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うちだ氏という方のコメントです。おそらく主婦の方でしょう。消費者意識の高い方の、これもある意味典型的な意見です。
「全袋に線量を表示しろ
逆にそれができないから、3年間時が止まり続けているのだとは思いませんか? チェルノブイリでできたことがなぜ日本でできないのですか? 手間とお金がかかるから? 必要な費用は東電なり政府なりに請求すべきでしょう。日本中の国民が復興のために税金を余分に支払っているんです。どんどん使ってください。
これは別の話ですが、良心的な農家は、農薬の使用回数まで表示して作物を消費者に届けています。うちでは、多少高くても信用できる農家からの品物を買っています。
関東でふつうに福島産として売られている作物には、どういう基準で検査がされているのか明示されているわけではありません。わたしたちはなにを根拠に福島を信用すればいいのですか? 最低限の情報すらしめさずに、それを避ける人たちを風評被害だと非難するのは筋違いだと思いませんか?(略)」
「(略)原発の事故後、しばらくは、西日本の作物を選んで購入するようにしていましたが、検査態勢がととのったあとは、福島産であっても、その業者を信用して分け隔てなく購入していますその基準は人それぞれでしょう。
これ以下は安全です、と他人に判断してもらう必要はありません。風評被害が起こるとしたら、それは情報が足りないからであり、行政の情報隠蔽体質に問題があるのではないでしょうか。
人の健康に直結する食品を生産する以上、金がかかる手間がかかるというのは言い訳でしかありません。もともと農家にはなんの責任もないのですから、必要なものはしっかり請求してください。国民はそのためなら喜んで税金払いますよ。
くりかえしますが、安全かどうかを判断するのは、生産者でも行政でもなく、消費者だと思います。」
どうやら、有機農産物を購入されている消費者のようです。困ったことに、私にとってお客様筋です(笑)。
このブログに長くおつきあいいただいた方はご存知なはずですが、私は有識農業団体の代表理事でした。とうぜんJAS有機認証取得団体です。
あらかじめ言っておきますが、私は産直をして30年になりますが、お客様が神様だと思ったなど一度もありません。
産直運動はこの方が言うように、「安全かどうかを判断するのは生産者でも行政でもなく、消費者だ」という考え方では成立しないからです。
なぜなら、農産物から化学肥料や化学農薬を排除していく目的の一義は、生産者と土の健康であり、それがひいては安全安心な農産物として消費者にとっても「利益」だからです。
もし、単に商品の付加価値だけて無農薬無化学肥料をしてみても、それは魂のないものであり、結局は割に合わないものに終わるでしょう。
ほんとうに、自分たちの畑を健康にしていく、家族を危険にさらさないという気持ちがなければ続くものではありません。
これと同じことが、今回の放射能禍にも言えます。うちだ氏のような人はいとも簡単にすべての放射性物質を表示しろと言います。
私が自分の意思で施肥したり、散布したものならいくらでも表示し公開しましょう。
しかし原子力事故はそうではありませんでした。
まず私たちの頭上を3月15日、3月22日に通過した放射能雲は、いかなる飛散をして、どこにどれだけ降下したかさえ分かりませんでした。
当時私は野外にいました。おそらく目に見えない禍々しい雲が影のように過ぎ去っていったことでしょう。
過ぎ去った視線の先には松戸、柏、東葛地域があり、そこで雨が降ったのです。大量の放射性物質と共に。
しかし、当時の私はもちろん、国民の誰ひとりそれを知りませんでした。その理由は、政府の許すべからざるSPEEDI情報の隠ぺいにあります。
その時、私たち自主測定運動にかかわった者たちを駆り立てたのは、消費者や監督官庁であるはずがない。
自分の家族を守ること。自分の地域を自分で守ること、ただそれだけです。
だから私たちは、「政治」に期待することなく、自分たちで大学の研究室の扉を叩き、教えを乞い、大学教員と共に地域の農家有志と共に自主的測定運動をしたのです。
風評被害で潰れかかった自分の農業経営もそっちのけにしたために、後からえらい目に合いましたが(苦笑)。
なぜ私たちが自主的にならざるをえなかったのでしょうか。それは端的に、自治体を含めて「政治」があまりにも無能だったからです。
地元自治体は県の指示待ち、県は国の指示待ち、そして国家官僚は「政治主導」の号令の下で去勢されていました。
あの2011年3月下旬に、東日本で測定車を走らせてリアルタイム線量を記録していたのは米海軍しかいなかったのです。そして福島第1を上空から撮影したのもまた米軍でした。
地元自治体はなまじ独自測定して高線量が出たら大変なことになるとびびり、県は早すぎた測定数値の公表が凄まじい打撃を県経済に与えたことを悔やんでいました。
私は産直関係にある消費者、流通にはダイレクトに情報を提供しました。このブログでもその一端はアッフしました。
そしてそれから3年たちました。状況は大きく違ってきています。
精密な放射性物質降下マップは今では政府機関HPに公開されています。
かつて喉から手が出るほど欲しかった土壌線量マップも簡単に入手できます。そして最大のものは食品の国家基準が定められたことです。
おそらく世界でもっとも厳しい放射能の食品基準値が、もっとも早い時間で施行されました。
これはすごいことだと思いませんか。情報隠ぺいを未だ叫ぶのは自由ですが、日本人がなし遂げたことも少しは評価したほうがいい。
チェリノブイリでできたことに学べとおっしゃりたいようです。
なんです、それは?確かにあっちは被曝した牛乳を子供に飲ました結果、大量の小児甲状腺ガンを出しましたね。そのことですか?
事故から14年たってベラルーシがやっと日本より厳しい食品基準を作ったことですか?
日本の比ではなくキノコ類を食べる食習慣がありながら、事実上無規制で、毎年おなじように甲状腺ガン患者を出したことでしょうか?
なにをチェルノブイリから学べと言うんでしょう。私には皆目分かりません。
日本の場合、ロシア、ベラルーシ、ウクライナよりはるかに市場経済が発達している分、各量販、産直団体は政府基準値を恣意的に低く読み替えて運用しています。
私が出荷しているところなど20BQです。そして検査室でサンプリングをして、自主基準以上が検出された瞬間、即地域丸ごと出荷停止です。
これ以上なにを望むのでしょう?
まさか出るはずがない、(それは文科省、農水省放射性物質飛散マップをみれば分ります)プルトニウムやストロンチウムまで表示しろとでも。
非現実的なのがなぜ分からないのでしょうか。リスクというのは、緊急対応時には緊急対応があり、いったん平時に戻れば、その社会的コストと案文せねばならないのですよ。
この方が言うような、いくらでも社会的コストをつぎ込めというのは空論にすぎません。
よく低線量被爆脅威論者の人たちが、「予防原則」という言葉を使います。
これは世界的に認められた概念ですが、拡大解釈されて「すべての農産物にすべての核種の分析表示をつけろ」「食品基準値はゼロベクレルだ」というような極端な要求になってしまっています。
チェルノブイリ事故を経験したEUは、こう定義づけています。
「因果関係に科学的な蓋然性がある程度あるときには、費用対効果を考えた上で予防的に取り組む」
誰かが、これが危険だから、と言ったことにすべて取り組むということは、余りにも非効率です。ではその蓋然性はどう決まるのでしょうか?
それは世界の科学者が100人いるとして99人が認める事実です。
なんだ多数派かと言われるかもしれませんが、その通りです。
よくこの脅威派は世界でたぶん数本の指の数しかいない「低線量被爆の事実を解明した」という学者1人と99人を並列させて、1対1のような言い方をしますが、それは妥当ではありません。
逆に99人の専門家がリスクの蓋然性があると断じれば、社会的コストをかけてもそれを予防すべきです。
2011年のような緊急時には緊急時の情報公開の方法論があり、それから3年たって、リスクが限定された今には、それにふさわしいリスク管理方法があるのは当然です。
最低限の情報も示さずと言う前に、いくらでも自治体HPには情報が溢れています。量販のHPにも、生協HPにも、有機農産物流通HPにも溢れるほどあります。
大手流通、生協、有機農産物流通で、独自の検査室を持たないほうが例外なはずです。そこから、いくらでも情報は引き出せるはずです。
当然自治体も独自にHPで公開しています。
あなたのかつての「政治」に対する不信感は共有できます。
だからといって、その怒りと不信感を私たち、あなた方以上に「被爆」現場で危機と戦ってきた農業者に向けないでほしいのです。
私が反原発運動から去ったのは、こういう本来もっとも被害を受け、生活も生産も根こそぎ奪われた私たち農業者、漁業者に視線を向けていないからです。
それどころか、私たちに対する風評被害を、あれは「実害被害だ」とまで居直る始末です。
そのような気持ちがあなた方の中で整理されないままでは、原発に対して都市と地方の、消費者と生産者のつながりは生まれないでしょう。
昨日から自然と放射性物質の関係を書いています。あと何回か続けますので、あまり色眼鏡でみないでお読みいただけたら幸いです。
「福島県内では、1Fから70kmぐらいのところでも毎時2μSvと高い線量の場所もあり、福島だけでなく周辺県にも風向きによって降り注いだ放射性核種により汚染の度合いが高いところもあることは、モニタリングポストや山菜の検査で明らかであり、長野ではコシアブラから300bq/kgという非常に高い濃度の汚染が見つかりました。
風評被害ではありません。残念ながら事故周辺自治体からの食品を全国にばらまいてほしいとは思いませんし、自主的にばらまかないように振る舞うのが正しい判断だとは思いませんか?射性核種により汚染の度合いが高いところもあることは、モニタリングポストや山菜の検査であきらかだから、事故周辺自治体からの食品を全国にばらまいてほしいとは思いませんし、自主的にバラまかないようにして下さい」
これは、頂戴したコメントでその名もまんま「反原発派」という方のコメントですが、脅威派のお作法どおりの主張なので、ほぉーまだ洗脳解除できていないのだと妙に感心してしまいました。
こういうストーリーですね。
①「○○という地点は高線量だ」
②「そこの農産物は危険だ」
③「福島県が農産物を出すと、全国に放射能をバラ撒くことになる」
④ 「知っていて猛毒を撒く農家はテロリストだ」
このプロパガンダを広めたのが、あの武田邦彦大元帥閣下で、④のように私たちをテロリストと名差ししたのが早川由紀夫閣下です。
特に武田大元帥閣下は、放射性物質と青酸カリの毒性を比較するというトンデモ理論で、被災地攻撃をしかけました。http://takedanet.com/2011/09/post_d44c.html
これが腹が立つほど効いたんだなぁ。これで「青酸カリを野菜につけていて、それを全国にバラ撒く悪辣な東日本農家」というイメージができちゃったんです。
「セシウムの50%致死量は0.1ミリグラム!これは青酸カリの2000倍の猛毒だぁぁぁ!東北の農産物はゼッタイに食うな。死ぬぞ!」 (←ホントにホントにこう言った)
閣下のこの理論は急性被爆と預託実効線量をゴッチャにしています。
50%致死量というのは一気に食べたら半分の人が死ぬという意味ですが、そもそもセシウムを0.1ミリグラム食べるためには、何トン食べたらいいんでしょう?(笑)
奇特な人の計算では、食品基準値上限100ベクレルに含有されるとして、実に3千トンです(爆)。それだけ一気食いしたら、セシウムの前に腹がハジけて死にます。
現実には拡散を続け、はるかに早いスピードで「消滅」していくのが測定されています。
お断りしたいのは、物質として「消滅」することではなく、人間に利用できなくなるのです。
「美味しんぼ」では山岡が「放射性物質は消滅しない」ということを言っていましたが、根本的に勘違いしています。
「消滅」しない以上、人間や作物に悪影響が及ばない場所、つまり土壌分子の牢獄とか水底の泥の粒子の牢屋に「移動」して悪さをしないように封じ込めるのが正解なのです。
自然界の放射性物質封じこめ現象を知らないで、除染や安全問題を語っても意味がありません。
もう少しこれを見ていきましょう。
反原発派がいうように「土壌線量がある」=「農産物も放射能汚染されている」という単純な定式が成り立つかです。
前に、ある強烈な低線量被曝恐怖派の消費者と話をした時に、彼女に対して「仮に土が100ベクレルあるとしたら、作物にどれだけ移行しちゃうんでしょうね」と質問したことがあります。
彼女答えて曰く、「それは100ベクレルですよ」。 ひぇ~、全量移行しちゃうと思ってんだ。 移行率1かぁ(爆)。
だから、放射線量が少しでもあると、きゃーアブナイという短絡的思考回路に突入して、「青酸カリが着いているような福島県産の野菜なんか全部燃やすか、自分らで勝手に食べてちょ~だい!」とヒステリックに騒ぐわけです。
移行係数なんか、武田大元帥は教えてくれないもんな。
と言っても、放射性物質の作物への移行については決定的なデータがありませんでしたから、実験室のサンプル数が少ない資料では、こんなふうに考えられていました。
・米の移行係数・・・0.0026(農業環境技術研究所)
・同 ・・・0.1(農水省)
農水省は安全パイを考えて0.1に設定して、500ベクレル以上の土地を作付け禁止にしたわけです。
では現実に福島ではどうだったでしょうか。
下図は、福島県が行った調査で、土壌中の放射性セシウム濃度と、玄米の放射性セシウム濃度を表にしたものです。
(※「放射性セシウム濃度の高い米が発生する要因とその対策について~要因解析調査と試験栽培等の結果の取りまとめ~ (概要)」 福島県HP)
この図は非常に面白いんですよ。これは福島県農業試験場が、県の総力を上げて、いろいろな大学と協働して1年間かけてやった試験結果です。
たぶん世界的にも放射性物質の作物移行に関しての金字塔的研究じゃないかしら。 なんせサンプル数が多いのと、広範な地域から採取しています。
で、横軸が土壌中のセシウム濃度で右にいくほど高線量です。、縦軸が玄米中のセシウム濃度で上に行くほど高線量です。
なんで玄米でやっているかって?だってコメほど、そこら中で作っているものは他の作物にはないからです。
比較的線量が高い沢水が流入する山地の谷津田水口(みなくち)でも作るし、平野部でも作るし、海岸でも作ります。だからありとあらゆる作物の指標になりやすいんですよ。
で、横軸の土壌放射線量をみてみまくしょう。7500ベクレル/㎏なんて、脅威派がみたらそれだけで失神しそうな高線量が記録されています。
もし、農水省の移行係数が当たっていれば、移行係数0.1で750ベクレルが作物から検出されるはずです。
ではここにプロットされているコメの放射線量をみてみましょう。
これを見ると、15から16ベクレルというところです。20ベクレルを超えるものは少なく、5000ベクレルを超えても76%が20ベクレル以下に落ち着いています。
スゴイですね。仮に5000ベクレルとすれば、4980ベクレルまでも土壌がトラップ゚して作物に移行させないでくれているんですよ。
実に移行した放射性物質は0.4%です。99.6%を土壌がガチッと放射性物質をブロックしているのです。
ぶったまげましたね。さすが私もこの実験結果をみるまで、そこまでとは思っていませんでした。
もう一回表に戻ってみましょう。もし、土壌中の放射性セシウム濃度と玄米の放射性セシウム濃度が比例するならば原点から右肩上がりのトレンド・ラインが引けるはずです。
比較的低線量でも100ベクレルちかく出た場合もありますし、いちばん出たのは6000ベクレル周辺の水田でした。
しかしほとんどこの表では、線量と作物への移行には相関関係は見られませんでした。
冒頭のコメントにあったような高い空間線量があるから農産品も危険だ、というのは間違っているのです。
キノコが高かったのは、地表付近で生育する地衣類は放射瀬軽物質を吸収しやすいからです。特に山菜は除染されていない山林で育ちますから影響を受けやすいと言えます。
これで分るのは、水田では放射線量の多い少ないとは関係なく、ほぼ8割が土壌に封じ込められて、植物に吸収される放射性物質は非常に少ないという事実です。
長くなりそうなので、分割して次回に続けます。
温かいお言葉ありがとうございます。ヘンなのも来ていましたが、ひとつだけ答えましょう。
なになに、「鼻血の原因は粉塵と土砂ってどういう根拠?」って。
はぁ、あなた、震災から半年の海岸沿いの被災地をご存じない。工事現場なんてメじゃない、すごい瓦礫粉塵でしたよ。
しかも粉塵の粒子に津波の残していった潮が混ざっていました。これがデリケートな鼻腔粘膜にどんな影響を与えますか?
説明する必要もないでしょう。自分でやってみなさい、すぐ分かるから。
専門医の意見。http://kenko.self09.com/02-hanaji.html
鼻の穴の入り口にある柔らかい部分を「キーゼルバッハ部位」といいます。 ここが、なんらかの原因で傷つくと鼻血が出てしまいます。 また、左右の鼻の孔を仕切っている鼻中隔の前部が傷ついておこることもあります。鼻血の約8割の原因がこれです。
キーゼルバッハ部位は血管が多くて、しかも脆い場所です。 鼻の中を直接触っただけでも損傷することがあるくらい、カンタンに出血します。 出血はしやすのですが、出血量は少なめであり、わりとすぐに治まるという特徴もあります。
もし、この時、鼻血を出した人が長い時間鼻血が止まらない場合は、「血小板減少症」の疑いがあります。
急性骨髄症候群
1Gy以上の全身被曝によって出現する。これは、各臓器の幹細胞のなかで骨髄の造血幹細胞がもっとも放射線に対する感受性の高いことによるもので、造血幹細胞が細胞死を来たし、造血細胞が減少する。これにより白血球と血小板の供給が途絶えるため、出血が増加すると共に免疫力が低下し、重症・無治療の場合は30〜60日程度で死亡する。」Wikipedia
※1Gyグレイ=0.8シーベルト
放射線が骨髄の中にある造血機能を損傷して血小板という天然の止血剤を破壊してしまうからです。
そういう場合は、あなたは500から1000ミリシーベルトといった高線量を一時に浴びた急性被曝の可能性があります。
ただちにホールボディカウンターのある病院に行って下さい。
ただし、福島県民が事故時に浴びた放射線量の平均は24ミリシーベルトです。この線量で血小板減少症が発症することは絶対ありえません。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-42aa.html
さて、こういうなんでもかんでも被曝と結びつける精神の傾きを、あの小出裕章氏がうまいこと言っています。
「疫学調査を経ないまま『福島でこんな障害が』とすべてを被曝にむすびつけるでたらめも多い」(ニューズウィーク2013年月11日号)。
まさにその通りです。このディストピア願望症候群の人たちは、なんでも被曝に結びつけたがります。
事故初期に朝日新聞の「プロメテウスの罠」と、東京新聞がアジったせいで、鼻血=被曝という固定観念が生まれてしまいました。
そして小出氏が言うように、その99%はデタラメです。
おっと、私が言っているのではありませんからね。「反原発のガンジー」こと小出氏ですよ、言っているのは(笑)。
そして小出氏は、それが必ずしも反原発運動とは関係ないと見抜いています。
「(反対運動の新規参加者は)原子力に反対なのではない。と小出は言う。自分のところに火の粉が降りかかるのを恐れているだけだ」(同)
ズバリです。
このあたりが小出氏が、武田邦彦(←彼に限り永久に呼び捨て)などという最低の詐欺師とは一線も二線も画する彼の凄さです。
武田は分かりやすい上昇志向の強い金儲けの輩にすぎませんが、小出氏は真に原子力の限界を自覚して心底から憂いています。
ちょうど今回の「美味しんぼ」騒動で、鼻血写真まで公開して小心翼々たる姿をさらけ出した井戸川氏と、現地実名で登場してみせた荒木田氏との差のようなものです。
こんなことを書くと、なに言ってやがると言われるかもしれませんが、私は荒木田氏を評価しています。言った内容ではなく、人間としての態度です。
現地実名というのはともかく重い。私ですら、2011年夏まではメルアドも本名も公開していたのを、止めたほどです。
それが狭い地域や職場で生きていく時に、しかも40代の途上の研究者にとってどれだけ重いことか。
それを承知で一種の内部告発をした彼の勇気に敬意を表します。ただし、方向はメチャクチャでしたが。
さて小出氏は、職場までチャリで通い、食べるものも「大人は福島県の野菜を喰え」という骨がある反原発論者であると同時に、強く「運動家」でもありました。
学者は、表現に神経質なほど臆病ですが、運動家は自らの運動にとって有利な方向に増幅して歪めます。その意味で小出氏は、運動家的学者だったわけです。
彼が流した、「福島事故が広島原爆の140発分だ」というデマゴギーは、小出氏が言う「火の粉が降りかかるのを恐れるだけ」の市民を直撃しました。
原爆のようにほとんどセシウムが残留しないものと、セシウムのような軽い揮発性の核種が大量に出る原発事故を比較すること自体が間違っているということは、原子力の専門家の小出氏はよく知っていたはずです。
いわゆる「嘘ではないが ほんとうではない」という類の、小出氏の運動家の部分が言わせた発言でした。
セシウムは広島原爆ではほとんど放出されていません。高熱と衝撃に変化したからです。
しかし、広島原爆の140倍も福島ではセシウムが出た。そう身心共に潔白なあなたに言われたら素人はどうとります。
たぶんこう解釈するはずです。広島で出た原爆症が福島事故で400倍出るかもしれない、と。
しかし、、さぁどうなんです、小出さん。ほんとうに広島の400倍の原爆症、つまり被爆ではなく「被曝」による患者が出るんですか?
このような作り上げられたディストピア願望症候群の空気に便乗して、岩上安身氏は「奇形が出ました」と叫びました。
右手で弱者に同情するしぐさをしながら、左手で差別を煽るという卑劣な手口です。
では、小出氏が言う疫学的調査結果をみます。
2011年夏という初期の段階で、既に完全ではありませんが、政府のホールボディカウンターを使った疫学調査結果は出ていました。
・2011年9月末までの福島県の住民4463名の内部被曝の疫学調査結果
・最大数値であった3ミリシーベルト・・・2人
・2ミリシーベルト ・・・・8人
・1ミリシーベルト以下 ・・・・4447人
セシウムが女性の卵巣に影響を与えるとすれば、750ミリシーベルト以上の被曝線量が必要です。それがチェルノブイリでの疫学調査の発症ラインだからです。
非常によく誤解されていますが、放射線の有害性については、分からないと言う学者や政治家、評論家が今でもいますが、これくらい研究され、疫学的実証データを持っている分野は医学では稀なほどです。
セシウムは筋肉などに蓄積する性格をもっていますから全身均等被曝します。一定の臓器に蓄積されることはありません。
百歩譲って、卵巣にのみ蓄積されたとしても、福島の最大内部被爆量3ミリシーベルトは、チェルノブイリの750ミリシーベルトの、250分の1でしかありません。
これで福島の女性が不妊になる、あるいは先天性奇形を出産することは断じてありえません。
ところが、現実には「福島浜通りの女とは結婚するな」という差別が発生しました。今でも福島の母親の中には学校給食を恐れる者が多くいます。
小出氏はこのおぞましい結果を、運動家ではなく科学者としてしっかりかみしめるべきです。
小出氏は原子力の専門家として、感情を煽るのではなく、脱原発の立場で「正しく怖がる」筋道をしっかりとつけるべきでした。
脱原発運動は、今や原発が現実になくなるためにどうしたらいいのかを真面目に問う運動ではなくなりかかっています。
ただひたすらあるかないか言った本人すら分からない「健康被害」を叫びたて、挙げ句に「福島には住めない」ときたもんです。
ニューズウィークは、日本の脱原発運動に対してこう評しています。
「この3年間は『空気』に揺り動かされるばかりで、日本は原発について建設的な議論を充分してこなかった」。
いまでも「福島には住めない。勇気を持って逃げろ」と叫ぶような「美味しんぼ」は、かえって脱原発の道から、多くの人たちを遠ざけているのではないでしょうか。
それにしても、言った切りで南半球に逃げ出す雁屋氏と、前から決まっていた休載をけじめに使う小学館、最低最悪最バカですね。
えげつないコメントが来ていますね。
ひさしぶりで2011年夏の「リンチの血の味」を思い出しました。
いやはや、この人たちは3年間なにをしてきたのでしょう。まったく成長していませんね。
どんなに詳細なデータを出しても振り向きもしないで、自分が気に入らないことだけ騒ぐ。
こちらが言ってもいないことも、歪曲して勝手にキレる。
もっとも3年前はこんなもんじゃなかった。「被曝」地でがんばっていますと書いただけで、「早くやめろ」「東電の犬」「東日本は既に終わっている」とまで言われましたからね(苦笑)。
大分減ったと思っていたのですが、「低線量で突然死」ですか・・・。そういうことを言う人に限って「移住の手伝いをしろ」なんて言い出すんですが。
「突然死」の死因はなんなんです?ソースはなんです。
そのテの情報は、ことごとく「○○という話だが政府・東電が秘匿している」という正体不明情報か、「○○だという」ネット伝聞か、「○○の可能性がある」という妄想です。
じゃあ逆に聞きたいもんです。40万人ガンになるっていうバズビーの予言はあたりましたかね?福島の野菜を食べた人は、武田邦彦が言うように死にましたかね?
