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2014年7月

室井佑月さんの「福島に子供は行くな」差別について

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私が苦手なタイプに、理屈抜きで自分の考えだけが正しいと信じて疑わない人がいます。 

そういう人に限ってすこぶる感情的です。  

今はなんといっても、そのテの代表的人物を上げるとすれば、室井佑月(ゆづき)さんでしょう。欄外に全文を乗せておきましたから、気力体力がおありの方はお読みください。  

私は、このテの自分の絶対的「正義」を信じて疑わないタイプの文章を読むって、相当に疲れるんですよね。それだけでドドッと夏バテが増進して、ソーメンしか喰いたくなくなります。 

だって、こういう人は右左を問わず、会話が成立しないのです。  

あたしは正しい、あたしが間違っているというあんたがおかしい、世の中自分とその仲間以外は間違いだらけだ、はいはい、お願いだから暑いんで静かに話そうね。 

室井さんはどうやら、「修学旅行に福島へ行くな」と言いたいらしいようです。

『美味しんぼ』問題を受け、政府は、修学旅行先として福島のモデルコースを設定し、全国の学校に提案することなどの(風評被害払拭にむけた)強化策をまとめた」
 というニュースを観て、なんでわざわざ危ない事故を起こした原発のある福島へ、全国の子どもたちを連れていかなきゃならないの、ということを書いた。政府の意見が正しいことの証明に、子どもを使うのは野蛮すぎると

室井さんは、「あんたらの住む福島なんか子供を連れていく場所じゃないんだよ」と言っているに等しく、自分の母性と子供をダシにして、恐怖心の押し売りをすることで、福島で今暮らしている福島県民を侮辱しています。

いや室井さんのような偽善的な人には、はっきりと言ってあげないとわからないだろうから、こう言ってあげましょう。

室井さんは福島という土地に住む人達を差別していますあなたのやっていることは人として大変に下劣な行いです

今、3年目の夏休みを迎えて、ひとりでも多くの人達に遊びにきてもらって、ほんとうの福島を見せたい現地の人たちに冷水を浴びせる卑劣な行為です。

それに気がつかないというほうがよほどヘンです。親も同伴だから富裕層が行くのだろうとか、中間処理施設のバカ大臣の金目発言まで引き合いに出していますが、関係ありません。 

これが多くの読者の怒りを買って炎上したようで、まぁ当然でしょうが、それを彼女は「あたしの意見は福島差別になるのだろうか」と逆ギレしているわけです。 

たとえばこんなかんじ。

福島はなにも起きていないといってしまえば、東電の起こした原発事故のその後のすべてが風評被害であるというすり替えが可能になってしまう。国も東電も、被害者に対して手厚い保護など考えなくていいことになっていく」  

避難者への「手厚い保護」は過ぎるほどしていて、避難先では今や働かないで昼間から酒飲んでいるような富裕避難者が社会問題にすらなっているんですが、その部分を除いてもこの文章の意味分かります? 

「福島で何も起きていない」と言うことが、なぜ「原発事故後がなにもなかった」ことに「すり替えられて」、しかもそれが「すべて風評被害になってしまう」んでしょう。 

彼女の脳味噌の中では整合しているんでしょうが、データも証拠もなく感覚だけで言われても困るんだよなぁ。 

だって、この論法を逆の立場でみてみましょうか、おかしいのがわかるから。 

推進派はこう言うのでしょうか。

「福島でなにかが起きているといってしまえば、東電の原発事故のその後が風評被害ではなく実害になるというすり替えができてしまう」 

ね、この両方ともおかしいでしょう。福島の健康被害のデータと証拠を抜きにして、「あるはずだ」、いや「ないはずだ」と言ってもなんの意味もないはずです。

もちろん単なる風評被害でもなく、現実に厖大な事象があったのは確かです。  

しかし、あの3.11から3年たって客観的データが揃ってきて、国連科学委員会の健康被害の報告書も既に出ているわけです。

室井さんは、「福島で甲状腺ガンが増えている」などというデマを信じているようですが、国連科学委員会(UNSCEAR)福島事故最終報告書はこう述べています。
※関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/unscear-0b78.html

「福島原発事故の結果として生じた放射線被ばくにより、今後がんや遺伝性疾患の発生率に識別できるような変化はなく、出生時異常の増加もないと予測している。
その一方、最も高い被ばく線量を受けた小児の集団においては、甲状腺がんのリスクが増加する可能性が理論的にあり得ると指摘し、今後、状況を綿密に追跡し、更に評価を行っていく必要があると結論付けている。甲状腺がんは低年齢の小児には稀な疾病であり、通常そのリスクは非常に低い

また環境省も福島の甲状腺ガンについてこんな報告書を出しています。

環境省は28日、東京電力福島第1原発事故による福島県の子どもの健康影響を調べるため、比較対象として青森、山梨、長崎の3県の子どもの甲状腺がんの頻度を調べた結果を発表した。対象者数が違うので単純比較はできないが、福島と発生頻度が同程度だった」としている」(共同2014年3月28日

このように落ち着いてデータと資料に即して整理して議論できる時代状況は既にあるのです。 

それは「なかったことにする」こととは本質的に別なことです。どうしてこんな簡単なことがなぜ分からないんでしょう。 

この人の内的時間は、2011年3月11日から一歩もでていないのです。  

ところでこの室井さんの週刊朝日(また朝日新聞ですか)のコラム記事は、美味しんぼ事件の応援で書かれたものの続きのようです。  

室井さんは、雁屋氏が言っているような、「美味しんぼ」が「福島は住めない所になった。脱出するのが勇気だ」、という発言を肯定しています。(下 スピリッツより)  

Photo

 このような極端な考えから見る限り、福島は今でも放射能の「穢れ」で満ちた地域、つまり室井さん流に言えば「子供を修学旅行に連れていくな」という土地に見えるのでしょうね。 

少しでも「放射能」が残っている限りダメ、1ベクレルでもダメ、だって子供が大変なことになっちゃうから全員避難しろ、そう反原発派の人たちは叫んだわけです。 

だから、福島や茨城の野菜や米を食べるなと呼びかけることは、風評被害の拡散ではなく、実害の阻止だと主張しました。

そう言えば、室井さんはかつて、福島の食材を給食に出すなとNHKで発言して物議を醸しましたね。

あの時もひどいことを言う人がいるもんだ、しかし時間がたてば理解してもらえるだろうと思っていたもんですが、ぜんぜん治癒しなかったとみえます。

いやそれどころか、室井さんは、食べるな、逃げろから、ついに「子供は行くな」にまでグロテスクに定向進化してしまったようです。 やれやれ。

室井さんは、差別が金がらみのことばかりだと思っています。浅いな、あなた作家でしょう。

差別という感情の根源は、そんな目に見える銭カネばかりではありません。 

それは自分が住む澄んだ水が汚されたと感じる時に起きる反作用の感情なのです。 

民族学者の石川 公彌子氏は「穢れ」をこう説明しています。

「穢れ」とは神道や仏教における観念であり、清浄ではなく汚れて悪しき状態を指す。とくに死、疫病、出産、月経や犯罪によって身体に付着するものであり、個人のみならず共同体の秩序を乱し災いをもたらすと考えられたため、穢れた状態の人は祭事などに関われずに共同体から除外された」

これを今の3.11以降の状況に置き換えてみましょう。放射能という「清浄ではなく汚れて悪しき状態」にまつわるすべてが「穢れ」なのです。 

農産物も、車も、雪も、瓦礫も、そして人すらもね。 

放射能とは疫病や死のシンボルであり、それを持ち込もうとする者は、清浄な共同体の秩序を保つために排除されたのです 

しかし、前近代的な「穢れ」に対する恐怖であるが故に、いくら福島県が「放射能や健康被害はまったく出ていない」と言おうが言うまいが、一切耳を貸さない根深く理屈抜きな部分からの恐怖なのでしょう。 

このようなある意味、前近代的な「闇」の心理を引きずっているためにいつまでたっても「穢れ」を排除し、差別する事件が後を断たないのです。 

一見、科学によって装われていますが、室井さんや雁屋氏がかき立てたのは、穢れを嫌う村八部という恐ろしく古い日本人の暗部です。 

かつて広島において「ピカがうつる」と被爆者を差別した時代に、ネットやツイッターがなくてよかったとしみじみ思います。 

あの時代にそれがあったら、福島どころの騒ぎでは収まらず、広島の復興は10年以上遅れていたことでしょう。

今、室井さんは「フクシマの放射能毒がうつるから、子供を修学旅行なんかに行かせるな」と主張しているわけです。まったく同じ差別の構図だとわかります。 

そして私がイヤになるのは、室井さんたちの正義ぶったエリート意識です。 

自分たち以外はすべて放射能の恐怖を理解しない馬鹿な人たちであり、自分と見解を異にする人たちはものが見えない馬鹿だと見下すような態度です。 

室井さんたちにとって、3.11以後の日本社会は、「邪悪な原子力ムラ」とそれに洗脳されている人たち、それに対して「正義の闘いを挑む脱原発派」に二分されてしまています。 

室井さんは、「仲がいい大学教授」や芸能人仲間の中にいれば、脱原発を唱えることで選民意識を持てるのでしょう。 

デマッターたちの言葉を絶対真理として帰依しているので、多くの人が脱原発に無関心なのは、邪悪な政府がなにか大事なことを隠しているに違いないと考えています。 

彼らのサイトにいけば、毎日のように「ロシア軍の秘密情報」や「米国の専門家」が、「福島県はもう人が住めない土地になっている。全員避難しなければならない。大量の子供たちが甲状腺ガンや小児ガンに罹っているが、政府・東電が隠ぺいしている」と説いているのが見られます。

しかし、その情報源は「知り合いの東電社員から聞いた」、「知人の知り合いの政府官僚から聞いた」という伝聞ばかりです。 

なにせ彼らによれば、去年の12月30日には福島第1でまた核爆発が起きたそうで、北極のシロクマが大量死したなんて「ロシア軍秘密情報」があるくらいです。言うまでもなくデタラメです。

一種の疑似カルト宗教ですが、ここからハルマゲドン願望が発生します。

心秘かに、いや時には岩上安身氏や上杉隆氏のように公然と、「お待たせしました。奇形が生れました」と「フクシマの破滅」を願望するようにすらなります。

ここに至るともはや荒廃した精神と言われても仕方ありません。  

室井さんのような人達は、国連科学委員会がなんと言おうと、福島で検診活動に尽力している坪倉医師のような人が何を言おうと、いや福島で何かある、何か隠されている、それはアベ・シンゾーが悪企みしているんだぁ~と今後も思い続けるのでしょう。 

まぁ、ご勝手に。ただ、公共の場で騒がないでね。それからハスッパに口とんがらして、斜めから他人を見るのはやめようね。すっごく気色悪いし、 暑いから(笑)。

 

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■週刊朝日  2014年8月1日号
「抗議を受けた室井佑月「あたしの意見は福島差別になるのだろうか」(太字引用者)
 

「『美味しんぼ』問題を受け、政府は、修学旅行先として福島のモデルコースを設定し、全国の学校に提案することなどの(風評被害払拭にむけた)強化策をまとめた」
 というニュースを観て、なんでわざわざ危ない事故を起こした原発のある福島へ、全国の子どもたちを連れていかなきゃならないの、ということを書いた。政府の意見が正しいことの証明に、子どもを使うのは野蛮すぎると。
 そしたら、「福島を差別するな!」と、ものすごい数の抗議を受けた。
 あたしの意見は福島差別になるのだろうか。
 今、現在、福島に住んでいる人たちがいるのもわかる。福島では、線量の高いところも低いところもあるのも知っている。
 だが、福島ではなにも起きていないといってしまえば、東電の起こした原発事故のその後のすべてが風評被害であるというすり替えが可能になってしまう。国も東電も、被害者に対して手厚い保護など考えなくていいことになってゆく。
 現に、この国の環境を守るのが仕事の環境省の大臣が、汚染土の中間貯蔵施設建設をめぐり、「最後は金目でしょ」という発言をした。
「もっと丁寧に安全だということを説明しないと」ではない、「金でなんとかなるでしょ」ということだ。
 正直にいえば、もうこうなった以上、最後は金で解決しかないのかもしれない。が、それは事故の責任者が被害者に謝り倒し、どうかこれで勘弁してくださいというお金であるべきだ。劣悪な環境も「金を払えばいいんでしょ」という金ではない。金は金じゃんという人もいるだろうが、そういう心根の在り方が差別なんだとあたしは思う。
 政府が全国の学校の修学旅行先に福島を推奨する件だって、本当に差別されるのは、普通の家の子や貧しい家の子たち、公立の学校に通う子どもたちではないか。希望者を募っていくボランティアならともかく、全員が行く修学旅行で、裕福な家に生まれた私立の子たちが行くのかな?
 福島と隣接する県にある私立の全寮制の学校が、震災後、子どもたちを避難させた。そして、今いる生徒たちの卒業をもって、学校を閉じるらしい。
 もっと大変な環境で頑張ってる子どもたちはいるのに! そう怒る人はいるかも。でも、そういったところで、大変な環境の中で生活を強いられる子のためにはならない。それどころか、なにもなかったことにされ、逆に足を引っ張ることになる。
 あたしは自分の学校の生徒をなにがなんでも守るという選択をした、この私立校の英断を偉いと思う。
 そうそう、仲が良い大学教授の先生が、原発事故・放射能問題を、 「戦争責任問題と似ていますよね。結局、1億総懺悔で、戦争責任は追及せず、です」といっていた。その通りだとあたしも思う

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小泉翁の妄執「原発ゼロ」の嘘 その9 B・5・bを握り潰した人が脱原発だって?!

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福島第1原発事故は、必ずしも必然だったわけではありません。 

たぶん回避可能な多くの事故と同じように、起きないで済んだことも考えられます。 

それはそう難しいことではなく、冷却系の電源を複数離れた場所に確保しておき、万が一地震や津波で一基が破壊されてもサブユニットが生き残る方法をとることで済んだはずです。 

この改修は、今、安全基準に沿うように実施されている高い防波堤や、建屋の耐震構造の見直しなどから較べればはるかに簡単で安価、しかも直ちにとりかかることが可能でした。

ここで深刻な疑問が湧きます。なぜこのような小規模の安全措置の多重化をしなかったのでしょう 

それは、もちろん本質的にはいわゆる「原発安全神話」が生きていたからですが、ただ一度だけその見直しのチャンスがあったのです。 

その原発施設の強靱化方法が伝えられたのは2002年の米国NRC(原子力規制委員会)からでした。

その名を「原発事故・核テロにおける減災対策連邦基準B5条b項」と呼ばれ、略称を単に「B・5・b」といいます。  

このB・5・bは、その前年の忌まわしい9.11米国同時多発テロの教訓から生まれています。 (※異説があります)

この時ワシントンに向ったユナイテッド93便は、乗客の反撃にあってその手前で墜落しましたが、その先にはホワイトハウス、議会などいくつもの政府な施設が存在していました。 

しかしNRCは、ある意味で政治的象徴より恐ろしい施設を、その推定されたいくつかの飛行コース上に発見し慄然としました。

それがハドソン川河口のインディアン・ポイント原発(PWR2基)です。(下写真)

 

旅客機を乗っ取ったテロリストが、もし原発に旅客機を衝突させたら、それによって原子炉建屋が破壊され、ニューヨークは一瞬にして壊滅します。  

その可能性を考えたNRCはこのそれまで予想もしなかった旅客機の衝突(※欄外参照)を含む核テロに対して対策を練ります。それがこのB・5・bだったのです。

米国は、核テロを想定しています。テロリストが原発施設内に侵入し制御室を制圧し、制御室へのアクセスが不可能になるといった事態です。

つまり、自爆テロリストが制御室にまで武力侵入し、そこら中のボタンをメチャクチャに押したらどうなるのかと想定したのです。

その場合、彼らが電源のメーンスイッチをオフにしたらどうするのか、一瞬にして冷却系への給水が止まる事態になりはしないか、恐ろしい事態をNRCは考えました。

この結果起きるであろう全交流電源、及び直流電源の喪失という最悪シナリオを想定せねばならないわけです。

その事態に対処するために作られた「最悪シナリオ」対処案がこの「B・5・b」なのです。

船橋洋一『カウントダウン メルトダウン』によれば、NRCが作ったは「B・5・b」の内容はこのようなものです。 

第1段階 想定される事態に対応可能な機材や人員の準備
第2段階 使用済み燃料プールの機能維持及び回復のための措置
この際に、第2段階では
サイト内での給水手段の多重化 
サイト外では給水装置の柔軟性と動力の独立性
第3段階 炉心冷却と格納容器の機能の維持及び回復ための措置
この際に第3段階では
原子炉への攻撃に対する初動時の指揮命令系統の強化
原子炉への攻撃に対する対処戦略の強化
 

米国NRCは核・原発テロは4つのシナリオを考えていました。

a 核施設に潜入して、中央制御室に立てこもり、要求を受け入れないとベントするか爆破すると脅迫する
b 9.11スタイルで、乗っ取った航空機で核施設を自爆攻撃する
c 電源喪失などの核インフラを切断する
d 配管・パイプを切断する

テロリストではなく、それ以上に恐ろしい未曾有の大震災と津波が襲った結果、第2段階(④)及びcの状況になったのがまさに福島第1原発事故だったわけです。

つまり考えるまでもなく、このB・5・bは福島事故のような核テロ以外の状況においても充分に役に立ったはずなのです。 

特に③の冷却系に対する給水手段の多重化、④給水装置の柔軟化と動力の独立などは、そのまま今、全国の日本の原発でとられている安全措置とまったく同じです。 

もし、この時に日本政府がB・5・bを受け入れて、冷却系の動力をいくつもに分けて多重化し、万が一ひとつか破損しても別な系統で代行できるようにした上で、配電盤も水密構造にし、これも多重化しておいたならば、福島事故は相当な確率で予防できたはずです。

現実に3.11時にも、女川、福島第2、東海村第2の各原発は、震災と津波に合いながらもかろうじて残存した電源があったために事なきを得ました。 

このようなNRCからの重要な情報に耳を閉ざしていたのが、誰あろう当時の宰相であった小泉純一郎首相でした。

彼はブッシュ・ジュニアのご機嫌をうかがってイラク戦争に自衛隊を送り出すことに必死で、そんなNRCの情報など見向きもしませんでした。

今頃になって、小泉氏は「原発安全神話」を盛んに批判していますが、日本でもっとも深く原発安全神話に洗脳されていた御仁が彼だったのです。

彼は、唯一福島事故を回避する手段だったB・5・bに目もくれず、安全委員会や東電には資料を渡すことすらせずに放置しました。

ですから、3.11時に支援に入った米国NRCのスタッフは真っ先に、このB・5・bを利用して事故対処ができないかと考えたのです。

もちろん日本側は、斑目安全委員会委員長からして初耳だったわけで、この結果に、逆にNRCは仰天したのです。

情けないというか、バッカじゃなかろかと心底思います。

こうしてただ一回限りの福島第1原発事故を防止できたチャンスは消え去りました。この責任者は紛うことなく、小泉翁です。

よりによって、このような平成の無責任男に反原発を語らせるのはなにかタチの悪い冗談でしょうか。

それにしても、なぜ反原発を叫ぶ元首相って、菅直人氏や小泉翁のように福島事故の「戦犯」クラスが多いのでしょうか。

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旅客機の原発建屋への衝突について
1988年にサンディア米国国立研究所はF4ファントム戦闘機の衝突実験をしています。時速800キロの衝撃に建屋は耐えたという結果がでています。

それまで日本の原発関係者は、この実験結果を例証にして原発建屋はミサイル攻撃に耐えると豪語していました。もちろん誤りです。

現実には福島第1原発の建屋屋上が飛んだり、4号炉建屋の壁が爆発で破壊されて穴が開いているのが確認されています。

この原因は、屋上は爆発の高圧ガスを逃がすために爆発時に吹き飛ぶ構造になっていたこと、2階部分は地震の際、上部の壁を厚くして重くなると地震の揺れをもろに受けてしまうので、重心を下に置く関係上、比較的壁は薄くなっているからだと推測されています。

ちなみに米国の戦闘機衝突実験でぶつけのはこの1階部分で、通常の原発建屋はミサイル攻撃や旅客機の衝撃に耐えるように設計されていません。

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共同通信ドキュメント 朝日新聞「吉田調書」歪曲報道の崩壊

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朝日新聞の「吉田調書」事件は私も記事にしましたが、こんどは共同通信が新たな証拠をつきつけました。 

ここまで細密な記録が実名入りで出た以上、これでこの件の議論はお終いです、朝日新聞さん。

連載70回にも登り、完結すればおそらく福島事故のドキュメントの金字塔になると思われる共同通信の連載記事、『全電源喪失の記憶~証言福島第一原発~』は、先週遂に待望の2011年3月15日朝の情景を掲載しています。 

この絶望的状況のさなかに所員たち9割は、吉田所長の命令に違反して逃げ去ったと、朝日は書きました。

そしてそれを韓国紙は妙に嬉しげに、「福島島原発の所員はセウォル号の船員だった」と書き立てました。 

朝日新聞5月20日1面のスクープと称する記事のリード部分です。

「東日本大震災4日後の11年3月15日朝、第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していた」

果たして、本当に朝日が書くようなことがあったのでしょうか。

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共同通信はこの同時刻に、福島第1原発で起きたことをこう書いています。(欄外参照)

