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2015年5月

私の定位置

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当地は毎日雨です。それもドドっと降るのではなく、シトシトピッチャンという奥ゆかしい梅雨型です。

気象庁も地震や噴火で忙しいと見えて、梅雨入りをだしませんが、気分は梅雨です。

夏入りのこの時期は家業がいちばん忙しい時期で、毎日泣きながら書いています(オーバーな)。

さて、とうとう沖縄に戻ってしまったのか・・・、という嬉しくもあり、ちょっと重~い気分です。ちょうど今の天気みたい。

私にとって沖縄は、今の私の出発点のようなもので、だから他のテーマと違って、私自身の「情」が絡んでしまいます。

突き放して見れないことを、白状しておきます。

だから、妙な思い入れをしている昨日書いたような連中に遭遇すると、まさにカネヒラさんではありませんが、ワジワジします。

私は「運動」とか、「闘争」というものは生活人にとって、やりたくてやるものでは無いと思っています。

時間は取られる、家業はおろそかになる、子供は泣く、嫁はどなる、米びつはカラッポ、ということを覚悟せにゃならんのが「闘争」というものです。

普通の人たちが、普通の生活を破壊されそうになって、初めて心底怒り、切羽詰まって生活をかけてやるからこそ強いのです。

そんなことをけしかけにわざわざ遠い沖縄まで来るな、おめーはテレビ局の重役で何千万もらっているかしらねぇが、けしかけられるほうは身銭だ。

赤い貴族が「お仕事」で騒ぐな、ましてや年金もらってから暇潰しに「闘争」に来るな、というのが、ただの生活人としての私の気分です。

今回の辺野古の騒動(あんなものを「闘争」とは呼びたくない)を見ていると、そんなあたりまえの生活人の顔が浮かんできません。

カヌーで海保に突っ込みたかったら、同じ沖縄でも石垣市尖閣で中国海警相手にやれよと揶揄したくなります。

ましてや、島のエリートの県役人で喰ってきて、しかも組合専従などという赤い貴族でいて、なにが「平和センター」で不当逮捕だってぇの、チャンチャラ可笑しいぜ、と毒づきたくなります。

フツーの生活人は逮捕などされたら食い上げだし、職場もクビになるので、あんなことはしませんって。

だいたい、あんなウィークデイに、どうして生活人が「闘争」になんかに行けますかってんだ。

それをちょっと考えれば、まともに汗して働いている人たちじゃないってわかりそうなもんです。

辺野古で生活人を探すなら、漁協の河岸にでも行くのですね。あるいは、地元のスナックにでも行けば騒動のうるささから逃れた地元の一般の人が、たむろしています。

それを見もしないで、どこから来たのか分からない外人部隊と、赤い貴族たちの海保との衝突を報じて、あろうことか「住民の抗議をつぶす海保」などと報じるのですから、ちゃーならんさ。

あ、「ちゃーならんさ」は、どーにもならねぇよな、くらいの意味です。実感あるでしょう。

沖縄弁って泥臭くって、汗臭くって、だから好きで、本土でも使っちゃいます。

私の沖縄問題の定位置は、いたってシンプルです。

私と同じ、飯を食い、家族を養い、子供を育て、夕飯のビールの一缶を楽しみにする人の側にいます。

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日曜写真館 もうすぐ梅雨

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土曜雑感 沖縄県民にとってのありがた迷惑とは

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もうすぐ、6月23日が来ます。 

私は今年の3月11日、大震災4周年の日に、こう書きました。少し引用します。
※http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/post-e981.html

「語弊を承知したうえであえてこう言います。
<福島を忘れて下さい>
福島を変な象徴に祭り上げないでください。福島にカッコを付けたり、片仮名でフクシマと言わないで下さい。
福島をひとり歩きさせて、おかしな同情をしないで下さい。
それは今、普通の歩みを始めている福島の人間にとって、逆に重荷であって、むしろ迷惑だからです。
福島の農業を支援したいと思う方々は、間違いなく善意で、心優しい人たちです。しかし、実際の福島の農業を見ないで、その人の頭の中にある観念の中の「フクシマ」で見てはいませんか。
それは時に、現実を生きる人を傷つけているかも知れないのです。その観念は多くの場合、現実とズレています。その人達にとって4年前の時間で止まってしまっていることが多いからです。(略)
福島の人々が新しい現実と戦っている今、いつまでも2011年3月11日から前に進まないのは一体誰なのでしょうか。
いい意味で「福島」を忘れましょう。心の中でゆっくりとフェードさせていって下さい。それが福島と共に歩むことなのです」
 

さて、私は沖縄についても同じことを言わねばなりません。 

本土の知識人と言われる人たちは、この島に過剰な贖罪意識を抱いてきました。「鉄の嵐にうたれ、基地の重圧に喘ぐ島」という、強烈にネガティブなイメージはむしろ本土の知識人が作り上げたものです。 

名指ししておきます。大江健三郎、筑紫哲也、そして今でも現役で発言し続けている金平茂紀などのような人たちです。 

その他、本土には掃いて捨てるほど無数のフォロワーズがいます。 

Tvtbs971215_024(写真 ニュース23当時の筑紫氏と金平氏。実質、耄碌して、口がまわらなくなった筑紫氏に代わって、この番組は金平氏が作っていた

金平氏はこう書きます。

「『戦後』もそのための尺度の一つだ。それはまたあの戦争を忘れないための知恵でもある。だが今、この「戦後」という尺度が無効になりつつあるのではないか。いや、正確に言えば、無効にされつつあるのではないか。「戦後」ではなく、むしろ「戦前」という尺度の方がより具体的に自分の位置がわかるのではないか。それほど日本では、いま戦争に向けた準備が強引に進んでいるように思う」
※金平のワジワジ通信 http://www.okinawatimes.co.jp/cross/?id=257 

私はこのような文章が大嫌いです。自らの「善意」を信じて疑わず、自分の脳味噌の中の「オキナワ」だけが唯一無二の真実だと思っているからです。

臭くて鼻が曲がりそうです。ワジワジはイライラくらいの意味ですが、ワジワジするのはこちらのほうです 

このような人にとって、それはもはや一個の信仰のようになっていて、異論の存在を許しません。 

彼らはメディアを握っているだけに、テレビカメラの前で、沖縄のこととなると、「痛み」であり「苦しみ」でしかなく、それ以外の言葉で語ってはならないと、深刻な顔で訓戒を垂れます。 

実際に、このような「善意の言葉」は、島で生きる人たちにとってただのありがた迷惑です。 

B9rwercuaei6d(写真 金平氏のワジワジ通信は沖タイでも読める。沖タイ本社から中継したこともある。佐藤優氏もよく顔を出す。佐藤氏は、本土ではこわもての自称「国益主義者」だが、島に来ると豹変してただの左翼になる)

沖縄での典型的な「ありがた迷惑」を、思いつくままに上げてみましょう。 

①沖縄に来て、頼まれもしないのに、まっしぐらにキャンプ・シュアブのゲート前に駆けつけて、「平和運動」の人たちと「交流」したがる。 

②「座り込みテント」で、「沖縄は今までいかに米軍の被害にあってきたのか」を聞いて、沖縄県民はいかに怯え苦しんでいる、という確信を勝手に抱く。

Sqhs1atnea(写真 沖縄で騒ぎがあると、救急車のように直ちに駆けつける金平氏。なぜかいつも沖タイか琉新の記者が一緒だ)

③『鉄の暴風』を抱いて、読谷のガマ(洞窟)に行き、沖縄県民を犠牲者として憐れみの眼で眺める。 

④嘉手納の安保の丘に行き、「今でも沖縄はこのような米軍支配下にある」と演説を始める。 

309e738c14b89d9a468eaa7c38413ac0(写真 嘉手納安保の丘。かつてはサンパウロ・ブラジル公園と言っていた。「爆音の缶詰」などを買える。反安保の聖地となって、本土の労組などの参拝客が絶えない。金落していけよ)

⑤普天間の嘉数台地に登り、オスプレイに憎しみの視線を送りながら、足の下に未だに無数の日本軍将兵の遺骨が眠ることを忘れて、「日本は沖縄を捨て石にしたのだ」と説教を垂れる。 

⑥勝手にヒロシマ、ナガサキ、オキナワと並列してしまい、なぜかその怒りを自分の国の向けてしまって、「許して下さい」と懺悔を始める。 

⑦聞きかじった沖縄戦の知識で、沖縄戦において「日本軍は住民に自決強要したり、虐殺ばかりしていた」と言い、頼まれもしないのに県民に深刻な顔で謝罪する。 

⑧観光客を見ると、「慰霊の島」でチャラチャラしやがってと毒づき、真の「癒し」を求めてやんばるの森で瞑想し、ブナガヤの祟りでハブに噛まれる。 

⑨本土に帰ると、身内を集め、「沖縄はこうなんです。沖縄県民は皆、苦しんでいます。皆さん、泣いて下さい。怒って下さい。この怒りをアベにぶつけましょう」と演説を始める。

3b957fa09586fd529046bc49b6255252(写真 普天間野嵩ゲート前。早朝からマイクでガナる。オスプレイよりはるかにうるさい。有名な反戦作家・目取真俊氏のブログより引用しました。ありがとうございます)

⑩これが嵩じると、頼まれもしないのに、反戦・平和の神聖な聖域である沖縄に定年移住し、毎朝、普天間野嵩ゲート前で米兵に罵詈雑言を浴びせ、これこそが「平和運動」なんだ」と悦に入る。 

このような人たちに治療薬はありません。強いて言ってやれば、普通の暮らしをしている沖縄の市井の人たちの迷惑になることをするな、というだけです。

自分の左翼思想の表明のために、沖縄をダシに使っているだけにすぎません。

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「沖縄だけ」が犠牲を引き受けているのか?

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翁長氏の外国特派員協会の記者会見は、沖縄怨念史観の固まりのようになっています。

「今一度、万が一また、沖縄がまた切り離されるのではないか、10万人が亡くなるのではないかこういう恐怖心を持つのは沖縄の人間としては当たり前であります

これを言った時に、翁長氏は「グゥの音もでないだろう。ナイチャーの奴らめ」と思ったはずです。
きっと鼻の穴が開いていたことでしょう。

もちろん、この部分は沖縄の地上戦の被害について言っていますが、典型的な「沖縄だけ」(ウチナービケーン)論になってしまっています。 

これは、錯覚を呼ぶ表現です。なぜなら、あくまで「大戦の一般国民の犠牲者数」ではなく、「地上戦」の犠牲者数だからです。
 
数字を押えておきます。まずは沖縄県です。 
  • 「C:戦闘参加者(戦傷病者戦没者遺族等援護法(援護法)との関係で日本軍に協力して死亡した準軍属と認定された人数) 5万5246人
    D:一般住民(県の避難勧告を拒否したものが多数と証言する昭和29年生まれの沖縄県出身者もいる)3万8754人(推定)」(Wikipedia)

合計で9万4000人です。これは厚生省援護課が、戸籍数の減少から算出したものです。
※異説として24万という数字もあります。 

約10万人という翁長氏の言い方は、これが根拠です。
きわめて痛ましいもので、沖縄県民のみならず、日本人全体にとっても、ある種のトラウマのようになってしまいました。
ですから、日本人は沖縄を大戦の悲劇の象徴として戦後、今に至るも長く頭を垂れてきました。
しかし、今日、あえて私が言いたいのは、大戦の一般市民の犠牲は、「沖縄だけ」ではないことです。
Sendai_after_the_1945_air_raid(写真 空襲後の仙台市街)
 
本土空襲による市民の犠牲者は、広島、長崎に対する原爆の犠牲者24万5956人を除けば、約30万人とされています。
●空襲による、各都市の死傷者数の上位7都市
・東京都区部・・・約10万人
・大阪市   ・・・約1万人
・名古屋市 ・・・約7800人
・神戸市   ・・・約6200人
・横浜市   ・・・約4600人
 
●1千人以上の死者を出した20都市
青森市、長岡市、富山市、日立市、千葉市、川崎市、静岡市、浜松市、福井市、津市、堺市、和歌山市、明石市、岡山市、呉市、高松市、八幡市、大牟田市、佐世保市、鹿児島市
・日本全体の罹災人口・・・約1千万人
・当時の人口約7千万人の14%が家を消失

日本空襲はまさに一般市民の生活の場を破壊し、殺害だけを目的とする無差別爆撃そのものでした。 

私は非戦闘員に対する massacre(大虐殺)という表現をしても、差し支えないと思っています。 

このような日本の市民に対するmassacreの犠牲者、すなわち、本土54万、沖縄10万、総計64万人の尊い犠牲者総体の列の中に、沖縄の犠牲者も置くべきではないでしょうか。 

しかし沖縄の「平和運動」は、他県の犠牲者を切り捨ててしまい、「沖縄だけが戦争の犠牲者にされた」という言い方を好みます。 

実際に戦争を経験しない若年層になればなるほど、この沖教組の「平和教育」が浸透していで、あたりまえのように「沖縄だけが戦争の犠牲になった」という言い方をします。 

そしてこれが、復帰後も残った米軍基地の占有率74%という数字と重なって語られるために、「沖縄だけが戦争被害を被り、沖縄だけが米軍基地を引き受けている」という間違った観念を生み出しています。 

たとえば、つい最近も翁長氏と菅氏との会談を伝えて、地元紙はこう書いています。 

「翁長知事:沖縄は全国の面積のたった0・6%に74%の米軍専用施設が置かれ、まさしく戦後70年間、日本の安全保障を支えてきた自負もありますし、無念さもあることはあるんですよね」((沖縄タイムス 4月6日)

 あるいは翁長氏はこうも言って、移設による縮小はウソだと言っています。 

「翁長知事:嘉手納以南の相当数が返されると言うんですが、一昨年に小野寺前防衛大臣が来た時に「それで、どれだけ基地は減るのか」と聞いたら、今の73・8%から73・1%にしか変わらない。0・7%だ。 
 なぜかというと那覇軍港もキャンプキンザーもみんな県内移設だから。県内移設なので、普天間が4分の1の所に行こうがどうしようが、73・8%が73・1%にしか変わらない。 
 官房長官の話を聞いたら全国民は『相当これは進むな』』『なかなかやるじゃないか』と思うかもしれないけれど、パーセンテージで言うとそういうことだ」(琉球新報4月6日)
 この翁長氏の表現は間違いではありませんが、一種の詭弁です。74%は、あくまで「専用施設」のみの数字だからです。
 
ところが、日米安保はあくまで米軍と自衛隊による「共同防衛」が前提ですから、共用施設が圧倒的で、専用施設のほうが例外なのです。
Clip_image002 
私は何度も書いてきていますが、日米安保の中枢は沖縄にはありません。横須賀、厚木、横田、座間、三沢、佐世保などと、それに付帯する支援施設にあります。

その意味で翁長氏が言う、「戦後70年間、日本の安全保障を支えてきた自負」は間違いとまでは言う気はありませんが、大げさなのです。

正確に言うなら、「戦後70年間、本土と一緒に日本の安全保障を支えてきた」と言うべきです。

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これは防衛省の、以下の詳細なデータをみれば分かります。
※防衛省「別添3~5 米軍と自衛隊が共同使用している防衛施設 

お分かりのように、佐世保、三沢をのぞけば、東京、神奈川のきわめて狭い地域に密集しており、統計的には2自治体にまたがりますが、実際は数時間内のエリアに納まってしまうほど狭い地域です。 

そのエリアには、米海軍第7艦隊米軍と第5空軍の司令部と空母の母港があります。これらの施設抜きに、米国は世界戦略を展開することはできません。 

そしてこれらはすべて共用施設で、自衛隊も使用しているために「専用施設」にはカウントされていません。 

ちなみに、私は厚木基地の真横で小学校から勤め人まで過ごしました。さらに今は、百里のジェット戦闘機の旋回面直下で、先日、防音施設工事のハンコを押したばかりです。 

よくよく基地にご縁がある人生のようてす(苦笑)。 

ですから、後に沖縄に住むことになった私にとって、嘉手納は特に驚くに値せず、普天間に至っては、失礼ながら静かなもんだと思ったほどです。 

危険性ならば、普天間より厚木のほうが高いと防衛省は考えているようです。

Atsugi(写真 厚木基地。フェンスまで住宅地がびっしりと建っているのがわかる)。運用しているはジェット戦闘機と 大型プロペラ機)
0_45e(写真 普天間飛行場。同じく住宅地がフンスまで迫っている。運用しているのは、かつてはヘリと中型輸送機。現在はオスプレイ)

ただし、その苦労は非常によく理解できます。それが故に、「沖縄だけがやられた」という固定観念にとらわれないほうがいいと、申し上げています。 

それはさておき、沖縄県もそのことを公式には知っています。 

●「沖縄の米軍及び自衛隊基地(統計資料集)平成26年3月/沖縄県
(オ)米軍施設・区域の全国比
・全国の米 軍 施 設 ・ 区 域 :132施設 1,027,153千㎡
・本土の米 軍 施 設 ・ 区 域 :99施設  795,393千㎡
・沖縄の米 軍 施 設 ・ 区 域 :33施設  231,761千㎡
・全国に占める本県の比 率  : 25.0%  22.6%

共用施設まで入れた数字だと、22.6%です。74%%では実に51%も違っていますから、与える印象は天と地ほども違います。

これは、印象操作による情報誘導のテクニックを使っているためで、これだけベースになる数字が違っていては、「上目線」も何もあったものではありません。

また、翁長氏は、「73..8%から73..1%に減るに過ぎない。たった0.7%の縮小だ」という言い方をしますが、これも数字上はそのとおりですが、これもまた「嘘は言っていないが、不利になることにはひとことも触れない」という類のものです。
というのは、上の沖縄県の「全国に占める本県の比率」だけを見れば、米軍基地面積は北海道のほうが上回ってしまうからで、沖縄は第2位に転落してしまいます。
ただし、これもまた誤りです。というのは、北海道は年に数回使うだけの広大な演習場がカウントされているからです。
ほら見ろ、と翁長氏はドヤ顔をするてしょうが、実は沖縄も同じことをしています。
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というのは、広大なジャングルの北部訓練施設(演習場)が、なんと78平方キロもあるからです。
沖縄全体の基地面積は、231平方キロですから、「沖縄の米軍基地」とひと言でいっていっても、実は33%はただのジャングルにすぎません。
実は私は北部訓練施設の近隣住民でしたから、ここが雄大なやんばるの山だけしかない、ということを肌身で知っています。
この今のところ使い道がないジャングルと、普天間(宜野湾市)という副都心にしようかという一等地を比較すること自体が愚かです。
このように翁長氏の言う「沖縄だけ」(ウチナービケーン)には、自分にとって有利な数字を、有利なように加工して、不利な数字は隠して印象操作をするやり方が基本にあります。
もし、翁長氏が本気で本土政府とやり合いたいなら、事実に基づく数字を基にして議論せねばなりません。

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翁長氏の歴史偽造 日本は沖縄を「切り捨て」てなどいない

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翁長氏が、この5月20日に、わざわざ本土まで来て、外国特派員協会でなにを言うのかと思えば、こんなことを言っています。

例の「独立するのか」というマスコミの愚問に答えた形で、「独立は困難だが」とまんざらでもない様子で、含みを持たせながらの発言です。

「しかし、ご指摘のあったように、まさしく70年前に10万人も沖縄県民が亡くなる。戦後にはサンフランシスコ講和条約で、あれだけ日本に尽くした沖縄をさっさと切り離して独立してしまった。
残された沖縄は日本人でもない、アメリカ人でもない中で22年間、無国籍人で過ごしてまいった。そうしたことなどを考えると、今一度、万が一また、沖縄がまた切り離されるのではないか、10万人が亡くなるのではないかこういう恐怖心を持つのは沖縄の人間としては当たり前であります

http://www.sankei.com/politics/news/150520/plt1505200071-n1.html

まるで日本が積極的に自ら望んで沖縄県民を「捨てた」ような言い方です。

復帰から40年もたっているのに、まだこんなことを言っているのですか・・・。

視野を「本土と沖縄」にだけ狭めてしまって、置かれた国際的環境も見ないために、沖縄ひとりだけが被害者であるかのようなことを言いたがる悪い癖です。

「沖縄を切り捨てた」から始まり、「米軍基地があるのは沖縄だけ」「安保を一身に支えているのも沖縄だけ」、という言葉をたびたび投げつけます。

それを言うと本土人が何も言い返せなくなると思っているらしく、決めゼリフのように感情的にぶつけてきます。

私も経験がありますが、初めてそれに遭遇した私は、父祖が鹿児島人だったことまで言い募られて批判された記憶があります。

私たち本土人は、沖縄県民を同胞だと思い、それが故に、当時は力が及ばず苦しい思いをさせた、すまなかった、できる限りのことをして報いたい、と心から思っているのに、さらにおっかぶせるように、たびたびそう言われてきました。 

しかも、沖教組の「平和教育」の産物なのでしょうか、米軍統治時代はおろか、復帰運動すら知る由もない若い世代から、同じ口調で歴史的怨念を言われると複雑な心境になります。

こうも度重なると、正直、隣国のそれを思い起こさせて憂鬱な気分にさせられます。 私は謝罪疲れしました。

では、ほんとうにそれが絶対的真実なのかどうか、検証してみましょう。 

1947年6月、マッカーサーは「沖縄人は日本人ではない」と 発言しました。 

この時点において、米国は、沖縄線における7万5千人もの米国人の血であがなった沖縄を返還する気は、まったくありませんでした。 

米国に限らず、国というものは、多くの自国民の犠牲で勝ち取った占領地に対して、異常とも思える執着をするものです。

それはロシアの北方4島についての、あの執着ぶりをみればわかるはずです。

戦争とは関係のないドサクサで奪ったにすぎない、竹島に対する韓国の、議論ひとつ許さない異常極まる対応を見ても、納得がいくかと思います。 

わが国ですら、満州事変などという横紙破りを演じたのは、そこが日露戦争の多大な犠牲の上で権益を獲得した土地であったからです。 

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さて、米国は沖縄を、第2次大戦中最大の激戦地と認識しています。 

だからこそ、米海軍の艦艇には「オキナワ(CVE-127 )の名を与え、駐屯地にも同じく、キャンプ・ハンセンは、戦死したデール・ハンセン海兵隊二等兵にちなみ、同じくキャンプ・シュアブにはアルバート・シュアブ海兵隊一等兵の名誉を讃えて命名されています。 

このように、米国の沖縄に対する感情は、私たちの想像を越えて深いものがあって、終戦直後の時点においては、問答無用で本土と沖縄を切り離して永久支配する予定でした。 

同じく激戦地で日本から奪った、グアム・サイパンのような戦後の統治形態を永続的にするつもりだったのです
※グアムは米国領て、日本が軍事占領していた。サイパンは信託統治領。

同時に、冷戦下における軍事緊張の中で、朝鮮半島、中国大陸、東アジアの中心に位置する沖縄の、地政学的な重要性も考慮されたのは当然のことです。 

世界的な常識から見て、このような軍事的要衝地を多くの犠牲を払って占領した場合、元の帰属国へ復帰することは限りなく難しいと言えます。 

当時のわが国もまた、憲法すら押しつけられてしまうような丸裸の敗戦国でしかなく、自身もGHQの軍政下にありました。

このような国が、1952年にかろうじて自らが「独立」できたとはいえ、すべてを奪い返す力などどこにもないのはわかりきったことです。

ましてや、当時は朝鮮戦争有事でした。米国を中心とする国連軍は、朝鮮半島で北朝鮮と中国の連合軍との熾烈な戦いを演じており、沖縄はその重要な出撃基地でした。

このような条件下で、米国が沖縄を手放すわけがありません。

切り離された恨みは理解できますが、当時の人たちの眼差しに戻って、腰を落して見るべきなのです。

沖縄が、米軍と高等弁務官を頂く統治組織によって、完全な実効支配がされている以上、グアム、あるいはサイパンのように米国の準州になることはあっても、再び日本領に復帰することは、限りなく不可能に見えたでしょう。

