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沖縄と本土を隔てる「75%」の壁

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私は神奈川育ちです。しかもあの厚木基地の真横でした。 

といってもなにが「あの」なのか、大部分の人にはわからないでしょう。もちろん沖縄県民には、厚木ってどこ?なに?ってなものかもしれません。 

沖縄にいた頃に、友人があまりにくどく「沖縄ばかりに基地負担を押しつけている。ケシカラン」と言うのでつい、「ねぇ厚木って知ってる?横須賀は?相模原は?」と思わず突っ込んでしまったことがありました。 

するとわが友が答えて、「どこ?なに、それ?」という脱力系の答えが返ってくるではありませんか。 

私のほうが毒気を抜かれて、話はそれまでになってしまいました。 

沖縄では、「全国の米軍基地の75%を沖縄が引き受けている」というのが定説ですが、今まで私はことさらそれに反論しようとは思いませんでした。

気持ちとしては、そう言いたい沖縄の人達の気持ちはよく分かるからです。

もちろん疑う余地がなく、沖縄が全国でもっとも重い負担を背負っています。

外国軍隊の駐留をあたかも義務であるかのように自国に引き受け、ましてそれを沖縄にだけ集中させたことは異常なことです。

まして、私たちは自らの独立と引き換えにして沖縄を「捨てた」のです。

1952年5月15日から1972年5月15日までの20年間、私たち日本人は沖縄を外国の手に渡しました。

このことについて本土の人間はもっと敏感であるべきです。日本は沖縄戦で捨て石にし、さらにもう一度廃墟にいた同胞を心ならずも捨てました。 

私は沖縄を小さな巨人だと思っています。滅亡の淵に沈もうとしている私たちの祖国を、最後の最後に身を挺して支えてくれたのは沖縄だからです。

そしていま私は沖縄の人に、時には自分の「悲劇」を相対視してみたらいかがですか、とあえて問うています。 

この辺野古問題が騒がれてからというもの、「本土も少しは負担しろ」と執拗に言う沖縄の声が絶えません。

しかも沖縄戦はおろか、本土復帰の時には生まれてもいない人たちからです。

沖縄の人々も薄々感じておられるように「75%」という数字は虚構です。これは日米共同使用施設を排除した数字だからです。Photo_5そのような算定をしてしまうと、厚木、横須賀、岩国、佐世保、三沢といった日米安保の要ともいうべき重要施設がことごとく排除されてしまいます。

なぜなら、これらの基地は自衛隊と米軍が共同で利用しているからです。

もしそんな算定方法が許されるのなら、普天間や嘉手納、キャンプ・ハンセンに小規模でもいいから自衛隊を配備すればよくなります。

そうすれば、たちまちこの数字は一桁落ちて、ほぼ20%台となるでしょう。しかしそんなことをやってもなんの意味もありません。

そんなことは数字の遊びでしかないからです。基地の重圧を背負っている人々にとってなんの救いにもなりません。

私が言いたいことは、まるで本土には基地がなくて、沖縄にだけ負担を押しつけているかのように思うことはよくないということに尽きます。

「75%」という数値は、そのような錯覚を与える数字、言い換えれば沖縄と本土を隔てる壁だからです。

沖縄の人達に分かって頂きたいことは、本土の人達もできる限り米軍基地を負担しているという現実です。

沖縄になんでもかんでも集めたのではなく、他に持って行きようがない基地だけをお願いしているのです。

たとえばいま問題となっている普天間飛行場は、その性格上、沖縄以外には移動できませんでした。

ではここでわが故郷、神奈川の米軍基地の面積を見てみましょう。 自慢ではありませんが、米軍基地だらけです。

これは神奈川県の公式資料です。
県内米軍基地の現状 - 神奈川県ホームページ 

Photo_3
神奈川県の米軍基地 ※単位ヘクタール コンマ以下切り捨て 
・根岸住宅地区  ・・42h
・横浜ノース・ドック・・・52
・上瀬谷通信施設・・・242
・鶴見貯油施設・・・18
・横浜ノースドック・・52
・吾妻倉庫地区 ・・・80
・横須賀海軍施設・・・236
・浦郷倉庫地区    ・・・19
・池子住宅地区   ・・・288
・相模補給廠     ・・・214
・相模住宅地区   ・・・593
・キャンプ座間   ・・・234
厚木海軍飛行場・・・506
・長坂小銃射撃場・・・9
----------------
合計13施設    2005   

