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2014年7月 8日 (火)

河野談話の流れまとめ

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河野談話検証報告書の流れをダイジェストしておきましょう。 

この河野談話をめぐる長い物語の始まりは、1991年8月11日の朝日新聞植村記事の歴史的大誤報から始まります。

「日中戦争や第二次大戦の際、『女子挺(てい)身隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍」』」(同記事)

これについて韓国政府は、日本政府の正式謝罪を求めます。

「1991年12月以降、韓国側より複数の機会に、問題が宮沢総理訪韓時に懸案化しないよう、日本側において事前に何らかの措置を講じることが望ましいとの考えが伝達された。
また、韓国側は総理訪韓前に日本側が例えば官房長官談話のような形で何らかの立場表明を行うことも一案であるとの認識を示し、日本政府が申し訳なかったという姿勢を示し、これが両国間の摩擦要因とならないように配慮してほしいとして、総理訪韓前の同問題への対応を求めた。」 (報告書 1991年12月)

韓国政府のこの聞問題の認識を煎じ詰めるとこうです。

挺身隊として軍が性奴隷として強制連行したことを日本政府が公認し、謝罪しろ

この短いフレーズの中に3カ所も事実認識の誤りがありますので、簡単にふれておきます。 

まずここで韓国政府が言う「挺身隊」は、1943年に実施された14歳以上25歳未満の女性の工場などへの勤労動員のことですが、これは募集とは無関係です。 

それを混同して韓国政府は使用しています。 

次に「性奴隷」(sex slave)という用語は、当時の韓国政府は使っていませんが、後に韓国政府の正式用語になります。

この「性奴隷」という意味は、韓国人女性が狩りにより強制連行されて性的玩具にされたという意味ですが、実態は賃金が払われて、自由行動が許されていました。 

彼女たちの境涯には深く同情しますが、戦時公娼であって奴隷ではありません。 

この造語を作った人物は、日弁連の人権派弁護士・戸塚悦朗弁護士で、1992年から国連人権委員会に働きかけた結果、同年2月にを「性奴隷」と呼ぶことが、国際社会に定着させました。 

Img13467_140801totuka  (写真 戸塚悦朗氏。この自由報道協会のインタビューの中で「日韓併合は無効」と述べている)http://app.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=79986164&blog_id=610475

三つ目に、「強制連行」の証拠はまったく存在しません。このことは、吉見義明氏なども認めており、論争の決着は国内では既についています。 

さて、この根拠のない韓国側の謝罪要求に対して、日本側は困惑しながらつっぱねようとはせずに、なんとか頭を下げて謝罪してやり過ごそうとします。 

それは、朝日新聞の植村記事に続く第2弾の「関与の証拠見つかる」という記事(1992年1月13日)が宮沢総理訪韓5日前に出たからで、対応をする余裕がなかったからです。 

このことで宮沢総理は当時のノ・テウ(盧泰愚)大統領に20分間で8回というギネス級の謝罪をしてしまいますが、韓国はこれで収まらず、かくして泥沼的謝罪が始まります。 

宮沢総理謝罪後の最初に出たのが、1991年7月6日の加藤紘一官房長官談話です。

「『慰安所の設置、の募集に当たる者の取締り、慰安施設の築造・増強、慰安所の経営・監督、慰安所・の衛生管理、慰安所関係者への身分証明書等の発給等につき政府の関与があったこと」を認め、「いわゆる従軍として筆舌に尽くし難い辛苦をなめられた全ての方々に対し、改めて衷心よりおわびと反省の気持ちを申し上げたい』、『このような辛酸をなめられた方々に対し、われわれの気持ちをいかなる形で表すことができるのか、各方面の意見を聞きながら、誠意を持って検討していきたいと考えております』」と発言した。」
(報告書1991年7月)
 

本心を言えば、中韓に対する熱烈な贖罪意識の持ち主だった宮沢氏や加藤氏にとって、韓国側の要望どおり謝罪したいのは山々だったでしょうか、なにぶん証拠がなにひとつないのです。 

強制連行の証拠がないことは曲げて結論を出せないというが、当時ギリギリで留まっていた日本政府の良心でした。

「日本側は、「強制性」に関し、これまでの国内における調査結果もあり、歴史的事実を曲げた結論を出すことはできないと応答した。また、同協議の結果の報告を受けた石原官房副長官より、全体について「強制性」があったとは絶対に言えないとの発言があった」(報告書 1993年4月)

