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2014年8月19日 (火)

速報 朝日新聞 「全面撤退」明確に否定 おまけ私的朝日新聞体験

135

・・・速報は欄外からどうぞ・・・

嘘をつけと言われるかもしれませんが、私は朝日新聞育ちです。 

なにせわが家は朝日新聞でしたもので、小学校から当たり前に朝日。中学校くらいになると、教師に勧められて天声人語や社説などを「写経」し始めるようになります。 

「写経」というのは、意味がわからなくてもいいから丸ごと書き写すわけです。スゴイね、今考えると。 

わからないと岩波の国語辞典を引き、また書き写して、感想などをチョコチョコと書き込むんですな。 

けっこう時間がかかりますが、馴れてくると1時間ていどで社説と天声人語を書き写してなんか博学になったような気分になりました。 

高校2年くらいまでやりましたから、かれこれ4年かそこらは「写経」していたんじゃないでしょうか。 

今だったらコピペで1分というところしょうが、なにぶん手書きですから、まだ脳内ハードディスクの容量に余裕があった私は吸収しまくりましたね。 

その間に、例の本多勝一の「戦場の村」や「中国の旅」などが連載されて、これはさすがに「写経」しませんでしたが、大事に切り抜いて、ご丁寧にも学校で仲間を集めて読書会までしたのですから、念のいった馬鹿です。 

他紙を知らないのですから、朝日ワールドの良き子だったというわけです。

たとえば私は、本多氏が書いた「南京大虐殺」は事実そのものであると考えていましたし、中国の文革は大英雄・毛沢東に指導された「人類史が動く」闘いであり、北朝鮮は民族の父親である金日成さんが慈しむ「人民の明るい笑顔」などといったファンタジーを丸ごと信じて疑いませんでした。 

まぁ、それから40余年。私は相応にリアリストになりました。

こうあるべきだという前提を捨てて、事実を大事にする姿勢といったらいいでしょうか。

たとえばこの間、原発問題や普天間移設問題に何回か触れる機会が多くなっています。

私は普天間の辺野古移設は賛成です。再稼働にも賛成しています。

なぜなら、消去法的に考えるとこれしか選択肢が存在しない以上、そこに落ち着かざるを得ないからです。

この辺野古移設問題は原発問題に似ているところがあります。

新聞の論調も、朝日、東京、毎日と読売、産経でピタリと分かれます。おそらく世論調査をすれば、これもそれぞれ2分されるような気がします。

保守と革新、右と左といってしまえばそれきりですが、今や感情的な反発に終始してしまっている気がします。

相手のことを「軍国主義」「ファシスト」と言っても、はたまた逆に「売国奴」「中国の犬」と罵ってみたところで、現実は変わりません。

持論こそが正義で、反対論は悪だなどと考えてしまうと、そこで議論はお終いです。

実は、私は安全保障問題とエネルギー問題には右も左もない思っています。そのような政治的駆け引きの材料に使ってはいけないことだと思っています。

あるとすればそれは消極的選択、別名リアリズムという立場です。

私は原発問題を考える時に、スローガンではなく本気で原子力を減らしていくにはどうしたらいいかと考えました。

よく「即時ゼロ」という人が絶えませんが、そのような発想はかつての私の青年だった時のように実現不可能な高みに目標を置いて、現実の社会や経済といった人の暮らしを考えないことなのです。

再稼働フンサイ・反原発と言うのは非常に簡単ですが、今まで3割弱あったエネルギー源を失くしてしてしまえば、今のように化石燃料が9割にもなるというひどい現実と向かい合わねばなりません。

では代替に再エネを持ってくるかといえば、それがモノになるのははるか先で、しかも電源比率2割を超えないでしょう。

ならば、原子力を代替と置き換えるまでの長い移行期間は、イヤでも原発を限定的に動かすしか方法はないのです。

これと同じことが安全保障にもいえます。

今はさすがに、私たちの若い頃と違って非武装中立などという空論の極を言う人たちは減りました。

しかし、今回の集団的自衛権問題や辺野古移転問題の議論を聞いていると、まだそのシッポが残っています。

辺野古移設問題の場合、なにが大事なことなのか、なにが緊急度が高いのか考えねばなりません。

辺野古移設反対を唱えている人たちは、原発即時停止とそっくりのことを言いますので(実際に金太郎飴よろしく同じ人達が主張しているわけですが)、しっかりとそれは虚妄だと言ってやることにしています。。