沖縄県の米軍基地は2万3,293.9hですので、比較するまでもなく、沖縄の総面積のほうがケタひとつ大きいことは確かです。

そのうち沖縄県民に負担をかけているのは、この2ツの航空基地ではないでしょうか。

・嘉手納基地     ・・・1995h
普天間飛行場    ・・・480

神奈川県の厚木基地と沖縄の航空基地を比較してみます。

・厚木海軍飛行場・・・506h
・嘉手納基地   ・・・1995
・普天間飛行場  ・・・480

神奈川県の厚木基地は、普天間飛行場よりやや大きい基地だとわかるでしょう。

面積的にだけではなく、普天間が緊急展開部隊のヘリ基地であるのに対して、厚木飛行場は、横須賀の米国空母打撃群の母港の基地で、ジェット戦闘機を運用しています。

ところが、この厚木海軍飛行場と横須賀軍港という日本を代表するような二大米軍基地は、日米共同施設ということで米軍施設だけの統計からははずれています。

つまり「75%」の中には厚木も横須賀も入っていないのです。元神奈川県民としては、やはりそれはないでしょうと思います(苦笑)。 

厚木はいまでこそ夜間訓練の硫黄島移転などで夜間離発着が減りましたが、往年のベトナム戦争時などの騒音はそうとうなものでした。

私の小学校は防音の二重窓でしたが、クーラーが貴重品の時代でしたのでついていなかったために、夏は開けっ放しで爆音がモロに侵入してきました。

もうビリビリという振動です。授業中断などは日常茶飯事でした。

いまでも騒音について神奈川県に1年で4000件を越える苦情が寄せられています。 

米軍機の飛ぶ飛行ルートの関係で騒音問題に悩まされている自治体の合計人口は、沖縄県の人口の約2倍になります。

下の写真を見ていただければ、普天間には及びませんが、厚木基地が人口密集地帯の真ん中にあることがご理解いただけると思います。

ラムズフェルドさんにお見せしたいものでした。

Atsugi
私の育ったのは、こんな厚木基地のフェンスから自転車で行けるような場所にありました。

厚木基地周辺では、過去に米軍機の爆音、墜落事故、部品落下などの事故が多発しました。

そのために、基地周辺の地主が日本政府に対して土地の買い上げを求めた結果、政府も被害の重大性を認め、2度に渡って土地の買い上げを行っています。 

そして大和市、綾瀬市の基地周辺の262戸が1970年までに集団移転しています。

実は私の実家周辺でも施設庁の申し出に応じて、相当数の住民が引っ越していきました。

いまでも実家の近辺の宅地に、「防衛施設庁用地」という立て看板が随所に見られます。

普天間もそれが可能ならするべきでした。進入路にあたる数キロを買い上げて、無人化するべきだったと思います。しかし、さまざまな理由でそれができませんでした。

そのひとつ理由は、反基地運動の人達が間違いなく「買い上げ阻止、普天間基地撤去」という運動をするのが目に見えていたから手を出せなかったのです。 

それはさておき、神奈川でも米兵犯罪も沖縄についで多く、共産党によれば1989年から2010年にかけての米軍人の刑法犯検挙数は県別で沖縄の1035件に次いで2番目が神奈川県の444件でした。 

神奈川県での米軍機墜落事件は何件もあり、これまで11人の民間人が亡くなっています。

私の青年期にも痛ましい墜落事故が横浜で起きて、家族が巻き込まれたこともありました。

もちろん神奈川県の死者数は沖縄で米軍機墜落事故で亡くなった方の人数には及びませんし、較べてみろとも思いません。

しかし沖縄と同じような米軍基地の負担を背負っている本土の地域もあるのだということを、多少なりとも沖縄の人たちにも知って頂きたいと思います。

そしてお願いですから、私たち本土の人間に自然な感情で、「ああ、沖縄の人にすまない」と思えるように、「75%」という間違ったプロパンダを振り回さないで頂きたいのです。 

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コメント

75%にそんな絡繰りがあったとは。勉強になりました。

そんな基地被害と反対運動の激しさが比例しないのは、彼等のご都合主義の結果なんでしょうね。
厚木は難しいけれど沖縄はもしかしたらイケるかも、というですね。

投稿: プー | 2014年9月 1日 (月) 11時20分

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