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2014年6月25日 (水)

河野談話検討報告書を読むその3 韓国側の「未来志向」と引き換えに認めた「強制性」

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朝日新聞報道によって加藤紘一官房長官談話という形で「軍の関与」を認めて「謝罪」までした日本政府ですが、証拠が見つからないために「強制性は確認できない」という一線で踏みとどまっていました。

このあたりを少し説明します。

戦争中にという同情すべき女性たちは確かにいました。私も彼女たちの境涯をほんとうに気の毒だと思います。

ですから、「存在しないんだ」と当時の日本政府が言っていたわけではありません。

彼女たちは民間の斡旋業者が勧誘して、民間人経営の兵隊向け娼家で働いていたのです。

念のために付け加えておきますが、「従軍」という呼び方は戦中にはなくただの「」で、働いていたのは弾丸が飛んで来るような戦場ではなく、後方の大きな街でした。

当時の日本政府、あるいは軍が、の募集や娼家の運営などに直接関係していたことはありませんでした

ましてや吉田清治氏の「証言」のように、日本軍が朝鮮の村に押し入って婦女子を片っ端から木刀で叩き、すがりつく子供を蹴飛ばしてトラックで連れ去る奴隷狩りのような「強制性は確認できない」と言っていたのです。

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               (写真 吉田清治氏 彼の偽証の罪は重い)

また、よく敗戦直後に書類を廃棄したから証拠が見つからないのだと思っている人が多いのですが、軍隊というのは巨大な官僚機構だということを忘れています。

軍隊という組織は、上級司令部からの命令書なくしてはひとりの兵隊も、一台のトラックも動かすことはできません。

もし「動員」に軍が「関与」していれば、調達から始まって集合場所、運輸手段の調達、現地の宿舎、衛生管理、生活管理等々の膨大な書類が残されていなければなりません

しかも、それはおそらく各数枚に分かれていて、それぞれのレベルの担当官の決済印が残っていなければなりません。

もし、今の韓国政府が主張するように「従軍」が20万人もいたのなら、書類だけで数十万枚なければならないことになります。

そして軍隊は管轄という縄張りにもうるさい所です。

ですから、あの吉田清治氏の「証言」のウソがすぐに歴史研究者に見破られたのは、「西部動員命令」と称する内地の命令書で、当時朝鮮軍管区にあった済州島に越境して「狩り」をしたなどと書いたからです。

そのようなことは、神奈川県警が栃木県で捕り物をするようなもので、絶対にありえないことです。

このような旧日本軍の巨大な官僚構造の遺物の中に、ただの一枚も「軍の関与」を示す文書がなかったなどということがありえるでしょうか。

そこまで見事に証拠を消し去ることが可能でしょうか?まして、当時の日本においては「従軍」は非合法ではなく、従って悪の意識はなかったはずです。

それが、日本軍の文書を接収した米国国立公文書館においてすら、ひとつも見当たらなかったのです。

だから、吉見義明教授もしかたなく、軍が出した「悪質な業者にだまされた女性が出ないようにして下さい」という警告文を、「軍の関与の証拠」とするしかなかったわけです。

そのあたりを報告書はこう述べています。

「日本側では、加藤官房長官発表以降も引き続き関係省庁において関連文書の調査を行い、新たに米国国立公文書館等での文献調査を行い、これらによって得られた文献資料を基本として、軍関係者や慰安所経営者等各方面への聞き取り調査や挺対協の証言集の分析に着手しており、政府調査報告も、ほぼまとめられていた。これら一連の調査を通じて得られた認識は、いわゆる「強制連行」は確認できないというものであった」

しかし、それに対して韓国側は、「一部に強制性があった」という表現ですら韓国国内で「大騒ぎになる」と伝達してきます。

「1993年4月下旬に行われた日韓の事務方のやりとりにおいて、韓国側は、仮に日本側発表の中で「一部に強制性があった」というような限定的表現が使われれば大騒ぎとなるであろうと述べた。これに対し、日本側は、「強制性」に関し、これまでの国内における調査結果もあり、歴史的事実を曲げた結論を出すことはできないと応答した。また、同協議の結果の報告を受けた石原官房副長官より、全体について「強制性」があったとは絶対に言えないとの発言があった」

