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2015年11月

ロシア機撃墜事件を読む

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トルコ空軍のF-16が11月24日、シリア北部のトルコ国境で、ロシア軍の戦闘爆撃機Su-24を撃墜する事件が発生しました。 

これで、一旦はできかかったIS包囲網の行方がまったく見えなくなりました。 

ISという共通の敵を相手にして、新冷戦が緩和するという見方が出た直後のことです。 

メディアのなかには再びかつてのような露土戦争が勃発するのではないか、とすら言い出す所も出る始末です。

もちろん、ありえません。

それは、このブログでも再三論じてきたように、トルコが有力なNATO加盟国だからです。

NATOは集団安保体制ですので、トルコが単独でロシアと戦端を開く権限を与えられていません。

今回の撃墜事件は、あくまでも国境侵犯事例だから、トルコの独自判断ができただけであって、全面戦争にエスカレーションするには、NATO理事会での判断を待たねばなりません。

あたりまえですが、NATOがそんなことを許すはずもない以上、露土戦争などは起こりようがありません。

今、こんな馬鹿を言って煽る人がいたら、その人は安保法制審議の時に真面目に集団的自衛権を勉強しなかった人だと思って下さい。 

「戦争法案ハンタ~イ」などといっていた人たちは、集団的自衛権を「日本が自由に戦争することができる権利を与えられた」などとバカを言っていますが、違います。

正反対に、今回のトルコのように、日本が単独で戦端を開く権限がなくなったのです。

NATOは加盟国に対して、個別的自衛権を認めていません。

ですから、トルコがNATOに加盟していなければ、あるいは戦争に拡大する可能性もなしといえませんが、集団安全保障体制下では、トルコ側からの戦争などは起こり得ないのです。

また逆もまた真なりです。

ロシア側からすれば、プーチンがブチ切れてトルコを攻撃した場合、これはトルコに対する侵略行為としてみなされて、NATO全加盟国軍を相手にすることになりますから、血迷ってもそんなヤバイ橋は渡らないでしょう。

シールズの皆さん、こういう具体的事例に即して、安全保障問題を考えましょうね。集団的自衛権=戦争、個別的自衛権=平和なんてほど、世の中は単純じゃないんですよ。

安全保障問題はクソリアリズムの世界ですから、きみらのように観念的に考えていてはダメなんです。

さて、先行きですが、正直言って、私にもよくわかりません。今の状況で、「見通しはスッキリ」と言うほうが不誠実ではないでしょうか。 

状況が複雑であればあるほど、事実の断片をパズルのようにつなぎ合わせていくしかありません。 

まずは、撃墜された場所を確認しておきましょう。非常に微妙な場所にあることがわかるはずです。 

Photo上の地図はBBCのものですが、シリア領内に突き出した地点で、このような地形を地峡と呼びます。 

トルコ軍機が攻撃した地点は、トルコ領内で、落ちた場所はシリア領ラタキアです。パイロットは脱出しましたが、1名が死亡しました。 

「ロシア国防省などによると、24日に撃墜されたロシア軍機の乗員1人は緊急脱出後にパラシュートで降下中、反体制派の銃撃を受け死亡。もう1人は25日未明、アサド政権側に救出された」(時事11月24日)

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 下図はトルコ側が発表したレーダー航跡図です。赤線がロシア軍機ですが、この地峡を横断しているのがわかります。 

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 ただし、高速のジェット機ですから、侵犯は瞬時だったはずで、ロシア側パイロットには侵犯した自覚は乏しかったと思われます。 

「ロシアのプーチン大統領は同日、トルコのF16戦闘機に撃墜されたことを認めた上で領空侵犯を否定し、「テロの共犯者による背後からの攻撃で(ロシア兵の命が)失われた」とトルコを強く批判した」(朝日新聞11月24日)

プーチンが好きな柔道と違って、航空戦はレスリングよろしく後ろを取り合うのが古今東西の常道です。空対空ミサイルも後ろから発射するものです。 

プーチンは「トルコ側が卑怯にも落した」と言いたいようですが、こんなデリケートな時期にこういう煽ったような言い方はしないほうがいいでしょう。 

このプーチンの悔しそうな言い方の裏には、認めたくはないがトルコ領を侵犯したことが逃げられない事実だからのようです。 

私は、ロシア側は否定しているようですが、ロシア機が領土侵犯したのはほぼ確実だと思っています。 

ただし一瞬です。おそらくは数分の合間の出来事だったことでしょう。 

ロイター(11月24日)はこう伝えています。

「英国が拠点のシリア人権監視団によると、軍用機が撃墜されたのはシリア北部ラタキアに近いトルコとの国境地帯。トルコ側の説明によると、同国軍のF16戦闘機が、国境に接近した軍用機に対し、5分間で10回の警告を行った後、撃墜した。この軍用機が領空侵犯をしていたかどうかについては言及していない」 

トルコは、再三にわたる国際無線チャンネルによる警告を発したとして、その録音も提出しています。 

ロシア側は、この撃墜されたSu-24から脱出したパイロットのうちもう一名が、トルクメン系のゲリラに殺害されたとされたと発表し、ゲリラ側もそれを認めています。 

Photo_8(写真 救出された救難ヘリの乗員とされる映像。後ろ向きであるのは、ゲリラの報復を恐れるためだとされている)

また、この撃墜事件には続きがあって、乗員の捜索にあたっていたロシア軍のヘリコプターまでもがシリア反体制派によるとみられる攻撃を受けて損傷し、アサド政府軍支配地域に不時着し、乗員1人が死亡したと言われています。 

ただし、こちらの救難ヘリのパイロットは救助されています。

その救助に当たって、ロシア軍の航空機と情報支援の下、イランのスレイマニ将軍に率いられたシリア特殊部隊とヒズボラが共同作戦をしたという情報を、ロシアのサイト『スプートニク』が伝えています。 

これはあまり日本では注目されていないようなので、原文を掲載しておきます。
※http://sputniknews.com/middleeast/20151128/1030912844/qasem-soleimani-IRGC-syria-su-24-pilot.html#ixzz3snAUygYB 

The pilot of the downed Russian Su-24 bomber was saved in a joint rescue operation supervised by the commander of Iran's elite Quds Force of the Guardians of the Islamic Revolution, Major General Qasem Soleimani.
The joint team was receiving extremely detailed intelligence information on everything surrounding them, even the movement of ants located hundreds of meters away, Emad Abshenas noted, citing the Syrian officer. In addition to saving Konstantin Murahtin, they also eliminated all terrorists in the area.
The timing of the operation was perfect but luck played a certain part in its success.

の情報を紹介した佐藤正久氏は、「日頃の連携無しには無理 」と評して、日常的にシリア領内のイラン軍と、ロシア軍が共同していることを示唆しています。 

改めて露呈したのは、シリア内戦にイランのヒズボラや、革命防衛隊が大量に参戦しており、それらがロシア軍の公然たる支援の下に、アサド政権と一体となって軍事活動をしていることです。

今までも噂されていましたが、軍事作戦まで共同していることがわかったのは初めてのことです。 

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上の写真は、同じ『スプートニク』(11月27日)に掲載された、プーチンのイラン訪問の模様です。
※http://jp.sputniknews.com/politics/20151127/1234822.html 

「第三点として指摘したいのは、イランとロシアが、シリア危機調整の枠内での協同行動継続について、その意志を確認した事だ。ロシアもイランも、この問題を平和的手段によって解決し、国際テロ組織との戦いにおける努力を調整する考えである」(スプートニク) 

ところでロシア軍機の爆撃は、対ISではなく、アサド政権に抵抗する自由シリア軍や、トルクメン人ゲリラだったことは知られていました。 

このロシア軍パイロットを殺害したとされるのは、「スルタン・アブドゥル・ハミド旅団」という名の2012年に結成されたトルクメン・ゲリラ集団の中の一派だと見られています。
※http://blog.goo.ne.jp/aya-fs710/e/56cb16c0a92c375139ce8a74780dc81cよる。

Photo_3(写真 トルコ系トルクメン人ゲリラのスルタン・アブドゥル・ハミド旅団だと言われている画像)

トルクメン人は、名前のとおりトルコ人種ですから、トルコは公然と彼らを支援してきました。 

Photo_6(写真 トルコ・エルドアン大統領)

 実は、トルコにとってシリアにおける主敵は、長年に渡ってアサド政権でした。 

トルコは、アサドの横暴な統治や、シリア国民に対する毒ガス攻撃などを最も強く批判した国です。 

トルコが、ISに対して融和的だと国際社会から批判されたのも、裏を返せば、ISよりアサドのほうがより大きな敵だと判断していて、ISがアサド政権の力を削いでくれることに期待していたからです。 

トルコは、IS「領土」への国境管理を甘くして物資の補給を認めたり、石油の不正密売などを黙認した結果、いまやISは手に負えないモンスターにまで成長してしまいました。 

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一方ロシアは真逆に、アサド政権断固支持派でした。ソ連時代からのよしみである上に、中東の親ロシア勢力は、いまやアサド政権ていどしか残っていないからです。 

ロシアは、アサド政権に大量の武器弾薬を与え、それを使ってアサド政権は、米国の息のかかった自由シリア軍や、トルコが応援するトルクメンゲリラに容赦ない攻撃を続けてきたわけです。

これに対して、トルコは再三に渡ってロシア大使を呼んで抗議していましたが、カエルの面になんとやらで、ロシア軍は平然とISではなく、トルコ系住民の爆撃を継続していたようです。

このへんが、ロシアという国の嫌らしさというか、コヅラ憎いところです。

ちなみにトルコも、IS掃討と称して、クルド族を攻撃していましたので、他人のことは言える義理ではありませんが。

またトルコには、16世紀から17世紀にかけて戦争を繰り返し、クリミア半島や黒海周辺を根こそぎロシアに奪われた歴史的遺恨があります。

たぶん、トルコ人がもっとも嫌いな国はまちがいなくロシアでしょう。(逆にいちばん好きな国は日本ですが)

しかし、エルドアン氏の公正発展党(AKP)は、歴史的な遺恨よりも経済的実利を優先させる外交政策をとって、ロシア人観光客招致や貿易に力を注いできました。

そのような中でのこの事件です。いかに実利優先のエルドアンにしても、今回のロシア軍機撃墜は、堪忍袋の緒が切れたというところでしょう。 

それはさておき、このロシアのシリア方針もまた、ISの拡大に大きく手を貸しました。 

したがって、トルコとロシアは立場こそ反対ながら、ISを成長させた陰の主役である点はどっちもどっちもという側面があります。

この状況に異変があったのは、10月31日に起きたシナイ半島上空のロシア旅客機爆破テロでした。

「ロシア連邦保安局(FSB)のボルトニコフ長官は17日、10月31日にエジプト東部のシナイ半島で起きたロシア機の墜落について「間違いなくテロだった」と断定した。残骸の調査の結果、最大でTNT火薬1キロ相当の手製の爆発物が機体に積まれていたことが分かったという。
 ボルトニコフ氏から報告を受けた
プーチン大統領は、「地球のどこにいようと彼らを見つけ、処罰する」と容疑者の逮捕に強い決意を表明」(朝日11月17日)

ロシアは、パリ同時爆破テロを受けて、方針を変更して、今までまったくやる気のなかったIS攻撃を開始します。

オランド仏大統領の仲介もあって、米主導の有志連合+ロシアとの共闘関係ができかかったそのとたんを狙ったように、このロシア軍機の撃墜事件が起きてしまったというわけです。

えてして起きてはならない事件は、起きてはならない時期に起きてしまうもののようです。

ISの哄笑が聞こえてくるようです

■コメントについてのご注意
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②罵詈雑言は止めて下さい。
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④連投や持説の開陳はできるだけ止めてほしいのですが、これはケースバイケースです。
以上を、無視した場合には警告か、削除対象となります。

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日曜写真館 薔薇の名前

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ご心配いただきましたが、なんとか順調に養生しています。
皆さんの温かいお言葉、ほんとうに心に染みました。
ブログやっていてよかったと、心から思いました。

医者は2カ月間保護メガネをしていろと言いますが、無理いいなさんな。何も撮れないじゃないのさ。
それにバットマンのロビン少年みたいなメガネですよ。やだ~。
それも寝る時以外、ズッとですぜ。かんべんしちくれぇ。

眼の手術をしてから写真を撮っていません。
もはや禁断症状です(笑)。
振るえが来て、目眩がします。
夢で思いきっり千枚くらい写真を撮りまくる夢を見ます。
誰かに、「いいシャッターが押せますぜ」という誘惑されたら、飛びついてしまいそうです。

というわけで、今回は2カ月ほど前の旧作です。
撮影日当日はあいにくの曇天でしたが、まぁ曇りもいいかと撮ってきたものです。

曇天だと白い薔薇がなかなかうまく撮れません。
ぜひクリックして、大きくしてご覧下さい。

■追記 昨日の記事の天皇のご巡幸の部分を加筆しました。そのうち独立して取り上げたいテーマです。
この天皇と国民との関係がわからない人には、おそらく日本という国の本質的ななにかが理解できないはずです。

■追記2 昨日の記事に、お前には世界日報がついているだろうといわんばかりのコメントがきました。

今の沖縄では、移転問題で発言すると、すぐに世界日報か、幸福実現党かといわれるような状況のようです。
話になりません。私のいままでの記事にそんな「組織」の匂いが一片でもあったら教えて下さい。
論理には論理で対応しなさい。ロジックとファクトでフェアに戦いましょう。
それが言論というものです。

またこの人物は、「私が公平ぶっているだけ悪質だ」とも書いています。
なに言ってんだか。私はいままで自分が「中立」だなどといったことなど一回もありません。フェアに見ることと、無色透明の「中立」とはまったく別の概念です。
私は私の分析をして、私の意見を責任をもってする、ただそれだけです。
それが「議論」というものです。

このような根拠なき誹謗には、削除で対応しました。まともな論理で来るのなら、いくらでもお相手します。
(午後2時50分)

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天皇は「沖縄を私利で売った」のか?

199HNumigarasuさんのご質問です。投稿先はこの記事です。
※http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-f1ae.html

「基地反対派はよく、「昭和天皇が米軍に沖縄を売り渡した」みたいなことをよく言っているのですが、この「天皇メッセージ」はやはり当時の状況から見るとそれ以外にこたえられなかったのかなと思うんですが、ご意見をお聞かせいただければ、幸いです」 

う~ん、ありましたね、そんなこと。2012年11月頃の話です。 

昭和天皇の御用掛であった寺崎英成氏の文書が米国公文書館で発見されたということが発端です。 

まずは、この寺崎氏という人物は誰なんでしょう。寺崎氏はNHKの「マリコ」というドラマにもなった人です。 

開戦時に、宣戦布告文を手交するのが遅れた原因は、この当時、一等書記官だった寺崎氏の送別会が原因でした。 

彼のせいだとは言う気はありませんが、駐米大使館は怠慢のそしりはまぬがれないでしょう。

「マリコ」の原作者の柳田邦夫氏は、寺崎氏を日米の狭間でもがく良心的な外交官として描いていますが、私にはかなり能力に疑問符のつく人物だと思っています。 

なにせ彼は、戦後、マーカーサー会見で数少ない日本側通訳として天皇に付き添いながら、下のような写真を天皇に撮らせてしまっているような人物です。 

この写真は1945年(昭和20年)9月27日の天皇とマッカーサー会談の時に撮られた、歴史的写真とされています。 

Photo
上の写真で、マッカーサーがノーネクタイの崩した事務服姿で腰に手を置き、陛下が直立して正式なモーニング姿で納まっています。 

仮に敗戦国であったとしても、たかが占領軍の軍人が、王族(天皇は王ではありませんが)や元首に対してこのような傲岸無礼な態度はとってはならないのが、国際的外交プロトコル(儀礼)です。 

こんなものを、拒否することなく撮らせるという付き添いスタッフは、私から見ればあまりにもお粗末です。 

この写真に驚いた山崎巌内相は、この写真を発禁にしようとしましたが、GHQに拒否され、山崎内相まで公職追放の憂き目に合いました。 

なにを、マッカーサーが日本国民に宣言したかったのか、お分かりですね。 

マッカーサーは芝居がかった俺様キャラの男で(おまけに貴族趣味)、厚木に降り立った時には、いつもは使っていないコーンパイプで決めて見せたような人物です。

日本占領なんて、オレから見ればチョチョイのチョイよ、というところですか。イヤな奴だね~。

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彼はこううそぶいているのです。 

「天皇などはオレから見れば小物よ。今後、オレ様が日本のテンノーなのだ」 

こういう時代の空気が分かった上で、この寺崎書簡を読まないと分からなくなります。

さて、この寺崎氏が、1947年9月19日付けで天皇の意向だとして、GHQに伝えたのが、GHQ外交局長であったウィリアム・シーボルトの書簡として残っていた、というわけです。 

シーボルトってと言われると、いきなり幕末かと思っちゃいますが、もちろん現代の人です。このシーボルトが、米本国に伝えていたのが、公文書館にあったということで、左方面の人たちが大騒ぎしました。 

問題とされているのは、太字の部分です。 

■文書A
「天皇の顧問・寺崎英成氏が当事務所を訪れたさいの、同氏との会話要旨をメモした1947年9月20日付けマッカーサー元帥あて覚え書きのコピーを同封することを光栄とするものです。
米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を続けるよう日本の天皇が希望していること、それが疑いようもなく私利に大きく基づいているものである点が注目されましょう
また天皇は、長期租借(そしゃく)による、これら諸島の米国軍事占領の継続を求めています。寺崎氏の見解によれば、日本国民はそれによって米国に下心がないことを納得し、軍事目的のための米国による占領を歓迎するだろうということであります。」(太字引用者)
 

原文も出しておきます。 

It will be noted that the Emperor of Japan hopes that the United States will continue the military occupation of Okinawa and other islands of the Ryukyus, a hope which undoubtedly is largely based upon self-interest. The Emperor also envisages a continuation of United States military occupation of these islands through the medium of a long-term lease. In his opinion, the Japanese people would thereby be convinced that the United States has no ulterior motives and would welcome United States occupation for military purposes.

これが日本をあまり好きではない人にかかると、このような解釈になります。 

いままで放射能問題で再三登場願っている、雁屋哲氏です
※今日また2015年1月30日
http://kariyatetsu.com/blog/1228.php 

「沖縄を米軍の基地にしたのは誰なのか。それは、昭和天皇である。
昭和天皇が『沖縄にずっとアメリカ軍に存在して貰いたい』といったのが始まりではないのか」
 

雁屋氏は、こう書いて、「誰が鳩山氏を責められるんだ。天皇が沖縄を売り渡したために米軍基地の悲劇が始まったんだぞ」と言っています。 

実は、このシーボルト文書には、別バージョンもあります。こちらのほうが、当時沖縄の処遇を巡って日米が何を協議していたのか、よりスッキリと分かるでしょう。

■文書B
「天皇は米国が沖縄をはじめ、その他の琉球諸国に対する軍事占領を継続するよう希望している。天皇の意見では、そのような占領はアメリカの利益になり、また、日本を防衛することにもなる、ということである。
また、天皇は、沖縄(その他必要とされる諸国)に対する米軍の軍事占領は、主権を日本に残したまま、長期(※中略)25年ないし50年またはそれ以上の租借方式という擬制に基づいて行われるべきであると考えている。
天皇によれば、このような占領方式は、米国が琉球諸島に対していかなる恒久的野心ももっていないと日本国民に確信させ、ひいてはこれより、他の諸国、とりわけソ連や中国による同様の権利要求を封ずるであろう。」(太字引用者)

いかがですか。「天皇が私利で沖縄の軍事占領を続けるように頼んだ」というのは、シーボルトの悪意のフィルターがかかった、ただの主観にすぎません。 

シーボルトは、いかにも当時の米国のリベラル派のインテリらしく、国が破れれば真っ先に逃亡するヨーロッパの王族に、天皇を重ねています。

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ところが、天皇はその範疇ではありませんでした。陛下がなされたことは、敗れた国民を見舞って慰謝することだったのです。

陛下のご巡幸は行程は3万3千キロ、総日数165日にも及びました。

GHQはヨーロッパではありえない、「敗れた王」の慰謝の旅を初めは冷笑的に眺めていました。石をぶつけられて恥をさらし、すぐに止めるだろう。

その時に、オレたちかとりなしてやればいいさ。「オレこそたちが、日本の新しい王なのだから」、と。

しかし、GHG高官達の「期待」はものの見事に裏切られました。陛下は各地で、数万の群衆にもみくちゃにされ、国民は泣きながら心から笑っていました。

赤旗を持って出迎えた共産党の労働者たちすら、赤旗を捨てて、いつしか万才を叫んでいたのです。

陛下が各地で国民に聞いたことは、「食べ物はあるか」「家はあるか」でした。

唯一、陛下の心残りは、戦争で最も大きな被害を与えてしまった沖縄県に行けなかったことです。この無念さは、終生、陛下の胸の内にあったといいます。

英国の新聞はこう書きました。

「日本は敗戦し、外国軍隊に占領されているが、天皇の声望はほとんど衰えていない。各地の巡幸で、群衆は天皇に対し超人的な存在に対するように敬礼した。何もかも破壊された日本の社会では、天皇が唯一の安定点をなしている」 

そんな天皇が、我が身かわいさの「セルフ・インタレスト」(私的利益)で、こんな書簡を寺崎氏に書かせたと思うほうが愚かです。

いくら寺崎氏がヘタレでも、そんなことを米国側に伝える道理がありません。 

あくまでも、天皇が言ったと思われることは、あくまで日本が主権を有するという大前提で、米国に25年ないし50年間ていど期間、租借形式で米国が沖縄を預かっていてくれないか、というものです。

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では当時の沖縄に対して、米国がどのような意志を持っていたのか押えておきましょう。 

少し前の戦争中に遡ります。

米国のルーズベルトは戦争中の1943年11月のカイロ会談で、中華民国の蒋介石にこう言っています。 

当時、中華人民共和国など影も形もありませんでしたので、念のため。中華民国は、唯一の正統政府でした。

「私、琉球は地理的に貴国に大変近いこと。歴史上貴国と緊密な関係にあったことを考慮し、もし貴国が琉球を欲しいと思うなら、貴国にあげて管理を委ねようと思っている」(遠藤誉『チャイナギャップ』) 

もちろん、このルーズベルトの領土認識自体も誤りですが、それ以上に、それに対して蒋介石は動揺を隠せず、こう返答していることに驚かされます。 

「私はこの(琉球)群島と米中両国で占領し、その後、国際社会が米中両国に管理を委託するのがいいかと思います」(同) 

ルーズベルトは、中国に沖縄の統治の意志がないと見て、ここでこの話しは沙汰止みになりました。 

この瞬間に戦後における沖縄の国際的地位は、確定したと言えます。少なくとも、中国ではなくなったのです。

これが、中国が沖縄を領土だ主張することが誤りである歴史的根拠です。 別に隋の時代まで遡らなくてもいいのです。

それはさておき、もしこの時、蒋介石が、「そうですな。もらっておきましょうか」と言ったら、今頃は沖縄は中国の領土で、嘉手納基地には五星紅旗が翻っていたことでしょう。 

中国に領有を辞退された以上、沖縄の領有権は米国に属します。

ちょっと待てよ、日本に相談もなく、勝手に決めていいのかと言いたいところですが、できてしまうのです。残念ながら、日本が米国に戦争に破れたからです。

歴史上、軍事占領に伴う実効支配ほど、有効な領土化の手段は存在しないのです。それはクリミア半島や、南シナ海の埋め立てを見れば分かるでしょう。

一度他国の軍隊に居すわられたら、それを排除して主権回復するには、再度戦争で勝つしか方法はないのです。

一方、沖縄を取り囲む国際情勢も大きく変化しました。冷戦が熱い戦争になってしまったのです。

台湾海峡、中華人民共和国の成立、そしてその直後の朝鮮戦争は、いやでも沖縄を軍事的枢要として領有せねばならない米国の意志を固めさせることになります。

また、米国以外の連合国側も、米軍による沖縄の信託統治や、日本の沖縄に対する主権放棄を主張する声が非常に強く残っていて、沖縄が日本から切り離される危険性は非常に高いものでした。