だから、日本政府は涙を呑んで後日の交渉に委ねたのです。何も好き好んで売り飛ばしたわけでは断じてありません。

それ故、私たちの先人たちはあきらめなかったし、また何よりも沖縄県民もまたあきらめませんでした。

県民の、長く地道で、涙ぐましい復帰運動がなければ、米軍政の現状は今もなお続いていたはずです。

そして、今も沖縄は英語を公用語とし、ドルを使うといういわば「半米国」であり続けたでしょう。

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また仮に返還がありえたとしても、それは1997年の中国と英国との100年間の、租借期限切れによる返還くらいしか、世界には実例がないでしょう。

そのくらい、沖縄返還は世界外交史上のレアケースなのです。 

このような外国による軍事占領を伴う実効支配を打ち破るには、常識的には、領土奪還戦争を仕掛けるしかないというのが、世界外交の常識です。

しかし、沖縄はグアムにも、サイパンにも、そして香港にもなることなく、沖縄県として正々堂々と日本に復帰しました。
 

これは、翁長氏たちがどう思おうと、戦後外交の輝かしい奇跡と世界では呼ばれています。

佐藤栄作首相か「平和的手段による返還をなしえた」としてノーベル平和賞を与えられたのは当然のことです。

このような歴史を一切無視して、「オレたちは捨てられた。また捨てられると怯えている」と言うのは、事実誤認、いや歴史の偽造です。

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沖縄が祖国に復帰した原動力は一に懸かって、県民の祖国愛でした。翁長氏も、その年齢から言って、かつての復帰運動末期を知り得ているはずです。

その時日の丸は、沖縄県民が右も左もなく頭上高く掲げる、軍政に対する抵抗のシンボルでした。

それが故に、本土人にとっても復帰の日、「お帰りなさい。ほんとうにご苦労様でした。もうあのような思いは二度とさせません」と涙ながらに迎えたのです。

このすまなかったという気持ちは、沖縄に投じられた累積10兆円にものぼる振興予算に現れています。

あれは、私たち本土人の税金、言い換えれば私たちの「気持ち」なのです。それを忘れないで欲しいのです。

百歩譲って、仮に日本が沖縄を「捨てた」としても、母国に復帰しえたのは、県民の皆さんひとりひとりの熱い祖国愛があったが故です。

それが米国を驚嘆させ、動かしたのです。グアム・サイパンになく、沖縄にあったのは、帰るべき祖国だったのです。

長くなりましたので、次回に続けます。

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翁長知事の危険な「二元外交」

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今、翁長氏は「外交」をしようとしています。自分は訪米し、ワシントンには県の出先事務所を作ろうというものです。 

県の出先事務所というと、よその県はせいぜいが観光振興か、特産品輸出ていどの目的ですが、沖縄県は違います。なんと独自「外交」をするというのです。

琉球新報はこう伝えています。

「米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設断念を国際世論に訴えるため、沖縄県は27日、米国ワシントン市内に事務所を開設した。県事務所設置は北京、上海、香港、台北に続く海外5都市目。
ワシントンの県事務所のある区域は、政権に影響力があるシンクタンクや大学などが集中し、ホワイトハウスから徒歩10分以内の距離にある。平安山英雄所長、県職員、米国人のアシスタントの計3人体制で運営する。今後は事務所を拠点に米議会や米国務省、米国防総省、シンクタンクなどを本格的に回り、沖縄の現状や翁長雄志知事の考えを伝えるほか、5月下旬に予定する翁長雄志知事の訪米に向け、米要人との面談調整などを担う。
平安山所長は「知事の考えを直接伝える機会になる。関係機関に足しげく通い、政策立案に関わる関係者と会い、粘り強く沖縄の現状を訴え、理解を求めていきたい」と述べた」(琉球新報2015年4月29日)

 この翁長氏がワシントン事務所の駐在員に任命した平安山英雄(へんざ)氏は、沖縄の米国総領­事館に勤務していた人物で、米国内に広い人脈を持っているそうです。

平安山氏は、在沖縄米国領事館の政治担当特別補佐官をしており、オスプレイ配備の時には、「理解」を求めて体験搭乗イベントなどを企画しています。
※米国領事館 japan2.usembassy.gov/naha/pdfs/Karahai_2012-1-issue.pdf

それが一転して、「オスプレイ配備阻止」ですか(苦笑)。さぞかし、元の同僚にあざ笑われることでしょうね。翁長氏自身もそうですが、王朝にはこういう転向組が多いことよ。

その彼が、「翁長王朝」の米国初代大使というわけです。

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(写真 平安山氏に2年の駐在員辞令を出す翁長氏。。取り巻く県役人で、仲井真派と目された者はすべて左遷されたという)

しかし、そもそもこの翁長氏の行為は、日本国憲法第73条「内閣の事務」のうち、「2 外交関係を処理すること」に反しています。

したがって、沖縄県という地方自治体には、国の日米同盟という条約に関して容喙する権限はありません。 

少し説明しましょう。 

この憲法第73条は、「内閣の仕事」を規定したものです。このうち2項は外交は内閣、つまり国の専権事項だということを謳っています。 

専権事項とは、「思いどおりにできる権限」のことです。 

ただし、思いどおりにといっても、条約は法律に優位すると解釈されているほど強い効力を持っています。 

TPPがそうですね。国のあり方を条約で決められてはたまらないので、私も強い疑問をもっています。 

この外交の場合、勝手に内閣が条約を結んでしまって、「はい、明日からこれでやるぞ」と言われちゃたまらないので、締結前に国会承認がいるとして3項に、「条約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要」として歯止めをかけたのです。 

そして4項に「国家公務員の事務を掌握する」として、これは国家公務員法の法的根拠になっています。 

憲法第73条「内閣の事務」の整理
①外交は内閣の専権事項である
②条約は国会承認を必要とする
③内閣は国家公務員を指揮できる

はい、いかがでしょうか。この国の外交を規定した憲法73条に、地方自治体、あるいは自治体首長、その自治体職員が一度として出てきましたか。 

よく翁長氏は「民意に従え」と言いますが、その「民意」とは、日本国全体で見れば、憲法第66条3項、及び1項に沙汰められた、国会における多数決によって選ばれた国会議員が選んだ内閣総理大臣と内閣のことです。 

これが去年暮れの総選挙の「民意」です。よく左の人は自分が見たい「民意」だけを「民意」と称していますが、都合悪い民意も世の中にあるのです。 

そしてこの国家の仕事には、「治安」「外交」「防衛」「教育の中身」「通貨発行権」という5ツの専権事項があるわけです。  

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(写真 平安山氏の決意表明。今までは移転とオスプレイ配備にご理解を。今や真逆に、移転阻止と配備反対にご理解を。二枚舌のお人。自分が情けないとは思わないのか・・・)

ここまでが議論の大前提です。

「いや、国は県と意見が違うから、国の決めたことは守らない、安全保障を定めた条約もいらない、県には外交権があるのだ」などと翁長氏のようなことを言い出すと、もうこんなものは「地方自治法」が定めた「県」ではありません。 

ただの知事の勝手気ままな恣意が罷り通る、「独立王国」にすぎません。

私が「翁長王朝」と呼ぶのは、あながち冗談ではなく、自治体の権能を越えることをひんぱんに繰り返すからです。 

ではなぜ,、こんな憲法の条文が生れたのでしょうか。それは戦前の日本がまさに、今、翁長氏がやろうとしている「二重外交」でひどい目にあったからです。 

日本は、昭和初期において帝国陸軍が政府の方針に強い不満を持ち、中国や旧満州で独断で秘密外交を行い、各種の秘密工作をしました。

そのための特殊工作機関も存在し、多額の予算が投入されていました。

その結果、日本外交は右手と左手が別々のことをするようなことになり、時には右手と左手が暗闘を繰り広げるという愚かなことをした結果、中国国民党政府との和平に失敗して、中国との戦争の泥沼に引きずり込まれていきます。

日中戦争の膠着は、米国との戦争の導火線となっていきます。

ちなみに、戦後日本が諜報機関を作らなかったのは、この経験に懲りた外務省が断固として諜報機関の独立を許さなかったからです。

羹に懲りて膾を吹いた結果、対外情報の圧倒的不足という弊害を招いたことが、この間のISテロで浮き彫りになりました。

それはさておき、戦前の帝国陸軍ばりの二元外交をしようというのが、この翁長氏です。

5月27日から、翁長氏は訪米して、米国政府や議会に、「県の独自外交」をして、その上にワシントンにそのための恒久事務所まで作ろうとしています。

これはもはや、ただの県内左翼勢力向けパーフォーマンスの枠を離れて、外国政府には、「独立国」、ないしは「分離独立を目指す地域」に写ることでしょう。

翁長氏はそれを狙っています。

5b35a52a(写真 一昔前の翁長氏は早期移設の推進者だった)

おそらく翁長氏は、本土での外国特派員協会での記者会見の発言からみれば、米政府関係者や議会関係者にこう言うはずです。
http://www.sankei.com/politics/news/150520/plt1505200071-n1.html

「あなた方が決めたからできると思ったら間違いた。辺野古への基地移転は絶対に建設することができない。強行すれば、我々は基地反対闘争が激化し、今は100人規模の動員を、1000人規模にまで拡大させる方針だ」

そして巧みにブラフまで折り込むはずです。

「辺野古移転が挫折したら日米同盟が崩壊するぞ。辺野古がだめになったら、日米同盟が崩れる。オレは沖縄自民党の最高幹部だった。だから日米安保体制を理解しているからこそ、移転をすれば日米安保が揺らぐぞ」

ついでに、ハワイで起きたオスプレイの事故まで、交渉材料にするでしょう。

「オスプレイが普天間でハワイのように落ちたら、県民は総反発して、沖縄基地に撤去を求めるだろう。そうなれば、日米安保体制は砂上の楼閣になるぞ」

このように、辺野古移設とオスプレイ配備というなんの関係もないことまで、強引に「安保を堅持したかったら」という脅しの文脈で結びつけるわけです。

米国政府関係者は、翁長氏訪米の意図を知っていますから、面会を拒否するでしょうが、執拗に面会を求め、面会できれば議員を捕まえて、徹底的に有利な言質を取ろうと脅したり、すかしたりするはずです。

そして一言半句でも有利な言葉をゲットしようものなら、地元2紙に大本営発表させます。

どうも政府は、菅氏訪沖時の対応を見ても翁長氏に対して腰が引けていますが、ここは毅然と「二重外交の禁止」を言い渡すべきです。

さもないと、さらにごじれて、翁長氏が狙う国内問題の国際問題化に手を貸すことになるでしょう。

翁長氏は本気でこんな独立国家のまねごとをしたいのなら、「日本に捨てられたのは自分たちで、いまでも捨てられると怯えている」などと心にもないことを言っていないで、本気で「独立」を目指すことです。

それならば、県民も覚悟を決めてそれぞれ自分の立場を明らかにするでしょう。

共産党本部を訪れた足でアポなし訪問をして、官邸に面会できないとなると、民主的でないと怒るふりをし、振興予算が減らされれば泣き言を言い、官房長官の言い方が気に食わないとケチをつけ、そのくせ外国にまで行って外交もどきのことをしたいのならも、その旗幟を鮮明にすることです。

Prison_release_of_kamejiro_senaga(写真 出獄して歓迎に応える瀬長氏。那覇市長もつとめた人物。共産党のリーダーというより、米軍政下では、「民族の英雄」だった。沖縄民族主義者は皆、瀬長氏を仰ぎ見ている)

翁長さん、あなたは瀬長亀次郎を気取っているつもりかもしれないが、彼は日本政府に甘えてはいませんでしたよ。

今のあなたは、甘えたり、すねたり、怒ってみたかと思うと、李克強には一転してゴマをすってみたりと、忙しいことです。

こういうチャイルディシュな態度こそが、本土の「嫌沖感情」を生み出している一番の原因なのですよ。

とまれ、このようなあいまいなグレイゾーンの線上を歩むようなことを続ければ、間違いなく中国につけ入られます。

いや、とっくに取り巻きたちは中国のエージェントばかりのようですがね。

 

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オジィ自慢の沖縄そば

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今日はしんどい話を置いて一服させて下さい。地震もあって、ややへばっています。

沖縄には、「沖縄そば」という面妖なものがあります。下の写真は私の手作りの沖縄そばですが、蕎麦粉などは耳掻き一杯も入っていません。 

蕎麦はその気になれば、やんばるでもできそうなものですが、島内で「そば」といえば問答無用にこれです。これしかありません。

スバともいいますが、私が居た時には「沖縄そば」とだらだら言う奴はいなかっかな。 

ただ、きっぱりと決意を眉間に込めて「スバくれ!」。これが島の男さぁ(←てなもんかい)。

いわゆる日本そばは「黒そば」という気の毒な名前で呼ばれていて、ほぼまったく食べられていませんでした。

私が居た頃は日本そばの店は、那覇の松尾に一軒しかなく、なんかカトマンズの日本食レストランという雰囲気。 

ちなみにラーメン屋は琉球新報の先の太陽軒という店がただひとつでした。懐かしくて、やんばるから那覇に上京するたびに食べていました。今は増えたでしょうね。

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沖縄そばは、麺は中華文化圏のものですが、出汁が日本そば文化圏、それも関西そばの系列です。 

腰のある平打ち麺にカツオだしの汁、具にはテンプラ(カマボコをなぜか沖縄ではこう言う)と三枚肉がデロリンと乗ります。

今日は写真に撮るので、見栄を張って3枚乗せてみました。普通は1枚で充分です(笑)。

そしてハズしてならないのは、紅ショウカとわけぎ。これがないなら食べないほうがましというものです。三枚肉はサイフの都合で入れなくとも、紅ショウガは入れましょう。 

写真の右の瓶はヒバーチ粉です。原音忠実主義で言えばヒファーチ粉です。島胡椒のことで、八重山特産のペッパー類の一種らしいですが、風味はまぁ嗅いでみて下され。強烈にエスニックです。

いわゆる私たちナイチャーが知っている胡椒とはまったく似ても似つきません。クセになります。実は私はこのヒーバチ粉を石垣島で知り、以後肌身離さず持ち歩いていた時期があります(←お守りかって)。 

八重山ローカルな香辛料で、本島ではまったく使いません。本島では島唐がらしことコーレーグースーを死ぬほどかけて、大汗をかきながら食します。

要するに、鰹出汁の効いた塩味ベースのスープに、カンスイ入りうどん、それにラーメンのようなトッピングが乗る、というところでしょうが、説明すればするほど、まぁ現地で食べて下さい、というしかない沖縄人のソールフードです。 

この中華風と和風のフュージョンがいかにも沖縄風で、この島の歴史の両属性を象徴しています、な~んてつまらない講釈はさておき、私はこれをヤンバルの山奥から出るたびに食べていました。

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岸本食堂という、今や観光ガイドにも出て本土の観光客までがやって来るお店になってしまいましたが、当時から「輝け!ソーキそば発祥の店」として有名な存在でした。 

あの小ぶりな丼からはみだうそうになる、というか現にはみ出している骨つきソーキの層をかき分けるようにして食べるソーキそばは、お好きな方にはたまりません。

あの、こぶりのドンブリに溢れんばかりに盛るのが沖縄の美学。美学が分からぬ、本土のお客さんはだいたい食べ残すようです。

ちなみに、弁当も溢れだしています。おかずの下におかずという多層構造。沖縄県民は、本土のセブンの幕の内などみたら怒るでありましょう。

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見ただけで腹一杯になりそうですな。

ところでこの沖縄そばは、起源はやたら古いのだそうですが、戦前は小麦が島内で取れないために内地からの輸入で、庶民がめったに口に食べられるようなものではなかったそうです。 

盛んになったのは戦後に米国が大量に持ち込んだ余剰小麦がガバガバあったからで、それに先島特産のカツオ節のだし汁をかけたわけです。

本来の沖縄そばの麺はカンスイを使わずに、ガジュマルの灰を使います。私の住んでいたヤンバルのオジィは車など持っていなかったために、そばは自分で打っていました。 

一度だけお相伴させていただいたことがあります。麺から打つのですが、カマドにある灰をかき集めてその上澄みを掬い出します。あれはイジュの枝だったような、ま、いいか。 

そしてこの灰汁汁を入れながら小麦粉を打ちます。灰汁を練り込む以外はまったくうどんと一緒ですね。 

練って寝かせ、伸ばして折り畳んで、ザクザクと切っていくわけです。いや太かったですね。ただでさえ太打ちの沖縄そばが、超々太打ちとなり侍り。 

しかしオジィが根性を入れて打っただけあって、バラバラになることもなく(なったらスイトンだ)、えらく腰のすわった沖縄そばになりました。麺はヤンバルの樹の灰汁で染まってほのかな美しい黄色。

超々太打ちとあいまって、もはや見た目はほとんどカンピョウみたいでした。

これに朝からガリガリと私にかかせたカツオ節が参ったかというほど入ったカツオ節臭い、いやもとい、黒潮の香りも高い汁に、そこにオジィの汗がしみこんでいる(しまった。思い出してしまった)噛むと快くプチッと切れる麺がまた最高の沖縄そばでした。

具ですか。共同売店で買ったカマボコの切れ端が乗っていたような。

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共同売店とは、店がないやんばるで、住民が出資して、交替で店番をしているよろず屋のことです。なんでもあります。

ワケギはニラだったような。さすがニラは勘弁なので、どかして食べた記憶があります。こだわりの紅生姜?そんなものはハナっからありません。

しかし、それまで食べてきた沖縄そばで、最高の一杯だったことは確かです。オジィが上機嫌で、ウサガミソーレと言って出してくれた沖縄そば。

親指が漬かっていたような気もしますが、指くらいだしというものです。

うりずんになると今でも思い出す、沖縄そば。ああモーレツに喰いたい。

今日は固い記事を途中で投げ出しました。書けないという日もあります。テーゲェでいかんとならんさ。

こんなヘコんだ日にはなお食べたい、岸本食堂のソーキそば。名護のバスターミナルの安いそばもいけるぞ。

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早くも始まった、翁長知事の利権政治

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やっぱり来たか、もう来たか、と思わせることが沖縄で続いています。 

かつて、私は翁長氏が知事になった時に、「翁長王朝が始まった」と書きました。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-73d6.html 

とかく悪い予想ほど当たるもの。「王朝化」は、半年たたずに一気に進行しました。 

王たる者が自らの権力を誇示するためには、富と地位をどれだけ、配下にばら蒔けるかで決定します。 

王は、金と権力を我が物として握りしめ、それを権力強化の手段にします。

金と名誉のフェロモンをまき散らせるのは、王たるものの特権。すり寄って来る亡者たちが多ければ多いほど、王の地盤と算盤も強くなって、王座は安泰になるというわけです。 

前回の沖縄県知事選ほど、それがあからさまになった選挙はありませんでした。

沖縄経済界が二分されて、企業ぐるみ選挙が展開されました。

結局、仲井真氏を追い落とすクーデターが成功して、あらたな王朝が誕生しました。新王朝は旧体制にまつろった人たちを粛清し、新たな利権構造を作り出しました。

え、「基地のない平和な島」を目指す新政権はクリーンだろうって、ご冗談を。

先だって沖縄経済界に、ふたつの激震が走りました。 

ひとつは、沖縄観光コンベンションビューロ(OCVB)会長に、翁長氏の腹心とでもいうべき「かりゆしグループ」会長の平良朝敬氏を当てたことです。 

そしていま一つは、かねてから立地を検討されていたMICE(※団体旅行・国際会議・カジノなどの複合施設)建設を、同じく腹心の金秀グループ呉屋氏の本拠地に選定したことです。 

平良氏と呉屋氏こそが、今まで自民支持一本だった沖縄経済界を分裂させ、共産党、官公労と一緒に翁長氏を御輿に乗せてかついだ人物です。 

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まずは、OCVB会長になった平良朝敬氏からいきましょう。

このOCVBは、外郭団体ですが、れっきとした公職です。しかもその会長職は、数ある沖縄県外郭団体の中でも、「三本の指に入る要職」とまで言われています。 

このOCVBは、国からの一括交付金の受け皿として、年間50億円もの事業費を自由に裁量できる、いわば沖縄観光の現地総支配人のような立場で、多くの旅行代理店や航空会社と渡り合う立場です。 

観光が土建業と並ぶ二大産業の沖縄で、いわば元締めの席に座るわけで、これがどれほど大きな利益を生むか、説明の必要もないでしょう。 

OCVB元会長の安里繁信氏は、こう語っています。 

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 「私が民間企業出身として初めて会長に就いた際、新たな予算要求に伴う様々な改革を断行しましたが、民間出身者である立場から我田引水と(地元)マスコミに批判されました。
そうした懸念を二度と招かないように、直接利害関係者が理事に選任されないよう、内規を定めたのです。
政治的に精力的に活動する人物では観光業界はまとまらないという関係者もいます。現に、この数日間でも脱退をほのめかす賛助会員の旅行業者や、OCVB職員含め、県庁内部からも懸念の声が聞こえてきたのも事実です」(週刊文春」2015年5月28日号)

 安里氏が語るように、OCVBには理事の選任基準として「利益相反取引の防止」「中立・公正の立場にある者」と定めた内規があります。 

これは、巨額な振興予算を切り盛りできる立場の会長が、手前味噌で自社に有利に運ばないために、当然の倫理規定です。 

また、政治と癒着した政商によって、公職が牛耳られることを防ぐモラルでもあったわけです。 

この内規がいとも簡単に破り捨てられて、露骨な論功報償がされました。

平良氏は、形式的には5月18日のかりゆしグループの株主総会で、全役職を辞任していますが、依然として筆頭株主であり続ける限り、会長職に就くためのアリバイ作りであることは見え見えです。

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平良氏の悲願は、OCVBの会長職だったことは、観光業界で有名でした。

しかし、残念無念なことに、観光業界内でも人望が薄かったために、念願の会長職には手が届かないでいました。

実は平良氏は安里氏が会長の時に、副会長を辞任しています。

どのような対立があったのかは定かではありませんが、おそらくは、「会長などは最大手のオレがやるべきだ。生意気な小僧め」くらいに思ったのではないでしょうか。

そして、自分を差し置いて若造に会長をやらせた、仲井真知事を激しく憎んだことは想像に難くないことです。

そこで、平良氏がとった行動は、翁長氏のもうひとりの腹心である安慶田(あげだ)光男現副知事の後援会長に就き、仲井真氏を葬り、翁長氏を知事にすることでした。

当時、安慶田氏は那覇市議として、翁長氏一派の「新風会」のまとめ役であり、自民党員でありながら、翁長陣営の事務総長として知事選の事務方を仕切り、保守を分裂させた立役者のひとりでした。

この安慶田氏が、翁長氏によって県副知事に引っ張りあげられ、観光政策の責任者となったというのですから、実に分かりやすい醜悪そのものの利権構図です。

もし同じようなことを仲井真氏がした場合、沖タイや琉新は、これ幸いと「利権県政」と一面トップで書き立ててバッシングの嵐を演じたでしょうが、身内となると、実にクールなものです。