「測定の結果安全ですという事にしたいので、その結果ありきの行動になる」ですか。現地が測ってもダメ、ただしなぜかこんなに高線量が出たとなると妄信するんですな、こういうタイプに限って。
かといって、政府機関が測ったのは信じられない、なにか情報隠ぺいしているだろうとケチをつけます。
ならばもう自分で測りに来なさいよ、と言いたいわけですが、そのテの人は反原発集会とやらで福島に行くことがあっても、測定などという地味なことはやりたがらないときています。
だから、せめて医者の低線量被曝脅威論者くらいは検診して回ったらいかがでしょうか、と書いただけで「不幸にも被害にあった方へ刃を向けるのはやめて下さい」とキレる。
あるいは自分たち内部のリスク情報だけしか勉強していないので、私が書いたようなことを読むと(読んじゃいないと思いますが)、どこかケチをつける箇所を探し出すのに必死です。
そして「ほらこのとおり。測定の基礎を知ってから、なんか言ってほしいよ」と揚げ足取りをして勝った気になっている。やれやれ、この論法なら百戦百勝ですよ(笑)。
これでは議論になるわけはありません。思えば、こんなことばかりだったのが、2011年夏でした。
2011年3月11日から4日間、私たちの地域は大停電になっていました。
かろうじて生き残ったラジオだけで、東北の惨状と、福島事故があったことを知りましたが、実はそのときには既に私たちの頭上を放射能雲が音もなく、目にも見えず通過していたのです。
それからのことは、多くの福島、茨城の農民たちの血を吐くような経験とまったく同じです。
市場に農産物を出しても突き返され、茨城と付くだけで見られるあの蔑んだような視線が突き刺さるようでした。
大量の牛乳は土に流され、卵は割られ、野菜はトラクターで踏みつぶされました。 何人かの農家が自殺しました。
行政は無力であり、無作為の上に無作為を重ねていきました。まるで、今だけ頭を出さなければ無事であるかのように。
私は、この土地に起きた事実を知るために農業者グループで放射能測定運動を始めました。その時の、村のなんとも言えない圧迫感を思い出します。
・・・余計なことをするな。変な数字が出たら村内に迷惑がかかるぞ。
この中で測定会をやることがどれだけ勇気が必要だったか。現地の測定なんか信じられないと言う人間には永遠にわからないでしょう。
このような村の空気とは別に、街では放射能パニックが起きていました。
これは当初は民主党政権の情報の出し方の失敗によるものでしたが、後には人為的で悪意に満ちたものに変わっていきます。
ある大学教授はテレビで、「福島の野菜を食べたら死ぬ」とまで言い、別の学者は「放射能で死ぬようなものを出荷する農家は作為のテロリストだ」と叫ぶのです。
そしてその煽動に乗った実に多くの消費者が、福島、茨城と名がつくだけで、手に触れただけで「放射能が染る」とまで忌避しました。
まるで「ピカの毒が染る」と被爆者を家から追い出した「はだしのゲン」の親戚のようです。
2011年夏、「被曝地」に生きて生産しようとするだけで、私達東日本の農民はパブリック・エネミー扱いされていたわけです。
私の唯一の武器であるこのブログにも、読むに堪えないコメントが大量に執拗に書き込まれるようになりました。
私がただ冷静になってほしい、風評に踊らされないでくれと書いただけて、「原子力村の犬」「東電からいくらもらった」とまで言われる始末です。
そうです、私たちは言論という名を借りたリンチにあっていたのです。
そしてそのような街の人々は、自らを「脱原発派市民」と名乗り、楽しげにサンバホイッスルを吹き鳴らしながら徒党を組んで首相官邸周辺を躍り狂っていました。
脱原発を言うなら、もっとも多大な被害を受けて苦しんでいるいる「被曝地」の人々、なかでも生活と生産共に破壊された農業者、漁業者たちと向き合わないでどうする、と思いました。
ところが彼らの一部は自らははるかに離れた安全地帯にいながら、「東日本は終わった」「お待たせしました。福島で奇形が出ました」「40万人がガンになる」と、むしろ嬉しげに叫ぶのです。
あたかも私たち「被爆地」の人間が、ガンや奇形を待つ実験動物であるかのようにです。
私は今でも、これらの言説を吐いた人間たちを許していません。たぶん一生許さないでしょう。
放射性瓦礫でもない陸前高田の松板を大文字焼きで焼くという善意の運動に、まさに「ピカが移る」とばかりに反対し、果ては震災被災地の瓦礫を「実力阻止する」と叫ぶ過激派も出る有り様です。
沖縄まで逃げた「自主避難者」の一部は、東北からの南国沖縄の子供たちへの雪の贈り物にすら唾しました。
あるいは、内部被曝が怖いと、計測限界値5ベクレルですらダメだと言い出しました。
そのような一部「消費者の声」に媚びるように、国の100ベクレル基準値引き下げはなんの役にもたたず、むしろ大手量販は勝手に自主基準値を50ベクレルに切り下げ、有機農業関係流通にいたってはさらに20ベクレルにまで落とす競争を始める始末です。
自然放射能を含みゼロなどということはありえないにもかかわらず、ゼロベクレルでないと承知しないと言うのです。
そして内部被曝は1ベクレルでもガンになると触れ回りました。
チェりノブイリ事故の後のベラルーシですら13年かけてやった基準値引き下げを、わずか1年間でやれと私たちに言う、その神経が私には理解できませんでした。
ある脱原発派を名乗る人間は私に向って、「あんたらが農業を止めるのがいちばんの復興支援だ」とまで言い放ちました。
言うまでもなく、このような人ばかりではないのはよく知っているつもりです。
多くの脱原発を支持する良識的な人たちが福島に心を寄せて、地道な支援を続けているのは十分承知しています。
しかし総体としてみれば、「声の大きい少数派」が運動を牛耳っているように私には見えました。
そういえば、その頃から、脱原発運動に左翼政党と過激派が公然と姿を現すようになります。
私は、それ以来、私自身も原子力を人一倍呪いつつも、この人たちとは一緒になにかできることはないと思うようになっていました。
私たちをリンチにかけたような人間たちとなにか一緒にできるはずがありませんからね。
この人たちがやっているのは、脱原発に姿を借りた「被曝地」差別運動、あるいは単なる反政府運動にすぎません。
その中で、ひとりの農業者としていままでやってきたあたりまえの営為である「耕やす」ということが、科学的にも最善の放射性物質対策だと分かってきました。
土は放射性物質を吸着し、封じ込める力を持っているのです。
そんなことは当時誰も言っていなかったし、N先生などのごく一部の研究者が実際の福島の田畑を計測する中で唱え始めていたことです。
耕すことが、農業者にとっての放射能との最大の戦いになるということがわかってから、私は必要以上に恐怖するのを止めました。
そうなんだ、特別のことをするのではなく、今までやってきたことをしっかりと見つめて、変えるべき点は変えていくこと、それがこの最悪の時期に大事なんだと気がつきました。
それ以来、私は、一般の脱原発の流行の論説を検証し、納得がいくまで自分で考えてみようと思うようになりました。
今私は私なりの原子力からの離脱への方途を探っています。
あ、そうそうもう私は自分を「脱原発派」と称するのは止めました。あのような人たちと一緒にされるだけで苦痛ですから。
「美味しんぼ」については先週でお終いと思っていたのですが、こたちゃんという方からいただいたコメントについて感想を述べることにします。
頂戴したのはこのような内容です。穏健な反原発派のひとつの典型のような考え方です。
セシウムやヨウ素などが付着した塵などが鼻腔に付着して「準内部被ばく」を起こして鼻血が出るのではないかという医師の方もいらっしゃいます。
251:美味しんぼ「鼻血論争について」西尾正道医師の見解。これも「ヒポクラテスの弟子」の知見である。ー「明日うらしま」(ブログ)http://tkajimura.blogspot.jp/2014/05/blog-post_19.html
放射線の影響、内部被ばくなど専門家でいろいろと意見が分かれていますし、確たることは専門家では無い私もおそらくあなたも分からないと思います。
のちに放射能の被害が問題なかった場合はそれで良いのですが、被害がたくさん出たら目も当てられません。国や福島県に「鼻血」などの健康被害を調査公表して継続しておこなってほしいし、福島医大は情報を囲い込まないで他の医療機関や人々と情報の共有をしてほしいです。
それと、いろんな意見の専門家を集めて、彼らの話を聞いたり、彼らの話を聞いて議論していくことが大切じゃないかと思います。
私はこの3年間、特に最初の1年間は放射能との実にリアルな戦いを経験した人間です。
私たちがしてきたことは、降りかかってきた放射性物質が、どこにどれだけ降下して、蓄積したのかを測定し、それに対してどのように防御し、除去したらいいのか、健康被害はどれだけあるのか、ないのか、それらを現実のものとして考えることでした。
ですから、「被曝」現地にいる私は、はるか彼方の安全地帯の人間たちの低線量被曝健康被害論争をただの神学論争、それも神様が聞いていない神学論争だと思って見ていました。
今でもそうです。
ですから、あらかじめ言っておきますが、私は「鼻血論争」などに、ゼンゼン関心ありません。不当に被災地差別を助長する「美味しんぼ」が許せないだけです。
そして、「被曝」現地で汗水流している人々の努力を嘲笑うかのように、「福島から逃げるのが勇気だ」などと安全地帯から言ってのけるその腐った心根に怒りを感じただけです。
健康被害があるかないかなど、こちらの「被曝」地に来て自分で調べてみなさい。
土壌線量と疫学調査をして、あるならあるんだし、ないならないのですよ、そうずっと言ってきました。
第一、被災地はやることが沢山あって忙しいのですよ。うちの経営なんか風評被害で潰れかかっていましたしね。(苦笑)
さて私は専門が畜産なので、疫学という概念を、福島事故前にもよく使っていました。たとえば、鳥インフルエンザや口蹄疫が出たとしますね。
その時に、なんのデータもなく「感染拡大する可能性がある」などといってもオオカミ少年扱いされます。
ちゃんとコレコレこういう感染拡大の疫学調査(発生動向調査・サーベイランス)をして、A地域ではコレだけの潜伏数、抗体値はコレコレ、B点ではコレだけ、そして防疫をくい止める手段がコレコレ、故にこの地域は警戒が必要だというふうに統計学的に考えを積み重ねていきます。
これが疫学的思考方法です。けっこう他でも使えるツールですよ。
放射能問題もこの応用です。一般的に、「低線量での健康被害の可能性がある」といったトボケた言い方では認められません。
いくら医師であっても、それはただの感想にすぎないからです。
この感想を「説」にまで強化するためにやるべきことは、分かるものから潰していって原因を突き止めることです。
人体にどのような症状が現れたのか、どこでどれだけの数が出たのか、原因と思われることはなにか、それとの因果関係の確率は何%か、と考えていきます。
これで統計学的に高い数値(だいたい20%~30%)なら、「Aの原因がBである可能性がある」ということで有意ということになります。
これからさらに調査を絞り込んでいって、他の原因ではありえない、ところまでいけば、それが結論として認められることになります。
では、今回の鼻血の場合を考えてみましょう。
まず、鼻血がどれだけ、どの地域で出たのかの統計データが絶対に必要です。
井戸川氏は「大勢でているが、皆んな黙っているだけだ」と言っていますが、この言い方では通りません。
だって、この論法なら「うちの村の住人は火星人ばかりだが、黙っているだけだ」と言っても誰も検証しようがないじゃないですか。
検証するためにはいつ、どこで、どれだけの人が鼻血を発症したのかのデータが必須です。
特にどこで発生しているのかは大きな意味を持ちます。「鼻血は放射能の被曝が原因だ」と井戸川氏などが主張する以上、その地域の放射線量との関係を見ねばならないからです。
福島第1原発の見学コースで「被曝」して鼻血が出たとしかとりようがない表現をしている雁屋氏の場合、当日の見学コースの放射線量データが必要です。
ちなみに私が持っているデータでは、福島第1原発見学コースの1時間あたりの放射線量は0.02マイクロシーベルトで、東京都の0.03マイクロシーベルトと同程度です。
雁屋氏が自分の鼻血を放射能と関連づけたいのなら、いままでの見学者の見学後の健康記録が必要ですね。雁屋さん、どうぞお探しください。
また、放射能以外の原因もひとつひとつ潰していかねばなりません。
鼻血は多くの原因で出ることが明らかになっています。
事故直後の震災瓦礫の粉塵、潮害の影響、季節的な花粉病などを除いて、現在の避難者に関係ありそうなことだけあげれば
①住み慣れた一軒家の我が家から離れて、集合住宅に越したことによる精神的ストレス
②食生活の変化による体質変化
③共同体的人間関係から離されての精神的ストレス
④職業を失ったことによる喪失感
⑤経済的な心配と先行き不安
その他にも別の観点で深刻な問題も発生しています。あとでもご紹介する南相馬病院の坪倉正治医師は地元民全般の健康問題についてこう述べています。
「糖尿病の増加。仮設住宅や避難所生活での生活から、運動不足になったり、栄養の偏りによってコレステロールが高値の子供が増えているといいます。子供だけではなく大人にもこの傾向が見られるのが現在の福島県内における実情 」
これを見ると、避難所などの人々の健康状態が決してよくないことが分かります。単に鼻血や甲状腺ガンなどばかりに注目するのではなく、トータルに健康状態をケアせねばならないことがわかります。
ほかにも色々と精神的、あるいは身体的なトラブルがあるかもしれませんので、これをひとつひとつ潰していくわけです。
当然複合していることもありえますから、丁寧に解きほぐしていきます。医師というよりケースワーカーの仕事ですが、心と身体両方のケアが大事なのです。
どうも低線量被曝を騒ぎたい人たちは、放射能被曝と結びつけたいため、鼻血とか倦怠感、甲状腺ガンなどにばかり注目しているようです。
しかし、現地が抱える問題はそんなに単純じゃないのです。
ところで医師の山本真氏の鼻血の全国と福島県の子供の調査データがありますので、ご紹介しておきましょう。
http://www.j-cast.com/2014/05/13204626.html
山田氏は福島で事故直後から健康相談会を行なっていました。
「そこで私は、調査を行いました。2011年3月~11月の機関、福島、北海道、福岡の3地域の小学1年生の何%が、鼻血を出したかを調べたものです。こんな調査をしたのは、私ぐらいだと思います。個人による小規模調査ですが、数が1000人規模なので、信頼性はあると思います。
その結果が以下の通り。
●鼻血を経験した小学1年生の割合(2011年3月~11月)
福岡・・・ 26.0%(159人/612人中)
小樽・・・ 22.8%(164人/718人中)
岩見沢・・・7.4%(32人/434人中)
福島市・・・10.4%(8人/77人中)
いわき・・・ 2.3%(8人/341人中)
会津 ・・・3.2%(16人/499人中)
福岡では26%が鼻血を出していたが、福島では2.3~10.4%です。原発事故の影響で鼻血が増えているということはありませんでした。
福岡でなぜこのような高率なのか原因は分かりませんが、中国からのPM2.5などの影響があるのかもしれません。
(下図参照 グラフはryoko氏による)
この健康調査は貴重なものです。調査母集団も、福島第1原発に近いいわき市で341名採取していますので有意な数ではないでしょうか。
これを見る限り、鼻血が特に福島県で増えているということは考えられません。
またさきほど紹介した南相馬病院の坪倉正治医師と、東京大学の早野龍五氏によるホールボディカウンター(WBC)の測定と分析結果かあります。
「南相馬で測定した約9500人のうち、数人を除いた全員の体内におけるセシウム137の量が100ベクレル/kgを大きく下回るという結果が出ました。これは測定した医療関係者からも驚きをもって受け入れられたそうです」 http://blog.safecast.org/ja/2012/09/dr_tsubokura_interview/
この調査の時にも実は4名の高齢者が1万ベクレルという高い線量を持っていました。この原因もわかっています。
「この方たちは、自分の土地で育てた野菜を食べていたこと、特に浪江町から持ってきたシイタケの原木から成ったキノコ類を食べていたということです。
原因がわかると防ぐこともできるので、この分析は有益なものだと思います。しかし、実際のところ、このように庭に自生したものを食べている人は、地元にはまだまだ多いと懸念されています。
では子供の被曝はどうでしょうか。
坪倉先生のチームでは、これまでに、いわき市、相馬市、南相馬、平田地区で子供6000人にWBCによる内部被ばくの測定をしました。親御さんの心配もあり、この地域に住む子供の内部被ばく測定の多くをカバーしています。(一番多い南相馬市で50%強です。)
6人から基準値以上の値が出ています。6000人に対して6人というのは全体の0.1%で、この6人のうち3人は兄弟です。基本的には食事が原因に挙げられるでしょうが、それ以外にもあるかもしれないそうです。
子供の線量について、坪倉先生はこう分析します。 「子供は大人に比べて新陳代謝が活発で、放射性物質の体内半減期が大人の約半分ということがわかっています。ですから、子供の場合は例え放射性物質が体内に入ったとしても、排出されるのも早いです」
「福島から逃げろ」と叫ぶ前にやることは沢山あります。幸いにも福島県には、坪倉医師のように多くの献身的に検診を続けている医師や医療従事者たちがいます。
その人たちのこの3年間の努力の結果、貴重な疫学データを蒐集することができたのです。
それに対して、低線量被曝原因論者は声だけ大きい割りには現地での検診活動が乏しいか皆無に等しく、したがって疫学データもほとんどないというお寒い状況です。
ですから今でも津田敏秀氏のように、「ないことを証明してみせろ」などと逆ギレしたりしています。
このようなセリフ自体、疫学者としては敗北を認めたも同然です。
そもそも健康被害をあるかないかについて統計学的に立証するのが疫学ですし、この挙証責任が津田氏のような告発側にあると考えるのが常識だからです。
「美味しんぼ」の雁屋氏は、松井医師のような現地での医療経験がない人ではなく、坪倉医師のような方に取材すべきでしたね。
西尾正道氏のような医者は「鼻腔に放射性物質がついて準内部被曝を起こした」とか自説を開陳される前に、まずは医者らしく現地を丹念に歩かれて検診活動をされるのがいちばんてっとり早いのではないでしょうか。
西尾さん、現地を回らないで自分のビリーバーばかり相手にしていると、武田邦彦氏みたいにやがて誰にも相手にされなくなりますよ。
とまれ、「調査なくして発言なし」です。
荒木田氏は、「福島に住めない」という発言を使わないでほしいとスピリッツ編集部に要請していたそうですが「作品は作者のもの」と拒否されたそうです。(欄外参照)
編集部によると、荒木田氏は2年前に原作者の雁屋哲氏らと出会い、取材を受けるようになった。体験や持論を伝えるなかで、こうした発言もした。
これに対し、編集部は「作品は作者のもので登場人物のものではない」と説明。荒木田氏は「作品の中身の是非まで言う立場にない」と最終的に伝えたという。
取材に対し、編集部は一連の事実関係を認め、「同じ土地に住んでいても個々人によって判断が異なり、それぞれが被曝(ひばく)について考えることがある。広く『福島』とする表現を作者が採用したことには意味があると考えた」としている。(朝日新聞5月21日)
ひどい話ですね。形式的には表現・構成は著者・編集部の権利に属するわけですが、取材協力者が不利益があると申し立てた場合は違います。とうぜんソースに対する保護を優先せねばなりません。
荒木田氏が実名で福島現地から発言したという重みがあってのあのシリーズなわけですが、その決定的実名告発者が掲載を断ったわけですから、それを拒否する権利は編集部にはないはずです。
にもかかわらずどうして編集部は強行したのでしょうか?
理由は簡単です。雁屋氏が、白井勝也小学館副社長(元スピリッツ創刊編集長・「美味しんぼ」を生み出した編集者)の庇護下にある「帝王」だからです。(※白井氏は否定している)
荒木田氏の希望に沿って変更したりすれば、結論部分を奪われた雁屋「帝王」は怒り狂って手に負えなくなる、そう編集部は思ったはずです。
実際、あの人物が怒り出せば、執筆拒否は当然のこととして、単行本の版権引き上げくらい言い出しかねませんから。
それはさておき、記事によれば、雁屋・編集部は2年前から荒木田氏と接触していたそうですから、相当な長時間、荒木田氏は雁屋・編集部と話をしているはずで、その際に大量の資料も見せられているはずです。
それを雁屋・編集部はズタズタに切り貼りして、雁屋氏の主張に都合のいい部分のみを取り出したと思われます。
よくマスコミが「編集」という名の下にやる手口です。政治家など年中やられています。
これをやられると、確かに自分がしゃべったことは確かですが、ニュアンスや論旨が自分が言ったことと違うものに加工されたものを見て驚愕するわけです。
たぶん、荒木田氏は「福島」全体を「住めない」と言ったつもりではなく、限定した地域の被曝の危険性というつもりでしゃべったのかもしれません。
荒木田氏自身も問題となった部分は言ったと大学に答えていますから、「福島全体」と言った部分も実際に混ざっていたのでしょう。
しかし、これを雁屋・編集部にうまく取られました。それはこの編集部の言い方で想像がつきます。
「取材に対し、編集部は一連の事実関係を認め、「同じ土地に住んでいても個々人によって判断が異なり、それぞれが被曝(ひばく)について考えることがある。広く『福島』とする表現を作者が採用したことには意味があると考えた」としている。」(同)
なるほど「広く『福島』とすることで意味がある」ですか。
雁屋・編集部の「意味」とやらはこうです。
会津に住んでいようと、中通に住もうと、避難地域であろうと、今は地域によって意見が違っていても、このまま福島事故が拡大すれば福島県全体も壊滅するのだから、一括して「福島」としてしまえばいい。
それは25号の下の山岡の台詞に表されています。
「原発の事故がこのまま収まらず、拡大したら福島県は駄目になる」
もちろん妄想にすぎません。今の危険はあるとして、それで福島県全体が「駄目」になるはずもありません。
そして「福島は未来の日本だ」と続くわけです。ここまでくると、論理飛躍ウンヌンではなく、ただの極端な反原発論者のハルマゲドン願望にすぎません。
原発ゼロのためには、福島に滅びてもらわにゃならん、という倒錯した論理です。
しかし、これこそが雁屋氏がいちばん言いたいことでした。そのために山岡に鼻血を出させたり、井戸川氏にあることないことをしゃべらせてきたのです。
この粗雑な論理を前提づけるためには、荒木田氏のこの「福島を広域に除染し人が住めるようにするなんてできないと思います」という台詞が絶対に必要だったのです。
荒木田さん、まんまと雁屋・編集部に利用されましたね。彼らにとって荒木田さんのデータなどいらなかったのです。
荒木田氏自身は彼の別の書いたものを読む限り、そのような極端な反原発論者ではなく、むしろ脱被曝を訴えたかったようです。
しかし、彼らが欲しかったのは「福島は除染しても住めない」、ただそのひとことだけです。そして原画は既にできていた。だから彼らは絶対に修正を拒否したのです。
極めて悪辣です。マスコミ倫理に反しています。
初めから「福島壊滅」という結論があって、その方針で「綿密な取材」をし、結論に合う発言のみを拾い集めて、ハメ込んだというわけです。
そしていったん出来上がってしまえば、取材協力者がなんと言おうと知ることか、お前はもう用済みといことです。人間としても最低ですね。
さてこの「福島の真実」篇で、おそらくもっとも実生活上の被害を受けるのは荒木田氏だと思われます。
同じ「告発者」と言っても井戸川氏などは一種の変人奇人で、もはや福島県民ですらありません。
県民でもないし、帰る気もないくせに外野から「お前ら福島は住めないぞォ」「オレは鼻血まだ出ているゾォ」と言い続けているのですからはた迷惑もいいところです。
まぁ、今更彼が何を言おうと言うまいと地元は、「またあの人か。五月蠅いね」で笑って済ませられるような人です。
松井英介氏も医者というより党派色が強いゴリゴリの運動家ですから、覚悟の上でしょうし、かえっていい宣伝になったと喜んでいるはずです。
それに対して、まだ研究者としても途上の身で、しかも避難地域外の福島に住み続けている荒木田氏は、前途多難です。
ここに至って荒木田さんにできることは、ご自分の見解をネット上できちん公表することしかありません。
あなたは意図せざることであったとしても、それだけの暴言を吐いたのは確かです。荒木田氏はこうコメントしています。
「美味しんぼをめぐる議論が世間の対立を激化させている現状に心を痛めている」
まさにそのとおりです。あなたの「住めない」発言は多くの県民に困惑と精神的ストレスを与えました。
帰還を考え始めていた自主避難者はたじろぎ、浜通りに住む人には再び恐怖が走りました。それはあなたがやろうとしたことでしょうか?
