英有力紙にも失敗を宣告されたメルケルの脱原発政策その2
中日新聞がすんばらしい論説記事を書いています。(10月13日)http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2014101202000097.html
ドイツ環境・建設・原子力安全省気候変動対策・エネルギー転換局長(←長いよ)のトーステン・ビショッフ氏という人物の大演説をまんま載せています。全編こんなかんじ。
「エネルギーベンデとは、電源の転換だけではありません。送電網も含めたエネルギーシステム全体の大転換を意味しています。
日本では、再エネの買い取り申請が増えすぎて、大手電力会社が受け入れを中断し始めた。不安定な再エネ電力が送電線に殺到すると、周波数が乱れ、停電を引き起こす恐れがある…。ドイツではできない言い訳です。
もう一つ、エネルギーベンデに欠かせないのが、電力消費者の理解でしょう。
再エネの買い取り料金が賦課されて、家庭の電気料金が値上がりしたのは確か。ところが世論調査では、ドイツ市民の九割以上が惑うことなくエネルギーベンデを支持しています。石油やガスを輸入しなくていい社会、原発事故や温暖化の心配がない未来への投資だと、割り切っているからです」
ものスゴイですね。一億火の玉ならぬ、8千万ドイツ国民は艱難辛苦をものともせずに、「石油やガスを輸入しなくていい未来」に猪突猛進しているみたいです。
「石油やガスを輸入しなくていい社会」ですって!よく言うよ、このドイツ役人。ロシアの天然ガスを切れなくて、ウクライナでおたついたのはどこの国だったんですかね。
下図はドイツの電源比率です。13年を見ると、石炭に15.4%、石炭に19.6%、天然ガスに10.5%と言ったところで、原子力すら15.4%もあります。
つまり火力発電に45.6%、それに原子力を入れれば61%が火力・原子力由来です。このどこが「石油やガスを輸入しないでいい国」ですか(苦笑)。
しかも後述しますが、メルケルは20年までに火力発電100万キロワット級をあと10基作ると公約しているのです。
送電網の再エネによる不安定化すらこう書いているのですから爆笑ものです。もはや大戦末期の軍部の発表みたいなファナティック(※)な精神論です。
「再エネが主なリズムを奏で、他の電源がそれを補う」と表現します。送電線の中では再エネの電力が最優先、火力や原子力は常に、道を譲らなければなりません」
私が知る限りでも、ドイツの「シュピーゲル」、米国「ニューズウィーク」、そして今回の英国「フィナンシャルタイムス」などという有力媒介は、メルケルの脱原発の裏側について突っ込んだ記事を書いています。
少なくとも中日新聞のような、担当者の美辞麗句だけで記事にするような怠惰はしていません。
さてこんな「ドイッチュラント・ユーバー・アレス」(※)というような独善的傾向が強いドイツ人に対して、プラグマチストの英国人が皮肉な調子でこう述べています。
「メルケル氏の8年間の首相任期中で最悪の決断に注目が集まるのも当然だろう。それは、ドイツのエネルギー政策から原子力という選択肢を消し去るという政策判断である」
つまりヨーロッパの周辺国は、「ドイツさん、いつそんな馬鹿な政策をやめるのかだけが、私等の関心なんですがね」と言っているわけです。大分わが国のノーテンキなマスコミとは違います。
しかし、メルケルはあまりにも深く脱原発にのめってしまったために、大きな重荷をドイツ経済に背負わしてしまいました。
「原子力発電をやめれば、こうした困難な事情はさらにやっかいになるだろう。」
そのひとつは増え続ける化石燃料による発電です。
「原発を廃止すると、国内のエネルギー需要を満たすため、より多くの石炭を燃やさなくてはならないことだ。太陽光、風力による発電はなお不安定で、ドイツは原子力の代替として化石燃料に頼らざるを得ない。発電源の25%近くを占める原子力を排除することによる石炭消費量の急増はすでに始まっている。このままでは10~15年に9基の石炭火力発電所を稼働させることになる。昨年は、とうとう石炭による発電が1990年以来の最高水準に達した」
2011年6月9日のメルケルは首相演説でこう脱原発の方針を語っています。
メルケル演説の骨子はこのようなものです。
①供給不安をなくすために2020年までに少なくとも1000万kWの火力発電所を建設(できれば2000万)すること
②再生可能エネルギーを2020年までに35%にまで増加させること。但し、その負担額は3.5セント/kWh以下に抑えること