この天皇発言とされるものは、この時代背景を抜きに語れません。

天皇が述べたことは、「中国やソ連の領有になる可能性があるのならば、主権は日本のままで、米国が一時的に借りる形ではいかがだろうか」というものです。

この時、天皇が提案したとされる「外国の統治下にある地域に潜在的に有する 主権」が、潜在主権です。

当時、米国は、日本の潜在主権すら認めず、米国の信託統治領か準州のようにしていくつもりでした。

もしこのような処遇を米国が宣言した場合、それで沖縄の戦後の地位は半永久的に確定してしまったことでしょう。

日本側としては、このような状況に立ち至る前に、米国にしっかりと日本の意志を伝えて、米国領として固定化されるのを防ぐ必要があったのです。

ところが、占領軍に軍事支配されて主権を奪われ、丸裸も同然だった当時の日本には、何もできません。できるのは、米国との外交交渉だけでした。

そこで、天皇かオファーしたとされるのが、この「潜在主権」です。実は当時、このような概念は外交用語にありませんでした。

この天皇提案を受けた本国国務省のジョン・フォスター・ダレスは、驚きながらこう述べたそうです。

日本に主権を残しつつ、米国の戦略的要請を確保していると解釈解釈できる条約を作るもので、以前の国際法には見られない表現だ」(太字引用者)

このどこが問題なのでしょう。実に時宜に適した妥当なものです。

この天皇の「潜在的主権」という微妙な表現は、ダレスが言うところの米国の「戦略的利害」と、「日本の主権」を絶妙なバランスで調整したものでした。

日本が、今の翁長氏のように、「米軍の占領ゼッタイ反対」と叫んでも、米国は歯牙にもかけなかったでしょう。

しかし、日本国の元首たる天皇の提案として、日本の潜在主権を認めた上で、米国の顔も立てるという提案がなされれば、米国はノーと言うわけには行かなかったのでしょう。

Photo_4(写真 沖縄復帰運動の法的根拠はこの天皇の「潜在主権」に基づいていた)

そして、後の沖縄の本土復帰において、その返還交渉の法的根拠は、この「潜在主権」になっていきます。

私は、この素晴らしい外交手腕を発揮された陛下に感謝こそすれ、「私利で売った」という言いがかりには呆れます。

このような時代背景も、米国とのつばぜり合いも関係なく、歴史を切り取ると何も見えて来ません。

沖縄の左の人の特徴は、このように時代背景も、当時の国際情勢も関係なく、「本土vs沖縄」という狭い硬直した視野でしか見ないことです。

もっと視野を拡げて、当時米国が何を考えていたのか、それはどうしてなのか、中国はどう考えていたのか、日本政府はそれにどのように対応して、どうしたかったのかなど、沖縄を取り巻く状況をさまざまな角度から見ることです。

そうしないと、「日本が沖縄を捨てた」「天皇が私利で沖縄を売った」、という薄ぺらいものになってしまいます。

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「日本版オリーブの木」とは

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もう少し政治がらみの話を続けます。あまり好きじゃないんですけどね。すいません、しばらく辛抱を。 

おそらく来年の選挙は、かなりの確率で「衆参ダブル選挙」となるでしょう。 

というのは、ここが国民にとって、再来年の春の消費税率の10%への引き上げに対する最終判断の場だからです。 

安倍氏は、土壇場まで再増税について明言しないでしょうが、それは単に今それを表明すれば、3党合意を破棄するのかと袋叩きに合って、潰されるのが目に見えているからです。

財務省の長い手は、政界のそこここに張りめぐらされています。もちろん、自民党の中にもしっかりと。

前回の野田聖子オバさんの不発の反乱もそのひとつで、本来はもっと大規模にやりたかったはずです。

ですから、安倍氏は間合いを慎重に観察しています。 

前回の増税の打撃からすら立ち直れないのに、いままた再増税したら、日本経済はこのまま地獄へと直滑降していくことでしょう。 

8%でも重税感があるのに、それを切りのいい10%になどしたら個人消費は冷えきり、設備投資も壊滅状態になります。 

軽減税率はなんの助けにもなりません。こんな増税後に参院選をやれば、結果は見えています。 

元来反増税・成長論者だった安倍氏は、公明との関係があるために三党合意路線を大事にするそぶりを見せながら、これをホゴにしようとしています。 

そのためには、前回の参院選と同じ方法を、もっと大仕掛けに踏襲するでしょう。それが衆参同日選挙です。これ以上インパクトのある「民意」は、日本には存在しないからです。 

この前には、野党の叫ぶ「戦争法案廃案のための政府」などということは、瞬時で消し飛ぶと安倍氏は見ているはずです。 

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一方、野党もいっせいに野党再編という選挙モードに入りました。 

選挙直後の朝日新聞(2015年11月26日)の報道です。 

民主党維新の党生活の党山本太郎となかまたち、社民党の野党4党の超党派議員が25日、「立憲主義」を旗印に野党間の協力を深めるための勉強会を立ちあげた。当初は30人ほどの出席が予定されていたが、代理を含めて約100人が参加。出席議員の一部には、将来的に新党結成を目指す際に勉強会を母体にしたいとの考えもある。
憲政の常道を取り戻す議員有志の会」と冠した勉強会には、新党結成に前向きな民主の細野豪志政調会長前原誠司元代表、維新の江田憲司前代表も出席。「安倍政権憲法を無視している。歯止めをかけないといけない」との方針で一致した。
安倍政権による集団的自衛権の行使容認を「違憲」と批判する4党の議員にとって、「立憲主義を守れ」というスローガンは結集軸にしやすい。出席した民主議員の一人は、会の趣旨について「新党立ちあげに腰が重い民主執行部を動かすことが目的だ」と述べた」

はい、ここで集まったメンツにご注目ください。民主、東京維新、生活、社民の議員たちです。 

民主の前原誠司、細野豪志両氏が来ているのは、このふたりが維新の前代表・江田憲司氏と11日に会談して、民主解党⇒新党結成で合意した仲だからです。 

この新党は、おそらく小沢一郎氏の念頭にある「日本版オリーブの木」構想に近いものだと考えられます。 

小沢氏の構想はこうです。

野党は結集せねば巨大与党に勝てないのだから本来は合流するべきだが難しいのなら、既存の政党とは別に、選挙の届け出をする受け皿政党を作って、そこに各野党の政治家が個人参加したらどうなのか、というものです。 

すると、あら不思議。バラバラだった野党が、「日本版オリーブの木」vs自民党という2極対決の構造に見えて来る、という仕掛けです。 

Photo_3(写真 オリーブの木の発案者のブローディ氏。首相の後に欧州委員会委員長にまでなった)

 では、いちおう本家イタリアの「本家版オリーブの木」も押えておきましょう。 定義から入るのが、私の流儀なもんで。

時は1990年代末。ベルルスコーニ首相が、イタリア名物の汚職でヒックリかえると、少数政党乱立のイタリア政局はなにがなんだかわからない状況になってしまいました。 

この時に、経済学者ロマーノ・ブローディ先生の言い出しっぺで作られたのが「オリーブの木」です。 

「オリーブの木」というステキなネーミングは、オリーブオイルなくしては飯を食ったことにならないイタリア人らしく、痩せ地にも育つ頑丈さと豊穣のシンボルとされたためです。 

まぁ、ネーミングとアイデアの勝利だね。 

ブローディ先生自身は保守リベラル派で、中道左派の政治グループの結集を考えていたようですが、実態は違ったのです。 

少数野党で、イタリア最強の政党がいたからです。もちろんそう、あのトリアッチ、グラムシを生んだイタリア共産党です。 

当時既に、ヨーロッパ最大と謳われたイタリア共産党は解党していましたが、その後継の左翼民主党は野党で大きな力をもっていました。

彼ら共産党残党がこの「オリーブの木」に着目し、その中心になっていきます。 

この「オリーブの木」は、混乱に嫌気がさしていたイタリア国民の支持を集めて、勝利しました。 

できあがった「オリーブの木」政権は、ブローディ先生を首相にして共産党(左翼民主党)まで入れた連立内閣になり、この後1996年から2001年まで4年間ほど政権の座にありました。 

というわけで、この「本家オリーブ゙の木」の最大の特徴は、共産党まで閣内に入れた選挙用寄り合い所帯だということです。 

Photo_4
小沢氏は表面的には、「共産党自身は一緒になる気はない。選挙協力のところまでやるだけで、そんなにヒステリックに心配することはない」とTBSラジオ(11月17日)で言っているようですが、もちろん本心ではありません。 

小沢氏が民主党代表で勝利した後に作られた民主党政権には、社民党の福島瑞穂氏までが入閣していました。 

勝利の暁には、小沢氏が盟友にして最大の功労者である志位氏を見捨てるわけはありません。 

しかし、痩せても枯れても保守政治家を自認する前原氏などの抵抗感は強いでしょう。 

彼は「共産党はシロアリだ」と放言して、枝野氏があわてて共産党に菓子折り持って陳謝しに行っています(笑)。 

要は、共産党カラーをいかに隠すかです。「本家オリーブの木」はこのようにしました。 

「『オリーブの木』は旧イタリア共産党系のPdSが中核であるものの、プローディを首相候補にしたことから共産主義の色彩を抑えることに成功した。1996年第13回総選挙ではベルルスコーニ率いる右派連合を抑え、議会最大勢力に躍進した」(Wikipedia)

共産党の存在をカモフラージュするには、「オリーブの木」ほどいい構想はないのがお分かりいただけたでしょうか。

Photo_6
さて、小沢氏が考える「日本版オリーブの木」構想はこうです。 

すべての参加する野党は、「オールニッポン」(仮称ですよ、もちろん)を名乗ります。 

この結集軸には、「戦争法案反対」がいいでしょう。来年夏までには、そうとうに出がらしに なっていても、あの熱気は忘れられませんものね。

賛同する野党は、この「オールニッポン」に個人加盟します。新党でないところがミソです。 

参加野党は解党の必要がありませんから、抱え込んだ巨額の政治資金もあって民主党という看板をはずしたくない岡田氏や枝野氏にとっては、たまらなく魅力的なはずです。 

おまけに、この「オールニッポン」は、野党全部の選挙協力が大前提ですから、勝つ可能性も飛躍的に高まります。

なぜでしょうか? 

どうせ民主には前回の参院選のように全選挙区候補を擁立できる力量はないし、他のミニ野党などもっと悲惨ですから、悪くない話です。 

問題は一に懸かって共産党です。東京維新や社民などはハッキリ言って鼻くそのようなもので、共産党なくしては、この「オールニッポン」は成立しません。 

共産党はいままで都々浦々すべての選挙区に立てていた候補者を、「オールニッポン」に加わることで、全選挙区で惜しみない選挙協力をします。 

これによって、「オールニッポン」の選挙マシーンは、極めて強力になるでしょう。 

労組は、いつもは犬猿の仲の連合と全労連が手を握り、共産党は「鉄の団結」を誇る下部組織と、星の数ほどある大衆団体をフル稼働させることになります。 

この見返りとして他の野党は、共産党に一定議席と、勝利した後の小切手を発行してやるだけでいいのです。 

なるほどこれは、落ち目の野党にとって悪くない話しだと思いませんか。特に民主党にとって。 

このように見て来ると、民主党がなぜあれだけ身も世もなく「戦争法案反対」で共産党と手を組んだのか、おのずと分かろうというものです。

一方、共産党は、天皇制反対、自衛隊反対、安保反対、政府のやること全部反対、といういままでの主張を全部凍結して、選挙協力するのですが、果たしていかがなりますか。

 

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大阪選挙は、橋下ポピュリズムvs共産党ホピュリズムだった

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皆様、温かいお言葉を心から感謝します。肝に染みました。回復しています。眼帯もはずれて、いっそうこの世の中がよく見えるようになりました。 

あくまで物理的だけなのがちょっと哀しいけど(笑)。 

さて、HN元大阪府民からの伝言さんからコメントを頂戴しました。氏は「維新側が大阪市民と大阪府民に飴を用意できなかったこと」として、こう述べておられます。

「(橋下氏が)ああみえて、実は大阪維新は私立高校無償化や中学校給食促進などの教育予算ばらまき政策を展開しているのですよ。
これが公務員の給与削減なんかじゃ到底補えない額でして。
おかげで大阪府は累積赤字が増えて起債許可団体落ちしてしまいましたが。
対立候補は教育政策の見直しを掲げていましたので、ばらまきを期待している側はそりゃ維新に一票するでしょうよ」

なるほど、府内部からみると、そういうことだと分かります。おっしゃるように、橋下流ポピュリズムが多々あったことも確かだと思われます。

しかし、私には、今回、それが勝敗を分けた分水嶺だとは、どうしても思えないのです。 

他県人から見れば、本質的にこの選挙戦は、自民vs橋下ではなく、共産党vs橋下氏だったような気がします。

もう少しその辺をお話していたほうが、いいでしょう。 

こういう言い方はナンですが、今回は稀代の喧嘩師・橋下徹個人の勝利です。 

いままで、彼の守りに入った時のダメさかげん、言説の定まらなさ、どう考えても深く考えて言っていなさそうな発言の数々には、イライラさせられた国民も多いでしょう。 

なにを隠そうこの私も、そのひとりです。

と、同時に朝日新聞相手のタンカの切り方などは、胸がスカっとしたという国民も多いはずです。

そうなのです。彼はポピュリストですから、「敵」さえ見つかれば、強力無比なのです。 

ここが、橋下氏のスゴサです。毀誉褒貶の激しい人ですが、確かに橋下氏は凡百の政治家ではなく、天才的なポピュリスト政治家なのです。 

決して褒めてばかりの意味ではありませんので、念のため。

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橋下氏が今回取った戦術は、彼のポピュリスト政治家の才能がハンパではないことを証明していました。 

まず、彼は選挙民にとっての、白黒をハッキリとさせます。あいまいな中間的な言い方はしません。 

このまま「改革」を続けるのか、それともかつてのような労組と解同、そして既成保守政治家のシロアリども既得権益者たちに大阪市が食い物にされていた昔に戻していいのか、と彼は叫ぶわけです。 

ここで、彼は優秀なポピュリスト政治家らしく、見えやすい「敵」を正しく設定します。 

橋下氏の的は、自民大阪府連に代表されるヤニと脂だらけの欲ボケ連中と、共産党と労組に代表される、これまでエグイことをさんざん関西地方で半世紀やってきたような革新勢力でした。 

この両者こそが橋下氏が叩き斬るぞ、と叫んだ「敵」でした。まことに「敵」の作り方がうまい。 

それに対して、自民府連はあつらえたような敵役を演じてくれました。あろうことか、固定票が欲しさのあまり、共産党に抱きついたのです。 

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(共産党の選挙チラシ) 

上のチラシは選挙前に大阪府一帯で撒かれたチラシです。チラシにある「元女性府議」とは、自民党推薦の栗原貴子元大阪府議だとゼッタイに思いますね。 

発行元も自民党だと思ってあたりまえです。

ところが違います。これを出した発行責任者は、このチラシの裏にズラ~と出てくるこのような皆様方です。 

「明るい民主府政」という団体の下に、願いましては、「大阪商工団体連合会、大阪府保険医協会、新日本婦人の会、全大阪労働組合総連合、日本共産党・・・56の団体・政党」だそうです。

なんじゃこりゃ。全部、大阪民商、民医連、新日本婦人、全労連など、知る人ぞ知るガチガチの共産党系団体ばかりです。 

そしてご丁寧にも、これらの団体の大旦那の共産党までもが、米粒よりちいさな文字で末尾に入っているのは、ご愛嬌でしょう。 

Photo_11(写真 自民党の街宣車のうえで自民推薦候補を応援する辻本のオバちゃん。「オール大阪」を象徴する風景)

敗北後、公明市議団は直ちに自民府連にこう噛みついています。 

「自民党推薦の候補が、橋下徹大阪市長率いる大阪維新の会の公認候補に完敗した大阪府知事と市長のダブル選の敗因について、公明党市議団の明石直樹幹事長は24日、自民の柳本卓治参院議員が共産系の集会に出席し、支持を呼びかけたことが「保守層に対して、大きなマイナスイメージになった」との見方を示した。市役所で記者団に答えた。」(産経11月24日) 

いままで公明党を褒めたことがない私ですが、今回はまったくそのとおりです。ここで登場する柳本卓治参院議員は、柳本顕候補の叔父です。 

自民党員の国会議員が、共産党の集会で、自民党の支援を要請するというハチャメチャをやっていれば、まんまと共産党の描いた「オール大阪」の絵図に自分から乗っていることを証明して歩いているようなものです。 

バッカじゃないか、自民大阪府連! 

自分から橋下氏の注文どおりの、「節操のない選挙に勝ちたいだけの欲ボケ集団」演じてどうするの。 

市民や府民にとって、住民投票でテーマになった「都構想」という統治機構改革論には、正直あまり関心がなかったはずです。

それは5月に既に決着がついていますし、ほんとうは「橋下氏をこのまま潰していいのか」が、むしろほんとうの大阪選挙のテーマだったはずです。 

都構想なんか、よくわかんないけどねぇ、ていどだったことでしょう。それでいいのです。 

あんな「都構想」などは、橋下氏の「思いつき」であって、必ずしも正しくはないし、今やらねばならない直近の政治選択ではないからです。 

Photo_9(写真 威容を誇る共産党本部。自民党本部よりデカイ。首都の一等地にこれほど巨大な本部を持つ共産党は、先進国には存在しない)

さてここで改めて、今回の大阪選挙の影の主役である共産党に登場願いましょう。今回の選挙は、自民大阪などはどうでもよく、真の対決は共産党vs橋下徹でした。

いわば巨大左翼政党と橋下徹という政界の異端児ひとりの戦いだったも、言えるかもしれません。

この共産党の根本的な性格は、比類なき中央集権政党だという点です。 

共産党にはどぶ板議員は星の数ほどいますが、その人たちを手足にして、党の脳味噌はただひとつです。

民主中央集権制、上意下達。「国家内国家」だと評した人がいるほどです。 

その指導のラインをたぐって行くと、代々木本部にデンとそびえる共産党本部、そしてさらに常任幹部会、最終的にはそのトップの志位委員長ひとりに集約されます。 

その志位氏が、来年の参院選挙のために描いた絵図面が、「オール〇〇」です。

Photo_8しんぶん赤旗14年11月。キャプションには「オール沖縄の力で勝ち抜こう」とある) 

これにはプロトタイプがあって、沖縄県で翁長氏を誕生させた政治モデルです。

「オール〇〇」を作るためには、できるかぎり万人がノーと言いにくいものが適当でしょう。 

沖縄の場合は、「新基地反対」「これ以上の基地負担はノー」でした。 

もちろん、ポピュリストの言説は、落ち着いて考えれば、辺野古移設の理由は普天間の危険除去に決まっているわけなのはすぐに分かるはずです。

それを「新基地」と言いくるめて県民感情を煽り、「これ以上の負担はノー」につなげる、というあたりが共産党のウルトラC(←死語)です。 

もちろん、ただの政治的レトリックにすぎないのは共産党も百も承知なのですが、選挙戦はしょせん短期戦なのです。

この2択で攻めて、攻めて、攻め抜けば勝てることを、左翼ポピュリストの共産党は熟知しています。 

その意味で、左翼ポピュリストの共産党と、保守ポピュリストの橋下氏との戦いともいえるかもしれません。

その特徴は、中間項を作らずにイエスかノーかを問うからです。実には、、白黒答える前に、いくつもの妥協による解が存在します。

政治は妥協の産物であるのが正常な姿なのであって、橋下氏のエイヤっで決まるわけても、志位氏のダーッで決まるわけでもないのでず。

それを短絡させてしまうのが、このポピュリストの悪い習性です。

Photo_3(NHK時事公論9月26日http://blogs.yahoo.co.jp/imadon1101/35388736.htmlより)

共産党は、沖縄では翁長氏とそれに連なる平良氏や呉屋氏の沖縄経済界反主流派を切り崩して、「オール沖縄」を作り出しました。

本土では、維新を分裂させ、民主に取り込み強力な野党に太らせてから、自民反アベ派を切り崩し、そして「国民連合政府構想」に集約していきたいわけです。 

これがうまくいけば、「国民連合政府」のような共産党臭い言い方は消えて、「オリーブの木」というさわやかなネーミングに、あまりさわやかではない連中が乗って、「戦争法案白紙化のためのオールニッポン」となります。 

Photo_10(写真 新聞赤旗8月20日より。キャプションも同じ。「達増拓也岩手県知事候補の必勝を誓い手を握る生活・小沢代表、維新・松野代表、(1人おいて)民主・岡田代表、志位委員長、社民・吉田党首」)

共産党がこの「翁長モデル」の本土における実験場に使ったのが、8月の岩手知事選でした。

志位氏と盟友の小沢氏の根回しによって、民主、共産、維新、生活、社民の協力が実現し、自民党は候補擁立すらできずに惨敗しました。

これで、本土地方選挙でも、「翁長モデル」が威力を発揮することが証明されたことになります。

そして第3弾が、この「オール大阪」選挙でした。 構図はまったく一緒ですが、さらに進化して、とうとう自民党府連を切り崩しています。

つまり、岩手で出来上がったオール野党連合に、自民党の一部(今回は府連)までもがくっついて「オール大阪」を名乗るというパターンです。

共産党が出した餌は、1選挙区2万票といわれる鉄板票と野党随一の共産党と労組、青年組織という選挙マシーンでした。

これは、野党にとってマタタビ的な作用を見せました。 ひょっとしてこれなら勝てるかも、と思わなかった野党指導者はいなかったはずです。

この共産党の手足を使って大阪で勝てれば、参院選勝利も見えてきます。

そうすれば、岡田氏を首班にして、共産党まで含んだ「国民連合政権」もあながち夢ではない、そう思ったはずてす。

しかもおあつらえ向きにも、「戦争法案反対」の余熱があります。 

ここで一挙に、橋下氏が安倍氏と親密なことを取り上げて、反安倍の風で、橋下もろとも吹き飛ばせば、政局は一気に反アベで加速します。 

Photo_7(オール大阪」の一角、自治労大阪のチラシ。もうすでにこの住民投票の時点で「オール大阪」は出来上がっていた)

この風を受けた自民府連の戦いぶりは、阪神ですらこうはないというほど悲惨な自滅街道一直線でした。

府連は5月に、住民投票にかろうじて勝っているのですから、このまま代替案を大阪会議にビシっと出して政策立案能力の高さを見せつけるべきでした。

しかし、半年で自分が提案した大阪会議を招集できたのがたった3回。これでは選挙の前から負けています。 

どうやら自民府連は、あまりにも長く野党に居すぎたようです。

「橋下くたばれ」とだけしか言ってこなかった酬いが、彼らの政策立案能力を蒸発させてしまったようです。 

自民から政策立案能力と、国家観を取ったら、ただの利権屋集団にすぎません。

かつての橋下氏登場以前の、革新勢力とよしなに野合していたぬくい寝床がむしょうに恋しくなったようです。

そして伸ばした手をむんずと掴まんで、引き寄せたのが共産党だったというお粗末でした。 

やれやれ。府連は橋下氏の対立候補も満足に立てられず、知名度ゼロの新人候補を出し、選挙マシーンでフル回転したのは共産党の労組とシールズばかり。

Photo

http://blog.goo.ne.jp/koube-69/e/053b6db1ae5a3905d0e0445700ea4cd9

上の写真はシールズ関西のものです。柳本候補最後のお願いのシーンですが、取り囲んで親衛隊をやっているのはシールズの坊ちゃん、嬢ちゃんたちです。

こんな府連のグロテスクな利敵行為を働かれれば、自民党中央や官邸が支援などしてくれるはずもありません。

かくして、共産党とシールズが献身的に、反橋下と自民党候補を応援すればするほど、府民は白けきり、自民党票から3割、無党派票から実に6割が、自民府連から去ったというわけです。

