コメントにお答えしてその2 消滅しつつある沖縄への「同情と共感」という資産
沖縄は他県にない「資産」を多く持っています。それは美しい海、情に篤い人情など、触れることができるもの以外にも存在します。
それが、本土人の沖縄への憧憬と共感なのです。
そしてこの共感には、沖縄戦に対する本土人の慙愧の気持ちと、後に本土から切り離して異民族支配に置き去りしてしまったこと、そして復帰後も過重な基地を押しつけたことに対する゛沖縄への深い同情があります。
コメントにあったような、本土の冷淡非情というのは当たっていないと思います。
実は、年間約3000億円、累積11兆円にも達する振興予算は、むしろこの「同情と共感」を原資にしています。
もちろん基地と基地負担がらみなのは、言うも愚かです。しかし、基地だけでは半分しか言っていません。
少なくとも、復帰から相当期間は、本土の沖縄に対する贖罪意識でした。
だからこそ、復帰以降、社会資本の投資にしても、生活関連の補助にしても、全国最高度のものが惜しげもなく投下されました。
(写真 現在の石川ドーム。振興予算をつぎ込まれて作られた。沖縄県の社会インフラの整備状況は全国有数である)
(写真 かつての石川闘牛場。私はこっちのほうが好きだ。闘牛はハマります)
振興予算は気がついてみれば、累積11兆。一国の国家予算に匹敵する額が既に投入されています。
しかし、それにもかかわらず、沖縄県民に豊かになったという気持ちが湧かず、感謝の言葉も聞かれないのも事実です。
感謝どころか むしろ、沖縄を自ら植民地と呼び、異民族支配にあえいでいるという「沖縄独立論」すら登場するありさまです。
最近の翁長氏の演説など、歴史の恨み節全開です。まるで、沖縄のパククネです。
まるで、本土政府がいくら謝罪しても千年たっても許さない、と言っているようにすら聞こえます。
さて、今やこの年間3000億円を越える、膨大な振興予算は仕切り直しの時期に来ています。
今までのように、本土の贖罪意識に乗った基地との見返りで、青天井で支払われていた時期は終わりつつあります。
基地を材料とすれば無限の如く金が湧きだすような時代は、今や終了しつつあったのです。
上図をみれば、振興予算が06年から11年にかけて右肩下がりになっていくトレンドに気がつかれるでしょう。
12年からまた増加し、再び3000億円を超えたのは、仲井真前知事が移設容認をした見返りでした。
(写真 左翼に転向したばかりの翁長氏。右隣が稲嶺名護市長。まだ赤ゼッケンとシュプレッヒコールが似合わない。それもそのはず、かつてはデモをかけられる立場だった)
つまり、振興予算は、今後進むはずだった普天間基地の除去、北部訓練場の返還などで、いっそう進む基地縮小に合わせて減額の方向にあったのです。
3000億円に乗せたのは、移設承認の御祝儀がわりでした。
本土政府には、今後もこんな馬鹿げた振興予算を垂れ流す気はないという時代の変わり目に現れたのが、かの翁長氏でした。
翁長氏の登場とは、基地関連の振興予算の減少に危機感をもった利権政治家の焦りから始まっているのです。
翁長氏がやっているのは見かけは左翼的な「独立」論ですが、一皮むけば、振興予算利権の永久化でにすぎません。
もし、彼が本気で「琉球独立」をしたいのなら、今のギリシャ以上の厳しい歳出削減が要求されるはずです。
ならば、身の丈の経済に合わない振興予算の竹馬を捨てねばなりません。
島の貧しさから突き抜けて、ひとり豊かになった公務員の賃金や雇用数の削減は避けて通れないはずです。
しかし、翁長氏がそれに手をつける気がないのは明らかです。なぜなら、翁長陣営とは、公務員労組である官公労と沖教組こそが、支持母体だからです。
そしてもうひとつの振興予算の支出先は、公共事業でした。他県と比較しても異様に大きな割合を占めています。
今までも振興予算は実感の乏しい金と言われてきました。その理由は、大部分が公共投資という形で社会インフラ整備に投入されてきたからです。
それは沖縄の土木業者と、そこから派生した観光業者のみに恩恵を与えていました。
念のために言っておきますが、私は土建業か悪いなどという立場にはたちません。
土建業は沖縄の基幹産業中の基幹であって、土建業資本から観光業やスーパーなどのサービス産業が生れてきています。
