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2015年8月

死滅に向う中国大陸 その1 死んだ土の国

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は何回か中国に旅したことがあります。鉄道やバスに揺られての長旅でしたが、いつのまにか機会があると駅の裏の畑の土をひと握りすくってみるのが習慣になっていました。 

本格的な土壌分析器にかけてみなくても、土は握ってみればおおよその良し悪しの見当がつきます。 

ほんとうに良い土は適度に柔らかく、握るとふわっと塊になり、すっとほぐれていきます。芳しい香りすらします。飯にふりかけてもいいかなと思うこともあります。 

悪い土はバサついて握っても形になりません。干からびて死骸のようです。香りはなく、時にひどい悪臭がします。 

中国の土は後者でした。長年人から見捨てられた土の残骸。愛されることをされなかった土。奪われるだけで与えられることをされなかった土の亡骸。

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それはアルカリ化し、遠くない将来砂漠になって行くだろう土でした。そのような哀しい土を私は中国各地で見ました。 

なぜ、こんな土にしてしまったのか、中国農民に問うてみたいとその時痛切に思ったものでした。 

さて中国がとってきた過去約20年間の改革開放路線は、その「総設計師」の鄧小平がいみじくも述べたように「黒猫でも白猫でも、ねずみを捕るのがいい猫」式の手段を選ばないものでした。  

そして鄧小平が提唱した「先富論」により我勝ちに富に向って14億の民が走り出したのだからたまりません。 

「先富論」とは、読んで字の如し、社会主義的平等を捨てて「可能な者から豊かになり、貧しい者を引き上げよ」という政策でしたが、「先に豊かになる」という部分のみが実現してしまったわけです。 

結果、短期間で収益を上げられる経済活動だけがいい経済だという歪んだ経済思想が跋扈するようになります。  

社会全体の格差なき進歩、自然環境との調和、国際社会との協調というといった「大人の資本主義」ではなく、飢えた拝金亡者の思想に取りつかれた14億の民の驀進が始まります。

これが食い漁り、食い散らす中国式イカサマ資本主義です。 

そして長い時間かけて手をかけて子孫のためにいい畑を伝えていくという農民の美徳は失せ、自分の時代にすべてを貪り尽くして恥じない収奪農法が始まりました。

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しかも中国では土地の私有を認めず、都市の土地は国有、農村の土地は農民による集団所有と憲法で規定しています。(ただし、都市部では土地使用権という形で取引されている) 

つまり、中国では世界で言う意味の「農民」は存在しないということになります。 

「社会主義中国」のシッポのようなものですが、農村では、農民同士で請負経営権を譲る以外は取引が厳しく制限されているために、農民は「自らの土」という意識が作られないままに、都市化と工業化の大波に呑み込まれていきます。 

いずれにせよ、集団農業の軛から開放された14億の民の6割といわれる農民が、一斉に収奪農法に走ればどのようなことになるのか、考えてみるまでもありません。 

時間をかけて堆肥を積み、緑肥をすき込み土壌を豊かにしていくという日本的「土作り」の代わりに、成長を早めるチッソ系化学肥料や、実なりをよく見せるリンサン系化学肥料が大量に使用されるようになりました。 

そのほうがはるかに手間がかからず短期間で仕上がり、しかも職人的な農業技術を必要としなかったからです。 

しかし、手間いらずのリン系化学肥料(過リンサン石灰)からはカドミウムが発生し、重金属は分解することなくそのまま土壌に長く残留し蓄積するようになります。

結果、我が国でもかつて経験したように「土が死ぬ」ことになります。これが国土の砂漠化の始まりです。

土は団粒構造といって、土壌粒子が結合して集合体(団粒)となっています。 

よい 団粒を作るには、土壌分子を結合させる役割の粘土成分や、微生物の住処や餌になる腐食物質(有機物)が必要です。 

この団粒構造が良くないと、畑の排水性と保水性、通気性が悪くなり、作物の根の張りが悪くなって良い作物ができなくなります。 

化学肥料はこの大事な土壌の団粒構造を破壊する性質を持っているのです。 

適量の化学肥料ならば、土壌の性質の傾きを補正するのに役立つのですが、大量にそれだけに偏った農法をすると、たちまち土は空気の道と水の道を塞がれて干からびたようになっていきます。

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そのためにそこを住処としていた土壌微生物がことごとく死滅し、地中は砂漠のような死の世界となっていきます。 

すると、少しの大雨で最も滋養に富んだ表土層が流出するようになり、いっそうひどい状況になります。 

そしてPHは、作物にとって好適な弱酸性からアルカリへと傾いていき、これが砂漠化の始まりです。 

この死の世界で生き残るのは、皮肉なことにタフな有害虫だけです。有益な土中微生物は死に絶え、有害虫のみが生き残ってありとあらゆる病虫害が頻発するようになります。  

やがてそれを防ぐために化学農薬をまるで麻薬中毒患者のように常用するようになります。 

そして中国の場合、農薬規制の仕組みがないに等しいような杜撰さのために化学農薬汚染が大規模に発生しました。  

長くなりましたので、それについては次回に。

                     ~~~~~~

■おまけ
ハンスト決行中の中●派の学生皆さんはいよいよ本格的にやるみたいです。

3748_2_1(写真 断食勇士の皆さん)

「実行委員会によると、期限は決めておらず、4人の学生が少なくとも3日間以上おこなうという。8月30日には、大規模な抗議活動に合流するため、場所を国会正門前に移す」

しかし、3日間だって。ガ、ハハ!すまん、そんなの全国の断食道場では「ミニ断食コース」って言うんだよね。

本格断食は1週間から。3日じゃあ宿便もでねぇぞ(笑)。

それにたった4人!数十人が白い経帷子着て、1週間以上やればそれなりに迫力だったのに、残念。

代表の上智大上田君は「法案をとめられないので、直接行動に出た」そうです。

これって「議会がいうこときかないなら腕づくで」っていう議会制民主主義を否定するアブナイ思想です。前の安保闘争で火炎瓶投げまくった君らの先輩と一緒だよ。

一方、国会前には主催者発表で12万だそうです。朝日新聞の写真を基にして、ご丁寧にも数えた人がいるようです。暇だなぁ(笑)。

ちなみに写真の左側が、Grayのコンサート風景。これで20万人ですから、12万というのはこの半分以上いなきゃならないわけ。いるのかなぁ。

まぁ、どうでもいいけど。それにしても、ひとつのロックバンドの動員数にもかなわないのかぁ(涙)。

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前列と2列目でざっと2~3千人。3列目から写っている限りで3千人くらい。視野からでている部分も含めておまけして1万人前後くらいかな。

でも共産党の党員数は公称30万人、 赤旗購読者110万人いるはずだから、動員をサボった共産党員が大部分だったんだね。子供の夏休みの宿題でもやってたんかしら。

赤旗まつりには、2日で20万人もくるのにヘンだね。

さてさてお祭の時間はあとわずかですから、大いに祝祭日を楽しんで下さい。その後にドカッと反動が来て、運動は雲散霧消しますからね。(経験者は語る)

反原発運動も、オスプレイの時もそうだったでしょう。終わるとあっという間にしぼんでしまうのが、世の習い。諸行無常の鐘が鳴る。ゴーン。。

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Y氏のコメントに答えて その2  第7艦隊の兵員数を抜いて議論してもしょうがない

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昨日からの続きです。 

沖縄にはアジアの全兵員数の4分の1が来ているからどーたらこーたらと、このYという人は言っていますので、これも見ておきましょう。  

この兵員数論議は、面積で7割以上が沖縄に集中している」という主張がグラつき始めた頃から、出始めました。

この74%集中論は「嘘は言っていないが、ほんとうのことも言っていない」という数字です。

詳しくはこちらをご覧ください
関連記事
 土曜雑感 沖縄米軍基地全国占有面積率の迷宮: 農と島のありんくりん

もちろん沖縄の負担は大きいのです。しかしいくらなんでも、「在日米軍基地の7割以上が沖縄にある」というのは、安保の実態と違いすぎます。 

また、沖縄の左翼陣営とマスコミは、この数字を反基地闘争や、オスプレイ反対運動の根拠としていました。

そしてとうとう、「沖縄にこんなに基地が多いのは差別されているからだ。本土政府はイヤなものはみんな沖縄に押しつけている。だから独立だ」という過激な主張の論拠にまでなってしまいました。C535780d17cabf00bc175e5230e930b3(写真 国連総会で承認された琉球共和国。な、わきゃありませんが、これはあながち冗談ではなく琉球独立学会というところが真剣にやっていることです。地元2紙や左翼団体も陰日向に応援しているようです。ま、やってみたら、というところです。今の東アジア情勢では、100%中国領になりますから)

本来の意味を離れて、政治的駆け引きに使われる概念になってしまったわけです。

百田さんに怒鳴られた地元2紙がお経のように、「沖縄にだけ基地負担を」と言い続けたおかげで、いまでも沖縄県民の多くはこれを丸のままホントだと思ってしまっています。

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というわけで、沖縄の負担を認めた上で、もっとクールに見ましょうよ、というのが私の意見です。
 

さて、この74%論がグラついてきたあたりから出てきた新手の沖縄集中論が、兵員数比較論です。 アレがダメならコレはどうだ、というわけです。

Beiheizzuu(沖縄タイムス 2011年3月6日) 

さて、このY氏は沖縄と本土を比較しようとしているのに、いきなり「アジア全域の米軍は10万いてぇ」などと間口を拡げられても困りますねぇ。

これにはネタ元があって、屋良朝博氏の講演会の発言が発生源のようです。
http://nisiyamatookinawa.web.fc2.com/back/okinawa_1101_89.htm 

いちおう土俵に乗っておきますが、韓国と沖縄が増えるのには理由があります。それは韓国には第2師団がいて、沖縄には海兵隊がいるからにすぎません。

陸軍や海兵隊は陸上兵員ですから兵員数が、他の海軍や空軍と較べて段違いに多いからです。

そりゃ、陸軍や海兵隊が、機械を動かす海軍や空軍より、兵隊の頭数が多いのは当然です。  

だからと言って、陸上戦力にのみ米軍の軍事力が集中しているという認識は、まったく誤りです。  

その理由は、軍隊は制空権(航空優勢)があってナンボのものだからです。いくら戦車でイチビッていても、上から飛行機で簡単にドカンっとやられてしまいます。

ですから、陸上戦力の頭の上をカバーする航空優勢(制空権)が重要なのです。というか、これなしでは、米軍は絶対に作戦行動を起こしません。

これを保つための空軍の航空勢力、空母を進出させるための制海権を押える海軍があって初めて陸上戦力は意味を持つので、陸上兵力の陸軍と海兵隊の数だけ数で比較しても、まったくなんの意味もありません。 

これだけを見ても、このY氏はまじめに沖縄問題と在日米軍を考えていないのが、よくわかりますね。  

というわけであまり意味があるとは思えない比較ですが、兵員数を比較してみます。これには米軍自身の算出したものがあります
U.S. Forces Japan About U.S. forces Japan」「在日米軍公式サイト」 

・在日陸軍兵員数     ・・・約2千人
・沖縄基地の海兵隊兵員数・・・約1万6千人
・在日海兵隊基地      ・・・約9千人(軍属を含む)
・在日米海軍司令部     ・・・約6千人
・第7艦隊           ・・・約1万3千人
・在日米空軍         ・・・約1万3千人(軍属を含む)
 

これを見ると、おおよそ沖縄の海兵隊と第7艦隊で、半分半分というところでしょうか。つまり、沖縄と本土はフィフティフィフティで兵員も負担しているのです。 

Dsc00806(写真 横須賀基地の米海軍イージス艦。このような艦艇は沖縄には配備されていない)

 ところが、外務省2012年版「在日米軍主要部隊・戦力展開状況」をみるとまったく違います。※http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/pdfs/taisei05.pdf 

   在日米軍人数
    合計:約36,700
    陸軍:約2,500
    海軍:約6,800
    空軍:約12,500
    海兵隊:約15,000
 

ありゃ、海軍の兵員数がまるで違うと気がつきましたか。米軍自身は1万9千人と言っているのに、外務省はたった6千800人です。 

その違いはおわかりですね。第7艦隊の1万3千人を外務省はわざわざハズしてカウントしているからです。

外務省の数字は、第7艦隊の司令部要員や基地要員の兵員数でしかないのです。 

これは、第7艦隊が、日米の政治的配慮で「母港」ではなく、「前方展開基地」に分類されているために、統計数字から除外されてしまっているからです。 

もちろん、米本土と変わらない恒久的設備を持つ横須賀が単なる前方展開基地なわけがありません。

簡単に言えば前方展開基地とは、緊張する前線近くに配備される即応部隊の前進拠点です。沖縄の米軍基地群はその性格を担っています。 

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(写真 横須賀のバースごとにこのような巨大な付属機械工場があって、多くの日本人従業員が働いている。このような存在は沖縄にはない。下写真は横須賀第6ドックで修理される米空母キティホーク。このような巨艦を修理できるのも、海外ではここ横須賀と佐世保だけである。こんな施設を持つ軍港が、ただの「前方展開基地」なわけがない)

第7艦隊の艦艇は出入りしていますから、いつも丸々1万3千人いるわけではありませんが、それは沖縄海兵隊も一緒で、ローテション配備でアフガンに行ったり、強襲揚陸艦に乗り込んだりしています。 

それはアチラさんの運用上の都合なので、なんともいいようがありません。  

とまれ、在日米軍の負担を首都圏で少なく見せたいという日米の政治的思惑あってこんな奇妙なことになっているわけです。 

このようなわけで、兵員数や面積の比較は余り意味がありません。いかようにも操作できるからです。 

ほんとうに在日米軍基地の本質を見たかったら、その基地の果たしていることを世界情勢の中で見ねばならないのです。

■写真 うちの愛犬のタローです。小犬の時は、もっと可愛いかった。

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日曜写真館 雨模様の湖の田んぼ

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人間というのはぜいたくなもので、つい最近まで暑さで死ぬ~なんて言っていたのが、このところめっきり秋めきました。

というか、もう晩秋の涼しさ。おいおい、いきなり真夏の35度から、23度になるんじゃないよと思います。

その上、秋雨が連日ビチャビチャ降って秋晴れなどみたことがありません。

毎日、かんかん照りで、もう生涯入道雲なんか見たくないや、と言っていたのに、勝手なもんです。

湖の周りの田んぼも一斉に黄金に色づき、見事な光景です。おそらく日本の田園風景のもっとも美しい季節でしょうね。

ただ、稲作の未来は、この写真のようにどんより・・・。かなりの数の農家が稲作から離れていくでしょう。いたしかたがないことてす。

私はこのままの形の稲作が続くとも思えません。必死にもがく農業のようなこの秋空です。

最初の写真の鳥居は、湖の周りにしかない水神様の祠です。

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Y氏のコメントに答えて 在日米軍基地を兵員数や面積で比較しても意味がない

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Yという人からコメントをもらっています。 

「可哀想だね、あなた。こんな長々と書いてるけど、論点がズレすぎ。沖縄が悪い印象を与えたいのかな?「沖縄の人は米軍基地は沖縄にしかないと思っている。」これはあなたの主観ですよね。あなたの主観を沖縄の人々が思っているかのように書くのはズルいやり方ですね。沖縄の基地負担について。アジア太平洋地域に展開する米軍は約10万人です。その4分の1に当たる約2万5000人が沖縄に集中しています。これは韓国に駐留する米軍全体に匹敵する兵力なので、いかに沖縄に多くの米軍が集中しているかが分かります。政府は、普天間基地を含む嘉手納基地より南の米軍基地の整理縮小を進めると言いますが、すべてが実現しても沖縄のアメリカ軍施設の割合が下がるのは0.7パーセントです。それに比べ、神奈川や県外の基地は負担がかなり軽滅されてきています」 

うわーい、いきなり可愛想だと同情されちゃったよ(笑)。そりゃどうも。痛みいります。あなたの言っていることは、そっくりそのまま屋良朝博氏の受け売り、つまりデッドコピーだね。http://nisiyamatookinawa.web.fc2.com/back/okinawa_1101_89.htm

私が屋良さんや前泊さんていどを知らないで書いていると思ってた?

余り同情されることには馴れてないもんで、しっかり答えておきます。 

まず、沖縄には住んでいましたから私。まぁいいや。しょせん、あるないなどは主観の領域です。

私はいままで一度たりとも沖縄の負担が少ないなどと言ったことはありませんし、本土沖縄それぞれに応分の負担を背負っており、安易に比較すること自体がナンセンスだと言っているのです。 

まちがいなく過度な負担を沖縄に集中させています。しかし、それは「沖縄だけ」なのかどうか、もっと相対的にトータルにみたらどうか、と問うているのです。 

沖縄はぐるりが海の島ですから、見えやすいのですが、「国道16号」という括りでみれば神奈川県、東京都にまたがって多くの基地群があります。 

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(写真 国道16号。この西側4分の1のエリアに米軍基地群が集中しているが、県境をまたぐために統計数字にはあらわれにくい)

第7艦隊の「母港」横須賀軍港を起点にして、その艦載機がいる厚木基地、世界有数のオイルターミナルの鶴見貯油施設、世界的な弾薬備蓄量をもつ浦郷弾薬庫、そして東京に越境してすぐに極東アジア最大規模の横田基地があります。 

沖縄には横須賀軍港に匹敵する規模の軍港は存在しません。那覇軍港やホワイトビーチは、あれから較べれば桟橋クラスのものでしかありません。

E0150566_2149282(写真 横須賀基地で修理を受けるジョージワシントン。このような8万トンの巨大空母が接岸し、修理できるような軍港は沖縄にはない)

Photo75_html(写真 沖縄ホワイトビーチ。私が桟橋だという意味がおわかりでしょう。潜水艦、輸送艦、強襲揚陸艦ていどしか停泊できない。このていどの規模の桟橋は横須賀には無数にある)

厚木と普天間はほぼ同一規模で、周辺の開発が進んだ宅地なところもよく似ています。

しかも厚木はジェット戦闘機を運用しているために、はるかに騒音がうるさいといわています。

下の写真を見て、どちらが厚木で、どちらが普天間かわかったらエライ。

答えは上が厚木、下が普天間です。さて、どちらが「世界一危険な基地」でしょうか。

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沖縄には鶴見貯油施設に相当するものがありませんし、浦郷弾薬庫と比較できるのは沖縄では辺野古弾薬庫ですが、周辺地域の危険度を言うなら浦郷はもっと注目されるべきです。 

また横田は、嘉手納に匹敵する規模を持ち、在日米空軍の司令部も置かれています。 

Yokota120605g798(写真 横田基地)

Kadena(写真 嘉手納基地)

次に軍事的機能で見てみます。 

沖縄基地のことを米軍は「前方展開基地」と呼んでいます。これは緊張する地域の近くに展開して即応する部隊のことです。 

普天間やハンセンなどの海兵隊基地が性格がまさにそうで、嘉手納も東アジア、朝鮮半島の航空優勢のための部隊です。 

それに対して、本土の横須賀、厚木、佐世保はすべて、米軍世界戦略の重要な一部です。なかでも、横須賀-厚木の存在なくして、米軍はアジア地域に展開できません。 

沖縄に同情的な小川和久氏すら、「米本土基地が本社ならば、日本本土基地は大阪本社、沖縄は出張所」という表現をしています。 

私も同感です。在日米軍基地を考える時に、機能を無視する悪癖が反基地運動家にはありすぎます。 

ですから、兵員数や面積だけで比較してしまって、いつまでたっても本質的議論になりません。

常識的に考えてみてください。

●本土の主要米軍基地
・巨大空母及び第7艦隊の「母港」の横須賀
・艦載機基地の厚木
・横須賀と同規模の佐世保
・普天間と同規模の岩国
・米空軍基地として嘉手納と同規模の横田
・同じく三沢
 

沖縄の主要米軍基地
・厚木と同規模の普天間
・横田と同規模の嘉手納
・海兵隊駐屯地としてシュアブ
・同じくハンセン

これで、どうして「沖縄だけで米軍基地の74%を占めている」わけ?

本土には、世界でも指折りにデカイ軍港が2ツ、日本でも有数の大きな航空基地が4ツあるのに、どうしてたった航空基地2ツと海兵隊の駐屯地2ツしかない沖縄のほうが7割以上で本土が3割以下なわけ?

ありえねましょ。そんな馬鹿なこと。小学校の算数レベルです。

後述しますが、このようなおかしな負担率になるのは、北部訓練場という広大な米軍専用施設が沖縄にはあるからです。

では、いちおうよく取り沙汰される面積について押えておきます。 

防衛省「在日米軍施設・区域(専用施設)都道府県別面積」には、沖縄県226.233㎡・73.88%と記してあって、これが、翁長知事の見解です。本土政府もこれを前提にしています。
http://www.mod.go.jp/j/approach/zaibeigun/us_sisetsu/sennyousisetutodoufuken.html 

これは間違いではありませんが、ちょっとした「秘密」が隠されています。もう少しこの内訳を見ます。防衛省の別な資料にはこうあります。  

防衛省「在日米軍施設・区域別一覧」によれば日本の防衛施設は、次の3種類に分けられます。
http://www.mod.go.jp/j/approach/zaibeigun/us_sisetsu/sennyousisetuitirann.html  

防衛省は三つのカテゴリーで在日米軍基地を分けています。実はこれが混乱の原因です。

A 在日米軍が専用で利用している施設
B 日米地位協定2-4-(a) に基づいて日米で共同使用している施設
C 日米地位協定2-4-(b) に基づいて米軍が一時的に利用可能な施設

この分類の意味はこうです。 

A 「米軍専用施設」・・・文字通り米軍が占用で使用している施設
B 「共同利用施設」・・・米軍と自衛隊が恒常的にシェアしている施設
C 「一時利用施設」・・・年に一回くらい演習で使うか、あるいは有事の際に米軍が使用する予定の施設
 

この3種類の組み合わせ次第で、いかようにも「県別米軍基地占有面積」の数字を大きく印象操作できてしまいます。  

ざっと見てみます。

A米軍専用・・・上瀬谷、鶴見、嘉手納、普天間など
B共同利用・・・三沢、厚木、横須賀、横田、岩国、佐世保など
C一時利用・・・北海道の演習場をはじめ千歳や百里などの自衛隊の施設

はい、この通りです。 

Aの「米軍専用施設」には、沖縄米軍基地のほぼすべてが含まれています。それに対して、本土での専用施設には鶴見や上瀬谷程度の横須賀基地の付属施設しかありません。 

Bの「共同利用施設」には、なんと本土にある在日米軍基地のほぼすべてが入っています。 

在日米軍の基幹に当たる横須賀軍港、佐世保軍港、横田基地、厚木基地のすべてはB の「共同利用」施設」に分類されてしまっているのです。 

Cの「一時利用施設」というのは、もっとわけがわからないクセもののジャンルです。これはBの「共同利用」と違って恒久的な基地施設がいらないからです。

ですから、全国の主だった自衛隊の作った演習場が含まれてしまいます。

別に恒常的に基地があるわけではなく、下の写真のように いつもはタダの原っぱです。

しかし、面積的には北海道・矢臼別演習場のように大阪市くらいの面積をもつものもザラですから、このC「一時利用」までいれると、なんと北海道がいきなり在日米軍基地負担県の上位に踊り出てきます。

2105(写真 矢臼別演習場)

もちろん、年に数回日米共同訓練をする演習場を沖縄や神奈川の負担と同列にすること自体、悪い冗談なのは、このY氏も同感のはずです(笑)。

このY氏のお仲間のような運動家たちは、本土政府が公認した74%という数字を根拠にして、「沖縄には米軍基地の大部分がある」ということを言っています。 

先ほどから述べているように、これは「嘘は言っていないがほんとうのことも言っていない」類の話です。 

言い始めた人は、それなりに分かっていても、長きに渡って伝言ゲームを続けているうちに、今や疑ってはならない「真実」になってしまいました。 

またよく見逃されているのが、沖縄の「米軍専用基地」のうち半分の面積を占める北部訓練場の存在です。 

これが、74%という異常な数字に押し上げている元凶です。

通常は、北海道や北富士のように、演習場はCの「一時利用施設」なのに、沖縄では米軍が専用施設としているために負担率を嵩上げしてしまっています。

私はこのそばに住んでいましたから、実感がありますが、ここは単なる原生林、亜熱帯のジャングルにすぎません。ここだけで78平方キロあります。  

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(写真 沖縄北部訓練場。まったくの原生林が拡がる)

沖縄全体の基地面積は、231平方キロですから、「沖縄の米軍基地」とひと言でいっていっても、実は33%はただのジャングルにすぎません。
 
さっさとこんな北部訓練場などは、返還してほしいものです。
実際、いつかは明確にはなっていませんが(辺野古移転との絡みもありますから)、返還予定リストには入っているので、北部訓練場という巨大「米軍専用基地」がなくなれば、負担は大いに軽減されるでしょう。
 
しかし、翁長氏にとって返還は痛し痒しではないでしょうか。これがなくなると、おそらく74%という数字は半分ていどにまで減少してしまって、本土政府とやり合う時の迫力がなくなりますからね(苦笑)。
いかに74%という負担率が馬鹿げた虚構の上に乗っているか、多少お分かりになったでしょうか。
それはさておき、沖縄の米軍基地の特徴は、返還前の米軍軍政下で今の基地の大部分ができてしまったために、やたらと「米軍専用」がのさばっていることです。  

