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2015年9月27日 (日)

節を曲げた小林節氏発言録

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日曜日はくつろいだ話題をということで、今回の安保法制で、その流れまで決定づけた護憲派憲法学者の4番バッター・小林節先生の12年と06年の発言をご紹介します。

同名異人ではございません。正真正銘の小林先生です。改解改憲派・集団的自衛権容認派そのものです。

あまりおもしろいので、引用いたします。

小林先生は、過去のご自分とテッテイ討論されて、論破されることを希望します。

あれだけ国民に影響を与えた「良心的憲法学者」として当然ではないでしょうか。

学者が所論を変更すること自体はまったく問題がありません。間違ったと思えば、その都度変更すればよいのです。

ただし、ひとつ重要な条件があります。その理由と経過を明らかにせねばなりません。それが学者として、いやそれ以前に社会人としての最低の義務ではないでしょうか。

しかし、先生はなんの説明もすることなく、主張を全面転換されました。かつては改釈改憲派のリードオフマン、そして今や隠れもない護憲派の重鎮です。

論理の不整合うんぬんの前に、人として不誠実の極みです。世間ではこのような人物を変節漢と呼びます

先生は、下の09年のインタビューをこう結んでいます。

「まずは、改憲派と護憲派を同席させて、きちんと議論をさせること。これまで両者は交じり合うことなく、思想が同じ者同士で感情的な議論ばかりを続けてきましたから」

まったく同感の至りです。

両派のディベート前に、魁より始めよ、です。ぜひ先生におかれましては、御自身の過去の言説との真摯な討論をなされることをお勧めいたします。

いずれにしても、護憲、改憲両派から先生は「節は、節を曲げた」といわれるでしょうね(笑)。

ちなみに、鮮やかに護憲派に変身した先生の現在の主張は、ここからご覧頂けます。比較して、お楽しみください。

コラム 一刀両断 - 新日本海新聞2015/9/22 
長谷部恭男氏・小林節氏「安保法制は違憲、安倍政権は撤回を」

Db531af328bee01a3070405dccdc3818(日刊ゲンダイ15年2月21日)

※衆院憲法審査会参考人発言http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/189-06-04.htm

それにしても、こんないいかげんな憲法学者が、安保法制審議の世論の流れをねじ曲げるような重大な影響を与えたとはね・・・。 

                    ~~~~~~~~

■ダイヤモンドオンライン(2013年7月16日)抜粋
※全文もおもしろいのでこちらからどうぞ。http://diamond.jp/articles/-/39334?page=9
 

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「一方、9条では「戦力の保持」も禁止されていますが、戦力を「他国を侵略できる大きな軍隊のこと」と仮定すれば、戦力に至らない程度の自衛力は持てるはず。そう考えると、日本に自衛隊があるのはおかしなことではなく、自衛戦争もできることになる。日本政府も以前から、「日本は国家の自然権を根拠に自衛権を持てる」という見解を出しています」

「政府は憲法の立法趣旨に照らして、集団的自衛権を自らの解釈で自制していますが、このままだと日本は、他国に攻められたときに自分たちだけで自衛しなくてはいけません。しかし、「襲われたら同盟国が報復にゆく」というメッセージを打ち出せる集団的自衛権は、他国の侵略を牽制する意味においてもメリットがあります。だから、改めて「日本は集団的自衛権を持っている」と解釈を変更するべきでしょう」

「先にも述べた通り、政府は自国の自衛権の存在を認めています。そうなると、自衛権を持つ独立主権国家が『個別的自衛権』と『集団的自衛権』の両方を持っていると考えるのは、国際法の常識です」

「いっそ憲法をすっきり改正して、(1)「侵略戦争はしない」、(2)「ただし独立主権国家である以上、侵略を受けたら自衛戦争はする」、(3)「そのために自衛軍を持つ」、(4)「国際国家として国際貢献もするが、それには国連決議の他に事前の国会決議も必要とする」と明記すればいいのではないか。そうすれば、日本を狙っている国に対しては牽制になるし、日本を恐れている国に対しては安心感を与えられます。あらゆる意味において、世界は納得するのです」 

                。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚

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■産経新聞 2006年11月11日 正論全文
慶応大学教授・弁護士 小林節
 