これで自民府連が勝てたら奇跡というものです。

かくして、志位-小沢連合が進める、「国民連合政府」は、いったんは挫折したように見えますが、まぁ、また別の形で蘇ることでしょう。

このように考えてくると、橋下氏がコメントにあったようにポピュリズムの飴だと言うならば、共産党と自民府連もまた、利害で癒着した野合ポピュリズムだったのではないでしょうか。

そして府民は、この類まれな勝負師を、政界から追放しないことを選んだんだのです。

今回のような、中央政界の政局的色気で、地方選挙を動かそうとする姿勢はもういいかげん止めたらどうなのでしょうか。

地方には地方独自の問題があり、地方が選択すべきです。

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臨時写真館 紅葉の少女時期

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ご心配いただいて、ありがとうございます。手術は成功しました。

ただし、まだかすかな痛みと違和感が残っていますので、今日も病院です。

眼帯をはずして見た世界は、ディスプレイを新型に取り替えたようなかんじ(笑)。

コントラストと、ボケが取れて、輝度が上がり、コントラストがスッキリくっきり。いや、びっくりしたぁ。

2週間ほど前の写真ですが、こちらはもう一面の紅葉に差しかかっています。こういう青葉からほのかに色づく紅葉初期も美しい。

この写真は曇天の時にとったものです。青空もいいですが、曇天の合間もまたいい。雨の時もいいし、もちろん秋晴れの下の紅葉は最高。

なんだ、いつでもいいんじゃないか(笑)。

明日、記事の更新ができるかは未定ですが、その場合でも写真くらいはお届けしたいと思います。

改めて、皆様のご厚意に感謝します。

■追記 ウイグルの記事でHN「のぶ」さんのご指摘の東京五輪の開幕日は、ご指摘が正しかったので、修正したものです。手術前のドタバタで、コメントを忘れていました。
すいません。
「のぶ」さん、ありがとうございます。
山形さん、冷静にね。あれは荒らしじゃないよ。

昨日の記事の前半部分に大幅加筆しました。今日はこれが限界ですなぁ。

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「テロ」を「ゲリラ」と呼ぶな! シリア難民からパリ同時テロ襲撃犯

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靖国神社で爆弾テロが起きました。

人のいなそうなトイレを狙ったこと、新嘗祭を狙ったことなどから、おそらくは国内の愉快犯的な者による仕業だと思われます。

早急な逮捕が望まれますが、いつもながら日本のマスコミはこれを「ゲリラ」と報じています。

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「ゲリラ」の国際的な定義はこのようなものです。

「ゲリラ戦(遊撃戦)と呼ばれる不正規戦闘を行う民兵またはその組織のことでパルチザンとも呼ばれる」(Wikipedia)

しかし日本ではこれを、警察まで含めて、下のような別の意味づけを与えてしまっています。

「施設などを攻撃する対物テロを「ゲリラ」、個人を標的とする対人テロを「テロ」と区分している」(同)

これでは、現在進行している施設を襲って市民を殺傷するパリ同時多発テロのようなテロは、どのように呼んだらよいのでしょうか。

今後、日本でもありえるのは、いままでのような施設と対人と分かれたテロではなく、施設もろとも市民を無差別に標的にする形態の残虐なテロです。

また「ゲリラ」には、語源がスペインにおけるナポレオン戦争の抵抗運動から生れたために、独裁者の圧政や外国軍隊の侵入に対して抵抗する「義人」といったニュアンスがあります。

一方「テロ」は、フランス革命のギロチン政治から誕生した血なまぐさい言葉です。

語源の意味はそのものズバリ、「恐怖政治」です。そこにいささかの肯定的ニュアンスのかけらもありません。

テロ」ないしは「テロリズム」の定義を押えておきます。

「テロリズム(: terrorism)とは、①事前に謀られ、政治的に動機付けられた暴力の行使を言う。
非戦闘員を標的として、右派左派政党・活動家・民族・宗教グループ又は秘密工作員等様々な政治的意図を持つ者によって行われるもので、大衆に恐怖を与える意図のもとに行われる。
②恐怖又は不安の拡散により、政治目的の達成を狙い計画された組織グループによる暴力事件を言う」(テロリズム - Wikipedia
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ただし、イリイチ・レーニンが、「赤色テロ」「白色テロ」と言うふうに、「良いテロ」と「悪いテロ」を区別してしまったために、おかしなことになりました。
「1917年~22年のレーニンと赤色テロル」のデータと文献(上の3Dも同じ・左系のサイトですが、共産主義の暗部までよく調べています)

しかしそんなもんは、マルクスレーニン主義者(←懐古的響き)の、ご都合主義の産物にすぎません。

このML主義の影響の尻尾が残っているのが、日本の文化人です。

現在、世界各国で繰り広げられているのは、まさしく「テロ」であって、「ゲリラ」などではありません。

今さら言うまでもなく、いまや、いかなる意味でも現代においてテロを美化することはできないはずです。

一部日本文化人やマスコミの中の、「テロが起きることには道理がある」という造反有理的な思い込み肯定論が、ほのかに影響しているのが、この「ゲリラ」という用語ではないでしょうか。

いいかげん止めにしませんか、こんな自分の左翼幻想をテロリストにに投影するようなまねは。

今後、国際標準呼称で一括して「テロ」と呼ぶべき時期にきています。

パリ同時テロ事件以降も、「ゲリラ」という表現を平然と使い続ける神経を疑います。

                      ~~~~~~~~

シリア難民をトロイの木馬にして、ISがテロリストをパリに送り込んだことが、ほぼ確実になったようです。

「フランス警察当局は22日、パリ同時テロの際に競技場で自爆した3人目の男の写真を公開した。AFP通信が捜査関係者の話として報じたところでは、男は10月3日にギリシャ南東レロス島で「モハンマド・マフモド」名義のシリア旅券を提示し、難民に紛れて欧州に侵入。仏当局は旅券が偽造だった疑いもあるとみて、身元につながる情報を求めている。 これまでの調べでは、競技場襲撃班は仏国籍のビラル・アドフィ容疑者(20)および他の2人の少なくとも3人で構成されていたことが分かっている。
2人目は「アフマド・モハンマド」名義のシリア旅券を所持し、3人目の男とともに10月3日にギリシャに入国していた。2人は10月8日にギリシャのピレウス港でフェリーに乗り、セルビアに向かったもようだ」
(時事 2015年11月23日)

 上の記事に出てくギリシャ・ピレウス港は、ギリシャ最大の港で地中海クルーズの母港にもなっている所です。 

Photo_4(写真 ハフィントンプレスより)

このピレウス港が、今、シリア難民のヨーロッパへの玄関になっています。

テロリストは難民に紛れてここを難なく通過し、ヨーロッパに入っていき、そしてサンドニの球場で自爆したとみられています。 

「カズヌーブ仏内相は、同時テロ首謀者とされるモロッコ系ベルギー人のアブデルハミド・アバウド容疑者(死亡)も、ギリシャを通過していた可能性があると指摘。これに対しギリシャ政府は20日、「現時点でその証拠はない」と否定している。
 アムンジアス氏によれば、ギリシャの島に到達した難民希望者は、登録を済ませなければ本土へ渡る船の切符を買うことができない。だが実際には、暗躍する犯罪組織から偽造書類を入手してすり抜けることが可能。レスボス島では18日、偽造に関与した疑いで、パキスタン人を中心としたグループが摘発されている。
 ギリシャのある警官は、難民申請の際は「自己申告に基づいて登録される」と指摘。「実際に通過するのが誰なのか、われわれは知らない」と明かした。
(AFP 2015年11月22日)
 

Photo_2(写真 レロス島などのエーゲ海の島々からピレウス港に到着した難民を警戒するギリシャ警察官AFP) 

今回の襲撃により、シリア難民を中心とする数十万人の難民の、ヨーロッパ受け入れは、絶望的な状況に立たされました。 

既に、かねてから難民受け入れを拒否してきたポーランドなどの東欧諸国は、EUが割り当てた移住計画が実現不可能だと表明しています。

このような、巨大な難民の奔流を作り出したのは、シリア内戦です。

きっかけは、いつまでも治らないドイツの良い子ちゃん病が、またもや発揮され、「ドイツに来れば、移民として60万人受け入れる」と口走ってしまったからです。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-94b4.html

これがシリア難民の史上空前の爆発的流入を起動してしまいました。

国外に出た難民が最も集中しているのは、シリアに隣接するトルコ(8月下旬現在194万人)、レバノン(9月末現在108万人)、ヨルダン(10月初め現在63万人)の3カ国です。

この3か国てシリア難民の90%を受け入れています。

特に、ヨルダンでは特定の難民キャンプより地域社会の中で受け入れるという方式に転換して、一定の成功をしていました。

その流れがいきなり、メルケルの呼びかけで、「ヨーロッパに来い。来れば移民として認めてやる」と煽られた結果、中東から押し出されるようにしてヨーロッパに向う100万人規模の難民移動を招いてしまいました。

では既にヨーロッパに入ってしまったシリア難民を追い返せるかといえば、限りなく無理です。

かくしてヨーロッパは、流入が止まらないシリア難民と、その中に紛れ込んだテロリストという二重の大問題を抱え込むことになりました。

■今日は眼の手術の当日です。さすがに鈍感な私も、なんか気持ちが集中できずに、はなはだ展開力のない記事になりました。

本来は今日アップした部分は単なる枕だったんですが、ダメダ~、根気が続かない(涙)。すいません。

明日は養生のために記事の更新はいたしませんが、写真くらいだそうかな。

たぶんあさってには、再開の予定です。

■前半テロ部分を大幅加筆し、タイトル名を変更しました。(11月25日)

 

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「オール大阪」の自爆

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自民府連が共産党と「共闘」して、シールズの支援まで受けたあげく、自爆しましたね。

「任期満了に伴う大阪府知事と大阪市長のダブル選が22日投開票され、知事選は地域政党「大阪維新の会」(代表・橋下徹大阪市長)公認で現職の松井一郎氏(51)が再選、市長選は同会公認の新人で前衆院議員の吉村洋文氏(40)が初当選を果たした。
 いずれも自民党推薦候補を大差で破った」(時事11月22日)

■大阪府知事選挙
 松井一郎(大維・現)当選、202万5387票
 栗原貴子(無・新)105万1174票
 美馬幸則(無・新)8万4762票
■大阪市長選挙
 吉村洋文(大維・新)当選、59万6045票
 柳本顕(無・新)40万6595票
 中川暢三(無・新)3万5019票
 高尾英尚(無・新)1万8807票

はっきり言って、大阪府民からすれば、自民と共産の「共闘」なにが「オール大阪」や、馬鹿にするのもいいかげんにしなはれや、というところだったのでしょうね。 

マスコミは「自民完敗」と書き立てるでしょうが、違うと思います。

ボロ負けしてのは、自民党そのものではなく、「オール大阪」で野合した自民府連と共産党です。

下のチラシは、反橋下陣営が作ったものです。 

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こんなチラシをバラ撒き、内閣参与のはずの藤井聡氏までが辞職することなく赤旗に飛び出すようなふるまいが、この「オール大阪」の敗因を物語っています。 

理由はシンプルです。 

ひとつは、「オール大阪」という、自民党府連と共産党という本来まったく異なる主義主張の政党が、「橋下憎し」の一点でくっついた場合、言えることは「橋下のバカヤロー」ていどでしかないからです。 

自民党と共産党は仲良く批判は合唱できても、それしか内容がないのです。 

似たような「オール沖縄」の御輿に載った、沖縄県翁長氏をみてみましょう。 

先日も引用しましたが、沖縄県前知事公室の吉川由紀枝氏はこう述べています。
※http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20150514/281135/

「翁長知事は2014年11月の県知事選で圧勝したが、その基盤は盤石というわけではない。『オール沖縄』を標榜して当選しただけに、知事自身の可動範囲は、全基地閉鎖から基地容認まで様々ある沖縄の意見の最小公約数に狭められている」

「〇〇反対」という最小公約数(※)で当選した場合、その政治的選択肢は、おのずと最小の幅に狭められます。 ※数学的には最小公約数は意味がないので、比喩的表現です。コメント参照。

そりゃそうでしょう。自民党と共産党の一致点など、「橋下憎し」だけの一点しかないからです。 最終日の訴えです。

な、なんと自民府連推薦の柳本候補の回りには、シールズの坊ちゃん、嬢ちゃんたちが!(絶句)

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選挙期間中もこの調子。自民党の街宣車と、共産党の街宣車がともに同じ候補を応援するという異常な風景。 

これで気持ちが悪くならなければ、そのほうが異常です。

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(写真 大阪選挙風景。自民党と共産党の街宣車が仲良く並ぶ。普通は対立候補だが、なんと今回は「共闘」だそうである)

自民府連は、わけのわからない第3勢力の旧維新如きに、政権をとられたことが憎くてたまらなす、大人になって橋下氏に協力する道もあったのに、オール反対という野党になってしまいました。

この怨念だけが、今回の自民府連の政治的動機です。バッカじゃなかろかと思います。 

一方共産党は、沖縄で味をしめた、保守層を切り崩して「オール〇〇」を作れば選挙に勝てるという実証実験を、もう一回大都市大阪で再現テストしたかったのです。 

大阪自民は醜態の極で、もうとうぶん浮上はムリでしょう。おそらく府連会長は官邸でこってりと菅氏に叱られて、解体的出直しを命じられるはずです。 

自民府連が「橋下憎し」の怨念だけがバネなのに対して、共産党はもっと冷徹な政治的打算から選んだ選挙戦術でした。 

先だって、「山本タローと小沢一郎の政治生活を守るための仲間たち」、いや違った「生活なんじゃらの党」の小沢氏と、共産党の志位氏が参院選で選挙協力をすると言い出しました。

共産党は、一説で1選挙区2万票と言われる鉄板の固定票を、「オール反アベ」候補に差し出すと言い出せば、小沢氏も一回枯れた「オリーブの木」構想が蘇ると考えているようです。

もう引退かと思われていた小沢氏は、「オリーブの木」に、民主党の岡田・枝野両氏を乗せさえすれば、憎っくきアベにもう一泡吹かせられると考えているようです。

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やれやれ、いつまでたっても生臭い人だと思いますが、小沢氏と志位氏は、議員の同期だったこともあって、安保法制反対で妙に蜜月となりました。

とうとう、国会前で岡田氏、志位氏と手を組んでイチビるところまでなったわけですが、上の写真でどの党首たちも考えたのが、「これって選挙に使えねぇかな」というスケベ心でした。

政治家という生き物にとって、使えるものはなんでも使うのが性なのです。

特に、この構図にピンっときたのが「選挙に勝つ」だけが生きがいの小沢氏でした。

小沢氏は、今まで手つかずでいた共産党1選挙区2万票がゲットできれば、「オール反アベ」が勝利して、自分の「生活」もひとりくらい閣僚に送り込めるのではないかと閃いたのです。

一方、共産党の志位氏も、「連帯を求めて孤立を恐れず」路線が行き詰まっていることはかねてからの悩みの種でした。

いままで選挙区で、死に票の山を築いてきたわけですが、これでは党内が持ちません。

立候補させられる党員は、選挙費用を捻出するためにスッカラカンになって、赤貧生活に転落するというのがお定まりのパターンでした。

ですから、国政選挙のご指名からだけは逃れたいというのが、偽らざる党員諸氏の願いだったわけです。

これが変化したのが、09年の総選挙でした。民主に風が吹いていることを悟った志位氏は、思い切った賭に出ます。

いままでまんべんなく全選挙区に立てていた党員候補を、民主党候補が勝ちそうな選挙区だけは下げたのです。

効果は絶大。

このような、共産党の非公式の選挙協力の結果、民主党にとって公明党のような役割を果たしたのです。

結果はご承知のとおりです。

その時の民主党の選挙の指揮を執ったのが、他ならぬ小沢氏でした。

あの夢よもう一度という思いが、国会前で小沢氏と志位氏の胸に同時にフツフツと湧いたのは、当然すぎるほど当然でした。

安保法制反対で復活した小沢-志位コンビは、さっそく8月の岩手知事選に、この「オール反アベ」戦術を使ってみます。

結果はご承知のように、民主、共産、維新、生活の野党協力が成功して、自民は対立候補すら立てることができず、惨敗しました。

Photo_5(赤旗9月29日 http://ameblo.jp/takumiuna/entry-12078479492.html

そして、本命の来年、参院選で「オール反アベ」を作ろうとしたのが、この間の共産党が言い出して、岡田氏が前のめりになっている「国民連合政府」構想です。

今回、大阪で「反橋下・オール大阪」勢力が勝利した場合、民主党はこの「国民連合構想」に乗ってきたことでしょう。

しかし、この「国民連合政府」構想は、大阪の敗北で、足踏みとなりました。

もしこの構想が成功した場合、共産党、社民党まで含んだ連合政府になるはずです。

悪夢ですね。

そんな憎悪の対象や、反対する政策が一致するからというだけの理由で政権を作ってみても、政策選択の幅が極端に狭いために、かつての民主党政権のようになることは目に見えているからです。

というわけで、私は特に橋下氏を好きでもキライでもありませんが、このような「オール大阪」が勝たなかったことだけは、心から祝福します。 

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私自身のブログについて語る 「自由であれども、則を越えず」という意味

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ヒェ~、まだ延長戦があったんだぁ(泣く)。勘弁してくれよ。

HN初めましてという方からです。 

「(略)管理人さんのブログというものの認識に対して、一般的理解が異なるから絶えず炎上が起こるのではないでしょうか?
記事自体がある種の思想的背景を持ったものであるので、それに対して反論が出てくるのは当然の事態でしょう。
もう少しユルユルーとそのようなコメントに対してのレスをして貰えると有り難いです。
 (略)著作権を主張出来るのはあくまでも文章など自己制作のものについてのみです。明らかな荒らし行為などは当然削除対象になるでしょうが、通常コメント欄への書き込みも著作権が発生します」 

だそうです。

まぁ、「ゆるゆるとスレしろ」という点は、肝に命じておきますが、あとはよくわかんないよ、ボク。 「ある種の思想背景」だってサ(苦笑)。

私、どう思われているかは知りませんが、左からは右、右からは左といわれているんですが。強いていえば、リベラル保守です。

コメント書き込みには著作権があるというのは東京地裁の判断らしいですが、なにぶん匿名書き込みですから、「オレがあの筆者だ」と主張しても立証が困難です。

いちおう法律専門家の意見を紹介しておきます。
※http://profile.ne.jp/ask/q-1766/

「その掲示板の文章をそのまま転用すれば、厳密な法律上の議論としては、著作権侵害の問題が生じるといえます。
しかしながら、匿名で書き込みをしているのですから、著作権者としても、無断転用している人に対して、「自分が著作権者であるから、転用するなら自分の許諾を得ないといけない」と主張しても、そもそも自分が著作権者であると証明することが難しいので、そのような主張はしないでしょうし、また、その書き込み自体の内容からすれば、通常、著作権者が無断転用している人にクレームをつけることはほとんどないと思います」

つまり、法律家のご意見としては、「そりゃあくまで理論的にはやればできるだろうが、現実にはそんなケースは自分だって証拠の立証が難しいでしょう」ということです。

さてつまらない法律談義はこのくらいにして、私は、異論はあることが当然だと思っています。意見の違いで削除したことは一度もないはずです。

あくまでも迷惑行為、つまり「荒らし」だから削除したのです。

先日の nanba 氏にしても、まだ彼が自分の主張を展開している部分に関しては削除対象にしていません。

ですから、「2015年11月20日17時40分以降分」と明確に断っておいたはずてす。読まなかったのでしょうか。 

後のnanba 氏の書き込みは、たんなる罵詈雑言の類、すなわち「荒らし」ですから、削除対象としました。 

私は異論があっての民主主義社会だと思っている人間です。

したがって、複数の「正義」があるのも自由主義社会の常です。だから討論が必要なのです。

その前提の討論という行為そのものが妨害された場合には、なんらかの対応がいるということです。

私は、まったく意見が違っても、しっかりと記事にして答えているくらいです。 

記事を検索すれば、「コメントにお答えして」というのがかなりの本数あるでしょう。できるだけ、丁寧に答えるように心がけています。 

これが私のブログのスタイルだと言っていいくらいです。他さんのサイトで、いちいち「コメントに答えて」という記事を書く所ってあまりないでしょう。 

だいたいスルーですよね。 いい機会ですから、私のブログについて考え方を書いておきます。

私も、いろいろの人から、アクセス数が1日数千(1万は越えていないけどね)になった頃から、「コメント欄には腹が立っても、かまわないほうがいいよ」みたいなことを忠告されてきたんです。 

