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2014年9月

慰安婦問題はなぜネバーエンディングストーリーなのか?

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とうとう「しんぶん赤旗」までが、昨日、吉田証言慰安婦は虚報であったと認めました。ただし、「河野談話は正しい」という注釈つきです。

志位委員長の謝罪会見はないのでしょうか(笑)。吉田清治氏は共産党員でもあったわけですから、もう少し誠意を見せたらいかがでしょうか。

吉田証言放棄・河野談話死守ということで、朝日新聞などの人達はほぼこの線でまとまったようですね。 

さて、ではこの人たちはこれまで30年かけて、慰安婦問題を大事に「育てて」きたわけですが、今後どう幕引きするつもりなのでしょう。 

パククネ政権と同じように、「謝罪と償いをすべきだ」という路線を変更したとはついぞ聞きません。 

よく勘違いされていますが、韓国政府は慰安婦問題で初めから「謝れ、金出せ」と言っていたわけではありません。変化するのはノ・ムヒョン政権からです。 

むしろ、この問題が朝日新聞らによって人為的に爆発した当初は、賠償はいらないと明言していました。

これは政府の河野談話検証報告に出てきます。報告書はこう書いています。 

「慰安婦への「措置」について日本側が、いかなる措置をとるべきか韓国政府の考え方を確認したところ、韓国側は、日韓間では法的な補償の問題は決着済みであり、何らかの措置という場合は法的補償のことではなく、そしてその措置は公式には日本側が一方的にやるべきものであり、韓国側がとやかくいう性質のものではないと理解しているとの反応であった」(検証報告書) 

ほぉ、ですな。当時は文民初の民主化運動指導者のキム・ヨムサム政権でしたが、いまのパククネ氏と真逆の立場であることが分かります。 

整理するとキム大統領は、こう述べています。 

①「補償」は日韓間で法的に決着しているので、日本側が勝手にするものであり、韓国側は要求しない。
②慰安婦に対する賠償は、韓国がするものである。
 

なにか、いまになると、日本政府の公式見解をそのまま聞くような気分ですが、1990年代初期までは韓国側もしっかり日韓基本条約の性質を理解していたのが分かります。 

むしろキムヨムサム大統領に至っては、謝罪は求めても「賠償は韓国でやるから、そのことで韓国は道義的に優位に立てるのだ」とすら言っています。  

その謝罪すら、実は当時の韓国政府のニュアンスは、このようなものでした。 

日本人が提起して慰安婦問題が大きくなってしまった。日韓メディアが問題化させた。メディアのあり方としていかがなものか
(月刊文芸春秋・浅利慶太氏との対談における発言主旨)
 

この慰安婦問題は当時の韓国政府すら予想だにしなかったもので、あまりに宮沢訪韓時に朝日新聞が騒いで国際問題化させたから、仕方なくとりあげたのだ、とキムヨムサム大統領は言いたいわけです。

ですからまして、キム大統領は決して日本の河野談話に基づく「償い事業」などを歓迎していないことが分かります。

村山政権は、そこを押し切った形で1997年1月から、元の希望者に支給を開始します。

1991年1月からかつての河野談話に沿って、首相のお詫びの言葉を記した手紙と、ひとりあたり500万円のお見舞金を61名の元慰安婦に手渡しています。

「事業終了までに、元合計61人に対し、民間による寄付を原資とする「償い金」200万円を支給し、政府拠出金を原資とする医療・福祉支援事業300万円を実施(一人当たり計500万円)するとともに、これらを受け取ったすべての元に対し、当時の総理の署名入りの「おわびの手紙」をお渡しした」 (検証報告書)

償い事業を設定し、日本側がひとりひとり出向いて首相名の謝罪の手紙と共に500万円(償い金300万+福祉関連として200万)を手渡しています

これは、政府が取り得る最大級の個人補償対応であり、これ以上の対応を望むのは不可能であったでしょう。

ですから、いままだ安易に慰安婦に「謝罪と賠償」を要求する人達は、これ以上なにをしろというのか、逆にお聞きしたいくらいです。

それはさておき、いきなり韓国政府からストップがかかります。その理由はなんだったのでしょうか。 

この韓国政府が償い事業にストップをかけた原因は、韓国特有の「国民感情」という名の火病(ファビョ)が爆発したためです。

「これに対し、韓国のメディアは「基金」事業を非難し、被害者団体等による元7人や新たに「基金」事業に申請しようとする元に対するハラスメントが始まった。被害者団体は、元7人の実名を対外的に言及した他、本人に電話をかけ「民間基金」からのカネを受け取ることは、自ら「売春婦」であったことを認める行為であるとして非難した。また、その後に、新たに「基金」事業の受け入れを表明した元に対しては、関係者が家にまで来て日本の汚いカネ」を受け取らないよう迫った」  (検証報告書)

ため息が出ます。名乗り出ろと煽って、名乗り出れば「売春婦であったと認めることだ」と糾弾するのですから、話になりません。

ほんとうに彼女たち薄幸な老女たちのことを考えていたのなら、自宅に上がり込んで喚くことなどできないはずです。

彼ら韓国マスコミや反日団体は、慰安婦の老後の幸福を願って運動しているのではなく、ひたすら政治的に利用しているにすぎないのです。

この報告書に出てくる「被害者団体」ともっとも過激な反日団体である挺対協(挺身隊協議会)だったことは、元朝日新聞の下村満子氏(元「朝日ジャーナル編集長)も認めています。

この反日団体と韓国マスコミが、基金の受け取りを希望した7人の元慰安婦の老女たちに対して、自宅にまで押しかけて「売春婦だったことを認めるのか。恥をしれ」「日本の汚いカネを受けとるな」とまで騒いだのですそれか連日続きます。

「これに対し、韓国のメディアは「基金」事業を非難し、被害者団体等による元7人や新たに「基金」事業に申請しようとする元に対するハラスメントが始まった。被害者団体は、元7人の実名を対外的に言及した他、本人に電話をかけ「民間基金」からのカネを受け取ることは、自ら「売春婦」であったことを認める行為であるとして非難した。また、その後に、新たに「基金」事業の受け入れを表明した元に対しては、関係者が家にまで来て日本の汚いカネ」を受け取らないよう迫った」  (検証報告)

この報告書に出てくる「被害者団体」とは韓国挺身隊問題協議会(挺対協)というもっとも過激な反日団体であったことは、この基金に関わった元朝日新聞の下村満子氏(元「朝日ジャーナル編集長)も認めています。

この激しいバッシングで基金に応じた元慰安婦たちは身の危険すら感じたと言います。  

この個人補償を中断したのは、日本政府ではありません。韓国人が自らが、受け取ろうとする元慰安婦たちを暴力的に潰したのです。   

そして 1998年3月に新大統領になった金大中氏によって、正式に韓国政府として「基金」を中止するようにとの申し出をします。   

これを報告書はこう述べています。  

「この時期、韓国政府は、金大統領自身本件について金銭の問題をなくせ、政府間のイシューにするなという意見であり、両国の問題は存在しないと思った方がよいとして、「基金」には申し訳ないが、政府間の問題にならないよう終止符を打つべき旨述べていた」  (検証報告書) 

この経過を見て分かるのは、当時の韓国政府の立場を現在のパククネ政権はなにひとつ継承しておらず、変心したのは日本政府ではなく、韓国政府の側だという事実です。   

日本の「償い」は韓国人みずからが破壊したの、その歴史的事実を知った上でなお、日本政府の「謝罪と賠償」を要求していくつもりなのか、韓国政府と朝日新聞界隈の皆さんはよく考えられるといいでしょう。

最後に日本側がなおも基金の賠償から福祉事業への転換を考えていたことに対する当時の韓国政府の意見を紹介します。

「1999年3月下旬に行われた日韓の事務方のやりとりにおいて、突如韓国政府が方針を変え、この問題では何かしてもしなくても批判されるということを冷静に踏まえておく必要がある」 (検証報告書)

まさに今や、かつての韓国政府自身の仰せのように、わが国は「何かしてもしなくても批判され」ているわけです。 

「謝罪しない」と言っては批判され、謝罪すれば「賠償していない」と言われ、賠償を始めれば、韓国国内の反日勢力が寄ってたかって潰し、潰したら今度はまた「なんの償いもしていない」と、どこまでも続くネバーエンディングストーリー。

そして二国間だけでは飽き足らず、こともあろうに諸外国に行くたびに告げ口して回るのですから、まったく当時の韓国政府の言うとおりです。

あの国に対してはなにをしても無駄です。

なお、この事業成果は以下です。実に48億円を支出し、未だ「謝罪も賠償もしていない」と言われ続けるのですから、虚しい限りです。

「1995年に設立された「基金」には、基本財産への寄付を含め約6億円の募金が集まり、日本政府は、インドネシアでの事業をもって事業全体が終了する2007年3月末までに拠出金・補助金あわせ約48億円を支出した。
韓国における事業としては、事業終了までに、元合計61人に対し、民間による寄付を原資とする「償い金」200万円を支給し、政府拠出金を原資とする医療・福祉支援事業300万円を実施(一人当たり計500万円)するとともに、これらを受け取ったすべての元に対し、当時の総理の署名入りの「おわびの手紙」をお渡しした。その数は、橋本政権下で27件、小渕政権下で24件、森政権下で1件、小泉政権下で9件に及ぶ」(検証報告書)

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独立国と朝貢国が同じ「独立」という言葉を使っても

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沖縄を理解するために、もう一本の補助線を引いてみましょう。それが韓国です。

アジアの政治地図の中で、韓国と沖縄は大変によく似たDNAを受け継いでいます。  

韓国の場合、沖縄よりはるかに長い期間に渡って中華帝国の属国であり、古代から現代に至るまで途切れることなく形式的独立国であり続けました。

琉球王国と比較しても、交易によって広く諸外国と交流した琉球に較べて、半島に陸封された形になった朝鮮はより強く中華帝国の属国としての色彩が強いでしょう。  

韓国の場合、日清戦争における日本の勝利によりいちおうの「独立」を経て、日本の保護国から合邦(※)していくことになります。  ※対等合邦とはいえず、植民地だという説もあります。 

ちなみに、その時に作られたのがソウルの「独立門」で、韓国人自身が勘違いしているように、日本からの独立を記念して作られたものではありません。 

さて、今、韓国のほうは歴史的転換点にあります。  

それは韓国の「離米従中」路線です。歴史的には不自然ではないともいえるわけで、今年の習首席の訪韓で鮮明になりました。  

朝鮮日報(5月14日)はその前後に中国当局者が、なんと「属国になれ」とまで言ったと朝鮮日報(14年5月14日)は伝えています。

「韓中の政府間の定期協議で中国の当局者が韓国の政府関係者に対して「朝貢外交に戻ったらどうなのか」と深入りする発言をした。(略)2013年、中国の一部学者が唱え始めた「朝貢外交復活論」を中国の当局者が口にしたのは初めてだ」

現在のアジアは中国と米国・日本の陣取り合戦の真っ最中です。いわば関が原の陣の前段とでもいえるように、アジア各国に対して自陣に加わるように求めています。  

4月下旬のオバマのアジア歴訪はそのように見ると分かりやすいと思います。 

日本とフィリピンでは同盟強化を約束し、中間的なマレーシアでは経済的関係の強化を謳いました。  

ただし、訪韓だけは失敗しました。米国が日-米-韓の連携強化を要求したのに対して、パククネが日本の歴史認識と集団的自衛権反対を理由に、オバマの要求を蹴ったからです。 

集団的自衛権は、いうまでもなく朝鮮有事に対して想定されているのは常識であるにもかかわらず、賛成の言質を与えなかったのは、中国の顔色を見たからです。 

そして、7月に訪韓した習に対してパクが、現代版三跪九叩頭の礼をとったのはご承知のとおりです。  

韓国のこの動きとあたかも連動するように、沖縄では親中派の翁長那覇市長が知事に立候補しました。  

翁長雄志氏の政治的信念は、「基地のない沖縄」だそうですが、この「関が原前夜」のアジアの地図の中で今このようなことがなにを意味するのかは、推して知るべしではないでしょう。  

なぜ、今この時期に「離日(米)従中」の翁長氏のようなタイプの政治家が現れるのか、本土の人間には解りにくいと思います。 

これはかつてのふたつの冊封国が、今の宗主国である米国の衰退を読んで、宗主国替えを企てたのです。 

翁長氏とは沖縄のパククネであり、彼が目指すものは中華帝国から朝貢・冊封国家を受けていた「琉球王国」の復活です。 

つまり、「琉球独立」とは、沖縄の力をつけて自立することを意味せず、かつての中華帝国の懐に帰る「復帰運動」、あるいは慕華思想の産物ではないでしょうか。  

スコットランドはイングランドに破れるまで独立国であって、保護国や属国となったことは一度もありません。   

スコットランド民族党(SNP)の歴史は長く、1934年から活動して戦中は大英帝国の協力を拒んで、投獄などの弾圧を受けています。   

このあたりはアイルランド共和国軍(IRA)と似ていて、筋金入りの反英です。 IRAに至っては、大戦中には敵の敵は味方というわけで、ナチと協力していた歴史すらあります。   

イングランドと熾烈な闘いを経て,臣下の屈辱を飲んだ勇猛なスコッチ・ハイランダースと同じ言葉を使っていても、朝貢国「琉球」のそれは言葉は同じでも、この両者の「独立」はまったく別次元なのです。  

 

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週末写真館 彼岸花

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琉球王国は独立国ではなかった?

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わが国でいちばんにぎやかに「独立」を唱えているのは沖縄県です。県知事選でも下地幹郎氏がこんなことを言っていました。

「県知事選(10月30日告示、11月16日投開票)に出馬表明している元郵政民営化担当相の下地幹郎氏(53)が26日、石垣市のホテルで講演し、米軍普天間飛行場移設問題について県民投票で決着させる考えを改めて説明。  県民投票の結果を踏まえた日本政府との交渉が決裂した場合には「琉球独立を問う住民投票をやる」と表明した。 
 (八重山日報9月20日)

下地氏はこのように「独立」の道筋も、その手段も一切示さずに、「独立」を単なる本土政府との交渉材料にしてしまっています。  

同時期に起きていた唯一の先進国の独立事例であるスコットランドについて、真面目に調べた形跡すらありません。  

そういえば、琉球民族独立総合研究学会代表の友知政樹研究理事が、わざわざスコットランドまで行って、こんなことをガーディアン紙に言っています。  

中国に対して危険ではないのか、という質問に答えて 

沖縄は既に、日本によってもっとずっとひどく侵略されているようなものだ。中国は琉球王国だった何世紀もの間、一度も我々を侵略しなかった 

この中国に対する底抜けの無防備ぶりと、あまりに対照的な日本に対する底知れぬ「憎悪」は一体なんなのでしょうか。  

アジアという見取り図の中で、「朝貢・冊封関係」という補助線を引いてみれば、この沖縄という複雑な存在が少し分かり易くなるかもしれません。  

いや、ここでは「琉球」と言ってあげるべきかな。「琉球」と書いて、ふと、この「独立」を唱える人たちが「沖縄」を使用しないのにはきっと訳があるのかな、と思いました。  

あまり区別されていないようですが、「琉球」と「沖縄」はちょっと違います。  

「琉球」は中国呼称による国号で、「沖縄」は日本語呼称です。 

「琉球」という呼称を自主独立のシンボルのように言う人がいますが、事実は「朝鮮」と一緒で、中華帝国の華夷秩序(※欄外参照)に属していた琉球王国が、中華帝国皇帝から賜った国名が「琉球」です。  

この朝貢・冊封体制下に沖縄があったことが中国が、いまだに沖縄をかつての版図であったと考える遠因となっています。  

もちろん近代以前の中華帝国の版図概念を持ち出すこと自体がおかしいのですが、中国にも沖縄にも、そのDNAのようなものが強く残っているのは確かです。  

朝貢・冊封体制は、政治的に「王」として権威付けしてもらうだけではなく、大きな経済的利益を生み出しました。

琉球王国の14世紀から15世紀における輝ける大交易時代は、まさにこの中華帝国の版図内を舞台にしていたわけです。 (※交易路図と説明は欄外参照)  

中華帝国は漢代からこのアジア全域で圧倒的な覇権力を持ったスーパーパワーでした。もちろん軍事力と経済力がその背景にあります。 

ですから、この域内の国は、武力を背景とする安全保障を中華帝国から提供されて、皇帝に服従を誓うことによって恒常的な軍備の保持を免れて、交易路の安全も確保できたわけです。 

中華帝国を米国と置き換えれば分かりやすいでしょう。あるいは参勤交替に例える人もいます。 

琉球王国が非武装だったというのは戦後に生れた平和神話で、上里隆史氏の最近の研究では琉球王国はおそらく数百から数千の兵を有していたと考えられています。 

1500年に起きた王府軍による八重山征服戦争では、軍船約100隻と3000人の兵が動員されたとあります。 

同じ有事来援の約束は朝鮮ともあって、現に秀吉の文禄・慶長の役の時は、明軍が大軍を派兵してくれています。 

朝鮮戦争時の毛沢東の軍隊の越境も、この歴史的な両国の間柄という文脈でみると違って見えると思います。  

とまれ、琉球王国は元号も中華帝国のものを使っていましたし、那覇にある守礼の門も冊封使を迎えるものでした。  

冊封使が来沖すると、琉球王はここまで出迎えて三跪九叩頭の礼をとったわけです。   

その見返りに沖縄は、「琉球王」に封じられることで、朝貢貿易の利益を独占でき、これこそが先ほど述べた沖縄の貿易海洋国家としての経済的源泉だったといえます。 

こんなことを500年もやってきたわけですから、大きく力あるものに仕えるという事大主義がDNAの中に深く刻まれてしまいました。 

よく沖縄の知識人に、かつての琉球王国を輝かしく平和で自由な独立国とイメージする人が多くいますが、その「自由」とは中華帝国が保障していたわけです。 

この中華帝国の下の「属国としての平和」を砕いたのが、アジアで唯一の朝貢・冊封関係から自由だった日本です。 

中華帝国から見れば、日本は皇帝の支配にまつろわない「化外の地」ということになります。(※欄外 華夷秩序概念図参照) 

1609年の薩摩島津軍の侵攻に対して、琉球王府軍は4000人の軍隊で迎え撃ち、最新兵器の大砲まで使用していたことが記録されています。 

惨敗したのは、相手が戦国最強の薩摩軍であったことに加え、安全保障を中華帝国に依存していたために自主防衛が手抜きであり、まともな作戦計画が立てられなかったからです。 

しかしそれでも、局地的には薩摩軍を撃退して、「独立国」の意地を見せています。 

薩摩藩、つまりは日本の「海外侵略」だったと言う人がいますが、17世紀とは大航海時代後期に当たっており、西欧勢力がアジア全域に登場する時期でした。

そのような時代に、いまの価値観を持ち出しても意味がありません。そのような時代であったとしかいいようがありません。 

さて沖縄は薩摩藩の進攻によって、今風に言えば日本が実効支配したわけですが、ここでややっこしいトリックめいたことが行われました。  

薩摩藩は朝貢貿易を維持するために幕府の許可を得て、琉球王国をそれまでと一緒の冊封国として見せかけて、裏から支配することをしました。  

明はそれを知っていながら見て見ぬふりをしたようですが、ここに沖縄のふたつの国に臣従する「両属国」という琉球王国の基本性格ができます。  

この両属性が解消されたのは、明治維新以後まで待たねばなりませんでした。  

「沖縄」という国語呼称が定着したのは、正式に明治期に日本国に編入されて県名となってからです。  

これがいわゆる「琉球処分」ですが、それは形式的には琉球王国の解体でしたが、沖縄にのみ適用されたわけではなく、廃藩置県のひとこまにすぎません。 

これを先日NHKが、「独立を求める琉球と、それを暴力的に押しつぶした日本」というステレオタイプな描き方をして波紋を呼びました。 ※HHKはるかなる琉球王国 ~南の島の失われた記憶~  

この時にも沖縄の支配階層は、黄龍旗を翻して清が日本を打ち破るために来援してくれることを熱望したそうです。  

しかし、宗主国・清に救援を乞うた幸地朝常の願いも虚しく、黄龍旗はまたもや現れませんでした。  

つまり、薩摩軍進攻に継いで二度に渡って、中華帝国は琉球王国を見放したのです。  

NHKは、マルクス主義歴史観に沿って、「武器なき平和な島を武力で滅亡させた日本」という図式を描きたいようですが、中華帝国の都合によって切り捨てられ、日本のひとつの「地方」として近代化の道を辿ったのです。  

このように琉球王国は、朝貢体制下の属国であったに過ぎず、近世においては二主に仕える二股国家だったのです。

この両属国家という性格が故に、東アジアのもうひとつの朝貢・冊封国である韓国とシンクロした動きが生れました。

それが今の沖縄で起きている「独立」という名を借りた「慕華思想」現象(※)なのです。冒頭に上げた下地氏や琉球独立学会の発想は、まさにここから来ています。

公平にみれは、スコットランドでさえ独立が無理だったわけですから、財政的にも経済的にも、いかなる意味でも不可能とかんがえるのが妥当です。

しかし、彼ら「琉球独立派」が、初めから自力での「独立」を視野に入れていないとしたらどうでしょうか。

彼らにはもとより自立する気などなく、弱体化した米国(日本)から離れて、隆盛するかに見える赤い中華帝国に「復帰」することを考えているとすれば・・・。

恐ろしい想像です。当たってほしくない想像です。 

なお、「琉球民族」と日本民族は、そのヒトゲノム解析、あるいは習俗、言語から同一の日本民族に属します。念のため。(欄外参照)

長くなりましたのでもう一回、続けます。

 

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華夷秩序(かいちつじょ)の用語解説 - 中国の皇帝を頂点と する階層的な国際関係を指す。古来中国にある自分たちは優れた文明を持つ世界の 中心(中華)で、周囲は未開の野蛮人(夷)であるとの考え方に根ざす。 

華夷秩序概念図 http://www.kanekashi.com/blog/2011/06/001621.html

 

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 交易路(上に同じ) 

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琉球王国の大交易時代http://www.jsanet.or.jp/seminar/text/seminar_281.html

大航海時代に先駆ける14〜15世紀、琉球王国は東アジアの貿易の拠点として華々しい繁栄を謳歌していた。東は中国、南はフィリピン、ベトナム、タイ、北は九州や近畿地方、そして朝鮮半島に至る広大な地域を縦横に往来したその旺盛な活動の背景には、元を滅ぼして新たな王朝を築いた明の存在があった。  

 明は外国との国交・貿易に中国の伝統的なシステムである朝貢貿易という形態をとった。これは明へ朝貢を行う国とのみ貿易活動を行うというもので、朝貢国として認知されない国の船は中国の港に入港できない。ところが琉球は、明王朝成立直後の動乱期に、火薬原料の硫黄や軍馬を輸出したことから友好関係が生れ、朝貢国の中でも高いランクに位置づけられていた。 

 さらに明がとった海禁政策によって、中国の商人は海外に渡航することを禁じられた。こうして琉球王国は、東アジアにおける対明貿易をほぼ独占するようになったのである。
 琉球の貿易活動はこれにとどまらず、さらに東南アジアや日本・朝鮮を結ぶ中継貿易に発展。「舟楫を以って万国の津梁となし、異産至宝は十方刹に充満せり(舟を操って世界の架け橋となり、国中に諸外国の至宝が満ち溢れている)」と自画自賛するほどの繁栄をもたらした。
 この壮大な大交易時代は、16世紀以降のスペイン・ポルトガルの進出や明の弱体化、そして17世紀初頭の島津氏の侵入によって終わる。しかし大航海時代に先駆けた南海の王国・琉球の栄光の時代は、海の道を通じた交易活動が、国土や人口に関わりなく、一国の経済発展にいかに大きな力をもつかを示す好例といえるだろう。
 

※現代沖縄人DNAの遺伝系統「日本本土に近い
琉球新報 」2014年9月17日 

琉球大学大学院医学研究科の佐藤丈寛博士研究員、木村亮介准教授、北里大学、統計数理研究所の共同研究チームが、現在の琉球列島に住む人々の核ゲノムDNAを解析した結果、遺伝的に琉球列島の人々は台湾や大陸の人々とつながりがなく、日本本土により近いという研究成果を発表した。琉球大学が16日、発表した。また、沖縄本島から宮古、八重山諸島へ人々が移住した時期をコンピューターで計算した結果、古くても1万年前以降と推定。宮古のピンザアブ洞穴人(2万6千年前)や石垣の白保竿根田原(さおねたばる)洞穴人(2万年前)は、現代の宮古、八重山の人々の主要な祖先ではないと結論付けた。 

 これまで、骨や一部DNAの分析から、琉球列島の人々は中国や台湾より日本本土の人々と近いとする研究成果が発表されてきたが、今回、初めて全ゲノムを網羅した解析によって同様の結果が導かれた。今後の琉球列島の人々の起源を探る研究の一助として注目されそうだ。 

 研究チームは、現在の沖縄、宮古、八重山諸島出身者数百人からDNAを採取し、ヒトゲノム全域に分布する60万個の単一塩基多型(SNP)を解析した。その結果、琉球列島の人々と台湾先住民は別系統の集団で、地理的に近接する八重山諸島の人々も台湾先住民との間に直接の遺伝的つながりがないと結論付けた。
 港川人についても同チームは「琉球列島の人々と漢族が分岐した年代が縄文時代以降であると推定されたことから、沖縄諸島の人々の主要な祖先ではない可能性が高いと思われる」と推測し、今後さらなる精査が必要としている。

※慕華思想 中華帝国を慕い、その支配に復帰を願うこと。明朝滅亡後の朝鮮で使われた。

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「スコットランド゙の核」をどう考えるか

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スコットランドの独立投票は僅差で敗れたものの、「先進国における分離独立は可能か」というテーマを世界に発信しました。 

この機運はスペインにおいて、長年続いているカタルーニャ自治州とバスクの独立の動きを加速するでしょう。  

長年に渡って分離独立を追及してきたスペイン・カタルーニャ自治政府は、独立を問う住民投票を11月9日に実施すると発表しましたが、中央政府はこれを違憲として認めていません。  

カタルーニャは、スペイン屈指の富裕な地域なので予断を許しませんが、スコットランドにはカタルーニャにない巨大な存在がひとつあります。  

それは「スコットランドの核」です。  

スコットランド・ファスレーンにあるクライド海軍基地には、戦略核兵器が存在します。しかも投射手段であるミサイル原潜4隻とセットになっています。(※参照)

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                       (英海軍クライド海軍基地 Google Earth )

※「トライデントとは、4隻の英国ヴァンガード級原子力潜水艦に搭載した58基の潜水艦発射核弾道ミサイルで構成される防衛システムで、少なくとも常時1 隻が任務についている。このシステムは、それぞれが核ミサイルを搭載した14隻からなる米海軍原子力潜水艦艦隊の縮小版ともいうべき存在である」(軍縮:英国核防衛システムの不透明な行方)  

この4隻の原潜(※)に登載された58基の潜水艦発射核弾道ミサイル(SLBM)を、どのように考えるべきなのでしょうか ヴァンガード級原子力潜水艦 

ひとつの考え方としては、当のスコットランド民族党が掲げる「非核化宣言」です。  

こんな物騒なものはさっさと撤去してくれ。俺たちは平和愛好者なんだ」というわけですが、まったくもってナイーブな発想です。 

ちなみに私は、ナイーブという言葉をこの場合、決して褒め言葉で使っていません。  

選挙用ならまだしも、「国」になりたいという「地域」が、簡単に今領土内にある交渉相手の核兵器を放棄してしまうような考え方では、独立スコットランドはそう長くは続かないでしょう。  

もうひとつの考え方は、おそらく多くの独立を希望する民族が選択するであろう手段です。それは核兵器を人質にすることです。 

フレデリック・フォーサイス流に言えば「悪魔の選択」です。 

ちなみに「悪魔の選択」(デビルズ オルタナティヴ)とは、「どのような選択をしても地獄」ていどの意味です。 

スコットランドの場合、核兵器は「存在しても危険」、「撤去移動することも出来ない」という二律背反的な条件ですから、いずれにしても外交的カードとして有益に使うしかありません。 