 ■解釈は政治の責任で変更できる

 ≪憲法は自衛権行使を認む≫

 いわゆる「集団的」自衛権の問題を本当に理解できている国民は実際にはほとんどいないのではなかろうか。しかし、世界史の現実の中でわが国の存続にかかわるこの問題を主権者・国民が一般に理解できていないなどということは、本来あってはならない。そこで、改めてここでその問題を整理しておきたい。

 まず、わが国は憲法9条の1項で「国際紛争を解決する手段としての『戦争』を放棄」し、次いで2項で「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の『戦力』は…保持しない」と規定している。

 しかし「国際紛争を解決する手段としての戦争」が「侵略戦争」のみを意味し「自衛戦争」までは含まない…という国際的慣行、およびわが国も独立主権国家としての自然権(つまり条文の存否にかかわりのない当然の権利)としての自衛権は持っている…という理解を前提に、わが国は自衛隊を創設し、さらに、かつて侵略国として失敗した経験を前提に、それを極めて自制的に用いてきた。

 そして、集団的自衛権であるが、それは「自国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」で、わが国も独立主権国家である以上、国際法上、この権利を有していることは当然であるが、上述のような背景がある憲法9条の下で許される自衛権の行使はわが国を防衛するために必要最小限度の範囲にとどまるべきだと解されているため、集団的自衛権を行使することはその許された範囲を超えるとして、憲法上許されない…とされてきた。以上要するに、わが国は、集団的自衛権は有するが、それを行使することはできない…というのが、従来のわが国の政府解釈である。

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 ≪必要最小限度の実力行使≫

 この解釈を前提にして考えると、例えば、公海上でわが国の自衛艦と併走している米国の艦艇が他国から攻撃された場合に、自衛艦が米艦を支援したら、それは集団的自衛になってしまう。また、同じくわが国の上空を飛んで米国に向かう他国のミサイルをわが国が撃ち落としたら、それも集団的自衛になってしまう。しかし、だからといってそのような行動を自制することは政治的に賢明か?という問題が提起されてくる。

 伝統的な政府解釈によれば、憲法9条の下で許される自衛のための必要最小限度の実力行使については(1)わが国に対する急迫不正の侵害があり(2)それを排除するために他に適当な手段がなく(3)その実力行使が必要最小限度にとどまる-という3要件が確立している。したがって、この要件に照らす限り、上述の2例のような場合にわが国は傍観せざるを得ないことになる。しかし、それでは現場で米国をいわば見殺しにするのだから、自由と民主主義という基本的価値観を共有する同盟国・米国との信頼関係に傷がついてしまうであろう。

 しかし、ここで改めてその障害になっている憲法解釈を直視してみると、まず、憲法条文自体には「集団的自衛」と、(自国が単独で行う)「個別的自衛」の区別などどこにも書かれていない。9条は、単に1項で「戦争」を放棄し、2項で「戦力」の不保持を規定しているだけで、それが、歴史的背景に照らして、侵略戦争の禁止(つまり自衛戦争は可能)と必要最小限度の自衛力の保持と行使は可能…と読まれているだけのことである。

Photo(写真 参考人三羽がらすの長谷部恭男早稲田大学教授と)

 ≪世界の現実的情勢で判断≫

 また、法令の解釈というものは、解釈権を有する者(この場合は政府)が、その責任において、条文の文言とその立法趣旨の許容限度内で行う「選択」である以上、時代状況の変化の中で、説得力のある理由が明示される限り、変更されてよいものであるし、これまでもそうであった。

 だから、世界史の現実と東アジアの情勢の中で、わが国の存続と安全にとって日米同盟の強化が不可欠である、と政府が考えるならば、その責任において、上述の2例のような場合に、仮にわが国に対する直接的な攻撃がなかったとしても、それをわが国が座視すれば日米同盟が損なわれることが明白である以上、仮に形式上は集団的自衛活動になろうとも、わが国の存続に「不可欠」な軍事行動は、それを許容する憲法9条に違反するものではあるまい。

 もちろん、日米同盟がわが国にとって死活的に重要だとしても、他方、侵攻の根拠が崩れてしまったイラク戦争にわが国が米軍の友軍として参戦することは憲法9条の精神に明白に違反してしまうことも自明である。

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コメント

ご無沙汰しています。種子です。
ブログの方は毎日拝見させていただいていましたが、ここ数ヶ月のエントリーは、デリケートな話題が多かった為以前の様に場を荒らす原因となる事を懸念してコメントを控えておりました。
過去の小林教授の発言、目を通させていただきましたが正に正論で今回の安保法その物の様に感じる所です。
確かに今回の意見とは食い違いも見えますね。

