ドイツの脱原発は隣の家の青い芝(3) 待ち構えていた送電網の不安定と近隣諸国からの苦情
ドイツ政府は風力発電を北部海岸地帯から南部工業地帯に送電するために、送電網を最優先に建設するとして約7兆円(!)をかけて建設しようとしました。
念のために申し添えますが、これは再生可能エネルギーを送電するため専用のようなものて、メルケル政権の脱原発政策がなければ敷かずに済んだものです。
しかし、そのかいもなく送電網計画の半分が遅れ、4年間に渡ってまったく進んでいない路線すら生まれました。(欄外図参照)
現在完成しているのは、欄外図を見ていただくとわかりますが緑色のラインのわずか10%のみで、オレンジ、濃赤、青ラインが計画放棄で未着工です。
まぁぜんぜん進んでいないということのようです。これではいつ出来るのか分からなくなってしまいました。
ここで、ドイツの脱原発政策は、送電網不足という致命的なボトルネックにぶつかってしまったわけです。
しかも皮肉にも工事が遅れた原因は、脱原発の同志であるはずの環境保護派の送電鉄塔建設反対運動でした。
彼らは送電鉄塔建設のための森林伐採による自然破壊と、高圧線付近での電磁波による健康障害を理由に頑として建設に反対しました。
ドイツ政府からすれば、環境派の主張どおりに脱原発をしてみれば高圧送電網が必要となり、政権命運をかけて始めてみれば、今度は別の環境派が反対するのですから、たまったものじゃありません。
かくして、メルケル政権は送電網建設という巨大な金食い虫と一緒に、送電網反対の住民運動という二重の火種を抱え込むことになってしまいました。
ところがこれで終わりではありませんでした。
北海沿岸に立ち並ぶ巨大風力発電装置を見てメルケル氏は満足そうでしたが、たちまちこういう状況が頻発しました。
ある日、北海沿岸で強い風が吹き続けて風力発電がガンガン回ったとします。夜も吹き続けてすごい発電量を稼ぎだしました。
そこまではめでたいのですが、なにぶん再生可能エネルギーは調節も蓄電も効きません。
蓄電ができない!そう、発電所は火力、風力を問わず蓄電ができないのです。
最近やっと日本の「脱原発派」の皆さんもそれに気がついてきたようで、確か前回の衆院選では三宅候補を出したみどりの党が蓄電技術の研究拡大を掲げていましたね。
あいかわらず不勉強で勘だけが頼りの小泉さんは読売新聞に、「再エネは蓄電できるから大丈夫!」みたいなことを言っていましたが、まだコスト面まで含めて「使える」大型蓄電装置は実用化に至っていませんって。おい、資源エネ庁、ちゃんとあのご老公に教えてやれよ。
技術的には高性能なものがやがて生まれると思いますが、再生可能エネルギーの場合、ただでさえ送電網とかバックアップ火力とか、スマートグリッドのような発電本体以外のバックエンドが異常に多いので、これにさらに高価な蓄電装置をオンするのは経営的にかなり難しいのではないでしょうか。
それはともかくとして、送電網があればさっそく南部に送り込んで国全体でコントロールすることも可能なのですが、ないものはしかたがありません。
いたしかたないので、あまり電力需要のない北部の送電網に無理矢理送り込むしか手がなくなりました。
すると北部地域の送電網が予期せざる過剰な電力供給のために、あっちこっちの火力発電所を止めてまわるはめになりました。
これで問題が終われば、しょせんドイツの国内問題で済んだのですが、この風力の時ならぬ過剰発電が国外に飛び火します。
というのは゛昨日述べたヨーロッパが電力広域連携を持っていたためです。
ドイツで過剰に発電された風力発電は、ヨーロッパ電力広域連携に乗って、隣国のポーランドやチェコに突如流出する事態が頻繁に起きてしまったのです。
しかも風任せですから気まぐれにして、かつ唐突に。
隣国のほうからすれば、事前に「これだけ輸出したいんですが。はい何月何日何時から○○キロワット買いましょう」ということならまだしも、突然まさに風任せで自分の都合のいい時間帯にどどっと輸出してくるのだからたまりません。
それもだいたいがドイツの余剰になる時間帯とは、隣国も余剰なものなのですから、ポーランド、チェコの電力業界は怒り心頭。
いきなり大量の電力を押し売りされてあわてて自国の火力発電所を止めたり、出力を下げるなどの緊急対応を強いられることになってしまいました。
