なぜ民主党の30年代原発ゼロ政策が失敗したのか
民主党政権はある一時期、真剣に原発ゼロを政策化しようとしたことがあります。
2012年9月14日、野田政権の時代です。
野田政権は、14日のエネルギー・環境会議で、「革新的エネルギー・環境戦略」として、「2030年代に原発ゼロを可能とする」との目標を政府方針に初めて盛り込み、原発の新増設をしないことや、運転期間を40年とすることも明記しました。
そして同時期に行なわれていたIAEA年次総会で、山根外務副大臣が、新たな原発建設をゼロにし、2030年代にまですべての原発を廃止する方針を公表する手はずを整えていました。
これを私は興味津々で眺めていました。政府方針で国際公約とする以上、その実現性はきわめて高いし、もし自民党に戻ったとしても、国際公約の歯止めが効くからです。
そして当然のこととして、ここまで踏み切った以上、エネルギー専門家を交えた工程表もあるだろうし、諸外国、特に米国との根回しも完了していると思っていたからです。
ところが、この政府の決定は、わずか2日後の9月19日にひっくり返ってしまいます。
野田政権は、30年代原発ゼロを閣議決定から、「参考」にまで格下げして、「柔軟性をもって不断の検証と見直しを行なう」という意味不明の文言で、事実上破棄してしまったのです。
そして、「受け入れ地域住民との対話」を強調して、もうしばらく後には、野田首相自ら大飯の再稼働を認めます。
ネット界は、民主党を揶揄する声と、怒りの反応が渦巻きましたが、私はこの背景には、必ず米国というもうひとりの主役かいると感じていました。
というのは、当時の民主党政権にとって、最大の圧力は、自民党ではなく、他ならぬ米国だったからです。
それは、民主党初代首相のハト氏が、日米関係を徹底破壊してしまったために、その後の菅首相も軌道修正するために、いじらしいまでの親米姿勢を見せざるをえなくなったからです。
そのひとつの現れが、APEC横浜会議でのTPP参加「第3の開国」宣言でしたが、今ひとつあります。それが、2011年5月に行なわれた、浜岡停止要請です。
ちょっと立ち止まって考えて下さい。なぜ、浜岡だったのでしょうか?
津波を心配するのならば、福島第2でも東海第2でもいいわけですし、東海第2のほうが首都にはるかに近いはずです。
地震ならば、敦賀のほうが当時から活断層問題で揺れていました。
浜岡だったのは理由があります。それは、横須賀軍港にもっとも近い原発だったからです。
上図をみれば、浜岡で福島事故と同等の事故が発生すれば、横須賀は完全に被曝エリアに入ってしまうのがわかります。
その場合、横須賀軍港は、当然長期に渡って使用不能となります。
この横須賀軍港の重要性を、多くの人は忘れていますが、こここそが、米国の世界戦略の要なのです。
(写真 横須賀を母港とするジョージワシントン。横須賀は、米国本土を除いて唯一の修理整備能力を持つ軍港である。他にこのような軍港を米海軍は有していない)、
ここを母港とする、米国最大の攻撃力を持つ第7艦隊こそが、米国を世界盟主の位置につけています。
横須賀軍港を長期に渡って使用できなくなれば、佐世保は原子力空母が寄港できない以上、第7艦隊全体がハワイまで退くことになります。
(図 防衛省「米軍の配備状況およびアジア太平洋地域における米軍の最近の動向」 クリックすると大きくなります)http://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2014/pc/2014/html/n1112000.html)
これは憶測ではなく、当時の官邸関係者から、これを裏付ける声が漏れ始めてきているようです。
さて、話を戻します。野田政権は30年代原発ゼロを、米国に通知しに訪米団を送りだしています。そして、面接したホワイトハウス要人は、どう対応したでしょうか。
※フォントが大きくなっていますが、なぜか修正が効きません。すいません。大きいのは意味ありませんから(汗)。
面会に現れたホワイトハウス要人は、外交的オブラートにくるまずに、「日本政府はNPTをどう考えているのだ」と答えたそうです。
NPTは、1970年3月に発効した核軍縮を目的とした、米、露、英、仏、中の国連常任理事国5ヶ国以外に、核兵器を持たせないための条約です。