空手の有段者やブロのボクサーにそれと知って喧嘩を仕掛ける一般人はまず居ないでしょう。
一方で、プロの格闘家が一般人を傷つければ通常より重い刑罰が課せらるのは自明であり、力有る者も暴力を抑制されています
ですが彼らも家族や友人が目の前で傷付けられて黙って見過ごす事はないでしょうし、見過ごさず怪我を負わせたとしても、(法的な処分は別として)非難される事はないと思います。
自衛隊もまだ制約は多い様ですが、家族である国民や友人が傷付けられそうになった時に動きやすくなった事は喜ばしい事だと感じています。

私が疑問に思うのは、そもそも「憲法学者」に合憲・違憲の判定を下す権利があるのかということです。

本来、合憲・違憲の判断は国家資格を持った裁判官が行うべきことであり、行政は選挙によって選ばれたものが行うべきです。
それを、資格も持たず、選挙による国民の信託を得たわけでもない一介の学者が「憲法学者」の威光によって合憲・違憲の審判を行い、行政に口を出すことに違和感を感じます。
もちろん、あくまで一人の国民としてであれば、意見を言う権利はあってしかるべきだと思いますが。

いまさら、白洲次郎さんの文庫本「プリンシプルの
ない日本」を読みました。彼は、別け隔てなく米国
の良い所も素直に認めたので、米ユダヤの陰謀代理
人などとも揶揄されますが、後に町田市でプロのお
百姓をして過ごすなど、悪い人物には思えません。
文章を読むと、海賊・ガンマンなどを髣髴とさせる
自由人に思えてきます。

吉田さんを補佐してきた役目から見た日本国憲法は、
①政治から天皇の影響を完全排除できない日本案を
 占領軍は認めず、予め用意されていた米国作の案
 を受け入れさせた。経験の少ない者が作成したよ
 うな新憲法だったが、将来には又改憲すれば良い
 と日本側は思っていた。
②冷戦がマジ深刻になってきた。旧大日本帝国陸海
 軍を完全排除するために、武力の放棄を記したの
 が、旧軍復活を完全阻止できたので、共産陣営に
 対する軍復活を米国は迫ってきた。
③終戦と戦争放棄の憲法をセットにして喜んだ国民
 は、憲法発布より6.7年経っての再軍備にもう強
 いアレルギーを持っていた。吉田さんは、せっか
 く日本は戦後破産の淵から這い上がって来たのに、
 又朝鮮で戦争すると又破産する!とにかくゼニが
 ない、戦争など出来るわきゃない、と軍の復活を
 させなかった。結果、憲法をそのまま守った。
③軍隊ではない、自衛の実質武力部隊を持つに至る。
④京大の憲法学者に改憲の案を作成させたが、ウヤ
 ムヤにされたので催促すると「ケンポーは難しい
 のじゃ、シロートは待たれい」との返事。報告書
 は出されたものの放置無視される。
⑤60年アンポ 以下略

上記は私の記憶ですので、頼りになりません。もし
まだ読んでない、もう忘れた方は、どうぞ。記事や
エッセイをまとめた本です。リアルタイムで現場に
いた人にしか書けない事実がコロがっていますわ。

望まれて生まれた子じゃない日本国憲法。本当のお
父さんは米国人。日本人の義父は頼りにならず理不
尽に養育拒否。で、お母さんは我子可愛さのあまり
溺愛してしまった。そこにケンポー詐欺師が忍び寄
る・・

うちの上司も同様に節を曲げました。
で、「改憲すべきだが、アベの下ではだめだ」
だそうです。
安倍さんよりも小沢さんや習近平を信じているのだから、全然話になりません。

戯れ言です。あまり気にならないで下さいな。

プーさん。鰹節はあまり曲がると不良品で加工用行き。いただけない話です。
議論にしても熟成した良い本枯れ節に熟成されればいいんですが…。

アホンダラさん。
白洲次郎は、晩年に東北電力会長も務めており、私も戦中から戦後の我が国のキーマンですので近年注目しております。
最近、蔵王温泉にあった白洲の夏の別荘(山小屋)が修繕されて、見学会や夏場限定カフェになってます。

山形さん
白洲さんは、オモロイ人だったみたいですね。現体制と
なる電力民営化後の東北電力会長として、現場を熱心に
見てまわる姿勢にも、合理的現実主義を感じましたわ。

