東電は貞観地震を無視していたのか?
前回、記事のテーマがズレるので、いったんアップしてから割愛した東電と貞観地震の部分をまとめました。
あの11年夏の世間の「空気」を覚えていますか?飯田哲也氏や古賀茂明氏などのようなゴリゴリの反原発論者が、あたりまえの顔をして昼のワイドショーでコメンテイターをしていたものです。
ネット界など、反原発と東電処罰論一色。東電を擁護することはおろか、風評被害に対して冷静にと呼びかけた私など、「この東電の手先め。いくら貰った」と言われてしまう時代でした。
当時の「世論」は、東電こそ極悪の巨大企業で、事故の原因のすべては東電と、それまでの自民党の原子力政策にあると決めつけていました。なにせ当時の首相自らが音頭取って世論を煽っているんですから、コワイですよ(苦笑)。
一方、電力会社の言い分を冷静に聞く空気はまったくありませんでした。
特に東電が非難されたのは、例の撤退論と貞観地震の大津波を知りながら、それを無視したという罪状です。
貞観地震時の津波はいつしか田原総一郎氏のように「十数mあった」という俗説に変わっています。
「俗説」と私が呼ぶのは、そんなデータは存在しないにもかかわらず、「10数m説」が一人歩きしているからです。少し検証してみましょう。
まず、前提として先日述べたように、元地震予知学会会長の島崎邦彦氏が告白するように、地震予知「理論が根本から間違っていた」ような事態でした。
地震学会の常識では、宮城県沖のような「古いプレート」は沈み込まないとされていたからです。にもかかわらず、大きく沈み込んでマグネチュード9の大地震を引き起こしました。
これを事前に「予知」し得たのは、日本で極めて少数の専門家しかいませんでした。おそらく私が知る限りでは数人です。
そのひとりが産業技術総研の活断層・地震研究センターの岡村行信氏で、氏は、佐竹健治氏らの『石巻・仙台平野における869年の貞観津波の数値シミュレーション』を参考にして、マグネチュード8.5クラスの地震が、仙台よりさらに南に、つまり宮城沖まで来る可能性を指摘していました。(※「地震・津波・地質・地盤合同ワーキンググループ」第32回会議・09年6月24日)
しかし、これをもって地震学会全体が警告を発したかというとまったくそういうことはなく、2013年3月11日午後2時46分の運命の時間まで、誰しも考えもしなかったわけです。
ただし、この09年の岡村提言を活かしておれば、というのは、おそらく当時東電本社で原子力設備管理部長をしていた吉田昌郎氏にとって痛恨であったことは間違いないことでしょう。
公開された調書のなかで、冷静な吉田氏が色をなして怒っているのが、この貞観地震対策の部分だったことでも分かります。
この岡村氏の説を根拠にして、東電は貞観地震を知っていながら無視したという批判がなされ、さらに菅氏主導の東電撤退論が重なって東電=悪玉論へと肥大していきます。
さて、東電は、この貞観地震について無視していたわけではありませんでした。東電の政府事故調への証言によると、東電はこのような津波の調査をしています。
まず、2006年9月に安全委員会の耐震設計審査指針が改定されました。
2002年7月の地震調査委員会は、三陸沖から房総沖にかけての日本海溝沿いでマグニチュード8クラスの地震が起きた場合、福島県沖で10m超の地震津波を想定していました。
東電は福島第1、第2、女川(※女川は東北電力管轄)などの原発に津波が到達する可能性を探るために、現地の地質学調査を実施しています。
それによると、2009年から10年にかけて、東電は福島県内の5箇所で貞観地震の津波堆積物現実に調査しており、南相馬市で高さ3mの地点では地震による堆積砂が見られたが、4m地点ではなかったために、貞観地震の津波は最大で4m以下と推定されました。
これでわかるように、東電は貞観地震の津波の影響調査をしており、それが数百年のスパンの周期であるために、すぐに対策を立てる必要のある危険とは判断しなかったのです。
869年に起きた貞観地震の周期は推定で約1100年という超長期スパンです。
東電はこれを無視したと言って非難されているわけですが、11世紀スパンの周期ですので、何十年も、時には百年単位の誤差が生じてあたりまえで、30年以内の確率は0.1%でした。
東電が0.1%の確率を想定していなかったと言って、どうして責められねばならないのでしょうか。
しかしだからといって、私は東電が無謬であるなどとは思いません。
同じ津波を浴びた女川原発が高台を削らずにいたために助かったことなども考えると、建設用地を15m削ってしまったのは明らかに津波が来る可能性を甘く想定した判断だと言われても仕方がないでしょう。
