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名護市議会選で反対派勝利とおっしゃいますが

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名護市の沖縄統一市町村選挙の結果です。

・稲嶺市長支持派(移設反対派)・・・14票
・稲嶺市長反対派(移設容認派)・・・11票
・公明党                ・・・2票
 

「稲嶺市長は8日未明、名護市内の後援会事務所で「現15議席を1つ減らしてしまったことは残念」とし、辺野古移設に反対している公明党については『今後も協力をいただけるのではないかと思う』と記者団に語った」(沖縄タイムス9月8日)  

公明党がヘンなのは今さらではありませんから驚かないのですが、ともかくいちおう与党という国政中枢にいるわけです。  

稲嶺市長から「今後も協力頂けると思う」などと秋波を送られ、マスコミからは勝手に反対派にカウントされるというコウモリぶりは、如何したものでしょうか。  

もし公明が本来の立場である与党として数えた場合、14対13という薄氷の結果になります。  

いずれにしても現地名護は全体で見た場合、フィフティ・フィフティといったところが、真の姿ではないでしょうか。  

もし、ほんとうにマスコミが「現地の声を重要視しろ」と言うのなら、それは「現地の中の現地」というべき辺野古地区がどのような立場の議員を選出したのか、一紙くらいは報じてバチがあたらなかったと思います。  

辺野古地区で勝利したのは2期目の宮城安秀氏で、氏は容認派です。辺野古地区は、辺野古、久志、豊原の3区で構成され、人口はそれぞれ約2,000、600、400で計3,000人です。

この名護市議員の議席を守った宮城氏は行政委員会副委員長を務めています。

そもそもここに普天間飛行場の移転先を決めたのは十数年前の旧自民党時代でその時に、政府とさまざまな協議を行なっています。

辺野古区長大城康昌氏はこう述べています。 (『週刊新潮』 2010年4月1日号による)

「自民党政権のとき、政府がどうしても辺野古に飛行場をもってくるというので、われわれは苦渋の選択として受け入れたのです。
受け入れに当たっては相互に協議して条件を整えました。騒音は基準値以下、安全対策も、受け入れ地域への経済振興策も住民への経済的補償も含めて話し合い、13年もかけて話し合いから合意へ、そして実現へと事態を進めてきた
(大城氏)
 

このように地元辺野古とあらゆる細部の協議を詰めた案を、地元となんの相談もなく頭越しにひっくり返したのが、鳩山元首相だったわけです。

もし地元の意志を民主主義と呼ぶのなら、これほど非民主的なことはありません。当時のことをこう大城氏は語ります。 

「辺野古沿岸部にV字型滑走路を作るという現行案は政府とわれわれの合意事項です。辺野古のわれわれはいまもこの現行案は生きていると考えています。政府も正式には否定していないはずです。鳩山首相が地元の意見に耳を傾けるというのなら、地元の中の地元のわれわれの声に、なぜ、耳を貸さないのでしょうか」(同) 

そして大城氏は、「真の現地」である辺野古と稲嶺名護市長ら反対派とのねじれをこう批判します。 

「地図を広げて名護市をよく見て下さい。山を境にして東部と西部に大きく二分されます。海に面した辺野古は東側、名護市役所や大きな企業、人口の大半が西側に存在しています。先の選挙で辺野古への移設に反対したのは主として西側の有権者でした。
たとえ辺野古に飛行場が作られても、彼らには騒音をはじめ基地を置くことの負担はないのです。
被害を受けるのはわれわれの地区です。にもかかわらず、この久辺3区の住民は、各報道機関の出口調査によると70~80%が移設を支持しています」(同)
 

これは沖縄のマスコミと本土マスコミが隠している不都合な真実です。 

Photo_2
上のGoogle Earthを見れば、辺野古地区と名護市が正反対の海岸にあり、しかもその中央に山系がつらなっているのが見えるはずです。 

しかも計画案では滑走路は海上に抜けるように、地元辺野古地区と協議を重ねてきました。

この辺野古3地区は、同じ東海岸の10地区と協力関係にあります。

「名護市の東海岸地帯には久辺地区3区の他に10の区があります。現行案受け入れの私たちの考えは、久辺3区だけでなく、この10区の区長さんらにも理解されていると思います。
これまで、われわれは10区とも協力関係を築いてきましたから。たとえば、飛行場移設に関連して北部振興策がとられてきました。交付金を久辺3区だけが受け取るのでなく、その一部を頭割りで各区に配分するなど、相互に助け合う努力を通して、協力関係を築いてきたのです」(同)