そうしないと過電流で送電線そのものがショートしてしまいます。
仮に送電線ルートが3本あるとして、そのうち1本に過電流が流れてショートすると、他の2ルートに 3ルート分の過電流が流れ込むこととなり、ドミノ倒し的に送電網全体が崩壊し、大規模停電が発生してしまいます。
ですから、ヤバイと思ったら瞬時に火力を止めて対応せねばなりません。火力だけは出力の上げ下げが自在にできるからです。
原発も水力もそんな器用なまねができないので、この損な役割はいつも火力です。
それを外国にやらせるとなると、当然外国の電力会社はドイツの脱原発政策になんの関係もないわけです。
「冗談じゃない、なんで自分らの国がドイツの尻拭いをせにゃならんのだ」とばかりに隣国たちは怒りだしました。まぁ当然ですな。
そしてとうとう東欧諸国の電力会社4社が連名で出した抗議文にはこうあります。
「ドイツ南北の送電線増強工事が終わるまでは、ドイツ北部に再生可能エネルギー発電設備を建設すべきではない」。
つまりそもそも送電線工事ができてから風力発電所を作るべきだったのに、逆に作ってしまってからあわてて送電線工事をするとはなにごとだ、すぐ風力発電なんぞ止めなさい、というわけです。まったくもって正論でございます。
原発が最終処分場もないうちから原発を作ってしまったのと一緒で、満足な送電網もないうちから再生可能エネルギーの発電所をぶっ建ててしまったのが致命的ミスでした。
バックエンド問題をなおざりにして、世論受けのいい再生可能エネルギー政策をするとこういうハメになる見本です。
もっとも、送電網を作ってからだと、あと数年先に脱原発政策の開始がズレ込むか、非力な太陽光頼みになり社会・経済の不安定化がいっそう進んだことでしょうが。
というわけで、ドイツは「再生可能エネルギーを大胆に取り込む」のはいいのですが、ヨーロッパの電力広域連携全体を不安定にしてしまったのです。
ところで、ドイツへの「美しい誤解」の中には、ドイツは再生可能エネルギーで電力輸出ができるようになった、というものがあります。
これもいま述べた文脈でお考えください。そんなにビューティフルなことでしょうか。
他ならぬメルケル政権の脱原発政策の舞台監督のひとりであった送電網管理の総責任者、マティアス・クルト氏(ドイツ連邦ネットワーク庁長官)はあっさりこう言っています。
「今多くの人は、ドイツが数週間フランスに電力を輸出したと喜んでいます。しかし2011年全体でみれば、ドイツはフランスに対してかつての電力輸出国から輸入国へと転落しています。都合のいい数字ばかりではなく、事実を見つめるべきです。」
残念ながら「フランスに電力を売った」内実は、突然隣国に過剰な電気を「流出」させて迷惑をかけたていどというのが実態のようです。
原発大国フランスにとっては笑いの止まらない電力輸出のお得意さんで、輸出向け電力のために原発を増設する計画があるくらいです。
ドイツの脱原発政策は、フランスの原子力で支えられているという逆説的構図が生まれてしまったわけです。
このように電力広域連携を持つヨーロッパでは、「一国脱原発主義」は難しいということです。やるならメルケル政権は事前に隣国との多国間協議をしてからすべきでしたね。
というわけで、隣国の抗議を受けて、ドイツ政府は仕方なく2011年、過剰な電力が発電された場合には、風力発電のプロペラを止めて発電を止めるようにとの通達を出しました。
このようにして失われた風力発電量は、前年比で70%も増加してしまいました。まさに宝の持ち腐れです。
現在、ヨーロッパ電力広域連携をスマートグリッド化するなどの計画がありますが、EU財政自体が危機にあり、たぶん無理なのではないでかと言われています。
つまるところ、巨額な資金を投じて作った風力発電所群の電気は、能力どおりに送電できない、捨てるのが多いということになったわけです。
こうしてみると、いかにドイツが無計画、かつ無展望に脱原発を始めてしまったのか分かると思います。
どうも私達日本人はドイツと聞くと正確無比に計画を実現するように思っていますが、これだけ不測の事態が多発するのをみると、フロンティアの栄光と悲惨というべきか、はたまた、あんがい出たとこ勝負だったのかもね、と評すべきなのか迷ってしまいます。
ただ、電力は社会インフラの基盤ですから、あまり理念のオモチャにしていいものではないことだけはたしかです。
最近のコメント