たぶん)

※ネガティブリスト方式

「できないこと」をすべて書き出し、書いていないことは「できること」とする方式のこと。わが国以外のすべての国の軍隊では交戦規定(ROE)に則って、ネガティブリスト(できないこと)にしたがって運用されます。

しかしわが国の自衛隊は、一般の警察と同様の性格をもつ自衛隊法に則り、ポジティブリスト(できること)に従って運用されています。

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■自衛隊法、国際標準に転換 集団的自衛権行使は地理・国益で判断
産経8月17日

集団的自衛権行使容認に向けた有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇、座長・柳井俊二元駐米大使)が今秋にもまとめる報告書で、自衛権についてポジティブ(できること)リストからネガティブ(できないこと)リストへの転換を提言することが16日、分かった。集団的自衛権の行使に関しては全面的に容認する一方、「地理」「国益」を尺度に一定の歯止めをかけることも提起する。

 法制懇の主要メンバーは、産経新聞の取材に「自衛隊法をポジリストからネガリストに改めることが不可欠だ」と明言。時々刻々と変転し、複合的に起きる危険性も高まっている事態に対処するには、集団的自衛権を含め事態の「類型化」は無意味で、「自衛隊の行動を細かく縛るべきではない」との認識も示した。

 「権利は有するが行使はできない」との解釈に立ってきた集団的自衛権の行使を容認した場合、政府は行使する事態や条件を規定する国家安全保障基本法を制定する。自衛隊の行動や権限を定めた自衛隊法の改正も必要で、主要メンバーの発言は同法改正を念頭に置いたものだ。

 現行の自衛隊法は、防衛・治安出動や海上警備行動など「事態」を明確に区分した上で「対応措置」を規定しており、自衛隊の行動も定めている。逆に規定していない行動は取れないことを意味する。

 法制懇メンバーはすでに、「ポジリストが自衛隊の行動を制約している元凶だ」との認識で一致。同法について「市民への加害」「捕虜虐待」など国際法で禁じられている行動以外は可能とするネガリストへの転換を提起する。

 さらに、集団的自衛権に関し、第1次安倍晋三内閣時に検討した「公海上の米艦防護」など4類型のような提言ではなく、「(権利が)あるかないかの判断」として「法理的な全面容認」を求める。

 ただ(1)サイバー攻撃対処(2)シーレーン(海上交通路)防衛(3)ミサイル防衛(4)共同訓練中の対処-など新たな脅威は法制懇に小委員会を設け対処のあり方を議論する。

 座長の柳井氏は今月4日のNHK番組で「地球の裏側まで行って関係ない国を助けるわけではない」と述べ、遠方での事態や日本の国益に直結しない事態では行使を控えるよう提言することを示唆。政府もこうした歯止めをかけ、行使容認に慎重な公明党の理解を得たい考えだ。

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コメント

現行の自衛隊法は、防衛・治安出動や海上警備行動など「事態」を明確に区分した上で「対応措置」を規定しており、自衛隊の行動も定めている。逆に規定していない行動は取れないことを意味する。

 法制懇メンバーはすでに、「ポジリストが自衛隊の行動を制約している元凶だ」との認識で一致。同法について「市民への加害」「捕虜虐待」など国際法で禁じられている行動以外は可能とするネガリストへの転換を提起する。

 さらに、集団的自衛権に関し、第1次安倍晋三内閣時に検討した「公海上の米艦防護」など4類型のような提言ではなく、「(権利が)あるかないかの判断」として「法理的な全面容認」を求める。

 ただ(1)サイバー攻撃対処(2)シーレーン(海上交通路)防衛(3)ミサイル防衛(4)共同訓練中の対処-など新たな脅威は法制懇に小委員会を設け対処のあり方を議論する。>>>>(以上。記事本文より、転載)


憲法を、ことさら、変えないで。自衛隊や海上保安庁の持っている火器が、自衛隊員の命を落とすことなく、攻撃を受けた場合、国際的問題にならずに、使用でき、無駄な隊員の死が、起こらない実践マニュアルが、行使できれば、管理人さんの言うとおり、9条改正は、時季そうしょうかもしれませんね。

NATOやPKOのように、はっきりとした、複数国の大義があるのと違い、何を持って、他国で、戦争を始めるのか、解らない、弱体化している米国に、日米同盟の名の元に、参戦させられるのは、怖い立ち位置に、追い込まれる可能性が残りますので、米国の手先としての交戦は、問題を感じます。もう少し、NATOのような、日米同盟以外での枠組み協定で、動けるような、外交、政治状態が、現行憲法上、実質現場司令官が使える体制があればと、個人的には、思ってます。

今のところ、自衛隊の諜報活動のみで、判断できないシステム、つまり、米国からの情報は、絶えず正しいと言う考えで、集団的自衛権なるものを、安易に使うのは、国連の要請なく、米国の手先になっていく現状では、憲法9条を、誤った使い方のように、解釈する危険性を感じますね。

米国の情報だけで、自衛隊が行動する危うさを消すことが、先に、必要かなと思います。

もし、自分の国が必要であるならば、自分の国は自分自身で守れ。
虎の威を借る狐* になるな。 狐の根性が汚い。

力は正義である。(Might is right).
もしも、自分に正義が必要であるならば、自分自身の力を示すこともまた必要なことである。

仏法の守護神は、仁王である。国家の守護神は、自国の軍隊である。
第七艦隊は、友愛の海の守護神となるか。
主護神を置かずして、法を説く者はむなしい。得意な歌詠みも、ごまめの歯ぎしりとなろう。

自分の死に場所を探す兵士ばかりでは、戦に勝てない。戦場に屍をさらせば、敵の戦果の山となる。
犬死を何と言って讃えようとするのか。
目先の問題にのみ対処する兵卒は優秀、参謀は愚鈍。
お上の理不尽な要求に従って、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んで、南の島に雪が降る。

序列メンタリィティを日本語脳から除去することは難しい。
階称 (言葉づかい) は、日本人のリーズン (理性・理由・適当) をむしばむアヘンのようなものになっている。

現在の地球は、英米の世の中である。各国の主張にはリーズンが求められる。
理性判断 (rational judgment) のできない国民は、世界の中にあっても、世界に属さず。
だから、日本人は国際社会において指導性を発揮することが難しい。

*(他人の権勢をかさに着ていばる小人のたとえ。)

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

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