中部電力武豊火力発電所を知っていますか?

電気が点いているからなんとなく電力危機をやり過ごしたと思っていたら大間違いです。
たとえば、中部電力武豊(たけとよ)火力発電所を知っていますか?
(写真 武豊2号機 遠藤巧 「現場千本ノック」より)
上の写真は3.11以降に無理矢理に再稼働された武豊火力発電所です。激しく老朽化しているのが分かります。
全体に錆が浮き、排気ダクトもツギハギだらけ、まるで壊れたロボットのようです。
このダクトは長年使用していなかったためにこんな状態なのです。それがいきなりの電力不足で、もうスクラップを待っていた発電所はいきなり操業を急がされました。
もはや全面的改修などする時間の余裕もなく、ダクトから火を吹けば応急パッチで塞いでいるような状態です。
この武豊2号機は72年に運転開始、37年間働き続けて4年前から停止してスクラップを待っていたのです。
「野球で言えば、体力の限界から二軍のベンチに座っていた選手が一軍に呼び戻され、浜岡という主軸選手の代わりに踏ん張れと言われたようなもの」。(永崎重文所長)
このスクラップを待っていた武豊2号機が操業している理由は、ご承知のように菅元首相の突然の浜岡原発停止「要請」です。
この浜岡の停止「要請」は、やがて全原発のストレステストという言い分ですべての原発にまで拡大されていきます。
もちろんなんの法的根拠もありません。
もしなんでも「要請」ひとつで政策執行ができるのなら、法律も議会なんぞまったくいりません。
実は、菅氏は三権分立否定主義者で、首相に独裁的権限を集中させるというのが彼の年来の主張でした。(※欄外資料1参照)
その意味で彼は議会制民主主義者というより、あの時代の学園によくいた革命的独裁を愛する小児的革命家のひとりだったのかもしれません。
要するに、自分の気の向くままやりたいようにやる、これが彼の理想政治だったわけです。
そもそも菅氏が原発ゼロを国民に提起したいのなら、為政者としての当然の義務としてやるべきことは山積していたはずです。
たとえば、原発停止によるエネルギー損失の手当てをつけること、ゼロまでの道筋を立てること、新たな原子力規制機関のあり方を決めること、そして最小限の被害で済むように危険な原発から一基一基止めていく手順、そしてこれらを議論できる政府から自由を保障された受け皿づくりなど。
事故収束時の首相がやらねばならないのは、これらの議論の基礎を整えることであって、拙速な停止要請パーフォーマンスではなかったはずです。
これらすべてを国民的議論にかけるなら、結論が出るまで最低3年から5年はかかったはずです。
菅氏が手本にしたであろうアンゲラ・メルケル氏ですら、その手順を踏んでいます。
ただし、倫理委員会という限定付きの形にしたためにエネルギー専門家や経済界の意見は無視されました。この急進さが今になってドイツを苦しめています。
そうであったとしても、メルケル氏が止めたのは、原発の半数にすぎません。だからドイツは16%の電力をいまだ原発に依存しています。それでいいのです。
というか、それが正常なのです。それですら、ドイツは大停電間際までなんども行っています。
期間未定で全部止めてしまったわが国がどうなるのかは、火を見るより明らかです。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-06d7.html
それを与党内部ですら満足な討議もせず、自分の一存で決めてしまう。このような所業を働く権限など一体誰が与えたのでしょうか。
彼ほど遅効性害毒をまき散らしていった首相は、憲政史上稀です。
「遅効性」といったのは、その時には分かりにくくても、やがて1年、2年たつ内にはっきりと社会が損害を被っていることがわかる類の遅効きの仕掛けだからです。
それに便乗した当時のマスメディアの流す「電力会社悪玉論」を背景にして、政治パーフォーマンスのために目をつけたのが浜岡原発でした。
これも元はといえば、菅氏が自らの原発事故処理の失敗を、すべて東電の不手際にすり替えるプロパガンダでした。
東電本社の目を覆うばかりの無様な失敗はいうまでもありませんが、だからといって「東電=原子力村=悪」というような単純な図式が成り立つものではありません。