そもそも核兵器とは、極めて政治的な武器なのですから、核兵器は政治的に使うことが前提なのです。 

この手段を選んだ場合、スコットランドがまっ先にすべきは、とりあえずクライド海軍基地のトライデントミサイル原潜と核兵器を押えてしまうことです。 

今のスコットランドには、核兵器を操作できる要員はいないと言われていますが、それでもかまいません。  

とりあえず核兵器を「預かっている」ということは、中央政府に対して強烈なブラフ(威嚇)になり得ます。   

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(写真 クライド海軍基地におけるヴァンガード級戦略原潜。4隻体制で常に1隻は任務についている)

スコットランドにあるセント・アンドルース大学・ウィリアム・ウォーカー教授によれば、核兵器を押えるというような強硬な態度にスコットランドが出なくとも、核保有国の英国が非核国で核を運用するという奇妙なことになる上に、長く折れ曲がったスコットランド領海を通行せねばならなくなると予想しています。

英国は英国内にクライド基地を移転できないために、P5(国連常任理事国)の地位から滑り落ちたくなければ、いやでも交渉テーブルにつくしかありません。

そしてスコットランドは国際社会に向けて、「非核国家内にある核基地という点を強くアピールします。  

核兵器の解体、あるいは撤去を取引材料にして、中央政府からそうとうに大きな譲歩を勝ち取れるでしょう。

ただし、交渉するためには、交渉期間中にはぜひ核兵器にスコットランドに「居て」もらわねばなりませんが。

実は、これには前例があります。ウクライナが独立後の1994年12月に結んだブダベスト覚書です。  

ソ連崩壊後、棚ぼた的に独立を勝ち得たウクライナは、国内に大量の核兵器を所有することになりました。  

米国などはこれを危険視してNPT(核拡散防止条約)に入ることを求め、核兵器を手放す条件に、独立と領土を保障することを認めました。これを調印した地名をとって、「ブダベスト覚書」と呼びます。  

今回のウクライナ紛争でも、ウクライナ政府が再三に渡ってブダペスト覚書を履行するように、米国とEUに求めていますが、いまひとつ効果が薄いようです。  

このように独立を求める国の領土内にある「基地」や「核兵器」は、シビアな交渉テーマであると同時に、独立を国際社会(主に米国ですが)に要求できるテーマなのです。 

問題はむしろスコットランド民族党は、日本語訳として「民族党」という呼称は右翼的だから「国民党」にしてほしいとしているように、社会民主主義的傾向が強い政党だという点です。

左翼政党だろうと、右翼政党だろうと思想は自由ですが、社会民主主義政党には、絶対平和主義という思想的制約があるようです。

ですから、「非核化」も当然の発想で、 彼らには「スコットランドの核」を外交カードにする発想そのものが欠落していると思われます。 

このように見て来ると、経済、財政、EU対策、防衛、核兵器など、ほとんどすべての分野に渡って、スコットランド民族党は準備不足でした。 

長い民族の苦闘の歴史と、独立運動の蓄積を持ちながら、このていどの政治的成熟度では独立は無理です。仮に独立しても長くは持たず、混乱したあげく、再び英国に復帰することになったでしょう。 

そう考えると、この「準備不足」がその本質に根ざしている以上、ここまで行きながらも結局は負けるのは必然だったようにも思えます。

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スコットランド独立を阻んだ経済の落とし穴

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スコットランドの独立を見てくると、改めて現代世界が持つ経済の相互依存の強さに気がつきます。 

スコットランドは、英国にとっていわば小さな大阪圏のようなものかもしれません。日本において、単独で大阪圏が「独立」すれば、日本経済は沈没することはないものの、大打撃を受けます。

それと同じことが英国にも起きようとしていたのです。  

スコットランドは英国GDPで約8%ですが、北海油田を初めてとして有形、無形のあらゆる物件を、人口比に従って分割せねばなりません。

株式、債券、外貨、EUからの補助金などの金融資産、土地や住宅、軍、インフラなど有形固定資産、ソフトウエアのライセンスや知的財産権など無形固定資産といった共有資産が分割されるために、数字以上の大きな打撃を英国経済は受けることになります。

「英国の人口は530万人(8.3%)減少し、GDP(国内総生産)の約8%を喪失。また、株式、債券、外貨、EU(欧州連合)からの補助金など金融資産、土地や住宅、軍、インフラなど有形固定資産、ソフトウエアのライセンスや知的財産権など無形固定資産といった共有資産が分割される。一方で、共有負債も分割される。
 資産分割の注目は北海油田になる。SMBC日興証券は11日付リポートで、北海油田の税収を人口シェアで振り分けると11/12年度は9億ポンド(8.4%)、12/13年度は6億ポンド(8.3%)がスコットランド政府の分になった資産だと指摘。ただし、地理的に振り分けると(国連定義の中間線で北海油田を分割)、11/12年度は100億ポンド(88.2%)、12/13年度は56億ポンド(84.2%)と、持ち分は大幅に増加するとした」
(三菱UFJモルガン・スタンレー証券17日付リポート)

スコットランド経済ブロックを英国が失った場合起きる経済現象は、株式暴落、ポンド下落、国債金利上昇、財政破綻ですが、その余波はEU全体にも及び、不調のヨーロッパ経済をさらに下に押し下げたと思われます。

その意味でこんな破局が避けられたことは、スコッテイシュには気の毒でしたが、まことに慶祝であったと言えます。

それでもロイターなどは、世界第6位の経済大国の地位は揺らがないとみているようですが、いずれにせよ分離・独立の返り血は、火元のスコットランドにも及び、生まれたばかりの独立国を苦しめたはずです。

さて、前回スコットランドを最後に英国に引き止めた力が経済だったと書きましたが、それが顕著に現れたのは融機関の逃避が現実化したからです。  

経済紙のブルームバークはこう書いています。

「ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド・グループ(RBS  )とロイズ・バンキング・グループ  は、スコットランドが独立を選ぶならイングランドに拠点を移すなどの措置を取る計画だ。ロイズは10日遅くの発表文で、スコットランド人が住民投票で独立を選択した場合は法律上の新しい組織をイングランドに設立するための緊急計画を策定してあると説明。RBSは11日、そのような場合は本社を移すことが必要になるとの考えを明らかにした。 独立賛成の場合、RBSの信用格付けや「同行がさらされる財政、金融、法規制の環境」に影響を与える「多数の重大な不確実要素が生じる」と同行は説明。これに備える本社移転計画は「慎重かつ責任ある行為であり、顧客と従業員、株主はそれを望むだろう」としている」( ブルームバーク9月11日)

ロイヤルバンク・オブ・スコットランド(RBS)とロイズは、スコットランドで1、2位を争う主要銀行で、ナショナル・オーストラリア銀行傘下のクライデスデール銀行、TSBバンキング・グループに加え、保険会社のスタンダード・ライフなども、スコットランドからイングランドに移動すると明言しました。

その理由は、英国政府がRBSの株式の81%、ロイズバンクの25%を保有しているからです。

RBSは公式に、「独立賛成の場合、RBSの信用格付けや、同行がさらされる財政、金融、法規制の環境に影響を与える、多数の重大な不確実要素が生じる」としています。

つまりは、独立スコットランドで安心して営業できないという縁切り状です。

そもそも、独立スコットランドの中央銀行になると予想されていた、スコットランド・ポンドの発行銀行である、ロイヤルバンク・オブ・スコットランド(RBS)でさえ、本店を移動させると発表したのですから、これで事実上独立スコットランドは経済界から手厳しく否認されたのです。  

おそらくこのような金融業界の否認が独立阻止の決め手になりました。  

このように、近代国家内の「独立」阻止には軍隊を必要としません

むしろ中央政府が軍隊などを派遣したら、大きな組織的抵抗が拡がって流血の事態となり、かえって独立運動の火に油を注ぐことになります。

ちょうどウクライナ暫定政権が、ミロシェビッチを倒したのが流血の事態をきっかけにしたのと一緒です。 

そうでなくても、勇猛なスコティシュにはイングランドに歴史的に戦で敗れ、苦渋を飲まされたたという屈辱の記憶があるのです。  

ですから、中央政府の最大の武器は、通貨や金融で独立派を締め上げることです。そうすれば今回のように、確実にスコットランドの銀行や企業は音を上げて、逃げていきます。 

独立における最大の問題は通貨体制をどうするかです。通貨がしっかりしない独立国などありえません。

今回もかねてから英国政府はポンドの使用を認めないと警告してきました。これは非常に効いたはずです。

スコットランドは中央政府と通貨同盟を結びたいと提案したのですが、英国のすべての党に拒否されました。

この点に関し、欧米日の銀行の観測では、スコットランドが一方的に自国通貨をポンドにペッグ(※)するシナリオが現実的とみています。
※ペッグ制は、固定相場制の一つで、米ドルなど特定の通貨と自国の通貨の為替レートを一定に保つ制度

またスコットランドはその場合でも英国国債を引き受けないき方針であると見られていたために゛その場合は英国国債の金利は上昇し、財政悪化に繋がります。、

スコットランドが一定の英国国債を自国国債として受け入れた場合でも、スコットランド国債とされた部分は金利が割高になり、結果としては変わらないことになります。

このように、独立派はポンドに変わる独自通貨を提案できませんでした。これでは、英国の財政・金融政策下に居続けるわけですから、「独立」は単に政治的なショーになりかねません。

ユーロという声も一部であったようですが、後述しますが、EUは加盟を拒否するでしょう。 

このような状況を横目でにらんで、スコットランドにある地場産業も一斉に独立反対に回りました。 

今回、スコットランドの象徴的産業とでもいうべき地場産業の雄であるスコッチ・ウィスキー業界が揃って反対に回ったのは象徴的でした。  

CNNはこう報じています。

「メーカー各社はこれまで、世界第6位の規模を誇る英国経済の安定性や信頼性に支えられてきたが、独立すれば税金や関税関連の法律も変わる。
たとえば、現在は英国が欧州連合(EU)の単一市場に参加しているため欧州27カ国へ無関税で輸出することができるが、これが不可能になる恐れがある。
スコッチは英国が輸出する食品・飲料全体の4分の1を占める。1秒間当たり40本が出荷されている計算だ。英国は欧州以外にも世界各国と貿易協定を結んでいることから、スコッチの市場は現在約200カ国に及んでいる。ところが、スコットランドが単独で配置を計画している在外公館の数は70~90にすぎない」(2014.09.15 )
  

スコッチ業界は英国2位の輸出産業ですから、世界的輸出が命です。にもかかわらず、独立した場合、スコットランドが独自に持つ外国との貿易協定はわずかで、あったとしても独立後に新たに締結し直さねばなりません。  

その場合、不安定な独立スコットランドには信頼性が乏しく、不利な取引条件を押しつけられる可能性があります。  

このようなことは輸出が主なグラスゴーの機械産業や造船業にも言えることで、それが大規模に波及した場合、最悪のケースは恐るべきキャピタル・フライト(資本逃避)が生じます。  

これは国内の資本が海外に逃亡することですが、雪崩に似ていったん始まると行くところまで行きます。 雪崩が去ったあとには、失業と財政破綻を抱えたデフォールト寸前の貧乏国が残るだけです。 

救命ボートとしてEU加盟もありえますかだ、このような「独立国」に対して他のヨーロッパ諸国がどう考えるはわかりきった話です。まず100%加入は認められないでしょう。  

これは英国政府の横車ではなく、EU諸国は多かれ少なかれ、スコットランドに似た地域問題を抱えているらです。ロイターはこう述べています。

「他の欧州の分離主義に関しては、答えは一目瞭然。もしもスコットランド住民の独立賛成が多数と占めれば、スペイン政府がカタルーニャやバスクの地域住民に同じような民主的権利を認めない姿勢を続けるのは極めて難しくなる。それだけでなく、ベルギーではオランダ語圏の分離主義者からの圧力が強まり、イタリアの北部同盟は再び勢いづく可能性がある」(2014年9月16日)  

というわけで、スコットランドの独立を阻んだ最大の「敵」はキャメロン政権ではなく、経済・金融だったのです。

                                              (続く)

 

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スコットランド独立問題 自分の地域だけが豊になりたいという幻想

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スコットランド独立は選挙では惜しくも破れましたが、私も興味深々で見物しておりました。予想より負けたという人もいますが、私は健闘したと考えています。

今回、私が考えたいのは「独立」の大義ではありません。それはウェールズもあるでしょうし、北アイルランドなどに至っては強烈にありすぎるほどあるはずです。

ですから、スコッティシュには気の毒ですが、なぜ挫折したのかを考えることによって、「国家」って何だろうと少し考えられればと思っています。

発展途上国における民族対立や宗教紛争に起因する分離・独立なら掃いて捨てるほど世界中にはくすぶっています。

しかし、近代国家、それも世界第6位の経済大国である先進国の英国で現実性をもって起きるということ自体、たぶん初めてだろうと思います。

というのは、ドンパチやっても独立だぁ~というような発展途上国における「独立」と違って、先進国のそれはどうやら「生活水準を切り捨てられない。むしろ向上させたいから独立だぁ」というのが鉄則のようだからです。

民族の歴史とプライドだけだけで、このスコットランドを見るとたぶん分かりません。

彼らが独立へと進んだのも、またそれが故に挫折したのも、ひとえに経済問題があるからです。

スコットランドの場合、後述しますが、「中央政府から収奪を受けている」という苦々しい気分が、独立へと駆り立てています。

だから、この中央政府の桎梏さえはずせばもっと自由で豊になれるはずだ、とスコティシュは考えました。

逆に言えば、それが故になにがなんでも、ジャガイモ齧ってでも独立とはなりにくいのです。

これがある意味、最大の足かせです。その意味で、敵は中央政府ではなく、自分たちの「中」にあるともいえます。

さて、朝日新聞さんはやっぱりこんなことを書いています。

「独立まではいかずとも、統治の権限を中央と地方とでどう分け合うかは、ほとんどの国にとって普遍的な課題でもある。
 日本も決して無縁ではない。北海道や沖縄はじめ、地方分権を求める声は少なくない。日本と英国とで、何が共通し、何が異なるのか。私たち自身も考えるきっかけとしたい」
(朝日新聞2014年9月20日)

こういう心情的に沖縄や北海道(!)に「独立」をほのめかしておいて、実は何事も深く考えていないのが、この朝日という新聞社です。

だいたい地方分権や連邦制一般と、政府、通貨、法律、軍隊まで別に丸ごと作らねばならない独立とはまったく別次元なんですがね、朝日さん。

おっと、いかん今回は彼らは関係ありません(笑)。

朝日はたぶん「地方分権」とか、「独立」ということが、なんとなくリベラルでカッコイイと思っていると思います。

しかし、現実の「独立」はそんな生易しいことではないのが、今回のスコットランド独立問題でわかってきました。 

今回スコットランド独立派が破れた最大の原因は、経済的理由でした。NHKは冷静にこう報じています。 

「独立反対派が強調したのは、独立すればスコットランドから企業が移転してしまうなど、経済が打撃を受けること、その結果、賛成派が主張する「福祉の充実」は財源不足で達成できないという主張でした。
さらに、イギリス政府も、通貨ポンドの使用の継続を認めない姿勢を示したことで、賛成を支持していた人の間でも、独立後の生活への不安が広がったと見られているのです」(9月19日写真も同じ)。

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スコットランド独立派が、独立を現実に投票までもっていく自信があったのには理由がありました。  

ひとつはスコットランドは、英国屈指の豊かな経済圏だということです。 

おそらくは、独立を現実に考えた場合に、最大の障害になるのは、独立した後の経済的基盤です。  

今、大きな人口と長い独立運動の歴史をもって、もっとも独立に近づいているのがクルディスタン(クルド族独立領)です。 

クルド族はキルクーク油田という世界有数の油田を確保しており、今ちょっとしたオイルマネーの国にすらなっています。  

スコットランドの場合は、なんと言っても西ヨーロッパ最大の油田である北海油田を有しています。(下写真同じ) 

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原油推定埋蔵量は130億バレル、日産約600万バレルで、英国にEU加盟国中最大の原油生産国・輸出国の地位を与えています。

これがなんと言っても独立派の鼻息が荒らかった大きな理由です。北海油田がなければ、工業都市グラスゴーだけではスコットランドの独自経済は支えられないからです。  

もっとも、独立派の北海油田埋蔵量210億バレル、2018年度の税収64億ポンドという見通しは、楽観的過ぎると英国政府は反論しています。  

英政府の予測では、2018年度の税収は35億ポンドに止まると予測しています。  

しかし、英国のエネルギー源を押えてしまえるわけですから、スコットランドの位置は大きいといえると同時に、英国としてはこの分離を絶対に阻みたいことになります。  

そもそもスコットランドが独立に走った原因は、英国政府の失政にあります。 

サッチャー政権とメジャー政権の新自由主義的な政策は、スコットランド経済に大打撃を与えました。 

かつて「世界の工場」とまで言われた機械工業と造船業のグラスゴーが見る影もなく、炭鉱は閉鎖され、さらにサッチャー政権に至っては、消費に対して課税される消費税ではなく、一人当たりに頭割りで課税する「人頭税」をスコットランドに先行導入しました。 

まったく無茶をしたものですが、スコットランドの産業を衰退に追い込み、いっぽうで貧富に関わらず税金は一律に取るというのですから、これでスコティシュが怒らないほうがおかしいといえます。 

このために、スコットランドにおける、イギリスの保守党の嫌われっぷりはハンパではなくスコットランド議会59議席のうち、保守党の獲得議席数はわずか1です。 

サッチャー女史の死去を、スコットランドで惜しむ人は皆無に近かったと伝えられます。 

一方、英国議会におけるスコットランド出身議員の割合は全体の9%に過ぎず、これでは行き過ぎたサッチャー改革を是正することができなくなるとスコティッシュたちが考えたのは無理なからぬところです。 

一方、英国の他の民族地域にとっては複雑な心境でしょう。  

というのは、このような税収が多い地域は東京都の位置にやや似ていて、スコットランドにある北海油田の税収はいったん国庫に入った後に地方交付税として、沖縄のような経済的に苦しい県に配分されています。  

ですから、スコットランドが独立することは、ウェールズ人やアイルランド人にとってうらやましいという気分と、「自分だけ豊になりやがって、お前が独立したら俺らはどうするんだ」という嫉妬めいた気分になることでしょう。

この豊かな地方が率先して独立志向に走るという現象は、ヨーロッパでもうひとつの独立運動の目であるスペイン・カタルーニャ地方にも同じです。 

カタルーニャも大変豊かな州で、それが故に「カタルーニャの金が中央政府に巻き上げられて、よその貧乏州に回されている」という不満があります。 

特に2006年のリーマンショック以降の財政難で、カタルーニャも医療や教育費の削減に踏み切らざるを得なくなってきていて、自分の州の金は自分たちだけで使いたいというのが本音なわけです。 

英国政府は大幅に自治権を委譲するでしょうから、今後もまたシビアな交渉が始まることでしょう。

それは今までのスコットランドvs中央政府という構図ではなく、むしろイングランド+ウェールズ+北アイルランド連合vsスコットランドという構図に変化していくでしょう。

そしてそれは同時に、「なぜ、スコットランドばかり優遇するのか」という他の地方からの猛烈な反発にさらされることでもあります。 

特に皮肉にも、中央政府の所在するイングランドは、自らの金融業が英国を支えていると自負しており、ある意味スコットランド以上の憤懣を溜め込んでいるともいえます。

近代国家(ネーション)は、この地域がそれぞれの役割を果たすことで成立しているわけですから、「この縛りと義務から自分ひとりが自由になれるという幻想」を与えたスコットランドの罪は大きいとも言えます。

スコティシュはこの屈辱を10年後に返すと言っているようですが、その時には中央政府のみならず、この「ネーション」の意味と、他地域の包囲網との闘いになります。

こう見てくると、スコットランドの独立は、単に自分の地域だけで決せられるものではないことがわかってきます。

                                              (続く)

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クマラスワミ報告書その2 捏造された慰安婦証言 

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今回は、先週カットしたクマラスワミ報告後半を続けます。 

このクマラスワミ報告は、一種の暗黒裁判です。  前回の整理を兼ねてまとめてみましょう。  

①日本政府側「弁護人」が不在であるために、日本側の反証や弁護側証人が一切採用されていないこと
②告発側の最大の論拠が、朝日新聞が捏造であると認めた吉田清治証言であリ、これしか一次資料か存在しないこと
③吉田証言の虚偽は既に報告書作成時に暴かれており、訪日時にクマラスワミ氏に対して秦郁彦氏が証言したにも関わらず、根拠なく無視されたこと
④吉田証言以上に分量を占めるヒックス本も、吉田証言を基にしていること
⑤採用されているされている元慰安婦証言が信憑性に乏しいこと

⑥「女性の人権」というような報告書の言辞は、ただの「解釈」にすぎず、報告書は事実で争われるべきこと

                     ~~~~~~~~~~  

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(アングレーム漫画祭の韓国政府出展作品より。韓国人少女が兵隊に拉致されてレイプれ、慰安婦にさせられている。日本兵は涎を垂らした野犬として描かれている。なぜか陸軍なのに旭日旗だ。それにしても韓国漫画の絵柄は日本にそっくり。ここまで似せていて、世界一の反日国なんですから・・・)

このクマラスワミ報告が登場した90年代初期に、旧ユーゴスラビア崩壊に伴う内戦が起きました。 

旧ユーゴスラビアでは、「民族浄化」(エスニック・クレンジング)と呼ばれる大量虐殺や集団レイプが大量、かつ組織的に発生したことが国際問題になっていました。 

これについて、朝日新聞8月5日の検証記事はこう書きます。 

「戦時中、日本軍兵士らの性の相手を強いられた女性がいた事実を消すことはできません。慰安婦として自由を奪われ、女性としての尊厳をふみにじられたことが問題の本質なのです。
90年代、ボスニア紛争での民兵による強姦事件に国際社会の注目が集まりました。戦時下での女性に対する性暴力をどう考えるかということは、今では国際的に女性の人権問題という文脈で捉えられています。慰安婦問題はこうした今日テーマにもつながるのです」
 

朝日の主張は、今さら指摘するまでもなく、朝日が吉田証言の捏造が破綻するごとに変化させてきた言い訳の現在形である「女性の人権」へのすり替えですが、半分だけは事実です。

それは、慰安婦問題をこのようなボスニア・ヘルツェゴビナ紛争時の民族浄化と絡めて国連に持ち込んだ人達がいて、この人たちが「国際的関心を集める」役割をしたからです。 

まずその前に、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の集団レイプはいかなるものだと言われているのでしょうか。

これは、『ユーゴスヴィア民族浄化のためのレイプ』(※)という本に詳述されています
※この本の信憑性には多くの疑問が提出されています。

この本によれば、ボシュニャク人(ボスミア系ムスリム)女性を拉致して集団で強姦し、中絶できない時期になって元の村に返します。

すると、敵対する民族の子を産んだということで、その村の中で亀裂が走ります。これが大量に組織化された形で行なわれ、敵対する民族の血を絶やすために行なわれたとされました。フォチャの虐殺 - Wikipedia

なお、この犯人とされたセルビア人の名誉のために付け加えれば、この民族浄化をキャンペーンしたのは米国の大手広告会社でした。

この広告会社はルーダー・フィン社といい、ボスニア・ヘルツゴビナ政府のシライジッチ外相の依頼を受けて企画したものだと判明しています。※『戦争広告代理店』

意図的に証拠や証言を捏造し、煽情的なドキュメンタリー映像で情報操作をしたのです。

これは当時、ボスニア側に立って軍事介入していたNATOと米軍にとっても好都合で、おそらくは米国政府の公認の下になされたと考えられます。

それはさておき、朝日新聞がいうようにわが国が戦時中に当時「日本人」だった朝鮮民族を「民族浄化しようとした」などと考える人がいるでしょうか。

まったく問題の違うこのふたつを、「戦時性暴力」という一点で強引に結びつけて、「日本もセルビアのような集団レイプをしたのだ」と主張する人たちが抱き合わせで国連に持ち込んだのでした。

持ち込んだのは、日弁連の戸塚悦朗氏です。

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(写真 戸塚悦朗氏。この自由報道協会のインタビューの中で「日韓併合は無効」と述べている)

彼がボスニア・ヘルツゴビナ紛争と抱き合わせで慰安婦問題を主張したために、異例の速さで国連にとりあげられ、現代奴隷制作業部会などで審議され、その結果できたのがこのクマラスワミ委員会です。

戸塚氏はこう得意気に述べています

「数多くの国連人権会議に参加して、この問題(慰安婦)を提起し続けた。現代奴隷制作業部会、差別防止少数者保護小委員会(人権小委員会)、人権委員会(人権理事会)には毎年参加した。そのほか、ウィーン世界人権会議(93年)とその準備会、北京世界女性会議(95年)とその準備会など参加した関係国際会議を数えるだけでも気が遠くなるほどの数になった」
(『日本が知らない戦争責任』)

日本政府はこの間、「ボスニア紛争に絞るべきである」「既に謝罪済みである」などと弱々しい抵抗をしましたが、河野談話によって制約されているためもあってほとんど無力なものに終わっています。

このような「空気」の下で、わずか1年間という速さで最初の報告書が出来上がります。ほとんどすべては仕組まれており、戸塚氏たちが提出した資料のみが全面採用されたのは前回見たとおりです。

さて本日は、元慰安婦の証言部分に移りましょう。 

よくクマラスワミ報告書は、吉田証言が捏造であっても揺らがない、それは慰安婦の証言が多数採用されているからだ、という人がいますが、その「証言」は報告書パラグラフ54~60( 16頁~20頁)に16人の「軍性奴隷というさまざまな現象を明らかにするために特に選んだ証言」を見てみましょう。  

その冒頭に報告書が手放しで称賛する、「勇気をもって語った証言」とはこのようなものす。

「13歳だった私は井戸の水汲みに行って日本人の守備兵に襲われて連行されました。10日ほどして日本陸軍の守備隊に連れていかれました。私たちと一緒にいた朝鮮人の少女ひとりが、なぜ1日に40人も相手にしてければならないのかと聞いたことがあります。中隊長のヤマモトは彼女を剣で打てと命じました。私たちの目の前で彼女を裸にして、釘の出た板の上を転がし、釘が彼女の血や肉片でおおわれるまでやめませんでした。最後に彼女の首を切り落としました。別の日本人は私たちに『朝鮮人の女が泣いているのは食べ物がないからだ。人間の肉を煮て食べさせてやれ』と言いました」(チャン・オクスン 咸鏡南道)

つまりこの「証言」によれば、日本軍は13歳の初潮前の女性を強制的に拉致して「性奴隷」にした上に、1日40人も相手にさせたと言うのです。 

日本軍の強制連行ウンヌンははとりあえず置くとしても、初潮前の少女に毎日1日に40人を相手させた・・・、正気ですか。頭、大丈夫ですか。物理的に不可能です。死にます。 

しかも抗議すると拷問して、首を刎ね、その死体を煮て仲間の慰安婦に食べさせたというのです。  

ほとんど猟奇ポルノ小説です。このような人肉調理は、わが国の風習にはありません。 

人肉は別として、これは牛の骨つき肉を長時間煮込んで作るソルロンタンの調理方法です。 

このヤマモトという日本将校は豚骨ラーメン屋の親爺だったのでしょうか(笑)。 

残念ながら、当時のわが民族には、野菜の煮つけと魚が主食でした。肉は軍隊に入って初めて喰ったという兵隊ばかりでした。とうていそんなこと自体を思いつかなかったでしょう。 

釘の上をころがしてズタズタにするというのも、李朝にあった拷問方法です。 

よくもまぁこんなデタラメが言えるものと思いますが、捏造情報を作る場合つい自分の国の「伝統」をベースにしてしまうのが哀しいですね。 

むしろ、こんなレベルの低いデマを、国連が正式資料として採用したことのほうに驚かされます。  

旧軍が南方において飢餓に苦しみ、一部でカニバリズムが発生したことは文献に残っていますが、慰安所があるような都市部(※)で軍が組織的に懲罰のために女性を煮て食べさせたなどというものは、伝聞まで含めても皆無なはずです。 (※慰安所が戦場にテント張りであったような記述が報告書にありますが、慰安所は戦線から離れた後方の都市に設置されていました) 

もし、そのような記録が残っているならぜひ見せて下さい。呆れてものがいえません。よくこんな偽証ともいえないような幼稚なデマが国連人権委で採用されたものです。  

このような「証言」は、当時の日本軍関係の資料や、米軍の調査をみれば、ありえない妄想だとわかるはずです。しかし、その裏付け調査をクマラスワミは一切行なっていません。 