というわけで、私は前半生で朝日の信奉者であった分、眉に唾をたっぷりつけてこの朝日という特異な新聞の報道を見るようになっています。 

朝日が他紙と本質的に異なるのは、報道機関であるというより特定の立場に立った一種の「機関紙」という性格です。

「機関紙」と割り切ってしまうと、日本で朝日にいちばんよく似た雰囲気の新聞を探すとすれば、「しんぶん赤旗」なのは当然なのかもしれません(苦笑)。

ですから、報道内容と論説を区別しません。

本来、新聞は客観報道に徹した後に論説をすべきなのですが、報道自体を自社の方針に合わせて強いバイアスをかけてしまいます。

どの社でもある程度の材料の取捨選択はあってしかるべきでしょうが、朝日の場合はあってはならない報道の捏造や歪曲を平然と行います。

報道は、かなり早い段階で捏造の誤りに気がついたはずなのにそのままキャンペーンを続行して32年間もシラをきり通した結果、取り返しのつかないほど日韓関係を破壊しました。

また、今回の原発報道のように自分の「原発は事故したら所員は逃げる」という主張をするために、正反対の歪曲的解釈をしてしまいます。

あるいは、問題にしても、その境涯を普通に報道すれば、彼女たちに対して自然な共感と同情が生まれたはずですが、軍が性奴隷として強制的に拉致してレイプし続けたなどとどぎついプロパガンダにしてしまえば、政治問題にしかなりようがありません。

これらはやがてバレるものなのですが、その間に「日本最高のクォリティペーパー」が発信した報道は、国内のみならず世界へ発信されて日本に対しての間違った見方を増殖させていきます。

                      ~~~~~~~~~

Img_1                       (朝日新聞5月20日)

・・・速報はこちらから・・・

というところで、前置きが長たらしくなりましたが、朝日新聞の「吉田調書」事件に一定の結着がついたようです。 

昨日付け産経新聞朝刊からです。(欄外参照)

「朝日新聞は、吉田調書を基に5月20日付朝刊で「所長命令に違反 原発撤退」「福島第1 所員の9割」と書き、23年3月15日朝に第1原発にいた所員の9割に当たる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第2原発へ撤退していたと指摘している。
 ところが実際に調書を読むと、吉田氏は「伝言ゲーム」による指示の混乱について語ってはいるが、所員らが自身の命令に反して撤退したとの認識は示していない。
 また、「退避」は指示しているものの「待機」を命じてはいない。反対に質問者が「すぐに何かをしなければいけないという人以外はとりあえず一旦」と尋ねると、吉田氏が「2F(第2原発)とか、そういうところに退避していただく」と答える場面は出てくる」
 

これは産経新聞が吉田調書全文を入手したためです。これによって朝日の「所員逃亡」説は完全に根幹から崩壊しました。

報道もそうでしたが、朝日は記者の足を使った地道なウラ取りを嫌うようです。

吉田清治の嘘のうら取りをしたのはなんと今年に入ってからです。済州島強制連行のヨタ話など、日帰りで調べられたはずです。

この「9割逃亡」記事ならば、社の1面記事を飾るくらいですから、当然そこに居合わせた数十人、いや約700名の職員、下請け労働者に取材をすべきでした。

にもかかわらず、朝日は入手した聞き取り調書一本でウラ取りを怠って大キャンペーンをしてしまいます。

なぜなら、朝日にとってまず反原発という彼らの主張が前提にあって、それを主張するための事実なのですから、ウラ取りなどしてその前提と矛盾する証言が出てきたら困るからです。