日本でありながら、目立つのは米軍ばかりで自衛隊の影が薄い、このことが「沖縄は米軍基地の島」という印象を強くしています。

あとはこのコメントが言っている在日米軍の兵員数ですが、これは面積議論が不利になってきたあたりから基地反対派が言い出した論理です。

「沖縄にいる米軍兵士は全国一多いぞ」というわけです。

これについては長くなりましたので、一回アップしましたが増補して、次回に回します。

それにしても、毎度のことながら、かみ合わない議論にうんざりさせられます。

反基地運動の人たちは、沖縄を反戦・反基地闘争の聖なる神殿としたいために、沖縄の負担を現実以上に増幅させています。それが、かえって基地問題の解決を遅らせています。

もう少しバランスよく、世界情勢の中の日本、そしてその中での本土と沖縄が果たしている役割を公平に見ていったらいいと思います。

しかし無理なんでしょうね。議論の前から結論が決まっている人たちですから。

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天津大爆発のチェルノブイリ効果

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私は天津爆発事故は、中国の<チェルノブイリ>になると思っています。 

1986年4月26日に起きたチェルノブイリ事故は、ソビエト帝国の脇腹に刺さった槍のように一気に帝国を衰退に追い込み、そしてわずか5年後の1991年12月25日に崩壊します。  

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この事故は、長年続いたブレジネフの跡目を継いだミハイル・ゴルバチョフ政権の発足直後に起きました。 (※途中にアンドロポフ、チェルネンコが入っていますが短命です)

これによる打撃は人命と経済にとどまらず、目に見えない大きなソビエト帝国の資産を崩壊に導きました。 

それは、ソビエト帝国の絶対的政治権力であった、ソ連共産党の権威失墜です。 

いままで、米国に並ぶ東側陣営の盟主としての威信は、その湧き出るような財力と軍事力、そして技術力によって支えられていました。 

この国民の帝国に寄せる信頼感が根こそぎ奪われたのが、このチェルノブイリ事故でした。 

当時、ソビエト帝国は、宿痾とも言える財政難を抱えていました。根本原因は社会主義経済のあまりの非効率性と硬直性でしたが、それに拍車をかけたのが大軍拡でした。 

レーガンが仕掛けたスターウォーズ計画は、弾道ミサイルを迎撃するというふれこみで、宇宙にまで冷戦を拡大するものでしたが、実はこれには米国の巧妙な罠が仕掛けられていまた。 

レーガンはソビエト帝国にこう言っていました。 

「おい、お前らの弾道ミサイルは全部落せるぜ。核の均衡は崩れた。さぁお前、お互いに累積2兆ドルの巨大赤字を積み上げたが、まだこのチキンレースに乗ってくるかい」 

外交交渉と共に恐るべき軍拡競争が始まります。 

これは、当時泥沼のようになっていたアフガン派兵による出血と絡み合って、ソビエト帝国を経済的社会的衰退に陥れます。 

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そして、そのような時代を背景にして、世界初の原発事故が起きます。チェルノブイリ事故です。

ゴルバチョフは誰よりもこの事故を深刻に受け止めました。それには理由があります。

この事故第一報は、なんとスウェーデンからもたらされました。ゴルバチョフが知ったのはスウェーデンより後のことで、既にその時にはもはや原発は暴走を開始していたのです。 

ゴルバチョフは激怒したと伝えられています。それは、ソビエト帝国でなによりも揺らぐことが許されない共産党の権威が失墜したからです。

民主主義国家においては、一政権の失敗は選挙によって修正可能です。別な党が政権党になるだけの話です。

しかし、一党独裁国家においては、共産党の威信の崩壊はそのまま政体そのものの崩壊へと直結しかねません。

そこでゴルバチョフが踏み切ったのがペレストロイカ(開放)政策でした。 

これが失敗に終わり、ソビエト帝国は74年の生涯を閉じることになります。 

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さて、上海株式市場と、まるで連動したかのように起きた天津爆発事故を聞いて、習近平は何を思ったでしょうか。

たぶん、1986年のゴルバチョフと同じだったはずてす。それは巨大帝国が崩れ落ちていく遠雷のような音です。 

この天津はただの港湾都市ではありません。TEDAという「天津経済技術開発区」という、中国経済のトップに位置づけられる経済区でした。
※http://special.nikkeibp.co.jp/ts/article/a0ab/107528/intro/toyota.html

TEDAは、日本などの海外企業の進出拠点であり、中国における技術開発における最大拠点でした。

中国は、1992年の鄧小平の南巡講話以降、ひたすら経済成長に邁進してきました。

そのビジネスモデルは、外資のカネと技術を呼び込み、それを存分に利用して経済成長するというものでした。

天津はそのモデル都市でした。ですから、今回の事故はこの中国型ビネスモデルの心臓部を突き刺したことになります。

大爆発後にわかったことは、規制の30倍という途方もない量の違法危険物質がおり、その杜撰な管理によって周囲3キロ以上に有害な化学物質がまき散らされたことです。

爆心地からわずか2キロにはTEDAの基幹工場であるトヨタの2ツの工場のうちひとつがありました。

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日経新聞(8月22日)は、この事故の影響をこう報じています。

「天津では中国の自動車大手、第一汽車集団との合弁会社である天津一汽トヨタが工場の操業停止を延長する。事故現場から約2キロメートルの距離にある泰達(テダ)工場に加え、約70キロメートル離れた西青工場も部品供給が滞るため操業を取りやめる。天津は中国におけるトヨタの最大の生産拠点で、天津一汽トヨタは2014年に主力小型車「カローラ」などを44万台生産した。
 今回の事故による天津の工場の操業停止は9日間に及び、約1万5000台の生産が遅れるもようだ。中国の自動車市場は低迷しているが、トヨタは天津で生産するカローラを中心に堅調な販売を持続している。操業停止が長引くことによる業績への悪影響が懸念されている」

中国政府は国家的メンツにかけて、トヨタに早期の操業再開を要請したようで、トヨタは28日からの再開を約束しています。

しかし、このトヨタ天津工場の地域には、致死性の高い有害化学物質が大量に、しかも、その種類すらわからないほど降り注いだ地域です。

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深刻な化学物質汚染が起きていることは明らかで、そんな場所に従業員を近づけることさえ非常識です。

この発癌性を持つ化学物質汚染は、中長期的影響を残し、除染には膨大な時間と金がかかることでしょう。

この有毒物質の情報をなんら開示しないままに、操業を再開しろというのですから、中国政府はいい根性しています。

まぁ、情報開示といっても、「なんら問題がない。ホットスポットは既に浄化した」としか言わないでしょう。中国式除染は、ブルで埋めるだけですけどね(笑)。

そして、天津大爆発によってチャイナリスクがあらためて再認識され、外資の撤退が加速することは間違いないことです。

短期的には、輸出の玄関口だった天津港の機能停止、世界的サプライチェーンからの切り離しと貿易保険料の値上げをもたらすでしょう。

中期的には、TEDAからの外資の撤退、中国の技術開発拠点の喪失につながっていくことでしょう。

Bkncn201508130541390640813_05011_00(写真 Miletary & Mecanix より引用しました。ありがとうございます)

そして、なにより、中国国民と世界の人々に、株価暴落と同時に映し出された天津の爆発の映像は、中国共産党の権威の失墜というメッセージを強烈に刷り込みました。

これは、今はまだ水面に浮き上がってきませんが、チェルノブイリのように、人々の心に染みつき、離れなくなります。

中国共産党は、これを強権的な統制と、小手先の改革で押さえ込もうとするでしょう。結果、ゴルバチョフのように、いっそう事態を悪化させていきます。

これが、天津大爆発のチェルノブイリ効果です。 

ただし、中国がかつてのソビエト帝国と決定的に違うのは、旧ソ連が世界市場から切り離された閉鎖的な経済圏であったに対して、中国はワールド・サプライチェーンの重要な一部であることです。

私たちも、毒をまき散らしながら沈んでいく中華帝国に備えねばなりません。

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天津事故のモラルハザードとは

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天津爆発事故は、突然に起きたものではありません。

それは、いままでの中国の公害・環境問題の矛盾が、一度にここ天津で爆発炎上しただけのことです。

ですから、背景にある公害問題をみなければ、天津事故の本質には迫れません。

さて、公害対策で世界最先端に立つ日本人には意外に思われるかもしれませんが、中国には環境保護法はあります。

というか、世界的に見ても「先進的」ですらある法律や規制は立派に存在します。

「中国環境問題」(井村秀文 勝原健)には、わが国より「ある意味ではもっとも先進的」とすら讃えられています。

このくだりは、中国の当局者がいたくお気に入りの一文で、なにかとアチラでは引用され、地方政府が日本企業を誘致する時の甘い言葉によく引用されるフレーズだそうです。

Yjimage (写真 天津爆発の跡)

まぁ、中国にはなにかとわが国と比較したいという気持ちがある上に、環境先進国であるわが国の環境法体系より「先進的だ」とまで書かれたらうれしいのはわかります。

もちろん、中国の環境問題研究者はおめでたくこんなことを信じているわけではありません。

そりゃそうでしょう。今の中国は、たぶん人類が到達しえた「極北の環境地獄」、これ以上この状況が進むなら、中国大陸は遠からず人が住めなくなるとまで言われる国であることは間違いないわけからですから。

000002191_640(写真 汚染物質でどきつく染まった河)

ではなぜ、こんな「立派な」環境法がありながら、現実にはなぜこんな悲惨の極みなのでしょうか。理由は簡単です。法はあっても執行されないからです。

日本の環境研究者の片岡直樹氏は、「中国環境汚染防止法の研究」のなかで、「完備された法と執行されていない現実」という観点で、今の中国環境問題を分析しています。

片岡氏によれば「法」はあっても、その根拠となる適切な法令が整備されていないからだと考えています。

つまり、基本法はあっても、それを具体化する法令がないためにザル法 になっているのだというわけです。

法令がないために執行段階で、当局の恣意が入ってしまう余地が多くあるということのようです。

1979年に中国では環境保護法ができ、2002年に環境アセスメント(影響評価)が制度としては出来ています。

2005年には国家環境保護総局の音頭取りで、マスコミとNPOが中心となって「アセスメントの嵐」という大規模キャンペーンまで行われました。

ここまでは大変に結構で、私自身も関わった霞ヶ浦浄化運動でも環境NPOと行政、マスコミが互いに補完しながら問題解決にあたってきた歴史があります。

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しかし中国ではこのアセスメントの実施段階で問題が露になります。「環境アセスメントを誰がするのか」という根本問題につきあたってしまったのです。

「中国汚染」の著者である相川泰氏によれば、中国の場合、アセスメントは地方政府の下部機関が行っていて、そこに問題があるとしています。

この地方政府下部機関は、アセスメントの合格証を書くと企業から多額の賄賂を得ることが出来る仕組みになっていました。

また、評価に誤りや不備があっても、責任を追及されることもないようになっていました。

しかも、組織としてしっかりと取り締まりをして公害が出なくなってしまえば、予算がとれなくなってしまいます。

ならば、いいかげんなアセスメントを出して企業から賄賂をもらい、来年度も予算を多く取ったほうがいいということになったようです。

このようにして環境法は骨抜きになり、環境アセスメントも「本来は環境汚染を防ぐ為に作られたはずが、かえって助長すらする制度」(「中国汚染」)になってしまいました。

Yjimage_3(写真 夕陽ではなく、昼間から煤煙で赤く染まった中国の都市。日本以上の規制があるはずだが)

ここでもう一度モラルハザードの定義を押えましょう。

「規律の喪失、倫理観の欠如した状態のこと。
危険回避のための手段や仕組みを整備することにより、かえって人々の注意が散漫になり、危険や事故の発生確率が高まって規律が失われることを指す。」
(現代政治用語辞典による)

モラルハザードの意味が、単に道徳的欠落ではないことにご注意ください。

法秩序やシステムがあることで「かえって安心してしまって規律が崩壊する状態」のことです。まさに、今回の天津事故の原因です。

私たち日本人は、環境法があると聞いただけで安心してしまいます。私たちにとって、それを遵守するのはあたりまえである「法秩序の国」に住んでいるからです。

しかし、ここには世界第2位という経済的モンスターになりながらも、統治において権力者の恣意がはびこる一党独裁、すなわち「人治の国」なのです。

中国において法とは破るためにあるものでしかありません。上は賄賂をもらって骨抜きにし、下は賄賂を贈って大きな利益を貪ります。

利益の配分を決めるのは権力者であり、その権力は共産党が握っています。

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北京五輪の時に空気が余りに汚いために、周辺の工場を操業停止にしたり、疎開させたりしました。

本来 はちゃんとした脱硫装置をつければいいのに、決してそんなことをしないのが中国です。

権力にとって不都合で目障りなものは、いったん他国の人の目に止まらない場所に移せばよいとする「権力者の都合」が優先されたわけです。

結果、五輪から急速度で北京の大気は悪化し、冬にでもなると金星のような分厚いスモッグの雲の下に、人々は住むようになってしまいました。

実は、これは開放改革経済が始まってからのものではありません。

鄧小平の「南巡講和」を号砲とする中国のイカサマ資本主義は、その前段の社会主義経済の悪しき遺産を百万倍に拡大しただけにすぎなかったのです。

長くなりましたので、次回に続けます。

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天津と上海 ふたつの「大爆発」が教える混沌の風景

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13億人が豊かさを求めて、熱に浮かされたように邁進した結果がこれてす。

中国において、ふたつの「大爆発」が相次いで発生ました。

ひとつは、いうまでもなく天津爆発事故であり、いまひとつは上海株式の大崩壊です。

まずは上海株式市場です。 

「中国で実体経済の悪化を反映した株価の下落に歯止めがかからない。6月中旬からの下落局面で、中国は官民合わせて少なくとも4兆元(約80兆円)の資金を投じて株価下支え策を続けたが水の泡となった。「市場をゆがめる」との批判から当局が8月中旬以降、介入の手を緩めた結果、失望した個人投資家がパニック売りを浴びせた。未成熟な証券市場に投資家の疑心暗鬼が広がっている」(産経8月25日) 

Photo(図 上海総合指数の推移) 

中国株は、わずか4週間足らずで最大33%も暴落し、時価総額にしてギリシャGDPの14年間分の金額が一気に吹っ飛んだ格好だと言われています。 

うろたえた中国政府は、自由主義経済ではありえない株の買い支えをする一方、大幅続落する株の取引停止を命じてみたり、果ては通貨為替切り下げを数回に渡って実施するという消火弾を投下しましたが、いっそう大火となって燃え拡がるありさまです。

ちなみに、いま上げた中国政府の対策は、すべてが自由主義経済では政府がしてはならない手段とされています。

これだけで、自分がいかにイカサマ資本主義なのか自白しているようなものです。

中国の個人投資家は、我がちに投げ売りに転じ、暴落を加速しました。かくて、抗日戦勝利70周年大祝賀行事を目前にして、いきなり経済危機が爆発してしまったわけです。 

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これは中国人の資産構造が、個人消費に向かわず、資産を投げ打って株式投資に向けられていたからだと言われています。 

しかも株は国が運営するから鉄板であり、8%成長の神話が健在であるという成長幻想に支えられていました。 

中国はどんとんと成長し続けている、日本はとうに追い抜いた、米国と肩を並べる日は目の前だ、だからどんどん成長する中国株を買うしかない、大儲けして国外に資産を移せば富豪も夢じゃないぞ、これが中国人の常識だったわけです。 

もちろんこの大前提の8%成長が完全な虚構だったことは、自由主義社会ではとうに知られていたことです。おそらくマイナス3%だろうと言われています。

Photo_2(写真 事故場で捜索をする人民解放軍の化学部隊。神経ガスという報道があったために、毒ガス工場かだったのではないかという噂さえ流れた)

さて、上海株の暴落と同時に起きた、もうひとつの「大爆発」を見ておきましょう。

今回の天津大爆発事故は、規模のすさまじさもさることながら、それ以上に中国という国が抱え込んだ「無秩序」、混沌の根深さを教える結果になりました。

すでに事故現場は、消防や警察の手から人民解放軍化学防護部隊に移っています。

彼らが探しているのはシアン化ナトリウムが入ったコンテナやボンベの残骸です。シアン化ナトリウムは一般的には、青酸ソーダの名で知られています。

シアン化ナトリウムについて押えておきましょう。これが、今回事故後の処理をとてつもなく困難にさせている最大の原因です。

「シアン化ナトリウムは常温で固体だが、水や酸などと反応すると有毒で引火しやすい青酸ガス(シアン化水素ガス)を発生させる[22]。口に入れたりガスを吸い込んだりすると、呼吸困難やめまいを引き起こし、数秒で死亡することもある」Wiki

これが、わずか600m先にある住宅地帯のすぐ側で、許可貯蔵量の30倍の700トンという大量の猛毒物質が貯蔵されていたことに驚かされます。

これが爆発と同時に飛散し、広く住宅地区まで拡散しました。雨がかかると煙が出る白い粉が大量に降ったという訴えが住民多数から出ています。

レコードチャイナ(8月19日)はこう伝えています。
※http://www.recordchina.co.jp/a116932.html

「天津は危険化学物質の輸出港として中国北部最大規模を誇り、その生産、輸送、保管に関しては厳格な規定が定められている。専用の車両、人員、路線、確認作業が定められ、多大なコストがかかるが、物流企業と生産企業が結託し、普通貨物として取り扱うことでコストを圧縮している。
港湾付近の道路は各種の車両で混雑し、危険物質が積載された車もその中に混じっており、本来ならば積み降ろしにも厳格な規定がある。「時限爆弾を抱えて走っているようなもの」と匿名の専門家は指摘する」

このシアン化水素ガスの雨が降り注いだエリアは1万7000戸以上と言われ、数万人が浴びた可能性があります。

CNNによれば、周辺では安全基準の数百倍の高濃度のシアン化ナトリウムのホットスポットが見つかっています。

「中国の天津で起きた大規模な爆発で、当局は20日、現場から安全基準の数百倍もの有毒な化学物質が検出されたことを明らかにした。現場近くの川では死んだ魚が大量に浮いているのが見つかり、当局が爆発との関連を調べている。
環境保護当局によると、現場の水を検査した結果、高濃度のシアン化ナトリウムが8カ所で検出された。シアン化ナトリウムは致死性が高く極めて危険な化学物質。1カ所では濃度が安全基準の356倍に達していた。
汚染水があるのは爆発現場周辺の警戒区域内に限られていると当局は強調。市当局も、爆発圏外の大気や水の品質は通常の範囲内と説明している」

天津は海に面しているために、海岸では大量の死んだ魚が打ち上げられ、一層住民の不安を煽りました。

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国営新華社通信によれば、死んだ魚が見つかった地点から採取した水の検査では有害物質が検出されなかったために、爆発との関連はないと報じています。

まぁ、誰ひとり信じないでしょうが。

Cmyw8lrxaaaenen(写真 ツイッターで流れた消防兵たち。彼らが化学防護服やガスマスクを装備している様子はない。シアン化ナトリウムが大量放出された現場のものとは思えない。たぶん通常の装備のまま出動したと思われる。痛ましい)

消火作業にあたった消防隊は、日本と違って2年間ていどで交替する「消防新兵」だったことも分かってきました。

これは人民解放軍傘下の武装警察のそのまた下部組織に属する「武警消防隊」というわけのわからない中国独自の組織です。

彼らは、欧米日の消防署とは根本的に異なった組織で、独立した組織としての消防署は存在しません。

主力は、公安(警察)傘下の消防隊で、これは武装警察から徴兵のようにして引き抜かれた兵隊に、ホースを握らせて消防士もどきに仕立てているようです。

彼らの教育機関は、広大な中国にわずか3カ所しかなく、研修期間はなんと3か月にすぎません。

整列して、ホースを握るのがやっとの新兵たちが、そのまま大量に現場に送り出されていきます。

賃金は月給にして1700元(約3万円)程度で、工場労働者以下の低賃金です。

また「消防兵」の大部分は20才前後の若年兵で。ほとんど満足な訓練もされずに現場投入されるために異常に高い死傷率で、もっとも嫌がられる職業のひとつとなっています。

このような徴兵制で「消防兵」を徴発しても、中国では消防士が圧倒的に不足しています。欧米日が1万人あたり10人なのに対して、その5分の1の1人です。

今回は、この「消防兵」以外にも非正規の「消防民兵」が大量に動員され、状況もわからないまま投入された結果、その多くが死亡しています。

Wor1508170038p6(写真 大規模爆発が起きた中国天津市で、犠牲となった消防士を弔う中国の李克強首相 16日 新華社=共同。ありがたくも、烈士とするそうである。李は経済担当でもあるので、内心、下っぱの消防士の死などは知ったことではないだろう。それより上海株をどうにかせねば習政権は倒されるのは目に見えている。この天津事故には、追い詰められた江沢民派と胡錦濤派のテロとのうわさが絶えない)

港湾局の幹部は賄賂を受けとって違法貯蔵を見逃し、企業は規制をはるかに超えた爆発物と猛毒をしこたま蓄え爆発事故を引き起し、大量に猛毒の雨を降らせる。

消防新兵たちはたった3か月の訓練で爆発現場に投入されて、吹き飛ばされて焼け死んでいく。そしてすぐに軍を出す。マスコミには報道させない。

規制は名ばかり、訓練も名ばかり。国は臭いものに蓋をして何も教えない・・・。

今回の上海と天津で起きた「大爆発」は、中国社会そのものが構造的に抱え込んでいるモラル崩壊と、無秩序の混沌を暴き出しました。

驀進する中国の拝金主義の行く先には、この先切り立った崖しかないことを示唆しています。

ひとことで言えば、中国という国は腐りきっています。それも歴史上、稀にみる規模と深さで。

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相模補給廠から集団的自衛権が見える

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相模補給廠で爆発事故がありました。 

天津港爆発事故と相模補給廠(しょう)の爆発事故は比較するべくもない規模ですが、安保法制審議の時節がら大きく報道されました。 

今日は天津の2回目を予定していましたが、そちらからあたっておきます。 

「相模原消防署によりますと、24日午前0時45分、基地の職員から「爆発があって火災が発生したもようだ」という通報が入りました。(略)火災が起きたのは「相模総合補給廠」の敷地内にある倉庫1棟で、「相模総合補給廠」を管理する在日アメリカ陸軍の関係者は消防に対して、「火災が起きた倉庫ではボンベと酸化物を保管していてそれに引火したようだ」と説明したということです。警察などによりますとこれまでにけが人の情報は入っていないということです」(NHK8月24日) 

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まず爆発した物質からみていきます。時事通信はこう伝えています。(下写真も) 

「鎮火の直前、安全を確認した上で、同市と米軍の消防車各1台で現場の燃え残りに放水し消し止めた。現場検証などは米軍が行う。
 在日米陸軍司令部によると、爆発があった建物はコンクリート構造の1階建てで、窒素や酸素、フロンなどを圧縮したボンベがあった。窓や戸が損傷したほか、天井の半分が崩れ落ちた。弾薬や放射性物質は保管していない。爆発の原因は調査中」(時事8月24日)

 詳しい調査報告を見ないと分かりませんが、どうもフロンガスのボンベのようです。 

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すぐに心配される方も多いでしょうが、相模補給廠には、危険な武器・弾薬・燃料の類は保管されていません。020919sgm

 燃料は鶴見貯油施設ですし、弾薬は浦郷弾薬庫ですので、可燃性の物質は今回事故があったフロンガスや酸素ボンベなどの民生品でも使用するものにすぎません。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-7e2a.html 

上の写真は近年、共産党系の平和委員会が撮ったものですが、搬出しているのは中東向けのキャンプセットとのことです。 

そもそも相模補給廠はいまや閑古鳥が鳴くような状況で、敷地の大部分が返還される計画です。

ですから、今の補給廠は保守要員を中心とした施設にすぎず、こんな場所に米軍が危険物を置いておくはずもありません。 

むしろ、今回の事故を通して見えてくるのは、相模補給廠の存在と日米同盟が元来持っている集団的自衛権の側面です。 

相模補給廠は私が反戦少年だった時には、ベトナム戦争の後方兵站基地でした。兵站というのは、軍事用ロジスティック(物流)のことです。 

20150209oytai50017n(写真1972年 戦車搬出阻止闘争。画面上にトレーラーに乗せられてシートを被ったM113装甲兵員輸送車が見える。手前は反対派のテント村)

ベトナム戦争当時は、ここにベトナムで壊れた米軍の戦車や装甲兵員輸送車などを送り込み、修理したうえで、ノースピアから現地に送り返されてました。

ちなみに、修理したのは米兵ではなく、厚木基地の米軍機も同じですが、日本の契約会社です。 

さて、今、国会前で騒いでいる皆さん、もう忘れたのでしょうか。あなた方の先輩たちが戦った「相模原戦車輸送阻止闘争」は、集団的自衛権がらみの闘争だったんですよ。 

この相模補給廠の果たした役割は、米軍の活動に対する後方支援に当たります。

つまり、既に日本はこの今論議されている米軍の後方支援輸送を、40年以上前から実施していたことになります。 

よく、歴代法制局長官がのたまうお決まりの文句に、「日本は憲法9条に従い、集団的自衛権の行使を認めてこなかった」というものがありますが、そんなものは嘘です。

国際社会では通用しない、国内向け詭弁でしかありません。 

同じく政府はかつて、 「いや、基地を提供しているだけで、自衛隊は米軍を助ける義務はないですから」と答弁していました。 

これも集団的自衛権論議に踏み込みたくない余りの言い逃れです。

なぜなら、日本が果たしてきたのは基地提供に止まらず、現実に後方支援をやってきたし、そもそも集団的自衛権を行使しないのなら、安保条約自体が成立しないのですから。 

日米安全保障条約前文には、こうはっきりとこの条約の性格を書き込んでいます。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-ba93.html

■日米安全保障条約 前文
(略)両国が国際連合憲章に定める個別的又は集団的自衛の固有の権利を有していることを確認し、両国が極東における国際の平和及び安全の維持に共通の関心を有することを考慮し、相互協力及び安全保障条約を締結することを決意し、よって、次のとおり協定する。(略)