NGOが集めた元慰安婦の「証言」を聞きっぱなしで書き写して、それを証拠だとしているにすぎません。

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(アングレーム漫画祭の韓国政府出展作品より。日本軍がまるで軍需品のように慰安婦を投下している)

16人という数は偶然でしょうが、河野談話の基となった聞き取りでは以下のことが分かっています。
※関連記事 http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-628f.html

産経新聞(2013年10月16日)が入手した聞き取り調査報告書によるとこの16人は

・氏名すら明確でない者が3人
・生年月日が記載されているのは半数の8人
・その生年月日すら、別の調査やインタビューには全く違うことを述べている者もいる
・朝鮮半島で重視される出身地についても大半の13人が不明・不詳
・ 大阪、熊本、台湾など慰安所がなかった地域で働いたという証言もある
・日本で賠償訴訟を起こした原告が5人含まれる

特に出身地方や生年月日がデタラメなケースが多く、追加調査が不可能でした。河野談話は、当初から形式的聞き取りで済ますというのが方針だったために、大使館員たちはそれを追及しませんでした。

またこれら慰安婦証言は、慰安婦訴訟団体の指示に従って証言していることが後に分かっています。 

たとえば、太平洋戦争犠牲者遺族会の代表の梁順任氏の動画を見ると、この中で彼女は、「ジープとかヘリとか言っちゃダメ。熊本とか台湾もダメ」などと振り付けしていて、生々しい証言の舞台裏を覗けて、興味深いものがあります。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm24188858  

このようにジープやヘリが慰安婦の「証言」に多く飛び出すのは、朝鮮戦争時の数万といわれる米軍相手の慰安婦が存在したからで、日本政府を訴えた元慰安婦原告にかなりの数の米軍相手の娼婦が混じっていたためだと思われます。 

なお、同様の慰安婦に対する「振り付け」を、福島瑞穂氏や松井やより氏がしている場面も目撃されています。  

それはさておき、国連は多国籍組織なために、その当該国に「勧告」という介入措置を取る場合、慎重な事実関係の見極めが必要です。  

ここが一方に偏れば、国連という調停組織がかえって紛争の火種を提供してしまうからです。

これについて国連人権小委の委員だった国際法学者の横田洋三氏はこう述べています。

「96年に人権委員会に出されたクマラスワミ報告書や、マクドゥーガル報告書といった文書の位置づけについて、国連人権小委員会の委員を務めた国際法学者の横田洋三は『国連機関である人権委員会、あるいは人権小委員会が審議するための材料を提供するもので、国連の立場を示す文書ではない』と話す。その上で『NGOが世論に訴えて日本政府への批判を強めるための一つの材料として使われたといえる』と指摘した」
(産経14年7月14日)

しかし、人権委員会という拘束力のない下部組織で、しかも日本の過去の戦争犯罪という気楽さからか、クマラスワミ報告書はこの独自調査をせずに、一方的な韓国政府の言い分と、わが国の反政府NGOからの聴取で作成してしまっています。  

私たち日本人がクマラスワミ報告を撤回させねばなりませんが、それに当たって一切の感情論と政治的色付けは排するべきです。  

昨日も述べましたが、撤回させるべきは、吉田証言と、それを基に戸塚氏が造語した「性奴隷」(sex slave)という概念です。  

全面的書き換えを要求する必要はありません朝日新聞も認めた吉田証言の捏造が削除されれば、自動的にそれを種本としたヒックス本も覆り、かくしてクマラスワミ報告は根底から覆るからです。  

そしてクマラスワミ報告こそが国際社会における「慰安婦誤解」の発信源な以上、これを事実上崩壊させることにより、若干の時間はかかりますが、日本の汚名を雪ぐ道が開けます。  

それ以降やらねばならないことは山積していますが、それはその変化した新たな状況下で考えましょう。 朝日批判にドメステックにこだわり続けるのは無駄な消耗です。

朝日は吉田証言が捏造であったことを既に認めているのですから、その道義的責任を国連のクマラスワミ報告から当該部分を削除要求することでキッチリとってもらえばよいのです。

慰安婦問題を国際化させた最大の「功労者」の戸塚弁護士はこう言います。

「日本が犯した過去の重大な犯罪問題について、日本人として自らその責任を明らかにしなければ、韓日(原文ママ)両民族の真の友和はありえない」(『季刊戦争責任研究第5号』1994年)

「日本」という部分を「朝日新聞」、あるいは「戸塚弁護士」に置き換えてみれば、まさに仰せの通りです。

なお、この普通の日本人だったら「日韓」と呼ぶことを、わざわざ「韓日」呼んでみせる戸塚氏を国会参考人招致するのは当然のことです。

この人、きっと竹島をドクトと呼んでいるのでしょうね(笑)。

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週末写真館 湖の朝の河口

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先週からの続きです。似た絵柄ばかりですいません。
先週はいい位置に漁船が止まっていてくれたのですが、今日はやや寂しい。

対岸に見える塔は、霞ヶ浦ふれあいランド(脳のない名つけやがって)の展望塔で、快晴の時は西に富士山、東に筑波山が展望できるというものです。ぜひお越しを。
6枚目のゲートのように見えるのが、昔の橋のかかる前の渡しの跡です。
風情がありますなぁ。

私は霞ヶ浦の朝の風景のマニアで、ほとんど毎朝のようにブラブラしているのですが、やはり好きなポイントみたいなものがあります。

去年は別の場所でしたが、今年はこの河口付近です。
霞ヶ浦は多くの川が流入する珍しいタイプの湖ですが、この河口付近は豊かな植生に恵まれて、魚や鳥たちの営巣場所になっています。

今年はもう巣立っていってしまいましたが、少し前までは、早朝の岸辺の賑やかさはお聞かせしたいものです。
実はこの写真に見える手前の岸辺には白鳥一家が巣を作っていました。
あのグレイの若い白鳥たちは今はどこで元気に泳いでいるでしょう。
おっと、白鳥は編隊飛行も、極めてまれに見せてくれるので、あの重量級の優美な飛行もなかなかです。

小さなサイズに縮小してありますので、ぜひクリックして大きくしてご覧ください。

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クマラスワミ報告書その1 国連の名の下に行われた人民裁判

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次に、慰安婦誤報訂正問題を働きかける対象を考えてみましょう。これも複数作ることは避けるべきです。 

すると、吉田証言を削除させる対象はおのずと決定されていきます。国連人権理事会(旧委員会)のクマラスワミ報告書です。 

クマラスワミ報告は先日も触れたように、国際社会の定説となっていますが、その影響力の大きさに比して、内容はなんじゃこれはというようなシロモノです。

私は先日から原典に当たって読んできましたが、ほとんどトンデモ本に分類したいような内容です。

序文、概念規定から始まる報告書は、体裁こそ立派な法律文書のようですが、後述するように、その資料となる文献は吉田証言とそれをタネ本にしたヒックス本、そして金一勉のたった3冊の本にすぎません。

慰安婦証言も、13歳で日本軍に人狩され、日本軍が反抗した慰安婦を殺して、仲間の女性に煮て食わしたのを見た、などというスプラッタムービーの見すぎのような証言が堂々と採用されています。

いちおう、日本政府や秦郁彦氏の意見にも触れられていますが、根拠なく一蹴されるか、秦氏の知見に至っては吉田証言について疑問を呈した部分は削られ、知見は改竄される有り様です。

いわば、弁護人ぬき裁判です。

弁護士がいないので、検察側陳述が延々と続き、検察側証人のみが出廷して、反対尋問もできないうちに、クマラスワミ裁判長に「性奴隷という犯罪を犯した」と判決を言い渡されてしまいます。

まさに言葉の比喩ではなく、国連版人民裁判です。これだったらいちおう弁護人がいた東京裁判のほうがましだ、と皮肉のひとつも言いたくなります。

いつからこんなご立派な組織に国連はなったのでしょうか。国連人権理事会ではなく、国連人民裁判所と名称変更して下さい。ついでに世界2位の国連拠出金も引き上げたらいかがでしょうか。

こんなものが国際的認識のベースになったのですから、目も当てられません。

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(写真 ラディカ・クマラスワミのオバさん。コユイ顔た。怒ったら怖そうだ。スリランカ人に恨まれる覚えはないのだが、なぜこんな嘘ばかり信じる。泣きたくなるぞ)

では内容を見ていきましょう。

クワラスワミ報告書は、先日述べたように「概観」と「徴収」という、強制連行にかかわる根幹部分を成す、21箇所のパラグラフのうち11箇所が、吉田清治の『私の戦争犯罪』と、それをネタ本にしたG・ヒックスの『コンフォート・ウーマン』(『従軍慰安婦-日本軍の性奴隷』)をもとにして書かれています。  

クマラスワミ女史は訪日もしていますが、吉田清治が面談を拒否したために、直接面接調査していないにかかわらず、彼を無条件で信用してしまい、報告書にはこう書いています。
※クマラスワミ報告書原文
http://www.awf.or.jp/pdf/0031.pdf#search='%E3%82%AF%E3%83%9E%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%AF%E3%83%9F%E5%8E%9F%E6%96%87'

日本の支配下にある国々で奴隷狩りと拉致によって「強制連行をおこなったひとりである吉田清治は、戦時中の体験を書いた中に、他の朝鮮人と共に千人もの女性を連行したと証言している

そして吉田証言に基づいて、冒頭「第1章定義」でこう書きます。 

「まず最初に、戦時中、軍隊によって、また軍隊のために性的サービスを強要された女性は軍性奴隷制の実施であったと、本特別報告者はみなしている」 

この定義は日弁連の戸塚悦朗氏が国連に提出した概念規定のままです。 

そして売春行為を、報告所は「レイプ」(強姦)と定義します。 

「女性被害者は戦時の強制売春と性的従属と虐待の間、日常的レイプと身体的虐待といった苦しみを味わった」 

そして慰安婦募集については、吉田証言か全面採用されています。 

「より多くの女性を求める為に、軍部のために働いていた民間業者は,日本に協力していた朝鮮警察といっしょに村にやってきて高収入の仕事を餌に少女達を騙した。あるいは1942年に先立つ数年間は、朝鮮警察が『女子挺身隊』募集のために村にやってきた。このことは、募集が日本当局が認めた公的意味合いを持つことを意味し、また一定程度の強制性があったことを示している。もし『挺身隊』として推薦された少女が参加を拒否した場合、憲兵隊もしくは軍警察が彼女たちを調査した 

この部分は、吉田証言のままで、朝鮮警察、軍警察(※具体的にどのような部署なのか不明)、憲兵隊が「女子挺身隊」として女性を徴募したとされています。 

これは「勤労挺身隊」と慰安婦を混同した上に、いかなる資料でも確認されていない警察、憲兵隊が募集業務をしたという吉田証言の捏造を下敷きにしています。 

そして以下の部分などは、まさに吉田証言の嘘をそのまま記述しています。国家総動員法についての勘違い、軍の強制連行、人狩り、労務報国会の役割の捏造など、吉田本からそっくり丸ごと移植されています。

「さらに多くの女性が必要とされる場合に、日本軍は暴力、露骨な強制、そして娘を守ろうとする家族の殺戮を含む人狩りの手段に訴えた。これらの方法は、1938年に成立したが1942年以降のみ朝鮮人の強制徴用に用いられた国家総動員法強化により容易となった。元軍性奴隷(※慰安婦のこと)の証言は、募集の過程で広汎に暴力及び強制的手段が使われたことを物語っている。さらに吉田清治は戦時中の経験を記録した彼の手記の中で、国家総動員法の労務報国会の下で千人におよぶ女性を慰安婦にするためにに行なわれた人狩り、とりわけ朝鮮人に対するものに参加したことを認めている(10)」

上のパラグラフの文末の(10)が文献番号です。なんどとなく引用され、1次資料はこれ以外に存在しません。(※ヒックス本は他人から聞いた伝聞情報の2次資料です)

この報告書は1996年に作成されており、当時は秦郁彦氏の調査を中心にして、地道な実証研究がなされてきており、この吉田証言は完全否定されていたにもかかわらず、さまざまな事実誤認と共に一括採用されています。

Aa17dd70  (アングレーム漫画祭の韓国政府出展作品より 日本官憲が強制連行して、少女をレイプしている)

また、吉田以上に多くの資料を採用されているのが、ジョージ・ヒックスという、オーストラリア人の『コンフォート・ウーマン』です。 

このヒックスは当時香港に住んでいて、日本語、韓国語共にまったくわからないために一次資料や、当時日本で盛んに行なわれていた実証研究がまったく読めず、在日朝鮮人女性に英訳してもらったものが6割といういいかげんさでした。 

このおそらく朝鮮総連に属すると思われる在日朝鮮人女性が提供したのが、吉田本と金一勉の『天皇の軍隊と朝鮮人慰安婦』でした。 

金一勉強の本の一部をご紹介すれば、こんな類の叙述が延々と続きます。

「朝鮮」の民族独立の意欲を挫折せしめ圧殺せしめる根本策として、朝鮮の青壮年を朝鮮半島の外へ連行せしめる政策を樹てたこと。すなわち青年は兵隊に、若い未婚女性は「軍隊娼婦」に仕立てて「民族の消滅」を図った

つまり金は慰安婦を、民族絶滅政策と位置づけています。頭が痛くなります。反論する気にもなれません。なにせ日本が朝鮮半島で「民族絶滅政策」をしていたというのですから話にもなりません。

この金一勉の本は、戦後の一時期大量に左翼出版社から出た戦争犯罪告発のゾッキ本の一冊で、おそらくこの本をまともに史料として扱う歴史研究者は皆無なはずです。

このようなやくたいもない本を、お大事にネタ本にして世界に広めたのがヒックスなのです。

んな歴史史料というにはあまりにお粗末で、しかも強烈な反日バイアスがかかったわずか3冊の本が基になって出来たのが、クマラスワミ報告書なのです。

これはクマラスワミ女史が英語しか読めず、当時の英訳本がヒックス本しかなかったためですが、それにしても証拠採用があまりに偏向していることに驚かされます。

この報告書にもあるように、国連人権委員会自身は、独自の現地調査、証言や史料の裏付け聴取などは一切行っていません。   

独自の裏付け調査がなかったことは、クマラスワミ報告の最大の弱点です。 

秦氏はクマラスワミから聴取を受けた数少ない日本人ですが、彼の証言は「大多数の慰安婦が日本陸軍と契約をかわしていた」などと、真逆な記述に書き換えられ、吉田証言についての証言を否定した調査結果もなぜか完全削除されてしまっています。 

強制連行派の吉見義明氏も聴取を受けたそのひとりですが、彼すら「吉田証言を使わないように」と述べたにもかかわらす、その部分は削除されてしまっています。 

このように見ると、クマラスワミ女史の頭の中には、調査以前に「軍性奴隷制」「人狩り」「レイプ」などという結論が既にあって、それに合わせて資料をはぎ合わせ、思惑と異なる資料や証言は意図的に削除し、結論に導いたものと考えられます。

なんともものすごい「裁判官」がいたものです。

※お断り 読み直しみると、あまりに長い!(笑) 後半の証言部分をカットして月曜日に回し、増補して再掲載します。早朝に読まれた皆さん、すいません。

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国際社会に削除要求するのは吉田証言削除の一点でいい

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慰安婦問題は現代日本が背負った巨大な重荷です。このことによるわが国の受けた汚名は、想像以上に世界に拡散し、定着しています。

欧米の文献で「女性の人権」「戦時性暴力」 「セックススレーブ」、あるいはただの「奴隷制」を引いても、日本軍による「軍性奴隷制度」が必ず史実として登場します。

それはあらゆるところに現れていて、わが国は未だ女性の人権擁護や少数民族差別が残存する人権の遅れた国として国際的に認識されています。 

それは国連人権理事会が日本政府に勧告してきたヘイトスピーチ禁止条項などや、同じく慰安婦報告最終報告書をみれば分るはずです。 

よく国連人権理事会などは実効性がない組織だという人がいますが、それはそのとおりですが、困ったことには、この国連人権理事会の認識と同様の認識を欧米も共有していることです。 

あまり知られていないようですが、EUとのSPA(戦略的パートナーシップ協定)交渉において、わが国はなんと「人権条項」を要求されています。 

このSPAの人権条項は、全体主義国家や発展途上国に対するもので、さぞわが国の交渉官は驚いたことでしょう。 

残念ですが、日本が「人権途上国」の範疇に入れられている事実をしっかりと認識しておいたほうがいいでしょう。 

たとえばヘイトスピーチ問題を見れば、在特会がしたとされるそれは、私たち多くの日本人の眼には゛極右諸君のしょーもないハネ上がりとしか写りません。

韓国に対する苛立たしい感情は共有するものの、あのような在特会vsしばき隊の抗争にはうんざりしている国民が多いはずです。

しかしいったん有田芳生議員らによって国際社会に持ち出されると、即ネオナチばりの人種差別運動が日本ではびこって、街中で少数エスニックの在日韓国人が迫害にあっているということになるようです。

日本に来てみればすくにわかるはずですが、そんな事実はありません。 

あるいは、沖縄県選出の糸数慶子参議院議員は、国連人種差別委員会(※国連人権委の傘下機関)において、「先住少数民族である沖縄人は差別されており、米軍基地を75%も集中させられ、さらに新基地まで作られようとしている」と主張しています。 

いつから沖縄県民は、「先住少数民族」とやらになったんですか(絶句)。

日本人なのに日本人扱いしない(※)ということこそ差別ではないかと思いますが、糸数氏の告発では、抑圧と差別に泣く少数エスニックの琉球民族という図式が出来上がってしまいます。
 (※沖縄県民がDNA解析や言語によって日本民族だということは証明されていますhttp://ryukyushimpo.jp/news/storyid-231707-storytopic-1.html

このような極端にバイアスがかかった主張は、日本の在日韓国人の特殊なあり方や、沖縄の実態をあまりにもねじ曲げた主張なので、ほとんどの国民の支持を得られないでしょう。 

だからこそ、彼らは国内で影響力をなくしているわけですが、そうなればなるほどこの人たちは、国内の複雑な問題を外国に持ち出し、国際機関や外国メディアに訴えて、それを逆輸入して自分たちの政治目的を遂げようとします。 

いわば日本左翼流「告げ口外交」ですが、国際社会では彼らの主張のほうが全面的に取り上げられ、国際世論となっているという厳然たる事実があります。

それはなぜかといえば、この30数年間、朝日新聞が約7000本もの記事で国際社会に発信し続けてきた慰安婦誤報と、クマラスワミ報告書という対日認識の素地があるからです。

このような状況に対して、今まで外務省はまったく及び腰で、「反論すればかえって問題視されるから黙っていよう」ということなかれ主義的態度できました。

したとしても「すでに謝罪している」という、吉田証言を日本政府が公認しているといわんばかりの表現に終始していました。

外務省を笑うことは簡単ですが、実は私自身もかつて記事の中で、この問題について、靖国などと並列して「「旧戦勝国の歴史認識は共通しており、それを今批判することは時期尚早だ」と書きました。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-a12e.html  

やり方を一歩間違えると、かえって悪くなると考えていたわけです。 

そのひとつの理由は、朝日新聞が自ら誤報を認めない限り、慰安婦問題は水掛け論に終始してしまって、産経vs朝日といったイデオロギー対立に流されてしまっていたからです。 

しかしご承知のように、状況は大きく変わりました。 

私は河野談話検証報告によって穴から燻りだされる狸のようにして、不十分ながらも朝日新聞は吉田証言が偽証であることを認めました。 

この吉田証言を誤報(正確には捏造)だと朝日新聞が認めたことは、現時点で想像する以上に画期的なことかもしれません。 

というのはやり方次第では、日本は国際的汚名を払拭する糸口にたどりついた可能性があるからです。 

結論から言います。現時点でできることは限られていますが、やるべきです。 やるべきことと、今手をつけないことを明確にする必要があります。

さまざまな努力は今後必要でしょうが、それはその都度の展開を見ながら判断していかねばなりません。

重要なことは、日本人が現時点での一挙的解決は不可能だという認識を持つことです。

したがって、一定の行程表(ロードマップ)のような発想が必要です。 

まず第1段階にすべきは、吉田証言の完全削除を国際社会に要求することです。 

間違いなく、朝日新聞の謝罪会見での答えやクマラスワミ女史がインタビューで答えるように、「強制連行があろうとなかろうと強制性はあった」という類の反論があるだろうと予想されますが、かまいません。 無視してください。

むしろこのような「女性の人権」問題での議論は一切回避することです。事実関係一本で貫きます。 

吉田証言は捏造であることは、他ならぬこの慰安婦問題の創造者であり、世界に向けての宣教師であった朝日新聞自身が認めたのですから、その吉田証言「のみ」を完全削除するように求めます。

この吉田証言こそが次回ふれるクマラスワミ報告報告の根幹になっており、この吉田証言が削除されれば、事実上クマラスワミ報告は瓦解します。 

これについては、朝日新聞に四の五の言わせず協力させます。朝日新聞には自らの誤報を取り消す義務があります。これについて塩野七生氏はこう書いている通りです。

「報道の自由の侵害だ、という声が起きるかもしれない。だが、起こすほうが間違っている。自由には、常に責任が伴う。言論の自由とは、言論上の責任を負わなくてよいとイコールではない。言論を使って生きる以上、刑事上の責任は問われない場合でも、道義上の責任まで逃れることは許されないのである」(月刊文芸春秋10月号)

私たちは朝日新聞の「人権」うんぬんなどといった自己弁護のたわごとと議論する必要はありません。

吉田証言は捏造なのだから、朝日新聞に対して、完全に削除する「言論機関の道義上の責任を果たす努力をさせる」、この一点に尽きます。

繰り返しますが、重要なことは吉田証言が根も葉もなかったという事実であって、「女性の人権が犯された」という問題の立て方はその「解釈」にすぎないからです。

そのためには朝日新聞が持つ膨大な吉田証言についての生資料と、みずからの行ったキャンペーンについてどの部分を削除するのかを、提出させます。 

これらの作業をするために、朝日新聞の参考人招致は当然として、国会に特別委員会を設置する必要があるでしょう。委員長には朝日新聞をよく知る法務大臣の松島みどり氏が適任でしょう。

そして大事なことは、朝日新聞が主体的にみずからの誤報を削除することを申し出たという形を作ることです。

先ほど塩野氏も語っていましたが、後に必ず朝日新聞内部内部から、あるいは外国紙から「言論弾圧だ」というようなことを言う者が出てくるはずですから、自由主義社会においては、誤った報道を修正するのは言論機関としての道義的責任であることを明確にさせます。

また、自民党も歴代の膿を絞り出してもらいます。 

河野談話の前段に行った加藤紘一官房長官談話、そして河野洋平官房長官談話を先頭にして関係した人物に国会証言していただきます。

必ず、米国のニューヨークタイムスあたりに焚きつけられて、「米国政府の修正主義への懸念」が報じられるでしょうから、わが国がしようとしていることは、吉田証言という捏造報道を訂正する作業を、他ならぬ朝日新聞と共にしているだけであると答えます。

実際、そのとおりなのですから。

 

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室井佑月さんのメディア・レテラシー欠落

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口をとんがらせていつも怒っているような室井佑月さんの、例の朝日5月20日・吉田調書「所長命令違反9割逃亡」記事直後の「週刊朝日」のコラムです。 (欄外参照) 

今までこのコラムで彼女は、福島の野菜は食べるなとか、美味しんぼは間違ってないとか、福島に子供は行かすななどという、ある意味、朝日新聞が言いたくてもなかなか言えない「本音」を書いてきました。

いわば 動く「声の欄」です。

彼女の「仲がいい大学教授や芸能人仲間」から小耳にはさんだという、サンケンブンリツとか、トクテイヒミツホウがどーたらとか、最近では錦織選手のコーチが中国人だからこーたらとか、まぁ色々言っていますな。

今回も室井さんはスズメがピョンピョンハネるように朝日吉田調書記事に喜んでいるのがカワユイ(←わけねぇだろ)。結果を知っているだけにお気の毒。

事故直後に所員の9割にあたる約650人が吉田所長の待機命令を無視して“逃亡”した。高濃度の放射性物質を放出するベントの準備を密かに進め、住民が大量被曝する恐れがあったこと……。
 国は福島原発事故の話題を、「風評被害」などという小賢しい言葉を使って、国民が忘れるようにし向けてる。そして実際、結構な数の人間が、国の思惑に踊らされている

すいません。書き写したのを読むだけで意地悪な笑いが止まらない。 

あの、室井さん、「650人が逃亡」なんて、どうしてそう簡単に信じちゃうの。あの時の状況わかってたの。わかって書いているの?  

たぶんぜんぜんわかっていないし、分かる気もないのがこの人です。この人、マスコミの世界でメシ喰っているくせに、典型的なメディア弱者なのですよ。

彼女の言説自体は、なにを言っているのかよく分からないが、アベ・シンゾーに対する憎悪だけはしっかり伝わってくるという類の文章ですが、メディア・リテラシー(※)が欠如した人を知る意味でいい例なので見ることにしましょう。(※情報を評価・識別する 能力)

メディア・リテラシーか欠落した人の特徴ってざっとこんなです。

警戒心の欠如
自分だけは騙されないという根拠ない自信
注意力の欠如
 新聞で読むのはリードと見出しだけ
論理性の欠如
 筋道立てて思考できない。悪い意味で直感的
 ・知識の欠如
 論じている対象の基礎礎知識がなく、データも収集していないのにしゃべりたがる
伝聞情報が好き
 
知人やネット界隈から仕入れた伝聞や都市伝説を愛好する
権威に弱い
大新聞や大学教授のいうことがいつも正しいと思っている
検証精神の欠如
 少し真面目に調べれば常識の範疇でわかることをしない 
・モラルの欠如
モラルは欠落しているが、妙な正義感かある。目的が正しければ、多少間違ってもいいと思っている
陰謀論が好き
 政府がなにか隠して悪い企みをしていると常に信じている
羞恥心の欠如
 デマを拡散したことがあっても平気。批判されても相手は「政府に踊らされている」と思う
学習能力の欠如
騙されたと思ってないから永久に信じて拡散し続ける
間違いを訂正しない
 
間違っているのではなく「負けた」だけだと思っているので、永遠にそのままで放置しておく
 

まだまだありそうですが、こう挙げると室井さんってけっこうイイ人かもしれない。見事全部あてはまりますもん。

さて室井さんは作家なのに、小説のベースとなる「時間、場所、状況」の三要素を考えていません。

この3要素を落ち着いて考えれば、この木村記事に対してなんか不自然だな、ありえるのかなという素朴な疑問が湧くはずです。

今回のケースは、素人玄人はとりあえず関係ありません。専門知識も最低限でけっこうです。

今回の朝日木村記者の記事は、そのような素人でも分かる不自然さがあるのです。

まず時間は、2011年3月15日午前。場所は東京電力福島第1原発 

次にその時の福島第1原発はどんな状況だったでしょうか?  

福島第1原発の状況は最悪に近づきつつありました。1号機と3号機はすでに水蒸気爆発していて、2号機にも危機が近づいていました。  

このような状況下で、構内にいた約700名の東電職員と下請けの人々はどこにいましたか?  

そう、重要免震棟です。どうしてここにいたんでしょう?それは、構内の本部棟が地震で破壊された上に、高線量になっていたからです。

下の写真が本部棟です。とても使えない状態ですね。 

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                         (写真 本館事務所内部 東電撮影) 

下の写真が重要免震棟です。この一棟だけは免震構造のために健在でした。おそらくこの棟が壊されていたら、福島事故はもはや手がつけられなかったはずです。

ここから吉田さんたち運転員は離れた中央制御室へ出かけて行ったのです。  

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またここにしか放射能遮断設備がなかったために、構内にいた700名全員がここに避難しました。 

見て下さい。こんな規模の建物に700名ですよ。すし詰めもいいところです。  

それから数か月たってもなお、階段や廊下に倒れるように眠っている作業員の姿が見られています。

当時は食糧も備蓄しかありません。配給の食糧も極限になりつつありました。おまけに電気も来ませんから真っ暗です。トイレも流れません。  

寝台なんてシャレたものがないので、固い床に倒れるように寝るしかありません。 

そして構内は最大で1万1930マイクロシーベルト/時という高線量になっていました。 

室井さん、こんな状況で吉田さん以下700名は、おそらく史上最大といっていいだろう巨大事故と遭遇していたのです。  

史上最大というのは大袈裟ではありません。原発3基と使用済み燃料プール1基が連続して制御不能になったなら、吉田さんが述懐しているように「東日本は誰も住めない土地になるかもしれない」という危機だったのです。  

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 そのときの指揮官の重圧は、想像を絶します 

そんな時に指揮官が、女性も大勢いた緊急対処に関係のない事務職員まで「構内に待機して、安全が確認されれば戻ってこい」なんて命令しますか。  

すると思っていたなら、そうとうにおかしい。吉田さんの頭のネジが飛んだのでもなければありえない自殺強要的命令です。  

第一、戻ってきて事務職員がなにをするのですか?危険手当ての清算とか(笑)。 

吉田氏の人柄以前に、史上最大の危機の現場指揮官として女性や事務職員までここにいろと言うこと自体ナンセンスです。  

それもひとりふたりではなく700人も!