彼は自らの失敗を目くらましするための身代わり羊を、電力会社に求めたのです。
つまりは福島第1と似た地理的条件の浜岡は、その祭壇に捧げられた供物だったことになります。
中部電力は結局、この首相の横車に抗しきれず、浜岡4号炉、5号炉を停止し、さらに定期点検中の3号炉の運転再開を見送りました。
これによって失った発電量は、中部電力の12.4%にも及んだために、スクラップ待ちしていた武豊2号機か稼働までに要した準備期間はわずか81日間でした。
ダクトだけではなく、中央制御コンピュータまでがメーカーから、「中部さん、これは古くて修理は無理ですよ」と言われたのだそうです。
それを克服して操業の火を入れてみると、今度はタービン軸の異常温度上昇が起きてターヒン回転数が制御できなくなってしまい、それをベテランの老技術者の熟練の技で落として乗り切るということまであったそうです。
原因は、調査の結果、長年使わなかったダクトの錆が一気に剥がれて冷却装置が詰まってしまったためでした。
「この錆を全員で夜を徹して落として、すべての錆を落としたのが操業開始1日前でした。皆、泣きました。皆、拍手しました。皆、握手しました。」(武豊発電所員)
今の日本の電力事情は、この武豊発電所のように今まで止めていた旧式の火力発電所の錆を落として凌いでいるだけです。
このひとりの独善的人物が始めた全面停止という暴挙が、まったく先が見えない薄氷を歩くような電力事情を電力現場に強いていているのです。
このような電力マンが、「お前ら電気が余っているのは知ってるぞ」と罵声を浴られながら火力発電所の錆を落としている時に、菅直人氏その人はといえば、悲惨な電力事情と再エネ法を置き土産に、優雅な「エコカン」豪邸に納まっていたのです。
現在、中部電力は原発停止によって不足する電源の代替として火力発電を増やしているために、原油、天然ガスなどの燃料費が増大しています。
中部電力は2013年度前半期に赤字を計上、通期でも650億円の赤字になると予想を公表しました。通期赤字はこれで3期連続となりました。
中部電力は人件費の2割カットなどで対応していますが、経営状況は逼迫しています。
2013年9月に、中部電力は経産省に家庭用電気料金の平均4・95%の値上げを申請する一方、政府の認可が必要ない企業向け電気料金はすでに8・44%の値上げを決めています。
大手企業は自家発電装置によってなんとか凌ごうとしていますが、それを持たない中小企業などには製造コスト増大にたちどころに跳ね返る厳しい状況です。
これが続けば来年4月の消費税増税とあいまって、デフレからの脱却はいっそう遅れることが予想されます。
これによる中部圏への影響は、工業が集積する地域だけに深刻です。
現場の発電事情についてもう一回続けます。
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※資料1 菅直人氏(当時・副総理兼財務相時)の参院内閣委員会での発言
「私は、ちょっと言葉が過ぎると気を付けなきゃいけませんが、議会制民主主義というのは期限を切ったあるレベルの独裁を認めることだと思っているんです。
しかし、それは期限が切られているということです。ですから、四年間なら四年間は一応任せると、よほどのことがあればそれは途中で辞めさせますが。しかし、四年間は任せるけれども、その代わり、その後の選挙でそれを継続するかどうかについて選挙民、有権者が決める」
「選挙で絶対的多数議席を有している政党が内閣を構成する仕組みであるのだから、立法と行政は、総理のリーダーシップの下、絶対的多数政党が一元的に行うのが正しい姿であること」
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浜岡原発停止「要請」の是非はともかく、
今も電気は足りているじゃないか!と仰ってきた方々は何と見ますかね…。現場の涙ぐましい努力あってのことです。今後いつ故障して停止するかも分かりませんし、排気ガスもバカになりません。
まさに自己保身に長けた暴君菅直人さんです。
こういった俯瞰的に解説をしていただくと、よく分かりますね。
投稿: 山形 | 2013年11月25日 (月) 08時06分