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福島事故 「素人政治家」に屈伏した原子力テクノクラートたち

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昨日までの情景は、菅首相の「もっと検討しろ!もっと詰めろ!」  というところまでてした。 

これを周囲は、海水注入停止命令と受めたのが、連絡約として官邸に詰めていた武黒一郎フェローです。

いちおう、この人物の経歴を見てみましょう。まさに原子力畑一直線なのが分かります。東電のまさにエリート中のエリートです。

19695月東京大学工学部舶用機械工学科卒業1994年原子力研究所軽水炉研究室長 兼主席研究員、1996年柏崎刈羽原子力建設所副所長、1997年原子力管理部長、2000年原子力計画部長2001年取締役柏崎刈羽原発所長2005年常務取締役原子力・立地本部長、2008年取締役副社長原子力・立地本部長、2010年フェロー(副社長待遇)。(※追記 一部誤りがありましたので、修正いたしました)

そして、この武黒フェロー(副社長待遇)が、注水停止を命じた相手が、私たちもよく知る吉田昌郎所長でした。 

彼の経歴も押えておきます。  

東京工業大学工学部卒、同大学院原子核工学専攻修了。1969 年入社。原子力保修課、福島第二原発の発電部長、本店の原子力設備管理部長を経て、2010 年6 月から福島第一原発所長。  

東電のような国家官僚機構を思わせる牢固な組織で、武黒氏は、吉田の5年先に入社し、組織系列上も上司に当たります。ほぼ絶対的指揮権を持つと言っていいでしょう。 

下に政府事故調が作成した、緊急対策時の組織系統図を載せておきます。 

Photo
以下のやりとりは、朝日新聞木村英昭記者が、『官邸の100時間』という本の中で記録しています。 

木村記者は、宮崎知巳記者と共に、東電撤退問題を描いた『官邸の5日間』『東電テレビ会議49時間』、あるいは『福島事故タイムライン』などの著作をものにしています。 

宮崎記者は、あの「美味しんぼ」鼻血風説の源流である、『プロメテウスの罠』第6シリーズのデスクです。

木村、宮崎両記者は取材源の菅氏に接近しすぎたためか、あるいは、そもそも考え方に親和性があったためか、菅氏に大いに入れ揚げました。

そして、東電逃亡撤退説や、海水注入東電説彼などを流布させ、それはたちまち反原発派の定説と化しました。

あげく、菅からリークされたと思われる「吉田調書」をネタ元とする、「所長命令に背いて所員は逃亡」という捏造スクープを放ち、朝日を絶体絶命の窮地に追い込んだことは、記憶に新しいことです。 

朝日特有の「角度」をつけすぎたようです。

では、船橋氏『カウントダウン・メルトダウン』と、木村氏『官邸100時間』をソースにして、以後の状況をみていきます。 

Yjimagehtu4e3x1 (写真 国会証言する武黒フェロー。菅氏の圧力に全面屈伏して、吉田所長に注水を止めるように指示してしまった) 

                        ~~~~~~~~ 

官邸・武黒から吉田所長への携帯電話  

2011年3月12日午後7時過ぎ。官邸から携帯で吉田に電話。
武黒「おまえ、海水注入は」
吉田「やってますよ」
武黒「えっ、おいおい、やってんのか、止めろ」
吉田「なんでですか」
武黒「おまえ、うるせぇ。官邸がグジグジ言ってだよ」
吉田「何言ってんですか」(電話を切る)
 

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国会証言では紳士的な口調で、冷静に語る武黒氏を知る者にとっては、仰天するような雑な調子です。 

もちろん、同じ東電の原子屋という仲で、しかも上司・部下の関係ですからわからないではありませんが、いかに武黒氏かテンパっていたかわかります。 

武黒氏は、もはや原発事故に立ち向かう技術者としてではなく、ただの菅氏のご機嫌を取り結ぼうとする道化と化してしまっています。 

斑目氏に次いで、、余りにも無残なテクノクラートの姿がそこにあります。 

事故に当たったっての彼らの「素人政治家」への屈伏は、日本の原子力安全文化の最終的崩壊を示すものでした。 

海水注水を止められて驚愕した吉田所長は、テレビ電話で清水正孝社長に直訴します。

Av01c0o(写真 清水社長。福島事故において、「嵐になれば現場にみんな駆けつける」モットーは守られなかった)

吉田 テレビ会議で本店の武藤副社長に海水注入の必要を訴える。
東電本店「官邸の了解が得られていない以上、いったん中断もやむをえない」
・吉田、納得せず
東電清水社長「今はまだダメなんです。政府の承認が出てないんです。それまでは中断するしかないんです」
・吉田「わかりました」

O0480036012226679272         (※テレビ会議画像 http://matome.naver.jp/odai/2134425146053938201

吉田氏は、政府事故調への証言の中でこう述べています。 

「指揮系統がもうグチャグチャだ。これではダメだ。最後は自分の判断でやるしかない」

この吉田氏の決意こそが、この事故における「灰の中のダイヤモンド」でした。

本来彼をサポートすべき政府官邸、保安院、東電本店は、すべて将棋倒しのように倒壊してしまいました。

そして吉田昌郎と69名の人々、そしてそれを現場で助ける自衛隊、警察などの現場力の肩に、日本の命運は託されてしまったのです。

次回、このシリーズ最終回です。 

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コメント

はじめまして。いつも愛読させて頂いています。出だしの箇所、武黒一郎さんの履歴が武藤栄さんのものになってしまっている様です。

投稿: happysakiko | 2015年5月10日 (日) 18時31分

happysakikoさん、ありがとうございます。修正いたしました。

投稿: 管理人 | 2015年5月10日 (日) 23時33分

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