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2014年8月

週末写真館 向日葵畑の記憶

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辺野古ジュゴン騒動と問題の本質ずらし

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辺野古の沿岸部でジュゴンがみつかったと、マスコミと反対派がはしゃいでいます。  

やれやれ、そりゃ目を皿のようにしてマスコミが追いかければ見つかるでしょう。 

辺野古漁協の漁師さんは容認派ですが、別に隠すふうもなく「たまにいるのを見たよ」と言っていました。  

営巣はしませんが回遊場所のひとつですから。4年前の調査でも北部海域には3頭ていどが回遊に来るようです。  

4年前の調査によれば、沖縄周辺での藻場は503hから534hあり、そのうち辺野古海域には170hあるとされています。  

ジュゴンの主要な棲息地はオーストラリアであり、約8万頭もの頭数がいるとされており、生態系維持のために年間千頭の狩猟すら認められています。  

今回の埋め立てが環境負荷を与えることは自明ですが、それでも約100頭のジュゴンを充分に養うに足りる藻場は確保されています

ところで、私は沖縄にいた時から沖縄県民の埋め立て好きを眺めていたために、にわかに環境派になったようでやや驚いています。 

「基地は環境破壊」というわけですが、私、こういう反対の仕方って好きじゃないなぁ。

このように問題の焦点を少しずらして、反対しにくいことを前面に掲げるやり方って、どこかで見たような既視感があるやり口だと思っていたら、大誤報問題で朝日が持ち出したいいわけに似ています。 

朝日新聞は、報道の誤りを一部認めた8月1日の紙面で、こういう書き方して大いに顰蹙を買いました。どこの世論調査でも国民の7割以上が不満を示しています。

「戦時中、日本軍兵士らの性の相手を強いられた女性がいた事実を消すことはできません。として自由を奪われ、女性としての尊厳を踏みにじられたことが問題の本質なのです」

ね、朝日は大誤報を知りつつ20年間シラを切ってきたことの責任を認めたくないために、「本質は別の所にある。それは普遍的人権問題なんだぁ。オレたちは基本的には間違っていなかったのだ。だから謝らないゾ」と居直ったわけです。やれやれ。

ま、こう言う言い方が可能ならばこの世に「誤報」という言葉はなくなりますがね(苦笑)。企業が逃げきれずに謝罪すれば、真っ先に叩いたのは他ならぬ朝日さんでしょうが。

この論法の言い出しっぺは河野洋平氏です。

彼は河野談話作成の過程で、一片の「強制性」の証拠もないために、苦し紛れに「自分の意志に反したことは女性の人権を踏みにじった強制性に当たる」という新たな「強制性」の定義を作って、それを日本政府の公式見解にしてしまいました。 
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-e5a8.html

このような「普遍的人権」という黄門様の印籠を持ち出されて、それに反対できる人はそうそうありません。 

「オレは女性の人権なんぞ屁とも思っていないぞ」なんて言えば、その時点でその人の社会的生命はお終いですもんね。 

しかし、しばらくしてアレって思いませんか。

この報道の誤りはそもそも、福島瑞穂さんや吉見義明さん達が、朝日の報道した吉田清治の証言をもとにしてさんざん「日本軍が韓国女性を暴力で拉致してにした」とか、「挺身隊と騙して20万人も連行した」というウソから始まっている話だからです。 

このウソが増幅されて海外流出し、韓国政府と日弁連の手によって国際的な定説となってしまって、いまだ日本は「レイプ国家」として批判されているのは、ご承知のとおりです。

いわゆる「従軍問題」は、福島さんが何も無いところから作り上げた彼女の「作品」だけに、このウソがバレた後もシカとして、「女性の人権を踏みにじったことは強制性だ」という言い方に替えたのです。 

本質のすり替えですね。「軍が連行しにした」というのと、「売春斡旋業者が金を支払ってにした」というのでは、まったく別次元の問題です。 

問題にもし本質があるなら、それは女性が身体を売って金にするしかなかったという当時の貧困です。 

彼女たちは、家族を養うために、弟妹を学校に行かせ三度のご飯を食べさせるために自ら、時には父母から売られたのです。

ものすごくつらかったと思います。 売った親も、売られた娘も身を切られるような思いだったに違いありません。

そこには軍は関係ありません。問題の底に貧しさ存在していたということを認識していけば色々なことが見えて来るはずてす。

このような境遇の女性は当時多数いました。それを豊になった現代の価値観で、「女性の人権を犯した」、ましてや「普遍的な人権の侵害」という言い方をしたところでなにが分かるのでしょうか。 

それではなにもになった女性のつらさを、ちっとも分かったことにはならないし、それを生み出した当時の社会構造についてもなにひとつ知ったことにはならないじゃないですか。

他人事のようににきれいごとを言って、自国の汚辱を批判するだけでは、現実の社会構造に切り込めないのです。

これと同じことが、辺野古の埋め立て問題でもいえます。ここでジュゴンがいるとかいないとかいう環境問題にすり替えてしまって「美しい海を守れ」と言ったところで、普天間問題が解決されるのでしょうか? 

「美しい海を守れ」と言いさえすれば、沖縄人のみならず、誰でも賛成せざるを得ないことを黄門様の印籠みたいにぶら下げられただけですから、それで思考停止になってしまいます。

どうもこういう思考様式というのはリベラルを自称する人達に多いようで、当人達はなにか高尚なことをのたもうているつもりでも、現実にはなにも言ったことにはならないから困ります。

ほんとうに解決されるならジュゴンで騒げばいいでしょう。しかし、この問題の本質が、「普天間からの基地の除去」にある以上、まったく解決にはつながりません。 

かえって複雑にして解決が遠のくばかりです。 ではどう考えたらいいのでしょうか。

ひとつにリスク評価という環境アセスメント(環境影響評価)に使われる考え方があります。

これはリスクと、そのことによって得られる利益を測って、その双方を秤にかけて軽重を考えて、意思決定するという方法を言います。

これは通常このようなプロセスで行なわれます。

①リスク特定・・・リスクの認識
②リスク分析 ・・・ リスクの性格を分析し、その程度を量る
③リスク評価・・・ リスクが受容可能か、受容不可能かを比較して決定する

今回の埋め立ての場合、おそらくこんなことになるでしょう。

①リスク特定・・・ジュゴンの生態にとって、埋め立てが与えるリスク
②リスク分析・・・ジュゴンの本島周辺の生態を調査し、それが今回の埋め立てによってどのていどの影響を受けるのかを量る。
また普天間飛行場が人口密集地にあることのリスクも量る。
リスク評価・・・埋め立てリスクが、そのことにより受ける社会的利益(普天間の危険性の除去)と比較してどちらが重いのか、重要なことなのかを決定する

マスコミや反対派が感情的に騒ぐ「ジュゴンがいた」ということは、あくまでもこの最初の「リス特定」に過ぎません。

今後されることが決定している環境アセスメントによって、どのようなリスク評価を受けるのかを待たねばなりません。

とまれ、反対派の皆さん、素直に「アンポ粉砕・米軍基地撤去」って言ってくれませんか。そのほうが、よほどスッキリする。 

次回、もう一回埋め立て問題をお話します。

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速報 吉田証言政府公表 「逃げてはいないではないか、逃げたんだったら言えと」

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福島第1原発所長だった吉田所長の政府事故調への聴取全文が公表の予定ですが、NHKが入手してこれを報じています。
(※初回アップ時に公表とすべってしまいました。訂正します)

これで産経、共同に次いでNHKの報道3社による検証が揃ったわけで、このクロスチェックにより、朝日新聞の「9割の所員 命令違反で逃亡」という報道が歪曲報道であったことが改めて実証されたことになります。

朝日新聞の「9割が所長命令に違反して逃亡した」という説は、吉田証言の以下の部分のみを前後の状況から切り離してしまいます。

すなわち当時大事故に巻き込まれた福島第1原発職員と下請け作業員700名の置かれた状況です。まとめてみます。

①3月12日、1号機水素爆発
②3月14日、3号機水素爆発
③所員は、海水注入や建屋に突入といった戦いを不眠不休で継続
④構内か高線量になってきたために、放射線遮断機能を持つ重要免震棟に700名全員が退避した
⑤700名のうち9割は、庶務、総務、経理などの事務系で、女性も多く含まれていた。東電職員以外の下請け労働者も多く存在した。

構内に避難場所として唯一放射線を遮断することのできるのは重要免震棟だけでした。ここに全員が避難し、対処作業にあたったのです。

しかし、ここも危険な状況が迫っていました。

①重要免震棟近くの2号機の爆発の予兆があり(※実際数時間後に爆発する)、重要免震棟も決して安全とはいえなくなっていた。
②構内は最大で1万1930マイクロシーベルト/時という高線量になっていた
③700名という大人数が既に震災後5日間も重要免震棟に避難していたために、備蓄の防護服、マスク、食糧、水、トイレなどのライフラインが限界に近づいていた。
 

当時の吉田氏は、福島第1原発所長として2つの責任を抱えていました。

①過酷事故に対応する緊急対処グループの現場責任者
②約700名の女性、事務職、下請けまで含んだ人々の安全管理責任者
 

つまり彼は、おそらく世界中の誰ひとりとして体験したことのない巨大原子力事故の緊急対応指揮を執りながら、一方で700名もの人々の職員・労働者の生命を守っていたのです。

そして、吉田氏は彼と死を共にしてくれる者69名を選び、残りの非運転系の事務職、下請け作業員に退避命令を出します。

福島第2原発への風向きとルートを確認した後に、総務班長に対して事務員、女性の人達約630名に退避命令を下しました。

線量の低い場所を探して退避だ。なければ2F(第2原発)に向かえ。風向きは大丈夫だ」(共同記事)

この中には妊娠していた女性の運転員も含まれていました。彼らは残留を志願した決死隊と泣きながらの別れをして、命令に従って福島第1を後にし、福島第2へと向いました。

また同時に、吉田氏は下請け協力企業に対しても丁寧にこう言っています。

今までの対応、ありがとうございました。もうお帰りいただいて結構です。途中で道路が陥没しているところもあると思います。十分、気を付けて避難してください

このような状況背景から、朝日新聞はただひとことだけを恣意的に切り取ります。

南側でも北側でも、線量が落ち着いているところで一回退避してくれというつもりで言ったんです」
(朝日新聞5月20日)

これだけを読むと確かに朝日のいうとおり「構内避難の命令を下したが、職員は命令違反して逃げた」と受けとれないことはありません。まさに狡猾な歪曲と印象操作です。

朝日新聞はこのような解説の地の文をつけて、1面ぶち抜きの大スクープに仕立て上げます。

「高線量の場所から一時退避し、すぐに現場に戻れる第一原発構内で待機」
「その後異常でないことを確認できたら戻ってきてもらう」ことが吉田所長の「命令」であり、これに背いて福島第二に避難したのは重大な命令違反だと見なしている。」(同記事)
「構内の線量の低いエリアで退避すること。その後異常でないことを確認できたら戻ってきてもらう。」(同上)
 

これに対して今回NHKは改めて、吉田氏の肉声とでもいうべき声を報じています。

これがこの史上最悪の巨大事故に立ち向かって死んだ吉田昌郎という男の遺言です。
(欄外参照)

何をばかなことを騒いでいるんだと、私は一言言いたいんですけれども、逃げてはいないではないか、逃げたんだったら言えと」
現場は逃げたのか、逃げていないだろう。これははっきり言いたいんです。逃げろなんてちっとも言っていないではないか」
「最後の最後、ひどい状況になったら退避しないといけないけれども、注水だとか、最低限の人間は置いておく。私も残るつもりでした。例えば事務屋とか、いろんな方がいらっしゃるわけですから、そういう人は極力、より安全なところに行ってもらうということをしないといけないとは思っていました

もうこれ以上付け加えるべき言葉はありません。朝日新聞、刮目して読みなさい。そして己の所業を恥じるがいい。

ここに至って、もはや朝日新聞は逃げることは不可能になりました。あなた方は、詐欺的方法によって守らねばならない自らの「正義」とやらの価値を疑うことです。

報道も含めて、社長の謝罪会見をすべき時です。

騙した国民と、朝日新聞が汚した700名の現場職員たち、そして誰より国と所員を愛した故吉田昌郎という類稀な人間に対して! 

本日は記事を差し替えて、報道全文を転載いたします。なお読みやすくするために随時改行してあります。

※NHKニュース
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140825/k10014075991000.html:  

※関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-b7c3.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-f908.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-4637.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-ab8a.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-aaf8.html
 
              

朝日新聞5月20日

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吉田元所長の証言記録が明らかに

NHK 8月25日

東京電力福島第一原子力発電所の事故当時、現場で指揮をとっていた吉田昌郎元所長は、過酷な状況のなかで、次々と緊急事態への対応を迫られました。
吉田元所長は、何を考え、どう判断していたのか。
政府の事故調査・検証委員会が聴取した、延べ28時間、400ページに及ぶ証言記録が明らかになりました。

「逃げてはいない」

福島第一原発の事故当初の3月15日、東京電力が現場から撤退しようとしていると一部で指摘されたことについて、吉田元所長は「何をばかなことを騒いでいるんだと、私は一言言いたいんですけれども、逃げてはいないではないか、逃げたんだったら言えと。

現場は逃げたのか、逃げていないだろう。これははっきり言いたいんです。逃げろなんてちっとも言っていないではないか」と述べ、強い不快感を示しています。

そのうえで、吉田元所長は「最後の最後、ひどい状況になったら退避しないといけないけれども、注水だとか、最低限の人間は置いておく。私も残るつもりでした。例えば事務屋とか、いろんな方がいらっしゃるわけですから、そういう人は極力、より安全なところに行ってもらうということをしないといけないとは思っていました」と述べています。

さらに、2号機が危機的な状況にあったことを踏まえ、当時の細野・総理大臣補佐官に電話で「プラントはものすごい危ない状態です、ぎりぎりです、水が入るか入らないか、賭けるしかないですけれども、やります。

ただ、関係ない人は退避させる必要があると私は考えています、今、そういう準備もしています」と伝えたと述べています。
また「ことばづかいとして『撤退』という言葉は使ったか」という質問に対し、「使いません、『
撤退』なんて」と答えています。

「指示で混乱」

吉田元所長は、総理大臣官邸や東京電力本店などからの直接の指示で、事故対応の現場が混乱した様子も証言しています。

吉田元所長はまず、総理大臣官邸と直接やりとりをすることになったことについて、「何で官邸なんだというのがまず最初です。本店の本部は何をしているんだ。それから、保安院さんももちろんですけれども、そちら側でしょうという感じだった。ずっとおかしいと思っていました」と述べ、官邸との対応は東京電力の本店が行うべきだったという認識を示しています。

また、3月14日、2号機が危機的な状況に陥り、原子炉を冷やすための方法を検討していた際、当時の原子力安全委員会の班目春樹委員長から電話があったことを明かしたうえで、「早く開放しろと、減圧して注水しろと。四の五の言わずに減圧、注水しろということがあって、清水(社長)が班目委員長の言うとおりにしろとか、わめいていました。現場も分からないのによく言うな、と思いながらいました」と述べています。

 

そのうえで「私だって、早く水を入れたくてしょうがない。そう思っているんですよ。だけれども、手順ってものがありますから、現場ではできる限りのことをやって、あとがスムーズに行くようにと思っているんですけれども、なかなかそれが通じないんですね。『ちゅうちょ』していると思われているんです。何もちゅうちょなどはしていないです」と述べ、東京から相次いで出される指示に困惑した心境を明かしています。

「後方支援体制」

吉田元所長は、原発事故対応に必要な資材や物資の輸送など、後方支援体制を巡る問題点についても指摘しています。

吉田元所長は、福島第一原発の事故で外部電源が失われたあと、東京電力本店から送られてきたバッテリーについて、「本店の方では種類は違うかも分からないけれども、手当たり次第、集めたものを送ってくるということになったんですね。困るのは、こっちがいちいち仕様を確認しに行かないといけない。それから、小名浜にある私どもの基地に1回送って、そこからうちに持ってくるのに、線量が上がっているので持ってこられない」と述べて、放射線量が高くなった福島第一原発に直接、運び込むことができなかったと指摘しています。

そのうえで「輸送手段だとか、そこまで考えてくれないで、物だけここに持ってこられても困ってしまう。それから、いろんなものを送ってくるものですから、使えるか、使えないか、仕分けをしないといけない。非常にまいったなと思ったのはそこですね。物を取りに行くのに、うちの人間を出さなければいけない。忙しいときにやめてくれよと、ジャスト合うものをここまで持ってきてよというのが、私どもの強い要望だったんです」と述べて、混乱する現場に物資を支援する際には、輸送手段の確保や仕様の確認をしておくことが重要だという認識を示しています。

「汚染水の処理は」

福島第一原発の廃炉作業で深刻な問題になっている汚染水について、吉田元所長が、早い段階で危機感を抱いていたことも分かります。

吉田元所長は、事故から16日後の3月27日に、当時の海江田・経済産業大臣や細野・総理大臣補佐官などと会談したことを明かしたうえで、「これから水の処理が最も重要だと、これをしっかりやらなければプラントは安定化できないと明確に伝えました」と述べています。

さらに、吉田元所長は「高濃度汚染水の水位がこれからどんどん上がっていって、それをそのまま流し続けるのかと、そう思いました。そこの悩みが、保安院や本店のメンバーに共有されていないことが、非常に腹立たしく思いました。

原子炉に水を入れ続けているわけですから、それがどこかから出てくるので、それを処理しなければならないのは当然であるのに、そういったいらだちがずっとありました。流出を止めろと言われていたわけですが、水の処理をどうするか、どこに貯めるか、そういう提案が一切ないにも関わらず、現場として頑張れと言われていたわけです」と述べ、増え続ける汚染水への危機感を、政府や東京電力と共有できず、悩んでいたことを明らかにしています。

「責任者としての覚悟や思い」

吉田元所長は、原発事故対応の指揮を執った、現場責任者としての覚悟や思いも証言しています。
聞き取りの記録によりますと、3月14日、3号機の格納容器内部で圧力が高まり、吉田元所長はいったん退避命令を出しましたが、それを解除して作業を再開した直後、3号機が水素爆発しました。

このときのことについて、吉田元所長は「最初、現場から上がってきたのは、40何人行方不明という話が入ってきた。爆発直後、最初の報告ですけれども、私、そのとき死のうと思いました。それが本当で、40何人亡くなっているんだとすると、そこで腹切ろうと思っていました」と述べています。

この爆発でけが人は出たものの、亡くなった人はいなかったことについて、吉田元所長は「胸をなで下ろしておりますが、これも不幸中の幸いです。がれきが吹っ飛んでくるなかで、現場にいて1人も死んでいない。私は仏様のおかげとしか思えないんです」と振り返っています。吉田元所長は、平成19年4月から3年間、東京電力本店で原発の安全対策などを担当する原子力設備管理部の部長を務めました。
吉田元所長は、部長就任から3か月後に発生した新潟県中越沖地震に触れ、「想定を上回るような地震が来る可能性は、オールジャパンどこでも、もう一度見直さないといけない」、「地震・津波については、ものすごい大きな関心事だった」と述べ、地震・津波対策に重点を置き、福島第一原発と第二原発への津波の影響評価を土木学会に依頼したことを明らかにしています。

また、事故翌日の3月12日、吉田元所長は、避難を余儀なくされた地元の住民への対応を進めるよう、テレビ会議の席で東京電力本店に求めていて、その際の心境について「避難されている方の不平不満というか、全然状況が分からないと言っていますよ、という話があったんで、これはいかんなと思って」と述べています。

さらに、「官庁だとか、連絡だとか、それでこんなになっている状態で、とても出て行って地域住民に説明するような状況にないということがあって、これは発電所でできないから誰かにやってもらうしかないんで、そこは本店頼みますよと、そういうことをお願いしている」と話し、事故対応の現場ではとても地元の人たちへの対応はできず、東京電力本店にしっかり対応してほしかったと述べています。

地震・津波想定

これについて、吉田元所長は「10(メートル)だと言われれば10でもいいし、13なら13でもいいんですけれども、こういう津波が来るよという具体的なモデルと波の形をもらえなければ、何の設計もできないわけです」「そこを決めてもらうために、土木学会をお願いしているんであって、土木学会がこうだとおっしゃるんだったら、例えば15メートルと言われれば、至急それに対応した対策を、当然うちはするということは間違いなくそう思っていました」と述べ、しかるべき根拠が示されれば、津波への対策を取っていたはずだという考えを示しています。

一方、政府の事故調査・検証委員会によりますと、東京電力は、平成20年に明治三陸地震と同様の規模の地震が福島県沖で発生したと想定すると、福島第一原発周辺では津波の高さが最大10メートルを超えるとする試算をまとめました。

この結果は、当時の東京電力の副社長と吉田元所長に伝えられましたが、根拠が十分でない仮定の試算だとして、実際にはこうした津波は来ないと考え、津波の想定や具体的な対策の見直しにはつながらなかったということです。

こうしたいきさつについて、吉田元所長は「福島県沖の波源というのは、今までもなかったですから、そこをいきなり考慮してやるということは、仮想的にはできますけれども、原子力ですから費用対効果もあります。お金を投資するときに、根拠となるものがないですね。何の根拠もないことで対策はできません」と述べ、具体的な根拠が示されないなか、巨額の費用がかかる津波対策をとることはできなかったと釈明しています。

そのうえで、「貞観津波を起こした地震のマグニチュードよりももっと大きなものが来たわけですから、マグニチュード9が来た。日本の地震学者、津波学者の誰が、あそこにマグニチュード9が来ると言うことを事前に言っていたんですか。貞観津波を考えた先生たちも、マグニチュード9は考えていないです。それを言い始めると、結果論の話になりますと言いたいです」と述べ、津波対策が十分でなかったと、原発事故のあとになって批判されることへの不満を漏らしています。

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アジア・太平洋地域の流れに背を向ける沖縄反戦運動 

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ありがたいお言葉に感謝します。ほんとうに励まされます。 

毎日書いていると、時折なんのために書いているのかわからなくなるときがあります。 

特に先だってのコメント氏のように、どうしてこう解釈できてしまうのかと思うようなことを嘲笑的に言われると、まったくがっくりきます。 

そのような時に杖のように立ち上がる気力を頂くのは、皆様の温かいコメントです。 

さて、今回のテーマは、沖縄の位置をアジア・太平洋地域の拡がりの中で見ることです。 

ヨーロッパ地域の安定は、NATOという集団安保体制によって守られています。加盟国一国への侵略を他の諸国もまた同時に侵略と捉えるシステムによって、地域の安定が維持されています。

逆に加盟国一国の侵略は、他の国によって制裁を受けるという逆の関係も定められています。 

NATOでは同盟国が主体で地域安全保障を担うことができますが、残念ながらアジアは発展途上国と新興国が過半を占めるために米国が中心にならないと出来ません。 

将来的にはASEANフォーラムが進化して、日本やオーストラリアまで含んで米国とリンクするようなシステムに発展していくのでしょうが、まだ先の話です。

なにせ米国に並ぶ国力を持つわが国ですら、たかだか集団的自衛権という国の自然権に属するものすら、あの大騒ぎですから。 

誤解されているようですか、在日米軍は日本のためだけに配備されているわけではありません。 

アジア・太平洋地域の諸国民のためにも配備されています。特に沖縄はその地政学的位置のためにその中心に位置しています。 

下の地図を見て下さい。MV-22オスプレイの行動半径を描いたものです。 

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これを見れば、オスプレイが、よく言われるような尖閣、台湾有事、朝鮮有事だけてはなく、広くスプラトリー諸島を含む南沙諸島や、西沙諸島までカバーしているのがわかるでしょう。 

つまり沖縄は、台湾のみならず防衛力の貧弱なフィリピンやベトナムまで含めたトータルなアジア・太平洋地域の安全保障の拠点なのです。

この対象国は、いうまでもなく軍拡と膨張を続ける中国です。

ヒラリー・クリントンは国務長官時代にASEANの会議に出席した時に、このようなシーンを目撃したことを回想録に書いているそうです。

中国の楊潔篪外相は領土問題が取り上げられると、アジア諸国の代表をゆっくりと見まわたしながら、傲然とこういい放ったそうです。

中国は大国である

このことをまったく理解しなかった男がこともあろうに、国防長官の椅子に座っていたことがあります。それがドナルド・ラムズフェルドです。 

ラムズフェルドはイラク戦争に暴走したあげく米国を戦争の泥沼にと追い込み、その反動で海外基地の縮小・米本土回帰に走ろうとしました。  

その先にあるのは、米国が現に果たしている各地域への安全保障インフラの責任をを放棄しかねない危険なものでした。米国一国孤立主義までもう一息だったかもしれません。 

ともすれば関与を薄めて、かつてのモンロー主義的国家に回帰しようとする米国をなんとかしてアジアに繋ぎ止めて置きたいとする、それがアジアの流れなのです。 

オーストラリアは海兵隊駐留を望み、 華僑が作った都市国家である シンガポールも米海軍の寄港を要請し、フィリピンは再び米軍に戻ってきてくれることを請い願い、ベトナムという旧敵までが米軍と協力関係を作ろうとしています。  

このように程度の差こそあれ、アジア太平洋地域では多くの国が米国と同盟・パートナー関係を結ぶとともに、多国間協議制度に加わることを安全保障の基本政策としています。  

この数年、このような米国の軍事的優越性を前提に、2国間同盟や多国間協議制度などからなる多層的な安全保障の枠組みを、「アーキテクチャ」(建築構造)という概念で表現しています。  

あるいは、地域安全保障体制のインフラと呼ぶ場合もあります。それを現す言葉をご紹介しましょう。

「現在のところ、アメリカがもたらすものが我々にはベストだろう。中国はアメリカほど温和でないと見ている。(中略)アメリカは覇権国だが穏健な覇権国だ。私はアメリカとなんとか上手くやっていける。いまある覇権国がそのままあればよいではないか
(リー・クアンユー「未来への提言」)

これはその優れた知性と胆力に裏打ちされたタフネゴシエーターぶりを、各国の政治指導者からマスターと仰がれているシンガポールのリー・クアンユー元首相の発言です。  

これを以下の台湾の発言と並べてみるとまったく同一の文脈だとわかるはずです。昨日も紹介した台湾・淡江大学国際事務・戦略研究所の王高成教授の発言です。

日米安保条約は冷戦終結後、アジア太平洋の安全を守る条約となった。条約の継続的な存在は台湾の安全にとって肯定的なものだ、と指摘する」

日米同盟も、その他の2国間同盟や多国間協議制度と密接に連関することで、アジア太平洋地域における安全保障アーキテクチャの構成要素として中軸的地位を占めています。 

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 (写真 「新基地反対」を叫ぶ福島瑞穂氏。、原発、辺野古、どの分野でも言っていることは電波系一色だが、同調する人がどの分野でも金太飴なために治癒しない)  