いったん流された朝日の「9割職員逃亡」記事は、欧米や韓国の中でも広汎に拡がって、今や「セウォル号と一緒」という認識が定着しつつあります。

この朝日記事は、吉田所長が亡くなられるのを狙いすましたように出されました。

そしてあの修羅場を戦った職員たちは、東電であるが故に沈黙せざるをえないでいます。

まさに死人に口なしということでしょうか。吉田所長の墓に唾する朝日の卑劣さに強い怒りが湧きます。

今後朝日は経験則に照らすと、おそらく絶対に非を認めずに頬被りします。それどころか「広義の意味での撤退は変わらない。事件の本質を直視せよ」と逆に国民に説教するでしょう。

そして国際社会ではこのような認識が定説となるのです。 

「福島のヒーローは、実は怖くて逃げた」と見出しにした上で、「事故に対して自らを犠牲にし果敢に闘った『フクシマ・フィフティーズ』として有名になったが、全く異なる恥ずべき物語が明らかになった」(オーストラリア オーストラリアン紙)

いまや朝日誤報バスターとなった産経新聞の記事を全面転載させていただきます。

なおこれについて朝日新聞社からは以下の抗議がなされていますが、これをそのまま信じる者は朝日読者でも少数派ではないでしょうか。

「吉田氏が命じたのは、高線量の場所から一時退避し、すぐに現場に戻れる第1原発構内での待機だったことは、記事で示した通りです。10キロ離れた第2原発への撤退は命令に違反した行為です。一部週刊誌の『虚報』『ウソ』などの報道は、朝日新聞社の名誉と信用を著しく毀損しています。厳重に抗議するとともに、訂正と謝罪の記事の掲載を求めています」

※吉田調書関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-b7c3.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-f908.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-4637.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-ab8a.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-aaf8.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-139d.html

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■吉田所長、「全面撤退」明確に否定 福島第1原発事故
産経新聞 2014.8.18 05:00

平成23年3月の東京電力福島第1原発事故に関し、産経新聞は17日、政府の事故調査・検証委員会が事故発生時に所長として対応に当たった吉田昌郎氏(25年7月9日死去)に聞き取り調査してまとめた「聴取結果書」(吉田調書)を入手した。

吉田氏は東電が事故発生3日後の14日から15日にかけて第1原発から「全面撤退」しようとしていたとする菅直人首相(当時)らの主張を強く否定し、官邸からの電話指示が混乱を招いた実態を証言している。吉田氏は一方で、現場にとどまった所員には感謝を示すなど、極限状態での手探りの事故対応の様子を生々しく語っている。

 吉田氏への聴取は23年7月から11月にかけ、事故収束作業の拠点であるサッカー施設「Jヴィレッジ」と第1原発免震重要棟で計13回、延べ27時間以上にわたり行われた。吉田調書はA4判で約400ページに及ぶ。

 それによると、吉田氏は聴取担当者の「例えば、(東電)本店から、全員逃げろとか、そういう話は」との質問に「全くない」と明確に否定した。細野豪志首相補佐官(当時)に事前に電話し「(事務関係者ら)関係ない人は退避させる必要があると私は考えています。今、そういう準備もしています」と話したことも明かした。

 特に、東電の全面撤退を疑い、15日早朝に東電本店に乗り込んで「撤退したら東電は百パーセント潰れる」と怒鳴った菅氏に対する評価は手厳しい。吉田氏は「『撤退』みたいな言葉は、菅氏が言ったのか、誰が言ったのか知りませんけれども、そんな言葉を使うわけがない」などと、菅氏を批判している。

朝日新聞は、吉田調書を基に5月20日付朝刊で「所長命令に違反 原発撤退」「福島第1 所員の9割」と書き、23年3月15日朝に第1原発にいた所員の9割に当たる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第2原発へ撤退していたと指摘している。

 ところが実際に調書を読むと、吉田氏は「伝言ゲーム」による指示の混乱について語ってはいるが、所員らが自身の命令に反して撤退したとの認識は示していない。

 また、「退避」は指示しているものの「待機」を命じてはいない。反対に質問者が「すぐに何かをしなければいけないという人以外はとりあえず一旦」と尋ねると、吉田氏が「2F(第2原発)とか、そういうところに退避していただく」と答える場面は出てくる。

■「あのおっさんに発言する権利があるんですか」 吉田所長、菅元首相に強い憤り
産経新聞 014.8.18

「私にとって吉田(昌郎)さんは『戦友』でした。現(安倍)政権はこの(吉田)調書を非公開としていますが、これは特定秘密にも該当しないし、全面的に公開されるべきです」

