改めてメルケルさん訪日の理由を考えてみよう
メルケルさんがこの3月に日本に来ました。なにをしに来たのか、正直なところよく分からなかったと思いませんでしたか。
前回来たのが2008年の福田康夫首相の洞爺湖サミットの時ですから、なんと7年ぶりです。
これほど来なかったのは、メルケルさんがおそらく世界で間違いなく最も忙しい政治指導者であることです。
ご存じのように東にウクライナ、南にギリシャ、そしてその後を追いそうな西のスペインに囲まれています。
忙しいのに、わざわざ懸案がない日本に来るのはなんででしょう。え、中国には毎年来ているって。
メルケルさんが中国に行くのは、VWの中国進出のような純粋なビジネスです。
ですから、商売上のうまみがない、いやむしろ、世界で最も張り合っているライバルの日本に来る必要がなかったのです。
となるとビジネスではありません。この時、メルケルさんは、日本に非常に気をつかっていました。
韓国は、尊敬してやまないメルケルさんに「過去に向き合え」という発言をしてもらいたくて、手ぐすね引いて待っていました。
日本のマスコミ連中も、来た意図などそっちのけで、憎きアベを叱ってほしくて、そんな誘導質問ばかりしていたものです。
(写真 来日したメルケル首相。ハフィントンプレス3月16日)
メルケルさんが案の定、講演の会場を朝日新聞ホールに選んだ時には、私もありゃりゃと思ったものです。
よもや、歴史認識を批判するために7年ぶりに来るわけがないので、おやおやと思ったことをおぼえています。
「9日の講演では、第2次大戦が終結した45年5月8日を「ナチスの暴虐からの解放の日だった」とするいわゆる「ワイツゼッカー・テーゼ」を表明した上で、「苦しみを欧州へ、世界へと広げたのが我が国であったにもかかわらず、和解の手が差しのべられたことを決して忘れない。まだ若いドイツ連邦共和国に多くの信頼が寄せられたことは幸運だった。こうしてのみ、ドイツは国際社会への道のりを開くことができた」とだけ述べ、フランスをはじめとする周辺国の善意をことさら強調してみせた。
従来、ドイツの政治階層は、戦後のドイツは近隣国との和解の努力を積み重ねてきたと自画自賛するのが常なのだが、メルケル演説ではそうしたくだりは鳴りを潜め、周辺国から和解の手が差しのべられたという謙虚な歴史観が披露され、日本を刺激しない配慮が施されていた」(ハフィントン・ポスト3月16日)
そしてこれまた案の定、韓国サイドから「日本は過去を直視すべきだ」とメルケルさんが述べたという報道が上がった時には、電光石火で駐日ドイツ大使が否定しました。
※関連記事 http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/post-1314.html
つまり、この講演記録を冷静に吟味して読めば、常日頃のドイツ人が胸を張る、「ナチスの犯罪を清算したドイツはエラかった」ではなく、むしろ「ウチが侵略した国々の皆さん、優しく受け入れてくれてありがとうね」というニュアンスです。
いわば、戦後の国際秩序がメルケル講演の肝なのです。
このメルケルさんの発言の微妙な変化は、安倍さんとの親密なパートナーシップにも現れていました。
クネさんは、失神せんばかりに羨ましかったでありましょう(どうでもいいですが)。
今回のG7でも、議長国のメルケルさんは、徹底して安倍氏に花を持たせています。
というか、メルケルさんが「今後の世界は、オバマの米国がアテにならないから、日独でガンバルっきゃないわよ」と言っているようにも聞こえました。
この変化は、大変に重要です。
(写真 2014年3月。クリミアに侵攻したロシア軍。この後に住民投票を強行し、分離独立させ、ロシア領に編入してしまった。そして東ウクライナ2州でも同じ手を使って、ロシア軍を浸透させた。これと似た方法は、沖縄で中国がとる可能性があるのでご注意)
ひとつには、なんと言っても、ウクライナ問題です。
ロシアがウクライナに軍事侵攻し、クリミア半島と東ウクライナを簒奪したという事件は、あらためて「他国に軍事侵入することは国際秩序の破壊だ」という、新たな国際原則を確立しました。
この旗振りをしたのが、他ならぬメルケルさんです。
