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ドイツのホロコースト政策を知る

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今度は植村隆氏が桜井よしこ氏を訴訟したそうです。雑誌掲載論文が気にくわなかったそうです。http://www.asahi.com/articles/ASH2B53L5H2BIIPE00X.html

たぶんこの調子で、日弁連大弁護軍団を率いて、片っ端からやっていくのでしょうね。

やるだけで宣伝大会、負けても不当判決、勝てば大金持ち、弁護費用は着手金無料、だろうしね。

まったくどうかしてるよ、あの人。ちょっと頭冷やしたほうがいいんじゃない。むしろ植村氏の側の人で、諫める人がいないのかしら。

朝日さん、労組が支援しているみたいだけど、シャルリ襲撃事件でも、さんざん「言論には言論で返せ」って言ってたことを、元社員にも守らせなさいよ。こんなことが慣例になったら、日本の言論界は大変なことになりますよ。

さておかしな人は放っておいて、ドイツと日本の戦争問題を続けます。「歴史修正主義」というレッテルを持ち回る人たちに特徴的なことは、おそらく真面目にドイツの犯したホロコーストを学んだことがないように思えることです。

感覚的に大雑把にナチス犯罪を捉えています。

よく知らないからこそ、安易に混同に基づく濫用をしてしまうのでしょうが、日本とドイツを較べたいのなら、ホロコーストがどのようなものだったのか知った上でなければ゛本来は議論にならないはずてす。

さて、ドイツが行ったホロコーストは、「自国民虐殺」から始まり、やがて東ヨーロッパ、ソ連領内に住むユダヤ民族全てをを根絶やしにする「絶滅政策」に発展していくことになります。 

当初の被害者は、ドイツ領内に住むユダヤ系市民でした。彼らはドイツ国籍を持ち、ドイツ語をしゃべり、職業を持って税金を払い、徴兵にも応じてきた立派なドイツ市民たちでした。ただ、宗教と、習俗が違っただけです。

彼らは、数百年以上も渡ってドイツに住むか、ロシア帝国領内のポグロム(ユダヤ人迫害)を逃れて、比較的迫害が緩やかに見えたドイツ国内に移り住んだ人たちでした。

ひと言お断りしておくほうがいいでしょうが、反セム主義(ユダヤ)主義はドイツ固有の因習ではありません。

むしろヨーロッパ全域に拡がる根深い宗教的対立、民族的対立であって、数度もの大規模なポグロムが起きて、大量のユダヤ人が虐殺されてきました。

Photo_2(上 1819年、へプへプ・ポグロムでドイツ農婦たちに農具で虐殺されるユダヤ人たち)

特にひどかったのは帝政ロシア領内で、組織的、計画的にユダヤ人虐殺が行なわれたといいます。

フランスにおいてすら、ドレュス事件や占領下のユダヤ人狩りに協力した多くのフランス人が発生しました。

この汎ヨーロッパ的な反ユダヤ主義の下地があってこそ、「最終解決」を叫ぶヒトラーというモンスターが生れることになるのです。

ナチス(ドイツ社会主義労働者党)はこの反ユダヤ主義を巧妙に利用し、これを起爆剤として政権に就きました。

当初のナチスのユダヤ人に対する「最終解決」政策は、「追放」でした。

ドイツ国内に在住した56万人のユダヤ人を、様々な難くせをつけた差別規定によって国内に住めなくし、一定の地域に追いやってしまうことを考えていました。 

本気でマダガスカルに隔離することを考えていましたし、一部のユダヤ人はパレスティナに受け入れられています。 

しかし、1938年のオートリア合併、39年チェコ・ズデーテン地方とポーランド西半分と占領地域が拡がるにつれて膨大な数のユダヤ人を「処理」せねばならなくなります。

ここで、彼らの最初の誤算が始まります。

ポーランド占領地域においてだけでも、実にに200万人のユダヤ人が居住していたからです。

ナチスは、このユダヤ人から土を奪い、ドイツ人を入植させるためには単なる「追放」では事足らず、劣悪な居住環境のゲットー(スラム)に追い込んでいきます。 

実はナチスは、このポーランドのゲットーから、さらに西の「東方」に移住させてしまうことを考えていたのですが、その後1941年6月にソ連領内に侵攻すると、さらに300万人というユダヤ人が居住していることが分かりました。 

もう「移住」させる場所がないと分かったナチスは、ここでホロコースト政策に着手します。 

3000人もの「行動部隊」(ディンザッツグルツペン)と呼ばれる、ユダヤ人虐殺専門部隊を組織し、ユダヤ人を捉えて殺害していきます。 

医師のエルヒャナン・エルケスは、荒れ狂うユダヤ人殺戮について英国にいる子供たちに宛てた1943年の手紙の中でこう書いています。

「彼らは大量殺戮という任務を終えると、頭のてっぺんから靴の先まで、泥とわれわれの仲間の血にまみれて戻ってきて、テーブルについて、軽い音楽を聴きながら、料理を食べ、飲み物を飲むのです。彼らはまさに殺戮のプロでした」(杉原幸子『六千人の命のビザ』)

しかし、これも戦争が膠着し先行きが見えなくなると、恒久的虐殺施設をポーランド領内を中心として建設するようになります。 

これがアウシュビッツに代表される、6カ所の大規模絶滅収容所でした。

2(写真 米軍によって餓死寸前で解放されたオーストリアの強制収容所の人々『ヒトラーと第3帝国』)

ホロコーストが、それまで東ヨーロッパではびこっていたユダヤ人に対する集団的迫害行為であるポグロムと決定的に異なるのは、このホロコーストが冷血な合理主義によって運営されたことです。 