「天皇は国の象徴である」も、原英文を大至急に日本語
訳して新憲法として発表する時に、徹夜作業でテンパッ
た訳者に「白洲はん、"Symbol"ってなんやねん?」と
問われて、「辞書をひいたら”象徴”と書いてあるぜ」、
「さよか」ってなもんだったらしい。後刻、新憲法が
発表されて、日本じゅうで”象徴”についてギロンして
いるのを聞いて、当人達はほくそ笑んでいたらしい。
元々イミフな直訳を、勿体つけて語っていたのだから。


蔵王温泉いいですね~、一度は行って過ごしてみたい。
私の住む西日本とは、森の樹種が違う。西のドンヨリ
した印象の山より、東の小サッパリした山が好きです
が、さみぃ~のが大の苦手なもんで、夏別荘なら・・・

アホンダラさん。吉田茂についてはお読みかとおもっていましたが、過去記事でかなりふれています。これ以外にも何本か書いていますので、お読みいただければ幸いです。私がいちばん尊敬する政治家のひとりです。
※過去記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-6e61.html

当時の日本は天皇を人質にとられて、平和憲法を呑まされたというところです。吉田は当然、それを占領明けのどこかで変えるつもりでした。

しかしその時期を逸したまま、国民の「戦争嫌い」「防衛はお上が考えればよい」という空気に、自民党すら呑み込まれていきます。
そして「70年間9条が日本の平和を守った」という神話が誕生します。

「吉田学校」の卒業生たちは「保守本流」を自称し、吉田の占領下のGHQとの苦闘から生れた苦肉の策を、「軽武装・経済重視国家」というバイアスをかけて「継承」していき、今に至ります。

それは吉田にひきつけていえば半分は事実であり、半分は間違いです。あれはあくまで、主権なき占領国家における限られた政治選択の結果にすぎないのです。

そのへんの苦闘については、岡崎久彦『吉田茂とその時代』、あるいは三浦陽一『吉田茂とサンフランシスコ講和条約』(上下)あたりをお読みください。

そのうち吉田茂物語の続編を書きたいと思っていますが、朝鮮戦争派兵を回避したのはむしろ米国の意志でした。

掃海艇の秘密作戦で、上陸作戦の支援をすることと、日本を出撃基地とし、補給物資を作りまくったというのが、日本のしたことです。
当時はその選択で間違っていなかったのかもしれません。

しかし、後に考えると「国連の要請による国連軍への兵員の提供」は、このような裏技ではなく、真正面から検討すべき事柄でした。
奇しくも加盟したのが、1956年と朝鮮戦争後でしたので救われただけです。

この時に加盟していて、その判断を真正面から迫られれば、今の集団的自衛権は50年前に片づいていました。
その意味で、吉田の高等曲芸は、戦後を決定づけたと言えます。いい意味でも、悪い意味でも、ですが。

白洲は大変におもしろい人物ですが、ドラマや本などで必要以上に大きく評価されすぎている気がしています。
「占領を背負った男」は、あくまでも吉田茂であり、白洲は吉田を民間人として支えた秘書兼GHQ連絡担当者でした。

まぁ、あれだけハンサムで、金持ちで、オックスフォードで、カーレースが趣味で、英国貴族とダチで、女房が白洲正子で、となんかロイヤルストレートフラッシュみたいなハイスペック人ではありますが、同時代の日本人からは浮きまくったろうな(苦笑)。

管理人さん
わざわざコメントありがとうございます。私も、白洲
さんのブームなどがあってイマイチ遠ざかっていたの
ですが、今回読んでみて「あれま!彼が現在も存命で、
昨日に書いた文章なの?」と思う位、現況の日本を言
い当てているようでした。70年進歩してない??

彼も吉田さんの事を、引き際を除いたらべた褒め状態
で高く評価しており、側近らしくドロドロとした政治の
駆け引きの苦悩なども見ての判断ですから信用できま
す。私の吉田さんのイメージは世間一般のステレオタ
イプでしたから、過去記事など再読させてもらいます。

なにより、東大よりオックスフォードですね。ガラパ
ゴスの呪縛がかかっていなかった。ヨメは有名な島津
藩士の末裔で、流石の彼も山のカミには敵わなかった
らしいですが・・どこもアタリマエ?

その白洲さんが、今やソフトバンクの犬ですよ。
頭にくるからそのCMは見ませんが。
それこそ彼等の性根が透けて見えるというもので。

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