スコットランド独立問題 自分の地域だけが豊になりたいという幻想
スコットランド独立は選挙では惜しくも破れましたが、私も興味深々で見物しておりました。予想より負けたという人もいますが、私は健闘したと考えています。
今回、私が考えたいのは「独立」の大義ではありません。それはウェールズもあるでしょうし、北アイルランドなどに至っては強烈にありすぎるほどあるはずです。
ですから、スコッティシュには気の毒ですが、なぜ挫折したのかを考えることによって、「国家」って何だろうと少し考えられればと思っています。
発展途上国における民族対立や宗教紛争に起因する分離・独立なら掃いて捨てるほど世界中にはくすぶっています。
しかし、近代国家、それも世界第6位の経済大国である先進国の英国で現実性をもって起きるということ自体、たぶん初めてだろうと思います。
というのは、ドンパチやっても独立だぁ~というような発展途上国における「独立」と違って、先進国のそれはどうやら「生活水準を切り捨てられない。むしろ向上させたいから独立だぁ」というのが鉄則のようだからです。
民族の歴史とプライドだけだけで、このスコットランドを見るとたぶん分かりません。
彼らが独立へと進んだのも、またそれが故に挫折したのも、ひとえに経済問題があるからです。
スコットランドの場合、後述しますが、「中央政府から収奪を受けている」という苦々しい気分が、独立へと駆り立てています。
だから、この中央政府の桎梏さえはずせばもっと自由で豊になれるはずだ、とスコティシュは考えました。
逆に言えば、それが故になにがなんでも、ジャガイモ齧ってでも独立とはなりにくいのです。
これがある意味、最大の足かせです。その意味で、敵は中央政府ではなく、自分たちの「中」にあるともいえます。
さて、朝日新聞さんはやっぱりこんなことを書いています。
「独立まではいかずとも、統治の権限を中央と地方とでどう分け合うかは、ほとんどの国にとって普遍的な課題でもある。
日本も決して無縁ではない。北海道や沖縄はじめ、地方分権を求める声は少なくない。日本と英国とで、何が共通し、何が異なるのか。私たち自身も考えるきっかけとしたい」
(朝日新聞2014年9月20日)
こういう心情的に沖縄や北海道(!)に「独立」をほのめかしておいて、実は何事も深く考えていないのが、この朝日という新聞社です。
だいたい地方分権や連邦制一般と、政府、通貨、法律、軍隊まで別に丸ごと作らねばならない独立とはまったく別次元なんですがね、朝日さん。
おっと、いかん今回は彼らは関係ありません(笑)。
朝日はたぶん「地方分権」とか、「独立」ということが、なんとなくリベラルでカッコイイと思っていると思います。
しかし、現実の「独立」はそんな生易しいことではないのが、今回のスコットランド独立問題でわかってきました。
今回スコットランド独立派が破れた最大の原因は、経済的理由でした。NHKは冷静にこう報じています。
「独立反対派が強調したのは、独立すればスコットランドから企業が移転してしまうなど、経済が打撃を受けること、その結果、賛成派が主張する「福祉の充実」は財源不足で達成できないという主張でした。
さらに、イギリス政府も、通貨ポンドの使用の継続を認めない姿勢を示したことで、賛成を支持していた人の間でも、独立後の生活への不安が広がったと見られているのです」(9月19日写真も同じ)。
スコットランド独立派が、独立を現実に投票までもっていく自信があったのには理由がありました。
ひとつはスコットランドは、英国屈指の豊かな経済圏だということです。
おそらくは、独立を現実に考えた場合に、最大の障害になるのは、独立した後の経済的基盤です。
今、大きな人口と長い独立運動の歴史をもって、もっとも独立に近づいているのがクルディスタン(クルド族独立領)です。
クルド族はキルクーク油田という世界有数の油田を確保しており、今ちょっとしたオイルマネーの国にすらなっています。
スコットランドの場合は、なんと言っても西ヨーロッパ最大の油田である北海油田を有しています。(下写真同じ)
原油推定埋蔵量は130億バレル、日産約600万バレルで、英国にEU加盟国中最大の原油生産国・輸出国の地位を与えています。
これがなんと言っても独立派の鼻息が荒らかった大きな理由です。北海油田がなければ、工業都市グラスゴーだけではスコットランドの独自経済は支えられないからです。