しかし武藤嘉文外務大臣は、1993年6月29日、30日の訪韓時にこのような玉虫色のことを韓国側に伝えています。

「『具体的にどういう表現にするかについては、日本側としても韓国国民の理解が得られるようぎりぎりの努力を行う所存であるが、その際には韓国政府の大局的見地からの理解と協力を得たい』」

この日本側の「理解がえられるギリギリの努力」という言葉が、さらに韓国側に妥協しますよ、と受けとられてもしかたありません。 

当時の日本側の考えを報告書はこう述べています。

「1993年2月には、金泳三大統領が就任した。1993年2月~3月頃の日本側の対処方針に係る検討においては、基本的考え方として、『真相究明についての日本政府の結論と引き換えに、韓国政府に何らかの措置の実施を受け入れさせるというパッケージ・ディールで本件解決を図る』、『真相究明については、半ば強制に近い形での募集もあったことについて、なんらかの表現によりわれわれの認識を示すことにつき検討中』、『措置については、基金を創設し、関係国(地域)カウンターパートを通じた福祉措置の実施を検討』としていた。『強制性』については、「例えば、一部には軍又は政府官憲の関与もあり、「自らの意思に反した形」により従軍とされた事例があることは否定できないとのラインにより、日本政府としての認識を示す用意があることを、韓国政府に打診する』との方針が示されている」 

日本側は、「早期完全解決」を考えて、真相解明とその後の補償をワンセットで韓国か話に受け入れられるように外交交渉していこうと考えていたようです。

真相解明はあるていど韓国の言い分に妥協してでも、一括してなんらかの「償い」まですることによってこの「従軍問題」はここで終わりにしたいと思っていたのです。

そして真相解明の調査の幅を各省庁から地方図書館まで拡げるなど努力し、一方「償い」の措置については65年日韓条約で個人補償は補償しているため、これと別枠でなんらかの基金を作ることを考えていたようです。 

また「強制性」については、「関与もあり」とか、「自らの意志に反して」、あるいは「一部には」といった表現で収めたいと考えていました。 

しかし、韓国側はこのような落とし所で満足するはずもなく、さらに覆い被せるように日本側に攻勢をかけます。  

「韓昇洲外務部長官からは、日本側の誠意あふれる発言に感謝するとしつつ、重要な点として、『第一に強制性の認定、第二に全体像解明のための最大の努力、第三に今後とも調査を継続するとの姿勢の表明、第四に歴史の教訓にするとの意思表明である。これらがあれば』、『韓国政府としても』、『本問題の円満解決のために努力していきたい』との発言があった。また、韓国側からは、日本に対し金銭的な補償は求めない方針であるとの説明があった」

ここで注目されるのは、韓国側は「強制性」さえ認めれば、日本に対して「円満解決のための努力をする」し、「金銭的な保障も求めない方針」だと言っていることです。 

ひたすら「強制性」を認めろと迫るだけではなく、アメとムチよろしく「強制性」すら認めれば「円満解決」もしましょう、「金銭的補償もいりません」と言うわけです。 

国内外で燃え上がってしまった「従軍」問題に対して、早期完全解決を熱望する宮沢政権は、この韓国側の「円満解決」の誘いに乗っていくことになります。 

(続く)

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コメント

こんばんは。

仰っしゃるとおりです。

韓国の方が一枚も二枚も上でした。
今回のワールドカップの日本チームみたいなもん。
攻めができずに守りにはいり、焦って攻めて自滅。

選挙で選ぶ政治家は、民主主義上の飾りモノで、
実際に政治さえも動かしているのは霞ヶ関です。
官僚制社会主義が日本の実態だと思います。
政治家はヤジを飛ばして自滅し合うようなアホ
です。

宮沢、河野さんら、時の役職にあったものだけを
攻めるのは、ヤクニンの思う壺だと思います。
韓国にボロ負けした折衝を実質仕切ったのは官僚
だからです。彼等は政治家に責任を押し付けて、
もう逃げてます。アホな政治家はヨイショされて、
木に登ったものの、売国奴として木から蹴落とさ
れる結末になりそうです。

有りもしない事で、他国にアーダコーダ言われて、
「だーとれい!」と言えないのはストレス溜まり
ますわ。

今度の北との折衝も、安倍さんが官僚に踊らされ
て、官僚の利益にさえなれ国民の利益にはならな
い、大衆受けする約束を北に押し付けられるので
しょう。ほんとヤクニン要らんわ。

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