吉田氏は政府事故調の証言で津波対策についてこう述べています。
「それが10(メートル)だと言われれば10(メートル)でもいいし、13(メートル)なら13(メートル)でもいいんですけれど、こう言う津波が来るよという具体的なモデルと波の形をもらえなければ、何の設計もできないわけです。ちょっとでもというのは、どこがちょっとなのだという話になるわけです」
確かに、吉田氏が言うように、津波の「波源の場所、波の高さ、あるいはその形状などが、施設の設計に使えるように具体的にモデル化されていないでは具体的対処をしようがないではないか」、という指摘は企業のリスク管理としては間違っていません。
企業は計量化できる脅威に対して、それを排除するための対策を構築するものだからです。
いつか、どこかに、規模すら不明なものが「来る可能性がある」と言われても、対処しようがないのです。
しかし、あくまでも結果論を承知で言うのですが、もう少し突っ込んだ対応が東電側にあれば、防波堤の嵩上げという大工事は出来ずとも、配電盤、予備ディーゼルエンジンの高所への付け替えていどの簡単な防護対策が取れたのではないかというのも、私の偽らざる感想ではあります。
この貞観地震に対する東電の判断は、今回の御嶽山噴火について気象庁がレベル1設定をなぜ、噴火口から1キロ付近までの入山を禁じるレベル2に引き上げられなかったのか、という問題に似たものを感じます。
つまり、私の結論としては誤りではなかったが、最善ではなかったということではないでしょうか。
■写真 なにかよくわからないかもしれませんが、実は早朝のソバ畑です。
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そば畑の花、こちらも「蕎麦県」ですのでピンときました。少し郊外に走るとちょうど今がピークです。
独特の素朴な花畑が大好きです。
派手な薔薇や観光ダリヤ園(そちらも勿論美しくてシーズンピークなんですが)などと違って、日本人のDNAに訴えかける「わびさび」を感じるような光景なんですよねえ。
大変強力な台風が来襲しておりますが、皆様が無事でありますように祈ってます。
投稿: 山形 | 2014年10月 6日 (月) 08時49分
地震国・火山国の日本ですから、特に活火山への登山は細心の情報を入手した上で登るべきだと思います。
「昭和新山」のように「トウモロコシ畑」がいきなり噴火(隆起)する事だってあるのですから・・・。
税金を使っているのだから、何故もっと予知情報を出さなかったのか?と後で「結果論」で求められるとしたら、行政コストが莫大に掛かる事も覚悟しなければなりませんし、莫大にかけたとしても的中する保証はありません。
山は登るのではなく、眺めるもの・・・くらいに考えて置き、登るときはあくまでも自己責任で楽しむことを肝に銘じることが必要なのでは?
(今回の犠牲者には冷たい言い方にはなりますが、自然には人間の価値観で考える「血も涙もない」事だけは確かです)
千年・万年単位の地震を、いくら科学が発達したとは言え予想し的中させる事を求めること自体、素人が考えても無理があると思うのですが・・・
投稿: 北海道 | 2014年10月 6日 (月) 15時28分
北海道さん、こんにちは。
昭和新山のとこって、トウモロコシ畑だったんですよね…。
私が少年期に有珠山噴火があって、学区の中学では翌年から修学旅行を東京に変更されました。
しばらく経って私の年に「東京なんか、そのうちにどうせ行くことになるだろう!、だからどうせなら北海道いこうゼ!」と自ら運動して、復活変更させたのが懐かしいです。
2日目に洞爺湖温泉に泊まりましたが、昭和新山がいつになく盛大に蒸気を上げて迎えてくれました。
懐かしい思い出です。
明け方に目覚めて一人で眺めた洞爺湖の美しさは、一生忘れられない心に刻まれた光景です。
先年の有珠山噴火の時には大変心配しましたが、数少ない予知成功例ですね。
あの時も、知り合いの中には
「北海道なんて本来、人が住む場所じゃないんだよ」
などと言うヤツもいましたが…
そんなことを言ったら日本中、人が住めないだろう!と。私はブチキレました。
私達日本人は、この地震大国の火山列島で生きていくしかありません。
ですからこそ、まだまだ不十分で未熟とはいえ、いつまでかかろうと観測と有事の避難体勢とを全力を上げて整備することこそが必要なのだと思います。
投稿: 山形 | 2014年10月 9日 (木) 13時02分