ま、かりゆしグループと金秀グループの企業ぐるみ選挙も黙っていた地元紙ですからね(苦笑)。

県は13日までに、沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)の上原良幸会長(65)の後任に、かりゆしグループCEO(最高経営責任者)の平良朝敬氏(60)を起用する方針を固めた。6月の評議員会と理事会を経て正式に選出される。
 平良氏は3月末に、グループ本体であるかりゆしの代表取締役会長を辞任。18日の株主総会でグループ10社の会長職についても全て辞任する見通し。
 一方、県は13日、1期目の任期を迎えている上原氏にOCVBの会長職を替える方針を伝えたという」(琉球新報5月14日)

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上の知事選前のテレビ出演では、「本土政府に札で頬を叩かれたくない」というようなタンカを切っていますが、なんのなんの、翁長王朝の始まりと同時に、利権の甘い菓子にむしゃぶりついているようです。

前出した週刊文春によれば、既に平良氏の能力を疑問視して、OCVB職員からは前会長留任を求める声もあがる一方、地元観光業界からも反発が強まっています。

それは平良氏が、JTB連盟(協力団体)の沖縄支部長も兼務するからです。

「県内の旅行代理店幹部が語る。
『長らく競合してきた同業者を公平に扱えるのか疑問です。平良氏はJTB協定旅館ホテル連盟の沖縄支部長も務めている。JTB以外の旅行代理店は冷や飯を喰う覚悟をしていますよ』 (週刊文春 同)

それだけではなく、平良氏はANAの業者協力会の支部長も続投するとしています。

それは公職であるOCVB会長職と、国内最大手の旅行社、最大手の航空会社の協力業者のトップという沖縄県の観光業界の権力を一手に握ってしまうことです。

TB連盟の総会では、人事案は事前に一切知らされず、会員は当日に知らされてウーもスーもなく異議なしを迫られました。

仮に事前に知らされていたとしても、これだけ権力を集中した平良氏相手に、異議を唱えることは難しかったでしょう。

常識があれば平良氏は自ら遠慮するか、また、JTBもANAも、遠慮してもらうように仕向けるのが良識でしょうに、信じられないような強引なまねをする人です。

こんな利権まみれの平良氏は、佐藤優氏発案・「辺野古基金」の共同代表の宮崎駿氏と鳥越俊太郎と一緒にやっていくそうです。

本土の左翼文化人には、こんな利権でどろどろの平良氏すら、清く、正しく、美しく見えるようです。

※追記 いやー、ひさしぶりにドンっと直下型がきました。震度5です。無事です。でも驚きました。

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日曜写真館 野薔薇 薔薇のオリジン

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土曜雑感 翁長氏が本土での記者会見で唯一言わなかったこと 

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翁長知事はなかなかの役者です。 

5月20日、本土に来ると、なぜか外国特派員協会などに駈けつけて記者会見をしています。

今やこの有楽町の特派員協会は、「租界」よろしく、ヘイト・ジャパンの人たちの発信拠点になってしまいましたね(苦笑)。

それはさておき、翁長氏はこんなことを言っています。

「私は自由民主党の出身だから日米安保の大切さはよく分かります。しかし、辺野古基地を認めるというのとはまったく違います。私は沖縄の自由民主党でありますから、沖縄の将来の子や孫のためにこの沖縄がどうあるべきかを一番考えるのが私の仕事でありまして、その中で日本とアメリカとの全体の調和を考えたいと思っています」
http://www.sankei.com/politics/news/150520/plt1505200071-n1.html

言うねぇ、翁長さん。

今は共産党と官公労、沖教組に支援されて当選した人が、よー言うよですが、なかなか恥ずかしくて言える台詞ではありません。 

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 こんなことも言っています。

「私たちも生きる権利がありますし、尊厳も持ってますし、なんで本土のみなさんはなんで自分のところで基地を預からないで、沖縄に74%も押しつけるのか。日本の安全保障は日本全体で負担してくださいよ、と。仮想敵国からも、沖縄だけに押しつけているような日本の安全保障は見透かされていると思いますよ。ですから私は、サンフランシスコ条約で切り離されたように、沖縄はもう一回切り離されるんじゃないか、沖縄が独立するというより、日本が切り離すんじゃないかという心配の方がむしろある」

翁長さん、うまいね。これは「沖縄が独立するのか」、という愚かな問いに対しての答えです。 

馬鹿だね、このマスコミ。こんな時点で翁長氏が「独立します」なんて言うはずがないでしょうが。

そんなことを公職にある人間が言ったら、ヘタすりゃ刑法第78条内乱予備罪ですよ。 

今は、それはブラフの材料として大事に温存して、琉球独立なんじゃ学会の中国エージェント達に言わせておくほうが、凄味が出るのです。 

「刃物」は出す時期を誤ると、自分を刺しちゃいますからね。 

今は、ひたすら「74%」を連呼して、定番の「米軍基地があるのは沖縄だけだ」と言い続けて、ナイーブな本土人たちの贖罪意識をくすぐるほうが得策なのです。 

しかし、これも新味がありませんね。いつまで「74%」ファンタジーの一本槍なのでしょうか。 

私は那覇にも住んでいたことがありますが、「ああ、米軍機が飛ばなくって、ほんと静かだわ」としみじみしたもんです(笑)。 

神奈川県厚木基地の爆音直下で育った私のような者からすれば、ぜひ横須賀から保土ヶ谷、厚木へと走る国道16号に、翁長氏や反基地運動家諸兄をご招待したいものです。 

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 一回論じたことがありましたが、沖縄の基地群はしょせんは出店です。米軍の基地機能は、神奈川県に集中しています。 

沖縄は、米軍の世界再編の中で撤収される可能性がありますが、神奈川の基地群は米国が世界の安全保障インフラの役割を放棄しない限り、保持しつづけることでしょう。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/04/post-ca9e-1.html
 http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/12/post-9963.html 

本土人は、沖縄の反基地運動家の「自分だけが安保を支えて犠牲になっている」という言葉にえらくグサっとなるようですが、ウソとまで言うのは気の毒ですが、独りよがりの錯覚にすぎません。 

あまりしつこく、そればかり言いすぎた結果、とうとう本土の青年層に「嫌沖論」が芽生えてしまい、韓国と同一視される始末です。 

ところで思わずナルホドと思ったのは、この部分です。

「だからグアムやハワイに下がって、もう一回抑止力というものを考えてくださいというのがアメリカの考え方として2~3年前まであったが、残念ながら前知事が承認したので、それが免罪符になってアメリカ側がだいぶそうした考え方になりました」安保と辺野古は違う。米国でさえ気乗りしていない」 

自分も推進当事者でありながら、すべて前知事に責任をなすりつけるのは、いつものことですから、無視するとして、分かっているじゃない、翁長さん。

米国のグアム統合計画は存在しました。とくにラムズフェルドがその推進役でした。 

それは福建の中国の中距離ミサイルの射程に、本島がすっぽり入ること、そして、ブッチャケ米軍は辺野古になど行きたくなかったからです。 

これについても論じたことがありますが、ひとことで言えば、狭くなって使いにくくなるからです。 

だから、米軍は日本政府に外交的配慮をして大声では言いませんが、「辺野古はご勘弁。普天間にずっといたい」のが本音です。 

ではなぜ、ラムズフェルドが考えたようなグアム撤収論が実現せずに、新たにややっこしいことになるのを承知で、辺野古建設が始まってしまったのでしょうか。 

理由は簡単です。翁長氏が長々と日米に対して恨みつらみを言いながら、なぜかひと言も触れなかった、そのことです。 

中国が、アブク銭に飽かせて軍事膨張を開始したからにほかなりません。 

00111144d5a5120197f01f(写真 中国空母遼寧。他に2隻を建造中)

スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の2014年世界の軍事支出報告書によれば、国別の軍事支出では、世界最大の米国が13年比で6・5%減らす中で、第2位の中国が同9・7%増、第3位のロシアも同8・1%増となっています。 

もう少し長いスパンで見れば、過去5年間で2倍。過去20年間で実に18倍(平成23年度「防衛白書」による)となっています。 

Image0041(図 ストックホルム国際平和研究所による。中国の軍事費急増に対して、日本が横ばいないしは微減しているのがわかる)

もし隣国がこのようなケタ違いの軍拡をしているのに、自分の地域だけ平和だと思えるなら、一度脳味噌を分解掃除したほうがよろしいでしょう。

このような極端な軍事膨張を、中国はどこに向けているのでしょうか。主要に、海洋進出です。

つい先日、南シナ海で、中国軍がフィリピンの排他的経済水域で、数兆円を投じて海軍基地を作っていることが明らかになりました。

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尖閣には日常的に中国公船が侵犯を繰り返し、空軍機の侵犯も激増しています。

翁長氏の市長時代の置き土産である那覇空港第2滑走路建設の目的は、この中国機侵犯が背景にありますので、翁長氏も当然ご承知のはずです。

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こんな状況で、ノンキにグアムに撤収できるはずもありません。

仮にそんなことをすれば、中国に対して、米国はアジアの海洋と空域を中国に進呈しようと言う外交的シグナルを送ってしまうからです。

辺野古移転も同じ文脈です。中国の軍事的脅威が増すばかりの現在、米国と日本は共通の中国という軍事的脅威に対して、強く協調する必要があります。

今、この段階で移転作業を中断すれば、それはかつてのハト首相の「国外・最低でも県外」発言と同等の誤解を中国に与える恐れがあります。

だから、米国は「普天間にいたい」という本音を抑えて、日本に「つきあっている」だけです。

その意味で、日本政府は普天間の危険を除去しようとして、かえって新たな問題を作り出してしまいまったのは確かなのです。

本来、橋本首相は、中国の軍事膨張が止んで、東アジア情勢が安定するまで、普天間移転などを急ぐべきではありませんでした。

そしてもう一点。日本政府にとって、仲井真知事時代には考えなくて済むことがありました。

それが、中国政府筋に「沖縄の馬英九」とまで言われている、翁長知事とその一党の存在です。

中国と、地理的にその正面に位置する沖縄県の知事が、あろうことか中国と「別に立ち、共に撃つ」ような共同戦線を張ってしまったことです。

やや短絡気味に言えば、本土政府にすれば、「翁長氏とその一党が騒ぐから移転を中止できないのだし、止めてしまったら、中国が喜ぶからできなくなってしまったのだ」ということなります。

その意味で、辺野古問題は国内問題であると同時に、今や翁長氏をはさんだ中国との力くらべという国際政治力学の問題に変質してしまいました。

翁長氏は狡猾にも、自分が秋波を送ってすり寄っている中国を、あえて皆の視野から外して、移転問題を本土と沖縄だけの関係に狭めて語っています。

このような言い方をすればするほど、実はもうひとりの主役である中国が透けて見える結果になることに、翁長氏もいいかげん気がつくべきです。

辺野古問題を、こんな「国際問題」に変質させてしまったのは、他ならぬ「平和」が大好きなバカバトと、翁長氏自身だということを忘れないほうがいいでしょう。

「私は沖縄自民党」「安保は理解している」「沖縄の尊厳」「子や孫の未来」・・・、私は、こんな無責任な言葉を聞くだけで、気分が悪くなります。

移転計画の見直しができないのは、中国と結託した翁長知事、あなたのせいなのですよ。

来週に、進行する翁長王朝化の企みについて書きます。

※お断り 記事のグラフ下部分を全面的に書き替えました。

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ケーススタディ・ドイツ 自由化をしたら独占が強化されてしまった

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ドイツの脱原発政策が、何を生み、何をもたらしたのかについては、そのうちしっかりとやります。たぶん1週間くらいでは終わらないボリュームがあります。 

今回は、電力自由化にだけ絞って見ていきます。 

何かにつけわが国の反原発派と構造改革派、そして不勉強なマスコミは、安易に「ドイツに学べ」と言うのが、習い性になっているようですが、そうとうに事情は違います。 

まず第1に、ドイツはヨーロッパ広域送電網の一角にあることです。「欧州広域連携系統」(UCTE)といいます。 

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これは日本との決定的違いで、この広域送電網があるために、メルケルの脱原発政策による発電量の減少や不安定を、随時電力を輸入することでカバーすることができました。 

まぁ、うちの国でも広域送電網は、孫正義さんなどが提唱していましたっけね。韓国の電気が逆ザヤで、政府が政策的に安くしているからです。

外国の税金使って安い電気を買うという発想が、いかにもあの人のフリーライド体質を表しています。 ま、いいか。

しかし、かの国と送電網などを結ぶと、「軍艦島の強制連行を謝罪しないと、電気を切るゾ」と脅かされるかもしれませんがね。 

しかし、コリアのしつこさこそ、世界文化遺産だね(苦笑)。

第2に、ドイツにとって、電力自由化はEUの方針で抵抗できないことです。

EUは、域内を「一国」とみなしますから、ドイツだけ得手勝手な自国の都合を押し通すことができません。 

そのために、ドイツの電力自由化は、「ブリュッセルの官僚」たちと皮肉を込めて言われるEU委員会の命令に基づいていす。 

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これによって、ドイツの電力業界は、参入を求めて来る外国の電力会社との熾烈な争いに突入することになりました。 

日本で言えば、自由化をしたら経営のぐらついた電力会社の発電所と小売りのおいしい部分を、ごっそりとあのエンロンが買っていったというようなものです。おー、コワ。

実際、エンロンは、日本法人を立ち上げて、参入計画まで作っていたと言います。 

しかし一方、似た部分もあります。それは電力の歴史がよく似ているからです。 

ドイツでは戦前の地域ごとに別れて多数あった電力会社が、ナチス政権による1939年の「エネルギー経済法」によって地域独占に統合され、第2次大戦前夜に総力戦に備えていっそう電力会社の独占が保護されいった歴史があります。 

軍需工場をフル稼働するには、電力の安定供給が必須だったからです。  

平和になった戦後も、いったん作られた電力制度は、それなりに堅牢で安定していたために、逆に強化さてしまいました。 

ドイツの場合、西ドイツは1957年に電力会社の地域独占を守るために「競争制限禁止法」という法律を作って、以後39年間もその態勢を維持してきました。 

東ドイツは、共産主義なのですから、あたりまえに国家の一元的独占です。  

日本の場合、戦前の自由市場市場が統合されて戦時電力会社になり、戦後に9電力会社に分割されたという歴史の流れですから、ここまではそっくりです。

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ここからが違います。1996年12月にEU指令96/92号「電力単一市場に関する共通規則」が出て、ドイツはそれまでの電力会社10社による地域独占体制を廃止せざるをえなくなりました。  

これは価格カルテルや地域棲み分けをなくすだけではなく、「よそ者」に自分の会社の送電網を使わせねばならないという電力会社からすれば「屈辱的」な内容を含んでいました。 

そして2年後の1998年に、早くもライプチヒで電力自由市場が生まれています。これにより電力取引は自由化されるはずですが、そうは問屋が卸しませんでした。

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というのは、大手電力会社は、それまでの地域独占を取り消されたことを逆手に取って、逆に買収と合併に走ったからです。

なぜでしょうか?  それは自由化とは、自国市場内部のみならず、競争は外国のそれとのバトルでもあるのです。

事実ドイツは、電力市場解禁をしたとたんに、外国の電気会社勢力との激しい競争にさらされることになります。 

バッテンフォール・ヨーロッパのように、北欧の電力大国スウェーデンの電力会社に買収される会社まで現れたりします。

しかしこのことがかえって、電力安定供給の守護神であるドイツ電力会社の闘志に火を点けたようです。彼らは今までの縄張り意識を捨てて、経営統合を図ります。  

結局、2011年段階で国内発電量の83%が整理統合され、4社の寡占になってしまう皮肉な現象が起きてしまいます。

結局、これでは電力自由化だか、電力の独占強化だか分からない、ということになってしまいました。

怒った「ブリュッセルの官僚」たちから、「いちばん自由化の遅れたドイツ」という警告までもらう始末です。

また電力自由化に伴って、雨後の竹の子のように登場した再エネを中心とした新電力会社(PPS)や、企業の剰余電力の売電も行われるようになりましたが、これも競争のふるいにかけられていきます。

ドイツでは新規参入した発電会社は、1998年の「改革」開始から7年間で、100社からわずか6社にまで減ってしまいました。

なんとPPSは、たった6%しか生き残らなかったのです。

ここで登場したのが、2000年のシュレイダー政権による悪名高きFIT(固定全量買い上げ制)です。日本の再エネ法はこのパクリです。

これがいかにメチャクチャな電気料金値上げや、北海から南部までの新規送電網建設による財政負担など、新たな問題をまき散らしたのかについては、別稿でふれることにします。

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結局、電力自由化と脱原発を同時に遂行するというアブナイ政策によって、ドイツは自由化の恩恵を享受したのでしょうか。

競争メカニズムが健全に働いているかどうかの目安に、大口需要者(企業向け)の電気購入先の切り換えがありますが、英国、ノルウエイなどの諸国の平均は50%以上なのに対して、ドイツはわずか6%にすぎません。  

またもうひとつの競争指標である電力料金は、大口需要者料金が2004年調べでEU平均がメガワット当たり58ユーロなのに対して、ドイツは69ユーロ(6900円)で、ヨーロッパ一高い料金となってしまいました。

このように結果として、ドイツは電力自由化をしましたが、新電力会社(PPS)は伸びず、電力料金は脱原発の影響をモロに受けて2倍になり、肝心の電力会社の独占はかえって強化されることになってしまいました。

結局このドイツの場合、電力自由化がかえって電力会社の危機感を募らせて買収・統合に走らせ、かえって独占が強化されてしまった「逆走事例」といってよいでしょう。  

わが国でも似たようなケースは想定できます。現在わが国の9電力会社は、原発停止による化石燃料の負担によって、どの電力会社も青息吐息です。

経営体力がある電力会社はこの際とばかりに、弱小電力会社のシェアを奪いにかかるかもしれません。

既に関西電力と、東電の新規事業などの乗合が進んでいます。本格的な自由化となれば、どのような再編が起きるか予断を許しません。

おそらく、多少の再稼働が認められ、化石燃料圧力が減った段階で、思い切った経営統合もありえるでしょう。

その場合、もっとも儲からず、しかし電力事業のある意味、核心である送電網がどのようになっていくのか、注視していかねばなりません。

すると結局は、ドイツと同じように電力の自由化によって、電力9社体制から4、5社体制に独占強化されてお終いとなってしまう可能性も、大いにあり得ます。

最後に、ドイツのケースをまとめておきます。

教訓1 ドイツのように、脱原発と電力自由化という劇薬を同時に服用してはならない。
教訓2 ドイツの電力自由化はEU指令で始まった。
教訓3 ドイツは、自由化をしたつもりが、かえって独占が強化された。
教訓4 ドイツだけは見習ってはならない。70年前の帝国陸軍になるゾ。

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エンロン・ショック エネルギーインフラを性善説に任せていいのか?

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何気なく電力自由化を聞いていると、「いいじゃない、独占なんて悪いに決まっているでしょう。他の産業分野がとっくにやっているンだもん。国鉄だって、電話だってうまくいったもんね」、と思います。 

そんな簡単なことかどうか、検証していますが、まずは昨日の米国カリフォルニア州のケーススタディのおさらいをしておきます。

①電力自由化は安定供給義務からの解放。売る、売らないは、会社次第。
②再エネは自由化の攪乱要因。
③電力自由化は、電力の需給ギャップがある時にやると大火傷を起こす。

さて、カリフォルニア州では、電力自由化の結果、電力の売り買いを自由にするために電力取引所を作ることが必要でした。 

電力やガスなどを自由に売買できるようにするには、新しく電力取引所(卸売り市場)を作ることが必要でした。 

聞き慣れない言葉ですが、日本でも、日本卸電力取引所(JEPX)が既にあります。 

すべてネット上で売買され、売り手買い手は匿名。翌日に売りたい電気を、前日までに入札し、売買を成立させる大きな仮想市場です。全国どこで発電しようとも、どこで買い手がつくかも自由です。

800pxenron_complex_2(写真 エンロン本社のあるエンロン・コンプレックスの威容。テキサス州ダラス。Wikipedia)

ジャーン、では皆様ここで、スタンディング・オベーションならぬ、スタンディング・ブーイングでお迎えを。本日の主役であるエンロン社をご紹介します。
 

エンロン社は、この電力取引所を利用した巨大経済犯罪をやってのけた、全米7位、従業員数2万を誇る巨大コングロマリット(複合企業集団)です。 

後に、ハリウッド映画にもなり、エンロン・ショックとまで言われる、大スキャンダルに発展していきます。 

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エンロン社は、エネルギーの卸売り会社(エネルギー商社)で、そのシェアは米国とヨーロッパの実に2割を占めていました。 

このエンロン社のビジネスモデルは、IT上で「エンロン・オンライン」という仮想エネルギー引き市場を立ち上げて、電力、原油、天然ガス、石炭などのエネルギー商品を取引するものです。 

後に、エネルギーだけではなく、紙パルプ、鉄鋼、化成原料、タンカーや貨物船の運賃、光ファイバーケーブルの利用権、排出規制がある二酸化硫黄の排出権、世界諸都市の気温変化の先物商品などまで、取引対象としていきます。 

そもそも、この米国の電力自由化の火付け役はこのエンロン社です。

創設者でCEOケニス・レイは、米国政界に巨額献金をばらまきましたが、その中心はブッシュ父子でした。レイはブッシュ・ジュニアを通して、電力市場の規制緩和を進めていきます。

Muto01(漫画 エンロンは巨額献金の送電網で政治家を操っている。左がブッシュ、右がチェーニー。象は共和党のシンボル。奥の左がホワイトハウス、右は議会議事堂)

エンロン社が、最大の利益を上げたのは、この2000年でしたが、それはカリフォルニア州電力危機が起きたからです。そしてこの電力危機を演出したのがエンロン社です。

そのやり口はこうです。

エンロン社は、電力会社が採算不良で売却した発電所を買収します。そして、発電所を、検査中・整備中として多くを意図的に停止させました。  

さらに送電網を、実在しない送電線使用の空買いを急増させて、エンロンが押えてしまいました。  

理由は言うまでもなく、発送電の急減による、電力市場における電力価格の高騰のためです。  

まさに犯罪です。後に、エンロン社の社員の電話が暴露されますが、その中で、電気が止まって困っているお年寄りをあざ笑っています。

彼らは、この自らが火付け強盗をしているという罪の意識がないのがわかります。これもITを使った仮想現実が舞台だったからでしょうか。

エンロン社は、売り惜しみだけではなく、空売りによるデリバティブ操作と、粉飾決算も同時にしていました。

まさに資本主義の悪徳の花園ですが、上から下まで腐り切っていたようです。

こういった中で、2000年から01年まで大規模な停電と計画停電、そして電力会社の倒産が相次いで起こる事態になりました。 

その結果、州政府は慌てて、発電量を増加計画を立てたり、他州から電力を買電しようとしたりしたが、間に合わず計画停電となりました。  

当時カリフォルニアに住んでいた邦人によれば、「計画停電」といっても実態は突然停電してしまうことが頻発したそうです。  

というのは、計画停電の警告が、「停電する地域の順番は電気代の請求書に書かれた地域番号による」と説明されているだけで、そんなコードは一般消費者は知る由もなかったからです。