ここで日米両国は、集団的自衛権を有していることを相互に「確認」した上で、両国が「極東における国際平和の維持」のために、この条約を締結したのだ、と言っているのです。

それをなにを今さらと、米国は思っているでしょう。

ですから、日本が米軍に協力してゆくことが「可能である」という前提において日米安全保障条約は成立している以上、これを否定するなら安保条約そのものを廃棄するしかありません。
 

今、私は「可能である」と書きました。あくまでも米軍に協力することは「可能」なだけなのであって、絶対にせねばならない「義務」ではありません。ここがキモです。 

ですから、先ほどの「基地は提供するだけだ。支援を協力する義務はない」というかつての政府答弁は、後半部分はホントです。

よく反対派の皆さんは、これを勝手に「自動的に米国の戦争に巻き込まれる」と拡大解釈しています。 

ここから「地球の裏まで米軍についていく」、というトンチンカンな議論が生れてしまっています。

「協力できる」というのと、「協力せねばならない」は本質的にまったく別次元です。 

「協力は義務」だという例としてよく登場するのは、ベトナム戦争時の韓国の派兵です。たしかに韓国は米国と軍事同盟を結んで、その要請で派兵しています。 

では、米国との安全保障条約をむすんだら最後、なにがナンデモ必ず派兵せねばならなかったのでしょうか。 

違います。同じ米国を基軸とした軍事同盟のSEATO(東南アジア条約機構)はバラバラで、豪州、スィリピン、NZなどの加盟国は参加していますが、フランスは派兵を拒否しています。

また米国の燐国であり、NATOや米州機構加盟国のカナダも派兵を拒否しています。

のように軍事同盟を結ぼうと、軍事条約を結んで集団的自衛権を行使していても、結局は各国判断でテンデンバラバラ個別に判断しているのです。

韓国のパク・チョンヒ大統領は、派兵協力による援助が欲しかったから派兵したのですし、カナダやヨーロッパ諸国はそんな遠いアジアの戦争なんかに巻き込まれるのはまっぴらだと思ったから、拒否したわけです。

では、朝鮮戦争はどうかって?あれは「国連軍」です。形式は不完全でしたが、国連軍であった以上、国連憲章に基づいての派兵要請ですから、加盟国は拒否できませんでした。

脱線しますが、国連も集団安全保障の考え方でできています。

世界をひとつの安全保障体制で結ぶというのが、創立理念でした。集団的自衛権を否定する人たちは、日米安保だけではなく、国連も脱退して、世界の孤児になる気なんでしょうか。

それはともかく、各国は「政治判断で」派兵したり、拒否したりしているわけです。

このどこが「自動的に参戦する義務がある」というのですかね。私にはまったく理解できません。

派兵するか、後方支援に協力するかは、是々非々の問題で、その主権国家が独自にそれぞれの立場で判断すべきことにすぎません。 

もうひとつよく反対派の皆さんが口にするのはイラク戦争ですが、これも集団的自衛権を認めれば、自動的に米軍と共に中東で戦うハメになると主張しています。 

これも事実関係をちゃんと押えていません。 

イラク戦争の際も、NATO諸国の足並みが乱れました。独仏ははっきり反対しています。ブッシュ・ジュニアの言う大量破壊兵器の情報が怪しかったからです。

またフランスは、イラクに大量の武器を売っていたり、石油利権とのからみもあったりしたようですが、いずれにしても軍隊の派遣という大変な出血を覚悟せねばならないことに対して、とことん自国民の国益を守りきるべきなのです。

結局、米国について派兵したのは英国だけでした。ブレアはこれで一気に不人気になり、政権を失うことになります。

このように集団的自衛権の国際常識とは、あるとかないとかいう我が国特有の護教神学のテーマではなく、あることを前提にして、各国が自国の利害で判断すべき外交判断にすぎないのです。

というわけで、集団的自衛権に対して、我が国はシカとしてとっくに国際社会の常識の範疇で処理してきたわけです。

相模原と天津なんかを較べるんじゃなくて、相模補給廠の歴史から集団的自衛権の歴史を考えてみるのもいいでしょう。 

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天津港大爆発にみる「中国の常識」

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私たちは意識することなく立脚しているのが、「自分たちの国」の常識です。

それが通用しないのが中国であることが、あらためて明らかになりました。それが8月12日に天津港で起きた大爆発事故です。

これをケーススタディしてみれば、この中国という国家と社会が、いかに異質なものかわかるでしょう。

簡単に事実経過を追ってみます。

まず天津市浜海新区の港湾地区にある国際物流センター内にある危険物専用の倉庫港湾施設で、8月12日午後11時、TNT火薬にして約3トン分の大爆発がありました。

下の写真は、第1回目の爆発だとされています。

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そしてそのわずか30秒後にTNT火薬21トン分の大爆発が起きます。下の写真はおそらく2回目の爆発だと思われます。

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その結果、現場には直径100メートルのクレーターが開きました。

まるで爆撃にあったようです。爆発後の周辺にビルがありますので、較べていただければ、その大きさがわかります。

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まずそれについての当局の発表です。

「天津港で8月12日に発生した瑞海公司の危険物倉庫の爆発事故に関する第10回記者会見が19日に行われ、天津市の何樹山副市長は「数日間の作業の結果、爆発した倉庫内の危険化学物質の種類は約40種類、量は2500トンであることが確認された。危険化学物質の処理案も確定した」と述べた。新華網が伝えた」(人民網日本語版 2015年08月20日)
※http://j.people.com.cn/n/2015/0820/c94475-8939123.html

この爆発場所は、瑞海国際物流有限公司の化学物質保管倉庫ですが、ここには軍事用ミサイル、ロケットの燃料が納められていたようです。

天津市は、国からロケット先進特別区に指定されています。

いちおう建前としては「平和利用」ですが、中国において平和利用と軍事利用の区別がまったく意味がないのは、ご承知のとおりです。

「瑞海国際物流有限公司」の倉庫は仕分け用で、中国紙・新京報によると、爆薬の原料となる硝酸カリウムや、水に触れると可燃性ガスが発生する炭化カルシウムなど16種類の取り扱いがあった。事故当時、具体的にどんな物質が保管されていたかは不明だが、中国紙・南方都市報は、河北省の化学企業が、倉庫に猛毒のシアン化ナトリウム700トンを保管していたと報じた」(読売8月15日)

漏れだした危険な化学物質は、何副市長によるとおおよそ3ツに分けられます。

①爆発物質。硝酸アンモニウム、硝酸カリウム、計約1300トン。これは古くから使われている火薬の主要成分で、爆発を引き起こします。

②可燃物。主に金属ナトリウムとマグネシウム、計約500トン。これは燃焼剤です。焼夷弾や爆弾の原料になります。

③猛毒物質。シアン化ナトリウム、約700トン。これは、通称青酸ソーダとも呼ばれ、経口致死量は成人の場合わずか 200~300 mg/人です。

推測ですが、②のマグネシウムなどの燃焼剤に着火し、それが①の硝酸アンモニウムなどの爆発物質を爆発させ、付近にあった青酸ソーダを流出させたと思われます。

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上の爆発中の写真を見ると、マグネシウム粉に引火したと思われる火の粉が降り注いでいるのが分かります。

また流出した青酸ソーダは、ただちに高温で気化し、付近一帯に広く拡散しました。当局は3キロの避難を命じています。

付近の海岸には、下の写真のように大量の魚の死体が浮きました。

政府が情報統制をしているために因果関係はあきらかではありませんが、おそらくは爆発の影響だろうと考えるのが妥当でしょう。

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この青酸ガスが、報じられている神経ガスの正体のようで広範囲に拡散しました。中国は下の写真にあるように、軍の化学防護部隊まで出動させています。

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一方、今回指摘されているのが、消防当局の致命的ミスです。

事故に当たって、23の消防中隊および93両の消防車両、計600人が出動しました。

しかし彼らは、天津ロケット特別区が何を意味しているのか,何を保管しているのかさえ知らされないままに、なんと化学物質に水をかけるという素人でも分かりそうなことをしでかしています。

この瑞海国際物流有限公司に保管されていた金属ナトリウム、マグネシウムは500トン、いちおう存在してはいる許可貯蔵量の30倍以上です。

事故後にこの社長は捕まりましたが、倉庫会社の幹部役員が元天津港公安局長の息子であり、コネで許可を得ていたとの証言もでているようです。

こんな賄賂では済まず、おそらくは消防当局まで袖の下が行き渡っていたと思われます。そうでなければ、こんな初歩的大失態は考えられません。

その上、法律で危険物質の保管施設は、住宅地区から1キロ以内には建設できないはずが、わずか600m近くにマンション群が立ち並んでいて、被害を被っています。

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日本では金属ナトリウムなどは倉庫はもとより、運搬容器に至るまで消防法によって危険物2類(可燃性固体)として「火気厳禁」「禁水」の表示が義務づけられています。

また日本の消防署は管区の化学工場や倉庫について、常時立ち入り検査を実施して、詳細な現地情報を持っています。

特に日本がすごいのではなく、これが工業国としてあたりまえの国際常識で、中国のほうが異常なのです。

こんな危険な金属ナトリウムを、210度で爆発する硝酸アンモニウムや硝酸カリウムの近くに大量に保管していたというのですから、開いた口が塞がりません。

しかも、消防署もその事実を知らず、それに水をかけて大爆発を誘発させています。

消防官が、金属ナトリウムなどの化学物質に水をかけたらどうなるのか、知らないことはありえないと思いますので、たぶん何も知らされてんなかったのでしょう。

放射能の恐ろしさを知らされず、高線量下で白衣とマスクだけで作業してほとんどが亡くなった、チェリノブイリの消防隊員を思い出してしまいました。合掌。

つまり、法律はいちおう「ある」が、上から下まで賄賂漬けで誰も守らない、違法な野放しの危険物質がどんどん増殖していく、知らぬは殉職した消防隊員と巻きぞいを食った住民ばかりなり、というわけです。

犠牲者は、殉職した消防隊員を中心にして、いちおう123名ですが、こんなもので済むと思っている中国人はいないでしょう。

長くなりましたので、次回に続けます。

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日曜写真館 穂波の挽夏

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土曜雑感 学生の「昼飯抜き闘争」はラマダーンより楽チン

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私は大阪弁でいう、イチビッテいる連中がそうとうに苦手です。イチビルとは勘違いしているていどの意味ですが、自分の正義に自己陶酔している姿がイヤダ。 

たとえばこんな連中です。  

学生が、国会まえで安倍政権に「命がけで」抗議するそうです。http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/162849  

その代表の弁か無意味に勇ましい。 

「安保法案に対する反対の声の高まりを目の当たりにして、私たちも安倍政権に意思表示しなければならないと感じました。法案が成立し、仮に戦争になれば、私たちの世代が殺し殺される立場になる可能性がある。食事をとらずに命がけで抗議することで、より強いメッセージを突きつけたいと思っています」(日刊ゲンダイ 写真も)  

あの、何日やるの?かつての青島幸男氏みたいに、まさか30時間じゃないよね。  

「命がけ」とイチビッテいるくらいですから、当然1か月くらい完全断食するんでしょうね。 

私、正味1週間の断食をしたことあるんです。我ながら、なんでもやるね。しかも、まったく喰わない本格断食です。  

青島さんのように30時間あたりがヤマ。いちはんキツイ時期で、3日目からは胃がペッチャンコになるので、空腹は現実のものから脳内妄想に変わります。 

別に「命がけ」というほどのことはありませんよ。水を一日2リットル飲んで、一切固形物は摂らないという決意があれば、7日間くらいは軽いものです。  

復食といって元の固形食に戻すほうが、かえってつらいくらいほどです。 

断食した期間の3倍程度の期間をかけて、重湯から始めて延々と3分粥、5分粥、7分粥とだんだん濃くなるんですが、食えないに等しいですし、なまじ食いものの匂いがきつい。 

まぁ、青島さんのように30時間ていどなら、復食というほどの大事ではありませんがね。 

この青島氏の時も金丸金権疑惑に対する抗議という政治目的でしたが、政治目的でやるなら、目的を達成せねばならないわけで、法案が潰れるまでやり抜く覚悟でしょうね。 

E5635ea64252405594208d3592637242201 (写真 ハンガーストライキの学生。お願いだから、「命かけ」という以上、1か月くらい断食してね)

 すると今国会は9月27日までですから、おおよそあと1か月強ですか。大丈夫、楽勝です。途中、医者に診てもらいながらやれば、死ぬ心配はまったくありません。 

そうそう、共産党の小池議員は全学連の副委員長にして、民医連の大幹部だったんだから、診てもらったら。  

ハンガーストライキというのは、自分の命や健康に対する自傷行為を、政治手段に使う方法ですから、政権に対して自分の命と法案を秤にかけさせるくらいじゃないと、意味がありません。

ぜひ、「命がけ」で、安倍首相に、「お願いだからメシ喰ってくれ。法案引っ込めるから、頼む」と言わしてください。

ちなみに、学生諸君は悲壮な顔してぐったり横たわっている映像なんか流すでしょうが、私のいた断食道場のメンツなんか、断食7日目だって平気のヘイザで、生駒の街を散歩していましたなぁ。

と思って、彼らのサイトを見ると、なんだやるのは初日は14時から21時、2日目からは10時から21時だって。

なんだ1日目は昼飯喰って、夕飯遅らせるだけ、2日目は昼飯ぬきで、夕飯が遅いだけだそうです(爆笑)。
http://blogs.yahoo.co.jp/hansutojitsu/55672800.html

なんだ、週末プチ断食にもならない、「昼飯抜き闘争」でした。これじゃあ「命がけ」どころか、腹もへこまないぜ、学生諸君。

後に「夜間もやっている」と書き込んでいますが、そうだよな、9時以降の食事は美容に悪いもんね。

ムスリムのラマダーンなんか約1か月間は、昼は水も飲めず飯も喰えないんだぜ。なにが「命がけ」だっつうの(爆)。

エジプト人のフィフィさんのご感想。

「日の出てる間、水も抜くイスラムの断食月よりぬるいハンストに正直驚いた次第です。
この程度の断食でハンストって、彼ら笑い者です。周りにハンストの意味すら教えてあげられる大人がいないんですか?悪意に満ちてると言われようが、私は世の中の厳しさを教えたいと思いますから」

お怒りはごもっとも。シールズ、ムスリム16億人を敵に回したな(笑)。

フィフィさん渾身のギャグ炸裂!
「パンストするから金をくれ!」
https://twitter.com/FIFI_Egypt/status/633976612929863680

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■ミズホたんの話は捏造疑惑がつきましたので、削除いたしました。残念よくできてたのに。
お教えいただきまして、ありがとうございます。感謝します。

■追記と訂正 シールズではなく、日本でもっとも殺人事件を起こした某有名過激派だったことが判明したようなので、当該部分を「学生」に書き換えました。
まぁ、私にとってはどっちでも一緒だけど。

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中国に戦争を「売られた」日本

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今回の70年談話でマスコミが作った4点セット「お詫び・反省・植民地支配・侵略」のキモは、いうまでもなく侵略です。 

侵略したからこそ、お詫び、反省が必要なわけで、韓国が騒ぐ植民地支配に立ち入りすぎると、「何言っていやがる、白人の植民地を解放したのは日本だろう」という保守派の論理に口実を与えてしまうことになりかねません。 

では、あらためて「侵略」という概念について考えてみます。 

戦後になりますが、国連の「侵略」の定義があります。

●国連総会決議3314(1974年12月14日)
第1条 侵略の定義
侵略とは、国家による他の国家の主権、領土保全若しくは政治的独立に対する、又は国際連合の憲章と両立しないその他の方法による武力の行使

もっと細かくみれば国際法の定説では以下のようです。

①宣戦布告なき先制攻撃
②計画された戦争準備期間
③他国領土、ないしは、それに準じる地域への軍事攻撃
 

①の宣戦布告なき先制攻撃ですが、「先に手を出したほうが侵略」なのかといえば、それほど単純ではありません。

②のようにA国が他国に侵攻するために、長期間かけて戦争準備のために物資や兵員を集め(動員と集中と呼びます)、ある時突如攻め寄せたとします。 

反撃して発砲したのが国境を守るB国で、こちらが「一発目」でした。ではどちらが侵略でしょう。先に手を出したB国でしょうか? 

わけはありません。もちろんこの場合の侵略した国は、A国です。あらかじめ戦争準備して攻め寄せたほうが侵略国になります。

ですから、偶発的衝突は「どちらが先に手をだした」という議論の対象にはなりにくく、紛争、あるいは事件として処理されます。

また、宣戦布告は、戦後には宣戦布告なき戦争が一般的になってしまい、宣戦布告自体は必ずしも必須の国際法的手続きではなくなりました。  

しかし、宣戦布告という外交手段は政治的には有効な手段です。国際連合で、開戦に至った理由を発表できれば有効な宣伝になりえます。 

我が国の立場を説得してまわるには、国際連盟は非常に有効な場で、軽率に脱退したことが惜しまれます。 

日米戦争においてこの通告が真珠湾攻撃の前に米国に手交されるかどうか山本五十六が心配していたという話は有名です。 

実際に、米国は宣戦布告なき攻撃だとしてスネーク・アタックと呼ぶようになります。 

③の「他国領土、それに準じる地域」とは、大戦当時は、本国だけではなく、植民地や租界なども含まれていました。

350pxshanghai1920s(写真 上海租界1920年。上海は、中国との条約により、中国の主権の外にあった)

つまり、「侵略」という概念が成立するには、小部隊の小競り合いではなく、先制攻撃の意図をもって、大軍を動員し、他国の領土、ないしはそれに準じる地域を攻撃したという条件か必要なのです。

中国は、いまだに日中戦争の開始を盧溝橋事件に置いていますが、あの事件は現地の警備部隊同士の小競り合いであって、双方に拡大の意志はなく、停戦合意は直ちに結ばれています。 

日本、中国共に一切の戦争準備をしていません。あれをして日本の「侵略」と言うのには、無理がありすぎます。

また1931年の満州事変は、非常に問題ある日本の行動でしたが、日中全面戦争よりかなり前の時期に当たり、直接の原因ではありません。

実はこのすべての「侵略」の定義に合致するのが、日中戦争の始まりとなった1937年の第2次上海事変でした。

そして、意外に思われる方も多いでしょうか、「侵略」されたのは日本のほうです。 

当時中国の唯一の合法政府であった国民党政府は、先制攻撃の意図をもって70万という大軍を動員・集中し、あらかじめ上海付近に構築した塹壕・トーチカ陣地網に日本軍を誘い込む計画を立てていました。

一挙に陸戦隊もろとも居留民を皆殺しに、大規模版「通州事件」とする計画を、中国側は立てていたわけです。

20131015124552(写真 ドイツ装備の中国軍と対峙する上海陸戦隊。在留邦人を防衛するために10倍以上の敵と戦い、多くの戦死者を出した。陸戦隊とは日本版の海兵隊である)

この上海租界は、当時欧米日によって条約で借り上げられていた地域で、その国の「国土に準じる」扱いを受けていました。 

よく左の学者の中に、「一発でも他国で撃ったら侵略だ」というメチャクチャを言う人がいますが、まったく当時の歴史を無視した見方です。 

しかし、③当時の国際法においては、上海租界は中国大陸に存在しましたが、「他国」ではなく「自国領土に準じる地域」です。中国がいくつかの条約で主権を手放していたからです。

念のため租界(a concessiona settlement/Shanghai International Settlement)も定義しておきましょう。「

「もと中国にあった外人居留地で、外国人が警察権行政権を握っていた地域」

租界は帝国主義的不平等条約の産物のように思われがちですが、必ずしもそうではありません。

というのは、中国政府が外国人の土地所有や住居の賃貸すら禁じたために、やむをえなく租界といった狭い場所に暮らすハメになったのです。

また、当時の(今も似たようなものですが)中国の官憲の質は劣悪であり,賄賂や理由なき逮捕拘留などが罷り通っていました。

そのために、主要国で租界内は、各国領事が裁判権を持つことに取り決められたのです。これを領事裁判権といいます。

この結果、租界は治安がよく、栄えているために中国人が多く流入しました。

このような歴史があって、上海共同租界は、国際法上その管理区域は当該国の主権が及ぶ領土と見なされていました。

ですから、そこに暮らす邦人を、日本政府は保護する義務があります。  

中国軍は租界内の日本人区を攻撃しましたが、それは他の地域にも及び、その上、日本海軍の艦艇を攻撃しようとした中国軍の爆撃機が租界を誤爆し、居留民に多数の死者を出す事件すら派生し、租界全体に対する攻撃とみなされるようになっていきました。

このように、日中戦争の幕開けとなった第2次上海事変は、①から③までの「侵略」の条件すべてを満たしています。 

したがって、国際法上、これを「自衛戦争」と称することは十分可能でした。 

ところが呆れたことに、この絶好の機会をあっさりと日本は逃してしまいます。  

米内光政内閣はムニャムニャと「これは戦争じゃあありませんよ。上海事変ですよ」という訳の分からない言い方で逃げます。 

「事変」とは、「宣戦布告なき小規模な紛争状態」ていどの意味です。英訳すれば、an incidentです。これだと諸外国には「事件」ていどの意味にうけとられてしまいます。

戦争」としてしまうと、当時石油や鉄を輸入していた米国が当該国に対する戦争物資輸出を止める中立国宣言をしてしまう可能性があったからだ、とも言われています。

そして日本は宣戦布告もしないまま、腰が座らない戦争をエスカレートしてしまいます。 

あまつさえ、何を血迷ったのか欧米が大使館を置いている首都南京までいきなり爆撃してしまいまうのですから、血迷うなと思います。

Yjimage(写真 渡洋爆撃をする日本海軍爆撃機。長距離飛行な上に、護衛戦闘機がなかったために大きな損害を出す。また軍事目標に限定する方針としておきながら、市街地にも損害を出してしまっている) 

その理由は、米内が、海軍の将校を上海事変の前に殺害されるという挑発を受けた上に、國府軍の非道な攻撃を海軍所属の陸戦隊単独で受け止めた怒りのためだったといわれていますが、外交オンチにもほどがあります。 

自分でインシデント(事変)と言っておきながら、外交交渉なしで相手国の首都を爆撃するセンスがわかりません。  

その前にやることがあるだろう。外交的攻勢をかけろよ、国際社会に自衛戦争であると宣言しろよ、中国を交渉テーブルに着けさせるべく米英に依頼しろよ、と叫びたくなります。 

主要国は日本に同情的でしたが、これ以上の戦火の拡大は望んでいませんでした。

ですから、この時期に外交攻勢をかければ、日本にとって確実に有利な交渉テーブルに着けたはずです。

しかし、「海軍左派三羽カラス」のひとりの米内光政ですら、この調子ですから、陸軍の拡大派の武藤章(参謀本部作戦課)などは、それ以上の火遊びに走っていきます。 

このように、日中戦争は、中国側の「侵略」から始まり、それを小規模の局地戦で押さえ込めず、外交的処理を過ったために、全面戦争に拡大してしまったのです。

歴史のifを考えるのは好きではないのですが、第2次上海事変以降の戦後処理さえ間違っていなければ、日中全面戦争は勃発せず、戦争は上海の地域に限定されていたはずでした。

さらには、日米戦争の火種は潜在的にくすぶっているとはいえ、ほぼ消し止められていますから、日米戦争も第2次大戦への日本の参加もなく、中立を維持する可能性すらでできます。(ただし、世紀の愚行の三国同盟を阻止できればという前提ですが)

この場合、なんと中国共産党の出番はなしで辺境ゲリラのままで投了ですから、今私たちが見ている中華帝国の勃興はなかったはずです。

日本に罪があるとすれば、この戦後処理を過ったために、中国共産党の思惑どおり、日中戦争を拡大してしまい、国府軍に打撃を与えた結果、毛沢東に政権を握らせる結果になったことです。

こうして、我が国は絶対に負ける戦争の道へと転がり込んでいきます。

このように、日米戦争と日中戦争をゴチゴチャにしてしまうと、歴史の流れは見えてきません。

※お断り 改題しました。

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自衛隊の内部文書が「軍の暴走」だって?