とまれ、どのような考えを持って雁屋・編集部と話をし、ゲラを見てどう思ったのか、発売後なにを考えたのか、それをきちんと分かる形で福島の同胞に話すべきだと思います。
~~~~~~~~~~~
■スピリッツ編集部コメント
「原作をご覧いただいた時点で、荒木田先生が表現方法に懸念を示されたことは事実ですが、編集部の責任において掲載することについてはご了承いただきました。朝日新聞の記事にあるような、発言を使わないでほしいという先生からのご要望を編集部が拒否したという事実はございません。しかしながら、作品掲載の結果として先生にご迷惑をおかけしたことにつきましては誠に遺憾に存じております」
■准教授「発言載せないで」 「美味しんぼ」編集部が拒否
朝日新聞デジタル 5月21日
週刊ビッグコミックスピリッツの人気漫画「美味しんぼ」(小学館)に登場する荒木田岳(たける)・福島大准教授(地方行政論)が「除染しても福島には住めない」という自らの発言を作品で使わないよう求めたにもかかわらず、編集部が「作品は作者のもの」と応じずに発行したことがわかった。編集部が取材に事実関係を認めた。
荒木田氏は12日発売号に載った「美味しんぼ」に実名で登場。「福島はもう住めない、安全には暮らせない」「福島を広域に除染して人が住めるようにするなんて、できないと私は思います」などと述べた場面が描かれている。
編集部によると、荒木田氏は2年前に原作者の雁屋哲氏らと出会い、取材を受けるようになった。体験や持論を伝えるなかで、こうした発言もした。
これに対し、編集部は「作品は作者のもので登場人物のものではない」と説明。荒木田氏は「作品の中身の是非まで言う立場にない」と最終的に伝えたという。
取材に対し、編集部は一連の事実関係を認め、「同じ土地に住んでいても個々人によって判断が異なり、それぞれが被曝(ひばく)について考えることがある。広く『福島』とする表現を作者が採用したことには意味があると考えた」としている。
下のコマで荒木田氏は、自然に対する無知をさらけ出しています。
この人、ほんとうに河川や用水の放射能測定したことがあるんでしょうか。したとしても側溝ていどか、河川敷ていどなのでしょう。
(スピリッツ24号以下同じ。除染の意味があるとすれば海へ流れださないことだと言う荒木田氏)
私は霞ヶ浦の環境保全運動をしていた関係で、大学の専門家と共に実測で歩いた経験があります。
河川で有意な放射線量がわずかに測定されたのは事故直後の年だけです。
すみやかに放射性物質は川床の汚泥にトラップされてしまい、その結合が強いために水には容易に滲出しませんでした。
事故直後の2011年5月の阿賀野川の調査結果を見ます。
●阿賀野川放射性物質調査結果 2011年新潟県http://www.pref.niigata.lg.jp/housyanoutaisaku/1339016506464.html
1 阿賀野川の河川水
5月29、30日に、上流~下流の7地点の橋で採取した河川水から、い ずれも放射性セシウムは検出されませんでした。
(参考)
これまでの阿賀野川水系の淡水魚の測定結果
8魚種で検査を実施 不検出~49ベクレル/kg
2 阿賀野川の底質(泥等)(別紙1参照)
5月29、30日に、上記7地点の橋から採取した川底の泥、砂等の10検体を分析し、最大68ベクレル/kg湿の放射性セシウムを検出しました。
3 阿賀野川岸辺の堆積物(別紙1参照)
5月29日に、川岸3地点で試料を採取し分析したところ、中流の岸辺で表面から深さ30~40cmの層で採取したものから最大232ベクレル/kg湿の放射性セシウムを検出しました。
今私が述べたように、河川水からは検出されず、川土や川岸からのみ検出されています。
これはセシウムの特性が水に溶けにくいためです。これは農水省飯館村除染実験時の調査記録にも記されています。(下図参照)http://www.s.affrc.go.jp/docs/press/pdf/110914-09.pdf
「放射性セシウムは農地土壌中の粘土粒子等と強く結合しており、容易に水に溶出しない。一方、ため池や用水等、水の汚染は軽微」である。」
では、これを荒木田氏が言うように「除染に意味があるとしたら河川の除染だ」というようなことをしたらどうなるでしょうか。
せっかく川口や岸の土壌に決着してトラップされているセシウムは攪拌されて、泥と水が混ざり合ってかえって水質の放射能汚染につながります。
やること自体ナンセンスです。ですから、環境省は福島県、茨城県の湖沼や河川の除染にはあえて手をつけていないのです。
荒木田さん、少しは勉強してから発言しなさい。
(山から汚染がやって来るから除染は無駄だと言う荒木田氏。右のコマではガイガーカウンター1台だけで測定していたのがわかる)
荒木田氏は、「山の汚染が川に流れ込んでいるから汚染は止むことがない」と言いたいようですが、ならばなぜ阿武隈山系の実測調査をしないのでしょうか。
幾人もの研究者や、林野庁の計測結果が既にでています。
下図は、もっとも初期の11年9月に、福島県山木屋地区標高600mの福島第1原発側斜面で、新潟大学・野中昌法教授が行なった土壌に対するセシウムの沈着状況の計測結果です。
●山木の土壌の放射性物質分布
・A0層(0~7㎝)・・・・98.6%
・A1層(7~15㎝)・・1.4 (2011年9月測定)
このように、放射性物質は微生物が分解中のその年の腐植層(A0層)に98.6%存在し、その下の落ち葉の分解が終了した最上部(A1層)には達していないことが分かりました。
事故後、福島の山間部では、この森林に降下したセシウムが、A0層とA1層の間にある地中の水道(みずみち)を通って雪解け水となって流れ出していくものと推測されます。
セシウムは、葉と落ち葉に計71%が集中しており、それは地表下7㎝ていどに99%蓄積されていました。
大部分は土中にトラップ(捕獲)されますが、2011年に降った放射性物質の一部は沈下せずに、むしろその下の去年の腐植層との隙間を流れ出したと思われます。
いわば、初年度の汚染水は大部分を土壌に残留させながら、一部が地表を滑ったような形で流れ落ちたのです。
その結果、山と里地との接点にある沢水が入る谷津田の水口(みなくち)が汚染されました。
11年度米で、もっとも多くセシウムが検出されたのはこの谷津田水口部分でした。そしてほぼこの水口部分にトラップされて、用水に面した水尻では線量は4分の1にまで減っています。
下のデータは同じく野中教授の測定したものです。
●福島県二本松・放射性物質が玄米で500bq検出された水田付近の測定結果
同上の空間線量(マイクロシーベルト)
・水口・・・・1.52
・中央・・・・1.05
・水尻・・・・1.05同上土壌線量(ベクレル /㎏・セシウム134・137の合計)
・水口・・・・6200
・中央・・・・3900
・水尻・・・・2600
もっとも放射線量が高かった11年においても、わずか1枚の田んぼですら、水口から水尻に至る約百メートルの距離で、このように放射線量を低くしながら下流へと流れていくことがわかります。
3年後の現在は、この11年の山の地層の上に新たな地層ができたために地下20~30㎝に沈下していて、土壌に封じ込められて3年前より流出量は減少しているはずです。
国立環境研究所の筑波山における調査に基づいて、この流出量についてこう述べています。http://www.nies.go.jp/shinsai/radioactive.html
「筑波山で森林からの放射性物質の流出状況調査を実施し、事故後1年間の放射性セシウムの流出量が初期蓄積量の0.3%であることを解明しました。」
そして山から流れた汚染水は、森林から街への長き道のりを辿って各所で「捕獲」されていきます。
湧水から小川、あるいは谷津田へ、谷津田から用水へ、用水から川へ、川から海へのコースを辿りますが、その過程のどこにおいても補足されていきます。
(下図 座間市hpより)
森林土壌にトラップされ、植物に利用され、川底泥に捕まりし、そして大幅に減衰しながら海に流れ込み、希釈されます。
一部は下水路から処理施設へと向かいますが、この段階で処理場汚泥に沈殿します。
荒木田氏が言うように、ただ「山から流れ込む」というようなジェットコースターのような単純な理屈ではないのです。もしそうだったら、大雨のたびに水害です。
荒木田氏は、「山から」というなら、なぜ山から街へと流れる水の道筋の測定をしてみないのか、また「海に流れるのを止めさせるだけが除染の意味」とトンチンカンなことを言うくらいなら、阿賀野川の川床や護岸の汚泥、水質調査をするべきでした。
していれば、荒木田氏が脳内で考えるよりはるかに複雑な自然のセシウム捕獲構造があることに気がついたはずです。
さて、荒木田氏の「除染してもなくならない」というトンデモ・ストーリーで巧妙に隠されている部分があります。どこ部分の「(放射線量)数値が戻る」のでしょうか?
はい、それは側溝、つまりドブです。
「美味しんぼ」のように書いてしまうと、一般的に「山などからの汚染物質」ですべての人が住むエリアが再汚染するかのような錯覚を起こすようですが、実態はせいぜいが側溝の床土の線量が上がるていどにすぎません。
住宅地域や学校、公民館、通学路などの除染済みのエリアが、雨によって再汚染することは絶対にありえません。
お願いだ、荒木田さん。こんなハンチクな知識で、「福島は除染しても人が住めない」などという非科学的暴言を吐かないで下さい。
計測作業にしても荒木田氏は市販のガイガーカウンター1台で計測しているようです。これでは正確な線量測定はできません。
「ある程度」くらいの目安に過ぎず、このような雑誌に公表すべき数値ではないのです。
失礼ながら、荒木田氏のガイガーカウンターは校正がなされていないと思われます。
私たちの測定作業は、ガイガーカウンター3台と、シュチュエーションサーベイメーターを使用しました。
(下の写真がシンチレーション・サーベイメータ。精度のレベルを切り換えられる。)
●同じ地点の3台の数値のズレ 単位μSv
・シンチレーションサーベイメータ・・・・・0.22(基準数値とする)
・ドイツ製ガイガーカウンター・・・・・・・・0.18(誤差(0.04)
・アメリカ製ガイガーカウンター・・・・・・0.065((誤差0.15)
上下で4倍の開きがあります。実際に測定してみるとわかりますが、メーターの針は一定ではなく、常に震え続けています。
おおよそブレが静まったところでエイヤっと計っているので、0.05~0.1μSvていどの誤差はありえるのです。
ですから、荒木田氏が使っているようなガイガーカウンターを使わざるを得ない場合、校正をして使うか、数台の平均値を取ります。
※追記 私たちはシンチエーション・サーベイメータと複数台のガイガーカウンターでやりましたが、シンチを公式記録としています。ガイガーは校正する余裕がなかったので、参考数値としてだけに止めています。
ガイガーカウンターなんて安物の簡易測定器で、ホットスポットに決まっている地点を測ってみせて、「福島は住めない」というに至っては失笑ものです。あなたほんとうに学者ですか?
荒木田氏は、大学院生時から反原発運動をしていたそうですが、自分の専門以外はほんとうに素人同然だということがこれでよく分かりました。
学者が専門外のことについて発言するのは勝手です。しかし、「国立大学教員」の肩書で有名漫画に登場する以上、その言質が問われます。
荒木田氏は専門領域外では肩書を捨てて発言すべきでした。なぜなら素人だからです。
ボランティアで除染作業した経験は、多くの「被曝」地住民が持っています。私もあります。
それはあくまでも市民としての作業であって、研究領域の作業ではなかったはずです。
そこで感じたことを自身のブログで発言するのはかまいませんが、喉の痛みを感じたことや、「(除染の後に)必ず寝込む」ことがどうして「福島は人が住めない」とまで飛躍してしまうのか理解に苦しみます。
そこが素人なのです。もし荒木田氏が、専門の行政史で論証を全部吹っ飛ばして、いきなり極端な全否定、あるいは全肯定の結論を出す論文に出会ったら、あなたはこれを学問として認めますか?
同じように、そんなていどのことで「福島おしまい論」を吐かれたらたまったもんじゃないというのが、圧倒的多数の福島県民の感想なはずです。
しかも話した相手が人もあろうに、独善では漫画界一という老人にです。かくして荒木田氏は雁屋氏が欲していた「学的」裏付けを与えてしまいました。
ほんとうは国立大学教員としての「学」でもなんでもない、ただの一市民の「感想」を・・・。
事故後被災地ではたしかに「美味しんぼ」が描くように鼻血が出ていました。
ただし原因は大量の瓦礫粉塵や塩を含んだ泥と砂が混じった土砂であって、放射能とはなんの関係もありません。
しかし、そうと分かったのは状況が落ち着いてからのことです。
枝野官房長官の「ただちに健康に影響はない」といったコメントでかえって不安をかきたてられる始末でした。
「え、ただちに?中長期にはあるのか?」と国民誰しも思ったはずです。完全な政府の情報の出し方の失敗です。
そして致命的なSPEEDI情報の隠匿が重なり、「公表された情報は信じられない。なにか重大な情報を隠しているはずだ」という長く「被曝」地を苦しめた風評被害につながっていきます。
鼻血症状が原発事故と重なった福島浜通地域では、「もしかしてこの鼻血は放射能のためではないか」と脅える人が大勢出ました。
松戸、柏、東葛などの地域では、折からの降雨を浴びた人たちに放射能パニックが走りました。
その時の浜通りの人々や、雨に濡れそぼった子供を持つ母親の気持ちは、私には痛いように分かります。
実は私自身も、放射能雲が頭上を通過した際に屋外で働いていたために、万が一を心配した時期があります。
当時、風評被害で経営が壊滅状態にまで追い込められたこともあって、荒木田氏よろしく「起きれないほどの疲労感」と、おまけに鼻血まで出る始末でした。
まぁ私の鼻血は、鼻くそのかきすぎで傷がついたんですがね(←いい歳して恥)。
なまじ私も若き日に反原発運動をしたことがあるもんで、「鼻血」が意味することが分かっていたために、すぐに知り合いの医者(←実は獣医です)に走りました。
「オレってひょっとして急性被曝?」
地震で倒れた機材を直しながら医者は笑いながら、「放射能ならすぐに止まんないよ」と脱脂綿詰められただけだったですけどね(笑)。
井戸川さんや作中の山岡も、医者にきっとそう言われていているはずですよ。
とまぁこのように、事故当初の生々しい恐怖は今でも鮮明に覚えています。
漫画を思想伝達の手段と考えているらしい雁屋氏に望むべくもありませんが、もし彼がその時の被災地の人々の不安の心の襞にまで踏み込んで描いたのなら、また違ったものになったことでしょう。
ところで、当時の情報や指示が政府から届かないような閉塞した状況で、もっともいい精神安定剤は計測と除染でした。
ひたすら測り、ひたすら除染する、この単調なくり返しの先になにか光明を見いだそうとした「被曝」地住民は大勢いたはずです。
今回の「美味しんぼ」騒ぎをみると、まだこんな3年前の私たちの時間で止まったきりの人がマスコミ界に多数のさばっていることに驚きを感じました。
まぁ、「美味しんぼ」の最終取材が2012年11月だそうですからね(苦笑)。
(写真 2011年。私たちの地域における測定作業の様子)
さて、「美味しんぼ」24号の中で山岡が、例によってオレはなんでも知ってるといったふうな顔で(←このエラソーそうな顔が大キライ)、「除染は汚染物質の移動でしかない」というようなバカなことを言っています。
なに言っているのか、山岡。除染のイロハも知らないのか。あたりまえじゃないか。
放射性物質は自然消滅するまで存在し続けます。だから、住宅地域や公共施設、道路から「移動」させて、人に対して「無害化」させるのです。
そもそも放射性物質を移動して、人間活動から無害化させる作業を除染と呼ぶのです。
山岡が言うのは、「AはAだから意味がない」と言っている同義反復でしかなく、「山岡は山岡だから馬鹿だ」と言っているのと一緒です。
「だけだから」と言ってしまえば、もはや福島では何をしても無駄だから、何もしない方がいいのだということになります。
実際、荒木田氏は作中でそのような意味のことを発言しています。
(除染は無意味だと主張する荒木田氏)
こんな短絡した理屈で「除染しても住めない」などと言ってほしくありません。
スピリッツ編集部は見解の中で、「事故直後に盛んになされた残留放射能や低線量被曝の議論が激減した」ことを、この「美味しんぼ」の掲載意義に挙げています。
そうではありません。放射線によって切断されたDNAが自己修復するように、「被曝」地住民の多くは、放射能と戦い、正しく理解したからです。
低線量被曝で障害があるかないかなどという神学論争にふけっている余裕はなく、今後も長期に続く保健活動を地道に続けてひとつとつ不安の種を潰していく中で自信を取り戻していったのです。
政府が医療支援を打ち切るというなら本気で反対運動すればいいでしょうが、違うにかかわらず、徒に「鼻血が出たのは被曝したからだ」「除染は無駄だ」「福島には住めない」などと軽々しく騒ぐことはしないまでに放射能を知ってきたのです。
だから、未だ脳内ディストピアから抜け出せない一部自主避難者(特に避難地域と同額の補償を取る運動をする人達)に対して、「いいかげんに目覚めなさい。逃げる必要がないのに逃げて」という気持ちを抱いても当然のことです。
それをあたかもスピリッツ編集部のように、自主避難者や体調不良を訴える人たちに対する「差別」でもあるかのように描く神経がわかりません。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-f2f9.html
(「ともかく福島には住むな」と主張する井戸川氏)
一方「美味んぼ」に出てくる人々に色濃く覆うのは精神的ニヒリズムです。彼らは後ろ向きなことしか話しません。
3年たった今でも、口を開けば「被害を受けた」「危ない」「住んではいけない」「逃げろ」などという負の感情だけを吐露し、その責任をすべて東電と政府にぶつけるだけで生きています。
これでは放射能とは戦えません。もし、放射能に勝ちたいのなら、自ら放射能の弱みを知り、どうやったら封じ込めるられるのかを問い、実践すべきなのです。
福島県の農家は、除染をしつつ、自らのコメを一袋残らず計測したのです。もし彼らが井戸川氏や荒木田氏のようなネガティブな感情に支配されるだけの人達だったらとうに逃げ出していました。
上図は12年福島県産の全袋検査のものです。全量全袋検査は1000万検体以上に達していますが、その中で基準値(100Bq/kg)超えはわずか71袋、0.0007%でした。(図 福島県試より)
彼らは放射能禍に勝ったのです。
ここに二種類の人間のグループあります。恐怖に脅えたところまでは一緒でした。
それからが違いました。ひとつは自分の恐怖を他人で伝染させ声高にパニックを拡げることが「天命」たと思う人間たちであり、一方は黙々と目の前の脅威と正面から戦った人たちです。
どちらが人間としてまっとうな生き方なのかは言うまでもないでしょう。
(スピリッツ5月19日発売号 以下引用は同じ。上と下は流れで配置しました。この中で雁屋氏は疑う余地なく「福島から逃げろ。それが勇気だ」と述べています。以下引用は同じ)
編集部の公式見解がでました。(欄外参照)
「事故直後盛んになされた残留放射性物質や低線量被曝の影響についての議論や報道が激減しているなか、あらためて問題提起をしたいという思いもありました」
なにを書いているのでしょうか、この編集長の村山という人。「問題提起」ですって?
この「美味しんぼ」でスピリッツが「問題提起」した言説は、「福島には除染しても人は住めない」「鼻血が出たのは被曝のためだ」という度し難い捏造と暴言であり、そしてこれに加えて今号では「福島の未来は日本の未来だ」ということだけです。
このどこが編集部の言う「改めての問題提起」なのでしょうか。
編集部は「人が住めない一部地域が存在している」などと言っていますが、登場人物に「福島は住めない」とまで書かせておいて何を今さら言っているのですか。
「一部地域」ならこんなに多くの批判が殺到しませんよ。ここにまで来てまだこういう言い訳をするからいやなのです。
このように「一部の地域」どころか、「福島に人は住めない」とまで言い切り、さらにそれを「福島の未来は日本の未来」として、日本全国もまた原発が稼働する限り人が住めくなるとまで書いたから許せないのです。
これはもはや議論ではありません。プロパガンダですらありません。それは恐怖を材料にした強迫です。
この最終回にも小細工が施されています。「美味しんぼ」批判派は自治体と専門家なのに対して、擁護派は実に多彩に演出されています。
小出裕章京都大学助教、崎山比早子氏、津田敏秀岡山大学教授、野呂美加氏、肥田舜太郎氏、矢ケ崎克馬琉球大学教授、青木理氏と札付きの反原発論者が顔を揃えています。
たぶんこれを読む人達は、硬い専門医の科学的知見や自治体の抗議文は飛ばして、反原発派だけ読んでしまうでしょう。
批判派にも大勢の人口に膾炙した論者は多いのですから、どうしてそうしなかったのか、ここにも編集部の「意図」を感じます。
そもそも、この回は両論併記にするべき性格ではなく、自治体の抗議文と、編集部の謝罪だけでよかったはずです。
ところが、謝罪は「議論の一助に」と居直って事実上拒否し、反原発派多数に雁屋氏応援歌を歌わしてしまえば、編集部の本音は透けて見えます。
いうまでもなく、この雁屋応援団のほうが編集部の意見なのです。つまり小学館とスピリッツ編集部の本音はおおかたこうです。
「へいへい、悪うございました。ご不快だったようなんで謝りますぜ。自治体や政府にも怒られちゃったしね。はいこのとおり。ペコリ。
休載いたしますぜ。もっとも前から決まっていたことで、このこととは関係ないんですがね。でもいちおうけじめみたいに見えるでげしょう。
でも内容的はこっちが正しいんで、応援団を沢山連れて来ましたぜ。
さぁ賑やかに雁屋さんを応援してくれぇ!」
もし編集部が本気で「低線量被曝の議論の一助にしたい」ならば、今頃になっての場外乱闘ではなく、作中でなぜまともに専門的知見を持つ放射線医学者を一度でもいいから登場させなかったのでしょうか。
なぜ、井戸川氏や荒木田氏といった極端な意見の持ち主だけではなく、彼らとはまったく異なる意見を持つ福島の人たちを取り上げなかったのでしょうか。
スピリッツ編集部の意図は成功しました。
おそらく、この「美味しんぼ」を読まもうが読むまいが、多くの国民には「福島は未だ危険な土地である」という印象が強く刻印されたはずです。
「美味しんぼ」のメッセージは「福島は人が住めない。逃げろ」ということに尽きます。今回も雄山にはっきりと「福島の人たちに危ない所から逃げる勇気を持て」と語らせています。(冒頭切り抜き参照)
この漫画を読んだり噂で聞く福島の人の中には、強いストレスによる健康不安を放射能とを結びつけることで、いっそう症状が進んでしまう人も出るやもしれません。
あるいはもう自主避難は限界だ、福島も元に戻りそうなので帰還しようと思う人にとって、この漫画はそれを躊躇させるに充分でした。
また、いままで延々と地道に3年間積み上げてきた除染や保健活動を支えてきた自治体職員や病院関係者にとっては、頭からそれを否定されたような気持ちになったことでしょう。
そして農業者にとっては、かつて自殺者まで出したあの暗黒の2011年を思い出して、天を仰いだことでしょう。
このような声を出さぬ無数の被害者にとって、「美味しんぼ」と編集部はまがうことない加害者なのです。
百歩譲って、雁屋氏の考え方が正しいとしても、正しければ何を言ってもいいのでしょうか。
復興に向けてようやく平穏な日々を回復しつつある人々を再び不安に陥れていいのか、何が楽しいのか。
福島の人々は原発事故でもう充分以上に苦しみました。その彼らに対してマスコミが「正義と真実」を振りかざす権利などなにもないのです。
この「美味しんぼ」「福島の真実」は、私たち「被曝」地の人間にとって、言論の暴力として記憶されることでしょう。
そして、ノアよろしく「福島から脱出しろ」とまで言い切る人々を見ると、脱原発運動はもはや「宗教」に分類されるべきなのかもしれないと思いました。
■スピリッツ編集部公式見解(要旨)
一連の内容には多くのご批判とご抗議を頂戴しました。多くの方々が不快な思いをされたことに責任を痛感しております。福島の方が不愉快な思いを抱かれるであろうと予想されるため、掲載すべきか検討しました。
健康不安を訴える方々がいらっしゃることは事実です。取材対象者の声を取り上げないのは誤りであるという雁屋哲氏の考え方は、世に問う意義があると考えました。今号の特集記事には、厳しいご批判をいただいております。
真摯(しんし)に受け止め、表現のあり方を見直して参ります。このたびのさまざまなご意見が、私たちの未来を見定めるための議論へつながる一助となることを願います。 「週刊ビッグコミックスピリッツ」編集長 村山広
「美味しんぼ」に対して小学館が休載対応したそうですが、それに対しては速報しましたので、現物を見てからまた考えます。とりあえず先に進めます。
スピリッツ24号で、「福島は除染しても住めない」というモノスゴイことを発言しているのが、福島大学准教授荒木田岳氏です。
なにせ、身も蓋もなく地元国立大学教員が、ストレートに「福島は住めない」論を展開しているのですからなかなかのものです。
(「美味しんぼ」24号 以下同じ 妙にキッパリ断定しているのが荒木田岳氏准教授。なぜか、この漫画はこういう断言タイプ満載だ)
しかし、この人福島県にほんとうに住んでいるんですかね?