 菅直人元首相は月刊宝島8月号で、ジャーナリスト(元朝日新聞記者)の山田厚史氏のインタビューに対し、東電福島第1原発の元所長、吉田氏を自らの「戦友」だと述べている。

 だが、産経新聞が入手した吉田調書を読むと、吉田氏側は菅氏のことを「戦友」とは見ていない。むしろ、現場を混乱させたその言動に強い憤りを覚えていたことが分かる。

 例えば、政府事故調査・検証委員会の平成23年11月6日の聴取では、「菅さんが自分が東電が逃げるのを止めたんだみたいな(ことを言っていたが)」と聞かれてこう答えている。

 「(首相を)辞めた途端に。あのおっさんがそんなのを発言する権利があるんですか」

菅氏は同年8月の首相辞任後、産経新聞を除く新聞各紙やテレビ番組のインタビューに次々と応じ、自身の事故対応を正当化する発言を繰り返していた。これを吉田氏が批判的に見ていたことがうかがえる。

 また、菅氏が自分も政府事故調の「被告」と述べていたことから、吉田氏は「被告がべらべらしゃべるんじゃない」とも指摘し、事故調が菅氏に注意すべきだとの意見を表明した。

 菅氏だけでなく、当時の海江田万里経済産業相や細野豪志首相補佐官ら菅政権の中枢にいる政治家たちが、東電が全面撤退する意向だと考えていたことに対しては「アホみたいな国のアホみたいな政治家」とばっさり切り捨てている。

 その菅氏は今年7月24日付のツイッターで、吉田調書についてこう書いた。

 「吉田調書など(で)当時の状況が明らかになり、発生翌朝現地で吉田所長から話を聞き、撤退問題で東電本店に行った事も理解が増えています」

 吉田氏の肉声はこれとは食い違う。政府事故調の聴取(23年7月22日)で「(菅氏は)何のために来るということだったんですか」と質問され、こう突き放している。

 「知りません」

 「行くよという話しかこちらはもらっていません」

 「あのおっさんだって事故調の調査対象でしょう。辞めて、自分だけの考えをテレビで言うというのはアンフェアも限りない」

さらに必死で作業を続けている所員らに菅氏が激励もせずに帰っていったことを証言している。

 菅氏が震災発生4日後の15日早朝、東電本店に乗り込んだことにも冷ややかだ。同じ頃、現場でまさに死と向き合っていた吉田氏は7月29日の聴取で、テレビ会話を通してみた菅氏の東電本店での叱責演説についてこう語っている。

 「ほとんど何をしゃべったか分からないですけれども、気分悪かったことだけ覚えています」

 「何か喚いていらっしゃるうちに、この事象(2号機で大きな衝撃音、4号機が水素爆発)になってしまった」

■「水素爆発の仕組みは?」最前線に空疎な質問…官邸が招いた混乱
産経2014.8.18

政府の事故調査・検証委員会が平成24年7月にまとめた報告書は、福島第1原発事故における菅直人元首相をはじめとする首相官邸サイドからの介入についてこう総括した。

 「介入は現場を混乱させ、重要判断の機会を失し、判断を誤る結果を生むことにつながりかねず、弊害の方が大きい」

 これは当然、吉田昌郎元所長からの聴取結果を反映しての結論だろう。吉田氏は、直接官邸と現場がやりとりすることの違和感を繰り返し語っている(23年8月8、9日の聴取)。

 「何で官邸なんだというのがまず最初です。何で官邸が直接こちらにくるんだ。本店の本部は何をしているんだ」

 「最初、官邸と電話なんかする気は全くなかった」

 「官邸と現場がつながるということ自体が本来あり得ない」

 その上で、不眠不休の極限状況の中で菅氏から受けた電話の内容の空疎さについて、こう明かしている。

「水素爆発はどういうメカニズムで起こるんだということとか、それは水蒸気爆発と違うのかというようなご質問をなさっていた」

 「ごく初歩的な質問を菅さんがして、私が説明し始めたら、ちょっと待ってくれ、その質問は日比野(靖内閣官房参与)さんがしているからということで、日比野さんに代わって、結構忙しいときだった」