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シールズが断食を「命がけ」でやっている国会の中では、シールズの親組織である共産党がこれまたイチビッています。

あの「反骨の外交官」・天木直人氏のブログから引用します。
※http://new-party-9.net/archives/2471 

「安保法制案が国会で成立する前から、その法案を前提とした克明な自衛隊部隊の再編計画が自衛隊制服トップによってつくられていた。これが事実なら大問題ではないかと。 ところが中谷防衛大臣はこの資料の存在を曖昧にしたまま、答弁を逃げた。 これに対し小池議員は、こんな重要な問題にまともに答えないなら、これ以上質疑を続けても意味がないと質疑をボイコットした」 

自衛隊が国会採決前に、成立を前提として部隊再編計画を作っていたことが問題だそうです。 

このどこが問題なのか、私にはさっぱりわかりませんが、天木氏の解説ではこんなにヤバイ事態だそうです。 

「憲法や法律がどうであろうと、誰が総理でも、どの政権であっても、憲法違反の米国との軍事協力が、官僚や制服の手で、国民の知らない間に、いやほとんどの政治家さえも知らない間に、歯止めなく進行しているという事である」 

小池議員のツィートを読むとこんなことも書き込まれています。
https://twitter.com/koike_akira/status/631046499154006016 

「今日の参議院特別委員会で暴露した自衛隊・統合幕僚監部の内部文書です。 法案審議が始まった五月に克明な実施計画を作成。まるで戦前の「軍部独走」。戦争法案は撤回!」 

「軍の暴走」だそうで、大丈夫ですかね、小池さん。この人、戦争反対といいながら、戦争までの歴史をちゃんと知っているのでしょうか。

Mukden_1931_japan_shenyang(写真 満州事変。これがほんとうの「軍の暴走」)

小池氏はおそらく満州事変と較べているのでしょうが、あれは陸軍の意志にすら反したいわば出先の関東軍のクーデターです。 

よく誤解されていますが、当時の軍を動かすには大変なことでした。軍だけではなく、内閣、枢密院、そして最終的には天皇の決裁が必要とされていました。

ある意味、いまの自衛隊より大変なくらいです。 

そのためには膨大なペーパーが必要で、満州事変のような関東軍が丸ごと動員されるような行動に至っては、山のような書類が必要でした。 

それに違反すれば、陸軍刑法第35条、第38条「命令を持たずしての戦闘は死刑もしくは無期懲役」ということになります。 

これを画策した石原、黙認した板垣、そして責任者だった本庄、朝鮮軍の林は軍法会議で死刑ないしは無期懲役に処すべきでした。

だから、満州事変はクーデターと断定してもかまわないのです。 

当然、若槻首相はひっくりかえらんばかりに驚いているし、昭和天皇は激怒されました。

陸軍も事前に現地でのおかしな気配を感じて、満州に説得の使者まで送り込んでいます。 

ただ、料亭で接待されて酔っぱらっているうちに、現地軍に決行されてしまったというお粗末。 

この満州事変の石原のクーデターが成功してしまい、日本独特の後始末をうやむやにしてしまったことが原因で、日本は戦争への扉を開けてしまいました。

まぁ、途中なんどとなく戦争のエスカレーションを止めるチャンスはあったのですが、ことごとく自分で潰してしまったというのが悲劇でした。

そんな「軍の暴走」を自衛隊が起こそうとしていると、小池氏は言いたいようです。昭和陸軍と、いまの自衛隊を重ね合わして煽りたいようです。冗談ではない。

Image4_640(写真 小池議員。学生の頃からバリバリの活動家。共産党系全学連副委員長。卒業して共産党系民医連幹部というエリート街道まっしぐら。こういうタイプは共産党の世界しか知らない場合が多い)

小池議員が自衛隊が「軍の暴走」を準備していたというのは、「日米防衛協力のための指針」のことです。

これは今年の4月27日に改訂されていますが、この安保法制の内容が先取りされています。別に秘密でもなんでもなく、日米安全保障協議委員会(2+2)で正式に了承されて、官報にも乗っています。

内容的には、今回の安保法案の内容がすべて書き込まれています。

たとえば、いままで海保と自衛隊の間の連携が考慮されていなかったことについての連携強化とか、グレイゾーン事態に対する「切れ目のない」対応とかです。

また米軍とは、南シナ海での警戒・監視の共同を強化するといったことや、宇宙・サイバーといった新たな領域における同盟の協力を述べています。

自衛隊は、この4月に政府が決めた日米協力ガイドラインの具体的策定を淡々としていただけです。

法案が通ろうと通るまいと、自衛隊はガイドラインに沿った部隊編成と運用計画、そして訓練計画までも検討しておかねばなりません。

通れば、発効と歩調を合わせて新たな体制を作るし、通らねば現行のままだというだけです。

通れば通ったで、膨大な部隊再編のためのペーパーワークが必要です。通ったぞ、ハイやれ、ってならないんですよ。

あたりまえじゃないですか。防衛に空白は許されないのです。

これは、財務省が消費税率を上げようと考えたら、そのための膨大なペーパーワークの準備をするのと本質的に一緒です。

消費税を上げないと政府が決断すれば、やった仕事が無駄になる、ただそれだけです。そもそも官僚組織というのはそういうもので、自衛隊もその例外ではないだけです。

法律自体からして、共産党が思っているように突然天から降ってくるわけではなく、所管官庁が細部を作り込んでいくもので、成立しようとしまいとそれに基づいた政策を作っておかねば、法案自体を作ることができません。

これは防衛省にかぎらず、すべての官庁も一緒です。法律の作成から、国会審議における政府委員、そして成立後はその実施まで、官庁は二人三脚のように政府の指示に従って同伴します。

ちなみに、制服自衛官は、政府答弁の際の政府委員すらなれませんでした。

このどこが「暴走」なのでしょうか。他の官庁はいいが、自衛隊・防衛省はダメだ、とでも?

自衛隊は「暴走」したくとも、自分に弾が当たるまで応戦ができない世界一「安全」な軍隊、いやもとい「軍隊のようなもの」なのです。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/1-836a.html

自衛隊が消費増税時の財務省のように、「ご説明」と称して議員を回って安保法制賛成運動でも始めたら、その時は「軍部の暴走」と言って下さい。

このように、安保法案はあまりにくだらないノイズが氾濫しています。徴兵制がどーたら、核輸送がこーたら、原発に弾道ミサイルが降ってきたら、そして今回は「軍の暴走」騒ぎです。

すべて初歩的な知識の欠落による煽りにすぎません。いいかげん真面目にやりなさい。

今回、政府答弁に落ち度があるとすれば中谷大臣が、その内部文書の存在を最初の答弁で否定してしまったことです。バッカじゃないか。

動転したのだね。この部分に関しては、陳謝するしかないでしょうね。ほんとうに、中谷さんはこういうことには向かない。

 

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安倍談話 国際秩序の挑戦者から守護者へ転換した日本にとって「大東亜共栄圏」は不要だ

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当初、安倍氏は70年談話に消極的でした。むしろやりたくはなかったでしょうね。そりゃ理由はハッキリしていますって。 

まず、去年の段階ですでに、政治日程として70年談話と安保法制が並行してしまうことが分かっていました。 

そうでなくてもこの安保法制は、日米同盟の穴を埋める応急処置でありながら、戦後の安保法制を根本から変える要素を持っていたからです。 

お分かりのように、集団的自衛権に一歩踏み込み、もうこのあとは改憲そのものしかない改釈憲法ができるギリギリの地点に到達したわけですから。 

こういう時に、中韓2国、そして旧連合国、そして国内世論といったすべてを満足させる解など、簡単に出るはずがありません。 

それを見越して、日本のマスコミが「お詫び・反省・植民地支配・侵略」の4点セットを入れるか、入れないかという勝手なお題を作ってしまいました。 

5724897es(写真 桃太郎旗まで作って待っていた報ステ。報ステは中韓が激怒し、米国が「失望」を表明することを心から願っていたであろう)

この談話を作るに当たって安倍氏がいちばん配慮したのは、たぶん中国でしょう。 

彼をただの右翼と思っている方には意外かも知れませんが、安倍氏は日米同盟と豪州、東南アジア諸国との連携を深めてゆるやかな包囲網を作りながら、一方で外交的に中国を抑えていかねばならないと思っています。 

かつて民主党・野田政権が作った外交的緊張関係は、そのためにも一日も早く解決されるべきなのです。

今の日中関係を硬直化させたのはあんたらの時代なんだよ。忘れちゃったかな、副総理だった岡田さん。

それはさておき、一方中国は経済の落ち込みを背景にして、談話の内容次第で、外交関係の雪解けを考えてもいいというシグナルを送り始めていました。 

安倍氏は中国に対してこう述べています。

「戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。
 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。
 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。
寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います」

戦後の大陸からの大量引き上げと、残留孤児の帰還という難事を日中協力でなし遂げたという心温まる話で、中国に感謝を捧げています。 

そしてそれが、中国や連合国の人々にとって、「どれほどの葛藤」を伴うことだったのかに思いを馳せています。 

うまいですね。いい意味で巧みです。お気づきになったでしょうか。これはドイツがよく使うレトリックなのです。 

無味乾燥な謝罪を念仏のように繰り返すより、戦後にこれほどひどいことをした自分の国を温かく迎え入れてくれてありがとうという、寛容に対する感謝の言葉に託すほうが、相手国の人々の心の深い部分に触れるものです。 

そして結果は、毎日新聞が昨日報じたように、9月3日の軍事パレードは欠席し、その午後に訪中する可能性が高いようです。
※http://news.yahoo.co.jp/pickup/6171116 

つまり朝日の期待を裏切って、中国までも安倍談話を呑んでしまったことになります。 

中国が呑めば、韓国は半ベソをかきながら、自動的に対日融和コースに入るしか選択肢がありません。お気の毒様です(笑)。 

このように70年談話は、ただ謝っておけば済むいう気楽なものではなく、次の3ツのことに同時に答えねばならなかったわけです。 

ひとつは大戦の総括、ふたつめは安保法制、そして三つ目がこの対中外交です。この三つの相互に矛盾する方程式の解が、この談話でした。 

この談話で安倍氏の国内向けのメッセージが、「子供たちの世代に謝罪を背負わせない」ことだとすれば、国際社会に対してのメッセージは締めくくりに置いたこのパラグラフです。

これは談話での決意表明の部分に相当します。 

「私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。
 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります」

この締めくくり部分は、前段にある歴史総括にあたるこの部分と照応しています。

「満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。
そして七十年前。日本は、敗戦しました」

ここで安倍氏が言う、「経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去」というのは、当時の世界を覆ったブロック経済化と、日本も遅れて乗り出した「大東亜共栄圏」を指します。

そして、満州事変や国際秩序の仕組みだった国際連盟からの脱退が、「国際秩序への挑戦者」に日本をさせていったのだと述べています。

20100912155832(写真 リットン調査団。この報告書は必ずしも日本に否定的ではなかった。したがって国際連盟も脱退する必要などなかった)

日本が、「国際社会の秩序を武力によって変更しようとする」という致命的誤りを犯したと言っているわけです。

「お詫び」という言葉こそ使われていませんが、「国際協調からの脱落」こそが戦争の原因だと、安倍談話は総括しているわけです。ここが談話の肝となる反省部分です。

この表現に見覚えがありませんか。そうです、まさしくこの言葉こそ、今、国際社会が露のウクライナ問題や、中国の南シナ海での軍事膨張に対して国際社会がつきつけているルールブックの言葉なのです。

国際社会は「国境線の武力による変更」、あるいは「航海の自由原則に対する挑戦」をさせないために、戦後、NATOのような集団安全保障体制を作りました。

集団安保体制とは、加盟国一国に対する攻撃は加盟国すべてに対する攻撃として受け止めて共同で防衛し、逆に加盟国の侵略もまた、他の加盟国によって共同で制裁を受けるという仕組みです。

このようにもはや戦争は、一国の意志では不可能な時代になっているのです。ただし中露二国を除いては。

アジアでは冷戦が長引いたために、この集団安全保障体制がありませんでした。そのために、米国を軸として各国が相互に安全保障条約を結ぶ「ハブ&スポーク」が生れました。

これはハブの米国が揺らげば、地域の安全保障がとたんに揺らぐという欠陥を持っていました。

オバマのような弱腰の人物が大統領にすわれは、たちどころにNATOがないアジアにおいては、一党独裁の巨大国家の中国が太平洋を二分割しようと言い出し、南シナ海を内海にしようとし始めるわけです。

E61d4d38(写真 南シナ海の中国が強行する埋め立て基地。「大東亜戦争の大義」を肯定すると、今の中国の行動を批判できなくなる)

これを食い止められる国は、頼りないと言っても世界においては米国しか存在せず、アジアにおいては日本しかないのが現実なのです。

倍談話では、自らの過去の侵略を「国際秩序に対する挑戦」として「お詫び」すると同時に、返す刀で中国もかつての日本と同じ轍を踏むなと警告しているわけです。

我が国が取るべき道は限られています。それは国際社会と協力して、中国に昭和期の日本のように世界を戦争に引きづりこむとをさせないことです。

そのためには国際社会の協調が必須です。かつての日本と違って現在の我が国は、国際秩序を積極的に支えていく重要な役割を果たすようになってきます。

大東亜共栄圏や八紘一宇などという前世紀の亡霊が出てくる余地は、いまやどこにもないのです。

仮にこれを「大義」として肯定した場合、中国の今やっている「国境線の武力による変更」という悪行を批判する根拠がなくなります。

それこそが、安倍氏が自らの支持層の人たちの歴史認識である「植民地解放の大義」という部分を、あえて談話から外した真の理由なのではないでしょうか。

このようにして安倍氏は、70年談話をただの「反省と謝罪」に止まらせずに、安保法制の説明に転化してしまっというわけです。

いまだ日本のなかには、「安倍は大東亜共栄圏の復活をもくろんでいるのではないか」という心配もあるようですが、真逆の道を進むことを宣言したのが、この安倍談話なのです。

 

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安倍談話 通り一片の「謝罪と反省」はいらない

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この安倍談話の特徴はいくつかありますが、そのひとつは<近代>という時代の流れの中で植民地主義を見ようとしたことです。
 

この部分です。
平成27年8月14日 内閣総理大臣談話 - 首相官邸
http://matome.naver.jp/odai/2143956104644333801

「百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。
 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました」

 この部分は、ある意味で非常に挑戦的です。なぜなら、19世紀から20世紀にかけての西欧帝国主義を真正面から批判しているからです。 

ヨーロッパ諸国、とりわけ英国にとって決して愉快なことではないでしょう。 

英国の主要紙フィナンシャルタイムスは、苦々しげにこう述べています。

「安倍晋三首相は14日、日本の戦時中の行いに対し自らの明確な謝罪の表明を拒んだ。痛切な反省を表明した歴代政権談話の形式を引き継いだものの、文脈を顕著に変えた。  第2次世界大戦で日本が敗戦し70年目を迎える節目となる談話で安倍首相は、過去のおわびを継承すると述べたが、西洋の植民地支配への抵抗に関する、よりナショナリスト的な話に組み換えた。
歴代の首相が使った、「植民地支配」「侵略」などカギとなる文言を繰り返すことによって、安倍首相は、かつての敵である中国や韓国から激しい批判を避けようとした。
しかし、安倍首相は、自身の保守系支持基盤に向け、日本の歴史解釈は定まっていないこと、そして同国はずっと謝罪し続ける意図はないというシグナルも送った。「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と同氏は述べた」2015年8月15日)

 さて、このFT紙の批判は当たっているでしょうか。 

19世紀半ばまでに、植民地列強によって、アジア、アフリカはほぼ完全に植民地支配されていたのは紛れもない事実です。 

唯一のアジアにおける例外は、日本とタイを残すのみでした。 

日本が明治維新という「コントロールされた革命」を実行しなければ、我が国もまた、英仏露によって分割された植民地になったことは避けられなかったことでしょう。 

いわば日本の近代の原点は、この西欧植民地主義に対するひりつくような危機感にあったと言っても間違いではありません。

Main_image_2(写真 アヘン戦争)

この危機感の軽重の違いが、中国と日本の温度差でした。中国はその巨大な中華帝国を取りまく華夷文化圏が長城の如く不変であると信じていました。 

そしてまた、中華を宗主国とする、韓国、琉球王国といった冊封国にとっても、それは動かざる真実でした。 

彼らは押し寄せる列強帝国主義の前で、眠り続けていることを選んだのです。 

脱線しますが、日中両国に属する両属国家だった琉球王国は、この明治維新を嫌って、中華帝国に密使を送ります。幸地朝常です。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-85e9.html 

幸地は、清国の軍勢が日本を蹴散らしてくれることを夢見ていました。 

しかし、崩壊の淵に立っていた清国には、そのような力があろうはずもなく、幸地の援軍要請は列強の介入による、琉球の分割統治を招きかねない最悪なものでした。 

このようなひとつ判断を誤れば、列強の介入を招き、分割されて植民地に転落する、そのような切り立ったエッジの上を歩む、そういう時代だったのです。 

一方、極東の小国にすぎなかった我が国にとって、我が国を守る力はあまりに小さく、余りに非力でした。 

我が国が独立国として存続するには、今までの幕藩体制を根底から変革するという痛みを味わいながら、致命的に遅れていた西欧近代技術を積極的に取り入れねばならなりませんでした。 

当時「お雇い外国人」と呼ばれたインストラクターの大部分は英国人でした。英国が、日本に鉄道や通信などの近代技術を教えてくれたのです。 

そして、近代日本が誕生まもなく直面したのが、ロシアの世界規模の南下運動でした。 

ロシアの南下膨張に対抗するべく英国は「グレートゲーム」と呼ばれる壮大な規模の戦いを随所で戦わねばなりませんでした。 

英国はインドに侵入しようとするロシアとアフガニスタンで戦火を交え、後にはその舞台は極東へと移りました。 

これが日露戦争です。我が国が日英同盟という絆なしに勝利することは、ありえなかったことでしょう。 

日本海海戦の旗艦だった三笠は、英国製でした。当時我が国には、自力で戦艦を作る能力がなかったからです。

また、東郷平八郎も、英国海軍で教育を受けています。

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このように、日本を<近代>という動乱の時代に招待したのは英国であり、良き教師となったのは英国でした。

そしてロシアと戦う後ろ楯になってくれた世界唯一の同盟国もまた英国です。

つまり日本の近代は、フィナンシャルタイムスの母国である英国なしで語れないのです。 

ですから、この時代をFT紙のように、「西洋の植民地支配への抵抗に関する、よりナショナリスト的な話に組み換えた」と裁断されることには抵抗感があります。 

フィナンシャルタイムスにお聞きしたいのですが、近代帝国主義の時代においてナショナリズムといった民族主義なしに、どうしてこの日本というアジアの小国が民族的困難を乗り切れたのでしょうか。

空論です。もしそれを悪と呼ぶならば、19世紀から20世紀中盤までの時代で、非ヨローッパ地域におけるただひとりの「悪」は我が国であり、日本人は悪党でけっこうです。 

全世界の無数にある有色人種で、ただひとつの屈しなかった国、それが我が国なのですから。 

しかし、日本はその後の国家選択において大きな誤りを犯しました。国際協調の流れに背いて、孤立化の道を選んだのです。 

そしてその道は三国同盟と戦争へとつながっていました。

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この部分について、安倍談話はこう述べています。 

「当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。
 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。
 そして七十年前。日本は、敗戦しました」

 この点についてもまた、FT紙は「ナショナリズム的に組み換えた」と言いたいのでしょうか。 

この安倍談話の記述は、概括的ですが、的確です。 

戦前の日本の政治システムの根本的欠陥は、政治と軍隊との間が元老という賢者たちによって調整されていて、制度的な歯止めがなかったことです。 

軍は、大臣を内閣に出さないだけで内閣を退陣に追い込めました。潰したければ、大臣を引き上げればよかったのです。

これが軍部の独走、後には関東軍という現場の独走すら招きました。 

憲法も議会もありながら、軍を統制しきれず、その軍すら内部で陸軍と海軍の醜悪な抗争を繰り広げ、またその内部でいくつもの派閥に分裂し、中央と現場が争う、これでまともな国家運営ができたらミラクルです。 

このような混乱に、愚かなポピュリストの近衛文麿が現れ、我が国を中国戦線への泥沼へ、そして日米戦争へと駆り立てて行ったのです。 

この経過については機会をみて詳述します。 

さて整理すれば、安倍談話の歴史総括は以下です。 

①近代は植民地主義の時代であり、わが国の近代はそれとの抵抗の中から生れた。
②日本の独立と日露戦争の勝利は、世界の植民地支配にあえぐ人々を勇気づけた。
③日本は国際協調の道を歩んだが、日本は満州事変、国際連盟の脱退を経て 国際秩序の破壊者の道を選んでしまった。
④日本内部の統治システムの脆弱さによって、軍を統制する歯止めを失い、戦争の道を選択する致命的誤りを犯した。

一部でやや首を傾げる部分もありますが、おおむね真摯だと評価できるのではないではないでしょうか。

この安倍談話の歴史認識をカテゴリー分けするなら、ライトではなくむしろリベラル保守だと思われます。

特にいわゆる「大東亜戦争」を、「アジア民族の解放」とする大義をスルーしたことは評価できます。

もし、このライトの皆さんの好きな「歴史の大義」を前面に打ち出したのならば、この談話はぶち壊しになったはずです。

大戦におけるアジア諸国の独立は、あくまでも結果であって、日本の意図ではありませんでした。

これを強調することは、強い言い方をすれば偽善です。

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この、「大東亜解放の大義」を押し出すかしないか、という部分こそが、保守とリベラル保守の大きな歴史認識の差です。 

これは北岡伸一氏の意見に近いもので、氏の持論は明治期の戦争を自衛戦争とし一方、昭和期のそれを侵略戦争だと規定しています。 

いわば、戦前と戦後に断絶があるとした考え方です。司馬遼太郎氏などもこれに近い考え方です。

これに強い批判をしてきたのが保守知識人でした。 

有識者懇には保守論客として有名な中西輝政氏も入っていましたが、安倍氏は結局、北岡氏に近い線でまとめたようです。 

私は賢明だと思います。この談話は安倍氏の歴史観の発表場所ではないのですから。

とは、これが現職の、しかもおそらくは長期政権になるであろう首相が、日本の近代の道のりを世界に発信し、その栄光と蹉跌と、それを踏まえた未来を語ったことです。

この安倍談話の姿勢は、中韓や野党、マスコミがうるさいから謝っておこうというという事なかれ主義とは一線を隠しています。

歴史は、通り一遍の「謝罪と反省」であるかぎり、ただの文字でしかありません。知恵でもなければ、経験ですらないのです。

そういえば、歴史のことをドイツ語でGeschichtejと呼びますが、実は物語も同じです。歴史とは、物語であり、河のような流れです。

歴史を語る人が百人いるように、聞く人も百人います。それぞれが自らの母国の百通りの物語を持っているのです。

その大河の一部を切り取って、「謝罪」をして見せるほうが傲慢なのではないでしょうか。

※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-d286.html

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安倍談話 そのしたかたかな現実主義

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今回の安倍談話は、ひとつの歴史の大きな区切りとなることでしょう。
 

それは談話中段の、このフレーズに要約されています。
平成27年8月14日 内閣総理大臣談話 - 首相官邸

http://matome.naver.jp/odai/2143956104644333801

「日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。
しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります」
 

安倍談話の、「その先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」という言葉こそが、この談話のほんとうの主題のひとつです。 

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そして、今後我が国がなすべきことは国際秩序の維持」なのだとしています。 

「私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります」 

これは村山談話と比較するとよくわかるはずです。村山談話はこう述べています。
村山総理大臣談話
 

「平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。
とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、なによりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。

 ここで村山氏は「過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えて」いくことが、戦争の反省なのだと言っています。

もちろん言うまでもありませんが ただ「語り継ぐ」のではなく、日教組の「平和教育」に典型なように「謝罪のために語り継ぐ」のです。

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(写真 修学旅行において教師の命令で、土下座させられる日本人高校生たち)

そして具体的には、「近隣諸国の人々と手を携えて」「深い理解と信頼に基づいた関係を培っていくことが不可欠」だとしています。 

つまり、村山談話は日本人に、「近隣国」、すなわち中国と韓国に対して謝罪をし続け、中韓二国との「深い理解と信頼」関係を構築することこそが、国の責務だとしたわけです。 

そして、これには終わりというものがなく、この二国が納得するまで謝罪し続けるのですから、常に劣位でなければなりません。

なにをされても、どんなに領土を犯されても、騙されても、金をせびり取られても、無抵抗でいろ、それが韓国の表現に従えば「戦犯国」なのだというわけです。 

かくして日本には、下の写真のような、「究極の謝罪外交」をするバカが現れたりするわけです。

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(写真 土下座バト。このまま上から石膏をかけて石膏像にしてほしかった)

これが村山政権後にも、政府を拘束し続けたいわゆる<謝罪外交>です。 

<謝罪外交>には三つの柱がありました。 

ひとつは、未来永劫に渡って中韓に「戦争と侵略、植民地支配の罪」を詫び続け、それを中韓の永遠の外交カードとすること。 

二番目には、この「罪」を贖うために、これまた未来永劫に渡って中韓の意志に背かず、この二国と「深い理解と信頼関係」を構築すること。 

三番目に、中国と敵対する可能性のある米国との軍事同盟を、空洞化していくこと。Pepper42結果、どうなったのでしょうか? 