もっとも、独立派の北海油田埋蔵量210億バレル、2018年度の税収64億ポンドという見通しは、楽観的過ぎると英国政府は反論しています。
英政府の予測では、2018年度の税収は35億ポンドに止まると予測しています。
しかし、英国のエネルギー源を押えてしまえるわけですから、スコットランドの位置は大きいといえると同時に、英国としてはこの分離を絶対に阻みたいことになります。
そもそもスコットランドが独立に走った原因は、英国政府の失政にあります。
サッチャー政権とメジャー政権の新自由主義的な政策は、スコットランド経済に大打撃を与えました。
かつて「世界の工場」とまで言われた機械工業と造船業のグラスゴーが見る影もなく、炭鉱は閉鎖され、さらにサッチャー政権に至っては、消費に対して課税される消費税ではなく、一人当たりに頭割りで課税する「人頭税」をスコットランドに先行導入しました。
まったく無茶をしたものですが、スコットランドの産業を衰退に追い込み、いっぽうで貧富に関わらず税金は一律に取るというのですから、これでスコティシュが怒らないほうがおかしいといえます。
このために、スコットランドにおける、イギリスの保守党の嫌われっぷりはハンパではなくスコットランド議会59議席のうち、保守党の獲得議席数はわずか1です。
サッチャー女史の死去を、スコットランドで惜しむ人は皆無に近かったと伝えられます。
一方、英国議会におけるスコットランド出身議員の割合は全体の9%に過ぎず、これでは行き過ぎたサッチャー改革を是正することができなくなるとスコティッシュたちが考えたのは無理なからぬところです。
一方、英国の他の民族地域にとっては複雑な心境でしょう。
というのは、このような税収が多い地域は東京都の位置にやや似ていて、スコットランドにある北海油田の税収はいったん国庫に入った後に地方交付税として、沖縄のような経済的に苦しい県に配分されています。
ですから、スコットランドが独立することは、ウェールズ人やアイルランド人にとってうらやましいという気分と、「自分だけ豊になりやがって、お前が独立したら俺らはどうするんだ」という嫉妬めいた気分になることでしょう。
この豊かな地方が率先して独立志向に走るという現象は、ヨーロッパでもうひとつの独立運動の目であるスペイン・カタルーニャ地方にも同じです。
カタルーニャも大変豊かな州で、それが故に「カタルーニャの金が中央政府に巻き上げられて、よその貧乏州に回されている」という不満があります。
特に2006年のリーマンショック以降の財政難で、カタルーニャも医療や教育費の削減に踏み切らざるを得なくなってきていて、自分の州の金は自分たちだけで使いたいというのが本音なわけです。
英国政府は大幅に自治権を委譲するでしょうから、今後もまたシビアな交渉が始まることでしょう。
それは今までのスコットランドvs中央政府という構図ではなく、むしろイングランド+ウェールズ+北アイルランド連合vsスコットランドという構図に変化していくでしょう。
そしてそれは同時に、「なぜ、スコットランドばかり優遇するのか」という他の地方からの猛烈な反発にさらされることでもあります。
特に皮肉にも、中央政府の所在するイングランドは、自らの金融業が英国を支えていると自負しており、ある意味スコットランド以上の憤懣を溜め込んでいるともいえます。
近代国家(ネーション)は、この地域がそれぞれの役割を果たすことで成立しているわけですから、「この縛りと義務から自分ひとりが自由になれるという幻想」を与えたスコットランドの罪は大きいとも言えます。
スコティシュはこの屈辱を10年後に返すと言っているようですが、その時には中央政府のみならず、この「ネーション」の意味と、他地域の包囲網との闘いになります。
こう見てくると、スコットランドの独立は、単に自分の地域だけで決せられるものではないことがわかってきます。
(続く)
« クマラスワミ報告書その2 捏造された慰安婦証言 | トップページ | スコットランド独立を阻んだ経済の落とし穴 »
サッチャー改革からの怨みでしたか。
勉強になります。
経済金融・核を含む軍備・情報など、近代国家の存続に必要なものがイギリスには一通り揃っています。独立したらこれらを失い、下手したら隣の大国が敵に回るかも知れないなんてリスクは、やはり取れなかったのですね。
投稿: プー | 2014年9月23日 (火) 11時07分