ところでアジア・太平洋地域の国々が「米国よ行くな」と叫んでいる時に、唯一米軍に退去を請願する国境地域の首長がいました。それがわが国の沖縄県知事です。 

いかに他のアジア・太平洋諸国の現状認識とズレまくっているかよくわかるでしょう。 

アジア地域で反米闘争をして米軍を叩き出す運動をしているのは、私が知る限り唯一沖縄の反戦・反基地勢力だけです。  

そのズレの原因は、沖縄の反基地勢力が、米軍の存在を本土政府と沖縄との狭い眼鏡からしか見ていないことにあります。  

常に、沖縄県の不平等を叫び(それは一定事実ですが)、基地がない沖縄を叫ぶ相手は常に本土政府です。  

本土政府だけしか彼らの視野にはありません。本土政府を責めれば、沖縄の米軍がいなくなるような安易な錯覚にとらわれています。 

言い募られた本土政府も、日本だけで決められる話じゃないよという類の話なので、なんとかなだめようと復帰から累積10兆円の振興予算を配り続けてきました。 

それが沖縄社会・経済に著しい歪みを与えたことは今まで見てきました。  

もっと大きな視野でアジア・太平洋地域を見ようとしないために、常に米軍が沖縄にいる必要などないと主張し続けて、とうとう「米軍はグアムに出て行くんだ」などというあらぬファンタジーが再生産され続けられるというわけです。 

もう少し冷静にアジア・太平洋を見れば、そんな条件など皆無な厳しい状況のが分るはずなのに、自分たちが作り出したイリージョンに酔っています。 

なぜ、沖縄の基地負担が隣国の台湾、そしてベトナム、フィリピン、オーストラリアなどのアジア・太平洋諸国の人々ための負担だと考えられないのでしょうか 

そのように考えることができれば本土-沖縄の古いしがらみから少しは楽になれるはずなのに、と私は思います。  

                                   (この項やっと終わり)

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ラムズフェルド政策からオバマ・アジア・リバランス政策への転換

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※前回の続きです。われながらあんまり読まれないだろうなと(涙)。 

では、今の大統領のオバマはラムズフェルドの戦略を、どのように変化させてきたのでしょうか。

オバマの国際戦略には2つ柱があります。

ひとつは米軍2010 年の「4年毎の国防計画見直し」(QDR)で初めて登場し「エアシーバトル」戦略で、いまひとつは翌年の11年に発表された「アジア・リバランス政策」です。  

これは事実上ドナルド・ラムズフェルドがしようとした、グアム集中・米本土回帰政策といった米軍再編を根本的に見直して、米国の影響力が希薄になりつつあったアジア・太平洋地域のパワーバランスをリバランス(再均衡)させる戦略です。

かつてのラムズフェルド戦略が海外基地からの撤収だったのと対照的に、オバマ戦略は前方展開基地、つまり沖縄基地などを重視し、そこに海兵隊の緊急展開部隊を置いて、空軍海軍(エアシーバトル)との密接な協力で事態に対処しようとしました。 

オバマ自身は、中国に対して、民主党リベラルらしい妙な幻想があり、経済が発展すれば民主主義社会に脱皮していくだろうという甘い考えの持ち主だったようです。

その延長には、ブレジンスキーが提唱したG2(2大国支配)路線が待ちかまえていたわけですが、それに至る前に中国が南沙諸島でベトナム、フィリピンと衝突し、同時に尖閣上空に防空識別圏設定したあげくはロシアと準同盟関係まで結ぶに至って頓挫しました。

その結果、オバマ政権が当初から掲げていたにも関わらずお蔵入りしていた観のある「アジア・リバランス政策」が再び日の目を見ることになったわけです。

「アジア・リバランス政策」は、たラムズフェルド政策が、世界における米国の安全保障上の責任を放擲しかねない危うさがあったのに対して、中国の軍事的・政治的な台頭に対応して、米国が日本、ASEAN、オーストラリアなどと連携を強化し、アジアの経済構造・安全保障構造を安定させていくことを目的としています。 

この具体的な一歩として、オバマは来日後の4月23日から29日までアジア歴訪し、それを国際社会に宣言しました。(韓国だけではテーマとはなんの関係もない従軍について執拗に絡まれましたが)  

この「アジア・リバランス政策」の具体的な戦略上の最大拠点が沖縄であることは自明です。 

このことに限らず沖縄反基地勢力は、「沖縄に米軍が即応基地を置いているということの政治的意味」自体がよく理解できていないようです。

たとえば、現実に尖閣に中国軍が侵攻しても、米国は自衛隊を支援するかどうかは微妙です。 

しかし中国側からみれば、沖縄に海兵隊基地がある以上、「米軍が介入する可能性を排除できない」ということになります。 

これだけで充分に「抑止力」になります。日本としては「尖閣は安保の適用範囲だ」と大統領に言わせたということだけで充分なのです。 (もちろん中長期的には違いますが) 

だからコメント氏の言うように、「たかだか海兵隊3千人」だろうとローテーションでアフガンに行こうとどうしようと、沖縄に即応部隊の出撃拠点があれはそれでいいと割り切っていられるのです。 

だからこそ、ラムズフェルドが「沖縄から海兵隊航空部隊の一部を移す」と言ったら、これは誤った外交的シグナルを発信してしまいうことになるのです。 

それは、「米国は、東シナ海や台湾有事に関して無関心であり、介入する気はない」と米政府が公言していることと同じになってしまうからです。  

実際、台湾はこのラムズフェルド発言に敏感に反応しました。コメント氏は知らないようですが、台湾は直ちに北京を標的とするミサイル開発を発表して牽制し始めたのです。 

これは、中国から攻撃を受けたら、北京や上海をミサイル攻撃で反撃するぞというアピールです。  

下の記事を読めば、たかだか海兵隊なんていえないでしょう。台湾は馬政権のよう親中派政権でも、日米安保が地域安定のインフラだと言っているのです。 

台湾は日米同盟を自らの安全保障の重要な柱として認識していることはこの記事からも伺えます。

「馬政権は当初、中国の首都・北京を射程圏とするミサイル開発で中国を刺激することは避けたい考えだった。また、開発停止の背景には沖縄海兵隊を含む在日米軍の「抑止力」があった。安全保障の問題を専門とする台湾の淡江大学国際事務・戦略研究所の王高成教授は「日米安保条約は冷戦終結後、アジア太平洋の安全を守る条約となった。条約の継続的な存在は台湾の安全にとって肯定的なものだ、と指摘する」
(毎日新聞 2010年4月25日) 

ラムズフェルド発言が今のような中国が東シナ海のみならず南沙諸島まで広く軍事的脅威を与えている状況ならば、もっとアジア全域に影響は波及したことでしょう。  

このように沖縄の海兵隊と航空基地のもっている「政治的意味」は、米国のアジアの政治軍事的プレゼンス(存在感)そのものなのです。  

グアムというはるか1000キロの太平洋の真ん中まで後退してしまえば、その政治的信号は「米国はアジアに関知しない」という意思表示をしたことになります 

このような誤った外交シグナルを送れば゛それに乗じて勢力圏拡大をしてくるのが中国です。 

ですから日米両政府はそのような「誤解」を与えてはならないと、ラムズフェルド発言を即刻否定し、解任したのです。 (※解任理由は複数あります。直接には米軍の捕虜に対する拷問の発覚です)

これが沖タイ記事でジョーンズ氏が言うところの「政治的理由」なのです。 

「政治的理由」というと、よく「大物代議士が暗躍して利権ウンヌン」という泥臭い話ばかり想像しがちですが、こういう国際的な「政治的理由」もあるのです。 

ただし普天間移設に関しては、小川和久氏が「普天間問題」で述べているように本土政治家と、沖縄政財界との複雑な駆け引きがあったのは事実です。 

しかし、当時はようやく日米当局者たちの努力の結果、名護市が容認になった時期でした。 

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このようなデリケートな時期に死に体同然の「脳味噌の足りない戦争屋」にチャブ台返しをされてははたまらない、そう日米当局者は考えたことでしょう。

ブッシュと二人三脚をしていた馬鹿コンビの片割れにふさわしい台詞でした。それゆえにあの発言が原因かどうかは定かではありませんが、失脚するハメになったのです。 

それがラムズフェルド発言の即時否定とそれに続く解任です。これが沖縄タイムスがなにか秘密めかして書く「政治的意味」です。 

                                         (この項まだ続く)

お断り。

※「琉太」という人物がまったくルールを守りません。管理人として、私の記事の終了後に書き込みを認めるつもりでしたが、またもや無内容な超長文をダラダラと投稿してきています。
そしてあいも変わらぬ鼻持ちならない背伸びした態度が鼻につきます。ボクチャンのほうが頭いいだもんねといいたいようです。大いに笑いました。

まともに議論をするのではなく、相手のあら探しばかりやるタイプです。よく大学の左翼活動家にいる類型で、建設的議論ができません。討論とは相手を大きな声で言い負かすことていどにしか考えていないのです。

このテの極左活動家は私が学生だった70年安保の頃は掃いて捨てるほどいました。まったくうんざりです。

内容的には、まじめに討論する気はなく、いかに私の揚げ足をとって「勝つ」かということにのみ集中しています。ですから私が紹介した米国高官が某氏の論文に出ていて、その某氏が親米だからどうたらこうたらと意味のないことを書き込んでいます。頭大丈夫でしょうか。

私が論じているのは、親米だろうと反米だろうと関係ありません。その時期の米国がいかなる外交的転換をしたのかだからです。
私はこのような人との論争として書いているのではなく、大きなアジア・太平洋地域の安全保障の大状況をみています。
したがって、二度にわたって警告を無視した「琉太」と称す人物をアクセス禁止にします。二度と来ないで下さい。

                                            管理人

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ラムズフェルド「了解」が否定された「政治的理由」とは

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琉太さんのコメントにお答えしましょう。彼は、「ラムズフェルドがグアムに沖縄海兵隊を一部引き上げる了解をしたのに、日本政府が反対して潰した」という主旨を中心にコメントを入れています。(欄外参照) 

彼のコメントに逐条反論してもつまらないので、もっと大枠の話をしたいと思います。

さて、グアム撤収というのは、沖縄の反基地運動家の皆さんがよほど好きな話題だと見えてなんどとなく登場します。 

一回目は前にも取り上げた伊波前宜野湾市長の流した説で、これに当時閣僚だった(!)福島瑞穂大臣などが「閣議で取り上げます」とまで言った事件です。外務、防衛両大臣に否定されて自然消滅しました。

次が、今回の沖縄タイムス5月24日のラムズフェルド発言で、この発言は10年以上前の発言である上に、以下のソースの沖タイ記事あるように日米両政府に即座に否定されています。 

「長官も了解したが、日両政府が受け入れなかったと語り、「政治の問題だった」との見解を示した」

日本政府に否定されるならともかく、自国政府にも否定されてしまっているのですから、今さら大騒ぎするほうがヘンです。 

琉太さんはご都合主義的に、「なぜ日本政府が拒否したのか」ということばかり言いますが、米国政府にも拒否されたわけなのはなぜなのでしょう? 

今日はここをじっくり考えてみましょう。それが分ればラムズフェルド発言が、日米両政府にとってなぜ許容しがたい発言だったのかわかるはずです。 

当時の米国はブッシュ-ラムズフェルド国防長官に指導されるた中東介入政策により、泥沼のようなイラク・アフガン戦争に首まで漬かって、財政出血が止まらない状態になりかかっていました。 

単に財政の巨額を赤字だけではなく、イラクだけで4000名もの米国の青年の血を吸っています。 

つまり「強い米国」という幻想に酔って対テロ戦争を開始したあげく、財政赤字で軍備は縮小せねばならず、あまりにも多くの無為な犠牲者が積み上がったために悲鳴を上げたということです。

沖タイはラムズフェルドが「世界でいちばん危険な飛行場だ」と言って以来、妙に彼を「平和政治家」みたいに持ち上げているようですが、見事米国では「脳味噌の足りない戦争政治屋」の殿堂入を果たしています。  

そしてラムズフェルドはこのイラク戦争の泥沼化に懲りて、その反動で逆方向に走り始めました。それが琉太さんが言う米軍再編です。 

前方展開しておく部隊は小規模であって充分、代わってグアム島を米国のアジア・太平洋地域における米国の軍事戦略として位置づけ、大部分の海外基地を閉鎖しようとしたのです。 

ラムズフェルドには元々、中東重視、アジア軽視の傾向が濃厚で、中国の脅威を過小評価していました。 

沖縄米軍の一部グアム引き揚げの兵力再編計画も、ラムズフェルドが訪日した際、沖縄県知事から「米軍は県民の負担だ」と陳情されて、「負担というならば出て行く」と言ったのが端緒です。 

ラムズフェルドの考え方は、「常駐なき日米安保」に繋がりかねないもので、日米両政府全体の考えとは大きく異なっていました

実はこの2004年の在外基地閉鎖、グアム集中・米本土回帰というラムズフェルド路線は米国内で強い反対の声があがっていました。

ペンタゴンの元政策担当国防次官のミシェル・フロノイはForeign Affairs(2012年7・8月号)でこのような要旨の論文を発表しています。

なおフロノイは民主党系の戦略研究家で、ヒラリー・クリントン国務長官に影響を与えているとみなされる人物です。

①ラムズフェルドの2004年の世界戦略の目的は海外基地閉鎖し、数十億ドルを節約すると主張するが、それは誤りであり、軍隊はどこに置いても経費のかかるものであり、むしろ独、日、韓などの政府は経費を分担してくれている。

②対照的的にオバマの戦略は前方展開の米軍をより効率的・効果的にすることであり、前方展開基地を重視していることは評価できる。

③米軍の前方展開は、米国の力を最も発揮させるとともに、同盟国に防衛負担の増大を削減するものである。

前方展開の米軍は、同盟国に対して、その地域を見捨てないという米国のコミットメントを保証するものであり、パートナーと共同訓練、共同作戦をすることによって、バードン・シェアリング(平等の役割分担)を実行するものである。

⑤戦略的前方展開は重要で必要であり、大統領はラムズフェルドの安易な引き揚げ論に対抗して、米国の世界的指導力を維持しなければならない。 

このこともあって、ラムズフェルドはシンセキ統合参謀本部議長の更迭による米軍内からの強い反発、パウエル国務長官との軋轢などをきっかけにして失脚します。

というわけで、 先に述べたようにラムズフェルドの評価は米国ではリベラルと保守の双方から最悪に近いものです。

これが沖タイ記事の時代背景で、記事にはその年代は書かれていませんが、ジョーンズ元海兵隊司令官の任期が2003年までだとすると、あるいはそのあたりでの了解事項があったのかもしれません。 

いずれにしても、琉太さんがしたり顔で言う米軍再編もこの時期のもので、それはラムズフェルド在任中の10年ほど前の米国の考え方で、すでに転換しています。(コメント太字部分参照) 

どうしてこう都合のいい部分だけ抜き出してくるのかしら。本気で沖縄の運動家たちがそう分析しているなら、その後のラムズフェルド失脚以降にいかなる転換をしたのかをまったく知らなことになります。

逆に、この県知事選を前にしたこの時期に、「反対運動機関紙」の沖タイが、スクープめかしてこんな古証文を取り出してきたのか、そのほうがよっぽど「政治的理由」なんじゃないでしょうか(苦笑)。

いずれにせよ、この反対運動の都合いいように「見たいように見る」という度し難い恣意性が抜けない限り、彼らはいつまでも幻想に踊らされ続けることでしょう。 


                                          (この項続く)

          :;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+ 

琉太さんコメント  
1「以下にあるように、辺野古移設を伴わない選択はありえましたが、森本元防衛大臣も退任時に語ったように「政治的な問題」で移設先を辺野古とすることへと回帰したわけです。
こういった事実を考慮せず、自身の願望に添った都合の良い解釈によって『そんな「県外」はどこにもありません。』と主張されるのはいかがなものかと思いますよ。

過去のエントリーも拝見させてもらいましたが、多くの誤解や、また偏見らしきものに支えられた見解が見受けられますね。沖縄滞在時に何があったかは分かりませんが、もう少し公正な観点で主張されたほうがよろしいのでは?」
添付 沖

2「2000年代初頭のことですし、そもそも安全保障・軍事政策は国際政治状況に応じて勘案されるので、中東重視なのは当然ですよね。ですが要点は中東重視だったか或いは東アジア重視ということではありません(それを言うなら中東重視だったのに、なぜ2000年代初頭に日本政府は拒否したかということをなぜあなた方は考えないのでしょうか)。
「このプランを実行すると、中台間の緊張が増す」と言っていますが、海兵隊ですよ?笑
海兵隊が対中戦争にどういった働きをするかご存じないのでは?
仮に対中戦争において海兵隊が機能するにしても沖縄駐留する合理性はありません。米軍再編によって沖縄には司令部とMEU規模の海兵隊が残ることが予定されていますよね。いざ、中国と本格的な戦争へ応じるときにはオーストラリアやグアムへと移転した海兵隊員が結集するで対処します。つまり、平時において災害救助支援等を責務とするMEUが常駐することで中国に対する抑止力は機能するというのは、欺瞞か或いは現実を理解していない人たちでしょうね。

あと、尖閣のことも触れていますが、沖縄に海兵隊が常駐する理由として朝鮮有事、台湾有事、今度は尖閣問題ですか?笑  
(ローテンション移動があるので)たかだか平時3000人規模の海兵隊員と、そして現に有事に至ったとき日米安保によって共同防衛が発動されるかどうかといった点で多くの識者が疑念を呈している中、なぜ沖縄に常駐する理由があると思われますか?
そのことこそよく考えて欲しいですね。」
 

■普天間グアム案 長官了承も日米政府拒む
沖縄タイムス 14年5月24日
  

ワシントン22日=伊集竜太郎】1999~2003年まで米海兵隊総司令官を務め、米軍再編協議にも関わったジェームズ・ジョーンズ氏は22日、在任当時、普天間飛行場の名護市辺野古移設について異論を唱え、ラムズフェルド国防長官に、辺野古移設を伴わないグアムの空軍基地の活用を提言したと明らかにした。長官は「それは可能だ」と受け入れたという。ヘリ部隊の嘉手納統合も提案し、長官も了解したが、日米両政府が受け入れなかったと語り、「政治の問題だった」との見解を示した。   オーストラリアやグアムに分散するという点では受け入れられたとも述べた。   同日、ワシントン内のホテルであった稲嶺進市長との会談で明らかにした。   

 ジョーンズ氏は、オバマ政権の安全保障担当の大統領補佐官も務めた。1960年代後半や72年の本土復帰後に、沖縄に駐留経験がある。 稲嶺市長との会談の中で、ジョーンズ氏は「海兵隊は、陸上と航空部隊が一体となったチーム。その分散が米側でも論点になった」と説明。ヘリ部隊だけ他基地に移転することに対し反対する声もあったと述べた。 「普天間は長期駐留すべき基地ではない。基地周辺の人口を考えても無理な基地だ」とも指摘。沖縄住民への基地からの圧力を減らすべきだとして、空軍基地の活用などを訴えたという。政府に受け入れられなかったことを「非常に残念だった」と話した。  

 辺野古移設については「非常に高くつくし、環境破壊も大きい。もっと他のやり方があったと思う」と述べた。一方、グアムやハワイ、オーストラリアに部隊などを移転することで在沖駐留米兵は削減されるとし「移設地は長い時間をかけて決められたことだ」と述べ、現時点で計画変更は厳しいとの見方を示した。   

 稲嶺市長は移設反対を訴え、市長選で2度当選したことや多くの県民が移設反対だと強調。「米国では知事の埋め立て承認で、移設が前進と受け止められているが何も状況は変わっていない」と訴えた。 
 ジョーンズ氏は「市長の話は、海兵隊のトップに提言したい」と答えた。 

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週末写真館 朝もやの川面

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福島で甲状腺異常は増えていない

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こんなコメントをもらっています。

「また、福島で甲状腺のガン患者が発生したのも増えたのも事実ですよ。事実は客観的な数値によって既に示されているのに、それを事実として認めないのは変だと思うのは、自分だけでしょうか‥?」(SSさん)

このコメントに添付されていた日経の記事はこんなものです。

「東京電力福島第1原子力発電所事故の発生当時に18歳以下だった福島県民約37万人を対象に同県が続けている甲状腺検査が4月から2巡目に入った。これまで50人にがんが見つかったが、発症と事故による放射線被曝(ひばく)との因果関係の有無については結論が出ていない」(日経2014/6/21 )

これと同じような報道は、テレビ朝日の報道ステーション(14年3月11日)もしています。

概要はこのようなものです。
http://matome.naver.jp/odai/2139462857927945501?&page=1
「福島県では原発事故当時18歳以下だった27万人の甲状腺診断調査が行われている。そこで33人の甲状腺がんが発見された。この病気は100万人に1-2人であるとして、33人の発病は福島事故による放射線の影響の可能性があると指摘した」

これに対して政府の環境省環境保健部は、以下のような政府機関としては異例な反論をしています。「
最近の甲状腺検査をめぐる報道について」)

「放射線と甲状腺がんに関する国際ワークショップに参加した国内外の専門家からは「原発事故によるものとは考えにくい」とされています。
その理由としては、
・これまでに行った調査によると原発周辺地域の子ども達の甲状腺被ばく線量は総じて少ないこと
・がんが見つかった方の事故時の年齢は、放射線に対する感受性が高いとされる幼児期でなく、既知の知見と同様、10歳代に多く見られたこと、
・甲状腺がんの頻度については、限られた数ではあるが、無症状の子どもに甲状腺検査を実施した過去の例でも同じような頻度で見つかっていること、
等があげられており、本報道で中心的に示された、小児甲状腺がんの潜伏期は最短でも4~5年と言われていることのみを持って判断がなされているわけではありません」

  • また前後して福島県と福島県立医科大学が運営して健康調査を担当する放射線医学県民健康管理センターも反論コメントを出しています。
  • 甲状腺ガンが増加しているなどという調査結果とは真逆な報道を放置できなかったのでしょう。
    http://fukushima-mimamori.jp/news/2014/03/000131.html
  • これに対しても反原発派からは批判が浴びせられ、福島県立医大のデータ隠ぺい疑惑なども一部新聞で報じられ拡散しました。
  • さて、福島事故における小児甲状腺ガンについては、原子力安全委員会から疫学データ(2011年9月5日)がでています。

    甲状腺からの線量率の実測データです。 

    Data201103学習院大の田崎春明教授はこう述べています。

    「バックグラウンドが 0.2 μSv/h 近くあった中での測定であることを思い出すと、高い精度があることは期待できない。 それでも、ゼロをピークに急激に減衰するヒストグラムが得られているのを見ると、それなりに意味のある結果が得られているのではないかと推測される。このヒストグラムによれば、ほとんどの児童の甲状腺からの線量率は 0.05 μSv/h 以下という十分に小さい範囲に収まっている

    これは小児甲状腺ガンが発症するはるかに低い数値です。 

    福島県と他県との甲状腺異常の比較をみます。 

             
    また、環境省も2012年3月には甲状腺疾患についての追加報告を上げています。

    http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=16419 

    この報告書冒頭にはこう書かれています。

    「福島県が行う県民健康管理調査の甲状腺検査において、約40%の方に20.0mm以下の小さなのう胞等の所見が認められています。
     こうした小さなのう胞等は精密検査を必要とするものではありませんが、これらの軽微な所見も記録することとした結果、かえって住民の方の不安を招いていると指摘されています。
     このような大規模かつ精度の高い調査は世界初の試みであり、子どもでのう胞を認める頻度や、検査結果に生じうるばらつきについて、正確にはわかっておりません
     こうした状況の中、環境省においても、住民の皆様の理解促進に役立てることを目的に、福島県外の3県の子どもを対象に、県民健康管理調査と同様の検査を実施し、その結果の妥当性について、情報を提供することとしたものです」

    正直に環境省も認めているように、このような「大規模かつ精度の高い調査は世界で初めての試み」であるために、「軽微な所見も記録した」ために不安を取り除くつもりの検診がかえって不安を拡げたことを認めています。  

    このような前提を委細無視して、「急増した」と騒ぎ立てる反原発主義者のために、治療も必要がない親子までが不安に陥れられました。 

    主義主張のためなら方法を選ばなくなってしまった彼らに自制を説いても無駄でしょうが、いいかげんにして頂きたい。 

    報告書の結果は以下です。 

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    「福島県以外の地域(青森、山梨、長崎)において、18歳以下の者を対象に甲状腺超音波検査を行った結果、56.5%の割合でA2判定の者が認められました。
    また、"5.1mm以上の結節又は20.1mm以上ののう胞が認められた者及びA2判定の内容であっても甲状腺の状態等から精密検査を要すると判断された者"(以下「B判定」という。)は福島県民健康管理調査では、約0.7%に認められましたが、三県調査では、約1.0%(44名)に認められました
    (環境省報道発表資料 甲状腺結節性疾患追跡調査事業結果http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=17965 

    これを他県(青森、山梨、長崎)と比較します。中坊でも福島県に特に異常が認められないことがわかるはずです。 

    ●対象者:3~18歳の者 4500名程度
    実施期間:平成24年11月~平成25年3月下旬
    調査対象地域:青森県弘前市、山梨県甲府市、長崎県長崎市の3地域
    【結果】

    ”しこり”や”嚢胞”が見つかった割合
    福島県内     ・・・ 41.2% 
    ・長崎・青森・山梨・・・ 56.6%
    二次検査が必要なB判定の割合
    福島県内・・・ 0.6%
    ・長崎・青森・山梨・・・ 1%
     

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             (図 福島県と、青森、山梨、長崎3県の甲状腺検査 日経メディカル) 

    環境省などの「原発推進派」は信じられるかという頑固派のために、共産党系といわれる民医連、勤医協札幌病院、菊水こども診療所の甲状腺検診データをみてみましょう。D10f8a48282522d9909995030772978a・昨年10月まで、小児科では計123人にエコー検査をしました。
    診察のみは8人。
    ・3~9歳が多く、震災時に母親のお腹にいた子どもは2人。
    ・検査希望者は「早く県民検査を受けたい」「検査は受けたが納得できず、再検査を希望」「福島県民ではないが震災後高線量の地域にいたので検査を受けたい」方に大きく分けられます。
    ・エコー検査では、結節と嚢胞をみつけて大きさを計測し、福島県民検査の基準に従ってフォローアップの方針を決めます。
    ・当院小児科での検査ではB判定が2人、C判定はなく、割合としては現時点で報告されている福島県民検査の結果とほぼ一致しています。
    ・地域の差、年齢による差はありませんでした。
     

    これでわかるように、甲状腺異常(のう胞、結節など)は、被曝とは関係なく数千人に1人ていどの確率でよく出る症状で、特に手術なとを行なわないでも治癒できます。 

    見かけ上の数値が増えるのは韓国でも同じであり、米国に至っては12倍といった原因は、もちろん放射能ではなく、単に保険がらみでスクリーニング密度が高くなったからです。 

    このようにいくら疫学データを積み重ねられても、脳内放射能汚染の人々には、冒頭に上げた日経記事や報道ステーション、あるいは「美味しんぼ」を掲載したスピリッツ編集部が使う常套句で逃げます。