おそらく、民主党政権の高官はグッと詰まったと思われます。たぶん、予想だにしない反応だったからです。
米国は、言外にこう言っているのです。
「日本は国際公約を破棄して、米国の核の傘から抜け出して、独自核武装に進むという意思表示だと受け取っていいのだな。それなら、米国はそれなりの対応をさせてもらう」
民主党は、原発ゼロこそ国民受けする政策で、せいぜい代替エネルギーと廃炉の道筋さえつければ、ゼロが達成できるくらいに考えていたはずです。
脱原発宣言なら、メルケルのドイツだってやっているじゃないか、どうして日本がやっちゃいけないんだと思ったはずです。
不勉強な彼らは知らなかったのでしょうが、実はドイツはとっくに「核武装」しています。それが、ニュークリアシェアリングです。
説明すると長くなるので、煎じ詰めれば、米国の許可の下にNATO各国軍が核兵器を保有し、有事においては当該国がそれを使用するシステムです。
この核兵器保有国に、ドイツは入っています。もちろん、有事の際も、一国はもちろん、NATO全体が了承しても、米国が拒否権を行使できます。
核兵器拡散状況 Wikipedia
核保有国 ニュークリア・シェアリング NPTのみ 非核地帯
つまり、ドイツは新たに自国で核兵器を開発する必要がないのです。
ドイツにとって脱原発政策は、純粋にエネルギー安全保障上のテーマとなりえるのに対して、日本は、独自開発する能力と、投射能力を持つが故に、独自の核武装路線を取るという国際問題にまで発展するのです。
そこまで考えて、慎重に米国への根回しをしてからするならともかく、政権担当能力すら怪しい政権が、普天間でガタガタになった日米関係の時期に、思いつき的に言い出してどうかなるほど、脱原発政策はシンプルではないのです。
一方メルケルは、きわめて頑強な支持率に支えられた長期保守政権で、米国との強固な友好関係を持ち、かつ、NATOのニュークリアシェアリング・システムのために「独自核武装」を疑われる心配もありませんでした。
そして、原発を半数止めた後の電力不足に際しては、ヨーロッパ広域送電網から輸入すればいいという保険をかけて、その上で脱原発を宣言したのです。(それでも死ぬ思いを味わっていますが)
日本民主党の、思いつき的ポビュリズムとは雲泥の差です。
これが日独の決定的に異なる点でした。
野党特有のスローガン政治に馴れていた民主党は、よもや核兵器がらみで米国の反対に遭遇するとは夢にも思っていなかったことでしょう。
このように、原発ゼロ政策は、国際的には我が国が45トン(※70トンの異説あり)も備蓄しているプルトニウムをそのまま備蓄し続けて、イランや北朝鮮のように核武装化する意思を持っていることを意味します。
ある専門家の計算では、今保有するプルトニウムで、約1000発(※5千発の異説あり)の核弾頭が製造できるとのことです。
共産党のように、「軍事転用を許さないぞ」とシュプレッヒコールだけしていれば、どうにかなるならともかく、真剣に原発を畳むということは、そのような複雑な多元方程式を解くことなのです。
« 使用済み燃料について考えない反原発主義者 | トップページ | 土曜雑感 命題を掲げただけで思考停止になる人たち »
「原子力事故」カテゴリの記事
- 福島にはもう住めない、行くなと言った人々は自然の浄化力を知らなかった(2019.03.11)
- トリチウムは国際条約に沿って海洋放出するべきです(2018.09.04)
- 広島高裁判決に従えばすべての科学文明は全否定されてしまう(2017.12.15)
- 日本学術会議 「9.1報告」の画期的意義(2017.09.23)
- 福島事故後1年目 大震災に耐えた東日本の社会は崩壊しかかっていた(2017.03.16)
コメント
« 使用済み燃料について考えない反原発主義者 | トップページ | 土曜雑感 命題を掲げただけで思考停止になる人たち »
その多元方程式を解く最大の障害になっているものは何なんでしょうか.
それとも,そもそも解はない,もしくは解があっても解けない,とか.
日本が核保有国向けへのプルトニウムの委託製造をやっているとか(の噂)も関係しているのでしょうか.
投稿: しつもん | 2015年4月24日 (金) 23時55分
連続ですみません.
日本が溜め込んだプルトニウムをあげると言ったら貰ってくれるところはあるんでしょうか.
