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普天間第2小化する普天間基地

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沖縄の宜野湾市には、普天間2小(宜野湾市立普天間第2小学校)の怪談というのがあります。 

怪談といっても口裂け女が出てくるとかいったものではなくて、生きている人間たちが主人公です。  

怪談の主は学校内にあるのではなく、その位置にあります。この普天間第2小の位置を見てみましょう。(※基地滑走路北東側の赤い点)  

下のGoogle Earthでみるとわかりますが、まさに比喩的表現ではなく基地フェンスと小学校が密着しています。 

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航空機の侵入コース下からややそれていますが、まさに直下といっていいでしょう。  

これにはさすがかつての厚木の基地っ子の私も驚きました。私の小学校も二重窓がビリビリていどでしたから。  

騒音がうるさいという次元ではなく、航空機事故があった場合巻き込まれてもおかしくない場所です。  

私は基地の存在を知りながら後から越した人たちには、失礼ながら知っていて越したんだろうとあんがい冷淡です。 

というのは、わが実家もそうだからです。基地があるのを知っていて不動産を買ったのですから、買う前に米軍基地があるのは百も承知のはずです。  

我が親も引っ越してたまげたようです。なにせ70年代のベトナム戦争の頃です。軍用ジェット機の離発着はハンパではなく、夜でも轟音でテレビが聞こえなくなるのも恒例でした。 

さて当地でも、かつてやはり基地周辺にある沖国大に普天間基地のヘリが落ちたことがあって大騒ぎになりましたが、実際、1982年にはこの普天間第2小から200mのところに米軍ヘリが不時着事故を起こしています。  

この小学校の場合、もし同じような事故が起きた場合、逃げ場は東側の校門一カ所ですから、やや離れた沖国大のケースより比較にならず危険なことは考えるまでもありません。

想像しただけで、ぞっとします。こんな場所に公立小学校を設置すること自体が異常です。

とうぜん、校長や当時の宜野湾市長は安全な場所への移設を訴えました。 

しかしなかなか進展しません。そこで宜野湾市長は直接米軍と交渉し、今ある学校敷地から1キロ離れた米軍家族用地の8000坪を、沖縄防衛施設庁などに仲介してもらって返還するところまでこぎつけました。

そして移転費用30億円も政府が負担するところまで話が煮詰まったのです。  

しかし、これをチャブ台返しした人たちがいました。 

なんと反戦・反基地を掲げる「市民団体」の勢力です。この人たちは不思議な論理で反対しました。  

この人たちの論理は、あまりにも屈折しているので箇条書きにしてみましょう。そうでもしないと、なにを言っているのかさえも理解できません。  

普天間第2小は危険だ
危険なのは米軍基地があるからだ
 

はい、ここまではそのとおりです。さて、ここから首をかしげる論理になります。  

小学校を移設すれば、それは普天間基地を固定化することにつながるえ、なんで?)
移設せずに現状で改築すべきだ(航空機事故に耐えるような改築でもするんですか?)
固定化阻止のために戦うぞ (ハァ~)
 

う~ん、なんか思いっきりねじれましたね。なんで子供たちの安全を最優先にしないのでしょうか

しかもこの後に、校舎が老朽化した折も移設話がでましたが、二度目も反対運動に潰されています

当時市議だった安次富修前衆院議員氏はこう述べています。  

「反対派は基地の危険性を訴えていたのだから真っ先に移転を考えるべきだったが、基地と隣り合わせでもいいということだった」  

実はこの構図こそ、今の辺野古移設問題の原型なのてす。  

先の第2小「移設反対闘争」のケースと重ね合わせてみます。 

普天間基地は危険だから撤去すべきで、固定化は許さない

まぁ当然の要求です。問題はここからです。  

辺野古に移設すれば、新しい米軍基地を作ることになる(そのとおりです)
だから移設に反対する(代案はなんでしょう)
普天間基地固定化は許さない (普天間の固定化しか選択肢がありませんから
元に戻りました)

これでは、なんのことはない①から④までの永遠ループです。このような論理構造を循環論法と呼びます。

実際、普天間基地の移設反対だから移設を許さない」「普天間の固定化を阻止するために普天間第2小の移設もダメ」、という解決のない撞着論理になりました。  

普天間2小が基地の真横にあっても移設に反対する。 普天間基地が市街地の真ん中にあっても移設先の建設に反対する。 

となると、「解」はなんなんでしょうか?