この中国こそがまがうことなく、南シナ海の航行の安全を阻害し、要塞化に突き進んで自らこそが平和の敵対者そのものになってしまっています。

また韓国は、いまや中国の冊封国に復帰しようとしています。 

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このアジアの現実の姿を見て、日本国民の多くにこう考える者が増えてきました。 

・・・もういいかげんにしないか、侵略の罪を詫びるだけで今の緊張するアジア情勢が改善されるのか、いや逆にその原因となっている中国の利益になってしまっていはしまいか・・・ 

こういう素朴な疑問は、すでに村山談話の方針であった<謝罪外交>が終焉すべき時に至ったことを教えています。 

このような中韓への謝罪疲れの気分と、かといって国際社会の秩序維持のための負担を恐れるアンビバレンツな気分との間で、日本国民は揺れてきました。 

それが、この間の国民に蔓延する、安保法制に対して「議論され尽くしていない」といういわばペンディング状態をよしとする空気でした。 

・・・必要なんだろうがよく分からない。理解したくても政府の説明が悪い。今決めなきゃいけないことなのか。野党とマスコミがいうように改憲すると戦争になるんじゃないか・・・

これが最大公約数の国民の気持ちであったでしょう。 

この国民の多くが、このようなもやもやした割り切れないアンビバレンツな気分でいることを、安倍氏は読んでいました。 

実はこの安保法制の準備とほぼ同時期に、安倍氏はこの70年談話の準備を初めています。 

安倍氏が、マスコミや野党が言うような単純な「右翼政治家」だったのならば、小泉郵政解散のような正面突破で「戦後レジュームの転換」を訴えたでてしょう。 

しかし、「右翼政治家」である以前に、いみじくもキャロライン・ケネディ大使がオバマに言ったとされるように、「アベはライトの歴史修正主義者であるより、リアリスト」なのです。 

安倍氏がとったのは、いくつもの観測気球を上げることでした。

「謝罪」「侵略」「植民地支配」「おわび」という村山談話の核心を表現として取り入れるかどうか、瀬踏みしました。

予想どおり、マスコミはこの<謝罪外交>4点セットこそが、70年談話の核心だとミスリードしてしまいました。

これは、演説当日のTBSとNHKが点取り表のようなものを画面脇に出したことでも分かります。馬鹿丸出しです。少しは恥じなさい。

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こんな簡単なトラップを反安倍陣営が敷いたために、さぞかし安倍氏は仕事がしやすくなったことでしょう(苦笑)。

要は、その言葉を使って、その意味を転換すればいいだけですから。談話はセンター試験の小論文かって(爆)。

まさにどこかのリベラル論者が歯ぎしりせんばかりに言っていたとおり、安倍氏は村山談話を継承するといいながら、見事に換骨奪胎してしまったのです。

それはさておき、談話の内容について官邸がまだ決めていないという情報を、マスコミにリークし続けました。

これは去年の増税回避の時に安倍氏が使ったと同じ政治手法です。当時、最後の最後まで味方の自民党の幹部でさえ、首相の胸中を読み間違えていたのです。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/12/post-db86.html

これは想像以上に難しいことだったと思います。

自民党には20年前の社会党出身の総理が敷いた<謝罪外交>を現場で担ってきた議員がベテラン層を中心に多く存在し、引退組に至っては当の村山談話を作った政治家たち揃いだからです。

彼らの眼には、自分たちの敷いた路線に対する全否定と写ったことでしょうし、幹事長経験者の3人などは積極的に「赤旗」の一面に登場したほどです。

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また一方で、党内外には、安倍氏がもっとも苦しかった雌伏期を支えた保守層が多数いました。彼らが鉄板の安倍支持層でした。

こういう状況の中で、安倍氏が迫られたのはこのようなことです。

ひとつには、政府の外交政策の一貫性を担保する上での、村山談話の継承です。

まともな政権であればあるほど、翁長知事がやっているような前知事を全面否定するような「革命外交」はできなかったことでしょう。

いかに意に染まなくとも、政府としては継承せねば国際社会の信頼を失います。

「そうか、あの国はコロコロ言うことを変えて平気な国なのだな。では今まで謝ってみせたのは嘘か」と思われて、相手にされなくなります。

次に、今、審議されている安保法制に現れるような、より深く国際秩序の維持・安定に尽力していくことを明確にせねばなりません。

これは、過去に対する謝罪などには本来関心がない米国にとって、しっかりとしたメッセージを送る現実的必要性があったからです。

英訳を読めば分かりますが、この談話の中で「国際秩序維持に対する貢献」については、読み間違えようもなく明確な意思表示をしています。

米国、豪州、アジア諸国、欧州各国が相次いで支持を表明したのは当然のことです。

村山談話を形だけ継承しつつ、それを換骨奪胎して、過去からの訣別と国際秩序維持への貢献を謳うために安倍氏がとった方法は有識者懇談会を作ったことです。

そしてそこに保守リベラル的立場の人を送り込むことで、識者らの意見を取り入れるという体裁を作り、左右両翼の意見をカットしてしまいました。

同時期に安倍氏が作った安保法制有識者懇談会の座長代理に北岡伸一氏を据えた時点で、マスコミが首相の意図を見抜けなかったのですから、眼は節穴です。

今回の談話には、北岡氏の保守リベラルの歴史観が強く反映されています。

本気で安倍氏が自分の思想を反映したかったら、桜井よし子氏か青山繁春氏などを据えますって。それをしないのが、安倍氏のリアリストたるゆえんです。

したがって、まず「大東亜戦争はアジア民族の解放だった」という保守の大東亜戦争肯定論は最小限に抑えられ、逆に永遠に中韓に謝罪しつづけよ、中国にどこまでもついていきます、日本なんか大嫌い、という左翼の意見も同時にカットされました。

このような配慮を施したために生じる最大公約数的イメージを払拭するために、安倍氏か言いたかったことは明確に盛り込まれています。

長くなりましたので、これについては明日に回します。

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日曜写真館 雨を含んだ雲とハス

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蓮の全国一の産地のせいか、蓮を撮ることが多いこの頃です。

今が満開です。カンカン照りの下、めげもせずに一面に蓮が咲き乱れています。

なんせ、ウソかマコトか、タイの人たちの観光コースにもなっているそうで、土浦でありがたい蓮を見てから、阿見のアウトレットでお買い物して、牛久大仏に参観とのこと。

ちなみに、東南アジアのそれはこういうかんじ。

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さて蓮を撮るには早朝か、夕方に限ります。真っ昼間に撮るとこういうかんじ。

これもこれで綺麗なんですが、さすがこればかりだと飽きるんだよな(笑)。なんか甘そうなお菓子みたいね。

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あ、実際、サイゴンでずいぶん食べましたね。甘納豆みたいな味です。

近藤紘一さんの名作『サイゴンから来た妻と娘』には、ベトナム人のカァちゃんが、上野の忍ばずの池の蓮の実を頂戴している話がでてきます。

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上の芯の部分の実かだんだん黒ずんで熟していくと、食べごろだそうです。

近藤さんの本は全部読みました。ファンのあまり、サイゴンに行った折には、マジェスティク・ホテルに泊ろうと思ったほどです。高くて泊まれなかったけど。

あの戦場特派員のたまり場となっていた最上階のレストランから、サイゴン河を見て、煙る水田の向こうに解放軍の遠い遠雷のような砲声を聞く・・・、なんて幻想に浸りたかったんですがね。

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そのうち、沢木耕太郎のように、サイゴンからハノイまで貫通している国道1号線をバスでひとり旅したいもんです。

さてさて、私も歳食ったせいか、秘めた美しさに目覚めてしまいました。

真っ昼間にパカっと咲き誇る蓮より、垂れ込める雨雲の下で、息を潜めるようにして咲く蓮にゾクっとする色気を感じるようになりました。

スコールに打たれたあとの、鮮烈に咲くベトナムの蓮を見てみたいもんです。

※ベトナムの蓮とサイゴン河の写真はコンデジですんで、画質は落ちます。

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安倍談話と土下座バト

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安倍談話に関しては別にやりますが、実に精密に計算され尽くされたバランスの取れたものだと思います。

保守層には、「植民地の解放」を自制してもらう代わりに、近代史の歴史の流れを説くことで日本悪玉論からの自由を説き。

左翼には、「痛切な反省と心からのお詫び」という村山談話を押えた上で、「子供たちの世代に謝罪を続けさせること」の愚を説き。

中国に対しては、「侵略」という文言を慎重に避けつつ「戦争の苦難を嘗めた」と頭を下げ、た刀で、「国際秩序の挑戦者」と皮肉り。

同時に米、豪、アジア諸国、欧州に対しては、捕虜にまで気配りし、それ止まらず、戦後、再び温かく国際社会に迎え入れてくれたことに対しては深甚からの謝意を捧げる。

とまぁ、たいしたもんです。したたかというか、目配りが聞いているというか。さすがは昭和の妖怪の孫。

ここを批判しようとすると、こっちが出る。どの立場でも少しずつ不満で、しかし納得するしかない内容になっています。

おそらく現状の日本において、これ以上の談話を求めるのは不可能でしょう。

そもそも、安倍氏が語るようにこの70年談話自体「これでオシマイ」という内容なのです。

機会を変えて、詳しく分析できたらと思います。

さて、安倍氏のほぼ同時期に、地上最強の馬鹿。宇宙人というより地底人。超弩級のあのド阿呆が、今回はとうとう韓国で土下座ですってさ(力なく笑う)。

現職の頃は、「国外・少ないとも県外」とホラを吹いて、翁長氏を生む今の混乱の原因を作り、辞めてからは、イランに行けば核開発を容認し、クリミアに行けばロシアを支持するとのたまい。

昨日の安倍談話の表現を借りれば、「国際秩序への挑戦者」である中国に行けば行ったで、今度は尖閣は日本が盗んだと言ってのける。

あまりの両者の隔絶ぶりに失笑します。

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もう論評するのもメンドーと思っていたところ、IS人質事件で世界から絶賛を浴びた日本のサブカル諸君がまたもや、やってくれました。

                  。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚

お題はこれです。

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民話風な展開に並べ替えてみました(オレも暇だな)。

昔昔、あるところに世界一の馬鹿がいました。土下座しか芸がないので

Dce8e13d

Cmqlhyivaaahmwy


Ae0eab3d

Cmqxuwuwaaoshn

いろいろな芸をしましたが、許してもらえません。

Cmqi5hbveaqvhfl

クルクル、パ

Cmql3noukaavwvu

ポトンと落ちた場所が線路の上

Ec23e9e7

慌てて逃げると流しソーメン

Cmrgygpveaapde5

サッカー選手に蹴りを入れられて

Cmqyo2fueaascka

飛んだ先でチカンに間違われ

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優しい女の子に謝ってもらって

Cmqhnpcuaaab4ld

まぁ、なんて醜い子なのかしらとこの子にも捨てられ
Cmqgdqxveaeowgq

ご主人と決めたこの子を慕って
Cmqbhy3uaaappf
毎日地下道でお迎えしていると

Cmqmvwvuaaajsdm

お白州の場に連れていかれ
Cmqglueucaqe_0e

裁きの結果は
Cmrdtluaaacdbp

安倍の勝ち

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罰ゲームで靖国神社での土下座
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火あぶりの刑
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フマキラーの刑
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身元引受人は猫の富豪

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引用元] ジジィを死ぬほど笑わせてくれたことに深く感謝します。
きみら、ほんとすごいよ。
http://jin115.com/archives/52093506.html
http://francepresent.com/collage-hatoyama/
http://hamusoku.com/archives/8930807.html

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沖縄米軍へリ事故は特殊な事例だ

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菅さんと翁長さんの協議が始まったようです。期待せずに期待しましょう。 

食事をしながらだそうですが、いったいどんな顔してメシ喰って、酒をくみかわしてたんでしょうね。無責任な言い方ですが、天井にでも隠れて見たかった(笑)。 

このご両人、腹芸のできることにかけてはいい勝負でしょう。これについては来週ゆっくり考えていきます。 

まず菅氏の訪沖を歓迎するかのように、米軍がヘリを、場所も選んだようにうるま市浜比嘉島の東側5kmから10kmの海上で落としました。 

K10010188191_1508130516_1508130519_(写真 NHKニュース8月13日より)

17名が搭乗していましたが、内7名の負傷者が出ました。そのうち自衛官2名が含まれていたようてす。幸い死亡者は出ていません。 

例によって沖縄タイムスは号外を撒いています。前回のオスプレイのハワイ事故でも琉球新報が号外を出しましたが、ホントに米軍機の墜落がお好きなようです。 

米軍は世界中に展開していますので、こう言ってはなんですが、よく落ちます。

ですが、世界広しといえど、米軍の輸送機や輸送ヘリが落ちるたびに、号外を出す米軍機墜落フェチはこの2社くらいです。 

沖タイの報道は見出しだけでこの調子です。 

空の危険 怒り噴出」「「市民の命脅かす」「関係市長村長 飛行停止を要求」「タイミング最悪」「沖縄の実情目の当たり」 

まぁ、内容的には特に引用するようなほどではありません。伝統芸の義太夫を聞くようなものです。 

さて、事実から洗い出していきましょう。 

まず落ちたのは、当初の報道では米陸軍所属のUH-60汎用ヘリコプターとされていますが、違うようです。 

これは、特殊作戦用のMH-60特殊戦ヘリコプターです。 

160thsoar(写真 ナイトストーカーズのサイトから。落ちたのは手前のヘリ) 

このMH-60特殊戦ヘリコプターは、名前からして自分で「オレは特殊戦機だ」と名乗っているくらいですから、そりゃもちろん特殊な機体なことには間違いありません。 

沖縄に配備されているMH-60は、米陸軍第1特殊作戦群第1大隊に配属されており、嘉手納基地をベースにしています。 

この部隊は「ナイトストーカーズ」と呼ばれています。サイトから情報を拾ってみます。
※http://www.f5.dion.ne.jp/~mirage/hypams00/160th.html
 

「第1大隊(1st Battalion)
            第1大隊は、フォート・キャンベル陸軍航空基地に駐屯し4個中隊、1個整備中隊編成で、主に陸軍の第1特殊作戦部隊分遣隊(デルタ・フォース)、海軍の対テロ部隊DEVGRU(SEALチーム6)、CIA(米中央情報局)やFBI(米司法省連邦捜査局)のカウンター・テロ、人質救出チームを輸送・回収する支援任務業務を担っている」

このナイトストーカーズは、米軍特殊部隊の、デルタフォースとか海軍SEALチーム6などを投入する特殊作戦機を運用しています。

ですから、通常のUH60汎用機はいわば空飛ぶライトバン、このMH-60はイジリ回したスペシャルカーというわけです。

084(写真 横田基地に配備されている同型のMH60) 

原型は一緒ですが、本質的にまったく別な機体だと考えたほうがいいでしょう。 

このMH-60はNHKニュース(8月13日)によれば

「ヘリコプターは海賊への対処を想定した訓練のため、艦艇の上を低空で飛行中に甲板にあるクレーンに接触して墜落した可能性があることが、防衛省関係者への取材で分かりました」

この米海軍艦船も分かっています。米事前配備船・ワトソン級車両貨物輸送艦レッドクラウドです。 

800pxusns_watson_takr_310(写真 米海軍ワトソン級事前集積艦 ウィキ)

この艦にはヘリを着陸させるデッキは用意されていませんから、おそらくホバリング(空中停止)状態で隊員をロープで降ろす、リペリング(つり下げ降下)をしていたものと思われます。

Ref_l(写真 陸自のリペリング降下)

しかし解せないのは、17名という異様に多い数です。定員は、乗員4名、兵士11名です。

2名の余りは陸自の隊員2名が乗ったからでしょうか。この陸自隊員は陸曹で、中央即応団に所属すると発表されています。

常識的に考えて、中央即応集団所属の特殊作戦群隊員が、米軍第1特殊作戦群第1大隊の要員と共同訓練をしていたものだと思われます。

その内容については、事故を発表した米軍側が、「これは特殊任務訓練中だ」と言っていますから、これ以上聞くなというわけです。

陸自の発表では、海賊対処訓練とのことです。推測の域を出ませんが、東シナ海においての臨検などの訓練をしていたのではないででしょうか。

自衛隊は、「訓練」とすると地元自治体への届け出がいるために、「研修」名義にしています。

陸自特殊作戦群、すなわら、日本初の特殊部隊ですが、彼らが公表しにくい類の「研修」を随時米軍特殊部隊と行っていたことの片鱗が、これで分かりました。

といわうわけで、現時点でわかる範囲でまとめれば、こういうことになります。

①事故を起こしたのは、一般的なUH60ではなく、特殊戦用のMH60特殊戦機である。
②所属は、米軍第1特殊作戦群第1大隊(ナイトストーカーズ)であり、嘉手納基地に駐屯している。
③事前集積艦レッドクラウドに、降下(推測)訓練中に、クレーンと接触して墜落した。
④研修で同乗していた陸自隊員の所属は、中央即応団特殊作戦群と思われる。

このように今回の事故は、地上スレスレに飛んだり、海上で揺れ動く艦船に飛び乗ったりすることを任務する特殊作戦機が起こしたレアなタイプの事故であって、これをもって米軍のヘリ一般が危険だと断定するのは間違っています。

またつけ加えるなら、オスプレイと重ねて見ることもナンセンスです。

沖縄海兵隊に配備されているCV22オスプレイは、空軍型のMV22と違ってこのような危険な飛行はしません。

空軍型の特殊作戦機に事故が多いのは、今回の事故でもわかるように、過酷な状況の中での極限的特殊任務によるものであって、したがって、その事故現場は演習地域(海域)に限定されます。

また、仮に着陸事故を起こした場合も辺野古は進入路が海上ですから、市街地に落ちる危険はかぎりなくゼロです。

Photo
しかも、オスプレイの墜落の危険があるのは、垂直に離着陸する時であるのは、前回のハワイ事故でも明らかです。

ちょっと説明しておきましょう。

通常、飛行機は飛行中にはそうそう簡単に落ちるものではありません(あたりまえだ)。

落ちる危険性が高いのは離発着時です。 ICAO (国際民間航空機関)の統計では離陸時が21.5%、着陸時が48.3%となっています。

このことから、離陸滑走開始後の3分間と、着陸前の8分間を合わせた11分間を「魔の11分間」と呼んでいます。

オスプレイ場合、飛行場に侵入する時には普通のプロペラ飛行機のようにピューと飛んできて、飛行場の着陸地点の上で止まって、おもむろにストンっと降ります。

ですから、「魔の11分間」は、飛行場の滑走路上なのです。むしろ、一般のプロペラ機よりも周辺住民にとって、安全だといえるでしょう。

それでもなお危険だというならば、辺野古の滑走路の延長線上はただの海なのに対して、普天間基地は市街地ですから、いっそうキケンなのではないでしょうか。

地元2紙のみなさん、詳細を検証しないでいつものように煽ると、天に唾することになりますよ。  

※お断り フォントの大きさがバラバラですが、原因不明です。お見苦しいですが気にしないでね。ああ、気持ち悪い。

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移民問題は「国」を考えるいい材料だ

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渡辺美樹氏が、安易にシンガポールの移民政策を見習えみたいなことを言っています。※https://www.facebook.com/photo.php?fbid=234153540042255

「日本は超・少子高齢化を迎え労働人口が減少します。
アメリカもシンガポールも移民政策で繁栄してきました。ちなみにシンガポールは移民の受け入れによって治安は悪化していません。
私は移民の受け入れを提案します。昨年、シンガポールの政府高官と会談した時自分の国の「成長戦略」 を誇らしげに語っていたのが印象的でした。私は、日本の政治家も、日本の官僚も、そして日本の国民も本気になれば、 まだまだ「成長」を描けると信じています」
 

困った人だな、あの人。少子化と成長とは関係ありません。少子化はデフレの原因ではありませんし、移民が成長戦略になるんなら、そんな「成長」は止めたほうががましです。

経済人の一部によくある、自分の企業の利益と国益をゴッチャにしているんじゃないですか。 

国といってもシンガポールのような都市国家と、1億2千万人の我が国では、自ずと受け入れる数量が違うのです。 

またシンガポールは、たとえば出稼ぎでメイドにきているフィリピン女性が妊娠すれば、直ちに本国送還にしてしまいます。 

シンガポールは狭い都市国家ですから、ドイツのように結婚して家庭を持ち、そこでエスニック・コロニーを作られることを極度に警戒しているのです。 

移民によって治安が悪化しないっていうのも、犯罪の温床になりがちのエスニック・コロニーを作られていないからです。

これは国際社会の中でもシンガポールのほうが逆に特別です。

これが先進国の顔をしながら、場合によっては「開発独裁」の対応もできるシンガポールと、常に国際的な人権意識が問われる日本のような先進国との違いなのです。

20050824130645stocks_of_foreign_lab(図 外国人労働者数 ウィキより)

ついでに言っておけば、米国やオーストラリアのような、そもそも移民国家もモデルにしないでください。 

彼らはその長い移民受け入れの歴史から来る分厚いノウハウの蓄積があります。 

正式移民受け入れによってできるのは、日本人労働者の下にできる下層移民労働者階層です。 

彼ら外国人労働者は、日本人より長い労働時間と、より劣悪な労働条件、そしていつクビになるかわからない不安定な雇用環境にさらされるでしょう。 

渡辺氏などが言うと、ワタミでなにをさせたいのか、わかりすぎるだけにその下心にうんざりします。 

これが、現行の研修生制度と決定的に違うところです。研修生制度は、雇用者に最低賃金と時間外労働の支払いを義務づけ、期間中の移動やオーバースティ(不法滞在)を厳しく禁じています。 

これが歯止めになって、研修生制度は、内実は同じ外国人労働者の限定的受け入れですが、トラブルが比較的少なく済んでいます。 

正式受け入れは、日本の労働市場にそのまま外国人労働者を投げ込むことです。 

外国人労働者の一部は帰国するでしょうが、その大部分は日本に残って家族を作り、やがて群馬県の日系ブラジル人のようなコロニーを各地で作るようになります。 

たとえば、ひとつの古い団地やマンションが、そのまま外国人労働者のコロニーに変貌していくのです。 

彼らは当然ですが人間です。人間はよりよい生活と未来を得ようとします。 

ドイツと並んで移民が多いフランスの移民について、このような記述があります。 

「自動車工場の移民ろうと鵜者が求めるのは<未来>なのである。
彼らの70%は、すでに10年以上フランスで働いている。その間ずっと単能工だった。職制上、最下位の身分である。
かつての外国人労働者は何年か働けば帰国したものだった。長年働くものは、あとから来る新人層に押し上げられて身分も少しずつ上がった。イタリア人、スペイン人はいわば良き時代の移民であった。
石油危機以降、新たな移民の受け入れは中止された。上位には上がれない。永遠の下積みはもうたくさんだ、という声がつき上げている」(林瑞枝『フランスの異邦人』)

02(図 パリの移民街※http://www.seinan-gu.ac.jp/gp/french_trip/2012/2635/)

そしてフランスがとったのは、外国人移民の「隔離政策」でした。

たとえば林氏の前掲書によれば、70年代にかけて北アフリカ系の移民は、一定の隔離された地域に移るように命じられました。

そこはパリのセーヌ河と高速道路や鉄道にはされまれた、湿気の多い泥地を埋め立てた劣悪な住環境の場所だったそうです。 

このようなことを「自由・博愛・平等」のフランスができてしまうのは、外国人労働者の受け入れの建前が、あくまでも一時的出稼ぎと位置づけているからです。

しかし、この泥地の隔離地でも、どっこい外国人労働者の多くは、母国に二度と帰らずに、二世三世が誕生していきます。

彼らはいくら働いても最下層から抜け出すことができない身分に怒りを感じ、まるで祭のように定期的暴動を起こすようになります。

そして近年は、この中から多数のホームグローンテロリスト(国内出身テロリスト)が誕生したことは、記憶に新しいことです。

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では、日本においてこのような多文化が混在するようになった時の、国家の統合原理は一体なんでしょうか。

いままで、わが国は、明治維新、大戦と二回にわたって分裂の危機に際して天皇が統合の基軸になりました。 

では、移民という形で内部に異民族を抱え込んだ場合は、いかなることになるでしょうか。 

社会的混乱、犯罪率の増加などはいうまでもないので、割愛します。もうひとつ必ずでてくるであろう傾向があります。

それは、他国になく日本独特の症状としての日の丸・君が代反対運動と、天皇に対する毀損行為です。

また容易に想像がつくのは、移民の母国文化を尊重しろ、彼らの母国言語や文化を公立学校で教えろ、バイリンガルにするべきだ、という多元文化共生の声が一部で高まることです。 

Pdk66(図 大阪市のポスター)

おそらく、朝日あたりは、「国旗・国歌法を再考する時期にきたのではないか。現状に合わせて新たな国旗・国歌を国民主権で選ぶべきなのではないだろうか」といった上目線にして、無内容な社説に書くでしょう。 

事実、すでに大阪や横浜などでは日教組によって公立学校で韓国語とのバイリンガルが実施されようとしたことがあります。 
※「学校と他文化共生社会」http://www.kisc.meiji.ac.jp/~yamawaki/vision/school.htm

私は排外主義になる気はまったくありませんが、しかし、このような安易な多文化共生運動には疑問を持ちます。

このように、日本が正式移民受け入れによって多文化社会になった場合、国家統合の象徴としての「天皇」や国旗・国歌の意味が再び問われることになるでしょう。

天皇は私たち日本人にとって、理屈ぬきの守るべき文化の根源に触れる存在ですが、異民族にとっては「ただの王様」にすぎません。

国旗・国歌などは、「日本人だけの旗にすぎない」などと主張する多文化共生主義者も生れてくるでしょう。 

このように、<移民受け入れ推進-多文化共生-日の丸君が代反対>というのは、バラバラにあるのではなく、一本の日本国家解体の流れの上にある考え方なのです。 

戦争と植民地に対する反省を説く前に、一度「国」というものを真面目に考えてみたらどうかと私は思っています。

移民問題は、「国」を考える上で、いいケーススタディとなるでしょう。

最後は駆け足になってしまいましたが、このテーマはまたじっくり論じてみたいと思っています。

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原発再稼働と核武装は別問題だ

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菅直人氏が、川内原発の前で、こんなことを叫んでいたそうです。 

彼自身のブログからの引用です。 

「原子炉はもともと核兵器製造に使うプルトニウムを作るために開発されたものだ。そして70年前にプルトニウム型原爆が長崎に落とされたのだ。
私はプルトニウムと人類は共存出来ないと考えている。そうしたプルトニウムを新たに生み出すこと自体が人類を危険に晒すことだ。原発がプルトニウムを作ったんです」

※http://ameblo.jp/n-kan-blog/entry-12060542184.html

 あ~あ。あいかわらず暑い人だね。脳まで煮えちゃってるよ。いちど診てもらったほうがよろしいでしょう。 

再稼働させると、日本は核兵器を作っちゃうぞ、とい言いたいみたいです。ただの妄想です。

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広島・長崎への「核攻撃」と、川内原発再稼働がどう関係あるのでしょう。 

なんの関係もありません。

似たようなことを、NPT(核拡散防止条約)関連の会議に参加したというふれこみのピースボート代表川崎哲氏も朝生で、こんなことを発言していました。

「日本の原発から出たプルトニウムで原爆を作れるという深刻な問題だ」

もう、作れる訳ないでしょう。これもただの妄想です。

この川崎という人物は、まるで日本が核武装の意志があるかのような言い方をしています。

このていどの知識でNPTに行った、という度胸に感嘆します。ピースボートは、ただの旅行業者に徹したほうがいいのではないでしょうか。
※http://peaceboat.org/projects/abolition 下写真も)