州政府はエンロンに相応の値段で電力供給を求めますが、エンロンはそれを拒否します。

呆れたことには、鼻薬が効いたのか、ブッシュ政権までもが、「自由市場の原則を曲げる政策をとるわけにはいかない」として支援を突っぱねるありさまです。

この国の介入の遅れで、いっそうカリフォルニアの電力危機は長引き、エンロンは肥え太ることになります。

電力危機が一段落した後、責任を追及されたカリフォルニア州政府は、エンロン社に対してスポット市場で売り惜しみをした疑いをかけ、相場を不正に操作して高騰させたとして90億ドルを返還するよう求めました。

レイCEOは、この状況を眺めて、「自由化が不十分だから危機が起きたの」だと言ってのけます。たいしたタマです。

168710601_4_2(写真 逮捕されたケニス・レイ創設者・CEO 悪相だぞ。写真の下には、カットされているが、手には手錠、腰には逃亡防止用の縄がつけてある。服も収監者用のもののようだ)

もちろん事実は真逆です。

この自由化を進めたグレイ・デービス知事はリコールでクビとなり、代わって選ばれたのが、あのアーノルド・シュワルツェネッガー氏だったという余話までついています。  

この悲惨な「世界の盟主国」の内部で起きた大停電に、この影響はカリフォルニアだけでにとどまらず、ネバダやオクラホマ、アーカンソー、ニューメキシコ、モンタナなどの他州の電力自由化をストップさせることになりました。

海を越えて、第1次電力自由化をするつもりだった日本の経済産業省内・改革派官僚たちも、涙を呑んでいったん引かざるを得なくなります。

彼らの野望が復活したのは、実に10年後の福島事故の後のことでした。

なお、2001年6月、エンロン社は粉飾決算がバレて、倒産に追い込まれます。米国史上最大の倒産でした。これをエンロン・ショックと呼ぶそうです。

自由化とは、このように自由競争をおのれの暴利のために悪用する者がいない、という性善説の上に成り立っています。 

しかし、現実には、作為的発電量の削減、電力取引所に対する売り惜しみ、小売りの買い占めなどによって、自由に電力供給量と価格を操作することが可能です。

それを証明したのが、このカリフォルニア電力危機でした。

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ケーススタディ米国 大停電は電力自由化の後に来る

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電力自由化をやれば、電気は安くなり、原発はゼロになり、再エネは自由に参入できるので原発の代替になれる、そう反原発運動と構造改革派は主張しています。 

経済産業省は、電力10社の発電・送配電・小売の事業部門を分離分割して、電気料金規制を全廃したりする電力全面自由化を進めています。 

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開放される電力市場は7.5兆円やで!参ったかぁ、どや、すごいビジネスチャンスやろう(←なぜか河内弁)、というのが、今や電力自由化派になった自民党の言い分のようです。

下は経産省の掲げるバラ色の未来ですが、反原発派と違うのは、原発ゼロの部分だけで、だいたい同じです。 
  1. 家庭でも電力会社を選べるようになります。 
  2. どんな電気を使うか、自分で決められるようになります。 
  3. 電気代を少しでも安く。 
  4. 我慢の節電から、ライフスタイルに合わせた節電へ。 
  5. 企業にとっても電気の選択肢が増えます。 
  6. 60年ぶりの抜本改革は地域に新しい産業を創出し、雇用を生み出します。 
  7. 新しい電気事業者のチャンスが膨らみます。 
  8. 消費者目線の電力ビジネスも広がります。

これを読むと、どうもこの「電力システム改革」は、「電源選択の自由」と新規ビジネスチャンスが売り物のようです。 

  • さすがに経産省は「原発ゼロ」とは言えないので、「原発が混じった電気がイヤなら、再エネも選べますよ」と言いたいようです。
  •  
  • ひょっとして、これは原発再稼働した場合のいい訳なのかと勘繰りたくなりますが、わざわざそのために、うまくいっていた現行制度をぶっ壊すというのですから、お前大丈夫かとおでこに手をあてたくなります。
  • というのは、電力自由化が必ず失敗する条件というのがあります。
  • では、その電力自由化失敗の宝庫、米国の場合を検証してみましょう。 

    米国では、時代背景として、インフラの自由化が驀進中でした。

    航空、鉄道、通信といった産業での規制緩和・自由化が価格の低下や市場の拡大をもたらしたと総括されて、次は電気事業の自由化だというのが、当時の米国の自然な流れだったようです。

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    そこにレーガノミックスの信奉者で、構造改革派のグレイ・デービス・カリフォルニア州知事が、電力自由化に元気よく手を上げたわけです。

    そして州知事の大号令で、人口3400万、GDP比15%、ITや航空宇宙機産業などの先端産業を有する米国最大の州のカリフォルニアは、先陣を切って1998年4月に電力市場の完全自由化をスタートさせました。

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    (図 エネルギー未来技術フォーラム 「電力自由化時代の電気事業」)

    では、そのカリフォルニア州の電力自由化を検証してみましょう。カリフォルニア州のケースには、電力自由化以後、必ず発生しそうなことがたっぷり詰まっています。 

    カリフォルニア州は、電力自由化からわずか2年たらずの2000年に、大規模ブラックアウト(停電)を引き起こしています。

    そして以後、1年間に渡って慢性的電力不足と計画停電を続けて、カリフォルニア州社会と経済に大打撃を与えました。

    ちなみにわが国の、東日本大震災における電気の復旧は、50%復旧まで1日、90%まで4日間でした。

    おそらく、この規模の災害で世界最速でしょう。いかに堅牢な発送電構造を持っているかわかります。

    それはさておき、大震災があったわけでもないのに、米国の大停電の原因はこのようなものでした。  

    電力自由化は、うたい文句では、自由化により、新たな発電所が建設され、発電所間の競争が激化し、電力の値段が下がり、サービスが向上するはずでした。 特に再エネ発電所が期待されていました。

    しかしその「はず」は、現実にはなりませんでした。今までと違って、州政府と、電力会社が長い時間をかけて建設計画を煮詰めるのではなく、全部それを民間に丸投げしたからです。

    ところが、丸投げされた方の民間は、電力供給義務から解放されています。今まで電力の安定供給こそが至上命題だったのが、自社の都合で出来るように変わったのです。

    ここが電力自由化の最大のポイントです。今までと違って、電力会社は地域独占を放棄する代わりに、電力を送ろうと送るまいと自由になってしまうのです。

    第2に、再エネ導入を電力自由化の縛りにすると、発電コストの上昇によって、発電業者の忌避が起きることです。

    これがどんな恐ろしいことなのか、カリフォルニア市民たちも、すぐに気がつくことになります。 

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    カリフォルニア州は、環境意識が高い州です。そのために環境負荷の少ない電源を、電力会社に一定割合で購入することを義務づけていました。  

    また、発電所も他の州より厳しい環境基準が設けられていました。

    すると、このような州が定める高コストの再エネや、環境設置基準を嫌って、発電所の経営をあきらめる業者が続出しました。  

    これは、小売りが自由化されなかったために、利益が出るどころか逆ザヤになってしまったためです。 

    また、発電業者はライセンスだけ持って、余剰電力市場から電気を購入する道を選びました。  

    カリフォルニア州ならば、オレゴン州からの雪解け水の水力発電を買うということにしていたのですが、運悪く2000年冬のオレゴン州、ワシントン州の降雪量が例年をはるかに下回って、翌年の余剰電力市場が逼迫してしまったのです。  

    すると、当然のこととして発電量は減少していきます。そこに、あろうことか空前のITバブルがカリフォルニアを襲って、重要が急増したのですからたまりません。  

    しかも悪いときには悪いことが重なるもので、2000年夏は猛暑が襲い、天然ガスの輸入までもが高値になる始末です。  

    ここに恐ろしいばかりの、電力の需給ギャップが生じたわけです。

    はい、ここで3番目の電力自由化失敗のポイントが出ました。

    電力自由化という電源インフラをイヤでも不安定にするような手術は、電力事情が悪い時にやるな、ということです。

    次に4番目として、当時のカリフォルニアのように、ITバブルの好景気で電力需要が急増している時には、絶対に避けろ、ということです。

    これは、原発ゼロのためにギリギリで電力供給をしている状況であり、ようやく2万円台につけるような景気回復の芽が強くなった、現在の日本の状況と酷似しています。

    こんな時期に大手術をすると、カリフォルニア大停電のようになる可能性がある、ということです。手術成功、患者重体、という悪い冗談のようなことになりかねません。

    そして、ここにとんでもない悪徳会社が現れました。あの悪名高きエンロン社です。

    名前からしてハリウッド映画に出でくる悪徳会社みたいですが、実際ハリウッドは電力危機でエライ眼にあったので、ほんとうに関係あるのかもしれませんね(笑)。  

    エンロン社は、電力業界の盲点を突いて映画もどきの悪事に走りました。

    それについては長くなりそうなので、次回に。

     

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    電力自由化を議論する前に、各国の電力構造を見てみよう 

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    電力自由化は、なにを改善するのかアイマイにしたまま、原発事故に便乗して、ひたすら電力会社を分解してしまえばいいようなムードがあります。

    1億2千万人が住む、先進工業国のエネルギー・インフラをバラバラにしようとするにしては、ずいぶんと根拠薄弱です。

    まずは考える前提として、わが国の電力構造を国際比較する中で、よく知ってから議論したほうがいいと思います。

    まず、電力評価の二大指標である、停電率は世界で一番低い方に属すことがわかりました。たぶん停電率オりンピックでもあれば、金メダル確実です。

    電力価格も、決して安くはありませんが、その停電率や、周波数などの品質も考慮すれば、妥当なものです。

    しかも、福島事故まで、欧米の電力自由化に対応して、細かい電力改革が既に行なわれてきていて、電力価格は下落してきていました。

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    (図 一般電気事業者の電力料金推移 資源エネルギー庁 横軸は昭和・平成で表記してあります)

    この電力業界の自主改革により、日本の電気料金は目に見えて内外価格差を縮めていました。

    産業用の為替レート換算で、電力価格の推移を国際比較しましょう。

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    (図 資源エネルギー庁 為替レートによる電気料金国際比較 産業用 2000年-2009年)

    価格差が出やすい為替レート換算においても、内外価格差は縮小しています。

    しかし、このような流れを断ち切ったのが、福島事故以来の原発停止と、化石燃料輸入増による電力価格上昇でした

    事故後、一転してグングン電力価格が上昇を開始するのがわかります。

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     (図 東電HP)

    では、改めて各国の電力事情の性格を知った上で、電力自由化を議論していきましょう。

    各国の複数の諸指標には、火力燃料費、電気料金、CO2排出原単位、停電率などがありますが、これを総合的にビジュアル化したのが、「包絡分析法(DEA)です。  

    これは公共機関や民間企業の効率や、性格の特性を判断する時の材料に使われる手法だそうです。

    このスパイダーグラフの線が外周に近づくほどスコアが高くなり、逆に内側に行くほど良くないということになりますので、この面積が大きいほど安定している優れた電源構造を持っているということになります。

    なお、我が国は赤線で記してありますので比較してください。(クリックすると大きくなって見やすくなります)

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    フランス
    ①原子力中心の発電により、近年の火力燃料費高騰の影響を受けず、安価な電気料金を実現
    ②CO2排出が世界で最も顕著に低い
    ・DEA総合評価・世界最高水準
    ・原子力に強依存していることを除けば、世界最高の電源構造
    ※世界に冠たる原発大国
    ※電力自由化は株式公開と小売りの一部を除きしていない
     

    ドイツ
    ①電気料金が高い
    ②CO2排出は平均的
    ③停電率は日本と同程度
    ・DEA評価・日本と同程度の中位グループ
    ※脱原発政策・電力改革実施
    した結果、合併・買収によりかかって寡占化が進行中

    イタリア
    ①電気料金が高い
    ②CO2排出量は日本と同程度
    ③停電率が高い
    ・DEA評価・先進国としては下位
    ※脱原発政策
    ・発送電分離

    韓国
    ①電気料金が政府の財閥企業優先政策により低く抑えられている
    ②CO2、停電などは我が国と同程度
    ・DEA評価・中位
    ※電力自由化はIMF改革により株式公開し自由化するも失敗に終わり、現在は市場型公開企業になる

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    米国
    ①電気料金が突出して安価
    ②停電率が高い
    ③CO2排出量が高い
    ・DEA評価・中位
    ※電力改革で世界の先陣を切ったが大停電に見舞われる
     

    英国
    ①電気料金は我が国と同じ
    ②停電率が高い
    ③CO2排出量は我が国と同程度
    ・DEA評価・先進国としては下位
    ※電力改革済み
     

     この欧米のDEA評価を見ると、世界の電力自由化が決してうまくいっていないのがよくわかります。  

    電力自由化先進国の米国では、電気料金は確かに安くなった代わりに、停電時間数が激増してしまいました。 

    発送電分離のために、発電と送電がうまくマッチしなかったり、送電網インフラの老朽化がひどく、民間企業となった送電会社はそのメンテにあまり熱心ではなかったからです。 

    ドイツなどは、電力を輸出していた優秀国から、脱原発と電力自由化の相乗作用で悪い方に滑り落ちてしまいました。 

    再生エネルギーの FIT(全量固定買入制度)と、脱原発、電力自由化の3点セットを同時にやった結果、電力供給においては「欧州の病人」になってしまいました。 

    ドイツ経済はEUで最も多く恩恵を受けて好調だったにもかかわらず、エネルギー構造が宿痾と化しています。 

    イタリアなどは、外国から大量に電力を輸入する構造が完全に定着してしまい、貿易赤字に拍車がかかって財政を圧迫しています。今やすっかり下位に定着です。

    ひと頃、反原発運動家が、「脱原発枢軸同盟」(笑)を提唱していましたが、日独伊、いずれも悲惨な状況です。 

    どうやらこの三つの国が組むとロクなことがないのは、歴史法則のようです(苦笑)。

    英国も結局のところ停電率の増加のために電力自由化失敗国といってよいでしょう。最も多くの、電気を買えない電力貧困層を生んだのはこの国です。 

    一方同じヨーロッパでもEU委員会の命令で自由化が進められたにもかかわらず、スウェーデンやノルウェイのような水力発電といったしっかりとした基盤電源を国内に持っている国だけは、例外的にうまくいきました。

    このように、国際的に見るなら、「電力自由化」は決して成功とはいえず、ユニバーサル・サービスを自由化することによるリスクのほうが、はるかに目だつ結果になりました。

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    日本が「世界一の電力料金」?

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    橋下さん負けちゃいましたね。引退ですか。

    ややもったいなくもあり、でもなし。迷う人だな、この人。

    私はこの大阪都構想自体には関心がなかったのですが、自民府連と共産党が「共闘」するといういかがわしさが、たまりません。「オールなんとか」というのは、沖縄だけで十分です。

    自民党府連が野合連合を選択した段階で、既に勝負あったですが、よくこんな僅差まで追い上げたと評価してやるべきなのかもしれません。

    共産・社民、民主の支持基盤の教組、自治労、解同の橋下氏への怨念と、自民党の旧態依然たる利権基盤が勝利したということでもあります。

    さて、先週からのお題を続けましょう。私は、電力自由化は、「やりたい人たちがいる」からやると思っています。思い込みに基づく、ある種の妄想のようなものです。

    この人たちを、とりあえず「構造改革論者」と呼びます。 自称では、ただ「改革派」と名乗っているようです。

    う~ん、カッコイイ言い方ですね。橋下氏ではありませんが、利権の巣窟に挑む白い騎士ってかんじ。 

    自意識ではこんなかんじかな(笑)。でも、顔が古賀シゲアキさんだったら、ちょっとヤダぞ(笑)。

    2014100900000019wordleaf08815e98d6a(乗っているのは氷川きよしだそうです。ウ~ン、ナルシズムの甘き香りよ。わ、はは)

    それはさておき、電力自由化で絶対に言われ続けたのが、「日本の電力は世界一高い」という決まり文句でした。

    特に福島事故以来、反原発派の電力会社バッシングのネタにされてしまい、彼らのパンフには、必ず「世界一高く、世界一危険な日本の電気」と書いてあります。

    では、検証してみましょう。

    Photo(図 資源エネルギー庁 為替レートによる電気料金国際比較 住宅用 2000年)

    間違いなく、ダントツで世界一高いですね。

    私たち国民は、このような数字ばかりを、何回となく見せられてきたはずです。そこで、注入された情報は、「世界一高い」という刷り込みです。

    ところが、この算定方式は、為替レートなのです。為替レートは、変動の影響をモロに受けます。

    2000年当時の為替レートは107円でした。いっそう為替相場は、悪化していき、菅政権の2010年などは実に87円でした。ちなみに、今は119円です。

    さて、同じ電気料金を、購買力平価でみます。購買力平価とは、同じ商品を基準にして物価レベルを加味した指標です。(典拠 上に同じ)

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    これは、英「エコノミスト」誌が毎年作っている有名な「ビックマック・インデックス」を基にして、算出されます。

    マックのビッグマックがが世界基準というわけですが、日本人はそげなマズイもの食わないぞな。ま、いいか。

    実はこれも、民主党政権下のようなデフレ放置時代と、今のように意識的にインフレ誘導している時期とは比較するのが難しくのですが、単純な為替レートより公平感があります。

    購買力平価で見た、電気料金の国際比較です。

    これ見ると、ドイツ、イタリア、英国に継ぐ主要国4位です。

    え、統計年が違うって。はい、そのとおりです(笑)。これは2009年です。レートは97円でした。私も、意識的に違いがハッキリする数字を持ってきました。

    そのことを言わずに、ポンっと為替レート2000年時を出して、「ほら、こんなに高いだろう。だから・・・」とやる論者があまりに多いので、同じ手法をあえて使ってみました。

    でもちゃんと、大きく統計年を表示しているでしょう。これを隠してやると、印象操作となります。よく運動家やマスコミが使うテです。

    電気料金は、その国の、その時代の為替レートや金融政策、あるいは電力政策によって大きく影響を受けるものであって、単純な比較は誤解を増幅するだけなのです。

    実は、こんな電気料金の国際比較はあまり意味がありません。あえて言うなら、停電率や電気の周波数などの品質を考慮すると、そう高いとはいえないでしょう。

    ほんとうにその国の電力を評価したいなら、電力構造に立ち入って検証するべきです。

    電力構造というのは、各国で相当にバラ付きがって、その電力構造の総体を見ないで、ひとつの項目だけで断定すべきではないからです。

    次回、主要国の電力構造を検証してみますが、あまりに異なるので驚かれるはずです。

    いちばんわが国と構造的に違うのは、お隣の韓国と、米国でしょう。

    韓国は国策で、電気料金を低く押えています。今や燃料費の方が高くなって、逆ザヤになっていますが、10大財閥だけでGDPの76.5%を占めるような国は、値上げができません。

    国の一切の人的資源、財源、税務体系までもが、財閥の繁栄の一点に奉仕しているからです。このような極端な国家構造は、世界広といえど、この韓国だけです。

    韓国電力は政府出資比率51%の事実上の国有企業ですが、3年連続大赤字ですが、電気料金値上げは認められず、国の公的資金注入でなんとかしのいでいます。

    だから、安全チェックがおろそかになったり、安い偽造部品が、大量に原発に使われといった不祥事の構造的温床を生むわけです。

    つまり、税金が電気料金に姿を変えただけというのが、「安い電力」の秘密だったわけです。

    一方、米国は真逆です。米国については、後に詳述しますが、電力自由化の行き過ぎで、前回見たように停電率世界一という汚名を着てしまいました。

    このように、簡単にひとつの数字だけで、その国の電力を分析するのは、大変に危険なのです。

    次回に続けます。

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    沖縄問題やTPPは、広いアジアの視野で見ねばわからない

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    土曜日の記事への加筆です。

    翁長氏の訪中に対しての、中国共産党準機関紙「環球時報」(2015年4月14日)の記事です。

    「中国のアジアとの運命共同体の理念や一帯一路構想、そしてアジアインフラ投資銀行の設立は多くの国の支持を受けつつあるが、日本では様々な複雑な理由により、中国の平和的理念が歪曲、あるいは無視されている。
    それに対して沖縄は、中国の主張を比較的容易に受け入れることができる」

    この環球時報の記事の中で、「一帯一路」とAIIBが出てくることに注目してください。
    (漫画 ニューズウィーク)

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    「一帯一路構想」はAIIBとセットになった、昨今中国がひんぱんに使用している戦略用語です。

    「一帯一路」とは、アジア「一帯」の、「一路」、つまりシーレーンや、陸の「シルクロード」を共有する諸国、ていどの意味です。 

    異常な海洋膨張を繰り返して、不安定化させている元凶の中国ですが、AIIBは、「一帯一路」であるアジア諸国に対して、資金を注いで、経済の力を借りて、「外国勢力の手を借りずアジア自身の力で紛争を解決する」ことを目的にする、と言っています。 

    「外国勢力」とは、説明の必要もないでしょうが、米国を指します。

    この表現は、よく北朝鮮が「外国勢力なき朝鮮半島の平和」というような言い方をして、韓国からの米軍撤退を要求する場合に使う表現です。

    ここでは中国は、日米同盟を基軸とする自由主義陣営に対抗して米軍を追い出し、中華帝国がアジア圏唯一の覇権国になるのだ、と言っているわけです。 

    ですから、AIIBは、表向きはインフラ投資ですが、その背景には軍事力が担保されています。 

    事実、米国のアジア・ピボット(回帰)で、米国に対して駐留を要請したフィリピンは、AIIB参加と共に、TPPを脱退しています。 

    また、ベトナムもまた中国に招待された共産党総書記が、「外国勢力抜きでAIIB参加国同士で南シナ海問題を解決しよう」と持ちかけられ、快諾しています。 

    この両国が、いままでいかに激烈な中国の海洋膨張にさらされて、米国に対して救援を求めてきたのかをみると、嘘のような出来事です。 

    このように、中国は「一帯一路」のアジア諸国を、経済力を武器にして、中華帝国圏に取り込むことに利用しているのです。 

    言うまでもなくわが国は、米国と協調してADB(アジア開発銀行)を作って、AIIBと緊張関係を持っていますので、その日本からこのような時期に翁長氏がノコノコと中国に出かけて、李克強と面談するということ自体、非常に政治的行動です。

    ま、彼は分かってやっているんでしょうが。 

    このように沖縄問題は、本土と沖縄だけの視野で見ていては、絶対に理解できず、アジア全体の政治力学を視野に入れて判断すべきなのです。 

    さて、オバマ大統領は4月27日、ウォール・ストリート・ジャーナルとのインタビューに応じてこう述べています。

    抜粋します。

    「環太平洋経済連携協定(TPP)を成立させられなければ中国に経済的な隙間に入り込む余地を与えることになる。
    われわれがルールを作らなければ、中国が(アジア)地域でルールを確立してしまう。そうなれば米国の企業や農業は締め出される。それは米国の雇用喪失を意味する。
    中国には成功してもらいたい。中国には平和的な発展を望んでいる。それが世界にとっても良いことだろう。
    ただ、米国をはじめすべての国が競争できるルールであることを確実にしたい。中国がその規模を利用し、われわれを不利な立場に追い込むようなルールの下で(アジア)地域の国に対して影響力を持って欲しくない」

    この中でオバマは、TPP交渉当初には持っていなかった対中国という視点を前面に押し出しています。

    これはAIIBが、経済力の力で今までの交易上の国際ルールーを変更し、人民元決済と中国流ルールに置き換えようとしていることに対する危機感の現れです。

    TPP交渉初期には想定していなかったAIIBが登場した以上、それとの関係でTPPも考えねばなりません。

    私も従来の、「TPPは日本の安全保障と無関係だ」という主張を修正することにします。  

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    日曜写真館 クレマチス 初夏の訪れ

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    土曜雑感 翁長知事 中国から「沖縄の馬英九」と呼ばれた男