    それが、「可能性はゼロではない」「因果関係は明らかではない」という表現です。

    実は9割方データは出揃っていても科学的にゼロとはいえない、ということを逆手にとって「では、ないことを証明してみせろ」という「悪魔の証明」を検査機関に強いるものです。

    結論としてメディアが「可能性はないわけではない」などと荘重にご託宣を垂れれば、受けとる側には強く「その可能性がある」と印象されてしまいます。

    メディアの禁じ手のひとつの印象操作ですが、こういう手口を濫用すればなんでもいえてしいます。

    たとえば、「北極のシロクマが福島事故の放射能の影響で大量死した可能性はゼロではない」(←ホントにホントにそういうデマがあった)みたいなことも言えてしまいます。

    そりゃこんなアホな調査を、福島県だけでも忙しい時期にしないだろうから、「ゼロではない」ですよ(苦笑)。

    第一、自然科学者は簡単に100%とか、0%みたいな絶対的表現はしないものです。

    マスメディアやデマッターとしてはそれで充分に飯の種である不安の種を散布できたのですから、目標は達せられたというわけです。

    国民もこのような常套句がついた報道には、メディアリテラシーの触覚を働かせてほしいものです。

     

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    トリチウム放出は国際条約で認められた計画放出だ

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    昨日、BWRとPWRをの図を間違えるという我ながら信じがたいミスをしました。暑さで脳が煮えているようです。申し訳ない。

    夏よ、早く終わってくれぇぇ!もう限界。

    さて、別に彼個人を批判しているわけではなく、余りに典型的なことを書いてくるので取り上げています。 うちなーさんがトリチウムをこんなふうに書いていました。  

    「非常に危険性の高い、β・α核種ストロンチウム、プルトニウム、ウラン、トリチウム」  

    おお、トリチウムくん、いつからプルトニウム様と並ぶようなグレートな危険核種になったんだ(肩を叩く)。  

    残念ながらトリチウムなどは言ってみれば、「遅れてきた放射能小僧」にすぎません。 

    よくマスコミは「福島第1から放射性汚染水ウン百トン放出」などと書き立てていますが、この正体はトリチウムです。核種をきちんと解説すべきですね。 

    福島第1から出ているのはトリチウム、正確に言えば「トリチウム入り水」です。  

    トリチウムはこんな汚染水事件でもなければ誰もなんとも言われず、スポットライトなんか絶対に浴びない放射性物質にすぎませんでした。 

    放射線エネルギーは弱く、缶ビールの缶すら透過できないので外部被曝はないし、仮に飲んでも直ぐにオシッコで出てきてきちゃいますし、特定部位にたまる根性もないので内部被曝で悪さすることもない。  

    ウランやコバルト、ストロンチウムなどの強面の放射性同位体一族の中ではまことに温和,んで地味な奴なのです。 

    トリチウムは海洋放出がロンドン条約で認められています。わが国は2006年3月に批准しています。  

    ロンドン条約は、船舶からの海洋へ処分する行為等を禁じていますが、原発施設からの放射性排水の海洋への計画放出は対象に なっていません 

    世界のトリチウム放出量は以下です。 (出典 海産生物と放射性物質(海洋生物環境研究所) 

    20130815041950cb8s
    英国が最大放出国で実に2500兆(2.5×1015)Bq/年程度、日本は6分の1の400兆(4×1014)Bq/年程度です。 

    なお、この放出量は個別の原発ごとに規定されていて、いくら安全度が高いといってもめったやたらに流していいわけではありません。 

    また、このグラフには再処理施設からの放出量は含まれていないために、英仏はさらに多くなります。

    再処理施設としては、フランスのラ・アーグ再処理工場からの放出量の実績値(2003年)は実にトリチウム水 1.2京(1.2×1016)Bq/年、トリチウムガスは 67兆(1.9×1013Bq)Bq/年に達します。
    (出典 六ヶ所再処理工場からの放射能放出に関する研究(2007年 古川路明)

    20130905090616fbes_2
              ( 再処理工場運転の際の主な放射能の年間放出量 単位:兆(1012)Bq/年)

    なおこの六ヶ所村は規制値であって、現実には放出されていません。

    それにしてもラ・アーグのトリチウム水122京という量はハンパではありません。 

    よくある勘違いに、福島第1で事故処理に失敗したから漏れだしているのだろうという誤解がありますが、違います。他の国内原発でも以下の放出がなされています。
    (出典平成23年度  原子力施設における放射性廃棄物の管理状況(2012年8月)

    20130821083725ad5
                (図 各原発からのトリチウム海洋放出の年平均値(2002年度~2011年度) )

    沸騰水型の最大放出施設は、事故前の福島第一で1.5兆(1.5×1012)Bq/年です。全原発の合計では年間で380兆(3.8×1014)Bq/年で、世界では少ない方に属します。

    そもそもトリチウムは自然界にあるものなので、人体内にもわずかですが存在します。人体内には50ベクレのトリチウムが存在しています。

    2013010919362571d
      (図 出典 自然放射線による日本人の平均被ばく量2.1mSv/年の内訳))

    これは大気圏上層で、一次宇宙線という高エネルギーによって生成されて地上に降り注ぎ、その過程で二次放射線に含まれる中性子が窒素(空気)と反応してトリチウムが生成されるからです。

    この量はバカバカしく多く、127.5京といわれており、海、湖、川など以外にも水蒸気にも含まれています。

    まぁ要するに、人類の生存圏のありとあらゆる「水」に含まれるといっていいでしょう。

    ただし、半減期は12.3年のために、地球総量での量は一定に保たれています。

    さて、ALPS除去設備が除去できなかったのは、凶悪だったからではなく、要するに限りなくただの「水」だったからにすぎません。「水の中の水」は除去できませんから。  

    なんでこんなもんを怖がるのかのか。ストロンチウムならまだ分かりますが。 

    放射線の専門家の平均的認識はほぼ一般的に以下です。  

    ●海洋生物環境研究所の御園生淳氏、富山大学水素同位体科学研究センター長松山政夫教授
    ①水として摂取しても10日くらいで半量が排泄されてしまうので内部被曝の可能性は低い。
    ②トリチウムの出す放射線量のエネルギーが低いので、外部被曝はありえない。
    ③毎日100ベクレル/㎏のトリチウムを含む食物を1年間食べた場合の摂取量は、0.0015ミリシーベルトで、,セシウム137の約千分の1ていどで比較にならない。
    ④トリチウムは何かに濃縮することがないために生物濃縮は考えられない。
     

    このトリチウムに対する認識から汚染水の排出は、このようなルールを作って行われます。 

    トリチウム濃度としては、400万ベクレル/リットル含まれます。  

    これは原子力施設の濃度限界(告示濃度限界)とされる6万ベクレル/リットルを大幅に越えていますから,これを告示濃度限界の6万ベクレルまで希釈して70分の1ちかくにまで下げて、海に計画放出します。  

    これは先の述べたロンドン条約の国際ルールに完全に則っていますから、文句を言ってくる国は韓国以外にないでしょう。いや韓国もトリチウムを放出していましたっけ(笑)。

    漁業関係者は風評被害に痛めつけられて来ましたから、粘り強い説明が必要でしょう。  

    外国の専門家は、このわが国の汚染水対策に同意しています。  

    訪日したスリーマイル島事故を経験したNRC元専門家も、「直ちに地下水を汲み上げを再開して、海へ放出すべきだ」と助言しています。  

    いずれにせよ、完全廃炉になり、使用済み燃料棒の処分が終了する時まで、冷却水は止められませんから汚染水は出続けます。それまでの数十年先までの長距離マラソンなのです。  

    何度も繰り返しますが、この汚染水問題は、原発推進も反対もまったく関係のないことです。そのような立場にとらわれて見ないことです。  

    原発反対だから、汚染水処理を止めろと言っているようにすら聞こえます。というか、実際そう言っています。

    どうも、彼らの声を聞いていると、凍土壁が失敗しそうだと手を打って喜び 、タンクが漏れると万才を叫んでいるようにすら見えます。 破滅願望なのかしら(苦笑)。

    反原発主義者にしても、このままタンクが溜まるだけ溜まって処理不能になり、炉の冷却水の循環もできなくなることが望みではないと思うのですが。

     

    ※参考文献 

    ・ポストさんてん日記http://icchou20.blog94.fc2.com/blog-entry-440.htmlには特にご教示いただきました。深く感謝します。
    トリチウム流出の影響 福島第一の地下水(安井至教授の市民のための環境学ガイド2013/8/10)
    ・原子力資料室
    http://www.cnic.jp/knowledge/2116?cat_id=1
    ・医療での自然放射線安全にお答えしますhttp://trustrad.sixcore.jp/tritium-2.html

     

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    福島はチェルノブイリではない

    006
    うちなーさんはこんなことを書いています。別に彼の個人的見解ではなく、これも典型的な反原発派の言い分です。

    「チェルノブイリで放出された放射能核種は100種類以上あるとされますが、福島原発事故は文科省が31核種しか公表していません。
    震災前、ストロンチウム測定されていましたが、現在はセシウムのみ。
    非常に危険性の高い、β・α核種ストロンチウム、プルトニウム、ウラン、トリチウム諸々ありますが、全く測られていません」
     

    なんでこんな暑い時期に、こんなことを繰り返しているのかなぁ~と思いつつ、しょうがない何度でもやります。

    ェルノブイリ原発と福島第1原発の事故は次元が違う事故です。 

    これ以上の設定がないためにレベル7に入ってしまって同一視されますが、別々に考えていく必要があります。

    チェルノブイリは、黒鉛型で格納容器がなく、そのために原子炉の事故がそのまま大量の原子炉内のすべての核種の拡散につながりました。

    400pxrbmk_reactor_schematic_svg(図 黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉 (RBMK) の構造図。核燃料を収めた圧力管の間をポンプで送り込まれた冷却水が流れて蒸気となり、タービンを回す構造になっている。格納容器がないのがわかる) 

    その中にはプルトニウムやストロンチウムが含まれていたために、惨事となりました。

    一方福島事故は、チェルノブイリと違って、閉じ込めるための格納容器が存在し、格納容器を覆う原子炉建屋が水素爆発によって破損しましました。 

    400pxboilingwaterreactor
    (図 沸騰水型軽水炉(BWR)構造図 燃料棒が格納容器に収納され、さらに建屋に入っているのがわかる)

    格納容器内にあった燃料棒が融解して一部が格納容器外へメルトスルーしましたが、セシウムやヨウ素といった揮発性の高い比較的軽い核種の放出に留まっていたために、プルトニウムなどの放出という最悪の事態は最小限に抑えられました。

    もちろん、ストロンチウムなどの放出もわずかにありましたが、原発周辺数キロにとどまり、量も微量でした。

    放出されたプルトニウム放出量を見るとこのようなところです。

    大気中への放射性物質の放出量の比較(単位1015Bq) 
    ●ガスとして揮発した軽い核種 
    ヨウ素131131I)    ・・・チェルノブイリ      1760
                            ・・・ 福島第1       16 (10月20日 以下計測日は同じ)
    セシウム134134Cs)・・・チェリノブイリ    47
    ・                            ・・・福島第1          18

    ●重い核種
    ストロンチウム9090Sr)・チェルノブイリ  10
                                 ・・・福島第1        0..14
    プルトニウム238238Pu)・チェルノブイリ 0.015
                                    ・・・福島第1        0.000019
    プルトニウム241241Pu) ・チェルノブイリ  2.6
    ・                                ・・・福島第1        0.0012

    (※典拠 原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書-東京電力福島原子力発電所の事故について

     以上で分るように放出量自体のケタがまったく違います 

    その結果、このように拡散規模に大きな差が出ました。上下を比較すれば、その規模の拡がりがまったく違うのがわかるはずです。

    次に、わが国にとって非常に幸運だっのは、事故当時の風向きです。(欄外参照 懐かしの早川マップ改良版) 

    風は北東方向の風に乗って太平洋へ吹いていました。そのためにかなりの割合の放射性物質は洋上へと吹き飛ばされ、拡散しました 

    3月12日から3月21日までの4回に渡って、いずれもいったんは北東方向の海上に出て、1回目は北上し、以後3回は南下しています。

    飯館村などへ向った例もありますので、地形によって複雑な変化はしていますか、基本はこ「神風」によって地表部分の汚染は、内陸部にあるチェルノブイリと比較して大幅に減衰したと思われます。

    また、事故後の対応も異なっています。

    事故当初、ソ連特有の秘密主義のために報道管制が敷かれ、一般市民は事故発生後1週間ほどはなんの避難措置も取っていませんでした。

    事故後4日後に高濃度汚染区域でメーデー行進も行なわれた例もあるほどです。 

    そのために、計画的な避難はおろか、放射性物質に汚染された食品や牛乳の摂取制限も実施されず、大きな健康被害を引き起しました。

    特に事故後に被曝した10シーベルト(1万ミリシーベルト)というとんでもない高線量の牛乳を子供に与えるという重大ミスをしたために、小児甲状腺ガンが大量に発生しました。

    チェルノブイリ事故を継続して調査しているベラルーシで事故後10年、25年経つ今でも小児ガンなどが発症していると唱え、震災瓦礫の搬入は低線量内部被爆の危険地域を更に拡大することになると主張した人達がいました。 

    ベラルーシで10年後に小児ガンが出た原因は既に解明されています。高濃度汚染地帯のキノコを季節的に大量に食べたからです。(下図参照)

      073

                          (ベルラド放射能安全研究所作成) 

    上の図を見れば、10月12月など、キノコが大量に食卓に登る森林地帯の季節が飛び抜けて高いのが分かります。 

    周辺地域だけではなく、東欧、北欧を中心にして野生のキノコ類を食べる食生活のために健康被害が多発しました。

    このチェルノブイリの類推から、わが国でも大量の甲状腺ガンが出るはずだという一部の予見がありましたが、はずれました。 

    一方わが国はチェルノブイリの教訓に従って厳しい食品の出荷統制を敷きました。

    ベラルーシは野菜は3700ベクレル/㎏から40ベクレル/㎏まで実に13年かけて漸進的に基準値を落していますが、事故直後の基準値を見てみましょう。。

    ・事故直後のベラルーシと日本の食品基準値比較
    ・野菜  ・・・3700ベクレル
    ・豚・鶏肉・・・7400
    ・日本   ・・・300
    (※米は500)
      

    なお、日本は12年には食品一般の基準値を100ベクレルまで落しました。

    チェルノブイリと福島を比較して、ロシア科学アカデミーバロノフ博士はこう結論づけています。 

    「1986 年以来25 年が過ぎました。私たちは、今、公衆衛生上のどのような損害がチェルノブイリ事故によって引き起こされたか知っています。損害のほとんどが、1986年5 月に、汚染された地域で生成された、放射性ヨウ素を含んだミルクを飲んだ子どもの高い甲状腺癌発生率に帰着しました。不運にも、当局と専門家は、この内部被曝の危険から、適時、十分に彼らを保護することに失敗しました。
    福島では、子どもが2011 年3 月から4 月にかけて、放射性物質を含むミルクを飲まなかったことにより、この種の放射線被ばくは非常に小さかったといえます。このため、近い将来あるいは、遠い将来、どんな甲状腺疾患の増加も予想できません」
    (
    内閣府・低線量被ばくのリスク管理によるワーキンググループ報告) 

    また国連科学委員会はこう国連総会に報告し、承認されています。 

    ●国連科学委員会 (UNSCEAR)報告書要旨
    ①日本国民の総被曝線量(集団線量)は、甲状腺がチェルノブイリ原発事故の
    約30分の1
    ②全身が10分の1
    ③チェルノブイリと比べて、放射性ヨウ素131の総放出量は3分の1未満
    ④セシウム137は4分の1未満
    ⑤ストロンチウムやプルトニウムは「非常に微量」
    ⑥(がんが増加しても非常に少ないために)見つけるのは難しい
    ⑦「福島はチェルノブイリではない」

    トリチウム関しては、今の汚染水問題ともかかわるので、明日に廻します。  

    ※沸騰水型の構造図を間違って掲載しましたので訂正しました。

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     Photo                         

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    速報 朝日新聞 「全面撤退」明確に否定 おまけ私的朝日新聞体験

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    ・・・速報は欄外からどうぞ・・・

    嘘をつけと言われるかもしれませんが、私は朝日新聞育ちです。 

    なにせわが家は朝日新聞でしたもので、小学校から当たり前に朝日。中学校くらいになると、教師に勧められて天声人語や社説などを「写経」し始めるようになります。 

    「写経」というのは、意味がわからなくてもいいから丸ごと書き写すわけです。スゴイね、今考えると。 

    わからないと岩波の国語辞典を引き、また書き写して、感想などをチョコチョコと書き込むんですな。 

    けっこう時間がかかりますが、馴れてくると1時間ていどで社説と天声人語を書き写してなんか博学になったような気分になりました。 

    高校2年くらいまでやりましたから、かれこれ4年かそこらは「写経」していたんじゃないでしょうか。 

    今だったらコピペで1分というところしょうが、なにぶん手書きですから、まだ脳内ハードディスクの容量に余裕があった私は吸収しまくりましたね。 

    その間に、例の本多勝一の「戦場の村」や「中国の旅」などが連載されて、これはさすがに「写経」しませんでしたが、大事に切り抜いて、ご丁寧にも学校で仲間を集めて読書会までしたのですから、念のいった馬鹿です。 

    他紙を知らないのですから、朝日ワールドの良き子だったというわけです。

    たとえば私は、本多氏が書いた「南京大虐殺」は事実そのものであると考えていましたし、中国の文革は大英雄・毛沢東に指導された「人類史が動く」闘いであり、北朝鮮は民族の父親である金日成さんが慈しむ「人民の明るい笑顔」などといったファンタジーを丸ごと信じて疑いませんでした。 

    まぁ、それから40余年。私は相応にリアリストになりました。

    こうあるべきだという前提を捨てて、事実を大事にする姿勢といったらいいでしょうか。

    たとえばこの間、原発問題や普天間移設問題に何回か触れる機会が多くなっています。

    私は普天間の辺野古移設は賛成です。再稼働にも賛成しています。

    なぜなら、消去法的に考えるとこれしか選択肢が存在しない以上、そこに落ち着かざるを得ないからです。

    この辺野古移設問題は原発問題に似ているところがあります。

    新聞の論調も、朝日、東京、毎日と読売、産経でピタリと分かれます。おそらく世論調査をすれば、これもそれぞれ2分されるような気がします。

    保守と革新、右と左といってしまえばそれきりですが、今や感情的な反発に終始してしまっている気がします。

    相手のことを「軍国主義」「ファシスト」と言っても、はたまた逆に「売国奴」「中国の犬」と罵ってみたところで、現実は変わりません。

    持論こそが正義で、反対論は悪だなどと考えてしまうと、そこで議論はお終いです。

    実は、私は安全保障問題とエネルギー問題には右も左もない思っています。そのような政治的駆け引きの材料に使ってはいけないことだと思っています。

    あるとすればそれは消極的選択、別名リアリズムという立場です。

    私は原発問題を考える時に、スローガンではなく本気で原子力を減らしていくにはどうしたらいいかと考えました。

    よく「即時ゼロ」という人が絶えませんが、そのような発想はかつての私の青年だった時のように実現不可能な高みに目標を置いて、現実の社会や経済といった人の暮らしを考えないことなのです。

    再稼働フンサイ・反原発と言うのは非常に簡単ですが、今まで3割弱あったエネルギー源を失くしてしてしまえば、今のように化石燃料が9割にもなるというひどい現実と向かい合わねばなりません。

    では代替に再エネを持ってくるかといえば、それがモノになるのははるか先で、しかも電源比率2割を超えないでしょう。

    ならば、原子力を代替と置き換えるまでの長い移行期間は、イヤでも原発を限定的に動かすしか方法はないのです。

    これと同じことが安全保障にもいえます。

    今はさすがに、私たちの若い頃と違って非武装中立などという空論の極を言う人たちは減りました。

    しかし、今回の集団的自衛権問題や辺野古移転問題の議論を聞いていると、まだそのシッポが残っています。

    辺野古移設問題の場合、なにが大事なことなのか、なにが緊急度が高いのか考えねばなりません。

    辺野古移設反対を唱えている人たちは、原発即時停止とそっくりのことを言いますので(実際に金太郎飴よろしく同じ人達が主張しているわけですが)、しっかりとそれは虚妄だと言ってやることにしています。。

    というわけで、私は前半生で朝日の信奉者であった分、眉に唾をたっぷりつけてこの朝日という特異な新聞の報道を見るようになっています。 

    朝日が他紙と本質的に異なるのは、報道機関であるというより特定の立場に立った一種の「機関紙」という性格です。

    「機関紙」と割り切ってしまうと、日本で朝日にいちばんよく似た雰囲気の新聞を探すとすれば、「しんぶん赤旗」なのは当然なのかもしれません(苦笑)。

    ですから、報道内容と論説を区別しません。

    本来、新聞は客観報道に徹した後に論説をすべきなのですが、報道自体を自社の方針に合わせて強いバイアスをかけてしまいます。

    どの社でもある程度の材料の取捨選択はあってしかるべきでしょうが、朝日の場合はあってはならない報道の捏造や歪曲を平然と行います。

    報道は、かなり早い段階で捏造の誤りに気がついたはずなのにそのままキャンペーンを続行して32年間もシラをきり通した結果、取り返しのつかないほど日韓関係を破壊しました。

    また、今回の原発報道のように自分の「原発は事故したら所員は逃げる」という主張をするために、正反対の歪曲的解釈をしてしまいます。

    あるいは、問題にしても、その境涯を普通に報道すれば、彼女たちに対して自然な共感と同情が生まれたはずですが、軍が性奴隷として強制的に拉致してレイプし続けたなどとどぎついプロパガンダにしてしまえば、政治問題にしかなりようがありません。

    これらはやがてバレるものなのですが、その間に「日本最高のクォリティペーパー」が発信した報道は、国内のみならず世界へ発信されて日本に対しての間違った見方を増殖させていきます。

                          ~~~~~~~~~

    Img_1                       (朝日新聞5月20日)

    ・・・速報はこちらから・・・

    というところで、前置きが長たらしくなりましたが、朝日新聞の「吉田調書」事件に一定の結着がついたようです。 

    昨日付け産経新聞朝刊からです。(欄外参照)

    「朝日新聞は、吉田調書を基に5月20日付朝刊で「所長命令に違反 原発撤退」「福島第1 所員の9割」と書き、23年3月15日朝に第1原発にいた所員の9割に当たる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第2原発へ撤退していたと指摘している。
     ところが実際に調書を読むと、吉田氏は「伝言ゲーム」による指示の混乱について語ってはいるが、所員らが自身の命令に反して撤退したとの認識は示していない。
     また、「退避」は指示しているものの「待機」を命じてはいない。反対に質問者が「すぐに何かをしなければいけないという人以外はとりあえず一旦」と尋ねると、吉田氏が「2F(第2原発)とか、そういうところに退避していただく」と答える場面は出てくる」
     

    これは産経新聞が吉田調書全文を入手したためです。これによって朝日の「所員逃亡」説は完全に根幹から崩壊しました。

    報道もそうでしたが、朝日は記者の足を使った地道なウラ取りを嫌うようです。

    吉田清治の嘘のうら取りをしたのはなんと今年に入ってからです。済州島強制連行のヨタ話など、日帰りで調べられたはずです。

    この「9割逃亡」記事ならば、社の1面記事を飾るくらいですから、当然そこに居合わせた数十人、いや約700名の職員、下請け労働者に取材をすべきでした。

    にもかかわらず、朝日は入手した聞き取り調書一本でウラ取りを怠って大キャンペーンをしてしまいます。

    なぜなら、朝日にとってまず反原発という彼らの主張が前提にあって、それを主張するための事実なのですから、ウラ取りなどしてその前提と矛盾する証言が出てきたら困るからです。

    いったん流された朝日の「9割職員逃亡」記事は、欧米や韓国の中でも広汎に拡がって、今や「セウォル号と一緒」という認識が定着しつつあります。

    この朝日記事は、吉田所長が亡くなられるのを狙いすましたように出されました。

    そしてあの修羅場を戦った職員たちは、東電であるが故に沈黙せざるをえないでいます。

    まさに死人に口なしということでしょうか。吉田所長の墓に唾する朝日の卑劣さに強い怒りが湧きます。

    今後朝日は経験則に照らすと、おそらく絶対に非を認めずに頬被りします。それどころか「広義の意味での撤退は変わらない。事件の本質を直視せよ」と逆に国民に説教するでしょう。

    そして国際社会ではこのような認識が定説となるのです。 

    「福島のヒーローは、実は怖くて逃げた」と見出しにした上で、「事故に対して自らを犠牲にし果敢に闘った『フクシマ・フィフティーズ』として有名になったが、全く異なる恥ずべき物語が明らかになった」(オーストラリア オーストラリアン紙)

    いまや朝日誤報バスターとなった産経新聞の記事を全面転載させていただきます。

    なおこれについて朝日新聞社からは以下の抗議がなされていますが、これをそのまま信じる者は朝日読者でも少数派ではないでしょうか。

    「吉田氏が命じたのは、高線量の場所から一時退避し、すぐに現場に戻れる第1原発構内での待機だったことは、記事で示した通りです。10キロ離れた第2原発への撤退は命令に違反した行為です。一部週刊誌の『虚報』『ウソ』などの報道は、朝日新聞社の名誉と信用を著しく毀損しています。厳重に抗議するとともに、訂正と謝罪の記事の掲載を求めています」

    ※吉田調書関連記事
    http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-b7c3.html
    http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-f908.html
    http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-4637.html
    http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-ab8a.html
    http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-aaf8.html
    http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-139d.html

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    ■吉田所長、「全面撤退」明確に否定 福島第1原発事故
    産経新聞 2014.8.18 05:00

    平成23年3月の東京電力福島第1原発事故に関し、産経新聞は17日、政府の事故調査・検証委員会が事故発生時に所長として対応に当たった吉田昌郎氏(25年7月9日死去)に聞き取り調査してまとめた「聴取結果書」(吉田調書)を入手した。

    吉田氏は東電が事故発生3日後の14日から15日にかけて第1原発から「全面撤退」しようとしていたとする菅直人首相(当時)らの主張を強く否定し、官邸からの電話指示が混乱を招いた実態を証言している。吉田氏は一方で、現場にとどまった所員には感謝を示すなど、極限状態での手探りの事故対応の様子を生々しく語っている。

     吉田氏への聴取は23年7月から11月にかけ、事故収束作業の拠点であるサッカー施設「Jヴィレッジ」と第1原発免震重要棟で計13回、延べ27時間以上にわたり行われた。吉田調書はA4判で約400ページに及ぶ。

     それによると、吉田氏は聴取担当者の「例えば、(東電)本店から、全員逃げろとか、そういう話は」との質問に「全くない」と明確に否定した。細野豪志首相補佐官(当時)に事前に電話し「(事務関係者ら)関係ない人は退避させる必要があると私は考えています。今、そういう準備もしています」と話したことも明かした。