あ、そうだ。ここではアクセスウウンターも、アクセス数も公開していません。ランキングにも登録していません。

ランキングに登録すれば、まちがいなく相当数増えるとは思うけど、いいやってかんじ。 

その理由は、ひとことで言えばメンドーだからです(笑)。そんなものつけると、やれ上がったの下がったのと一喜一憂することになるからです。

ついでにアフィリエートをつけないのも、メンドーだし、画面が汚くなるからです。

記事の横で、コマーシャルがチカチカとひんぱんに替わるのって、読む側になるとうっせぇって思いません。

トラックバックもリンクも受けていません。前から要望はあるのですが、つけた人のサイト内容まで保証できないからです。

リンクくらいはいいかなと、最近は思っていますけど。

こうして見ると、我ながらけっこう偏屈なサイトだよなー。

というのは、私は、おもねるのがけっこうキライだからです。

たとえばキツイ保守調が受けたなと思うと、どうしてもそっち方向でなんとなく自然に書くようになっちゃいます。 イヤですね。そういうの。

また、できるだけ客観情報を集める代わりに、たまには歯に衣をきせぬことも書きますよ、ということです。 

だいたい、テーマは1週間が単位です。というのは、けっこう1日分でも長いと苦情を言われるのですが、同じことでも角度を変えていろいろな部分から見たいからです。

通しで月曜から金曜日まで同じテーマで書くのが基本ですが、たまに週の途中で続かなくなったり、延長戦で2週目といこともよくあります。

土曜日は雑感で、日曜日は写真館となって記事の更新はなしのつもりでしたが、今日のように書いてしまうこともよくあります。オレって勤勉なのかも。

まぁ、書き手の私がこういう調子ですから、コメントも自由であるべきだと思っています。 

しかし、もう6年くらいやって来ていますが、残念ながらそうならないんだよね。 

あきらかに荒らしが目的で乱入する者が絶えないからです。そういう人って、ディベート馴れしていないのですよ。 

いわゆる2ch調ですね。「終わったな(笑)」みたいなことを平気で書く雰囲気。

ディベートというのは、立場の違いが前提だということと、設定されたテーマからはずれないことや、場のルールを遵守できない者には関わる資格がないのです。 

立場が違う者が、他者を攻撃的になるというのは、よく安保法制の時に見かけましたでしょう。 

「法案は必要」と書いただけで、国会前の連中はファシスト呼ばわりはするわ、「戦争愛好者」とまで言っていました。 

これじゃあ、議論もクソもないよね。ブルで踏みつぶしてくれるわ、と言っているんだもん。

逆もまた真なりで、在特会系のサイトが、なにかというとすぐ「在日」「反日」「特亜」と言いたがるのも困ったもんです。

「在日」なんて、本来の在日韓国人問題から離れて、今やリベラルなことを言っただけで、「在日」です。どうかしているよ。

私、こういう雰囲気ってジンマシンが出るくらいキライです。

私は今の堕落した左翼に対しては強烈に批判的ですが、しかし彼らの発言の権利が故無く奪われたのなら、彼らを徹底的に擁護して、共に戦おうと思っています。

同時に同じ理由で、沖縄県の異論などはまったく言えない異様な言論空間には許しがたいものを感じています。

私が沖縄問題に肩入れしているのは、私の熱狂的沖縄好きもありますが、現実主義的世論がまったく封殺されていることに対する、私のささやかな抵抗でもあります。

沖縄県では、共産国家もさながらの言論統制が敷かれているのです。

政治家は地元2紙の顔色をうかがって、態度を決めています。新聞に叩かれたら政治生命を失うからです。

ですから、在野の保守人士は、沖縄県では少数の勇気ある抵抗者です。彼らこそ真の反骨精神の持ち主です。

それはさておき、そういうレッテル貼りの乱闘の場にならないように、いちおう投稿ルールもあります。

本来いい大人なら、明文化しないでも「自由であれども、則を越えず」という類のものです。

 しかし、稀に分からない人が出ます。ブログ主の私が「ちょっと違うんじゃない」と言うと、逆上して暴言を平気でぶつけてくることになります。 

ま、放っときゃいいでんでしょうね。そうするべーか、とたまに思いますよ。 

しかし、やはりルールは守ってもらわないと、と考え直してコメントをします。

テーマも設定しています。それは記事にしたテーマです。ここからあまり離れたことを書かれても困るし、延々と自説の開陳をされるのもちょっとね、と思います。

自説の開陳って、一種の「演説」なんですよ。

したい気分はわかるし、なるほどと思う場合もあるけど、そうとうの割合で関係ないことの「演説」垂れ流しの場合が多いのです。

なぜ、そんなことをするのかといえば、私はこのブログのコメント欄は、ある種の「討論の広場」だと思って大事にしているからです。 

礼儀を守って唯我独尊にならない限り、誰にでも開かれています。 

だから、気持ちよく議論しようね、ということ以上でも以下でもありません。 

ルールって言ったって、いたって常識的です。いわば廊下を走らないように。授業中は私語禁止の類です。 

なぜ、IPまでさらしたのかといえば、あの人物がかなり前からの荒らしの常習者で、アク禁になってからも執拗に、通算4回も荒らしに来ているからです。

4回だぜ! この暗い情熱はなんだろうね。真剣に悩むよ。

そして「お前の理解は准尉なみだ。王様の耳はロバの耳だ」というような馬鹿なことを延々と書き込んだからです。余所のブログなら、速攻削除です。

たしかにIPを全部さらしたのはやりすぎだと反省して、初め3ケタだけに修正しました。今後は気をつけます。

というわけで、ルールを守ってかみ合った議論をしましょう。 

今週眼の手術をするんで、水曜日はお休みになります。

 

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日曜写真館 生まれたての太陽

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太陽がいちばん生々しい生命力を放つのが日の出です。

どうやったら、この力を写し取れるのか、日々もだえています。モネが来ていますが、あれも素晴らしいですね。

しかし、私が写したいのは、もっと腹の底から風景に一体化したいような始源の力です。

今日は、バリアングルを使って、もう腹這い状態で撮りました。

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パリ同時多発テロ その6 EUの国境廃絶は失敗だったのかもしれない

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パリ同時多発テロを受けたフランスと、テロリスト送り出し国にして、出撃拠点を与えたことになったベルギーで、ちょとした論争が起きています。 

「フランスのカズヌーブ内相は19日の記者会見でこう語り、EU諸国間で重要なテロ情報の共有ができていない実態を暴露し、不満を表明した」(産経11月20日) 

フランスはテロリスト輸出国となったベルギーに怒り心頭です。「おい、ベルギー。テロリストを輸出しやがって。なぜ情報を出さなかったんだ」と目を吊り上げています。 

ベルギーにはフランスのみならず、EU加盟国すべてから、「ブリュッセルのEU本部の傍がアバウドの出身地なんだって。冗談じゃないぞ」という怒りが集まっています。 

一方、言われっぱなしのベルギーも負けてはいません。 

「アバウド容疑者の出身国ベルギーはフランスからの非難を受け、ミシェル首相が19日に『中傷を目的とする批判は受け入れられない』と反論。パリ郊外サンドニにあった潜伏先の拠点発見は、ベルギーの情報によるものだと主張した」(同) 

首相が他国を、「中傷を目的とする批判」とまで決めつけたわけで、これでいっそうフランスとベルギーの連携はギクシャクすることでしょう。 

そうでなくても、ベルギーの治安の悪さと、IS参加人数は異常に多いのです。

Photo_5((産経11月17日より)

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なぜ、こんな言い合いになったのでしょうか。考えられる理由はひとつです。 

EUが国境を廃絶してしまったからです。 

第1次世界大戦と第2次世界大戦は、すべてヨーロッパが主要な舞台でした。 

ヨーロッパだけで、第1次大戦で約1千万人、第2次大戦で3千500万人程度の犠牲者がでています。  

この反省から生れたのが、軍事的にはNATOという集団安全保障体制であり、それを政治的にくるんだのがEU(ヨーロッパ共同体)で、その共通通貨がユーロでした。 

ヨーロッパの統合はまず、石炭や鉄鉱石といった、今まで取ったり取られたりして戦争の原因を作っていた重要資源の鉄や石炭を共同管理することから始まりました。 

ほら、教科書にもよくでてきたアルザス・ローレーヌは、ドイツ語読みではエルザス・ロートリンゲンといって、両国が自国領だと主張して戦争まで起きています。 

ヨーロッパの統一への驀進は鉄くらいでは止まりませんでした。

続いて、国と国の行き来はヒト、モノ、カネですが、モノの往来をしやすくするために関税廃止という荒技までやってしまいます。 

これで各国は、国内産業の関税による保護が不可能になります。ちなみにTPPは、今、この段階を目指しています。 

これで終わりかと思ったら大間違い。次はとうとう、国境をパスポートなしで超えられるようにするという超荒技にまで発展します。 

これが1985年の「シェンゲン協定」です。 茶色がシェンゲン協定加盟国です。英国を除いてほぼヨーロッパ全域に拡がっています。 

英国はユーロにも参加していませんから、さすが、です。 

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あ、そうそう、この後の2002年には、残ったカネの往来をユーロという共同通貨にしてしまいます。 

これが、ドイツの独り勝ちという極端な国家間経済格差を域内に生んでいくことになり、ギリシア危機でとうとう火を吹きますが、今日はそれは置きます。 

ギリシャ危機についてはかなりの本数の記事を書いていますから、過去記事をご覧下さい。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/post-a7f9.html 

さて、今回問題となったのはヒトの往来の自由です。 

ところが、今回の事件と、その前のシリア難民の大量移動の現実を前にして、「ヒトの往来が国境を自由に越えられるって、そんなに幸福なことなのか」、という疑問がムクムクと加盟国に湧きだしたのです。 

フランスは、今回のパリ同時多発テロを受けて、国境閉鎖に踏み切りました。 

これはいちおう建前では、緊急事態に対応したもので、緊急事態宣言が解除されたら、また元に戻すということですが、ほんとうに戻るのでしょうか。 

というのは、テロには終わりが見えないからです。2番目のテロをフランスで行なうてはずだったことは、先日のサンドニ銃撃戦で明らかになったことです。 

しかも、今回の実行犯は、ISの在欧テロリストの氷山の一角にすぎないこともわかっています。 

昨日も書きましたが、今のヨーロッパ諸国は、国外と国内の二重にテロリストを抱え込んでしまっています。 

つまり、テロリストから見れば、上図の茶色のシェリンゲン協定締結国のどこかにもぐり込めば、そのままズッーと標的国まで移動できてしまうわけです。

今までひとつひとつ国境の厳しい入国審査を越えねば標的の国にたどり着けなかったテロリストにとっては、願ったりかなったりです。 

作ったEUは別にテロリストのために作ったわけではないこのシステムが、テロリストの移動の自由まで助けてしまうことになったわけです。

実際このようなことがドイツで起きています。 

「ドイツの公共放送「バイエルン放送」は14日、ドイツ南部のオーストリア国境付近で、数日前、地元の警察が、今回のテロの犯行グループに関わっている可能性のあるモンテネグロ出身の男を拘束していたと伝えました。
それによりますと、男は年齢が51歳で、警察官が高速道路のアウトバーンで男の車を止め内部を調べたところ、複数の拳銃や弾薬、自動小銃、それに「TNT」と呼ばれる爆薬数キロを車内に隠し持っていたということです。
また、男から押収した文書には、男がパリに向かっていたことを示す内容が記されていて、ただちにドイツの捜査当局が詳細をフランス側に連絡したもののフランス側の対応が消極的だったとしています。
一方、バイエルン州の捜査当局は、地元の通信社の取材に対し「武器の密輸は日常的に行われている」と述べて、男が今回のテロの実行犯に関わっていたかどうかについては現時点では判断できないとしています」(2015年11月14日NHK)

このNHKの報道は、なぜかほとんど表面に出ませんでしたが、実は別なISのグループもドイツからフランスに武器を持って移動していたことが分かります。

しかも、ドイツ警察当局は、フランス側にこの危険情報を通報していたのですが、なぜかフランス当局はポカーンとしていたようです。

ドイツ側からすれば、フランスに向うテロリストが目標変更してドイツ国内でテロをする可能性すらあったわけで、一国の失敗が連鎖的に他国の安全保障を脅かすことになります。

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また、今回、未確認(※)ですが、シリア難民に紛れ込んで、ISがテロリストを送り込んだ疑惑が浮上しています
※テロリストの遺体のそばで発見されたパスポートは偽造と見られています。

ニューズウィーク(2015年2月5日)はこう述べています。
※http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/02/post-3542.php

「匿名のISISメンバーがニュースサイトのバズフィードに語ったところでは、シリア難民に偽装した多くの工作員がトルコ経由でEU圏に送り込まれているという。英王立国際問題研究所のリチャード・ホイットマンは、テロの脅威は「明らかに国境を超えた複合的問題だが、各国政府はこの件で主導権を手放したがらない」と指摘する。
 密入国者は最も管理や警備が甘い場所を突いてくると、ホイットマンは言う。そのいい例がトルコとギリシャの国境だ。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、シリアからトルコに逃れた難民は160万人以上。その多くがさらにトルコからギリシャやイタリアなどに入ろうとする可能性がある」

この記事によれば、既に今年2月頃から、ISは偽装難民を戦略的に利用して、入管が甘い国から、大量のテロリストをEU域内に浸透させていこうと企んでいたようです。 

このように見ると、ヨーロッパの理想であった「国境のない欧州」という夢は、いまや悪夢に変わりつつあるようです。

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パリ当時多発テロその5 ISが宣告した「恐怖政治」

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HN山口さん。おっしゃるお気持ちはありがたいのですが、あなたは正確に池内氏の言説を伝えています。 

池内さんは、「イスラム国」という呼称を変更するように言ってきた、私のような立場に対して「わかった気になってんじゃないよ」という批判の矛先を向けている、としか解釈しようがありません。 

お互いに引用ばかりで恐縮ですが、池内氏はこうフェースブックに書いています。誤解がないように、パラグラフごと引用します。https://www.facebook.com/ 

■11月17日 池内恵フェースブック 

「『イスラーム国』を『イスラーム』と呼ぶな」といった、素人でも何か言った気になれる入り口で騒いでいた人たちは、報道される事実を見て、やはり分析のためには「イスラーム国」と呼ぶしかないことに気づくといい。 

政治的主張として「偽イスラーム国」なりなんなり呼んでもいいが、自分自身が何について話しているか分からなくなる、そもそも分かっていないのならやめたほうがいい。 

結局、ジハードの理念という世界のイスラーム教徒の社会の共通のインフラを利用して扇動すると、少数だが結構な数を動員できてしまうのがジハード主義の最も大きな強みで、それを『イスラームと呼ぶな』と言って、自粛したところで、実態が見えなくなるだけ。『イスラーム』」のある教義を掲げると、世界各地で少数だが一定数が動員されるという現実を出発点にしないと、対策も取れない。 

動員される数は限られており、冷酷にミッションを自発的に実行するから対策に困り、社会の動揺は大きいが、だからといって国と社会がしっかりしていれば負けるはずはない。ジハード主義に国や地域を乗っ取られる国は、政治がおかしいのです」(太字引用者) 

要するに彼が言っていることは、ISはコーランのジハード(聖戦)という概念から発生していて、ISは世界のイスラームの共通の理念的インフラを使って煽動しているのだ、ということです。 

ですから、「IS」という言い方に変更してみても、その本質はなんら変わらず、かえって安易な呼称変更することで、「実態が見えなくなるだけだ」と言っています。 

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まぁ、そのとおりですな、としかいいようがありません。

と同時に、この言い方は、多くの一般人にとって大変に危険ですよ、とも言っておきます。

私は、「IS」という呼称について、一般のイスラム教国や、平穏な生活を続けるムスリムに対する差別と迫害を生みかねないという認識を変更する必要を認めませんので、このまま使い続けるつもりです。

浅学な私ごときが言うのもおこがましいのですが、池内氏は、学的誠実さに拘泥するあまり、現実社会の中にゴロゴロ転がっているイスラームに対する無知から来る偏見について低く見積もりすぎでいるように感じられます。 

率直に言って、私を含めた多くの日本人にとって、イスラーム学そのものに関心があるとはいえません。「世界を知る」一環として、正しい知見を得たいと思う程度です。 

ですから、彼らのジハード主義がイスラームの教えと本質的つながりがあるかどうかについて、判定するだけの知見の蓄積が欠落しています。 

わかったふりをする気は毛頭ありませんが、「本質的な部分から出ている」と指摘されれば、ISに対しての恐怖は多くの無辜のイスラーム教徒に対しても、等分に向けられるでしょう。

現にそうなっています。ヨーロッパでは、移民排斥運動は今後激化するでしょう。

ハリウッドは、ムスリムはテロリストだという印象を与える映画を大量生産し、スクリーンの中で面白おかしくムスリムを撃ち殺し続けることでしょう。 

中国は狡猾にこの機会を狙って、東トルキスタン(ウイグル)の民衆の抵抗を、「抵抗する奴らはISだ」と主張し、対IS包囲網への参加を申し出ることでしょう。

そして本来、私たちが警戒し、恐れねばならない相手がISと名乗る醜悪極まりないモンスターだけだったにももかかわらず、その恐怖は溢れだし、一般のイスラム諸国や、イスラム教徒にも向けられていくようになります。

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そうです。それは池内氏ふうに表現すれば、「リテラシーのかけらもない」感情、つまり漠然としているが故に根源的な恐怖が根っこにあるからです。

つまり今回ISが作り出したのは、まさにテロの語源である La Terreur(テルール)、すなわち「恐怖政治」そのものだったのです。

恐怖は、相手の対象が見えないが故に増幅され、飛散していきます。

彼らISが作りだしたのは、まさに「テロ」という言葉の語源どおり「恐怖」でした。

考えて見てください。まったく平穏な宵のとばりにつつまれたカフェのテラスでの一時を楽しむ恋人たち。あるいは、劇場で音楽に包まれる人々。サッカーの国際試合に熱狂す人々。

彼らに弾丸を平然と、弾丸を浴びせるられるということへの根源的「恐怖」です。

必死に逃げようとする妊婦まで、無表情に射殺できるという狂気です。

これは、現代における生活のスタイルそのものを、血と銃弾で破壊する行為です。そこにあるのは、まちがえようもなく、人間の死です。

倒れた人々の頭を、ひとりひとり射殺していくような、底知れぬ人間に対する憎悪と恐怖です。

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それは、私であったかもしれないし、多くの日本人であっても少しもおかしくはなかったのです。

そこが、青山通りであっても、国立競技場であっても、東京ドームであっても少しもおかしくはなかった。

想像するまでもなく、高い確率でデロリストは、来年の伊勢志摩サミットを標的に据えているはずです。

その場合、警戒厳重な会場を狙う必要はなく、東京でも大阪でもいささかもかまわないはずてす。

非常事態権限や共謀罪、あるいは特定秘密保持法を、まるで民主主義社会の敵のように叫ぶ皆さんにお聞きしたい。

あなたは、パリやサンドニの風景を日本でも見たいのですか。彼らが仕掛けているのは「戦争」です。

そうならば現在は、もはやあなたが考えているような、制限なき自由が謳歌できる「平時」ではないのです。

その意味で、私はISのこのテロは、世界の人々に対して、テロという「恐怖政治」と戦争を宣告したのだと思います。

しかも始末に悪いことには、彼らの「戦争」は、一般のそれと違って守りようがありません。

宵のカフェテラスで食事を楽しむことや、コンサートやスポーツ観戦を自由社会は禁止できないからです。

自由社会の根本原則は、開放的社会であることです。自由に、法律の枠内でありさえすれば、自由な行動が許されています。

それをターゲットにしたISは、実に「見事な」標的を選んだものだと思います。

仮に、このテロの標的が、国家機関や警察や軍隊ならば、私たちはこれほどまでに衝撃は受けなかったはずです。

しかし彼らが狙ったのは、文明の心臓ではなく、柔らかい無防備な脇腹でした。

Photo_3(写真 シャルリ襲撃事件の折の、各国首脳の追悼デモ)

さて、今後自由主義社会は、ロシアまで含んだ「対IS統一戦線」を作っていかざるをえなくなりました。

自由主義社会を根本から否定する「恐怖政治」との、交渉や話しあいなどありえないからです。

ロシアは、ウクライナ侵攻による国際包囲網を帳消しにするいいチャンスをえたと思うでしょう。

もちろん彼らもまた、ロシア航空機テロによる多大な犠牲を払ったからです。

では、彼らの対IS掃討作戦がうまくいくかと言われれば、残念ながら、それは大変に難しいと思います。

池内氏が冷厳に述べているように、そのジハード主義がイスラーム共通の根っこの本質的な部分に根ざしているが故に、シリアのISが物理的に壊滅することがあっても、別な地域で、限りなく同じような「IS」が誕生してしまうことでしょう。

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思い出してみてください。私たちはこんな繰り返しを、何度見させられてきたことでしょうか。

アフガニスタンのソ連侵攻は、イスラームの「聖戦」という概念を現代に蘇らせ、CIAの手によってアルカーイダという怪物を生み出しました。

そして、アルカーイダは9.11同時多発テロを引き起し、米国はイラン、イラク、アフガンにおける対テロ戦争の泥沼に首まで漬かって、国力を疲弊させていきます。

米国が提供していた世界の安全保障インフラは、大きく揺らぎ始めます。

また、対テロ戦争によってフセインなどの独裁者が打倒されたことによって、中東と北アフリカ地域に生れたのが「統治の真空」と呼ばれる状況でした。

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美しい言葉で、「アラブの春」と呼びます。

しかし美名とは裏腹に、そこで起きたことは政府が消滅し、軍隊は与えられた銃を自らのために使うようになった社会でした。

ここに無数に誕生したのが、多くの崩壊国家と、そこを根城にするジハード主義者というテロリストたちでした。

そしてこの「アラブの春」の波をもっとも遅く受けたのがシリアであり、そこでまたもや米国が育成してしまったのがISというモンスターでした。

米国という国の、恐ろしいまでの馬鹿ぶりが分かります。今さら嘲ってみてもしかたがありません。あの国は力の強い阿呆なのです。

そして、望むと望まざるとにかかわらず、その知恵足らずが、世界の安定を支えており、我が国は米国と同盟する以外に生存できないのです。

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このISは崩壊したイラク軍人たちにより結成され、「統治の真空地帯」となったシリア領内を「領土」化していき、国境線を超えた版図の拡大を目指すようになります。

そして、ISは池内氏の指摘するとおり、拡大し拡散して、ヨーロッパ全土に飛び散っていき、そこからまた新たなテロの芽を吹き出します。

つまり自由社会は、いまや国の外と内部に「恐怖政治」の種を抱え込んでしまうことになったのです。

このような世界情勢の中で、若者たちに「革命を起こそう」と煽動する音楽家がいること自体が信じられません。

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フランス同時多発テロ その4 池内恵氏 テロに対する過剰反応が「効果」となる

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池内恵氏の論考を、一切の私の改変を加えずに、無編集で転載させて頂きます。本文はベタ打ちなので、読みやすくするために改行してあります。

昨日の私の「ジハード」とテロリストについての説明は、間違いとまではいえませんが、ズレていたことを認めます。HN山口氏のご指摘に感謝します。

なお、私は池内氏の以下の部分に影響を受けています。

「こうした全体構造を理解し、テロが起きても騒ぎすぎないのが最も重要な対応だろう。動揺して過剰に反応し、各国の社会に不満を持つ勢力がテロを利用すれば、社会的な対立が生じていく。それがテロの効果であり、狙いであるからだ」(毎日新聞11月15日)

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ここで池内氏が「過剰な反応」というのが、なにを指すのかは明確になっていませんが、おそらくは、フランス極右・国民戦線のような、移民追放運動のようなことだと考えられます。

彼らは、今、すさまじいはかりの勢力拡大をしていて、IS(※)とは別の意味で社会の脅威になりつつあります。
池内氏は「イスラーム国」と表記することを述べていますが、私は承服できないので、このまま当座はISあるいは、「ダーイシュ」と呼ぶことにします。

このような排外主義勢力が、「IS戦争」を口実にして、移民排斥に走り社会的緊張を高めることがありえます。

現に、ドイツではネオナチと見られる者たちが、難民宿泊所を襲撃しています。これは、絶対に避けねばなりません。

日本でもネット界に、類似の主張が発生しています。

私は移民政策を日本がとるべきではないと思っていますが、それと既にある移民社会を攻撃することとは本質的に別次元の問題です。

それはISを喜ばせるだけの利敵行為です。なぜなら、移民社会に巣くうISにとって、迫害と圧迫こそが何よりもの好餌だからです。

ですから、私はその警告も込めて、「イスラームとテロリストは関係がない」と書きました。この表現はイスラーム学的には誤りですので、修正いたします。

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池内氏によれば、ジハード主義に走るテロリストは、イスラーム教そのものと無関係ではなく、イスラームの教義の内部、それも重要な本質的部分から生じています。

つまり、軍事的勝利の後に「平和」が来ると考える教義に由来しているようです。この解釈は、テロを合理化しかねない危うさを孕んでいます。

そして池内氏は、短期的にISを軍事的に追い詰めることに意味があるのか、と問うています。

中東で軍事的に敗北すると、それを欧米社会へのジハード「理念の拡散」で巻き返そうとするために、テロを欧米でさらに拡大することもありえます。

今回の事件は、彼らの作戦能力とネットワークが「拡大と拡散」し、進化した結果だと、池内氏はみています。

その上で、このテロの拡散による動揺こそが、ジハーディストの「狙い」だとしています。

この部分は私の意見とまったく同じです。

私もシリアにおける対IS軍事作戦は意味があるのか、懐疑的です。フランスは、マリやサヘルの軍事介入で手一杯であり、新たな戦線拡大は、国力的に不可能です。

陸上兵力の投入なきシリア領内への空爆は効果も限られている、いわば国民向けのパーフォーマンスです。 

そしてシリアをめぐる周辺各国の利害は、まさに迷路のように錯綜しており、統一した戦線を形成することは不可能に近いでしょう。

これについて池内氏は、フォーサイト(11月17日)において、フランス人研究者オリヴィエ・ロワの論考に対する批評の形を借りてこう述べています。

「同時に、「イスラーム国」もテロの衝撃とは裏腹に領域支配の拡大や維持に限界が明らかであり、アル=カーイダと同様にメディア受けするテロをやるしかなくなっている、という。「イスラーム国」はグローバルなテロを「やる以外になくなっている」というのがロワの視点である。
ロワはフランスの限界を、「イスラーム国」の根絶には不可欠な現地への地上軍の派遣をできないことだという」
 

