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私が原子力を呪いつつ脱原発派と一線を画した理由

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こうして、今まで自分が2年半の間に書いてきた原発と放射能に関する数多い記事を整理していると、やはり感慨めいたものが浮かんできます。 

2011年3月11日から4日間、私たちの地域は大停電になっていました。 

かろうじて生き残ったラジオだけで、東北の惨状と、福島事故があったことを知りましたが、実はそのときには既に私たちの頭上を放射能雲が音もなく、目にも見えず通過していたのです。 

それからのことは、多くの茨城、福島の農民たちの血を吐くような経験とまったく同じです。 

市場に農産物を出しても突き返され、茨城と付くだけで見られるあの蔑んだような視線が突き刺さるようでした。 

大量の牛乳は土に流され、卵は割られ、野菜はトラクターで踏みつぶされました。 何人かの農家が自殺しました。

行政は無力であり、無作為の上に無作為を重ねていきました。まるで、今だけ頭を出さなければ無事であるかのように。 

私は、この土地に起きた事実を知るために農業者グループで放射能測定運動を始めました。その時の、村のなんとも言えない圧迫感を思い出します。 

・・・余計なことをするな。変な数字が出たら村内に迷惑がかかるぞ。 

このような村の空気とは別に、街では放射能パニックが起きていました。

これは当初は民主党政権の情報の出し方の失敗によるものでしたが、後には人為的で悪意に満ちたものに変わっていきます。 

ある大学教授はテレビで、「福島の野菜を食べたら死ぬ」とまで言い、別の学者は「放射能で死ぬようなものを出荷する農家は作為のテロリストだ」と叫ぶのです。 

そしてその煽動に乗った実に多くの消費者が、福島、茨城と名がつくだけで、手に触れただけで「放射能が染る」とまで忌避しました。

まるで「ピカの毒が染る」と被爆者を家から追い出した「はだしのゲン」の親戚のように。

知らぬうちにこの「被曝地」に生きて生産しようとするだけで、私達農民はパブリック・エネミー扱いされていたわけです。 

私の唯一の武器であるこのブログにも、読むに堪えないコメントが大量に書き込まれるようになりました。 

私がただ冷静になってほしい、風評に踊らされないでくれと書いただけて、「原子力村の犬」「東電からいくらもらった」とまで言われる始末です。 

そしてそのような街の人々は、自らを「脱原発派市民」と名乗り、楽しげにサンバホイッスルを吹き鳴らしながら徒党を組んで首相官邸周辺を躍り狂っていました。

脱原発を言うなら、もっとも多大な被害を受けて苦しんでいるいる「被曝地」の人々、なかでも生活と生産共に破壊された農業者、漁業者たちと向き合わないでどうする、と思いました。

ところが彼らの一部は自らははるかに離れた安全地帯にいながら、「東日本は終わった」「お待たせしました。福島で奇形が出た」「40万人がガンになる」と、むしろ嬉しげに叫ぶのです。

あたかも私たち「被爆地」の人間が、ガンや奇形を待つ実験動物であるかのように。

いまでも、これらの言説を吐いた人間たちを私は許していません。たぶん一生許さないでしょう。

放射性瓦礫でもない陸前高田の松板を大文字焼きで焼くという善意の運動に、まさに「ピカが移る」とばかりに反対し、果ては震災被災地の瓦礫を「実力阻止する」と叫ぶ過激派も出る有り様です。

沖縄まで逃げた「自主避難者」の一部は、東北からの南国沖縄の子供たちへの雪の贈り物にすら唾しました。

あるいは、内部被曝が怖いと、計測限界値5ベクレルですらダメだと言い出しました。

そのような「消費者の声」に媚びるように、国の100ベクレル基準値引き下げはなんの役にもたたず、むしろ大手量販は勝手に自主基準値を50ベクレルに切り下げ、有機農業関係流通にいたってはさらに20ベクレルにまで落とす競争を始める始末です。