このドキュメントをお読みになれば、あえて、私が書き加える必要はないと思いますが、吉田氏は福島第2原発への風向きまでチェックした後に総務班長に対して、事務員、女性の人達約630名に退避命令を出しています。

線量の低い場所を探して退避だ。なければ2F(第2原発)に向かえ。風向きは大丈夫だ」(共同記事)

この中には妊娠していた女性の運転員も含まれていました。彼らは泣きながら命令に従って福島第1を後にします。

また同時に、吉田氏は下請け協力企業に対しても丁寧にこう言っています。

今までの対応、ありがとうございました。もうお帰りいただいて結構です。途中で道路が陥没しているところもあると思います。十分、気を付けて避難してください

このように 吉田氏は、「自分と共に死んでくれる者」を残して退避命令を発しているのに関わらず、なぜ朝日新聞は、「退避してはならない」などと読み違えたのでしょうか。

それは退避命令の後にある事件が起きたからです。

それが、菅首相の東電本社演説事件でした。吉田氏は本社社員を前に、「撤退はさせないぞ」と荒れ狂う首相をテレビ電話でリアルタイムで見ています。

「約40分前、東京電力が第1原発から全面撤退すると考えた首相の菅直人(64)が本店で「逃げ切れないぞ」と激高していた。
部下たちが「逃げた」と非難されないよう、吉田はとどまらないことを分かっていながら「構内に退避」と指示し、第2原発に行く正当性を担保
したのではないか」(同)

そして吉田氏は、「誰が逃げ出すというのだ」と政府に対する不信を持つようになります。

その上で、彼は自分の退避命令が菅首相の言う「撤退」、すなわち政府から福島第1からの所員全員の撤退と取られないように周到に表現を変えます。

構内の線量の低いエリアで退避。本部で異常がないことを確認できたら戻ってきてもらう」(同)

この所員が「逃げた」と後に誹謗されないように(まさにそれが起きたわけですが)、吉田氏はこのように表現に変えたのです。

しかしもちろん、構内は運転員の全員が知っていたように高い線量で覆われ、2号炉も爆発の危機が迫っていました。

「構内の線量が低いエリア」などはない、それを充分承知の上での「聞かせる」ためのやりとりだったのです。

「バスが用意できたことを知ると、吉田は総務班長に尋ねた。
『このメンバーを退避させられる場所はあるか』 
総務班長は広野火力発電所(福島県広野町)と福島第2原発に連絡した。どちらも受け入れ可能だったが、第2原発では傷病者を収容する施設や、傷病者以外を受け入れる体育館、スタッフの準備が完了していた。
2F(第2原発)は大丈夫です』 
総務班長がそう伝えると、吉田は「そうか』と静かに応じた」 (同)

このように福島第2への退避命令は撤回されておらず、粛々とバスに乗って福島第2へと所員たちは去って行きました。

百歩譲って朝日新聞の言う「退避はさせない。戻ってこい」が吉田氏本意だったのならば、バスの手配が完了したとの報告に、満足げに「そうか」と応じるはずがありません。

吉田氏を知る多くの所員は、彼の苦悩をよく理解していました。

「『吉田さんはそういう人です』。対策本部にいた多くの部下たちはそう口をそろえた」(同)

朝日は前後の文脈から切り離してねじ曲げて「所員の9割、命令違反で逃亡」としてあざとく演出してみせたわけです。

朝日新聞は、原発事故において電力会社の社員は我がちに逃げる、だから危険だという社論につなげたいために、真実を精査せずにねじ曲げたのです。

このような行為を、ジャーナリズムの死と呼びます。:

※関連記事 朝日「吉田証言」の虚妄
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-f908.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-4637.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-ab8a.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-aaf8.html

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■3月15日午前6時14分、福島第1原発の免震重要棟に衝撃が伝わり、2号機の圧力抑制室の圧力がゼロになったと連絡が入った。抑制室が破損して気密性がなくなり、大量の放射性物質が出てくるー。誰もが震撼(しんかん)した。 

 所長の吉田昌郎(56)は対策本部中央の円卓を回り込むと、放射線管理を担う保安委員に風向きを確認した。敷地西側の正門前で線量を計測しているモニターカーからの情報では、風は北西から吹いていた。 

 吉田は退避先の福島第2原発(南12㌔)が安全か確認したかったのだ。自席に戻ると、総務班長を呼んでこう言った。 

 「線量の低い場所を探して退避だ。なければ2F(第2原発)に向かえ。風向きは大丈夫だ」 

 「とりあえず正門の先でどうですか」 

 「それでいい」 

 退避の手順が決まった。総務班長は副班長小薬敏子(55)に指示した。 

 「バスを頼みます。みんなを乗せたら正門の先で待たせてください」

 小薬は大型免許を持つ男性社員6人を連れ、協力企業から借りたバス6台が止めてある免震棟近くの道路に向かった。午前6時27分、総務班長がテレビ会議で発言した。 

 「皆さん、速やかに退避してください。最終目的地は2Fです。免震棟近くの路上にバスがあります。とにかく乗れるだけ乗ってください。まず正門の先で線量を測ります。とどまれなければ2Fに行きます 

 総務班長は、第2原発に「そちらに行くことになります」と電話を入れた。屋外に出るには全面マスクが必要となる。保安班員が装着方法を説明し始めたが、既に対策本部の出口に向かって人の流れができていた。 

 午前6時33分、吉田は免震棟に誰を残すのか人選するようテレビ会議で発言した。 

 「必要な人間は班長が指名すること。あとは総務班の指示に従って退避するように」 

 ところが午前6時42分に吉田が発した言葉は、不可解なものだった。 

 「構内の線量の低いエリアで退避。本部で異常がないことを確認できたら戻ってきてもらう」 

 第2原発を退避先とすることは吉田と総務班長の間で前日夜に決まっていた。では吉田はなぜ「構内の」と言ったのか。この時の構内はどこも線量が高く、とてもとどまれる状況ではなかった。 

 しかし約40分前、東京電力が第1原発から全面撤退すると考えた首相の菅直人(64)が本店で「逃げ切れないぞ」と激高していた。

部下たちが「逃げた」と非難されないよう、吉田はとどまらないことを分かっていながら「構内に退避」と指示し、第2原発に行く正当性を担保したのではないか。 

 「吉田さんはそういう人です」。対策本部にいた多くの部下たちはそう口をそろえた。 

全電源喪失の記録 証言 福島第1原発 最終章 「命」 ③ 写真.JPG

(2011年3月15日に福島第1原発免震重要棟から退避した約650人が向かった福島第2原発体育館)  

■3月15日未明、東京電力福島第1原発免震重要棟の緊急時対策本部は異様な静けさに包まれていた。2号機格納容器の圧力が上昇し、ベントができないまま時間だけが過ぎていった。打つ手がなくなり、対策本部内の誰も口を開こうとしないのだ。 

 テレビ会議で時折、本店の担当者が原子炉水位、圧力、格納容器圧力を知らせるよう対策本部に促す声が大きく響いた。 

 「ドライウェル(格納容器)圧、下がりません」。このやりとりは何回も繰り返されていた。 

 中央の円卓に座っていた所長の吉田昌郎(56)が突然、立ち上がってふらふらと歩きだした。

 「もう駄目だ・・・」。そうつぶやいていた。 

 第1復旧班長の稲垣武之(47)は心底驚いた。吉田からそんな弱気な言葉が出るとは思っていなかったのだ。吉田はしばらく歩き回ると再びいすに腰を下ろした。背もたれに身を預け、腕組みをすると目を閉じた。 

 どれぐらいそうしていただろうか。第2復旧班長曳田史郎(56)の目の前で、吉田の大きな体がいすからずるずると滑り落ちた。曳田には「崩れた」ように見えた。 

 だが実際には崩れたのではなかった。吉田は床にあぐらをかき、目を閉じて何かを考えているようだった。吉田は数分間、そのまま動かなかった。  

 最後の最後、俺と一緒に死ぬのは誰だー。 

 吉田はこの時、旧知の部下の顔を一人一人、思い浮かべていたという。 

 「10人ぐらいだったか。昔から知ってるやつ。こいつらだったら死んでくれるかな、と」 

 ただ、その前に・・・。 

 吉田はいすに戻ると、第2発電班長の国頭晋(48)を手招きし、小声でこう告げた。 

 「おまえ、各部屋を回れ」 

 「・・・・・」。ついにこの時が来た。国頭は無言で次の言葉を持った。 

 「最悪の事態が起こるかもしれない。その時は出なければならない。起きているやつだけでいいから、ちゃんと準備するように言って回れ」 

 第1原発構内ではこの時点で免震棟が最も安全な場所だった。しかし2号機格納容器が破損して大量の放射性物質が放出されれば、免震棟内も間違いなく汚染される。ここにはまだ約700人がいて、その中には女性もいるのだ 

 吉田は、原子炉の監視や注水作業に必要最低限の人員を残し、それ以外は退避させようとタイミングを計っていた 

 「パニックにならないようにな。言い方、気を付けろよ」 

 「はい」 

 吉田の目を見つめたまま、国頭は答えた。 

 だが旧知の部下たちを残しても、できることは、もう大してない。ただ祈るだけだと吉田は思っていた。 

全電源喪失の記録 証言 福島第1原発 第4章 「東電の敗北」 ⑮ 写真.JPG

  (福島第1原発で記者団の質問に答える吉田昌郎所長(中央)=2011年11月12日) 

■3月14日午後8時前、福島第1原発免震重要棟には約700人の東京電力社員と約150人の協力企業作業員がいた。消防車の燃料切れで2号機原子炉への注水が1時間半以上も途絶えていた。最悪の事態が間近に迫っている。 

 所長の吉田昌郎(56)は席から立ち上がると、対策本部を出た。 

 事故発生から4日間、プラントメーカーや警備会社、消防車による注水作業を担った子会社など協力企業は昼夜を問わず作業に当たっていた。 

 だがこれ以上、巻き込むわけにはいかないー。 

 2階の廊下や階段には多くの作業員が座り込んでいた。吉田は彼らの前に立って行った。 

 「今までの対応、ありがとうございました。もうお帰りいただいて結構です。途中で道路が陥没しているところもあると思います。十分、気を付けて避難してください 

 既に作業員たちの間では「どうもやばい状況みたいだ」と、憶測が飛び交っていた。 

 だが吉田は事態の深刻さなどみじんも感じさせない穏やかな口調で最後にもう一度、「ありがとうございました」と言って、深々と頭を下げた。 

 作業員たちは午後8時半ごろまでに、構内の駐車場に止めた自家用車や業務車で避難していった。これで免震棟に残ったのは東電社員約700人だけとなった。 

 一方、総務班の副班長小薬(こぐすり)敏子(55)はこのごろまでに協力企業から退避に使うバス6台を借り受けた。もともとは広い構内を移動する作業員を運ぶために協力企業が使っていたバスだ。 

全電源喪失の記録 証言 福島第1原発 第4章 「東電の敗北」 ⑨ 写真.JPG

  (福島第1原発から第2原発への退避に使われた協力企業のバス。第1原発構内に保管されている)

  大型免許を持っている社員を探し出したのも小薬だった。小薬は男性社員6人を連れてバスが置いてある構内の企業棟に自家用車で向かった。狭い車内には、小薬が乗る運転席以外に男性6人が折り重なり、ドアを閉めるのにも苦労した。 

 免震棟前にバスを横付けしたかったが、免震棟前の駐車場には1、3号機の爆発でがれきが散乱していた。パンクの恐れもあり、約150㍍離れた構内道路に止めた。 

 バスが用意できたことを知ると、吉田は総務班長に尋ねた。 

 「ここのメンバーを退避させられる場所はあるか」 

 総務班長は広野火力発電所(福島県広野町)と福島第2原発に連絡した。どちらも受け入れ可能だったが、第2原発では傷病者を収容する施設や、傷病者以外を受け入れる体育館、スタッフの準備が完了していた。 

 「2F(第2原発)は大丈夫です」 

 総務班長がそう伝えると、吉田は「そうか」と静かに応じた。 

 こうして退避の準備が水面下で整った。実際に退避が始まる約10時間前のことだった。 

(共同の記事の書き起こしは「「子供たちの未来へ・脱原発と国際協力」様によりました。ありがとうございました。太字は引用者)

■写真 わかりにくいのでご説明。樹に絡んだ藤です。もはや大蛇。絡みつかれた杉も成長不良になります。そういえば、藤のような新聞社がありましたね。

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電気はジャブジャブ余っているのか?その3 電力融通を妨げる「東西の壁」

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電気は有り余っていて、単に電力会社が原発再稼働を目論んで隠しているだけだ、というのがよくある脱原発派の言い分です。 

飯田哲也氏あたりが言い始めて、マスコミがこれを増幅したために今や、「夏でも大丈夫。電力不足は過去の話さ」という常識すら生れてしまっています。 

先週から、ほんとうにそうなのか、考えています。 

電力需給予備率という数値があります。これは「最大需要に対する供給力の余力」を指します。 

通常は発電所や、送電網の故障、なんらかの状況で需要が急増した場合に備えて3~5%程度を予備率としています。 

予備率が深刻な電力会社の順から並べてみます。

●2014年現在の電力需給予備率
・9電力平均・・・4.6%
・九州電力・・・1.3%(22万kW)
・関西  ・・・・1.8(51万)
・中部  ・・・3.3(93万)

・北陸   ・・・4.1(22万)
・中国  ・・・4.1(47万)
・四国   ・・・4..3(24万)
・東京   ・・・6.6(349万)
・東北   ・・・7.5(108万)
・北海道  ・・・9.2(44万)
 

このうち特に深刻なのが関西電力ですが、完全に火力に頼った稼働体制になっています。
http://www.kepco.co.jp/corporate/energy/thermal_power/plant/index.html#osaka

Photo
                   (関西電力hp)

関電の持つ最大級の火力発電所は、堺港発電所の200万kwですが、現在、姫路第2発電所265.95万kwの工事を繰り上げ完成してこの夏に対応しようとしています。 

このような老朽発電所の再稼働と、新設火力発電所の前倒し完成で対応しても、なお不足する分に関しては他社融通で凌いでいます。(欄外図参照) 

関西電力の場合、東京電力からの応援を得ています。ですから、東京電力からの送電が止まれば最悪の場合、関西電力の予備率は1・8%に低下し、地区ごとに輪番で送電停止する「計画停電」に入るはいらざるをえなくなります。 

「計画停電」というのは懐かしくもほろ苦い言葉で、2011年夏には関東はさんざんの目に合いました。 

今日はどの地区が何時から停電という情報が毎日流されたものです。 

2011年の震災直後の電力危機に際して、関東、東北では電気事業法による制限令で、大口需要家の電力使用を強制的に削減したり、地域による停電を実施しました。 

しかし、これはあまりにも社会に対するダメージが大きいためにそれ以降は行われなかったのですが、電力融通という最後の砦が突破された場合は、その事態になります。

「主力の火力発電所もトラブルが起きない保証はない。関電は今夏に火力をフル稼働させるため、全35基のうち過去最多の10基(計596・3万キロワット)で定期点検の先送りを決めたが、設備に疲労が蓄積する恐れもある。近畿経済産業局の小林利典局長は「予期せぬ停止が重なれば供給の余裕が吹き飛ぶ」と指摘する」
(産経新聞2014年6月30日)

関西電力や九州電力だけではなく北陸電力も不安を抱えています。

「予備率4・1%を確保する北陸電力は敦賀2号機(福井県、70万キロワット)と七尾大田2号機(石川県、同)のいずれかが止まれば、気温が平年並みでも最大需要528万キロワットをまかなえなくなる。」(同上)

もっとも余裕があるはずの東京電力にも、14年6月29日には、東電と東北電力に電力を供給する電源開発(Jパワー)の磯子1号機(横浜市、60万キロワット)が停止しました。

火力発電所のトラブルは全国でひんぱんに起きています。

火力に事故が起きた場合に電力融通を求める「最後の砦」を守るのが、東京にある「電力系統利用協議会」(ESCJ)の「給電連絡所」です。     

 ここは日夜24時間体制のリアルタイムで全国各電力会社の供給状況を監視し、トラブルが発生した場合1時間以内に他社からの送電応援を出来るようにしています。 

この電力融通をしている最大の供給源は東京電力ですが、ひとつ大きなネックがあります。それは「周波数の壁」です。

この周波数が違う電力を東西で往来させるためには周波数変換装置を通す必要があります。

しかし、この周波数変換装置は長野、静岡両県に3カ所設置されているだけです。

・東日本の電力周波数   ・・・50ヘルツ
・西日本            ・・・60ヘルツ
・変換;可能な最大送電量 ・・・120万kw

もしこの周波数変換装置がこ故障した場合、東西電力融通は不可能となり、関西は一挙に電源予備率1・8%を÷事態になります。1

「装置がある中部電力東清水変電所(静岡市)では今年2月に総点検を行ったばかりだが、6月初旬に5日間にわたって設備を点検し、故障が疑われる部品はすべて交換。予備の部品も積み上げた。青島清和所長は「今夏は責任が例年よりワンランク上がった語る」(同上) 

現場の多くの電力マンの献身的な努力で、今年もまた綱渡りが始まろうとしています。

このような状況で、「電力は余っている。節電要請は政府・電力会社の陰謀だ」と言う人たちの脳ミソは、この暑さで煮えているのではないでしょうか。

それにしても、こんなのどかなことを言う人達に限って、「福島では甲状腺ガンが増えている」というようなあらぬ心配ばかりしているのですから苦笑してしまいます。

この人達はいいかげん脳内危機から醒めて、現実の危機に向かい合ったらいかがでしょうか。

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(図 産経新聞2014.6.30 )Biz14063022190025p1

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週末写真館 朝もやの中の向日葵畑

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霞ヶ浦の名物は帆引き舟に、朝霞です。
このところ連日のように早朝は濃いいポタージュのような朝もやに包まれます。
その中で広い向日葵畑はまだ眠りについているようです。

この所、曇り空の撮影が好きになってしまいました。
毎朝5時くらいから、視界不良の湖を撮っているオッサンがいたら、それは私です(笑)。

どうしても露出アンダーになってしまうのですが、あえてホワイトバランスなどをいじらないで、そのままで撮っています。
ああf値が明るいレンズがほしいもの。

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電気はジャブジャブ余っているのか?その2 産業現場の声を聞け!

