原発事故で苦しんだ福島人をまた苦しめる権利はマスコミにはない
(スピリッツ5月19日発売号 以下引用は同じ。上と下は流れで配置しました。この中で雁屋氏は疑う余地なく「福島から逃げろ。それが勇気だ」と述べています。以下引用は同じ)
編集部の公式見解がでました。(欄外参照)
「事故直後盛んになされた残留放射性物質や低線量被曝の影響についての議論や報道が激減しているなか、あらためて問題提起をしたいという思いもありました」
なにを書いているのでしょうか、この編集長の村山という人。「問題提起」ですって?
この「美味しんぼ」でスピリッツが「問題提起」した言説は、「福島には除染しても人は住めない」「鼻血が出たのは被曝のためだ」という度し難い捏造と暴言であり、そしてこれに加えて今号では「福島の未来は日本の未来だ」ということだけです。
このどこが編集部の言う「改めての問題提起」なのでしょうか。
編集部は「人が住めない一部地域が存在している」などと言っていますが、登場人物に「福島は住めない」とまで書かせておいて何を今さら言っているのですか。
「一部地域」ならこんなに多くの批判が殺到しませんよ。ここにまで来てまだこういう言い訳をするからいやなのです。
このように「一部の地域」どころか、「福島に人は住めない」とまで言い切り、さらにそれを「福島の未来は日本の未来」として、日本全国もまた原発が稼働する限り人が住めくなるとまで書いたから許せないのです。
これはもはや議論ではありません。プロパガンダですらありません。それは恐怖を材料にした強迫です。
この最終回にも小細工が施されています。「美味しんぼ」批判派は自治体と専門家なのに対して、擁護派は実に多彩に演出されています。
小出裕章京都大学助教、崎山比早子氏、津田敏秀岡山大学教授、野呂美加氏、肥田舜太郎氏、矢ケ崎克馬琉球大学教授、青木理氏と札付きの反原発論者が顔を揃えています。
たぶんこれを読む人達は、硬い専門医の科学的知見や自治体の抗議文は飛ばして、反原発派だけ読んでしまうでしょう。
批判派にも大勢の人口に膾炙した論者は多いのですから、どうしてそうしなかったのか、ここにも編集部の「意図」を感じます。
そもそも、この回は両論併記にするべき性格ではなく、自治体の抗議文と、編集部の謝罪だけでよかったはずです。
ところが、謝罪は「議論の一助に」と居直って事実上拒否し、反原発派多数に雁屋氏応援歌を歌わしてしまえば、編集部の本音は透けて見えます。
いうまでもなく、この雁屋応援団のほうが編集部の意見なのです。つまり小学館とスピリッツ編集部の本音はおおかたこうです。
「へいへい、悪うございました。ご不快だったようなんで謝りますぜ。自治体や政府にも怒られちゃったしね。はいこのとおり。ペコリ。
休載いたしますぜ。もっとも前から決まっていたことで、このこととは関係ないんですがね。でもいちおうけじめみたいに見えるでげしょう。
でも内容的はこっちが正しいんで、応援団を沢山連れて来ましたぜ。
さぁ賑やかに雁屋さんを応援してくれぇ!」
もし編集部が本気で「低線量被曝の議論の一助にしたい」ならば、今頃になっての場外乱闘ではなく、作中でなぜまともに専門的知見を持つ放射線医学者を一度でもいいから登場させなかったのでしょうか。
なぜ、井戸川氏や荒木田氏といった極端な意見の持ち主だけではなく、彼らとはまったく異なる意見を持つ福島の人たちを取り上げなかったのでしょうか。
スピリッツ編集部の意図は成功しました。
おそらく、この「美味しんぼ」を読まもうが読むまいが、多くの国民には「福島は未だ危険な土地である」という印象が強く刻印されたはずです。
「美味しんぼ」のメッセージは「福島は人が住めない。逃げろ」ということに尽きます。今回も雄山にはっきりと「福島の人たちに危ない所から逃げる勇気を持て」と語らせています。(冒頭切り抜き参照)
この漫画を読んだり噂で聞く福島の人の中には、強いストレスによる健康不安を放射能とを結びつけることで、いっそう症状が進んでしまう人も出るやもしれません。
あるいはもう自主避難は限界だ、福島も元に戻りそうなので帰還しようと思う人にとって、この漫画はそれを躊躇させるに充分でした。
また、いままで延々と地道に3年間積み上げてきた除染や保健活動を支えてきた自治体職員や病院関係者にとっては、頭からそれを否定されたような気持ちになったことでしょう。
そして農業者にとっては、かつて自殺者まで出したあの暗黒の2011年を思い出して、天を仰いだことでしょう。
このような声を出さぬ無数の被害者にとって、「美味しんぼ」と編集部はまがうことない加害者なのです。
百歩譲って、雁屋氏の考え方が正しいとしても、正しければ何を言ってもいいのでしょうか。
復興に向けてようやく平穏な日々を回復しつつある人々を再び不安に陥れていいのか、何が楽しいのか。
福島の人々は原発事故でもう充分以上に苦しみました。その彼らに対してマスコミが「正義と真実」を振りかざす権利などなにもないのです。