「イスラエルもアラブ世界の仲間割れやイランとの闘争による諸勢力の疲弊を好都合と見ている。
ロシアもアメリカも「イスラーム国」掃討作戦で犠牲を払うことに気乗り薄だ。こうなると、フランスはいくら拳を振り上げても、実際に「イスラーム国」を掃討する力も同盟者もいないのだ、と突き放す」
 

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念のために申し添えますが、私は報ステの古舘氏の意見には与しません。古舘氏はこう言います。(報ステ11月16日)

「本当にこの残忍なテロで、許すまじきテロを行った。これは、とんでもないことは当然ですけども、一方でですね、有志連合のアメリカの、ロシアの、あるいは、ヨーロッパの一部の、フランスも含まれますが、誤爆によって、無辜の民が殺される。結婚式の車列にドローンによって無人機から爆弾が投下されて、皆殺しの目に遭う。これも、反対側から見ると、テロですよね」

まったく間違っています。これと似た言い方を日本のリベラル派は好みます。 

そしてこの延長上には、「テロリストと話しあえ」という脳味噌が腐ったようなことを言い出す者まで現れる始末です。 

こんな愚かな提案は、フランス政府とIS双方から一顧だにされないでしょう。なぜなら、これはオランドが言うように、まさに「戦争」だからです。 

空爆の限定的性格や、その結果生じた民間人への被害を(これはこれで強く批判されるべきですが)、テロリストと同列に並べること自体が、根本的に錯乱しています。 

今、フランスに必要なことは、残虐なテロを受けた主権国家として、毅然とこれと戦う姿勢と覚悟を明確にすることです。 

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さもなければ、フランスはテロリストの思惑どおり、テロに屈したことになります。 

言い換えれば、フランスが、テロを容認したと同義だと、テロリストには受けとられるメッセージを発したことになります。 

その結果、さらにISのテロネットワークを拡大させ、フランスのみならず、ヨーロッパ全土に無差別テロを飛散させていくでしょう。 

ここで食い止めねばダメなのです。非常事態宣言は、そのフランス国家の覚悟の宣言です。 

しかし、その手段は、見てきたように限定されており、効果のほども定かではありません。 

しかしそうであったとしても、当座、空爆の増強と国内のテロリスト網の掃討しかないというのが、厳しい状況下でのオランドの苦渋に満ちた選択なのです。 

こういった情勢も踏まえて、今後、彼らとの戦いをどう構築するのか考えていくべきでしょう。

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池内恵「個人が連携、『聖戦』拡散」『毎日新聞』朝刊、2015年11月15日

自爆を多用する手法や同時に多くの場所で作戦を実行する能力から、過激派組織「イスラム国」(IS)などグローバルなジハード(聖戦)のイデオロギーに感化された集団によるものである可能性が高い。

ジハードはイスラム教への挑戦者を制圧する戦いとして尊ばれる理念である。イスラム教徒の全員が行っているわけではないが、否定することの難しい重要な教義だ。

ジハードを掲げる勢力はイスラム教の支配に挑戦する「西洋」を敵と捉えるが、政教分離を明確にするフランスは、宗教への挑戦のシンボルと認識されやすい。

また、フランスにはアラブ系のイスラム教徒が多いうえ、シリアやイラクへの空爆にも参加している。彼らが過激化する可能性があり、そのためフランスが標的になりやすくなる。

米軍がISへの攻勢を強める中で、現地に義勇兵として行くよりも、欧米社会を攻撃して対抗する方が有効と考える者が出てきてもおかしくない。

今回の犯行は少なくとも六つの場所でほぼ同時に行われており、作戦能力の高まりが危惧される。

グローバル・ジハードの広がりには二つのメカニズムがある。地理的な拡大と理念への感化による拡散だ。

イラクやシリアでは、ISなどが中央政府と特定の地域や宗派コミュニティーとの関係悪化につけ込む形で組織的に領域支配を拡大した。

しかし、領域支配ができない西欧諸国や比較的安定した中東諸国では、イデオロギーに感化された個人や小集団によるテロを拡散させて、社会に恐怖を与え、存在感を示そうとする。

地理的な拡大がうまくいかなくなると、理念を拡散させて広く支援者を募り状況を打開しようとするため、イラクやシリアの組織が軍事的に劣勢に立たされると、欧米などでテロによる支援の動きが出てきやすい。

拡大と拡散をいわば振り子のように繰り返しながら広がっていく。

信仰心に基づいて個人が自発的に参加することが基本であるため、ISに共鳴する者たちは臨機応変にネットワークを作って作戦を実行する。組織的なつながりを事前に捉え、取り締まるのは難しい。

中東やアフリカから西欧への難民・移民が急増しているが、その中にISへの同調者などがテロを起こすことを目的に紛れ込んでいる可能性がある。

もしそのような人物が犯人に含まれていた場合、西欧の難民・移民政策に決定的な影響を及ぼすかもしれない。

                          ~~~~

」『産経新聞』2015年11月17日朝刊

テロをめぐって今、「拡大」と「拡散」が起きている。

中東では政治的な無秩序状態がいくつも生じ、「イスラム国」をはじめ、ジハード(聖戦)勢力が領域支配を拡大している。そして、そこを拠点にして世界に発信されるイデオロギーに感化され、テロを起こす人々が拡散していくメカニズムができてしまった。

自発的なテロに加わる人物の戦闘能力も上がっている。勧誘されるわけではなく、勝手に中東に赴き、実戦の中で学ぶ者が増えている。中東地域はその軍事訓練の場を提供している。(国際社会は)この混乱を治めなければならない。

ただ、軍事的に対処したり、政治的に追い詰めたりすると、短期的には、ジハード勢力が、自らを圧迫してくる勢力の社会を狙ってテロを起こす方向にいく。テロは基本的には防げないし、特に個人や小組織が自発的に行う分散型のテロは、摘発や予測が難しい。

こうした全体構造を理解し、テロが起きても騒ぎすぎないのが最も重要な対応だろう。動揺して過剰に反応し、各国の社会に不満を持つ勢力がテロを利用すれば、社会的な対立が生じていく。それがテロの効果であり、狙いであるからだ。

日本もテロの対象となり得るが、歴史的に欧米のキリスト教徒、ユダヤ教徒を敵だと認識しているジハード勢力にとって、優先順位は低い。しかし、欧米を中心としたサミットやオリンピックが開かれる際は、一時的に日本も危険になると考えた方がよい。(談)

                     ~~~~~~~~~

上の産経記事に対するフェースブックの補足(※HN山口氏の引用はこれです)

■11月19日フェースブック
https://www.facebook.com/
 

こちらはコメントなので、記者による構成です。私が承認したので私の発言ですが、論理展開や表現はかならずしも全て私のやり方ではありません。

過剰反応が「狙い」というのは、通俗的によく用いられますが、ほぼ当たっているがちょっと違う。

テロにより結果的に過剰反応が「効果」となる。

また、スーリーのような思想家は明示的に「狙って」いますが、大部分のテロリストは過剰反応を意識して狙うというよりは、「そのような大きな戦いであると認識している」といったほうが近いでしょう。

つまり「過剰反応が当然」と考えているということ。そこに乗っかってしまうと彼らの世界観を裏打ちしてしまう。

ただし、ジハードの思想はイスラーム法の基本的な理念として定式化されており、その中では軍事的な勝利、支配の確立が規定されているため、力の問題を抜きにして平和が成り立たないのも事実です。

イスラーム教は非軍事・非暴力による平和主義の宗教ではなく、正しい軍事的な勝利の後に絶対的な平和が訪れるという意味で平和を志向します。...

コーランもハディースもイスラーム法学の権威的書物も読まずに、欧米のキリスト教徒や世俗主義者が自分の価値観に合わせて「イスラーム教はこうあってほしい」「イスラーム教が正しい宗教ならこうあるはずだ」と議論してきた特殊な近代的な解釈(その一部は、欧米化したイスラーム教徒が欧米で議論するときに用いますが、中東の社会では支持者をほとんど持っていません)を用いて、「イスラーム国はイスラームではない」といくら議論しても、欧米側にしか説得力がありません。

                       ~~~~~~~~~ 

■フェースブック11月16日

明日の朝刊に掲載のコメントがもうウェブに出ていた。ジハードの思想と組織論の理論からはいつか起きて当然のことが起きた。

ジハードなんてないとか、起きないはずだとか、テロはフランス社会の世俗主義が原因だといったこれまでの議論は、実際にテロをやる人たちを見れば見当はずれとわかるだろう。 

女性がヒジャーブを学校にかぶってきていけないと言われたからテロをやるわけではない。そのような論争があることと、ジハードによるテロの思想と組織があって実際にフランスを標的として実行することは、かけ離れた別の問題。それを一緒に議論し、原因と結果として意味付けるから認識が歪む。 

フランス社会の問題として世俗主義への反発が一部にあることを研究している人がいるからといって、そういう人はジハードの思想も組織も何も知らないのだから、テロの解明にはほとんど役に立たない。 

極めて限られた学識からの、見当はずれのフランス批判論が少数の学者から流され続け、判断・思考能力の乏しい多数の追随者たち(これも学者先生がたであり、メディアの実力者である)があたかも事実のように伝言ゲームを行うことで、日本の...フランス認識も、イスラーム認識も10年は遅れた。 

しかし潜在的なものが現実化していくことで、世界は見えやすくなる。言いたい人は言い続ければいい。取り上げたいメディアも。 

本当の理念やメカニズムや理解した上で、騒ぎすぎないことを推奨。理念の対立はある。そこから動員できるテロリストは、限られている。

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パリ同時多発テロ その3 浮かび上がった犯人像

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滅入ります。淡々と事実だけ整理していこうと始めたのですが、つらい作業になっています。 

ルモンドの記者が偶然に、劇場の後ろのアパートから撮った映像です。人々がバタクラン劇場の裏口から脱出しようとしており、三階からは女性がぶら下がっています。 

下の写真では、脱出した人が負傷した人を引きずって走っています。 

後日、この女性は妊娠していることが分かりました。彼女はお腹の子供をなんとか助けたいの一心だったのでしょうか。胸がつぶれそうな思いです。
※AFPhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151115-00000006-jij_afp-int.view-000 

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 その時の状況を、「クローズアップ現代」はこのように伝えています。
※http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3733_all.html

「150年の歴史を誇る伝統あるコンサートホール。
当時、アメリカのロックバンドがライブコンサートを開催していました。
2階建て構造の客席は1,500人余りの観客でほぼ満員。
容疑者グループはそこに侵入してきたのです。
観客に銃を乱射し続けながら、「神は偉大なり」とアラビア語で叫んでいたといいます。
生存者
「後ろを向いたらカラシニコフ銃を持っている数人の男が見えて、彼らは人々に向かって無差別に銃を撃ちだした。
床にいる人たちを銃撃していった男の姿を見た。」
 

狂気です。紛うことない狂気です。私たちはこのような狂気に、どのように立ち向かえばよいのでしょうか。 

日本ではあいもかわらず、「テロは空爆を受け続けるシリアの人々の怒りだ」などと言う人が絶えません。

フェミニストの上野千鶴子氏は、ツイッターでこのように発信しています。
※https://twitter.com/ueno_wan

「フランスに非常事態宣言。もしかしたら安倍首相はこれを待っているのじゃないのか?とおぞましい予感が。そら見たことか、だからやっぱり、日本にも緊急事態法が必要なんだ、と。

まるで安倍氏が、パリ同時多発テロを待ち望んでいたようです。大丈夫でしょうか、この人の頭。

中東専門家の池内恵氏は、このように語っています。

「少数のノイジー・マイノリティが「テロに大義はある」と逆説あるいは暴論で言ってお互いに盛り上がっているとしても、新聞社説が相手にして取り入れることではありません。
これはいわば自由社会における『踏み絵』です。『理解・寛容』は他者への暴力や支配を主張し行動する者には適用されないというのが自由社会の大原則です。『つまらない』かもしれませんが、それを主張し続けないと自由社会は維持できないのです」(中東・イスラーム学の風姿花伝)

しかし、悲劇に名を借りて自説を述べる人たちの眼の奥にも、強い怯えが見えます。 

この平和主義者の人たちもパリのむき出しの狂気に遭遇して、今まで日本が奇跡のように享受してきた「平和」を支える構造そのものが、大きく揺らぎ、振幅し始めたことを感じているはずです。

馴れ親しんで空気のように思ってきた「平和」を維持する装置のどこかが大きく壊れ始めて、今までのように9条を偶像化するだけでは、この狂気に立ち向かえないことが肌で伝わるからです。

上野氏はこうもツィートしています。

「パリは戦場になった。厳戒態勢下にあってもテロは防げない。何万人兵士を動員しても防げない。国民をまもるために敵を作らないことがいちばんだ

カフェや劇場を無差別に銃撃し、倒れた人々の頭をひとりひとり撃ち抜いたテロリストの狂気に対して、「何万人の兵士でも守れないから、敵を作らないことだ」とは失笑します。

上野氏は、カラシニコフを乱射するISに、9条のお守りが有効だとでも思っているのでしょうか。

こういう唖然とするほどの政治的幼稚さが、テロリストを免罪し、さらにテロルを拡大するのです。

さて、首謀者がほぼ特定されました。ただし、複数の情報があることをお断りしておきます。

「オランド大統領は演説の中で、今回のテロは「シリアで計画され、ベルギーで準備され、フランスで実行された」との見方を示した。首謀者として浮かんでいるのは、シリアに滞在するIS戦士で、モロッコ系ベルギー人のアブデルハミド・アバウド容疑者(27)だ」
(木村正人 在英ジャーナリストによる)
http://bylines.news.yahoo.co.jp/kimuramasato/20151117-00051548/

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 「アバウドは「ジハーディスト(聖戦士)の温床」と言われるベルギー・ブリュッセル首都圏のモレンベーク地区出身とされ、昨年1月、13歳の弟を連れてシリアに出国した。13歳の弟は「世界最年少のジハーディスト」と騒がれた。
その後、ISの動画やオンライン機関誌「ダビック(DABIQ)」7号(今年2月発行)にも登場。ダビック誌では、同年1月、ベルギー東部ベルビエで起きた警官隊との銃撃戦で2人が死亡した事件についても証言している」(同)

 下の写真はISの機関紙「ダビック」に登場したときの画像です。このアバウドは、インタビヒューでこう言っています。

「アッラーが私を選び、イスラム教徒に戦いを挑む “十字軍”にテロを起こすため、ヨーロッパへ行けとおっしゃった」(TBSニュース11月17日)

このアバウドは今年1月に、ベルギーで警察を襲撃し、8月にフランスの高速鉄道でのテロ未遂事件などに関わっているとみられていおり、フランスとベルギーの警察が行方を追っていました。

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米国NBCはこのように伝えています。抄訳します。
※http://www.nbcnews.com/storyline/paris-terror-attacks/paris-attacks-belgian-abdelhamid-abaaoud-reportedly-mastermind-n464081?cid=sm_fb

「アバウドはモロッコ移民の子供として育ち、ここ数年でベルギーで最も悪名高いジハーディストとして浮かび上がっていた。 ジハードにのめり込む余り、13歳になる自分の弟をシリアに行かせるほどだった。
捜査に関わっているフランスの関係筋は、匿名でAP通信の取材に応じ、アバウドが黒幕の可能性があると答えた」

ただし、こうしたアバウド主犯説に対して、ベルギー検察当局のエリック・バン・デア・シプト検事幹部はこのように、ロイターに言っています。 

Those are rumors, it's not confirmed at all and we won't comment on this,"(「確認は取れていない。この件についてコメントはできない」) 

アドウドはIS機関紙で、得意気にこう述べています。

「『我々は欧州に入るのに数カ月を要した。アラー(イスラム教における全知全能の唯一神)のお力で、最終的にベルギーにたどり着くことに成功した。十字軍(シリアやイラクでIS空爆を実行する欧米諸国のこと)に対する作戦を計画している間、武器を調達し、安全な隠れ家を設けることができた』」(木村)
 

このIS機関紙のインタビューの中で、ベルギーの事をこう述べているようです。 

"a member of the crusader coalition attacking the Muslims of Iraq and [Syria]."(「イラクとシリアのイスラム教徒を攻撃する十字軍のメンバーだ」)

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11月18日時点で、特定されたテロの実行犯は以下です。 (BBC、木村氏による) 

・アブデスラム3兄弟
・【行方不明】サラ・アブデスラム(26)フランス国籍。ベルギーで犯行車VW Poloを借りる。車はバタクラン劇場近くで発見。
・自爆】ブラヒム・アブデスラム(31)ベルギー在住フランス人。首謀者アバウドやベルビエ銃撃戦に接点。別の犯行車を借りる。バタクラン劇場近くのカフェで自爆。モレンベークに居住歴あり。
・【逮捕】モハンマド・アブデスラム。モレンベークでベルギー警察に逮捕されたが、釈放。
・【自爆】オマール・イスマイル・モスタフェ(29)フランス国籍。 バタクラン劇場で自爆。2013年にトルコに渡航歴。
・【死亡】ビラル・ハドフィ(20)ベルギー在住フランス人。国立競技場周辺で死亡。シリアのISに参加したことがある。
・【自爆】アフマド・アル・モハンマド(25)シリア・イドリブ出身。シリア旅券で10月初めにギリシャ・レロス島経由で欧州入り。国立競技場周辺で自爆。
・【自爆】サミ・アミムール(28)パリ郊外で生まれる。バタクラン劇場で自爆。イエメンに渡航歴。

 なお、主犯とされるアバウドは、いまだ逃走中です。
 
※追記 シリアで指揮を執っているという情報もあります。 

改めて確認します。テロには大義などありません。あると見えるのは、その人が自分の甘い幻想を投影しているからだけにすぎません。

必要なことは、イスラームの主流から、彼ら狂気のジハーディスト(狂信的聖戦主義者)を分離することです。彼らはイスラームとは無縁の暴力的革命主義者にすぎません。

そして、イスラーム教徒や移民社会全体を、まるで「テロリストの巣窟」のように見ないことです。

ISは中東におけるイスラームを代表しません。仮に、犯人の中にシリア難民がいたとしても(未確認)、シリア難民の大部分は、むしろISにシリア苦しめられているヤシディ教徒、シーア派などの人々から発生しています。

クルド人もまた、命を賭してISと戦っています。

イスラーム教徒と暴力的革命主義者を一括して、「欧米の空爆に怯える人々の怒りがテロを生んだ」などと言うのはやめるべきです。

このようなことを言う人たちは、この問題を語るために必要な知識が致命的に不足しています。

何度も繰り返しますが、自説の開陳の前に、謙虚に中東専門家の意見に耳を傾けることが先決です。

池内氏が言うように、「つまらないこと」に聞こえるかもしれませんが、狂気に立ち向かうのは「常識」でしかないのです。

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パリ同時多発テロ事件 その2 フランスの軍事的報復は限定的

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パリ同時多発テロについての新しい情報を、整理しています。 

現時点で私たちが最も避けるべきなのは、予断です。 

日本の悪しき伝統として、ろくな事実関係の精査もないうちから、「〇〇の陰謀だ」「こんなことが起きたのは〇〇のせいだ」、というやくたいもない風説が大量に流布されます。 

結果、何が起きたのか、何が起きようとしているのか、について明確なイメージが結べなくなっていきます。 

典型的なのは、前回の日本人人質事件です。あの時、一部マスコミの誤った誘導により、テロと戦っている当の自国政府を攻撃する者たちが多く出ました。 

この轍を二度と踏んではいけません。 

したがって、本記事において原則として、私の意見は加えてありません。できる限り1次情報と、確証された事実だけを伝えていこうと思っています。 

また情報は検証可能なように、ソースを明示し、私の意見の場合、私見だとお断りします。 

Photo_8(写真 ISとの戦争を宣言するオランド大統領。宣戦布告にはならないのは、そのように言ってしまうとISを「国家」として認めたことになってしまう。BBCブレーキングニュースより)

さてまず、フランス政府が襲撃犯人を断定しました。以後、フランス政府が撤回しない限り、パリ同時多発テロの犯人は、ISということで判断していきます。 

次に、フランス政府は、ISが「首都」としているシリア領ラッカを爆撃しました。 

「フランスのパリで13日夜(日本時間14日早朝)、中心部のコンサートホールや北部のサッカー場などを標的とした同時多発テロが起きた。オランド仏大統領は14日午前に演説。一連のテロで127人が死亡したと明らかにし、過激派組織「イスラム国」(IS)によるものだと断定した」(朝日11月14日)

 Photo_5(写真 15日夜、ISを空爆に向ってラファール戦闘機。空軍力は絶大だが、ISには効果が薄い。ロイター) 

AFPによるフランス国防省の発表 

「作戦には戦闘爆撃機10機を含む軍用機12機が参加し、20発の爆弾を投下した。軍は声明で「破壊した第1目標は、ダーイシュ(Daesh、ISのアラビア語名の略称)が指揮所、過激派の人員採用施設、武器弾薬庫として使用していた。第2目標にはテロリスト訓練施設があった」と述べている」(AFP
※http://news.livedoor.com/article/detail/10835196/

フランス空軍が攻撃を加えたISが、「首都」と自称するラッカの位置を押えておきます。 

Photo_4(図 IS首都ラッカ。世界でいちばんの、テロリストと難民の発生地域となったシリアの内陸部に位置する。海岸部はロシアが握っている)

これは、報復攻撃を憲法によって禁止されていると解釈している日本国民には、理解が難しいでしょうが、主権国家としてあまりにも当然の行動です。 

主権国家は、領土の保全と国民の保護のために存在しています。それが侵された場合、反撃するのはとうぜんの国の責務です。 

「暴力は暴力の連鎖を呼ぶ」という声もあるようですが、現実には「暴力に屈すれば、次の暴力を招く」のです。 この反撃は、即座に行なわねばなりません。

政府が美術館や学校を月曜から開くように指示したのも、「こうやって日常生活を続けるのが、テロとの戦いだ」という信念があるからです。

「即座に」ということにも、大事な意味があります。

時間をかけてもたもたしていれば、ISに国内不統一を見透かされてしまいます。

フランスは、このような非常事態に対して、「即座に」野党まで含めて団結する伝統があります。

なにかといえば政局に利用したがる野党しかいない我が国と較べて、うらやましい限りです。

ところで、今後、いかなる展開になるのか、予断を許しませんが、私見ですが、フランスは現在、全力を上げて陸上部隊を投入することを検討しているはずです。 

というのは、空爆はテロリスト相手には、砂漠にじょうろで水を撒くような作業だからです。 

空爆は、正規軍に対しては絶大な威力を発揮しますが、ゲリラ・コマンドに対しては効果が少ないとされています。

むしろ、米国がやっている金融締めつけのほうが威力があるでしょう。

またISはラッカを首都にしていると称していますが、彼らの軍事施設は、わざわざ民家の隣や、時には学校ヤ病院のそばに設けたりしています。 

もちろん空爆に対して人間の楯にするためです。

Photo_6(写真 ラッカのIS。まるで暴走族だが、握っている兵器は正規軍並だ) 

そのためにピンポイントで軍事目標に爆撃したと思っても、民間人への被害が避けられません。 

現在の空爆技術はGPSを使用したJDAMが登場して、極めて正確に誘導することが可能ですが、目標自体が不確かであったり、住宅地にあったりした場合、誤爆の可能性が高いのです。 