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電力はジャブジャブ余っている、政府の節電要請は原発再稼働のための謀略だ、一基たりとも動かしてはならない、これが脱原発派の皆さんの夏前の定番のご意見のようです。

ある大学教授などは、「電力不足による値上げなんてたいしたことはない。たかだかコストの数%だ。一般市民はコーヒー代ていどの値上げを我慢すればいいだけ」と放言しています。

しかし、これほど産業現場、特に中小零細加工業の現場を知らない言説は少ないのではないでしょうか。

過剰な節電、電力供給不安、恒常的な電気料金の値上げは、産業活動を阻害し、ひるがえっては雇用に悪影響を与えています。
 

いまや一世帯当たりの電力料金の増加負担は年10万円以上となっていて、産業部門では中小製造業やサービス業に深刻な悪影響を与えています。 

電気料金値上げによって経営が圧迫されている産業現場の声を、日本鋳造協会・角田悦啓専務理事にお聞きしたいと思います。
(「月刊エネルギーフォーラム7月号」及びGEPRから抜粋しました。ありがとうございます)
 

鋳造業という業種は、鋳物部品を自動車、機械産業に出荷している製造業の基盤的分野で、産業規模も2兆円規模に登ります。 

Ph             (写真 鋳物現場 日経ビジネス7月29日より)

そして鋳物業は製品出荷額の1割が電気代です。

「鋳造業は金属を溶かし、鋳型に流し込んで製品をつくります。以前はコークスを燃やすキューポラ(溶解炉)が使われましたが、環境への配慮から電炉が大半を占めるようになりました。
そのために製品出荷額の1割強が電気購入費になります。売上高数兆円の自動車メーカーと、数百億円の鋳造業の会社の電気代が同じ例が数多くあるような、電力多消費産業なのです」

中部、関西と関東地方は、機械・自動車部品が立地するために、鋳物業もそこに多く集中しています。 

電力料金の上昇は、電気を多く使う鋳造業に深刻な影響を与えていて、不況から脱出できていません。 

廃業は震災以降増加の一途をたどっています。

協会加盟約1000社中の廃業・倒産
・2011年・・・1社
・  12年・・・12社
・  13年・・・14社

電気料金はこの2年で、原発停止の影響で約2割上昇しています。 

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                                (図 東電HP) 

昨年9月1日に北海道電力と東北電力の電力料金値上げが実施され、これで、福島事故翌年の12年からの全国の電力値上げは一巡したことになります。

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  (図 関西経済連合会意見書より)

申請許可された電気料金値上げ幅
・家庭用(規制部門)     ・・・6・23%~9・75%
産業用(工場・オフィスビル)・・・11・0%~17・26% 

このために鋳物業では形状利益が18%に圧縮され、利益がでない、先行きが見えないような状況に陥っています。

「協会員会社の経常利益率は1.8%と他産業に比べて、かなり低い状況です。この電気料金値上げで利益がなくなります。さらに関東・東北地区では、震災直後は計画停電、電力の制限で生産が混乱しました。停電が懸念される今の電力供給の状況を、事業の継続性の観点から不安に思う経営者が多いのです」

電力自由化がされていますが、鋳物業は特殊な電気の使い方をするために新規参入の電力会社とは契約できない状況です。 

角田氏はこのような悲痛な声を挙げています。  

「電力の安定供給がなければ、鋳造業は経営ができません。工場の設備投資額が企業規模に比べ大きいため、簡単に海外への移転などできません。省エネの努力も行っていますが、効果は限られます」

鋳造業電力料金高騰の影響をまとめてみます。

・経常利益率・・・1・8%に低下
・売り上げに占める電気代・・・1割強
・2割超の電気代で、日本の製造業の屋台骨の産業が揺らぎ倒産が増加

鋳物業界は原子力について率直にこのような意見をしています。これは鋳物業界に限らず、電気炉、プラスチック加工を中心として関西・九州産業界全体の意見です。

先日の記事でも見ましたが、関西・九州の経済連合会合同の企業アンケートの結果、このような電力不足の実態が分かりました。
「原子力発電所の一刻も早い再稼働を求める-地域 ... - 関西経済連合会

今夏の電力使用量が昨夏より増加する企業・・・全体の22.5% 製造業では33.3%
・昨夏同様の節電率の達成は困難」な企業・・・全体の24.8% 製造業では34.6%(中小規模の製造業では39.4%)

そして同調査では、電力の供給不安およびコスト上昇につながった結果、企業の国内への設備投資マインドを減退させることも明らかになっています。

・電気料金値上げにより「国内への設備投資の縮小・見送り」の可能性を持つ企業
・昨春の値上げの場合 ・・・7.6%
・今後再値上げした場合・・・15.4%

経営上の懸念は消費税増税を上回って電気料金値上げだったそうです。

関西・九州経済連合会アンケートによる経営上の懸念事項
電力コストの上昇     ・・・59.6%
・原油・原材料価格の高騰・・・57.8%
・消費税率引き上げ    ・・・49.8%

(※アンケートは「電力供給および電気料金に関する関西・九州企業への影響調査」。今年3月、関経連が会員企業1064事業所、九経連が934事業所を対象に実施した。回答率は全体で21.8%) 

アンケートを見ると、電気料金値上げは消費税引き上げよりも経営悪化をもたらしていることに驚かされます。 

関西経済連合会は、規制委員会による余りに遅滞している安全審査に対して危惧し、このままこのような電力不足が続けば、「取り返しのつかないダメージ」を受ける可能性になると警告しています。

「現政権においては、安全が確認された原子力発電所を再稼働する方針を表明されていることは高く評価し、産業界としても強く支持する。しかしながら、原子力規制委員会による安全審査は長引き、当初「半年程度」とされていた審査期間が既に半年を超過しているにも関わらず、未だ原子力発電所の再稼働の見通しが立っていない。
もしこのまま原子力発電所の再稼働が遅れれば、中小企業や製造業を中心に、地域経済を支えてきた産業は景気回復どころか、取り返しのつかないダメージを受けることになる“失われた20 年”の再来ともなりかねない」

そして角田氏も、このような悲痛な声で訴えを締めくくっています。

「日本に必要な鋳造業が成り立たなくなってしまうかもしれません」

■写真 中央に見えるツインピークスが筑波山です。実に姿の美しい峰です。

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電気はジャブジャブ余っているのか?その1 国民と企業の大節電で乗り切った電力危機

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夏の電力ピーク期が近づいてきました。8月2週から3週のあの甲子園の時期です。 

電気はジャブジャブ余っているというのが、脱原発派の皆さんの主張のようで、朝日新聞もなんの配慮もなく甲子園大会を今年も予定通りに行なうようです。 

猛暑の下で、高校球児に連日試合をさせて、特に投手などは連投がたたって、大会後に肩を壊す者が続出しているというのが実態ですが、これでは「教育の一環」なんて言えないと思いますけど、ほんとにいいんですかね(苦笑)。 

それはさておき、この8月2週から3週の電力消費を見てみましょう。

Chart_dtransition_2n               (東大・岩船由美子研究室による) 

このグラフの右端から4分の1あたりが8月各週です。太い青線が震災前の2010年の最大需要、赤線が震災後の11年の最大需要です。

震災前の10年と比べると、11年では電力需要が減少しています。

・2010年の最大電力需要          ・・・5999万kW
・2011年同                   ・・・4922万kW
・震災直後の東電・政府のピーク電力予想・・・5500万kW

このように政府・東電の予想をはるかに越えて18%もの電力節電をしたわけです。

これは国内の各分野がそれぞれ節電を徹底したからです。

電力消費はおおよそ以下の割り振りになっています。

・家庭用  ・・・30%
・サービス業・・・30%
・製造業  ・・・40%

さて上図を見ていただくと、気温はオレンジ線で8月をピークにしていることが分かります。11年は前年から大幅に下がっているのがわかります。

「今夏の最大値は,、月18日の4,922万kWで、昨年の最大値(5,999万kW)と比べると18%、今年の想定(5,500万kW)と比べても10%も少ないものでした」(東大岩船由美子准教授)

この理由を岩船氏はこう述べています。

「国民が一丸となり、様々な方面で節電に取り組んだ結果です.その一例として、産業界を中心に実施された、平日に休んで土・日に操業する「休日シフト」があります。(略)
8月の平日と土・日では、需要の最大値に1,000万kWもの差があるのです。平日の需要の一部を供給力に余裕のある土・日にシフトできれば、8月の需要削減に大きな効果がある、とされていました。この指摘をもとに、産業界では休日を土・日から平日にずらす「輪番操業」が行われました」(同上)

つまり、通常の操業をすれば、休日に電力消費がガクっと落ちるわけですが、それを業界で協力して休日を輪番制にしたわけです。

これは政府の15%削減要請によるものです。
「平成23年(2011年)冬の電力需給対策について」)

「今夏、東京電力及び東北電力管内においては、ピーク期間・時間帯の使用最大電力について▲15%の抑制(節電)を要請し、特に大口需要家については電気事業法第27 条に基づく使用制限を実施する等の対応を行った。また関西電力管内においては、全体として▲10%以上の節電の要請を行った。
中西日本のその他の電力管内(中部電力、北陸電力、中国電力、四国電力、九州電力の各管内)においては、国民生活や経済活動に支障を生じない範囲での節電に取り組んだ」

その結果、平日と休日の電力消費がならされました。 

Chart_weekday_weekend                              (図 同上)
上のグラフで青のドットが2010年の平日の最大電力です。その下の赤いドットの休日のそれと800万kW程度格差があるのがわかります。
 

それを震災後の2011年には、最大電力自体を5000万kWに押えた上で、緑色の平日と×印の休日の電力消費量がほぼ重なっています。 

また、家庭においても節電に協力したのは記憶に新しいことです。関東では、11年からスーパーや街の蛍光灯が大幅にまびかれ、LED化も進みました。 

下図は11年の節電達成率です。日本人の危機に際しての団結心がよく現されて心強い限りです。Chart_dsmall_2
                               (図 同上) 

では、このような企業と国民の非常時対応の頑張りだけで、いつまでも乗り切れるのか、というのが震災から3年目の課題です。 

長くなりましたので、続けます。

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小泉翁の妄執「原発ゼロ」の嘘 その8 再生可能エネルギーの本質的欠陥とは

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では小泉翁ご推奨の再エネ(再生可能エネルギー)がなぜ基幹エネルギーにならないのか、考えてみましょう。

結論から言えば、発電量の「ブレ」の激しさが致命的なのです。翁が言うように「自然を資源」としているわけですから、気まぐれが激しいのです。  

下図は、昨日にもお見せした浮島太陽光発電所の発電量の時間推移のグラフです。12時頃をピークとして崖型に発電量が推移するのがわかります。 

Photo

 (図 東電による)

6時以前と4時以降はまったく発電を停止します。曇りと雨でも稼働しなくなります。

ちなみに、このグラフは太陽光発電が活発な春3月のグラフです。

冬や梅雨などはもっと悲惨なことになって底浅フライパンのような形になりますが、小泉翁がショックを受けるといけないのでいちばんいい季節を選びました。  

春は太陽光のベストシーズンで、利用側もエアコン使用がないため電力需要にも余裕があります。  

ただ残念ながら、これからの夏の気温上昇はパネル内の温度上昇により電気抵抗が増すので効率が下がる季節です。  

燦々と太陽が降り注いでいるのに案外発電をしません。にかかわらず、ご承知のように1年でもっとも電力需要がピークを迎える季節です。  

つまり、太陽光は一番必要とされる時には発電が減るという宿命的な欠陥を持っているクセのある電源だということです。  

ですから、「発電量」公称1メガワット(100万ワット)と発表されていても、実態の実発電量はその7から10分の1にすぎません。  

中とって8分の1として、公称1MW太陽光発電所の実発電量は0.12MW(メガワット)にすぎません。  

ここまでを整理しておきます。

①再エネの「定格出力」、あるいは「最大出力」はカタログデータ。実際はその時間ごとの発電量にすぎない。実効発電量は、定格出力の約8分の1から10分の1ていど
 ②太陽光発電は6時以前、4時以降は発電しない。冬や梅雨、夏の盛り、曇りや雨の日は絶望的
発電量が極端に貧弱。日本最大の浮島・扇島発電所の1年間の発電実績は、柏崎原発1号機のわずか16時間分ていど
④発電量を人為的にコントロールできないので、必ず火力などのバックアップ電源が必要
⑤出力と周波数調整のために、大容量NAS(ナトリウム・硫黄)電池が必要 

発電量のブレは宿命だとしても、最大の問題は蓄電コストてす。つまり、メーカーの日本ガイシさんに言わせれば、大規模蓄電なんてやりゃやりますが、とんでもなく金がかかりますよ、ということです。 

kWh単価(コスト)は、リチウムイオン電池20万円、ニッケル水素電池10万円、鉛電池5万円、もっとも安いNAS電池で2.5万円 です。 

したがって、1万人規模の街の電気を蓄電するためにはもっとも安いNAS電池ですら1日で約15億7千万円ほどかかってしまいます。 

1か月で約532億円ていどかかります。 もちろんこんな計算もまた机上の空論にすぎません。

というのは、本来の再エネにおける蓄電技術は、丸々蓄電する目的に作られたものではなく、再エネ特有の出力や周波数の「ブレ」の調整の為にあるからです。

その日の予定以上に多く発電した場合は、多少貯めておいて、まったく発電できない時にそれを出すというような目的です。

蓄電池もそれに応じた規模のものをつけてやればいいし、現実にもそうなっています。  

そもそも、小泉翁には、原発問題をエネルギー問題として捉えていません。彼の主張は、色々な活動家の主張のパッチワークですが、結局は「原発は危ない」のただ一点だけです。 

それが故に、予想される大災害時、あるいは夏のピーク時に必要なライフライン確保のためには、ギリギリの電力予備率では危険だという自覚がないのです。

現在、夏の電力予備率は関西電力で3%を切り1.8%という危機的状況です。 

まして、わが国が脱原発政策のために再エネが6割(※ドイツの目標値)などという頭のネジが飛んでしまったような政策をとったら、絶望的な事態になります。 

電源予備率はまちがいなく大幅マイナスになっているでしょうから、ピーク時や災害に極端に脆弱な国になっています。 

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マレーシア機撃墜事件 

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情報が錯綜しているマレーシア機撃墜事件について、ロイターが20日付けで米国情報機関の分析とするものをアップしていますので、全文を転載いたします。 

米国とロシア側の見解はまっこうから対立しています。 

米国側はロシア領内から、撃墜に使われたSA11対空ミサイル(通称ブーク)が搬入されたとしています。 

その証拠として、親露派武装集団と、露軍将校とみられる会話の盗聴内容を公開しています。(※この記録はあまりにも音声がクリアな上に内容的に無防備なために逆に信憑性が疑われています)

「ロシアは武装分離主義勢力への重火器の供給について引き続き否定しているが、米当局からは相反する証拠が次々に突きつけられている。米当局者の1人は『われわれはウクライナ内部にロシアの軍隊がいることを知っている』とし、『ロシアの軍隊、ロシアの軍備だ』と述べた。
ウクライナと米治安当局が公表した情報は、ロシア政府とウクライナの分離主義勢力との間ではマレーシア航空機撃墜以前に把握していたよりも密接な軍事協力が行われていたことや、ロシア軍当局者とウクライナ東部の親ロシア派との間で複雑かつ詳細な調整が行われていたことを示している」(ウォールストリート・ジャーナル 2014年7月21日)
 

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一方、ロシアはインターファックス通信で反論を加えています。http://jp.rbth.com/news/2014/07/21/49247.html

ロシア国防省は7月21日に記者会見を開き、キエフ・ホリスピリ国際空港の管制官のツイートと、現地住民の証言から、撃墜されたマレーシア高空MH17便のわずか数キロ先をウクライナ空軍のSu-25が飛行していたことを発表しています。 

もしそうならば、ウクライナ空軍機が、民間機撃になんらかの関与をしていたのか、あるいは親露派武装集団がこれを狙ってブークを発射したのが、過ってマレーシア機に命中したことが考えられます。 

またウクライナ側は、ビタリー・ヤレマ検事総長は親露派が対空ミサイルをウクライナ軍から奪ったことはないと語っているようです。 

ただし、この対空ミサイルがウクライナ軍からの流出とは決めつけられず、米国の主張どおりロシアからの供与された可能性も高いと思われます。 

7月4日にAPはキエフ軍がスラビヤンスクからブークを移動させている様子を撮影した写真を配信しています。

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しかしこの対空ミサイルをウクライナ軍が、ルガンスクから8キロの東ウクライナ地域に持ち込んでいたのが真実だとしても、空軍を持たない親露派に対してなぜこのような装備が必要だったのか、なにが目的だったのかわかりません。 

最大の疑問点は、この危険な紛争地域上空をマレーシア機がなんの事前警告もなく飛行できたのでしょうか。 

先ほどのウォールストリート・ジャーナルもこう述べています。 

「SA11が分離主義勢力の手に渡った可能性について確信が高まったことで、新たな疑問もわいてくる。ウクライナや米当局は分離主義勢力がSA11を手に入れた可能性を知ってから時間があったとすれば、なぜ危険にさらされる可能性のある民間航空機に対してもっと迅速に警告に乗り出さなかったのか」

この撃墜事件の同時期にNATO軍は黒海で軍事演習「ブリーズ2014」を実施していたとされます。 

これに参加していた米海軍のイージス艦「ベラ・ガルフ」やAWACS(早期警戒管制機)には、とうぜんこのマレーシア機は補足されていたはずで、なぜまったく警告を発しなかったのか疑問をもたれています。

 

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■マレーシア機撃墜、米情報機関の分析内容 
2014年7月20日 ロイター
 

ウクライナ東部でのマレーシア航空機撃墜事件を受け、ケリー米国務長官は20日、ウクライナの親ロシア派勢力への武器供与にロシアが関与したことを示す強力な証拠があると指摘した。

ケリー長官は米情報機関の最新の分析に基づき、航空機撃墜に使用された対空システムはロシアが同武装勢力に供与したと非難した。

マレーシア航空MH17便に搭乗していた乗客乗員298人は全員死亡した。ロシアは関与を否定している。在ウクライナ米大使館のウェブサイトに掲載された、撃墜事件をめぐる米情報機関の分析は以下の通り。

●ロシアからウクライナの分離派向けに搬送された武器が、過去1カ月の間に増加したことを確認した。ロシアは先週末には戦車、装甲兵員輸送車、ロケット発射装置などを搭載した車両約150台を供与した。また、ロシア南西部の施設でロシアが分離派の戦闘員らに訓練を提供している可能性を示す情報もある。これには防空システム訓練も含まれる。

●親ロシアの分離派武装勢力は地対空ミサイルシステムの操作が可能で、過去数カ月間に大型輸送機2機を含む10機以上を撃墜した。

●MH17便が交信を絶った時、ウクライナ南東部の分離派が支配する地域から地対空ミサイルが発射されるのを確認した。このミサイルはソ連時代に開発された「SA11」とみられる。

●ウクライナ政府が「ユーチューブ」に投稿した分離派のやり取りを傍受した内容によると、分離派は早ければ7月14日にはSA11地対空ミサイルを入手していた可能性がある。分離派はブク(SA11)の入手と配置について繰り返し言及していた。   

●ソーシャルメディアに17日に掲載された内容によると、SA11は、分離派が支配するトレーズとSnizhneを通過した。いずれも墜落現場とミサイルが発射されたとされる地点に近い。この場所からSA11を発射すれば、MH17便を撃墜することは可能だ。

●ウクライナもSA11を使用するが、同国の防空システムが墜落現場の範囲内では活動していなかったと確信している。またウクライナは、今回の衝突では地対空ミサイルを使用していない。

●インターネットに掲載されている傍受された会話では、分離派の指導者が別の人物に対して一部の分離派が航空機を撃墜したと述べている。同機が民間航空機だったことが判明した後、分離派は航空機の撃墜やブク保有に関するソーシャルメディア上の書き込みを削除した。

●ウクライナ治安当局が報道機関に提供した音声データは情報アナリストが分析を行い、その結果、同データが分離派の指導者による会話であることが確認された。

●ソーシャルメディアに掲載された動画では、SA11が東部ルガンスク州クラスノドンを通ってロシアに戻っていく様子が撮影されている。少なくともミサイル1本がなくなっており、発射された可能性を示している。

●墜落現場での状況は、分離派が同地域を完全に支配していることをはっきりと示している。

※いったん別記事をアップしましたが、差し替えて明日にまわしました。

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小泉翁の妄執「原発ゼロ」の嘘 その7 太陽光の衝撃的なまでに低い発電能力

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3.11直後には広い層に共感をもたれていた脱原発運動ですが、いまや真面目に代替エネルギー論議することすらしなくなりました。 

なぜなら、現実には9割弱が化石燃料に依存する国になっているにもかかわらず、代替は再生可能エネルギーで「決まり」だからです。

小泉翁はこう言っています。

「今こそ原発をゼロにするという方針を政府・自民党が出せば一気に雰囲気は盛り上がる。そうすると、官民共同で世界に例のない、原発に依存しない、自然を資源にした循環型社会をつくる夢に向かって、この国は結束できる 」
(ハフィントンポスト 2013年10月2日

なるほど、わが国では、2012年7月の再エネのFIT(全量・固定価格買取制度)が施行されて以来、太陽光発電を中心として再エネ発電設備の導入は飛躍的に伸びました。

2011年度~2013年度における再エネの伸び
・発電設備容量 約2000万kW⇒約3000万kW 約1000万kW増加(下図参照)

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                  (図 資源エネルギー庁)

すごい伸びです。これは20年先まで世界一の高額(42円)で買い取るというベラボーな制度が出来たために、太陽光発電ブームが起きたためです。

同じ再エネでも設備投資が多大で、建設まで時間かかる水力や風力の伸びは低調ですから、太陽光だけの特殊なブームが起きたと分かります。

では、再エネが「発電設備容量」が5割も伸びたのですから、実際の発電量も同じくらい伸びてなければなりません。これがエネルギー源の常識です。

実際に火力や原子力の場合100万キロワットの発電所を作れば、作っただけ発電量は伸びます。

しかし、いとも簡単に再エネはそのエネルギー源の常識を逸脱してくれます。

●2011年度~2013年度における再エネの発電電力量の増加率
・1.4%→2.2% 0.8ポイント増加(下図参照)

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  (図 同上)

発電設備容量というその発電所の設備が発電可能な理論値は伸びても、それに伴って実際の発電量は伸びません。これが再エネが他の電源と大きく異なる点なのです。

ここを知らないで、小泉翁などの脱原発派はムード的に再エネを代替エネルギーの基幹に据えようとしています。

では、日本最大級の太陽光発電所はどこか知っていますか?東電・浮島発電所扇島発電所がです。

浮島と扇島両太陽光発電所の概要は以下のとおりです。扇島は浮島の約2倍の規模です。 

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(川崎市と東京電力が共同で運営する2つの太陽光発電所の概要。出典:川崎市、東京電力)

浮島と扇島発電所で合わせて最大出力は定格で2万kWていどです。

柏崎刈羽原発7基は、いずれも110万kWから135.6万kWですから、敷地面積が計34ヘクタールもあるにしては、桁違いに低い発電量です。ま、敷地面積は、出力と関係ないか(笑)。

ちょっと発電量を比較してみましょう。おとと、その前によくある勘違いを説明しておかねばならぬ。

今、私は「定格で2万kW」と書きましたが、この意味が分かりますか?

