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週末写真館 暗雲の下から生まれる太陽

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プーさん。米国では医療過誤裁判が跋扈したために、酷いことになっていると聞いたことがあります。http://ameilog.com/atsushisorita/2013/05/13/205214

私が医療過誤を上げてしまって、縁起でもなくて申し訳なかったのですが、この論理は学校事故でも山岳遭難でも、工場災害でもほとんどありとあらゆる場面に使えてしまいます。 

そのくらい強制連行派の論理はテキトーなのです。 

同じように、河野談話の「精神的強制」もまた、これに劣らず、というか「慰安婦ザンゲ初号機」ですから当然でなんですが、なんでもオーケーです。 

この河野官房長官謹製の「精神的強制」という論理ツールを使えば、今の日本に売春の出稼ぎに来ている大量の韓国女性は全員「強制連行で性奴隷にされた」ことになっちゃいます。 

そのうち国は集団訴訟を起こされて、日弁連の弁護士によって1兆円くらいむしられるかもしれません(苦笑)。おい太郎クン、親の財産売って、払っとくれ。 

このようないいかげんなロジックを振り回して良心的知識人になったつもりでいるから、左翼はダメになったのだと思います。 

まじめに<事実>を巡って議論をする気があれば、一生懸命テータと事実を集めてみようと思うでしょう。

現に、強制連行派の天敵である秦郁彦氏などは、1992年4月という早い時期に、吉田証言の裏取りをしに現地済州島まで行ってフィールドワークをしているわけです。

実は、この92年4月の時点で強制連行説の根幹であった吉田証言は葬られていたのですが、朝日新聞は頭から無視します。

朝日新聞が済州島に行ったのはなんと今年ですよ、今年。呆れてものが言えません。千数百名の記者を擁する巨大報道機関が、ひとりの弁当自弁の研究者に負けたのです。

この秦氏の調査結果を朝日新聞、、とりわけ慰安婦問題担当をしていた植村氏が知らないはずがないわけです。

にもかかわらず、まるでそんなことはなかったように、同じ92年8月に平然と例の植村記事を書き、12月にも2本目を書いています。

金学順さんの訴状にある、「平壌で日本軍の将校に捕まってレイプされ、慰安婦にされた」というくだりなど、まさに吉田証言そのままで、植村氏が聞いたという弁護団聞き取りテープにはなかった部分だと言われています。

植村氏は、なぜ金学順さんの証言の裏取りをする調査をしていないのでしょうか。足で稼ぐという歴史検証の努力を、どこかでこの人たちは喪失してしまっているのです。

韓国から大量に来る有象無象の「慰安婦」と称する女性たちを崇め奉って、「人権教」の神殿の祭壇に飾っていただけです。

この時既に、左翼・リベラル陣営の知的頽廃が始まっていたのだと思います。 

典型が植村氏です。彼はこの23年間、ただひとりの強制連行されたことを客観的に立証できる元慰安婦も見つけようとしなかったわけです。 

そして今や西野氏などの安易な「被害者だから被害者だ」という同義反復の「教義」に共感するまでに堕ちてしまいました。 

植村氏が手記で描く、韓国から届いたという元慰安婦証言の入った「一本のテープ」を聞いたエピソードは読む者を感動させます。

その時の植村記者の新鮮な驚きと怒りを、彼はどこかですり減らしてしまったようです。 

なぜ今の今まで「強制連行ではないと知っていた」ことを沈黙していたのでしょうか。そういう怯懦がリベラリズムを内側から融解させていったのです。 

今や、植村氏は彼らの世界では「受難のヒーロー」に祭り上げられています。差別語を吐きながら植村氏を追いかけ回す連中も愚かですが、祭り上げる者達はそれ以上に愚かです。

真実は、簡単に見つかるような手垢のついたものではありません。今日の写真のように分厚い雲間から少しずつ顔を出すものなのです。 

その努力を怠った側が敗北するだけです。

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コメント

はじめまして。
週末の写真館楽しみにしています。

韓国・中国の問題、とても解り易くて勉強になります。

素敵な写真をこれからもお願いします。

投稿: kabo | 2014年12月20日 (土) 08時14分

写真は日本の夜明け、という感じでしょうか。ゆっくりですが確実に。

最近医療訴訟は抑制的な印象です。
法科大学院設置が決まった頃、これは日本も大々的な訴訟社会になるかと心配したのですが、
そうならずに法科大学院が縮小方向です。

アメリカにはアンビュレンスチェイサーという言葉があります。
弁護士にとって、救急車を追いかければ仕事が見つかるという意味です。
日本の医療訴訟そのものは学会の声明や世論の盛り上がりにより抑制的になってきましたが、最近は救急車の搬送遅れによる賠償判決が増えてきました。
医学的な検討が不要な搬送遅れ訴訟は、彼等にとっては手軽なビジネスです。日本でもアンビュレンスチェイサーが流行っているのかな? と思います。なかなか発進しない救急車を見てしめしめとか言っていたりして。

慰安婦問題は彼等の手軽なビジネスだったのでしょうね。
「普遍的な人権」という金盾で押していけば勝てたのですからね。
ところがネット社会は彼等の欺瞞を白日の下に晒すことになりました。
面白い時代です。

投稿: プー | 2014年12月20日 (土) 10時33分

89年で冷戦終了となってから、左派がもう慰安婦や南京事件を持ち出して政府を叩くしかやりようがなくなったというのはありそうですね。
バブルの時代にも貧困はありましたし、国内でも差別や労働環境の問題などもずーっとあったわけですが、なぜか関心を示さない。
公明党や共産党はなんだかんだいっても本当に困っている弱い立場の人を支援するという活動はずっとやってきているのです。あだやおろそかにはできません。
ですが、リベラル気取りの自称進歩派(なんとなく左派)という一群は、そういうことはしない。むしろ、ミドルクラスにおさまって、そこに棲む自分を脅かしそうな対象を攻撃するだけです。自分より上でも下でも嫌いなのですね、自分たちの仲間じゃないから。
従軍慰安婦ですが、彼らに都合のいい存在なので利用するわけですよ、それだけなんです。

投稿: 読者 | 2014年12月20日 (土) 12時39分

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