福島県は、横に長い地形で、浜通り、中通り、会津地方に別れます。
原子力事故の影響を受けたのは、相双地域を中心とした浜通りと阿武隈山系の一部だけです。
この浜通りですら、当時の風向きや地形で複雑な放射線量の濃淡があるのに、一括して「福島はもう取り返しがつかていまでに汚染された」「人が住めない」はないでしょう。
となるとまったく「被曝」しなかった会津地方も「人が住めない」ことになります。このようなごく一部の事象を切り取って全体に敷衍するらうな詭弁自体が飛躍もいいところで、到底まともな学者が言うことには見えません。
さて、荒木田氏は漫画と同じことを文章でも述べています。
「原発から60キロ離れた福島市内では、毎時150マイクロシーベルトなんて数字が出るところがあります。信じられますか?今日もその道を子供たちが通学しているんです。
除染するほど住めないと思う。」
この人が「福島市内で150マイクロシーベルト出た、それも通学路だ」と言っている地点は、側溝で、要するにドブです。
な~んだ、また側溝ですか。失礼ですが、プロパガンダ耐性ができてしまっている私は爆笑しました。いや、これはよくグリーンピースや上杉隆氏がやる古典的手口なんですよ。
上杉氏は郡山市役所前の側溝で計測して、「1.8マイクロシーベルトもある。チェリノブイリでは自主避難区域・緊急除染区域だ。福島、郡山では人は住めない」とやって派手に自爆した故事を思い出します。h
ttp://matome.naver.jp/odai/2135440764968172701
小学館編集はこの有名な捏造事件を知らないのでしょうか。
当時同じ自由報道協会会員だった江川紹子氏は、この時こう書いています。
「福島の人たちが、捏造や嘘報道のせいで、相当の迷惑を被っていることがよく分かった以上、それをきちんと潰していくことは、いくら面倒な作業でもしなければならないのだと思った。」
https://twitter.com/amneris84/status/196223429765115906
今回の事件についても、江川氏はこう発言しています。まったく同感です。
Shoko Egawa @amneris84 · 5月13日
福島の人たちは、東電と国によって十分ひどい目に遭っているのに、さらにデマ情報と「あなたの言葉」によって苦しみの追い打ちをするのか、ということを、少し考えた方がいいと思うよ。
この側溝に放射性物質が溜まる現象は2011年夏以前から分かっていて、今更取り立てて大騒ぎすることではありません。
こんな分かりきったことをデカデカと20万部も刷って、社運を傾ける小学館の気持ちが分かりません(苦笑)。
あたりまえですが、降下した放射性物質は、屋根や道路面にいったん溜まり、その後に雨で雨樋から側溝、下水施設、あるいは用水路から川へと流れ、最終的には海に流れ出して拡散していきます。
途中の各所では、堆積物として徐々に溜まっていきます。そこでは堆積が重なるために濃度が必然的に高くカウントされることになります。
別に「住めない」福島だけの問題ではなく、小学館のある東京都の下水処理施設ですら同じです。
上図のように、「被曝」した東葛地域のある東葛下水処理場などは2012年3月で未だ1万ベクレル/㎏を超えています。
「原発ゼロの会」の河野太郎氏が住む神奈川県の下水汚泥の線量は、1024ベクレル/㎏でした。(相模川流域右岸処理場2012年1月16日)
児童の通学路だと言っていますが、大丈夫ですかこの人。児童は側溝を這って通学するのでしょうか?あるいは、子供はドブの中で生活しているとでも?(笑)
ちなみに、放射性セシウムはβ線でわずか5ミリていどのアルミ板で遮蔽できてしまいます。
よく騒がれるプルトニウムやストロンチウムなどはα線で、紙すらも透過できません。
この荒木田氏のような人は、「下水汚泥から放射して子供が被曝する」とか言いかねないので、それほど心配だったら側溝の蓋の裏にアルミ板でも張り付ける要求でもするんですな。あんまり意味ないと思うけど。
というのは、汚泥 は非常によく放射性物質をトラップ(※)する物質なのです。土壌の中の粘土質に強力に結着しているために簡単には水に滲み出てきません。
(※トラップ 特定の物質を捕獲して封じ込めること)
ですから、汚泥が放射線量が高くても、用水や川の水には検出されないケースが大部分です。
ではなぜ、側溝を除染しないのかといえば、やっても意味がないからです。そのうち余裕ができたらやるかもしれませんが、除染には優先順位があります。(※除染している地域もあります)
今は、側溝を除染作業で攪拌してセシウムを遊離させてしまうより、天然のセシウム・トラップとして働いていてくれたほうがいいということです。
まずは人の住む住宅とその周辺、学校と校庭、その通学路、集会所などの公共施設が優先なのはあたりまえです。
荒木田氏は「除染などしても福島は住めない」という過激なことを言っていますが、ものには順番があり、側溝、森林などは後回しでも当然のことです。
森林から流れる水についても荒木田氏はいろいろ言っていますが、長くなりましたので次回にしましょう。
それにしてもきっと荒木田氏は、東京は側溝から集まった下水道汚泥から1万ベクレルも出たんですから、「東京はとりかえしのつかないまで汚染されてしまった」「東京は人が住めない」とでも言うんでしょうかね(苦笑)。
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コメントにありました、「国会や官庁を福島に」という案にづいて少し考えてみましょう。遅くなってごめんなさい。
ところで、「使用済み核燃料を地層処分出来る場所が見つかったら、その真上に行政・立法機構を建てるとのコメントで提案を頂戴しましたが、やめたぼほうが無難に思えます。
風評を封じ込めるという気持ちは理解できるのですが、これではかえって「風評」を煽る結果になりかねません。
というのはこのような逆説的方法をとった場合、それが焦点化してしまいます。たとえば30年ちかく前に広瀬隆氏が「東京に原発を」という本を書きました。
もちろん「そんなに安全なら原発を東京に作れよ」、というイヤミです。
絶対に政府は作らないということを前提にして言っているわけで、言い訳に困る政府を見て、「ほらみたことか、原発は危険なのだ」と言いたいのです。
頂戴したコメント案を実行すると、たぶんこれと同じ現象が起きます。
政府がこの移転プランを呑むことはコスト的にも社会的にも絶対ありえませんから、「東京に原発を」ということと同じ効果が現れます。
「ほら、危険を承知で政府は進めているんだ。福島はやっぱり危険な土地なんだ」というリアクションです。
そうなった場合、お気持ちとは真逆な結果になりかねません。
誤解をおそれずに言えば、福島県民の大部分は、(わが茨城県もそうですが)時間と共にいい意味で記憶からフェードしたいのです。
事故から3年、もはやいつまでも「被曝」地として見られること自体が苦痛なのです。
その自然なフェードは半ばまで進んでいました。農産物は安全が確証され、一部避難地域を除いて徐々に安全な福島県が戻ってきつつあった、ちょうどその時でした。「美味しんぼ」が「福島は住めない」「(高濃度放射能汚染で)鼻血が出る」と騒ぎまくったのは。
雁屋氏のような老害か現れたために再び焦点化してしまったのです。
スピリッツ編集部は「低線量被曝を議論する一助に」などと言っていますが、そんなことで現地を取り上げてくれなくてけっこうです。
われわれを静かにしておいてくれないか、それが物言わぬ声の圧倒的意見ではないでしょうか。
「週刊スピリッツ」「美味しんぼ」25号(19日発売)の内容が報道されています。
思ったように両論併記でお茶を濁しています。大変に後味が悪い逃げの姿勢です。
おそらく政府の大臣発言と、自治体からの法的措置もほのめかす抗議によって小学館経営が、いまやお荷物になった「美味しんぼ」をいったん切り捨てた格好を取り繕ったのでしょう。
また25号にはシリーズ最終話も収録されており、シリーズの区切りだけという見方もあります。
たぶん一定の時間をおいて再開となるはずで、たぶんまったく反省などしているはずがないキャラの雁屋氏は同じことを繰り返すか、あるいは自分のブログや週刊誌で言論弾圧だというような反論を出して自説の正当性を譲らないでしょう。
もし、本気で小学館が「ご批判、お怒りは真摯(しんし)に受け止め」たのならば、なぜあのような福島県民を差別する漫画が「綿密な調査」(初回のスピリッツ編集部見解)をしたにもかかわらず掲載されてしまったのか、その取材に誤りやバイアスがなかったのか徹底的に検証すべきです。
松井英介医師は新聞インタビューで、「去年暮れから4か月もの取材を受けた」と言っており、おそらくこのシリーズは、非常に片寄った取材対象に対して、最低4か月以上の取材をしているはずです。http://blog.livedoor.jp/home_make-toaru/archives/7676884.html
その際、雁屋氏に小学館側編集者が同行するのは当然ですから、いかなる編集部のチェック機能が働いたのか、それともなかったのか、漫画という形式での「言論」を構築する上で、雁屋氏の著しく歪んだ視点がなぜそのまま反映されてしまったのかを検証すべきです。
次に、23号で地元福島から大きな批判を浴びながら、なぜ「刷り上がった」という理由だけで、24号のより問題がある回をそのまま発行してしまったのか、経営の判断がゴーサインを出したのはなぜなのかも明らかにするべきです。
あの時点て市場に出さず回収をかけていれば、これほどの混乱を招くことはなかったのです。
それをあたかも居直るように荒木田氏を登場させて、「福島は除染じても人は住めない」とまで言わせてしまえばもう言い逃れしようもありません。
大臣たちのノイズはうるさいですが、そういう発言を引き出したのは、他ならぬスピリッツ編集部と小学館経営に責任があります。
おそらく小学館は、両論併記することで、「ほんとうは我々のほうが正しいのだ」と考えていると思われます。
その証拠に、両論併記の内容に目を向ければ、放射線医学の専門家のすべてに否定されている「美味しんぼ」の内容を、専門外の津田敏秀氏に「チェルノブイリでも福島でも鼻血の訴えは多いことが知られています」と語らせています。
まだこんなことを言っているのですか!なぜ、「美味しんぼ」が問題視されたのか、その最大原因はチェルノブイリと福島を同一視したからですよ。
チェルノブイリで起きた「鼻血と耐えがたい倦怠感」が福島で起きたという井戸川氏の妄想を、松井医師のトンデモ理論で「証明」してみせ、ついで「大阪瓦礫焼却でも出た」と敷衍してしまうことで延焼したのではなかったのでしょうか。
したがって、津田氏がいうような「チェルノブイリで起きたから」という言説こそ、雁屋氏の誤りの根本なのです。
だいたいただの食中毒の専門家でありながら、今までさんざん越境して「福島で甲状腺ガンがアウトブレークする」という煽りをして顰蹙を買っていたのがこの津田氏です。
津田氏は、甲状腺ガンを食中毒のように「感染」するものとしているために、「放射能がうつる」差別につながるとして厳しく批判されました。
小学館はここに至ってまだこんなトンデモ「専門家」を引っ張り出すのでしょうか!バッカじゃないか!
このような一見謝って見せてて嵐をやり過ごし、腹の中で舌を出して「ああ災難だった」と笑っているという姿勢が「小学館の真実」の姿なのです。
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■「美味しんぼ」一時休載へ 「表現のあり方を今一度見直す」と編集部見解
産経新聞 5月16日
東京電力福島第1原発を訪問した主人公らが鼻血や倦怠(けんたい)感を訴える描写や、「今の福島に住んではいけない」などの表現で議論を呼んでいた漫画「美味しんぼ」を連載する小学館の「週刊ビッグコミックスピリッツ」最新号(19日発売)に、「ご批判、お怒りは真摯(しんし)に受け止め、表現のあり方について今一度見直していく」などとする編集部の見解が掲載されていることが16日、分かった。自治体や有識者による描写への賛否両論を並べた特集も掲載された。
併せて、美味しんぼを次号からしばらく休載することが明らかにされた。編集部によると、休載は以前から決まっていたという。
「『美味しんぼ』福島の真実編に寄せられたご批判とご意見」と題した特集では、有識者13人の意見や福島県庁、同県双葉町、大阪府・大阪市から送られた抗議文が10ページにわたって展開された。
この中で、立命館大の安斎育郎名誉教授(放射線防護学)は、1シーベルト超の被曝(ひばく)をしなければ倦怠感は表れないが、漫画で第1原発を見学した際の被曝線量ははるかに低く、倦怠感が残ったり鼻血が出たりすることは考えにくいと指摘。「率直に申し上げれば、『美味しんぼ』で取り上げられた内容は、的が外れていると思います」「200万人の福島県民の将来への生きる力を削(そ)ぐようなことはしてほしくない」と訴えた。
福島県川内村の遠藤雄幸(ゆうこう)村長も「多くの読者がいる御社の雑誌の一言一言は重い。自主避難者支援は理解できますが、全ての被災者が同じように受け止めることができるかどうかは疑問だと思う」とした。
一方で、岡山大の津田敏秀教授(疫学、環境医学)は「チェルノブイリでも福島でも鼻血の訴えは多いことが知られています」「『低線量放射線と鼻血に因果関係はない』と言って批判をされる方には、『因果関係がない』という証明を出せと求めればいい」と擁護。「こんな穏当な漫画に福島県の放射線のことが描かれたからといって文句を言う人のほうが、むしろ放射線を特別視して不安をあおっているのではないでしょうか」とつづった。
同号には一連の問題描写が載っていた美味しんぼ「福島の真実」編の最終話も掲載。主人公らが福島県飯舘村から北海道に移住し畜産に挑む男性らを訪ねたり、福島の伝統料理を食べたりする内容で「偽善は言えない」「真実を語るしかない」との会話もあった。
荒木田岳福島大准教授は、「美味しんぼ」の中で、森林汚染を取り上げて「除染しても放射性物質が山などから流れ込んで来て、すぐに数値が戻るんです。」「だから福島は住めない」と主張しています。
(美味しんぼ」24号 右側が「福島は除染しても住めない」と主張する荒木田準教授)
今回は、荒木田準教授の言説に対する前に(※それについては来週します)、こういう放射能に対する「穢れ」(けがれ)について考えてみたいと思います。
3年前、放射能に対する過敏な反応は、福島県民に止まらず東北全体への社会的差別事件にまで発展しました。、
福島避難児童に対する保育園入園差別事件、福島県避難者宿泊拒否事件、青森の雪拒否事件、福島ショップ出店拒否事件、福島女性婚約廃棄事件、そしてもっとも大規模だったのが全国で繰り広げられた瓦礫拒否運動でした。
ようやくこれらの狂騒が収まろうとしていた今になって、反骨の正義漢を気どる雁屋哲氏によって、またもや「放射能の穢れ」を根拠とする火が再燃しようとしています。
この「放射能の穢れ忌避」の流れは、この人たちにとって放射能ゼロまで閾値なしと考える以上、カルト的により隠微になって温存される性格を持っています。
さて、昔子供だった時「エンガチョ」ということをしませんでしたか?
たとえば、道路に落ちていた犬の糞を踏んでしまった子供は、別な子供にエンガチョを移さないとたいへんです。
逃げ回る友達たちを追いかけて、泣きながらさエンガチョを移すわけです。このエンガチョは民俗学で「穢れ」といいます。
網野善彦氏はこれを「縁をちょん切る」が語源だと述べていました。また民族学者の石川 公彌子氏は「穢れ」をこう説明しています。
「穢れ」とは神道や仏教における観念であり、清浄ではなく汚れて悪しき状態を指す。とくに死、疫病、出産、月経や犯罪によって身体に付着するものであり、個人のみならず共同体の秩序を乱し災いをもたらすと考えられたため、穢れた状態の人は祭事などに関われずに共同体から除外された」
これを今の3.11以降の状況に置き換えてみましょう。放射能という「清浄ではなく汚れて悪しき状態」にまつわるすべてが「穢れ」なのです。農産物も、車も、雪も、瓦礫も、そして人すらも。
放射能とは疫病や死のシンボルであり、それを持ち込もうとする者は、清浄な共同体の秩序を保つために排除されたのです。
しかし、前近代的な「穢れ」に対する恐怖であるが故に、いくら福島県が「まったく検出されていない」と言おうが言うまいが、一切耳を貸さない根深く理屈抜きな部分からの恐怖なのでしょう。
このようなある意味、前近代的な「闇」の心理を引きずっているためにいつまでたっても「穢れ」を排除し、差別する事件が後を断たないようです。
一見、科学によって装われていますが、「美味しんぼ」がかき立てたのは、穢れを嫌う村八部という恐ろしく古い日本人の暗部なのです。
かつて広島において「ピカがうつる」と被爆者を差別した時代に、SNSがなくてよかったとしみじみ思います。
あの時代にそれがあったら、福島どころの騒ぎでは収まらず、広島の復興は10年以上遅れていたことでしょう。
当時の人から人への噂話が、いまや20万部の大雑誌とネットがバラまくだけに変化しただけで、なにも変わっていないのかもしれません。
ただ今回、「穢れ」差別を呼び起こしたのが、日本的社会を嫌って、「多元的価値社会」のオースラリアに住む日本嫌いの老人だったというのは皮肉なことです。
この稿続けます。
、
「美味しんぼ」に登場する岐阜環境医学研究所というもっともらしい肩書で登場する松井英介医師は、瓦礫処分場周辺で目、鼻血、呼吸器系障害なが多数たと言っています。
ちなみに松井氏の「岐阜環境医学研究所」は科学機関ではなく、個人経営の「呼吸器疾患」「止煙相談」「漢方相談」のお店のような所だそうです。
この松井氏は「大阪おかんの会」の原データも示さずに、なんと「1000人調査して800人」ですから、率にして8割、もうほとんど全部ですね。
前回、瓦礫焼却から出る放射性物質とは関係ないことをお話しましたが、ならば鼻血や急性呼吸器病と言うくらいですから、呼吸器病と密接な関係のある空気汚染物質と関連づけるべきでしょう。
現時点でもっとも疑われる最大の空気汚染物質はいうまでもなく中国から飛来するPM2.5です。
(下図大阪気象台による)
今年になって中国の大気汚染はもはや、「人が住めない」とまで中国人自らが言うまでになってきています。
上図をみると、PM2.5は2月、3月になると上昇に転じているのがわかります。大阪市が瓦礫処理をした3月は最高値です。
その上昇に転じる時期の2014年2月29日の中国大陸の衛星写真です。
完全に地形が判別できないまでに厚いスモッグの下に中国大陸が沈んでいるのがわかります。
この中国から発生したハンパでない厖大な微粒子PM2.5スモッグは、2月25日午後から日本各地に現れています。
下図は環境省のグラフてすが、中国の空気汚染がわが国に大量に流入しているのが分かります。列島は黄色とオレンジ色に染め上げられています。
●25日午後6時の時点での環境省が出したPM2.5警報
・注意喚起レベル超・・・26地点
・環境基準超・・・474地点(全国測定基地の4割)※・注意喚起レベル・・・PM2.5が大気1立方メートル当たり85マイクログラム
・環境基準 ・・・同35マイクログラム。85マイクログラム・環境基準を超えた地点・・・富山・石川・福井・兵庫・大阪・島根・福岡
・最高値・・・大阪・柏原市内147マイクログラム
・2位・・・島根・浜田市106マイクログラム
当時の汚染拡散状況は環境省「PM2.5まとめ」にあります。
黒が注意喚起レベル超えで山陰地方、島根県に見えます。赤が環境基準超えを表します。
環境基準超え地点は増え続けて、2月26日午前0時で601地点と全国測定ポイント1124の半数を超えています。
ここで、大阪のPM2.5汚染が常に環境基準を上回っていることにご注意ください。
このように、瓦礫焼却をした2013年3月は、大阪は全国有数の濃いPM2.5汚染に見舞われていたのです。
ではなぜ大阪が空気汚染度が高いのでしょうか。それは大阪の地形は、中国から近畿にかけての大気汚染物質を集めやすい地形となっているからです。
大阪の場合、空気汚染物質は日本海側から山越えして来る風よりも、壇ノ浦沖あたりで発生した上昇気流に乗って飛んで来て、大阪めがけて吹き下ろします。
その時に中国大陸からのPM2.5を運んでしまうのです。
その上、大阪平野は奈良や滋賀、兵庫などの山に阻まれているためにいっそう濃度が上昇することになります。
このように中国での野放図な大気汚染の深刻度は減るどころか増大する一方で、2013年10月17日、WHO(世界保健機関)の専門組織「国際がん研究機関」はこのような重大な指摘をしています。
今までのガン・リスクにあった、ヒ素、アスベスト、プルトニウムと同等の最高レベルに、PM2.5などによる大気汚染の脅威を位置づけたのです。
憂鬱な気分になりますが、わが国にはプルトニウムに並べられるガン・リスクのある空気汚染物質があの迷惑大陸から大量に飛来しているというわけです。
特に肺ガンや呼吸器障害が発症し、その前兆として鼻血が出ることは中国においても多数報告されています。(※中国ではクロム公害などとの複合汚染が考えられています)
というわけで、もしこの大阪市の瓦礫焼却で、なんらかの呼吸器病が生じた場合、真っ先に疑われるべきなのはなんなのか改めて書く必要もないでしょう。
震災瓦礫か、PM2.5なのか常識で判断してください。
百歩譲って瓦礫焼却場から放射性物質が漏れ出ていたとしても、この凄まじい大気汚染物質の前にはノイズ程度の意味しか持たないでしょう。
震災瓦礫の放射能を騒ぐのは自由ですが、親としては現実に今あなたの子供の頭上に毎日降っている桁違いの量のPM2.5に対して、守りを固めたほうがいいと思います。私はこのように呼吸器病との因果関係が明確にPM2.5と判明しているのに、まだ瓦礫焼却と結びつけようとしている一部の脱原発運動家や、それに乗って影響力の強い「美味しんぼ」にそれをそのまま載せる雁屋氏とスピリッツ編集部の常識を疑います。
福島民報(5月15日)はこう述べています。雁屋氏と小学館はよく聞くがいい。http://www.minpo.jp/news/detail/2014051415643
「5月12日発売号では元町長が鼻血の原因を「被ばくしたからですよ」とし、福島大准教授は「除染をしても汚染は取れない」と話している。
個人的見解を取り上げたことで、本県の実情が誤って伝わる恐れが生じている。復興への努力を台無しにしかねない。風評という暗黒の海に投げ出され、光の見える海面近くまで懸命に浮き上がってきたところを金づちでたたかれたようなものだ。12日に県が科学的な根拠を示して反証し、偏らない客観的な事実を基にした表現とするよう強く申し入れたのは当然だ。
そもそも作品の意図が分からない。編集部は議論を深めるためと説明する。県民と支援者の心を傷つけ、復興に使うべき貴重な時間と労力を抗議や反論のために浪費させて何が議論か。」(太字引用者)
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-943f.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/. .