③太陽光や風力発電などの変動電力増加に伴う不安防止のため、約800㎞の送電網建設すること
④2022年までに全ての原子力を停止する
日本のマスコミは①から③までの火力発電初増設の部分を都合よくすっ飛ばして、④の2022年までに原発を停止」という部分のみ報道しました。
歪曲報道とまではいいませんが、欠落報道です。実際のメルケルは、「脱原発政策をしたければ火力発電の増設しかないなのだ」と言っているのです。悪意に報道すれば、「メルケル、地球温暖化政策を放棄」と伝えるところです。
1000万キロワットということですから、日本でも最大規模の東電鹿島火力発電所5、6号機(各00万キロワット)を10基近く建てようということです。
800㎞の送電網もすごいですね。東京-広島間の距離に相当します。
現実に、このメルケル演説の翌年の2012年には、化石燃料が全電源比率70%を占めてしまいました。
この段階で原発は16%が動いていますから、原子力と火力に9割弱依存しているわけなのに、対外的には「ドイツこそ世界に冠たるエコ大国」というイメージを打ち出したのですから、たいしたタマです。
あながち皮肉というわけはありませんが、ドイツはイメージ作りがうまい国だなと妙な感心をしてしまいます。
しかも、火力とひと口に言っても、日本と違って低品位の国産褐色炭が半分を占める石炭火力が42%です。
わが国のように既に国内の炭鉱部門が消滅した国と違って、ドイツは石炭部門が健在です。
これは炭鉱部門の雇用維持が目的で支払われたもので、1958年から2002年まで1580億ユーロ(18兆円)もの補助金を出してきました。
2006年現在でも年間3500億円という政府支出中最大の補助金枠をもっており、国内でも厳しい批判にさらされています。
この補助金上げ底をしてもなお、ドイツ産石炭価格はロシア、東欧からの輸入石炭の3倍以上であり、徐々に輸入石炭の比率を増やしていく措置が取られています。
ちなみに日本は先進国中でもっとも原子力に冷淡、かつ過激な「原発ゼロ政策」をとっています。結果、当然のこととしてドイツには及びませんが化石燃料に強依存しています。
と言っても、石炭依存度は16.8%(01年)で、石炭火力に対する空気汚染対策は世界最高の水準にあります。
この辺のことを国際社会にアピールしないために、原発を6基も動かしていて石炭火力まみれのドイツと比較して「いまだ再生可能エネルギー1.6%にすぎないエコ後進国」という批判を受けている有り様です。 やれやれ。
それはさておき、フィナンシャルタイムズはこうドイツのエネルギー政策の矛盾に警告を鳴らしています。
「ドイツのエネルギー政策のパラドックス(逆説)は無視できない。ドイツは二酸化炭素(CO2)の排出量削減に取り組む一方、石炭火力発電所を増設しようとしている。太陽光にはたいして恵まれていないのに、太陽光発電に多くを託してきた。採算のとれていた原発を閉鎖する一方、フランスの原発から電力を輸入している」
そして強い調子でこのような馬鹿げた脱原発政策を再考するように述べています。
「メルケル首相はいまでも欧州で最も有力な政治家であるかもしれない。だが、エネルギー政策の面では、矛盾によって生じた高いコスト負担を国に強いている。メルケル首相は、このやり方を考え直さなければならない」
※ファナティック 他人の意見や批判を聞く余裕がないほど一途に信じる人。 冷静な判断ができないほど信じるさま。熱狂的なさま。
※ドイツ帝国国歌「世界に冠たるドイツ」の意味
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平成19年にドイツに行ったとき、牛舎(フリーストール)の屋根一杯にパネルが設置されていました。
太陽光発電すると、正確には覚えていませんが、かなり高額で買い取ってくれるような事を酪農家のオヤジが話してました。
再生可能エネルギー発電の不安定さ等々に対する知識もないので、「ドイツって進んでいるんだなー・・・これで地球温暖化問題もクリアするし・・」くらいの感覚で帰ってきました。
多くの国民はそんな感じ方しかしないように思います。
震災後、本ブログ等々で知れば知るほど、不安定さのリスクが分かってきました。(電気料金の事も含めて)
色々な理由で企業の国外流出(いわゆる空洞化?)が
加速していくのでしょうね。
投稿: 北海道 | 2014年10月13日 (月) 18時02分