このような「真の現地」の声がなぜ本土に届かないのでしょうか。それについてこう言います。

本当の地元のわれわれの所には政府の人たちは意見を聞きに来ません。岡田(克也)外相は名護市には来ましたが、西側だけに行って、反対派の人たちばかり集めて意見を聞きました。東側の辺野古には来ない。
マスコミが取材に来て、われわれの意見を聞いたとしても、報じてはくれません。久辺3区の全世帯の住民が安心して暮らせて、しかも、国防に貢献するにはどうしたらよいか。われわれは一応、きちんとした案をまとめていて、(※当時の民主党政権)政府に提案したいと考えています。
しかし、政府はわれわれに目を向けず、提案には至っていません。メディアは移設反対派の意見ばかりを伝え、真実を伝えてくれません」(同)

このような現地の状況を知れば、よくマスコミが言うような辺野古移設反対運動が成田闘争のようになるという馬鹿なことが起きるはずがないのがお分かりいただけると思います。

よく反対派は辺野古現地集会に何千人集めたと豪語しますが、辺野古住民は集会当日は反対派のスピーカーがうるさいと いって窓を締め切るか、よそに外出してしまうそうです。

成田で主体になった反対同盟など姿形もありません。

ちなみに成田の集会に名護現地住民として登場するのは、ヤマトンチューで、しかも皇太子時代の陛下に火炎瓶を投げたウルトラ過激派の川野純治氏だったそうです(苦笑)。 

川野氏がなんとまた市議に最下位ながら当選したというので、地元の恥と呼ばれています。

成田の反対同盟は過激派に団結小屋を提供し、その見返りに闘争支援や事務局と援農などの便宜を受けて、相互依存の関係にありました。

成田で過激派が火炎瓶と鉄パイプで暴れられたのは、反対同盟が容認したからです。もし辺野古で同じことをしたら、現地住民に実力で叩き出されます。  

辺野古漁民たちは反対派を心底嫌悪しています。それは地元区長の説明にもあった苦渋の歴史的経過を反対派が無視しているからであり、もうひとつは反対派の手前勝手な現地行動です。

沖縄革新勢力の中心部隊である自治労、沖教祖といった島内エリート集団は肌の感覚で農漁民を理解できません。

現地住民の置かれた今までの生活の苦しさも理解していないし、 容認に至った苦渋の過程も知りません。

今の住民の悩みにも無関心で、現地住民と話あったことなど一度としてありません。

ただ反戦思想を掲げてデモ行進しているだけで、 無神経にも漁民の職場である漁港内に座り込みテント立てて不法占拠してみたり、柵をスローガンを書いた布と立て看板を張り付けています。

布は風で飛んで漁港ヤ漁船、海を汚しています。 テントは撤去を要求されていますが、出ていく様子もありません。

10年も占拠しておきながら、今まで一度として地元と話し合いはおろか交流すらないのです。

こんなことを十数年に渡ってやられて、反対派にシンパシーを持つ現地住民がいたらその方が不思議です。 

カヌー軍団が警備の海保に突撃を繰り返しているようですが、一体誰に見せたいのでしょう。

たぶんシーシェパードよろしくテレビに写ることを期待しての行為でしょうが、地元漁民の憤りをいっそう買うだけなので止めた方が賢明でしょう。

では今後辺野古移設はどのように展開するのでしょうか。菅官房長官が例によってあの渋い顔で淡々とこう言っています。

「菅官房長官『(名護市)辺野古への移設は、普天間(基地)の危険性除去と米軍の抑止力(維持)を考えた時、唯一有効な解決策であることをかねてより申し上げています。辺野古移設については、淡々と進めていきたいと思います』」
(日テレ9月8日)
 

■写真 早朝の蓮畑。クリックしてください。解像度がよくなります。

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コメント

最近は、自治体の財政難で「平成の市町村合併」が行われて効率化を計りつつも、現実には田舎の市町村が合併により数の論理で行政サービスが劣化した所が全国的に拡がっています(予想されていた事態ですが)。

この問題点で私がチラッと思ったのは、
むしろ名護市なんか、むしろ西の人口の多い地域から東海岸の辺野古周辺が村なり町なりで独立的に分離すれば解決するのではないかと…。いわゆる「特区」扱いでもいい。
もちろん国からの特別補助金なんかは東海岸側だけでタンマリ受け取るようにすればいいです。
そりゃ無茶だろってのは分かってますが、本土から来た過激派テロリストが議員の末席に名前を連ねるような現状なら、そのほうが遥かにマシなんじゃないかと感じました。

駄文失礼しました。

投稿: 山形 | 2014年9月 9日 (火) 07時35分

月並みですが、いつも楽しく読ませていただいています。
これからもよろしくお願いします。

投稿: | 2014年9月 9日 (火) 19時20分

こちらで全文が読めます

櫻井よしこ オフィシャルサイト
「それでも普天間を現行案で移設せよ!」 『週刊新潮』 2010年4月1日号
http://yoshiko-sakurai.jp/2010/04/01/1661

投稿: クラウン | 2014年9月12日 (金) 10時19分

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