そして、今アジアにおいて、ロシアと同盟関係を持ち、南シナ海や東シナ海で公然と軍事膨張を続けているのが、中国です。
ドイツと日本は、このロシアと中国の軍事膨張を阻止するというテーマにおいて、完全に一致した利害を持つのです。
メルケルさんは、ウクライナに対する経済支援を安倍さんに要請したと思います。
これは、いくら中国が重要なビジネスパートナーだからといって、習近平に持っていけるテーマではありません。
「他国への軍事侵入は許されない。ウクライナのために支援をして下さい」とメルケルさんが習に言ったとしましょう。
習は、「ウクライナにロシアが介入している明確な証拠がない」とかなんとか言って、拒否するはずです。
結局、世界で価値観を共有する主要国で、しかも経済援助が可能で、しかもそれを出せるだけの強い政権基盤を持つなのは日本しかないのです。
安倍さんはこれに応えて、直ちにウクライナ支援を打ち出しました。そして、ウクライナ支援でG7をまとめる約束もしました。
(写真 6月6日 安倍首相ウクライナ訪問。ポロシェンコ大統領との儀仗兵閲兵式典。ポロシェンコはそうとうに問題あるキャラだか、そんなことを言っている場合ではなくなった)
在日ウクライナ大使館は、こうプレスリリースしています。
※ウクライナに最大1500億円支援 日本 - 大使館のニュース・新着情報
「ウクライナ支援については,同国の経済安定化のためG7が一致団結していくことを確認し,日本として,最大で1500億円(約15億ドル)の支援を行うことを表明した。日本の支援に対して,多くの国々から高い評価を得た」
そして先だってのウクライナ訪問で、現地においてウクライナ政府にそれを申し出ています。
ウクライナに貸した金は戻ってきません。そのことは日本国民は肝に銘じるべきです。これは国際秩序維持に対するコスト分担なのです。
メルケルさんは、ウクライナと南シナ海・東シナ海で、世界秩序が崩壊しかかっているという強い危機感を持っています。
そして、今までそれを欧米で支えてきたのですが、この秩序維持のための財源が枯渇しているとも思っています。
いや、正確には金自体はあるにはあるのですが、ギリシャの終わりなき垂れ流し支援によって、すっかりドイツ国民を先頭にして、ヨーロッパ人全体が嫌気が差してしまったのです。
米国も一緒で、特にオバマになってからというもの、すっかり内向きのヒッキー状態です。
(写真 米国史上類例のない存在感の薄さ。G7でも「え、いたんだっけ」状態)
つまり、世界秩序の柱だった米国とヨーロッパがすっかり、支援疲れでくたびれ果ててしまったのです。
今やヨーロッパ各国は、「そんな底が抜けた桶に水を注ぎ続けるより、自分の国の福祉や雇用をどうにかしろや」という「気分」になってしまっています。
となると、今の世界を見渡して日本以外に、「自由社会」「市場経済」という価値観が一致して、国際秩序維持に力を貸してくれそうな国ってどこかありますか。
というわけで、今回のギリシャ危機に対しての西欧の「気分」は、まさに厭戦気分といったところです。
「ああ、もううんざりだ、もういいや~。勝手にしやがれ」、という悲鳴に似た空気です。
といっても、ユーロシステムにいかに本質的欠陥があろうとなんだろうと、ガラガラと積み木崩しをするわけにはいきませんから、なんらかの支援をすることになるでしょう。
その時に、またもやメルケルさんからすがられるのは、わが国しか残っていないということは考えておいたほうがよさそうです。
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ユーロ支援を日本が…困りますね
いよいよ沖縄の独立も視野に入れておかないとなりませんか〜(>_<)
投稿: 多摩っこ | 2015年7月 2日 (木) 14時38分
初めまして
沖縄米軍基地問題の代案、もしくはその手がかりを探してる最中に見つけ、過去の記事も1ヶ月分ほど一通り閲覧させていただきました
私の持ち得ない視点、私の持ち得ない知識を分かりやすい文章(と、たまに入る面白いジョーク)で述べてあり、非常に参考になりました。これからの更新も期待しています
投稿: 教師志望 | 2015年7月 2日 (木) 23時57分