     特に、東電の全面撤退を疑い、15日早朝に東電本店に乗り込んで「撤退したら東電は百パーセント潰れる」と怒鳴った菅氏に対する評価は手厳しい。吉田氏は「『撤退』みたいな言葉は、菅氏が言ったのか、誰が言ったのか知りませんけれども、そんな言葉を使うわけがない」などと、菅氏を批判している。

    朝日新聞は、吉田調書を基に5月20日付朝刊で「所長命令に違反 原発撤退」「福島第1 所員の9割」と書き、23年3月15日朝に第1原発にいた所員の9割に当たる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第2原発へ撤退していたと指摘している。

     ところが実際に調書を読むと、吉田氏は「伝言ゲーム」による指示の混乱について語ってはいるが、所員らが自身の命令に反して撤退したとの認識は示していない。

     また、「退避」は指示しているものの「待機」を命じてはいない。反対に質問者が「すぐに何かをしなければいけないという人以外はとりあえず一旦」と尋ねると、吉田氏が「2F(第2原発)とか、そういうところに退避していただく」と答える場面は出てくる。

    ■「あのおっさんに発言する権利があるんですか」 吉田所長、菅元首相に強い憤り
    産経新聞 014.8.18

    「私にとって吉田(昌郎)さんは『戦友』でした。現(安倍)政権はこの(吉田)調書を非公開としていますが、これは特定秘密にも該当しないし、全面的に公開されるべきです」

     菅直人元首相は月刊宝島8月号で、ジャーナリスト(元朝日新聞記者)の山田厚史氏のインタビューに対し、東電福島第1原発の元所長、吉田氏を自らの「戦友」だと述べている。

     だが、産経新聞が入手した吉田調書を読むと、吉田氏側は菅氏のことを「戦友」とは見ていない。むしろ、現場を混乱させたその言動に強い憤りを覚えていたことが分かる。

     例えば、政府事故調査・検証委員会の平成23年11月6日の聴取では、「菅さんが自分が東電が逃げるのを止めたんだみたいな(ことを言っていたが)」と聞かれてこう答えている。

     「(首相を)辞めた途端に。あのおっさんがそんなのを発言する権利があるんですか」

    菅氏は同年8月の首相辞任後、産経新聞を除く新聞各紙やテレビ番組のインタビューに次々と応じ、自身の事故対応を正当化する発言を繰り返していた。これを吉田氏が批判的に見ていたことがうかがえる。

     また、菅氏が自分も政府事故調の「被告」と述べていたことから、吉田氏は「被告がべらべらしゃべるんじゃない」とも指摘し、事故調が菅氏に注意すべきだとの意見を表明した。

     菅氏だけでなく、当時の海江田万里経済産業相や細野豪志首相補佐官ら菅政権の中枢にいる政治家たちが、東電が全面撤退する意向だと考えていたことに対しては「アホみたいな国のアホみたいな政治家」とばっさり切り捨てている。

     その菅氏は今年7月24日付のツイッターで、吉田調書についてこう書いた。

     「吉田調書など(で)当時の状況が明らかになり、発生翌朝現地で吉田所長から話を聞き、撤退問題で東電本店に行った事も理解が増えています」

     吉田氏の肉声はこれとは食い違う。政府事故調の聴取(23年7月22日)で「(菅氏は)何のために来るということだったんですか」と質問され、こう突き放している。

     「知りません」

     「行くよという話しかこちらはもらっていません」

     「あのおっさんだって事故調の調査対象でしょう。辞めて、自分だけの考えをテレビで言うというのはアンフェアも限りない」

    さらに必死で作業を続けている所員らに菅氏が激励もせずに帰っていったことを証言している。

     菅氏が震災発生4日後の15日早朝、東電本店に乗り込んだことにも冷ややかだ。同じ頃、現場でまさに死と向き合っていた吉田氏は7月29日の聴取で、テレビ会話を通してみた菅氏の東電本店での叱責演説についてこう語っている。

     「ほとんど何をしゃべったか分からないですけれども、気分悪かったことだけ覚えています」

     「何か喚いていらっしゃるうちに、この事象(2号機で大きな衝撃音、4号機が水素爆発)になってしまった」

    ■「水素爆発の仕組みは?」最前線に空疎な質問…官邸が招いた混乱
    産経2014.8.18

    政府の事故調査・検証委員会が平成24年7月にまとめた報告書は、福島第1原発事故における菅直人元首相をはじめとする首相官邸サイドからの介入についてこう総括した。

     「介入は現場を混乱させ、重要判断の機会を失し、判断を誤る結果を生むことにつながりかねず、弊害の方が大きい」

     これは当然、吉田昌郎元所長からの聴取結果を反映しての結論だろう。吉田氏は、直接官邸と現場がやりとりすることの違和感を繰り返し語っている(23年8月8、9日の聴取)。

     「何で官邸なんだというのがまず最初です。何で官邸が直接こちらにくるんだ。本店の本部は何をしているんだ」

     「最初、官邸と電話なんかする気は全くなかった」

     「官邸と現場がつながるということ自体が本来あり得ない」

     その上で、不眠不休の極限状況の中で菅氏から受けた電話の内容の空疎さについて、こう明かしている。

    「水素爆発はどういうメカニズムで起こるんだということとか、それは水蒸気爆発と違うのかというようなご質問をなさっていた」

     「ごく初歩的な質問を菅さんがして、私が説明し始めたら、ちょっと待ってくれ、その質問は日比野(靖内閣官房参与)さんがしているからということで、日比野さんに代わって、結構忙しいときだった」

     菅氏から電話があったのは4回ほどで、このほか「警戒区域と避難区域、20キロ、30キロの話について、こう決めたけれども、所長はどう思う」と問われて吉田氏が「知りません」「現場の判断ではない」と答える場面も出てくる。

     また、同年11月6日の聴取では政府事故調の質問者から、官邸内で海江田万里経済産業相や細野豪志首相補佐官ら政治家や東電幹部、班目(まだらめ)春樹原子力安全委員長らが「勉強会」を開き、そこで出た疑問を現場に電話で問い合わせていたと聞き、吉田氏はあきれてこんな感想を語っている。

     「何をもってこの国は動いていくんですかね。面白い国ですね」

    吉田氏は、細野氏にはあらかじめ、協力企業関係者や事務職員ら「関係ない人は退避させることも考えています」と言って、プラント制御に最低限必要な人員は残す考えを伝えていた。

     ところが、細野氏は23年11月の民間事故調のヒアリングでは東電に全面撤退論があったとの立場でこう菅氏を持ち上げている。

     「菅氏は、何の躊躇(ちゅうちょ)もなく『(東電の)撤退はあり得ない』と言った。私は(菅氏が)日本を救ったと今でも思っている」

     菅氏自身は今年6月21日付のツイッターで「私の原発事故対応に対する嵐のような批判も、吉田調書や(関電大飯原発第3、第4号機の運転差し止めを命じた)福井判決で風向きが変わってきた」と記した。

     吉田調書は、あくまで吉田氏個人の記憶に基づく証言であり、すべて正確だとまでは言えないだろう。とはいえ、現場で事故対応の前線指揮を執った当事者の証言は極めて重い。

    第2への退避、吉田氏「正しかった」 元所員「命令違反ではない」本紙に証言
    2014.8.18

     17日に判明した政府事故調の「吉田調書」。その文面から、東京電力福島第1原発にいた所員らの9割が10キロ南の福島第2原発に一時退避したことを、吉田昌郎所長(当時、25年7月9日死去)が「正しかった」と認識していたことが分かる。朝日新聞は5月20日付朝刊で、吉田調書に基づき「所員らは吉田氏の待機命令に違反し、第2原発へ撤退」と報じたが、第1原発の複数の元所員は産経新聞の取材に「命令違反ではない」と明言する。吉田調書と関係者の証言から経緯を追った。(原子力取材班)

     第1原発所員の第2原発へ退避したのは、東日本大震災4日後の平成23年3月15日午前7時ごろ。第1は最大の危機を迎えていた。

     前日の14日夜には、第1原発2号機への注水に使っていた消防車が燃料切れで動かなくなったことで、原子炉格納容器が壊れ、多数の所員に危害が生じることが懸念された。

     テレビ会議映像では、当時東電本店(東京都千代田区)にいた幹部が14日午後8時16分ごろ、「1F(福島第1)にいる人たちみんな2F(福島第2)に避難するんですよね」と発言。緊急時対策室を第2へ移す検討を始めていたことが分かっている。

    15日午前5時半ごろには、菅直人首相(当時)が東電本店を訪れ、「撤退したら東電は100%つぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ」と絶叫した。このとき、テレビ会議映像を見た元所員は「誰が逃げるものか」と反発を覚えたと振り返る。

     午前6時14分ごろ、2号機の方向から爆発のような音が聞こえ、原子炉圧力抑制室の圧力がゼロになったという報告が入った。格納容器破壊の懸念が現実味を帯び、複数の元所員によると、吉田氏は「各班は最少人数を残して退避」と命じ、班長に残る人員を決めるように指示、約650人が第2原発へ退避した。

     調書によると、吉田氏は「本当は2Fに行けと言っていないんですよ。福島第1の近辺で、所内にかかわらず線量の低いような所に1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが」と命令の行き違いがあったことを示唆している。朝日新聞は、吉田氏のこの発言などから「命令違反」と報じたとみられる。

     しかし、調書で吉田氏は「考えてみればみんな全面マスクをしているわけです。(第1原発で)何時間も退避していたら死んでしまうよねとなって、2Fに行った方がはるかに正しいと思った」と、全面マスクを外して休息できる第2原発への退避が適切だったとの認識を示している。菅氏らが「第1原発からの撤退」との疑心暗鬼にとらわれていたことを問われると、吉田氏は「現実として逃げていない」と否定した。

    当時、現場にいた複数の元所員も産経新聞の取材に「命令違反」を否定した。40代の元所員は「第1原発では乾パンや水しかなく環境は日に日に悪化しており、第1のどこかに待機するというのはありえない」と語る。吉田氏の命令は第2への退避と受け止めたという。

     別の中堅元所員も「第1原発にいた所員は、退避するなら第2へという共通認識があった。それが吉田氏の命令違反であるはずがない」と証言した。

     当時、第1原発にとどまったのは吉田氏ら69人。15日昼ごろには第2に退避していた多数の人が戻った。

     吉田氏と一緒に現場にとどまったベテランの元所員は「(第1に)残りたいという人ばかりだった。第2までの道は崖崩れの危険があったから、退避した人から『第2に無事に到着した』という連絡があったときには、第1に残った人は『ああよかった』とお互いに喜び合った」と語る。

     別の東電関係者も「当時自家用車で第2へ退避した人も多く、逃げるのであればそのまま避難所にいる家族のもとに行っているはずだ。しかし、彼らは第1へ戻ってきた」と話した。

     

    ■朝日新聞の報道は「所長命令に違反し、所員の9割が原発撤退」
    産経 2014.8.18
     

    朝日新聞は、東京電力福島第1原発の所長だった吉田昌郎氏が、政府の事故調査・検証委員会の調べに答えた非公開の聴取結果書を入手し、5月20日付朝刊でその内容を報じた。 

     「所長命令に違反 原発撤退」を大見出しにした上で、吉田調書などを根拠に「吉田氏の待機命令に違反し、所員の9割が福島第2原発へ撤退していた」と報道した。撤退した人の中には事故対応を指揮するはずのグループマネジャーと呼ばれる部課長級の社員もいたことから、「その後、放射線量は急上昇しており、事故対応が不十分になった可能性がある。東電はこの命令違反による現場離脱を3年以上伏せてきた」と指摘した。 

     その後も、「吉田氏、非常冷却で誤対応」「ドライベント、福島第1原発3号機で準備 大量被曝(ひばく)の恐れ」など、吉田調書に基づいた続報を掲載。社説では「吉田調書は最も貴重な国民の財産」として、公開を主張している。 

     また、朝日新聞のホームページでは、吉田調書の要約版を日本語と英語で公開(会員登録が必要)している。 

     朝日新聞社広報部のコメント「吉田氏が命じたのは、高線量の場所から一時退避し、すぐに現場に戻れる第1原発構内での待機だったことは、記事で示した通りです。10キロ離れた第2原発への撤退は命令に違反した行為です。一部週刊誌の『虚報』『ウソ』などの報道は、朝日新聞社の名誉と信用を著しく毀損(きそん)しています。厳重に抗議するとともに、訂正と謝罪の記事の掲載を求めています」

    ■「日本有数の技術屋だ」 現場作業員の奮闘ぶり、吉田氏高く評価
    産経 2014.8.18

    「吉田調書」では、吉田昌郎氏が現場の作業員について、「日本有数の技術屋」「(危険な)現場に(自ら率先して)行こうとすることに本当に感動した」と、高く評価する言葉を述べていた。調書からは「フクシマ・フィフティーズ(福島の50人)」と世界が称賛した勇敢な姿だけでなく、現場の作業員の有事での工夫と判断力で事故の被害を最小限に抑えられたことが浮かび上がる。

     平成23年3月11日に全交流電源喪失後、2号機では原子炉隔離時冷却系(RCIC)が動いているか確認できない状況が続いていた。12日午前2時55分にRCICの運転を確認したが、バッテリーが8時間しか持たないことから、電源の選別が迫られた。

     この時の状況について、吉田氏は「不要な負荷を全部切ったのは現場の判断。私がそこまで言っていない。私はそこまで分からないというか、逆によくやってくれたなと思っている」と語り、現場が瞬時に状況判断したことを評価した。

     また、バッテリーが足らない時には「うちの連中は、車のバッテリーを外したり、ものすごい知恵を働かせてやれることを全部やった」とも語った。

    さらに、事故直後に専門技能を持つ協力企業もいないなかで、ケーブルや給水ラインの調達、接続ができたことについても言及。「口幅ったいようだが、ここの発電所の発電員、補修員は優秀だ。今までトラブルも経験し、肌身で作業してきた経験があるから、これだけのことができたと思う」と評価した。

     そのうえで、「私が指揮官として合格だったかどうか、私は全然できませんけども、部下たちはそういう意味では、日本で有数の手が動く技術屋だった」と絶賛した。

     3号機爆発直後は、高線量のがれき撤去や注水のためのホース交換をしなければならず、作業員を危険な現場に送り出さざるを得なかった。吉田氏は「注水の準備に即応してくれと、頭を下げて頼んだ。本当に感動したのは、みんな現場に行こうとするわけです」と、危険を顧みずに職務を全うしようとする姿をたたえた。

    ■ヒーローが一転「逃げ出す作業員」「恥ずべき物語」に 朝日報道、各国で引用
    産経 2014.8.18

    外国の有力メディアは、「吉田調書」に関する朝日新聞の記事を引用し、相次いで報道した。韓国のセウォル号事故と同一視する報道もあり、「有事に逃げ出した作業員」という印象が植え付けられている。

     米紙ニューヨーク・タイムズ(いずれも電子版)は5月20日、「パニックになった作業員が福島第1原発から逃げ出した」と報じた。「朝日新聞によると」という形で、記事では第1原発所員の第2原発への退避を「命令違反」だと報じている。

     英紙ガーディアンは5月21日付で「『フクシマ・フィフティーズ(福島の50人)』と呼ばれたわずかな“戦闘員”が原発に残り、ヒーローとして称えられた。しかし、朝日新聞が明らかにしたように650人が別の原発に逃げたのだ」と記した。

     オーストラリアの有力紙オーストラリアンも「福島のヒーローは、実は怖くて逃げた」と見出しにした上で、「事故に対して自らを犠牲にし果敢に闘った『フクシマ・フィフティーズ』として有名になったが、全く異なる恥ずべき物語が明らかになった」と報じた。

     韓国紙・国民日報は「現場責任者の命令を破って脱出したという主張が提起されて、日本版の“セウォル号事件”として注目されている」と報道。韓国で4月に起きた旅客船沈没事故で、船長が真っ先に逃げたことと同一視している。

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    反原発派の致命的弱点 疫学不在

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    沖縄尚学、おめでとう。山城君すごい投手だ。次も相手は強いですよ。がんばっていこう。チバリヤ、ニセター。

    さてうちなーさんのコメントを読むと、まだこんなことを書いているのかとなんともいえない気分になりました。

    「低線量被曝の健康被害については食べて応援・政府広報NHKでも放送されています。
    内部被曝のベクレル数値を、わざわざ外部被曝のシーベルト換算にさせ被害を矮小化させる御用学者の動きがあります」

    つまり、福島の農産物を食べて応援しようという政府広報はけしからんということのようです(ため息)。 

    うちなーさん、あなたたち反原発派の何が最大の弱点がなにか分かっています? 

    あなたのコメントがそうであるように、あそこの評論家がこう言った、このメディアがああ言ったという「伝聞」の貼り付けばかりなんですよ。 

    反原発派の医者も指の数くらいはいますが、そのうちひとりでもいいから福島現地に残って1年間くらい地道な検診活動をしている人がいますか? 

    北海道のナントカ院長先生も、全国で講演はけっこうですが、引退しているんですから現地で検診のひとつもすればいいのです。 

    そしてその検診結果をデータベース化して分析し、異常があれば公表して世に問えばいい。それが福島事故の健康被害を論じる基本の基本ではありませんか。 

    それ抜きにして、「低線量被曝でガンが急増する」みたいなことばかりを言うからオオカミ少年扱いされます。 

    ならば、自分たちがしないのだから第三者機関、つまりは国家機関や国連科学委員会が発表することを前提にするしかないわけですか、今度はそれは「推進派だ」で切り捨ててしまいます。

    なぜかといえば、「ガン急増」の自分たちの意見と違うからです。 

    困った人たちですね。自分たちでは検診-調査活動はしない、第三者機関は信じない、信じられるのは自分と同意見の人の見解だけ。これでは議論が成立するはずもありません。 

    では逆に国連科学委員会が、「低線量被曝は危険だ。福島では甲状腺ガンが激増している」なんてバズビーみたいな報告書を出したら、間違いなく大喜びして錦の御旗にするんでしょうね。 

    私は「被爆」地の人間です。しかもその土の上で農を営んでいます。ですから、福島第1原発事故の当事者のひとりです。 

    私たちがしてきたことは、降りかかってきた放射性物質が、どこにどれだけ降下して蓄積したのかを測定し、それに対してどのように防御し、除去したらいいのか、健康被害はどれだけあるのか、ないのか、それらを現実のものとして考えることでした。 

    「被曝」現地にいる私にとって、はるか彼方に住む安全地帯の人間たちの低線量被曝健康被害論争をただの神学論争、それも神様が聞いていない神学論争だと思って見ていました。 

    たとえばうちなーさんは、「事故前までは食品基準は1ベクレルだった」と書いています。これは、典型的な非「被曝」地の人々の能天気な発想です。 

    今、現に原発事故が起きていて、放射性物質が量の多寡を問わず降下した時に、「基準は1ベクレルのはずだ」と言ってもまったく意味がないじゃないですか。 

    そんなことより、今のリアルな現実と向き合いなさい。 

    具体的な放射線防護の基準値は、 緊急時の救助等の活動を行う場合の職業被ばくの限度があり、事故後の時間経過 によって適用する基準があるように事故からの時系列で変化していきます。

    放射能の食品安全基準も同様な考え方に基づいています。 ECも米国もべラルーシ現地も同じです。

    ベラルーシは14年かけて漸次減らしていて、わが国のように1年目で100ベクレルにまで落すというのはむしろ稀なケースです。

    にもかかわらず、「事故前は1ベクレルだった、いやゼロベクレルだったから、食品基準はゼロベクレルだ」などという非現実的な反原発派の人たちの空論には辟易しました。

    私はこのような脳内被曝地獄の人達を放っておくしかないと思っています。

    「被曝」現地の地の人間として、危険だ危険だと言うだけで、土壌計測に来るわけでもない、検診活動もするわではないような口先人種は無意味だからです。

    しかし困ったことには、脳内被曝地獄の人の多くは、マスコミ人だったり、作家、大学教師だったりするために、ことあるごとにメディアで「福島に行くな」「福島から逃げるのが勇気だ」などといった暴言を吐く始末です。 

    さて、ここまで書けばうちなーさん、あなたがた反原発派の致命的欠点が何かおわかりになったでしょう。

    それは主張する内容そのものもさることながら、それが自らの疫学データによって検証されていないことです。 

    医者も少数ですがいるようなので、健康被害があるかないかなど、こちらの「被曝」地に来て自分で調べてみればいいのです。 

    しかし北海道のナントカ院長も、岡山のナントカ教授も、福島現地で検診活動などやる気はさらさらありません。 

    土壌線量と疫学調査をして、危険があるならあるんだし、ないならないのですよ、そうずっと言ってきましたが、彼らには肝心の基礎データを集める気配もありません。 

    まぁ現地にある診療拠点が、「ふくしま共同診療所」という過激派C派傘下の所しかないのだからしかたがありませんが。

    ですから、いつまでも、東京新聞がこう書いた、報道ステーションがこう言ったという伝聞ばかりです。 

    ではここで具体例として、低線量被曝が原因だと反原発派が主張する鼻血を取り上げてみましょう。

    鼻血は急性放射線症の典型的症状で、むしろ低線量被曝というより500ミリシーベルト以上の高線量被曝なのですが、朝日新聞「プロメテウスの罠」が火元で、それを双葉町元町長の井戸川氏が騒ぎ立て、「美味しんぼ」の雁屋哲氏が大々的に取り上げた事例です。

    AがBの原因であるという因果関係を立証するためには、人体にどのような症状が現れたのか、どこでどれだけの数が出たのか、原因と思われることはなにか、それとの因果関係の確率は何%か、と考えていきます。 

    これで統計学的に有意な数値(だいたい20%~30%)なら、「Aの原因がBである可能性がある」ということで有意ということになります。 

    これからさらに調査を絞り込んでいって、他の原因ではありえない、ところまでいけば、それが結論として認められることになります。 

    まず、鼻血がどれだけ、どの地域で出たのかの統計データが絶対に必要です。 

    井戸川前町長は「大勢でているが、皆んな黙っているだけだ」と言っていますが、こんな言い方では通りません。 

    だって、この論法なら「うちの村の住人は火星人ばかりだが、黙っているだけだ」と言っても誰も検証しようがありません(笑)。 

    検証するためにはいつ、どこで、どれだけの人が鼻血を発症したのかのデータが必須です。 

    特にどこで発生しているのかは大きな意味を持ちます。ちなみに雁屋氏は、福島取材をしたのちに鼻血が出たと述べています。 

    ならば当日の取材コースの中でもっとも線量が高そうな場所は福島第1ですが、福島第1原発見学コースの1時間あたりの放射線量は0.02マイクロシーベルトで、東京都の0.03マイクロシーベルトと同程度です。

    こんなていどの線量で鼻血が出るなら、東京は鼻血だらけです(笑)。

    東京は冗談としても、福島第1の見学者で2割ていどの鼻血や「耐えがたいだるさ」などが発症すれば、有意な因果関係が認められると言っていいでしょう。むろん、そんなデータはありませんが。 

    雁屋氏が自分の鼻血を放射能と関連づけたいのなら、いままでの見学者の見学後の健康記録が必要なのです。「福島から逃げることが勇気だ」などと言う前に調査してください。

    雁屋氏に同情すれば、因果関係の立証はかなりたいへんな作業で、放射能以外の原因もひとつひとつ潰していかねばなりません

    もちろん、福島で鼻血が出なかったということではなく、鼻血は多くの原因で出ました。

    たとえば、事故直後の震災瓦礫の粉塵、潮害の影響による影響が報告されており、季節的な花粉病と重なったケースもあります。他にも避難することによる健康障害が出ました。

    ①住み慣れた一軒家の我が家から離れて、集合住宅に越したことによる精神的ストレス
    ②食生活の変化による体質変化
    ③共同体的人間関係から離されての精神的ストレス
    ④職業を失ったことによる喪失感
    ⑤経済的な心配と先行き不

    その他にも別の観点で深刻な問題も発生しています。あとでもご紹介する南相馬病院の坪倉正治医師は地元民全般の健康問題についてこう述べています。

    「糖尿病の増加。仮設住宅や避難所生活での生活から、運動不足になったり、栄養の偏りによってコレステロールが高値の子供が増えているといいます。子供だけではなく大人にもこの傾向が見られるのが現在の福島県内における実情 」

    これを見ると、避難所などの人々の健康状態が決してよくないことが分かります。単に鼻血や甲状腺ガンなどばかりに注目するのではなく、トータルに健康状態をケアせねばならないことがわかります。

    ほかにも色々と精神的、あるいは身体的なトラブルがあるかもしれませんので、これをひとつひとつ潰していくわけです。 

    当然複合していることもありえますから、丁寧に解きほぐしていきます。医師というよりケースワーカーの仕事ですが、心と身体両方のケアが大事なのです。 

    どうも低線量被曝を騒ぎたい人たちは、放射能被曝と結びつけたいため、鼻血とか倦怠感、甲状腺ガンなどにばかり注目しているようです。

    らは福島現地の状況をトータルに見ずに、自分の関心事の放射能だけで見ているから、何も見えないのです。見えていないくせに声だけデカイから始末に悪い。

    そして、「福島は住めない」「除染しても無駄」などと放言するために、かえって現地に精神的ストレスを加えることとなりました。

    ところで医師の山本真氏の鼻血の全国と福島県の子供の調査データがありますので、ご紹介しておきましょう。
    http://www.j-cast.com/2014/05/13204626.html 

    山田氏は福島で事故直後から健康相談会を行なっていました。

    「そこで私は、調査を行いました。2011年3月~11月の機関、福島、北海道、福岡の3地域の小学1年生の何%が、鼻血を出したかを調べたものです。こんな調査をしたのは、私ぐらいだと思います。個人による小規模調査ですが、数が1000人規模なので、信頼性はあると思います。
    その結果が以下の通り。
    ●鼻血を経験した小学1年生の割合(2011年3月~11月)
    福岡・・・ 26.0%(159人/612人中)
    小樽・・・ 22.8%(164人/718人中)
    岩見沢・・・7.4%(32人/434人中)

    福島市・・・10.4%(8人/77人中)
    いわき・・・ 2.3%(8人/341人中)

    会津 ・・・3.2%(16人/499人中)

    福岡では26%が鼻血を出していたが、福島では2.3~10.4%です。原発事故の影響で鼻血が増えているということはありません。 

    福岡でなぜこのような高率なのか原因は分かりませんが、中国からのPM2.5などの影響があるのかもしれません。
    (下図参照 グラフはryoko氏による)
     

    Photo 

    の健康調査は貴重なものです。調査母集団も、福島第1原発に近いいわき市で341名採取していますので有意な数ではないでしょうか。 

    これを見る限り、鼻血が特に福島県で増えているということは考えられません 

    またさきほど紹介した南相馬病院の坪倉正治医師と、東京大学の早野龍五氏によるホールボディカウンター(WBC)の測定と分析結果かあります。

    南相馬で測定した約9500人のうち、数人を除いた全員の体内におけるセシウム137の量が100ベクレル/kgを大きく下回るという結果が出ました。これは測定した医療関係者からも驚きをもって受け入れられたそうです」 http://blog.safecast.org/ja/2012/09/dr_tsubokura_interview/