唯一あるとすれば、国内の候補は20ほどあってすべてダメでしたから、「国外」、つまりは安保破棄ということになります。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-f0e0-1.html

そうならそうと、稲嶺氏や伊波氏ははっきりそう言えばいいのです。「安保粉砕の日まで普天間基地にはここに居てもらわねば困る。普天間第2小も同じだ」、と。

そういえば、伊波前宜野湾市長は、校舎の屋上に本土のマスコミや政治家を案内しては、基地公害を説くのが恒例でした。

そしてマスコミは、上空を通過する航空機を見上げて子供が耳を抑える写真を撮って、基地の非人道性を訴える記事を作るのも定番でした。

伊波氏にはその時にひとこと付け加えていただきたかったと思います。「この小学校は私たちの移設反対闘争でここに残っているんですよ」、と。

普天間基地という偶像に児童という生贄羊を供した人たちは恥を知るべきでしょう。

※お断り  この普天間2小問題については、私の見解は変化しております。
(
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-2984.html

 

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沖縄問題」カテゴリの記事

コメント

以前、名護市が基地返還に反対しているという記事もアップされていましたね。地元が基地返還に反対しているという話は知っていましたが、この小学校のことは知りませんでした。
これは逆にいえば「市民団体」が、少なくとも普天間地元ではないということの証左ではないでしょうか。よもやこの小学校のPTAなどが反対しないでしょう。まさに管理人さんの言う「生贄羊」だと思います。
本土は沖縄を知らなすぎる、とよく批判されますし、その通りだと思いますが、その意味するところはありがちな批判とは意味が異なることが改めて分かります。

投稿: 東風 | 2014年1月27日 (月) 17時31分

海兵隊は外征専門部隊です。
アメリカの世界戦略のために沖縄に基地を提供しているのですから、その基地の行方によって日米安保破棄というのは論理が行き過ぎています。

普天間第2小の移転と沖教祖や自治労の反対運動の関連はまことしやかに噂されていますが、直接の当事者の宜野湾市・普天間第2小PTA・宜野湾市民と沖縄県も含めた中で現在に至っています。
安次富修氏の意見だけで判断しない方がいいと思います。

この移転問題、現在、現宜野湾市長佐喜眞 淳氏も皮肉なことに消極的です。
彼は辺野古移転に積極的ですから、もうすぐに普天間基地が無くなるので移転する必要が無いと考えているのでしょうか?

投稿: 南の島 | 2014年1月27日 (月) 20時13分

南の島さん。沖教組だろうと自治労だろうと、はたまたPTAだろうと宜野湾市だろうと、関係ありません。
そんな非常識な危険極まる決定をした人たちは倫理的に厳しく糾弾されべきです。

周辺住民は住居を選択できますが、児童は学校の場所を選択できないのですから。
子供の安全こそが最優先されるべきで、鳩首協議した結果そのままという対応こそが、今の沖縄のおかしさそのものです。

つまり関係者でひとり反対する者がいれば、何も決まらない。反対するものの声が大きければ何も言い返せない。なぁなぁで、「オール沖縄」にしてしまって子供にしわ寄せして見てみないふりをする。

南の島さん。おかしいとは思いませんか?

投稿: 管理人 | 2014年1月27日 (月) 21時14分

このところ「沖縄問題」を最初の記事から読んでます。

この記事を読んで反対派に怒りを覚えました、普天間基地の危険性を示すためのシンボルとして小学校が必要で、その移転を潰すなど畜生のやることです。
辺野古移設反対の連中も同じです。

古い記事にコメントごめんなさい。

投稿: 多摩っこ | 2015年7月 4日 (土) 20時47分

《今ある学校敷地から1キロ離れた米軍家族用地の8000坪を、沖縄防衛施設庁などに仲介してもらって返還するところまでこぎつけました。/そして移転費用30億円も政府が負担するところまで話が煮詰まったのです。》

これは事実ではありません。国会議事録を調べた限り,全く違う経緯が示されています。

土地は,保守系代議士,市長も反対せざるを得ないような用地を米側が提示し,予算についても,国からは助成対象外とされています。

異論がもしおありでしたら,以下の僕のブログエントリーを御高覧のうえ,コメントいただければ幸いです。

http://blogs.yahoo.co.jp/assocy/20196524.html

http://blogs.yahoo.co.jp/assocy/20196545.html

http://blogs.yahoo.co.jp/assocy/20204403.html

投稿: 阿蘇地☆曳人(あそち☆えいと) | 2015年10月31日 (土) 07時09分

阿蘇地☆曳人さん。
あなたが言っている国会の小渡議員の国会質問くらいは、読んでいます。
特にあなたが考えるような新発見の文献ではなく、このテーマの基礎文献ですから。