既存の発電所の発電能力を表す「(定格)出力○○kW」の単位は何も書いてありませんが、これは「毎時」です。

なぜkWh(キロワット毎時)で表記しないかといえば、火力や原子力は年間、止めない限りはずっと同じ定格出力を維持することが可能だからあえて書く必要がないのです。

しかし、再エネで言う定格出力は、ここが違うんですね。あくまでもこれだけ発電が可能ですというスペックにすぎません。

だから東電は正直に、これが最大発電量ですという意味で「最大出力」と表記しています。

もっと正直になるなら、時間によって発生したエネルギーの量が違うのですから「kWh」(キロワット毎時)で表記したほうが親切でしょう。

再エネはすべからく、「その瞬間」に発生したエネルギー量なのです。これが決定的に他のエネルギー源と異なるところです。

たとえばこうです。

・潮汐発電[満潮と干潮の海水面の高低差で発電]・・・満潮、または干潮の一日数分から数十分間だけ
・風力発電[風力によってプロペラを回して発電]・・・風が吹いている時だけ
・太陽光発電[太陽エネルギーで発電]・・・太陽が出ている時だけ

とまぁこういうことですので、太陽光発電所に「定格○○kW」と表記してあっても、それに1年間をかけて年間発電量として考えてはダメなわけです。

というわけで、この浮島・扇島発電所のデータを見る場合、上図の「最大出力」の下にある「実績」が大事なのです。

ああ、メンドクさー。けどこれに騙されて、そうかメガソーラー発電所か、100万ワットだぁ、などと思ったら大間違いで、実績はうたい文句の8分の1から10分の1程度です。

前説が長くなりましたが、ここで改めて太陽光発電所の能力検定をしてみましょう。

・浮島・扇島太陽光発電所の1年間の発電量実績・・・2315万kW(ただし、扇島は想定値)
・柏崎原発1号機1日の発電量           ・・・3013kW

誤植ではありません。太陽光は1年、原発は1日が単位です。

ですから、浮島・扇島太陽光発電所の1年の発電実績は2基で2315万kWですから、柏崎1号機の1日の発電量3013kWの約16時間分ていどの量にすぎません。

あざといようですが、もう一回書きます。

浮島・扇島太陽光発電所の1年間の発電量=柏崎原発1号機の16時間分の発電量

トリビアですが、世界で最大のメガソーラー発電所はどこでしょうか?

それは米国のモハベ砂漠で計画されている40万キロワットなのですが、この稼働率は砂漠なのにもかかわらず2割ていどなので実質10万キロワット程度の発電能力しかありません。  

これは通常サイズの天然ガス・コンバインドサイクル火力発電所1系列の4分の1ていどでしかありません。 

原発と比較するのは気が進まないのですが、あえてしておけば超巨大メガソーラーとて新鋭火力発電所1基の10分の1ていどの能力しかないのです。  

これではジャンボジェットのエンジン1基分も出力できません。しかもそれは瞬間最大出力時であり、朝や夕方、曇りや雨ではほとんど発電しません 

そして太陽光は既に発電転換率の理論的限界値まで達してしまっているため、今後の伸び白がありません。  

つまり、太陽光発電はいかに脆弱で気まぐれな電源かと言うことです。私は太陽光は原発の代替ネルギーとしてはもっとも不適格だと思っています。 

小泉翁には壮絶なまでの発電能力の差があることを知ってから、代替エネルギーは再エネだと言ってほしいものです。

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週末写真館 雨の森 瞬間の夢

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小泉翁の妄執「原発ゼロ」の嘘 その7 エネルギー問題に「正義」を持ち込むな

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川内原発の安全審査が終了しました。大騒ぎするようなことかと思います。

これによって再稼働が出来なければ、そもそも安全審査など無意味であって、規制委員会などは必要がなかったということになります。

規制委員会に原発に対して厳しい考えを持つ田中委員長を当て、安全基準を作って審査をしてきたわけですから、その審査プロセスを見ずに結果が気に食わないと言って否定するなら、逆に安全審査不合格でも再稼働が可能ということになりますね。

朝日新聞で落合恵子氏は「怒り直しませんか」などと言っていますが、もう少し気を落ち着けたらいかがでしょうか。

環境運動の草分けを担われた中西準子氏がこう言っています。

「政治運動の側面が強まると、対案を出すという考えが、希薄になる傾向があるように思えるのです。反対をするというのが、運動の主要な主張になる。対案を出すというのは、妥協や権力側に取り込まれる恐れが出てしまうのでしょう。反対、徹底抗戦、最後に全滅してもいいという、ちょっと危うい考えに陥ることがあるように思うのです」

さて昨日の続きを始めましょう。

プライドが高いドイツ人は認めようとしませんが、ドイツの脱原発政策の失敗の原因は、脱原発と再生可能エネルギーを理念で無理矢理にくっつけてしまったことです。

原子力と代替エネルギーの選択は本来は別次元なのですから、もっと冷徹な視点で考えればよかったのです。

もし、ドイツが再生可能エネルギーという癖のある電源にFIT(全量固定買い入れ制度)の補助金だけで累積23兆円もの税金を投入するなどという深入りをしなければ、とうに今以上の原発を削減できたはずです。

これだけ税金を湯水のように注ぎ込めば、再生可能エネルギーの比率が16%(07年)から22%(12年)にもなろうというもんですよ。

よく再エネ派の皆さんが、「22%にもなったぞ。原発の代替になっている」とドヤ顔で言うのを聞くと、「じゃあ、わが国も真似して23兆円投入しますか?」と聞き返したくなります。

ちなみにドイツの目標は2050年に60%にまで引き上げるそうです。まぁどうぞ、よそさんの国の事ですからご勝手に。ただ、わが国のバカな政治家がマネして欲しくないだけです。

余計なお世話ですが、ギリシヤ、スペイン、ポルトガル、アイルランド、そしてとうとう主要国イタリアなどのEU諸国が財政破綻するか、しつつあり、ドイツは彼らに緊縮財政を強いていて、今後も自国だけこんな大盤振る舞いができるのでしょうか。

実はドイツ自身も均衡財政主義に基づいて公共事業を削減しまくった挙げ句が、アウトバーンもベルリン市内の道路さえもガタガタになっています。

自国の道路という根幹的公共インフラのメンテナンスまで放り出して、こんな再生可能エネルギーなどという不要不急の「道楽」(失礼)じみたことに財布を叩いていていいんでしょうか。

代替エネルギーを常識的に天然ガスにしておけば、2013年には米国のシェールガスに危機感を抱いたロシアが天然ガス供給価格の引き下げに合意していますから、ドイツの天然ガス供給事情はぐっと楽になったのにね。残念。

さて、脱原発政策は、当初政府が予想もしなかったもうひとつの大問題を引き起こしました。

このFITの大出血だけにとどまらず、別の大出血か待ち構えていたのです。それは送電線不足です。それもハンパではなく、えんえん長大に。(欄外図参照)

ドイツは太陽光と共に風力を主力再エネに位置づけていました。

むしろスペインなどのようにカンカン照りの土地と違って、寒冷なドイツには風力が適していると思っていたはずです。

となると、風が強く、地価が安い風力発電適地は北海沿岸のドイツ北部なのですが、地元では電力消費があいにく少ししかありません。

使うのは圧倒的に南部BMWの本社などがあるバイエルンなどの工業地帯です。 (BMWのBはバイエルの頭文字です)

となると、北部から工業地帯のある南部まで実に延々900キロ超、延べ1800キロ超の送電網を敷く必要が出てしまいました。

わが国に置き換えると、本州は縦断すると約2000キロですから、青森から山口まで送電線を敷くハメになったということです。

今までのドイツの送電網は、こんな遠距離で送電する必要はありませんでした。それはヨーロッパが電力広域連携を持っているからです。 

下図で色分けされているのがヨーロッパ広域電力連携ブロックです。レモンイエローがドイツが加わっている広域連携UCTE1です。
(下図参照)

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           (図 山口作太郎氏・石原範之氏論文による)

ドイツはこのヨーロッパ広域連携UCTE1の中で電力の売り買いをしていました。

ですから、風力発電などの新規建設をしなければ、いままでは自国内部の縦断する大規模送電網を敷く必要などなかったのです。

ちなみに、脱原発で大変な電源不足に陥ったドイツですが、フランスなどからの電力輸入で凌いでいます。日本にはこの方法はできませんので、念のため。

ドイツは自分の国だけで「勝手に」脱原発してしまったために、再生可能エネルギーは自分の国でまず消費する義務が出ました。

そこで再生可能エネルギーのバックエンド問題が浮上したのです。

再生可能エネルギーのバックエンドは、発電そのもののコスト以外の、火力発電所によるバックアップ電源コスト発電所建設コスト、そして送電網インフラなどにかかるコストのことです。

2009年にドイツ政府は、「送電網拡充法」を立てて、再生可能エネルギーに必要な送電網をリストアップして、それを最優先で建設する計画をたてました。

計画では実に1807キロにも及び、かかる費用は570億ユーロ(1ユーロ=118円換算で6兆7260億円)という莫大なものです。

いままでFITで累積23兆円使っていますから、これと合わせて実に約30兆円です。

ですから、これだけの財政支出をしてなお「22%しか」達成されていないのです。

「2050年に60%」という目標が、立案者たちのメンツだけの空論かお分かりいただけるかと思います。

このように再生可能エネルギーを一国単位の基幹エネルギーとするには厖大なカネがかかるのです。

こういうことをいっさい無視して、「原発の替わりに再エネだ」と言える人は幸いなるかなです。

メルケルの脱原発政策で感じるのは、全体を俯瞰するマクロ的視点の欠落です。

政治家が、社会のエネルギー・インフラを保障していくという視点を忘れて、「脱原発」というひとつの煎じ詰めた倫理的テーマに没入してしまっています。  

ですから大きな見取り図の中で政策決定をしていないので、後から後から当初考えもしなかった問題が芋ヅル式に出てくるはめになります。  

太陽光に期待して税金を投入したらダメで、ならばと風力にシフトしたら今度は送電網が長大に必要となり、作り始めたら反対運動に出くわし、隣国からできるまで風力は止めてくれと言われる、という具合にです。  

脱原発をするにあたって、彼女が組織した諮問委員会の名称が「倫理委員会」だったというのも象徴的です。

そこには宗教家や消費者、教育者は多数いても、肝心の原子力やエネルギーの専門家、電力事業者はひとりもいませんでした。

メルケルにもまたグスタフソン・フィンランド駐日大使のこの言葉を贈らねばなりません。

「(原発問題は)論理的に導き出された選択であって、情熱やイデオロギーの問題ではない

 

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小泉翁の妄執「原発ゼロ」の嘘 その6 「脱原発」ドイツという誤解

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小泉翁は、「脱原発」を目指す一般社団法人「自然エネルギー推進会議」とやらまで作るそうです。  

飯田哲也氏が始めた頃の自然エネルギーは新鮮だったことを思い出します。

しかしは今や、高額買い取りを求めて発電設備も建てずに用地と権利だけ取得して、それを転売することがはびこる手垢にまみれのものになってしまいました。  

小泉翁のナンジャラ推進会議に賛同したひとりに菅原文太さんがいましたが、彼が未来の党の頃の嘉田知事にこう言っていました。 

嘉田さん、日本のメルケルになってほしい」・・・。あ~、いい役者だったのになぁ。ドイツを単純に山の彼方にある憧れの国と思ってるんですね。 

確かに、ドイツは原発の代替として再生可能エネルギーを国策で導入しています。

ドイツ・エネルギー水道連合会によると、2013年におけるドイツの総発電量のうち、再生可能エネルギーの割合が23.4%と、2012年の22.8%に比べて0.6%増え、過去最高となった。一方、原子力発電の割合は15.4%となり、2012年の15.8%に比べて0.4%減少した」
(ハフィントン・ポスト2014年1月15日)
 

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  (図 ドイツエネルギー水道連合会による) 

ドイツは2022年までに原子力を段階的に廃止し、50年には電力の6割を再生可能エネルギー(再エネ)にすると宣言しています。 

そのために、再エネによる発電を優先的に高額で全量買い取るというFIT(フィード・イン・タリフ)制度を作り、04年には太陽光の買い取り価格を引き上げたために太陽光への参入が激増しました。

2011年ドイツでは年間で7.5ギガワットの太陽光発電が設置され、その補助金総額は20年間累積で合計180億ユーロ(当時のレートで1兆8500億円)でした。 

我が国は既にFIT初年度だけの認定設備が12.2ギガワット(2月末現在)ですから、ドイツの1.62倍です。そして買い取り額はその2倍ですから、20年間累積で約7兆円前後と推定されます。 

1年間にするとざっと3500億円といったところでしょうか。これが薄く広く電気料金に上乗せされるわけですが、思い出して頂きたいのはFITという制度は「20年間固定買い入れ」なのです。 

つまり初年度42円(太陽光)の価格のまま20年間、そしてこの制度を止めない限り毎年買い込む高額買電料は積み重なっていくのです。 

しかも最初は1年間分ですが、次年度は2年間分、3年目は3年間分と積み重なっていきます。なんか年齢スライド型ローン地獄のようてすね。 

ドイツでは、初期は我が国と同じくらいの3000億円前後でしたからあまり負担は見えなかったのですが、積もり積もって13年現在では、年間200億ユーロ(2兆4000億円)にも達するようになってしまいました。 

するとさすが国民の負担も人口8000万人のドイツだと、一人当たり3万円という途方もない額になり、電力貧困層という電気代が払えない貧困層まで誕生するようになってしまいました。

これは税負担と電気料金上乗せの二重の形で消費者・国民が背負います。しかもこのFITで儲かるのは、太陽光発電装置を付けられる富裕階層だけという金持ちに優しい制度です。

もはや負担の限界を超えたと見るべきでしょう。

特に低所得者層への影響は大きく80万所帯が電気代の滞納をし、電気を止められそうになっています

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                      (図 同上)

電力料金の自由化移行の値上がりにより、上図のグラフの発電・発送電の実費コスト(紺色部分)が1998年と変わらないのに、2012年では家庭用では45%、産業用では39%値上がりしています。

この原因は、ドイツでは電気料金の半額弱までが再生可能エネルギーの賦課金負担という異常な構造となってしまっているからです。

日本の場合もドイツと似た電気料金の負担構造になることが予想されます。

「日本の環境省のワーキンググループによる報告書では、再生可能エネルギーの導入が低位・中位・高位だったと想定する3パターンにおいて、標準世帯(月300kWhを使用する家庭)における負担分は、電気料金とは別に、低位では2030年時点にピークとなり156円/月、中位では2030年ピークで291円/月、高位では2026年ピークで553円/月になるのではないかと想定している」(ハフィントン・ポスト2013年1月15日)bv

                               (図 環境省)

では、これだけの代償を払ってドイツが脱原発をしたかといえばとんでもない。

まだしっかり半数の8基の原発が稼働しており、ドイツ電力需要の全体の6分の1(約17%)程度はいまだ原子力依存です。

その比率は3.11前の日本の32%(10年12月)の半分ていどにすぎません。

さらにドイツは、メルケル政権の脱原発政策により、停電が増えて企業は海外生産にシフトしています。  

ドイツ商工会議所がドイツ産業界の1520社を対象に行なったアンケートによれば、エネルギー・コストと供給不安を理由にして、5分の1の約300社が国外に出て行ったか、出て行くことを考えているという衝撃的数字が出ました。

ドイツは硫黄分の多い低品位の石炭火力にエネルギー源の70%もが移行したために、炭酸ガスだけではなく、大気汚染問題までが心配されています。

ドイツは脱原発政策によって、化石燃料に強依存したために、電気料金の値上げを招き、その上に代替電源に再エネをもってきたために更にその負担金が重なり、おまけにCO2までもが増大するという三重苦に陥ったわけです。

こんなドイツのどこが「理想」なのでしょうか?

※アップした後こりゃ長いやと自分でも思いましたので、後半をカットして明日に廻しました。

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小泉翁の妄執「原発ゼロ」の嘘 その5 消費税増税より怖い電気料金値上

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せっかくまともな議論がなされてきた原発問題が、フーテンの純ちゃんの大暴れのために振り出しに戻ってはたまりません。 

振り出しといえば、関西電力の株主総会でも橋下市長が「再稼働するなら経営陣総退陣」を求めたり、嘉田知事の後継者が誕生したりしたそうです。  

首長は地場経済の守護者なければならないはずですが、この人たちにはお膝元の関西経済が火を吹いていることにはあまり関心がないご様子です。

さて、大飯原発再稼働に関しては、かつて記事でも取り上げた福井地裁判決があります。  判決文にこのような部分があって話題になりました。

「コストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件 原発運転停止により多額の貿易赤字が出るにしても、これを国富の流出や 喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活し ている事が国富である。これを取り戻す事ができなることが国富の喪失で ある」

この判決文は「国富」(※)という経済学用語を間違って使っているのはご愛嬌として、大飯原発が電力供給していた関西、北陸経済圏の現状を一顧だにしていません。

では、樋口判決が言うようにバッサリと経済など切り捨てられるものなのか見ていきましょう。

私たちは家庭用電気料金の方に目が行きがちですが、実は産業部門に電気料金値上げは重くのしかかってきています。

まず電気料金の値上げ状況を押えておきましょう。

化石燃料コストと電気料金値上がりは同調しているのかわかります。

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                         (図 東電HP)  

昨年9月1日に北海道電力と東北電力の電力料金値上げが実施され、これで、福島事故翌年の12年からの全国の電力値上げは一巡したことになります。(下図参照) 

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申請許可された電気料金値上げ幅
・家庭用(規制部門)     ・・・6・23%~9・75%
産業用(工場・オフィスビル)・・・11・0%~17・26%

神戸新聞はこう書いています。(2014年6月19日 欄外に全文))

「帝国データバンク大阪支社が19日発表した兵庫など近畿の企業を対象とする意識調査によると、昨春に続き関西電力が電気料金の値上げを実施した場合、経常利益が「減少する」と答えた企業が半数に達した

それを裏付ける関西・九州経済連合会の合同アンケート結果も出ています。 

関西と九州の経済連合会合同の企業アンケートの結果、経営上の懸念は消費税増税を上回って電気料金値上げだったそうです。(電力新聞 2014年4月17日)

関西・九州経済連合会アンケートによる経営上の懸念事項
電力コストの上昇     ・・・59.6%
・原油・原材料価格の高騰・・・57.8%
・消費税率引き上げ    ・・・49.8%

(※アンケートは「電力供給および電気料金に関する関西・九州企業への影響調査」。今年3月、関経連が会員企業1064事業所、九経連が934事業所を対象に実施した。回答率は全体で21.8%) 

アンケートを見ると、電気料金値上げは消費税引き上げよりも経営悪化をもたらしていることに驚かされます。 

原発停止による電力料金値上がりに加えて、為替高による原材料・資源の高騰に原油高が重なって、せっかく回復しかかっていた日本経済に打撃を与えていることが分かります。 

これに対しての企業の対策はアンケートではこう述べられています。 

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                  (図 関西経済連合会意見書)

企業移転ができるかという問いに対して、74%にのぼる会員企業が、電力料金が50%以上上がっても、管内からの移転が不可能だとしています。
 

これはグローバルに国境を越えて、低賃金国へ移動可能な大企業に対して、製造業を中心とする多くの中小零細企業は地場とのつながりで生きてきたためにそのような移転が難しいと捉えているからです。 

そしてこのような電気料金値上げによる企業の経営負担は、やがて従業員コストの削減に及び、国民は家庭用電気料金の値上げと、企業向け値上げに挟まれる形で、いっそう国民の生活を厳しくしていくことでしょう。

国内経済と社会をダメージを与えてまで脱原発というのは貫く性質のものなのでしょうか。

※ 国富(こくふ) 国民全体が保有する資産から負債を差し引いた経済指標。

※福井地裁判決関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-f55a.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-7e85.html

●参考資料 
・関西経済連合会
「低廉で安定的な電力供給の早期実現に向けた要望―深刻化する電力需給問題と関西経済への影響―」

http://www.kankeiren.or.jp/material/pdf/130618teigen.ikensho.pdf 

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神戸新聞
2014年6月19日
 

帝国データバンク大阪支社が19日発表した兵庫など近畿の企業を対象とする意識調査によると、昨春に続き関西電力が電気料金の値上げを実施した場合、経常利益が「減少する」と答えた企業が半数に達した
商品やサービスへの価格転嫁が難しいと感じている企業も7割弱。原材料高騰などで負担が重なる中、再値上げされた場合は、自社で吸収せざるをえない苦境が浮き彫りになった。
5月19~31日に調査を実施。1736社が回答した(回答率45・6%)。
再値上げされた場合の業績への影響を聞いたところ、経常利益が「減少する」と回答したのは50・3%で、「影響なし」(30・5%)を大きく上回った。 商品やサービスへの価格転嫁では、「全くできない」(40・6%)や「ほとんどできない」(27%)が目立った。
値上げされた場合の対策(複数回答)では、59・7%が「既存設備での節電」と回答。中には「人件費の削減」(3・8%)など、電気料金以外のコスト削減を強いられる企業もあった。

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小泉翁の妄執「原発ゼロ」の嘘 その4 ただいま「原発ゼロ」の舞台裏

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小泉翁は、「即ゼロがいい。その方が企業も国民も様々な専門家も準備が出来る」 と言っています。

なぁ~にが「ゼロがいい」だ、まったく。 

今の電力供給は薄氷の上で焚き火している状況だと知っていて、この人言っているのかね。

脱原発派がよくいう台詞に、「電気はジャブジャブ余っている。足りないというのは電力会社の陰謀」というものがあります。

さて、ほんとうにジャブジャブ余っているんでしょうか。

新エネルギーで現実的に供給体制に入っているものは、再生可能エネルギー以外にありません。現実的には化石燃料のみによって電力供給がなされています。  

止まっている原発の代わりとなる電力は、今まで稼働を止めていた旧型火力発電所を再稼働したものによって補われています。 (図 電気事業連合会資料 
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上図は2004年から13年までの電源構成比のグラフですが、一番下の紫色の原子力と、緑色の石炭、ピンクのLNG、オレンジ色の石油の推移を較べて下さい。