    この調査の時にも実は4名の高齢者が1万ベクレルという高い線量を持っていました。この原因もわかっています。

    「この方たちは、自分の土地で育てた野菜を食べていたこと、特に浪江町から持ってきたシイタケの原木から成ったキノコ類を食べていたということです。
    原因がわかると防ぐこともできるので、この分析は有益なものだと思います。しかし、実際のところ、このように庭に自生したものを食べている人は、地元にはまだまだ多いと懸念されています。

    では子供の被曝はどうでしょうか。

    坪倉先生のチームでは、これまでに、いわき市、相馬市、南相馬、平田地区で子供6000人にWBCによる内部被ばくの測定をしました。親御さんの心配もあり、この地域に住む子供の内部被ばく測定の多くをカバーしています。(一番多い南相馬市で50%強です。)
    6人から基準値以上の値が出ています。6000人に対して6人というのは全体の0.1%で、この6人のうち3人は兄弟です。基本的には食事が原因に挙げられるでしょうが、それ以外にもあるかもしれないそうです。
    子供の線量について、坪倉先生はこう分析します。 「子供は大人に比べて新陳代謝が活発で、放射性物質の体内半減期が大人の約半分ということがわかっています。ですから、子供の場合は例え放射性物質が体内に入ったとしても、排出されるのも早いです」

    私は北海道のナントカ院長の発言より、この3年間の地道な検診を続けてきた坪倉医師の言うことのほうを信じます。

    「福島から逃げろ」と叫ぶ前にやることは沢山あります。幸いにも福島県には、坪倉医師のように多くの献身的に検診を続けている医師や医療従事者たちがいます。 

    その人たちのこの3年間の努力の結果、貴重な疫学データを蒐集することができたのです。 「調査なくして発言なし」です。 

    うちなーさんのように、「外部被曝数値を内部被曝数値とすり替える」と怒るのは自由ですし、気に食わない専門家を「御用学者」とこき下ろすのも勝手ですが、考えが違う人たちとの議論の場には自分たちの疫学データを揃える努力がいるのです。 

    その共通の議論の場作りができずに、セクト的に固まって、「あいつは御用学者、こいつは推進派」と言い合ってハリネズミのようになっているのがあなた方です。 

    こんな気風で、原発が止められたら奇跡です。

     

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    週末写真館 朝陽に映える蓮畑

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    グアム移転という願望的妄想

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    うちなーさんの新しいコメントにこうあったのを読んで、まだこんな妄想が沖縄では生き残っているのかと脱力しました。 

    「米軍には、グァムを軍事拠点にする「グァム軍事開発計画」があり沖縄からの海兵隊移転(予定では2014年まで)があります」 

    がっかりさせてごめんね。元々そんなものはないよ。 

    これは沖縄では前宜野湾市長の伊波洋一氏が主張し出して、一時は当時政権内にいた民主党の川内博史議員や、社民党議員までが現地調査に出かける騒ぎを演じました。

    当時閣僚だった福島瑞穂氏などは「閣内で検討していく」と、まるで決まったような口ぶりでした。

    これに対して、身内である民主党政権内の当該担当の北澤防衛相と岡田外相が揃ってにべもなく否定しいます。

    「しかし、こうした主張に関係閣僚は否定的だった。北沢防衛相はグアムを視察した9日、沖縄の海兵隊は米軍の戦略上の必要性から維持されるとの説明を受けたという。このため、グアム移転は「日米合意から大きく外れる」とみている。
    岡田克也外相も11日の記者会見で「伊波市長から話を少しうかがったが、根拠がよく分からないと申し上げた」と述べた。
    一方、消費者・少子化担当相でもある社民党の福島瑞穂党首は10日に伊波市長と会談した後、「アメリカ自身が海兵隊のグアム移転を計画していることを示唆していただいた。貴重な提言を地元からいただいたので、内閣でこれを生かす形で議論したい」と前向きに検討する考えを示した」(朝日新聞2009年12月18日)

    まぁ、政権担当者としては常識的対応です。唯一福島瑞穂氏のみが「貴重な提言をいただいた」とはしゃいでいるだけです。 

    実際はどうだったのでしょうか。 

    火元は、先ほど書いたように沖縄では有名な反戦・反基地運動家の伊波前市長です。

    彼の「グアムに行ってほしい」「行くべきだ」が、「米国上院はグアム・テニヤン移転で決定している」という妄想に定向進化してしまったことに発しています。 

    それを普天間の現地自治体首長だということを最大限利用して、見学に来る本土政治家、マスコミにレクチャーして回り、岩上安身氏や有田芳生氏などが飛びついたわけです。

    岩上氏はこんなことを言う始末です。 

    「あと、同時にですね、宜野湾市長がですね、グアムの、飛行場の増設に関してのアセスメントの最終評価書が出たのを見て、最終評価書の中にですね、十分、現在の普天間の、部隊の収容が可能な容量の飛行場計画になっていると。
    これだったらば、グアムに移設は十分(可能)じゃないか。実はグアムに移設することを、アメリカも考えているんじゃないか。日本側の政府もですね、知っているじゃないか、そっちにするべきだというようなことを」
    (ニュースのトリセツ 2009年12月10日) 
     

    この岩上という人物は、原発事故でも妄想を垂れまくり、今やデマッターの殿堂に鎮座している人ですが、事故前から双葉より芳しだったのですね(笑)。 

    火元の伊波氏の主張は、宜野湾市のHPにあります。 

    「● 2006年7月に、米太平洋軍司令部は、「グアム統合軍事開発計画」を策定し、同年9月にホームページに公開した。その中で「海兵隊航空部隊と伴に移転してくる最大67機の回転翼機と9機の特別作戦機CV-22航空機用格納庫の建設、ヘリコプターのランプスペースと離着陸用パッドの建設」の記述。すなわち普天間飛行場の海兵隊ヘリ部隊はグアムに移転するとされた。宜野湾市では、この開発計画を2006年9月公開と同時に入手して翻訳して市ホームページ上で公開した。
    ● この「グアム統合軍事開発計画」について、宜野湾市としては普天間基地の海兵隊ヘリ部隊がグアムに移転する計画であるとしてきたが、前メア米国沖縄総領事は、紙切れにすぎないと言い、司令部機能だけがグアムに行くのだと主張した。しかし、この三年間この計画に沿ってすべてが進行しており、先週11月20日に、同計画に沿った「沖縄からグアムおよび北マリアナ・テニアンへの海兵隊移転の環境影響評価/海外環境影響評価書ドラフト」が公開された。ドラフトは、9巻からなり、約8100ページに及ぶが,概要版(Executive Summary)、及び第二巻「グアムへの海兵隊移転」と第三巻「テニアンへの海兵隊訓練移転」において、沖縄からの海兵隊移転の詳細が記述されている。海兵隊ヘリ部隊だけでなく、地上戦闘部隊や迫撃砲部隊、補給部隊までグアムに行くことになっている」
    (宜野湾市HP 2009年11月26日)
     

    この伊波氏の情報ソースは、二つの米軍資料、2006年9月公開の「グアム統合軍事開発計画」と2009年11月公開の「海外環境影響評価書」です。

    だいたいの基地反対派の皆さんは、原典をあたりません。 だから伊波氏がこのように既に移転計画が米軍にはあるんだぜ、と英文でチラっと見せられると一も二もなく信じてしまうようです。

    Ginowan001thumbnail2_2   (※写真 週刊オブィエクトによります。データなどを利用させて頂きました。ありがとうございます)

    上の米軍資料をちゃんと読めばわかるのですが、これは米空軍の配備ローテーション計画です。 

    それは伊波氏も先の宜野湾市資料で書いているし、上図青抜きのフレーズにもあるように、そもそもこれは空軍型のV-22オスプレイの話、つまり海兵隊じゃなくて空軍の話なのです。 

    ここであれ?と思わないでオスプレイ配備反対運動をしていたら、知識がなさすぎます。

    とうぜんこれが沖縄海兵隊グアム移転計画ならば、V-22と記されていなければなりません。 

    この米軍報告書は、在沖米海兵隊航空部隊のグアム移転について書かれたものではありません。

    「海外環境影響評価書」として、米空軍が有事や配備転換の際にどれだけの航空機をグアム基地で収容できるのかを調査した環境評価報告書なのです。 

    これを伊波氏は、グアム基地で格納施設を増築しているから、これは沖縄からグアム移転のためだと勝手に勘違いしたたわけです。

    もうひとつ彼は意図的見落としをしています。

    この格納庫建設は「一時配備Visiting」のためなのです。恒久的配備計画ではありません。

    もしこれが伊波氏がいうような陸上部隊まで含めた在沖海兵隊の本格的グアム移転なら「一時配備」なはずがないじゃないですか。

    Visitingは文字通り、グアム基地への訪問のことで、所属基地以外の航空機が訓練や有事で「訪れる」ということにすぎません。

    これをどこをどうしたら沖縄の海兵隊航空機と陸上兵員までの移転と読めるのでしょうか。

    グアムは、よく日米共同訓練などに利用されるように大規模な航空訓練が行われる場所です。 

    米軍は大規模演習の場合、一時的に空海、海兵隊の航空機が180機近く集結する施設が必要であり、そのための収容スペースを検討しているのです。

    そこを沖縄の海兵隊航空部隊も演習時に利用しますよ、というだけです。このどこが「グアムへの在沖米海兵隊の撤収計画がある」でしょうか。

    伊波氏が意識的に言っていたなら詐欺的発言、勘違いなら馬鹿です。

    テニアンに関しては、米軍の同文書に、こう述べられて相手にもされていません。

    テニアンの基地設置を支援するインフラには限界があり、水深のある港も無い。テニアンは訓練地として引き続き注目されているものの、基地設置の候補地としては除かれた」

    わざわれテニアンくんだりまで税金で行って、現地の首長に歓迎しますと言われて有頂天になっていた川内氏を見ていると、あの党が年中ニセメールなどで騙されているのがなるほどと思ったものです。

    いうわけで、このグアム・テニヤン移転デマは、4年前に完全否定されていますが、これを触れて回った伊波氏や岩上、有田、福島各氏が未だ訂正していないために、一部ではまだ残っていたようです。

    このような左翼知識人連中は、あの朝日新聞のように訂正せずにそのまま頬被りしてしまう悪い癖があります。

    ですから、デマだけは残り続け影響を与え続けます。悪しき習慣ですね。

    また、2010年7月には、在沖縄海兵隊キャンプ瑞慶覧バトラーの第1海兵航空団司令部のグアム移転が無くなり、沖縄残留が決定されました。

    これで、最終的に普天間のヘリ部隊(現在はオスプレイ部隊に更新)が、グアムに移転する可能性はゼロになりました。

    だって、司令部より後ろにいる前線部隊などありえないからです。

    うちなーさんが、ラムズフェルドなとという昔の国防長官がこう言ったああ言った、本土の評論家のなんとかさんがこう言った、ああ言ったというのは虚しいからお止めなさい。

    あるいはokinawazinさんのコメントのように60年代にはこういう計画があったなどと自分の主張に有利な枝葉ばかりにとらわれて、日米交渉の本筋を見ていません。

    それが嵩じると、この岩上氏のように「グアム・テニヤンに移転計画があるのに、それを隠ぺいして鳩山首相に教えないのは官僚だぁ」という陰謀論にまで発展してしまいます。

    もういいかげん、クールに見たらいかがでしょうか。願望と妄想で現実は動かないのですよ。

    辺野古移設問題の場合、なにが今大事なことなのか、なにが緊急度が高いのか考えねばなりません。

    辺野古移設反対を唱えている人たちは、鳩山氏のあれだけメチャクチャな迷走をよく知っていながら、今でも「県外移設」を主張しています。

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    上の写真はつい最近の反対派のデモ風景ですが、失礼ながら私は吹き出してしまいました。(写真 時事)

    スローガンの「普天間無条件返還せよ・辺野古新基地建設をとめろ」って言ってますが、前段と後段が整合していないじゃありません。

    「普天間返還」をするために辺野古へ移転するのであって、どっちも反対したらまた鳩山さんの時と同じ「国外・少なくとも県外」の振り出しに舞い戻りたいわけですか。

    第一、そんな「県外」はどこにもありません

    そもそも普天間飛行場は、近くにある兵員の駐屯地であるキャンプ・シュアブやハンセンから直ちに航空機に乗って緊急展開するために存在しているのですから、遠く本土に持っていくことは不可能です。

    奄美諸島や沖縄諸島もこれらの基地群を移動できるような面積はなく、あったとしても移設にかかるコストや時間が膨大になります。

    ならば、普天間移設は人口密集地の真ん中にあるという危険性の除去が目的なのですから、本島のできる限り市街地から離れた場所に移動するというのがベターなわけです。

    いや県外がダメなら国外があるさ、と伊波氏などの反対派は飛躍したがりますが、それならばもはや米軍基地を置くこと自体に反対なわけですから、日米同盟そのものをやめろということにになってしまいます。

    もしここで日米同盟をヤメロというならば、辺野古移転問題とはまったく違う次元の議論になります。

    反対派の皆さんのほんとうの狙いはそこにあるのは百も承知ですが、しかし、今そこまで言い出すと翁長市長を立てた「オール沖縄」選挙体制が崩れるから黙っているのでしょう。

    翁長さんは安保や集団的自衛権は賛成していますからね。

    ならば、こんな那覇市議会自民党と革新の相乗りという呉越同舟の夢から醒めて、「安保粉砕・辺野古移転阻止」を叫ぶ糸数さんあたりを革新候補に据えればよろしい

    このまま翁長氏が知事になれば、現実にいったん決定した知事承認を破棄する手段はないのですから、氏が安保を肯定する以上、今となんら変わらず、早晩オール与党内部での抗争が激化するだけです。

    なんのことはない、野心家の大ダヌキである翁長市長に革新が騙されているだけですよ。

    さて安保を破棄してしまえばどうなるのか、シミュレートするのは簡単です。

    今の防衛体制が自衛隊+米軍で想定していたことを、日本だけでやれということにすぎません。

    とうぜん、現行の軍備水準では間に合いませんから、日本もいままでの軍縮路線を捨てて(※日本はこの十数年、一貫して軍備を縮小し続けています)増強路線ということになります。

    これってけっこうリスクが多い道じゃないですか。たぶんGDP比率で2%程度を防衛費に当てねばならないかもしれません。

    また日米同盟を止めれば、米国の「核の傘」も自動的になくなりますから、中国の核軍拡(※中国は世界唯一の核軍拡の国です)に対応して、日本も核武装するのかという話になっていきます。

    まったく現実的ではありません。絶対にこのスパイラルに足を踏み込んではなりません。

    このようにリアルに考えると、残念ながら意外と結論の幅は狭いのです。

    本来、社会の根幹に当たる安全補償やエネルギー・インフラは、左右のイデオロギーで議論すべきではありません。

    互いに現実というテーブルの上で冷静に議論すべきことなのではないでしょうか。

    文末になりましたが、本日は終戦記念日です。先の大戦で亡くなられたすべての方々の魂の安らかなることを祈念します。

     

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    自主避難者は心気症にすぎない 脳内被曝地獄から抜け出せ

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    うちなーさんが、原発自主避難者について書いています。沖縄問題とはそれますが、こちらから先にいきます。 

    うちなーさんはこう述べています。

    「私自身、東日本大震災・福島第一原発事故後、沖縄県の避難支援援助があり、福島他避難の呼びかけを続けて来ました。多くの方は初期被曝をされ、健康被害を訴えています。甲状腺の異常、目の異常、疲れやすい、だるい他様々です。
    事故後は原発のない沖縄へ東北・関東以外全国から避難移住しているのが現状です。母子避難、一家バラバラ、多くの方々が精神的、金銭面と苦しみの中で暮らしています」

    困っている人を支えようという気持ちは尊いものです。 

    しかしこの「自主避難者」と名乗る人達が、ほんとうに悲劇的な人々なのかどうなのかについては大いに異論があります。 

    なにより、自主避難者の人達が避難した理由です。それは被爆の恐怖ですが、うちなーさんは彼らが、「甲状腺異常、目の異常、疲れやすい、だるさ」を発症していると言っています。 

    はっきり言いますが、ありえません。これは福島で住み続けている人々が圧倒的多数な以上、私はこう思ったなどという主観では済まされないことなので、明確に否定しておきます。 

    これに類似した訴えに例の「美味しんぼ」で妙に有名になった鼻血がありますが、すべて根拠のないデマの類です。 

    というのは、被爆が原因と思われる「耐えがたい疲労感」、鼻血などは医学的に定義されていて、それは急性被曝症状以外ありえません。 

    非常に高い放射線を一時に浴びた場合、鼻血や「耐え難い疲労感」が出る場合があります 

    その時の放射線量は一体どれだけだと思いますか。いいですか、500ミリシーベルトですよ。 

    100ミリシーベルトを超えた場合は、確定的影響が出ます。つまり確実に急性放射線症が出るのです。 

    ですから、もしほんとうに自主避難者が「耐えがたいだるさや疲労感」を訴えていて、それがうちなーさんが言うように「初期被爆」が原因ならば、その人は一時的に非常な高線量を浴びた可能性があるわけです。 

    もしそうならば、直ちに専門医を受診してホールボディカウンターで、体内の放射線量を測定してもらうべきです。 

    しかし私の知る限り、その人が原発建屋内にでも防護服なしでいたのなら別ですが、福島県内において、ましてや他県で500ミリシーベルトを超える被爆地域は存在しません。 

    福島において原発近隣県民が事故時に浴びた放射線量の平均は24ミリシーベルトです。この線量で急性被爆症が出ることは100%ありえません。 

    したがって、自主避難者の「自覚症状」は、精神的ストレスによる心気症(※欄外参照)である可能性が高いと思います。

    こういうなんでもかんでも被曝と結びつける精神の傾きを、あの小出裕章氏がうまいこと言っています。

    疫学調査を経ないまま『福島でこんな障害が』とすべてを被曝にむすびつけるでたらめも多い」(ニューズウィーク2013年月11日号)。

    まさにその通りです。この脳内地獄症候群の人たちは、なんでも被曝に結びつけたがります。  

    そして小出氏は、それが必ずしも反原発運動とは関係ないと見抜いています。   

    「(反対運動の新規参加者は)原子力に反対なのではない。と小出は言う。自分のところに火の粉が降りかかるのを恐れているだけだ」(同) 

    では、小出氏が言う疫学的調査結果をみます。 

    2011年夏という自主避難者が避難を開始し始めた時期に既に完全ではありませんが、政府のホールボディカウンターを使った疫学調査結果は出ていました。  

    ・2011年9月末までの福島県の住民4463名の内部被曝の疫学調査結果
    ・最大数値であった3ミリシーベルト・・・2人
    ・2ミリシーベルト           ・・・・8人
    ・1ミリシーベルト以下     ・・・・4447人

    セシウムが女性の卵巣に影響を与えるとすれば、750ミリシーベルト以上の被曝線量が必要です。それがチェルノブイリでの疫学調査の発症ラインだからです。

    セシウムは筋肉などに蓄積する性格をもっていますから全身均等被曝します。一定の臓器に蓄積されることはありません。 

    百歩譲って、卵巣にのみ蓄積されたとしても、福島の最大内部被爆量3ミリシーベルトは、チェルノブイリの750ミリシーベルトの、250分の1でしかありません。

    これで福島の女性が不妊になる、あるいは先天性奇形を出産することは断じてありえません。

    また甲状腺ガンの可能性は、原因物質の放射性ヨウ素は8日間ほどで急激に減衰するのですが、その間に適切な摂取制限がなされたために事なきを得ています。

    福島の千名を超える子供たちを対象に甲状腺の被ばく量を測定した結果、最大値でも35ミリシーベルトです。

    チェルノブイリでは実に10シーベルト(1万ミリシーベルト)という途方もない高線量の牛乳を子供に与えるという重大ミスをしているのとは、根本的に異なっています。

    なお、甲状腺の被ばく量としては、50ミリシーベルト以下ではがんは増えないという放射線医学の知見があります。

    それを裏付けるように今年4月に出た国連科学委員会(UNSCEAR)の最終報告書によって完全に否定されています。

    「人々が自身や自分の子どもの健康への影響を懸念するのは当然のことである」とUNSCEARの議長、カール=マグナス・ラルソン氏は述べ、「しかし、本委員会は、今回の評価に基づき、今後のがん統計に事故に伴う放射線被ばくに起因する有意な変化が生じるとは予想していない」との見解を示している。
    これらの解析結果は、様々な集団(小児を含む)の被ばく線量の慎重な推定と放射線被ばくを受けた後の健康影響に関する科学的知見に基づいている。
    解析によれば、対象とした集団のがん発生率への影響は小さいと予想されるとし、これは日本の当局側が事故後に講じた迅速な防護措置に拠るところが大きいとしている」
    (国連広報センター
     http://www.unic.or.jp/news_press/info/7775/

    したがってうちなー氏言うような、初期被爆による放射性ヨウ素を原因とした甲状腺異常の増加は、現時点でありえないと断言します。

    もし、自主避難者の方で甲状腺異常があるのなら、彼女が2011年3月中に暮らしていた場所、野外にいた期間、摂取した食物、検診の有無などについて本土の専門医に相談されることをお勧めします。

    ところで、今回の事故で100ミリシーベルトを超えた地点は皆無です。

    この100ミリシーベルト以下のいわゆる低線量の有害性については分からないと言う人が今でもいますが、これくらい研究されて疫学的実証データを持っている分野は医学では稀なほどです。

    医学者が「わからない」という表現をするのは、「解明されていない」という意味ではなく、「100ミリシーベルト以下は確率論だから発症するかどうかはわからない」という意味です。

    これを運動家やマスコミの一部はねじ曲げて、今でも「健康被害が出るかどうかわからないのだから、ほら見ろやはり危険なのだ」と言っています。

    もちろんこれで安心することなく、今後とも長期間の検診活動を続けていかねばなりませんが、むやみと体調不良を被曝と結びつけることはむしろ健康にとって有害だと思います。

    ところが、現実には「福島浜通りの女とは結婚するな」「福島に子供は行くな」「福島は人が住む所ではない」という差別が発生しました。

    昨今でも、室井佑月氏が子供を修学旅行に行かせるのは反対という発言をしています。

    後にも触れますが、今でも自主避難者の中には福島県産農産物を拒否する者が多くいます。

    このような根拠のない福島差別や恐怖は、かえって福島の復興を遅らせていることを自覚したほうがいいでしょう。

    そもそも、自主避難者の多くは福島県外から出ています。千葉、茨城、神奈川などといった遠距離地域においてはまったく避難する必要はなかったのです。

    必要がないのに武田邦彦などの放射能詐欺に騙されて避難したにすぎません。 

    ところで、うちなーさんがおっしゃるように、沖縄県は最多の避難者678名を受け入れていますが、地元の給食センターで福島県産農産物を使うななどと陳情し、摩擦を起こしています。 

    「事故後しばらく、『沖縄に避難したいが、福島産米を使っているようだ。大丈夫なのか』といった電話が相次いだ。多くは福島県以外の人だった
    沖縄は本県産米の全国有数の消費地で、給食も原発事故以前は2割が本県産米だった。2012(平成24)年度以降は使っていない」(福島民友新聞14年1月4日)
     

    また、那覇市で青森からの雪のプレゼントの行事を企画した「はぐくみ児童クラブ」で三線を指導する当間栄助氏は、こう述べています。

    「ウチナーンチュ(沖縄の人)は避難者に同情的だが、避難者が放射能への不安を強調すればするほど『避難者こそ放射能を運んできたのでは』との反感が生じる。避難者は自ら、沖縄で暮らしにくくしている』と残念そうな表情をみせる」(同)

     このような自主避難者の過激な行動は当然のこととして地元の顰蹙を買い、いっそう受け入れ地域と摩擦を起こして、住みずらくなり、またストレスが溜まり心気症が募り、それをツイッターなどで仲間内に拡散して尚更ひどくなる、という悪循環に陥っています。

    そしてうちなーさんがこのように言うとおり一家離散です。

    「母子避難、一家バラバラ、多くの方々が精神的、金銭面と苦しみの中で暮らしています」

    そして、避難したくなかった夫や子供とのいさかいは絶えず、避難先では仕事も見つからずに収入が激減し、一家離散の人達も多く出ているのが現状です。

    これは誰を恨んだらいいのでしょうか。一般的に原発を恨むのは筋違いです。放射能の健康被害を隠している政府?それは妄想です。

    その恨みは、騙した人間たち、あえて名を記して記憶に留めますが、上杉隆、岩上安身、早川由紀夫、そして誰より武田邦彦といった醜悪なデマッターたちに向けられるべきです。

    事故直後は誰しもパニックになったものです。しかし3年もたって、これだけ福島事故の情報が出ているのに、いまだ放射能パニックが治癒しないとなると、もはや単なる愚行にすぎません。

    自主避難者は、早く脳内被爆地獄から覚醒して、故郷に戻って元の穏やかな生活を再開すべきです。 

    心気症は、重大な病気にかかっているという恐怖感にとりつかれる障害です。
    心気症は20~30歳で起こることが最も多く、男性にも女性にも同程度にみられます。心気症の人には、うつや不安もみられる場合があります。
    心気症の場合、重大な病気にかかっているのではないかという患者の心配は、体の正常な機能についての誤解から発していることがよくあります。
    医師が診察して心配ないと説明しても、不安は解消されません。心気症の人は、医師が病気を見落としているのではないかと考えがちです。
    『メルクマニュアル医学百科』より抜粋)

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    普天間移設 交渉には相手がある

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    藤代が負けました。がっくりきましたが、いい試合でした。気を取り直していきましょう。

    普天間移設問題を考えると、日本国内でドメスティックにくたくたと煮詰まっています。

    はて?この移転交渉は 国内問題なのかな?それとも国際問題なのかな? 