 菅氏から電話があったのは4回ほどで、このほか「警戒区域と避難区域、20キロ、30キロの話について、こう決めたけれども、所長はどう思う」と問われて吉田氏が「知りません」「現場の判断ではない」と答える場面も出てくる。

 また、同年11月6日の聴取では政府事故調の質問者から、官邸内で海江田万里経済産業相や細野豪志首相補佐官ら政治家や東電幹部、班目(まだらめ)春樹原子力安全委員長らが「勉強会」を開き、そこで出た疑問を現場に電話で問い合わせていたと聞き、吉田氏はあきれてこんな感想を語っている。

 「何をもってこの国は動いていくんですかね。面白い国ですね」

吉田氏は、細野氏にはあらかじめ、協力企業関係者や事務職員ら「関係ない人は退避させることも考えています」と言って、プラント制御に最低限必要な人員は残す考えを伝えていた。

 ところが、細野氏は23年11月の民間事故調のヒアリングでは東電に全面撤退論があったとの立場でこう菅氏を持ち上げている。

 「菅氏は、何の躊躇(ちゅうちょ)もなく『(東電の)撤退はあり得ない』と言った。私は(菅氏が)日本を救ったと今でも思っている」

 菅氏自身は今年6月21日付のツイッターで「私の原発事故対応に対する嵐のような批判も、吉田調書や(関電大飯原発第3、第4号機の運転差し止めを命じた)福井判決で風向きが変わってきた」と記した。

 吉田調書は、あくまで吉田氏個人の記憶に基づく証言であり、すべて正確だとまでは言えないだろう。とはいえ、現場で事故対応の前線指揮を執った当事者の証言は極めて重い。

第2への退避、吉田氏「正しかった」 元所員「命令違反ではない」本紙に証言
2014.8.18

 17日に判明した政府事故調の「吉田調書」。その文面から、東京電力福島第1原発にいた所員らの9割が10キロ南の福島第2原発に一時退避したことを、吉田昌郎所長(当時、25年7月9日死去)が「正しかった」と認識していたことが分かる。朝日新聞は5月20日付朝刊で、吉田調書に基づき「所員らは吉田氏の待機命令に違反し、第2原発へ撤退」と報じたが、第1原発の複数の元所員は産経新聞の取材に「命令違反ではない」と明言する。吉田調書と関係者の証言から経緯を追った。(原子力取材班)

 第1原発所員の第2原発へ退避したのは、東日本大震災4日後の平成23年3月15日午前7時ごろ。第1は最大の危機を迎えていた。

 前日の14日夜には、第1原発2号機への注水に使っていた消防車が燃料切れで動かなくなったことで、原子炉格納容器が壊れ、多数の所員に危害が生じることが懸念された。

 テレビ会議映像では、当時東電本店(東京都千代田区)にいた幹部が14日午後8時16分ごろ、「1F(福島第1)にいる人たちみんな2F(福島第2)に避難するんですよね」と発言。緊急時対策室を第2へ移す検討を始めていたことが分かっている。

15日午前5時半ごろには、菅直人首相(当時)が東電本店を訪れ、「撤退したら東電は100%つぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ」と絶叫した。このとき、テレビ会議映像を見た元所員は「誰が逃げるものか」と反発を覚えたと振り返る。

 午前6時14分ごろ、2号機の方向から爆発のような音が聞こえ、原子炉圧力抑制室の圧力がゼロになったという報告が入った。格納容器破壊の懸念が現実味を帯び、複数の元所員によると、吉田氏は「各班は最少人数を残して退避」と命じ、班長に残る人員を決めるように指示、約650人が第2原発へ退避した。

 調書によると、吉田氏は「本当は2Fに行けと言っていないんですよ。福島第1の近辺で、所内にかかわらず線量の低いような所に1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが」と命令の行き違いがあったことを示唆している。朝日新聞は、吉田氏のこの発言などから「命令違反」と報じたとみられる。