・原子力              ・・・2004年・29.1%⇒現在ゼロ
・火力(LNG、石油、石炭の計)・・・2004年・60.1%⇒現在88.3%

なんと88.3%が化石燃料です。わが国は今やリッパな化石燃料大国です。

原子力施設の利用率の推移も押えておきましょう。かつて定期点検以外の停止を除いて6割台使われて原子力施設は2013年度で2.3%、現時点でゼロです。(図 同上) 

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ぜんぜん使っていないわけですが、年間に維持コストだけて一基500億円かかります。とんだ金喰いです。

燃料コストの推移を見ましょう。203年度に2.0%だったものが、2013年度には4倍の7.7%に登っています。10年間で4倍です。(図 同上) 

その原因のひとつは、原油のこの間の急激な上昇しです。

2003年にバレル約40ドル台だった原油は、2013年には3倍の110ドルに上昇しています。

100ドルを超えたら危険ゾーンと呼ばれていますが、イラク情勢の悪化でこの傾向には歯止めがかかりません。
(図 Wikipedia)
 

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このように、日本は今や約9割を化石燃料に依存するCO2大国に生まれ変わってしまったと言っていいでしょう。  

では発電現場はどうなっているのでしょうか。下の写真は3.11以降に無理矢理に再稼働された武豊(たけとよ)火力発電所です。

ジョッキーのような名のこの火力発電所は、激しく老朽化しているのが分かります。

 (写真 武豊2号機 遠藤巧 「現場千本ノック」より) 

全体に錆が浮き、排気ダクトもツギハギだらけ、まるで壊れたロボットのようです。 

このダクトは長年使用していなかったためにこんな状態なのです。それがいきなりの電力不足で、もうスクラップを待っていた発電所はいきなり操業を急がされました。 

もはや全面的改修などする時間の余裕もなく、ダクトから火を吹けば応急パッチで塞いでいるような状態です。 

このようなスクラップになる予定の老朽火力を再稼働して、どうにか電力供給を続けているのが、今の日本の現状なのです。  

現在の予備電源率は10%を割り込んで、関西電力など去年夏前にマイナスになる可能性すらありました。

「関西では、大飯原発3、4号機(計236万キロワット、福井県)が今月中旬までに稼働停止した。自社電源のみでは予備率がマイナスになる可能性があったが、他電力会社からの融通などで供給力を積み増し、電力需給が最も厳しい来年2月でも3%を上回る予備率を確保する。」(産経新聞13年9月29日)

このような電力の予備率が極端に薄い状況で、もし一基の火力発電が大規模故障した場合ブラックアウト(長期広域停電)もありえる状況だといってよいでしょう。 

現に、2012年2月3日、九州電力の新大分火力発電所(大分県大分市)のトラブルで計13台の発電機が一時停止し、東京、中部、北陸、関西、中国、四国の6電力会社から計240万kWに及ぶ電力の緊急融通を受けています。  

ところが、この緊急融通した中部電力自身も薄氷状態だったのです。

「九州電力に電力の緊急融通を実施したこの日、中部電力では予備率が一時的に3.5%まで下がる恐れがありました。供給力に直せば、わずか80万kW程度。これはたとえていえば、ジェット機が海面スレスレを飛んでいるような危機と紙一重の状態です」(武豊発電所所長永崎重文氏)

中部電力には80万kW以上の火力発電機が6基あるが、当日、一つでも故障していたら、ブラックアウト(広域大規模停電)につながりかねない事態であったそうです。

今年の夏は、 停電にならないための電力供給余力は3%以上必要とされるが、関西電力は1.8%、九州電力は1.3%しかない状況です。

東電などからの支援で乗り切る予定ですが、見たように火力発電所は、老朽化していつ事故が発生し、停電が起きてもおかしくありません。

いったん停電となれば工場の製品はオシャカになり、病院の重症患者に死者が出るでしょう。そんな状況でも「原発ゼロ」だけが大事なのでしょうか。

「電気は原発を止めてもたっぷりある」というのは神話にすぎません。もう少し現実をしっかりと見るべきです。 

ある電力会社の火力発電所にはそこかしこに、「負けないぞ」という標語が貼られているそうです。 

なにが「企業も準備できる」ですか。もうとっくに現場の電力マンは死力を尽くして電力供給を支えているのですよ。 

これが「原発ゼロ」の現実です。口で原発ゼロを叫ぶのは簡単です。しかし、どうやって原発が抜けた穴をふさぐのか代案を示して下さい。 

今のような綱渡りがいつまでも続くわけではないと、なぜ小泉翁のゆるい脳にはわからないのでしょうか。

■リアエルタイム電力需給
・関西電力http://www.kepco.co.jp/corporate/energy/supply/denkiyoho/

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小泉翁の妄執「原発ゼロ」の嘘 その3 イエスかノーか以外にも答えはある

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月夜の晩になると山本太郎氏に変身してしまう奇病に罹ってしまった小泉純一郎翁について書いています。

これは物事が、「推進」か「反対」かの二色にしか見えなくなるという可哀相な奇病です。

世の中そう単純じゃないはずですが、いい歳こいた老獪な政治家が突如、過激派の山本クンに変貌するのですから参ります。

核廃棄物の最終処分について、翁はこう言います。

「最終処分場の選定について、『ゼロにすることを決定してからでなければ、国民の協力は得られない。再稼働し、これからまた核のゴミが増える段階で、処分場をつくるのに協力してほしいでは、住民の協力は得られない』とも語り、政治決断を行うにも『原発ゼロ』方針の明確化が不可欠だとの認識を示した」
(ロイター2014年7月7日)

「原発ゼロ」じゃなきゃ、最終処分もダメ」というわけですが、これでは首相官邸前の同年配の人達と同じレベルです。

では、かく言う小泉翁が政権に6年もいた時に最終処分地問題がどうなっていたかといえば、何もしていませんでした(苦笑)。

いや、「処分地を探すふりをしていた」のですからいっそうタチが悪い。

そもそも小泉翁は現役総理の時は、郵便局と経世会をテッテイ的に破壊するのと、米国にシッポを振ってイラクに自衛隊を送りだすのに夢中で、原発問題なんてまったく関心ありませんでしたしね。

政府は、認可法人「原子力環境整備機構」(NUMO)を作って最終処分地に適した場所を探すというふれこみで、なにか「やっているふり」をしていたのです。

地層処分する技術はいちおう「確立」されています。4重もの天然、自然バリアーで封印します。  

実験施設としては幌延深地層研究センター、瑞浪超深地層研究所があり、地層処分や深部地下環境に関わる研究が実施されています。  

ただし、いずれも実験施設であって、現実の処分施設の候補は現れていないのが現実です。というのは問題が「保管期間」賀余りに長いからです。  

核廃棄物処分はこのようなプロセスで考えられています。   

・[第1段階中間貯蔵施設・・・高レベル放射性廃棄物は、深地層埋設処分される前に、30年から50年間の中間貯蔵される。
・[第2段階深地層埋設処分・・・埋設地選定・施設建設から数10年から100年間の操業(廃棄物の搬入)された後に、施設はコンクリートで封印されて作業は終了する。
・[第3段階埋設地周辺の管理・・・埋設地域は長期にわたり継続看視される。  

とまぁ、書けば簡単なのですが、放射性物質は無害化するまで数万年以上の時間がかかります。  

第2段階ていどまではとりえず100年(それでもスゴイですが)ですから、情報の受け渡しは可能でしょう。  

しかし、小泉翁が言うように施設を封印した後の数千年、数万年の保証できる者などひとりもいません。   

仮に1000年としても、わが国など平安時代まで遡り、米国など国自体が存在していませんからね(笑)。  

これだけの超長期間、こんなブッソウなものを埋めて果たして大丈夫かということです。これが決定打がないままに徒に時間だけすぎた最大の理由です。  

このような停滞状況を初めて真摯に向かい合ったのが日本学術会議の提言(高レベル放射性廃棄物の処分について(回答) - 日本学術会議)でした。

こちらはオンカロが小泉効果で有名になる半面、 ほとんど世間には知られていないのが残念です。 

おおよその骨子は以下です。  

① 高レベル放射性廃棄物の処分に関する政策の抜本的見直
② 科学・技術的能力の限界の認識と科学的自律性の確保
暫定保管および総量管理を柱とした政策枠組みの再構築
④ 負担の公平性に対する説得力ある政策決定手続きの必要性
⑤ 討論の場の設置による多段階合意形成の手続きの必要性
⑥ 問題解決には長期的な粘り強い取組みが必要であることへの認識
 

日本学術会議は、いままでの政府が固執してきた地層埋却処分を、到底受け入れられないものをにしがみついて時間を無駄にしたと批判しました。 

その上で、我が国で万年単位で安定した地層を探すのは困難であり、当面は最終処分という「言い訳」にしがみついているのではなく、現実を直視して数十年から数百年ていどの「暫定保管」というモラトリアム処分に切り換えることを提案しました。 

日本学術会議の「回答」でこう述べています。 

暫定保管という管理方式は、いきなり最終処分に向かうのではなく、問題の適切な対処方策確立のために、数十年から数百年程度のモラトリアム期間を確保することにその特徴がある。」  

保管終了後の扱いをあらかじめ確定せずに数十年から数百年にわたる保管を念頭に置く。」  

「暫定保管は、回収可能性を備え、他への搬出可能性があるため、そうした可能性が開かれていない最終処分と比較すれば、施設立地にあたって、より説得力ある政策決定手続きをもたらす可能性がある。」 

このように日本学術会議は、このモラトリアム期間に新たな技術進歩があったり、社会的なコンセンサスが取れた場合、いつでもそれを取り出すことができる方式としました。 

そしてもう一点きわめて重要な提言もしています。  

それは際限なく核のゴミが出続けるのではなく、こう提唱したのです。

暫定保管できる許容量に合わせた核のゴミの排出量を定め、それに合わせて原発発電量を決めるべきである」 

いわばフィンランド方式とでもいうのか、入口=発電需要からだけから考えるのではなく、出口=暫定保管量から発電量を決めていくという総量規制の考え方は説得力があります。  

安倍首相は、2013年衆議院本会議で地層処分について、こう答弁しています。

「20年以上の調査の結果技術的に実現可能と評価されている」と指摘し、「それにもかかわらず処分制度を創設して10年以上を経た現在も処分場選定調査に着手できない現状を真摯に受け止めなければならない。国として処分場選定に向けた取り組みの強化を責任もって進めてゆく」 

いままで曖昧にされ続けてきた地層処理を改めて宣言したものです。  

ただし、もし首相がほんとうに「真摯に受け止めて」いるなら、今までのやり方を根本的に改めねばなりません。 

おそらくは、国有地に暫定保管し、プルサーマルなどで短縮したりして数十年の時間を稼ぎながら、その間核変換技術(※)などの消滅処理技術によって半減期を圧縮するなどの方法がとられると思われます。 

この核変換技術はわが国での研究は進んでおり、実現可能な技術だと考えられています。これが完成すれば、大幅に保管期間を圧縮できます。  

問題はむしろ保管場所でしょうが、この「回答」にもあるように長い時間かけてステークホルダー(利害関係者)との話し合いをする以外方法はないでしょう。  

ただ、保管期間が数十年に圧縮された場合は大きく可能性がでるのでは、と思います。  

もし、小泉翁がフィンランドから学んでくるなら、この新たな処分方法が完成するまでのモラトリアム期間確保のための保管と、それに合わせた総量規制という2本柱を持ち帰るべきでした。

小泉翁は、根本的解決が今ないからすべてを否定するという反対派特有のオールオアナッシングの発想になっています。これでは、解決の糸口が見えるはずがありません。

というか、そもそも解決は「原発ゼロ」以外ないと決めてかかっていますから、議論の余地を自分で閉ざしているのですが。

イエスかノーか以外にも答えはあるのです。

 

 

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核変換 人工的に核種変換を起こす技術の事を核変換技術と言う。特に高エネルギーかつ長寿命の放射性核種を含む高レベル放射性廃棄物を、比較的短い時間で低レベルの放射性物質にすることを目指す研究が行われ、消滅処理とも呼ばれていた。  

■日経新聞12年8月23日  

原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分方法について、日本学術会議が抜本的な見直しを求める提言をまとめたことが23日明らかになった。地中深くに埋設するのではなく、地上や地下に一定期間保管した上で技術開発を進めて、最終処分法を新たに決めるべきだとしている。今後の原子力政策の議論にも影響を与えそうだ。   

 学術会議は24日に報告書を正式決定し、来週にも内閣府の原子力委員会に提出する。原子力委は提言を受け、見直し方法の議論を始める方針。  

 使用済み核燃料を再処理・再利用する核燃料サイクル政策を日本はこれまで推進してきた。それでも処理後に高レベル放射性廃棄物が出るため、数万年にわたって地中深くに埋めて最終処分する計画だった。ただ候補地が決まらず、計画は停滞している。  

 学術会議は廃棄物を「暫定保管」している間に、高レベル廃棄物の毒性を下げる研究などを優先して進めるほうがよいと判断した。  

 原子力委は2010年9月、国民の理解が進まない最終処分法をどう説明すべきかについて、科学者の集まりである学術会議に提言を依頼。ただ、昨年に福島原発事故が起き、学術会議は「現在の枠組みに無理がある」と判断。依頼内容を超えて最終処分のあり方にまで踏み込むことにした。  

 政府は将来の原発依存度などのエネルギー戦略の見直しを進めている。仮に原発依存度をゼロにしても、既に出た高レベル廃棄物の最終処分は不可欠。「核のごみ」問題で事実上行き詰まっていた現行政策を見直すかどうかも今後大きな焦点となる。

 

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週末写真館 嵐の後 

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台風8号は沖縄から本土に駆け抜けていき、大きな爪痕う残しました。
幸い関東は、千葉に上陸したものの、海上に抜けて温帯低気圧に変わったようです。
被害はなかったものの、台風に備えて色々な準備を重ねたもので、そちらに時間を取られました。

台風がまだ海上に去りきっていない不安な湖の上の空です。遠くに青空が見え始めています。
さぁ、今日から猛烈な夏の暑さがやってくるそうです。

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小泉翁の妄執「原発ゼロ」の嘘 その2 核廃棄物最終処分の勘違い

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小泉純一郎翁が、核廃棄物の最終処分という原発政策の最大の弱点を突いている点は、さすが往年の勝負師の勘は冴えていると褒めるべきでしょう。  

あの人は、筋道立てて考えるのは他人任せにしたがりますが、勘だけはいいんですよね。

しかしなにぶん勘頼りのために筋道がグチャグチャで、最終処分問題が解決しないから再稼働反対と短絡してしまいます。

ねぇ小泉さん、「再稼働反対」って意味わかって使っているのかな?

「再稼働反対」っていうのは、漸減的に危険な原発を止めていこうという立場まで切り捨てた極端なスローガンなんですよ。

段階的に縮小するためには、今、最低限の原発を再稼働することが前提です。おそらく国民の大多数の意見はこのあたりでしょう。

穏健、急進がうまく絡まって運動になるのでしょうが、「再稼働反対」以外の考えを認めない硬直的姿勢で、国民から浮き上がる一方です。

さて、小泉翁の言う通り原発を現時点で止めたとしても、ただ今現在原発の使用済み燃料プールなどにある2万8千トンに及ぶ核廃棄物は残ったままです。

止めた場合、確かにこれ以上増やさないことはできますが、抜本的解決にはつながりません。  

原発ゼロを言う前に考えねばならないはずの、原発を回そうが回すまいが今でもある行き場のない使用済み核燃料の処分方法についてまるで考えていないことです。

使用済み核燃料の処理方法はふたとおりあります。 

ひとつは、再処理することです。

これは青森六ヶ所村の再処理工場で、ウラン酸化物+ウラン・プルトニウム混合酸化物と、高レベル核廃棄物の二つに分離して、後者のプルトニウムを除去した核廃棄物を300メートル地下の地層処分します。  

なにせプルトニウムは、ご承知のように半減期が2万4千年もありますから、これを抜かないと危なくて仕方がないわけでし、体積も3分の1に圧縮できます。   

もうひとつの方法は、そのままプルトニウム+ウランごと埋却してしまう方法です。

れは再処理工程を省いてプルトニウム+ウラン入り核廃棄物を、まんまドラム缶に入れて埋めてしまうことと一緒です。

誰がどう考えても無責任の極みで、何万年、いや数百年の間に缶が壊れたら一体どうするのか、という方法です。  

ですから埋却方法については、選択の余地はありません。再処理してプルトニウムを除去してやるしか方法しかとりようがないのです。 

ただこれで問題は解決されたわけではありません。プルトニウムを抜いて高レベル核廃棄物を再処理すると、立派な核燃料に生まれ変わってしまうことです。これを「MOX燃料」(※1)と呼びます。

政府は3.11前にはプルサーマル(※2)かMOX原子炉で使うつもりでいました。これを「核燃料サイクル」と呼びます。  

というのは、日本は「プルトニウムを核兵器に転用しない」というIAEA(国際原子力機関)の国際公約を持っているからです。  

これは原発保有国が持つことを義務づけられている国際公約で、既に核保有国であることを宣言している国(常任理事国+印パ)を除いて、原発を持つ場合そこから出るプルトニウムを余分に備蓄することは許されていません。  

それを許すと、核兵器に転用することがまかり通ってしまい、核兵器の拡散を招いてしまうからです。  

ですから、脱原発派の皆さんが言うような再稼働反対、再処理反対、最終処分反対という立場は、国際社会から見れば徒にプルトニウムを持ち続けて核兵器を準備する暴挙だということになります。  

だって日本はプルトニウムを貯めて核兵器を作る意志がある、と暗に宣言するようなものですからね。

ある専門家の計算では、約1000発の核弾頭が製造できるとのことです。

余談ですが、韓国はこのプルトニウム保管を米国に拒否されています。それはパク・チョンヒ(朴正煕)大統領時代に真剣に原爆製造を計画したことがあって、それがバレてしまった前歴があって信頼性がないからです。 

日本ですら、東海村の実験施設にあったプルトニウムを、管理が悪いことを理由に米国に返還させられています。

実は、民主党政権が原発ゼロを閣議決定から参考事項にトーンダウンした背景には、米国に出向いてホワイトハウス要人にそれを伝えたところ、「では、日本は国際公約を破棄して核武装すると受け取っていいのだな」と激怒されたことがあると言われています。  

そこまで深く考えないで原発ゼロを言ってしまった民主党政権は大いにびびって、直ちに「参考」に格下げしてしまいました。  

原発ゼロは、国際的には我が国が数万トンも備蓄しているプルトニウムをそのまま備蓄し続けて、イランや北朝鮮のようによからぬことを企んでいるということになるのです。

ここで大きな矛盾に突き当たりました。原発ゼロ政策を取っても、国際公約上は再処理を続けていかねばならず、それをするとMOX燃料がどんどん積み上がってしまうのです。  

青森県六ケ所村の再処理工場は、近く実用稼働に入るのですが、その処理能力は年間800トン程度です。  

となると、現在2万8千トンという核廃棄物は、原発をすべて止めてこれ以上増えないようにしたとしても再処理してプルトニウムを分離するまで35年かかる計算です。  

となると、原発ゼロにすると国内原発すべてが稼働停止しているわけですから、年間800トンも積み上がっていくばかりのMOX燃料をどうするつもりでしょうか。

ベトナムにでも、原子炉とMOX燃料をパッケージで売るのでしょうか。  

では、再処理せずにプルトニウムをそのまま埋めてしまうなどと言うのは、先ほど述べましたようにまさに後の世代に対しての無責任の極みです。  

青森県は原発ゼロで再処理による核燃料サイクルが撤回されるのなら、英仏から返還される高レベル核廃棄物の受け入れを拒否し、既に国内の原発から搬入されている使用済み核燃料も返還することを検討すると言っています。  

それはそうです。青森県は再処理したら県外に持ち出すという約束で高レベル核廃棄物を受け入れたのであって、そのまま積み上がっていったら六ヶ所村は事実上の最終処分場になってしまうわけですから、冗談じゃない、と怒ったのです。 

となると、現実的にはわずかでも原発を稼働させて、再処理にかかる35年間(+その原発から出る使用済核燃料の再処理期間)の年数は原発は止められないことになります。  

つまり原発をミニマムにしようとするだけで、40年以上の時間がかかってしまうのです。

原発ゼロを叫ぶのは簡単です。30年でも10年でも即時でも、ただ言うだけですから。

もっとも、ただ言うだけでも民主党政権時の原発担当者は、30年以下にはどうにもならないと嘆いていたそうです。そりゃそうだ。

問題は、現に膨大に積み上がった使用済み核燃料をどうするのか、これに答えない脱原発政策はすべて口先の空論です。

たしかに、反原発活動家の皆さんが言うように、原子力の最終処分という出口(バックエンド)を考えずに原発を始めた国が悪いのです。しかし、それはわかりきったこと。  

「自民党が悪い」と百回言ってもなんの解決にもなりません。脱原発を真剣に考えるなら、そこから考えていかねばなりません。 

だから、今の時点で、このバックエンド問題がなにひとつ解決していない時点で、原発ゼロや再稼働反対を言う小泉翁って成せば成るの精神論者に思えます。 

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※1 MOX燃料(モックス)
混合酸化物燃料の略称であり、
原子炉使用済み核燃料中に1%程度含まれるプルトニウム再処理により取り出し、二酸化プルトニウム(PuO2)と二酸化ウラン(UO2)とを混ぜてプルトニウム濃度を4~9%に高めたものである。
主として
高速増殖炉の燃料に用いられるが、既存の軽水炉燃料ペレットと同一の形状に加工し、核設計を行ったうえで適正な位置に配置することにより、軽水炉のウラン燃料の代替として用いることができる。これをプルサーマル利用と呼ぶ。(Wikipedia)