■南相馬病院 坪倉正治医師の「内部被曝通信」http://apital.asahi.com/article/fukushima/2014051200007.html
(「美味しんぼ」604話5月12日発売24号より。一番下のコマの左が松井医師、右が井戸川氏。このページで井戸川氏は鼻血と被曝を原因づけてしまっている)
「美味しんぼ」で、放射能による過酸化水素で鼻血という興味深い珍説を提唱する松井英介氏が、大阪でも震災瓦礫の焼却で目や呼吸器障害が実に800人も出たと主張しています。
この発生源とされたのは、大阪市環境局焼却場がある舞洲という埋立地の島です。
島内には一切住宅はありません。南にある夢島は開発途中で、ここも人家はまばらです。(下写真参照)
さて、この人家のほとんどないエリアのどこで、いつ1000人もの調査をされたのでしょうか。
まぁ、それはひとまず置くとして、当然、調査日は震災瓦礫が搬入されて処分された2013年3月24日から31日までの期間でなければなりません。
では、大阪市環境極舞洲工場の放射線量データを見てみます。(大阪市環境局による)
・大阪市舞洲工場における測定結果(2013年3月24~31日)http://www.city.osaka.lg.jp/kankyo/page/0000236566.html
・搬入口(プラットフォーム)初日3月24日・・・0.14マイクロシーベルト
・同 最終日 31日・・・0.14
・1号炉1m 初日 24日・・・0.07
・ 最終日 31日・・・0.07
・マンホール1m 初日 24日・・・0.11
・同 最終日 31日 ・・・0.11
ご覧のようにピクリとも放射線量は変化しません。これで放射能の漏洩があったというなら、どうぞデータ根拠を見せ下さい。
当然です。あの時大阪市が受け入れた震災瓦礫は岩手県のものだからです。岩手県は一関以外一切被曝していませんでした。放射能など出したくても出やしません。
また、受け入れ瓦礫の基準線量は100ベクレルです。これは食品の放射線量基準と同等です。なんなら食べてみますか?
山本太郎氏は、「食品基準値は瓦礫と一緒なんですよ」などとわけのわからないことを言っていますが、逆です。
先に食品基準値があって、「食べられる」基準にまで瓦礫搬入基準を落としたのです。
大阪で瓦礫搬入反対運動をした人たちは、「北九州市では周辺の子供9人に鼻血が出た」、などということをネットで流しています。http://blog.goo.ne.jp/jpnx05/e/3dcd62d9d68708795887451af6fe00d6
別な大阪の瓦礫反対運動のサイトでは、「結核,ウィルス性肝炎、急性呼吸器病等の感染病の増加につながっている」としています。
http://mimislifestyle.blog.fc2.com/blog-entry-42.html
ではこの原因はなんでしょう。この人たちが主張するように瓦礫焼却から出た放射性物質でしょうか。
松井医師は、井戸川氏の話に強引につけ加えて大阪の目や呼吸器症状を出しているので紛らわしいのですが、とりあえず「美味しんぼ」のストーリーの展開に従って鼻血を見ていきましょう。
(※呼吸器症状については次回にお話します)
まず、鼻血が出る原因はいくつもありますが、もし放射性物が原因ならば、それは見分け方は簡単です。
一時に500ミリシーベルトという高濃度で放射線を浴びると、血小板減少症になります。
高い放射線量の場合、発症するかもしれないというような悠長な話ではなく、確定的になります。
広島の被爆者や、チェルノブイリでも応急作業に当たった作業員の多くにその症状が出ています。
その場合、井戸川氏や松井氏はどういうわけか、鼻血だけを取り上げていますが、現実の急性被曝による血小板損傷症は広島などでは、腸管出血による真っ黒な血便、歯茎からの出血が見られました。
これは放射線が血を作る骨髄に達して、白血球や血小板を傷つけるからです。
血小板は血を止める働きをしていますから、これが傷つくと血が止まらなくなります。
鼻のような柔らかい粘膜が破れた場合、血が止まらない症状が出ます。
逆に言えば、ちょっと出てすぐに止まった場合は、放射線とは関係ありません。
急性被曝による鼻血は、止血剤である血小板自体が減少してしまっているために、かなり長時間鼻血が止まらないことがあります。
松井医師と井戸川氏が言う通り福島で鼻血が多発したというのならば、ぜひこのデータを開示願いたいと思います。
また、白血球が傷つけられれば、抵抗力が弱まっていろいろな感染症に罹りやすくなりなりますので、反対運動している人たちが主張するウイルス性感染の原因になりえます。
松井医師は、放射線量との関わりで鼻血を主張する以上、血小板数、白血球数、赤血球数を検査するのは、イロハのイですので当然お持ちでしょうから、開示ください。
聞いたこともない過酸化水素がどうじゃらという自説の開陳など後にして下さい。医師は科学者でもあるからです。まず仮説を並べ立てる前に、データを見せるのが筋ではないでしょうか。
ここまでをまとめてみましょう。
①放射能の被曝により鼻血が出る可能性はあります。その条件は、一時に大量の被曝をしてしまう広島の被爆者やチェリノブイリの応急作業員たちのケース
②その放射線量は500ミリシーベルト以上。「耐えがたい疲労感」が出るのはさらに高く1000ミリシーべルト以上。
③急性被曝によって血小板が損傷し鼻血が止まらなくなる症状が出ることがある
④血小板損傷症による鼻血の特徴は、すぐに止まらないこと
⑤同時に歯茎の出血や真っ黒な血便も出ることがある
⑥血小板と同時に、白血球、赤血球も損傷を受けて減少する
したがって、もし福島で井戸川氏が福島で「大勢の人が鼻血を出している」というのならば
①鼻血が長時間止まらない
②白血球数、赤血球数が減少する
という症状が同時に出ているはずです。
いかがでしょうか。この①~③までの条件に当てはまる方かひとりでもいらしたら申し出て、専門医に診察してもらうことをお勧めします。
真昼の幽霊騒動ではあるまいに、井戸川氏のようにマスコミの前に出て「ほらこの通り鼻血がでています」と言っていても始まりません。鼻血写真の公開もバッチイから止めて下さい(笑)。
行政側は福島県も大阪市も、当時の放射線量データを出しています。今度は井戸川氏と松井医師が、「被曝」と結論づけたデータを開示すべき番です。
蛇足ですが、毎日放射線の高い高空を飛ぶパイロットは、NY-東京間往復で実に200マイクロシーベルトの被曝をしています。
放射能との関連で鼻血が出るなら、コクピットは鼻血まみれなんでしょうね(笑)。
「航空機での移動は地上より高い放射線を浴びる。ヨーロッパで、1万9184例の男性パイロットを調査した。年間被曝量は2-5mSvで累積生涯線量80 mSvを超えなかった。逆にがんなどの健康被害などのリスクは低かった」
「航空機パイロットのがん死亡率:ヨーロッパ疫学調査から」
もちろん、上記疫学調査によれば、パイロットにガンが多いという報告はありませんし、鼻血が出たというパイロットやアテンダントは聞いたことがありません。
私は、松井医師がデータを出すまで断定的なことは言えませんが、9割9分福島と鼻血の関連性はないと思います。
鼻血はいわば真昼の幽霊なのです。その幽霊を使って福島県を差別するのが「美味しんぼ」です。
「美味しんぼ」24号は確かに雁屋氏が予告したとおり、完全に「発狂」状態な内容となっています。(※本日の「美味しんぼ」の切り抜きはすべて24号)
今回「美味しんぼ」は、「除染をしても汚染は取れない」「福島はもう住めない、安全には暮らせない」という決定的とも言える暴言を載せています。
もう逃げられません。ここまで明確に「福島は除染しても住めない」と書いたからには、雁屋哲氏、スピリッツ編集部はもちろんのこと、小学館にまでしっかりと責任を取ってもらわねばなりません。
今回アップしたように、すべての関係自治体からは猛烈な抗議が来ています。
いままで、24号を見てからと態度を保留していた福島県も公式に極めて異例で、かつ冷たい怒りに満ちた見解を公表しています。(欄外参照)
大阪市長の橋下氏は法的措置まで匂わせており、小学館の対応次第では、訴訟に踏み切るかもしれません。(欄外参照)
小学館はおそらくもう出来てしまっている次の25号は、たぶん編集責任から逃げたこんな両論併記での幕引きを考えているはずです。小学館に代わってテンプレートを作って上げましょう。
「多くの貴重なご意見を頂戴いたしまして、それを記載させていただきます。一方雁屋、松井、荒木田、井戸川諸先生からも、この事態についてこのようなご意見がありました」
そして、大阪市は小学館社長宛て抗議文となっていますから、これに対してもこんなところでしょう。
「作者雁屋氏の表現上の問題にいきすぎたところがあったことに関して厳しいご指摘を頂戴いたしました。弊社といたしましては差別や風評を拡げる気持ちはまったく御座いませんが、皆様にご不快の念を与えましたことを深くをお詫び致します」
もし仮に、こんなことでお茶が濁せると思ったのなら、この会社はお終いです。
いつもえらそうにご高説を垂れる大出版社か、リスク管理がゼロだということが分かりました。
大阪市から小学館社長宛てに法的措置を匂わせたこ抗議文をもらう前に、いくらでもやりようがあったはずです。
まず初めに対応に当たったスピリッツ編集部は、いつもの「原発推進派」が騒いでいるていどの甘い認識しかなかったはずです。
ですから「綿密な調査をして」「作者の表現を尊重して」などという木で鼻をくくったようなことを言ってガソリンを投下してしまいました。
そしてそれがやや治まった頃になって、今度はこともあろうに作者の雁屋氏自身が「鼻血ごときで騒ぐな。次回は発狂させてやる」と猛獣のように分別なく吠えて、こんどは大爆発。
ここで一気に関係自治体、省庁、官房長官、大臣まで巻き込んだ社会問題にまで発展したわけですが、それでもなおこの「発狂するぞ」という作者の予言つき24号を出してしまうという鈍感さには呆れ果てます。
ここまでリスクに対して鈍いのを見ると、一部では炎上商法とさえ言われていますが、ほんとうにそうかもしれません。
なにせ自分で逃げ場を燃やして、怒り狂った雁屋氏と心中しようとしているんですからね。雁屋氏が勘違いしていたように、批判の火の手はもはやネット言論だけではありません。
地方自治体政府、そしてこのニュースを扱うほぼすべてのマスコミ仲間からも批判をまんべんなく受ける有り様です。
福島県のプレスリリースを読むと、4月30日に至ってやっとスピッリッツ編集部はこのような申し入れをしていたそうです。
出版社から取材依頼のあった事項
・「美味しんぼ」に掲載したものと同様の症状を訴えられる方を、他に知っているか。
・鼻血や疲労感の症状に、放射線被曝(※依頼原文では「被爆」)の影響が、要因として考えられるかどうか。
・「美味しんぼ」の内容についての意見
これで「美味しぼ」は、福島県に対して一切取材を行っていなかったことが暴露されました。
「除染しても福島には住めない」とまで書き散らしながら、福島県にはなんの取材もしていないとは、もはや絶句です。なにが「綿密な調査に基づき」だ!恥を知りなさい。
ここまで来たら両論併記で、「ご迷惑をおかけいたしました」などということでは納まりがつかないでしょう。
小学館さん、もう事態は雁屋氏と編集部だけの問題ではなくなりました。小学館という日本で一、二位を争う大出版社としてしっかりと白黒をつけてもらいましょう。
ところで、この3年間、放射能についてあることないことを煽りまくる「週刊現代」に対して、極めて抑制的だった小学館発行「週刊ポスト」は既に3年前に鼻血に関して放射能との関連を否定する記事を掲載しています。(欄外参照)
さぁ「週刊ポスト」編集部さん、どのように答えるのでしょう。よもや同じ社内だからと頬被りすることはないでしょうね。
ぜひ、ポスト編集部のご意見をお聞かせ願いたいものです。そしてまた後日、「“センセーショナルな報道”の「その後」の追跡」を特集してください。
とまれ、このような被災地・福島県をここまで差別した放射能風評漫画を断じて許してはなりません。もう風評被害はここで完全に断ち切るべきです。
~~~~~~
※追記 スピリッツ編集部のコメントがでています。(欄外参照)
予想どおり「鼻血と疲労感と放射線の影響を断定するものではない」「低線量被曝の議論を深める一助としたかった」とのことです。
こういう言い方はよくマスコミがやる実に汚い手法で、さんざん登場人物に偏ったことを言わせておいて、これはその人が言ったことで、自分たちは中立だと逃げる小手先の術です。
古くは、本多勝一の「中国の旅」で、中国当局が用意した「証人」ばかりの「証言」を一方的に報道し、後に批判されると「あれはそのまま言ったことを書いただけだ」と逃げる方法です。
23、24号で登場する松井英介医師は脱原発運動内部でも、「反原発運動全体への信用性信頼性を著しく棄損する、と申しても差し支えない」人物として相手にされていないような人物です。
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/285e91e155388bcf109711e72e742e9f
人もあろうにそんな札付きの人物の主張を延々と掲載して、結論として主人公の山岡と雄山が、「除染ができないのでは福島に住めない」「これが福島の真実だ」と決定的な言葉を吐いているからにはもう逃げられません。
もし編集部が「断定するものではない」という見解を持っていたのなら、別な登場人物にもっとニュートラルなことを言わせる程度の配慮は必要でした。
こんな危機感のなさがさすが天下の小学館です。
スピリッツ編集部さん、こんなことを言っていると、ほんとうに橋下市長に訴えられますぞ。
~~~~~~~~~~
(以下 太字は引用者)
■「週刊ビッグコミックスピリッツ」4月28日及び5月12日発売号における
「美味しんぼ」について
平成26年5月7日
福 島 県
福島県においては、東日本大震災により地震や津波の被害に遭われた方々、東京電力福島第一原子力発電所事故により避難されている方々など、県内外において、今なお多くの県民が避難生活を余儀なくされている状況にあります。
原発事故による県民の健康面への影響に関しては、国、市町村、医療関係機関、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)等の国際機関との連携の下、全ての県民を対象とした県民健康調査、甲状腺検査やホールボディカウンター等により、放射性物質による健康面への影響を早期発見する検査体制を徹底しており、これまでにこれらの検査の実施を通して、原発事故により放出された放射性物質に起因する直接的な健康被害が確認された例はありません。
また、原発事故に伴い、本県の農林水産物は出荷停止等の措置がなされ、生産現場においては経済的損失やブランドイメージの低下など多大な損害を受け、さらには風評による販売価格の低迷が続いておりましたが、これまで国、県、市町村、生産団体、学術機関等が連携・協力しながら、農地等の除染、放射性物質の農産物等への吸収抑制対策の取組、米の全量全袋検査を始めとする県産農林水産物の徹底した検査の実施などにより、現在は国が定める基準値内の安全・安心な農林水産物のみが市場に出荷されております。
併せて、本県は国や市町村等と連携し、県内外の消費者等を対象としたリスクコミュニケーションなどの正しい理解の向上に取り組むとともに、出荷される農林水産物についても、安全性がしっかりと確保されていることから、本県への風評も和らぐなど市場関係者や消費者の理解が進んでまいりました。
このように、県のみならず、県民や関係団体の皆様が一丸となって復興に向かう最中、国内外に多数の読者を有し、社会的影響力の大きい「週刊ビッグコミックスピリッツ」4月28日及び5月12日発売号の「美味しんぼ」において、放射線の影響により鼻血が出るといった表現、また、「除染をしても汚染は取れない」「福島はもう住めない、安全には暮らせない」など、作中に登場する特定の個人の見解があたかも福島の現状そのものであるような印象を読者に与えかねない表現があり大変危惧しております。
これらの表現は、福島県民そして本県を応援いただいている国内外の方々の心情を全く顧みず、殊更に深く傷つけるものであり、また、回復途上にある本県の農林水産業や観光業など各産業分野へ深刻な経済的損失を与えかねず、さらには国民及び世界に対しても本県への不安感を増長させるものであり、総じて本県への風評を助長するものとして断固容認できるものでなく、極めて遺憾であります。
「週刊ビッグコミックスピリッツ」4月28日及び5月12日発売号の「美味しんぼ」において表現されている主な内容について本県の見解をお示しします。
まず、登場人物が放射線の影響により鼻血が出るとありますが、高線量の被ばくがあった場合、血小板減少により、日常的に刺激を受けやすい歯茎や腸管からの出血や皮下出血とともに鼻血が起こりますが、県内外に避難されている方も含め一般住民は、このような急性放射線症が出るような被ばくはしておりません。
また、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の報告書(4月2日公表)においても、今回の事故による被ばくは、こうした影響が現れる線量からははるかに低いとされております。
また、「除染をしても汚染は取れない」との表現がありますが、本県では、安全・安心な暮らしを取り戻すため、国、市町村、県が連携して、除染の推進による環境回復に最優先で取り組んでおります。
その結果、平成23年8月末から平成25年8月末までの2年間で除染を実施した施設等において、除染や物理的減衰などにより、60%以上の着実な空間線量率の低減が見られています。除染の進捗やインフラの整備などにより、避難区域の一部解除もなされています。
さらに、「福島を広域に除染して人が住めるようにするなんてできない」との表現がありますが、世界保健機構(WHO)の公表では「被ばく線量が最も高かった地域の外側では、福島県においても、がんの罹患のリスクの増加は小さく、がん発生の自然のばらつきを越える発生は予測されない」としており、また、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の報告書においても、福島第一原発事故の放射線被ばくによる急性の健康影響はなく、また一般住民や大多数の原発従事者において、将来にも被ばくによる健康影響の増加は予想されない、との影響評価が示されています。
「美味しんぼ」及び株式会社小学館が出版する出版物に関して、本県の見解を含めて、国、市町村、生産者団体、放射線医学を専門とする医療機関や大学等高等教育機関、国連を始めとする国際的な科学機関などから、科学的知見や多様な意見・見解を、丁寧かつ綿密に取材・調査された上で、偏らない客観的な事実を基にした表現とされますよう、強く申し入れます。
■週刊ビッグコミックスピリッツ「美味しんぼ」に関する本県の対応について
平成26年5月12日
福島県
週刊ビッグコミックスピリッツ4月28日発売号の「美味しんぼ」の内容につきまして、県内外の多くの皆様から、出版社に対して県として対応すべきであるとの多くのお声をいただいております。
「美味しんぼ」において、作中に登場する特定の個人の見解が、あたかも福島の現状そのものであるような印象を読者に与えかねない表現があり、県内外の多くの皆様に不安と困惑を生じさせており、県としても大変危惧しております。
県では、これまで全ての県民を対象とした「県民健康調査」「甲状腺検査」「ホールボディカウンター」等により、県民の皆様の健康面への不安に応える取組を実施してまいりました。
また、県産農林水産物については、「農地等の除染」「米の全量全袋検査などの徹底したモニタリング検査」等により安全性の確保と、正しい理解の向上に取り組み、市場関係者や消費者の理解が進むとともに、観光分野においても、観光客入込数が回復傾向にあるなど、ようやく本県への風評も和らぎつつある状況に至ったところです。
このような中、「週刊ビッグコミックスピリッツ」4月28日及び5月12日発売号の「美味しんぼ」の表現は、福島県民そして本県を応援いただいている国内外の方々の心情を全く顧みず、深く傷つけるものであり、また、本県の農林水産業や観光業など各産業分野へ深刻な経済的損失を与えかねず、さらには国民及び世界に対しても本県への不安感を増長させるものであり、総じて本県への風評被害を助長するものとして断固容認できず、極めて遺憾であります。
「美味しんぼ」及び株式会社小学館が出版する出版物に関して、本県の見解を含めて、国、市町村、生産者団体、放射線医学を専門とする医療機関や大学等高等教育機関、国連を始めとする国際的な科学機関などから、科学的知見や多様な意見・見解を、丁寧かつ綿密に取材・調査された上で、偏らない客観的な事実を基にした表現とするよう強く申し入れております。
また、これまでの経過を次のとおり併せてご報告させていただきます。
4月30日に出版社より本県に対して、「[5月19日発売号]において、漫画の誌面では掲載しきれなかった様々な意見を紹介する検証記事を掲載する」として、次の3点に関する取材又は文書回答を求める依頼があり、さらに、5月1日には[5月12日発売号]に掲載する「美味しんぼ」原稿の送付がありました。
(出版社から取材依頼のあった事項)
・「美味しんぼ」に掲載したものと同様の症状を訴えられる方を、他に知っているか。
・鼻血や疲労感の症状に、放射線被曝(※依頼原文では「被爆」)の影響が、要因として考えられるかどうか。
・「美味しんぼ」の内容についての意見
本県においては、上記に対して5月7日に出版社あて以下のとおり県の見解を示し、申し入れしております。
■平成26年5月12日付:週刊ビッグコミックスピリッツ『美味しんぼ』に関する抗議文について 平成26年5月12日
株式会社小学館
代表取締役社長 相賀 昌宏 様 大阪府知事 松井 一郎 大阪市長 橋下 徹
週刊ビッグコミックスピリッツ『美味しんぼ』に関する抗議文
平成26年5月9日付で貴社宛に、『平成26年5月12日発売予定週刊ビッグコミックスピリッツ掲載の「美味しんぼ」の内容の一部訂正』について申し入れを行いましたが、訂正等の対応をいただけなかったため、次のとおり厳重に抗議いたします。
東日本大震災により生じた災害廃棄物の広域処理において受入対象としている廃棄物は、放射性セシウム濃度が100ベクレル/㎏以下のもので、科学的にも安全に処理できることが確認されているものであり、廃棄物処理法の規制を遵守することにより、適正に処理ができるものです。
大阪府、大阪市といたしましては、東日本大震災により生じた災害廃棄物の広域処理について、国からの要請や岩手県からの要請を受け、岩手県宮古地区の災害廃棄物を受入れることとし、平成24年11月29日、30日の試験処理による安全性確認のうえ、平成25年1月23日から9月10日まで本格処理を行い、処理期間中や処理後においても、放射能濃度や空間放射線量率、その他必要な項目について十分な測定を行い、その結果は府市ホームページにおいて公表しておりますが、測定結果は、全て受け入れの前後で変化はなく、大幅に基準値を下回るもので、安全に処理していることを確認しており、災害廃棄物の受入による影響は見受けられませんでした。
また、処理を行った焼却工場の存在する此花区役所、同保健福祉センター、此花区医師会に確認をしましたが、処理中においても、その後においても、作中に表現のある「大阪で受け入れたガレキを処理する焼却場の近くに住む多数の住民に眼や呼吸器系の症状が出ている」というような状況はございませんでした。
事実と異なる貴誌「美味しんぼ」記載の表現は、此花区民をはじめ大阪府民の無用な不安を煽るだけでなく、風評被害を招き、ひいては平穏で安寧な市民生活を脅かす恐れのある極めて不適切な表現であり、冒頭述べましたように、大阪府、大阪市として厳重に抗議するとともに、作中表現の具体的な根拠について是非開示されるよう強く求め、場合によっては法的措置を講じる旨、申し添えます。
■福島県双葉町小学館に対する抗議文
平成 26 年 4 月 28 日に貴社発行「スピリッツ」の「美味しんぼ」第 604 話において、前双葉町長の発言を引用する形で、福島県において原因不明の鼻血等の症状がある人が大勢いると受け取られる表現がありました。
双葉町は、福島第一原子力発電所の所在町であり、事故直後から全町避難を強いられておりますが、現在、原因不明の鼻血等の症状を町役場に訴える町民が大勢いるという事実はありません。第 604 話の発行により、町役場に対して、県外の方から、福島県産の農産物は買えない、福島県には住めない、福島方面への旅行は中止したいなどの電話が寄せられており、復興を進める福島県全体にとって許しがたい風評被害を生じさせているほか、双葉町民のみならず福島県民への差別を助長させることになると強く危惧しております。
双葉町に事前の取材が全くなく、一方的な見解のみを掲載した、今般の小学館の対応について、町として厳重に抗議します。
■週刊ポスト(小学館発行) 2013年3月22日号
http://www.asyura2.com/13/genpatu30/msg/662.html
東日本大震災発生から2年。多くのメディアが被災地・被災者の復興の努力や苦悩を描いている。しかし、メディアが取り組むべき問題は他にもある。大混乱の中で検証不可能な情報が錯綜し、津波や原発事故の苦しみに直面した人々の不安を駆り立てた。そうした“センセーショナルな報道”の「その後」を追跡した──。
朝日新聞で続いている大型連載「プロメテウスの罠」は、原発事故の真相に迫り新聞協会賞を受賞するなど評判を呼んだが、2011年12月2日付の「第9回 我が子の鼻血 なぜ」は別の風評を生んだ。
〈東京都町田市の主婦、有馬理恵(39)のケース。6歳になる男の子が原発事故後、様子がおかしい。4カ月の間に鼻血が10回以上出た。30分近くも止まらず、シーツが真っ赤になった〉
周囲の母親たちも同様の症状を訴えており、心配になった主婦は、広島で被爆体験を持つ医師に相談し、〈広島原爆でも同じような症状が起きていたこと〉を説明された。
〈放射能の影響があったのなら、これからは放射能の対策をとればいい。有馬はそう考え、やっと落ち着いた〉
記事には〈こうした症状が原発事故と関係があるかどうかは不明だ〉とあるが、読者が普通に読めば、「原発から遠く離れた町田市で放射能の影響とみられる鼻血の症例が現われている」――と理解するところだろう。ではその後、町田市の子供たちはどうなったのか。市に問い合わせた。
「当時、放射線量の測定を求める相談は多数ありましたが、具体的な健康不安の相談はそれほどなかった。子供が鼻血を出して心配だという電話は数件あったと覚えているが、いまはなくなった」(同市保健企画課)
さらに、町田市内の耳鼻咽喉科にも問い合わせたところ、ほとんどは「聞いたことがない」とのこと。唯一、「増えた」と回答した医院があったので、その医師に聞くと、「この時期はアレルギー性鼻炎などの影響で鼻血を出すお子さんは多いんですよ」との説明だった。
大阪大学サイバーメディアセンターの菊池誠教授は、「本当に鼻血が増えたという報告はないし、鼻血の原因もいろいろあり得る。鼻血や下痢をするほど放射線被曝をしたらそれだけでは済まないはずで、鼻血だけなら被曝とは関係ないでしょう」と説明する。
■スピリッツ24号掲載「美味しんぼ」に関しまして
http://spi-net.jp/
こんなことを書くと、ナニ言ってんだかと笑われそうですが、恥ずかしながら私は「美味しんぼ」のけっこういい読者でした。
ちょうど私が農民志願したと同時期に書き出された極初期の「美味しんぼ」は、当時のバブル文化が生み出した飽食批判を基調としていたためもあって、私と共鳴するところが多かったのでしょう。
山岡のいつでもこんな会社辞めてやらぁという野良犬のようなハグレっぷりも、脱サラして、親から勘当されるようにして誰ひとり知り合いのいない村に飛び込んだ当時の私にとって同類のように見えたのかもしれません。
しかし、「美味しんぼ」が空前の大ヒットとなり、スピリッツの押しも押されもせぬ金看板になるにしたがって、山岡は朝日新聞社の、いや違った東西新聞社の社運を背負う男にまで成り上がっていきます。
言ってみれば、野良犬がよき飼い犬となり、やがて自ら権力そのものになっていったのです。まさに今の雁屋哲氏の如くです。