自然放射能を含みゼロなどということはありえないにもかかわらず、ゼロベクレルでないと承知しないと言うのです。

そして内部被曝は1ベクレルでもガンになると触れ回りました。

チェりノブイリ事故の後のベラルーシですら13年かけてやった基準値引き下げを、わずか1年間でやれと私たちに言う、その神経が私には理解できませんでした。

ある脱原発派を名乗る人間は私に向って、「あんたらが農業を止めるのがいちばんの復興支援だ」とまで言い放ちました。

言うまでもなく、このような人ばかりではないのはよく知っているつもりです。

多くの脱原発を支持する良識的な人たちが福島に心を寄せて、地道な支援を続けているのは十分承知しています。

しかし、総体としてみれば、「声の大きい少数派」が運動を牛耳っているように私には見えました。

そういえば、その頃から、脱原発運動に左翼政党と過激派が公然と姿を現すようになります。

私は、それ以来、私自身も原子力を人一倍呪いつつも、この人たちとは一緒になにかできることはないと思うようになっていました。 

脱原発という目的が正しくとも、あの人たちにはそれをなし遂げるのは無理だと思いました。

この人たちがやっているのは、脱原発に姿を借りた「被曝地」差別運動、あるいは単なる反政府運動です。

その中で、ひとりの農業者としていままでやってきたあたりまえの営為である「耕やす」ということが、科学的にも最善の放射性物質対策だと分かってきました。

土は放射性物質を吸着し、封じ込める力を持っているのです。

そんなことは当時誰も言っていなかったし、N先生などのごく一部の研究者が実際の福島の田畑を計測する中で唱え始めていたことです。

耕すことが、農業者にとっての放射能との最大の戦いになるということがわかってから、私は必要以上に恐怖するのを止めました。

そうなんだ、特別のことをするのではなく、今までやってきたことをしっかりと見つめて変えるべき点は変えていくこと、それがこの最悪の時期に大事なんだと気がつきました。

それ以来、私は、一般の脱原発の流行の論説を検証し、納得がいくまで自分で考えてみようと思うようになりました。

このような中で、もはやイデオロギーと化している脱原発=再生可能エネルギー=FIT・電力自由化という三段論法を自分なりに考え直してみようと思い立ったのです。

それを通して、私なりの原子力からの離脱への方途を探って行きたいと考えました。

正直に言って私のような脱原発を目指しながらも、現実的な途を考えていこうというブロッガーはほとんどいない状況です。

様々な研究成果を取り入れて、実証的に論理構築をしている者はだんだん減っていっているのが現実です。 

今私が考えているの脱原発案をおおざっぱに言えば このようになります。 

①規制委員会の厳しい審査に通った数少ない原発を当面維持し、現在のエネルギー危機から脱する。 

②核廃棄物は暫定保管により、核変換技術の完成までのモラトリアム期間を稼せぐ。 

③核リサイクル施設構想は見直す。 

④代替エネルギーは天然ガス(特にコンバインドサイクル)を主力とし、メタンハイドレートなどの新エネルギー源に大規模予算を投じる。 

⑤再生可能エネルギーは、FIT制度を廃止し、健全な競争環境を作る。 

おそらくこの案は、原発ゼロを即時実行するべきだという人には日和見的に写るはずですし、逆に全面再稼働を唱える人には猛反対を受けるでしょう。 

特に核リサイクルを私は否定しましたが、これが、今後の争点になるはずです。 

このようにひとつひとつに難題が山積しているはずですが、すっきりとした解決などない以上、そのつど壁に頭をぶつけるようにして前進するしかありません。 

「原発ゼロ」とだけ言っていればいい段階は過ぎました。国民的知恵を結集してもっともいい道を考えていく時期なのです。

大震災以前からおつきあいいただいている読者の方のなかには、何回同じテーマを蒸し返しているのだとうんざりされておられる方も多いと思います。

そのような古い読者の方々には申し訳ないのですが、このテーマは何度となく書き換えながら持続していくものだと堅く思っている次第です。

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原発を真面目に終りにする方法」カテゴリの記事

コメント

いわゆる「ノイジーマイノリティ」ですね。
なんとなく恐いという消費者心理に付け込んで、「マスコミが報じない事実」などと目を引くタイトルわ付けてネットでのデマを拡散させて「自称ジャーナリスト」など、極めて罪深いですね。被災者の苦しみをテメエの飯の種にしやがった。私は絶対に許せません。