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この人たちは、どうも軍事用プルトニウムと民生用プルトニウムの違いが分かっていないうえに、日本人の核アレルギーに乗じて核兵器と原発を重ねてしまっています。 

事実から押えます。 

核問題の専門情報サイト「核情報」によれば、以下のプルトニウムが世界には存在しています。※http://kakujoho.net/ 

「2012年1月現在、世界全体で存在する高濃縮ウラン(HEU)の量は、約1440トンと推定されている。分離済みプルトニウムの量は、約500トンである。大まかに言って、この半分が核兵器用に生産されたもので、残り半分が民生用原子力計画で生産されたものである」 

世界全部で約500トン、半分が軍事用に分離されたもの、半分が民生用です。  

ここに掲載された「世界の核分裂性物質の量」の図を見ると、「高濃度ウラン」「核兵器プルトニウム」「原子炉級プルトニウム」に分かれています。 
※http://kakujoho.net/ndata/pu_wrld.html

なぜ分かれているかといえば、核兵器に使用できるプルトニウムは高濃度のプルトニウム239だけだからです。 

軍事用プルトニウムにするには、けっこう大変です。ジャマな不純物であるプルトニウム240を取り除いていかねばならないからです。 

その純度は90%以上(90%台半)です。 

ですから、軍事用原子炉と商業用原子炉は、炉の構造自体からして違っています。 

普通の軽水炉は1トンあたりの熱量を多く引き出すためにできるだけ長~く燃やします。そうしないと経済性が悪いからです。 

それに対して軍事用は発電が目的ではなく、あくまでもプルトニウム239を取り出すのが目的ですから、ウラン燃料を軽く「あぶった」だけで再処理工程に回してしまいます。 

上記の「核情報」の図のうちの「核兵器用プルトニウム」の欄を見れば、ドイツ、日本、スイス、ベルギーの部分にはチェックがされていて、ゼロだと分かります。 

はい、この理由は簡単。軍事用はNPT(核拡散防止条約)との約束で製造していないからです。 

つまり、日本は軍事用高濃度プルトニウムは、ハナっから持つ意志もなければ所有もしていない、核の優等生だと分かります。 

今の日本のプルトニウムは、仮にテロリストが奪ってもそのままでは使えない不純物が多いシロモノなのです。

ですから仮に奪ったとしても、その後に再処理工程にかける技術が必要です。

もちろん,北朝鮮などに奪われないために厳重な核セキュリティが必要ですが、それと我が国が作ろうとしているなどということは、まったく別問題です。

日本にはたしかにその技術はあります。だから使うかと言えば、もちろん使いません。意味がないからです。 

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そもそも核兵器を持つか、持たないかという問題は優れて政治的な問題であって、技術論だけで語るべきではないのです。

今時の「原爆投下」「終戦の日」近辺になると、必ず「日本が核武装する」という亡霊が左右からドロドロと出てきます。

右は「反米強国」を目指し、左は「反米親中」を目指すわけで、方向は真逆ですが、反米の部分だけは一緒です。どっちもリアリティがない空論にすぎません。

日本にはそうする政治的理由が見当たりません。

核武装は日本が米国の「核の傘」から出ることを意味します。言い換えれば、日米同盟を廃棄して、戦前のような軍事的自立をめざすことです。

仮にそれを選択した場合、専門家の試算で年間20兆円規模の防衛予算の増加を覚悟せねばなりません。(※根拠 『コスト試算保日米同盟解体・国を守るのに、いくらかかるのか』防衛大学校安全保障学研究会武田康裕武藤功

そのためには、大幅な増税をして国民への収奪を強めるしかないでしょう。そんなことをやれば、またまたデフレ地獄に直滑降です。

それを自由にできるのは、中国のような共産党だけでなんでも決められる国しかありません。

また、外交的にも非常に不利になります。戦後70年間、営々と築き上げてきた「平和国家」という国際ブランドを投げ捨てることになるからです。

結果、我が国は深刻な国際的な孤立にぶち当たります。

また、とうぜんのこととしてNPTを脱退するのが前提ですから、その場合「核燃料供給に関する日米原子力協定」も破棄せざるを得ませんから、軽水炉用ウランは輸入が不可能になり、今ある使用済みウラン燃料も返却せねばなりません。

日本のウラン備蓄は2,3年分しかない(※)とみられているために、我が国の商業発電は短期で壊滅します
※http://www.aec.go.jp/jicst/NC/tyoki/hatukaku/siryo/siryo8/siryo2.pdf#page=7

ね、核武装って経済的にも、外交的にも、そして原子力の商業発電にとっても、ぜんぜんワリに合わないのです。それでもやりますか?

このようなことを真面目に考えないで、「核ミサイルが欲しい」というのは止めてほしいし、逆に「原発稼働すれば核武装が始まる」というデマも止めてほしいものです。

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労働力を呼んだつもりだったのに、来たのは人間だった

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70年談話がどうのという話題で持ちきりです。 

私は余り関心がありません。マスコミが「侵略」という文言があったのなかったの、「お詫び」があったのなかったのと、マスコミがうるさく言っているのを聞くと、さっさと見聞きするのを止めてしまいます。 

なんで70年2世代以上に渡って、いまだこんなことを節目節目にやらにゃいかんのか、私には理解できません。

じゃあ今度は、80周年、90周年,果ては百周年の2045年にもまた大騒ぎするんでしょうか。 

やれやれ、くだらねぇ。 中韓と日本の左翼以外、誰がそんなことに関心があるのでしょうね(ため息)。

「謝罪」(Apology)を求めているのはこの連中だけです。かつての日本が闘った主敵の米国すら謝罪など求めていません。それは、この米国議会演説で分ったことでしょうに。

戦争を語りたいのなら、「なぜ戦争するはめになったのか」、あるいは「なぜ負けることになったのか」を検証せねば、その原因と結果が百年たってもわかりません。 

そこがわからなければ、吉田茂が緊急避難で作った賞味期限つき戦後憲法の歴史的立ち位置がわからずに、安易な憲法の物神崇拝で終わってしまいます。 

物神崇拝って、しょせん人間が作ったモノでしかないものを、神からの預言の如く崇める行為のことです。

ほら、よく国会前にたくさんたむろしている人たちに見かけるでしょう。9条という法的ツールを、まるで道徳的徳目と勘違いしています。

9条持っていれば、他国よりエライんかって。9条なくしたら、戦争が始まるのかって、常識で考えろって。ああいかん、素になってしまいそう(笑)。

071400(写真 「戦争をさせない」って、あんたら自分を守る戦争もできないの。あ、いかん、素で答えてしまった。。許す許さないって、こういう情緒的言い方がイヤダ。もっとクールになって下さい。無理か)

この戦争になった経緯については、別に検証します。前に一度中国がらみでやりかけたままほったらかしになっていて、気になっていました。 

閑話休題。 今日のテーマは移民でした。

大戦は、様々な後遺症を残します。ひとつの世代が丸ごといなくなってしまったり、日独のように負けでもすれば、民族の芯が折れてしまったような精神状態が70年間放置され続けたりします。 

ドイツは日本と似たような大敗を喫したために、似たようなプロセスで戦争をしたと思われていますが、まったく違います。 

ですから、その戦後のあり方もまったく違いました。対照的と言っていいほどです。 

ドイツ人は日本人をどこかでフンっと軽蔑しているところがあるようですが、日本人もまた彼らの小うるさい説教にうんざりしています。 

お前は、あたしのナンなんだつうの。

それは、民族性まで遡らずとも、戦後のあり方が大きく違ったからです。 

そもそもヒトラーという狂人が日本にはいなかった違い、戦後、分裂国家を経験するかしないかの違い、天皇という国家・民族の統合の象徴が存在したのかしなかったのかの違い、そしてこの移民問題があったかどうかの違いでした。 

いまや、この移民問題は単なる社会的エポックではなく、ドイツ病の大きな原因になってしまっています。 

Img_2(写真 いまや立派なモスクもたくさんある)

当初、移民は「ガストアルバイター」と呼ばれていました。いい響きですね。ガストはファミレスの名前にもあるようにゲストのことで、「お客さん」くらいの意味です。 

アルバイターはいいですね。労働者のことです。別に日本のようなアルバイトの意味はありませんから、「お客さん労働者」でした。 

いかに当初は、貴重な存在だったか判ります。それは、大戦でドイツの若い労働者が大量に死んでしまったからです。 

民間250万、軍人280万、合わせて530万人もの犠牲者を出したドイツは、戦後復興で直ちに困ったのが、労働者の不足でした。 

戦災で焼けた都市を再建するにしても、誰が重いコンクリート袋を運び、誰が鉄筋を組み立てるのか、かんじんな働き手が消えてしまったのです。 

それに対しては、とりあえず、東欧の旧プロシャ領からの大量の引揚者たちが、初期の移民になりました。 

この人たちの大変な苦労は、日本の満州引揚者と重なるもので、筆舌に尽くしがたいものだったといわれています。 

移民というのはちょっと変ですね。同じドイツ語をしゃべるドイツ人ですから。 

さて、、次の労働者不足は、60年代の本格的復興期になって発生しました。 

これも日本とそっくりですが、日本が「金の卵」と呼ばれた農村からの若年労働者で凌いだのに対して、ドイツはトルコに目をつけました。 

トルコは戦前からドイツとのつながりが深かったのもあった上に、ドイツはナチスの極端な人種差別政策をした反動がありました。 

ヒトラーがしたユダヤ人に対するホロコーストや、有色人種に対する差別に対する反省から、いきなり正反対の「異民族・異宗教との共生」みたいなお題目に飛び乗ってしまったのです。 

このへんの観念的振り幅が大きいのが、ドイツ人の困ったところというか、面白いところです。

他人の国の原発事故で、自分が脱原発をしてしまう国が、ドイツです。 事故報告も出揃わないうちに先走るなよ、と思います。

日本人はウダウダと煮え切らないまま進み、意志決定しないままとんてもない状況になり、気がついたらどえらいことになってい、今度はブチ切れて大喧嘩を始めるたというパターンですからね。

Blog_import_52505b2c4094f(写真 ドイツ移民三世のメスト・エジル選手。最近はどうしてもバルセロナに勝てないレアル・マドリッドで活躍する。ドイツ国籍をもつゆえドイツ代表チームのメンバーである)

それはさておき、その結果、1960年代にドイツに大量のゲストアルバイターが流入しました。 

トルコも、先進国のドイツで技術を学んで、帰って来て母国のために役立ててほしいと思って送り出しました。 

つまり、ドイツは単純労働者が欲しく、トルコは技術教育をしてほしかったのです。この思惑の違いが、最初のボタンの掛け違いでした。 

当時のトルコは、第1次大戦で大帝国の崩壊を経験し、その後の近代化の産みの苦しみもあって、第2次大戦は懲りて中立を保ったものの経済的に大変に苦しい状況でした。

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ですから積極的に多くの有為な青年たちを送り出したのですが、待っていたのは大工場のつまらない仕事か、重労働、街のゴミ集めなどの汚れ仕事でした。

それでもまだ足りず、ドイツはなおもトルコからのゲストアルバイターを要求しますが、その時には、もうトルコ側も農村出身の出稼ぎが中心となっていました。

この制度が始まった当座は、トルコ側もドイツ側も、帰って来ることが前提でしたがそうはイカのなんとかでした。

というのは、ドイツに渡ったトルコ人の多くは、ドイツの手厚い医療制度、社会保障制度や教育に魅せられてしまったからです。

そして、移民同士の男女が当然のこととして仲良くなり、結婚し、子供が産まれるというオメデタが日常茶飯事になっていきました。

赤児はフギャフギャ泣き、やがて小学校にでも通うようになってしまったら、帰れというほうが残酷です。

仕事だって、十年以上働けばベテランになり、それなりの地位についていきます。こうなったら、もう帰りたくても帰れません。

そして、同郷のトルコ人は自然と近くに住むようになり、彼らのための商店ができ、モスクが生れ、そして小規模なコロニー(入植地)が出来上がっていくようになります。

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そこに行けば、トルコ語だけで用が足り、ハラール(イスラム教の宗教的食)が買え、モスクで礼拝できるようになります。

そして、彼らの中からリーダーが生れ、政治的組織すら誕生していくことになります。

このように幸福を求めたい、根づいていいいい家庭を作りたい、子供を立派に育てたい、この人間としての根源的要求は、どんどんと大きく拡がり、ドイツに根づいていったのです。

一方、根づかれた方のドイツ人からすれば、予想せざる事態でした。そのへんのドイツ人の有名な嘆き節があります。

「労働力を呼んだつもりだったのに、来たのは人間だった」

かくして、70年代までにドイツ政府はトルコ人に対する帰国を促すさまざまなプロジェクトを実施したにもかかわらず、ものの見事にすべて失敗しました。

●[ドイツのご教訓]
安易な労働者移民はかならず失敗する。移民を単なる労働力で考えてはいけない。あくまで人間である。人間は、家庭を持ち、増えていき、コロニーを形成していくものだからだ。

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ドイツの移民・難民問題という病の深さ

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日の丸・君が代反対運動というのは、一種の懐かしの昭和回帰運動みたいなものです。 

かつての若かりし日の戦後左翼全盛期を懐かしみ、その価値観をなんとか握りしめたまま墓場に行きたいというノスタルジー運動にすぎませんから、今さら社会を動かす力などぜんぜんありません。 

ただし私は、今後、<日の丸・君が代問題>が一定の条件下で、まったく違った形をとって蘇る可能性があるかもしれないと思っています。 

今日はそのことを、別の角度から考えてみます。 

さて、そう思ったのは、先日ドイツ在住の女性からコメントを頂戴したからです。 

ヨーロッパが抱え込んでいる問題は多数ありますが、その中でももっとも解決困難な問題が、難民・移民問題です。 

ある意味、ギリシャ、ウクライナ問題よりタチが悪いのです。なぜなら、国の内部に「国内問題」として抱え込んでしまった病だからです。 

全人口の既に約19.5%、数にして、全人口8213万5000人のうち1556万7000人(2008年)、実に、5人に1人が移民、ないしはその子孫たちです。 

サッカーW杯で優勝したドイツ・ナショナルチーム23人の選手のうち、6人が移民の子孫でした。 

それだけでも充分に大変だと思われるのに、毎年難民だけで20万人以上がドイツ国内に流入してきます。

それも、30万人に達したら大変なことになるといわれながら、とうとうそれすら突破して40万人、いやいやもう50万人に達したぞ、という悲鳴すら上がっています。 

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上図をみると、ドイツが日本に対して、「お前らはぜんぜん難民問題に力を注いでいない」と説教を垂れられそうですが、その原因はもちろん硬直した我が国の難民政策にもあることは事実ですが、それ以上にドイツが置かれた地理的位置にも決定されています。

これらの難民の多くは、95年のユーゴ内戦による難民からの流れで、約74万人いたと国連は推定しています。

ドイツはヨーロッパ中央に位置するために、バルカン半島から至って近距離にあります。彼らがもっとも至近距離で流れ込める先進国は、ドイツかイタリアだったのです。 

今はバルカン半島方面ばかりではなく、中東・アフリカ難民がイタリアに漂着し、イタリア経由でドイツに入って来るケースも目立っています。 

これらをすべてドイツは受け入れているわけではありませんが、その難民認定審査の期間にも、衣食住を保障せねばなりません。 

古い工場を改造して、そこに三段ベッドを入れて、古着を与えてといった手当てをしてもまったく追いつきません。 

いまやドイツの都市郊外には、難民バラックが立ち並ぶという状況があたりまえになりつつあるといいます。 

それらはドイツ地方政府の負担になるために、それでなくてもきつい地方財政が更に圧迫されることになります。 

そしてこれら難民は、特殊技能を持っているわけではない貧困階層が多いために、働くにしてもいわゆる3K労働しかなく、多くが国のごやっかいになることになります。 

これに対して、「従来どおり受け入れるべきだ」という教会を中心とする人道派と、「もう限界はとっくに突破している。社会がメチャクチャになる」とする受け入れ反対派との対立が鋭さを増してきています。 

Willkommenislam001(漫画  政治家は難民、移民に対して「歓迎、歓迎」と呼びかけて、ドイツ住民が「僕はどうなるの」と言っている。政治家が背中に隠して持っているのは、社会福祉、公営住宅、子供手当ての申請書、職場の付与誓約書、選挙権と市民権の公約など。これらを全部隠して゛いい顔をしやがってという風刺画)

また、このようなニューカマーとは別に、ドイツは戦後の高度成長期の労働者不足を補うために、積極的にガストアルバイター(お客さん労働者)を受け入れてきた歴史があります。 

これは1961年にベルリンの壁ができて、東ドイツや東欧からの出稼ぎ労働者が遮断されたためです。 

当初の移民の多くはドイツ語を話すドイツ系の人たちでした。彼らが初めてフランクフルト駅に到着した時には、市長が歓迎の花束を持って出迎えたというエピソードすら残っています。 

今とは大違いですが、これが変化し始めたのがトルコからの大量移民を受け入れた時からでした。 

そのトルコ人移民は、国から家族を呼び寄せて、既に2世3世の世代になってきています。 

彼ら移民労働者の多くはイスラム教徒で、ドイツ人がやりたがらない下層労働に従事しています。

ドイツ人の少子化が進む一方で、イスラム系は子だくさんで増加の一方ですから、これで社会紛争にならないほうが不思議です。 

このオールドカマーの上に、EU統合によるシェンゲン条約によってヒト・モノ・カネの移動が自由になったために、南欧からイタリア人、ギリシャ人が流入し、さらにはEUが東欧圏までも拡大した後は、ポーランドからもドドっと来るという状況になってしまいました。

整理すれば、ドイツの移民構造は三層です。

①戦後すぐの東ドイツ、東欧からの引揚者によるドイツ系
②60年代からのトルコ系
③90年代のEU統合以降の南欧移民

Yd_matuda1(図 国別移民比率)

さて、これだけで十分に複雑ですが、移民は自業自得といってしまえばそれまでですが、さちにこれをこじらせたのが冒頭に紹介した難民問題でした。

というのは、EUというのはひとことで言えば、「ヨーロッパだけで栄えようぜ」というエゴ丸出しの仕組みのことです。

域内をブロック化して、その中のヒト・モノ・カネの往来に制限をはずして、ヨーロッパの白人だけでウマくやりたい、というのが本来の主旨でした。 

その中心に居て、その恩恵をもっとも被ったのがドイツです。最近バレてしまいましたが、EUに入れてやる替わりに、ギリシャなどの南欧を食い物にしてきたのは、他ならぬドイツでした。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-42f1.html 

しかし、ヨーロッパの周りに高い塀を作って、その中で栄えていたら、塀の外の人達はどう感じるでしょうか。 

「冗談じゃねぇや。自分たちだけで楽園きどりかよ。けっ、オレらも入れろや」となりますね。こういう人たちは、自分の国を家族を連れて脱出してくるわけです。

これは幸福を求める、いわば本源的な人の性みたいなものですから、止めようがありません。

平時ですらそうですから、これが内戦ともなると、命懸けで先進国に逃げ込もうとします。

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たとえば、今年の4月には、リビアからマルタ島に向けた難民を乗せた貨物船が沈没しました。

そして痛ましいことには、その船倉に閉じ込められていた数百人が溺死したことが判りました。船と行き違う時に、片方に寄ってしまって、船のバランスがくずれたからだそうです。

そんなていどのことで簡単に貨物船が沈むはずがありませんから、原因は鈴なりになるほど密航者を積んでいた船主と密航業者の責任です。

彼らは、中国でいう蛇頭のような密航業者に5000ユーロから8000ユーロ(1ユーロ130円として約65万から104万円)を渡して密航してくるのです。

当然彼らにはそんな金はないために、悪質な人身売買がなされています。

まるで、現代の奴隷船ですが、いまや地中海は、毎月1500人の密航者が溺死する海と化しています。

これらの奴隷船と遭遇しても、一般の船はせいぜい食料と水をゴムボートで渡してやる程度で立ち去ってしまいます。

妙な仏心を出すと、自分の船に救助せねばならず、その後までのその国に保護義務が発生するからです。

ひと頃ドイツ政府は、「難民救助をすると、かえって難民を食い物にする悪徳業者を増やすことになる」として、救助に否定的だった時期すらありますが、今はその数の激増に見ぬふりもできなくなり、対処を迫られています。

これが、日本が朝日新聞が唱えてきた「多文化共生」の現実の姿なのです。

長くなりましたので、明日に続けます。

 

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日曜写真館 終わりの向日葵

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向日葵は、夏の風物詩ですが、その名の通り太陽を愛する陽性な花だとイメージされています。

しかしなんか、人ガタのようですね。おまけに頭を垂れて、沈鬱そうにも見えますね。あんがい根暗なキャラかも知れません。

そう思って「暗い向日葵」を撮ろうと思ってきましたが、みんな陽気な奴らばかりでニコニコされて困りました。

霞ヶ浦名物の濃厚な夏の朝霧に立ち尽くす向日葵の一群に巡り逢えましたので、ここにご紹介します。

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土曜雑感 日の丸は国をまじめに考えていることのシンボルにすぎない

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このところ出来るだけコメントに、お答えするようにしています。 

私の場合、記事だけで十分長いもので、正直、記事だけで力尽きていたんですが、コメント欄でのやりとりの楽しさは、また別格ですね。 

大いに勉強させていただいております。 

さて、でもいささか困ったのが、自分の知見ならぬ、ただの意見を延々と貼り付けてくるものです。 

なにを勘違いしているのか、「活動報告」と称して、頼んでもいないのに「君が代すわろーず」なんてしゃもないもんを貼り付けてくる馬鹿もいます。 

こんな調子です。 

・・・君も「君が代すわろうず」に入らへんか?(笑)日の丸の不掲揚や君が代の不起立と不斉唱を貫いとる愛国者の諸君! おきばんなはれ・・・ 

だそうで・・・、脱力感。勝手にやりなはれ、アホちゃうか。 

この男、なに勘違いしてわざわざ甲子園行ってんだか。高校野球を政治主張の場にするなって。

あ、いかん素で答えてしまった。せっかく朝日新聞社御公認で君が代歌えるっていうのにさ(笑)。 

私はこういうバーチャルな連中が苦手です。悪い意味で「若い」。 

世界中に、戦争反対や、反政府デモはあまたありますが、実は国旗とデモは「出会いもの」なんです。 

なぜなら、「オレたちのほうが、政府よりまじめに国の行く末を考えているぞ」という印が、国旗だからです。 

だから国旗を先頭に反政府デモをするのが、グローバル・リベラルの定番です。

そういえば、先日、日本の国会前デモをテレビで見ていたカナダの留学生が、「あれ、日本のデモって国旗が一本もないよねぇ」、と不思議がっていましたっけね。 

では、昨今騒がしいギリシャをみてみましょう。この人たちのかなりの部分は急進左派連合の支持者のはずですが、こうです。 

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最近クーデターがあったり、ISの浸透が噂されるエジプトのデモの様子です。これは反モルシ派ですが、実はモルシ派も見た目は国旗ばかりなので一緒です。

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次にタイでも見てみますか。これは軍部に無理矢理に退陣させられたインラック首相反対デモですが、逆の陣営のデモも国旗が先頭というところは,まったく一緒です。

タイは紛らわしいので、Tシャツの色で区別しています。

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次はフランスでも見てみますか。これは、シャルリへのテロに対する抗議デモの写真です。

銅像の上のニイちゃんがもっているのはエンピツ。言論の自由を守れと叫んでいるのでしょう。

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日本で、日の丸振り回したら、応援団か在特会かって言われそうなのが哀しいですが、フランスでは楽しいにつけ、哀しいにつけ、そして怒る時はもちろん、三色旗です。

え、それは、戦勝国だからだろうって。戦争で負けて反省している国は国旗を納戸にしまいこんで、お日様に当てないだろうって。ずっと日陰者で右翼のシンボルだろうって。

さぁどうかな。

では、同じシャルリに対するドイツにおける連帯デモを見てみましょう。これもドイツ国旗が溢れています。

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もうくたびれてきたから、米国は略しますね。米国人の星条旗フェチは有名ですからね。バンツにまで星条旗だもんな。

中国と韓国もいいよね。ウルトラ・ナショナリズムだから。

韓国の場合は、むしろこんなかんじ(苦笑)。燃える韓国は、隣国の国旗を平気で燃やします。

もちろん、国際常識からすればそうとうにストレンジで、アグリーで、ピティフルで、ステューピッドな風景です。(気の毒なんであえて横文字にしました)

Yjimage9ehv6swd(写真 毎度おなじみ日の丸の火刑式。ISなみの野蛮さだ。逆に在特会あたりが、太極旗を焼いたら、大騒ぎするだろう。自分がやられて不愉快なことは他人にするなって、習わなかった)

とまぁ、ご覧になったように国旗は世界的には、戦勝国、敗戦国の違いはなく、自分が母国をいかに真剣に考えているのか、はたまた愛しているのかということの素朴な象徴でした。

まぁだから、韓国みたいに隣国の国旗を燃やすってことは、相手の大事にしているシンボルを燃やしてやるゾ、ざまぁみろというわけですから、本来は大変に肝の座った挑発行為なわけです。

ギリシャ人がトルコ国旗を、こんなに年中行事で燃やしたら、トルコ軍が爆撃に来ますよ。だから、隣の因縁がある国の国旗を焼くというのは、大変なことなのです。

日本人は、国旗の意味を学校で習ってこなかったし、韓国人はどうも歪んで習ったみたいですから、ある意味「平和」でよかったね。

ひと昔前のヨーロッパでこれやったら、開戦事由になりえますが、韓国は日常的にせっせと日の丸・旭日旗の焼却作業に勤しんでいるために、日本人のほうにも侮辱耐性菌が出来てしまいました。

まぁ、それもそれで情けないけどさ(笑)。

日本の場合、戦後左翼の人たちが、ひたすら教室で教えてきたのが、国旗は「侵略の象徴」だとか、「軍国主義のシンボル」だという政治的意味付与でした。

Tky201101280212(写真 日教組のジジババによる世界記憶遺産のような日の丸・君が代反対闘争。この人たちの老後の楽しみを奪っては気の毒だとして、地裁は訴訟ジジババに勝たしてしまった)

私たちの世代は、小学校の時からみっちり仕込まれましたっけ。だから今でも、むしろ60以上の年寄りのほうが、日の丸アレルギー患者が大勢います。

私の子供の頃は、小学校のセンセが優しく、「いいですか、皆んな。日の丸の赤はアジアの人の血の色。白は骨の色なんですよ。わかりましたねぇ」なんて教えてくれたもんです(ホントの話)。

だもんで、この世代は、韓国人と一緒でナチスのハーケンクロイツと同一視する人すらいます。あれは党旗、こっちは昔からの国旗。ぜんぜん違うだろうって。

なんせもう、幼い頃にインプリンティングされちゃったもんで、脳味噌で考えるより先に、生理的に受け付けないってタイプが大勢います。

しかもそれが、ジジババばかりだから困ったもんです。

マスコミも、日教組のセンセたちが、式典で国歌斉唱の時に、座ったの座らないの、歌ったの歌わないのと、まるで一大事のように騒いでいました。

まったく、どうでもいいのになぁ~(棒)。死ぬまでやってなさい。9条と一緒で、もう半ば宗教の領域なんだから。

やれやれ、日の丸は大宝律令の頃から、日本の国旗として使われていた慣習があるのだよ。どうして、近代の、それも日本の誤った戦争ばかり切り取るのかね。

Kanrinmaru(写真 日の丸を掲げる幕府海軍咸臨丸日本は、古代からほぼ一貫して日の丸を国旗として使用してきた。近代の「侵略戦争」とはなんの関係もない

別に国旗のために戦争をしたわけではなく、戦争という行為は戦争それ自体として分析評価すべきであるのは、わかりきったことです。

日の丸の旗は、戦わねばならない戦争の時にも兵士を鼓舞したし、やってはならない戦の時にも翻っていました。

それはどこの国も同じです。どこの国にでも戦争にたなびかなかった国旗など世界に皆無です。

その戦争が正しかったか、間違っていたか、あるいは勝ったか負けたかは、まったく別次元の問題なのです。

第一、負けるたびに国旗替えてどうするんだつうの。

見ねばなならないのは、その戦争のほんとうの姿であって、旗に罪はありません。リベラルもコンサバも関係ありません。右も左もないんです。あたりまえじゃないですか。

どうしてうちの国は、こういう世界常識が通用しないんだろう。

こういう日本の幼稚な国旗に対する迷信は、いいかげん馬鹿馬鹿しいから止めましょうよ。

こういう連中につきあっていると、どんどんと自分も暗黒面ならぬ、馬鹿面にころがり落ちそうでイヤダ。

 

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広島・長崎「原爆投下」 これを戦争犯罪と呼ばなければ何をそう呼ぶのか?