この「美味しんぼ」「福島の真実」は、私たち「被曝」地の人間にとって、言論の暴力として記憶されることでしょう。
そして、ノアよろしく「福島から脱出しろ」とまで言い切る人々を見ると、脱原発運動はもはや「宗教」に分類されるべきなのかもしれないと思いました。
■スピリッツ編集部公式見解(要旨)
一連の内容には多くのご批判とご抗議を頂戴しました。多くの方々が不快な思いをされたことに責任を痛感しております。福島の方が不愉快な思いを抱かれるであろうと予想されるため、掲載すべきか検討しました。
健康不安を訴える方々がいらっしゃることは事実です。取材対象者の声を取り上げないのは誤りであるという雁屋哲氏の考え方は、世に問う意義があると考えました。今号の特集記事には、厳しいご批判をいただいております。
真摯(しんし)に受け止め、表現のあり方を見直して参ります。このたびのさまざまなご意見が、私たちの未来を見定めるための議論へつながる一助となることを願います。 「週刊ビッグコミックスピリッツ」編集長 村山広
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コメント
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我々のできる、一番手軽で効果的な方法は、買わないことではないでしょうか。ある意味で無料で宣伝をしてもらい(福島から見れば風評をあおり)、部数も伸ばして、編集部を喜ばせる必要もないでしょう。管理人さんが代表して内容をチェックし、その問題点を記録していただいたことを多として、我々はそうした雑誌と関わらないようにすることが、編集部に対するメッセージになると思います。
それにしても、面白いのはこちらの方では抗議デモは起きないのですね。十分にデモをする価値があることだと思いますが。
投稿: 東風 | 2014年5月20日 (火) 09時00分
管理主様の怒り、悲しみ、本当に分かります…。いや、分かるなんてことは軽々しく言えないぐらい悔しいことですよね。
何故、脱原発派の方々は、原発をなくすことが風評被害を拡めることになってしまうのでしょう。
ただ、今回の件で一つだけ良かったことがあります。以前も言いましたが、本物と偽物がはっきりしたことです。
こんな虚偽を「まだ分からない」と言いつつ、風評被害ビジネスを援護する手合いなど偽物と判定していいです!!
PS.管理主様、山形さん、松尾貴史氏のことを書いたのは自分の失態です。例えとして書いてしまいましたが、これは余計なことでした。
ぜひ御容赦下さいm(__)m
投稿: 播磨真悟 | 2014年5月20日 (火) 12時34分
はじめまして。ブログ拝読して、なんと力強く前を見据えておられるのだろう!と
元気をいただいております。
別作品目的でこの号のスピリッツを購入した兼業農家です。
美味しんぼの書く除染、鼻血メカニズム等々のナンセンスさはもはや言うに及ばず、
(ネットが発達した現在、様々な専門家がきちんと説明をしてくれているのが見られるのも有難いことです)
「食」を題材にした作品であるはずが、作者が「食」についてすら全く理解していなかったことに呆れ、怒りを抱きました。
その土地に住んで農業、畜産、漁業など一次産業を営んでいる者にとっては、
土地のほかにその土地の水、気温、日照条件等々、土地に付随する様々な条件、
それに対する経験則も重要な財産であろうと考えています。
また、その土地と気候などが異なるからこそ作れるものがあると思っております。
(極端なところでは日照時間の差でドイツの赤ワインはしぶくなりにくく、フランスはしぶい、というような、
日本国内でも一口に春キャベツといっても産地により味が全く違ってくるような...)
それを「逃げる勇気」 「子供のために」などとキャラクターに喋らせ、土地を捨てよ、と発言する。
充分に安全を確認し、そのために奔走している行為を踏みにじっているのと同時に、
慣れた土地を離れ、新しい経験則をつかむことにつきまとう作り手の困難、
その土地でしか作れない味が存在するという土地の特性などに全く理解がない。
おもてなし料理や和解(最後のページです)などというものが全く空虚なおためごかしと付け足しにしか見えず、
「この作者はかつてのグルメ漫画ブームに乗っかって放言を放っているだけであり、
食べ物の材料に対して何も思い入れがないと言っているにも等しい、
もはやグルメ漫画としてすら読むに価しない」
こう思わせるに充分であったと、呆れ、表現者としての無責任さに怒りをおぼえております。
どうぞヒステリックに低線量被曝が、と遠くからわめき散らすだけの方々に
お心をすり減らされることのないよう、応援申し上げます。
長々と乱文、大変失礼致しました。
投稿: さきたま | 2014年5月27日 (火) 15時09分