ドイツの脱原発は隣の家の青い芝(7) メルケル女史の脱原発という「正義」がもたらしたもの
ドイツは、原発(半数)停止-再エネ拡大-電力改革の三つを同時にやるという急進政策をとりました。
メルケルさんが、どれかひとつに絞って漸進的にやれば向こう受けはしないでしょうが、ドイツ社会に対するダメージはよほど少なかったでしょう。
メルケルさんの脱原発政策で感じるのは全体を俯瞰するマクロ的視点の欠落です。
大きく社会を守っていくというガバナンス(統治)的視点がなくて、「脱原発」というひとつの煎じ詰めた倫理的テーマに没入しています。
ですから大きな見取り図の中で政策決定をしていないので、後から後から当初考えもしなかった問題が芋ヅル式に出てくるはめになります。
太陽光に期待してガッポリ税金を投入したらダメで、ならばと風力にシフトしたら今度は送電網が長大に必要となり、作り始めたら反対運動に出くわし、隣国からできるまで風力は止めてくれと言われる、という具合にです。
脱原発をするにあたって、彼女が組織した諮問委員会の名称が「倫理委員会」だったというのも示唆的です。
そこには宗教家や消費者、教育者は多数いても、肝心の原子力やエネルギーの専門家、電力事業者はひとりもいませんでした。
おそらく彼らを入れないことで、会議をやらない前から決まっていたはずの「脱原発」という結論の側に「正義」があることをアピールしたかったのでしょう。
「原子力村は汚らわしい」という観念が働いたのかもしれませんが、ドイツという世界有数の工業大国のエネルギー問題にひとりの専門家も呼ばれずに、この政策が決定されたことは驚きです。
脱原発政策によって打撃を受けることが必至な産業界が意見を聞かれもしていないのは、お気の毒というかなんともかとも。
彼女にとって脱原発は、選択された政策であるより、むしろ「倫理」あるいは「正義」だったのです。
この傾向は、それ以前の脱源発政策をになっていた社民党や緑の党とも共通しますが、むしろ「遅れてきた脱原発派」の彼女のほうが、いっそうその体質を鮮明にしています。
(※メルケル氏は第1次脱原発政策には一貫して反対していました)
そして不幸にも、わが国の脱原発派にも遺伝する体質となりました。彼らは「正義」のみを叫び、具体案は政府が考えればいいとばかりに初めから投げています。
正義に選択はありません。ただ唯一の道を正義の旗の下に突き進むのみです。
メルケルさんは、きっと「倫理」という錦の御旗を戴いて、脱原発という戦場に撃って出たかったのでしょう。
もし彼女が、もう少し「原子力からの解放」というテーマを原理原則的に捉えないで、柔軟で具体的な解決を考えたのならば、おそらくまったく違った政策を作ったことでしょう。
社会を電力不足や供給の不安定によってグラグラさせることが最善の道だったのか、ほんとうにそれ以外選択肢はなかったのか、保守政治家であったはずのメルケルさんにお聞きしたいものです。
さて、彼女が選択した政策は、原発の半分を停止した上でその代替として再エネを位置づけ、そして発送電分離という電力自由化も同時並行で行うというものでした。
ドイツ政府は現在17基の原発のうち、老朽化している7基の原発を稼働停止にし、停止中の1基も再稼働を認めませんでした。22年までに残りのすべての原発の停止をする予定です。
現在、半数弱の原発の稼働停止に過ぎませんが、既に大きな影響を社会に与えました。
電力事情を判断する客観的判断基準があります。ひとつは電気料金、もうひとつは停電です。
ドイツは2002年の第1次脱原発政策以来、電気料金は変わることのない右肩上がりを続けています。
昨日も掲載したBDEW(ドイツ電気事業連)のグラフをみると、まさに2002年を基点として電気料金が上昇しているのがお分かりいただけたと思います。
首都ベルリンの弁護士事務所で働くマリーナ・ヘッセは3人家族の主婦ですが、こう語っています。( ニューズ・ウィーク2012年10月31日号)
「一般市民が支払える水準に電気代を抑える方法も考えずに原発を止めるなんて、政府はなにを考えているのかしら。」
彼女の嘆きには根拠があります。上図は、ドイツ家庭用電気料金に占める各種賦課金の割合を示したものです。
発送電の実費は変わらなくても、再エネ法賦課金(税金と同じ)と熱源供給型発電所促進税、電力税(環境税)の部分が年々重くのしかかって、電気料金を押し上げています。
いまやなんとドイツでは、電気料金全体に占める36.3%が各種再生エネルギーがらみの税金なのです。
脱原発政策によりドイツ経済が被った電気料金値上がりによる被害は、約340億ユーロ(1ユーロ=約118円換算で4兆120億円)に達するとOECDのエコノミストであるヤンホルスト・ケプラ氏は計算します。
もし原発を全廃すれば、そのコストは1200億ユーロ(14兆1600億円)を越える、と有力なシンクタンクであるライン・ウェストファーレン経済研究所のマヌエル・フロンデル教授は指摘します。
これらの金額は、ドイツのGDPの実に5%にも達します。いかに脱原発政策がドイツ経済に大きな打撃を与えたかお分かりになると思います。
電気料金が上がれば、企業投資は冷え込み、それに連れて個人消費も落ち込んでいきます。
その結果、賃金が下がり、失業者は増大していくことになるとフロンデル教授は言います。
産業界は停電を懸念しており、生産施設を海外に移転させることを考え出し始めました。
近隣諸国は、ドイツの電気輸入が増加して、ヨーロッパの電力を融通し合う国際送電網が不安定になることを懸念しています。
「代償は極めて大きい。経済が麻痺しかねない」。(フリッツ・バーレンホルト再生可能エネルギー会社RWEイノジーCEO)
相場よりはるかに高く買い取ること強いられた消費者のドイツの平均的な所帯の電気代は年間225ユーロ(2万6550円)増加し、来年には300ユーロ(3万5400円)になりそうです。
特に低所得者層への影響は大きく80万所帯が電気代の滞納をし、電気を止められそうになっています。いわゆる「燃料貧困層」が誕生したのです。
既存の再生可能エネルギー発電施設だけで、これまで2000億ユーロ(23兆6000億円)以上の補助金が交付され、このうち半分の1000億ユーロは太陽光発電です。
しかしこれだけ大きな負担をドイツ社会に与えた太陽光発電による発電量は、ドイツ全体の発電量のわずか4%にすぎません。 (※再エネ全体で22%)
その一方で、投資家や裕福な地主は、太陽光発電施設や風力発電への投資、土地貸与で懐を潤わせています。
このように、原発政策による電力料金値上がりと、再生可能エネルギーの過剰な補助金導入政策のために、燃料貧困層と富裕層にドイツ社会が分裂していきました。
メルケルさんにお聞きしたい。これがあなたの「正義」なのですか?
■写真 朝日の田園。よく分からないかもしれませんが、クリックすると大きくなります。
■参考文献 「ニューズ・ウィーク2012年10月31日号」元ベルリン支局長シュテファン・タイル氏の「脱原発優等生ドイツの憂鬱な現実」
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