実際、米軍はアフガンやイラクで誤爆の山を築いています。このような誤爆による犠牲者から、次のIS戦闘員が誕生し、再びテロに走ります。 

これが「暴力が暴力を呼ぶ」という悪循環です。 

主権国家としての責務である反撃権は行使すべきであるにかかわらず、それが次のテロを呼んでしまっては、何のための反撃か分かりません。 

この悪いスパイラルに入らないためには、地上軍を侵攻させて、ひとつひとつISの拠点を兵士が眼で確認して潰して行かねばなりません。

結局、最後は人間がIS「領土」を奪還せねば終わらないのです。

これが、非対称戦争といえど、無人機や空爆だけにまかせられない理由です。

Photo_7(写真 仏軍のマリ介入作戦であるセルヴァル作戦。仏軍は、かつて植民地を世界にもっていたために、このような軽装甲車両の展開を好む) 

しかし、私はフランスには陸上兵力を投入する国力がないと考えます。 

フランス軍が、近年、外国に軍事介入したのは、2013年1月から4月まで実施されたマリに対するセルヴァル作戦です。
セルヴァル作戦 - Wikipedia 

このマリの軍事介入において、フランス陸軍は作戦開始2週間で3千名を展開させています。空軍、海軍を入れても総勢で4千名程度です。 

Photo_3(図 くすんだ赤色がIS支配地域) 

今回は自国民の虐殺事件に対しての報復作戦ですから、さらに倍増したとしても、フランスが独力でシリア領内に軍事介入できる勢力は師団規模の1万人以下となるでしょう。

これでは、ISに返り討ちに合いに行くようなものです。 

また、増援部隊を送ろうにも、出撃拠点がNATO加盟国ではトルコしかありません。

おそらく、そもそもフランス軍に、侵攻拠点すら与えない可能性のほうが高いと思われます。

そして、今までの空爆作戦に関しても、足並みが揃ったとはいえない国際社会がどのような判断をするか不透明な上に、オバマが陸上兵力をフランス軍に協力させてシリア領内に入れる可能性はほぼないでしょう。 

したがって、フランス軍ができる軍事報復のオプションは極めて限られており、国民向けの象徴的な空爆を増強するていどで終わると思われます。

できるとすれば、現時点で180カ所とも言われる国内のISアジトをの徹底捜索があったように、関係者を検挙し、イスラム社会を徹底した監視下に置くことです。

1日に20発ていどの爆弾を投下されてくたばるISではなく、I今回の襲撃犯たちの多くがホームグロウンテロリストな以上、その効果は限られたものになるでしょう。

かくして、監視対象に置かれた移民社会はさらにガス圧を強めていき、第3、第4のテロ事件が起きる温床になっていきます。

大変に悲観的ですが、これが現時点の私の見立てです。

アア、いかん。フランス国民と連帯するなんて言ってて、どんどん醒めた眼になっていく自分が嫌い(涙)。

 

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パリ同時多発テロ事件

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フランスの首都パリで非道きわまりないテロが起きました。15日のバルス首相によれば、犠牲者は129名、うち103名の身元が特定できたとされています。 
※追記 フランスメディアはテロの死者が132人、負傷者が349人になったと伝えました

あまりの無辜の犠牲者の多さに声もでません。まず、お亡くなりになった犠牲者の方々に対し、心からの哀悼を申し上げると共に、テロリストと戦うフランス国民に連帯の意志を表明します。 

Photo_4(写真 毎日新聞より引用ttp://mainichi.jp/select/news/20151116k0000m030063000c.html

さて、現時点でわかる範囲で情報を整理します。 

これは、前回のシャルリ襲撃事件とは違い、国境を超えた本格的「軍事作戦」と呼ぶべき内容です。

詳細は続報を待つしかありませんが、おそらくは初めのサッカー競技場の自爆テロは陽動で、そこに警察部隊を引き寄せておき、その間に第2のテロ部隊がソフトターゲットと呼ばれるレストランを襲撃し、そして第3の主力が劇場を襲ったと考えられています。

時系列で追うと以下です。
・11月13日 午後9時20分 パリ郊外サンドニの国立競技場のゲト付近で、襲撃犯が自爆。付近にいた1名死亡。
・9時10分 襲撃犯、パリ10区カンボジア料理店とカフェを銃撃
・9時30分 サンドニの競技場で2人目が自爆死
・9時32分 パリ11区 襲撃犯、11区のカフェを銃撃・9時36分 11区のカフェを銃撃。テラスにいた客11名死亡
・9時36分 11区別のレストランで襲撃犯、自爆死
・9時40分 襲撃犯、11区のバタクラン劇場でロックコンサートを乱射。86名死亡・9時53分 競技場で3人目が自爆死
・14日0時20分 警察部隊がバタクラン劇場に突入し制圧。襲撃犯1名死亡。2名自爆死

武器は、おそらくはドイツかベルギーから搬入されたようです。 

ドイツ警察は国境線で武器を発見し、フランス当局に通報しましたが、なぜかフランス側はその情報をいかしていなかったようです。

犯人グループのうち2名は、ベルギー在住のフランス国籍であったことがわかっています。

EUの国境移動の自由が、従来あった主権国家の護りを脆弱にさせ、このようなテロリストの人的、物的な移動を助けてしまったことは、いっそうEUの存続に暗い影を投げかけることでしょう。 

ただし、留意せねばならないことは、この時点で犯人象や意図について、安易な憶測は控えるべきことてす。 

Photo(写真 JBpressより引用) 

中東専門家の池内恵氏は、フェースブックでこう警告しています。 
※https://www.facebook.com/

「現状では、どれだけ詳細に情報を読み込んでも、情報自体が諸勢力が意図して出してきたり、混乱含みで伝達されているので、事実を確定するには限界があると思います」 

現時点でISが犯人を名乗りでていますが、その客観的証拠はありません。 

可能性として池内氏は以下をあげています。 

「テロ問題を専門とするジェイソン・バークが、実行犯のありうる属性を解説。
(1)イラクやシリアから直接来た...

(2)イラクやシリアで一定の経験を積んで戻ってきた
(3)全くフランス内部で過激化した

ということで、しかし今やグローバル化やイラク・シリアなどの無法状態やらで、純然たる(3)は少ない」

「私は『組織のメカニズムは変わっていない』という立場ですが、ローン・ウルフのネットワークを中枢がより積極的にコントロールする組織化が進んだ結果なのではないかと推測する立場もあると思います。それは方法論と証拠を踏まえたものであれば、尊重すべきものです。組織とその作戦がどの程度変わったのかは、今後の事実解明の中での焦点と思います」

ISは本拠地の中東、北アフリカにおいてすら「勝手連」ですから、在欧メンバーもまた「勝手連」であると思われます。 

可能性としてあるのは、一回ISの「領土」内でテロ訓練を受けて母国に帰還したケースか、「領土」訪問をせずに母国でテロを示唆されたケースです。 

これらが、シャルリ襲撃犯などのような、いわゆるホームグロウン・タイプのローンウルフ型テロリストです。 
※シャルリ襲撃事件についての過去記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-944c.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-0051.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-0051-1.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-0051.html

ホームグローン・テロリストとは、その国で生れるか、長い居住歴を持って、イスラム過激派と同様の思想性を持ってテロに走ることを指します。 

彼らの多くは、移民の中から発生しています。確定情報ではありませんがシリア難民の書類が犯人の遺体近くから発見されており、今後詳細が発表されるでしょう。
※追記 米国の報道では偽造だとされています。

また、一口で「移民」と言っても、ドイツはトルコ系が多く、フランスはアラブ系が多いのが特徴です。

そのためにISの影響を強く受けるという指摘もあります。

いずれにしても、望むと望まざるとにかかわらず、移民・難民問題 は大きな焦点にならざるをえなくなるでしょう。

れはさておき、移民ないしはそのの第2世代から生れたテロリストは、ロンドン同時爆破事件、ボストン・マラソン事件、シャルリ襲撃事件の犯人たち当てはまります。

Photo_3
もうひとつのテロリストの特徴は、スタンドアローン(孤立)型であることです。 

また、ローンウルフ型と呼ばれるのは、従来のようにキッチリとした上意下達の組織に属さず、インターネットによって結ばれたていどで知り合った「ローンウルフ(一匹狼)」たちが、武器を調達し、テロに走る形態のことです。 

彼らは、インターネットから発生したといっても過言ではないほど、ネットに強依存しており、過激思想をうけたのもネット、犯行グループを結成した媒介もネットであり、そして当然のこととして犯行のプロパガンダもまたネットを通じています。 

そしてもう一点、気をつけねばならないことは、犯人の意図を、こちら側から憶測して、それを流布することです。

これは、テロリストに加担し、テロの暴力と戦うフランス国民を攻撃する犯罪行為に等しい所業です。

たとえば、現に既にこのようなことを主張する者たちが現れています。

Photo_2
また、金子勝氏は、ツイートでこのようなことを主張しています。
※https://twitter.com/masaru_kaneko

金子氏は、フランスが9月にシリア空爆に参加したことに触れた上で、「対テロ戦争=国境なき世界戦争の怖さ=集団的自衛権の危険性を再認識せよ=戦争屋安倍」と主張しています。

金子氏の主張に典型的なことは、ISの「フランスのシリア空爆がテロを招いた」というISのプロパガンダを、そのままコピーしていることです。

そもそもこのテロがISの仕業かどうかすら確定していないにも関わらず、きちんとした調査の前に、犯人の宣伝を口移しにしています。

また金子氏は、こう述べています。

「実際、オランド大統領が「テロとの戦争」を口にし、非常事態宣言を出した。9.11同時多発テロとあまりに似ている。泥沼に入らないことを祈る。この世界状況では、 安保法そして何より戦争屋アベは存在自体が危険です」

頭のネジがはずれているとしか思えない言い草です。集団的自衛権に反対なのは勝手ですが、それはパリ・テロ事件はなんの関係もありません。

とうやら、この人の脳味噌の中では、このような連想ゲームがカビのように繁殖しているようです。

<シリア空爆⇒パリ・テロ発生⇒対テロ戦争拡大⇒日本も集団的自衛権で参戦=戦争屋アベを許すな>

私は、このような人物を心底軽蔑します。このような悲劇までを自分の政治主張に結びつけ、あらぬ方向に批判の矛先を向けています。

結果、ISたちのテロに自ら「参戦」してしまっています。しかもテロリストの側に立って!

このようなことは既視感があります。日本人人質事件の時に、多くのリベラル知識人たちが陥った症候群です。

このようなことが起きることを危惧して池内氏は事前に警告を発していましたが、警告どおりに「I AM NOT ABE」デモにまで進展しました。
※過去記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-560a.html

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おそらく今日あたりのTBSやテレ朝の報道番組では、金子氏のような主張が報道の衣をまとって大量に流布されると思われます。

まずは、意図的にテロリスト側が流したプロパガンダかどうかを見極めるために、専門家による情報分析に耳を傾け、そして安易な政治的予見は排除すべきです。 

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翁長氏を乗せた「オール沖縄」の神輿は左に傾き、そして転倒する

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せかけの強気とは裏腹に、いまの翁長氏は、ほぼすべてのカードを使い切った状態です。

数々のやくたいもない嫌がらせ、そして遅れに遅れた承認取消しに対して、政府が投げ返したのが代執行というストレートフラッシュでした。

この思わぬ一撃で翁長氏は、投了寸前にまで追い込まれました。

いまの翁長氏にできるのは、ファイティングポーズのかっこうだけして、「いかに戦っているフリをするか」というだけです。

しかし、いくら裁判にはオレが出ると言っても、裁判闘争だけではあと3年は持ちません。

となると、このままの力関係で推移すれば、翁長氏が任期をまっとうすることすら難しいことになります。

Photo
「県政の柱に新基地反対を据える」ということ自体が、他には何もしないということだと、県民は気がつき始めています。 

となると、仲井真氏が敷いたプランにあった、21世紀ビジョンの南北鉄道はまったく動きません
※県庁HPhttp://www.pref.okinawa.jp/21vision/
 

先日、1年ぶりにインタビューに答えた仲井真氏は、もっとも経済政策の不在を心配しており、こう語っています。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-43fa.html

21世紀ビジョンにとって大事な時期で、ここで停滞すれば行く末に大きく響く。沖縄は県民所得にせよ産業振興にせよ成長曲線に入りかけたところで下がることを繰り返してきた。
 産業振興に向け、道路など交通システムのインフラ整備が遅れており、港や鉄軌道の整備も必要だ。普天間飛行場の返還後の跡地も産業振興に充てる。辺野古移設の問題だけで政府と対立していては経済にとってマイナスで、沖縄の発展のためには時間を浪費することは許されない」

菅氏が打診したUSJ沖縄すら、乗り気ではなかったという驚くべき話すらあります。 

この21世紀ビジョンは、普天間基地や北部訓練場などの大規模返還に対応して、新たな島作りを構想したものでした。 

しかし、その大規模返還はあくまでも普天間基地の代替があって、すべてがパズルのようにして動くものな以上、それを阻んでしまっていては話になりません。 

そう、要するに、翁長氏は政策オンチの上に、度し難い経済オンチなのです。

それは、今後南部の観光の拠点になるはずのMICE(※)を、論功報償で金秀・呉屋氏の本拠地の東浜(あがりはま)に強引にもって行ったことでも知れます
※会議・研修・観光・催事のための総合施設
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-b206-1.html

東浜が最悪な立地環境なのは、関係者が口を揃えて指摘するところです。 

一事が万事です。翁長氏は利権にからまることはやるが、トータルな島の経済構想が欠落しているのです。

前知事公室の吉川由紀枝氏はこう述べています。
※http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20150514/281135/

「翁長知事は2014年11月の県知事選で圧勝したが、その基盤は盤石というわけではない。『オール沖縄』を標榜して当選しただけに、知事自身の可動範囲は、全基地閉鎖から基地容認まで様々ある沖縄の意見の最小公約数に狭められている。即ち、「辺野古反対」「オスプレイ反対」くらいしか、発言できる範囲がないのだ。特に現実的な妥協ラインはどこか?という話になると、「オール沖縄」では一切の合意はない。この可動範囲をちょっとでも越えれば、知事の支持基盤は分裂する
 とどのつまり、「沖縄県のいうことをすべて呑むか」「それとも、呑まないか」という、オール・オア・ナッシング以外の交渉ができないということだ。これでは、日米政府とのまともな交渉相手たりえない」
 (太字引用者)

吉川氏が指摘するように、翁長氏は選挙に勝つためだけに「オール沖縄」という虚構を作りだしました。

Photo_2

似たものを国政で探せば、反自民を看板にして、自民党脱走組+社会党などで作った細川連立政権というところでしょうか。

細川政権は政治改革とやらで、いっそう日本政治をダメにしましたが、「翁長政権」の場合は、これに共産党まで入れてしまいましたから、意思決定ができる道理がありません。

というのは、根本的に政治理念と地盤が異なる基地容認派の保守層と、全基地撤去の左翼陣営のどちらにもいい顔をせねばならないからです。

吉川氏がいみじくも述べたように、「辺野古反対」と「オスプレイ反対」くらいしか言えることができないのです。

Photo_3
かくして、翁長氏が本来保守政治家ならばやれるはずだった腹芸もできず、承認撤回までグズグズしている間に、官邸のほうが休戦を呼びかけて、一気に膝詰談判の間合いに飛び込んでこられてしまいました。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-b925.html

政府からすれば、工事再開までの1カ月間、毎週、全権を預けた官房長官に通わせたのですから、ここで収穫がなければ工事再開へのすべての手続きは終了したと判断してもいいことになります。

翁長氏が左右二股の神輿の上に乗っていなければ、なんとか妥協点が探れたのかもしれませんが、あらかじめ封じられている為に「絶対反対」とオウムのようにくり返すばかりでした。

かつて私は記事でも書きましたが、あの時に、シュワブ陸上案を代替案として打ち返しておけば、政府はいまごろ工事再開もできずアタフタしたはずでした。

しかし、これもなまじ「オール沖縄」を気取って、左足を「全基地撤去」の左翼陣営に突っ込んでいるためにできませんでした。

要するに、腹芸もナニも、いかなる代案もすべて左翼陣営に蹴られるのです。

実際、この菅氏訪沖の時も、ゴリゴリの左翼である稲嶺名護市長(※)は、それ以前から「いかなる代案もない。工事中止あるのみ」という発言を続けていました。※15年前から一坪反戦地主

これは菅氏に対してではなく、翁長氏の「日和見」を牽制したものだと受け止められていました。

これで交渉なんかできるはずがないじゃないですか!翁長氏は自分が掘った穴に自分ではまり込んだわけです。

因果応報。自業自得。生者必滅の理あり。ボーン(鐘の音)。

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政治は、妥協と折り合いの産物です。自分の意見が100%通るはずもないのに、「いかなる新基地も許さない」では、交渉そのものが成立しないのです。

クーデターまで起こして、前知事を追放した寝業師とも思えぬ政治的幼稚さです。

今の翁長氏の立場は、攻めて、攻めて、攻め抜かねば勝てません。

しかし政治行動の選択できる幅が極端に狭いために、自ずと左翼と同じ硬直した過激闘争戦術を続けるしか方法はありません。

もはや頼りは、辺野古の外人部隊による「海戦」と、「平和センター」などによるシュワブ前の流血行動だけです。

Photo_5(写真 シュワブ前で排除される糸数慶子議員。なんか足ピョンが、ブリっこみたいでおかしい)

別段、翁長氏を信じているわけでもなく、一期で使い捨てても混乱する局面が欲しいだけの左翼陣営には、おあつらえ向きの状況です。

おそらく、左翼陣営はポスト翁長に、真正の親中派左翼人士を考えているはずです。

一方、神輿のてんびんの右を担ぐ保守層にとって、左翼過激路線はやがて追随していくことに耐えられなくなります。

「いつまで、終わりのない闘争を左翼と一緒にやらにゃなんのか」という不満は、既に翁長支持者から出ていると聞きます。

そう、今頃気がつきましたか、翁長氏が踏み込んだ裁判闘争には終わりがないのです。最高裁まで10年かかりますからね。

いわば体育会出身の社員が、全員加盟の労組に入れられて、赤旗をふらされているようなものです。

保守層にとって、翁長氏につきあえばつきあうほど、自分の政治基盤を自分で堀り崩すことになっていきます。

こうして保守層は離れていきます。神輿は左に傾き、そして転倒します。 

巷間、知事辞任・参院選出馬説すら流れているほどです。

Photo_5(写真 来年1月の宜野湾市長選に出馬を表明する元沖縄県幹部の志村恵一郎氏。右は翁長雄志知事=23日午後、沖縄県宜野湾市・北海道新聞) 

一方、翁長氏がサバイバルするには、また再びかつての名護市長選、知事選の「民意の風」を起こさねばなりません。 

この「翁長はよく闘っている」という空気を盛り上げて、「民意の風」にまで仕立てあげねばなりません。いわゆる「人気取り」パーフォーマンスです。

今後、翁長氏は内容は乏しいが、派手なパーフォーマンスをたびたびブチ上げるははずです。

その第1弾として用意したのが、宜野湾市長選への「オール沖縄」候補である志村恵一郎氏の早々の擁立でした。 

さて、この志村候補がしっかりと、「普天間移設」を移転計画とリンクさせて公約とするかどうかに注目していかねばなりません。

そして言うまでもなく、2016年7月の参院選が天王山になります。

ここまではなにがなんでも、翁長氏は「オール沖縄」をだましすかしして、持たせなければなりません。

そして、この選挙結果次第ですが、あんがい早い時期に、私たちは「オール沖縄」の解体・消滅・内部抗争を見ることができるかもしれません。

■お断り 一回アップしましたが、内容的にもやや違うことなので、分割し、改めて加筆してアップし直しなおしました。いつもいつも、すいません。

 

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日曜写真館 続 朝焼けの河口にはすすきが似合う

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今週もしつこく朝日とすすきです。同じ場所ですが、別な日で、いや~、何回通ったことか。

クリックして大きくしてご覧ください。

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沖縄の政治が秋冬に動くわけ

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沖縄の政治は秋冬に動くと言われます。なぜなら、その時期が予算編成期に当たっておりで、翌年の振興予算が決定される時期だからです。 

2013年1月8日、仲井真前知事は東京を訪れ、安倍首相と面会しています。 

ついその前の月の12月26日に、安倍氏は劇的復活を遂げていますから、まだ戦塵さめやらぬといった時期でした。 

表敬訪問の表向きのメニューは、那覇空港第2滑走路増設のテンポを7年から5年へと早めてほしいということと、そして振興予算3045億の満額要求でした。 

Photo(琉球朝日放送より)

 政府はただちに対応し、わずか4日後に、山本一太沖縄担当相が沖縄を訪沖して、仲井真氏の申し出を受ける意志を表明しています。 

Photo_2(写真 東京銀座デモ。歳末の街に「沖縄差別をするな」が響く異様なものとなった。左から4人目のクリーム色のジャンパー姿が翁長氏) 

一方、翁長氏はまったく同時期に、反仲井真クーデター計画の準備にとりかかっていました。 

1月27日。翁長氏は県内41市町村の首長と議員、そして後にかれの支持母体になっていく自治労、沖教組たちを従えて、東京銀座でオスプレイ配備反対デモをします。 

この時、東京のど真ん中で翁長氏が大見得を切ったセリフが、「沖縄差別をやめろ!」でした。 

オスプレイ配備を、強引に「沖縄差別」に接着することで、根本的に考えが異なる左翼陣営を取り込んだ「オール沖縄」の構図がこの時に完成したのです。 

この翁長デモに対しての官邸の答えは、わずか2日後の29日に出されます。 

これが、沖縄振興予算案を3001億円、那覇第2滑走路事業の工期を5年10か月に短縮し、事業費を80億円増額し1980億円とする、という閣議決定でした。 

受けた仲井真氏は「大変に厳しい財政状況の中で、本県の要望に配慮がなされたものと感謝する」と謝意を表明しています。 

そして1週間も立たぬ2月2日。今度は訪沖した安倍首相との会談で、仲井真氏は首相に「米国との合意の中で進めたい」と表明します。 

地元2紙が、激烈な反仲井真キャンペーンを開始したのがこの時期からです。 

仲井真氏の容認以降のバッシングに動揺していた党県連の国会議員もまた、間近に迫った総選挙に、激しく動揺していました。 

彼らの多くは保守としての矜持も投げ捨てて、自分の首の心配をしたのです。 

離党もせずに、党の方針と違うことを平然と主張するのですから、自民党県連の信用は地に落ちたというべきです。

この時期、沖縄は既に翌2014年1月の名護市長選に向けて走り出していました。 

那覇市議自民党団を中心とする「新風会」、別名翁長党は、現地名護に飛んで保守票を切り崩しに奔走します。 

ようやく危機感をもった石破幹事長が、東京に県の国会議員たちを呼んで、タガを締めたのが11月23日のことです。 

Photo_3(写真 11月25日。自民党本部に呼び出された県国会議員団)

そして、その年のクリスマス。仲井真氏と会談した首相は、沖縄県の要求を上回る3000億円台の振興予算を確保することを伝えます。
 

この時、慎重な仲井真氏らしくもなくつい口にした、「いい正月を迎えられる」という言葉が起爆剤になり、「島を金で売った男」という嵐のような怒号が、知事を包むことになります。 

そして、仲井真知事は12月27日、正式に埋め立てを承認することを表明しました。 

Photo_4https://www.youtube.com/watch?v=V2QdbWG1JcA

 そして、朝日新聞アエラが「琉球王」と讃えた翁長王にも、またこの予算編成期が回ってきました。

宜野湾市と、名護市が同時に動き始めました。

まずは宜野湾市です。

「【宜野湾】宜野湾市議会(大城政利議長)は13日午前、臨時議会を開き、米軍普天間飛行場の早期返還とオスプレイ移駐、夜間や住宅地上空旋回などの訓練中止を求める決議を全会一致で可決した」(沖タイ11月13日)