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    週刊文春が翁長知事を連載しています。

    言ってはナンですが、「中国ロビイスト・美人弁護士」うんぬんという部分を除けば、8割は私のブログで既報のことばかりでしたが、「沖縄の民意を聞け」一色の本土メディアの中で、唯一気を吐いたと言っていいでしょう。 

    そりゃ、沖縄にはうじゃうじゃ中国ロビイストはいるでしょう。ただ、問題はそんな「美人弁護士」といった雑魚ではなく、翁長氏自身がその代表格だということです。 

    このテーマについては、そのうち詳しく書きたいのですが、翁長氏は自民党所属の那覇市長時代から、中国経済圏に沖縄を入れることを目指してきました。

    文春は、このように翁長氏を馬英九にたとえています。

    「中国の傀儡の如く、あの国への経済依存度を高め、台湾そのものを売り飛ばしかねない政策を続けている」

    「台湾」の部分を沖縄に読み替えればマンマです。しかも翁長氏を馬英九に例えたのが、中国政府筋だというのですから、大笑い。

    既に日本からは引き出せる金やモノは引き出していますし、デフレ地獄で苦悶するような国はもう用済みだというわけです。

    この辺の乗り換え感覚は、東アジアのもうひとつの冊封国である韓国のパククネ大統領に酷似しています。

    そのための河野シニアとの訪中です。河野シニアと行けば、どうなるのか、わかりすぎるほど分かっていたからこそ、行ったのです。 

    訪中の目的は表面上は、福建-那覇空路の開設や、福建の自由貿易特区と、沖縄経済特区の交流ですが、それはただの表看板にすぎません。

    真の目的はただひとつです。今や半独立国のようになった翁長王朝の、旧宗主国による「承認」です。平たくいえば、「ご機嫌伺い」にすぎません。

    未だ翁長氏を、かつての田舎県連の幹事長ていどに思って「上目線」でいる官邸に対して、オレのバックには興隆する中華帝国がついているんだゾ、という所を見せつけたかったのでしょう。

    下の官邸訪問時の写真をみると、大人の対応をしている首相に対して、滑稽なまでにふんぞりかえりたい翁長氏のルサンチマンが透けて見えます。

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    同時にこれは、県内の政敵である国場氏たち自民党国会議員たちにも、いいしめしになります。

    方や中華帝国に対しては、下の写真のように緊張しきった顔で恭しく手を舐めんばかりの様子です。あんがい、翁長さんは小心な人なのかもしれませんね(笑)。

    将来「独立」した時にどんな主従関係になるのか、よく分る貴重な一枚です。

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    さて、この時の李首相とのやりとりを、朝日は「親中的に見られないように配慮した」と報じていますが、翁長氏の広報誌の琉球新報は次のように伝えています。

    「翁長知事は中国と沖縄の交流の歴史について述べた上で、(略)福建省の琉球人墓地や北京の琉球学館で琉球王府の留学生が学んだ歴史などに触れ「これらの人材が中枢を支え、琉球王国はアジアの懸け橋となった」と説明。
    福建省の自由貿易経済試験特区を挙げ『日本には沖縄だけの経済特区があり、ぜひ、交流を促進させたい』と働き掛けた。さらに『那覇市と福 州市の定期便も願っている』と空路拡大に期待した。
    李首相は『(沖縄との)歴史も学ぶ必要がある。中国は日本の地方との交流を積極的に支持している』と答えた」
    (琉球新報 2015年4月15日)
     

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    翁長氏は、この李氏との会見でひとことも尖閣を議題にしませんでした。

    尖閣は沖縄県石垣市のはずですが、当該自治体の代表者が「取り上げない」ということは外交的には、今のまま中国公船や、軍用機が侵犯してくれて結構、いやむしろドンドンやってくれ、という意味となります。

    一方、中国側がどのように沖縄を見ているのか、はっきりわかる環球時報の論説がありますので、長いですが紹介しておきます。 

    なお、環球時報は、人民日報傘下の共産党準機関紙です。

    中国は、要人が慎重な言い回しをする代りに、党の機関紙や外郭団体、あるいは御用知識人を使って本音を言わせて、どのように相手国が反応するのか見る習慣があります。

    「中国のアジアとの運命共同体の理念や一帯一路構想、そしてアジアインフラ投資銀行の設立は多くの国の支持を受けつつあるが、日本では様々な複雑な理由により、中国の平和的理念が歪曲、あるいは無視されている。
    それに対して沖縄は、中国の主張を比較的容易に受け入れることができる。その理由は第一に沖縄が歴史的に中国と深い関係があること。
    第二に清明節(祭)を重視するなど中国とは風俗習慣において共通点があること。
    第三に第二次大戦中、集団自決をさせられるなど軍国主義の被害を受けていること。
    第四に米軍基地が集中しており、安全への不安を中国と共有していること。
    日本国内では最近、政府の対中政策を批判し、正確に中国に向き合うべきだとする声が高まりつつあるとともに、沖縄での米軍の新基地建設への反対に同情、支持する声も絶えず高まっている。翁長知事の今回の訪中は、こうしたエネルギーを後押しするとともに、沖縄が今後中日間で橋梁の役割を果たすための基礎を作ることになる」
    (環球時報2015年4月14日)

    それにしても、おいおい、翁長さん、環球時報に、「米軍基地が集中しており、安全への不安を中国と共有している」と書かれるようになったら、そりゃ中国の勢力圏にようこそ、という意味ですよ。

    かつて環球時報は、こう述べたことがあります。 

    「琉球は明治政府が中国から強奪したものだ。今でも日本政府は琉球独立を弾圧している。琉球人は中国の福建と浙江、台湾の人間だ」(環球時報 2010年9月19日)

    つまり、翁長氏が、「オレたちは明、清に朝貢していた琉球王国のように中国の冊封国に戻りたいのだ。そのためにはまずは、中国の経済圏に入れいただいて下地を作りたい」と言ったことに対して、李氏は「歴史も学ぶ必要がある」、つまりは「まんざらでもない」と阿吽の呼吸で応じたわけです。

    週刊文春(4月23日号)は、中国が翁長沖縄に対して、このような見方をしていることを伝えています。

    「中国で琉球独立を担っている機関の一つに「中国社会科学院」中国の内閣にあたる国務院の傘下にあり、国家政策の立案に深く関わる巨大シンクタンクである。その最高顧問である戴汝為氏が注目すべき発言を行っている。
    『翁長知事在任中に琉球独立の流れを作ることが必要だ。中国共産党幹部の中には、翁長知事を“沖縄の馬英九”と呼ぶ者もおり、期待は大きい。日本政府に対する沖縄の経済的依存度を下げ、中国の影響力を強めることが有効だ』
    台湾の馬英九総統と言えば、中国の傀儡の如く、あの国への経済依存度を高め、台湾そのものを売り飛ばしかねない政策を続けているが、翁長氏はその沖縄版だと見られている訳だ。国家の安全、主権をも顧みず中国に尻尾を振る姿は、確かに『沖縄の馬英九』である」
    (週刊文春4月23日号)
     

    中国は、翁長氏の任期中に「独立」まで行かないにしても、さまざまな工作を施してその「流れ」を作る時期だと認識しているようです。

    そのために、日本の経済圏から引っこ抜いて、中華経済圏の影響下に置くということです。

    既に沖縄のメディアは、八重山日報を除き、完全に親中派の掌握下にありますから、中国支配は政治-経済-マスコミにまで及んだと見るべきでしょう。

    とまれ、翁長氏は、これで中国を後ろ楯にしたと認識したはずです。その昂りが帰国後第一声の「アジアのエネルギーをもらった」という言葉に現れています。

    もちろんここで言う「アジア」とは、中国のことです。

    これで後背地を得た気になった翁長氏は、今や「敵国」でしかない日本政府に対して、次の一手を打ってくるはずです。それはたぶん、埋め立て作業本格着工の夏前になるでしょう。

    私はそれは、着工の是非を問う県民投票だと考えています。

    もしこれに翁長氏が勝利すれば、次はいつの時期か分かりませんが、「高度な自治権要求」の住民投票となるでしょう。

    おそらく、そうとう程度に中国の経済力が、沖縄県に浸透した頃合いを見計らってということになるでしょう。

     

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    構造改革せねばならないほど、日本の電力は劣悪なのか?

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    構造改革とは、社会的な手術のことです。それもハンパではないリスクを伴う手術です。失敗すれば社会がガタガタになってしまいます。

    手術を、健康な人にするバカはいませんね。

    では、落ち着いて、そこから考えてみましょう。果たして、日本の電力事情は、そんな大手術をするほど劣悪なのでしょうか? 

    電気における需要者の利益は、電気料金が安いこと、そして停電が少ないことのふたつの指標で見ます。 

    この二大条件がより良くならねば、電力を自由化した意味そのものが疑われます。「改革」した結果より悪くなりましたでは、なんのこっちゃですからね。 

    まずは、わが国停電率(SAIDI)はどうでしょうか。停電をしない、すなわち、電力が安定供給できている というのは、ある意味、電気料金よりも重要なことです。

    もし、瞬間的に千分の1秒でも停電が発生したら、コンピュータ制御の工場は瞬時で麻痺してしまいます。

    その結果、製造ライン上では、オシャカの山が築かれることになって大損害です。

    こんな危ない国には安心して工場を置けなくなって、その国は空洞化していくことになります。これは現実に、脱原発政策後のドイツで起きたことです。

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    (図 「電力の各国比較」資源エネルギー庁 2007年) 

    さて上図を見ると、ダントツにわが国で停電が少ないことが分かります。主要国でもっとも低い停電停電率です。

    はい、これで証明終了。結論、わが国での電力自由化の必要はありません。

    とまぁ、それではあまりに愛想がありませんから、図の左から順番に各国を見ていきましょう。

    まずは、「電力改革先進国」であるはずの米国は惨憺たるものです。特にカリフォニア州がひどいのですが、年中どこかで大停電をやらかしています。 

    しかし今や、細かく民営化してしまって送電網を分割してしまったために、スマートグリッドがなくては安心できない状況に落ち込んでしまいました。

    え、何ですって、スマートグリッドは、通信と電力を一体化したものだから、先進的ですって。何をおっしゃる、ウサギさん。あんなものは電力自由化政策の失敗のツケにすぎません。

    そもそもスマートグリッドなどは、年中どこかの地域が停電しているか、しそうなので、慌てて別の地域から電気を回してもらう必要から生れたのです。

    たしかにITネットも一緒に乗せて便利そうですが、そんなことは別に送電網の本質的役割ではありません。

    そんな余技のようなことは、今のような電力逼迫期にやることではありませんし、ましてや飯田哲也さんが提唱する再エネ導入のためなら、本末転倒もいいところです。

    なんで数兆円という巨額投資をまでして、再エネなどという不安定なエネルギー源に追加投資をせねばならないのか、私にはさっぱりわかりません。 寝言は寝てから言え、つうの。

    次に英国です。ここも相当に悲惨です。

    英国は世界でも初期に自由化に取り組んだ国ですが、「改革」した結果、いっそうひどくなって、とうとう「電力貧困層」という電気代すら払えないで、寒さに震える貧困階層が大量に生じてしまいました。

    電気は金持ちの贅沢品かって。今や中国のAIIBにすがるほど落ちぶれた英国ですが、その一因には、この電力自由化の失敗があります。

    ドイツは別個に詳述せねばならないほど、問題山積ですが、かつては安定した供給体制を誇っていたドイツが、今や脱原発と電力自由化のダブルパンチで見る影もなくガタガタになりかかっています。

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    (図 主要国電源比率 薄い緑色が原発。日本はバランスよく様々な電源を配置しているのがわかる)

    次にフランスはどうでしょうか。この国の電力事情の最大の特徴は、世界に冠たる原発太国で半分の電力は原子力なことです。

    ガンガン原発作って、余剰電力は輸出品にするというのが国策です。しかしどうも、途中の送電網に問題があるようで、日本の実に4倍弱の停電率です。 

    あ、そうそう、電気って、日本では想像もつきませんが、貿易で売り買いするものなのです。

    ドイツが脱原発をできた最大の保険は、このヨーロッパ広域送電網があったからです。そんなまねが不可能な日本ではどうするんでしょうね。

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    (図 Integration of large scale wind in the grid - The Spanish Experience, REE 社 ,2008 )

    韓国はこの統計当時はよかったのですが、原子炉部品の性能証明書を偽造するという前代未聞の恥ずかしい事件を起こして、全23基の原発のうち7基が停止中で、今や夏場のブラックアウトを心配せねばならない事態になっています。

    さて、我が国ですが、お分かりのように、主要国の中でもっとも低い停電率を誇っています。 

    では我が国だけが、これらの諸国と較べて自然条件が特出して良くて、送電線が嫌う大風も大水もない、ということなのでしょうか。 

    いや、むしろ逆に、諸外国の中で一番自然条件が苛烈なのは、自慢ではありませんが、世界一の災害大国たる日本です。 

    南北2千キロ、東西2千キロにおよぶ島々からなる列島であり、その中央部には2千メートル級の脊梁山脈が伸び、平野部は狭く、山岳地域の地質は崩落しやすい風化岩であり、そして河川はそれに沿って急流で海まで下り落ちます。  

    積雪地域は国土の60%に達し、いったん豪雪となると、たちまち交通機関が麻痺します。  

    星の数ほどある離島は、時化れば食料不足に陥ります。 急病人もヘリで搬送せねばなりませんが、人が住む限り電気は供給されています。  

    そしてご丁寧にも、3つプレートが集合している所に国土があるために、世界の0.25%の地表面積しかないにもかかわらず、マグネチュード7以上の大地震の実に20%が我が国で発生しています。 

    こんな過酷な自然条件の中で、配電網が山間僻地、離島に至るまでくまなく張りめぐらされているのは、世界的に類を見ないもので、日本人はもっとこれを誇りに思っていいでしょう。 E_sumitomoc11_1220_011_s(写真 今や海底ケーブルは日本のお家芸で、海外にも技術輸出している。台湾にて)

    あの東日本大震災の時ですら、激甚災害にあった地方も、わずか1カ月足らずで復旧してみせています。

    大災害ではなく、 平時における各国の停電状況修復までの時間を比較してみます。

    我が国では1時間ていどで再開していますが、米国は丸々1日以上かかってしまっています。 

    米国は毎年襲ってくる大型ハリケーンのたびに、1カ月以上の大停電が定期的に起きています。公平に見ても、我が国の送電網のほうが比較にならないほど優秀だといえます。 

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     (図 「最近の基幹送電設備故障による停電」 電力改革研究会)

    このような停電率を見ずに、米国で電力自由化があれば、「それ、自由化が先進国の証だ」と騒ぎ、スマートグリッド導入が盛んになれば、その理由も考えずに、「米国の素晴らしいスマートグリッドをすぐにマネしよう!」と騒ぐのは、バカ丸出しというものです。

    このように、電力自由化は、やらねばならない相応の理由があってするのではなく、ただひたすら「やりたい人がいるからやる」、にすぎないように見えてきます。 

    わが国の停電率は、世界で最も低いもので、わざわざ改革をせねばならないものではないのです。

    次回、もう少し掘り下げてみます。 

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    競争原理を持ち込んでいい部門、いけない部門

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    電力自由化は、たぶん古賀茂明氏という奇矯な「ヤメ官」がいなければ、別な形になっていたかもしれません。 

    昨日もお話しましたが、そもそも原賠法3条1項どおりに処理すればよかった案件を、古賀氏は強引に東電解体・電力自由化論議に持ち込んでしまいました。

    古賀氏の電力自由化論は昨日今日のものではなく、 2001年頃に出向していたOECD本部に、日本の発送電分離するように働きかけたことからも、筋金入りといえます。

    古賀氏は、福島事故を見て、また自分の時代が来たと勘違いしたのだと思われます。

    そして現職官僚でありながら永田町にバラ撒いたのが、あの悪名高き「古賀ペーパー」ですが、これは経済や法律には疎かった反原発運動家に理論的支柱を与える結果になりました。 

    後に出てくる「未来の党」などの反原発政党などは、しっかり古賀ペーパーをコピーしています。

    13f8095ae0d82eb8d007ceff07f6b72b(写真 辞任に追い詰められた古賀氏。現職キャリア官僚が、古賀ペーパーなど撒いたのだから、当然だ。マスコミは、彼を殉教者のように報道し,時代の寵児に祭り上げた。この「栄光の受難」が今の彼の原動力のようだ)

    それはさておき、古賀氏がやりたかった構造改革というのは、語感はさわやかですが、一体中身は何でしょう? 

    具体的に構造改革のメニューには、こんなものが並んでいます。

    国営企業、あるいはそれに準じる公共事業体の民営化、各種規制の廃止・撤廃・緩和そして外国資本の参入の全面自由化など、といったものです。

    なんか聞いたことがありませんか。あの橋龍ポマードや、小泉さんがやろうとしていた一連の「改革」がこれです。 

    構造改革は、TPP交渉でベトナムの国営企業が議論の対象になっているように、発展途上国でサービスの量と質が遅れている場合、国有企業への過度な優遇をなくして、競争原理を持ち込んでいくことは、国民にとって利益となります。 

    こうした途上国では、競争を促すために、門戸の制限付き開放を行なう必要もあるかもしれません。 

    では、わが国のような先進国において、発展途上国と同じような構造改革が必要なのでしょうか。

    そのためには、日本で国が「保護」している部門が何かを知る必要があります。

    わが国が今まで国策として「保護」してきたのは、道路、電気、ガス、水道、放送、郵便 、通信や公的な福祉などの、地域による分け隔てのない便益の提供義務を有する部門でした。

    これをユニバーサルサービスと呼びます。直訳すれば、「普遍的に提供されるべきサービス」ていどの意味です。

    国には競争原理を安易に持ち込んでいい部門と、そうでない部門がありますが、このユニバーサルサービスこそ競争にそぐわないものの代表例なのです。 

    衣料や家電製品などの消費財を競争するなというのは馬鹿げていますが、ガス、水道、電気、道路、医療、郵便などの公共インフラに、安易に競争原理と市場原理を持ち込むことが正しいとは思えません。 

    これらは国の骨格であり、国民の生活を安定して支える基盤です。これを市場原理で運営することは、リスクが高いのです。 

    たとえば、発送電分離と簡単に言いますが、儲かるので参入が多いのは再エネ発電と小売り部門だけで、その間の肝心の送電部門は、いわば公共道路みたいなものですから、儲かりません。

    むしろ、今まで電力会社は発電と小売りでプールした利潤から、送電部門を維持してきたのです。 

    かつての橋龍ポマードが言い始めた公共事業・悪玉論に悪のりして、軽薄なメディアは、一斉に「鹿しか通らない道」、「農家しか使わない農道」、「20戸の村に立派な道路」、「政治家が票が欲しくてひいた道」、「土建屋の談合道路」などとあげつらったことがありました。

    道路がなくなれば廃村になります。 

    廃村にしてしまって都市のアパートで暮らせばいい、などと言ったパカがいましたが、東日本大震災の後に亡くなった人々は、村を離れて都会のマンションや避難所に住まざるを得なかった年配者の方々でした。

    仮に、ご老人ばかりであったとしても、人が住む限り、道をつけ、電線を敷いて、それを維持し続けねばなりません。

    「儲かる」と「必要」は別なのです。 

    Zu_02_01(写真 離島への海底ケーブル敷設作業。中部電力)

    その道がなくなれば生活や生産ができないからあるのであって、それを「効率」という一本の尺度でズバズバ切った結果が、今の地方の衰退です。 

    道路という公共インフラは、「儲かるから作る」のではなく、「必要だから作る」のです。 

    ところが自民党構造改革派が始めた「無駄の削減」は、民主党という都市型政党で完成され、当時建設大臣だった前原氏などは、「公共事業を36%も自民党時代から削減した」と得意満面で言う始末です。 

    公共道路は儲からないからこそ、国や地方自治体が税金で作っているので、これを「民営化」などしたら、元来儲からないのですからたちどころに米国のように継続的な投資がなくなって、メンテナンスから削られていき 笹子トンネル崩落事故のような事故が頻発します。 

    このように根幹的ユニーバーサル・サービスのひとつである電力は、「地域を問わず普遍的に提供する」ことが大前提なのにもかかわらず、人口が多く、収益性が高く見込まれる都市部、地方では県庁所在地のみに参入希望が集中し、山間地が切り捨てられていくことでしょう。 

    下の写真は、関西地方の送電線補修の様子ですが、もし発送電分離した場合、平地が少ないわが国でこのような送電インフラの維持を継続的に実行できるのでしょうか。

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     (写真 関西電力HPより) 

    そもそも送電部門は不人気な部門なので、新規参入は限られたものに終わり、既存電力会社の送電部門がそのまま別会社として残ると思われます。 

    構造改革派は勘違いしているようですが、電力事業は発電-送電-小売りがワンセットになって、そこで利益をプールできるから収益を上げられるのであって、ひとつひとつに分解してしまえば儲かる部門と儲からない部門の差が歴然としてしまいます。 

    電力会社は儲かる発電-小売り2部門の利益を、送電部門に注入してバランスをとっていることを忘れてはなりません。 

    それが故に、総括原価方式というコストの積み上げ方式が認められているのです。 

    飯田哲也氏が言うように、総括原価方式は単に原発で儲けるためだけにあるのではないのです。あの人はどうも原発からしか電力を見ないから困ります。 

    Gyoumu_07(写真 送電線の保守風景。このような作業員は育成も維持するのも非常に難しい)

    多少儲かると思われる送電-小売り部門ですら、ユニバーサル・サービスを請け負っているために停電という事態を避けねばならないにも関わらず、見たところ新規に参入した再生可能エネルギー発電事業者にその意識は皆無だと思われます。 

    彼らは作ったら作った分だけいい値で売れることに魅力を感じているから参入したのであって、旧来の電力会社にあった電事法の送電「義務」を意識することはないようです。

    先日の種子島のような太陽光発電の接続停止措置について、マスコミは電力会社の再エネ圧力のように書き立てていますが、あれは接続すると過剰な電力が送電網に流れて、停電してしまうから切ったにすぎません。 

    このように、ユニバーサル・サービスを担う気概もなく、ただ濡れ手に粟で参入したような彼らの一部は、自由化「先進国」では、「クリーム・スキミング」とか「チェリー・ピッキング」とかいわれて、「いいとこ取り」を図る行為として社会的に糾弾されています。

    ケーキのクリームだけ舐める奴、トピングのチェリーだけすぐに食べる奴という意味ですね。私、あの白いワンコのCMの会社の社長を、思い出しちゃいました(笑)。

    今や、電力自由化が郵政民営化、道路公団に続く、構造改革派による三度目のユニバーサル・サービスの破壊になろうとしています。

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    呉越同舟・電力自由化4つの流れとは

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    電力自由化を唱える人たちには、大きく三つの流れがあります。 

    まず表看板は、飯田哲也さんのような反原発派の皆さんの流れです。 

    原発をゼロにするためには、再エネを替わりにするしかない。今はその市場がない。 

    その理由は、電力会社の垂直統合しているので割り込みが難しいからだ。ではこれを、バラバラにしていくために電力自由化だ、というものです。 

    「垂直統合」は横文字でインテグレーションと呼びます。川上の発電から、途中の送電を経て、川下の小売りまで、一貫してひとつの電力会社が仕切って運営することてす。 

    Pk2012120202100045_size0(図 2012年12月衆院選)

