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2015年5月26日 (火)

オジィ自慢の沖縄そば

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今日はしんどい話を置いて一服させて下さい。地震もあって、ややへばっています。

沖縄には、「沖縄そば」という面妖なものがあります。下の写真は私の手作りの沖縄そばですが、蕎麦粉などは耳掻き一杯も入っていません。 

蕎麦はその気になれば、やんばるでもできそうなものですが、島内で「そば」といえば問答無用にこれです。これしかありません。

スバともいいますが、私が居た時には「沖縄そば」とだらだら言う奴はいなかっかな。 

ただ、きっぱりと決意を眉間に込めて「スバくれ!」。これが島の男さぁ(←てなもんかい)。

いわゆる日本そばは「黒そば」という気の毒な名前で呼ばれていて、ほぼまったく食べられていませんでした。

私が居た頃は日本そばの店は、那覇の松尾に一軒しかなく、なんかカトマンズの日本食レストランという雰囲気。 

ちなみにラーメン屋は琉球新報の先の太陽軒という店がただひとつでした。懐かしくて、やんばるから那覇に上京するたびに食べていました。今は増えたでしょうね。

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沖縄そばは、麺は中華文化圏のものですが、出汁が日本そば文化圏、それも関西そばの系列です。 

腰のある平打ち麺にカツオだしの汁、具にはテンプラ(カマボコをなぜか沖縄ではこう言う)と三枚肉がデロリンと乗ります。

今日は写真に撮るので、見栄を張って3枚乗せてみました。普通は1枚で充分です(笑)。

そしてハズしてならないのは、紅ショウカとわけぎ。これがないなら食べないほうがましというものです。三枚肉はサイフの都合で入れなくとも、紅ショウガは入れましょう。 

写真の右の瓶はヒバーチ粉です。原音忠実主義で言えばヒファーチ粉です。島胡椒のことで、八重山特産のペッパー類の一種らしいですが、風味はまぁ嗅いでみて下され。強烈にエスニックです。

いわゆる私たちナイチャーが知っている胡椒とはまったく似ても似つきません。クセになります。実は私はこのヒーバチ粉を石垣島で知り、以後肌身離さず持ち歩いていた時期があります(←お守りかって)。 

八重山ローカルな香辛料で、本島ではまったく使いません。本島では島唐がらしことコーレーグースーを死ぬほどかけて、大汗をかきながら食します。

要するに、鰹出汁の効いた塩味ベースのスープに、カンスイ入りうどん、それにラーメンのようなトッピングが乗る、というところでしょうが、説明すればするほど、まぁ現地で食べて下さい、というしかない沖縄人のソールフードです。 

この中華風と和風のフュージョンがいかにも沖縄風で、この島の歴史の両属性を象徴しています、な~んてつまらない講釈はさておき、私はこれをヤンバルの山奥から出るたびに食べていました。

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岸本食堂という、今や観光ガイドにも出て本土の観光客までがやって来るお店になってしまいましたが、当時から「輝け!ソーキそば発祥の店」として有名な存在でした。 

あの小ぶりな丼からはみだうそうになる、というか現にはみ出している骨つきソーキの層をかき分けるようにして食べるソーキそばは、お好きな方にはたまりません。

あの、こぶりのドンブリに溢れんばかりに盛るのが沖縄の美学。美学が分からぬ、本土のお客さんはだいたい食べ残すようです。

ちなみに、弁当も溢れだしています。おかずの下におかずという多層構造。沖縄県民は、本土のセブンの幕の内などみたら怒るでありましょう。

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見ただけで腹一杯になりそうですな。

ところでこの沖縄そばは、起源はやたら古いのだそうですが、戦前は小麦が島内で取れないために内地からの輸入で、庶民がめったに口に食べられるようなものではなかったそうです。 

盛んになったのは戦後に米国が大量に持ち込んだ余剰小麦がガバガバあったからで、それに先島特産のカツオ節のだし汁をかけたわけです。

本来の沖縄そばの麺はカンスイを使わずに、ガジュマルの灰を使います。私の住んでいたヤンバルのオジィは車など持っていなかったために、そばは自分で打っていました。 

一度だけお相伴させていただいたことがあります。麺から打つのですが、カマドにある灰をかき集めてその上澄みを掬い出します。あれはイジュの枝だったような、ま、いいか。 

そしてこの灰汁汁を入れながら小麦粉を打ちます。灰汁を練り込む以外はまったくうどんと一緒ですね。 

練って寝かせ、伸ばして折り畳んで、ザクザクと切っていくわけです。いや太かったですね。ただでさえ太打ちの沖縄そばが、超々太打ちとなり侍り。 

しかしオジィが根性を入れて打っただけあって、バラバラになることもなく(なったらスイトンだ)、えらく腰のすわった沖縄そばになりました。麺はヤンバルの樹の灰汁で染まってほのかな美しい黄色。

超々太打ちとあいまって、もはや見た目はほとんどカンピョウみたいでした。

これに朝からガリガリと私にかかせたカツオ節が参ったかというほど入ったカツオ節臭い、いやもとい、黒潮の香りも高い汁に、そこにオジィの汗がしみこんでいる(しまった。思い出してしまった)噛むと快くプチッと切れる麺がまた最高の沖縄そばでした。

具ですか。共同売店で買ったカマボコの切れ端が乗っていたような。

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共同売店とは、店がないやんばるで、住民が出資して、交替で店番をしているよろず屋のことです。なんでもあります。

ワケギはニラだったような。さすがニラは勘弁なので、どかして食べた記憶があります。こだわりの紅生姜?そんなものはハナっからありません。

しかし、それまで食べてきた沖縄そばで、最高の一杯だったことは確かです。オジィが上機嫌で、ウサガミソーレと言って出してくれた沖縄そば。

親指が漬かっていたような気もしますが、指くらいだしというものです。

うりずんになると今でも思い出す、沖縄そば。ああモーレツに喰いたい。

今日は固い記事を途中で投げ出しました。書けないという日もあります。テーゲェでいかんとならんさ。

こんなヘコんだ日にはなお食べたい、岸本食堂のソーキそば。名護のバスターミナルの安いそばもいけるぞ。

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コメント

 いつも興味深い記事をありがとうございます。

 地震、驚かれたことでしょう。
 うちの母の実家が茨城県の稲敷市で、裏が崖なのでいつも心配しているのですが、今回も特に大丈夫のようでした。

 ブログ、続けることは大変なエネルギーが必要ですよね。
 特にこちらはテーマが軽く無いでし、変なのもわいて来たりもしますから、たまには息抜きも必要だと思います。
 ブログは毎日必ず更新しないといけないものでは無いですし、ブログ主さんの気持ちと体調に合わせて、自分のペースで更新して下さればと思います。

 いつもありがとうございます。

恥ずかしながら、岸本食堂へは 行った事が無いんです。
有名なのにね。

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