室井さん、あなたいちおう小説家でしょう。想像力ってもんがないのですか。難しい原子炉のメカニズムの議論しているんじゃないんですよ。  

安全管理上はいうまでもありませんが、緊急対応で不眠不休の戦いをしていた吉田氏には、700名もの大人数の保護をする余裕などなかったことでしょう。 

だから吉田さんは、運転系の対処要員69名を文字どおりの決死隊として残して、あとを「退避」させたのです。

室井さん、朝日は吉田さん以下69名をなんとかして貶めたいみたいですが、この人たちは死を覚悟していました。しかも本店エリートとは違う、地方採用者が中心です。

残留を志願したのは、事故に対するプロの技術者としての慙愧の気持ちと、故郷と家族を守るためです。

たびたびベントなどの作業のために、高線量の原子炉建屋に志願してこの人たちは突入しますが、彼らは年配で子供が育っているというのが選ばれた条件でした。

室井さん、この状況を素直に考えてみればわかるでしょう。 朝日の記事は「吉田所長は構内に残れと命令していた」と言いますが、そんなことありえないということが。 

私はこの記事を読んだ瞬間に、間違っていると思いました。それは常識ではありえないからです。 

巨大原子力事故の時に、女性も含む「非戦闘員」を600名以上抱えていたい現場指揮官などこの世にいません。しかもその中には妊婦さんもいたのですよ。 

強いて言えば、下請け作業員は居てくれという判断はありえたかもしれません。実際、福島第2の所長はそうしています。 

原子力事故処理は延べ数千、いや万単位の人員が必要だからです。米国NRCはそのほうが正しかったという見方をしています。(ただし、それは第2が爆発しなかったという条件の違いがあります) 

しかし、吉田さんは下請け協力企業に対しても丁寧にこう言っています。(共同通信『全電源喪失の記憶~証言福島第一原発~』)

今までの対応、ありがとうございました。もうお帰りいただいて結構です。途中で道路が陥没しているところもあると思います。十分、気を付けて避難してください

吉田さんは死ぬのは最低の数だけでいいと覚悟を決めていたからです。その吉田さんの気持ちはおそらくそこに居合わせたすべての人達に伝わったことでしょう。 

そう、この福島第1に残るということは、死を選択することと同じだからです。 この吉田さんの言葉は、死を賭して残る者と、去って行く者との訣別の言葉だったのです。

私はこの時、その場にいた人々を日本人として誇らしく思います。

みずからの命を他者のために差し出す自己犠牲の精神が、私たちの民族の中に多く生き残っていたことを、私たちはこの東日本大震災で知りました。

時には、我が身を省みず最後まで避難を呼びかけた女性の中に、あるいは残っている人がいないか捜索し続けて津波に呑まれた警官や消防団の人々の中に。

事故を起こした第1原発の直上にヘリを飛ばした自衛隊員の中に。

吉田さんは退避先の福島第2への風向きまで調べて避難車両を出しています。

「「バスが用意できたことを知ると、吉田は総務班長に尋ねた。
『このメンバーを退避させられる場所はあるか』
総務班長は広野火力発電所(福島県広野町)と福島第2原発に連絡した。どちらも受け入れ可能だったが、第2原発では傷病者を収容する施設や、傷病者以外を受け入れる体育館、スタッフの準備が完了していた。
2F(第2原発)は大丈夫です』
総務班長がそう伝えると、吉田は「そうか』と静かに応じた

おそらくこの吉田さんの「そうか」には、万感の思いがあったはずです。だから、去っていく事務職員、下請けの人々は、皆泣きはらしていました。

残留を直訴する職員も大勢いたのですが、説得されて第2へ退避していきました。 

室井さんはなぜ小説家なのに、この人たちの心の襞をくみ取ろうとしないのでしょうか? 

なぜこの哀しみがわからないのでしょうか。室井さん、あなたは小説家として根本的に抜け落ちた資質があるようです。

の記事を書いた朝日新聞の木村英昭記者と宮崎知記者のねらいは、福島第1の職員たちを「事故になれば逃げ出す卑怯者」と描くことで、「原発が事故になればこのようなことになる。だから反原発なんだ」と主張したかったわけです。 

それは室井さんがこう書くようなことです。

「官邸ではいま、『一体誰が朝日の記者に吉田調書を流したのか』と“犯人捜し”が始まっています。菅官房長官は『(調書は絶対に)公開しない』と憤然としている。とくに安倍周辺は、原発は過酷事故が起きれば、電力会社さえもコントロール不能に陥る――という解説部分が気に入らないらしい。原発再稼働に突き進む安倍政権にとって、少しでも反原発につながる動きは許せないのでしょう」 

事実の前になんて薄っぺらい正義感なんでしょう。 

また室井さんはこの吉田調書を、関係のない特定秘密法にむすびつけたいみたいですね。

「『特定秘密保護法』が施行されていれば、『吉田調書』は確実に“闇”に葬られていた」「『吉田調書を入手した朝日の記者も、渡した役人も逮捕される事態になっていたでしょう』(司法ジャーナリスト)」
 だって。おお、怖い。
 安倍さんも、ここまで来てまだ嘘ばっかつくって、ある意味すごい。そして、それを信じる人がいるのもあたしにとっては衝撃的。」
 

官邸が機密指定文書が流出して、しかもこんな捏造記事を飛ばされたら怒って当然ですが、官邸は吉田さんの遺言とでもいうべき上申書がなければ、さっさと公開したと思います。

朝日から「早期の公開を望まれる」なんて盗人猛々しいことを言われてもなかなかしなかったのは、「多くの事象が同時に発生していたために自分でも勘違いがあると思う。だから調書が一人歩きしないために公開はしないでくれ」と言った吉田さんの遺志を尊重したからです。 

しかしまさに吉田さんが恐れていたことが現実になりました。

たぶん菅元首相サイドから流出した調書は、菅シンパの朝日・木村記者の手に渡り、調書の文脈をズタズタに改竄して、まったく原文とは異なる結論を引き出すという暴挙が起きてしまいました。

結局、朝日や室井さん達が鬼の首を取ったような気分でいられたのは、わずか正味1か月ていどだったのです。

しかし、その間に欧米、そしてアジア諸国にこの捏造情報は拡散してしまいました。

さてここだけではありませんが、この人は作家なのに言葉の使い方が実に雑です。

まったく深い考えもなしに煽情的な言葉をポンポン吐いて、それを粗野な文章で綴ることが自分の持ち味だくらいに思っています。困った人だ。

「国は福島原発事故の話題を、「風評被害」などという小賢しい言葉を使って、国民が忘れるようにし向けてる。そして実際、結構な数の人間が、国の思惑に踊らされている。
 でも、こんなもの(吉田調書)が出て来たら、少しずつ上手くいきつつある国の国民への洗脳がぶちこわしだよな。だから、安倍サイドはカンカンなんだろ」う」

きっと彼女の脳味噌の中で、例の朝日イデオロギー転換装置が起動して、原発再稼働=戦争への道みたいな図式ができちゃったんでしょうね。 

この色眼鏡をかけると、なんでもそう見えるようです。不自由なお人だ。 

室井さん、原発を批判するのはかまいません。むしろ大いにしてください。 

ただ検証可能な事実だけでやらないで、すぐに「陰謀だ」「なにか隠している」と叫ぶのが、あなた方たちの悪い癖です。  

こういう場外乱闘に持ち込んで、やくたいもない都市伝説まがいの情報を妄信して、大声で触れ回るのはやめたほうが賢明です。

室井さんにお聞きしたいのです。、小説家ってなんですか?

イデオロギーの伝道者ですか。正義や理想を語る人のことですか。真実を声高に告発する人のことですか。

私は違うと思います。人の苦しみや時には暗部に静かに寄り添って、ひとりの語り部になることです。

もうひとつ、小説家といえども間違ったと分かったら、訂正して下さいね。

まぁ間違いを信じないからまたやるというのが、メディア・リテラシー欠落の人の特徴なんですが。

※関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-3dd7.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-b7c3.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-f908.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-4637.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-ab8a.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-aaf8.html
   

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■室井佑月「『吉田調書』流出で安倍サイドの洗脳はぶちこわし」
週刊朝日  2014年6月13日号  

漫画「美味しんぼ」騒動や「吉田調書」の流出が発端となり、原発事故問題の深刻さが改めて浮き彫りとなっている昨今。作家の室井佑月氏は本誌の連載で、国が情報を開示しないことで「国民を洗脳している」と指摘する。

                        *  *  *
 先週のこの原稿にも書いたけれど、安倍総理は「美味しんぼ」騒動を踏まえて、「政府としては、根拠のない風評を払拭していくためにも、しっかりと正確な情報を分かりやすく提供していく」と発言した。

 本当にそうしてくれるんでしょうね? 望むところだ、と思っていた。
 しかし、5月23日付の「日刊ゲンダイ」に、「安倍官邸が激怒! 福島原発『吉田調書』流出で“犯人捜し”」
 という記事が出ていた。
 安倍首相とその周辺の人達は、朝日新聞がスクープした「吉田調書」にカンカンだというのだ。
「吉田調書」とは、朝日新聞によれば、原発事故時の福島第一原子力発電所所長(当時の現場の最高責任者)の吉田昌郎氏が政府事故調査・検証委員会の調べに対して答えた「聴取結果書」である。今まで非公開にしてたらしい。

 A4判で四百数十ページというその調書は、全7編で構成されていて、内容がとてもハードだ。
 事故直後に所員の9割にあたる約650人が吉田所長の待機命令を無視して“逃亡”した。高濃度の放射性物質を放出するベントの準備を密かに進め、住民が大量被曝する恐れがあったこと……。

 国は福島原発事故の話題を、「風評被害」などという小賢しい言葉を使って、国民が忘れるようにし向けてる。そして実際、結構な数の人間が、国の思惑に踊らされている。

 でも、こんなもの(吉田調書)が出て来たら、少しずつ上手くいきつつある。国の国民への洗脳がぶちこわしだよな。だから、安倍サイドはカンカンなんだろう。

「官邸ではいま、『一体誰が朝日の記者に吉田調書を流したのか』と“犯人捜し”が始まっています。菅官房長官は『(調書は絶対に)公開しない』と憤然としている。とくに安倍周辺は、原発は過酷事故が起きれば、電力会社さえもコントロール不能に陥る――という解説部分が気に入らないらしい。原発再稼働に突き進む安倍政権にとって、少しでも反原発につながる動きは許せないのでしょう」

 これは記事の中で官邸事情通という人がいっていること。
 安倍さんが本気で、「(国民に)しっかりと正確な情報を分かりやすく提供していく」というなら、なにも問題ないじゃんね。事故後の福島第一原発でなにが起きていたか書かれている「吉田調書」を積極的に「しっかりと正確」に国民に公開してよ。
 そうそう記事には、
「『特定秘密保護法』が施行されていれば、『吉田調書』は確実に“闇”に葬られていた」「『吉田調書を入手した朝日の記者も、渡した役人も逮捕される事態になっていたでしょう』(司法ジャーナリスト)」
 だって。おお、怖い。
 安倍さんも、ここまで来てまだ嘘ばっかつくって、ある意味すごい。そして、それを信じる人がいるのもあたしにとっては衝撃的。
   

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「朝日イデオロギー」という病根

018

朝日新聞に対し、安倍首相が取り消しの努力をもっとするように求めました。(欄外参照 )

稲田政調会長は参考人招致を求めており、いっそう朝日包囲網の環は狭まってきたようです。

首相の発言は、海外に対する朝日の訂正の発信がまったくといっていいほどない状況で、ひと頃は英語版すらアップしていない状況を受けたものと思われます。

世論調査では、謝罪会見以降も朝日の対応を評価する声はわずか6.4%にすぎません。

さて、吉田調書記事を書いた記者の名前が分かってきています。木村英昭記者と宮崎知記者でのふたりで、両人とも朝日の近年にないヒット作である「プロメテウスの罠」の担当記者でした。 

宮崎記者は「プロメテウスの罠」のデスク、木村記者はその第6シリーズで、東電撤退説を流布した人物で、今回もその流れで、「所長命令違反で所員9割が逃亡」とやらかしました。 

木村記者は「菅首相が東電撤退を阻止した日本の英雄だ」というストーリーを、民主党の政治家以上に盲信しており、そのストーリーを本にまでしています。(「※「検証福島原発事故 官邸の100時間」) 

そして国会、政府事故調が共にそれを否定したことに不満を持ち、おそらくは菅氏サイドから調書が流出したことを幸いにして、吉田証言をズタズタに改竄して記事にしました。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-ab8a.html

木村記者はこのヨタ記事を書いたことの動機をこう述べています。

「―事故から2年半以上経ちましたが誰にも責任が追求されていません。報道者としてどう思いますか。
 異常ですよね。原発事故は日本のジャーナリズムにとって2度目の敗北だと思います。一つは、戦争を止められなかった、アジアに侵略したということです。ジャーナリズムはここで一度敗北しています。
今回は、結果として
原子力発電所の事故を招いてしまったという意味で2度目の敗北です。原発事故は戦争と同じではないでしょうか。戦争の責任はだれも取っていませんよね。一億総懺悔という言葉がありました。国民みんなが悪いんだ、みなさん手を繋いで一緒に責任取りましょう、という。今回も誰も刑事責任を問われていません。これを許してしまっているのが僕たちですよね。ジャーナリズムはそれを許していいのでしょうか」
(※「報道の力で奪い返す」第13回早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞・連載「東京電力テレビ会議記録の公開キャンペーン報道」木村英昭記者に聞く |
  

この「原発事故は戦争と同じだ」という木村記者の考え方こそ、典型的な朝日記者の発想を物語っています。 

そもそもまったく別次元の福島原発事故と戦争を並列して並べ、「アジア侵略を止められなかった(戦前の)ジャーリズム」と「原発事故を招いてしまった(今の)ジャーナリズム」は二度敗北している、というのです。 

この「二度の敗北」を許さないという「正義感」で木村記者は、あのような捏造記事を飛ばして、ついでに自分と同名の社長の首まで飛ばしてしまったということになります。

このようななんでも先の戦争にアナロジー(類推)するような特殊というか、独特な発想を私は「朝日イデオロギー」と呼ぶことにしています。

かつての「戦争」を多角的検証なしに単なる侵略戦争と捉えて、旧日本軍の「戦争犯罪」を永遠に糾弾し続けることこそがジャーナリズムの使命だと考えています。 

きっと木村記者の脳味噌の中では、こんなふうな転換されているのでしょう。

・戦争=原発事故
・軍部=東電
・戦争責任=事故責任
・反戦勢力=反原発運動

この図式を見るとなぜ、反原発運動グループがそのまま反安保運動グループとキッチリ重なるのか、なんとなく分かってきますね。

木村記者にどうやったら戦争が止められたのかと問えば、たぶん反戦運動をすると答えるでしょうし、どうしたら原発を止められるのかと問えば、反原発運動をするなんて答えそうですね。答えになっていないがぁ~(笑)。

こういうのを頭のいい中坊と呼びます。成長がどこかで止まっています。

私はいわゆるA級戦犯を特に弁護する気はありませんし、彼らの誤った政治選択が日本国民を塗炭の苦しみに突き落としたのだと考えています。

朝日は決まり文句のように「無謀な侵略戦争に突入した」と書きますが、では日本が望みさえすれば戦争にはならなかったのでしょうか?

米国は、絶対に戦争をする意志を固めて、日本が呑むことが不可能な条件を出した上で、石油とくず鉄の禁輸で締め上げていきました。

この構図は、ブッシュ政権がイラクに押しつけた「大量破壊兵器を差し出せ」という、ないものを出せという要求と同じです。

一方、英国は対独戦勝利のために米国の介入を熱望し、中国もまた独力での勝利が見込めないために米国の参戦を待望していました。

このような国際的条件を一切無視しても、単独で米国の要求を呑めば、国内で陸軍がクーデターを起こしていたかもしれません。

つまり、日本の意志だけで戦争が避けられたというありえない空論の上に成り立っているのが、この朝日流の戦争認識なのです。

このような現実の諸条件を無視して、彼らだけの責任を問い、自分だけは白い手だという朝日の神経がたまりません。 

朝日は、ご承知のように戦前は大政翼賛のトップランナーでした。そのうち検証してみたいと思って資料を集めていますが、ヒットラーを礼賛し日独伊三国同盟を言論界で推進したのも朝日、満州事変を熱狂したのも朝日、戦争突入を煽ったのも朝日です。 

ひとつだけ記事を紹介します。リードがすごい。朝日のソウル特派員とパク・クネ氏にお見せしたいような内容です。

「朝鮮に徴兵制実施 澎湃たる民意に応ふ」「多年の念願実現 半島同胞徴兵制施行に歓喜><朝鮮・徴兵制に感激の波高し 上京して宮城奉拝 一死応へ奉らん」「今こそ真に日本人」 朝鮮の徴兵制に血書の感謝状
ああこの日本帝国に生れ合はした幸運、朝鮮人も祖国日本のため米英撃滅に参加出来る喜びをお察し下さい、今こそ靖国の英霊の仇を討って見せます、天皇陛下万歳、大日本帝国万歳」(朝日新聞昭和17年5月15日)

開戦となるや、大本営発表垂れ流しのような紙面を作り続け、一億総火の玉になれとアジりまくって戦意高揚に邁進したのも朝日でした。終戦前日には本土決戦を呼号しています。

「いかに敵が焦慮の新戦術を実施しようとも、一億の信念の凝り固まった火の玉を消すことはできない。敵の謀略が激しければ激しいほど、その報復の大きいことを知るべきのみである」(昭和20年8月14日社説)

言論界A級戦犯は間違いなく朝日です。 

これは近代における総力戦の性格が、すべての社会・経済と国民をようしゃなく戦争遂行に巻き込むためで、ある意味すべての国民が「戦争協力者」になってしまうからです。 

ですから朝日のように「アジア侵略」をしたい邪悪な勢力と、それを阻もうとする「正義」の勢力みたいな、マンガのような二分法ではなにもわからないのです。 

しかも、さきほど述べたように朝日には大きな声ではいえない「戦争協力」の、いや「戦争推進派」の暗い過去がありました。 

だからこそ、この戦争責任をA級戦犯に全部被せてしまい、中韓と女性が一方的被害者だとして、彼らに謝罪し続けることが良心的知識人たる資格だという教義を作ったのです

朝日は自分の延命のために戦争責任を回避する必要がありました。そのためにはこの贖罪意識を全国民が共有してくれることが必須だったわけです。  

朝日はその教導師役として、「なんかちょっと違うんじゃない」と思う頭の悪い子供である国民に、毎日「天の声を人が語る」ように噛んで含めて贖罪を説くというのが朝日独特の上から目線のスタイルを生みました。  

なにせ自分を「天の声」になぞらえるのですからハンパではありません。これが戦後の朝日という会社のビジネスモデルになっていきます。 

こういう終戦直後に生れた朝日イデオロギーがあってこそ、慰安婦問題がいかに資料の実証研究や実地調査で完全否定されようと、ないものとして受け流し続すことができたのです。 

つまり朝日は、事実は「正義」の前には瑣末なことでしかないと思いこんだわけです。 

※木村、宮崎記者の発言部分は「政局観察日記」を参考にさせて頂きました。ありがとうございます。 http://iiko.hatenablog.com/entry/2014/09/12/130206 

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■安倍首相「朝日新聞が努力を」 慰安婦記事取り消し
朝日新聞2014年9月15日

安倍晋三首相は14日のNHKの番組で、朝日新聞が慰安婦を巡る吉田清治氏(故人)の証言を伝えた記事を取り消したことについて、「朝日新聞自体がもっと努力をしていく必要もある」と述べた。

 首相は番組で「日本兵が、人さらいのように人の家に入っていって子どもをさらって慰安婦にしたという、そういう記事だった。世界中でそれを事実だと思って、非難するいろんな碑が出来ているのも事実だ」と指摘。その上で「世界に向かってしっかりと取り消していくことが求められている」「一度できてしまった固定観念を変えていくのは、外交が絡む上では非常に難しい」などと述べた。

 次世代の党平沼赳夫党首は同じ番組で「実際に携わった人を呼んで、真相を究明しなければならない」と述べ、臨時国会で朝日新聞の関係者を参考人招致するよう求めた。「相当、国益に大きな悪影響を与えた。従軍慰安婦とその他も、しっかりと(招致の)対象にしていくことが大切だ」とも語った。

 また、自民党稲田朋美政調会長は同日のフジテレビの番組で「32年間、誤報を放置してきたことは不作為による虚偽と言っても過言でない。まずは自分(朝日新聞)自身で検証することが大事」と主張。朝日新聞が社外の弁護士や歴史学者、ジャーナリストらによる第三者委員会を立ち上げ、この問題を検証することについて「注視したい」と語った。

■朝日新聞社対応「評価」は僅かに6.4%
NNN世論調査
2014.09.16

NNNが12日~14日に行った世論調査によると、福島第一原発の吉田所長の証言、いわゆる「吉田調書」と慰安婦問題の報道を巡る朝日新聞社の対応について、「評価する」と答えた人は6.4%にとどまり、「訂正・謝罪は評価するが遅すぎる」が63.6%に達した。「評価しない」は23.3%となっている。

また、朝日新聞社は信頼を回復することができると思うかという問いに対しては、「思う」が21.5%なのに対し、「思わない」が60.4%に上っている。(読売テレビ)

 <NNN電話世論調査>
 【調査日】9月12日~14日
 【全国有権者】2070人
 【回答率】50.1%

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朝日新聞の構造的腐敗

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朝日新聞の木村伊量社長が半分白旗を挙げて謝罪しました。 

半分というのは、ダブル吉田ショックのうち、吉田調書に関しては責任を認めての完全な白旗です。 

東電のF1の職員だった皆さん、ぜひ名誉毀損の民事訴訟を起こしてして下さい。 

あのような悪質な捏造に対しては、単にごめんなさいで済ましてはいけません。キッチリと落し前をつけて下さい。 

韓国に言われるまでもなく、謝罪と賠償はワンセットなのです。いままでそれを主張してきたのは朝日でしょうに(苦笑)。 

いわれなき罪を着せられ、苦しい思いをなさった東電職員のためだけではなく、日本全体のために民事訴訟してください。あなたたちは私たち日本人の誇りであり、恩人なのですから。

                         ~~~~~~~~

さて問題はむしろ、木村社長謝罪会見でもまったくといっていいほどふれられていなかった慰安婦報道についてです。

慰安婦問題に関して朝日は謝罪しているでしょうか?とんでもない。これからも堂々と従来の主張を続けていくのだと言っています。 

朝日は、「女性の人権問題」という本質は変わらないので、挺身隊との混同 と吉田偽証「だけ」に関しては取り下げるが、慰安婦報道は切り口を変えていままで通りにやるということです。 

木村タヌキ親爺は、パニックの末にやっと危機管理のトリアージを使うことを思いついたようですね。  

トリアージとは、医療関係者が、事故緊急時にかすり傷の人の手当てに没頭したり、逆に即時に病院にお送らねばならない人を見逃したりするのを防ぐために考えられたけが人の分類方法です。

・第1順位(最優先治療群・赤色タグ)・・・比較的簡単に治療できる重傷者
・第2順位(準救急治療群・黄色タグ)・・・手術が必要だが、緊急性がない負傷者
・第3順位(治療保留群・緑色タグ)・・・軽傷者
・第4順位・・・(不搬送者・黒色タグ)・・生きているが救出不可能者
  

朝日は、吉田調書事件を第1順位、つまり「比較的簡単に治療できる重傷者」と判断しました。 

まず吉田調書報道を作ったのが特報部という20人ていどのエリート部署で、彼らが内密に記事を書きました。 

吉田調書をリークしたのは菅直人氏その人か、その取り巻きのかつて民主党政権中枢にいた連中だと言われています。

彼らは菅氏の不名誉を挽回するために機密指定文書を流したのだと言われています。

この特報部を解体して、部長、デスクに処分を下せばいいのですから対処は比較的カンタンです。こういうのを世間ではトカゲのシッポ切りと呼びます。 

次に第三者検証委員会は作るでしょうが、そこに朝日の代弁者を巧妙に混ぜて、ダラダラと時間を稼ぎます。 

国会証人喚問のお呼びがかかったら、「今、検証委員会が調査中なので、それに影響を与えるような発言は慎ませていただきます」とかなんとか言って逃げる口実になります。 

一方、慰安婦問題は第4順位の「救出不能者」に分類したと思われます。  

吉田調書は、報道からまだ日も浅く「ごめんなさい」で済みます。(←すまなねぇよ) 

しかし、慰安婦問題はうっかり「間違っていましたから取り消します」なんて言っていましたが、一体どれだけの量の記事をとり消さねばならないのかわかって言っているのでしょうか。 

朝日が慰安婦問題で書いた記事は、16本なんて生易しいものではなく、「慰安婦」だけで実に7419件、「慰安婦 強制連行」でも1046件もあるのです。(※朝日新聞データベースによる) 

これ全部とり消すのですかぁぁぁ・・・、気が遠くなりますぅぅぅ。(←エコーかけて) 

だから、吉田清治と植村隆にだけ黒タグをつけて不搬送者として謝ったふりだけして、築地地下にしまってしまったのです。 

植村隆記者などしょせんは慰安婦告訴団体とのコネが欲しかったから利用した小者にすぎません。 

朝日が本気で守りたいのは、死んだ吉田清治でもなく、ましてやザコの植村記者でもありません。

植村記者はいままで慰安婦誤報の象徴的人物とみられていましたが、問題の全容を調べれば、彼が果たした役割は極めて悪質でありながらも微々たるものです。 

1980年代初期まで吉田は、慰安婦問題の火付け役のひとりでしたが、まだ日本では知られた存在ではありませんでした。 

彼を一躍「時の人」にしたのが北畠清泰大阪本社論説委員(故人)です。 

1992年1月23日付け夕刊コラム「窓 論説委員室から」にこのように吉田を取り上げて、一躍「時の人」に仕立て上げます。

一読すればお分かりのように吉田証言を一切の裏取りをしないまま、丸のまま紹介して、それをあたかも事実のように報じています。

「記憶のなかで、時に心が痛むのは従軍慰安婦の強制連行だ。吉田さんと部下、10人か15人が朝鮮半島に出張する。総督府の50人、あるいは100人の警官といっしょになって村を包囲し、女性を道路に追い出す。
木剣を振るって若い女性を殴り、けり、トラックに詰め込む。一つの村から3人、10人と連行して警察の留置所に入れておき、予定の100人、200人になれば、下関に運ぶ。
女性たちは陸軍の営庭で軍属の手に渡り、前線へ送られて行った。吉田さんらが連行した女性は少なく見ても950人はいた。
 「 国家権力が警察を使い、植民地の女性を絶対に逃げられない状態で誘拐し、戦場に運び、1年2年と監禁し、集団強姦し、そして日本軍が退却する時には戦場に放置した。私が強制連行した朝鮮人のうち、男性の半分、女性の全部が死んだと思います」(1992年1月23日朝日新聞)

実はこれよりかなり早い82年頃に、東京本社の支局記者だった前川恵司記者は、吉田と会ってニセモノだと感じて掲載を拒否していますから、北畠記者が慎重にウラ取り取材すれば、社内情報だけで吉田などといったペテン師に引っかからなかったはずてす。

この慰安婦訴訟の原告である金学順氏が所属する太平洋戦争被害者遺族会の梁順任常任理事の娘婿(※娘も事務局員)が大阪社会部植村記者であったところから、彼をソウルに送り込んだのが、当時の上司だった清田治史氏です。