    とりあえず、再エネの屁タレぶりは触れませんが、上図は、飯田氏が滋賀県知事のオバさんと作った未来の党の工程表です。

    未来の党が政権党になっていたら、原発の運転をすべて中止し、それによって生じる損害を「交付国債」で国が補填するということになっています。

    これは東電だけではなく、全国の電力会社を東電と同じ破産状態にするということです。

    その廃炉コストは、電力10社の合計では50基の原発の資産価値、約3兆2000億円がゼロ。廃炉費用は約1兆2000億円、計4兆4000億円の損失がでます(経済産業省試算による)

    また、これにより電力10社の純資産5兆9000億円の7割超が失われ、4社は3年で債務超過になり倒産し、それを交付国債で補填すると、東電と同じようにすべての電力会社が国家管理になるという恐ろしいシナリオです。

    国有会社同士でどのような競争が成立するのか、私にはさっぱり分かりませんが(苦笑)。ま、実施していたら、その時点で日本は滅亡していたでしょうね。

    それはともかく、脱原発には発送電分離など電力システム改革の集中的断行が必須だと、飯田氏たちは考えていたのです。

    たぶん、この「卒原発」工程表に強い影響を与えたのが、経済産業省内の改革官僚の流れです。 

    実は日本では、小泉改革時代に、経産省の改革官僚たちが「電力システム改革」という電力自由化を検討してきました。 

    これが、経産省本流から受け入れられずにいったんはポシャり、再度復活したのが、震災の直後でした。

    またもや福島事故がらみです。いかにこの大天災が、ショックドクトリンの絶好の実験場だったかわかります。

    そのきっかけを作ったのが、当時まだ現職キャリア官僚だった古賀茂明氏の作った古賀ペーパーでした。

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    古賀氏は、電力の専門家ではありませんでしたが、東電破綻処理の提案書として書いた「古賀ペーパー」にも、東電解体・電力自由化が賠償のスキームの原資として骨格となっています。 

    なぜ、震災後だったかと言えば、この震災が本来は、原賠法第3条1項にある「異常な天災による免責」事由に該当するのですが、国の責任を認めたくない菅政権が、なにがなんでも東電だけに責任を負わせるために画策した中から、復活したからです。 

    枝野経産大臣が言ったように、「事故原因は一義的に東電にある」のだから、東電は資産を切り売りして賠償しろというわけで、そのために文科省に、「異常な天災とは隕石の落下のことである」などと馬鹿なことを言わせています。 

    わけないでしょう。隕石しか「異常な天災」に認められないなら、誰が原子力などを運用しますかって、バカバカしい(爆)。 

    そこまでして責任回避をしていた菅政権と、電力会社側の落し所が、「原子力損害賠償支援機構」だったのです。 

    東電に連座して他の電力会社も資金を拠出し、そこに政府も金を出して「賠償機構」という受け皿を作るという、有体に言えばトンネル会社作りでした。 

    古賀ペーパーは、煎じ詰めれば、事後法を作って東電ひとりに賠償を押しつけ、東電を解体して発送電分離、つまりアンバンデリング(分割)を実施しろというものです。 この古賀ペーパには、東電の解体について、持ち株会社にしろとか、発電所ごとに独立させて売り払えとか、事細かな構想が盛り込まれていています。 

    それをアンバンデリングと呼びます。今日は横文字が多くて、すいません。 

    アンバンドリングとは、束ねられたものをほぐす、ていどの意味ですが、電力においては、EUを中心にした電力産業の再編による、競争環境の整備を進めるために取られた手法を指します。 

    発送電の各部門を切り離し、地域独占も止めて、新たなビジネスチャンスを作れば、経済が活性化されるというものです。

    そして、このような電力自由化は市場の自由化に資するとしています。古賀氏の本音はここなのです。 

    彼は、現職官僚でありながら、これを霞が関や永田町にもバラまき、大きな影響を与えたと言います。 

    もちろん現職官僚がやることではなく、自分の主張が通らないと場外乱闘に持ち込む古賀氏の悪い癖は、この頃から健在だったわけです。

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    さて、もうひとつの流れが、国際投資ファンドたちでした。彼ら国際投資ファンドは、大震災をきっかけにして突然に開いた日本の電力市場という巨大な獲物に色めきました。

    今まで、頑強に開放を拒んできた日本の電力市場を、なんとバラバラにして、二束三文で転売できる千載一遇のチャンスが巡ってきたのです。

    この腐肉をあさるスカベンジャーたちは、弱った獲物である日本の電力会社に食らいつき、しゃぶり尽くすために殺到します。

    さて、このようなx人たちの努力のかいあってか、2013年2月、「電力システム改革専門委員会」(委員長・伊藤元重・東大大学院教授)が報告書を出しています。

    ちなみに、伊藤元重教授は、有名な増税・財政健全化・自由化論者です。

    それによれば、2020年までをめどに、広域系統運用機関の創設や送配電部門の法的分離などを3段階で進めるとしています。

    Photohttp://diamond.jp/articles/-/50199 

    かくして、天ボケぎみの反原発派、欲望ギタギタのハゲタカ共、そして古賀氏たち改革官僚たちの相乗りによる呉越同舟の電力自由化が始まったわけです。 

    このアンバンデリングはドイツをモデルにしていました。

    前置きが長くなりましたが、次回は、電力自由化の母国のドイツを見ます。

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    原子力行政には大いに問題があったが

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    世間で、3年一昔といいますが、そのくらいの時間がたてば頭か冷えるということです。次は10年、もっといけば30年、そして100年一区切りとなります。 

    東日本大震災と福島事故という、100年に1度という出来事が同時に起きて、さすがの日本人も頭に血が登りました。 

    極端な議論が横行し、極論がはびこりました。それも3年たてば、少しは冷静にならねばなりません。 

    しかし、当時作られてしまったまま制度改革として定着してしまったのが、この電力改革でした。 

    実はこの電力改革は、おそらくこの「平成の大火」の時でなければ、日の目を見るはずがない極論でした。 

    なぜなら、そもそも電力自由化とこの福島事故は、本来なんの関係もないことだからです。 

    もし、電力の垂直統合が福島事故と関係あるのなら、女川原発も東北電力という「幕藩体制」下で運用されていましたが、事故を免れています。

    福島第2などは東電が作ったものですが、福島第1と同じ津波をかぶったにもかかわらず、無事でした。

    このように事故原因を、電力構造の垂直統合に求めるのは、そうとうに無理な極論にすぎません。

    Ref_l (写真 東電本店。これだけ国民に憎まれた会社も歴史上なかっただろう)

    さて私は、こう言ったからとて、東電と政府・経済産業省との関係が問題がなかったなどと言う気は、まったくありません。むしろ逆です。 

    事故後に明らかになったのは、度し難い東電と経産省の癒着ぶりでした。議論のバランスを取るために、このことについても触れておかねばなりません。 

    経産省は外局として資源エネルギー庁を持ち、原子力を推進していました。 

    一方、同じ外局に、原子力安全・保安院と原子力安全委員会というチェック機関も持っていました。 

    まさに両手に花、一人二役です。

    れらの本来まったく機能が違う機関は、政府から離して作らねばなりません。フランスや米国では厳然と、規制機関の独立性は担保されています。

    日本でも、その後の改革で原子力規制委員会と規制庁は3条委員会(※)として、経産省から独立させています
    ※3条委員会 国家行政組織法第3条や内閣府設置法第 64条の規定に基づいて、府省の外局として置かれる、独立性の高い行政委員会のこと。

    Ff80808130bc8f990130e33cdae10013(写真 経済産業省。事故の当事者のひとりだが、事故後には背景に隠れてしまった)

    つてのような規制機関の独立性が確保されていない場合、官僚を支配する人事権によって、結局は経産省の意向に左右されてしまうからです。 

    そして、この経産省の天下りをおおっぴらに受け入れてきたのが、東電などの電力会社でした。 

    つまり原子力推進する側と規制する側、そして規制される側が三位一体に癒着してしまって、利害関係を共有してしまっています。 

    経産省の原子力行政が推進の立場を取るのは、その性格から言っても特に不思議ではないでしょう。

    しかし問題は、それを規制する機関が、推進機関の下に入っており、しかも規制する電力会社に天下ってしまう慣習が半ば公然と行なわれる体質があったのですから、まともな原子力行政が出来る道理がありません。

    このしわ寄せを最も受けたのは、誰あろう、福島第1の現場で戦っていた吉田所長以下の東電職員たちでした。

    最も情報が集中されるべき官邸には情報が到達せず、判断は原子炉の構造すら満足に知らない首相の手に委ねられました。

    そして、勘違いやコミュニケーションの齟齬から、感情的判断が生れ、いっそう状況を悪くしていきました。

    2(写真 事故直後の福島第1。ここに残ること自体、言葉の遊びではなく「決死隊」だった。事故に明暗があるなら、彼らはまさに明であり、希望だった。彼らを支えられなかった東電本社は、恥じるべきである)

    本来ここで最も強い支援をうけるべき福島第1の事故現場を孤立させてしまいました。これは、単に菅首相の人格の問題として片づけられない、重大な失敗です。

    先日見てきた事故初動における、海水注入停止命令事件や首相の視察、あるいは事故指揮の失敗を、菅氏の指揮官に不適格な人格だけで判断すると、わからなくなります。

    なぜ、菅氏の独善と独断が罷り通ってしまったのか、なぜ専門的知見を持つ専門委員で作られているはずの安全委員会がまったく機能しなかったのか、その理由はこの三位一体の癒着構造が根底にあったからです。

    本来、官邸事故対策本部の全権を、官邸の危機管理監と共にとってよかっはずの斑目安全委員長は、頭を抱えてうずくまる首相の下僕になり下がっていました。

    また官邸に、事故現場の情報と考えを伝達すべき東電・武黒フェローもまた、ただの茶坊主と化して、正しい対処をしていた吉田所長を妨害する始末です。

    まだ事故対応が進行していた4月10日にテレビのインタビューに登場した元委員長の松浦氏は、「安全には費用がかかる」と言って、責任を回避しようとしました。

    そんな安全コストのことを事故直後に言って恥じない精神構造、そして事故直後に規制する立場の元責任者が電力会社の懐の心配をする体質には、唖然とさせられます。

    これらは、安全委員会がただの官僚と電力会社の下請けでしかない、役立たずの機関であることを分からせてくれました。

    もちろん問題はこれだけに止まらず、後に、事故後補償を巡る東電の資産や、支援のあり方を巡って不明朗と言われても仕方がない点が、多数露呈されていきます。

    このような原子力行政と規制のあり方、そして電力会社との癒着については、当然のこととしてメスが入るべきでしょう。

    私は、東電を擁護する気はありません。むしろ今もなお、東電に関しては、強い不信感と批判を留保しています。

    しかしだからといって東電がすべての事故原因だった、彼らが悪者だからこうなったのだ、、という極端な議論には与しません。

    それは、事実としても間違っているだけではなく、これから将来の原発やエネルギー問題を考えていく上で、障害となるからです。

    福島事故は、勧善懲悪で東電ひとりを罰して済むほど、単純でもなければ分かりやすい問題でもありません。

    コメントに、「共産国家でもないJCO事故を起こした日本」という書き込みかありましたが、福島事故をJCO事故如きと比較すること自体が間違いです。

    福島事故は、人災の側面を持った天災であり、関係者の人間としての資質が問われつつも、同時に構造的問題でもありました。

    構造というのは、誰かが設計主義的に作り出したものではなく、長い時間をかけて作られたものが故に、多くの組織、企業、人が絡んで曼陀羅絵のようになっています。

    それを東電悪玉論で裁いてしまっては、かえってその分かりやすさが故に本質を見誤ります。

    東電は経産省の僕であると同時に、傲慢な「電力界の帝王」であり、そして世界で指折りの誠実な電力インフラの護持者でもあったのです。

    東電解体十字軍を作って、東電を解体したところで、問題は解決しません。それは福島事故の解明を遅らせ、むしろ矮小化するものです。

    そしてなにより、そのような勧善懲悪的心情を持つことは、エネルギー問題を考える上であまりにも危険です。

    それを分かって頂いた上で、議論を進めたいと思います。 

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    電力自由化論は東電極悪論から誕生した

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    反原発・再エネ派の飯田哲也氏が福島事故のあとに、再エネと同じくらい、熱を込めて語ったのが、発送電分離、俗に言う、電力自由化です。 

    飯田氏は、原発批判と変わらないくらいの分量で、事故原因は東電の地域独占システムが遠因にあり、それは国が国策で原子力を導入した見返りなのだ、と説きました。 

    そして、発電、小売りまで電力会社が一貫して占有しているから、再エネのPPS(新電力会社)が不当に差別されているのだ、とします。 

    この電力の安定供給のために生れた垂直統合(インテグレーション)を、飯田氏は江戸時代の幕藩体制になぞらえて説明します。

    「日本は、こんな時代後れの封建的地域独占体制が残っているからダメなんだ。ドイツを見習え!」というわけです。

    そして、東電は自分の原発からの電気をメーンにしているために、PPSは差別されて不当にクソ高い送電託送料を吹っ掛けられているから広まらないのだ、としました。

    東電はただの戦犯ではなく、再エネ拡大を阻むとんもない極悪な会社だとしたのですね。

    今でもこの「気分」は、汚染水問題などで形を変えて、反原発派の中にしっかり生き残っています。

    そして、こんな戦犯の東電がアグラをかく電力システムを、ヨーロッパのように電力自由化してしまえば、電力料金がやすくなり、再エネ比率がグングン伸びて、めでたくドイツのような脱原発国家ができるんだ、と叫びました。 

    3b17e6dcfa41f487fcc97368967244f3(写真飯田哲也氏。読みは「テツナリ」です。肩書を見ると、バリバリの原発村出身者だと分かる)

    つい、「叫ぶ」と書きましたが、あの人、言い方がもの柔らかなんで(顔も柔らかそうだけど)、お茶の間に浸透しちゃったんですね、この脱原発=電力自由化論。 

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    (写真 福島事故後のドイツの反原発デモ。デモの人たちはエネルギーヴェンデと呼ぶ再エネ政策を支持している)

    この論法は国民に、大いに受けました。

    飯田氏が、東電処罰意識に論拠を与えただけではなく、「原子力社会」(実際はそうでもないのですが)に替わるエネルギー源を示し、その上に立って、新たな社会も構想しているように感じられたからです。

    まずは、なんと言っても怒りです。この怒りなくしては、その後の電力自由化論は不発に終わったことでしょう。

    ま、こんなかんじです。当時を再現してみます。

    東電こそが悪の総本山だ!独占の上にのさばったエリート様達が、地震が来るのを分かっていたくせに、手抜きしやがって、あげくに地震で原発が壊れるわ、津波をかぶって冷却系がショートするわで、原発がボンっかよ。 

    許せねぇ、東電!死ね、東電!くたばれ、東電!東電解体!

    よくも悪しくも、これが事故直後の「民意」でした。気分はわからないではありません。 

    事故調報告書が出る1年以上前であり、当時の福島第1でいかなる戦いが繰り広げられていたのか知らなかった私にすら、東電へのたぎるような怒りがありました。 

    6321961450_6800d59828_b(写真 東電本店前抗議行動)

    この怒りの気分に、当時「脱原発」と言っていた運動家たちが乗りました。以後、反原発と名を変えた今も、彼らの定番の意見となっています。 

    今思うと、まったく度を失った議論ですが、これは非常にうまい議論の仕方でした。 

    まず絶対悪として東電を仕立てて、彼らが弁解できないことを幸いに、徹底的に東電ひとりを「悪」に仕立て上げるやり方でした。 

    悪いことに、当時の菅政権が、自分の事故処理の失敗やリスク・アナウンスのデタラメぶりを棚に上げて、ことあるごとに東電を敵と見立てたのですから、もう大変です。 

    まがいなりとも首相の地位にある人が、「東電は敵前逃亡を企てている。オレはそれを必死に止めているんだ」とアジったものですから、もう東電への怒りが大爆発しました。

    今でこそ「原発右翼」呼ばわりされている(爆笑)私自身、2011年初夏には、仲間たちと売れなくなった作物をダンプ゚にでも積んで、東電本店前にブチまけてやるかと、あながち冗談でもなく考えていたほどですから。 

    しなかったのは、それを一足先に共産党系の人たちがしてしまったために、一緒にされたくはなかっただけの話です(苦笑)。 

    とまぁ、今だから冷静に語れますが、当時の混乱した状況で、飯田氏たちが作り出した東電極悪論を背景にして、この発送電分離・電力自由化論が出てきたのだ、ということを思い出しましょう。 

    次回に続けます。 

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    日曜写真館 俺はデコイチ

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    土曜雑感 私が「原発右翼」だそうです(笑)

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    ほんとうにくたびれます。たまに来る通り魔みたいなコメント。

    しかもこういう奴に限って、名無しで、ルール無視の連投をしてきます。読まされる方は、たまったものではありません。 

    私は、ここにいらしている方の99.99%がそうであるように、普通の日本人にして、あたりまえの市民です。いわば、ただの人です。 

    別に、物書きではありませんし、書いていることには責任を持ちますが、書いていないことにまで、責任をとりようがありません。 

    「よくもまあこんだけ毎日毎日ゲンパツゲンパツいってられるなあ。。
    きっとあんな事故さえなければ、この人も心穏やかに農業にまい進されてただろうに」
     

    この台詞に、私は怒りを覚えました。わかったような口をきくな、ということです。 

    2011年に「被曝」地を襲ったあの地獄のような長いトンネルを、一体どれだけ分かって、言うのか。 

    2011年3月11日から4日間、私たちの地域は大停電になっていました。

    かろうじて生き残ったラジオだけで、東北の惨状と、福島事故があったことを知りましたが、実はそのときには既に私たちの頭上を放射能雲が音もなく、目にも見えず通過していたのです。

    それからのことは、多くの茨城、福島の農民たちの血を吐くような経験とまったく同じです。

    市場に農産物を出しても突き返され、茨城と付くだけで見られるあの蔑んだような視線が突き刺さるようでした。

    大量の牛乳は土に流され、卵は割られ、野菜はトラクターで踏みつぶされました。 何人かの農家が自殺しました。

    行政は無力であり、無作為の上に無作為を重ねていきました。まるで、今だけ頭を出さなければ無事であるかのように。

    私は、この土地に起きた事実を知るために農業者グループで放射能測定運動を始めました。その時の、村のなんとも言えない圧迫感を思い出します。

    ・・・余計なことをするな。変な数字が出たら村内に迷惑がかかるぞ。

    このような村の空気とは別に、街では放射能パニックが起きていました。

    これは当初は民主党政権の情報の出し方の失敗によるものでしたが、後には人為的で悪意に満ちたものに変わっていきます。

    武田邦彦はテレビで、「福島の野菜を食べたら死ぬ」とまで言い、早川由紀夫は「放射能で死ぬようなものを出荷する農家は作為のテロリストだ」と叫ぶのです。

    そしてその煽動に乗った実に多くの消費者が、福島、茨城と名がつくだけで、手に触れただけで「放射能が染る」とまで忌避しました。

    まるで「ピカの毒が染る」と被爆者を家から追い出した「はだしのゲン」の親戚のように。

    知らぬうちにこの「被曝地」に生きて生産しようとするだけで、私達農民はパブリック・エネミー扱いされていたわけです。

    私の唯一の武器であるこのブログにも、読むに堪えないコメントが大量に書き込まれるようになりました。

    私がただ冷静になってほしい、風評に踊らされないでくれと書いただけて、「原子力村の犬」「東電からいくらもらった」とまで言われる始末です。

    そしてそのような街の人々は、自らを「脱原発派市民」と名乗り、楽しげにサンバホイッスルを吹き鳴らしながら徒党を組んで首相官邸周辺を躍り狂っていました。

    脱原発を言うなら、もっとも多大な被害を受けて苦しんでいるいる「被曝地」の人々、なかでも生活と生産共に破壊された農業者、漁業者たちと向き合わないでどうする、と思いました。

    ところが彼らの一部は自らははるかに離れた安全地帯にいながら、「東日本は終わった」「お待たせしました。福島で奇形が出た」「40万人がガンになる」と、むしろ嬉しげに叫ぶのです。

    あたかも私たち「被爆地」の人間が、ガンや奇形を待つ実験動物であるかのように。

    いまでも、これらの言説を吐いた人間たちを私は許していません。たぶん一生許さないでしょう。

    放射性瓦礫でもない陸前高田の松板を大文字焼きで焼くという善意の運動に、まさに「ピカが移る」とばかりに反対し、果ては震災被災地の瓦礫を「実力阻止する」と叫ぶ過激派も出る有り様です。

    沖縄まで逃げた「自主避難者」の一部は、東北からの南国沖縄の子供たちへの雪の贈り物にすら唾しました。

    あるいは、内部被曝が怖いと、計測限界値5ベクレルですらダメだと言い出しました。

    そのような「消費者の声」に媚びるように、国の100ベクレル基準値引き下げはなんの役にもたたず、むしろ大手量販は勝手に自主基準値を50ベクレルに切り下げ、有機農業関係流通にいたってはさらに20ベクレルにまで落とす競争を始める始末です。

    自然放射能を含みゼロなどということはありえないにもかかわらず、ゼロベクレルでないと承知しないと言うのです。

    そして内部被曝は1ベクレルでもガンになると触れ回りました。

    チェルノブイリ事故の後のベラルーシですら13年かけてやった基準値引き下げを、わずか1年間でやれと私たちに言う、その神経が私には理解できませんでした。

    ある脱原発派を名乗る人間は私に向って、「あんたらが農業を止めるのがいちばんの復興支援だ」とまで言い放ちました。

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    (写真 私たちの計測運動風景)

    私は、それ以来、私自身も原子力を人一倍呪いつつも、この人たちとは一緒になにかできることはない、と思うようになっていました。

    脱原発という目的が正しくとも、あの人たちにはそれをなし遂げるのは無理だと思いました。

    この人たちがやっているのは、脱原発に姿を借りた「被曝地」差別運動、あるいは単なる反政府運動です。

    その中で、ひとりの農業者としていままでやってきたあたりまえの営為である「耕やす」ということが、科学的にも最善の放射性物質対策だと分かってきました。

    土は放射性物質を吸着し、封じ込める力を持っているのです。

    そんなことは当時誰も言っていなかったし、N先生などのごく一部の研究者が実際の福島の田畑を計測する中で唱え始めていたことです。

    耕すことが、農業者にとっての放射能との最大の戦いになるということがわかってから、私は必要以上に恐怖するのを止めました。

    そうなんだ、特別のことをするのではなく、今までやってきたことをしっかりと見つめて変えるべき点は変えていくこと、それがこの最悪の時期に大事なんだと気がつきました。

    それ以来、私は、一般の脱原発の流行の論説を検証し、納得がいくまで自分で考えてみようと思うようになりました。

    このような中で、もはやイデオロギーと化している脱原発=再生可能エネルギー=FIT・電力自由化という三段論法を自分なりに考え直してみようと思いました。

    この「かわいそうに」氏は、こんな私たちの当時の状況を知って書いているのでしょうか。

    このような同情めかした優越意識には反吐が出ます。たぶん目の前にいたら張り倒していたかもしれません。 

    私は「脱原発運動」というものがあるなら、それは「原発を停止する」、ということに絞られるべきではなく、今なお福島の人たちを苦しめ続けている放射能差別といかに向き合っていくのかの運動でもあるべきだと思ってきました。 