    答え。普天間移設問題は外国との交渉事です。あたりまえですが、「交渉」には相手国とがいます。忘れてはいませんか。

    いいですか、普天間移設問題は、国内の政治問題でも、ましてや沖縄県内の政局でもないのです。 

    最大の交渉相手は沖縄県でもなければ、ましてや名護市でもなく米国です。どうしてこう前提常識を抜かして議論しているんだろうと思います。  

    したがって、この普天間問題は国内問題ではなく、国際交渉です。 

    この問題に関して交渉の相手国である米国はどう思っていたのか、聞いて見ても損はないでしょう。  

    結論からいえば、米国は日本側のドタバタをやや呆れて眺めているというところでしょうか。  

    基地を縮小して負担軽減をしたいと言い出すから協力してみればなんと14年も時間がかかり、今度は「国外、最低でも県外」と叫んでチャブ台返しまでする奴が現れ、挙げ句の果てに結局振り出しです。  

    もはや状況は絶望的に普天間固定化に向けて走り出していました。本土政府と仲井真知事が解決の時と決断するまでは。  

    このようなタイミングを、解決ための「時の時」と呼びます。今解決しないとダメたという天王山のことです。  

    まず前提として、そもそも米国は普天間を出て行きたくはないことを理解して下さい。  

    よく米軍のために移転計画があるように言う人がいますが、それはまったく誤りです。 

    米軍にとって移転するメリットはなにもありません 

    普天間基地の性格を考えてみるとそれがわかります。普天間基地は陸軍のキャンプではありません。そうだったのならとっくの昔に移転が完了していたことでしょう。 

    普天間基地は、東アジア有事に備えた海兵隊の緊急展開用航空基地なのです。今、私は三つのことを同時に言いました。  

    以下分かりやすく整理するために、できるだけ感情を排して箇条書きにしてみます。 

    ①東アジアを中心とする広域の有事に備えた基地である
    有事に際して最初に投入される海兵隊の拠点である
    ③オスプレイを運用する航空基地である
     

    ですから、基地の移設は以下の5つの条件を満たしていなければなりません。

    ①紛争が予想される朝鮮半島、台湾、インド洋などに短時間で展開が可能な場所
    ②海兵隊のもうひとつの投入手段(パワープロジェクション)である強襲揚陸艦の港が近くにあること
    ③兵員が日常的に駐屯するキャンプがそばにあること
    ④MV22-オスプレイと給油機KC-130を運用できること
     

    また、忘れられがちなことは、単に初動だけではなく

    ⑤やや遅れて米国本土から応援に駆けつける大量の航空機と兵員を受け入れ可能な基地である  

    17年間、県内、県外のいくつもの候補地が消えたのは、これらの諸条件を満たさなかったからです。  

    その中でギリギリなんとか条件を満たしそうな場所が辺野古だったのです。辺野古には他の候補地にない以下の利点がありました。

    ①キャンプ・ハンセンという駐屯地と隣接している
    ②海岸なので航空事故の危険が少ない
    ③地元の辺野古地区が受け入れを表明している
     

    しかし一方、米国からみればデメリットもありました。  

    ①辺野古は滑走路が1200m2本であり、普天間の2800mの半分の長さである
    ②そのために離発着の機種の制限を受ける。たとえば、普天間基地には離着陸出来たC-5やC-17などの大型戦略輸送機は、滑走路が短い辺野古では使えなくなる 

    これでは有事の際に米国本土から応援に来る大量の兵員や装備を運ぶ大型輸送機が使えません。  

    おそらく嘉手納基地を利用するという妥協を米国に呑んでもらったものと思います。 もう一項あります。 

    実戦基地の機能を移動するということ自体が大変である  

    かつてのフィリピンのクラーク空軍基地のような完全撤収ならともかく、前線基地としての機能を維持しながら移動するということは、そうとうな技術的難しさを伴います。 

    特に今のような東アジア情勢が不安定な時期に基地の引っ越しなどはしたくない、それが米軍の本音です。  

    このように見てくると、米国がよくこんな損なことを納得したなと感心するくらいです。  

    おそらく、民主党政権末期には、米国はもはや日本政府は解決能力を喪失したという見切りをつけ始めていたはずです。  

    いつまで待ってもまとまるどころか、グアム、テニヤンなどというあらぬ空想まででて来る上に、反米闘争の象徴のようになってきたのですから、米国からすればたまったものじゃありません。  

    米国からすれば、「もう止めない、この話」というのが偽らざるところでしょう。 

    沖縄基地の重要性に象徴される日米同盟という背景がなければ、米軍はとっくにさっさとフィリピンのように立ち去ったはずです。  

    では、ここで米国かブチ切れて普天間移設がおじゃんになった場合を考えてみましょう。 

    移設反対派の皆さんは大喜びするでしょうが、米国はこれで代替案が完全に消滅したと理解します。 

    普天間基地は絶対に必要な基地な以上、宜野湾市のど真ん中だろうがなんだろうが、居続けるしかないことになります。  

    100%普天間基地の永久固定化が決定します。最終的かつ完全に、です。  

    もはや二度と普天間基地を撤去するということに対しての協力は、米国から得られないでしょう。  

    基地はいきなり全部なくなりません。漸進的に粘り強く、危険なものからひとつずつ気長に交渉して返還してもらうしかないのです。 

    次に、問題はそれに止まりません。あくまでも普天間基地の代替があってのSACO(※)縮小計画ですから、嘉手納以南の基地縮小計画はすべて凍結されます。  

    そして、よくここまで踏み込んだ約束をしたと思われた本土政府の日米地位協定改訂交渉もなくなります 

    整理します。今この段階で移設計画が挫折した場合  

    ①普天間基地は宜野湾市のど真ん中で半永久的に固定化される
    嘉手納基地以南の返還計画が凍結される
    日米地位協定の改定交渉が凍結される
     

    さてこのように見てくると、普天間基地は出て行け、辺野古には作らせない、日米地位協定は改訂しろなどということは空論にすぎないことがお分かりになっていただけたでしょうか。  

    これらすべては包括的につながり合って出来ています。交渉というものは゛ひとつを得るためにはひとつを譲らねばならないものだからです。 

    全部寄こせでは交渉になりません。たたゴネているだけです。 

    ですから、こちらが得ることの軽重をつけねばなりません。なにが大事かのリスク評価をせねばならないのです。  

    仲井真知事は県議会でこのように述べています。  

    「一番大事なことは普天間基地というのが町の真ん中にあるのを街の外に出そうと危険性をぐっと避けようと、そういうことですから、辺野古であっても町から離れている。
    ほとんど海で出たり入ったりするものというのは危険性がぐっと落ちるでしょう。そういうものはあるていど認めざるをえないんじゃないでしょうか」
     

    仲井真知事がいいたかったことは、普天間という最大のリスクを除去するためには,より小さなリスクの辺野古を取らねばならず、それによって日米地位協定や嘉手納以南の移設への道も開けるのという展望です。 

    それは、今の沖縄の中では即時基地ゼロを唱えるより遥に勇気かいることなのです。 

    原発もそうですが、即時ゼロとか基地ゼロを叫ぶのは簡単です。 

    しかし、それでは現実は何も変わりません。 そんなことを受け入れるほどリアルポリティクスは甘くないからです。それは解決案ではなく、政治的スローガンにすぎないのです。 

    ひとつひとつ問題点を明らかにして解決していく努力をすること、ひとつひとつ基地を返還させていくこと、これが結局は近道なような気がします。

     

                。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚  

    SACO Special Action Committee on Okinawa(沖縄に関する特別行動委員 会)の略であり、沖縄に所在する米軍施設・区域にかかわる諸課題に関し協議することを 目的として、平成7年、日米両国政府によって設置されました。(防衛省HP)http://www.mod.go.jp/j/approach/zaibeigun/okinawa/saco_final/  

    ●[普天間基地と辺野古新規増設の面積比較 

    ・普天間基地面積    ・・・480h
    ・辺野古新規建設部分 ・・・160h 
     

    辺野古だけで320h基地面積は減少することになります。 

    また米軍基地は、既に1996年12月に日米合意した沖縄に関する特別行動委員会(SACO)でこのような縮小計画が決まっています。
    (沖縄県 「SACO最終報告による米軍施設・区域の返還案」)
    http://www.pref.okinawa.lg.jp/site/chijiko/kichitai/documents/2sho.pdf  

    ●[在沖米軍基地縮小計画]  

    ・那覇港湾施設 ・・・60h
    ・牧港補給地域・・・270h
    ・普天間基地 ・・・480h
    ・キャンプ瑞慶覧・・・157h
    ・キャンプ桑江  ・・・70h
    ・北部訓練場・・・4000h
    -------------

    ・縮小面積計 ・・・5037h

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    「米軍基地が経済発展を妨げている」というのは真実か?

    055
    「うちなー」という方からのコメントについてもう少し続けます。 うちなー氏はこう書いています。

    「既に基地には依存しない社会ができており、経済発展には基地は邪魔者でしかない。 無い方が今後の賃金上昇、活性化が見込める。 現在、全国ー低い低賃金・待遇でも、多くが共働き、支えあい精神で生きている。米軍基地がどうしても必要なら必要な地域で受け入れをすべき」

     それは「もはや沖縄経済は基地依存ではない。基地は沖縄の発展を妨げている」という趣旨ですね。 

    ここで私は、ああなるほどなぁと思いました。 

    この人はたぶん宜野湾から以南に住む人ではないでしょうか。同じ中部でもコザ(沖縄市)以北の人間ならこのような言い方を簡単にはしません。 

    Base

    上の地図を見ると、沖縄の米軍基地は南部にはほとんど存在せず、那覇軍港、牧港補給地区には既に返還計画があります。

    基地の中心は、中部以北にあることに気がつきます。 

    また、航空騒音を発する飛行場は普天間と嘉手納で、兵員の駐屯地も北部です。 

    このように見ると、普天間飛行場が例外的に「経済発展を阻害している米軍基地」という構図で見ることの出来る地点ではないかと思われます。 

    逆に言えば、この宜野湾市を除くと、よく言われる「基地依存か経済発展か」という単純な図式は成立しないのではないでしょうか。 

    もうひとつこのデータを見て頂きましょう。2006年の仲井真氏と糸数氏との知事選は、米軍基地を争点とした今どき珍しい保守対革新の一騎討ち選挙の時の自治体別得票数データです。 

    その選挙の集計結果と、米軍基地収入の自治体財政に占める割合、そして基地面積を一覧した表をご覧ください。(欄外資料参照) 

    当時、普天間の辺野古移設容認を掲げていた仲井真氏の得票率が50%を超える市町村は以下です。 

    ・国頭村・・・仲井真得票率70%  基地占有率23%
    ・伊江村・・・         68%         35%
    ・金部町・・・         65%         59%
    ・東村 ・・・          3%         42%  
    ・嘉手納町・・・       57%         83%
    ・名護市・・・         56%         11%
    ・恩納村・・・         55%         29%
    ・沖縄市・・・         54%         36%
    ・宜野湾市・・・       52%          33%
     

    以上の得票率を見ると、基地現状維持派が5割を超えるのは、いずれも基地のある北部から中部にかけての自治体だと分かります。 

    逆に、基地撤去を掲げた糸数候補が勝利した基地依存度が高い自治体はふたつ、北谷町(ちゃたん)と読谷(よみたん)村に限られています。 

    そのうち読谷村は、糸数氏の地元であり、北谷のあるキャンプ瑞慶覧は縮小が決定していました。 

    一方、糸数氏が勝利した自治体は、南部の住宅地である西原町、豊見城(とみぐすく)市、南風原(はえばる)市などです。 

    いずれの自治体にも基地はありません。豊見城市に典型なように県外移住者も含めて人口が激増しており、企業進出も盛んで、経済成長が著しい地域です。 

    この選挙結果から見えるのは、北部から中部にかけて、「基地経済」に強く依存している地域ほど基地の現状維持を願っていることです。 

    「基地経済」とは、自治体への地代や、見返りとしての振興策など有形無形の基地に依存した経済のことですが、これに寄り掛かれば寄り掛かるほど自治体経済が安定するという結果になっています。 

    その意味で、北部から中部にかけての地域において、「基地は資産」であり、「経済か基地か」ではなく、「基地で経済を」が実情です。

    地域に基地がなく、基地公害と無縁な中部地域の南側及び南部地域は、沖縄の建て前である「反戦・反基地」という革新スローガンを受け入れやすい風土があります。 

    沖縄を本土の人が見る場合必ず誤るのは、イデオロギー対立で見てしまうことです。

    「保守対革新」「基地容認対基地反対」「自民対反自民」などという安易な二項対立の中に入れて判断しがちです。 

    また、困ったことに沖タイ、琉新などがその視点だけで報道しています。そのほうが本土の朝日新聞やTBSのようなジャーナリズムに受け入れられやすいからです。

    しかし、私は沖縄には、基地経済に依存している地域が多いという厳然たる事実を知った上で、普天間移設に象徴される基地問題を考えるべきだと考えています。 

    経済発展を続ける南部とその周辺にとって基地は邪魔なだけであり、貧困と過疎から抜け出せないでいる中部・北部地域にとって基地経済は失うことのできない重要な経済手段なのです

    その意味で、普天間問題は沖縄における南北問題でもあるのです。

    現時点の首長の支持自治体分布を見ると、前々回選挙の分布状況に似たものが伺えます。(欄外参照)
    つまり、中部から北部にかけて米軍基地がある自治体首長が仲井真支持自治体で、仲井真不支持は「反戦市長」の稲嶺氏の名護、糸数元候補の出身地の読谷、発展が著しい北谷のみです。
    ヤンバルの大宜味、今帰仁には基地がなく、南部の北中城、中城、西原、南風原にはもちろん基地はありません。
    このように基地がない自治体が「反戦・反基地」を叫び、基地がある自治体が移設容認の仲井真知事を支持するというねじれた関係にあります。

              ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

     

    Photo_2              (日経新聞那覇支局長 大久保潤氏による)

    現時点での仲井真氏を支持する首長
    ・宜野湾市・石垣市・浦添市・糸満市・沖縄市・豊見城市・うるま市・宮古島市・南城市・国頭村・東村・本部町・恩納村・宜野座村・金武町・伊江村・嘉手納村・与那原町以上 中部から北部(やんはる)にかけて

    以下離島
    渡嘉敷村・座間味村・粟国村・渡名喜村・南大東村・北大東村・伊平屋村・伊是名村・久米島町・八重瀬町・多良間村・
    与那国町
    以上30人

    仲井真知事不支持首長
    那覇市・名護市・大宜味村・今帰仁村・読谷村・北谷町・北中城村・中城村・
    西原町
    南風原町
    離島・竹富町
    以上11人

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    「うちなー」さんにお答えして

    005

    ウチナーさん。コメントありがとうございます。(全文は欄外に)

    さて私は沖縄の米軍基地がカウント方法の違いで何%になろうと関心はありませんし、「金目」などと書いたこともありません。

    といっても、沖縄に過重な負担がいっていることは疑う余地がないことで、私の問題意識はそれが沖縄の社会や経済にどのような歪みを残してきたのかを見ています。

    本土は、沖縄に過重な基地負担があることもわかっていますし、かつての沖縄戦に対しても贖罪意識も強く持っています。

    だからこそ、普天間移設を考えたわけです。そして米軍基地縮小計画も存在するし、その進展のネックになっているのが普天間移転問題だと私は書いています。

    ウチナーさんはこう書いています。

    「米国の嘉手納統合案容認もある中、当時の自民政府が強力に辺野古基地移設を進めたのが実情」

    さておっしゃる嘉手納統合案ですが、事実誤認です。確かに鳩山政権時代に民主党県連会長だった喜納昌吉氏や、民主党政権の外相だった岡田克也氏がそれを提案したことは事実です。

    民主党政権が出した唯一の現実的プランでしたが、それを聞いた自民党関係者が「あの案ならとっくに検討済みだ」と言ったように、実は1990年代後半から幾度か検討されていて、一時は日本側はこの案にかなり前のめりになった時期もあったほどです。 

    しかし米国側からは以下の理由で拒否されています。 

    ①通常は数基しかいない嘉手納基地に、海兵隊の大量の低速のヘリと高速の戦闘機を管制官が同時に管制するのは技術的に困難 
    ②移設が実行されれば平時でもヘリ、戦闘機が各々60~70機ずつ訓練を行う飛行場となる。有事には増援などにより2~3倍の機体が集結すると考えられ、それを嘉手納一ヵ所でまかなう事は不可能 
    ③嘉手納は当時から騒音が問題視されており、P-3Cの駐機場を移転したり、防音壁を設置したりしていた。普天間の機体を収用すれば嘉手納、北谷両町にとっては更に劣悪な環境となる  

    また1996年7月、在日米軍作戦部は嘉手納統合案の研究に絡めて、普天間の固定翼機を含めた基地機能の移設を目標に据えた技術評価を実施しています。 

    その結果、以下の規模の収容能力が必要だという結論が出て、日本側に通知されています。 その結果、このように収容機数が変化することがわかっています。

    普天間・・・平時71機      戦時最大230機
    ・嘉手納・・・平時108~113機 戦時最大390機
     

    よく沖縄の米軍基地の役割を理解していない人が勘違いするのですが、沖縄は前方展開戦略(Forward Deployment Strategy)の中に位置づけられていますから、ここだけで考えるわけにはいきません。

    どこかで紛争が起きた場合、とりあえず駐留している航空機や兵員で対処し、それで時間稼ぎしている間に、米本土から応援部隊を呼ぶという段取りになっています。

    そのために、普天間基地がないと嘉手納基地には有事に応援部隊まで含めると実に5倍もの620機もの航空機を収容せねばならないことになり、物理的に不可能です。

    第一、そんな状況になったら 嘉手納周辺の生活環境は文字どおり住めなくなります。

    基地反対派は、うちなーさんのように初めから本土政府が辺野古案を強引に決めたような言い方をよくしていますが、それも間違いです。 

    あくまでも消去して行ったら辺野古しか残らなかったのです。そうでなければ14年もかかりません。 

    いちおう文末に候補地とそれがダメだった理由を一覧にしておきました。わかっているだけでも18箇所あります。

    次に、公共事業にハコモノが多いことは事実で、私も触れています。

    言ってはナンですがハコモノや橋梁や港湾、道路などは本島ではやるだけやってしまって、実際あの狭い島でこれ以上の公共事業は詰め込めないのが現状です。

    沖縄の友人がわが県にきて、余りに社会インフラが貧弱なので驚いていましたが、これが全国相場なのです。

    そのことは本土政府も認識しており、ハコモノだけではなく研究所とかIT産業も誘致しましたが、今ひとつ地元経済の浮揚にはつながっていないのが現状です。

    有名な逸話に、ある大学研究所を誘致して地元説明会をしたところ、地元業者からは「そこでうちの弁当売らしてくれないか」と言われてガクッときたという話もあります。

    今後あるとすれば、沖縄の地の利を活かしたアジアの流通ハブに対しての投資でしょう。それについては仲井真知事時代に素案ができていて、次期ではその具体化に入るでしょう。

    交付金が12位がどうしたとかおっしゃっていますが、交付金一般ではなく、沖縄だけの「振興予算」関連全体を見て下さい。

    各省庁予算の分配においても沖縄は別格であって、それの調整のために那覇地方合同庁舎にある内閣府沖縄担当部局までがあるのを知らないのですか。

    防衛施設庁がらみの予算も、沖縄防衛局という形で全部他の県とは別扱いです。

    また交付される予算のみならず、復帰特措法がらみの減税措置や公金支給率などの形を借りて生活の隅々まで浸透していることも書いています。

    ところで、うちなーさんは沖縄の土建業者が孫受けで、利益は本土のゼネコンが吸い取っているから、沖縄の賃金は全国一安いんだと書いています。

    続けると、だから沖縄は本土の植民地なのだとなっていくわけですが、これは左翼政党の定番的主張にすぎません。

    ちなーさん、世間知らずだなぁ。自分の目で見て書いてないでしょう。

    たとえば、代表的な元請け-下請け関係は建築業ですが、大手の下請けをしていると、地元業者から仕事を貰う時に全国ブランドの仕事をやっているということでいいハクになります。

    特に官公庁関連や初めて仕事を受ける場合などは大きなメリットです。

    だから沖縄の業者もべったりと下請け化しているというのではなく、随時大手の仕事を受ける程度に依存しているといったところです。

    下請けをすることによって、大手のような自社の営業人員がいらずに済むし、一社でやるより競争力がついて契約率が高くなります。

    実際中小零細の場合、それらを考えると価格で勝負するしかないので、結局は下請けやってるのと利益率は変わらなくなってしまいます。

    また大きな仕事だと資金力が必要なので、この心配ががいらないのでイニシャルコストが安く上がります。

    俗に、下請けは立場が弱いと言われているようですが、必ずしもそうではなく、きちんとした仕事をして、仕事の出来る職人を抱えていると、充分に大手との交渉力を持つものです。

    結局、大手と下請けは持ちつ持たれつといったところで、収奪-被収奪の関係ではありません

    もし、言われるように大手元請けが買い叩くだけなら、必ず下請けは仕事の質を落としていきます。

    すると高温多湿の沖縄ではもうクレームだらけとなり、次からの発注はなくなります。

    このようなことを知らずに、下請け=弱者と決めつけるのは、こんな機微も知らないお役人左翼の発想ではないでしょうか。

    うちなーさんは「本土企業の進出」をまるで悪人達の侵略のような気分で書いていますが、被害者意識だけで見すぎです。

    さて、本土政府はいままで復帰以降、10兆円近く沖縄に投入してきました。

    しかし、うちなーさんがおっしゃるように賃金は全国最低、失業率も最低、学力も最低という悪しき三冠王でありながら、なんとなく喰えてしまう。

    この原因がどこにあるのか、本土が悪い、ナイチャーにやられたというだけではなく考えるべきでしょう。

    うちなーさんはこうも書いています。

    「既に基地には依存しない社会ができており、経済発展には基地は邪魔者でしかない。 無い方が今後の賃金上昇、活性化が見込める。 現在、全国ー低い低賃金・待遇でも、多くが共働き、支えあい精神で生きている。米軍基地がどうしても必要なら必要な地域で受け入れをすべき」

    うちなーさん、共働きは本土も一緒だよ。確かに地域の共助は沖縄の美点ですが、それだけでは生きられません。

    そして貧困の原因をあたりまえのように米軍基地と結びつけようとします。ほんとうにそうなのでしょうか?

    現実はあなたが言うように「どうしても必要な地域」のみで受け入れているのではありませんか。データを見ます。

    最大面積の北部訓練場以下、キャンプハンセン、シュアブは金武、宜野座、名護などヤンバルです。

    ヤンバルの自治体収入に対する基地依存率をみます。

    ・宜野座・・・39%
    ・金武  ・・・37%
    ・恩納  ・・・26%
     

    多くの北部の自治体は基地なしでは独自財政が成りたたないことが分かります。

    では一方、基地以外の収入が多い発展する中部をみます。

    ・宜野湾・・・4%
    ・読谷  ・・11%

    普天間飛行場のある宜野湾ですらわず4%です。もはや米軍基地はお荷物以外何ものでもないのが理解できます。

    また宜野湾は今や那覇から続く広域首都圏となっていて、ベッドタウン化しています。

    こんな地域にとって、ただ危険であるばかりか、その跡地利用まで考えるとさっさと出ていって欲しいという気分もよく理解できます。

    まったく米軍基地がない南部に至ってはさらにそうでしょう。

    ・西原 ・・・0%
    ・豊見城・・・1%

    このように一口で「沖縄」といっても、産業が振興している南部から中部にかけてと、ヤンバルでは条件が大きく違うのがお分かりてょうか。

    だからこそ、宜野湾の普天間飛行場を受け入れる余裕があるヤンバルの辺野古に移転するということです。

    ちなみに現地の辺野古3地区は受け入れ容認です。

    全国一低い賃金は、基地とは直接関係ありません。むしろ基地は雇用を創出しているくらいです。雇用だけではなく、軍用地主のような不労所得層も。

    私は一貫して基地を対抗軸にして回るような沖縄から、自立した沖縄になるにはどうしたらいいのかを考えてきました。

    逆に言えば、今の沖縄の保革共に「基地」と無縁ではいられないというしがらみ構造こそが問題だと思っています。

    「基地は経済発展に邪魔物」とのことですが、おそらく普天間跡地の開発などを指しているでしょうが、だからこそ移転してもっと地元が望む地域へ移動すべきなのです。

    地位協定については、私も同感ですが、今回の安倍政権は、移転とセットで見直すと言っています。

    信じられるか、とおっしゃりたいのでしょうが、今後も見ねばなんとも言えません。

    ただし、あえて言っておけば、ヨーロッパも含む外国に駐留する米軍も日本と同一の地位協定を締結していて、特に沖縄を差別してこのような地位協定があるわけではありません。

    ですから日本だけの見直しが出来るかどうかはわかりません。

    最後に捨てぜりふ的に「暮らしてみろ」とのことですが、暮らしていましたよ(苦笑)。それもおそらくはあなたより過酷に。

    私は沖縄の名護で農業をしていましたし、その前は那覇で零細印刷会社で働いていました。めちゃくちゃにハードで低賃金でしたが、楽しく暮らさせて頂きました。

    いわば沖縄底辺生活とでも言うべきもので、沖縄の賃金が本土との実感比較で半分なことも身に沁みて知っているつもりです。

    うちなーさんは本土からの進出企業が沖縄資本をいじめるので低賃金だと言っていますが、それだけが理由でしょうか。

    沖縄の企業の大部分は中小零細の家族経営です。だから、従業員に対する待遇や保障を長年おろそかにしてきました。

    そのために、沖縄の青年たちの多くは学校を出ると、さっさと本土に就職してしまうではありませんか。これもナイチャーのせいですか。

    そしてこのような島の中小零細には労働組合はありません。組合があるのは官公労ばかりです。

    本土並賃金なのは公務員だけで、彼らエリートだけの組合である官公労が事実上唯一の「働く者のための闘争組織」であることが沖縄の悲劇なのです。

    そして彼らエリートは中小零細の労働条件向上には目も向けませんでした。そして政治闘争に明け暮れてばかりいたのです。

    賃金が低いのはナイチャーが悪い、基地があるのはナイチャーが悪い、なんてもかんでも本土のせいにしてきたのが、沖縄の一部の皆さんの悪い癖です。

    忠告しますが、自分だけが差別されて地獄のような境遇の地域にいるのだというような気持ちにはならないように。

    それは精神衛生上よくないばかりか、裏返しの特権意識にすぎませんから。

    最後にひとつだけ。

    私は沖縄に対して塩辛いことばかり言っています。ですから沖縄を嫌っていると思われることもあるようです。

    とんでもない。私は沖縄がすっくと立ち上がり、本土に依存しない誇りある島として歩んで頂きたいだけです。

    そうでなければ、これから厳しさを増すばかりの東アジアの中で、この美しい島は生き残れないからです。

    普天間移設候補地とそれが否定された理由一覧

    ①嘉手納弾薬庫案・・・農業用ダムと希少生物棲息地のために却下
    ②嘉手納飛行場統合案・・・本文参照
    ③キャンプ・ハンセン案・・・工事の難しさと騒音問題で却下
    ④杭打ち桟橋工法(QIP工法)案・・・米側の攻撃に脆弱との反対で消滅
    ⑤メガフロート(ポンツーン方式)案・・・米側の台風時の揺れ、橋の通行不能で却下
    ⑥メガフロート(セミサブ式)案・・・荒天時の変形、クラッドの剥離の危険性から却下
    ⑦重力着底型プラットフォーム案・・・本土との連絡が船舶なることで消滅
    ⑧移動海上基地(MOB)案・・・米側の予算削減による研究費削減で消滅
    ⑨B&R案Mcdermott案、Kværner Maritime/ボーイング案、ベクテル/レイセオン/Nautex案・・・いずれも研究段階て実績がないのて消滅
    ⑩キャンプ・シュワブ沖人工島案・・・軍・民共用空港を計画。大きな自然破壊で消滅
    ⑪辺野古沖現行案
    ⑫馬毛島案・・・駐屯地、航空基地、訓練施設の機能が近接していないため消滅