普天間基地がある宜野湾が、早期返還要求をしていることに対して、受ける名護市からはこのような動きが出ました。

「沖縄県の米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設を巡り、同市議会の保守系2会派(計11人)は11日、沖縄を除く全国779市議会と東京23区議会の全議長あてに、辺野古移設の早期実現などを求める意見書を採択するよう陳情する書面を送付した。
陳情書では「辺野古移設は、市街地にある普天間飛行場の危険性除去が原点」「移設工事を着実に進めていくことが重要」と説明。同封した意見書案には「翁長雄志知事は対案もなく普天間飛行場の撤去を求めており、現実的ではない」などと記載されている。
 11人の代表で、辺野古区を地盤とする宮城安秀議員は「(地域振興などの)条件付きで容認している辺野古区の実情を全国の人に知ってほしい」と話した」(沖タイ11月12日)

振興予算をめぐる秋冬の陣は、今始まったばかりです。

辺野古区選出の宮城安秀議員などが、どこでまで真の「地元の声」を翁長知事に叩きつけられるか、来年1月に控える宜野湾市長選に向けて、宜野湾市が「基地撤去促進」をどこまで貫けるか、しっかりと注目していかねばなりません。

■お断り 長かったので後半を日曜日に分割掲載しました。すいません、足したり引いたり(汗)。

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米軍基地「返されても困る」事情とは

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沖縄の基地問題というのは、入り組んだ迷路のようになっています。 

たぶんこの「分かりにくさ」が沖縄問題への関心を、本土で低下させる原因になっているような気がします。 

「スッキリしているだろう。基地は沖縄差別だ。本土政府は安保の負担をすべて沖縄県民に押しつけているんだ。その上にまた新基地をつくるなんて許せないぞぉ」、と翁長氏が言ったとおりのことを信じることができる人には、それもまたひとつの側から見た「真実」だと申し上げておきましょう。 

私は、このようなよく聞く左翼陣営の見方も、誇張されていますが、まったくの嘘だとも思いません。 

過剰な基地負担はまぎれもない事実ですし、沖縄の悲劇的な歴史もほんとうです。 

ただ、真実のすべてではないというだけです。 

この「戦争と基地の島」、あるいは、「鎮魂と抵抗の島」という本土リベラル文化人好みのイメージによって周到に隠されたことが、ひとつあります。 

それは身も蓋もないようですが、カネです。 

長年沖縄を語る場合、人間を動かす根本原理であるはずの欲得を、「見えません、見えません」としてしまいました。 

しかし、これだけもつれるということは、素直に考えても、ただのイデオロギーだけのもつれのはずがありません。

かし、それがなぜか沖縄の基地問題だけでは、「カネの一件はないものにしょうね」とする、本土政府と沖縄県の阿吽の常識が状態化してしまいました。

ですから、本土政府は建前上、名護市長選挙の直前に北部振興予算を出しても、絶対に「基地の見返りとして」とは言いませんでした。

その理由は、米軍基地は、あくまでも「銃剣とブル」で押しつけられたものである以上、本来沖縄は「補償金として貰うと、容認したことになる」からです。

一回、その名目で補償金を取ると、次からは基地があることに文句を言うことが難しくなります。

また基地補償金として限定してしまうと、基地を持つ自治体だけに配分せねばならなくなります。

たとえば原発立地交付金は、茨城県なら東海村にしか交付されませんので、他の自治体はいくら緊急避難地域でもなんの補助金ももらえません。

しかし、沖縄の場合、あくまでももらう建前は、離島僻地の「振興」が目的の振興予算ですから、基地のない南部、離島まで配分されます。

納税者から見れば、ただの言葉遊びにすぎませんが、そのような沖縄側の事情もあって、カネのことは黙っている習慣がついてしまったというわけです。

だから、やたら沖縄県の言うことが観念的平和主義に聞こえる時がありますが、建前しか言えないから、そうなっちゃったわけです。

そして沖縄に対するほんとうの共感があるわけでもない本土の左翼たちが、それを政治利用して「怒号の島・沖縄」に仕立て上げてしまったのです。

しかしシンプルに考えれば、基地がある自治体側にも、「基地に出て行かれては困る」というお家の事情もあると考えるのが常識です。 

基地が出て行けばすべて万々歳ならいいのですが、簡単にそうではないことが分かるのが、宜野湾市のお隣の浦添市で起きています。 

Photo_6(写真 那覇港浦添ふ頭地区公有水面埋立事業18.3ヘクタール。浦添市HPより)http://www.city.urasoe.lg.jp/docs/2014110101437/

浦添市には、翁長氏の市長時代の置き土産の那覇軍港移転先埋め立てが進んでいます。 

その経過については、翁長氏の人となりが分かる事情がありますが、それは下の記事でお読みください。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-edca.html 

キャンプ・キンザーが返還されて起きたのは、歓声ではなく、とまどいと「返還パニック」でした。 

沖縄タイムス(2008年7月30日)の「返還パニック」と題された記事はこう伝えます。 

「北谷町で二十六日に開かれたシンポジウム「米軍再編とどう向き合うか―中部地区の課題」を聴いた。米軍再編に盛り込まれた「嘉手納以南の基地返還」後の跡利用に対する首長たちの危機感がひしひしと伝わった。
 儀間光男浦添市長は、キャンプ・キンザーの跡利用事業費には四百億円必要と説明。うちライフライン整備などで市の負担は少なくとも二百十億円かかるとの試算を示し、「とてもじゃないが市単独で資金調達できない。民間資金の導入を考えなければ跡利用は実現しない」と嘆息した」(太字引用者)

 キャンプ・キンザーといわれても本土の人にはピンとこないでしょうが、空港から中部・北部に向けて走る国道58号線から、フェンスに囲まれた人気のない巨大倉庫群が左手に見えませんでしたか。あれがキャンプ・キンザーです。 

ここは幹線国道の脇、しかも慶良間も見えるという絶好のスポットですが、ここですら、「返してはもらってはみたが・・・」という嘆き節が聞こえるというのです。 

儀間市長は、「400億円跡地整備にかかるが、市には半分の金しかないんだ」と悲鳴を上げています。 

「儀間市長の言葉で特に印象に残ったのは、嘉手納以南の基地返還で土地の過剰供給による経済的な「返還パニック」が起きる危険性を指摘した点だ。キャンプ・キンザー跡地でも、商業・住宅地として需要が見込まれるのは返還面積の三分の一程度だという」(同) 

儀間市長は、「カネがない上に、跡地には入居希望が少なくて空き地だらけた」と訴えています。 

この理由は、記事が述べるように返還跡地が、今や供給過剰なことにあります。 

Photo_4http://www.nippon.com/ja/features/h00028/

 赤い部分が「今すぐ返還」予定地で、既に不動産市場で供給過剰ですから、これに青い部分の「代替地が見つかったら返還」の大所である普天間基地分が加われば、もう中部地域の地価は暴落してしまいます。

今までチビチビと切り売りしてきた貴重な軍用地が、一挙に何百ヘクタールというまとまった大面積で放出されるために、周辺地域の地価が大暴落するわけです。

既に1987年に返還されている牧港住宅地区の現在の光景について、樋口耕太郎氏(沖縄大学人文学部准教授)はこう苦々しげに述べています。

「せっかく返還された基地の再開発も同様だ。1987年に返還された200haを超える米軍牧港住宅地区の再開発によって誕生した那覇新都心おもろまちは、基地返還後の経済波及効果のモデルケースとして取り上げられることが多いが、その街並は減歩率が不足して道路面積が十分に確保できず、日中は渋滞で車では出ることも入ることもままならない。目抜き通り、沖縄県の顔とも言うべき県立博物館・美術館の正面に、パチンコ店と量販店と低価格のビジネスホテルが連なる街並を見て無念と感じる県民は少なくない。長年基地返還のために戦って、県民が手に入れようとしていたものはこんな街なのだろうか」
(沖縄タイムス・オピニオン2014年12月19日)
 

実は、このような「返されても困る」という話のほうが、沖縄では一般的なのです。

たとえば、移設反対派の旗頭である名護市・稲嶺市長がキャンプハンセンの一部返還を拒んだことは有名です。 

稲嶺氏は、大嫌いな田中防衛局長に頭を下げてまで、返さないでくれと懇願しました。
※過去記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-c07c.html 

嘉手納基地を抱える嘉手納町でも、こんな困惑の声か上がっています。 

「太田県政時代から町長を務める宮城篤実嘉手納町長は「国際都市形成構想は十年たって紙くずの山を築いただけ。プランニングだけで財政的な裏付けがないと意味がない」と指摘した」(同) 

「返してもらっても、いい跡地計画がない。なぜなら金がないからだ。金がなくなったのは基地がなくなったからだ」、ということのようです。 

2006年に「象の檻」こと楚辺(そべ)通信場、瀬名波(せなは)通信施設、読谷飛行場が一挙に返還された時には、返還反対の看板が立ち並んだということもあったそうです。 

嘉手納弾薬庫返還の時は、地主たちが跡地に自衛隊小銃訓練場を入れる計画に反対した社民党の東門(とうもん)市長に、反対を撤回するように求めています。 

このように、返還されても困るという地元と、返還を急ぎたい政府との間で、宙吊りになっているのが、この基地移転問題なのです。

Photo_5

すると、「決まらないまま、ズっとこのままでいたい」、というのが、移転反対派の本音なのかもしれません。

そう考えると、「全基地撤去」というような空論的スローガンを叫び、「すべての新基地反対」を唱えるということは、結局、現状維持がいちばんいいということになってしまいます。

ただこれでは何十年かけても、一歩も進まず、解決するどころかいっそう迷路に深く踏み込んでいきます。

ならば政治家が泥をかぶってでも決断するべきだと考えたのが、本土においては安倍氏と菅氏のコンビであり、沖縄側では仲井真氏だったようです。

そして、「解決などは求めない」という翁長政権との、真っ向勝負になったわけです。

そういう眼で眺めると、現状を変えたくない翁長氏はゴリゴリの保守、変えていかねばと思う安倍氏は革新ということになっちゃうんでしょうか(笑)。

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    辺野古現地 「あれはナイチャーの運動じゃ」

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    コメントを沢山現地沖縄から頂戴し、感謝にたえません。できるだけお答えしたいと思うのですが、私も仕事をしながらなので、思うにまかせません。お許しを。 

    さて、時折思うのですが、沖縄は台風の目に入った状態なんだなと感じます。 

    ほら、台風の目に入ると、思いのほか目の中は静かなのに、周囲は暴風雨の真っ最中だったりしますでしょう。 

    沖縄の人たちは別にデモばかりやっているわけでもないし、県民集会で腕を振り上げているばかりではありません。ごく普通に暮らしています。 

    もちろん、「怒号の島」ではありません。あたりまえの生活人達が、家族を食わせるために汗をかいている、普通の島です。 

    しかし、その当たり前の島が、いまや日本全国をひっぱりまわしているようなのが昨今です。

    台風の目に入ると全体状況がわからなくなるように、島の普通の生活人たちが、常識的に判断できる材料が、県内では不足しているのです。

    一方、本土の国民は、沖縄に初めは深く同情し、いまや訳がわからないので、冷淡になりつつあります。 

    私は、この本土人たちの素朴な「わけのわからなさ」を無理解だと責めるのではなく、解きほぐして行く中から、一般市民の眼でこの問題を考えていこうと思っています。 

    さて最大の「わけのわからなさ」は、昨日書いたように翁長氏たちの闘争のゴールがなんなのか、よくわからないことです。 

    マスコミには、「新基地反対」と叫ぶ人たちが大量に登場しますが、かんじんな移設するとなにが困るのか、本土人にはさっぱりわからないのです。 

    だって、普天間基地周辺の宜野湾市民は出ていって欲しいわけでしょうし、受け入れ側の辺野古地区住民はどうぞ来て下さい、と言っているわけです。

    見事に平仄があっているじゃないですか。

    え、このどこに問題があるの、って思いませんか。 出口と入り口の利害の一致こそが、最大の問題じゃないでしょうか。

    米軍基地が巨大迷惑施設だとしても、受け入れる側が納得ずくでウンと言って行くわけですし、今や受け入れ側は「早く促進しろ」と怒っているほどです。

    ならば、宜野湾側も早く出ていって欲しいと言っているのだから、移設工事を阻む理由がわかりません。 

    これが、たとえば宜野湾側は出て行け、辺野古側も来るなだったら、そもそも移設もクソもありません。 

    よく勘違いされていますが、本土の文化人の中には、「成田闘争のようになって泥沼化する」と願望まじりの予言を垂れる人がいますが、断言してもいいですが、絶対になりません。 

    成田闘争はあくまでも現地農民が反対同盟を作って婦人、子供まで戦ったから、あれだけ盛り上がったのです。 

    今や助っ人の過激派に軒を貸して母屋を乗っ取られてしまいましたが、少なくとも初期は農民の土に根ざした戦いでした。 

    では、辺野古にそんな「移設反対同盟」があるでしょうか。影も形もありません。 

    むしろ逆に、土日に押し寄せてくるデモ参加者の数々の無神経な行為の方に、怒り心頭なほどです。

    下は、違法駐車の群れですが、ひどい時はこんな車がびっしりと道を塞ぎます。

     

    Photo_2
    あ、「押し寄せる」とスッと書いてしまいましたが、説明がいりますね。 

    地元住民が怒って立ち上がっているなら、余所の地区は「押し寄せる必要」などないと思いますが、辺野古の浜で「怒っている」のは、基地のない南部などからの「支援者」だったりします。 

    南部には基地がありませんので、米軍といっても空高く飛ぶ軍用機を眺めるていどです。 

    そんな場所に住む人たちか、キャンプ・シュワブが既にある辺野古にバスでやってきては、「基地反対」を叫ぶのですから、頭がクルクルします。

    この人たちは、誰を「支援」に来たのでしょうか。 

    先日紹介したニューズウィーク(6月30日)はこう伝えています。 

    「地元では反発の声が上がる。辺野古地区で青年会長を務めるT(※原文本名)は『基地ではなく反対運動に迷惑している』と嘆く。
    朝からの連日の騒音だけではなく、道路の封鎖活動や路上駐車による渋滞など、地元にとって反基地活動は降って湧いた災難でしかない」

     さらに、反対派は多数を頼みにして、地元の人達を捕まえては、「どうして、あなた方はキレイな海を汚す手伝いをするんですか」と喰ってかかる女性もいるとか。 

    他人が生活する地域に土足で踏み込んで、説教を垂れるなよ、と思います。 

    たた押しかけ説教垂れるだけならまだしも、常駐しているプロの活動家たちは、地元住民を「米軍の回し者」と敵対視して暴行を働くことすらあります。
    ※過去記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/post-5149.html
    動画https://www.youtube.com/watch?v=k6ce3UXO7o4  

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    上の写真は、辺野古住民が所用かあって基地に行こうとしたところ、反対派に包囲され、あろうことかキイまで抜かれて、引きずりだされて暴行を加えられそうになった事件の時のものです。

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    いいですか。、ここは法治国家の日本ですよ。

    百歩譲って、上の写真でデモ隊が掲げている「基地撤去・安倍政権打倒」の主張が正しくても、それを理由に無関係の人を多数で暴行を働いてよい道理がありません。

    このような非常識な反対派の暴力が罷り通っているのが、現地なのです。

    20150331(写真 地元の人によるフェンスの清掃活動。反対派は汚すだけ汚して放置する)

    ニューズウィークは、こう述べています。

    「Tはある時、仲間と話しあい、日常を取り戻すためにゲートのフェンスに運動家たちが貼ったテープなどのごみをはがす美化活動を行なうことにした。『米軍の回し者』と罵られ、『体をぶつけられたりすることもある』というが、黙々と剥がす。
    地元住民からの反発は辺野古に限らず、普天間飛行場周辺でもたびたび耳にする」

    そしてニューズウィークは、こう結んでいます。

    「反基地運動に対する沖縄県民の不満には主に2つの要素がふくまれていることが多い。1つはTが述べるような、具体的な生活被害にたいするもの。
    もう1つは、こうした被害をもたらすのが、県民の見るところの『よそ者』である『日本人』『ヤマトンチュー』『ナイチャー』・・・、本土出身者をさす言葉が基地反対運動に対しては嫌悪をもって語られる。

    『あれは寄留民の運動じゃ』と吐き捨てる人もいる」

    私はニューズウィークが報じただけが、現実ではないと知っています。

    辺野古に参集した人の大部分は、縮小計画が進まないまま「新基地」が増え続けることに対しての素朴な怒りがあったことでしょう。

    美しい海を埋めるという行為そのものに、どんどん汚れていく島の海岸線に対する危機感を重ねる人も多いことでしょう。

    しかし、立ち止まって考えてほしいのです。

    ならば、どうしたらいいのか。デモや座り込みをすることだけが、手段なのか、どうか。

    地元にこれだけの迷惑をかけて嫌悪の対称にすらなって、運動が持続するものなのか、どうなのか。

    一回、沖縄県民同士、膝を突き合わせて、地元と非公式にでも話あわれたらいかがでしょうか。

    本来は、こんなことは地元自治体や、地方紙がするべきですが、ご存じの状況ですから、不可能なことは明らかです。

    そうすれば、辺野古地区が単なる「米軍の回し者」ではなく、しっかりと過疎の村で生きていこうとして、この苦渋の選択を決したこともわかるでしょう。

    また反対する人たちが、なにを憂慮しているのかも地元に伝わるでしょう。

    最悪なのは、今の県民を分断するような流れです。

    本土から続々と上がってくる職業的運動家たち、それと共に流れ込む巨額の闘争資金、沖縄側の官公労中心の反対運動。

    そしていまや名護湾には、外国のグリーンピースの抗議船までもが、辺野古を標的にして、停泊するありさまです。

    こんな状況のまま、地元2紙と翁長氏に煽られたまま反対運動が進めば、かならず、島に大きな見えない壁を作ってしまいます。

    そして本土と沖縄の間にも、その見えない分断の壁はつながっているのです。

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    移設反対派の「民意」が勝利した場合はどうなるだろうか?

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    時折、私が沖縄の反対派の皆さんに辟易するのは、自分たちだけが「民意」だと思っていることです。 

    昨日の名無し氏のコメントです。 

    「この程度の抵抗は、まだまだ平和的だよ。
    沖縄の選挙結果や民意を強引に踏みにじってこの程度で済んでいるのが不思議なぐらいだ。彼ら反対運動を後押しして、勢いづかせているのは、沖縄の選挙結果であり民意に他ならない」
     

    私がうんざりするのはこの人の書いた内容そのものよりも、「民意」とか、「抵抗」とかいう単語がポンポンと飛び出しているということです。 

    「この程度で済んでいるのが不思議」というなら、もう後は市街戦もどきの暴力的衝突しかないわけで、この人は「民意」を通すためなら、流血騒ぎが起きて欲しい、ということのようです。

    困った人達だ。 

    Photo_3(毎日新聞 2015年05月18日より。同じゼッケンをつけて、同じハチマキをして、プラカードを一斉に出すパーフォーマンスはそうとうに気持ちが悪い。これって全体主義?)

    いずれにしても、普通の市民生活から離れた「抵抗」を、いとも簡単に「あたりまえだ」としてしまう意識のホップアップの仕方が理解できません。 

    そんな過激な「抵抗があたりまえだ」という人たちが、大勢いる島、それが沖縄。この「怒りと抵抗の島」というイメージは、今や本土人の間で定着しつつあります。 

    それも、はっきりいってうんざりした気持ちをもって、です。 

    それは最新のNHKの世論調査(11月10日) にも現れています。

    「NHKの世論調査で沖縄のアメリカ軍普天間基地を名護市辺野古に移す計画を進めるという政府の方針への賛否を聞いたところ、「賛成」が29%、「反対」が25%、「どちらともいえない」が39%でした」

    ご覧のとおり、賛成が上回りました。 

    私はこれが「民意」だとばかりに鬼の首をとったように騒ごうとは思いませんが、もはや本土の人々が沖縄の移設反対闘争を冷やかに突き放して見始めていることだけは分かります。 

    仲井真さんが、「沖縄を嫌いにならないで、遊びにきてください」と訴えていたのが、よく分かります。

    観光地の沖縄県にとって、こういう「闘争の島」というイメージはマイナス以外何者でもないと思うけどな。

    「怒号の島」に観光に行くのならバリに行くわ、という本土の人が増えているのです。これは事実です。

    わかって闘争しているのかな、かりゆしグループの平良さん。あなた、自分の島の観光資産を毀損しているんだよ。

    「沖縄は差別されている。差別する奴らに何がわかるものか」という声が聞こえてきそうですが、このような調査結果がでてしまう理由も、少しは冷静に考えるべきではないでしょうか。 

    それは、岡目八目で見れば、そもそもこの移設工事がなんのために行なわれているか、本土からはそれなりに見えるからです。 

    日本政府が対米従属だからだ、という天木さんや植草さんのような人がいますが、関係ありません。

    何度となく書いてきて、さすがに私も飽きてきましたが、米軍は普天間から動きたくないからで、対米従属したいなら、移設なんて言い出さなかった方がもっと米国に感謝されたことでしょう。

    Photo_2

    なぜって、普天間基地は滑走路が2700mあって、大型輸送機が離発着できる十分な長さがあるからです。 

    ところが、「新基地」はこれが1600mですから、実に1100メートルも短くなります。

    え、滑走路が2本あるだろうって。あのね、あれは、片一方が離陸用。片一方が着陸用なの。埋め立て面積を極力少なくするために、一本をぶった切ったの。

    ついでに変なV字になっているのは、市街地空をはずしたら、あの角度しかなかったの。

    政府もそれなりに頭しぼっているんだよね。 

    それはさておき、これでは米軍が外国の基地との物流に用いているC-17などの大型輸送機は使用できなくなり、わざわざ嘉手納基地から積み替えねばならなくなります。

    381(写真 C-17。これは「新基地」には降りれない)

    おまけに東海岸は台風の影響を受けやすいので、悪天候に対して脆弱な基地になる上に、海からのテロリストの進入にも備えねばならなくなってしまいました。 

    つまり、機能的に格段落ちて、セキュリティ保持も難しくなり、台風に弱い、いいことひとつもないじゃん、これが米軍の意見です。 

    おまけに実戦基地を、機能したまま移動するなんて、ああ、考えただけでメンドー。 

    エルドリッチさんも、「移動したいと言うマリーンはひとりもいない」と語っていました。

    Photo_4(写真 エルドリッジ氏の不当な解雇に抗議するHPより) 

    「そんなこと米軍の都合だ。知ったことか」、と反対派の皆さんは言うのでしょうが、たまには米軍側の事情も考慮することです。

    だって好き嫌いは別にして、彼らは当事者ですから。 

    米軍は、こんな使いにくい「新基地」への移動はイヤなのです。まずこれが一点。 

    ですから、反対派の「民意」が勝利した場合、米軍は内心大喜びするでしょう。ああ、余計な手間と出費がなくなって、よかった。 

    あながち皮肉でもなく、移設反対派の運動は、米軍を喜ばせるためにしているのではないかと思います。 

    次に、反対派が勝利した場合、普天間基地はそっくりそのまま残ります。翁長氏がいうような、「自然消滅する」なんて、手品師みたいなイリュージョンは絶対に起きません。 

    なぜって?そりゃ出てくとこがないからに、決まっているでしょう。

    これで最大の被害を被るのは、普天間基地周辺の住民です。ひょっとしたら、基地がなくなって米軍機が頭上を飛ばない日が来ると思っていたのに、それが露と消えます。 

    普天間2小や、沖国大などは、そのまま基地のフェンスの横にいる生活を続けねばなりません。 

    嬉しがりそうな人はふたつあります。ひとつはゲート前で抗議行動を「生きがい」としている反対運動の人たちと、もうひとつは普天間の軍用地主たちです。

    おそらく宜野湾市で、もっとも動いてほしくない利害があるのは、このお二方ではないでしょうか。 

    普天間基地が移動した場合、どのような再開発が起きるか分かりませんが、今や那覇周辺の副都心となっている宜野湾市にとって、480ヘクタールもの面積が返還されるのですから、これが消滅することは大きなマイナスです。 