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米国には歴史修正主義(ヒストリカル・リビジョニズム/historical revisionism)という言い方があって、第2次大戦の戦勝国の言い分と異なった認識を示すと、「こら、リビジョニストめ!」とバッシングされるのがおちだそうです。 

このリビジョニストという概念は、ドイツのユダヤ人虐殺問題を否定するドイツ国内の論調に対して使用されたのが初めです。

そして今や、どんどんとその幅を拡げて、戦勝国史観を批判しようものなら、たちどころに「このリビジョニストめ」という罵声が飛んで来ます。

もちろん、ホロコーストを否定することはいかがなものかと思いますが、慰安婦のような根も葉もないプロパガンダや、広島・長崎に対する核攻撃を批判することすら、同列のリビジョニスト扱いです。 

あくまでも正史には、「米軍は本土決戦による100万人戦死を予防するために原爆投下を決断した」と、まるで人道上の判断で核攻撃したかのような言い方です。

しかし、この原爆投下計画(マンハッタン計画)は、すでに1943年(昭和18年)5月5日に決定されています。

時期としては、ガダルカナルからの撤退、山本五十六長官の戦死、アッツ島で日本軍が全滅の頃です。本土決戦はおろか、まだ勝負の行方はわからなかった時期です。

『資料 マンハッタン計画』1943年5月5日付け資料135「軍事政策委員会政策会議」にはこう記録されています。

「最初の爆弾の投下地点について意見が交わされたが、最適の投下地点はトラック港に集結している日本艦隊であろうというのが大方の意見のようであった。スタイアー将軍が東京を挙げた。 (中略)
日本人が選ばれたのは、彼らが、ドイツ人と比較して、この爆弾から知識を得る公算は少ないと見られるからである」

すなわち、戦争の中盤頃から既に、米国は核攻撃の意志をもち、それを実行に移していたのです。 

しかもこの米国の記録から分るように、当初には、東京が攻撃目標に上げられていました。

東京が原爆投下の目標にならなかったのは、都市部が完璧に通常爆撃で焼き尽くされて廃墟と化していたからにすぎません。

また日本人は、「この(核)爆弾からドイツ人より知識を得ることが少ないから」だそうです。ありがたくて涙が出ます。

このように原爆開発は、まったく本土決戦とは関係のない、米国人の戦略的都合にすぎません。

0c6d8ea485e84112b9dff01c587fc07b_xl(写真 広島の原爆によるキノコ雲。)

ただし米国は,落とすことには積極的でしたが、どこに具体的に落すかについては、大いに悩んだようです。

実は京都は最後まで広島と攻撃対象を争った都市でした。 

『資料』はこう語ります。 

「京都―この目標は、人口100万を有する都市工業地域である。それは、日本のかつての首都であり、他の地域が破壊されていくにつれて、現在では、多くの人々や産業がそこへ移転しつつある。心理的観点から言えば、京都は日本にとって知的中心地であり、そこの住民は、この特殊装置のような兵器の意義を正しく認識する可能性が比較的に大きいという利点がある」  

京都は、「知的レベルが高い」から、核攻撃の意味を正しく理解するだろうということのようです。なんとふざけた言い分か! 

これを戦後日本人は、米国が歴史都市京都を救った美談ストーリーのように語り伝えています。その余りの日本人の人の良さに愕然とします。

また多くの教科書は広島が、「軍都」であることが重要な投下理油だったと書いています。

これは、戦後リベラル派の常套句で、まるで広島か軍都だったからこんな目にあったんだ、みんな軍国主義が悪いんだ」という理由付けに使われました。 

『資料』は、広島についてもこう冷厳に投下候補になった理由を書いています。 

「広島―ここは、陸軍の重要補給基地であり、また、都市工業地域の中心に位置する物資積み出し港である。広島はレーダーの格好の目標であり、広い範囲にわたって損害を与えることのできる程度の広さの都市である。隣接して丘陵地があり、それが、爆風被害をかなり大きくする集束作用を生むであろう。川があるので、焼夷弾の目標としては適当ではない」

ここで米国が重視しているのは、軍事的な理由ではなく、むしろその爆撃効果がはっきりと掴める地形的理であったことです。
 

つまり、米国はこう「悩んだ」のです。 

「日本人は、知的レベルが低いから、ドイツ人のようにこの原爆の価値をみやぶって、自分も作る科学力はないだろう。
だから、米国の意志を教えるために、「知的レベル」が高く日本人が貴重に思っている京都に投下するのもいいだろう。政治的に効果はもっとも高い。
一方広島は、丘陵に囲まれ、一方が海に開けているので、核兵器の集束効果が期待できて、今後の核開発に役に立つ」
 

事実、戦後直ちにこの結果を知るべく、米国は大規模な米国戦略爆撃調査団( USSBS)を、広島、長崎に送り込み精力的な調査に当たらせました。

もちろん人命救助ではありません。その核の効果を早く知りたかったのです。彼らは膨大な報告書を作成しています。 

この報告書は、ソ連との冷戦期の戦略構築に大きく貢献しました。
http://rnavi.ndl.go.jp/kensei/entry/USB.php 

Photo

さて、上の写真を御覧ください。Google Earthによるものですが、広島は海に面して三方を山によって塞がれている地形だとお分かりいただけると思います。

これに原爆の爆撃効果の図を重ねてみます。

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このような地形は、もうひとつの被爆地・長崎にも共通していますが、核爆弾の数十万気圧の超高圧と、数万度に達する超高温、そして風速280メートルもの爆風を効果的にするにはうってつけの地形でした。 

鍋の中で爆発させるほうが、広い場所でするよりも効果が高められると計算したのです。 

また、市街地範囲が直径3マイル(約4.8㎞)以上あることも条件でした。この規模ならば市民の人口が30万人ていどに及び、殺傷力の測定が容易になるからです。  

5月11日の第2回投下目標検討会議で、このような条件を持っていた京都、広島、横浜、小倉、新潟、長崎、京都などが挙げられ、これらの都市は広島が第一目標となるまで空襲が差し控えられました。  

空襲してしまうと、核兵器の威力が測定できなくなるからです。 

広島の空襲禁止指示は5月28日に出されています。  

さて、私はさきほどから、「核攻撃」という表現をしました。英訳すれば、nucleophilic attackですが、「原爆投下」をatomic bombing と訳せば、そのものズバリの「核爆撃」です。

しかし、an atomic bomb was dropped on・・・、として動詞として使えば、その目的語まで指定せねばなりません。

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(写真 長崎市への核攻撃された瞬間)

その目的語はいうまでもなく、Hiroshima  citizenです。しかも、もっと厳密に言えば、非武装市民demilitarization citizenです。

したがって、全文を英訳すればこうなります。
The United States nucleus atacked demilitarization citizens in Hiroshima,Nagasaki.

14_1120_rememb_07(写真 原爆投下の当日、やけどと負傷にあえぐ被爆者。学童や女子学生の無惨な姿が痛ましい。1945年8月6日午前11時ごろ、爆心地から2.2キロの千田町三丁目御幸橋西詰撮影松重美人氏=広島平和記念資料館の展示物より)  

このことをはっきりさせないで、言葉をあいまいに「原爆投下」というふうにスリ替えています。すり替えたのは、他ならぬ私たち日本人自身です。

まるで天災にでもあったように!

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これはあの有名な「過ちはくりかえしません。安らかに眠って下さい」、という平和公園石碑の文句にもつながる重大な自己欺瞞です。

小野田氏はルバング島から帰還して、平和公園を訪れた時、この石碑を見てこう尋ねたそうです。

「これは米国が書いたものか」

戦後、保守側は、米国の庇護によって冷戦期を泳ぎ渡ろうとし、一方リベラル側もすべてを日本軍国主義の責任にしたかったために、その思惑の一致から、米国の戦争犯罪に対する追及がはずされ、まるで日本民族を襲った天災か、自業自得のように「修正」されたのです。

そしてその思惑は、米国の罪悪を帳消しにしてくれるために、日米合作の「歴史修正」となったのです。

1945年8月6日午前8時15分、広島市島病院上空580メートルで炸裂した原爆から照射されたガンマ線、中性子線を中心とする高エネルギーの放射線は、直下の人々の頭上に降り注ぎました。

TNT換算で15キロトンでした。 

その結果、当時の広島市の人口35万人(推定)のうち約半数に当たる9万から16万6千人が被爆後2カ月から4カ月以内に死亡したとされています。

この米国の核攻撃による死亡者は、5年後に広島、長崎を合わせて34万人にも登ります。その9割以上が、非戦闘員の女性と子供を含む一般市民でした。

これはまがうことなく、人類が犯した最大の戦争犯罪です。

ではなぜ、この広島に原爆が投下されたのでしょうか。もちろん韓国中央日報キム・ジン記者が傲岸に言うように「神の懲罰」や、「日本が侵略行為の報いを受けた」わけではありません。

1945年(昭和20)年6月の検討会議で、原爆の使用については、「労働者の住宅に囲まれた軍需工場に、事前の警告無し」で投下すべきだと決定されました。  

この会議では開発に携わった科学者の一部から無警告の原爆投下に反対する発言が相次ぎましたが、結局押し切られてしまいました。  

後に、これに関わった多くの科学者は終生、良心の咎めを受け続けることになります。  

実際、当時の我が国には継戦能力はほとんど失われており、政府、軍部内にも和平を模索する動きが強くなってきていました。 

軍事的に見ても、まったく広島・長崎への2発の核攻撃は不要なものだったのです。  

もし軍事的な攻撃目標が必要ならば、広島の近隣にある呉軍港を標的にすればいいのであって、非戦闘員が大部分を占める都市に対しての核攻撃にはいかなる正当性も見いだせません。  

とくに、核攻撃の対象候補とされた都市は、正確にその効果を測定するかめに通常爆撃が控えられました。

百歩譲って軍事的圧力により日本を降伏に追い込みたいのならば、後にさんざん核実験をしたような無人島で実験してみせればいいのです。それだけで、当時の日本政府は降伏を決意したでしょう。  

米国は、大戦の後にくるであろう対ソ戦に備えて核兵器の実戦データを欲していました。ユタ砂漠などの実験では威力が読みきれなかったからです。

露悪的に言えば、人体実験データが必要だったのです。 

ですから、現実に人が大勢住む都市で、無警告に落としてみる「必要」があったのです。

広島・長崎合わせて約34万人の犠牲者(5年後)は、生きながらにして人体実験に供せられたのです。

私はこの「広島原爆投下」を、正確に<広島大虐殺>、Hiroshima genocide(ヒロシマ・ジェノサイド)と呼ぶべきだと考えます。

今回、ケネディ大使の式典参列と、彼女の尽力による国務次官の参列を私は素直に評価します。

もう70年もたっているのです。互いに、歴史に敬虔に向き合うべきには十分な時間です。

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日本の民主主義の成熟度ってこのていどだったんですか

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日本の民主主義が危機だという人達がいます。 未成熟だと言う人もいます。

私も同意します。民主主義の成熟度は、一般的にその国のマスメディアと議会の質疑内容のクォリティで判断されるといいます。

たとえば、こういう記事が日本を代表する「高級紙」の一面に登場するような国を、決して民主主義が成熟しているとは言わないでしょう。 

「▼軍隊は出てこなくても、これは一種のクーデターではないのかという批判がある。集団的自衛権を行使できるとした安倍政権閣議決定のことである。最近では憲法学者の石川健治・東大教授が、雑誌「世界」で語っている▼集団的自衛権憲法9条の下では行使できないとしてきたこれまでの政府見解を、百八十度ひっくり返す。国民に問うこともなく、あっさりと。これは「法秩序の連続性の破壊」であり、法学的にはクーデターだった、と。事の本質を突いているのではないか」
http://www.asahi.com/articles/ASH7F3HBKH7FUSPT006.html 

これは朝日新聞の「天声人語」7月14日付けのものです。現政権の安保法制の「本質はクーデターだ」と決めつけています。 

この記事以来、お墨付きを貰ったとばかりに、ヒダリの人達のネット界やデモには、この言葉が定番となってしまいました。

146_30113(写真 ちょっと前までの反安保デモ。田舎の暴走族みたいで゛一般人がおびえたために、シールズの青山通り・白金路線に変わったみたい。)

いままでこういう朝日はこのコラムの冒頭で、クーデターについて、いちおうの定義を試みていますので見てみましょう。 

「クーデターという不穏な言葉がある。フランス語で、直訳すれば「国家に対する一撃」。文献によれば、国の支配層のある部分が、ライバルなどから権力を奪取するための非合法的な奇襲をいう。多くの場合、武力が使われる」(同)

 この朝日自らの定義は間違っていません。

平たく言えば、「国家に対する支配層内部の暴力的政権簒奪のための攻撃」といったところでしょうか。

東アジアでは、1956年5月16日の朴正煕少将(写真下右の人物)を中心とした「軍事革命委員会」による「5.・16軍事クーデター」が有名です。

5_16_coup_park_chunghee_2(写真 クーデターの折りの゛後のバク大統領。MA1など着てオシャレ。しかし、この決意に満ちた表情は凄味がある。いうまでもなく、今のパククネさんの父親だが、彼は満州の日本陸軍系列の軍学校出だ)

ラテンアメリカ、東南アジアやアフリカでひんぱんに行なわれました。今も一部の地域では絶えることがありません。

つい先だってもエジプト軍がクーデターを起こして、合法的に選出された文民政権を潰しています。

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 さて、クーデターと定義するためにの条件で重要なことは、「暴力的」、あるいは「武力をもっての攻撃」というという部分です。 

そうです。クーデターを、他の政治行為と画然と区別するのは、その暴力性です。民主国家において、合法的武力は軍隊以外に保有しませんから、当然軍隊がその主役になります。 

つまり、「軍隊による政権打倒」というふうにも言い換えられるわけです。 

ならば、朝日は、「現在強行されている安倍政権の安保法制審議の影には自衛隊が存在し、自衛隊がクーデターを準備している」とでも言いたいのでしょうか(苦笑)。

いいかげんこういう、くだらない言葉遊びは止めませんか。

誰がどう見ても民主的な手続きを踏んで行われた衆院での安保法制採決が、クーデターならば、言葉のインフレでしかありません。

報道において用語を厳密に使うために、整理部というセクションまでもがある朝日新聞社とも思えない「誤用」です。

私は、別に安倍政権を肯定したくて言っているわけではなく、こういう粗雑な言葉の濫用による焦点はずしはやめろ、と言っているのです。

一方、議会はといえば、相変わらず、明後日を向いた安保審議をしています。

今、審議されているのはあくまでも安全保障問題であって、枝野幹事長や、岡田代表がいまだに懲りずに触れ回っている徴兵制復活でもなく、「戦後教育によって失われた国防意識」でもなく、ましてや「日本国憲法によって破壊された日本人の価値観」の問題でもないのです。

ああ、民主党とっくには諦めていますが、この脳味噌が入っていない国士気取りの与党議員たちをなんとかしてくれよ。

大新聞はクーデターが起きたと騒ぎ、チンピラ議員は原発に弾道ミサイルが落ちたらどうするんだ絶叫し、元官房長官や元外相は徴兵制がやって来ると煽動し、負けじと与党議員は「戦後教育が」と無関係なことを喚く。

そしてとうとう昨日などは、中谷防衛相が「後方支援で核兵器を輸送できる」と言ったと、またまた大騒ぎ。

中谷さん、あなた、今回の審議にはまったく不向きだ。そもそも自衛隊が関わるような海外の警察行動において、核兵器が使われることなど金輪際ありませんから。

反核がどうのということではなく、軍事的に意味がないからです。

D0123476_11182420(写真 イラクにおける米軍。このような一般人とゲリラが混在する状況で、どうしたら核兵器が使える野だろうか、教えてほしい)

たとえば、NATOは米国の要請に従って、アフガンに国際治安支援部隊(ISAF)を出兵しましたが、治安維持活動のためにタリバンと戦っているのに、核兵器でチュドーンと一般人もろとも吹き飛ばしてどうするんです。

今、米国が戦っている戦争は、かつて冷戦期のような巨大な正規軍同士が、核兵器を持って対峙する情勢ではありません。

非対称戦争といって、正規軍とテロリスト集団が混在する様相を呈している複雑な戦闘です。

このような一般人とゲリラ、あるいは、前線と後方が入り乱れているような戦場で、すべてなにもかも吹き飛ばす核兵器など使用できる条件は皆無です。

百歩譲って米軍が核兵器を使用すると決意したとして、その輸送を他国軍に任せることなど絶対にありません。

横須賀では、空母ジョージ・ワシントンの整備はほぼ日本人がやっていますが、原子炉だけは、米本国から専門チームが500名も来てそれに当たっています。日本人はオフリミットです。

原子炉についてもそうなのですから、ましてや核兵器について米国が他国軍に輸送などさせるはずがありません。

常識で考えればわかるレベルの話です。

こんなことを聞く野党も野党、それをトップで「被爆者感情を逆撫でする」と報じるメディアもメディアですが、答える方の中谷氏も愚直にもこう答えてしまっています。

「理論的にはありえる」。そりゃ「理論的」には」ゼロじゃないけど、あんた、学者か。批判されて、慌てて「非核三原則ありますから」。非核三原則は関係ないって。

「そのようなありえない仮定にはお答えできない」と突っぱねればいいのに、この愚直男ときたら・・・。よく、こんなレベルで幹部自衛官が勤まっていたな。もう馬鹿か・・・!

今さら替えるわけにはいきませんが、中谷氏はまったく今回の法審議には不向きです。

安倍氏は、石破氏に土下座してでも、次はキミだからと耳元でささやいてでも、彼を据えるべきでした。

今の安保審議で必要なのは、リアルな安全保障の現状認識とロジカルな法対処であって、日本精神論ではなく、ましてや情緒論や憲法神学論でもないのですから。

とまぁ、こういう状況で、マスコミは脳味噌が歪んでいて、国会議員たちは不勉強といった具合で、この観測史上異常な高温の中、くだらない審議が延々と続いているというわけです。

日本の民主主義の成熟度ってこのていどだったんですか。そうとうにシニカルになりかかっているワタクシ。

末尾になりましたが、本日は広島に原爆が投下された日です。

虐殺された、広島20万人、長崎14万人(被爆後5年間)の無辜の市民の霊に黙祷します。

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法的安定性と具体的妥当性 難しそうだが簡単

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磯崎陽輔総理補佐官の、「法的安定性などどうでも良い」発言が攻撃されています。 

野党とマスコミは、磯崎氏の首を獲れば、安保審議の引き延ばしと、うまくいけば安倍政権の命脈にまでつながると思っているようです。 

鴻池委員長が注意を与えたようですが、磯崎氏の発言がどのようなものか全文を押えておきましょう。 

いつもこのテの失言は、攻撃したい部分だけをスパッと切り取って前後の文脈から切り離した、批判するものが多いからです。 

この問題視されている磯崎氏の発言は、大分合同新聞7月28日に掲載されたものです。
※http://isozaki-office.jp/data/DOC150728-20150728100757.pdf
 

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さて、このどこが問題なのでしょうか。 

磯崎氏が批判されねばならないとしたら、それはこの「時期」に揚げ足を取られるようなことを言ったという、タイミングの問題にすぎません。 

私は何度か警告しているように、この時期に自民党議員、特に政府関係者には「言論の自由」なんぞないと思っています。 

発言が妥当であるかどうかは、その「時期の妥当性」が決定するのであって、本質的に正しいかどうかは二の次なのです。 

ま、正しいことも、時と場所わきまえろ、ということです。ガキじゃないんだから、そのくらいわかるでしょう。 

その意味で、何人かの自民党議員が保守の本音のようなことを迂闊に口走って、ことごとく槍玉に上がり、政権の足を引っ張っています。 

ひとことでいえばマヌケです。いいかげんにしなさい。同心・与力クラスが、合戦の足引っ張ってどうするんだつうの。

この連中の多数にアグラをかいた抜けぶりにはうんざりします。 

民主党とマスコミは、重箱の隅をつつき、毛を吹いて傷を求めて、「自民党がまた、こんな暴走を」とやりたいのですから、それに乗るほうがバカなのです。 

その意味で磯崎さんには、大いに反省してもらわねばなりません。

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閑話休題。この「法的安定性」という言葉は、一般人には聞き慣れないので難しそうにみえますが、さほどでもありません。 

法学の入門書には必ず出てくるような概念です。磯崎さんは東大法学部なんでツルっと使っちゃったんでしょうね。
法解釈Wikipedia  

この「法的安定性」とは、平たく言えば、朝令暮改をすんな、というだけです。法律を朝決めて、夕方にはやーめたとやられたら、国民はおちおち安心して暮らしていけません。 

だから法に則って安定した暮らしができるように、法律は安定したもんじゃなくちゃいけないんだよ、ということです。 

ね、あたりまえのことでしょう。学者は簡単に言うと商売にならないので、わざとめんどくさく言います。 

よくこの法的安定性の例え出てくるのは、泥棒と警官の例です。窃盗を犯したら刑法で有罪と決めてあったのが、ある時廃止になってしまったとします。 

もう泥棒しようが強盗を働こうが自由。これでは国民は安心して暮らせません。だから法は安定せねばならないと、考えるのです。

ただし、これも行き過ぎると、お役人が、「え~これこの案件はこことここが前例にありませんので、適用除外となります」みたいな、杓子定規の硬直したお役人仕事で世の中が溢れることになります。 

これもそうとうに困ります。

いや、むしろ官僚主導型法治国家のわが国では、こちらのケースのほうが多いでしょう。

これについて大臣官房審議官(初等中等教育局担当)の前川喜平氏はこう述べています。
※http://godzilla55yankees.blogspot.jp/2008/06/blog-post_14.html

「法令の文言を盾にとって明らかに社会正義や人権感覚に反するような結果を押しつける役人のことを「法匪」という。 
制定された時点ではそれなりの妥当性があった法令も、現代の様々な事態に文字どおりに当てはめると支障をきたす場合がある。
法的安定性にあぐらをかいて時代遅れの法令を十年一日のごとく杓子定規に適用するだけで事足れりとしていては、新しい時代の新しい事態に対して、ことごとく具体的妥当性を失うことになりかねない。
そういう場合には、時代の変遷に合わせて解釈・運用を変えることも必要だ。
法令の解釈には、拡大解釈、縮小解釈、類推解釈、反対解釈などいろいろな手法がある。法令の運用にも弾力的運用と言われるものがある」(2008年6月14日 太字引用者)

前川氏が指摘しているのは文部行政ですが、ここで前川氏は「制定された時点ではそれなりの妥当性があった法令も、現代の様々な事態に文字どおりに当てはめると支障をきたす場合がある」と述べています。