それらの抱える雇用者は、裾野まで含めると膨大でなものがあります。否定できるはずがありません。
しかし一方で、なんのために社会インフラを作っていくのか、というグランドデザインがないところでの公共投資は、いたずらにハコモノを増やしただけだったという批判があります。
また、出せば出すほど、伝統的な沖縄の暮らしや環境を破壊しているという面も多く見られるようになってきています。
それは、振興予算の受け手である沖縄自身が何をしたいのか、どんな沖縄を作りたいのかさっぱり見えてこないからです。
たとえば、北部に金融特区を作ろうとして、名護にのみ認められている金融・情報特区を利用した「きんゆうIT国際未来都市・名護」という構想がありました。
これもあえなく頓挫しています。このプロジェクト委員だった小西龍治九大大学院教授はこう述べています。
「金融特区に過大な期待を寄せるのではなく、沖縄が自分で考えていかないと沖縄は変われない。他人が現状を変えてくれるものではない」
そしてこう小西氏は続けます。
「沖縄の精神構造をむしばみつづける利権構造に思いが至ったとき、悔しいですが『かなわない』と思ったのです。
『なぜ立ち上がらないのだ。なぜ身を売ることを続けて、薄情卑劣な政府にすがってばかりいるのだ』というやり場のない怒りがありました」
私は小西氏と違って本土政府は「薄情卑劣」どころか、基地と贖罪意識が故に、腰が引けて腫れ物にさわるように沖縄に接していると思っていますが、この小西氏のワジワジとする気分は理解できます。
ワジワジとは、沖縄弁で「ジリジリする」ってニュアンスでしょうか。
かつての若き日の私も、沖縄の自立を助けようと沖縄に農業者として飛び込んだ経験があるからです。
翁長氏がこの公共事業の分野でしたのは、自分の派閥の金秀と「かりゆしグループ」に利権を配分するだけでした。
つまり、翁長氏には県民の鼻面に「民族自決」というニンジンをぶら下げてナショナリズムをくすぐるだけで、かんじんの「沖縄をどうしたいのか」というグランドデザインが欠落しています。
本土政府もグランドデザインがありませんが、それに牙をむく翁長「沖縄権力」の側にもないのです。
こういう相互の「大きな絵」がないところでの争いは、反対運動の戦術の過激さを増すだけとなります。
そして過激さが増せば増すほど、沖縄県外の国民の沖縄を見る目は冷やかになり、今まで沖縄の見えない資産であった「共感と同情」を葬り去っていくことでしょう。
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コメント
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これだけの振興策が支払われていてどうして日本1低所得なのか?
実は沖縄県は1000万以上の高所得者率が非常に高いのです。親族経営が多く一部の経営者が儲け利益還元率も全国で最低なのが原因だと思います。
参考までに
所得者1千人あたりの1千万円超の所得者数 46.48人 - 10位
http://grading.jpn.org/area470007p26.html
投稿: | 2015年10月 8日 (木) 07時30分
今の県政、名護市政の迷走ぶりには、市民として本当に腹が立ちます。
本当はオール沖縄なんて無いことが、なかなかメディアで伝わらないことが歯がゆくてなりません。
投稿: ミィ | 2015年10月 8日 (木) 17時36分
最近、4月28日、5月15日、6月23日の3つの日が近づくと鬱になってきます。
かつて天皇陛下は6月23日を8月6日、9日、15日と並び絶対に忘れてはらない4つの日とされました。
しかし、聞こえてくるのは鎮魂とは名ばかりの恨みつらみばかり。もちろん沖縄の苦難の歴史はとてもよく理解しているつもりですし米軍基地の問題も今の政府の対応にはうんざりしています。
しかし、何か平和を求めるあまり暴走を始めてしまったような気がします。
半世紀以上前のことをひたすら叩きこそすれ今目の前で起こっている危機には目をそむけ無かったことにしようとしている。彼らの望む平和ってなんなんでしょうか?
投稿: umigarsu | 2017年5月 2日 (火) 21時14分