あの中で、たしかに小渡議員は「候補地に行ったら崖があって危険だった」と述べていますが、同時にこうも書いています。

「(市側から)今指定されている地域がまずいのなら、そこに隣接する第2候補地もある」と言われています。
ただし、この第2候補地も立ち消えとなります。

小渡議員が問題にしているのは、米軍が提供した移転候補地が米軍住宅の中にあって、横が崖だということのようです。

米軍のハウジングエリアの現物を見たことがあってこの人は書いているのでしょうか。私は何度もあります。
別に不良外人の巣ではありませよ。小ぎれいで無個性な平屋の地域です。
家の前は芝生で、かならずBBQセットが置いてあったりしてね。子供たちが遊んでいるのをよくみかけます。
フェンスがなけれどばごく普通の米国のワーカーズクラスの住宅地です。
ひと頃は、日本人は秘かに憧れていたものです。

そこが、米軍基地のフェンスの真横より問題視された理由が私にはよくわかりません。
米軍が自分の家族を住まわせているくらいだから、絶対に安全なことは確かですよね。

では当時、米軍が返還できる土地はどこがあったんでしょうか。
返還というくらいですから、いずれにしても、基地に関わる場所ばかりです。

かといって、児童が通学できないような距離の場所に移すわけにはいかないわけです。通学圏というものがありますからね。

その辺が同じ学校でもヘリが落ちた沖縄国際大学とは、そこが違うんです。
沖国大なら、別にあそこでなくてもよかったわけで、ただ地価が安かったから作っただけの話です。
ですから、特に私は米軍が、「崖から子供が落ちたら面白いだろうな」みたいなつもりで、あの土地を返還しようと言い出ししたわけではないと思います。
ならば第2候補地で進めれば、よかったではないでしょうか。

あくまでふたつの候補地が立ち消えになった理由は、沖縄側の理由があったからです。

本来、沖縄県と宜野湾市が候補地をがんばって探すべきだったんですよ。
いや、そもそも論になりますが、フェンスの横に建てるという神経が分かりません。
普天間2小をあの場所に作ったのが69年。基地ができてから14年目です。
当時は小学校をひとつ建てることの可能な緑地はいっぱいあるでしょうに。

当然学校関係者は危機感があったわけですが、なぜか移転が遅れに遅れて、その間に政治利用する人が現れたという話です。

私は、基地絡みの移転が、すべてこのように政治絡みに利用されてしまうようような風土を問題にしているのですが、肝心の部分は伝わらなかったようで、残念です。

伊波洋一元市長は、普天間2小を、本土の政治家やマスコミを案内するときの定番コースにしていました。
ならば、その努力は、まず危険性の除去に向けられるべきではなかったのでしょうか。
子供の危険を、反基地闘争のダシに使うというセンスがたまらなくイヤです。

こういう沖縄の反基地運動家の中にある、眼前の危険の除去には消極的で、政治宣伝だけには奮闘するという体質が問題なのです。

投稿: 管理人 | 2015年10月31日 (土) 07時52分

《基地絡みの移転が、すべてこのように政治絡みに利用されてしまうようような風土を問題にしている》

いえ,逆にに伝わり難かったかもしれませんが,まさにそこは,僕は管理人さんに共感しているのです。

宮本記者や安次富氏(息子さんの方)の話には,ほとんど具体性がありません。反対派の妨害といっても報道の基本である5W1Hすらはっきりしていません。まるで都市伝説のようです。

しかも,予算の確保云々も事実であるとは確認できませんでした。移転交渉がうまくいかない理由を政治的な問題にすり替える意図は,宮も記者の記事にこそあるのではないでしょうか。

《国会の小渡議員の国会質問…あなたが考えるような新発見の文献ではなく、このテーマの基礎文献です》

仰る通りだと思います。僕にとっては,「新発見」であっては,かえって全く不都合なのです。「このテーマの基礎文献」だからこそ,宮本記者に対して,「なぜこの事実を無視するのか」,「記事は,国会でのやり取りと整合しないのではないか」ということができるのですから。

ところで,管理人さんとは僕では,議事録の解釈でいつか相違があるようです。正直な話,僕は自分の解釈にまだ多少不安なところがあります。どこかで間違えている可能性があるので,おかしなところがあればぜひご指摘ください。

《あくまでふたつの候補地が立ち消えになった理由は、沖縄側の理由があったからです。》

僕は全く違った読み方をしてしまっていました。

僕の理解では,そもそも候補地は三つあると思います。米国から一つ,沖縄から二つ提示されていると思うのです。

まず,宜野湾市から「キャンプ瑞慶覧のFAC六〇四四」への移転を米国に対して要望したが,米側がそれに対して「現在の段階で得られた回答」として「同じ地域ではあるけれども、もうちょっと西側に移動して――約五百メーターぐらい移動した地域」が提示されました。

小渡先生がこの土地が不適とする理由は「米軍住宅の中にあって」ということではありません。崖が危険であるというのは,その通りですが,「不良外人の巣」云々ということは問題にさえされていないと思います。