一般的に他の部署の取材管轄に出かけてスクープをものにするのは邪道とされていますが、清田部長が押し切ったと思われます。

このようなことを植村記者に命じた清田記者自身が、この吉田偽証の火付け役のひとりでした。

清田氏は北畠記者より早い82年9月の時点で吉田偽証を取り上げているからです。

元朝日新聞記者で、当時清田氏の部下だった長岡昇氏はこう証言しています。

1982年9月2日の大阪本社発行の朝日新聞朝刊社会面に最初の記事が掲載されました。大阪市内で講演する彼の写真とともに「済州島で200人の朝鮮人女性を狩り出した」「当時、朝鮮民族に対する罪の意識を持っていなかった」といった講演内容が紹介されています。この記事の筆者は、今回8月5日の朝日新聞の検証記事では「大阪社会部の記者(66)」とされています。
その後も、大阪発行の朝日新聞には慰安婦の強制連行を語る吉田清治についての記事がたびたび掲載され、翌年(1983年)11月10日には、ついに全国の朝日新聞3面「ひと」欄に「でもね、美談なんかではないんです」という言葉とともに吉田が登場したのです。「ひと」欄は署名記事で、その筆者が清田治史記者でした。朝日の関係者に聞くと、なんのことはない、上記の第一報を書いた「大阪社会部の記者(66)」もまた清田記者だったと言うのです」(2014年9月「慰安婦報道、一番の責任者は誰か」)

http://www.johoyatai.com/?m=pc&a=page_fh_diary&target_c_diary_id=1136

後に清田氏は、植村記事が誤りだと分かった時に東京本社外報部長にまで出世しており、この誤報をもみ消します。その功績のためか、のちに取締役にまで出世しています。 

清田記者は「大阪社会部のエース」として遇され、その後、東京本社の外報部記者、マニラ支局長、外報部次長、ソウル支局長、外報部長、東京本社編集局次長と順調に出世の階段を上っていきました。1997年、慰安婦報道への批判の高まりを受けて、朝日新聞が1回目の検証に乗り出したその時、彼は外報部長として「過ちを率直に認めて謝罪する道」を自ら閉ざした、と今にして思うのです」(同上)

そして、元ソウル支局長として慰安婦誤報を拡散した人物が、市川速水東京本社編集局長でした。

市川編集局長は2006年に既にこう述べています。

「僕の取材でも、腕を引っ張られて、猿ぐつわはめられて、連行されたという人は一人も現れていません。だから、強制的ではなかった、さらに慰安婦問題はなかったとさえ言う人がいるわけです。でも、そうじゃなくて、証言の共通項を見ていくと、あの人たちは貧乏な家で、女衒にだまされて気がついたら戦地に行かされて、中国などで慰安婦をさせられた。僕は10人くらいかなあ、実際に細かく証言を聞いたけど、もちろん好きで行った人はいない」(『朝日vs産経lソウル発』) 

これを読むと市川氏は、吉田偽証が間違っていることをよく知っています。 

そして慰安婦の多くが貧困により慰安婦になるか、女衒にだまされたこともわかっています。今、朝日が取り消したような誤報は、ことごとくウソだととっくに知っていたのです。 

その市川氏が8年後にしたことが、池上彰氏の原稿を抹殺することでした。 彼はこう釈明しています。

「8月5、6日付朝刊で慰安婦問題特集を掲載して以来、本社には言論による批判や評価が
寄せられる一方で、関係者への人権侵害や脅迫的な行為、営業妨害的な行為などが続いていました。こうした動きの激化を懸念するあまり、池上さんの原稿にも過剰に反応してしまいました本社は8月28日、池上さんに「このままの掲載は難しい」と伝え、修整の余地があるかどうかを打診しました」(2014年9月6日朝日新聞)

市川編集局長は、自分がソウル特派員時代に、吉田証言が偽証だと知っており、もちろん挺身隊との混同が誤りだと知る立場にいながら、池上氏の記事を削除するという報道管制を敷いたわけです。

自己保身の塊。あるいは朝日が非難してきた「社畜」そのものです。

そしてもうひとり忘れてはいけない人物が、1992年8月に開かれたメウルYMCA会館での慰安婦集会(アジア女性連帯会議)を福島瑞穂氏と主宰した、松井やより東京本社社会部記者です。

彼女が社会部時代に、それまで大阪本社が主に扱っていた慰安婦問題を東京本社に持ち込み、大々的に取り上げるようになります。後に編集委員まで出世します。ただし、彼女はジャーナリストというより、完全な左翼運動家です。

ちょっと入り組んでいるので、登場人物を整理しておきましょう。

北畠清泰(故人)・・・大阪本社論説委員・1992年1月に吉田清治を大阪版「窓・論説室より」で紹介し、世に送り出す立役者となる
清田治史・・・1982年に大阪版社会面で紹介し、1992年に植村記者をソウルに派遣する。後に東京本社外報部長時の1997年に誤報と知っていながら握りつぶす。取締役へと出世。もっとも深く慰安婦問題にかかわった人物
市川速水・・・2003年~06年、ソウル特派員として慰安婦誤報を拡散。後に東京本社編集局長。池上事件の張本人のひとり
植村隆・・・1991年8月、大阪本社社会部時代に清田の命令でソウルに派遣され、義母のコネで慰安婦の歴史的大誤報を書き、慰安婦誤報の象徴的人物として後世に汚名を残す
松井やより(故人)・・・1992年慰安婦のソウル集会を福島瑞穂氏と主宰し、東京本社社会部時代に大々的に拡散する。後に編集委員

このように見ると、慰安婦問題は植村記者のようなただの平記者が起こしたものではなく、大阪本社中枢、そして東京本社中枢まで絡んだ構造的なものだったことがわかるでしょう。

前出の元朝日記者長岡氏がこう言うとおりの醜悪さです。

慰安婦をめぐる虚報・誤報の一番の責任者が取締役会に名を連ねるグロテスクさ。歴代の朝日新聞社長、重役たちの責任もまた重いと言わなければなりません」(前出)

これらの、論説委員、外報部長、編集局長、編集委員といった錚々たる朝日の中枢の人間が絡んでいるのが、この慰安婦問題なのです。

朝日は13日の社説で「サンゴ事件を忘れたのか」などという読者の声を紹介していますが、なにを言っているのでしょうか。

サンゴ事件はたかだか不心得な一カメラマンの仕出かした捏造記事にすぎません。今回の慰安婦報道はそれとはまったく次元の違う、いわば朝日の体質に骨がらみの構造的腐敗から発生しています。

サンゴ事件と較べたり、チェックミスだというていどの総括で逃げようとすること自体が、いかに朝日が深く病んでいるのかが伺いしれます。

慰安婦問題で朝日は簡単に白旗を上げられぬ理由は別にあるのですが、それは長くなりましたので明日にします。

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速報 朝日新聞社長謝罪記者会見

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政府が吉田調書を開示しました。内容的には既に部分的に知られているもので、完全に朝日の「所員逃亡説」は否定されました。 

たぶん政府公開と合わせて逃げきれないと悟ったのか、朝日新聞は吉田調書記事について全面的に取り消して謝罪しました。

そもそも、これは慰安婦報道とちがって、生き証人が数百人の単位でうようよいるのですから、遠からずこんなことになるとは思っていました。

なお慰安婦報道については「強制性」はあったという立場にとどまっています。これも予想通りです。おそらく「女性の人権侵害」の線で頑張り続けるものと思います。

謝罪会見当日の報道ステーションで、あいもかわらず朝日新聞恵村論説委員が「慰安婦問題は消えない。旧日本軍の関与で自由や人権を奪われた女性がいたのはたしか」と言っているところを見るとなんら反省はしていないということです。


朝日は社長が辞任し、第三者委員会で検証作業をするそうです。慰安婦に関しては「遅きに失した」というあいまいなもので、なんとかこちらは逃げきりたいという気持ちがヒシヒシとつたわってきます。

朝日新聞が、「研究が足りなかった」あるいは、「吉田に騙された」では済まないものです。朝日が責任をもってこの自らが意図的に拡散させた嘘を訂正する義務があります。

おそらく朝日は、早ければ吉田証言を掲載する以前、遅くとも93年までには、慰安婦報道のすべてが虚偽だと気がついていたはずです。

にもかかわらず朝日は長いスパンで30数年、短く見積もっても20年余の期間、嘘を承知で虚偽宣伝を続けていたことになります

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さて、今回は検証機関を作るそうですから、他社の例も出しておきましょう。

2003年5月11日にニューヨークタイムスがジェーソン・ブレア記者が7か月で36本の捏造記事を出したとして、謝罪と徹底した検証を行なっています。

これは、マスメディアの自社誤報検証の世界スタンダードとでも言うべきものです。

これは記者がしてもいないインタビューの捏造をしたことが発覚したものですが、地元検察局の指摘があったにもかかわらず、ブレア記者が編集局内部で重用されていたために握りつぶすような空気があって、発覚が遅れました。

ニューヨークタイムスの検証報告は、ブレア記者が黒人であったために編集部内で大事にされすぎていて、チェックが効かなかったという「恥」まで追及しています。

大きなミスは必ず背後の社内の構造的欠陥があるもので、社の内部構造まで踏み込まないと検証は意味がなく、再発することになります。

今回の吉田調書事件は、多くの東電職員が証人としていながらまったく裏付け調査をしていないことを認めています。

しかも少数の記者が密室的に書いたもので、これだけ重要な記事にもかかわらず、まったく内部チェックがなされていなかったことも認めています。

慰安婦に関しても、吉田清治氏の裏付け調査はまったくといっていいほどなされておらず、何人かの記者が吉田氏を囲い込むように記事にしています。

またこの慰安婦記事が朝日の虚偽宣伝の重要な武器になったために、それらの記者は皆社内で出世階段を登っていることも明らかになっています。

いまや外部の調査によって、慰安婦誤報の元凶である大阪本社の内部構造まで踏み込んだ研究がなされるようになってきています。中途半端な調査はことごとく外部検証されてしまうでしょう。

今後、どのような検証がされるのか、いままでの朝日の傲慢な体質からは大きな期待はできませんが、まずは慰安婦検証の外部委員のメンバーを見てから判断するとしましょう。

よもや朝日文化人が名を連ねるなんてないでしょうね。いやわかりませんよ。

今まで社説で言えないことを、「声」や識者の意見で書くのが常套手段だった新聞ですからね。吉見義明氏が検証委員長だったりして(笑)。

当然のことながらこの結果を受けて、責任者の社長以下の役員は全員が辞任することになるでしょう。

直近でも、2012年10月の佐野慎一氏による週刊朝日における橋下市長差別事件て朝日新聞出版の神徳英雄社長が引責辞任しています。朝日新聞社関連で二人の社長が続けて畳の上で死ねなかったわけです。

わずか2年間で橋下差別事件、吉田調書捏造事件、慰安婦大誤報と3ツもの差別事件、大誤報、大捏造をする体質はハンパではありません。

どれひとつをとっても単なる一記者の個人的ミスではなく、社の澱んで腐敗しきった体質が関わっています。

これは木村社長がこう言っているのでわかります。

「(吉田調書を)読み取る過程で評価を誤り、命令違反で撤退という表現を使った

調書には「逃げた」という表現はただのひとこともありません。にもかかわらず、決定的に意味の異なる「逃げた」と表現しているのは単なる「評価」、あるいは国語的読解能力の問題ではないはずです。

あるいは編集担当役員の杉浦信之氏はこうも言っています。

結果としてチェックが足りなかった

これは編集の技術的言い訳です。朝日は当初から調書が公開されないものとタカをくくって、反原発キャンペーンを張るつもりでした。だから「所員が事故で逃げた」という報道をしたかったのです。

また木村社長はこうも言っています。

遅きに失した

いや、慰安婦問題についての吉田偽証のウソはすでに93年にはバレていて、ジャーナリズムの世界に生きる人間で、立場が違っても知らない者はいなかったはずです。

なにせ強制連行派の吉見義明氏すら吉田氏をニセモノだと断定していたのですから。

ならばなぜここまで「遅きに失したのか」、知っていて知らないそぶりでここまで数十年シラを切ってきたのか、そここそを国民に説明すべきです。

その理由は朝日という新聞が、「正義」のためにはウソをついても平気だという信じがたい体質をもっているからです。

橋下市長は右翼だから「部落差別をしてもかまわない」と思い、慰安婦が強制連行されたのではないととっくに知っていても「女性の人権が奪われた」のはほんとうだから」とシラを切り、福島第1の職員たちが「逃げた」のではないと分かっていても、反原発の目的が正しいのだからかまわないと考える、こんなことが、この朝日の誤報体質を生んだのです。

そこのような本質にふれずに、こんなていどの謝罪で済ませようとすること自体、朝日が深く病んでいることを示しています。

恥ずかしいと思いなさい。朝日はもはや社長の首ひとつでどうなる段階ではなく、解体的出直し以外に再生の道はありません。

まことに朝日が雪印に対して言ったご託宣どおりです。雪印を朝日新聞と置き換えてお読みください。

「こんな調子では、消費者の間に「まだなにか隠しているのではないか」という疑念が膨らむのも当然だ。 これは一企業の問題にとどまらない。
それにしても同社の対応はひどかった。 一線からトップまで生え抜きで固め、世間の常識より社内の慣習が優先する。  一つ間違えば「雪印」になる危険性を多くの企業が抱えている」 (2000年7月7日朝日新聞社説)

以下、朝日新聞の発表文と記者会見記事を速報します。 

※吉田調書関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-b7c3.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-f908.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-4637.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-ab8a.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-aaf8.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-139d.html

 

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■5月20日付朝刊「『吉田調書』入手」の記事について ── 朝日新聞による発表全文

5月20日付朝刊「『吉田調書』入手」の記事について

■「命令違反・撤退」について
 取材班が、命令違反で撤退したと記した主な根拠は(1)吉田調書での吉田所長の「所員に福島第一の近辺に避難して次の指示を待てと言ったつもりが、福島第2に行ってしまった」などとする証言(2)複数から入手した東電内部資料(3)東電本店の記者会見で福島第一の安全な場所などに所員が移動を始めたと発表した内容──などでした。これらをもとに、所員が「吉田所長の命令に違反し、福島第二に撤退した」としました。しかし、所員への直接取材を徹底しなかったため、所員に指示がうまく伝わらないまま第二原発への退避が行われたということが把握できませんでした。この結果、所員が逃げたという誤った印象を与えることになりました。また、取材班が「撤退」とした判断は、第10キロ離れた第二原発に大半の所員が移動してしまってはすぐに戻れない状態であることなどから、「撤退」という表現を使いました。

■「吉田氏の一部発言の不掲載」について
 吉田所長が、第二原発へ退避した所員の行動を「よく考えれば2F(福島第二原発)に行った方がはるかに正しいと思った」と評価していた部分や、「伝言ゲーム」で所員の多くに指示が伝わらなかったことを認識していた調書のくだりを記事から欠落させていました。「重要な発言ではない」と判断するなど所長の発言の評価を誤ったうえ、必要かつ十分なデータが記事に反映されているかの確認を徹底しなかったのが原因です。

■「報道をめぐる経緯」について
 朝日新聞報道後、「誤報」などの批判が寄せられました。取材班からは、吉田所長の待機命令は間違いないなどの報告を受け、信頼しました。取材班は検証紙面を何度か希望したが、紙面化に至りませんでした。8月に入って新聞メディアが吉田調書を入手したと報じ始め、朝日新聞の記事の印象と異なる内容でした。このため、編集幹部の指示をうけて点検を始めました。その結果、所員らへの取材が不十分で、所長発言への評価が誤っていたことが判明。語句の修正ではなく、取り消すという判断をしました。

以上

                 ~~~~~~~~~~

<朝日新聞>「吉田調書」報道、社長が誤り認め謝罪
毎日新聞2014年09月11日 

東京電力福島第1原発事故をめぐり、政府の事故調査・検証委員会が実施した吉田昌郎元所長(故人)への聴取記録(吉田調書)に関する報道について、朝日新聞社の木村伊量(ただかず)社長は11日夜、東京都内の同社本社で記者会見し、「社内の精査の結果、吉田調書を読み解く過程で評価を誤り、多くの東電社員らがその場から逃げ出したかのような印象を与え、間違った記事だと判断した」と謝罪した。そのうえで、木村社長は「編集部門を含む抜本改革などに道筋を付けたうえで、自らの進退を決断する」と述べた。 

◇検証後「進退を判断」

 過去の従軍慰安婦報道について「慰安婦狩り」をしたとする吉田清治氏(故人)の証言を取り消すなどした検証記事(8月5、6日朝刊)で謝罪がなかったことなどに批判が出ていることについても、木村社長は「誤った記事で訂正は遅きに失したことを謝罪したい」と、この問題で初めて謝罪した。一方で、自身の進退を問う理由は「言うまでもなく吉田調書報道の重みだ」と述べ、慰安婦報道の問題より大きいとの認識も示した。

 会見は東京・築地の同社東京本社で行われた。木村社長らによると、吉田調書を巡る当初の報道では、調書に吉田元所長が「福島第1原発の近辺への退避を指示した」との証言があるのに加え、独自に入手した東電の内部資料には福島第1原発内の線量の低い場所で待機するよう指示したとの記述があったとして、福島第2原発への退避を「待機命令違反」と報じたと説明。ただし、この指示が所員に伝わったかどうかは、当時の所員から一人も取材で事実を確認できないままだったという。吉田元所長が調書で否定している「撤退」という言葉を記事で使ったことについては、「約10キロ離れた福島第2からはすぐに戻れないため『撤退』と表現した」と説明した。

 しかし、8月に入って他の新聞社が「命令違反はなかった」との報道を始め、社内で検証したところ、吉田氏の指示が多くの所員に伝わっていなかったことが判明したという。杉浦信之取締役編集担当は「当初は吉田氏の指示があったという外形的な事実だけで報道したが、所員が命令を知りながら意図的に背いて退避したという事実はなかった。秘匿性の高い資料で直接目に触れる記者やデスクを限定して取材を進めた結果、チェック機能が働かなかった」と釈明した。

 さらに、慰安婦問題の吉田証言については「虚偽だろうということで取り消した」としたが、強制連行そのものについては「慰安婦自らの意思に反した、広い意味での強制性があったと認識している」と述べた。

 朝日新聞は報道部門の責任者である杉浦取締役の職を12日付で解き、木村社長を進退を判断するまでの間、全額報酬返納とする処分も発表した。社内常設の第三者機関で吉田調書報道を検証。慰安婦問題報道については社外の弁護士やジャーナリストらの第三者委員会を設立し、取材の経緯や影響を検証する。

 同社の吉田調書報道は米紙ニューヨーク・タイムズなど多くの海外メディアにも引用された。これについて杉浦取締役は「おわびしなければいけない点。早急に英文で(撤回の記事を)発信したい」と話した。

 朝日新聞は11日、杉浦取締役を取締役社長付とし、杉浦氏の後任に西村陽一・取締役デジタル・国際担当、西村氏の後任(執行役員)に大西弘美・役員待遇経営企画室付を充てる人事を発表した。いずれも12日付。
 

 ◇記者会見のポイント◇

▽5月20日付朝刊「所長命令に違反 原発撤退」の記事について、社員らが現場から逃げ出したかのような印象を与えたのは間違いで記事は取り消す

▽杉浦信之取締役編集担当の職を解くなど関係者を処分。木村伊量社長も編集部門などの抜本改革に道筋をつけたうえで進退を判断

▽従軍慰安婦問題に関する記事について、誤った記事を掲載し訂正が遅れた点を謝罪

▽社内の第三者機関「報道と人権委員会(PRC)」で誤報の影響を審理するとともに、歴史学者らでつくる第三者委員会を設置し、従軍慰安婦問題に関する記事の訂正の経緯などを検証

■木村社長一問一答

「吉田調書」をめぐる謝罪会見で、木村伊量社長、杉浦信之・取締役編集担当、喜園尚史・執行役員広報担当の主な質疑応答は次の通り。(敬称略) 

 −−(吉田調書の)記事そのものを取り消すのか。 

 杉浦 「撤退」という指摘は記事の根幹の問題で、記事そのものを取り消す。 

 −−抑止できなかったのはなぜか? 

 杉浦 具体的には明らかにできないが取材源を秘匿するため、(関係者が)少数になり、デスクをはじめチェックが甘くなった。 

 −−なぜ今回、誤りと判断したのか。 

 杉浦 吉田所長が話をされた、朝日新聞が独自に入手した資料にあった。テレビ会議を通じて吉田さんが話したもの。外形的に、形式的には命令とは違う形になった。8月末から9月にかけての、取材班以外の調査で事実でないと分かった。時間がかかったことは申し訳ない。 

 −−記事への批判に対し、「厳重に抗議」との姿勢を示した。法的措置をとると。 

 喜園 いくつかのメディアに同趣旨の抗議文を出した。これまで出した抗議は撤回し、おわびしたい。出したメディアに、きちんと謝罪したい。 

 −−(吉田調書報道は)意図的なものではないのか。 

 杉浦 そういうことはありません。一つは、非常に秘匿性が高かった。直接、目を触れる者は限定していた。取材した記者たちは専門的な知識を有する。他のデスク、記者は見なかった。結果としてチェックが足らなかった。 

 −−慰安婦報道について、(ジャーナリストの)池上彰さんのコラムを掲載しないという判断に批判もあったが、社長はどう問題を受け止めているか 

 木村 一報で、厳しい内容というのは聞いた。私は編集担当の判断にゆだねた。しかしながら、途中のやり取りも流れ、言論の自由の封殺だという批判も受けた。読者の信頼を損ねた。社長として責任を感じている。 

−−信頼回復の時期はいつか。何をもって回復か。 

木村 委員会を立ち上げ、編集担当が中心になり、今度どんな問題が根底にあるのかをあらゆる角度から丁寧に検証する。社内体制の立て直し、リーダーシップを発揮する。なるべく時間をおかない。 

 −−吉田調書は海外メディアも報じている。多くの所員が逃げたと報じた。 

 杉浦 そこはおわびしなければならない点だと思っている。早急に発信していきたい。 

 −−慰安婦問題も海外メディアが報じている。 

 木村 海外で報じられたことは承知している。フォローしながら報道したい。 

 −−池上氏の問題は、最終的に誰が掲載見送りを判断したのか。 

 杉浦 最終判断は私がした。結果的に間違っていた。多くの社員の批判も受けて掲載を判断した。 

 −−命令違反という件についてだが、当時の社員、所員に取材したか? 

 杉浦 所員の取材は十分ではなかった。聞けていない。 

 −−従軍慰安婦の検証記事も批判されている。 

 木村 訂正が遅きに失した。ご批判を受けた中で、誠意をもって、謝罪をしておきたい。 

 −−先ほど、「命令を聞いて退避した人はいなかった」「職員の声を聴けなかった」との話だった。どちらが本当か。取材していないのか? 

 杉浦 取材したが聴けなかった。 

 −−池上氏のコラムだが、不掲載を判断した理由は? 

 杉浦 9月5日か6日だったと思うが、紙面で説明した通り。当時の朝日新聞を取り巻くさまざまな環境を考えた時に、私として敏感になりすぎたことが結果としてそういう判断になった。 

 木村 内容は朝日に厳しいもの、との報告を受けたが、編集担当の判断に委ねた。 

 −−(従軍慰安婦問題の)吉田証言は取り消したが、記事内容には自信があるのか。強制性はあったと。 

 杉浦 吉田証言については今回、虚偽だろうと取り消した。しかし、慰安婦が自らの意思に反した、広い意味での強制性があったと、認識している。 

 −−(慰安婦報道での)クマラスワミ国連報告への影響は? 

 杉浦 慰安婦報道がどう影響を与えたのか。朝日だけでは難しい。第三者委員会に検証をゆだねたい。 

 −−検証でクマラスワミ報告に触れていないのは。 

 杉浦 触れる必要はないと判断した。 

 −−報道で被害を受けたのは吉田さんのご遺族や福島第1原発の所員。彼らへの直接謝罪はあるか。 

 杉浦 何らかの形で真剣に対応したい。 

 −−(進退にまつわる)責任には慰安婦問題は入る? 

 木村 時間が経過した事案だ。責任者をどうするのかが難しい。朝日新聞の退職者や亡くなっている人もいる。この問題で具体的な責任を取っての処罰は難しい。これを含め、第三者委員会の話を聞いて判断したい。 

−−いろいろな反応があったというが、どのぐらいの批判があったのか。購読者で、購読停止した人をどれぐらい把握しているのか。 

喜園 厳しいご批判、指摘をいただいている。どれぐらいかは把握していない。購読への影響も、具体的にどれぐらいということは、この場で申し上げることではない。通常よりは多いということは申し上げられる。 

−−先ほど、「命令を聞いて退避した人はいなかった」「職員の声は聴けなかった」との話だった。どちらが本当か。取材していないのか? 

 杉浦 取材したが聴けなかった。 

 −−聴けないまま記事にしたのか。 

 杉浦 そうだ。 

 −−池上氏のコラムだが、不掲載を判断した理由は? 

 杉浦 個々の具体的な細かいやりとりは公開していない。 

 −−非常に大事なところだ。いったいどういう判断をしたのか、報道機関として説明する責任がある。 

 杉浦 9月5日か6日だったと思うが、紙面で説明した通り。当時の朝日新聞を取り巻くさまざまな環境を考えた時に、私として過敏になったことが結果としてそういう判断になった。 

 −−(従軍慰安婦問題の)吉田証言は取り消したが、記事の内容には自信があるというのか。強制性はあったと。 

 杉浦 吉田証言については今回、虚偽だろうと取り消した。しかし、慰安婦が自らの意思に反した、広い意味での強制性があったと、認識している。 

 −−朝日社員自身がツイッターで批判をしていた。 

 木村 一部社員のものが流れて「言論の自由を抹殺した」と。数十人ぐらいのメディアの記者が大変厳しい批判をした。残念なことだが、我々のモットーは、社内でも自由な言論を保障すること。自由な言論を保障するのがトップとしての責任だろうと。 

 −−社長の進退だが、委員会を立ち上げて決めるのか? 

 木村 私が先頭となって、おおよその道筋がついたうえで……。抜本的改革、再生に向けておおよその道筋で、進退を決める。それ以上でもそれ以下でもない。 

 −−慰安婦報道だが、朝日新聞に自発的に検証する能力があるのか。自浄能力があるのか。 

 木村 大変、厳しいご指摘だ。いろんなご批判を頂戴している。我々の立場は8月5日の紙面で示したが、さらに検証を続ける。 

 −−自発的な能力については? 