また、隣県である我が県など大した直接被害もないのに(福島県から大量に自主避難者が流入してきたくらいです)「東北」だからというだけで大変な風評被害を被り、私のコメントに対しても、随分と罵声を浴びせられました。

「あなたも西日本に移住してきたらいかがですか?」には、さすがに笑うしか無かったです。何でだよ(笑)

ネット時代ですから、様々なツールで簡単にデマは拡散します。特に「文化人」と言われる方々のツイッターなど酷かったですね。

某サイトで、カルピス原液から0.64Bq/kgで大騒ぎしてる無知なのもいました。全くの誤差レベル。

じゃあ、彼らはイタリアブランドの100Bqオーバーのブルーベリージャムやキノコやチーズは安心だと思ってたんでしょうか?

ちなみに「ピカが染る」差別は、昨夜の日テレでもやってましたが、かつてのモスクワでも起きたそうです。
そういった人間の集団心理こそが最も恐ろしいと思います。

投稿: 山形 | 2013年10月28日 (月) 08時53分

長くなったので分けました。連投失礼いたします。

今の福島第一は、なにより汚染水対策が最優先で、次に現場を知る熟練労働者の確保となりますね。
長い戦いは始まったばかりです。昨夜の日テレドキュメントは「作業員教育と訓練」にスポットを当てている点は良かったと思いました。

また先日のNHK「消えたヨウ素131を追え」のような報道こそ大切だと感じました。
あの事故当時、1ヶ月以上も高線量地域に避難して何も知らされずに「離れたからとりあえず安心」だと思っていた人々がいた。
ヨウ素131ならもう減少した頃になっての避難指示。
私は「政府の悪意」を強く感じました。

2年半余り経って、幸いといえるのか、甲状腺異常は今のところ目立った増加は無いようですが、しっかりと追跡調査を継続しなければなりません。


廃炉ロードマップは30~40年とされていますが、あくまで事務的に作られたもので、まだなんとも見通しがつきませんね。

溶けた核燃料の処理技術が開発されればいいのですが、現在全くの手付かずで状態すらわかりません。

同じレベル7でも明らかにチェルノブイリより汚染は小さいですが、狭い国土と地下水。そしてまた津波が来たら…というシビアな条件があります。

問題は山積みです。

とは言っても、私も原発即時全廃は支持しません。
理由は管理人さんと同じ。

投稿: 山形 | 2013年10月28日 (月) 09時26分

お久しぶりです。
業務で米国調査とか、色々ありまして記事は毎日拝読させて頂いておりましたが、自分の事が精いっぱいでコメントまではできませんでした。申し訳ありませんでした。週末写真館も楽しんでいましたよ。

コメント欄でも色々荒らしがあったようで、管理人様の気苦労やイライラも最高潮に達していたのではないでしょうか?
近頃マスコミも現実を直視して、山形さまのコメント通り、チェノブイリの特集も拝見しております。
全ての人に正しく理解を求めても中々難しくマスコミ含めて、地道に行うしか手はないように思います。
廃炉(脱原発)に向かう道筋的には、管理人様の考え方に同意します。
いきなりエネルギー供給源を変更する事の不可能さは十分承知しているはずなのに、それを声高に叫ぶ気持ちは理解できません。
北関東から東北に住んでいる、被災者(被災関係者)なら理解しますが、報道をみているとそのような人は少なく、全く安全なところに住んでいる人たちです。
元首相も同様です。今さら何がしたいのかよくわかりません。

長くなりましたが、私の様な浅学非才では解決方法も思いつきませんが、少なくても風評被害も含め被災者に寄り添う事くらいしかできません。
力不足を実感してます。

投稿: 北海道 | 2013年10月28日 (月) 17時06分

はじめまして。あるきっかけでブログ拝見しました。ご意見について全く同じことを感じておりましたので、誠に勝手ながらシェアさせていただきました。もし、不都合でしたらお知らせ頂けましたら幸いです。

投稿: 安積武史 | 2014年3月 3日 (月) 21時17分

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