大物となってしまった雁屋氏は、毎回判で押したような話を牛の涎のように垂れ流していきます。
[第1パターン]トラブル勃発⇒人間関係崩壊の危機⇒「真の食べ物」で和解
[第2パターン]お題頂戴⇒究極・至高対決⇒山岡負け(たまには勝つ)
こんな毎回同じ趣向で、100巻を超えさせて累計1億冊売ったのですから、小学館もいい根性しています。
おまけに、あの凍るような寒いギャグ。泣けない人情噺。回転焼きのような同じ筋立て。
ここで彼が状況や心理を書き込めるタイプだったら違ったのでしょうが、話は後になると思い出せないほど陳腐な繰り返しになっていきます。
なにより、致命的なのは取材力の弱さです。思い込みの強い雁屋氏は、行く先々でカモになります。
たとえば、私の業界で「初卵伝説」を作ったのは彼です。彼は取材先の親父のいうことを丸飲みして「ニワトリが生涯最初に生んだ卵(初卵)がいちばん美味い」と書きました。
なにせ雄山がエラソーにのたまうのですから迫力が違う。
以後、これはわが業界では定説にまでなってしまい、大いに迷惑しています。もちろん誤りです。
そんなギャル鶏が生んだものより、風雪を知った熟女が生んだもののほうがはるかに濃厚でこってりとした旨みが乗っています。
万事がこの調子で、食品業界での彼の悪評は知る人ぞ知るです。
特に、反対運動関係者を登場させることが多く、彼らのプロパガンダがそのまま裏を取らずに掲載されています。ちなみに雁屋氏は裏取りをまったくしないようです。
今回の「福島の真実」では、あの井戸川氏と、某過激セクトの脱原発運動部門の責任者が登場しています。
この人たちを出せばなにを言うか、もちろんわかった上でのことです。これを見ると、「美味しんぼ」では、もはや出版社や編集者の歯止めがまったく存在しないことが分かります。
あたりまえですが、反対運動は「勝つ」ためにあります。ですから反対運動を取材すれば、通常のメディアが報じない情報もえられる代わりに、彼らにとって有利な情報しか来ません。
だから、言論たるにはひとつひとつ裏を取っていかねばなりません。
私は飽きました。たぶん作者の雁屋氏がいちばん飽きていたことでしょう。
そして飽きれば飽きるほど、漫画はいっそう「道理に疎く、知識に暗い者ども」への啓蒙色を強めていきます。当人はそれが反骨精神と勘違いしているのですから困ったもんです。
間違ってはいけない。雁屋さん、あなたはもはや独善的な権力者にすぎないのですよ。
今回もまた雁屋氏が断罪したいのは、「福島は安全」「福島は大丈夫」「福島は復興は前進している」という「心地の良い嘘」(氏のブログ)のようです。
そして四方八方から批判を食うと、攻撃することは得意でも、守備は苦手とみえる雁屋氏は完全に逆上してしまいました。
1億冊売った作家として出版業界では帝王のようにふるまっていた彼にとって、おそらくは初めての経験だったはずです。
彼はこともあろうに「鼻血くらいで騒ぐな、次回は発狂させてやる」とわめきました。このような言葉使いをしてしまう雁屋氏がもはや哀れです。(全文欄外参照)
「私は真実しか書けない。自己欺瞞は私の一番嫌う物である。きれい事、耳にあたりの良い言葉を読み、聞きたければ、他のメディアでいくらでも流されている」と、なにが福島の人々を傷つけたのか思いを致さず、まるで受難者気取りです。
今回のような地元双葉町、環境省、そして多くの福島県民から批判を浴びれば、帝王・雁屋氏でなかりせば、とっくに打ち切りになっている特権に気がつかないほど、ぬるま湯が長かったようです。
初めは権力に歯をむくことを美学としていた「野良犬」も、老いて肥えた駄犬になり果てました、しかも凶暴な。
あるいは、彼は言葉を繊細に使う作家ではなく、あくまで作画家と編集者との共同作業を前提とした「原作者」だったのかもしれません。
そうでなくては、あんな抑制のきかない自己陶酔と差別意識に満ちた駄文を書けるものではありません。
私も相手を「発狂」呼ばわりするような逆上しきった文章を読むまで、かつての良き読者としてひょっとしたらという淡い期待があったのは事実です。
それは彼の意図は、3.11直後の私たち「被曝」地住民の脅えと揺らぐ心を描くのではないか、というわずかな期待です。
というのは事実、津波に襲われた東北各県の海岸地帯では、大量の震災粉塵が日常化して、被災者、特に子供たちの鼻血が多く発生していたのです。
長くなりましたので、それについては次回に続けます。
おっと、その前にやっぱりやりたいお約束。
「女将を呼べ、なんだこのバカな漫画は!だから私は雁屋の漫画を読むのは嫌なんだ!」(雄山調でお願いします)
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■雁屋哲氏コメント(5月4日)
http://kariyatetsu.com/blog/1685.php
「美味しんぼ 福島の真実篇」、その22で、鼻血について書いたところ、色々なところで取り上げられてスピリッツ編集部に寄れば、「大騒ぎになっている」そうである。
私は鼻血について書く時に、当然ある程度の反発は折り込み済みだったが、ここまで騒ぎになるとは思わなかった。
で、ここで、私は批判している人たちに反論するべきなのだが、「美味しんぼ」福島篇は、まだ、その23,その24と続く。
その23、特にその24ではもっとはっきりとしたことを言っているので、鼻血ごときで騒いでいる人たちは、発狂するかも知れない。
今まで私に好意的だった人も、背を向けるかも知れない。
私は自分が福島を2年かけて取材をして、しっかりとすくい取った真実をありのままに書くことがどうして批判されなければならないのか分からない。
真実には目をつぶり、誰かさんたちに都合の良い嘘を書けというのだろうか。
「福島は安全」「福島は大丈夫」「福島の復興は前進している」
などと書けばみんな喜んだのかも知れない。
今度の「美味しんぼ」の副題は「福島の真実」である。
私は真実しか書けない。
自己欺瞞は私の一番嫌う物である。
きれい事、耳にあたりの良い言葉を読み、聞きたければ、他のメディアでいくらでも流されている。
今の日本の社会は「自分たちに不都合な真実を嫌い」「心地の良い嘘を求める」空気に包まれている。
「美味しんぼ」が気にいらなければ、そのような「心地の良い」話を読むことをおすすめする。
本格的な反論は、その24が、発行されてからにする。
今年は楽しみにしていたさくら草展を見逃してしまい、やや不気味な花ですが、たまにはいいでしょうということで。
つくば実験植物園の毎年恒例のクレマチス展です。
初めはクレマチスをちっとも美しいと思わなかったのですが、見ていくうちにこれもいいかなと。
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[蛇足]
美味しんぼの早刷りが出たそうです。全体を見ていないのですが、こんどはよりにもよって、脱原発運動でいちばん恥ずかしい「運動」である゛あの震災瓦礫だそうです。
ヘナヘナ~。レベル低すぎ。井戸川氏「福島は住めない」・・・、はぁ?そんなこと今でも言っているのか、この人。
「鼻血は過酸化水素のため」との珍説もあるとか。もう話になりませんな。雁屋さんハッキリ言ってあなた、脱原発派の中でも最低水準ですよ。
自信満々に、今度の号みたら「鼻血くらいで騒ぐやつは発狂するぞ」と言っていたのですが、なんだあの最も科学的根拠のない瓦礫反対運動ですか。
別な意味で「発狂」しますな、こりゃ。あれは「原発ゼロの会」の河野太郎氏も批判していたような、住民エゴむき出しの運動なんですが。
これでわかりましたよ。雁屋哲氏の「鼻血と絶えがたい疲労感」がなにをソースにしていたか。あの運動の周辺にはその手のことを言う人が多いんですよ。山本太郎氏なんかハゲちゃいましたしね(笑)。
しかし、震災瓦礫って福島県は県内処分ですから、多くは岩手なんですがね。
つまり、「岩手の放射能(ないよ、そんなもん)を全国にバラまくな」っていう東北被災地差別むき出しの運動なんですよ。
みさかいなく、東北はすべて放射能汚染地帯だと決めつける無知蒙昧、粗暴野卑、言語道断の運動です。
それにしても、もう美味しんぼはこのネット時代に生き残れないですね。30年前に始まった時は、山岡の怪しげなうんちくもバレなかったが、今は違います。
「放射能」「原発」「福島」で検索するだけで、専門家が自ら発信した情報が沢山あるわけです。
漫画の中にも、「放射性セシウムは事故然にゼロだったのだから、事故後の基準もゼロだ」と言うのを見た時は、この人2011年3月からの3年なにを見てきたのか、頭大丈夫かと思いました。
というか、遠くオージーの安全地帯でホゲてたのか、この雁屋という人は、私も参戦したこの3年間のセシウムをめぐる食品基準論争過程をまったく知らないのですよ。これでよ~書くわ、このお人。
そんな時代に、雁屋氏のようなお寒い知識のまま裏もとらずに、運動関係者のプロパガンダをそのまま書いてしまうと、このようなことになります。
ま、だから井戸川氏のような地元で誰も相手にされないような人をひっ掴むんでしょうがね。
こんな周回遅れのトップランナーの疑似科学とやり合うかどうか、現物を見てから気力があったらやります。
小泉さんはほんとうにお暇なようで、「脱原発」を目指す一般社団法人「自然エネルギー推進会議」とやらを作るそうです。(欄外参照)
ほんとうに懲りないなぁ。まだ、飯田哲也氏が始めた頃は新鮮でしたが、今の「自然エネルギー」は太陽光バイヤーの欲と銭、そして政治の垢にまみれてギトギトと黒光りしています。
小泉さんは前の都知事選で、脱原発の代案がないことを追求されると、「私1人で代案を出せ、という方が無責任。代案は出さない!」と逆切れしましたね。
好きだなぁ、こういうキャラ。彼以外がやったら馬鹿丸出しですがね。
小泉さんはあのキャラですから、「代案は出さない」って大見得切って済みますが、なかなかフツーの人はそういうわけにはいきません。
今回はいちおう「代案」らしきものとして再エネを持ってきたようです。あまりにもつまらない答えなので拍子抜けするくらいです。
再エネの普及?プッ、そんなことは菅氏のゴリ押しでもうお国の政策になってますぜ。
もう関心がないみたいですが、あの孫正義氏が登場していたころが「旬」でした。もう既に結果が9割方でているのですがねぇ。
さて、かつての社会党は、安全保障問題が社会の基幹インフラだということをわかっていませんでした。常に外国の侵略にさらされている国が、安定して安全な社会を営めるはずがありません。
同じように、小泉さんも驚くべきことには、原発問題がエネルギー問題という国の社会インフラ・基幹だと思っていないようです。
エネルギー問題は、食糧と並んで広い意味での安全保障なのです。
もし、電力供給が不安定で停電を年中が起きて、そのつど家庭も事務所も真っ暗、工場はコンピュータが停止してオシャカの山などということになったら、わが国は工業国から転落します。
事実ドイツは、メルケル政権の脱原発政策により、停電が増えて企業は海外生産にシフトしてきています。
ドイツ商工会議所がドイツ産業界の1520社を対象に行なったアンケートによれば、エネルギー・コストと供給不安を理由にして、5分の1の約300社が国外に出て行ったか、出て行くことを考えているという衝撃的数字が出ました。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-4e06.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-19d4.html
また、ドイツの平均的な所帯の電気代は年間平均225ユーロ(2万6550円)増加し、翌年には300ユーロ(3万5400円)にもなってしまいました。
特に低所得者層への影響は大きく80万所帯が電気代の滞納をし、電気を止められそうになっています。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-e402.html
ドイツは硫黄分の多い低品位の石炭火力にエネルギー源の70%もが移行したために、炭酸ガスだけではなく、大気汚染問題までが心配されています。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-4c56.html
また再エネも太陽光発電はまったく失敗で撤退方向にあり、洋上風力発電にシフトしました。
ところが適地の北海沿岸から工業地帯のある南部まで7兆円もかけて長大な送電網を新設せねばならず、わずか10%しか出来上がっていないために、期待の風力発電は実に前年比7割もの作った電気を捨てている始末です。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-c18e.html
では、ドイツが脱原発をしたかといえばとんでもない。まだしっかり半数の8基の原発が稼働しており、ドイツ電力需要の全体の6分の1(約17%)程度はいまだ原子力依存です。
その比率は3.11前の日本の32%(10年12月)の半分ていどにすぎません。
このようなていたらくでドイツがやっていけているのは、ヨーロッパ電力広域連携の送電網から電力供給を受けており、近隣諸国のいいお得意さんだからです。
特に電力輸出国から転落した2011年には、原発大国のフランスから多くの電気を輸入しています。
いやドイツはフランスに電力輸出をしたという人もいますが、実態は2011年にフランスから輸入した電力は約18000GWhで、輸出は140GWhにすぎません。130倍の輸入超過です。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-6147.html
外国からの電力輸入が不可能なわが国が脱原発した場合、今のように年間3兆円もの貿易赤字を垂れ流し続けることになります。
こんな現状で、自分の国こそが世界最先端の脱原発・エコ大国だと主張するドイツ人の図々しさに脱帽します。
ドイツがこんな脱原発政策の失敗をしながら、なんとか好景気を維持できたのは、ドイツ人が作ったユーロの為替安によって大きく域内輸出が増えたためです。
ドイツに対する美しい勘違いから脱原発を叫ぶのは止めましょう。
このように、口先で脱原発を叫び、再エネこそが代替だと叫ぶのは簡単ですが、実際それをやったドイツがどうなったかを少しは勉強してから言ってほしいものです。
わが国が小泉・細川流の出たとこ勝負のような脱原発政策をとった場合、ドイツの比ではない事態になるでしょう。
それと最後に真面目に小泉さんにご忠告。設立メンバーと賛同者を見ると、皆さん作家や俳優などの文化人ばかりです。つまり感性を生業とする人達です。
たったひとりでもいいから、エネルギーの専門家をアドバイザーにしたほうがいいですよ。
かつて飯田哲也氏の論説がドイツ丸パクリだとしても迫力があったのは、彼がその道十数年の再エネの研究者だったからです。
謙虚に学ぶものは学んでいかないと、一度目は悲劇、二度目は喜劇になりますよ。あ、違ったか。一度目は喜劇。二度目も喜劇でしたかね。
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■時事4月20日
自然エネルギー推進会議 脱原発運動を推進するため、細川護熙、小泉純一郎両元首相が設立する一般社団法人。再生可能エネルギーの普及・拡大、世論の啓発活動などを行う。発起人や賛同人として、哲学者の梅原猛、作家の瀬戸内寂聴、俳優の菅原文太、吉永小百合各氏や桜井勝延・福島県南相馬市長ら100人以上が加わる予定。5月7日、東京都内で設立総会を開く。
福島の危機を過剰に煽る人達は、福島を「フクシマ」と呼ぶことであたかもヒロシマ、チェルノブイリに並べてみせました。
そのあげくは、前回みたような武田邦彦氏のような煽動家が、「福島県には住んではいけない。疎開しろ!」と叫び、現実に千人以上がしなくてよかった自主避難をしてしまいました。
1周遅れのトップランナーになった雁屋哲氏などは、一時に500~1000ミリシーベルトという高線量を浴びねば発症しない「鼻血と耐えがたい疲労感」が出たと騒ぎまくり、双葉町から正式な抗議文を貰う始末です。(欄外参照)
この人は、福島第1の建屋に防護服なしで突撃でもしたのでしょうか。雁屋氏は「心地の良い嘘を求める」ことを拒否し、「福島の真実」を書くと言っていますが、今の時点で知り得る「真実」をおさらいしてみましょう。
まずは、佐藤順一氏の作成した、チェルノブイリと福島事故の放射性物質拡散図を同一縮尺で比較した図をみて下さい。まったく放射性物質の拡散規模が違うのが一目瞭然です。(下図参照)
また、セシウムと並んで注目されたストロンチウム90ですが文科省の発表があります。これをチェルノブイリ原発近辺と比較した図があります。(図 同)
この調査結果を見る限り、福島事故におけるストロンチウムの拡散は極めて限定的と評価できます。
最高濃度は双葉町付近の5700ベクレル/m2で、チェルノブイリの最低の数値である20000ベクレル/m2(20kBq/m2)の3分の1ていどです。
よくこの人たちは、「福島で白血病が沢山出ている」と吹聴していますが、その原因物質のストロンチウムの放出が微量な上に、このていどの拡散状況ではまったくありえません。
※ストロンチウム90の福島とチェルノブイリの拡散分布図比較
このテのデタラメな比較はよくやっていて、「事故後のチェルノブイリの強制移住地域より福島のほうが線量が酷い」などというデマも流していますが、これもチェルノブイリは5年後の数値です。
事故直後の福島の線量と、そうとうに減衰したチェルノブイリの5年後を較べること自体がナンセンスです。
揮発性のヨウ素 131は事故直後の1週間で消滅に向かいますし、セシウム134の半減期は2年なので、それらがほぼ影響しなくなった5年後と較べるのは意味がありません。
これでは福島の被曝を大きく見せたいトリックと言われてもしかたありません。
そして、そもそもベラルーシ政府は「強制移住区域」などは設けていません。
1991年にベラルーシ最高評議会が決めたのは、「まだ放射能が残っている地域の住民で移住を希望する人がいれば、政府がお手伝いしますよ」ていどの内容で、「強制移住」などではありません。
それを福島は、チェルノブイリの強制移住地域に該当するなどとトンデモを言い出すのですから困った人たちです。
また、チェルノブイリ事故を継続して調査しているベラルーシで事故後10年、25年経つ今でも小児ガンなどが発症していると唱え、震災瓦礫の搬入は低線量内部被爆の危険地域を更に拡大することになると主張した人達がいました。
ベラルーシで10年後に小児ガンが出た原因は既に解明されています。高濃度汚染地帯のキノコを季節的に大量に食べたからです。(下図参照)
(ベルラド放射能安全研究所作成)
上の図を見れば、10月12月など、キノコが大量に食卓に登る森林地帯の季節が飛び抜けて高いのが分かります。これによってキノコを大量に食べるベラルーシ森林地帯特有の食習慣が「10年、20年後の小児ガン」の原因だとわかります。
裏付けとして、一般のベラルーシの小児ガンの発生動態と比較します。このように対象地域を「汚染地域」、「一般地域」に分けて、その両者を較べれば、多発した原因がつかめるわけです。
このような手順を踏まずに、自分の主張に合う都合いい統計だけ持ってくるからこの人たちの言うことはプロパガンダだといわれるのです。
では一般地域を見ます。(上図)ベラルーシの小児甲状腺ガン(14歳以下)は、チェルノブイリ事故4年後の1990年頃から有意に急増しているのがわかります。(*中央山型の青線)
そして1995年にピークを迎えて、16年後の2002年に事故以前の平常数値に戻っています。
これからわかるのは、持続的、継続的な低線量被曝による被曝が原因ではなく、1986年の事故直後に大量の放射性ヨウ素131を被曝したことが原因であることを示しています。※関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-efe0.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/j-rad.html
あるいは、ある専門家のなかには、「福島は広島原爆400発~500発分のセシウムを出した」と真顔で言う人がいます。
原爆は兵器ですから光線と高熱により人を殺傷するために、セシウム放出量は非常に少ないのです。
そもそも放出量が少ない原爆と比較すること自体意味がなく、このように主張することで「広島の400倍のガン患者がでるぞ」と脅かしているわけです。
では現実に疫学調査の結果、どうであったのでしょうか。
完全に国際的に否定されています。
[国連科学委員会 (UNSCEAR)報告書要旨]
①日本国民の総被曝線量(集団線量)は、甲状腺がチェルノブイリ原発事故の約30分の1
②全身が10分の1
③チェルノブイリと比べて、放射性ヨウ素131の総放出量は3分の1未満
④セシウム137は4分の1未満
⑤ストロンチウムやプルトニウムは「非常に微量」
⑥(がんが増加しても非常に少ないために)見つけるのは難しい
⑦「福島はチェルノブイリではない」
なお、チェルノブイリで甲状腺がんが増えた原因はいまでは明らかになっていて、それは初期に被曝したミルクを子供に与えたためです。(欄外参照)
さて次に、煽動家たちが「東日本の農産物は食べてはいけない」と触れ回った食品の基準値をチェルノブイリと比較してみます。
最大の被爆地だったベラルーシでは、野菜などは3700ベクレル/㎏から40ベクレル/㎏まで実に13年かけて落としています。(下図参照)
■ベラルーシにおける食品規制値の推移(抜粋)
単位ベクレル/㎏
86年 88年 92年 96年 99年
・野菜 3700 740 185 100 40
・牛肉 3700 2960 600 600 500
・パン - 370 370 100 60
・豚肉・鶏肉 7400 1850 185 185 40
・幼児食品 - 1850 37
かつて日本が事故直後が故に300ベクレルだった時、彼らが持ち出して比較したのはベラルーシの事故から14年後の99年の数値40ベクレルでした。「ベラルーシの8倍だ」とやったのです。
比較するなら、同時期で比較すべきです。14年間も後の基準値と較べているのですから、もはや詭弁です。
上図から事故直後だけ抜き出して比較します。
・事故直後のベラルーシと日本の食品基準値比較
・野菜 ・・・3700ベクレル
・豚・鶏肉・・・7400
・日本 ・・・300 (※米は500)
わが国が一桁低いのがお分かりでしょう。
事故直後はIAEAなども緊急時基準の設定を許していますから、ベラルーシはこのように高い数値となったのです。
そこからいかに下げていくのかが問題なのです。ベラルーシはそれに13年、わが国はなんとたった1年で3分の1の100ベクレルにまで下げました。
いままで国家規模で被曝したのは旧ソ連(※主な被曝国はベラルーシ、ウクライナ)と日本ですから、わが国はむしろがんばって基準値を一気に引き下げたと評価されるべきでしょう。
下図は1913年の福島県産の全袋検査のものです。全量全袋検査は1000万検体以上に達していますが、その中で基準値(100Bq/kg)超えはわずか71袋、0.0007%でした。
(図 「放射性セシウム濃度の高い米が発生する要因とその対策について~要因解析調査と試験栽培等の結果の取りまとめ~ (概要)」 福島県試験より)
この結果を見れば、今でも絶えない「あなた方が汚染地域にとどまり生産活動を続ける限り、消費されるそれらは全国に送られて放射性物質は拡散し続けます」などという愚かな暴論は吐けないはずです。
その陰には、福島県とJA福島の全袋検査に挑戦するといった超人的努力があったのです。
「食べてはいけない」などと言い出すならこの福島県の公式データを見てからにしなさい。
※関連記事 http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-d8ee.html
私は、「被曝」地の苦闘を横目に見て、ふたたび風評被害を拡げる主張する人たちには強い怒りを感じます。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post.html
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■2011年内閣府・低線量被ばくのリスク管理によるワーキンググループ報告
ロシア科学アカデミーバロノフ博士証言 抜粋
「1986 年以来25 年が過ぎました。私たちは、今、公衆衛生上のどのような損害がチェルノブイリ事故によって引き起こされたか知っています。損害のほとんどが、1986年5 月に、汚染された地域で生成された、放射性ヨウ素を含んだミルクを飲んだ子どもの高い甲状腺癌発生率に帰着しました。不運にも、当局と専門家は、この内部被曝の危険から、適時、十分に彼らを保護することに失敗しました。
福島では、子どもが2011 年3 月から4 月にかけて、放射性物質を含むミルクを飲まなかったことにより、この種の放射線被ばくは非常に小さかったといえます。このため、近い将来あるいは、遠い将来、どんな甲状腺疾患の増加も予想できません。
チェルノブイリ周辺の放射性セシウムに晒された地域の居住者の長期被ばくがどのような影響を与えたかについて、25 年間にわたる細心の医学的経過観察および科学研究は、ブリャンスク地域の人口における特別の疾患の増加を示しませんでした。
また、最近、最も権威のある国際的な専門家により行われた、ベラルーシ、ロシアおよびウクライナにおけるチェルノブイリ事故の健康影響の評価でも同様でした。」
■甲状腺がん、福島は他県並み 環境省の比較調査
共同3月28日
環境省は28日、東京電力福島第1原発事故による福島県の子どもの健康影響を調べるため、比較対象として青森、山梨、長崎の3県の子どもの甲状腺がんの頻度を調べた結果を発表した。「対象者数が違うので単純比較はできないが、福島と発生頻度が同程度だった」としている。
環境省は2012年11月~13年3月、青森県弘前市、甲府市、長崎市の3~18歳の計4365人を対象に、甲状腺の結節(しこり)などの有無を調査。福島と同様の56・5%に当たる2468人に5ミリ以下のしこりなどが見つかったほか、44人に5・1ミリ以上のしこりなどが見つかり、2次検査が必要と診断されていた。
■福島県双葉町小学館に対する抗議文
平成 26 年 4 月 28 日に貴社発行「スピリッツ」の「美味しんぼ」第 604 話において、前双葉町長の発言を引用する形で、福島県において原因不明の鼻血等の症状がある人が大勢いると受け取られる表現がありました。
双葉町は、福島第一原子力発電所の所在町であり、事故直後から全町避難を強いられておりますが、現在、原因不明の鼻血等の症状を町役場に訴える町民が大勢いるという事実はありません。第 604 話の発行により、町役場に対して、県外の方から、福島県産の農産物は買えない、福島県には住めない、福島方面への旅行は中止したいなどの電話が寄せられており、復興を進める福島県全体にとって許しがたい風評被害を生じさせているほか、双葉町民のみならず福島県民への差別を助長させることになると強く危惧しております。
双葉町に事前の取材が全くなく、一方的な見解のみを掲載した、今般の小学館の対応について、町として厳重に抗議します。
雁屋哲氏などの脱原発派の人たちにいつも奇妙に感じるのは、この人たちは福島の被害が大きければ大きいほどなにやら興奮して嬉しげにすら見えることです。
恐怖と喜びは、意外と脳内ホルモンの出所が一緒なんでしょうかね。
あたりまえですが、脱原発と被害の大きさはなんの関係もありません。被害が大きかろうと深刻であろうと、原発をどのように考えるのかとはまったく別次元の問題です。
にもかかわらず、ほんの10か月前にあの武田邦彦氏は郡山市での講演でこんなことを述べています。
「郡山に住むことは法令違反しています」(2013年7月19日郡山市主催講演会の発言)
すごいですね。住んでいると「法令違反」だそうです。逮捕されちゃうんでしょうか(苦笑)。
あるいは、武田氏はこれも去年にこう書いています。(2013年2月14日武田ブログ)http://takedanet.com/2013/02/10_6a83-1.html
原子力と被曝 福島で甲状腺ガン10倍。国は子どもの退避を急げ!