ドイツ人はなんの感情も交えず、日常業務としてユダヤ人を駆り集め、男女、老若、労働が出来るか否かで「仕分け」、出来ない子どもや幼児はそのままガス室に送り込みました。 

Photo

(写真ソ連軍が撮影したアウシュビッツ収容所の子どもたち。彼らは労働力にならないとされ、虐殺を待っていた。引用同上) 

まさに近代的食肉工場のように、ユダヤ人を「最終解決」していったのです。ある意味、憎悪に彩られたポグロムより、遥かに恐ろしい人間性の頽廃です。 

これは、まるで虫を殺すように広島・長崎の一般市民の頭上に原爆を投下した、恐ろしさに通じるものです。

ちなみに、私たち日本人は、歴史的に反ユダヤ主義とは無縁でした。

むしろ30年代には、ナチスに追われるユダヤ難民を、ソ連経由で満州に入植させて保護しようという「河豚計画」があったほどです。

しかしこのユダヤ人救出計画も、39年にソ連が独ソ不可侵条約を結んだことで挫折します。 そして同年のポーランド、バルト三国の侵攻により、ユダヤ人の脱出ルートは完全に閉ざされます。

その閉じようとする最後の扉を渾身の力で開いた人物がいました。それがリトアニアのカナウス領事であった杉原千畝です。

彼は、最後の最後まで「命のビザ」をユダヤ難民に渡し続けました。彼が、しびれる手でビザを渡しながら残した言葉かあります。

「ヴァジャ・コン・ディオス!」神と共に行きなさい、という意味だそうです。

2011年の東日本大震災において、イスラエル大使はこう述べています。 

「1940年、リトアニアの総領事だった杉原千畝は、少なくとも6000名のリトアニア在住のユダヤ人に日本への立ち入りを可能にするビザを発行してナチスの魔の手から命を救いました。私たちはその恩に完全にむくいることはできませんが、多くユダヤ人が今こそ杉原千畝への敬意を表すべく、日本を助ける時であると言っています。ユダヤ人が助けを必要とする時に日本の皆さまに手を差しのべていただきました。そして今度は私たちユダヤ人が日本に手を差し伸べる時なのです」(ニシム・ベンシトリット駐日大使)http://www.jinruiaizenkai.jp/NPO/alia/raiensha/taishi/nishim-3.html

このようにホロコーストは、戦争行為とはなんの関係のない次元で始まり、戦争の拡大と共に地域を拡げただけであって、戦争行為とは無縁なユダヤ人絶滅政策であったのです。この本質を忘れてはなりません。 

ですから、第2次大戦時にあった1899年ハーグ陸戦条約、1929年ジュネーヴ条約が定める、非戦闘員虐殺や非人道的兵器の使用、あるいは捕虜に対する虐待などの「戦争犯罪」の概念には入らない異質な存在なのです。 

ある意味、この裁きようがない巨大な犯罪行為を前にして戦勝国側は、ニュールンベルク裁判において一括して「人道に対する罪」「平和に対する罪」というあいまいな名で処罰しました。

それと同時に、ホロコースト政策とはなんの関係もないわが国までも、「平和に対する罪」という類似の罪名で裁いたことが禍根を残しました。 

まったく別次元のドイツと日本の戦争が、同じ罪名で裁かれてしまったからです。 この汚名によって、長くわが国はドイツと同様の罪を背負わされることになります。

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コメント

「人道に対する罪」「平和に対する罪」
マスコミや人権団体(かなり胡散臭いのも多いです)が大好きな言葉ですな。
根拠が曖昧なままで戦犯追及のために作ってしまった罪状ですから。
実に都合良く万能なわけです。

といって、イラクやアフガンみたいに難癖をつけて外国に勝手に侵攻して政権を打倒しては勝手に裁いたり。そちらにも都合がいいわけで…。
といっても、中国やロシア相手には演説で形だけの批判をする程度で、手は出せません。

所詮、パワーバランス次第で適当な言い訳に使われているだけ。
毛沢東やスターリンなんか悪党にも程があるでしょう。
もちろん内政干渉ですが、弱い国相手なら平気でやるのが軍事大国。
朝鮮を最後に、宣戦布告すらしなくなってしまいました。

投稿: 山形 | 2015年2月12日 (木) 07時57分

r(@∀@)
ドイツの反ユダヤ思想は、ホロコーストという最悪の形で結実した。
日本のヘイトスピーチも、最悪の事態を避けるために法で規制しなくてはならない。
という感じでしょうか。

まあ、ドイツの侵略やホロコーストは、当時の社会状況(第一次世界大戦、世界恐慌)から考えたら、ヒトラーやナチが出現しなくても誰かが起こしていた歴史の必然だと考えています。

歴史の教訓としては、英仏がナチスの侵略を最初から止めておけば、ということなのだと思いますが、知識人とやらは最期(!?)まで話し合いで解決を目指せと言っています。

投稿: プー | 2015年2月12日 (木) 08時51分

プーさん。
それならチェンバレンやケネディ(父)なんか、そっち関係の方々にとっては「英雄」になってるはずなんですが…実際には吊し上げ対象ですね。

どんだけ底の浅い不勉強な連中なのかが分かる一例だと思います。
9条教徒なんて出鱈目もいいとこで酷いもんです。

投稿: 山形 | 2015年2月12日 (木) 10時31分

山形さん。
ケネディ(父)、知らなかったので調べてみましたが、真っ黒ですね。

インサイダー取引、マフィアと手を組んだ、世界恐慌の引き金。
あろう事かヒトラーを支持。

ユダヤ人から時間差三族誅滅の罰を受けたのが「呪い」の正体では? と思います。

投稿: プー | 2015年2月12日 (木) 17時31分

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