 木村 自浄能力があったかどうか、きちんと検証していく。痛切な反省に立って検証していく。 

 

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朝日新聞が与えた世界的誤報汚染の影響とは

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朝日が検証報告で、「挺身隊と慰安婦の混同をやめた」と言っているのは1993年です。 

この時にこれを誤報であると区切りをつけて訂正しなかったために、「吉田清治は日本のクォリティペーパーが承認した慰安婦強制連行の生き証人」という神話が生き残ったままになりました。 

ですから以後の時期は、知っていて意図的に誤報を拡散した虚偽宣伝のジャンルに突入します。特に深刻だったのは国際的影響です。 

朝日慰安婦報道によってとんでもない国際的影響が生じました。この国際的影響こそが、今回の朝日が検証記事から意図的に落とした部分です。 

この朝日誤報自体も非常に政治的なものでしたが、さらにそれを政治的に利用して、拡大しようとする一群の人達がいました。 

日本のいわゆる革新勢力と韓国です。この両者は吉田偽証を徹底的に政治利用していきます。 

その影響の拡がりの大きさは、もはや日本新聞史上最大、かつ最悪の誤報汚染といってよいでしょう。 

朝日誤報がどのように拡散して、いっそうねじ曲がっていくかについて時系列に沿ってチャートにしたのが下図です。

池田信夫氏が作成したものです。惜しむらくはクマラスワミ報告とマクドゥガル報告が入っていませんがよくできていて、こみいった歴史経過がスッキリと理解できます。感謝して引用させていただきました。

このようなものを見ると、今や朝日誤報は研究の域に達しつつありますね。Photo_2 

まず1992年に韓国政府による日帝下軍隊慰安婦実態調査報告書が出て、次いで1996年に国連人権委員会クマラスワミ報告(※)が出され、98年に同じく国連人権委のマクドゥガル報告書が出ます。
※「女性に対する暴力報告」http://www.awf.or.jp/pdf/0031.pdf  

このクマラスワミ報告書は、内容のほぼすべてが日本の運動家の言論を基にして作られていて、吉田の「私の戦争犯罪」がソースです。吉田偽証はこのように反映されています。

「28(略)挺身隊に推薦された少女が出頭しない場合は、憲兵隊ないし軍警察がその理由を調査した。氏ッ再女子挺身隊によって日本軍は地元の朝鮮人業者や警察官を利用して、地元の少女にウソの口実の下に戦争協力をするように圧力をかけたことは既に述べた通りである。
29それ以上にまだ女性が必要とされた場合は、日本軍はあからさまな力の行使や襲撃に訴え、抵抗する家族を殺害することもあった」(同報告書)

この記述は吉田偽証そのものです。 

クマラスワミ報告を作らせるためにロビー活動をしたのが、日弁連です。日弁連は弁護士の業界団体ですが、執行部は長年にわたって日本共産党の影響下にあり、その政治主張は常に追随しています。 

このテーマに早くから興味をもっていた日弁連は、国連人権委(現人権理事会)への働きかけを方針に掲げて、会長の土屋公献氏自らが指揮を執り、戸塚悦朗氏を海外調査特別委員に任じています。 

戸塚弁護士の国連ロビー活動は、92年から95年の4年間で海外渡航歴18回、うち訪欧14回、訪米2回、訪朝1回、訪中1回という厖大な数に登ります。 

戸塚弁護士はこう書いています。

「筆者は、1992年2月国連人権委員会で、朝鮮・韓国人の戦時強制連行問題と「従軍慰安婦」問題をNGO「国際教育開発(IED)」の代表として初めて提起し、日本政府に責任を取るよう求め、国連の対応をも要請した」
「それまで「従軍慰安婦」問題に関する国際法上の検討がなされていなかったため、これをどのように評価するか新たに検討せざるをえなかった。結局、筆者は日本帝国軍の「性奴隷」(sex slave)と規定した
(『戦争と性』第25号2006年5月)
 
※戸塚氏の見解は岩上安身氏や上杉隆氏などが創設した「自由報道協会のサイトにあります。http://iwj.co.jp/wj/open/archives/86605

まさに日弁連と戸塚氏は火のない所に火を点けて回ったわけで、母国をこれだけ誹謗することに成功すれば、さぞかし彼の「良心」は満たされたことでしょう。ぜひ、朝日自爆事件の後の意見を拝聴したいものです。 

私には正直言って、このような屈折した心情は理解ができません。 

そして、クマラスワミ報告書が吉田本と並んで根拠資料としているのが当時香港にいたジョージ・ヒックスの「コンフォート・ウーマン」ですが、後に強制連行派の吉見義明氏すら、この本を資料リストからはずすようにクマラスワミに書簡を出しているようなヨタ本です。 

このヒックス本は、吉田偽証をさらに歪めたもので、強制連行説の中心的人物であった吉見義明氏からラディカ・クマラスワミにこのような書簡が送られているほどです。

「誤りの原因について述べますと、George  Hicks,The Comfort Women (G.ヒックス著『従軍慰安婦・日本の性奴隷』に依拠した点が問題です。この本は誤りの大変多い著書ですので、notesから削除したほうがいいと思います。Hicks氏の誤りの一例をあげると、彼は吉田清冶氏の経歴を、Tokyo  University卒で、のちWar Ministry administrative  officerになったと記しています。しかし、実際には彼は東大卒ではなく、東京にある大学を卒業したものです。また、彼は administrative  officer ではなく、上海派遺軍の下級の嘱託 part-time emproyee に過ぎません。また、Hicks氏が引用している吉田氏の著書の「慰安婦」編集の部分は、多くの疑問が出されているにもかかわらず、吉田氏は反論していません。(略)吉田氏が反論することは困難だと思われます。吉田氏の本に依拠しなくても、強制の事実は証明することができるので、吉田氏に関する部分は必ず削除することをお勧めします」

クワラスワミ報告書が作られた目的を、報告書はこう書いています。

戦時下に軍隊の使用のために性的奉仕を行うことを強制された女性の事例を、軍隊性奴隷制(military sexual slavery)の慣行であると考えることを明確にしたい

報告書パラグラフ(段落)構成は以下のようになっています。カッコ内がパラグラフ数。
   
序文(5)
    定義(5)

   
歴史的背景  

  1. 概観(12)  
       

    徴集 (9)  

    1. 「慰安所」における状態 (13)  
  2. 特別報告者の作業方法と活動  ( 7)  
  3. 証言 (14)  
  4. 朝鮮民主主義人民共和国の立場 (10)  
  5. 大韓民国の立場 (14)  
  6. 日本政府の立場 法的責任 (34)  
  7. 日本政府の立場 道義的責任 (11)  
  8. 勧告 (1)  
    1. 国家レベルで (1)  
    2. 国際的レベルで (3) 
      原注・訳注(訳注は日本訳文のみ)
      特別報告者が訪問調査に際して協議した主要人物・組織のリスト  

この「歴史的背景」の「概観」と「徴収」という、強制連行にかかわる根幹部分を成す、21箇所のパラグラフのうち9箇所が、ヒックスの「コンフォート・ウーマン」(「従軍慰安婦-日本軍の性奴隷』をもとにして書かれています 

また、吉田清治『私の戦争犯罪』は2ツですが、ヒックス本が吉田の本を下敷きにしていますので、吉田偽証こそがクマラスワミ報告のエッセンスと断じてかまわないでしょう。

この報告書の最大の問題点は、吉田偽証のみではなく、国連人権委が独自の現地調査、証人聴取などをしなかったことです。

日本の歴史家の秦郁彦氏にはいちおう体裁だけは聞き取りをしたことが記されていますが(バラグラフ40)、済州島調査によって吉田偽証を覆したという核心部分はなぜか省かれています

クマラスワミの日本語通訳が日弁連からの派遣のスタッフだったと思われるところから、なにかしらあったのかもしれません。 

とうぜん、こんな報告書に公正性や客観性を求めるほんうがヤボというものです。 

このことから、秦氏は「事実誤認が甚だしく、学生レポートなら落第点」とし、アジア女性基金理事の大沼保昭東大名誉教授も、「学問的に水準が低く、信頼できない情報源に依存している。法的な議論にも問題点がある」と酷評しています。 

私たち日本人は、このクマラスラミ報告書が、今の国際的な定説であることを記憶にとどめておいたほうがいいでしょう。 

なおクマラスワミ女史は、この朝日誤報事件発覚の後も「慰安婦たちには逃げる自由がなかった」と主張し、修正する意志がないと言っています。(欄外参照)

このクマラスワミ氏の意見は、吉見氏の意見と瓜二つです。吉見氏はこう述べています。

たとえ本人が自由意思でその道を選んだようにみえるときでも、実は植民地支配、貧困、失業など何らかの強制の結果なのだ」(慰安婦裁判訴状)

この論理は無敵で、この論理では慰安婦の自由意志による就業であろうと、女衒に連れられていこうと、賃金が高額であろうと、外出や買い物をする自由があろうと、すべて軍と政府の「強制性による拉致」ものだと言えてしまうからです。

もしそうなら、現代の風俗関係で働く女性も「国の強制」によるものだとして裁判を起こすことでしょう(笑)。

さて、韓国政府・女性家族部の公式見解はこうです。

「慰安婦」とは戦時中に日本の旧植民地朝鮮台湾など)や占領地(中国フィリピンインドネシアなど)から強制募集され、意に反して性奴隷として奉仕させられた若い女性に対する婉曲表現である。日本軍、官憲及び民間業者が20万人もの女性を騙し、誘い、あるいは連れ去って、日本の植民地や占領地の至る所で性奴隷として売春を強要した。これらの女性は「comfort women」、「comfort girls」、「従軍( military comfort women)」「military-serving women」などと呼ばれてきましたが、現在では性奴隷として犠牲になったことを意味する「military sex slaves」として定義されている」

ここにも「日本軍、官憲ないしは民間業者が20万人もの女性を騙し、誘い、あるいは連れ去って」「性奴隷にした」とあります。 

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 (アングレーム漫画祭の韓国政府出展作品より TBS『情報7days ニュースキャスター』2013年2月1日) 

また、近年になってもマイク・ホンダ議員が提案した米国下院121号決議の審議過程にも強く影響を与えています。

この下院決議は慰安婦を、「日本政府による強制的な売春制度」、あるいは「性奴隷」とし、その残虐さと規模において「前例のない20世紀最大の人身売買」としています。
※http://thomas.loc.gov/cgi-bin/bdquery/z?d110:H.Res121:

これは在米韓国人のKAVCが主導したもので、のちにグランデール市などの慰安婦像が続々と全米に作られることになります。 

06年にノ・ムヒョン政権は「韓日請求権協定で扱われなかった日本軍慰安婦など反人道的不法行為に対しては日本政府に持続的に責任を追及する」という基本的立場を明確にします。

これは、河野談話時の韓国ノ・テウ政権、キム・ヨンサム両政権が、「慰安婦に対する日本の賠償は日韓基本条約からはずれるものだから求めない」という政府方針を根本から覆すものでした。

2011年8月には、韓国憲法裁判所が、韓国政府が慰安婦への補償を日本に対して求めないことは憲法違反だという判決を下しました。

ここにいったんは慰安婦に対する国家賠償が治まっていたにもかかわらず、4たび慰安婦訴訟活動が再燃します。

そしてパククネ大統領が日本を糾弾する「歴史認識」とは、慰安婦問題にほかなりません。

韓国外相はこの朝日検証事件以後も今まで通り、「日韓関係改善の前提は慰安婦問題の解決だ」と言い続けています。

それはもはや「日韓関係の改善は当分間ない」という事とまったく同じで、朝日の流布した嘘を前提としたような国際関係などありえません。 

またこれは韓国だけにとどまらず、今年に入って国連人権高等弁務官もこのように発言しています。

国連人権高等弁務官慰安婦問題で「強い遺憾
「国連のピレイ人権高等弁務官は6日、日本の慰安婦問題について、日本政府の対応が不十分と強い遺憾の意を示した上、「包括的で公平、かつ永続的な解決策を追求するよう求める」との声明を出した。ピレイ氏は慰安婦を「性奴隷」とした上で、この表現を否定する主張や、それに反論しない政府の対応に懸念を表明。慰安婦問題は「歴史でなく現在の問題」であり、「正義と償いが実現しない限り、これら女性への人権侵害は続く」と強調した
(2014年.8月4日産経)

なおこの国連人権理事会の「勧告」について、管官房長官は、いつものように淡々、かつ的確にこのように反論しています。

菅氏は会見で『朝日新聞は記事を取り消したが、慰安婦問題に関して国際社会で誤解を生じている』と述べた。
菅氏はクマラスワミ報告書について「わが国の基本的立場や取り組みを踏まえていないことは極めて遺憾だ」と不快感を表明し、「強制連行を証明する客観的資料は確認されていない」と強調した」
 

このように朝日が感染症ウイルスを撒くテロリストのように世界にまき散らした誤報汚染は、駆除することに悲観的になるほど世界中にはびこってしまいました。

まことに「言葉のチカラ」とは恐ろしいものです。朝日は「歴史の負の部分を直視しろ」というお好きな言葉を、自社の「慰安婦・消えない事実」に実行してください。

 

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■慰安婦国連報告書「修正の必要ない」クマラスワミ氏 朝日新聞の修正・取り消し後初会見
共同 2014.9.5
 

慰安婦を「性奴隷」と位置付け、日本政府に謝罪や賠償を勧告した1996年の国連報告書(クマラスワミ報告)を作成したスリランカの女性法律家、クマラスワミ元特別報告者が4日までに共同通信と会見し、報告書の内容について、「修正は必要ない」との考えを示した。 

 朝日新聞は8月、韓国・済州島で女性を慰安婦にするため強制連行したとする元山口県労務報国会下関支部動員部長の故吉田清治氏の証言を虚偽だったと判断し、報道の一部を取り消した。 

 報告書は吉田氏の著書を引用しているが、クマラスワミ氏は吉田証言について「証拠の一つにすぎない」と主張。元慰安婦への聞き取り調査などに基づき「日本軍が雇った民間業者が(元慰安婦らを)誘拐した」事例があったと主張した。 

 朝日新聞の報道取り消し後、クマラスワミ氏が日本メディアと会見したのは初めて。 

 クマラスワミ報告については、吉田氏の証言など信頼できない情報にも立脚しているとの批判があるが、スリランカのコロンボで会見したクマラスワミ氏は調査に基づき「慰安婦たちには逃げる自由がなかった」と強調。慰安婦を「性奴隷」と定義したのは妥当だったと述べた。 

■菅官房長官「朝日報道が影響」 慰安婦の国連報告書
産経 2014.9.5
 

菅義偉(すがよしひで)官房長官は5日の記者会見で、慰安婦を強制連行された「性奴隷」と認定したクマラスワミ報告書の元特別報告者が修正の必要性を否定したことに関し、「報告書の一部が、朝日新聞が取り消した(吉田清治氏の証言に関する)記事の内容に影響を受けているのは間違いない」と指摘した。朝日新聞の慰安婦報道がクマラスワミ報告書の根拠の一つとして影響を与えたとの認識を政府として示したといえる。 

 朝日新聞は8月、慰安婦を強制連行したとする吉田氏の証言を虚偽だったと判断し、報道の一部を取り消した。菅氏は会見で「朝日新聞は記事を取り消したが、慰安婦問題に関して国際社会で誤解を生じている」と述べた。 

 菅氏はクマラスワミ報告書について「わが国の基本的立場や取り組みを踏まえていないことは極めて遺憾だ」と不快感を表明し、「強制連行を証明する客観的資料は確認されていない」と強調した。 

 対外的な広報戦略に関しては「(スイスの)ジュネーブにおける自由権の規約委員会で『性奴隷』という表現は極めて不適切だと指摘している。国連をはじめ国際社会で、わが国の立場や取り組みの姿勢をしっかり主張、説明をしていきたい」と述べた。 

 クマラスワミ報告を作成したスリランカの女性法律家、クマラスワミ元特別報告者は4日までに共同通信と会見し、報告書の内容について「修正は必要ない」との考えを示している。

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仲井真知事vs翁長市長

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普天間移設問題は沖縄の縮図のような部分があって、登場人物も実にコユイのです。

現時点で11月の沖縄県知事に向かって3候補が名乗り出ています。予定されているのはこの3名です。

・仲井真弘    ・・・現職(無所属)
・翁長雄志    ・・・那覇市長(自民)
・下地幹郎    ・・・元国民新党幹事長(元民主党政権閣僚)
・革新陣営    ・・・翁長氏に相乗りの模様

今までの県知事選で必ず対立候補を立ててきた革新陣営は、現時点では独自候補を立てていません。

というのは「自民党所属」の翁長市長に一本化して圧勝したいからです。

この絵図面を書いたのはどうせ翁長氏でしょうが、これが成功すると、保守票は分裂するか翁長氏が丸ごと引っさらってしまい、革新が圧勝することになります。

各候補の辺野古移転の姿勢は以下です。

・仲井真・・・埋め立て申請承認
・翁長・・・移転反対という当初の立場から、「承認撤回を望む県民の声を尊重」に路線変更
・下地・・・「承認撤回」について県民投票

仲井真氏の立場は既に去年暮れから明らかになっています。「知事として埋め立て申請承認」で、すでに承認は終了して、実施段階に入っています。

したがって、仲井真氏は11月知事選において、辺野古移設問題は争点になるはずがないというのが持説です。

下地氏の県民投票はいかにも鳩山政権で閣僚を努めた人らしい発想です。

法的根拠がなにもありませんし、第一国の安全保障事案を住民投票で決められるはずもないので、仮にしたとしてもそのような結果を政府は無視するしかないでしょう。

政府が県に対してはできることは、「丁寧に説明して協力してもらう」こと以上でも以下でもありません。

こう言うと必ず、「現地の声を聞くのは民主主義の根幹だ」と言うマスコミがいますから、ならば名護市役所前で止まらずに、そのまま東に向って山を越えて「本当の現地」の辺野古地区で、その「現地の声」とやらを聞いて来て下さい。辺野古地区と漁協は揃って賛成です。

さて問題は本命と見られている翁長氏の立場です。この人がいちばんわからないのです。

当初、翁長氏は革新陣営とまったく同じ「移設反対」を唱えて、これに革新陣営が乗った形になっていました。

しかし、今頃になって「移転反対」ですか、もう1年も前に県知事が申請を精査して承認してしまっているでしょう、という話です。

この人は県知事は地方自治体の行政官だという立場を忘れています。翁長氏に限らず、沖縄の革新陣営には、県知事の職能に関して妙な幻想があるようです。

県知事は自治体行政官として防衛省が3月22日に提出した公有水面埋立法(公水法)に則った沖縄県知事あて埋立承認申請願書についての審査権しか持っていません。

政府の埋め立て申請に嘘偽りがないか、誤りがないか、環境対策が万全かなどを事務的にチェックして承認か否かを決定するだけの権限しか持っていません。

公水法によれば、県が埋め立てを拒否できるのは、審査で書類の不備や環境保護など工法上の問題点が見つかった場合のみです。

申請をいったん県知事が受理すれば、後は事務的な承認作業が待っているだけです。

知事の主観で承認、不承認を左右できないのです。考えてみれば当たり前の話です。

もし知事の主観でどうとでもなるのなら、埋め立て賛成知事だったならば、なにがなんでも承認したいために、申請内容がデタラメであってもオーケーを出せてしまいますから。

これについては先日、仲井真知事が淡々と記者会見でこう指摘しています。

「仲井真知事は今日の定例会見でこのように述べ、法律に則り辺野古の埋め立てを承認したことで行政手続きは完了し、工事は進み始めていると指摘しました」(沖縄テレビ 8月1日)

その上で知事は、そもそもこれが11月沖縄県知事選挙の争点になるのかと疑問を呈しています。 

「(辺野古埋め立てを)実行するのは防衛局でそういう方向にもう進み始めた。辺野古の問題がどういうことで、どう争点になるか、私にはちょっと分かりにくい」と11月の知事選での争点に上るのか、疑問視した」(沖縄タイムス14年8月1日)

翁長氏という長年与党にいた古狸ならば、当然政府が今さら申請取り下げに応じるはずがないのは百も承知のはずで、「移転反対」はいわば選挙用スローガンだと割り切っているはずです。

そのためか翁長氏は、革新陣営との協定を結ぶ段になって、重要な公約文言の修正を行なっています。

「翁長氏側と協定を結ぶ予定の基本姿勢は辺野古の「埋め立て承認を撤回する」という文言を修正し、「承認撤回を望む県民の声を尊重し、辺野古新基地は造らせない」に変える方向で調整している」(琉球新報7月28日)

主語が「県民の声」というあいまい模糊としたものに替わり、「新基地は作らせない」という決意表明、あるいは努力目標に終わっています。これでは具体的公約にはなりません。

たぶん新知事になった場合に「承認拒否」というスローガンを掲げていたのでは、自民党県連・政府と革新陣営に挟まれてニッチもサッチも行かなくなり公約違反を責められることから、このように曖昧な表現となったようです。

いずれにしても、翁長氏にとってこの「移設反対」は、革新票を取り込むための疑似餌にすぎないのです。

下は翁長氏が流した最大級の疑似餌で、去年のオスプレイ反対東京直訴団の時の沖タイの1面です。

なんか「しんぶん赤旗」みたいな紙面ですが、最近知られるようになりましたが、沖タイと琉新は一般紙というより「反安保機関紙」で、政治的には赤旗の左に位置しています。

このところほとんど全頁ぶち抜きで仲井真潰しの記事になっていて、仲井真さんにいわせると「コマーシャルペーパーみたい」だそうです。

彼はこの団長役を努め、鼻高々に官邸に乗り込みましたが相手にされませんでした。

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今は大衆的人気のようなものに押し上げられていますが、本質的に革新陣営とは大きな意見の違いがあります。

翁長氏は朝日新聞のインタビューでこう安保観を述べています。

ぼくは非武装中立では、やっていけないと思っている。集団的自衛権だって認めるしかしそれと、沖縄に過重な基地負担をおわせるのは別の話だ」(2012年11月24日朝日新聞)

驚いたことには翁長氏は安保のみならず、集団的自衛権にも賛成しています。

いちおう自称「根っからの保守政治家」ですから。となると、彼が前面に掲げる「過剰な基地負担の軽減」などは、沖縄の政治家の定食的発言に見えてきます。

ここに翁長氏の最大の矛盾があります。革新系候補なら、そもそも政府の安全保障政策の全否定があって移設反対なのですが、翁長氏は「新基地反対」の部分だけで革新系の支持を取り付けているにすぎないわけです。

とすると、知事になった後に、それ以外すべてで革新系と対立する可能性があるということなのです。

第一、仲井真氏が再三指摘するように、移設に関する知事の事務手続きは既に去年暮れに終了しており、今新しい知事がなにかできる条件はありません。

せいぜいがところケチツケ程度です。これは承認を覆すに足る「要件充足性」がないからです。

政府高官や県幹部によると、行政法の解釈では埋め立て承認という行政処分を撤回できるのは、米政府が辺野古移設を中止するなどの状況の変化があり、「要件充足性」が失われた場合だけだ。現状ではそうした変化はないため撤回は不可能であり、仮に撤回をすれば県は多額の損害賠償も求められ、非現実的な方策だといえる。
翁長氏が「撤回」を公約に掲げることを拒否したのはこのためとみられる。ただ、野党5団体の革新政党の中には、「翁長氏は本気で辺野古移設を阻止するつもりがないのでは」との疑念がくすぶっている」(産経8月8日)

翁長氏は実行不可能な「承認見直し」を公約に掲げないでしょう。

というか、偽装であってもいちおう「保守政治家」と称しているのならば、それが可能かどうかていどは見極めているはずだからです。

辺野古移設阻止」を正式公約にしてしまえば、仲井真知事の轍を今度は自分が踏んでしまい、「公約違反」を沖タイ、琉新からバッシングされるのは目に見えているからです。

ですから狡猾な翁長氏は、それを巧妙に避けるために、いわば努力目標にダウンするはずです。

たとえば「辺野古移設を全力で阻止する」と言うようなもので、これなら「頑張りましたがダメでした」という言い訳がつきます。もちろん実効性はゼロですが。

そして、彼は従来の意見どおり安保支持・基地容認政策を継続するというわけです。

翁長氏からすれば「オレは何も公約違反していない。誤解したのはそちらだ」ということになります(苦笑)。

これを察した革新陣営からは、元沖縄県知事の太田昌秀氏などから、「翁長はやめろ。革新候補を立てろ」という声が上がったようですが、当然のことです。

しかし、今さら引くに引けず立候補予定日を迎えるのかもしれませんが、今度翁長氏にジョーカーを引かされるのは、革新陣営かもしれません。

自民党を名乗りながら自民党を裏切り続けた背信政治家が、なんの義理もない革新陣営を裏切ることなど屁とも思わないからです。

悪いことは言わないから革新陣営さん、いまでも遅くはないから高良鉄美氏にしておきなさい。絶対に翁長氏に裏切られますよ。

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 ■沖縄テレビ 
仲井真知事 辺野古移設が現実的

普天間基地の移設問題を巡り仲井真知事は、現在進められている辺野古への移設が現実的な解決方法との認識を示しました。

(仲井真知事)「宜野湾の人々が安心して生活できるようにもっていくには今日米両政府が進めていることは極めて現実的な問題解決の方向ではないか」仲井真知事は今日の定例会見でこのように述べ、法律に則り辺野古の埋め立てを承認したことで行政手続きは完了し、工事は進み始めていると指摘しました。そのうえで、辺野古への移設計画は普天間基地の危険性の除去の観点からも極めて現実的との認識を示しました。また佐賀空港でのオスプレイの訓練移転など、基地の負担軽減に向けた動きについては、「日本全体で安全保障に関する議論が進み始めているのは確かだと思う」と述べました。

■野党、翁長雄志氏に一本化 県知事選候補者
琉球新報2014年7月23日 

県議会野党などによる知事選候補者選考委員会は22日までに、候補を翁長雄志那覇市長(63)に事実上、一本化した。最終選考に残っていた高良鉄美琉大法科大学院教授(60)に翁長氏で一本化する方向性を伝えた。翁長氏側と協定を結ぶ予定の基本姿勢は辺野古の「埋め立て承認を撤回する」という文言を修正し、「承認撤回を望む県民の声を尊重し、辺野古新基地は造らせない」に変える方向で調整している。
 選考委の参加6団体は各種団体からの聞き取りなどで、普天間飛行場の辺野古移設反対などの県民行動で主導的役割を果たした翁長氏への支持が多いことを確認しており、翁
長氏一本化の方向性を共有していた。
 最終選考の二人に残っていたもう一人の高良氏へは、今月に入って選考委座長の新里米吉社民党県連委員長らが接触。翁長氏への支持が圧倒的だという状況を伝え、理解を求めた。
 高良氏は22日、本紙の取材に「一つの方向に向かっていかないといけない」と述べ、理解を示した。
 基本姿勢の文言は水面下で保守系の団体と調整し、修正した。辺野古への新基地建設を止める手段に幅広い選択肢を残すことや、保守系の支持を得やすいことを考慮した。

 

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名護市議会選で反対派勝利とおっしゃいますが

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名護市の沖縄統一市町村選挙の結果です。

・稲嶺市長支持派(移設反対派)・・・14票
・稲嶺市長反対派(移設容認派)・・・11票
・公明党                ・・・2票
 

「稲嶺市長は8日未明、名護市内の後援会事務所で「現15議席を1つ減らしてしまったことは残念」とし、辺野古移設に反対している公明党については『今後も協力をいただけるのではないかと思う』と記者団に語った」(沖縄タイムス9月8日)  

公明党がヘンなのは今さらではありませんから驚かないのですが、ともかくいちおう与党という国政中枢にいるわけです。  

稲嶺市長から「今後も協力頂けると思う」などと秋波を送られ、マスコミからは勝手に反対派にカウントされるというコウモリぶりは、如何したものでしょうか。  

もし公明が本来の立場である与党として数えた場合、14対13という薄氷の結果になります。  

いずれにしても現地名護は全体で見た場合、フィフティ・フィフティといったところが、真の姿ではないでしょうか。  

もし、ほんとうにマスコミが「現地の声を重要視しろ」と言うのなら、それは「現地の中の現地」というべき辺野古地区がどのような立場の議員を選出したのか、一紙くらいは報じてバチがあたらなかったと思います。  

辺野古地区で勝利したのは2期目の宮城安秀氏で、氏は容認派です。辺野古地区は、辺野古、久志、豊原の3区で構成され、人口はそれぞれ約2,000、600、400で計3,000人です。

この名護市議員の議席を守った宮城氏は行政委員会副委員長を務めています。

そもそもここに普天間飛行場の移転先を決めたのは十数年前の旧自民党時代でその時に、政府とさまざまな協議を行なっています。

辺野古区長大城康昌氏はこう述べています。 (『週刊新潮』 2010年4月1日号による)

「自民党政権のとき、政府がどうしても辺野古に飛行場をもってくるというので、われわれは苦渋の選択として受け入れたのです。
受け入れに当たっては相互に協議して条件を整えました。騒音は基準値以下、安全対策も、受け入れ地域への経済振興策も住民への経済的補償も含めて話し合い、13年もかけて話し合いから合意へ、そして実現へと事態を進めてきた
(大城氏)
 

このように地元辺野古とあらゆる細部の協議を詰めた案を、地元となんの相談もなく頭越しにひっくり返したのが、鳩山元首相だったわけです。

もし地元の意志を民主主義と呼ぶのなら、これほど非民主的なことはありません。当時のことをこう大城氏は語ります。 

「辺野古沿岸部にV字型滑走路を作るという現行案は政府とわれわれの合意事項です。辺野古のわれわれはいまもこの現行案は生きていると考えています。政府も正式には否定していないはずです。鳩山首相が地元の意見に耳を傾けるというのなら、地元の中の地元のわれわれの声に、なぜ、耳を貸さないのでしょうか」(同) 