こごで、韓国は初めての文民大統領に替わり、キム・ヨンサム(金泳三)大統領は、いっさいの報償は求めず「未来的志向」を感じさせるオファーをします。

「1993年3月13日、2月に就任した金泳三韓国大統領は、問題について、「日本政府に物質的補償を要求しない方針であり、補償は来年から韓国政府の予算で行う。そのようにすることで道徳的優位性をもって新しい日韓関係にアプローチすることができるだろう」と述べた」 (報告書1993年3月)

これを真に受けて一気にこの「軍の強制性」について歩み寄ろうという気運が、宮沢政権内に生れました。 

ここで、泣く子と地頭には勝てやせぬとばかりに謝っておけば、韓国も矛を収めて、この不名誉な問題も終了するだろうと甘く考えたのです。

日本人特有の、事件が起きればまず自分が謝る、その後に交渉するがなんとか中間点で落とし所を見つけようとして、妥協に妥協を重ねて、結局言うがままになってしまうという悪い作法です。

この作法は、自分の利害を臆面もなく押し通す韓民族には通用しません。

そこで日韓で談合した「本人の意志に反しての強制があった」という結論に合わせて、「真相解明」の形式作りの「儀式」としての元聞き取りが始まることになります。 

これが、1993年7月26日から30日までの5日間開かれたソウルでの元聞き取りです。 

この報告書が現れるまで、強制連行の証拠、あるいは根拠はソウルにおける聞き取りにあるものだというのが、日本政府の公式見解になっていました。  

「『「強制性』の認識に関し、河野官房長官は同日行われた記者会見に際し、今回の調査結果について、強制連行の事実があったという認識なのかと問われ、「そういう事実があったと。結構です」と述べている。
また、「強制」という言葉がの募集の文脈ではなく慰安所の生活の記述で使われている点につき指摘されると、河野官房長官は「『甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた』というふうに書いてあるんです。意思に反して集められたというのはどういう意味か。お分かりだと思います』と述べた」 (報告書 河野談話記者会見)

ここまで強く河野官房長官(当時)が断言するほど明確な証言かあり、その裏付け調査も政府によってなされていたと解釈されていました。 

ところが現実には聞き取り調査自体は空虚な「儀式」で、やる前から日韓談合があって結論が決まっていたことが、今回の検証報告で明らかにされました。

「日本政府の真相究明に関する真摯(しんし)な姿勢を示すこと、元に寄り添い、その気持ちを深く理解することにその意図があったこともあり、同結果について、事後の裏付け調査や他の証言との比較は行われなかった。
聞き取り調査とその直後に発出される河野談話との関係については、聞き取り調査が行われる前から追加調査結果もほぼまとまっており、聞き取り調査終了前に既に談話の原案が作成されていた」 (報告書 聞き取り前段)

この報告書で河野談話は20年後にしてようやく、その根拠が大きく崩れたことになります。 

また韓国政府は、報告書には聞き取り前のみならず、談話発表前夜まで「強制性」を認めろと介入を続けています。 

例えばこうです。

「本問題を解決させるためには、韓国国民から評価を受け得るものでなければならず、かかる観点から、具体的発表文を一部修正されることを希望する」(報告書1993年7月韓国政府コメント)

さらに河野談話発表前夜まで日韓で文言調整をしています。

「談話の文言の調整は、談話発表の前日となる8月3日までの間、外務省と在日本韓国大使館、在韓国日本大使館と韓国外務部との間で集中的に実施され、遅くとも7月31日には韓国側から最初のコメントがあったことが確認された。」  (報告書)

報告書ではありませんが、韓国大使発言が残っています。

元の名誉回復のために、強制連行だったと日本政府が認めることが第一条件」と牽制(けんせい)したことだろう」(孔魯明駐日韓国大使が直前の7月14日の記者会見) 

この報告書を読むと、河野氏が談話後の会見でこのように自信たっぷりに述べていることが、今や白々しく写ります。

「『強制ということの中には、物理的な強制もあるし、精神的な強制というのもある』、精神的な強制という点では、『官憲側の記録に残るというものではない部分が多い』、『そういうものが有ったかなかったかということも十分調査をし、元従軍から聞いた話や証言集にある証言、元慰安所経営者等側の話も聞いた』とした」(報告書)

なにが「充分な調査をし」でしょうか。

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