 ※2 プルサーマル
プルトニウムとウランを混ぜたMOX燃料を、通常の原子力発電所(軽水炉=サーマルリアクター)で利用することを「プルサーマル」といいます。これはプルトニウムとサーマルリアクターを組み合わせた造語です。(日本原燃)
 

 

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小泉翁の妄執「原発ゼロ」の嘘 その1 オンカロはフィンランドのエネルギー理性の象徴

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ブラジルの惨敗は、自分の国のつまらない試合よりショックでした。う~、なんなんだこれは。

最初のクローゼのシュートを、ジュリオ・セザールが弾くというプレーがなければ、流れは多少違っていたかもしれません。

いや、今大会はどの試合も青息吐息だったから、どのみちダメだったかもしれませんが。しかし7点ですぞ、7点。天皇杯のJ1相手の実業団だってもっとましです。

いまだ信じられない。このままドイツが優勝なんですかね、つまらん。

さて、小泉元首相がまたまた懲りずに「再稼働反対」「原発ゼロ」を言っています。

自民党のかつて総裁や幹事長をやった人たちって自分が責任がなくなったとたん、なぜ揃いも揃って「しんぶん赤旗」が喜びそうなことを言い出すのでしょうか(苦笑)。

さて、言った人が人だからでしょうね。内容的には、ただのよくある脱原発論でしかありません。首相官邸の前で踊っている人たちと同じ水準です。

そもそもなぜこんなことを小泉さんが言い出したのかといえば、財界人がフィンランドの核廃棄物最終処分場施設「オンカロ」視察に、よせばいいのに翁を連れていったからです。

財界人とすれば、このオンカロを見せて、「こんな安定した地層は地震国日本にないのだから、核燃料リサイクル施設を動かして原発再稼働しませんか。ぜひ小泉さん、お力添えを」といった目論見だったのでしょう。

ところが、政界一のひねくれ者の小泉翁は真逆に暴走してしまいました。面白い御仁だな、ホント。

こういう元首相の「オレは見てきたんだ」という発言は、情報操作トリックでいう権威の利用」というタイプです。

「元首相」という権威と、「見てきた」という2枚のカードで信憑性を高めていて、実際この人かどれだけフィンランドの原子力政策を知っているのか、地層保管の技術に知識があるのか、正しい情報を伝えているのか、を検証しようとしなくなります。

下の発言などそこいらのお馬鹿タレント並です。

フィンランドには原発が4基しかないが、日本には50基もある。いますぐ止めないと最終処理が難しくなる。」(ハフィントンポスト10月20日)

フィンランドの原発の電力に占める比率は日本より高く、29.6%(日本は3.11以前までは24%前後)ですから、これは23倍の人口を持つわが国に換算すれば92基に相当します。

人口が532万人のフィンランドでできたから、1億2千万人の人口を持つわが国でもできるだろうといった発想自体がなんだかなぁです。

これだけ人口が違えば、問題の質も違ってくるのです。そんなことあたりまえじゃないですか、小泉さん、あんた1億2千万人の国の総理やってただろ。

小泉さん、人生色々、国も色々なんですよ。フィンランドはロシアからガッポリ天然ガスを買ってます。

フィンランド人がいちばん頼りたくない国は、かつて侵略を受けたロシアです。

よりにもよってそんな国にエネルギー安全保障を預けているために、フィンランド人は一生懸命に原発を作ろうとしているわけです。

どこをどう間違ったら、オンカロが「原発ゼロ」のシンボルになるのですかね。オンカロはフィンランドにとって、エネルギー自立のシンボルなのです。

小泉翁は典型的な一知半解、というか一知曲解をしています。日本に帰ってきてオンカロやフィンランドの原発事情を多少調べれば、こうも単純な勘違いをしなかったと思うのですが。

小泉翁は、オンカロとフィンランドの原子力政策の関係を正反対に捉えているのです。

だいぶ前にオンカロは取り上げていますから、詳しくはそちらをお読みください。
※関連記事

http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-1f72.html
 http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-bc12.html 

フィンランドの原発政策が、この国以外すべての国と異なるのは、先に最終処分場を作って、その容量に合わせて原発を作ったことです。

ドイツはニーダーザクセン州ゴアレーベンの岩塩ドームに最終処分場を作る予定でしたが、失敗に終わりました。

米国は、ネバダ州のユッカマウンテンに作るつもりでしたが、これも挫折。

わが国は、受け入れ自治体がないまま宙を漂っています。

オンカロとはフィンランド語で「隠された場所」を意味し、この地下埋却施設の地層はなんと18億年変動していないそうです。

この安定した地層を500m掘って二重のキャスクに入れて保管する計画です。

しかし実はまだオンカロは動いていません。オンカロが操業を開始するのは、2020年で、そこから貯蔵していって2100年代に満杯にする予定だそうです。

問題はこの80年間の間になにをフィンランドが計画しているかです。80年たったら原発を止めますなどと、フィンランド政府がひとことも言っていないことに注目してください。

フィンランド政府はこの80年間で、核リサイクルの安全な技術が確立されるか、あるいは代替エネルギーが誕生すると考えています。

要するに、いきなり原発を全部止めて自然エネルギー一本でいけるなどとフィンランドはまったく思っていないのです。

ところで、フィンラド人が原子力発電を維持し続ける理由はなんでしょうか。

まず第1に、フィンランド人が原発のリスクより地球温暖化によるリスクが大きいと考えたからです。

フィンランドは寒帯に属する国で、気候変動が起きた場合、北極圏にあるためにオゾン層破壊が、そのまま紫外線の増大とつながってしまうことを恐れています。

新規原発3基を建設することによって国内のCO2の3分の1にあたる3000万トンを削減する計画です。そして2020年までに石炭火力発電所をゼロにする予定です。

第2に、80年代にエネルギー供給の多くをロシアに依存している構造を解消して、エネルギーの安全保障を確立したこともあります。

ロシアは湾ひとつ隔てた巨大な隣国で、常に侵略を受けてきた苦い過去があります。ソ連の侵略を受けた1939年の「冬戦争」は今もフインランド人の魂の中に生き続けています。

ですから、フインランドは「独立」の二字にかけてかつての支配民族ロシアにエネルギーを依存する選択はありえなかったのです。 

電力供給をロシアに握られてしまっていては、フィンランドの独立にも関わります。同様の地政学的位置にあるバルト三国や東欧圏も、ロシアの異民族支配を肌身で知っているだけに安易に原発からの離脱の道を選べないのです。 

小国でありながら技術立国であり続けるためには原発は必要悪であり、その維持のためには「オンカロ」が許容するだけの放射性廃棄物は認めていこう、そう彼らは考えたわけです。

ですから、小泉さんが都合よく考えているように「原発ゼロ」と決めたから受け入れたのではなく真逆で必要な原発を維持するために作ったのです。

ところで、小泉さんは無視していますが、わが国の火力発電に使う燃料費は今年の試算で3・6兆増加し、アラブの富豪たちに景気よく特大福袋を配りまくっています。

電気料金は関西電力の場合、家庭用で11.88%、企業向けが19.23%上昇と2割値上げが現実になりつつあり、これがわが国の経済・社会生活に与えているマイナス効果は計り知れません。                 

日本経済と社会を犠牲にしてでも脱原発を貫くんだという立場は、菅さんのような「市民運動家」のものであって、責任ある政治家のものじゃありませんね。

ああ、そういえば菅さんもオンカロに行きましたね。いまやかつての「希代の勝負師」もこの人と一緒の駄馬に成り果てましたか(笑)。

小泉さんに、グスタフソン・フィンランド駐日大使のこの言葉をお贈りします。

「(原発問題は)論理的に導き出された選択であって、情熱やイデオロギーの問題ではない。」(「ニューズウィーク」10月30日号)

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■原発再稼働「できるわけがない」、推進論は完全に破たん=小泉元首相
2014/07/07ロイター

即時原発ゼロを訴えてきた小泉純一郎元首相は7日、都内で講演し、原子力発電所推進の論理は完全に破たんしていると述べ、「今後も原発ゼロにする国づくりを一歩でも進めていく」と訴えた。

世界一厳しい安全基準だと政府が主張する再稼働基準に異論を唱え、「再稼働はできるわけがない」と反論した。

講演で小泉氏はあらためて、2011年3月11日の東日本大震災による東京電力 (9501.T: 株価, ニュース, レポート)福島原発の事故を契機に、「原発ゼロ」に舵を切ったことを説明。いまや「原発推進の論理は完全に破たんしている」と訴えた。

安全神話が「嘘」だったことは大事故で判明した。「他の電源に比べて原発コストは安い」との論も「嘘どころか一番の『金くい虫』だ」と反論。「被害の賠償。廃炉までには40年─50年かかること。安全対策。作業員の確保。最終処分場確保にいたってはいまだにない」と述べ、推進論がこれらをコストに入れない「甘さ」を追求した。

さらに小泉氏は「国民の税金投入なくして原発は成り立たない。しかも、この負担は、生きている人だけではなく、千年、万年の単位だ。こんな採算のとれない会社はやっていけないと考えるのが賢明な経営者だ」と糾弾した。

再稼働にあたって政府が「世界一厳しい安全基準」をもとに判断すると言及している点についても、「米国の原発は住民の避難路を確保していなければ認められない。日本で避難路を作っているところはあるか。ない。これひとつとっても、世界一厳しい安全基準なんて(信じがたい)」と述べ、「再稼働はできるわけがない」と語った。「今後も原発ゼロに向けての国民運動を展開していかなければならない」と訴えた。

<最終処分場、原発ゼロ決定後でなければ理解得られず>

最終処分場の選定について、「ゼロにすることを決定してからでなければ、国民の協力は得られない。再稼働し、これからまた核のゴミが増える段階で、処分場をつくるのに協力してほしいでは、住民の協力は得られない」とも語り、政治決断を行うにも「原発ゼロ」方針の明確化が不可欠だとの認識を示した。

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河野洋平氏が作った危険な論理

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今回の河野談話報告書を見て改めてため息が出るのは、なにがなんでも謝ってしまいたいという宮沢-河野政権の異様までの情熱です。

もしひとりの軍人・軍属の証言、ひとつの強制連行指令書、のようなものでも見つかれば、むしろ彼らは喜んでそれを使ったでしょう。

目撃証言でもいいのです。韓国政府は20万人を強制連行したと言うのですから、おそらく百万人単位の目撃者が存在しているはずです。

何度か書いていますが、当時の韓国警官の7割以上が韓国人です。彼らが、自分の管轄の村(韓国名称「面」) からこれだけ大量の女性を暴力的に拉致されて黙っていたというほう不自然です。というか、ありえません。

なぜ彼ら警官や村の人間のひとりとして名乗りでないのでしょうか?

そして、日本の省庁、地方図書館、果ては米国公文書館まで探しても、それらの客観資料はなにひとつなかったのでした。

そこで編み出した河野氏の苦肉の策が、ならば「強制性」の枠そのものを拡げてしまおうという悪手でした。 

今まで強制連行に使っていた「強制性」という概念を、精神的に圧迫を受けたものまでも「強制連行」と認めようとルール変更をしたわけです。

これなら「自分の意志に反して」売られたことは確かですから、すべての元が「精神的圧迫」を受けていたと答えたことでしょう。

これによって「誰によって」という肝心な責任の主体が不明になりました。

しかも、悪質民間業者による詐欺、誘拐までも、軍の強制連行として認めようというのですから、ルール変更というよりもはやルール無視というべきでしょう。  

ここで河野氏がとった論法は、の強制連行を慰安所が軍管理だったことをもって強引に軍の責任としてしまうことでした。  

の強制連行の実行者が軍人ではなく民間の業者であっても、「軍を背景にして精神的圧力をかけて追い込んだのだから、軍が手を下したのも同然」という論理です。 

河野氏にかかると、「植民地統治下にあって軍が背後にいることがはっきりしている」から、すべてが「強制連行」だというのです。 

「当時の状況を考えてほしい。政治も社会も経済も軍の影響下にあり、今日とは全く違う。国会が抵抗しても、軍の決定を押し戻すことはできないぐらい軍は強かった。そういう状況下で女性がその大きな力を拒否することができただろうか」(1997年3月31日朝日新聞)

ずいぶんと飛躍した論理で、公娼制があることを意図的に無視しています。 

現実には、軍は監督官庁として悪質業者の「甘言」や「強制」を警告する通達を出しており、慰安所内部においての衛生管理を実施しています。 

それは吉見義明氏が見つけたとされる資料にもこう記されていることからも分かります。

「募集実施の際は関係地方の憲兵・警察との連携を密にすること」(「共同研究日本軍」) 

この資料は募集をかけた民間人業者が出た場合、その地域の警察や憲兵の監視を強化して不祥事がないようにしろ、という意味以外にはとれません。現にそれに類する資料は複数あります。 

このどこが、軍による強制連行の証拠なのでしょうか。 

これは当時の公娼制度下での政府の監督機能と同じであり、管轄官庁に政府ではなく軍が位置したというだけの差です。 

ところがこの河野氏の論理に従えば、監督するのも強制連行と一緒なわけで、みんなまとめて「軍による性暴力」なのです。もう無茶苦茶な論理飛躍です。 

ならばいっそう、監督や衛生管理のようなことはせずに、民間業者のやりたい放題にさせておけばよかったということになります。 

現に、米軍は建前上そのような方針をとりながら、現実には戦後の韓国においては相手方政府に慰安所を作らせて自分は利用することをしています。 

結果、女性の誘拐や自殺が頻発し、6割以上のが性病に罹患するという悲惨な状況になっています。 

確かに責任は問われにくいでしょうが、これはこれで相当に問題です。 

このようなの実態を見ずに、なんでも「背後に軍がある」とするだけで罪に問えるのならば、行政責任の無限大拡大とでもいうべき危険な論理になってしまいます。  

つまりは、当時の社会は軍国主義だから、社会全般の事象の背後に軍がいるのだ、だからすべての不祥事の責任は軍だという粗雑きわまる歴史解釈になります。 

「背後にいた」とか、「軍国主義の時代だったから軍が威張っていた」だけで論証が終わればなんでも言えます。 

ちなみにこの論法をよく使うのは日本の支援運動の活動家達で、彼らはこう主張してきました。

軍慰安所が、軍が設置したまぎれもな軍の施設であったことは間違いないのですから、軍慰安所の設置者・管理者として軍の責任は免れないでしょう。また軍がつくった、システムとしての「」制度が強制によって成り立っていたとするなら、「日本軍が強制連行を行っていた」と言ってもほとんど間違いではないでしょう」(「従軍資料館」より)

これは、強制性の証拠がないことを論破されて、「広義の強制性」に論点をずらすために作った吉見義明氏たちが作った論理ですが、元を辿れば河野談話の「精神的強制も強制連行」という考えにいきつきます。

まったく河野氏と同一の論理です。自民党の総裁までやった人が、左翼運動家と同じ論理でこの政府談話を書いていたことに逆に驚かされます。

だからこそ河野氏は、韓国政府に守秘義務を申し出て、国民の目から封をしてしまったのです。

この検証報告書について河野氏は相変わらず国民に説教口調でこう言っています。

「日本人が歴史に向き合い反省すべきは反省するならば、相互信頼関係を結べる」

正しくはこう書き換えられるべきです。

「河野氏が歴史に向き合わず、韓国の言うがままに反省すべきでない反省をしたために、日韓の相互信頼関係を結ぶことを困難にした」

 

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河野談話の流れまとめ

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河野談話検証報告書の流れをダイジェストしておきましょう。 

この河野談話をめぐる長い物語の始まりは、1991年8月11日の朝日新聞植村記事の歴史的大誤報から始まります。

「日中戦争や第二次大戦の際、『女子挺(てい)身隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍」』」(同記事)

これについて韓国政府は、日本政府の正式謝罪を求めます。

「1991年12月以降、韓国側より複数の機会に、問題が宮沢総理訪韓時に懸案化しないよう、日本側において事前に何らかの措置を講じることが望ましいとの考えが伝達された。
また、韓国側は総理訪韓前に日本側が例えば官房長官談話のような形で何らかの立場表明を行うことも一案であるとの認識を示し、日本政府が申し訳なかったという姿勢を示し、これが両国間の摩擦要因とならないように配慮してほしいとして、総理訪韓前の同問題への対応を求めた。」 (報告書 1991年12月)

韓国政府のこの聞問題の認識を煎じ詰めるとこうです。

挺身隊として軍が性奴隷として強制連行したことを日本政府が公認し、謝罪しろ

この短いフレーズの中に3カ所も事実認識の誤りがありますので、簡単にふれておきます。 

まずここで韓国政府が言う「挺身隊」は、1943年に実施された14歳以上25歳未満の女性の工場などへの勤労動員のことですが、これは募集とは無関係です。 

それを混同して韓国政府は使用しています。 

次に「性奴隷」(sex slave)という用語は、当時の韓国政府は使っていませんが、後に韓国政府の正式用語になります。

この「性奴隷」という意味は、韓国人女性が狩りにより強制連行されて性的玩具にされたという意味ですが、実態は賃金が払われて、自由行動が許されていました。 

彼女たちの境涯には深く同情しますが、戦時公娼であって奴隷ではありません。 

この造語を作った人物は、日弁連の人権派弁護士・戸塚悦朗弁護士で、1992年から国連人権委員会に働きかけた結果、同年2月にを「性奴隷」と呼ぶことが、国際社会に定着させました。 

Img13467_140801totuka  (写真 戸塚悦朗氏。この自由報道協会のインタビューの中で「日韓併合は無効」と述べている)http://app.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=79986164&blog_id=610475

三つ目に、「強制連行」の証拠はまったく存在しません。このことは、吉見義明氏なども認めており、論争の決着は国内では既についています。 

さて、この根拠のない韓国側の謝罪要求に対して、日本側は困惑しながらつっぱねようとはせずに、なんとか頭を下げて謝罪してやり過ごそうとします。 

それは、朝日新聞の植村記事に続く第2弾の「関与の証拠見つかる」という記事(1992年1月13日)が宮沢総理訪韓5日前に出たからで、対応をする余裕がなかったからです。 

このことで宮沢総理は当時のノ・テウ(盧泰愚)大統領に20分間で8回というギネス級の謝罪をしてしまいますが、韓国はこれで収まらず、かくして泥沼的謝罪が始まります。 

宮沢総理謝罪後の最初に出たのが、1991年7月6日の加藤紘一官房長官談話です。

「『慰安所の設置、の募集に当たる者の取締り、慰安施設の築造・増強、慰安所の経営・監督、慰安所・の衛生管理、慰安所関係者への身分証明書等の発給等につき政府の関与があったこと」を認め、「いわゆる従軍として筆舌に尽くし難い辛苦をなめられた全ての方々に対し、改めて衷心よりおわびと反省の気持ちを申し上げたい』、『このような辛酸をなめられた方々に対し、われわれの気持ちをいかなる形で表すことができるのか、各方面の意見を聞きながら、誠意を持って検討していきたいと考えております』」と発言した。」
(報告書1991年7月)
 

本心を言えば、中韓に対する熱烈な贖罪意識の持ち主だった宮沢氏や加藤氏にとって、韓国側の要望どおり謝罪したいのは山々だったでしょうか、なにぶん証拠がなにひとつないのです。 

強制連行の証拠がないことは曲げて結論を出せないというが、当時ギリギリで留まっていた日本政府の良心でした。

「日本側は、「強制性」に関し、これまでの国内における調査結果もあり、歴史的事実を曲げた結論を出すことはできないと応答した。また、同協議の結果の報告を受けた石原官房副長官より、全体について「強制性」があったとは絶対に言えないとの発言があった」(報告書 1993年4月)

こごで、韓国は初めての文民大統領に替わり、キム・ヨンサム(金泳三)大統領は、いっさいの報償は求めず「未来的志向」を感じさせるオファーをします。

「1993年3月13日、2月に就任した金泳三韓国大統領は、問題について、「日本政府に物質的補償を要求しない方針であり、補償は来年から韓国政府の予算で行う。そのようにすることで道徳的優位性をもって新しい日韓関係にアプローチすることができるだろう」と述べた」 (報告書1993年3月)

これを真に受けて一気にこの「軍の強制性」について歩み寄ろうという気運が、宮沢政権内に生れました。 

ここで、泣く子と地頭には勝てやせぬとばかりに謝っておけば、韓国も矛を収めて、この不名誉な問題も終了するだろうと甘く考えたのです。

日本人特有の、事件が起きればまず自分が謝る、その後に交渉するがなんとか中間点で落とし所を見つけようとして、妥協に妥協を重ねて、結局言うがままになってしまうという悪い作法です。