そして大城氏は、「真の現地」である辺野古と稲嶺名護市長ら反対派とのねじれをこう批判します。 

「地図を広げて名護市をよく見て下さい。山を境にして東部と西部に大きく二分されます。海に面した辺野古は東側、名護市役所や大きな企業、人口の大半が西側に存在しています。先の選挙で辺野古への移設に反対したのは主として西側の有権者でした。
たとえ辺野古に飛行場が作られても、彼らには騒音をはじめ基地を置くことの負担はないのです。
被害を受けるのはわれわれの地区です。にもかかわらず、この久辺3区の住民は、各報道機関の出口調査によると70~80%が移設を支持しています」(同)
 

これは沖縄のマスコミと本土マスコミが隠している不都合な真実です。 

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上のGoogle Earthを見れば、辺野古地区と名護市が正反対の海岸にあり、しかもその中央に山系がつらなっているのが見えるはずです。 

しかも計画案では滑走路は海上に抜けるように、地元辺野古地区と協議を重ねてきました。

この辺野古3地区は、同じ東海岸の10地区と協力関係にあります。

「名護市の東海岸地帯には久辺地区3区の他に10の区があります。現行案受け入れの私たちの考えは、久辺3区だけでなく、この10区の区長さんらにも理解されていると思います。
これまで、われわれは10区とも協力関係を築いてきましたから。たとえば、飛行場移設に関連して北部振興策がとられてきました。交付金を久辺3区だけが受け取るのでなく、その一部を頭割りで各区に配分するなど、相互に助け合う努力を通して、協力関係を築いてきたのです」(同)

このような「真の現地」の声がなぜ本土に届かないのでしょうか。それについてこう言います。

本当の地元のわれわれの所には政府の人たちは意見を聞きに来ません。岡田(克也)外相は名護市には来ましたが、西側だけに行って、反対派の人たちばかり集めて意見を聞きました。東側の辺野古には来ない。
マスコミが取材に来て、われわれの意見を聞いたとしても、報じてはくれません。久辺3区の全世帯の住民が安心して暮らせて、しかも、国防に貢献するにはどうしたらよいか。われわれは一応、きちんとした案をまとめていて、(※当時の民主党政権)政府に提案したいと考えています。
しかし、政府はわれわれに目を向けず、提案には至っていません。メディアは移設反対派の意見ばかりを伝え、真実を伝えてくれません」(同)

このような現地の状況を知れば、よくマスコミが言うような辺野古移設反対運動が成田闘争のようになるという馬鹿なことが起きるはずがないのがお分かりいただけると思います。

よく反対派は辺野古現地集会に何千人集めたと豪語しますが、辺野古住民は集会当日は反対派のスピーカーがうるさいと いって窓を締め切るか、よそに外出してしまうそうです。

成田で主体になった反対同盟など姿形もありません。

ちなみに成田の集会に名護現地住民として登場するのは、ヤマトンチューで、しかも皇太子時代の陛下に火炎瓶を投げたウルトラ過激派の川野純治氏だったそうです(苦笑)。 

川野氏がなんとまた市議に最下位ながら当選したというので、地元の恥と呼ばれています。

成田の反対同盟は過激派に団結小屋を提供し、その見返りに闘争支援や事務局と援農などの便宜を受けて、相互依存の関係にありました。

成田で過激派が火炎瓶と鉄パイプで暴れられたのは、反対同盟が容認したからです。もし辺野古で同じことをしたら、現地住民に実力で叩き出されます。  

辺野古漁民たちは反対派を心底嫌悪しています。それは地元区長の説明にもあった苦渋の歴史的経過を反対派が無視しているからであり、もうひとつは反対派の手前勝手な現地行動です。

沖縄革新勢力の中心部隊である自治労、沖教祖といった島内エリート集団は肌の感覚で農漁民を理解できません。

現地住民の置かれた今までの生活の苦しさも理解していないし、 容認に至った苦渋の過程も知りません。

今の住民の悩みにも無関心で、現地住民と話あったことなど一度としてありません。

ただ反戦思想を掲げてデモ行進しているだけで、 無神経にも漁民の職場である漁港内に座り込みテント立てて不法占拠してみたり、柵をスローガンを書いた布と立て看板を張り付けています。

布は風で飛んで漁港ヤ漁船、海を汚しています。 テントは撤去を要求されていますが、出ていく様子もありません。

10年も占拠しておきながら、今まで一度として地元と話し合いはおろか交流すらないのです。

こんなことを十数年に渡ってやられて、反対派にシンパシーを持つ現地住民がいたらその方が不思議です。 

カヌー軍団が警備の海保に突撃を繰り返しているようですが、一体誰に見せたいのでしょう。

たぶんシーシェパードよろしくテレビに写ることを期待しての行為でしょうが、地元漁民の憤りをいっそう買うだけなので止めた方が賢明でしょう。

では今後辺野古移設はどのように展開するのでしょうか。菅官房長官が例によってあの渋い顔で淡々とこう言っています。

「菅官房長官『(名護市)辺野古への移設は、普天間(基地)の危険性除去と米軍の抑止力(維持)を考えた時、唯一有効な解決策であることをかねてより申し上げています。辺野古移設については、淡々と進めていきたいと思います』」
(日テレ9月8日)
 

■写真 早朝の蓮畑。クリックしてください。解像度がよくなります。

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なぜ朝日は植村誤報と吉田偽証の訂正を封印したのか?

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今回の朝日新聞8月4日付け慰安婦検証記事はこう書いています。http://www.asahi.com/articles/ASG7X6753G7XUTIL053.html

「慰安婦問題に光が当たり始めた90年代初め、研究は進んでいませんでした。私たちは元慰安婦の証言や少ない資料をもとに記事を書き続けました。そうして報じた記事の一部に、事実関係の誤りがあったことがわかりました。問題の全体像がわからない段階で起きた誤りですが、裏付け取材が不十分だった点は反省します。似たような誤りは当時、国内の他のメディアや韓国メディアの記事にもありました。
こうした一部の不正確な報道が、慰安婦問題の理解を混乱させている、との指摘もあります。しかし、そのことを理由とした「慰安婦問題は捏造」という主張や「元慰安婦に謝る理由はない」といった議論には決して同意できません」(朝日新聞8月4日)

他のメディアは毎日、、NHKなどを除いてかなり前に訂正記事を出していますし、そもそもそのような相殺論法自体、朝日の罪を少しも軽くするものではありません。

他紙と立場がまるで違うからです。

慰安婦問題のフラッグシップ(旗艦)は朝日でした。「日本一のクォリティペーパー」が旗を振り続けていたからここまで事態は深刻化してしまったのです。つまりこういうことです。

内部メールで木村伊量社長が嬉しげに言うように

朝日新聞が書かなければ永久に世の中に知られることのなかったかもしれない衝撃の事実の連打」で宮沢政権を追い詰めて河野談話を出させ
韓国政府や国際社会の「公共財として証言を共有」させてしまったのは、
海外メディアが朝日の報道を直ちに転載して世界の多くの人が事実を知る」という位置関係にいたからです。、

ある意味、パク・クネという反日の怪物を生み出したのも朝日なのであって、その責任の重さは他社と比較になりません。

こういう態度を、世間では責任転嫁と呼びます。この責任を極小化したいが故の転嫁という姿勢は、この検証記事全体の基調トーンとなっています。

さて内容に入ります。まず第1に、朝日は誤報の理由を「挺身隊」については研究が進んでいないため「全体像がわからなかった」時代状況のためとして、時代の研究水準が原因であって、朝日には責任がなかったがごとく書いています。

これも責任の極小化、ないしは転嫁と断じることが可能ですが、もう少し背景があります。

吉田証言が世に出たのは、遡ること1963年に週刊朝日の「私の八月十五日」という特集記事で紹介されたのが最初です。

以降1983年の有名な著書『私の戦争犯罪』を経て、90年代にはたびたび紙面に登場し、92年には朝日新聞から『女たちの太平洋戦争』という書籍で大々的に取り上げられています。

おそらくこの本で吉田氏は朝日公認の生き証人となったと思われます。

この吉田氏を生き証人に祭り上げたのが朝日の清田治史記者です。

彼はこの功で、後に93年ソウル支局長となり、その後外報部次長から東京編集局次長、そして取締役へと出世階段を駆け上っていきます。

ある意味で、植村記者以上の誤報戦犯男はこの清田記者だったのかもしれません。

それはさておき、この吉田証言、いや吉田偽証に基づいて名乗り出たのが金学順氏です。

彼女が裁判に踏み切ったことを受けて、状況は大きく拡大すると見て、大阪本社は現地に当時大阪社会部所属だった植村隆記者を急遽送り込みます。

それは彼が元慰安婦団体の幹部である梁順任氏の娘婿で、インサイダー情報を取れたからです。

係争中の取材対象と姻戚関係を持った記者が、情報提供を受けて記事として社会問題化するというあってはならない報道倫理からの逸脱が初めからあったのです。

元朝日ソウル特派員を務めていた前川恵司氏は、「植村氏が大阪社会部だったことをけげんに思った」と述べています。

このように同僚からもけげんに思われていた植村記者が書いたのが、この慰安婦問題の火元になる朝日新聞(1991年8月11日)記事『元朝鮮人従軍 戦後半世紀重い口開く』です。

「日中戦争や第二次大戦の際、『女子挺身隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦」』」(同記事)

この記事の致命的誤りは、当時日本国内でも実施されていた勤労動員である「女子挺身隊」と、慰安婦を意図的に混同して、それを「連行」という官憲の強制性としていることです。

女子挺身隊は1943年に実施された14歳以上25歳未満の女性の工場などへの勤労動員のことです。

このような女性の戦時労働参加は当時の米英でも一般的であって、女性を「従軍慰安婦」にすることとはなんの関係もありません。

前出の前川氏も、「挺身隊が勤労動員であって慰安婦ではないことは当時多くの生存者がいたので常識であり、すぐに修正されると思っていた」と述べています。

これは単なる表記ミスにとどまらず、「挺身隊の名で強制連行した」数が20万人だったことから、「20万人の韓国女性が挺身隊として慰安婦にされた」という捏造につながっていきます。

これは朝日が述べるような大げさな「当時の研究水準」などといったものに転化するべきではなく、当時まだ大量に生存していた挺身隊経験者に取材すれば済むことでした。

なぜかかる初歩的ミスをそのまま放置したのでしょうか。

第2に、また、吉田清治証言についても「見抜けなかった」、つまりは自分も騙された可哀相な被害者であったとしています。

「読者のみなさまへ
 吉田氏が済州島でを強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした。済州島を再取材しましたが、証言を裏付ける話は得られませんでした。研究者への取材でも証言の核心部分についての矛盾がいくつも明らかになりました」(同)

この吉田氏遺族への裏取り取材をしたのは、最初に「吉田証言」報道がなされて実に32年後です。なぜさっさとしなかったのでしょうか。

その「再取材」の時期は明示されていませんが、「証言を裏付ける話は得られなかった」という実にとぼけたことを書いています。まったくなぁに言ってるんだか、です。

これだけ日本の国際的地位を毀損した吉田清治といううさん臭い人物を、朝日公認の生き証人として利用し尽くしたのは朝日自身ではありませんか。

それを今頃になって「裏付ける話は得られなかった」ですか。豆腐の角にアタマをぶつけなさい。

フジテレビ14年8月9日「真報道2001」は、現地に1日ていどの簡単な調査でもあっさりと吉田証言が偽りだという調査結果が出ています。

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これでは朝日記者が極端に取材力が欠如していたのか、初めからアリバイ作りをするために「行ってみた」だけにすぎないと思われてもしかたありません。

そこで、現地調査の実施年月日はいつでしょうか。92年からも延々20数年間吉田証言を使い続けていたわけですから、その調査の詳細をぜひ教えて頂きたいものです。 

第3に、今回の検証特集記事を読めば、今年の取材で(32年前の裏取りを今やっていること自体が驚きですが)吉田氏の遺族から吉田氏の妻が書いたとされる日記自体が存在しないと教えられたそうです。 

この「妻の日記」は、吉田氏が唯一の物証として挙げているものでこれがないとなると、吉田証言は完全にその根拠を失います。 

ならば、なぜ、32年間も裏付け調査を怠ってきたのでしょうか。記事にする前に裏付け調査をするのが報道の原則です。

これだけ大問題になった吉田偽証を今になって平然と「よく調べてみたらデタラメだった」と言っているわけで、呆れてものが言えません。

朝日は検証記事でも、こう書いています。

「『慰安婦問題は捏造』という主張や『元慰安婦に謝る理由はない』といった議論には決して同意できません

私は慰安婦がいなかったなどという議論は一度も聞いたことがありません。もしあるとすれば、「慰安婦が軍に強制連行されたことは捏造」です。

そして「慰安婦が軍に拉致されたということは嘘だから謝る理由はない」です。

の両者が本質的にまったく異なることは今さら説明する必要がないことでしょう。

わかっていて、いまだこのような混同をして居直ろうとする狡猾さが実にたまりません。

第4に、前川氏は「既に82年頃に吉田氏から接触があり、証言を掲載してほしいということで取材したが、拉致した女性の数が毎回大きく違うなどあまりに信用できないので掲載を断った」という証言をしています。 

ということは、朝日は少なくとも82年以降、この吉田清治証言の事実無根だと知り得る立場にいたことになります。 

また前川氏によれば、90年代に「謝罪」のために訪韓した吉田氏を、各紙のソウル特派員が済州島拉致事件などの細部を問い詰めたために、吉田氏が怒りだすという事件も起きたそうです。

なぜ朝日はこのような社内にあった吉田証言疑惑を封印したのでしょうか

第5に、挺身隊は誤用だった、当時は研究がそこまで行っていなかったとのことです。しかし、検証記事の中でこう述べています。 

検証記事の本文では「朝日新聞は93年以降、両者を混同しないよう努めてきた」と書いています。 

ならば、93年段階で、朝日は既にこの誤報を知っていたことになります。なぜ、その時点で「挺身隊報道は誤報であった」と報じなかったのでしょうか。

この疑問は池上彰氏も書いていますが、この言い訳がましく「混同はしていない」という言い方は、裏返せば間違いだと知っていたことになります。まさに上手の手から水が漏れるという諺どおりとなりました。

この部分こそが、決定的に朝日が93年の河野談話作成時以前にはその誤りを知っていたことを現しています。

にもかかわらず朝日は、吉田証言と吉見義明氏の「軍関与報道」などを織りまぜて宮沢政権を追い込んでいきます。

直後に訪韓した宮沢氏は、金泳三大統領に20分間で8回もの謝罪をするという日本が歴史認識で謝罪を繰り返すという外交パターンの原型を作ってしまいます。

まさにこの政治的成果を得たいがために朝日は、おそらく当時内部的に知り得ていたはずの植村記事誤報、吉田証言の捏造という恥部を封印したのでした。

そして、その後にいくらでも修正が効くにもかかわらず延々と20数年間これを使い続けて、木村社長が言うとおり教科書にも載るような「公共財」と化したわけです。

かくして、植村記事の「姑から聞いた嘘」と、「世間に目立ちたいから嘘をついた」吉田証言は、今や巨大な重荷となってわが国が背負うことになります。

朝日はいまや東電に並ぶ、いやそれ以上の「国民的悪玉」になりつつあります。

これに対して木村社長は、これを「偏狭なナショナリズムを鼓舞して韓国や中国への敵意を煽る彼等」「排外主義を煽り日本でしか通用しない論理でひたすら『溜飲を下げる』欲求につけ込もうとする一部のメディア」という表現で反論しています。

この朝日の反論は一部は当たっており、感情的なナショナリズムが燃え上がる可能性を秘めているのが、今の時期で、私もそれを憂慮します。

しかし、あくまでもこの事態を作り出したのは朝日で、朝日にだけは言われたくはありません。自分のケツも拭けないような者にそれを言う資格はありません。

もし多少なりともあるのなら、それは自浄作用が朝日内部にあることを証明した後です。

自らの嘘と捏造を他者に転嫁したまま口を拭って、「一部の偏狭なナショナリズム」に対して説教を垂れる傲慢な姿勢に国民、特に青年層が強く反発していることを朝日は知ったほうがいいでしょう。

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週末写真館 嵐が去った後の湖

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腕が風景に追いつかないという思いは年中です。嵐の後の湖の湖畔の朝は凄絶なまでに美しい。

遠くに見える塔は霞ヶ浦名物の展望塔です。なんと天気が良いに日は西に富士山、東に筑波山が眺望できます。

嵐も去って、湖畔の村は一斉に稲刈りです。黄金の田園が見られるのもあと10日間でしょうか。

写真はぜひクリックしてください。縮小してアップしてあるので、大きくするとそうとうに違って見えるはずです。

実はカメラを思い切ってフルサイズに買い換えました。解像度がまるで違います。当分ドビンボーです(泣)


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池上彰氏に平伏した朝日新聞の醜態

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池上彰氏のコラムが復活しました。 

まったく冗談のような展開で、「天の声」の代弁者を自負する朝日新聞が、「人が語る」ことに屈してしまったようです。醜態の極みです。  

この池上コラムは朝日のデスク段階では問題なく通ったものの、その後におそらく木村社長直々の「天の声」で潰された模様です。 

このことによって朝日は、保守から中道左派までまんべんなく敵に回したことになり、落城まで一歩手前でした。  

これは池上彰氏が日本でも有数のニュース解説者であり、政治スタンスとしては朝日と政治信条が近い人だったために、朝日にとっても池上氏の連載打ち切り通告はひどくこたえたようです。 

愚かしくも、このボツ事件によって朝日が自らのメンツを守るためには、「言論の自由」すら踏みにじって平気であるということを満天下にさらしてしまうこ結果になりました。 

これは報道機関としては自殺行為です。 

ここに至って、今までは表面に出てこなかった朝日の現場記者の不満が複数噴出してきました。

彼らからすれば、「朝日のことをこれだけ心配してくれている池上さんの厚意を無視して、このバカ社長め」といったところですか。 

テヘラン支局長など「はらわたが煮えくり返る」とまで発言していますが、築地に帰ってきて同じことをいえるのかどうかは別ですが。
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140903-00000002-jct-soci&p=1 

昨日の文春にリークした木村社長社内メールなどは、社員のID・パスワードでしか閲覧できず、プリントアウトすればした人間が特定されるという秘密指定文書でした。 

これを社外に持ち出したのは、反木村派の社員以外考えられません。たぶんこのような木村社長の対応に怒りを貯めている記者が多く社内には存在すると思われます。 

木村社長の行動は、重大欠陥商品製造元がリコールもせずに32年間放置し続けた企業のトップとして極めて異常であり、企業統治ができなくなってきていると思われます。

これで経営陣と社員がなんの危機感も持たなかったら、こちらのほうが異常ではないでしょうか。

かくして朝日は平伏して、「どうぞ池上様、記事を復活させ下さいませ」と哀願したようです(笑)。

しかしこのようなことを、世間では恥の上塗りと呼びます。

さて、改めて「復活」した池上コラムを読むと、さすがに押えるべき点は押えてあります。  

池上氏はこう書いています。

「この証言に疑問が出たのは、22年前のことでした。92年、産経新聞が、吉田氏の証言に疑問を投げかける記事を掲載したからです。
こういう記事が出たら、裏付け取材をするのが記者のイロハ。朝日の社会部記者が「吉田氏に会い、裏付けのための関係者の紹介やデータ提供を要請したが拒まれたという」と検証記事は書きます。
この時点で、証言の信憑性は大きく揺らいだはずです。朝日はなぜ証言が信用できなくなったと書かなかったのか。今回の特集では、その点の検証がありません。検証記事として不十分です。
検証記事は、「慰安婦」と「挺身隊」との混同についても書いています。「女子挺身隊」は、戦時下で女性を労働力として動員するためのもの。とは別物です。91年の朝日新聞記事は、女子挺身隊とを混同して報じたものだと認めました」
 

池上氏は朝日の検証記事が報道のイロハのイである取材の裏取りをしていないことを指摘しています。

朝日は、吉田清治証言をまったく裏取りすることなく記事にしています。 

これは元朝日ソウル特派員だった前川恵司氏が「川崎支局の1980年頃に吉田氏と接触して、連行した女性の数がその都度大きく違うのでこれはニセモノだと感じて取り上げなかったにもかかわらず、大阪本社が記事にしてしまった」という証言と符号します。

ちなみに今回の慰安婦誤報問題で、大阪本社は一貫して先走っており、吉田証言も東京で扱う以前に記事にし、植村記者も大阪本社社会部出身です。

それはさておき、この吉田証言の捏造を92年に秦郁彦氏の現地調査に基づく産経報道によって指摘されたにもかかわらず、「産経ごとき右翼三流紙に何が分る」とばかりに、その時点での裏取り調査を怠りました。 

先の前川元記者によれば、植村記事は「当時挺身隊がではないことは常識だった」ことから掲載直後から社内でも疑問が出ており、吉田証言すら怪しむ声があったのですから、ここでしっかりと裏取りをすべきだったのです。

にもかかわらず、朝日は訂正記事は恥とはかりに、そのまま口を拭ってしまいます。

そして裏取りするどころか、居直ったようにむしろ戦線を拡大し、ありとあらゆる場所で問題を使い始めます。

見方を変えれば、既に韓国政府はこの朝日報道を基にして謝罪と賠償を求めており、クマラスラミ報告書などによって国際的に認知されてしまったために引っ込みが突かなくなったのでしょう。 

この92年の秦氏の済州島での吉田証言調査は、いわば先の大戦における「ミッドウェイ」に相当する転換点の事件のようなものでした。 

朝日は、開戦劈頭の吉田証言と植村記事、そして吉見「軍関与資料発見」の三本立て攻撃が、想像を越えて日本政府を追い詰め、河野談話という政治的戦果を上げたことに狂喜していました。 

そしてこの「一報道機関の良心的報道が政府と国際関係を動かした」という満足感を損なう、秦氏の吉田証言調査と産経報道などは無視を決め込んだのです。 

それは朝日が吉田証言と植村記事に頼らなくても、河野談話が作り出した「女性たちは好んでになったわけではないのだから、それは広義の強制性に当たる」という論理で充分に対応可能だと考えたからです。

なお、 この「軍の強制性」を「戦時における女性の人権侵害」にすり替える論理こそ、検証記事において朝日が使ったロジックです。

しかしいうまでもなく、日本の制度が問題視されたのは、「軍が奴隷狩りのようにして韓国女性を連行してにした」ということに国際社会が驚愕したからです。

どこの国、どの時代にも似たような戦時娼婦はいましたが、「日本は軍を使って狩り集めていた」ということを批判されたのです。

その肝心な争点が破綻すると、誰も反論できない絶対的真理とでもいうべき「女性の普遍的人権」を担ぎ出したというわけです。

それゆえ、92年以降、基本である吉田・植村論理が破綻してたことを知りながら戦線を拡大し続け、朝日自身のカウントでも16回にわたって吉田証言を引き合いに出しています。 

かくして問題は、朝日にとってこれをかざせば必ず勝利できる万能の攻撃兵器と化していました。 

たとえばつい最近の14年1月にもNHK籾井会長に対して、問題を踏み絵に使っています。これなどは非常に悪質なものです
※朝日デジタル1月25日tp://www.asahi.com/articles/ASG1T5TK2G1TUCLV007.html 

朝日:2001年の番組改変問題があった。を巡る問題についての考えは。
籾井:コメントを控えたい。いわゆる、戦時ですよね。戦時だからいいとか悪いとかいうつもりは毛頭無いが、このへんの問題はどこの国にもあったこと。違いますか。
(略)
朝日:先ほどの発言から、は戦争していた国すべてにいた、というふうに取れるが。
籾井:こっちから質問ですけど、韓国だけにあったことだとお思いですか。
朝日:どこの国でも、というと、すべての国と取れる。
籾井:戦争地域ってことですよ。どこでもあったと思いますね、僕は。
朝日:何か証拠があってのことなのか。
籾井:この問題にこれ以上深入りすることはやめたいのですが、いいですか。そのものが良いか悪いかと言われれば、今のモラルでは悪いんです。じゃあ、従軍はどうだったかと言われると、これはそのときの現実としてあったということなんです。私はは良いとは言っていない。ただ、ふたつに分けないと、話はややこしいですよ。従軍が韓国だけにあって、他になかったという証拠がありますか?
(略)

朝日:今のところ、「会長としての職はさておいて」というが、ここは会長会見の場だ。
籾井
:失礼しました。じゃあ、全部取り消します。
朝日:取り消せないですよ
 

この会見で朝日は慰安婦問題をトラップにして、拒む籾井氏に執拗に絡んで、籾井氏の否定的見解を引き出すと鬼の首を取ったようにして会長不適格と報じました。 

池上氏も朝日がこの「挺身隊」誤報を当初から知り得ていたと見ているようです。 

この指摘は、池上氏が言うように、検証記事の中にはしなくも「93年以降、両者を混同しないよう努めてきた」という言い訳との矛盾に現れています。

混同しないように勤めてきた」のなら、その誤りを知っていたはずなのに、なぜ92年に訂正しなかったのでしょうか。「これについて「読者のみなさまへ」というコーナーでは「当時は、問題に関する研究が進んでおらず、記者が参考にした資料などにもと挺身隊の混同がみられたことから、誤用しました」と書いています。
ところが、検証記事の本文では「朝日新聞は93年以降、両者を混同しないよう努めてきた」とも書いています。ということは、93年時点で混同に気づいていたということです。その時点で、どうして訂正を出さなかったのか。それについての検証もありません」

そして、32年間朝日新聞は、わが国と韓国、国際世論をミスリードし続けてきました。当初からの報道が誤報だと分かっているに関わらず、です。 

これによって日韓関係は史上最悪になり、米国までこの誤報の影響下にあります。 

そして日本国民は度を越えて執拗な韓国の反日攻撃に嫌悪を募らせています。

この空気を醸成したのは在特会などではなく、ひとえにその原因を32年間に渡って作り出してきた朝日新聞です。 

朝日が読み損なったのは、今回の問題で欺かれていた国民の怒りが朝日が想像するより百倍も大きく、今や「国民的憎悪」の対象にすらなっていることてす。

今回の池上事件は、先の大戦の例えで言えば、朝日が営々と32年間守ってきた「絶対国防圏」の陥落を記すものです。

にもかかわらず、朝日大本営・木村参謀総長閣下は、いまだに「けじめをつけたうえで、反転攻勢に撃って出る体制を整える」(木村社内メール)という、「これは後退ではなく戦略的転進である」と叫んでいるわけです。

正気の沙汰ではありません。まさに昭和20年のわが国の大本営そのものです。 

もはや単なる社長の謝罪ではすまされないでしょう。誤報を利用して朝日がしてきたことの検証、世界、なかんずく韓国の「反日教」への影響も含めて、第三者機関に委託して真実を国民の前に明らかにするべきです。 

まぁ、こういう言い方は朝日の十八番ではありませんか。それとも自社だけは例外ですか。

皮肉はさておき、木村社長は絶対に謝罪会見などしないつもりでしょうから、早くクーデターを起こして彼を辞任に追い込み、もう少しまともな人間を社長に据えることです。

さもないと、10月の臨時国会で自民は木村社長を証人喚問しますよ。

法務大臣に松島みどり氏という朝日政治部記者上がりを据えたのはそのシグナルですから。

※追記 池上氏は連載継続を了解したわけではなさそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140906-00000003-tospoweb-ent
■池上彰氏 朝日に最後通告「猶予は1か月です」

(略)「まだコラムを継続するとも、打ち切りとも今日の話し合いでは決まっていません。『白紙です』とお伝えしました」
コラムの掲載拒否については朝日から謝罪を受け入れたが、本意はそこではない。
池上氏がコラムであくまで主張したのは「報道に過ちがあったにもかかわらず、読者に対して謝罪の言葉がない」こと。つまり、次回の掲載までに読者への謝罪がなければ、池上氏のコラムはなくなることになるだろう」(略)

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■(池上彰の新聞ななめ読み)報道検証
朝日新聞2014年9月4日
 

過ちがあったなら、訂正するのは当然。でも、遅きに失したのではないか。過ちがあれば、率直に認めること。でも、潔くないのではないか。過ちを訂正するなら、謝罪もするべきではないか。  

 朝日新聞は、8月5日付と6日付朝刊で、「問題を考える」と題し、自社の過去の報道を検証しました。これを読んだ私の感想が、冒頭のものです。  

 6日付紙面で、現代史家の秦郁彦氏は、朝日の検証について、「遅ればせながら過去の報道ぶりについて自己検証したことをまず、評価したい」と書いています。これは、その通りですね。 