小渡先生は,宜野湾市が最初に移転を希望した場所についてこう述べておられます。

《開放を希望している地域は住宅地域なんですよ。平屋でございますから二階にすれば簡単に収容することができるわけでございます。》

この「住宅地域」とは,「キャンプ瑞慶覧のFAC六〇四四」のことですから,まさに「米軍住宅の中」です。

この土地については,政府委員も次のように応答しています。

《当初要望したところは米軍の住宅というものが、一応私どもから言えばまだびっしり全地域にわたって配置されている土地でございまして、これを移設するとかそういうような問題になりますと、かなり問題もございます。》

地元は,むしろ「米軍住宅の中」に移転させてくれと要請しているのです。「不良外人の巣」云々ということは問題にさえされていないと思うのです。

この“第1の候補地”が採用にならなった理由は,以上のやり取りから僕が理解したところでは,米国側の事情であると思わるのですが如何でしょうか。

米側は,宜野湾市の要請を拒否する代わりに,市が要請した場所から「西側に移動して――約五百メーターぐらい移動した地域」を提示してきたわけですが,それについてはすでにみたような「崖」の問題の他に,《これは喜友名城とか貝塚とか、いろいろなものがいっぱいあるのですよ。こんなところを地ならしすることは絶対できません。》という問題点も小渡先生は示しています。「地ならしすることは絶対できません」とあることから,地ならしされていない土地,喜友名城と貝塚などの遺跡が残っている土地ということで,その場所自体に住宅は建っていないことが分かります。ということは,もしかすると,「米軍が自分の家族を住まわせているくらいだから、絶対に安全なことは確かですよね。」とは言えない可能性があるということではないでしょうか。米軍家族が安全なのは,崖から少なくとも500メートルぐらいは離れているからなのでしょう。

《本来、沖縄県と宜野湾市が候補地をがんばって探すべきだったんですよ。》

頑張ったかどうかは,わからないのですが,市側は,米側が逆提示して来た崖のある土地は問題があるということで別の候補地を米側に再提示していますよね。

《いま指定されている地域がまずいならば、その東側の方に第二の候補地を隣接して置いても差し支えないと市当局は言っておるのでございますが、まだ前に進んでないのです。》

進んでいない理由は,第1の候補地も第2候補地も米軍住宅の密集地であることのようですから,「あくまでふたつの候補地が立ち消えになった理由は、沖縄側の理由があったからです。」というわけではないというのが僕の理解です。米側提示の土地についても,遺跡の問題はともかく,敷地のヘリが崖というのは,受け入れがたいとなっても無理からぬところと思われます。宜野湾川が第2の要望値を提示したことでボールは米側に渡っています。停滞の原因はボールをもっている米側にあるとみるのが妥当なのではないでしょうか。

投稿: 阿蘇地☆曳人 | 2015年12月27日 (日) 16時53分

阿蘇地☆曳人さん。
正直言って、真相はよくわかりません。

確かに議事録には米軍住宅地のことは登場しません。ただ「平屋の住宅」とあるだけですが、私の米軍基地周辺に育った者の実感からすると、そう言う書き方がかえって気にしているんじゃないかなという気にさせます。

もちろん穿った見方ですが、根拠はあります。私は小学生当時、米軍との家族たちとの「見えない壁」をずっと感じていました。
学校は必ずしも、彼らとフランクに交流することを臨んでいないのです。
また軍側も同じくそのようでした。
まさにあの高いフェンスで仕切られて別な異世界が拡がっているというかんじでしょうか。

ですから、宜野湾市教育委員会側が米軍住宅地の間を縫って通学することに、なんのためらいもないというのはありえないと思います。
その心理的な壁があるような気がします。

崖や貝塚は単に上げるべき理由がなかったから上げただけのような気がします。
崖ならフェンスを二重にするとか対応の仕方もあリますし、貝塚が見つかった学校建設予定地は隣の自治体にもあります。

それらは絶対的な理由ではない気がします。
すくなくとも、真横が基地というよりはるかにマシです。

反対運動に関しては、1次資料が見当たりません。反対運動のチラシなどが見つからないので、決定的なことはいえません。
そう思っていたときに、「安次富証言」が現れたので記事ではこれを採用しました。

この宜野湾2小をプロパガンダに利用してきたのが、いわゆる反対運動側だったことは確かなことです。
伊波市長は、ここを本土からの来訪者に見せる定番コースにしていました。
それならば、基地を動かすより、小学校ひとつ動かすほうが先だろうと思っています。

古い記事なので、これまでとしますが、そういう駆け引きや政治的思惑(それはとうぜん米側にもあります)の狭間に落ちてしまったのがこの小学校移転問題ではなかっのでしょうか。

いずれにしても小学校の移転ひとつでも安保がらみになるというのは哀しいことです。
私が書きたかったことは、それに尽きます。

投稿: 管理人 | 2015年12月27日 (日) 17時46分

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