この作法は、自分の利害を臆面もなく押し通す韓民族には通用しません。

そこで日韓で談合した「本人の意志に反しての強制があった」という結論に合わせて、「真相解明」の形式作りの「儀式」としての元聞き取りが始まることになります。 

これが、1993年7月26日から30日までの5日間開かれたソウルでの元聞き取りです。 

この報告書が現れるまで、強制連行の証拠、あるいは根拠はソウルにおける聞き取りにあるものだというのが、日本政府の公式見解になっていました。  

「『「強制性』の認識に関し、河野官房長官は同日行われた記者会見に際し、今回の調査結果について、強制連行の事実があったという認識なのかと問われ、「そういう事実があったと。結構です」と述べている。
また、「強制」という言葉がの募集の文脈ではなく慰安所の生活の記述で使われている点につき指摘されると、河野官房長官は「『甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた』というふうに書いてあるんです。意思に反して集められたというのはどういう意味か。お分かりだと思います』と述べた」 (報告書 河野談話記者会見)

ここまで強く河野官房長官(当時)が断言するほど明確な証言かあり、その裏付け調査も政府によってなされていたと解釈されていました。 

ところが現実には聞き取り調査自体は空虚な「儀式」で、やる前から日韓談合があって結論が決まっていたことが、今回の検証報告で明らかにされました。

「日本政府の真相究明に関する真摯(しんし)な姿勢を示すこと、元に寄り添い、その気持ちを深く理解することにその意図があったこともあり、同結果について、事後の裏付け調査や他の証言との比較は行われなかった。
聞き取り調査とその直後に発出される河野談話との関係については、聞き取り調査が行われる前から追加調査結果もほぼまとまっており、聞き取り調査終了前に既に談話の原案が作成されていた」 (報告書 聞き取り前段)

この報告書で河野談話は20年後にしてようやく、その根拠が大きく崩れたことになります。 

また韓国政府は、報告書には聞き取り前のみならず、談話発表前夜まで「強制性」を認めろと介入を続けています。 

例えばこうです。

「本問題を解決させるためには、韓国国民から評価を受け得るものでなければならず、かかる観点から、具体的発表文を一部修正されることを希望する」(報告書1993年7月韓国政府コメント)

さらに河野談話発表前夜まで日韓で文言調整をしています。

「談話の文言の調整は、談話発表の前日となる8月3日までの間、外務省と在日本韓国大使館、在韓国日本大使館と韓国外務部との間で集中的に実施され、遅くとも7月31日には韓国側から最初のコメントがあったことが確認された。」  (報告書)

報告書ではありませんが、韓国大使発言が残っています。

元の名誉回復のために、強制連行だったと日本政府が認めることが第一条件」と牽制(けんせい)したことだろう」(孔魯明駐日韓国大使が直前の7月14日の記者会見) 

この報告書を読むと、河野氏が談話後の会見でこのように自信たっぷりに述べていることが、今や白々しく写ります。

「『強制ということの中には、物理的な強制もあるし、精神的な強制というのもある』、精神的な強制という点では、『官憲側の記録に残るというものではない部分が多い』、『そういうものが有ったかなかったかということも十分調査をし、元従軍から聞いた話や証言集にある証言、元慰安所経営者等側の話も聞いた』とした」(報告書)

なにが「充分な調査をし」でしょうか。

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河野談話検証討報告書を読むその8 韓国人が潰した日本の「償い事業」

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河野談話は、日本外交の記念碑的敗北の象徴として歴史に刻まれることになりましたが、その後に約束した「償い事業」が始まります。

日本側はこれで日本側の約束は果したので、今度は韓国側が約束したことを実行することを期待したようです。

「金泳三大統領よる韓国国民の前で説明して納得できる形で行われることを期待すると共に、これにより韓日関係が未来志向的にもっていけること」

また日本側は、元慰安婦に対しての「償い」を検討しており、韓国側にも打診したところこのような答をえました。

「への「措置」について日本側が、いかなる措置をとるべきか韓国政府の考え方を確認したところ、韓国側は、日韓間では法的な補償の問題は決着済みであり、何らかの措置という場合は法的補償のことではなく、そしてその措置は公式には日本側が一方的にやるべきものであり、韓国側がとやかくいう性質のものではないと理解しているとの反応であった」

ここで韓国側は、日韓間では1965年の日韓条約で「補償は解決済」であり、やるとしても日本側が勝手にやるもので韓国は関知しないという立場でした。

まことにもって原則的なことで、戦中の動員にまで個人賠償支払を命じる昨今の韓国に聞かせたいものです。Aa17dd70 (アングレーム漫画祭の韓国政府出展作品より 日本官憲が強制連行して、少女をレイプしている)

一方、日本側も政権が社会党、さきがけ、自民党の連立に変化しており、総理も村山富市氏になっていました。

そこで、元慰安婦に対するプロジェクトが練られた結果、基金を作る方向になります。

これはふたつに分かれていて、金銭的な補償については民間からの募金をあて、医療、福祉に対しては政府からの資金をあてました。

このような形になったのは、日韓条約で、個人保証も含めて終了しているためです。

「政府において検討の結果、戦後50年にあたり過去の反省に立って「女性のためのアジア平和友好基金」による事業を次の通り行うものとする。
元従軍の方々のため国民、政府協力のもとに次のことを行う。
(1)元従軍の方々への国民的な償いを行うための資金を民間から基金が募金する。
(2)元従軍の方々に対する医療、福祉などお役に立つような事業を行うものに対し、政府の資金等により基金が支援する。
(3)この事業を実施する折、政府は元従軍の方々に、国としての率直な反省とおわびの気持ちを表明する。
(4)また、政府は、過去の従軍の歴史資料を整えて、歴史の教訓とする。
女性の名誉と尊厳に関わる事業として、前記(2)にあわせ、女性に対する暴力等今日的な問題に対応するための事業を行うものに対し、政府の資金等により基金が支援する」

一方、韓国政府は「水面下での協力」を約束したものの、肝心な組織が反対の声を上げました。特に聞き取りに参加拒否した挺対協です。

「韓国政府を通じ遺族会および挺対協に対して面談を申し入れたが、「民間基金」を受け入れることはできないとの見解が両団体から示された」

そして1997年1月に、基金を受け取る意思を示した元慰安婦6名に対して首相のお詫びの手紙と共に基金を渡しました。

それに対して韓国マスコミは元に対して激しいバッシングを開始しました。

「これに対し、韓国のメディアは「基金」事業を非難し、被害者団体等による元7人や新たに「基金」事業に申請しようとする元に対するハラスメントが始まった。被害者団体は、元慰安婦7人の実名を対外的に言及した他、本人に電話をかけ「民間基金」からのカネを受け取ることは、自ら「売春婦」であったことを認める行為であるとして非難した。また、その後に、新たに「基金」事業の受け入れを表明した元に対しては、関係者が家にまで来て「日本の汚いカネ」を受け取らないよう迫った

このため早くも基金の手渡しは停止し、福祉事業への転換も試みたもののこれも韓国政府の支持がえられず結局日本の「償いの善意」は頓挫することになります。

「事業転換が実現できなかった「基金」は1999年7月に事業を停止することとなり、停止状態が2002年2月まで続いたが、同月20日、「基金」は事業の停止状態をいったん解き、韓国内での事業申請受付期限を同年5月1日にすることを決定した」

この事業成果は以下です。

「1995年に設立された「基金」には、基本財産への寄付を含め約6億円の募金が集まり、日本政府は、インドネシアでの事業をもって事業全体が終了する2007年3月末までに拠出金・補助金あわせ約48億円を支出した。韓国における事業としては、事業終了までに、元合計61人に対し、民間による寄付を原資とする「償い金」200万円を支給し、政府拠出金を原資とする医療・福祉支援事業300万円を実施(一人当たり計500万円)するとともに、これらを受け取ったすべての元に対し、当時の総理の署名入りの「おわびの手紙」をお渡しした。その数は、橋本政権下で27件、小渕政権下で24件、森政権下で1件、小泉政権下で9件に及ぶ」

よく韓国人は「日帝は韓国に謝罪して賠償しろ」とか言っていますが、このように元慰安婦に対しての謝罪は数限りなく行い、かつひとりあたり500万円の「償い金」も手渡していたというわけです。

そして、残念なことにそれを韓国人自らの手で打ち砕いた上に、「償い事業」そのものまで忘れ去ってしまいました。

このように、政府中枢を占めた人達の誤った贖罪意識によってひき起こされた冤罪事件でしたが、厖大な報告書はこのような心温まる締めくくりを用意してくれて、読む私たち国民の心をわずかに癒してくれています。

「韓国では、韓国国内における事情や日韓関係に大きく影響を受け、同政府や国民からの理解は得られなかったものの、「基金」事業を受け取った元からは、日本政府から、私たちが生きているうちに、このような総理の謝罪やお金が出るとは思いませんでした、日本のみなさんの気持ちであることもよく分かりました、大変ありがとうございます、とするお礼の言葉が寄せられた。 

 また、一部の元は、手術を受けるためにお金が必要だということで、「基金」を受け入れることを決めたが、当初は「基金」の関係者に会うことも嫌だという態度をとっていたものの、「基金」代表が総理の手紙、理事長の手紙を朗読すると、声を上げて泣き出し、「基金」代表と抱き合って泣き続けた、日本政府と国民のおわびと償いの気持ちを受け止めていただいた、との報告もなされており、韓国国内状況とは裏腹に、元慰安婦からの評価を得た」

 

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週末写真館 森と湖の朝

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朝というのは特別な時間です。
空と地上の境から太陽か姿を現すまで、ほんの10分もかかりません。
驚くような速度で火球は天を駆け上っていきます。

漁師は港へ急ぎ、農夫は味噌汁をすすりながら今日の作業計画を考え、鳥は子別れの時期の追い込みに忙しく、樹は青葉に朝露をしたたらせる、そんな朝です。

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河野談話検討報告書を読むその7 典型的冤罪図式の完成

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韓国は中韓首脳会談で、問題で「共闘」するそうです。

あらあら、自国で日本のそれより悪質な「従軍」制度に対して122名もの訴訟をおこされていることを、わが国が知らないとでも思っているんでしょうか。

それとも、日本国民が河野談話の談合事情を知らないとでも?

中国の日米離間策にまんまと乗って、本来これ以上突っ込むと韓国自身を傷つけるはずの「従軍」問題を国際行事にするとは・・・!

大丈夫ですか、韓国。熱ありませんか?バブル崩壊前夜の中国に抱きつくなんて、正気の沙汰ではありませんよ。

「韓国政府は当初、中韓首脳会談で歴史問題を扱うことに慎重だったが、安倍政権が『河野談話』検証結果を公表したことに反発し、方針転換した。中国中央テレビによると、習氏は首脳会談で、中国の抗日戦争勝利と朝鮮半島の植民地解放から70年にあたる来年、両国が記念活動を行うよう努力すべきだと述べた」(読売新聞7月3日)

それはさておき、やっと河野談話に辿り着いたかと、思わず喜んでしまうのが、我ながら情けない(笑)。

やってもいなことを、証拠もなしに自白を強要され、キム検事の「金銭的補償は求めねぇよ。強制性、認めて楽になったら、新たなニッカン関係考えてやらぁ」、という甘い言葉にほだされて、とうとう「全面自供」に追い込まれてしまった宮沢政権でした。

自供調書か反省文か、とまれ河野談話の発表となるのですが、小姑のように韓国はこれにすらクチバシを突っ込んできます。反省文くらい自由に書かせていただきたい。

ところが、自白調書までキム検事の言うがままに書いてしまうという、これまた冤罪の構図です。

刑事事件の冤罪は物的証拠がないのに、先入観や思い込みから、自白を強要することから生れます。

尋問過程が可視化されていないために、刑事や検事による誘導、調書の捏造なども起きています。

あるいは、科学的物証も、結論が決められている見込み捜査のために、都合よく切り貼りしてしまうケースすらありました。

先入観思い込みを持った捜査による冤罪が発生する可能性が高かったが、科学的捜査方法が導入されたあとは、遺留品や物的証拠からそれにつながる犯人を導き出すのではなく、予め容疑者を設定する見込み捜査の過程で証拠は後から合致させる一方で容疑者に有利な証拠は破棄や軽視や無視するといった手法が採られる」(Wikipedia)

「従軍事件」の場合、韓国や朝日新聞などは、あらかじめ「日本軍が強制的に韓国女性を連行してにした」という結論を持っていて、それに合わせて日本政府の「自白」=謝罪を強要するという「見込み捜査」をしました。

しかし物証がないために、「軍関与」の資料がたとえ監督業務ていどのことであっても「強制性」の証拠として採用してしまいました。

そして日本政府が「一部関与」=部分自供を始めると、後は「軍の直接関与」=全面自供するまで圧力をかけ続け、調書=河野談話まで、捜査当局=韓国が手を加えたというわけです。

見込み捜査、自白の強要、証拠の捏造、調書への介入という冤罪事件の要素がムンムンに詰まっているのがこの「従軍冤罪事件」なのです。

日本政府は再審を要求したほうがいいのではないでしょうか。

それにしてもこの冤罪劇を作ったのが、人権派弁護士たちというのも皮肉です。

報告書は言います。

「同年(1993年)7月28日の日韓外相会談において、武藤外務大臣より、「発表の文言については内々貴政府に事前にご相談したいと考えている」、「この問題については右をもって外交的には一応区切りを付けたい
金泳三大統領は、日本側の発表が誠心誠意のものであったならば、自分から国民に説明する考えであり、そうすれば韓国国民にも理解してもらえると考えている旨述べていた。
この点を踏まえ、是非大統領に日本側の考えを伝えてほしい」と述べた。これに対し、韓昇洲韓国外務部長官からは、『本件に対する日本の努力と誠意を評価したい。日本側の調査の結果が金泳三大統領より韓国国民の前で説明して納得できる形で行われることを期待すると共に、これにより韓日関係が未来志向的にもっていけることを期待している。韓国もこのような結果を待ち望んでいる』と述べた」

これを読むと、宮沢政権は、既に官房長官談話を事前に見せるから、よしなにと言ってしまっています。あらあら、もう主権国のプライドもヘッタクレもないようです。。

それに対してキム大統領は余裕しゃくしゃくで、「この日本政府発表についてオレが国民に説明できるように、分かっているなツボをハズすなよ」、と答えています。

ツボとは言うまでもなく「軍の強制的関与」のことです。  

この河野談話の発表文案についても、韓国政府は細かいチェックを入れてきており、韓国ペースでのすり合わせを幾度となくしていました。

「談話の文言の調整は、談話発表の前日となる8月3日までの間、外務省と在日本韓国大使館、在韓国日本大使館と韓国外務部との間で集中的に実施され、遅くとも7月31日には韓国側から最初のコメントがあったことが確認された。その際、韓国側は、発表内容は日本政府が自主的に決めるものであり、交渉の対象にする考えは全くないがとしつつ、本問題を解決させるためには、韓国国民から評価を受け得るものでなければならず、かかる観点から、具体的発表文を一部修正されることを希望する、そうした点が解決されることなく日本政府が発表を行う場合は、韓国政府としてはポジティブに評価できない旨述べた」 

すごいですね。「お前らが出すもんが、オレらから評価を受けるものでなければ、チェック入れるからな」と凄んでいるのです。

これで韓国外務部(外務省)が、今回の報告書の「反論」で、「うるさく聞かれたから仕方なく数回答えただけ」とは、まったくよ~言うよです。

この日韓の文言のすり合わせは発表前夜まで続けられ、結局、当時朝鮮がわが国の統治下にあったことから、「の『募集』『移送、管理等』の段階を通じてみた場合、いかなる経緯であったにせよ、全体として個人の意思に反して行われたことが多かった」という表現に落ち着きます。

「8月2日夜までやりとりが続けられ、『当時の朝鮮半島はわが国の統治下』にあったことを踏まえ、の『募集』『移送、管理等』の段階を通じてみた場合、いかなる経緯であったにせよ、全体として個人の意思に反して行われたことが多かったとの趣旨で「甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して」という文言で最終的に調整された

この文言に出てくる「総じて」という表現が、「全体として○○と言える」なのか、それとも「概して○○と言える」のかどちらでも取れる玉虫表現で、日韓双方をなだめたわけです。 

これが後に「全体として本人の意志に反して」として定着し、わが国政府の「軍の強制連行」を認めた致命的文言となっていきます。

ああ、イヤだ。まさに日本人の言葉で本質をだまくらかすという手法そのものです。

こういう部分こそ、負けるなら負けるでキッチリと概念規定すべきなのに、そこを国内向け言い訳で「総じて」で逃げようとしたあげく墓穴を掘りました。

またこのまた交渉経過については、日本側の提案で互いに秘匿するような合意がなされています。 

これは、日本側が一国の主権にもかかわるような官房長官談話が、実は外国政府との談合による合作であったということを知られたくなかっためだと思われますが、これも情けない。

こんなバカな申し出をしたために、この報告書の真相が20年間も蓋をされてブラックボックスだったのです。

外交交渉に惨敗し、儀式的調査でごまかし、玉虫色表現で繕って、果ては「黙っててね」ですから、大馬鹿の四乗です。

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(写真 報告書に対する河野翁の記者会見。まったく懲りない御仁だこと。「歴史に向き合わず」、韓国の言うがままに、「反省すべきでない反省」をしたために、「日韓の相互信頼関係」を、最悪にしたのはどこの誰だったでしょうね)

朝日新聞は、報告書が「信義にもとる」と言っていましたが、なにをおっしゃる。

こんな情けない外交をしておいて、自国を「レイプ国家」だと世界に認めておきながら、20年間頬被りをしたまま墓に入ってしまおうという腐った根性こそ問題なのです、ねぇ河野さん。

だいたいどんな外交機密も30年が相場。韓国が、約定を違えて、「謝罪をしていない。賠償しろ」と言い出した時点でこんな守秘義務はお終いです。

「日韓間でこのような事前のやりとりを行ったことについては、1993年8月2日、日本側から、マスコミに一切出さないようにすべきであろう旨述べたのに対し、韓国側はこれに了解するとともに、発表の直前に日本側からFAXで発表文を受け取ったと言うしかないであろう旨述べた」 

韓国は、ここまで手取り足取り河野談話を書かせておいて、「直前にFAXで見たにしておく」ですから、日本政府の威信も何もあったもんじゃありません。とことん舐められたものです。

そして、とうとう1993年8月4日、河野官房長官より調査結果を発表する会見が開かれます。これか悪名高い「河野談話」です。(※河野談話は欄外参照) 

「『「強制性』の認識に関し、河野官房長官は同日行われた記者会見に際し、今回の調査結果について、強制連行の事実があったという認識なのかと問われ、「そういう事実があったと。結構です」と述べている。
また、「強制」という言葉がの募集の文脈ではなく慰安所の生活の記述で使われている点につき指摘されると、河野官房長官は「『甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた』というふうに書いてあるんです。意思に反して集められたというのはどういう意味か。お分かりだと思います』と述べた」

「『強制ということの中には、物理的な強制もあるし、精神的な強制というのもある』、精神的な強制という点では、「『憲側の記録に残るというものではない部分が多い」、「そういうものが有ったかなかったかということも十分調査を』し、元従軍から聞いた話や証言集にある証言、元慰安所経営者等側の話も聞いたとした」

ああ、言っちゃった、という感じです。 

なにせ、日本側はなにひとつ証拠がないままに、韓国側の圧力に負けて「(強制性の事実を)そういう事実があったと。(考えてくれて)結構です」と言ってしまったのです。歴史的失言です。

そもそも河野官房長官は、強制連行を認めていない政府の政府見解である談話文面から勝手に逸れて、「物理的強制の事実があった」と認めてしまっています。

完全な個人的恣意的逸脱です。ここは重要な点で、河野談話自体は政府見解として受け継ぐとしても、こんな河野氏の逸脱暴走まで継承する必要は後の政府にありません

そして、河野氏は、「精神的強制は官憲の記録に残らない」とまで言って、「強制性」の認知幅を「精神的強制」にまで無制限に拡げていることが分かります。

これが後に、強制連行の証拠がなにひとつないにもかかわらず、「精神的強制」にまで拡大解釈されて「慰安婦問題の本質は女性の人権侵害だ」という認識を生むことになります。 

ただ細かい点ですが、一点気になるのが、「官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」という箇所です。 

当時の韓国の「官憲」、つまり警官は8割は現地の韓国人ですので、韓国人が韓国女性をにすることに加担したか、あるいは、座視していたことになります。 

同民族の女性が強制連行されているのをただ見ているなんてありえるでしょうか。あったとしたら、よほど韓国男は腑抜けです。 こんな文言をなぜ入れたのでしょう。

後から「よく読め。ここにバクダンしかけてあるぞ」ということなのか、それとも単に日本の官憲(警官)まで強制連行に関わったといいたいのか、たぶん後者でしょうが、私には分かりません。

いずれにせよ、証拠がないまま謝罪するから、こういうことになります。 

これか後に、限りなく拡大解釈されて一人歩きし、今や韓国政府は公式に20万人の韓国女性を日本官憲が強制連行して「性奴隷」(sex slave)にしたという話にまで拡大されていることはご存じの通りです。 