 しかし、調書で吉田氏は「考えてみればみんな全面マスクをしているわけです。(第1原発で)何時間も退避していたら死んでしまうよねとなって、2Fに行った方がはるかに正しいと思った」と、全面マスクを外して休息できる第2原発への退避が適切だったとの認識を示している。菅氏らが「第1原発からの撤退」との疑心暗鬼にとらわれていたことを問われると、吉田氏は「現実として逃げていない」と否定した。

当時、現場にいた複数の元所員も産経新聞の取材に「命令違反」を否定した。40代の元所員は「第1原発では乾パンや水しかなく環境は日に日に悪化しており、第1のどこかに待機するというのはありえない」と語る。吉田氏の命令は第2への退避と受け止めたという。

 別の中堅元所員も「第1原発にいた所員は、退避するなら第2へという共通認識があった。それが吉田氏の命令違反であるはずがない」と証言した。

 当時、第1原発にとどまったのは吉田氏ら69人。15日昼ごろには第2に退避していた多数の人が戻った。

 吉田氏と一緒に現場にとどまったベテランの元所員は「(第1に)残りたいという人ばかりだった。第2までの道は崖崩れの危険があったから、退避した人から『第2に無事に到着した』という連絡があったときには、第1に残った人は『ああよかった』とお互いに喜び合った」と語る。

 別の東電関係者も「当時自家用車で第2へ退避した人も多く、逃げるのであればそのまま避難所にいる家族のもとに行っているはずだ。しかし、彼らは第1へ戻ってきた」と話した。

 

■朝日新聞の報道は「所長命令に違反し、所員の9割が原発撤退」
産経 2014.8.18
 

朝日新聞は、東京電力福島第1原発の所長だった吉田昌郎氏が、政府の事故調査・検証委員会の調べに答えた非公開の聴取結果書を入手し、5月20日付朝刊でその内容を報じた。 

 「所長命令に違反 原発撤退」を大見出しにした上で、吉田調書などを根拠に「吉田氏の待機命令に違反し、所員の9割が福島第2原発へ撤退していた」と報道した。撤退した人の中には事故対応を指揮するはずのグループマネジャーと呼ばれる部課長級の社員もいたことから、「その後、放射線量は急上昇しており、事故対応が不十分になった可能性がある。東電はこの命令違反による現場離脱を3年以上伏せてきた」と指摘した。 

 その後も、「吉田氏、非常冷却で誤対応」「ドライベント、福島第1原発3号機で準備 大量被曝(ひばく)の恐れ」など、吉田調書に基づいた続報を掲載。社説では「吉田調書は最も貴重な国民の財産」として、公開を主張している。 

 また、朝日新聞のホームページでは、吉田調書の要約版を日本語と英語で公開(会員登録が必要)している。 

 朝日新聞社広報部のコメント「吉田氏が命じたのは、高線量の場所から一時退避し、すぐに現場に戻れる第1原発構内での待機だったことは、記事で示した通りです。10キロ離れた第2原発への撤退は命令に違反した行為です。一部週刊誌の『虚報』『ウソ』などの報道は、朝日新聞社の名誉と信用を著しく毀損(きそん)しています。厳重に抗議するとともに、訂正と謝罪の記事の掲載を求めています」

■「日本有数の技術屋だ」 現場作業員の奮闘ぶり、吉田氏高く評価
産経 2014.8.18

「吉田調書」では、吉田昌郎氏が現場の作業員について、「日本有数の技術屋」「(危険な)現場に(自ら率先して)行こうとすることに本当に感動した」と、高く評価する言葉を述べていた。調書からは「フクシマ・フィフティーズ(福島の50人)」と世界が称賛した勇敢な姿だけでなく、現場の作業員の有事での工夫と判断力で事故の被害を最小限に抑えられたことが浮かび上がる。

 平成23年3月11日に全交流電源喪失後、2号機では原子炉隔離時冷却系(RCIC)が動いているか確認できない状況が続いていた。12日午前2時55分にRCICの運転を確認したが、バッテリーが8時間しか持たないことから、電源の選別が迫られた。

 この時の状況について、吉田氏は「不要な負荷を全部切ったのは現場の判断。私がそこまで言っていない。私はそこまで分からないというか、逆によくやってくれたなと思っている」と語り、現場が瞬時に状況判断したことを評価した。