どんどん社会は変化して、新しい事例が生れているのに、その都度お役人が、「え~、これは刑法何条第何項にはあてはまりませんな」みたいなことで、対応してくれません。

その第何条第何項を六法で読むと、明治40年施行などと平気で書いてあったりします(笑)。

こういう官僚的硬直では、時代の変遷には対応できません。

そこで時代の変遷に合わせて具体的に対応していこうということで、「法令の解釈には、拡大解釈、縮小解釈、類推解釈、反対解釈」(前川前掲)などという柔軟な法運用が生れて来ることになります。

それを、「具体的妥当性」という法律用語で呼びます。

つまり、「法的安定性」だけては概念の半分であって、もう一方の「具体的妥当性」が問われて、一対の法的概念として成立するわけです。

まさに磯崎氏がテーマとしている安全保障は、このような枝葉末節の法的硬直が溢れ返っている分野です。

たとえばグレーゾーン対処や駆けつけ警備など、現場は「法的安定性」のあまりの硬直ぶりに、この「具体的妥当性」で対抗してきました。

この知恵較べの歴史が、自衛隊と海保の歴史だったほどです。

磯崎氏が「国を守るために何を考えていかねばならない時に、法的安定性は関係ない」と言ったことは、まさにこのことです。

ただし、99%の国民は、マスコミの印象報道に従って、「磯崎はアベのおともだちだから危険な奴に違いない。また自民は勝手に憲法を改釈して、戦争をする気なんだ」、と短絡して理解してしまったことでしょう。

まったく不毛です。野党とマスコミは、いいかげんまともな安全保障論議をしたらどうなのでしょうか。

 

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朝鮮半島の「暴風雨」にさらされた日本

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昨日からの続きです。 

戦争は突然にやって来ました。1950年6月25日、日曜日午前5時早朝。 

北朝鮮の戦車軍団は、前夜からの嵐を止むのを待つようにして、韓国に侵攻しました。開戦暗号名はいみじくも「暴風雨」(ポップン)。 

一斉に北朝鮮軍の猛烈な砲撃が開始され、わずか30分後には10万を越える完全武装の兵士が、当時の最新鋭戦車T34を先頭にして、韓国になだれ込みました。 

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 『吉田茂とサンフランシスコ条約』(三浦陽一)によれば、韓国軍の指揮官は記念の宴会に酔いしれ、日曜日のために兵士は兵舎にすらいませんでした。 

兵士の多くは、田植えのために帰宅していたからです。仮に韓国軍がまともに待ち構えていたとしても、まったく勝ち目はなかったでしょう。 

なぜなら韓国軍には、大砲はまったくなく、戦車はわずか91門、航空機は作戦機がゼロ、練習機しかないというありさまでした。戦争をするしないという次元ではありません。 

大統領への報告は、遅れに遅れ、実に奇襲後6時間たってから伝達されるありさまでした。 

そして大統領・李承晩は、雪崩のようにソウルに押し寄せる北の軍隊を見るや、漢江の橋梁を爆破し、我先に逃げ出しました。

先だってセウォル号事件で見た船長さながらです。 

まだ渡河している多くの難民や兵士は、橋もろとも爆破され、取り残された者たちには悲惨な運命が待ち構えていました。 

このような韓国軍の自壊によって、北朝鮮軍は難民の群を蹴散らすようにして、一気に半島南端の釜山にまで、残存する韓国軍と少数の米軍を追い込みました。 

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この朝鮮戦争は、東アジア有事を考えるケーススタディとして、今でも興味深いものですが、今回のテーマは当時のわが国の動向ですので、この戦争の推移については別の機会に譲ります。 

さて、この朝鮮戦争の勃発を知って、昭和天皇は「火はもう門前に迫っている」と思われたと、岸田侍従長は『侍従長の昭和史』の中で述べています。 

激動の昭和の戦争を知り尽くされた天皇にとって、わが国の平和が戦後わずか10年で、再び瓦解していく姿を予感されたのだと思います。 

吉田茂の脳裏に浮かんだ風景もまた、このようなものではなかったのでしょうか。 

敗退した米軍が九州に逃げ込み、それを追って中ソの支援を受けた共産軍が上陸し、わが国を「貸し舞台」にした地上戦が激しく行なわれるだろう。

街は焼け野原になり、人々は難民として逃げまどう。そして日本国民を保護すべき自国軍隊は憲法によって存在を禁じられ、国民を守るのは中古拳銃しか持たされていない警官しかいない。

しかし警官の拳銃による抵抗など、外国の侵略軍によって軽々と蹴散らされ、日本民族は滅亡に瀕する。

このようなシナリオを描いたのは、日本の吉田だけではありませんでした。米国国務長官ダレスは、朝鮮半島を視察後にワシントンに戻ると、このような分析をしています。

「共産主義勢力の真の標的は日本列島にある」(『ダレス覚書』)

随員としてダレスに同行したアリソンは、ダレスがこのように判断していたことを証言しています。

「日本が米国との反共産軍事同盟に入らないように圧力を加えるのが、共産主義者たちの目的なのだ。このままでは日本への武力侵攻もありえる」(三浦前掲書)

そしてトルーマン大統領もまた、朝鮮半島を当時同時期に勃発していたギリシャの共産軍との内戦に重ねて、こう述べています。

「朝鮮は極東のギリシャである。それ自体は重要ではないが、今、譲歩すればその影響は波及し全アジアに及ぶ」

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気の毒なコリア。パククネさん、聞いたかぁ。トルーマンの頃から「朝鮮などは重要じゃない」ってさ(笑)。

一方、吉田は1950年7月14日の国会の施政方針演説で、こう発言しています。

「赤色侵略者がいかにその魔手をふるいつつあるかは、朝鮮事件によって如実に示されておるのであります。かかる事態に直面いたしても、いまなお全面講和とか永世中立とかいう議論がありますが、これはまったく現実から逆行した言論であります」

ここで吉田は、いままで延々と野党、新聞、文化人学者たちが主張すしてきた、「共産主義国家とも仲良くして、永世中立の非武装国家でいるべきだ」という空論を完全に潰すしかないと決心したのです。

信じがたいことに、これら新聞と文化人はこのような朝鮮の現実を前にしてもなお、「朝鮮戦争を仕掛けたのは米国だ。戦争反対。中ソと国交を結べ」と叫んでいたのです。

なんだか猛烈に既視感がある発言ですね。

それもそのはず、サンフランシスコ全面講和派の考えは、今の安保砲声反対派の思想のオリジナルです。昨日も紹介した鳥越俊太郎氏はこう言っています。

「最近、領土問題が議論され、北朝鮮が弾道ミサイル実験などしていると、勇ましい意見が必ず出てきます。アメリカと一緒にあいつらたたきつぶせ、と。だけど絶対、戦争はしてはならない。僕は最後の1人になっても、どんな状況になっても「NO」と言い続ける。それが僕が自分の胸に突きつけているあいくちです」(2011年1月10日東京)。

そして彼は、9条護持を叫び、現政権を戦後最悪と決めつけています。彼らの脳味噌には「第9条」と書かれた紙が一枚だけしか入っていないのでしょうか。

Ckccefsumaatqf8(写真 デモの前で演説する鳥越俊太郎氏。こういう齢になって、いささかも変化せずに子供じみたことをいう文化人のなんと多いことよ。年寄りの仕事は、若者を煽ることではないはずである)

吉田は、日本が自由主義陣営の一角に参加し、その防衛ブロックに属することで日本の安全を守ろうと明確に決心したわけです。

ここから吉田は、サンフランシスコ講和条約と、日米安保条約、自衛隊の創設にまで一気に駈け抜けます。

明日は、陛下をして「門前の火」と思わしめた、朝鮮戦争への日本の関わりをお話します。

それにしても、当時の野党と新聞や文化人は、60年前からただの一歩も進歩していないことに、逆に驚かされます。

ある意味、スゴイ。生きているゴンベッサ。 

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日本の「非武装中立」を破壊したのは日本共産党だ

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あいからわず、護憲のみなさんの声は大きいようです。シールズ・ジュニアの高校生までもが、デモしたとか。ああ、昔、私たちの世代もやりましたね。私など、危うく退学になるところでした(遠い目)。

あだしごとはさておきつ、この人たちの主張の最大公約数はこうです。

「9条を遵守すれば未来永劫日本は平和である。日米安保を廃棄すれば、米国の戦争にまきこまれずに、いっそう平和である」といったところでしょうか。

保守派は、そんなことなどできっこないよ、というでしょうが、実は戦後のある時期に実現したことがあります。

それは、吉田茂の安保を結ぶまでの一時期です。あんがい知られていなので,ちょっとご紹介しておきましょう。

前に記事にしたことがありますが、日本は戦後一貫して<吉田ドクトリン>の中で暮らしてきました。
※関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-0bb1.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-6e61.html 

吉田ドクトリンとは、戦後の設計者であった吉田茂が構想した「軽武装・経済重視」だとされていますが、その説明だけでは表層をなぞったにすぎません。 

むしろ吉田ドクトリンはひとことでいえば、緊急避難にすぎませんでした。言い換えれば、1950年代前後の時代の刻印を極めて強く受けているのです。 

当時、帝国陸軍復活を企む一部の旧軍将校と、朝鮮戦争勃発を受けて、日本を再軍備したい米国の思惑に対して放ったカウンターでした。

当時、吉田は大きな圧力と戦っていました。 

ひとつは、今述べた再軍備圧力です。これは、朝鮮戦争の勃発を受けて、その後方基地となった日本が、駐留米軍の出兵でガラ空きになってしまったことから始まります。 

当時の日本には、自衛隊はありませんでした。その前身たる警察予備隊すらなかったのです。 

しかも、日米安保条約も締結されていないので、米国は日本に対して基地は持っているが、防衛義務を負っていませんでした。 

つまり、同盟以前であり、基地は進駐軍の体制のままで維持しているに過ぎなかったわけです。そしてそれすら一部の空軍基地を除けば、がら空き状態でした。

ここに、護憲派が熱望する外国との同盟関係なき非武装、すなわら「非武装中立」が一時的に成立してしまったわけです。

当時のわが国の武器といえば徹底していて、警官の米軍払い下げの旧式拳銃だけといったありさまでした。 

その特殊な「非同盟非武装」という状況の時に起きたのが、北朝鮮軍の朝鮮半島制圧という事態でした。

北朝鮮軍は電撃戦によって、瞬く間に米軍を中心とする国連軍を釜山の一角に押し込めてしまったのです。 

ここで国連軍が負けてしまえば、第2次大戦のダンケルクのように、国連軍は玄界灘に蹴落とされることになってしまったことでしょう。

となると、後ろはもう九州しかありません。 

国連軍は九州に撤退し、ここを自由主義陣営最後の防衛線ということにしたことでしょう。

その時、わが国は先ほど述べたように完全な丸腰で、自衛隊はおろか、武器といえば警官の中古拳銃しかなかったわけです。

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今回も鳥越俊太郎氏のように、「戦争になったら無抵抗でいる」という人がいますが、当時子供だった彼は北九州にいたはずですが、そんなまねをしたら、そこで彼の人生は終わっていたはずです。

脱線しますが、彼は「戦後の戦争は米国がしかけたものだけ」と言っていますが、朝鮮戦争もそうなんですかね。この人、ほんとうにジャーナリストなんでしょうか。

それはさておき、この朝鮮戦争は朝鮮半島ばかりではなく、同時に後方基地がある日本本土でも戦いが始まっていました。 

それが、ソ連共産党の指令の下、中国共産党が資金提供窓口をした日本共産党の武装闘争でした。

おそらく、当の共産党はもちろん、ほとんどの日本人が忘れ去ってしまった歴史の空白のひとこまです。

それをいいことに、当事者の共産党は、国民になんの説明もなく、それに関わった幹部を粛清し、口を拭って、「わが党は一貫して反戦平和闘争に邁進していた。悪いことはすべて追い出した奴らだ」と、歴史を都合よく偽造してしまったのです。

ールズのボーイズ&ガールズは、共産党が今でも公安の調査対象だと言われると怒るようですが、それはこのわずか50年前の歴史を知らないからです。 

少しそれを知っておくのも、「平和国家日本」が出来た理由を知る上で、参考になるかもしれません。 

320pxtokuda_nosaka_shiga(写真 左から、徳田球一、野坂参三、志賀義雄の共産党幹部)

さて、『秘録戦後史1~5』(学陽書房78年)という、吉田が作った内閣調査室の記録をまとめた本があります。
 

ここには、1977年に公開されたGHQ機密文書、同じく2002年に米国立公文書館で見つかった国防総省機密文書などが収録された貴重なものです。(※現在1巻、5巻のみ入手可能。2巻3巻は図書館にあります)

ここには1949年12月に、モスクワを訪れた6人の日本共産党幹部が描かれています。後に「モスクワ会談」と呼ばれます。 

委員長の徳田球一以下、野坂参三、金天海、伊藤律、松本惣一郎、宮本顕治など、すべての共産党幹部が揃って、当時、共産主義の総本山とされたモスクワに召還されました。 

今の若い方には、ソ連という国自体がなくなってしまったので想像することすら難しいかもしれませんが、当時のソ連こそ、世界中の共産党員にとって、絶対に背くことはおろか、批判すら口に出来ない法王庁であり、そこに君臨する独裁者こそスターリンでした。 

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このモスクワ会談で、ソ連共産党は日本共産党に対して、ひとつの指令書を手渡します。

「指令書」というとまるで上下関係のようですが、そのとおりです。当時の日本共産党は、「コミンフォルム」の各国支部のひとつにすぎませんでした。

このコミンフォルムとは、コミンテルンの後継組織で、ソ連共産党を絶対的中心とした「世界革命組織」のことです。

これが、『1950年4月20日付記録用覚書「日本共産党と駐日ソビエト代表部との関係について』と呼ばれる文書で、そこには激しい言葉で、日本共産党に「革命的蜂起」を要求するものでした。 

この指令書はおおよそ、このように述べています。 

「1950年10月に中国で共産党政権が誕生したように、世界革命の舞台は欧州からアジアに移行しつつある。朝鮮では半島の北半分が共産主義に入った。日本で革命軍による激しい武力闘争が起これば、在日米軍の兵力は日本に釘付けとなって朝鮮の共産主義統一が容易となることが予想される。しかるに日本共産党が、一向に蜂起しようとしないのはどういうわけだ。早く武装蜂起して、日本の反動勢力や米軍と戦え」 

これが「コミンフォルム批判」と呼ばれるものです。、

これを巡って日本共産党は上へ下への大騒ぎになります。

というのは、従来、日本共産党の方針であった、占領軍を解放軍として歓迎し、その下で民主化に協力していくという米国との平和路線を持っていたからです。

のんびりとマッカーサー将軍との共存を楽しんでいたのに、いきなり銃を持て、バクダンを投げろと命じられたんですから、こりゃ驚くわな。

これで共産党は、「オレはコワイことはいやだ」という所感派と、「オレはスターリン元帥の命じるとおりバクダン投げるぞ」という国際派に別れます。

そして、委員長だった徳田に従って、日本共産党は全党を上げて、血なまぐさい軍事闘争に突入したというわけです。やれやれ。 

このコミンフォルム批判に従って、日本共産党は軍事委員会という、その名ももの騒がせな名称の下に秘密軍事組織を作ります。それが中核自衛隊や山村工作隊です。 

彼らは、党員を秘密に「徴兵」しては、山中で軍事訓練をさせて「赤軍兵士」に仕立て上げました。

今、シールズの坊やたちが「徴兵制ハンタイ」などと言うのを聞くと、「キミらの先輩は党から徴兵されたんだよ」と教えて上げたくなります(苦笑)。

この時代の内幕については、柴田翔『されどわれらが日々』や高橋克己などの一連の小説しか残されていません。 

日本史学者も、共産党系が強いために、この時代はほとんど研究されていないようで、歴史の空白となってしまっています。 

まだ存命者がいる今のうちに、戦後史の一部として記録にとどめて置くべきでしょう。 

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このような朝鮮戦争の米軍劣勢と、共産党の過激軍事路線は、吉田に強い危機感を与えました。 

ひとつは言うまでもなく、日本本土にも共産軍が上陸する可能性が現実性を帯びたことです。 

最悪のケースとして、丸腰の「非同盟平和国家」を、北朝鮮と内部から呼応する日本共産党の「武装蜂起」によって、外国軍が勝手気ままに蹂躙する可能性が出てきたわけです。 

その場合、わが国を守るための軍隊を、既に9条によって放棄させられていた日本は、自力で防衛することがまったく不可能です。 

わが国の領土の上を、米軍と北朝鮮・中国連合軍が戦場にして、廃墟にしていくという最悪シナリオすら想定されたのです。

一方、この危険な状況に危機感をもった旧軍将校の一部は、再軍備を目指して、吉田をクーデターで倒す計画すら練っていました。 

彼らは服部卓四郎という旧軍の将軍に率いられており、極めて危険な存在でした。

つまり、国外には、共産軍の怒濤の進撃、国内には中ソを後ろ楯にする日本共産党、一方には、米国をバックにする極右勢力という、この相反するふたつの力の間で、いかにして日本の再建を果たしていくのか、吉田の苦悩は深かったと思われます。

このような日本が外国軍の戦場となる事態を避ける緊急避難として生れたのが、吉田が結んだ日米安保と自衛隊の創設だったのです。

この危機の時代に泡沫の夢のように生じた防衛空白期間が、9条の精神そのままの「非同盟・非武装の時代」でしたが、それを破壊したのが、北朝鮮に呼応する日本共産党の武力闘争だったというのは、皮肉なことです。

知ってたか、シールズく~ん!

もう少し、このテーマを続けます。

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日曜雑感 武藤議員のシールズ批判について

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武藤貴也議員の「問題発言」についてのコメントを頂戴しました。 

武藤議員のツイッターですが、これかな。 

_eu8hsbxwzbxd9xaxz2nkrb2x9wiljj2i_oこちらのほうに、武藤さんへの罵詈雑言が乗っています。さわやかなまでに、フルボッコされています。

「百田と一緒に永遠のゼロになれ!」なんて言われちゃって。うまい、ザブトン一枚。
武藤貴也のリアルタイム検索結果 

福島のデマッターで名を後世に名をとどめた、あの岩上安身氏までも登場して、こんな調子です。 

「自民党吐き気を催すよね、くらいですが。RT @hshibu: もはや、#自民党感じ悪いよね なんていうレベルじゃない  自民党気味が悪いよね… ((((;゚Д゚))))  “」 

例の、「お待たせしました福島に奇形が出ました」と言ってのけた岩上さんに、「吐き気を催」されたら、もはや人外魔境だね。 

まぁ、武藤さん、きっと連日連夜、大音量のマイクでガナられているんで、イライラしているんでしょうね。 

参院安保特別委員会の委員長としては、脇が甘かったとはいえますが、大騒ぎするような内容じゃありません。

そもそも武藤さん、よく考えてご覧よ。戦後教育うんぬんと、今の安保法制はぜんぜん関係ないじゃん。

たまたまシールズなんかが現れたり、民主党が徴兵制がどーたらなんて寝言を言っていたためにウェイアウトしてしまいましたが、無関係です。

安保法制は、今の中国の軍事膨張に対して、いかに日米安保の欠陥を修復するのがテーマです。 

戦争に行きたかろうと、行きたくなかろうと関係ありません。もっと極端に言えば、愛国心すら無関係なのです。

愛国心があろうとなかろうと、志位さんだろうと、辻本さんだろうと、はたまた翁長さんだろうと、日本国民ならば無条件に守らねばならないのが、安全保障なのです。

武藤さん、安全保障はもっと頭を冷やさないとダメです。安全保障は冷厳たる法とシステムなのです。しっかりしなさい。勉強不足です。

ともかく、浅ましいばかり自民のオウンゴールの柳の下を狙っているマスコミの存在がありますから、委員長なんだから発言は慎重になさいよ、とは言えますが、そのていどのものでしょう、ありゃ。 

マスコミがシールズを異常に可愛がって、「デモが国民主権をつくる」(朝日)とか、「新たな民主主義が始まった」(東京)みたいなヨイショをするんで、イライラしているんでしょうかね。 

シールズは、「報道特集」金平キャスターのような70年安保残党たちが、嬉し泣きするように、「オシャレでスマート」ですから、武藤議員のように「戦後教育が悪い」みたいな古色蒼然たる批判をしても無駄です。 

まぁ、シールズは左翼業界ひさびさのニューファッションなことは、間違いありません。それについては、先週の土曜雑感で褒めて上げました。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-9b3c.html 

早稲田とか法政のような手垢のついた学生運動伝統大学ではなくて、青学や明学などのノンポリのミッション系を表に出しているのがニクいね。 

しかも、常日頃は青山や白金に学ぶ可愛いギャル(死語)が、凛々しくマイクを握って、しかも動画をみると「さぁ、次は誰かな」とイベントの司会よろしく仕切っています。

参ったね。汗くさくなくて素敵((笑)!

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ぁどこかの地方議員が書いていましたが、ここまで顔バレすると、就活は絶望的でしょうから、彼女たちを待ち受けるであろう、苦難の未来に思いを馳せて、オジさんたちに涙を催させます。

ここまで、若くてメンが割れていない学生さんを大量にカメラの前に出したら、おいこら共産党幹部、この後始末はどうするんだよーなどと、70年安保世代は悩んでしまいますが、仕方がない、自己決定したことです。

まぁ常識的に考えても、将来、このピンクに染まったボーイズ&ガールズは党の専従、こと赤旗の新聞拡張員に就職するしか潰しが効かないでしょうね。

ちなみに、70年安保では、こういう就職不能の学生が万のケタで発生しました。そのていどには、企業社会は甘くはないよ。ま、いいか。

また、一見無党派を装っていますが、ちょっと左翼業界に詳しければ、その裏に業界最大手の「革命党」が控えて、シールズを遠隔操縦しているのは分かりきったことです。

昔から、党派性を隠して一般市民のふりをするのは、あの党のお家芸でしたからね。

その「あの業界最大手」とは、言う必要もありませんが、もちろん共産党です。 

3.11以降の反原発運動のセンスであった、党派性を表面に出さず若者に「明るくハネさせる」という流行をうまく取り入れています。 

しかし、ただそれだけです。言っている内容はオヤジ組織の共産党と寸分変わりません。理想論めかした巧妙な思考停止でしかありません。

安全保障論議になにひとつ貢献しておらず、ただ「昔はよかった憲法が守られていた」と愚痴っている 老人とかわりありません。

今、大きく変化しようとしている国際情勢の中で、「変わらない」ことだけが唯一の選択肢だという復古の人たちなのです。

そしてそのすえたような匂いのする酒を、新しい革袋に詰め替えて、まるで新酒のように、偽装販売している、あざとい商法です。 

実際に国会前で集会に出くわした人によれば、「異常にトゲトゲした雰囲気」「年寄りばかり」「赤旗ばかり」「ひとにぎりの若者はマスコミのライトに照らされて真ん中でスター気取り」といったようです。まぁそのへんが実態ではないでしょうか。

下の写真を見ると、シーズルの坊やたちがいない時のデモは、このようにお仕着せのプララカードを一斉に指揮者の合図と共に掲げるといった年寄りばかりのようです。

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そういえば思い出しましたが、かつて、石破暴言事件というのがありました。しかも、秘密法案審議中の自民党幹事長の発言ですから、ペーペー(失礼)の武藤、大西両議員などとは重さが違う。

「今も議員会館の外では「特定機密保護法絶対阻止!」を叫ぶ大音量が鳴り響いています。いかなる勢力なのか知る由もありませんが、左右どのような主張であっても、ただひたすら己の主張を絶叫し、多くの人々の静穏を妨げるような行為は決して世論の共感を呼ぶことはないでしょう。
 主義主張を実現したければ、民主主義に従って理解者を一人でも増やし、支持の輪を広げるべきなのであって、単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらない本来あるべき民主主義の手法とは異なるように 思います。」 (石破茂氏ブログ2013年11月29日)
 

ね、国会などへのデモの大音量を、「テロと本質的には変わらない」とまで書いたわけで、今回の武藤さんの「戦後教育が招いた自己中心的な考え」ていどは、こういっちゃナンですが、可愛いものでしょう。 

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この人たちは、「国民のデモすらテロ扱いにしているような政治家が通す特定秘密保護法案は、国民の知る権利を奪い、情報統制でものが言えない社会にする」と批判しました。 

この石破「テロ発言」で待ってましたとばかりに騒いだのは、面白いことに、かつては反原発や、オスプレイ反対、辺野古移設反対などを声高に主張し、今は「戦争法案反対」を叫ぶ人たちと、完全に重なっているのも、なんか微苦笑を誘います。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-0d25.html 

あの人たちほんとうに声が大きいですからねぇ。宣伝カーを最大ボリュームにしたり、トラメガの割れた音をキンキン出して平気です。 

 そして声が大きい人特有の、他人の話にはまったく聞く耳を持ちません。 

本質的には、シールズが見かけのファッション性に対して、いささかもその本質において古臭い左翼運動と変わらないのは、この、他者の言論を一切聞かず、批判を許さないところです。

最後にひとこと。谷垣さん、前から思っていましたが,あなたの統制力は弱すぎます。

今は自民党にとって10年に一回あるかないかの、「有事」です。

60年安保以来の大改革をしようとするにしては、詰めと脇が甘い。代議席にあぐらを書いて緩みきっています。

自民党議員には、「言論の自由」など、この「有事」にはないのです。こんな脇が甘い発言がポロポロ出るようだと、大マスコミと民主党の望みどおり自滅しますよ。

長くなりそうなので、今日はこのくらいに。 

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週末写真館 昼下がりの蔵の街

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