    ⑬伊江島案・下地島案・・・充分な面積を確保できない
    ⑭勝連沖埋立案・・・シュアブ沖案の変形
    ⑮グアム・テニアン島案・・・米海兵隊のグアムへの移動という虚報から発生し消滅
    ⑯キャンプ・シュワブ陸上案・・・工法と面積不足により消滅
    ⑰徳之島案・・・⑪と同じ理由で消滅
    ⑱長崎県
    佐世保、大村移駐案・・・東南アジア地域から遠いため消滅

    その他として⑲⑳は代案ではないので別とした。
    ⑲鳩山「腹案」・・・実は存在していなかったため消滅
    ⑳国外無条件移転案・・・共産党、社民党が主張したが、これは日米同盟破棄は同義で次元が違う

                    :;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

    ■うちなーさんコメント全文

    米軍基地、米軍住宅、ゴルフ場含めての専有74%になるとの事。
    過去、米国の嘉手納統合案容認もある中、当時の自民政府が強力に辺野古基地移設を進めたのが実情。

    長年、米軍の遣りたい放題、米軍の犯罪、不条理な日米地位協定に沖縄県民は苦しんでいる。
    既に基地には依存しない社会ができており、経済発展には基地は邪魔者でしかない。
    無い方が今後の賃金上昇、活性化が見込める。
    現在、全国ー低い低賃金・待遇でも、多くが共働き、支えあい精神で生きている。
    米軍基地がどうしても必要なら必要な地域で受け入れをすべき。

    平成12年度、国庫・交付税交付金は全国12位。
    25年度3001億円(内、公共工事1144億円)
    26年度は3501億円(内、1423億円)

    3分の1以上が公共工事。
    多額のもの多くが本土企業の請け負い、地元の弱小企業は下請け、孫請。
    その下でうちなーんちゅが安くこき使われている。
    その他、ホテル・観光業、サービス、大手スーパー、大手マンション建築諸々、多くの本土企業の大規模進出。

    沖縄県民が金目というなら、実際に家族で住んでみれば良いかと。
    さぞかし素晴らしい生活が待っているでしょう。

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    週末写真館 向日葵畑再訪

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    お見舞いありがとうございます。やっと雨が降りました(喜)。皆様から、心温まる応援を頂戴しましてほんとうに支えられます。

    さて、ヒマワリをようやく除染というイメージではなく見られるようになりました(笑)。
    3年前の夏は、実験的に作付けした農業者も多かったのでは内科と思います。
    結論的にはあんまりセシウムは吸いませんね。それに後始末が大変で泣かされたたそうです。

    後始末というのはガタイがでかい。優に大人の胸元以上ありますから、ヒマワリ畑に入ると、女性など見えなくなりそうです。(頭の先だけみえてます)

    しかし、猛々しくも美しい植物です。エネルギーの塊のような花で、ゴッホのファンだった私は大好きな花です。

    大昔、ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニが出た「ひまわり」は、ソ連くんだりまで兵隊に行って゛現地の女性と結婚してしまって帰れなくなるバカ亭主との悲しい話でしたが、あの広大なひまわり畑が印象的でした。
    もう一度見てみたいもの。

    このひまわり畑も、もう種がずっしりと入って枯れてきました。

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    基地新設?違います、基地を人口密集地から移して縮小するのです

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    飛びましたが、おとといからの続きです。

    自民党が、やっと重い腰を上げて仲井真知事でまとまるようです。このような毅然とした態度は、おそらく翁長野合陣営をグラつかせることでしょう。

    仲井真知事が、今回もまた出馬に踏み切った理由は明らかです。やり残した危惧があるからです。  

    それは煎じ詰めるとひとつです。  

    このまま手をこまねいていれば、都市開発が進んで副都心になりつつある宜野湾市のど真ん中に普天間基地が残ることになります。

    Google Earthをみれば、この普天間が、那覇から切れ目なく続く那覇首都圏の中に呑み込まれているのが分かるはずです。

    Photo_2
    新たな基地を作って、これ以上の基地負担を増やすのかと反対派は言いますが、まったく逆です。  

    今回の辺野古に作る「新たな基地」部分は、既存の陸上部のキャンプ・シュアブとつながっています。  

    つまり、まったく新たに基地を作るように報じられがちですが、実態はキャンプ・シュアブの増設にすぎません。

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    しかも普天間と違って、滑走路の進入路が市街地にかからないようにあえてV字型に設計されていて安全性にも配慮されています。  

    もし、安全性に配慮しないならば、もっと少ない埋め立て面積でよかったはずです。

    また下のGoogle Earthを見ればお分かりのように、辺野古建設予定地は、海に面しており、背後は山と駐屯地で、航空機進入下には民家が少ないという安全な地理的条件を備えています。

    しかも地元3地区は受け入れ容認で、今回流れればもう二度と協力しないと言っています。

    Photo
    このように、普天間基地が存続する辺野古に3分の1に縮小して移転するので基地は減りこそすれ、増えるわけではありません 

    ●[普天間基地と辺野古新規増設の面積比較
    ・普天間基地面積    ・・・480h
    ・辺野古新規建設部分 ・・・160h
     

    辺野古だけで320h基地面積は減少することになります。  

    また米軍基地は、既に1996年12月に日米合意した沖縄に関する特別行動委員会(SACO)でこのような縮小計画が決まっています。
    (沖縄県 「SACO最終報告による米軍施設・区域の返還案」)
    http://www.pref.okinawa.lg.jp/site/chijiko/kichitai/documents/2sho.pdf  

    ●[在沖米軍基地縮小計画]  ・那覇港湾施設 ・・・60h
    ・牧港補給地域・・・270h
    ・普天間基地 ・・・480h
    ・キャンプ瑞慶覧・・・157h
    ・キャンプ桑江  ・・・70h
    ・北部訓練場・・・4000h
     
    -------------
    ・縮小面積計 ・・・5037h
     

    これらの基地の返還がなされれば、沖縄にとって大きなメリットが生まれます。大きく2点です。

    航空機事故などの危険性排除
    ・跡地の再開発による経済活性化
     

    ・牧港補給地区(浦添市)・・・沖縄の大動脈である国道58号と海に挟まれた地域にあり、今まで補給地区を縫うように交通していた国道58号の大幅な改善が期待される
    ・普天間基地・・・那覇に隣接し商業用一等地として、あるいは県や国行政機能の一部移転なども可能となり、那覇に次ぐ副都心に成長する拠点
    ・那覇軍港は那覇市中心部と那覇空港の中間地点に位置し、物流の拠点として跡地を活用し、あらたな海運ハブの一翼を担う
    ・北部訓練区域・・・面積が大きいだけでなく、今後のヤンバルのエコ観光のフロンティアに成長する 

    これにより沖縄県内の米軍基地の約4分の1が大幅に縮小され、沖縄の過重な基地負担は間違いなく軽減されます。  

    今までこの返還が合意しても実現が遅れてきたのは、この中でもっとも重要な普天間基地の代替が決らなかったからです。  

    あるいは稲嶺名護市長のように反基地を掲げながら、基地返還を拒否するという本音と建前を使い分けるご都合主義の政治家がいたからです。
    ※関連記事
    http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-10ca.html  

    この普天間基地の代替探しに実に自民党時代だけで14年、そしてそれを攪乱させた民主党時代だけで不毛な3年間という17年もの時間が経過してしまいました。  

    その間に沖縄をめぐる外部状況が一変しました。  

    移設案が検討開始された頃にはなかった中国の海洋軍拡政策と、石垣市尖閣諸島への侵犯が頻繁になされるようになり、このような「決まらない」状態をいつまでも放置できる状況ではなくなりました。

    米国が諸般の事情からアジアでのプレゼンスを後退させる方向に動き、結果として東アジアと東南アジアにおける中国の支配力が決定的に高まり、緊張は高まる一方です。

    日本はいつまでも自国の安全を他国に委ねているわけにはいかず、米国のアジアにおけるプレゼンスを確保するためには、より双務的関係に移行して行く必要があります。

    このような国際関係の中での基地縮小計画だということを、日本人は肝に命じておいたほうがいいでしょう。 

    したがってもつれた糸玉の最初のつまづきが普天間にある以上、これを解決しない限り沖縄の米軍基地縮小は実現しないことになります。  

    このように普天間基地移設問題に突破口ができれば、単なる一飛行場の移転にとどまらず、大幅な沖縄における米軍基地縮小の流れを作るものです。  

                           ~~~~~~~~~

    お詫び すいません。未修正の予定稿がポカポカアップしてしまいました。もう暑さでボーっとしているようです。

    ■筆者近況
    たいへんな夏バテです(泣く)。例年ひどくなっているようですが、若い頃なまじ沖縄の夏で鍛えたンだぁ~、などという変な自信があるもんで、今年ひさしぶりに熱中症をやってしまいました。

    1週間ほど前に、炎天下に草刈りをしていて1時間ほどで気持ちか悪くなり、うぇ~という気分。慌てて風呂場の水で身体を冷やして、水をガブとカバよろしく飲んだんですが、汗は止まらず、軽い振るえが来て悪寒。

    やっちまった、という感じです。それ前後から食欲ゼロ。喰わないと仕事にならないから義務感で食べているという感じです。
    全身倦怠、体力ミニマム、胸のカラータイマー点滅状態。。

    それ以来注意していたのですが、また昨日やってしまいました。オレってバカ。夕飯も喉を通りません。
    ああ、四国の方にはすまないけれど、台風来てほしい。雨を分けてくれぇ!

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    朝日新聞特集に思うその1 吉田清治証言について

    074
    昨日は広島の原爆投下の日でした。 

    毎年朝、その時間には手を合わせることにしています。出来ないならば、せめて心の中で手を合わせる習慣がついていました。 

    この数年、この8月という月は「赦し・赦される」季節なのではないかと思うようになりました。 

    もう戦争経験者の世代は亡くなっていきつつあります。だからこそできうる限り彼らの声を聞き、整理し、残していきたいという気持ちと、それを現実の政治の中で利用することとはまったく別なのではないかと思うようになっています。 

    歳のせいか、少なくとも戦争とは無縁の世代には、他民族を攻撃することや、私の青年期のように過度な贖罪意識からは自由であって欲しいと思うようになってきました。 

    こういうふうに思うようにになったひとつの原因は、隣の民族からの「千年たってもこの恨みは忘れない」というやりきれないような声を日常的に聞くようになったからです。 

    彼らの金切り声を聞けば聞くほど、今、戦争でなにがあったのか、あるいはなかったのかについて、静かに整理し、分析するに留め、現実の政治や、ましてや政局に利用することはよしにしないかと考えています。 

    だからこそ、隣人の騒音おばさんからの根拠なき濡れ衣は私たちの世代で終わりにせねばなりません。 

    そんなことをぼんやりと考えていた時に、いきなり朝日新聞が寝耳に水の訂正特集を出してきました。

    正直びっくりしましたね。なぜ8月15日を控えた今なのかということもありましたが、それ以上に「ああ、まだこのことについて朝日は沈黙していたんだったな」という感慨でした。 

    朝日はこう書いています。

    「読者のみなさまへ
     吉田氏が済州島でを強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした。済州島を再取材しましたが、証言を裏付ける話は得られませんでした。研究者への取材でも証言の核心部分についての矛盾がいくつも明らかになりました」
    (朝日新聞8月4日)

    実を言うと私は、この吉田清治氏の証言は、既にわが国においては1992年から1993年にかけて完全否定されていたと理解していました。 

    確かに朝日はこの吉田証言を徹底的に利用して糾弾キャンペーンを張りました。 

    それについて朝日の天敵である産経はこう書いています。

    「韓国・済州(チェジュ)島で、を強制連行したという懺悔(ざんげ)本を書いた吉田清治氏に、最も入れ込んだメディアは朝日新聞である。1992年1月23日付夕刊では、論説委員が次のような吉田氏の証言を丸ごと無批判に引用している。
     《国家権力が警察を使い、植民地での女性を絶対に逃げられない状態で誘拐し、戦場に運び、一年二年と監禁し、集団強姦し、そして日本軍が退却する時には戦場に放置した。私が強制連行した朝鮮人のうち、男性の半分、女性の全部が死んだと思います》
     ところが、この記事の2カ月後に、吉田氏の証言は完全な創作であることが露見した。現代史家の秦郁彦氏が92年3月、吉田氏の本で強制連行が行われたとされる済州島の貝ボタン工場の跡地に行って調査した。工場関係者の古老に「何が目的でこんな作り話を書くんでしょうか」と聞かれ、秦氏は返答に窮した。
     それ以前に、地元紙「済州新聞」の女性記者が、吉田氏の著書の韓国語訳が出た89年に調査し、「事実無根」との結論を記事にしていた。その記事の中で、ある郷土史家は吉田氏の著書について「日本人の悪徳ぶりを示す軽薄な商魂の産物」と憤慨していた」
    (産経6月6日)
     

    このことは、この朝日記事の中でも触れています。

    「朝日新聞は吉田氏について確認できただけで16回、記事にした。初掲載は82年9月2日の大阪本社版朝刊社会面。大阪市内での講演内容として『済州島で200人の若い朝鮮人女性を『狩り出した』」と報じた。執筆した大阪社会部の記者(66)は「講演での話の内容は具体的かつ詳細で全く疑わなかった』と話す。
    90年代初め、他の新聞社も集会などで証言する吉田氏を記事で取り上げていた。
    92年4月30日、産経新聞は朝刊で、秦郁彦氏による済州島での調査結果を元に証言に疑問を投げかける記事を掲載。週刊誌も「『創作』の疑い」と報じ始めた。
    東京社会部の記者(53)は産経新聞の記事の掲載直後、デスクの指示で吉田氏に会い、裏付けのための関係者の紹介やデータ提供を要請したが拒まれたという」(同)

    吉田証言が根も葉もない捏造だと気がついてから実に21年ですよ。赤子が就職するような年月です。この時間、朝日は手前勝手な「沈黙」を守ってきたわけです。  

    私はこのままフェードさせてしまうのかと思っていました。

    というのは、この朝日記事で分かったことは、朝日がこれほどまでに大きな問題をほとんど裏取り取材をせずに自身が言うように「確認できただけで16回記事にした」わけで、これは報道機関として恥以外なにものでもありません。

    「吉田氏は著書で、43年5月に西部軍の動員命令で済州島に行き、その命令書の中身を記したものが妻(故人)の日記に残っていると書いていた。しかし、今回、吉田氏の長男(64)に取材したところ、妻は日記をつけていなかったことがわかった。吉田氏は00年7月に死去したという」(同)

    吉田氏が亡くなったのは2000年ですから、82年に記事が出て実に18年間もたっているるわけです。

    どうしてこれほどまでに大きな問題となってしまった「従軍問題」の原点ともいえる吉田氏を生前に再取材しなかったのでしょうか。

    それはおそらく自身のキャンペーンか窮地に立つことを恐れたとしか考えようがありません。

    後で触れますが、吉田氏が亡くなる2000年頃にはもはや朝日が訂正しようとしまいと、国際的な「定説」が完成していたわけですが。

    証言の唯一の物証は妻の日記でしたが、これも「つけていないことが分かった」と朝日は書きます。

    この部分を朝日の執筆記者は赤面しながら書いたでしょう。そうでなければジャーナリストとして異常です。 

    それも92年、3年ではなく2014年にです。

    93年には「従軍問題」追及の「権威」である吉見義明中大教授が、吉田氏と面談し、証言としては採用できないという結論を出しており、その吉見氏は朝日とルートがあったはずです。

    まちがいなく吉見氏は朝日に吉田証言が怪しいという情報を伝えているはずで、朝日内部のどこかが握りつぶしたものだと思います。

    「吉田氏は93年5月、吉見義明・中央大教授らと面会した際、「(強制連行した)日時や場所を変えた場合もある」と説明した上、動員命令書を写した日記の提示も拒んだといい、吉見氏は「証言としては使えないと確認するしかなかった」と指摘している」(同)

    このような杜撰というのも愚かな記事は一人歩きしていきました。それは発信元が日本最高のクォリティペーパーであると自認する朝日新聞社だったからです。 

    その影響の広さを見てみましょう。 

    まず1996年に国連人権委員会クワラスワミ報告が出されます。
    ※「女性に対する暴力報告」
    http://www.awf.or.jp/pdf/0031.pdf 

    このクワラスワミ報告書は、内容のほぼすべてが韓国側、ないしは日本の運動家の言論を基にして作られていて、吉田証言はこのように反映されています。

    「28(略)挺身隊に推薦された少女が出頭しない場合は、憲兵隊ないし軍警察がその理由を調査した。氏ッ再女子挺身隊によって日本軍は地元の朝鮮人業者や警察官を利用して、地元の少女にウソの口実の下に戦争協力をするように圧力をかけたことは既に述べた通りである。
    29それ以上にまだ女性が必要とされた場合は、日本軍はあからさまな力の行使や襲撃に訴え、抵抗する家族を殺害することもあった」(同報告書)

    また、近年になってもマイク・ホンダという札付きの反日議員が提案した米国下院121号決議の審議過程にも強く影響を与えています。(※翌年の日本政府の異議で当該部分は削除されています)
    ※http://thomas.loc.gov/cgi-bin/bdquery/z?d110:H.Res121:
     

    この30年間で朝日新聞と韓国政府、そして日本人運動家によって国際的に流布された「軍による強制連行」のイメージは強烈でした。

    すなわち朝鮮半島の平和な村に押し入った日本軍が、婦女子に銃剣を突きつけて泣き叫ぶ子供を蹴倒して強制連行していくというイメージは、疑ってはならない真実として韓国に定着していました。 

    ほんの2年前に書かれた韓国大手紙・朝鮮日報(2012年9月9日)は、「狩りをした日本人」という記事でこう書いています。 

    「強制連行の証拠はない」と主張する野田首相の発言に憤慨した読者のキム・ウォンテさんが、自身の所有する日本の本を送ってきた。吉田清治という日本人が1972年に書いた手記だった。
    吉田氏は戦時中、下関で、労働者の徴用機関だった「労務報国会」の動員部長を3年間務めた。吉田氏は、数多くの朝鮮人を強制的に連行して戦地に送ったが、当時の蛮行を悔いて『朝鮮人と日本人』と題する本を執筆した。
     吉田氏の証言は、現場を見ているかのように詳細かつ具体的だ。吉田氏は、日本政府の指示を受けて韓半島(朝鮮半島)に渡り、朝鮮人を集めた。警察の護送車を先頭に慶尚北道永川一帯を回り、若い女性を連行したという。当時、吉田氏の一行は朝鮮人を強制的に徴用することを「狩り」と呼んだ。確かに、他人の家に押し入って人を連れていくという行為は、人間狩りにほかならない」
     

    これはほぼ丸ごと吉田証言そのままで韓国国内のメディアは、日本国内で吉田証言が少なくとも1993年には運動団体側も含めて否定されていることを意図的に無視しています。 

    ここで「意図的」と書いたのは、韓国メディアは日本の情報をリアルタイムで「傍受」しており、特に日韓外交の大きな障壁となっている問題には神経を尖らせているからで、知らないはずがありません。

    もし、朝日が誤報と分った93年段階で訂正記事を出しておけば、このような韓国側の誤解、というより為にする議論は防げたはずです。 

    韓国政府・女性家族部の公式見解はこうです。

    」とは戦時中に日本の旧植民地朝鮮台湾など)や占領地(中国フィリピンインドネシアなど)から強制募集され、意に反して性奴隷として奉仕させられた若い女性に対する婉曲表現である。日本軍、官憲及び民間業者が20万人もの女性を騙し、誘い、あるいは連れ去って、日本の植民地や占領地の至る所で性奴隷として売春を強要した。これらの女性は「comfort women」、「comfort girls」、「従軍( military comfort women)」「military-serving women」などと呼ばれてきましたが、現在では性奴隷として犠牲になったことを意味する「military sex slaves」として定義されている」

    ここにも「日本軍、官憲ないしは民間業者が20万人もの女性を騙し、誘い、あるいは連れ去って」「性奴隷にした」とあります。 

    朝日新聞は今回の「一部取り消し」まで、実に32年かけています。ここに至るまでいかに致命的誤報を世界にばら蒔いてしまい、日本国民を傷つけてきたのか、思いを致すべきではないでしょうか。

    それと事ここに至って「本質を直視しろ」なんて言わずに率直に謝罪すべきでしたね。こういう教えてやる目線かたまらなく嫌いという国民は、この私も含めて沢山いるでしょうから。

    今後吉田証言と植村記事を切り捨てた朝日は、問題を人権問題にすり替えて糾弾を継続すると思われます。

    実はこの「本人の意思に反したことは強制」という見方は今や国際的「定説」となっていています。

    朝日がこんな形で撤退したのも単なる戦略的後退であって、「変わらない姿勢でこの問題を報じ続けていく」(朝日・杉浦信之役員)つもりなのでしょう。

                   :;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

    ■朝日新聞1992年1月23日付夕刊1面

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    宗教紛争をするようになった脱原発派

    011
    昨日、朝日新聞が世紀の捏造記事である報道の一部修正を始めたようです。 

    あいかわらずぬらりくらりと「広義の強制性」に逃げたいようですが、この問題は捏造から30余年たち「定説」と化しています。

    そのために、単なる新聞記事の訂正では済まなくなってきています。ざっと見ておけばこのような側面があります。

    ①日本の官憲あるいは軍が吉田証言や植村記事のように奴隷狩りのようにして朝鮮の婦女子を強制連行したのかについての史実の正否
    ②河野談話の作成過程と「強制性」問題
    ③韓国政府の反日宣伝をめぐる外交問題・米国の定説化

    これらはそれぞれ次元が違う問題です。よく言われている言い方は、「本人の意思に反して軍人の相手をさせられたのだからやはり強制だ」というものがあります。

    今、いわゆる従軍を批判する人々はこの線でまとまっていて、朝日が①の軍の強制連行を訂正してもなんら変わりはないと言い張っています。

    そしてこれが国際的「常識」だと言っています。はい、そのとおりで、それが韓国のディスカウント・ジャパン政策で定着した③の「国際世論」であることは残念ながら事実です。

    しかし、今回明らかになったことはそれとは別の次元、すなわちこの従軍問題が発生した発端を検証しています。

    その後、それをパン種として膨らませたこととは別次元なのです。先だっての②の河野談話作成過程の検証があったように、からんだ糸玉のようにになった「従軍」問題を解いてゆかねばなりません。

    そしてこの解法のうちもっとも重要なキイは、最初の「性奴隷狩り」=強制連行があったのか、なかったのか、であることは間違いないことです。

    これが誤りだったと朝日が認めた以上、朝日がなんと逃げ口上を打とうと、韓国政府の、「20万人の女性を挺身隊として強制強制し性奴隷にした。戦後はその多くを殺した」という主張は半ば以上崩壊したわけです。

    それにしても32年もかかって朝日は問題の入り口にたどり着いたようですが、率直な謝罪はなく、初めから言い訳だらけです。

    執筆者の杉浦信之記者は、「私たちはこれからも変わらない姿勢でこの問題を報じ続けていきます」などとふざけたことを言っています。 

    しかしまぁ、吉田証言の裏取りなとを今年になってやっているようで、こんな杜撰な取材でよくも東アジア情勢の国際関係全体に影響を与えるようなキャンペーンができたものです。


    ※朝日記事
    http://www.asahi.com/topics/ianfumondaiwokangaeru/
    ※ 以上は本日朝に追記しました。朝日報道については近日する予定です。(暑さにめげなければ)

                 :;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

     

    さて、「あ」とかいう人からコメントが来ました。

    「おまえ、まだ原発推進喚いてるのか。学習能力の欠片もないんだな。
    原発は既に世界的に斜陽化だよ。 小泉がいう通り、「諦めるしかない」事に気づけよ、単細胞」

    スゴイよね。いきなり見も知らない相手をお前呼ばわりですか。ただ、電気不足を支える発電現場を報じただけなのに、いきなり「原発推進」ときたもんです。

    まぁ一事が万事この調子です。まず、自分の主張と違ったら、全部「原発推進派」に決めつけしまいます。ヤレヤレです。

    私、漸減派なんですが、今や、再稼働反対を唱えなければ、全部まとめて「推進派」ということのようで、実に乱暴な話です。

    漸減というのは、時間をかけて減らしていくことですから、当然再稼働は肯定する立場です。それが気に食わないのでしょう。

    このような人たちはこんな「ブルドーザー・デモ」にでも参加しているんでしょうが、70年安保世代として多くの流血をみてきたひとりとしてはゾッとします。

    Buftkguceaautwk (写真 安倍氏の頭部の人形を踏みつぶすデモのブルドーザー。私はこういう行為に吐き気がします)

    再稼働反対というのは、何度か言っていますが、即時ゼロという意味です。 

    つまり、安全性を規制委員会から認められた原発を稼働させながら、社会を壊さないようにして時間をかけて減らしていくという漸減すら認めないわけです。

    つまり、今ただちに代替があろうとなかろうと、化石に9割なろうとなるまいと、電気不足などこれっぽっちも考えずにゼロというわけです。 

    現実にその結果、どのようなことが社会で起きているのか見ようとするのも「推進派」だそうで、はい、話になりませんな。 

    このような極端な形に純化した人たちは、同じ脱原発をテーマに掲げていても、他者の意見や、立場が違う運動を認めませんから、そこかしこで「敵」を量産していきます。 

    「純化」という言い方はふさわしくないかもしれません。はっきりとカルト化と呼ぶべきでしょう。

    再エネの飯田哲也氏はこう警告します。

    「挙げ句の果てに運動の『セクト化』が進み、互いを罵る悪循環に陥った。まるで革命を目指しながら、内部分裂と暴力で崩壊した連合赤軍のようだ
    『最初はみんな熱く盛り上がるが、熱が冷めて自分たちが少数派になるにつれ、運動が純化し極論に寄ってしまう』」
    (ニューズウィーク 2014年2月11日号)

    あるいは、福島県出身の社会学者関沼博氏の表現を使えば、もっと手厳しいこのような表現もあります。

    あたかも宗教紛争のようだ」(同)

    今回のコメントや、「美味しんぼ」騒動記事の一部の書き込みをみると、その「空気」の片鱗がわかります。 

    ろくに私の記事を読まない。一カ所気に食わないと延々とこだわり、相手をやっつけるまでネチネチ執拗に続ける。 

    そもそもあのような人達にとって、建設的議論を交える気など初めからなく、揚げ足をとったり詭弁を弄してでも、相手を叩き潰すことが目的なのです。

    このような脱原発運動の党派化の現状の象徴的人物が衆議院議員・山本太郎氏です。

    私は山本太郎氏という人物を、決して嫌いではありませんでした。

    女の子の尻を追うのが好きで、デカイ図体で隙だらけ、天皇に直訴する意味も知らない猪突猛進の「愛すべき野人」といった彼の姿を微苦笑で眺めていました。

    しかし、「ニューズウィーク」(2014年2月11日号)での彼の発言を知ると、そうとも言っていられなくなりました。

    山本太郎氏はこう述べています。

    「脱原発派だけどTPP賛成というのは嘘つき」「TPP推進派は『向こう』に行ってくれたらいい。逆に『こちら』の空気を醸し出しながら中立を装うのが一番怖い。それでは第2、第3の自民党だ」(同)