    脱原発を、もっとも大変な立場にいる現地の人たちと「壁」を作ったところで行うならば、それは単なる都市生活者のエゴに堕っしていきます。

    化石燃料や大気汚染などの問題は、地球規模の問題ですが、原子力のシビア・アクシデントは、地元とその周辺住民が直接の被害者になります。

    福島や茨城で作られた電気を使うのは首都圏の街に住む人たち全体ですが、事故被害は設置地域が被るのです。

    私たち地方に住む人間はリスクを負い、ベネフィットは都市の人たちが享受します。

    よく電源立地交付金でザブザブ金がバラ撒かれたんだろう、と言う人がいますが、そんなものは、当該の自治体のみが潤うだけにすぎません。

    そしていったん今回の福島事故のようなことが起きると、反原発派の室井佑月氏などは、「子供には福島に行かせるな」とまで言います。

    雁屋哲氏は、「福島から逃げることか勇気だ」とまで言いました。

    冗談ではない。そこに今、ふつうの生活を営み、懸命に復興をめざす人たちをなんだと思っているのでしょうか。

    これは倫理的頽廃です。リスクがない安全地帯にいる者が、したり顔で原発の危険を説き、リスクを被った人たちの住む場所に「行くな」と言う。

    そして行こうものなら、すぐに「鼻血」が出たと騒ぎだす始末で、そしてあろうことか、それすらメシの種にして説教する。しかも被災地に対して。何様だと思っているのでしょうか。

    それが反原発運動的志向ならば、それは単なる自分だけは火の粉を被りたくないという都市住民のエゴにすぎません。

    むしろ、「危険地帯」に住む私たちのほうが、何がほんとうの放射能のリスクであるのか、真面目に考えてきています。

    あるいは、なにが福島第1で起きたのかを知るために、真剣に事故調の報告書を読んできています。

    さもなくば、「住めない」からです。

    また、この「かわいそうに」氏はこう平然と書いています。

    「韓国の原発のリスクと比べて日本の原発リスクは低いです。事故以来、こういうことを平気で言ってる、自称保守やら愛国者らやらが、あまりにも残念すぎて。言い分が、半島人そのもの、電波サヨクそのものなんですよね。原発右翼って」

    この人物は、「半島人」という差別語を平気で使っています。韓国人への差別語を使うことが、なにか「自分もどっちかといえば右側の人間」である証明かのような幼稚な錯覚をしています。

    品性下劣です。

    私は、こういう、他国の原発のリスクと、自分の国の原発のリスクをすり替えた議論は一度たりともしたことがありません。

    中韓の原発が日本のそれより危険なのは、客観的に見てそのとおりですが、だからといってわが国のリスクと代置できる性格のものではありません。

    私が言ってもいないことを、三橋貴明氏がどーたらこーたら言ったという形で一括して「原発右翼」として批判するのは止めてほしい。

    ちなみに私は、三橋氏には非常に批判的ですので、一緒にしないでほしいものです。

    そもそもこの「原発右翼」ってなんですか?ぜひ定義していただきたい。

    ではこの男は、「反原発ウヨク」なのですかね(笑)。原発問題を右翼、左翼のイデオロギーで裁断すること自体がナンセンスなのです。

    こういうイデオロギーにひきつけてしまったために、原子力論議がおかしくなりました。エネルギーテーマに右も左もありません。

    こういう、私のような漸減派も、一括して気に食わないと「推進派」にして「しまい、果ては「原発右翼」呼ばわりするのが反原発運動の悪い癖です。

    私のどこが「原発右翼なのか教えてほしいよ、まったく。

    こういう人がいるから、いつまでたっても冷静な議論ができない原発議論が続くのでしょうね。

    心底、憂鬱になります。

    ※お断り アップした後に、当時の私の状況の部分を大幅に書き増しました。

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    再エネを原発の代替に考えるのはあきらめなさい

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    先日書いたとおり、2015年度の非住宅太陽光(いわゆるメガソーラーなど)からの買取電力量の増加で、買取総額は1兆8000億円を超えます。 

    これはFITという、毎年の20年固定買い取り分が重なっていく「再エネ・トリック」が原因です。始めチャロチョロ、中パッパ。失敗しても火は消えぬ、という恐るべき逆スライド方式です。

     ま~よー、こんなアホな制度作ったもんだと思いますよ。

    福島事故のドサクサでなければ、ゼッタイに無理だったし、それも「オレを辞めさせたかったら再エネ法通せ」と、あの「反面教師の巨星」が言い出し、あいつを辞めさせるならなんでも呑む気になっていた与野党が、アッサリと通してしまいました(笑)。

    一昨年は買い取り総額が9千億円、今年が1兆8千億ですから、来年度には軽く2兆円を越えて3兆円に近づくことになります。 家庭の賦課金も、遠からず1000円に近づくでしょう。

    今後、どれだけの業者が参入するかわからないために、賦課金がどこまで上昇するのか誰にも分からない状態になっています。 

    もちろんこんな固定買い取り量に見合って、太陽光バブルが発生し、太陽光発電を中心として再エネ発電設備の導入は飛躍的に伸びました。 

    ●2011年度~2013年度における再エネの伸び
    ・発電設備容量 約2000万kW⇒約3000万kW 約1000万kW増加(下図参照)
     

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     (図 資源エネルギー庁)

    同じ再エネでも設備投資が多大で、建設まで時間かかる水力や風力、地熱の伸びは低調ですから、太陽光だけの特殊なブームだとわかります。
     

    では、再エネが「発電設備容量」が5割も伸びたのですから、実際の発電量も同じくらい伸びなければなりません。 

    実際に火力や原子力の場合100万キロワットの発電所を作れば、作った分だけ発電量は伸びます。 

    しかし、残念ながら再エネは、そのエネルギー源の常識の枠には納まりません。

    では、同時期の再エネの発電電力量を見てみましょう。

    Cf02ba75s
       (図 同上) 

    発電設備容量は、発電設備が発電可能な理論値ですが、その数字は一種の大本営発表みたいなもので、いくら設備容量が伸びても、それに伴って再エネの発電量は伸びないのです。

    ●2011年度~2013年度における再エネの発電電力量の増加率(上図参照)
    ・1.4%→2.2% プラス8%増

    設備容量は50%伸びても、発電量はわずか8%しか伸びない、これが再エネの特徴なのです。

    大規模メガソーラーの合計の最大出力は、定格で2万kWていどで、発電実績はさらにそれよりはるかに低い数値です。

    立地や設備によっても異なりますが、10分の1、あるいは8分の1とか言われています。所にも及びません。

    というわけで、再エネで言う定格出力とは、「精一杯ガンバレば、これだけ発電が可能ですよ」、というスペックにすぎず、実際の発電実績ではありません。

    たとえば

    ・潮汐発電(満潮と干潮の海水面の高低差で発電)・・・満潮、または干潮の一日数分から数十分間だけ
    ・風力発電(風力によってプロペラを回して発電) ・・・風が吹いている時だけ
    ・太陽光発電(太陽エネルギーで発電)       ・・・太陽が出ている時だけ

    再エネの宿命的体質は、このようにその瞬間「だけ」の一時的な発電量にすぎないのです。これが決定的に他のエネルギー源と異なるところです。

    だから、一定の電力を安定的に発電する必要があるベースロード電源には、まったく適していません。

    よく、「再エネを30%にするぞ」とか、「いや全部まとめて再エネだぁ」とかいう景気のいいことを言う人がいますが、馬鹿も休み休み言いなさい、って。

    ここで、改めて念を押しておきたいのですが、だから再エネはダメだと言う言い方は正しくありません。

    確かに、太陽光や風力は、ベースロード電源である原子力・火力の代替には、どこをどうしてもなり得ません。

    もし、100%再エネ社会になったら、毎朝、「今日の電気予報」コーナーでこんなことを「お電気ねぇさん」が言うことになります。

    「きょうの○○県地方の電気予報は、午前中は好天に恵まれて6割。午後4時からは曇りのために3割、夕方からは雨に変わりますので、停電となるでしょう。電気を使うお仕事は、、午前中に済ませておきましょう。夜になる前に、自家用バッテリーと発電機の準備をよろしくネ」

    飯田哲也氏などは、「いや瞬間的にアッチの電気をコッチに切り換えるスマートグリッドやスーパーグリッドがあるから大丈夫さ」などと言いそうです。

    しかし、今でも九州や北海道は送電線不足で、接続ができないメガソーラーが激増しているのに、そんな新規送電網を作るコストは、誰が負担するのでしょうか。

    電力会社だろうって、むりむり。経営難で潰れかかっているっていうのに。

    再エネはかつて「市民エネルギー」と呼ばれてきました。私も当時はそれに参加していて、色々と工夫をして「電源」を作った記憶があります。

    私はわが県での、かなり最初の太陽光発電の設置した者です。既に20年以上も運用しています。自動車が買える値段でした。

    だからこそ、再エネの良さと欠点は、体験的に熟知しているつもりです。

    本来の再エネのスタンスは、原子力や火力の代替電源になるのではなく、地域の未利用資源の開発によって、地域自給ブランドとしてのエネルギーになることでした。

    私が「市民エネルギー派」だった時には、もちろん原発の代替にするなどということは、念頭を横切りもしませんでした。

    化石・原子力依存を多少減らしていければ、といった地道なものだったからです。

    しかし福島事故以降、反原発派は「原発ゼロ・代替は再エネ」とする極端な雰囲気を作り出してしまい、それに便乗して欲ボケ商人と馬鹿政治家がFITを作ってから、雰囲気は一変しました。

    一回この、「原発の代替はエネに限る」という盲目的な呪縛から自由になってみたらいかがでしょうか。そのほうが再エネにとっても幸福なはずです。

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    日本に最もふさわしい再エネは水力発電だ

    487
    私が再エネ推進論者の皆さんの言うことに眉に唾つけたくなるのは、言っていることに責任を持たないファンタジーだからです。

    飯田哲也氏は、3.11以後の再エネを牽引してきた人のひとりですが、こんなことを言うのを聞くと、彼は工学系ではなくて、実は文学部幻想文学科だったのね、と思ってしまいます。

    「長期的には自然エネルギーを2020年には30%、2050年には100%、同時に総量削減型のエネルギー効率化と合わせて大胆なエネルギーシフトをしていく」(「3.11以降の原子力・エネルギー政策」)

    あの、飯田さん、そりゃ科学者がいうことじゃなくて、ただのプロパガンダですよ。しかも、彼は水力8%を度外視しています。

    Sim(写真 熊本県立野ダムhttp://maho-con.co.jp/damujigyo/kouji3.html

    水力発電は、CO2を出しませんし、水の位置エネルギーを使うだけのものです。エネルギー源の水を汚染することもありません。

    水をどんどん費消してしまうならともかく、わが国は水は豊富にあります。

    ところでわが国は、自慢ではありませんが、おそらく世界一の自然災害大国です。

    地震は来る、台風もマメにやってくる、その都度、土砂崩れは起きる、道は陥没する、川は溢れる、そんな暮らしを数千年この狭い列島の上でしてきたのです。

    92708eb3badc1db48daa7723fad5014e               (写真 2009年九州自動車道の土砂崩れ現場)

    しかし逆に考えてみてください。こんな広くもない自然災害大国に、なぜ1億3千万人もの国民が文明生活を営めるのでしょうか。

    それは自然災害に対して、何重もの自然をコントロールする防御システムを備えているからです。

    急峻な山から流れ出した急流は、まず多目的ダムで蓄えられ、そしてエネルギーを失ってから、山懐の水田に流れ込み、そこでまた蓄えられて水量と水速のエネルギーを失います。

    このように大きなダムと水田ダムとの組み合わせで、日本人は自然をコントロールしてきました。

    もしダムと水田がなければ、「まるで滝のようだ」と明治期に来日したヨーロッパ人を驚かせた我が国の河川は暴れ川となって、大水のたびに洪水をもたらすでしょう。

    最近でも四国の四万十川の大洪水は記憶に新しい所です。

    204  (写真 高知県波介川水害 水田が水を蓄えて住宅地の手前でブロックしているのがわかる)

    歴史的に我が国ほど治水に知恵と力を出してきた国はありません。川を治めた者のみが、為政者たる資格があるとされるのが、我が国の古くからの伝統でした。

    武田信玄は優れた民政家でしたが、彼が作った霞堤は暴れ川を見事に水田に引き入れて手なずけています。

    その伝統は、いまでも受け継がれています。それがダムと水田、そして林業による治水でした。

    崩落しやすい山肌はいったん裸山にすると崩落して住宅地を襲い、河川を埋めて大水を引き起します。

    それをさせないために日本人はダムを作り、山を守り、水田を守ってきたのです(下図 立野ダムより。クリックすると大きくなります)

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    このような日本人の自然利用の伝統を断ち切ったのが、皮肉にもエコを謳う自然保護論者たちでした。

    彼らは多目的ダムを敵視しました。ダムが集落を立ち退かせるという一部の出来事を大げさに取り上げて、そのことによる周辺住民のベネフィット(利益)を度外視しました。

    欧米の環境保護論者が、勝手にダムを自然破壊のレッテルを貼ったために、わが国でもお調子者の長野県知事などや民主党がそのブームに乗って、ダム悪玉論が喧伝されてしまいました。

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    本来は、福島事故の後こそ水力発電の重要性を再認識すべきなのに、真逆な方向に走っていきました。

    そもそも平坦なヨーロッパと日本を同一視すること自体が間違いです。河川の水源と河口の落差がまったく違います。(図 富岡和子「川は生きている」 クリックすると大きくなります)

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    このような北欧に匹敵する山がちな地形を利用しないで、日本のいきなり深くなる海岸線に西欧と同じオフショア風力(洋上)発電を巨額なカネをかけて設置しようとするなど、バカ丸出しです。

    水力は夜に動かなくなるような屁タレの太陽光と違って、水さえあれば常時稼働できるという、優れた低炭素電源です。

    しかし大型ダムが、環境破壊というレッテルを貼られて、再エネからは排除されていますが、やり方はいくらでもありそうなものです。

    わが国のように山岳が多く、しかも急流な河川か多い国土では、最も適した電源は、いうまでもなく水力です。

    現実に、北欧は水力中心の電力構成をしています。

    飯田氏が若き日に学び、今もユートピアの如く語るスウエーデンの電源比率のデータを押えておきます。

    ●スウエーデン国内発電電力量(1,666億kWh)の電源比率・2012年
    海外電力調査会:データ集:各国の電気事業:スウェーデン
    ・水力  ・・・48%
    ・原子力 ・・・38%
    小計   ・・・90%

    ・化石燃料・・・2%
    ・バイオマス・廃棄物発電・・・8%
    ・風力             ・・・4%
    ・太陽光発電        ・・・0.1%未満

    なんだ、飯田氏ご推奨の風力はたった4%、太陽光に至っては0..1%です(笑)。その替わり圧倒的に水力が約半分の電源を占めています。

    ちなみにスウエーデンの森林率(69.24%)と、ほぼ同等の森林率を有する日本(68.57%)の水力の電源比率は、わずか8%にすぎません。

    相当に困難でしょうが、日本がスウエーデン並の水力発電量を確保できれば、わが国の化石燃料依存は激減し、しかも原子力依存もそうとうに減るはずです

    もういいかげん、浮ついたドイツのコピーを止めて、日本の風土に最もふさわしい再エネである水力を再認識すべきです。

    水力を度外視する再エネなどは、ファンタジーか、さもなくば太陽光で一発当てたい俗物商人のいずれかです。

    こんな地に足が着かないような再エネは一過性のブームで終わることでしょう。神話とレッテル貼りだけでどうにかなる時期は、既に終わったのです。

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    再エネトリック

    145

    こんなような論調を、よく聞きませんでしたか。 

    一つめは、「電力会社は原発を動かしくれと言うが、止まっていても問題なく、電力には不足していないじゃないか。電力会社は苦しいフリをしているだけさ」、とする電力ジャブジャブ余っている論。 

    二つめは、「ドイツなどのヨーロッパ諸国は、再エネに切り替わっているぞ。再エネがコストが高いなどというのは嘘で、電力会社が原発を動かしたいから再エネの普及をジャマしているんだ」、という世界の再エネバスに乗り遅れるな論。 

    そして三つめは、福島事故を起こした「原子力村のボスである電力会社を解体して、地域独占と発送電分離をすればよりクリーンに、より安い電力供給ができるはずだ」、という電力自由化論。 

    もひとつおまけに、四つめ。「再エネは燃料代がかからないから、安い自給自足的エネルギーだ」。という、再エネ格安論。

    この四つは、「懲りない原発推進派」批判として、よく流布しているものです。これがモワッとした空気のような雰囲気として、今の日本社会を覆っています。 

    民主党などは自分の事故処理の失敗を棚にあげ、さらには2030年代までに原発をゼロにするとした新エネルギー政策がコケたことも都合よく忘れて同調し、与党でも、河野ジュニアや塩崎氏を中心として、30名ていどの反原発グループが作られているようです。 

    このようなモワッとした原発アレルギーの空気は、再稼働ができないことによる電力料金の値上がりだけでは済まず、別の大きな負担を国民に背負わせることになりました。

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    それが再エネという偽薬です。2012年7月から再エネ法によって、FIT(全量・固定価格買取制度)が施行され、偽薬を好むと好まざるとに関わらず、再エネ法によって服用を義務づけられました。

    ちなみに作ったのは、またあの菅政権です。 

    FITとはこういう制度です。おそらく福島事故の直後でなければ、国会を通らなかったでしょう。 

    この制度は、再エネで発電した電気を、電力10社が固定価格で10~20年間買い取ることを義務付ける仕組みです。 

    買取費用は、電力会社がいったん買い取って(無条件全量買い取りが原則)、家庭や企業の電気料金に上乗せしています。 

    一般家庭の場合、毎月の電気料金明細票をよく見ると小さな字で、「再エネ発電賦課金」と書かれているのがそれです。 

    2015年3月19日、経済産業省・資源エネルギー庁プレスリリースを読むと、ゲッという巨額の金が再エネに注ぎ込まれているのが分かります。
    ※http://www.meti.go.jp/press/2014/03/20150319002/20150319002.pdf

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    上図の①の買い取り価格をご覧ください。昨年度買取費用は9千億であったのか、今年2015年度はいきなり倍の1兆8370億円です。

    このペースで進行すれば、おそらく2016年には2兆円を越えると言われています。

    毎年倍々ゲームをやらかしているわけですが、なぜ、こんな頭のネジがふっ飛んだような現象が起きるのでしょうか。

    下図のFITの構造の模式図をご覧ください。

    Photo_2               (図 国際環境経済研究所・竹内純子氏作成による)

    FITは、20年間固定価格で買い取る、という価格原理を無視した発電側に有利な制度です。

    初年度に世界最高値の42円で買い取ったのですが、いったん決まったら最後、これは20年間ズッとその買い取り価格でいきます。

    売る側にとってこんなおいしい話はないために、あらゆる業種が我も我もと参入し、とうとう中国(外国の方)の電力会社までが参入する始末です。

    これが、あの不健康な太陽光バブルでした。

    太陽光に集中したのは、プラモデル並に簡単にできて、しかも最も高い買い取り価格だったからです。

    さて、ここであれ?と思いませんでした。どうして、毎年負担金が下がっていかないのでしょうか?

    それは、当初に再エネ派から「高いのは初年度だけ。毎年どんどん下げていくから大丈夫」と説明されていたために、錯覚を起こしたのです。

    確かに、この初年度買い取りは毎年下がっていきます。仮に年に2円ずつ下がっていくとすれば次年度は40円ですが、これも20年間固定。

    以下毎年下がっていっても、ひたすらこの買い取り価格の層がパイの皮のように重なっていくだけのことです。

    そして、これでは大変だと気がついて、制度を廃止してもこれはそのまま残ります。そして、仮に5年後に廃止したとしても、延々と25年間も発電業者に払い続けねばなりません。

    たしか、スタートした時には、「ペットボトル一杯分で原子力を使わないで済むならいい」みたいなことで始めてみたら、今や、国全体では2兆円、家庭負担もやがて千円を越えるようになっていくという現実が見えてきたわけです。

    どこかの党が、「一回やらせてくれ」と言って゛結局4年も居すわったみたいなもんですかね(笑)。ま、この非常にタチの悪いFIT制度も、あの党が作ったんだけど。

    まるで再エネ詐欺ですね。

    そして、肝心の発電量ときたら貧弱にして不安定そのもの、という現実にぶつかります。

    それについては次回。 

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    偽薬としての再エネ その論理構造

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    3.11直後には幅広い層に共感をもたれていた脱原発運動ですが、いまはかつてのような勢いを失っています。

    その理由は色々ありますが、代替エネルギーについてリアルな提案ができなかったこともあるでしょうね。

    現実には9割弱が化石燃料に依存する国になっているにもかかわらず、初めからその代替は再生可能エネルギーで「決まり」だからです。

    現状日本は9割、化石燃料依存ですぞ。それを太陽光で決まり、みたいに言われてもねぇ。

    前にもお見せしたかもしれませんが、下の2枚のグラフを見てください。紫の原子力がグラフ右端では消滅して、替わりに火力のピンク色が激増しているのがわかりますね。

    これが、「原発ゼロ」の現実です。

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     (図電源別発電電力量構成比 - 電気事業連合会

    同時に、電力会社は燃料コストの増加によって、電力料金を値上げせざるをえなくなっています。

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                                 (図 東電HP)

    このシビアな現実をいつまで続けていくつもりなのでしょうか。電気料金の値上がりは、2011年から消費税5%分に等しいと言われています。

    まちがいなく、この電力高騰と薄氷の電力供給態勢は、日本のデフレ脱却の足をモーレツに引っ張っています。

    Photo                   (写真 日本全国、どこもかしこもメガソーラーだらけ)

    このたいへんな状況に対する偽薬が、再エネです。

    電力は、原子力だろうと、火力だろうと、はたまた再エネだろうと、消費者にとって、要は電力を安く安定供給してくれることが一番なはずなのに、電源選択こそが至上の命題であるかのような錯覚を作ってしまいました。

    この無関係なふたつを強引に結合させてしまったのが、「東電悪玉論」、あるいは「東電戦犯論」と呼ばれる東電バッシングです。

    つまり、飯田哲也氏あたりにいわせると、こういうロジックになります。

    「東電という極悪な会社が、政府から原発と引き換えにして、まるで幕藩態勢のような地域独占を与えられて肥え太り、競争相手がいないのをもっけの幸いにしてクソ高い電気料金を課し、そのくせ原発の安全に注意しなかったためにフクシマ事故を起こしてしまった」

    こんな東電は潰してしまえ。そして独占を解体して、市民参加の出来る再エネにチェンジしよう、そのためのロケットブースターがFIT(全量固定価格買い取り制度)だ、と言うわけです。

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    これを分解してみると、こんな論理パーツで成り立っています。

    (1)電力制度批判
    ①電力会社は地域独占体制で利益を貪っている(電力会社幕藩体制論
    ②電力会社は総括原価方式でコストを電力料金になんでも転嫁できるので原発を国の言うままに量産しまくった(総括原価方式特権論

    (2)東電バッシング
    ③電力会社は事故を未然に防げたにもかかわらず、対策を怠ったために大事故を起こした(福島事故事前防止可能論
    ④事故に際しては現場から撤退を図った(東電撤退論

    (3)原発再稼働反対
    ⑤全原発も直ちに廃炉にするべき (再稼働阻止

    (4)再エネ普及のためのFIT推進
    ⑥原子力がなくとも、省エネと安全・安心な再エネがあるので大丈夫だ(再エネ代替論
    ➆再エネ普及のためのFIT推進

    (5)電力自由化
    ⑧電力会社の特権を剥奪し、電力市場を開放しろ(電力自由化

    スッと読むと納得しそうですが、こうして区切ってみるとまったく別の次元の論議が雑然と積み重なっているのが分かるでしょうか。

    最後の電力自由化論に至っては、原発とはなんの関係もありません。

    それを強引に接着しているジョイントが、「東電憎し」「東電極悪論」の一点です。

    だから、反原発派にとって、ナニガなんでも、福島事故は極悪の東電が安全を怠ったために起きた人災でないと困るのです。

    念のためにお断りしておきますが、再エネ自体が間違った技術だと言っているわけではありません。むしろ非常に面白いし、はまる所にはまれば大変に有力な電源です。

    ただし、それは以下の条件が必要です。

    ①水量が豊か、風が強いなどの自然条件に合った地域特性が利用できる場合
    長い送電網を通して消費地に送るという送電ロスがなく、地場で費消できる条件
    ③発電
    の不安定という宿命的な欠陥を補うための蓄電設備

    これらの条件が揃えばいいのですが、なかなか難しいのが現状です。

    ですから、再エネに対する過度な思い入れによって、まるで原子力にすぐに取って替われるというような幻想は持たないことです。

    再エネは、使い方を間違えねば、漢方薬のように社会の体質を変えるいい薬ですが、世界トップクラスの工業国のベースロード電源になるような代物ではまったくありません。

    今の反原発派のよう使い方をすれば、ただの偽薬となって、かえって症状を悪化させるだけです。

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    再エネ なんと浮気な、なんと非力な、なんと強欲な!