河野氏だけの責任とは言いませんが、それにしてもずいぶんと罪深いことをしてくれたものです。 

(次回は最終回です。やっと終わったぁ)

 

                   :;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+ 

■資料 関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話全文
平成5年8月4日
 

 いわゆる従軍問題については、政府は、一昨年12月より調査を進めてきたが、今般その結果がまとまったので発表することとした。 

 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くのが存在したことが認められた。 

 慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理およびの移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧によるなど、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、さらに、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。 

 なお、戦地に移送されたの出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島はわが国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧によるなど、総じて本人たちの意思に反して行われた 

いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫(わ)びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちをわが国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴(ちょう)しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。 

 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。 

 なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。

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河野談話検討報告書を読むその6 「最低限の儀式」としての聞き取り

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河野談話は、歴史的事実関係のしっかりとした客観的な調査によるものではなく、強く「強制性」の認定を求める韓国側への政治的配慮が先行したものでした。  

この「強制性」の意味は、「軍がにするために一般女性を強制連行した」という意味で、韓国はいまやそれをあざとく「日本軍の性奴隷」として使っています。 

日本軍が「性奴隷」(sex slave)として奴隷狩りのように徴発し、まったくの無報酬で兵隊の性的玩具にしたという戦時性暴力問題にまで膨張してしまい、残念ながらそれが定説として国際社会に定着しています。

ある日本人が、米国人に「はかなりの高給が支給されていた」と話すと、「冗談だろう。奴隷なんだから」と一笑にふされたそうです。

つまり、いまや「性奴隷」は比喩的、文学的修辞ではなく、「性的奴隷制度」そのものと解釈されているわけです。脱力感すら感じます。

「(従軍問題は)過去の話ではなく、現在の問題です。韓国と特定の国の2国間の問題ではなく、戦時下の性暴力をなくそうという、人類の普遍的な問題なのです」
(アングレーム国際漫画祭におけるチョ・ユンソン韓国女性家族相の発言)

139149493774997999226_cimg4162(アングレーム漫画祭の韓国政府出展作品より TBS『情報7days ニュースキャスター』2013年2月1日)

また、この漫画祭での韓国説明文に、日本側が問題を認めていないかのような記述があって問題となったように、韓国は国際社会に対して、わが国が「従軍」に対して謝罪や補償はおろか存在すら認めていないと主張し続けています。 

河野談話うんぬんの前に、河野談話すら「なかった」ことになっているのですから、この日韓交渉は幻だったわけで、ぜひ今も存命の加藤紘一、河野洋平両氏にご意見を伺いしたいものです。  

さて、検証報告書を読み進めていきましょう。 

この韓国政府の根拠となる河野野談話は、まさに「日韓合作」そのもので、発表までに継続的「事前調整」がありました。 

報告書はこう述べます。

「韓国政府は、日本政府による調査結果の発表に先立ち、1992年7月、問題等に関する調査・検討状況を発表したが、その際にも日本側に対し事前にコメントするよう要請し、結果として、両国で事前調整が行われた

一国の外務公文書を公表前に外国に見せていて、事前に談合して、その圧力に沿って書き換えていたわけてす。 

「『強制性』については、例えば、一部には軍又は政府官憲の関与もあり、『自らの意思に反した形』により従軍とされた事例があることは否定できないとのラインにより、日本政府としての認識を示す用意がある 

そして「強制性」があることを認めたことで、その仕上げとして「儀式」として元の聞き取り調査が始まります。

もはやこの調査は、真相解明どころか「強制性」を認めたのは、ちゃんと元から聞き取りした結果ですよ、という国内向けゼスチャーでしかありませんでした。 

ここでも日本側は韓国側から一方的な注文を付けまくられることになります。 

まず、団体の挺身隊協議会(挺対協)からの注文は、「強制性の認定」が前提とされてしまい、結論が拘束されるために日本側が拒否しました。 

またもう一方の太平洋戦争犠牲者遺族会(遺族会)の側も細々と条件をつけましたが、日本側はすべて受諾して聞き取りを開始しました。 

要求どおり大使館は使わずに聴取場所は、訴訟団体の「太平洋戦争犠牲者遺族会」の事務所で行ない、遺族会側の弁護士をつけることになりました。 

なおこの時、遺族会側の弁護士として現れたのが、政治家になる前の福島瑞穂氏です。 

また日本側の原則は調査そのものにはなく、既に原案が書かれている報告書に沿って、「真摯な姿勢を示すこと」にあったようです。

「日本政府の真相究明に関する真摯(しんし)な姿勢を示すこと、元に寄り添い、その気持ちを深く理解することにその意図があったこともあり、同結果について、事後の裏付け調査や他の証言との比較は行われなかった。聞き取り調査とその直後に発出される河野談話との関係については、聞き取り調査が行われる前から追加調査結果もほぼまとまっており、聞き取り調査終了前に既に談話の原案が作成されていた 

ポイントは、言うまでもなく、聞き取り調査する前から「原案は作成されていた」という部分です。 

この聞き取り内容については報告書は触れられていませんが、これについて報告書は「はじめに」でこうあらかじめ書いています。

「検討チームにおいては、問題の歴史的事実そのものを把握するための調査・検討は行っていない 

そこで、この調査の責任者だった石原信雄元副官房長官の証言を参考にして、その聞き取り結果を見てみましょう。(※石原元官房副長官・国会証言及び産経新聞インタビュー13年10月16日による)http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131016/plc13101610180011-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131016/plc13101608380010-n1.htm 

日本側の要望としては韓国政府に対して、「韓国政府に客観的に過去の事実を話せる人を選んでほしい」、「反日運動をやっていた人や、バイアス(偏り)のかかった人は排除して、真実を語る人を選ぶように要請」しています。

しかしこの希望は無視されて、日本で訴訟した原告が3分の1(5人)含まれています。

・聞き取りした元は16人
氏名すら明確でない者が3人
生年月日が記載されているのは半数の8人
・その生年月日すら、別の調査やインタビューには全く違うことを述べている者もいる。
・朝鮮半島で重視される出身地についても大半の13人が不明・不詳
・ 大阪、熊本、台湾など慰安所がなかった地域で働いたという証言もある。
氏名が確定しない者、出生地があいまいな者がほぼ全員

言うのも愚かですが、これでは調査とはいえません。

特にこのような賠償措置を用意している聞き取りにおいて、当人確認のためのなんらかの書類が必要なことはイロハのイで、聞き取りをした全員があいまいだったというのですから、呆れてしまいます。 

にもかかわらず、日本大使館員たちはなんの文句もいわずに、淡々と「聞き取り」をしていたそうです。 

もちろん氏名、出身地が欠落し、慰安所の場所さえいいかげんな調査などなんの意味もない茶番です。 

このために、後に配布が追跡調査しようと考えても、まったく不可能になってしまいました。 

これは売春婦だったことを知られたくないという羞恥心があったためと推測されますが、このような調査においては個人情報の秘匿は前提です。 

このように聞き取りの結論は既に決まっている、河野談話を出す体裁を整えるためだけの「儀式」(報告書の表現)がこの「真相解明のための調査」だったのです。 

(次回やっと河野談話だぁ!)

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河野談話検討報告書を読むその5 韓国の罠にはまった宮沢政権

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この報告書が出てからというもの、産経を除くマスコミは短く報道するだけで、ほぼ完全にスルーで、セクハラ・ヤジ発言のほうが重要なようです。

この都議会セクハラ・ヤジ騒動に海外特派員協会が食いついたのは、日本が「女性蔑視国家」だという固定観念があるからです。

CNNはこう書きます。

「日本では職場の男女格差は一般的だ」(2014年6月.21日)  

確かに女性が結婚後働きにくい条件があるのは事実で、改善の努力がなされるべきですが、わが国を簡単に女性が蔑視されている社会と決めつけてしまう欧米ジャーナリズムの姿勢にも疑問を持たざるを得ません。

この日本に対するバイアスのかかった見方を決定づけたのが、この韓国が世界に拡散した「従軍」問題であったことは間違いないでしょう。

139149487230173423226_cimg4161(アングレーム漫画祭の韓国政府出展作品より TBS『情報7days ニュースキャスター』2013年2月1日)

さて、今になって悔いても仕方ありませんが、モノには止める潮時というものがあります。

まさにこの日韓交渉において、加藤談話で収拾できなかった1992年7月の時点がそれでした。

加藤官房長官発表の後も、韓国の世論においては問題に対し厳しい見方が消えなかった。かかる状況を受け、内閣外政審議室と外務省の間で、問題に関する今後の措置につき引き続き検討が行われた」

宮沢訪韓時、そして加藤談話と二度目もの正式謝罪をしても、納得せずに持説に固執するのですから、もうこの時点で交渉を打ち切りにしてもなんの差し支えもなかったはずです。

にもかかわらず、優柔不断の宮沢政権は決めきらないまま韓国の主張する最後のレッドラインである「軍による強制」まで認める方向にズルズルと吸い寄せられていきます。

ここで韓国側に政権交替が起きます。1993年2月には今までの軍人政権から、初めての民間大統領としてキム・ヨンサム(金泳三)大統領が誕生します。

新大統領の方針が伝えられます。

「1993年3月13日、2月に就任した金泳三韓国大統領は、問題について、「日本政府に物質的補償を要求しない方針であり、補償は来年から韓国政府の予算で行う。そのようにすることで道徳的優位性をもって新しい日韓関係にアプローチすることができるだろう」と述べた」 

このキム大統領の「道徳的優位」という外交交渉の場には場違いな表現に韓国らしさが滲んでいます。

韓国は自らの解放闘争の結果、戦って独立を得たわけではありません。

金九などによって組織された大韓民国臨時政府は、中国国内を転々としながら、1940年に重慶に落ち着いたものの、実際の抗日戦には無縁でした。 

なお韓国の「建国」は、この大韓民国臨時政府の設立をもってなされたとされています。

しかし「臨時政府」は実体がなく、その軍隊である「韓国光復興軍」は一発の弾も撃たないまま日本の敗戦を迎えています。

それどころか、独立運動のリーダーだった金九は、独立運動内部の抗争で暗殺されてしまっていう有り様です。

連合国、つまりは米国による棚ぼたで転がり込んできた「建国」しか持ち合わせていないのです。

初代の大統領となった李承晩は、ハワイに住んで英語が達者だったために米国の傀儡として見込まれてその座に着いたにすぎません。

例えば同じアジアでも、ベトナムは二度にわたる仏米との激烈な独立戦争を経て独立と統一を勝ち取っています。インドはガンジー、ネルーを生みました。

ですからベトナム人は米国に、インド人は英国に「謝罪と補償」などは要求したことがありません。

一方、韓国は形だけの亡命政府はあったものの実体がなく、連合国には認知すらされていませんでした。

唯一抗日闘争らしきものをしたのがキム・イルソンですから、ここに根深い韓国の北コンプレックスかあります。

韓国の潜在意識に強烈に、日本を裁きたい、日本を罰したいという欲求はこの「建国」コンプレックスから生まれているのです。

したがって、問題は日本に対して「道徳的優位」を誇示できる数少ないテーマでした。

それはさておき、同年3月日韓協議でこのようなやりとりがあります。

「この対処方針の中で日本側は、「真相究明の落とし所として、日本政府として『強制性』に関する一定の認識を示す用意があることを具体的に打診する。また、韓国政府の仲介が得られれば、本件措置のパッケージの一環として元代表(複数可)との面会を実施する用意があることを打診する」としている。
同協議の場において、韓国側は、日本側の認識の示し方について、事実に反する発表はできないであろうが、(例えば、何らかの強制性の認定の前に、「軍は募集に直接関与したことを示す資料は発見されなかったが」等の)複雑な「前置き」は避けるべきと考える旨述べた」

ここで韓国が言っていることは、「軍が強制連行した資料が見つからない」などという言い訳じみた「前置き」は止めて、さっさと「軍の強制性」を認めろということです。

そしてなにより、日本側にとって魅力的に写ったであろう韓国側のオファーは、「補償は韓国側が予算を組んで来年から実施する」ということでした。

これは金銭負担ウンヌンではなく、法的には条約条の処理が終わっている戦後個人補償を求めないという韓国側の態度で、外務省にとっては願ったりだったわけです。

また日本側は、、韓国で最初の民間人政権に替わったという開放感も手伝ってか、「新しい日韓関係」を匂わせたキム・ヨンサム政権に期待度が高かったと思われます。

これを真に受けて一気にこの「軍の強制性」について歩み寄ろうという気運が、宮沢政権内に生れたことは想像に難くないことです。

「同年4月1日の日韓外相会談では、渡辺美智雄外務大臣より、「強制性」問題についてせ全てのケースについて強制的であったということは困難であるれ、「両国民の心に大きなしこりが残らないような形で、日本政府としての認識をいかに示すかぎりぎりの表現の検討を事務方に指示している。認識の示し方について、韓国側と相談したい」等と韓昇洲外務部長官に伝達した」 

この渡辺外務大臣(みんなの党の渡辺前代表の父親)の韓国側への提案は、「しこりが残らないようなぎりぎりの表現」を、韓国側と協議したいということです。

これについての韓国側回答。

は一部のみに強制性があったということでは通らないのではないか、(3)韓国政府としては、日本側と決着を図り、韓国世論を指導するとか押さえ込むということはなし得ない、要は日本政府の姿勢を韓国国民がどう受け取るかにつきる、との見解を述べた」

さて、ここで改めて韓国が認めろと主張する「軍の関与」という概念を押えておきましょう。「軍の関与」は、報告書でこう定義されています。

慰安所の設置、の募集に当たる者の取締り、慰安施設の築造・増強、慰安所の経営・監督、慰安所・の衛生管理、慰安所関係者への身分証明書等の発給等

この定義をみると、日本側の調査では、軍は慰安所の衛生管理や人身売買について監督していたことが分かります。 

いわば、風俗店と監督当局の関係です。

一方、韓国の言い分である「官憲・軍の強制連行」とは、監督当局が自分で風俗店を開くために、婦女子を誘拐した監禁したりした、ということでまったく別次元の概念です。

こんな馬鹿げた韓国側の主張を、宮沢政権はとうとう丸飲みすることになります。 

「『強制性』については、例えば、一部には軍又は政府官憲の関与もあり、『自らの意思に反した形』により従軍とされた事例があることは否定できないとのラインにより、日本政府としての認識を示す用意があることを、韓国政府に打診する』との方針が示されている。また、元の代表者からの事情聴取に関しては、『真相究明の結論および後続措置に関し、韓国側の協力が得られる目途が立った最終的段階で、他の国・地域との関係を考慮しつつ、必要最小限の形でいわば儀式として実施することを検討する』とされている」

ここで日韓外交試合終了のホイッスルが鳴りました。後はアディショナルタイムだけがわずかに残るのみです。

かくして、この日韓合意した「本人の意志に反しての強制があった」という結論に合わせて、「真相解明」の形式作りの「儀式」としての元聞き取りが始まることになります。

                                               (続く)

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河野談話検証報告書を読むその4 もうひとつあった官房長官談話

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河野談話検証報告書を読み続けています。 

ここまで読んで下さった皆さんもいいかげんゲンナリしておられるでしょうか、私もゲンナリしています。ラチがあかない交渉とはまさにこのことです。 

今の韓国政府は、この報告書を読んで、「うるさく日本側が聞いてきたので、何回かしかたなく答えた」などととぼけたことを言っているようですが、冗談じゃない。 

ここまで執拗だと逆に、韓国側はおそらく実態としては日本官憲の「強制」によるものではないことを知っていたのではないかという気さえしてきます。 

というのは、もしほんとうにが日本の軍に連行されて無理矢理ににされたのなら、この日韓交渉の席上でその証拠をとうに提出しているはずだからです。 

日本側はやっていないと言っているにも関わらず、やっていないことを証明するためには悪魔の証明にならざるを得なくなってドツボにはまっています。 

逆に韓国側が日本側に「参ったか、これを見ろ」という証拠をひとつでも出せば、この交渉はその時点でお終いなはずです。 

なぜそうしないのでしょう?ひょっとして、そんな証拠がないのではないかと考えてしまいます。 

実際、の募集は民間の売春斡旋業者(女衒・ぜげん)によってなされていました。しかもその業者の大部分は朝鮮人だったことも韓国側は知っていたはずです。 

また、「官憲の連行」というなら、当時の日本統治下の朝鮮の「官憲」、つまり警察官は朝鮮人が8割以上を占めていました。 

ならば女衒、官憲共には、同族が同族女性を強制連行したことになるわけで、韓国側はこれだけは認めたくないはずです。 

あとは純粋に軍事組織である日本陸軍が、軍事行動としてを徴発したということしか選択肢がありません。実は、これには韓国人は思い至る記憶があるはずです。 

そうです、昨日の記事で触れたように、自分たちが戦後、韓国軍「特殊慰安隊」として、軍組織の中に制度を取り込んでいたという過去があるからです。

いや過去どころか、この交渉時の90年代初期にも軍は相当数残存していたはずです。

「1950年に朝鮮戦争が始まると、韓国軍はを募集し、韓国政府も韓国軍と米軍向けに「特殊隊」を作った」(韓国陸軍「後方戦史」による) 

「旧日本軍のが民営であったのに対し、韓国軍のは軍直営というだけでなく、「特殊慰安隊」として正規の軍組織に組み込まれていた点が大きく異なる」(韓国慶南大学教授・金貴玉による)  

「「1962年の韓国ではアメリカ兵相手のとして2万名以上が登録されていた。韓国政府推算では1万6000名」李娜榮による

「 韓国では旧日本軍問題だけでなく、在韓米軍を相手にした(売春婦)の問題も、在韓米軍問題として社会問題にもなっている。1990年までに韓国における米軍相手の売春婦は25万から30万にのぼった」(崔吉城による)

さて、交渉渉開始時の大統領はノ・テウ(盧泰愚)氏です。 

彼は日本統治下に生まれ、朝鮮戦争の時に士官学校に入学し、以後空輸特戦旅団長・第9師団長まで上り詰めています。生粋の軍人といっていいでしょう。 

彼が韓国軍が大量に軍組織の中に組み込んでいた「特殊慰安隊」を知らないはずがありません 

好意的に見れば、彼らは自国のそれと日本の「従軍」を混同したのでしょう。 

そこで韓国側が言い出したのが、真相究明などそこそこにして、さっさとになったのは自分の意志ではないと認めろ」という飛躍した要求でした。 

交渉が長引けば、日本側は必ず証拠を揃えてきます。ノ・テウ政権の目的は、日本の支援の上積みでした。 

反省の言葉など、宮沢総理訪韓時にたっぷりもらったのだから、後は具体的にいくら金を寄こすのか詰めたかったはずです。

に対してではありません。韓国に対しての援助です。 

もちろん、交渉とは切り離してでしょうが、謝罪の重しが効いているうちに、対韓援助交渉で勝利するのが、当時の韓国政府の戦略だったはずです。 

ところが、鈍い日本側は「証拠がない」とかグズグズ言っていっかな先に進まない、さぞかし韓国側は焦れたことでしょう。 

そこで韓国側は、「強制性」を「自分の意志でなったわけてはない」という別の表現に言い換えてオブラートに包んで日本側に飲ませやすくしました。

報告書はこう書きます。

「(3)最後の段階で、日本政府関係者がの代表と会って話を聞き、また韓国政府の調査結果を参考にして、強制的な要素があったということを何らかの表現にして政府の認識として述べてはどうかと考えているなどの説明を行った。
これに対し、韓国側は、(1)理論的には自由意思で行っても、行ってみたら話が違うということもある、(2)になったのが自分の意志でないことが認められることが重要である等述べた」
 

が自発的になったのではないことを日本側が認めれば、それを強制性があったことを日本側が認めたことにしてやろう、というありがたい申し出です。涙が出ます。 

日本政府は愚かなことにこの韓国の手口にまんまと乗りました。落とし所が見えず、根負けしかかっていた所に救命ボートを投げられたような気分だったのでしょう。(馬鹿だねぇ) 

その結果が、あまり世に知られていない1991年7月6日の加藤紘一官房長官の謝罪談話です。

「『慰安所の設置、の募集に当たる者の取締り、慰安施設の築造・増強、慰安所の経営・監督、慰安所・の衛生管理、慰安所関係者への身分証明書等の発給等につき政府の関与があったこと」を認め、「いわゆる従軍として筆舌に尽くし難い辛苦をなめられた全ての方々に対し、改めて衷心よりおわびと反省の気持ちを申し上げたい』、『このような辛酸をなめられた方々に対し、われわれの気持ちをいかなる形で表すことができるのか、各方面の意見を聞きながら、誠意を持って検討していきたいと考えております』」と発言した。」

これが第1次政府公式の官房長官名の謝罪です。一部慰安所の管理面において強制性があったということを認めています

加藤談話と呼んでもいいでしょう。後に出る有名な河野談話はこの加藤談話の「政府の関与」にもっと踏み込んだ内容であるだけで、基本トーンは同じです。

加藤氏、河野氏、揃って自民党ハト派と呼ばれた人達なのは興味深いことです。

もはや、後は坂を転がるように、韓国側の主張に屈していくだけの道しか残されていませんでした。まさに外交的惨敗です。

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