    TPPは私も一貫して反対していますが、それと原発はどう関係あるのでしょうか。ここまで「仲間」の枠を狭めて、意見が違うものは「あちらに行け」というわけです。

    山本氏の表現にある、「第2、第3の自民党」という表現も、70年安保世代の私は引っかかります。

    山本氏が所属していると噂される中〇派は、かつて、内ゲバ殺人を正当化するために「第2民青〇〇センメツ」という表現をしてきました。

    これは、運動の仲間を増やすのではなく、絞っていき、絞っていき、最後は自分のセクトに入れるか、あるいは殺すかする時に使う表現です。

    中〇派は「絞る」ためだけの内ゲバ殺人で、数十人を殺害し、百人以上に重傷を負わせました。

    「脱原発派科学者の筆頭だった飯田でさえ自然エネルギーの穏やかな転換をとなえただけで隠れ推進派として攻撃される」(同)

    もちろんそんな純化運動をしてみたところで、現実に原発がなくなるわけはないのは、あの脱原発アイドルの藤波心さんもよく理解しています。

    彼女すら「原発推進派」と誹謗されたそうです。

    「事故当時は女子中学生で、運動参加者から脱原発アイドルと呼ばれる藤波心も『なぜか原発推進派』と批判されたことがある。『こだわりすぎて自分の活動に酔いしれるだけでは原発はなくならない』と藤波は指摘する」(同)

    純粋な藤波さんには気の毒ですが、あなたを誹謗した脱原発過激派は、「原発はなくならない」ということなどとうに折り込み済みなはずです。

    原発がなくならない限り運動対象は不滅ですし、なくならない以上永遠に脱原発運動も組織も存在価値があり、党勢拡大の手段になると思っているからです。 

    結局、私のように、時間をかけても本気で原発をなくそうと考えるような人間は「向こう側」であり、結局「原発推進派」であって、つまりは「敵」・打倒対象なのです。

    このような「向こう側」と「こちら側」を線引きして、原発、安保、沖縄問題、TPPすべてが一致できない限り「向こう側」という発想に脱原発運動は陥っています。

    この基準にあてはまる左翼の支持者だけです。では、左翼しか脱原発を唱えてはいけないということになります。冗談ではない。

    再エネがいきなり全部の代替エネルギー源になることはありえません。代替として2割に達することすら難しいでしょう。

    ドイツでさえ、巨額な国費をかけて十数年かけてようやく20%に達し、あと数十年かけてようやく60%になる遠大な目標を立てています。

    つまり時間がかかります。この移行のための過渡期的期間がいるのです。

    なぜなら、今のドイツが半数の6基残しているように、過渡期においては一定数の原発は社会インフラ維持のために残らざるをえないからです。

    仮に全原発が停止した場合、代替は今の日本のように9割を火力に頼るしかありません。

    そうなった場合、電気料金は値上がり、大停電の恐怖に脅えながら二酸化炭素の排出権売買でいっそう国富は減り続け、国民経済は疲弊します。

    だから時間をかけて移行しないと、社会的・経済的損失が厖大になってしまいます。

    ですから、本来この過渡期に徹底した国民的議論が必要だったはずです。

    しかしそれがなく議論はベタ凪、表現方法や行動様式のみが先鋭化していく、それが実態です。

    今や脱原発派は、具体論を展開しません。強いて言えばドイツ流再エネだけです。

    いや彼らの空気としては、むしろそんな具体論などは日和見主義であって、ともかく「即時原発ゼロ」、それ以外は「原発残存に道を開く隠れ推進派」くらいに考えています。

    実現可能か不可能かなどと考える思考形態自体が既に、「第2自民」だというのです。

    なまじな具体案など示せば、「向こう側」=敵の土俵上で相撲を取らざるをえないことを恐怖しています。

    単に勉強不足で、ちょっと勉強すれば、世界有数の工業国のわが国で即時ゼロなどは簡単に成り立たないのが分かってしまうからでしょうか。

    本来は「向こう側」の土俵、言い換えれば現実のフィールドで政策論として争わなければ脱原発など実現するわけがありません

    ところが、脱原発派には、エネルギーの専門知識を持った人材がいないのです。仮にいてもそれはエネルギー関係ではなく、原子炉工学のプロパーです。

    いっけん明るく入りやすい外見にダマされて脱原発運動に入ったとしても、運動家が求める左翼的立場で意見が一致するはずがありません。また、する必要もありません。

    あくまでも脱原発をいろいろな立場の人達が、知恵を絞りながら考えていけばいいのであって、その中には自民党支持者がいてもいいし、共産党支持者がいてもいいでしょう。

    いや、むしろ自民党政権の中に具体的に脱原発を構想する人が出てくれば、ほんとうに脱原発の流れは進展するでしょう。

    実際、脱原発運動がいちばん盛んだった頃には、自民党支持者も大勢デモに駆けつけたではありませんか。そうなってこそほんとうの「国民運動」なのです。

    それぞれの立場で、それぞれの考えを大事にして、少しずつでも原子力に頼らない社会をめざして行くべきです。

    まず『向こう』と『こちら』と線引きして敵味方を分け、相手ばかりではなく『妥協は悪』とばかりに自分の仲間までを攻撃する。『空気』に左右され、熱狂と忘却を繰り返す」(同)

    どうしてこんなあたりまえのことを繰り返し説かねばならないのでしょうか。

    おそらく遠からず彼らは私の世代が陥った深刻な挫折を経験するはずです。そしてその中から、本物の武器を持ったエコ・テロリストが生れるでしょう。

    彼らはたぶんこう叫ぶでしょう。

    「いくらデモをしても原発は動いた。このままではすべての原発が動き、元通りになってしまう。チンタラデモではなく、直接に青年の怒りを原発と政府にぶつけよう!」

    私はそれを恐れます。なぜならそこまでもう一歩だからです。 

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    沖縄県型瀬戸際戦術とは

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    昨日書いたようにオスプレイを「殺人機」だと言っている人たちは、普天間移設問題とオスプレイという新型機配備を意図的に混同している人たちです。  

    基地反対派がそう言うのならまだ納得がつきます。ミソもクソも、ともかく米軍がらみなら全否定の人たちですから。  

    しかしこれが自称保守政治家、それも自民党沖縄県連会長、そして今は那覇市長にして沖縄県知事候補となると、おいおいです。 

    それが翁長雄志(おなが・たけし)・那覇市長です。本土では知られていませんが、沖縄では大変な実力者です。  

    翁長氏が今回自民党でありながら、革新陣営までも巻き込んだ「オール沖縄」の候補になったのは、東京まで沖縄首長全員を率いた去年1月28日のオスプレイ配備反対首都請願デモを主導したからです。

    1aa92b5b53e8172c3331dc910b08f534 (写真 沖縄タイムス 2013年1月29日 まるで過激派の機関紙みたい)

    この請願文を書いたのは翁長氏かどうかわかりませんが、こう述べています。

    「米軍普天間飛行場は市街地の真ん中に居座り続け、県民の生命・財産を脅かしている世界一危険な飛行場であり、日米両政府もそのことを認識しているはずである。
    このような危険な飛行場に、開発段階から事故を繰り返し、多数にのぼる死者をだしている危険なオスプレイを配備することは、沖縄県民に対する「差別」以外なにものでもない。現に米本国やハワイにおいては、騒音に対する住民への考慮などにより訓練が中止されている」

    こんな短い文章の中で、突っ込み所満載です。オスプレイについては、昨日書きましたのでそちらをご覧下さい。

    まず、「普天間飛行場が居座り続けている」、というのは事実関係に正確ではありませんね。

    米軍だって「居座り続けて」なんかいたくはありませんよ(笑)。 

    ほんとうは、2009年に鳩山政権が「最低でも県外」などという愚行をせねば、仲井真知事-島袋名護市長-現地という奇跡の惑星直列が出来上がっていたのです。

    それを一瞬にしてちゃぶ台返しをしたのがハトさんです。それがなければ、とうに普天間飛行場の跡地利用計画が進行して、「県民の生命・財産を脅かしている世界一危険な飛行場」は除去されていたのです。

    その後は、再び勢いを取り戻したこのデモをやったような人たちが、「普天間飛行場の居座りを強要している」のです。

    次に、「オスプレイ配備は沖縄差別」だそうです。

    このようなことは言いたくはありませんが、今まで「差別」されることで一体いくらの本土からの金がこの狭い島に流れ込んだのでしょうか。 

    この島に本土政府から流れ込む金のことを「沖縄振興予算」といい、本土復帰した1972年から始まり、2008年度までの総額は、実に9兆4056億円という途方もない額に達し、 既に10兆円を超えました。 

    その内9割以上が公共事業に費やされてきました。 

    そのために、本土では橋本構造改革以降、大なたを振るわれた土木事業費は、この沖縄のみでは生き残っており、狭い本島に5千社もの土建業がひしめき合うという異常な光景があたりまえになっています。 

    余談ですが、今回出馬したひとりの下地幹郎氏は、大手建設会社「大米建設」の副社長で、他にも国会議員や県会議員には建設会社経営者がゴロゴロいます。

    言ってはナンですが、沖縄の政治家はこの振興予算利権に群がるようなアリのような連中ばかりです。

    たとえば、本島の嘉手納基地を作った県内最大手の国場組からは、国場幸昌、幸之助などの自民党政治家を生み出しています。

    自民党が利権政党だというのが、よく分かりすぎるくらい分かるのがこの沖縄なのです。 

    さてこれとはまた別枠で、基地に対する防衛施設庁がらみの軍用地代や地元交付金があります。地代だけで年間900億超です。 

    これを合わせた「沖縄関係予算」は、年間08年度で4393億です。これは県の自主財源の3倍に達します。 

    「県税などの自主財源は 1,723億円で25.3%しかなく、全体の. 74.7%を地方交付税  などの依存財源で占めています」(「沖縄の財政2012」沖縄県) 

    また、政府補助金率が他県と違った算定基準に基づいています。 

    たとえば、公共事業に対する政府補助金率は、他の県では平均して5割ですが、沖縄県のみは9割以上の補助金率です。  

    具体的に、本土と沖縄県の補助金率を比較してみます。

    ・公立学校の整備             ・・本土33~50% 沖縄県75~85%
    ・国道、空港、港湾などのインフラ整備・・本土55~70% 沖縄県95%
    ・河川改修整備              ・・本土50%    沖縄県90%
    ・農業関連基盤整備           ・・本土50~70% 沖縄県95%

    よく沖縄革新勢力は、本土の沖縄関連予算を「箱ものばかりだ」と批判していますが、それは半分正しく、半分は間違っています。 

    というのは、もはや沖縄県民の生活の隅々まで浸透している性格の「税の軽減措置」があるからです。 

    これは本土復帰に伴う特別措置として長年継続されてきたものです。主だった税の軽減措置は以下です。

    ・泡盛やビールに対する酒税
    ・ガソリンなどに対する揮発油税
    ・地方道路税
    ・本土-沖縄間の航空燃料税
    ・観光業、情報通信業、電力会社に対する法人税

    にもかかわらず大部分の県民はそれを「知らない」で、恨みだけを蓄積していきました。 

    よく革新派は、「沖縄は沖縄差別に苦しむ植民地だ」というような言い方を好みますが、こんな十重二十重の援助をもらっている「植民地」などこの世にはありません 

    沖縄が「植民地」であることをやめ、本土政府から注入されたカネを拒否すれば現在の3分の1にまで県財政は縮小せねばなりません。

    そうなれば、皮肉にも真っ先に「植民地」の特権的地位から転落するのは「沖縄差別」を言い立てている当の官公労を中心とする沖縄革新勢力です。

    特権的地位といわれるのは、沖縄では民間企業が低賃金なぶんだけ、いっそう官高民低の公務員天国だからです。

    どのくらい格差があるかといえば、2006年3月に県が自らおこなった「沖縄県外部監査報告書」にはこのような記述があります。 (琉球新報06年3月29日による)

    「4年度の県内給与所得者の平均年収約340万円に対して、県職員の平均年収は722万円と2倍以上の格差が生じている。」

    さらに国家公務員の給与を100とした県のラスパイレス指標(※国家公務員の地方公務員との所得格差指標)は99.3と47都道府県で31位で、監査報告書はこう述べています。

    「県民所得が最下位なのに、疑問の余地が大きい」
    県の一般職員給与費を4年度当初予算の約半分にすること

    つまり、沖縄社会の勝ち組は公務員で、民間の2倍もの賃金を得ており、過剰に県財政に負担をかけているから県職員への予算半分を半分にしろと外部監査報告は指摘しているわけです。

    多かれ少なかれ、地方は政府予算頼みの体質がありますが、ここまで極端な予算構造を持つ県は沖縄だけです。

    このように沖縄では、「保守」の自民党から、「革新」の官公労までが同じ政府予算頼みという根深い体質を持っているのです。

    いわば、自民党保守が振興予算という甘いケーキを右側から食べ、官公労革新が左から食べる、という構図です。

    ですからこの両者は利害が一致しており、立場が違うだけです。Photo_2

    上図は振興予算の年度推移ですが、グラフ中央部の平成10年(1998年)が4713億円とピークとなって、徐々に減ってきており、現在は2000億~3000億円規模になってきています。 

    この1998年時の沖縄県知事は、一時はその権勢を「琉球王」とまで呼ばれた太田昌秀氏です。 

    皮肉にも反戦・反基地を掲げて当選したこの革新知事がしたことは、基地の見返りとしての増額だったわけです。 

    基地を恒常化させるための「アメ」である振興資金を取れば取るほど米軍基地は居座り続けるわけですが、これを飲み込み続けたのが沖縄でした。 

    当然のことながら、こんな方法では基地問題は解決できません。というか、むしろ基地の恒久性は強まる一方でしょう。

    しかし、沖縄県民は建前では「基地のない平和な島」を望みながらも、「地域資産」のようにして基地に依存してきたことも確かなのです。

    このような巨額な国策がらみの予算が動く地域で、利権や腐敗が起きないほうが奇跡でしょう。

    長年、本土政治家の利権は旧経世会系が握っていましたが、沖縄側は保革の争いでその都度変化しています。

    仲井真知事は、この中で珍しく利権色が薄い堅実な実務家タイプでした。

    とまれ、全沖縄首長東京直訴などというスタンドプレーで、「二代目琉球王」を目指しているのが翁長氏であることは確かです。

    ところで、こういう戦術ってどこかに既視感がありませんか。そう、それは北朝鮮の瀬戸際戦術によく似ています。別名、「弱者の恫喝」ともいいます。

    瀬戸際戦術とは、相手方と自分をギリギリの窮地にあえて追い込んで、圧力と緊張を高めることで、相手方から譲歩を引き出す戦術です。

    沖縄の場合、本土政府に「基地撤去」あるいは「普天間の県外移設」「辺野古移設反対」という実現不可能な難題を吹っ掛けます。

    一種のチキンゲームのように、ずっと反対、反対を叫び続け、時には政府との会談にすら応じないかもしれません。

    困り果てた政府がジリジリとチップをテーブルに乗せていけばしめたものです。

    振興予算の増額はもちろん、北部振興予算、各種生活支援の減税措置の拡充、米軍機や一部部隊の訓練の本土移転などなど、むしり取れるだけむしり取ります。

    そのためには、最初から本土政府が喜ぶような移転協力などしてはダメだと考えるわけです。

    おそらく、政府とこのような交付金交渉をしているのは沖縄県のみでしょう。その意味で、既に沖縄は「独立」しているのかもしれません。

    しかしこの「独立」は、すればするほど自立心は萎えて、基地依存・本土政府依存になるという不思議な「独立」なのですが。

    しかし今回だけは米国がしびれを切らして、「タイムアウト。オレは普天間から動かない」ということになるかもしれず、その場合は振り出しに戻ることになります。 

    それにしても、もういいかげんこんな方法はやめたいものです。 

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    オスプレイ「殺人機」神話の崩壊

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    この7月15日に、オスプレイが関東、北海道まで飛ぶというので、ある八王子に住む某ラジオ・キャスターは真剣な声で「落ちてこないか心配で~す」などと言っていました。

    まだこんなオスプレイ危険説を妄信しているのでしょうか。欧米のマスメディアはとうの昔にオスプレイ・スキャンダルから脱しており、おそらく世界のマスコミ唯一の奇現象でしょうな。 

    常識的に考えても、米軍が乗員の生命が危険にさらされるような「殺人機」を現場に配備すると考えるほうがヘンです。 

    もしそんなことをすれば、軍のみならず納税者の利益を優先する議会が黙ってはいません。  

    確かに、オスプレイは新しい分野の新機軸が沢山盛り込まれていますから、当初は開発が難行しました。 

    機械的ミスだけてはなく、配備当初はヘリのパイロットがヘリと同じ操縦をしてしまって墜落したケースもあります。 

    しかし今はそれらはすべてクリアされて安全が確立されています。いや、むしろ他の航空機より事故率は低いくらいです。
    (図2枚 防衛省 MV-22オスプレイ 事故率について(PDF

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    上のグラフは米軍機全体で見た飛行10万時間あたりの事故率です。最少から二番目の名誉のブービー賞なのがわかります。 

    グラフ中程にCH-46とありますが、これがオスプレイに代わって引退した大型ヘリです。今は沖縄で解体されてスクラップになっています。 

    沖縄マスコミや基地反対派は、オスプレイ配備反対と主張していましたが、あのまま老朽化が激しく、事故率も高いCH-46のほうが安全でよかったんでしょうかね(苦笑) 

    1376321536_2
    上図は米軍全機種の中でのオスプレイの事故率ですが、平均より少ないのがわかります。 

    よくマスメディアや基地反対派が流しているオスプレイの21年前1991年6月11日の事故映像は、開発初期の試作機のものです。

    そもそも試作機は欠点を洗い出すために作るのですが、この事故映像に出てくる試作5号機の事故原因は、機械トラブルでもパイロットミスでもなく、左右のロートレイトジャイロの配線を逆に繋いだという凡ミスだと判明しています。
    (画像http://www.youtube.com/watch?v=n3lbKqStvHI

    そして配備されて、運用実績が上がっていくにつれて安全性が高まるわけです。

    20年前の試作機の事故映像を未だ流し続けているセンスは、報道というよりむしろプロパガンダです。 

    またよくある混同に、空軍型のCV-22と、普天間に配備されている海兵隊型のMV-22をゴッチャにしたものが後をたちません。 

    確かに空軍型はアフガンで事故を起こしていますが、これは空軍型が特殊部隊を運用する特殊作戦機だからです。そのために地表スレスレの飛行をして事故を起こしたようです。 

    続いて最近、低周波がどうのと共産党ギャルがバカ丸出し発言した静粛性はどうでしょうか。 

    V22sound4_2(図 Final Environmental Impact Statement for the West Coast Basing of the MV-22※リンク切れ

    上図はオスプレイの地表からの距離(フィート表示)と静粛性を、大型ヘリと比較しています。
     

    飛行中は全ての高度でオスプレイはCH-46より5~9dB(デシベル)静かなことがわかります。

    これは ヘリコプターがローターから出る特有のバラバラという空気を叩くような音(スラップ音)が大きくします。

    これは前のローターの翼端渦が、後方のローターの回転と干渉するために生じています。しかし、オスプレイは飛行高度に達すると一般の固定翼機と同じ飛行をしますからそのようなスラップ音がしないのです。

    一説で、大型ヘリより6倍静粛だと言われています。6倍はオーバーでも、それに近い静かさなことは、普天間基地周辺の人たちは既にわかっているはずてす。

    反対派は実際に配備されて静かなことにびっくりしたとみえて、とうとう低周波の健康被害などというカルト的なことを言う始末です。

    あたりまえですが、そんな医学的根拠はゼロです。お願いですから、そんな非常識なことを言わないで下さい。

    このようにオスプレイ問題は、集団的自衛権のように色々な見方があるというものではなく、すべての航空専門家が全員一致でオスプレイの危険性を否定しています。

    マスコミや基地反対派は、オスプレイの安全性問題を基地問題や安保問題と意図的に混同して、危険な普天間基地の象徴としてオスプレイをやり玉にあげているのです。

    このように反基地と強引にオスプレイを結びつけたために、安全性論議とは無関係に、いつまでもオスプレイ配備反対を言い続けねばならなくなったわけです。

    政府は自衛隊にオスプレイ導入を決定し、佐賀空港に配備する予定です。

    また海兵隊のオスプレイの訓練は本土各地に分散されて、沖縄の負担を軽減することになっています。

    小笠原村は、患者の緊急配送にオスプレイを求めており、その飛来実験が行なわれて成功しました。

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    (写真 MV22オスプレイで父島に到着し小笠原村民の出迎えを受ける小野寺五典防衛相。左端は森下一男村長=28日午後0時38分、東京都小笠原村 産経新聞より)

    沖縄のメディアは治癒不可能な域に達しているから仕方がないとしても、本土のマスコミは少しは頭を冷やして事実を検証してから騒いだらいかがでしょうか。

    そしてこのオスプレイ問題を、自分の政治的野心に利用する沖縄の政治家がいました。

    それについては次回。

    追記 

    よく「米本国やハワイにおいては、騒音に対する住民への考慮などにより訓練が中止されている」と言う人がいます。 

    まったくの事実誤認です。米国の反対運動は確かに2カ所ありますが、理由はオスプレイが危険だからではありません 

    ニューメキシコ州では、空軍型オスプレイ(CV-22)を含む特殊作戦用輸送機の夜間山岳低空飛行訓練に対してのもので、夜間の低空飛行訓練に反対しているのであって、オスプレイが危険だからではありません。 

    次にハワイ州ですが、オスプレイによる飛行訓練予定地の一部が、先住民遺跡地区にかかっていたために遺跡保護のための反対運動です。 

    両者とも航空機一般の飛行に対してのもので、オスプレイの安全性についてではありません 

    したがって世界において、沖縄を除いてはオスプレイの安全性問題での反対運動はまったく存在しないのです。 

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    週末写真館 蓮の夏

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    ハスは鑑賞植物ではなく、れっきとした「野菜」です。農家はもちろん花を見るために作っているわけではなく、レンコンを作っているのです。
    霞ヶ浦は黒潮の海に近い地の利もあって温かく、しかも湿潤なために南方原産のハスに向いていたのですね。

    いまや仏教国タイなどの外国人の方もいらっしゃるようで、土浦で荘厳に咲くハスと大きな湖を見て、牛久大仏へ。なかなかいいコースですな。、

    観光客には難しいかもしれませんが、見るならぜひ早朝にいらっしゃって下さい。
    朝露をあびたハスの花弁が、登ろうとする朝日を横から浴びてたいそう美しく映えます。

    ※クリックすると大きくなります。レンズを替えましたので、多少写りがよくなっているかと思います。

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    電気はジャブジャブ余っているのか?その4 崩壊寸前の発電現場

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    日経新聞7月26日は、今の日本の電力の9割を支えている火力発電についてこう報じています。

    「燃料を高温で燃やし続ける火力設備は傷みも早く、海外での寿命は20~30年。保守を重視する日本でも40年程度 日本では原発シフトを進めてきた結果国内火力発電の4分の1が40年以上の「老朽火力」』電力確保、綱渡りの夏 火力の故障が4倍になった」

    今の電力事情を象徴するのが、和歌山県の関西電力海南火力発電所です。

    ここは、原油の値上がりなどの経済的理由で、需給関係を見ながら稼働させる長期計画停止状態にありました。

    通常火力発電所は夏のピーク時をにらんで5月くらいから稼働し、秋になると定期点検に入ります。
    (下図参照 BSフジ 環境ジャーナリスト枝廣淳子

    ガリレオX「火力発電所の舞台裏 夏を迎える発電の現場を訪ねて」より)

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    また、4年ごとに大きな定期点検に入っていくサイクルを繰り返します。
    (下図参照 同)

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    ここも定期的な長期停止状態にあったために設備の各所に錆などの劣化がみられています。
    (下写真 同)

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    この海南発電所も武豊発電所と同じで10年以上の稼働停止のために配管や排気ダクトが錆でボロボロになっていました。

    これを同じく11年夏の原発停止を受けて全面的再点検作業に入り1万数千箇所の点検修理を行ってようやく再稼働にこぎつけています。

    この海南2号機の再稼働のために要した人員は延べ12万にも達し、一日880人もの作業員が投入されました。

    いかに時間を切られた困難な作業だったのかがわかります。

    この海南発電所も老朽化している上に、定期点検もままならぬ状態なために、まさにだましだまし使っている状態で、武豊発電所もそうでしたが、壁の要点検ボードは要点検箇所で満杯です。

    トラブル件数は再稼働した2011年夏からうなぎ登りです。これか「全一日未満」の軽微にすんでいるのは、作業員の使命感に支えられた夜間修理などの賜物だそうてす。(下図参照 同)

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    このような現場の努力の他に、長時間の発電所のダウンに備えて海南発電所では敷地内に緊急設備電源などを設けて備えています。

    このような緊急設備発電装置は全国各所に222基あるそうです。(下写真 同)いざとなって修理に数日かかるとこの緊急設備を動かして穴を開けないようにするわけです。

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    このように、全国の現場の電力マンたちの献身的な努力と、定期点検の先延ばしでどうにか電力が足りているという状況です。

    通常は予備電源率は10%ていどで運転されています。さもないとなにかあった場合に対応ができないからです。

    このような電力の予備率が極端に薄い状況で、もし一基の火力発電が大規模故障した場合ブラックアウト(長期広域停電)もありえる状況だといってよいでしょう。

    現場を預かる火力発電所の技術者は、「もし一基でも止まったら大停電だ」という思いで、毎日を過ごしているのだそうです。

    現に、2012年2月3日、九州電力の新大分火力発電所(大分県大分市)のトラブルで計13台の発電機が一時停止し、東京、中部、北陸、関西、中国、四国の6電力会社から計240万kWに及ぶ電力の緊急融通を受けました。

    ところが、この緊急融通した中部電力自身も薄氷状態だったのです。

    「九州電力に電力の緊急融通を実施したこの日、中部電力では予備率が一時的に3.5%まで下がる恐れがありました。供給力に直せば、わずか80万kW程度。これはたとえていえば、ジェット機が海面スレスレを飛んでいるような危機と紙一重の状態です」(武豊発電所所長永崎重文氏)

    中部電力には80万kW以上の火力発電機が6基あるが、当日、一つでも故障していたら、ブラックアウト(広域大規模停電)につながりかねない事態であったそうです。

    「電気は原発を止めてもたっぷりある」というのは神話にすぎません。もう少し現実をしっかりと見るべきです。

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