投稿: しつもん | 2015年4月25日 (土) 00時02分
しつもんさん。放射脳サイトに行けば、いくらでも「東電は福島のプルトニウムを売って大儲けしていた」などというナンチャッテ電波がいくつも出ていますよ(笑)。
あの人たちの想像力というか、妄想力にはいつもながら脱帽。その脳味噌を少しは真面目に原発を畳む方法に使いなさいよ、と言いたいが無理。
だって、電波を出して騒ぎを起こすのが趣味なんだもん。今回の官邸ドローンテロみたいにね。
さて、現実には、05年2月22日にIAEA発表された、「核燃料サイクルの多国間アプローチ」なんていうのがあって、ロシアがあまって困っていた廃棄物を、米国に売るということはあったみたいだね。
ロシアにとっては、処分に困る核廃棄物をやっかい払いできて、しかも外貨になるんで嬉しかったみたい。
ただ、これも濃縮分離できるだけの分ということで、限界があったようです。
核燃料製造の中核ともいうべきウラン濃縮サービスを世界規模で提供している企業は、現在4社しかありません。
・英、蘭、独が共同出資する「ウレンコ社」
・仏アレバ社の100%子会社「ユーロディフ社」
・「アメリカウラン濃縮社(USEC)」
・露国営原子力企業アトムエネルゴプロム傘下のウラン燃料会社「TENEX社」
そんな状況で、IAEAは、先の多国間処理プログラムを出したってわけ。構想は意欲的だったが、ロシアがイランと多国間処理をやると言い出して、もう冷や水。
結局、多国間にすると、本気で核兵器を作りたがっている国への転売、密輸が封じこめられないという危険があるのですよ。
これはただの核廃棄物ですが、濃縮分離した後のピュアなプルトニウムなんか渡したら、どえらいことに。核兵器作って下さい、といっているようなもの。
ちなみに、今は戦後最大の核武装流行時期で、イランが作れば、サウジが対抗し、サウジがすれば犬猿の仲のカタールも持ちたいだろうし・・・、という具合に核武装の連鎖反応が起きる可能性があります。
そして日本もまた、国際社会からは、北や中国の核の圧力が強まり、かつ、米国が弱体化した場合、核武装に踏み切るという予測もされています。
日本は、現実的能力うんぬんより、国内世論の壁が厚いでしょうから、そうとうにダメだと思いますが、少なくともそう見られてというのは自覚しておいたほうがいい。
そんな国が、原発、プルサーマル、再処理を全部まとめて止めてプルトニウム溜め込んだら、なんて思われるかです。
長くなるんで、どこかで独立した記事にしようかな。
投稿: 管理人 | 2015年4月25日 (土) 04時31分
管理人さん,
世界の核事情に詳しくないので,質問との関連がいまいち理解できませんでしたが,ありがとうございます.
(世界情勢に革命的な変化がおきない限り)
日本のプルトニウムの引き取り手はいない.
原発、プルサーマル、再処理を全部まとめて続けるしか日本には道はない.
というのが管理人さんの考えという理解でいいのでしょうか.
投稿: しつもん | 2015年4月25日 (土) 15時44分
>長くなるんで、どこかで独立した記事にしようかな。
是非,お願いします.
(コスト論や現実の政治状況とはかけ離れた)夢想的な条件下での脱原発への道程などを入れてもらえるとうれしいです.
投稿: んもつし | 2015年4月25日 (土) 15時53分
しつもんさん。夢がない話ですが、今の段階ではそうです。もう少し技術が進めば、また違った展開もあるのか、と。
核廃棄物の多国間処理や売買は、今の情勢では、ISのようなイスラム過激派の核テロまで警戒せねばならないために、けっこうキツイですね。
今は核廃棄物を弾頭に詰め込んで飛ばすダーティボム(汚い核爆弾)という新手まで現れていて、もはや濃縮しなくても使えてしまうのですから、タチか悪い。やれやれ、人間の悪意は底無しです。
とまれ、このような国際的やりとりは、まず枠組みを作ってからで、二国間で簡単にできることではありません。
投稿: 管理人 | 2015年4月25日 (土) 15時56分
管理人さん,
>今の情勢では、ISのようなイスラム過激派の核テロまで警戒せねばならないために、けっこうキツイですね。
の部分がよくわかんないですが,(まさか輸送上のリスクのことではないとは思いますが),日本が核転用が容易な形で大量に持っているというプルトニウムを例えばアメリカに売る,あげる,なんていうのもだめなんでしょうか.
(回答いただけたのに気づかず再質問遅れてすみません)
投稿: しつもん | 2015年4月28日 (火) 22時48分