国は直ちに次の事が必要です。
1)高濃度被曝地の子どもを疎開させる(除染は間に合わない)、
2)汚染された食材の出荷を止める、
3)ガンになった子どもを全力で援助する、
4)除染を進める。また親も含めて移動を促進する。
5)「福島にいても大丈夫だ」と言った官吏を罷免し、損害賠償の手続きを取る。
日本の未来を守るために、大至急、予防措置を取ることを求めます。
ものすごいですね、こっちも。「甲状腺ガン10倍」「福島に居ても大丈夫と言った役人は罷免」だそうです。
ほかにも「住めなくなる予言を沢山しています。
そしてお定まりの「福島は全員疎開」ときたもんです。
このような煽動を武田氏は、事故直後から執拗に行っており、「東日本の農産物は食べるな」と煽動したために、大きな風評被害をもたらました。
今でも武田と聞いただけで、吐き気がするという福島県、茨城県の農業者はたくさんいます。なにを隠そう私もそのひとりですが。
そして彼の周辺には北関東を中心に多くの母親の信奉者サークルが生れました。彼女たちの中から多くの自主避難者が出たことは、ご承知のとおりです。
その数は千所帯を超えると言われています。彼らは関西、九州、四国、遠く沖縄にまで逃げて行きました。
ひとりの人物の煽動か、これほどまで多くの家族の運命を変えたことは希有なケースではなかったでしょうか。
ところが、こう書いた武田氏は郡山市で「住むことは法令違反だ」といったわずか半年後にこう言ってのけます。
「危険はありません。このブログで2011年5月から言っているとおり、逃げなくても大丈夫です」(2013年1月13日)
この発言は直接には福島第1の原子炉の現状について言っているのですが、添付された音声ファイルでは、「福島から逃げる必要はない」としかとれません。(この部分の発言全体は欄外参照)
全体を通じて大丈夫だというのが私の感じで、特に福島におられる人も含めて、逃げる必要はないというふうに思います。
彼はこのように過激な煽りの裏で矛盾だらけの言行をしているのですが、2011年末にはタケダ・ビリーバーにとってもっと衝撃的なことをも言っています。
2011年末の鼎談(※)での武田氏発言。
※DVD「たかじんのそこまで言って委員会 超原発論」 音声起こしは「杜の里から」様によりました。ありがとうございます。)「僕は5ミリシーベルトまでは危険という事はないんだ。だから1ミリシーベルトは望ましい被ばくで、5ミリシーベルトまではまず安全と考えていいので、お母さんは1から5の間に入るように努力して下さい。
(中略)
それは病室でも、子供でも5ミリシーベルトまでは医者が診て使ってる訳ですよ。ですから大体5ミリシーベルトぐらいは今までの歴史からいって大丈夫だという事は分かってます」ここでは武田氏は、5ミリシーベルトまで「危険はない」と言い切っています。
彼が、福島は1ミリシーベルトでないから「親まで含めて疎開しろ」と言って、1000人もの多くの家族が現に自主避難してしまったことに対する責任などどこを吹く風のようです。
彼が1ミリシーベルトと主張した理由がふるっています。
「(1ミリの勧告はという問いに対して)ICRPはNPOですし、えらい先生が皆集まってますから。それから今までの国際的な基準を決めてきたという実績もありますね。だから尊重しなければいけないんですが、あくまでも日本国民は日本国内の決定に従うべきだ。
従って現在私の認識は、日本の国内法が依然として1年1ミリシーベルトを基準にしている、という事で一年1ミリシーベルト」なんのことはない。彼はなにぶん「日本の国内法が依然として1ミリシーベルトを基準にしているから、法令に従えと言っていただけだ」と白状しています。な~んだ、科学的根拠ははゼロということですか。
それどころか、こんなスゴイこともチャラっと言ってのけています。
「私は、"放射線被ばくは線量によってはいい影響が出る"と思っています」「放射線ホルミシス仮説(※)は仮説なんかじゃないよ。あたりまえのこと」
うわぁ、驚いた!おそらくホルミシス効果を認めている脱原発派って武田氏くらいじゃないかな。
考えてみれば武田氏って、3.11前には、原発容認どころか、レッキとした推進派でしたね。風向き見て転向したんでしたよね。地金が出ちゃいましたね。
もちろん3.11前までは、国民全体の原発への認識度はそんなていどだったともいえなくはありませんが、なんの自己切開もなしに、いきなり真逆の極端な立場に乗り移るのが問題でのです。
あの低線量被曝が体内細胞活動を活性化して健康になるというホルミシス仮説の信奉者ならば、「1ミリシーベルト毎時でなければ住めない」どころか、かえって健康になるじゃないですか。
これは傑作だ。わ、はは!
彼が「郡山に住んではいけない」というのは、このDVDを聞く限り、ただそれが「法令」だったからと、あとホルミシス効果で健康になられては、自分の煽り本が売れなくなって困るからのようです。
武田氏は本心は、「大体5ミリシーベルトぐらいは今までの歴史からいって大丈夫だ」と考えていたそうです。
にもかかわらず、あれだけ吹きまくり一個3000円のガイガーカウンターを倍の6000円で売りさばいていたわけです。
今わが国では、上杉隆氏も岩上安身氏もかつての元気がなく、小出裕章氏も海外布教で多忙のご様子で、残る武田邦彦氏もこのように自爆してしまいました。
脱原発運動も山本太郎氏たちグループに乗っ取られて、飯田哲也氏までもが「隠れ推進派」とパージされる有り様です。
このように、「フクシマから逃げろ」説は今や風前の灯火だったところに現れたのが、武田氏みたいなせこい小物ではなく、超大物の雁屋氏だったわけです。
しかし惜しむらくは、「鼻血と耐えがたい疲労感」が急性被曝を意味することも知らないような、独善と傲慢が服着て歩いているような雁屋氏ですから、先が危ぶまれます。
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※放射線ホルミシス(Radiation hormesis)とは、大きな量(高線量)では有害な電離放射線が小さな量(低線量)では生物活性を刺激したり、あるいは以後の高線量照射に対しての抵抗性をもたらす適応応答を起こすことである[1]。電離放射線による被曝が慢性・急性のどちらの場合でも確認されている。(Wikipediaより)
■武田邦彦ブログ1月13日 音声ファイル4分6秒より
「全体を通じて大丈夫だというのが私の感じで、特に福島におられる人も含めて、逃げる必要はないというふうに思います。
これはですね、実はあの、私がそのここで質疑応答しなければならないのは、政府・自治体・マスコミが全く報道しない訳ですよ。
ところが、ネットの方は「すぐに逃げなさい」と、「東京も危ない」という警告もありますね。それからNHKの昨夜かな、何かの放送はなかなかいいんですけれども、1年10か月前には逃げなきゃならなかったという、こういう放送がありましたけれども、これもちょっとですね。まあ、せめて放送してくれたという事はいい事ですが、まあその、逃げる時はその時に言ってくれないとですね。
今頃になって「一生懸命計算してみたら30ミリシーベルト甲状腺にあったんじゃないか」と。もちろんこれは学者の研究は非常に立派なんですよ。そこに、放送に出てこられた学者の方の放送は立派です。それからそれを放送したNHKも評価するべきですが、やはりですねその時に言わなければいけません。今もそうですね。」
(音声起こし「信夫山のネコの憂鬱」様による。ありがとうございます。)
昨日は憲法記念日は、ちょうど集団的自衛権論議の真っ最中だったせいか、反対派集会が多く報道されていました。
反対派は一様に、朝日新聞の巨大「殺すな」広告みたいに、集団的自衛権を使用可能にすれば戦争がすぐにでも始まってしまうような口調でした。
第9条にノーベル平和賞を、というのは初めはジョークかと思ったのですが、本気なようで、まぁがんばって下さい。
平和賞委員会はその時の政治的思惑で賞を出しますから、日中浪高しとなったら、案外ホントにくれるかもしれませんよ(笑)。
このような安全保障問題をモラルと道徳にしてしまう「憲法原理主義」がある一方、なんでもかんでも改憲を急げと主張する人たちもいます。
ところが、この人たちはなぜ「今」なのかということを言いません。今、改憲して自衛隊を「国軍」化するより先に考えねばならいことは山積しているはずです。
現在3日のNHKニュースで世論調査の結果、改憲派が激減して、護憲派より少し多いだけにまでなったと報じられていました。
護憲派の大学教授は鬼の首でもとったように、「集団的自衛権を進める安倍政権に戦争の不安を感じているからだ」という解説をしていましたが、たぶん違います。
その世論調査は3択で、改憲に「賛成」、「反対」、「わからない」でしたが、もうひとつ入れてほしかったですね。
「将来改憲するとしても今ではない」。おそらくこう考える国民が一番多いのではないでしょうか。
この間の集団的自衛権論議で、国民は集団的自衛権のような現実的課題に対して、いちいち憲法改正をしなくとも済んでしまうことを分かってしまいました。
現行憲法は、問題視されている9条に今回のようなリペアを重ねていけば、その手間と要する厖大な時間を考えたら当分は使用可能だからです。
出来がイマイチの70年前のアメ車に、修理しながら乗っている奇特な国民が日本人なのです。
右派の人達は改憲、改憲と叫ぶことで、ハードルを高く吊り上げるだけで、結局は現実に対処していないのです。
新憲法制定時の最大の争点は、第1条天皇の位置づけでした。
天皇を政治的権限を持つ元首と遇するのか、あるいは、ソ連から出ていた天皇を廃位させるのかという選択を、新憲法は「象徴」という含みのある表現で落ち着かせました。
これに昭和天皇ご自身がなんの不満も持たなかったのは、このようなあり方が、天皇の古代よりの本来のあり方だったからです。
むしろ帝政憲法のほうが、無理矢理に天皇に軍服を着せてしまったようなものだったのかもしれません。
このように第1条の納まりがいいために、たった2週間で外国人が作った即席憲法が70年ちかく続いてしまったのでした。
その意味で、主権国家であることを放棄したともとれる第9条2項を除けば、よくできた憲法だったともいえます。
しかしそれすらも、日本人は伝統芸の「読み替え」で凌いでおり、既に事実上「日本国憲法修正版」をやってしまっているともいえます。
もうどうにもこの「読み替え」が効かなくなるような煮詰まった状況になったら、国民ももっと真剣に考えるでしょう。
「第9条を守れ」と同じように、「改憲」も今のところただのスローガンにすぎないと国民は考えているのです。
ただ問題なのは、今回の集団的自衛権のようにその中味を深めずに、「従来の政府憲法解釈と整合性がないからダメ」というような民主党や公明党のような思考停止が起きることです。
それでは政党として何も言ったことにはならないのですが、憲法がその言い訳のネタにされてしまっています。
集団的自衛権とはそんなに憲法の精神である「平和」に抵触するものなのか、明日はそこらを考えてみることにします。
(●ビッグコミック スピリッツ2014年23号 「美味しんぼ」第204話「福島の真実」より。3枚目の右側の人物が井戸川氏。それにしても鼻血の山岡の顔はマヌケだ。)
正直に言って、取り扱うべきかどうかさえ迷いました。
読んでいるうちに、雑誌を破りたくなったほどです。2番目はそのときの破れ目です(笑)。
よくもこういけしゃ~しゃ~と嘘を書き並べるものです。ああいかん、私の方が鼻血が出そうだ(苦笑)。
井戸川克隆氏(前双葉町町長)が登場している以上、あれは漫画でした、では済まないでしょう。
この井戸川前町長は福島や避難した先の茨城、埼玉では大変に「有名」な人です。
福島第1が水素爆発した直後の4月4日、まだ事故対応の真っ最中の官邸に乗り込んで全国原子力発電所所在市町村協議会(全原協)の首長として要請文を手渡しています。
仰天したことには、その内容たるや廃炉どころか真逆のものでした。
「原発に関わる自治体にとって原発廃止はありえない」です。
「河瀬市長や山口治太郎美浜町長、福島県双葉町の井戸川克隆町長ら全国3市4町の8人が首相官邸を訪れ、福山副長官、芝博一首相補佐官に7項目を要請。(略)
要請後、河瀬市長は記者団に「あくまで今は事故の収束、原因究明などが最優先課題」と強調。「住民の多くが雇用などで原発に関わる自治体にとって、原発廃止はあり得ない。政府には想定外を想定内に変える安全対策をしてほしい」と述べた。
(福井新聞2011年4月5日欄外参照)
耳を疑いますが、ホントにホント彼はそう要求したのです。すごいですね、事故前なら多くの周辺自治体首長が同じようなものでしたが、事故直後の4月4日とは(絶句)。
しかもこんな人物が、今や脱原発の闘士づらしていることが天下の奇観です。
また双葉町は、「放射能から遠く に避難すべき」という井戸川氏の考えによって、双葉郡8町村の中で唯一、町役場自体を率先して福島県外に移動してしまった結果、町民は住民票一枚取るにも大変な不便をすることになりました。
避難した先の埼玉県加須市、茨城つくば市でも、当初は同情的だった地元の人達と軋轢ばかり起こしてさんざんの評判。
批判されると、すぐに「いられなくなったのは福島県が悪い」と逆ギレします。
井戸川町長は、双葉町の被災者を帰宅のための国との協議を拒否しました。
井戸川氏の国への要求は、町内すべてを帰還困難区域に指定しろということです。こんなことを要求すればいっそう帰還が困難になるのは明らかで、このまま県外避難を半永久的にしていろと町民に強いるようなものです。
帰還困難区域に指定してもらって、住宅や不動産が全損扱いとなり、東電に賠償させるほうが、帰宅するよりはるかに多くの補償金をもらえるという算盤です。
避難区域になった多くの自治体が、庁舎機能だけは残し、そこを拠点として除染を地道に進め、県や国と協力しながらひとつひとつ戻って来てくれる企業に頭を下げて増やしていった復興への努力とあまりにも対照的です。
このような帰還や復興に一切努力をせずに、ひたすら賠償のみを要求し、県外のマンションに無為徒食となった避難民を囲い込むような姿勢は、町の復興を目指す多くの町民に違和感を持って見られるようになっていったのはあまりに当然です。
そして井戸川氏はこの町民を連れての県外漂流を、事故直後の政府への原発推進要請を忘れたかのように,「被曝を避けるためだ。これは脱原発運動なのだ」と主張するようになります。
被災地の現職首長の発言だけに、彼には多くの脱原発派市民が賛同し、運動のヒーローに祭り上げられたのもこの時期です。
しかし、足元の町議会は、県外に逃げて福島県内への帰還と復興を妨害するだけの井戸川町長にあきれ果てて、全員一致で解任に追い込みました。
井戸川氏は町長を追われると、参院選に出馬しますが、この漫画にもあるように「耐え難いまでの疲労感で選挙戦を降りた」と言い出して、選挙戦からも逃亡してしまいます。
こんな御仁が、この漫画では威厳に満ちた脱原発の闘士然として登場するのですから、なんともかとも脱力感に襲われます。
井戸川氏のような人物をあたかも放射能と戦う地元住民の代表のように登場させた段階で、雁屋氏の漫画は破綻していたのです。
※追記 この井戸川氏の言動に対して、小学館宛で地元の双葉町から厳重な抗議がでています(欄外参照)
この雁屋哲氏という人は、よくこの手の人物に引っかかるのですよ。
山岡がしたり顔で振り回すウンチクに登場する何人かを、私は実際知っていますが、同業者の評判は芳しくない人たちばかりです。
だいたいが雁屋氏好みの「異端」の人が多いのですが、雁屋氏はそのような人にありがちなハッタリと怪しげな理論を、そのまま裏も取らずに自信満々で書いてしまいます。
結果、スピリッツ編集部は尻拭いに追われたことも多かったと聞きます。今回もまた雁屋氏は自信満々の様子です。
「次回24ではもっとはっきりとしたことを言っているので、鼻血ごときで騒いでいる人たちは、発狂するかも知れない」と息まいています。(欄外参照)
このような論難されたことに腹を立てて、自分が本格的に反論したらお前らは「発狂するだろう」という表現は、精神障害者に対する差別意識丸出しです。
自分以外の意見は皆、「自分たちに不都合な真実を嫌い、心地の良い嘘を求める空気」だそうですが、なにが「不都合な真実をきらい」だ!傲慢もいいかげんにしなさい!
私たち福島や茨城の農民がどれだけ、自らの農地に降下した放射能を突き止めるために苦労したのか、知ってからものを言え!
私達がどれだけの風評被害による屈辱と、経済的的打撃に耐えて今あるか、知ってから書け!ああ、いかん素で怒ってしまった。(苦笑)
食い物談義ならそれでも罪がないのですか、今回はこともあろうに、多くの人々が今も不安に耐えながら必死に生きている福島だから許しがたいのです。
今回は実在の井戸川氏を出したことで、もう逃げがきかなくなりました。
この漫画は、今まで何度も福島事故についてバイアスのかかったことを書いてきているのですが、今回はとうとう越えてはいけないレッドラインを越えてしまいました。
そもそも雁屋氏は「鼻血ごとき」と軽々しく言いますが、「鼻血と耐え難い倦怠感」の意味が分かって書いているのでしょうか?