    018
    政府が「エネルギー基本計画」案の中で、原発を「重要なべ-スロード電源」と位置付けたようです。

    「経済産業省は3月30日、総合資源エネルギー調査会・基本政策分科会・長期エネルギー需給見通し小委員会の第5回会合を開催した。会合では、「ベースロード電源」を「運転コストが低廉で、安定的に発電でき、昼夜を問わず継続的に稼働できる電源」と定義し、「電源構成の6割程度を占めることが望ましい」との事務局の見解が占めされた」
    (日経テクノロジー2015年4月1日)

    これについて、反原発派の皆さんがお怒りです。 「フクシマ」を連呼している某サイトはこう言っています。

    「発電コストが低廉で、昼夜を問わず安定的に稼働できる電源」だそうだ。明らかにお天気任せの太陽光と風力発電とわざわざ対比する、使い古されたおとぎ話」

    なるほど、「おとぎ話」かぁ。ただの「おとぎ話」をもとにして、経済産業省や与党は議論しているんだね(笑)。

    で、「こんなにアブナイ原発を、電源のベースにするのか、とんでもないことだ」ということのようで、お約束の、「アベはファシストだから、原発を推進しようとしているんだぁ」ということにつながります。

    なんでも「アベがぁ」と言わないと、テンプレが終了しないようで、微苦笑させられます。私からみれば、安倍政権の原発政策は、よく分かりません。

    むしろ国民の原発アレルギーを考慮して、判断を留保しているように思えます。「推進」どころか、平気で事故後4年立っても一基も再稼働させていません。

    まぁそれはともかく、孫正義さんが作った自然エネルギー財団が、ベースロード財源についてこんな解説をしています。
    ※http://jref.or.jp/column/column_20140228.php

    「自然エネルギーは、化石燃料火力や原子力よりも低コストである。風力はもちろん、最近では太陽光も、原子力発電所を新設するより低い投資額で建設できる。そして、いったん完成すると、太陽光や風力は、燃料費をかけずに発電し続ける。
    それもかかわらず、なぜ原子力発電は政府に支援され続けるのだろうか。残された論拠は、それが重要な「ベースロード電源」だ、ということらしい。
    もともと「ベースロード電源」とは、建設費用はややかかるが、燃料や運転コストが最も安い発電所を指していた。そのような発電所は、電力システムの中で「ベースロード」、つまり「最小限必要な消費電力量」をカバーするまで増設され、いったん稼働し始めたら、可能な限り動かし続けるものだった」
    「日本の電力会社は、日本を原子力事故の危険にさらし続け、燃料を輸入し続けたがっている。そして政府は電力会社に忠実で、電力会社による風力の送電網接続拒否を許している。風力のほうが、低コストの電力を供給できるのにもかかわらず」

    つまり、「再エネのほうが燃料費がかからないからコストが安いぞ、原発は今まで原発神話の中でチヤホヤされたから、最小限必要な消費電力量として増設されてきたんだ」という言いたいようです。 

    そして、「世界的には再エネが3割を占めているぞ」ということですが、こちらについては次元の違うテーマですから、別に考えていきましょう。 

    あの、孫さん、誤解があります。ベースロード電源を考える上で、まず重要なことは、コストではありません。

    baseloadとは、和訳すれば「基礎的負荷」のことですが、季節、天候、昼夜を問わず、一定量の電力を安定的に供給できる電源のことです。

    コストは無関係ではありませんが、むしろ二義的な問題です。10
    上図は経済産業省が作ったものですが、グラフの下の「ベース供給力」というのが、いわゆる「ベースロード電源」のことで、それが右方向の一日の時間軸にそって、「ミドル供給力」を積み上げ、さらに夕方6時と夜8時には、「ピーク供給力」といって最大出力になるように電力供給されています。

    このベースロート電源という言い方は、よほど誤解されやすいとみえて、原発の好き嫌い、や、再エネの好き嫌いといった価値観までもが投影されてしまって、別な概念である「電源比率」とゴッチャに議論されてしまっています。

    ただし、再エネはベースロード電源にはなれませんので、これがいたく反原発派=再エネ派の皆さんのプライドを傷つけてしまっているようです。

    では、なぜなれないのかということについて、次回から考えていきます。

    沖縄問題について準備していたのですが、ちょっと待ってね。けっこうパワーがいるのです、沖縄問題は。来週には書きたいのですが、書けるかどうか。

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    土曜雑感 安倍首相米国議会演説の新鮮な凄味

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    米国議会での安倍首相の演説の全貌が分かるにつれて、評価の声が高いようです。 

    政治家の演説とは、人が人に語りかける始源的な力によって、政治的意図を伝えることです。

    シンプルが故に難しく、挨拶の伝統はあってもスピーチの経験の乏しい日本人にとって苦手だと言われてきました。

    ですから、「政治的意図を伝える」というということを妙に短絡させてしまって、ただのテンプレート的作文になりがちです。

    そんなことをやりたいのだったら、外務省にプレスリリースさせておしまいにすればいいのです。 

    さて、始源的といいながらも、今回の安倍演説は、慎重なロジック構築がなされています。

    [パート1]戦争犠牲者に対する慰謝
    [パート2]寛容による和解
    [パート3]敵対から同盟へ

    今回、安倍氏が真っ先に米国議会で語らねばならなかったことは、先の大戦における戦死者に対する慰霊でした。 

    これはあくまでも戦争全体に対する一般的「謝罪と反省」などといった、紋切り型のものであってはなりません。 

    もし、安倍氏が抽象的に、米国議会人に対して、「戦争は悲劇です。私たちはこの悲劇を二度と起こしてはならない」といったありきたりの台詞を口にしたとしても、それは「ふーんアベ、そんなアタリマエのことを、わざわざ言いにきたんか」と思われるだけです。 

    ましてや、米国とはなんの関係もない韓国人の慰安婦(それも真偽に乏しいときていますが)への謝罪などしても、米国人は、「一体、なんのこっちゃ。ここは米国だぞ。韓国に謝りたいなら韓国でやれ」と感じたでしょう。 

    そりゃそうです。慰安婦問題を取り上げているのは、米議会の極少派でしかないチャイナ・コリアロビーのマイク・ホンダたち、ひと握りの議員たちだけだからです。 

    チャイナ・コリアの紐付きではない多くの米国人が求めていたのは、あくまでも米国人の青年たちの死に対して、どのようにかつての敵国首相が語りかけるのかということに尽きます。 

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    安倍氏は冒頭にこの言葉を置きました。やや長いですが、当該部分を引用します。
    外務省米国連邦議会上下両院合同会議における安倍総理大臣演説「希望の ... 

    「先刻私は、第二次大戦メモリアルを訪れました。神殿を思わせる、静謐な場所でした。耳朶を打つのは、噴水の、水の砕ける音ばかり。
     一角にフリーダム・ウォールというものがあって、壁面には金色の、4000個を超す星が埋め込まれている。
     その星一つ、ひとつが、斃れた兵士100人分の命を表すと聞いたとき、私を戦慄が襲いました。
     金色(こんじき)の星は、自由を守った代償として、誇りのシンボルに違いありません。しかしそこには、さもなければ幸福な人生を送っただろうアメリカの若者の、痛み、悲しみが宿っている。家族への愛も。
     真珠湾、バターン・コレヒドール、珊瑚海…、メモリアルに刻まれた戦場の名が心をよぎり、私はアメリカの若者の、失われた夢、未来を思いました。
     歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。私は深い悔悟を胸に、しばしその場に立って、黙祷を捧げました。
     親愛なる、友人の皆さん、日本国と、日本国民を代表し、先の戦争に斃れた米国の人々の魂に、深い一礼を捧げます。とこしえの、哀悼を捧げます」

    見事です。感動的だと言っていいでしょう。これが[パート1慰謝]の部分です。

    そして安倍氏は、このフレーズの後に、演説に同席している硫黄島で70年前に大尉として戦った93才のローレンス・スノーデン海兵隊中将と、栗林忠道大将の孫にあたる新藤義孝衆議院議員を紹介します。 

    「中将は、硫黄島で開く日米合同の慰霊祭にしばしば参加してこられました。こう、仰っています。
     「硫黄島には、勝利を祝うため行ったのではない、行っているのでもない。その厳かなる目的は、双方の戦死者を追悼し、栄誉を称えることだ」。
     もうおひとかた、中将の隣にいるのは、新藤義孝国会議員。かつて私の内閣で閣僚を務めた方ですが、この方のお祖父さんこそ、勇猛がいまに伝わる栗林忠道大将・硫黄島守備隊司令官でした。
     これを歴史の奇跡と呼ばずして、何をそう呼ぶべきでしょう。
     熾烈に戦い合った敵は、心の紐帯が結ぶ友になりました。スノーデン中将、和解の努力を尊く思います。ほんとうに、ありがとうございました」

    「歴史の奇跡」・・・、選び抜かれた言葉です。この言葉が示すものは、[パート2寛容による和解]です。

    おそらく今まで日本の政治家が発した、多くの戦死者ヘの慰霊演説の中で、最も人の心を揺さぶり、共感へと導くものに違いありません。

    安倍演説は、戦争犠牲者がその死の状況とは関係なく、一様に国境を越えて慰霊されるべきであって、「悼む」という人間の根源的感情において、敵国とも共感し得るのだと言っているのです。

    これが、死者に笞打ち、墓を暴いて唾を吐きかけ、千年先まで恨んでやると言う東アジアの燐国と、私たち日米両国の大きな文化的違いです。

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    そして、安倍氏は戦争犠牲者に対しての慰霊と、反省をこのように語っています。

    「戦後の日本は、先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻みました。自らの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない。これらの点についての思いは、歴代総理と全く変わるものではありません。
     アジアの発展にどこまでも寄与し、地域の平和と、繁栄のため、力を惜しんではならない。自らに言い聞かせ、歩んできました。この歩みを、私は、誇りに思います。
     焦土と化した日本に、子ども達の飲むミルク、身につけるセーターが、毎月毎月、米国の市民から届きました。山羊も、2,036頭、やってきました。
     米国が自らの市場を開け放ち、世界経済に自由を求めて育てた戦後経済システムによって、最も早くから、最大の便益を得たのは、日本です。
     下って1980年代以降、韓国が、台湾が、ASEAN諸国が、やがて中国が勃興します。今度は日本も、資本と、技術を献身的に注ぎ、彼らの成長を支えました。一方米国で、日本は外国勢として2位、英国に次ぐ数の雇用を作り出しました」

    ただ謝罪して坊主懺悔するのではなく、その反省に基づいて、日本が戦後アジアの興隆にいかに尽力してきたのか、それが今のアジアの勃興にいかに力になっているのか、むしろ誇らしげに述べています。

    言い換えれば、安倍氏は、「謝罪と反省」の先にもストーリーはあった、それか今の環太平洋経済圏の基礎になっているのだと、米国人に話しかけているわけです。

    参考までに、かの村山首相の談話と比較してみます。 

    村山談話は1945年8月15日から一歩も先に踏みだしていません。今もなお、永遠の罰を受けるべきだと、彼は信じているようです。

    「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。」(村山談話1995年8月)

    あー、内容ウンヌンの前に、悶死するほどダサーっ(苦笑)。勘弁してほしい。 

    たぶん外務官僚に頼んで、村山氏が「アジア諸国の人々」「侵略と植民地支配」「謝罪と反省」などといった文言を散りばめた作文をしてもらったのでしょう。 

    まるで心のこもらない、無味乾燥の役人臭い死んだ言葉の羅列です。どうせ謝るのなら、もっとマシに謝れよ、相手に伝わるように謝ったらどうなんだ、と言いたくなります。

    お暇なら、1985年5月のドイツ連邦議会ヴァイツゼッカー大統領演説と、比較してください。まるで文学者と、中学生の反省文です。
    ※過去記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-d286.html 

    そして、安倍氏は演説の結びで、わが国の兵士・民間300万の命を奪った敵国である米国の寛容こそ「希望」であり、米国との同盟はまさに「希望の同盟」なのだと結びます。

    自分たちの寛容ではなく、米国の寛容さに救われたと言っています。これは大変に高度なレトリックです。

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    演説、最終部分です。これが[パート3敵対から同盟へ」に相当するのは説明する必要がないでしょう。

    「まだ高校生だったとき、ラジオから流れてきたキャロル・キングの曲に、私は心を揺さぶられました。
     『落ち込んだ時、困った時、...目を閉じて、私を思って。私は行く。あなたのもとに。たとえそれが、あなたにとっていちばん暗い、そんな夜でも、明るくするために』。
     2011年3月11日、日本に、いちばん暗い夜がきました。日本の東北地方を、地震と津波、原発の事故が襲ったのです。
     そして、そのときでした。米軍は、未曾有の規模で救難作戦を展開してくれました。本当にたくさんの米国人の皆さんが、東北の子供たちに、支援の手を差し伸べてくれました。
     私たちには、トモダチがいました。
     被災した人々と、一緒に涙を流してくれた。そしてなにものにもかえられない、大切なものを与えてくれた。
     ――希望、です。
     米国が世界に与える最良の資産、それは、昔も、今も、将来も、希望であった、希望である、希望でなくてはなりません。
     米国国民を代表する皆様。私たちの同盟を、「希望の同盟」と呼びましょう。アメリカと日本、力を合わせ、世界をもっとはるかに良い場所にしていこうではありませんか。
     希望の同盟――。一緒でなら、きっとできます」

    演説とは、武力を用いない言葉の力を使った外交手段です。

    ヒダリ系ブロッガーで、「アベはまた口先で騙している」と書いていたものがありましたが、外交とはそもそも「騙す」ものなのです。

    「騙す」という表現が悪いのならば、自国の国益を最大限にするために、手練手管を使うということです。

    今回もまた共産党は、「日本の対米従属が強まり、海外で戦争が出来る国になった」と論評していますが、同盟とは基軸国があって初めて成立するものです。

    今の世界で安全保障のインフラを提供できるのは米国以外にはありません。それはオバマ登場以来、激しく世界が動揺しているのをみれば理解できるでしょう。

    その大前提があるかぎり、国際社会は自らの国益による判断で同盟を結べばいいのです。ただそれだけで、それを主従というほうがおかしいのです。

    「海外の戦争」においては、わが国の国益に応じて判断すればいいだけの話で、そんなに自分の国の民主主義か信じられないのかと思います。

    ならば、米国の「海外の戦争」にケースバイケースで参加しているヨーロッパ諸国は、ただの家来で、いったん同盟を結べば盲目的に従うのか、ということです。わけはないでしょう。どうしてこう幼稚なんだ。

    今回、安倍氏は米国のリバランス政策、つまりアジア回帰を強く支持するという目的があって米国訪問をしました。

    そして、そのためには喉にひっかかったトゲである大戦を慰霊し、そして今は共通の価値観を持つ同盟になったのだと宣言する必要があったのてす。

    そして、それは米国で受け入れられました。

    日本人が最も苦手とする言葉を使った外交の分野で、素晴らしい先例が生れたことをひとりの日本人として素直に歓迎します。

     

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    福島事故 吉田所長の「抗命」

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    菅直人元首相の緊急対応そのものに対しては、今では肯定する人のほうが少数派です。

    それは、彼が懲りることなく出馬した前回衆院選で、小選挙区で敗北し、比例で復活するという元首相とも思えぬ醜態からも分かります。 

    特に彼の主張の核心だった、「東電の全面撤退をオレが止めた」という主張は、朝日新聞・木村英照記者の『官邸の100時間』で拡散され、さらに彼が書いたスクープ記事として増幅していき、ひと頃は反原発運動の「定説」にまでなっていました。 

    しかしこの東電撤退説は、吉田調書の公開と朝日の謝罪と共に完全に否定されてしまいました。 

    しかし、それまでの4年間に渡って反原発派が流布させてきた、「福島事故は人災で、東電は事故時に逃亡を企てていた極悪卑怯な奴らだ」という負のイメージは、訂正されないままに漠然とした「印象」として定着し続けているようです。 

    この東電悪玉論は、事故対処のみならず、事故原因そのものまでも地震によるものだと決めつけています。 

    この福島事故地震原因説は、国会事故調のみが匂わせているにすぎず、政府事故調は明解に否定しています。

    政府事故調によれば、福島第1は、地震発生直後、新福島変電所からの外部電源が送電鉄塔の倒壊により途絶したにもかかわらず、定期点検中だった4号機A系(海水冷却)を除いてすべての非常用DG(ディーゼル発電機)は起動しています。 

    これによって、1号機から6号機までの非常用M/C(金属閉鎖配電盤)の電圧は正常に復帰しています。 

    これによって原発は自動的に停止モードに入りました。おそらく地震のみの衝撃だったのならば、福島第1は完全に耐えたと結論づけることができます。 

    しかしそこに、津波が襲来したのです。政府事故調報告書は、こう書いています。 

    「津波到着後、1号機から6号機に設置されていた13台の非常用DGのうち、2号機B系(空気冷却)、4号機B系を除いたすべての非常用DGが機能を停止したと推認できる」

    つまり非常用ディーゼル発電機が機能したか否かこそが、この福島事故の核心的問題であって、それは地震に耐えて起動したが、津波によって停止した、これが事故の運命の分岐点だったのです。 

    今の規制委員会の余りに地震のみにシフトした論議の流れは、この事故の原因の本質からはずれたもので、樋口判決もこの空気に便乗したものにすぎません。

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    海水注入停止命令事件も、そもそもは菅氏が「海水注入停止命令をしただろう」という批判に反論して、「いやそれをしたのは東電だ」という弁明から始まったことです。

    それが、やがてお定まりの東電バッシングへと変化していきます。

    さて、菅氏の主張が正しかったのかどうか、先日来検証してきた最後のページに進みましょう。

    一連の東電、保安院、安全委員会も巻き込んだきしみに、幕を下ろしたのは、この人物でした。

    吉田昌郎所長です。

    武黒フェローから電話で、停止命令が来た直後、吉田はそれを「分かりました」と切った後に、清水社長からも同様の停止命令が下ります。

    吉田は、テレビ電話に聞こえるように大きな声で、所員にこう言い渡しました。

    「海水注入に関しては、官邸からコメントがあった。一時中断する」

    そして、テレビ撮影機に背を見せて注水担当に対して、こうしっかりと指示を出します。

    「本店から海水注入を中断するように言って来るかもしれない。しかし、そのまま海水注水を続けろ。本店が言ってきたときは、おれも中断を指示するが、しかし絶対に水を止めるな。わかったな」   

    抗命です。組織社会においては、厳罰を以て処分されるべきことには違いません。

    しかし、吉田の指示こそが正しく、この指示がなければ、東日本は長きに渡ってノーマンズランドを強いられたはずです。

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     東電の事故直後の2011年5月26日の東電プレスリリースはこう記述しています。

    <3月12日の主要な時系列>
    (略)
    18:05頃  国から海水注入に関する指示を受ける
    19:04頃  海水注入を開始
    19:06頃  海水注入を開始した旨を原子力安全・保安院へ連絡
    19:25頃  当社の官邸派遣者からの状況判断として「官邸では海水注入について
    首相の了解が得られていない」との連絡が本店本部、発電所にあり、      本店本部、発電所で協議の結果、いったん注入を停止することとした。
    しかし、発電所長の判断で海水注入を継続。(注)

    (注) 関係者ヒアリングの結果、19:25頃の海水注入の停止について、発電所長の判断(事故の進展を防止するためには、原子炉への注水の継続が何より
    も重要)により、実際には停止は行われず、注水が継続していたことが判明しました。
     

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     以上でお分かりのように、狭い意味で、吉田所長に注水停止を「命じた」のは東電本店から派遣された武黒フェローであり、彼からの「吉田は頑として言うことを聞かず注水を継続している」という報告に動転した、東電本社の清水社長でした。   

    しかしそれは、この状況の流れを見ればわかるとおり、武黒フェローに強要したのが誰だったのか、ということです。 

    それは、周囲の保安院の専門家に、「お前、水素爆発はないと言ったじゃないか」と不信を募らせる人物。 

    安全委員会の斑目委員長の、「今、水を入れなきゃいけないんです。海水で炉を水没させましょう」という提案を、海水だから再臨界を迎えるという間違った素人考えで、「もっと検討しろ」と、議論を断ち切ったまま退出してしまった人物。 

    東電・武黒フェローをして吉田所長に電話させ、「まだ注入しているのか、止めろ!」と言わしめた人物。  

    そして東電清水社長から吉田所長に、「官邸の了解が得られていない」と言わせた人物。 

    そう、それは菅直人内閣総理大臣、その人です。 

    彼の犯した失敗の本質は、既に検証してきたように、海水注入停止命令を出したか出さないか、という具体事象だけの問題ではなく、むしろ緊急対応時の指揮権を私的掌握してしまったことにあります。 

    つまり、菅氏の言う、「注水停止を命令させたのは武黒と清水だ」という主張は、「嘘は言っていないが、かといって、ほんとうのことは何ひとつ言っていない」という虫のいいものにすきません。  

    むしろ問題は菅氏批判ではなく、このような素人に最高指揮権の私的掌握を許す余地がある、原子力安全政策そのものでした。 

    彼の悪あがきともとれる、事故後の居直りから、今の反原発派の主張の多くが生れたことは残念です。

    れにしても思えば、この菅というお人から、反原発のネタである東電悪玉論が生れ、ついでに浜岡停止「お願い」から4年間に渡る原発ゼロ状況が生れ、その上、最後ッペの再エネ法から赤字垂れ流しのFITが生れたというわけで、もうなんかスゴイやね。

    反面教師の巨星だったんだね。

    あ~、終わった、終わった。もう当分、私に菅氏なんか振らないでくださいね。思い出したくもない人なんですから。

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