 また、バッテリーが足らない時には「うちの連中は、車のバッテリーを外したり、ものすごい知恵を働かせてやれることを全部やった」とも語った。

さらに、事故直後に専門技能を持つ協力企業もいないなかで、ケーブルや給水ラインの調達、接続ができたことについても言及。「口幅ったいようだが、ここの発電所の発電員、補修員は優秀だ。今までトラブルも経験し、肌身で作業してきた経験があるから、これだけのことができたと思う」と評価した。

 そのうえで、「私が指揮官として合格だったかどうか、私は全然できませんけども、部下たちはそういう意味では、日本で有数の手が動く技術屋だった」と絶賛した。

 3号機爆発直後は、高線量のがれき撤去や注水のためのホース交換をしなければならず、作業員を危険な現場に送り出さざるを得なかった。吉田氏は「注水の準備に即応してくれと、頭を下げて頼んだ。本当に感動したのは、みんな現場に行こうとするわけです」と、危険を顧みずに職務を全うしようとする姿をたたえた。

■ヒーローが一転「逃げ出す作業員」「恥ずべき物語」に 朝日報道、各国で引用
産経 2014.8.18

外国の有力メディアは、「吉田調書」に関する朝日新聞の記事を引用し、相次いで報道した。韓国のセウォル号事故と同一視する報道もあり、「有事に逃げ出した作業員」という印象が植え付けられている。

 米紙ニューヨーク・タイムズ(いずれも電子版)は5月20日、「パニックになった作業員が福島第1原発から逃げ出した」と報じた。「朝日新聞によると」という形で、記事では第1原発所員の第2原発への退避を「命令違反」だと報じている。

 英紙ガーディアンは5月21日付で「『フクシマ・フィフティーズ(福島の50人)』と呼ばれたわずかな“戦闘員”が原発に残り、ヒーローとして称えられた。しかし、朝日新聞が明らかにしたように650人が別の原発に逃げたのだ」と記した。

 オーストラリアの有力紙オーストラリアンも「福島のヒーローは、実は怖くて逃げた」と見出しにした上で、「事故に対して自らを犠牲にし果敢に闘った『フクシマ・フィフティーズ』として有名になったが、全く異なる恥ずべき物語が明らかになった」と報じた。

 韓国紙・国民日報は「現場責任者の命令を破って脱出したという主張が提起されて、日本版の“セウォル号事件”として注目されている」と報道。韓国で4月に起きた旅客船沈没事故で、船長が真っ先に逃げたことと同一視している。

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原子力事故」カテゴリの記事

コメント

私ん家でも、朝日新聞を半世紀ほど購読しております。
複数紙の時期もありましたが、今はコレ一本です。

私の子供時分には、天声人語は疑う余地の無い大人の
正論であり、日本語文章の最高峰と思っていました。

現在では朝飯を食べながら、横目で二つ折した一面
を眺めては、鼻で笑っています。

何が言いたいのかイミフだし、エビデンスもなく過剰
な文学的表現の記事は、アタマの中がカラッポの秀才
が新聞社の中の力関係に怯えながら、仕事しないと高
いサラリーもらえないもん、と流して書いているよう
です。

朝日のウソのオンパレードがバレてきたのは、管理人
さん達個人ブロガーによるウェブの力も大きい。個人
でもアレヤコレヤとほじくれば、日本の大新聞社程度
には勝てますw。もっとグリグリしてあげて下さい。
所詮使用人の彼等ですから、最後はあっけないです。

本来、産経だけでなく他新聞がとっちめなければなら
ないのに、比較的静かです。実はお仲間なんですよね。
世間で仕事をするようになると、新聞社もヤクザ同様
の方法で広告を取っているのが解ります。

記事は立派な暴力になるのです。新聞社の名をポンと
出すだけで、キョーカツまがいの効果が期待できます。
正義の味方なんてトンデモナイ。ヤクザは他のヤクザ
を社会的に非難できないのと同じリクツ。産経はすで
にブッ飛んでいるので、失うものはもう何も無い?

あと何年、朝日新聞を読むことができるかなぁ。


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