 しかし、今頃やっと、という思いが拭い切れません。今回の検証で「虚偽」と判断した人物の証言を掲載してから32年も経つからです。  

 今回、「虚偽」と判断したのは、吉田清治氏の証言。氏が自らの体験として、済州島で200人の若い朝鮮人女性を「狩り出した」などと証言したと朝日新聞大阪本社版朝刊が1982年9月2日に報じました。その後も朝日は吉田氏に関する記事を掲載しました。  

 これについて今回、「読者のみなさまへ」と題し、「吉田氏が済州島でを強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした。済州島を再取材しましたが、証言を裏付ける話は得られませんでした」と書いています。裏付けできなければ取り消す。当然の判断です。  

 ところが、この証言に疑問が出たのは、22年前のことでした。92年、産経新聞が、吉田氏の証言に疑問を投げかける記事を掲載したからです。 

 こういう記事が出たら、裏付け取材をするのが記者のイロハ。朝日の社会部記者が「吉田氏に会い、裏付けのための関係者の紹介やデータ提供を要請したが拒まれたという」と検証記事は書きます。この時点で、証言の信憑(しんぴょう)性は大きく揺らいだはずです。朝日はなぜ証言が信用できなくなったと書かなかったのか。今回の特集では、その点の検証がありません。検証記事として不十分です。  

 検証記事は、「」と「挺身隊(ていしんたい)」との混同についても書いています。「女子挺身隊」は、戦時下で女性を労働力として動員するためのもの。とは別物です。91年の朝日新聞記事は、女子挺身隊とを混同して報じたものだと認めました。 

 これについて「読者のみなさまへ」というコーナーでは「当時は、問題に関する研究が進んでおらず、記者が参考にした資料などにもと挺身隊の混同がみられたことから、誤用しました」と書いています。  

 ところが、検証記事の本文では「朝日新聞は93年以降、両者を混同しないよう努めてきた」とも書いています。ということは、93年時点で混同に気づいていたということです。その時点で、どうして訂正を出さなかったのか。それについての検証もありません。  

 今回の検証特集では、他紙の報道についても触れ、吉田氏の証言は他紙も報じた、挺身隊との混同は他紙もしていたと書いています。問題は朝日の報道の過ちです。他社を引き合いに出すのは潔くありません。  

 今回の検証は、自社の報道の過ちを認め、読者に報告しているのに、謝罪の言葉がありません。せっかく勇気を奮って訂正したのでしょうに、お詫(わ)びがなければ、試みは台無しです。  

 朝日の記事が間違っていたからといって、「」と呼ばれた女性たちがいたことは事実です。これを今後も報道することは大事なことです。  

 でも、新聞記者は、事実の前で謙虚になるべきです。過ちは潔く認め、謝罪する。これは国と国との関係であっても、新聞記者のモラルとしても、同じことではないでしょうか。 

■池上さんと読者の皆様へ
 今回のコラムは当初、朝日新聞社として掲載を見合わせましたが、その後の社内での検討や池上さんとのやり取りの結果、掲載することが適切だと判断しました。池上さんや読者の皆様にご迷惑をおかけしたことをおわびします。  

■池上さんのコメント
 私はいま、「過ちては改むるに憚(はばか)ることなかれ」という言葉を思い出しています。今回の掲載見合わせについて、朝日新聞が判断の誤りを認め、改めて掲載したいとの申し入れを受けました。過ちを認め、謝罪する。このコラムで私が主張したことを、今回に関しては朝日新聞が実行されたと考え、掲載を認めることにしました。 

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朝日新聞木村社長社内メール

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週刊文春(9月11日号)が朝日新聞木村伊量社長の8月28日の社内メールを公開しました。
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/4325  

井村社長は意気軒昂のようです。「揺るがぬ決意で」と題された木村社長メールです。

長年にわたる朝日新聞ファンや読者や企業、官僚、メディア各社のトップ、ASA幹部の皆さんなど多くの方から、「今回の記事は朝日新聞への信頼をさらに高めた」「理不尽な圧力に絶対に負けるな。とことん応援します」といった激励を頂いております

「2年前に社長に就任した折から、若い記者が臆することなく問題を報道し続け、読者やASAの皆さんの間にくすぶる漠然とした不安を取り除くためにも、本社の過去の報道にひとつの「けじめ」をつけたうえで、反転攻勢に撃って出る体制を整えるべきだと思っていました。
今回の紙面も揺るぎない姿勢で問題を問い続けるための、朝日新聞の決意表明だと考えております」

「問題を世界に拡げた諸悪の根源は朝日新聞といった誤った情報をまき散らし、反朝日キャンペーンを繰り広げる勢力り断じて屈するわけにはいきません」

「私の決意はみじんもゆらぎません。絶対ぶれません。偏狭なナショナリズムを鼓舞して韓国や中国への敵意をあおる彼らと、歴史の負の部分を直視したうえで互いを尊重し、アジアの近隣諸国との信頼関係を築こうとする私たちと、どちらがこち国益にかなうかなうアプローチなのか」 

またこのメール以前の5月20日の木村社長社内メールでは、あのデタラメな吉田調書報道についてもこう書いています。これもたいそう元気がよくて結構なことです。

地道な取材に裏付けられた、朝日新聞が書かなければ永久に世の中に知られることのなかったかもしれない衝撃の事実の連打で、これぞ価値ある第一級のスクープというべきでしょう。」

「朝日新聞のぶっちぎりの特ダネに終わらせることことなく、公共財として証言を共有できないものかを検討しています」

「安倍政権は故吉田氏の上申書をたてに調書内容の開示を拒み、他の新聞は手元に調書資料がないこともあってか、後追いもせずにほぼ黙殺。一方で海外メディアは朝日の報道を直ちに転載して世界の多くの人が事実を知る、という倒錯した状況も起きています」

これを読むかぎり、朝日新聞の謝罪など絶対にありえず、今や北朝鮮化しているようです。

なにせ自分のところの記事を社長自ら「公共財にすべく検討している」という増長傲慢ぶりには吐き気がします。

ちなみに下は文春の新聞広告ですが、終戦直後の教科書よろしく2カ所にスミで●とベタ黒があります。

どうやらこの2カ所は「売国」「誤報」で、黒ベタは「不正」「捏造」「売国」「誤報」だとのことです(笑い)。こんなことをするからかえって想像力を刺激されるのにねぇ。

自らの不都合な批判には目をふさぐこの新聞社の体質がそのまま現れていて、実に興味深いものがあります。

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自らの所業は棚に上げて、いつのまにか自分が被害者にすり替わり、批判するほうが「反動だ」とでもいいたいようで、そこもまた朝日が好きな「アジアの近隣諸国」の体質と一緒です。

もはや今回の誤報は単純な取材ミスで済む問題ではなく、誤報と知りながら30余年に渡ってそれを根拠にして政府批判を繰り返し、しかもそれを韓国に輸出することで、国家間紛争と民族紛争の原因を作り出しました。 

これほどまで国民的激怒にさらされている状況を読めず、「正しいのは自分だけ。愚かな国民に真実を教えてやる」といった目線のまま進むのならば、この先に待ち構えているのは、朝日新聞元主筆の船橋洋一氏の著書名を借りれば、「カウントダウン・メルトダウン」です。

あながち冗談ではなく、朝日は東電のような「解体的再出発」をしないかぎり、日本社会から葬られる日も近いかもしれません。

「天の声を人が語る」という畏れを知らない言葉を巻頭に掲げてきたこの新聞は、今初めて「人が語る」国民の怒りの声に直面して、恐怖におののいているようです。 

 

※お断り 朝日新聞「反転攻勢」宣言があまりに面白いので、本日の記事を差し替えました。

■写真 朝日の情景(苦笑)

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背信政治家・翁長那覇市長

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朝日新聞が四面楚歌のようです。とうとう池上彰さんが「謝罪すべきである」と朝日に投稿したところ、なんとボツになったそうです。もはや末期症状ですな。

「8月末の予定稿では、報道検証を取り上げており、『朝日は謝罪すべきだ』という記述があった。朝日幹部が『これでは掲載できない』と通告したところ、池上氏から『では連載を打ち切ってください』と申し出があり、その予定稿はボツになったのです」(週刊文春)

さて、沖縄に話を戻します。稲嶺名護市長と辺野古現地住民は、市長の就任以来一度も話合う場を持っていません。

その理由は、マスコミがまったくといっていいほど報じないのですが、現地・辺野古は揃って移設容認派だからです。

市長が現地に来る時は、「容認派の巣窟」3地区と漁協を素通りして、隠れるようにして座り込みテントに直行します。

稲嶺氏がこのような卑屈な態度をとるのは、彼の勝利が、自民党県連ボスの寝返りに乗じた勝利で、決していわれるような「名護市民の民意」そのものではなかったからです。 

稲嶺氏陣営が去年夏前から体制を固めていたのに対して、容認派は自民党県連が腰砕けになりました。

いや正確にいえば、沖縄県自民党のボスふたりが寝返って革新陣営に走ったからです。

このふたりとは、翁長雄志那覇市長と翁長政俊自民党県連前会長で、称してダブル・オナガと漫才のような名がついています。

彼らは公明党の顔を立てるようなそぶりをしながら、候補者一本化をギリギリまで遅滞させた陰の主役でした。

本来、自民党県連は元名護市長の島袋氏を立てるのが筋なのにかかわらず、言を左右して一本化を拒み、ギリギリになるまで遅らせた挙げ句、反対とも容認ともつかない玉虫色の県議の末松氏に一本化させてしまいました。

末松氏は名護市での実績もなく知名度もない貧弱な候補者で、こんな人物を擁立したこと自体がサボタージュ工作でした。、

それどころか、翁長市長は稲嶺支援に多くの自民党那覇市議を名護市に大量に送り込んで、自分が擁立した末松票切り崩し工作すらしています。

裏切りもここまでいくと、翁長市長のアクの強い性格がむき出しになりぞっとします。

えてして地方の自治体選挙というのは泥臭くエケツないものですが、対立陣営の指導部が寝返るという裏切りのケースは聞いたことがありません。

これで稲嶺候補が勝てなかったら不思議なくらいでした。

翁長市長は、この一連の動きを見ればお分かりのように「背信者」という言葉がもっともよく似合う人物です。

彼の野心は、保革勢力のバランスに乗って知事の地位を手に入れ、振興予算をジャブジャブ使える沖縄政界のドンに君臨することです。

そのために翁長氏は自民党所属でありながら、オスプレイ配備に際しては、自ら共同代表として旗振り役をして革新勢力と共闘して、沖縄全首長による「東京直訴団」の団長役までしています。 

自民党石破執行部が公明党に対して配慮して強くでられないと足元を見るや、先の参院選でも自民党の選挙公約とはかけ離れた県独自政策を突っ走ってきました。 

それに対して稲嶺候補は夏前に選挙準備が出来ていて、共産、社民、社会大衆、そして本来政権与党である公明党県連への根回しも済んでおり、翁長市長を使って自民党の分断にも成功していました。 

自民党は、選挙直前になって振興予算の上積みや振興策を立て続けて出しましたが、それもこのような流れがいったんできてしまえば、「金目でしょう」と受け取られても仕方がありません。 

名護市長選の完敗の原因は、いうまでもなく翁長市長と、決断が鈍く喧嘩に弱い石破幹事長です。

この翁長市長の確信犯的裏切りに対して、驚くべきことに自民党執行部は処分はおろか警告もできないまままたもや今年11月の知事選を迎えてしまいました。

そしてあろうことか一時は「仲井真不利」の情報に踊らされて、早々と仲井真氏擁立を断念しかかった時さえありました。

この自民執行部の「仲井真擁立せず」の情報に官邸は激怒し、菅官房長官は即座にそれを否定しています。

おそらくこの瞬間、官邸は石破幹事長更迭を決断したと思われます。

もし、仲井真氏を切り捨てるようなことがあった場合、沖縄自民は独自候補を立てる力量がないために、こともあろうに翁長市長を民主、共産、社民と共に擁立するという一幕の喜劇を演じたと思われます。

このような没義道によって、政権の信頼は地に落ちたことでしょう。

石破氏は優秀な理論家ですが、なにか政治家の芯になる大事なものを欠いているように見えます。

そして背信政治家・翁長市長は裏切りの完成として、今年11月の知事選候補に出馬するようです。

 

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■普天間移設、陸上なら契約拒否 久辺3区が方針  

米軍普天間飛行場移設問題に関し、政府が5月末に米軍キャンプ・シュワブ陸上部への移設を最終決定した場合、名護市の辺野古、久志、豊原の久辺3区が、同基地内に保有する区有地について、軍用地契約が切れる2012年5月以降、契約を結ばない方針であることが27日分かった。
 3区の区長を中心に同方針を申し合わせているという。名護市辺野古の普天間代替施設等対策特別委員会の古波蔵廣委員長と区長が同日明らかにした。
 シュワブ陸上部への移設案に対しては、辺野古が2月に反対を全会一致で決め、近隣の久志、豊原も同調している。
 古波蔵委員長は27日、辺野古交流プラザで開かれた名護市軍用地等地主会の終了後「陸上案には3区とも100%反対。陸上案に決まったら絶対に契約できない」と、反対姿勢を強調した。
 古波蔵委員長は、同地主会の席上、参加した約200人の地主に対し、政府案が決まるまで軍用地契約の同意書を提出しないよう呼び掛けた。これについて「契約の同意書を出すことで政府に『地元は陸上案を容認している』という間違った勘ぐりをされたらたまらない」と説明した。
 同日の地主会は12年に軍用地契約が切れるのを前に、地主に契約更新について説明するために開かれ、沖縄防衛局の職員らが仮契約の同意書を提出するよう要請した。     (琉球新報 2013年3月28日 )

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辺野古埋め立てより大きな埋め立て事業は沢山ある

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辺野古の埋め立て面積は160hです。

美しい海を埋めるというのは誰しもがいやなもので、なんでわざわざ綺麗な海を埋め立てるのだ、と思う人も多いはずです。私もそのひとりです。

実は本土政府もそんなことをしたくはなかったのです。だって反発を受けるのが目に見えていますから。消去法で消していったら、候補地がこれしか残らなかったのです。

あまり知られていないのですが、当初はキャンプ・シュアブの敷地内に作ってしまおうという「シュアブ陸上案」も検討されていました。

このメリットはなんといっても埋め立てをせずに済むということです。これは説明の必要がないでしょう。

また、なんと海上基地というスゴイ案まであって、東海岸海上にメガフロートを浮かべてしまおうという案すらありました。

まぁ技術的には羽田空港でもやっているので大丈夫なのですが、なにぶん沖縄名物の台風は来るわ、アクセス道路が限られるなどのデメリットがある上に、当事者の沖縄の建設業界がゴネ始めました。

その理由は、「わしらはそのメガなんたらを作る技術はねぇ。あの技術は本土の造船屋とゼネコンだけだ。わしらメガなんたらのペンキ塗りくらいしか仕事がねぇんだろ。反対」ということで、哀れ消滅しました。

ここで替わりの案で登場したのが、沖合埋め立て人工アイランドを作って民間共用空港にするという案で、これは建設業界のボスから出されて、民主党政権も真剣に検討した節があります。

しかし、これを実行すると辺野古の埋め立てどころの騒ぎではない大規模環境破壊となり、海流の流れも変わるわ、モズク養殖もパーになるわで、今度は漁民が大反対。

さすがに思い止まったのは賢明でした。こんなもの作ったら、東海岸の海はメチャクチャでしたから。

まぁしかし、なんと言うかカント言うか、これが「美ら海を守れ」と言っている人たちとは思えませんな。

最後まで隠し玉のようにあったキャンプ・シュワブ陸上案は、地元の名護市が反対しました。(下図参照)

Rikujouan          (図 週刊オブィエクトより転載させて頂きました。ありがとうございます)

それはこの案だと、市街地上空に航空機進入路がきてしまうこと、そしてオソロシイことに辺野古弾薬庫にも飛行ルートが被ってしまうことです。
(下図参照)

Photo                      (図 名護市HP)

極東有数の米軍弾薬庫に航空機が落ちたらチュド~ンどころでは済みませんので、海兵隊からも冗談も休み休み言えと言われたようです。

ただ、基地の中に基地を作るので反対運動の大義がなくなるというのは確かなようで、最後まで隠し玉としてはあったといいます。

なお 軍事アナリストの小川和久さんのプランも、この「シュアブ陸上案」の別バージョンです。

というわけで、消していったらこれしか残らないということで、今の辺野古埋め立て案に落着しました。

V字になったのは市街地に進入路がかからなくするためで、こうすることによって離発着コースが海に出ます。(下図参照)

埋め立てせざるを得ないことを除いては、ほぼベスト・プランなのはたしかでしょう。

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面積は160hですが、ここにだけ着目すると大きな面積にみえるのですが、実はたいしたことはないとは言いませんが、これ以上の埋め立てなど本島ではザラです。(欄外参照) 

埋め立て面積を大きいものから拾うと以下です。

・川田干潟        ・・・390h
・那覇軍港移設     ・・・340h
・糸満干潟        ・・・300h
・泡瀬干潟埋め立て   ・・・187h
・与根干潟         ・・・160h
・与那原海岸       ・・・142h

とまぁこのように、辺野古埋め立て以上の事業はかなりあります。全国でも7位の埋め立て面積が大きい県です。(欄外参照)

「沖縄県の面積は2012年10月2日~13年10月1日の1年間で0・08平方キロ増加し、2276・72平方キロだった。公有水面の埋め立てによる増加で、全国で7番目に大きかった」(琉球新報2014年2月2日

このうち「美しい海を守れ」という運動があるのは、ここと泡瀬干潟くらいのものです。 

ついでにいえば、この干拓事業をやっているのは、泡瀬干潟が社民党の東門市長、那覇軍港移設埋め立て事業が「反戦市長」の翁長氏(現知事)です。 

なんと辺野古で「美ら海を守れ」とシュプレッヒコールを挙げている人達が、自分の地域では辺野古より大きい埋め立て事業をしているというのは、皮肉なことです。 

                                       (続けます)

蛇足

あんまり馬鹿馬鹿しくておもしろいこんなツイートが拡散中。やると思っていたがやっぱり出たか(爆笑)。きっとデング熱の蚊を放ったのも、政府の秘密機関かな。
それとももうとっくにデング熱に罹って高熱でモーローとしているんじゃないかな。この人たちは自分の放射脳を中心に世界が回っている天動説なようで、見るものすべて放射脳。

 

「政府の言うことはウソばかりなので、素直に信用できません。
確かに、代々木公園を閉鎖するのにこれほど良い口実はありません。
また、被ばくによる体調不良をデング熱ではないかと勘違いさせ、代々木公園を敬遠するように仕向ける意図もあると思われます。
政府は、反戦・反原発デモ、集会が盛り上がることを極端に恐れています。
あの手この手で妨害・阻止しようとするので注意が必要です」
 

 

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※沖縄の埋め立てと埋め立て計画
http://www.ne.jp/asahi/awase/save/jp/data/higatagenjyou/ 

A.塩屋湾外海埋め立て(大宜見村)
B.屋我地島沖人工島(名護市)
C.羽地内海埋め立て(名護市)
D.東洋一の人工ビーチ(読谷村)
E.那覇軍港移設(浦添市)
F.那覇空港拡張(那覇市)
G.普天間飛行場移設(名護市)
H.泡瀬埋め立て(沖縄市)
I.佐敷干潟埋立(佐敷町)
J.新石垣空港(石垣市)
K.小浜架橋(竹富町)
L.西表ユニマット・リゾート計画(竹富町)

 

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■県の面積 1年間で0・08平方キロ増加 埋め立てが要因
琉球新報 2014年2月2日
 

国土地理院は31日、都道府県の市町村別面積を発表した。沖縄県の面積は2012年10月2日~13年10月1日の1年間で0・08平方キロ増加し、2276・72平方キロだった。公有水面の埋め立てによる増加で、全国で7番目に大きかった。沖縄の埋め立て面積は過去25年で最も小さい。
 国土地理院沖縄支所によると、1年間の増加面積は那覇市の沖縄セルラースタジアム那覇の約3個分。県内市町村で面積の増加が最も大きいのは竹富町の0・04平方キロ、次いで沖縄市の0・03平方キロ、糸満市の0・01平方キロと続いた。
 県の面積は1988年からの25年間で13・91平方キロ増加し、北谷町とほぼ同じ面積が増加していることになる。

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沖縄と本土を隔てる「75%」の壁

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私は神奈川育ちです。しかもあの厚木基地の真横でした。 

といってもなにが「あの」なのか、大部分の人にはわからないでしょう。もちろん沖縄県民には、厚木ってどこ?なに?ってなものかもしれません。 

沖縄にいた頃に、友人があまりにくどく「沖縄ばかりに基地負担を押しつけている。ケシカラン」と言うのでつい、「ねぇ厚木って知ってる?横須賀は?相模原は?」と思わず突っ込んでしまったことがありました。 

するとわが友が答えて、「どこ?なに、それ?」という脱力系の答えが返ってくるではありませんか。 

私のほうが毒気を抜かれて、話はそれまでになってしまいました。 

沖縄では、「全国の米軍基地の75%を沖縄が引き受けている」というのが定説ですが、今まで私はことさらそれに反論しようとは思いませんでした。

気持ちとしては、そう言いたい沖縄の人達の気持ちはよく分かるからです。

もちろん疑う余地がなく、沖縄が全国でもっとも重い負担を背負っています。

外国軍隊の駐留をあたかも義務であるかのように自国に引き受け、ましてそれを沖縄にだけ集中させたことは異常なことです。

まして、私たちは自らの独立と引き換えにして沖縄を「捨てた」のです。

1952年5月15日から1972年5月15日までの20年間、私たち日本人は沖縄を外国の手に渡しました。

このことについて本土の人間はもっと敏感であるべきです。日本は沖縄戦で捨て石にし、さらにもう一度廃墟にいた同胞を心ならずも捨てました。 

私は沖縄を小さな巨人だと思っています。滅亡の淵に沈もうとしている私たちの祖国を、最後の最後に身を挺して支えてくれたのは沖縄だからです。

そしていま私は沖縄の人に、時には自分の「悲劇」を相対視してみたらいかがですか、とあえて問うています。 

この辺野古問題が騒がれてからというもの、「本土も少しは負担しろ」と執拗に言う沖縄の声が絶えません。

しかも沖縄戦はおろか、本土復帰の時には生まれてもいない人たちからです。

沖縄の人々も薄々感じておられるように「75%」という数字は虚構です。これは日米共同使用施設を排除した数字だからです。Photo_5そのような算定をしてしまうと、厚木、横須賀、岩国、佐世保、三沢といった日米安保の要ともいうべき重要施設がことごとく排除されてしまいます。

なぜなら、これらの基地は自衛隊と米軍が共同で利用しているからです。

もしそんな算定方法が許されるのなら、普天間や嘉手納、キャンプ・ハンセンに小規模でもいいから自衛隊を配備すればよくなります。

そうすれば、たちまちこの数字は一桁落ちて、ほぼ20%台となるでしょう。しかしそんなことをやってもなんの意味もありません。

そんなことは数字の遊びでしかないからです。基地の重圧を背負っている人々にとってなんの救いにもなりません。

私が言いたいことは、まるで本土には基地がなくて、沖縄にだけ負担を押しつけているかのように思うことはよくないということに尽きます。

「75%」という数値は、そのような錯覚を与える数字、言い換えれば沖縄と本土を隔てる壁だからです。

沖縄の人達に分かって頂きたいことは、本土の人達もできる限り米軍基地を負担しているという現実です。

沖縄になんでもかんでも集めたのではなく、他に持って行きようがない基地だけをお願いしているのです。

たとえばいま問題となっている普天間飛行場は、その性格上、沖縄以外には移動できませんでした。

ではここでわが故郷、神奈川の米軍基地の面積を見てみましょう。 自慢ではありませんが、米軍基地だらけです。

これは神奈川県の公式資料です。
県内米軍基地の現状 - 神奈川県ホームページ 

Photo_3
神奈川県の米軍基地 ※単位ヘクタール コンマ以下切り捨て 
・根岸住宅地区  ・・42h
・横浜ノース・ドック・・・52
・上瀬谷通信施設・・・242
・鶴見貯油施設・・・18
・横浜ノースドック・・52
・吾妻倉庫地区 ・・・80
・横須賀海軍施設・・・236
・浦郷倉庫地区    ・・・19
・池子住宅地区   ・・・288
・相模補給廠     ・・・214
・相模住宅地区   ・・・593
・キャンプ座間   ・・・234
厚木海軍飛行場・・・506
・長坂小銃射撃場・・・9
----------------
合計13施設    2005   

沖縄県の米軍基地は2万3,293.9hですので、比較するまでもなく、沖縄の総面積のほうがケタひとつ大きいことは確かです。

そのうち沖縄県民に負担をかけているのは、この2ツの航空基地ではないでしょうか。

・嘉手納基地     ・・・1995h
普天間飛行場    ・・・480

神奈川県の厚木基地と沖縄の航空基地を比較してみます。

・厚木海軍飛行場・・・506h
・嘉手納基地   ・・・1995
・普天間飛行場  ・・・480

神奈川県の厚木基地は、普天間飛行場よりやや大きい基地だとわかるでしょう。

面積的にだけではなく、普天間が緊急展開部隊のヘリ基地であるのに対して、厚木飛行場は、横須賀の米国空母打撃群の母港の基地で、ジェット戦闘機を運用しています。

ところが、この厚木海軍飛行場と横須賀軍港という日本を代表するような二大米軍基地は、日米共同施設ということで米軍施設だけの統計からははずれています。

つまり「75%」の中には厚木も横須賀も入っていないのです。元神奈川県民としては、やはりそれはないでしょうと思います(苦笑)。 

厚木はいまでこそ夜間訓練の硫黄島移転などで夜間離発着が減りましたが、往年のベトナム戦争時などの騒音はそうとうなものでした。

私の小学校は防音の二重窓でしたが、クーラーが貴重品の時代でしたのでついていなかったために、夏は開けっ放しで爆音がモロに侵入してきました。

もうビリビリという振動です。授業中断などは日常茶飯事でした。

いまでも騒音について神奈川県に1年で4000件を越える苦情が寄せられています。 

米軍機の飛ぶ飛行ルートの関係で騒音問題に悩まされている自治体の合計人口は、沖縄県の人口の約2倍になります。

下の写真を見ていただければ、普天間には及びませんが、厚木基地が人口密集地帯の真ん中にあることがご理解いただけると思います。

ラムズフェルドさんにお見せしたいものでした。

Atsugi
私の育ったのは、こんな厚木基地のフェンスから自転車で行けるような場所にありました。

厚木基地周辺では、過去に米軍機の爆音、墜落事故、部品落下などの事故が多発しました。

そのために、基地周辺の地主が日本政府に対して土地の買い上げを求めた結果、政府も被害の重大性を認め、2度に渡って土地の買い上げを行っています。 

そして大和市、綾瀬市の基地周辺の262戸が1970年までに集団移転しています。

実は私の実家周辺でも施設庁の申し出に応じて、相当数の住民が引っ越していきました。

いまでも実家の近辺の宅地に、「防衛施設庁用地」という立て看板が随所に見られます。

普天間もそれが可能ならするべきでした。進入路にあたる数キロを買い上げて、無人化するべきだったと思います。しかし、さまざまな理由でそれができませんでした。

そのひとつ理由は、反基地運動の人達が間違いなく「買い上げ阻止、普天間基地撤去」という運動をするのが目に見えていたから手を出せなかったのです。 

それはさておき、神奈川でも米兵犯罪も沖縄についで多く、共産党によれば1989年から2010年にかけての米軍人の刑法犯検挙数は県別で沖縄の1035件に次いで2番目が神奈川県の444件でした。 

神奈川県での米軍機墜落事件は何件もあり、これまで11人の民間人が亡くなっています。

私の青年期にも痛ましい墜落事故が横浜で起きて、家族が巻き込まれたこともありました。

もちろん神奈川県の死者数は沖縄で米軍機墜落事故で亡くなった方の人数には及びませんし、較べてみろとも思いません。

しかし沖縄と同じような米軍基地の負担を背負っている本土の地域もあるのだということを、多少なりとも沖縄の人たちにも知って頂きたいと思います。

そしてお願いですから、私たち本土の人間に自然な感情で、「ああ、沖縄の人にすまない」と思えるように、「75%」という間違ったプロパンダを振り回さないで頂きたいのです。 

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