漫画の中で山岡と雄山という主人公ふたりが、福島から帰京した直後に「鼻血と耐えがたい疲労感に襲われた」というのが事実だとして、それを福島事故と結びつけるならば、原因は急性被曝以外ありえません。
「次回もっとはっきり書いてやる」というくらいですから、その因果関係を明らかにするというのでしょう。見物です。
反論するのもイヤですが(私は2011年に約1年間、そればかりやっていましたもんで)、100%デマです。
欄外に福島県放射線健康リスクアドバイザーの長崎大学高村教授の答えをアップしておきますので、お読みください。
簡単にいえば、非常に高い放射線を一時に浴びた場合、鼻血や「耐え難い疲労感」が出る場合があります。
その時の放射線量は一体どれだけだと思いますか。いいですか、500ミリシーベルトですよ。
100ミリシーベルト以下は確率論で発症することもあるが、しないこともあるという範囲です。
一方、100ミリシーベルトを超えた場合は、確定的影響が出ます。つまり確実に放射線症が出るのです。(欄外参照)
この放射線症で、「鼻血と耐えがたい疲労感」が出るのは、先にも述べた閾値(しきいち・境界のこと)の5倍の500㎜シーベルトです。
これほどの高い線量を一度に浴びると、高村教授はこう述べています。
500ミリグレイ以上の放射線を1度に被ばくすると、血液細胞をつくる骨髄に障害が起き、白血球や赤血球、血小板が減少するため、感染症が起きやすくなったり、貧血になったり、出血が止まらなくなったりします。
1000ミリグレイ(1グレイ)以上の放射線を1度に被ばくすると、吐き気や全身倦怠(けんたい)感といった全身症状が出ます。
また高村教授はこう断言しています。
500ミリシーベルトを下回るような線量の被ばくによっては、急性症状が起きることはありません。
3年前の東京電力福島第一原発事故以降、現在までに県内に住んでいる一般の方の中で放射線被ばくによる急性症状を起こすような線量を被ばくした方はいません。
このため、例えば、県内で子どもが鼻血を出すような症状が見られた場合でも、急性放射線被ばくによる血小板減少で起きた症状とは考えにくいといえます。
ということは、山岡や雄山が鼻血を出したということは、500ミリシーベルト以上の急性被曝をしているか、あるいは、「耐えがたい倦怠感」が出たことから1000ミリシーベルトという極めて危険な放射線量を一時に浴びたと考えられます。
しかしもちろん、今の福島でこのような500~1000ミリシーベルトを越える地域はありませんし、高村教授が指摘するように「一般人でそのような急性症状を起こすような線量を被曝した方はいません」。
劇中で山岡らが動いた地域が仮に500ミリシーベルト以上なら、おそらくその土地では相当数の急性放射線症が出ているはずですが、いうまでもなくそのような疫学報告は皆無です。
したがって、雁屋氏はこの漫画を使って、「福島県は急性放射線症になる危険極まる土地で、それを政府や県が隠ぺいしているのだから逃げろ」というデマを流しているに等しいことになります。
その後、多くの福島県民の抗議に驚いたスピリッツ編集部は、「鼻血や疲労感の表現は綿密な調査に基づき作者の表現を尊重して掲載したもの」と居直る始末です。
自信満々に「綿密な調査」とまで言うからには、編集部はおそらくそれ相応の疫学調査データを入手されたのでしょう。どうぞその生データーをお出しください。
井戸川氏も、「福島県では同じ症状(鼻血と疲労感)の人が沢山いて、言わないだけ」だそうですから、ひとりでもいいですからその人を専門家の聴き取りをする場に出して下さい。
「大勢いるが黙っているだけ」なのですから、さぞ沢山いることいることでしょう。どうぞ遠慮てく、ひとりといわず何百人でもお出しください。
編集部はとうぜん「綿密な調査」をしたそうですから、そのような人ととうぜん面接しているはずですね。
編集部が掌握している方の個人情報は保護した上で、放射線医学者に質問させて下さい。
編集部は「作者の表現を尊重して」などととぼけたことを釈明していますが、少なくとも被曝問題を書くのなら、「鼻血と耐えがたい疲労感」が何を意味するのか知らなかったとは言わせません。
急性被曝においての「鼻血と耐え難い疲労感」は、あまりにも有名な症状なのですから、それを描く以上、作中人物たちは急性被曝したということにほかなりません。
だから、今までのいいかげんな「美味しんぼ」の福島事故報告を読んでいても黙ってきた人々が、いっせいに怒ったのです。
これによって単なるためする噂か、それとも雁屋氏たちのような人がいう「真実」か決着がつくでしょう。
情報源の秘密などと言わないでください。今までの雁屋氏がやらかしたウインドウズやスーパードライ相手のくだらない思い込みに基づくいざござとは次元が違うのです。
編集部は覚悟したほうがいい。ことはもう社会問題にまで発展しているのです。あなた方はその一線を越えたのです。
雁屋氏が正しいのなら、氏が言うように「単なる鼻血ぐらい」の問題ではなく、明確に500~1000ミリシーへルトの高放射線量による急性放射線症です。
つまり、そのような危険領域の放射線を取材に行った雁屋氏や編集部スタッフは、一時に浴びたと書いているわけです。
ならばなおさら、そんな高放射線が残留している地域があるわけで、直ちにその情報を開示すべきてす。
20万部を越える巨大な発行部数を持ち、累計1億冊の売り上げを誇る「美味しんぼ」の社会的責任は重大です。
なお、高村医師のお話では鼻血の原因として、「寝ているうちに無意識に鼻に指を入れてしまうこと」が考えられるそうです。雄山、山岡もそれが原因ではないでしょうか。
※関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-31e4.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-54e2.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-f2f9.html
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福島民報4月27日
●放射線 放射性物質 Q&A 鼻血は被ばくが原因か
最近、鼻血が出たことがあります。周囲の放射線が原因ではないかと心配です。現在の放射線量であり得るのでしょうか。放射線に被ばくした場合に人体に出る症状にはどのようなものがあるのか教えてください。
【回答者】県放射線健康リスク管理アドバイザー・長崎大大学院教授(放射線医療科学専攻) 高村昇さん
■県内の一般住民は無関係 1度に500ミリグレイ以上で症状
非常に高い線量の放射線を1度に被ばくした場合、被ばく直後か、数時間~数日後に症状が出ることがあります。これを放射線被ばくによる「急性放射線症」と呼びます。その一方で、放射線被ばくによる発がんなどは、被ばくしてから数年~数10年後に起きます。「晩発性(ばんぱつせい)障害」、あるいは「後(こう)障害」と呼びます。
例えば、500ミリグレイ以上の放射線を1度に被ばくすると、血液細胞をつくる骨髄に障害が起き、白血球や赤血球、血小板が減少するため、感染症が起きやすくなったり、貧血になったり、出血が止まらなくなったりします。1000ミリグレイ(1グレイ)以上の放射線を1度に被ばくすると、吐き気や全身倦怠(けんたい)感といった全身症状が出ます。これらの急性放射線症の症状は一定の線量(しきい値)を超える被ばくをした場合だけで、それ以下では出ません。
東京電力福島第一原発事故の直後、原発内で復旧作業中、放射線被ばくで足に熱傷を負う事故がありましたが、非常に高い線量の放射線(ベータ線)を被ばくしたためです。
しかし、県内の一般住民は現在まで、急性放射線症が出るような線量の放射線を被ばくしていません。「放射線被ばくで鼻血が出た」と心配されていますが、放射線が原因ではありません。
※グレイ
放射線の吸収線量・ヨウ素131やセシウム137が出す放射線(ベータ線、ガンマ線)の場合、1グレイは1シーベルトとなる。
● 放射線被ばくによって鼻血などの急性症状が起きることがあると聞いたことがあります。どのくらいの被ばくをするとそのような症状が起こるのでしょうか。東京電力福島第一原発事故ではあり得ますか。
【回答者】県放射線健康リスク管理アドバイザー長崎大教授 高村昇さん
■「しきい値」以上で出現する 県内の一般住民では出ない
放射線被ばくによる急性症状の特徴として、放射線量の「しきい値」が存在していることが挙げられます。つまり、それぞれの急性症状は、「しきい値」と呼ばれる、ある一定の線量を超えない限り、出現しないということがいえます。
例えば、白血球や赤血球、血小板などの血液細胞を作っている骨髄の細胞が500ミリシーベルト以上を一度に被ばくすると、骨髄の細胞数が減少することが知られています。このため、白血球減少による感染症を引き起こしたり、赤血球減少による貧血、あるいは血小板減少によって出血が止まりにくいといった症状が起こることになります。
一方で、500ミリシーベルトを下回るような線量の被ばくによっては、急性症状が起きることはありません。
また、非常に高い線量の放射線を一度に被ばくすると、「急性放射線障害」と呼ばれる、さまざまな症状(脱毛、消化器症状、放射線やけどなど)が起きます。残念ながら現代の最新医療を用いても8000ミリシーベルト(8シーベルト)を超えるような高い線量を一度に被ばくした方を救命するのは、困難とされています。
3年前の東京電力福島第一原発事故以降、現在までに県内に住んでいる一般の方の中で放射線被ばくによる急性症状を起こすような線量を被ばくした方はいません。このため、例えば、県内で子どもが鼻血を出すような症状が見られた場合でも、急性放射線被ばくによる血小板減少で起きた症状とは考えにくいといえます。
■原子力技術研究所 放射線安全研究センター
放射線の人体への影響は、「確定的影響」と「確率的影響」の2つに分けけることができます。
このうち、確定的影響には主に高線量被ばく時に見られる障害で、脱毛を含む皮膚の障害や、骨髄障害あるいは白内障などが含まれ、それ以下では障害が起こらない線量、すなわちしきい値のあることが知られています。
一方、発がんを中心とする確率的影響ついては、1個の細胞に生じたDNAの傷が原因となってがんが起こりうるという非常に単純化された考えに基づいて、影響の発生確率は被ばく線量に比例するとされています。
しかし、実際には、広島・長崎の原爆被爆者を対象とした膨大なデータをもってしても、100ミリシーベルト程度よりも低い線量では発がんリスクの有意な上昇は認められていません。これよりも低い線量域では、発がんリスクを疫学的に示すことができないということです。
■原発増設見直し「時期尚早」 河瀬全原協会長、官邸に要望
福井新聞 2011年4月5日
東京電力福島第1原発の事故を受け、全国原子力発電所所在市町村協議会(全原協)会長の河瀬一治・福井県敦賀市長らは4日、首相官邸で福山哲郎内閣官房副長官らに会い、菅直人首相宛ての要望書を提出した。まず原発事故の事態の収束に取り組むとともに、緊急時の代替電源確保などを要請。首相が原発増設計画の見直し方針を示している点に関しては、時期尚早との思いを伝えた。
河瀬市長や山口治太郎美浜町長、福島県双葉町の井戸川克隆町長ら全国3市4町の8人が首相官邸を訪れ、福山副長官、芝博一首相補佐官に7項目を要請。原発災害の早期の収束や緊急安全対策の実施、徹底的な原因究明と対策などを求めた。県原子力発電所所在地市町協議会としても同時に、安全確保など6項目を要請した。
エネルギー基本計画の見直し方針について河瀬市長は「国としてぶれないエネルギー政策をやってほしい」と要請。福山副長官は「まずは災害の復旧支援、事態の収束に全力を挙げる」と話す一方、エネルギー政策見直し論議には触れなかった。
要請後、河瀬市長は記者団に「あくまで今は事故の収束、原因究明などが最優先課題」と強調。「住民の多くが雇用などで原発に関わる自治体にとって、原発廃止はあり得ない。政府には想定外を想定内に変える安全対策をしてほしい」と述べた。
(以下略)
■雁屋哲氏コメント(5月4日)
http://kariyatetsu.com/blog/1685.php
「美味しんぼ 福島の真実篇」、その22で、鼻血について書いたところ、色々なところで取り上げられてスピリッツ編集部に寄れば、「大騒ぎになっている」そうである。
私は鼻血について書く時に、当然ある程度の反発は折り込み済みだったが、ここまで騒ぎになるとは思わなかった。
で、ここで、私は批判している人たちに反論するべきなのだが、「美味しんぼ」福島篇は、まだ、その23,その24と続く。
その23、特にその24ではもっとはっきりとしたことを言っているので、鼻血ごときで騒いでいる人たちは、発狂するかも知れない。
今まで私に好意的だった人も、背を向けるかも知れない。
私は自分が福島を2年かけて取材をして、しっかりとすくい取った真実をありのままに書くことがどうして批判されなければならないのか分からない。
真実には目をつぶり、誰かさんたちに都合の良い嘘を書けというのだろうか。
「福島は安全」「福島は大丈夫」「福島の復興は前進している」
などと書けばみんな喜んだのかも知れない。
今度の「美味しんぼ」の副題は「福島の真実」である。
私は真実しか書けない。
自己欺瞞は私の一番嫌う物である。
きれい事、耳にあたりの良い言葉を読み、聞きたければ、他のメディアでいくらでも流されている。
今の日本の社会は「自分たちに不都合な真実を嫌い」「心地の良い嘘を求める」空気に包まれている。
「美味しんぼ」が気にいらなければ、そのような「心地の良い」話を読むことをおすすめする。
本格的な反論は、その24が、発行されてからにする。
■福島県双葉町小学館に対する抗議文
平成 26 年 4 月 28 日に貴社発行「スピリッツ」の「美味しんぼ」第 604 話において、前双葉町長の発言を引用する形で、福島県において原因不明の鼻血等の症状がある人が大勢いると受け取られる表現がありました。
双葉町は、福島第一原子力発電所の所在町であり、事故直後から全町避難を強いられておりますが、現在、原因不明の鼻血等の症状を町役場に訴える町民が大勢いるという事実はありません。第 604 話の発行により、町役場に対して、県外の方から、福島県産の農産物は買えない、福島県には住めない、福島方面への旅行は中止したいなどの電話が寄せられており、復興を進める福島県全体にとって許しがたい風評被害を生じさせているほか、双葉町民のみならず福島県民への差別を助長させることになると強く危惧しております。
双葉町に事前の取材が全くなく、一方的な見解のみを掲載した、今般の小学館の対応について、町として厳重に抗議します。
日米安保条約ができて半世紀、状況は大きく変化しました。
ひとつは、かつては磐石な冷戦下という拮抗した米ソの軍事力バランス下で、事実上日本に対する侵略は考えられない状況でした。
それが現在一変します。当時なかった中国の海洋膨張政策に伴う尖閣問題という緊急の課題が生じたからです。
一方、米国側にも条約成立時にはない手続き上の制約が出来ています。
米国は先日紹介した米上院議決もそうですが、政府とは別途に出されています。
これは、議会には大統領戦争権限を議会が掣肘するという機能があるからです。
「戦争権限法」(War Powers Resolution)は、1973年に成立した両院合同決議として大統領の戦争指揮権に制約を課すものでした。
この法律が生まれた背景には、泥沼となってしまい5まんの米国の若者の生命を奪ったベトナム戦争への反省があり、当時のニクソン大統領の拒否権を覆しての再可決でした。
これにより、米国大統領はこのような戦争権限の制約を受けます。
事前の議会への説明の努力、事後48時間以内の議会への報告の義務、60日以内の議会からの承認の必要などを定めている。
(Wikipedia)
これが第5条が作られた当時になかった米国側の「手続き」・制約です。
たとえば、去年、オバマはイラクの化学兵器使用を理由に突然イラク武装攻撃を言い出して国際社会を困惑させましたが、その時も、彼自身はやる気でも議会にこぞって反対されて挫折しました。
米国は日米安保条約の上位に戦争権限法を置いており、米国の結んだ条約のうちNATO以外の自動介入条項を認めていません。議会の特別授権が無い限り、大統領は戦争権限法の適用を受ます。
さらに大統領が介入を決意したとしても、オバマはイラクの時のようにまず議会に諮ることになるでしょう。
議会に諮っているだけで数週間が経過しますから、既に状況は終了してしまっています。
このように尖閣での米軍介入に至るまでには、何重の壁が存在しているのです。このように考えると、オバマがなぜ言葉を濁すのか理解できるでしょう。
オバマは記者会見で、「大統領の発言は中国が尖閣諸島に軍事侵攻した場合にアメリカが武力行使に出ると聞こえるが、その前になぜ中国が越えてはならないレッドラインを明示しないのか」と質問されたのに対して、はっきりとこう述べています。
There's no "red line" that's been drawn.
越えてはならないレッドラインなど存在しない。
つまり、よく誤解されているように日米安保は、NATOのように一国の攻撃はNATO諸国全体への攻撃と見なすという自動介入条約ではなく、その都度大統領が判断し、議会が承認していく性格のものなのです。
ですから米国の立場はブルームバーク紙が言うように、今までの立場から本質的には一歩も出てません。
尖閣問題は日中両国が対話を通じて解決するよう促した。中国が尖閣諸島に軍事侵攻した場合に米国が軍事力を行使する可能性について聞かれたが、明言しなかった。 (ブルームバーク4月24日)
オバマの真意は、「尖閣での武力行使」ウンヌンではなく、むしろ「総理に直接こう言った」と述べた次の言葉に集約されています。
At the same time, as I've said directly to the Prime Minister that it would be a profound mistake to continue to see escalation around this issue rather than dialogue and confidence-building measures between Japan and China.
尖閣問題に関して対話で中国の信頼を達成できずに事態がエスカレートするなら大きな過ちとなる。And we're going to do everything we can to encourage that diplomatically.
事態をエスカレートさせるのではなく過激な発言を控え、挑発的な行動をとらずにどうすれば日中双方が協力していけるかを模索すべきだ。
説明の必要はないでしょう。
オバマは領土問題を歴史認識にすり替えて膨張政策を取り続け、挑発を繰り返す中国に、挑発的発言で対応して突発的軍事衝突をするな、と諫めているのです。
このように書いてきたからといって、私はこのオバマ-安倍の共同声明がなんの意味がないとはいいません。
おそらく中国に対しての日米の強いメッセージとなったことが予想されるだけで意味があります。
ただし、過信できるような内容ではないことを忘れてはなりません。
日米安保条約の核心部分である第5条を読んでいます。
私はこの条項こそが日米同盟を組んだ以上、その「共同対処」の担保部分といえると思います。
このような条項を持ちながら、法制局は「集団的自衛権はあるが憲法上使えない」という奇怪な法制局見解を後生大事に持っていました。
よしんば法制局が「あるがない」というような禅問答のような答えをしたからと言って、それはあくまでも国内問題にすぎません。
日米安全保障条約は外国との条約な以上、国内的解釈、時には国内法そのものすら超越します。
ですから、かねてから尖閣が日米安保の範囲内だと米国に明言してほしい日本は、それを言う都度、米国から、「うちの国は第5条を遵守しますよ。ではおたくの国はどうなんです。集団的自衛権も使えないようでは同盟とはいえません」と言われ続けてきたのです。
こんなことが許容されたのは、日本に対する攻撃は現実にはないだろうという冷戦期特有のぬるま湯的状況認識を当時の自民党政府が持っていたからにすぎません。
それが今になって、現実の切迫した尖閣での危機に直面して、長き眠りから醒めたというだけのことにすぎず、この集団的自衛権は50年前の締結時に条約とセットであらかじめ規定しておくべきでした。
さてそれに続く条文は、日米「共同対処」を条件づけしている部分で、いわば歯止めに相当します。
「自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動する」とありますから、日米両国が憲法上の制約を受けるということを規定しています。
ここがおそらく、「集団的自衛権はあるが持てない」という法制局の法的根拠の部分です。
法制局に言わせれば、憲法は個別的自衛権しか認めていないから、集団的自衛権は違憲だということのようです。
しかしその前に、そもそも法制局はただの内閣府一部局にすぎないのに、いつから政府の上にそびえ立つ機関になったのでしょうか?
それができるのは国民の付託を受けた国会と、そこから選ばれる内閣だけにあるはずです。
内閣法制局は内閣府の官僚組織に過ぎず、マスコミの一部が言うような「憲法の番人」ではありません。
各省庁は法案の国会提出の前に法案提出の数か月前から法制局の審査を受けます。法制局の役割は、既存の各種法律との整合性や重複の排除です。
ひとつ不整合が見つかると他の法律の改正に連動し、他の官庁の同意が必要になるからです。
憲法解釈も慣習上、この範囲に含まれました。そのために本来は裁判所が決めるべき違憲判断を、一官僚組織にすぎない法制局が代行するようになってしまっています。
するとどうなるでしょうか。立法は大部分官僚が作成しています、政治家には法律の細部まで作成する能力がないからです。
行政はあの民主党政権の時でもしっかりと機能していました。なぜなら「優秀な」官僚がいたからです。
そして憲法解釈まで法制局の専管事項とするなら、なんのことはない、わが国は立法、行政、司法解釈まですべて官僚が一元的に行なっていることになりはしませんか。
こういう悪しき慣例ができたのは、自民党政権が立法を官僚に丸投げしてきたからで、その弊害が目立ったので、かつて民主党は官僚支配打破を掲げていたはずです。
たしかに一理ありますが、ならば、なぜ今頃になって、法制局の従来の判断と異なった判断を示した政府の「政治主導」を批判するのでしょうか。不思議です。
違憲立法審査権を持つのは唯一最高裁判所のみです。
ですから、集団的自衛権が違憲と思うなら、法制局官僚の判断に任せないで、違憲裁判を起されることをお勧めします。
この条約が作られた1960年(昭和35年)は冷戦の真っ盛りですが、当時仮想敵国はソ連であって、この時期の毛沢東期の中国は今のような膨張政策どころか鎖国していました。
ところで、中国が突如、尖閣の領有権を主張しだすのは70年代からで、尖閣のセの字もこの世に認識されていかった時代です。
しかし、中国が軍拡と膨張を開始してアジア情勢は一変しました。
わが国を取り囲む状況が大きく変化しているのに、条文解釈だけ変わらないということはありえません。時代に則して変えるべき部分は変えていく必要があります。
なお、後段で国連安保理への報告と、「(国連が)必要な措置が執った場合は終了する」とありますが、相手国・中国が拒否権を持つ安保理常任理事国な以上、「国連が必要な措置を執る」可能性はまったくありえません。
国連は、紛争が常任理事国の利害に関わらない希少なケースのみに多少機能するていどの組織にすぎません。
現にウクライナでは完全な機能不全の姿をさらしました。尖閣でも同様だと考えておくべきでしょう。
このように考えると、米国が今回の訪日に際して望んだのは、単に相互に安保条約の誠実な履行をするということにすぎません。
もちろん、集団的自衛権を非公式にわが国に求めたのは米国に決まっています。今回、あっさりと集団的自衛権を容認したのは、なんのことはない勧進元が米国だったからです。
ですから実は、オバマがなにかを言ってくれるのを期待したのは筋違いで、逆に日本が第5条を誠実に履行して集団的自衛権を持てるようにしろと言われていたのです。
そしてその内容は既に50年前作られた条約第5条にシンプルに述べられており、それを国内の政治の解釈で恣意的に変えてきた時代が終わったにすぎないのではないでしょうか。
一方、米国側にも条約締結時になかった米国の「憲法上、手続きの制約」が生じています。
米国側の事情については次回に続けます。こんなに長くなるとは思わなかった(汗)。
■写真を差し替えました。
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■日米安全保障条約 第五条
「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する。 前記の武力攻撃及びその結果として執つたすべての措置は、国際連合憲章第五十一条の規定に従つて直ちに国際連合安全保障理事会に報告しなければならない。その措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全を回復し及び維持するために必要な措置を執つたときは、終止しなければならない。 」
ARTICLE V
Each Party recognizes that an armed attack against either Party in the territories under the administration of Japan would be dangerous to its own peace and safety and declares that it would act to meet the common danger in accordance with its constitutional provisions and processes. Any such armed attack and all measures taken as a result thereof shall be immediately reported to the Security Council of the United Nations in accordance with the provisions of Article 51 of the Charter. Such measures shall be terminated when the Security Council has taken the measures necessary to restore and maintain international peace and security.
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