    あれだけの面積があれば、北谷のアメリカン・ビレッジなどに負けない大規模ショッピングモールやアミューズメントパークが建つのになぁ、と素朴に思いますが。 

    「もはや沖縄は基地に頼っていない」と叫ぶのが好きな反基地運動家が、どうして宜野湾の発展の阻害につながることを平気で主張するのか、首を傾げます。

    それだけではありません。沖縄の基地の返還作業はまるでパズルのようになっています。コッチをここにやって、ココをアソコに移して、みたいな感じです。

    那覇軍港を移設するには、浦添市の西海岸に「新基地」を埋め立てて作らねばならず、それを可能にするためには、普天間基地が移動していなければなりません。

    完全に移動が完了していなくとも、すくなくとも日米合意の基地返還プログラムがちゃんと進行していなければ、返還プログラム全体も動きません。

    政府としては、住民の安全と返還プログラムをまともに機能させるために、またまた代替案を探さねばならなくなりますが、もう候補地は20箇所も出尽くした後ですから出がらし状態。

    とうぶんいい知恵なんか出ないでしょうね。

    「じゃあ九州へ行け」、と言うことを気楽にいう人がいます。それもあろうことか、民主党政権の時の防衛大臣だった森本氏だったりするからイヤになります。

    ならば自分の時代に実行しろよ。辺野古に再度不時着させたのは、あんたの時代だろうって。

    陸海空がオールインワンで機能している海兵隊は、航空基地だけ動かないのです。

    かならず、兵員の駐屯地も横に要ります。ということは、九州に、普天間飛行場+シュワブ+ハンセン+牧港補給エリアまで含めた機能を移植せねばなりません。

    ボーッとなるくらい、不可能に近いですね。

    唯一の解決策は、離発着の危険度が高い地域をクリアソゾーンにして、その地域を立ち退かせることです。
    ※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-bd33.html 

    Photo_3

     (写真 以下赤旗によるキャプション「『環境レビュー』に明記された普天間基地のクリアゾーン(太枠)。米軍の基準によれば、滑走路の両端から幅約460㍍×長さ約900㍍×幅約700㍍の台形になっている。図は米軍資料を一部加工」)  

    しんぶん赤旗(12年6月25日)によれば、「宜野湾市の場合、07年時点でクリアゾーンに小学校や保育園・公民館などが18カ所、住宅約800戸が存在し、約3600人が居住」しているそうです。

    これを立ち退きしてもらうわけですが、けっこう時間と費用がかかるでしょうね。

    ま、普天間出戻りの場合、もうこれしか方法はない気がします。

    この場合、「普天間基地が撤去されるまで、立ち退きハンターイ」なんてやらないでね、お願い。(やりそうだなぁ)

    後はシュアブ陸上案の復活ですが、なにせ翁長知事と稲嶺名護市長が揃って、「いかなる新基地の建設にも反対」と言っているうちは、何もできません。

    というわけで、移設が「民意」によって座礁した場合、いいことが何かひとつくらいあったら教えて下さい。

    反対派の皆さんも、「新基地」「民意」「抵抗」などという言葉で自分たちを煽ってばかりいないで、少し真剣に「自分らの闘争が勝利した場合」をお考えになったらいかがでしょうか。

     

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    ニューズウィーク誌に報じられた本土外人部隊の実態

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    今、沖縄には、全国から大勢の「支援」と称する本土人が続々と上陸しています。 

    彼らは、潤沢な資金と組織化された「部隊」を引き連れて、島に上がってきました。 

    彼らこそ、実は辺野古やシュワブ・ゲート前で衝突を繰り返す準主役です。 

    彼らを地元紙や本土マスコミは一括して、「反対派市民」と報道していますが、その実態は闇の中でした。 

    いや、実はメディア界隈ならみんな知っているいわば「公然の秘密」というやつで、ただ知っていながら見ぬふりを続けてきただけなのです。

    マスコミが欲しいのは「絵」。それも権力との攻防という「絵」です。 

    「独裁者・安倍」に対して、翁長氏という孤高の反逆者が、「オール沖縄」を率いて戦う図は、マスコミがいたく気に入った絵柄で、「え、オール沖縄?違いますって。ありゃかなりの数、ヤマトの左翼ですがな」と報じてしまっては、商売にならないからです。 

    この今まで、「名前を言ってはいけないあの人」たちの実態を、ニューズウィーク(2015年6月30日)巻頭特集「沖縄もうひとつの現実」は、初めて報じています。 

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    「革新勢力の中核をなす労組は県民大会(※翁長氏総決起集会)だけではなく、反基地運動全体にも大きな影響を与えている」

    この翁長氏が選挙直前に開いた総決起集会を、朝日新聞のアエラは「新しい琉球王が誕生した」と歓喜に上ずったような声で讃えましたが、ニューズウィークはクールにこう伝えています。 

    「会場は、翁長氏が那覇市長時代の遺産である沖縄セルラースタジアム那覇。5年前、総事業費約68億円のうち4分の3を国庫補助を受けて完成した。その場所で基地反対集会を開いたこということが、基地問題の根深さを物語っている」 

    この基地を見返りにした振興予算は、今や累積11兆円、年平均3000億円にも達し、沖縄の経済的「資産」となって久しいものです。 

    これをもっとも貪欲に貪り、その利権の配分の中枢に座っていたのが、他ならぬ自民党県連幹事長だった翁長氏でした。
    ※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-c2cc.html 

    基地負担の見返りとして作られた会場で、基地反対集会をするという矛盾を、ここの会場に集まった人たちは誰もかんじないようです。

    「会場ですぐ目につくのは、色とりどりの旗やのぼり、横断幕だ。赤、青、黄色と鮮やかなのぼりには『日教組』』「JP労組』「全農林労組』など様々な労働組合や、社民党など革新政党の政党が、沖縄はもとより、東京、埼玉、神奈川、大阪と全国の地方と支部名と共にはためいている。『安保粉砕』という文字と過激派の名を記した赤い横断幕も目につく」

    そして、彼ら外人部隊の姿は、周到に隠蔽されます。 

    Photo_12(写真 翁長知事選総決起集会。組合旗はすべて隠されているのがわかる

     「開会直前に主催者から、旗やのぼりを降ろすように指示されるとそれまで会場に満ちていた『組合臭』は隠されて、本土の組合員たちも等しく『県民』とカウントされる」

     ここでニューズウィークは、外人部隊の中に飛び込んでいきます。

    「カヌー隊で海上抗議行動を連日行なうH(※原文は本名)もまた、労組によって本土から派遣されたひとりだ。もともとは大阪の生コン運転手。建設運輸関連の組合から各地の平和・反核運動に動員され、辺野古には昨年は計1か月間、今年は正月開けから8月末まで派遣されているという」

     なんと、正月明けから8か月、累積約9か月間とは!このような運動家のことを、労組では「現闘」と呼びます。

    もちろん9か月も会社を休めるはずもありませんから、「組合専従」といってプロの活動家になるしかありません。

    職業として、左翼活動をする人たちです。「プロ市民」なんていうパートタイム・サヨクではなく、正真正銘・まじりっけなしの左翼運動家です。

    「専従」は給料と同等の賃金が貰える上に、「現地」での生活費や活動費も加給され、時には危険手当さえもつく悪くない仕事です。ただし、単身赴任ですが。

    この記事に出てくる生コンの運チャンも、毎日こんなすさんだ暮らしをしていると、元の実直な勤労者に戻るのはむずかしいかもしれませんね。(よけいなお世話ですが)

    しかし、それにしても素朴な疑問ですが、こんな左翼運動を専従にやらせるために労働組合があるんでしょうかね。

    労組は、本来、勤労者の生活と雇用条件を守るためにありましたが、一般社員が役職をやりたがらないために、いまや多くの労組は左翼政党が牛耳っているのがあたりまえになってしまいました。

    労組は、組合員の給料から天引き徴収される巨額の組合費を金融機関で運用しているために、常に潤沢な闘争資金を誇っています。

    しかも、かつてはストライキをひんぱんにしたために、賃金カット補填金の積み立てが必要でしたが、いまやそれも溜まる一方。

    そのために有り余る闘争資金を、気前よく「現地闘争」にバラ撒くことが可能なわけです。 

    ここで登場する大阪の「建設運輸関係労組」とは、おそらく共産統系の「全自●運●●地区生コン支部」だと思われます。 

    この労組は、大阪の共産党系労働運動の一角にあって、過激派C派と激しい内部抗争をしたことでも知られています。 

    この内ゲバをくりかかしていた共産党系と過激派系労組が、沖縄に来ると仲良く肩を並べてシュプレッヒコールを上げている様子は、笑えます。

    それはさておき、「現闘」は一体どんなことを沖縄でしているのでしょうか。

    「現在、辺野古の反対運動はHら『浜』での抗議と、キャンプ・シュワブのゲート前に座り込んで阻止する『陸』から成り立つ」

    Photo_5(写真 シュワブゲート前でダンプを阻止してもみ合う反対派。本土の外人部隊が捕まった。ちなみにこのダンプは、呉屋氏の金秀のシュワブ駐車場工事のためのもの。金秀は埋め立て工事こそ請け負っていないが、他の埋めたて工事は受注している)

    外人部隊によるカヌー部隊の「海戦」を、沖縄マスコミはこう伝えています。
    ※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/post-902a.html

    「新基地建設に向けた作業が進む名護市辺野古沖で21日、抗議する市民らのカヌーを海上保安官がすでに拘束しているにもかかわらず、「落とせ」との指示で転覆させた。転覆させられた5人のうち少なくとも2人は、同様の言葉を聞いたという。20日には、海上保安庁の佐藤雄二長官が対応を「非常に冷静かつ丁寧。現地の報道が誇張されている」と発言したばかり。市民からは「明らかに暴力的だ」と怒りの声が上がった」
    (沖タイ 2015年5月22日)

    Photo_7写真 立ち入り禁止ブイの内部に違法進入しようとするカヌー隊を遠ざけようとする海保。これも、海保による暴行事件として報道される。これを撮影したマスコミも実は、反対派が提供した「マスコミ船」に乗っている)

    「浜で『海上抗議』と称して制限水域に進入するHらと海保職員とのずぶ濡れの攻防はメディアにとって格好の絵柄だ。運動家らは海上撮影の為に『マスコミ船』をを用意し、『環境破壊』を示す水中写真を提供するなどマスコミ対策も怠りない」

    そしてニューズウィークは、マスコミが反対派の意のままに情報操作に加担していることを、このように述べています。

    「実はサンゴ礁の群生は数キロ離れた沖合にあリ、移設予定地に残るのは生態系に影響しない死骸がほとんど。それでももともと死んでいたサンゴの上に載ったコンクリーとブロックの写真をもらうと、新聞は検証もなく、『サンゴ礁を傷つけた』とトップニュース級の扱いで報じる」

    Photo_8琉球新報2015年2月25日より。反対派が提供した写真と資料を無検証で使用している)

    では、この「陸」の外人部隊が常駐するシュワブ・ゲート前では、どうなっているでしょうか。

    Photo_9(写真 シュワブゲート前。南部・中部から来る参加者のためにバスを用意し、弁当を喰わせ、街宣車を回し、日当まで払うと、一体1日どれほどの金がかかるのか、想像してほしい。闘争は金がかかるのである。これを出しているのが、本土と沖縄の労組である)

    「陸の抗議活動は日々、さまざまな団体から動員が行なわれて維持されている。朝からマイクで労働歌や演説を繰り返しながら、各地からの動員を待つ。人数が揃うとゲート前の道を練り歩き、車の出入りを封鎖する。これを毎日繰り返すだけの大人数が必要で、組合によっては動員人数の目標を設けるところもある」

    このような反対運動を、保守革新が共に戦うことを意味する「オール沖縄」「県民の総意」と言いくるめることは、もはや不可能です。

    沖縄県民は、純粋な平和への願いを、今や、巨額の資金と現地部隊の手駒を握る本土労組と左翼政党によって政治利用されている事実に気がついたほうがいいのではないでしょうか。

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    私は右か左か、どっちなんでしょうかね

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    くたびれましたね、皆さん。支えて頂いている温かい声に感謝します。

    私をどうしても「右翼」にしたくて、まるでドンキホーテの風車みたいにトツゲキしてくる人が絶えません。 

    受ける私は風車じゃなくて生身の人間ですから、クタクタになります。 

    「左翼から右翼だと言われるのが分かった」って、何が「分かった」のかしら。 

    だって私、その都度「自分の眼」を頼りにしているので、困るんですよねぇ(弱笑←こんな言葉あったか?) 

    逆に不思議なのは、いわゆる左の人たちの均一ぶりです。特に反原発の頃から病は深まっています。

    この人たちにかかると、自分の意見と違う奴らはファシストだそうで、ブルで引き潰してくれるわ、と叫んでいるようです。こわ~。

    Photo_6
    山本太郎議員はこんなことを言っています。
    ※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-825f.html

    Photo_3
    「脱原発派だけどTPP賛成というのは嘘つき」「TPP推進派は『向こう』に行ってくれたらいい。逆に『こちら』の空気を醸し出しながら中立を装うのが一番怖い。それでは第2、第3の自民党だ」(ニューズウィーク 2014年2月11日)  

    小出裕章氏も似たようなことを言っています。 

    「原発はTPP、戦争、沖縄問題すべてにつながっている」(同)

    私には理解不能です。脱原発、TPP、そして沖縄問題まで「すべてつながっている」ですって、どうして? なぜ?おせぇーて。

    「原発稼働に賛成か、反対か」という設問すら、実はかなり答えるのが難しいのに、それにTPP、沖縄、戦争・・・と、どんどんと拡張子くっつけられたひにゃ、なにがなんだかわかりません。 

    これが「全部つながって」見える人は、一度眼科医を受診されることを勧めしたいものです。

    これは、山本氏とか、小出氏のような左バイアスが強い人たちに特有な現象です。 

    このような左の人士は、すべてに「絶対反対」です。私からすれば、これこそ「全体主義」に見えます。

    Photo_2

    たとえば原発については、かなりの分量の記事を書いていますが、私は40年ほどのスパンで消滅の方向に向うべきだと考えています。 

    現時点で「原発ゼロ」を実行すれば、恒常的な電力不足に陥り、電力消費型製造業を中心にして、生産-消費に悪影響を及ぼします。 

    だから、今は再稼働すべきなのです。規制委員会の審査の過程で、老朽化したGMのmark1などは必然的に淘汰されていきます。 

    巨額の安全補修をしてまで、維持する経済的メリットがないからです。 

    だから、再稼働には賛成ですが、中長期的には廃絶派です。あ、そうそう再エネについては馬鹿馬鹿しいので、ただちに支援を打ち切りましょう。

    これについては山のように記事を書きました。とりあえず、これがまとまっているかな。
    ※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/04/post-45d1.html

    はて山本さん、小出さん、私は脱原発派でしょうか?原発推進派でしょうか?

    Eightdigitzerocouldtriggerarmageddo

    では「戦争」についてはどうでしょうか?戦争に賛成な人はいないでしょうから、「どうやって戦争を起こさせないのか」という問いに進まねば、「戦争」を考えたことにはなりません。

    小出さんのような共産党系の人は、ただちに「戦争反対=安保反対」というふうになっちゃうようですが、私はこの伝でいくと、「戦争反対=安保賛成」です。

    したがって、日米同盟を強化する安保法制には条件つきで賛成です。条件つきとは、いたしかないとはいえ、内容的に大変に不十分だからです。

    自衛隊を縛る無数の鎖は依然として多数残っています。代表的なのはポジティブリストですが、これがなくならない限り問題は解決しません。
    ※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-272f.html

    日米安保反対という人は、一体安保をなくした暁に来るのが、なにかわかって言っているのでしょうか。

    日本の防衛費はまちがいなくGDP比率3~4%が必要で、独自の核武装や弾道ミサイル、大型空母、ミサイル発射原潜なども考慮せねばなりません。

    そんなことをしたら、大幅に税収を増やさねばならず、消費税を20%台にもって行かねばなりません。

    あげくに、日本は国際社会の孤児になります。これについてはかなり細かく検証しましたので、こちらをご覧ください。
    ※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-99b8.html 

    Photo_4
    ちょっと難しいのは、TPPでした。私は初めは農業や医療の打撃を大きく見積もっていましたので、強く反対しました。

    しかし、思いの外、甘利さんがUSTR相手に踏ん張っているうちに、中国がAIIBなどという分かりやすい愚行を演じてくれたために、かえってTPPの国際社会の中での性格が説明できるようになりました。、

    TPPはチャイナに中国流の勝手な貿易ルールを作らせないための、自由主義経済諸国の貿易同盟にすぎません。

    これを中野剛志さんのようにグローバリズムの覇権ととらえると、かえってわからなくなります。

    TPP交渉結果をみれば一目瞭然のように、我が国に対する負の打撃は極小であり、逆に得られるメリットは巨大です。

    農業者の同業者の皆さんは、条件闘争上しかたがないとしても、大げさにすぎます。
    ※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/106-ce5a.html 

    Photo_5

    では、沖縄問題はどうでしょうか。これはこの間、山ほど語ってきたからいいよね。

    私は自衛隊に肩代わりしていくことによって、米軍基地縮小、米軍縮小の方向に行くべきだと思っています。

    ただし、日本は冷戦期に北方シフトをしていたために、南西シフトに切り替えるまでにそうとうな時間が必要です。

    那覇の空自をポンコツ・ファントムからイーグルに交換して、ひとつ飛行隊を増やすのさえ、10年ちかくかかっています。

    これだって、首都圏の守りの百里からイーグルを丸ごと引っこ抜いて間にあわせたんですぜ。おかげで首都圏は40年以上飛んでいるファントムばかりに。

    沖縄の皆さん、首都の守りを割いて、沖縄を守ろうとしているのですよ。

    まして離島防衛能力など、現時点ではないに等しく、防衛の空白地帯を、中国海洋膨張方向の正面に作ってしまっています。

    ですから、今、海兵隊に出て行かれたら、沖縄防衛はがら空きに近い状態になります。

    自衛隊がしっかりと南西方面を自主防衛できるようになるまで、(たぶん10年以上かかるでしょうが)、米軍基地にはいてくれないと困ります。

    辺野古については、代替案はひとつだけ存在します。シュアブ陸上案ですか、残念ながら、今までの歴史的経過で復活するのはそうとうに困難でしょう。

    なぜなら、「いかなる米軍基地建設にも反対」を唱える頑固派知事と名護市長が当事者ですから、交渉の余地がまったくありません。

    反対派はわざわざ埋め立てをするように仕向けているのか、と勘繰りたくなるほどです。

    というわけで、移設をするしか選択肢はないことになります。政府にこれしかないふうに強制したのは、私に言わせれば反対派のあまりに硬直した姿勢のせいです。

    というわけで、はて、私は右翼でしょうか、左翼でしょうか?問題は右か左の色分けではなく、自分の頭でものを考えることです。

    あくまでも自分の頭を絞って立場を決めているので、コメント氏が勘違いしているような「中立」ではありません。その都度、判断が分かれるというだけです。

    個々の問題で、その都度自分で考えていけば、バラつくほうが自然ではありませんか。

    というわけで、右か左かという問い自体が、まったく無意味なことが、お分かりいただけたでしょうか。

     

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    昨日の記事について HNくるみさんに再度お答えして

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    昨日の記事について、いろいろ意見を頂いています。 ありがとうございます。

    特に失望させられたのは、HNくるみさんという方からのもので、この記事が憶測だと決めつけた上で、「読みたくなくなった」と書かれています。

    私はこの方に、丁寧なアンサーの記事を一本書いただけにがっくりきました。 

    そして私が、「基地賛成派の右翼に思われるのがわかった」と書いています。 

    私が右翼ですか?止めてくれませんか。そういう言い方は。大変に無礼で、不愉快です。

    左翼リベラルの人たちは、自分と違う意見をすべて「右翼」「ネトウヨ」と一括してしまっていますが、この方にもその癖がおありのようです。 

    私は一貫して、辺野古埋め立てには反対、基地縮小推進派です。ただし、現実的段階を踏んでですが。

    私は過去記事において、海上案、埋め立て案が出るたびに反対していました。読んでから右翼呼ばわりしてください。

    ですから途中まで、私はむしろ反対派の意見と重なる部分のほうが、多いほどです。

    記事の右のカテゴリーの「沖縄問題」で検索すれば、かなりの数の埋め立て反対記事がでてきます。
    たとえば
    http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-0f48.html 
    http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-c2cf.html
    http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-2078.html

    ただし、決定的に左翼の人達と違うことは、若き日に空想的急進主義者だったことへの強い反省から、私は政治に幻想を追わなくなって久しいことです。

    右翼と左翼は、共に政治にロマンを追っている点で同根なのです。

    そのような理念を持つのは個々の自由ですか、どちらにせよ、政治はリアルな政策をもって、手脂がつくほどしっかりと練るべきだと考えています。

    ひとことで身も蓋もない言い方をすれば、我ながらつまらなくて申し訳ありませんが、私は政治的現実主義者なのです。

    ただし、理想はあります。理想や理念は大変に重要ですが、現実の世界に反映できないそれは意味がないと考えています。

    肉体が熱くあるぶん、頭は醒めていなければなりません。

    理想主義者と自分を考える人たちは、自分の理想と合わないことがあることを認めようとしません。

    不愉快な現実を口だけで批判だけして、デモをすることで終わりにしてしまいます。

    だから、現実は少しも変わらないのです。なぜなら、彼らは真摯な解決を求めていないからです。

    解決可能な政策なく、反対を叫ぶのは、当初はいいでしょう。一般人に代替案の能力などありませんから。

    しかし、この移転問題は何年続いているんでしょうか?17年くらいでしょうか。子供がオギャーと生れて高校を卒業する時間です。

    その間、政府は20以上の候補地を探して、当該の自治体とうんざりするほど長い交渉をし続けてきています。

    あげく、現案に消極的に着地したのです。現案すら、名護市が陸上はダメだというので、海上にしただけです。

    その間にどうして一貫して反対派に「移設反対」しか出てこないのか、かえって不思議なくらいです。

    反対派内部で真面目に代替案を検討したふしもありません。

    検討しているのは、ひたすら「どうやって反対するか」「どうやって政府と戦うか」という闘争戦術の議論ばかりです。これで解決の方向に向うはずがないじゃないですか。

    「解決すると、もう闘争ができなくなっちゃうじゃないか」、といわんはかりです。実際に平和センターなどはプロ反対派です。

    「絶対反対」という立場を取れば、もはや中間的な解決方法の道が閉ざされます。世の中には白もあれば黒もあるだろうが、灰色だってあるのです。痛み分けです。

    一昨日の記事にも載せた写真には、「全基地撤去」とあります。

    いま、この時期に、「全基地撤去」をスローガンにすることはなんの意味もないばかりか、解決したくないと言っているようなものです。

    どうやって海の埋め立てを止めるかと問われている時に、「全基地撤去だ!」と答えていては話になりません。

    こういう姿勢を、空想主義的急進主義と言います。これでは解決の助けになるどころか、かえってこじらせて長引かせます。

    代替地が九州にあるだろうと言うならば、九州の首長に反対派知事が打診して回ったらいかがでしょうか。しかしそんな話もついぞ聞きません。

    翁長氏は国連や米国に行くだけの時間と金をなぜ、九州の首長回りに費やさないのでしょうか。

    解決の部分になると、急に「安全保障は国の専権事項だから」という言い方で逃げるか、翁長氏のように、移転阻止して普天間が残ったら「自然消滅する」などということすら言うのは無責任です。

    今さら「国の専権事項だ」などと言うくらいなら、初めから防衛問題に、くちばしを突っ込まねばいいではないですか。

    いったん反対した以上、それの解決を目指すのが責任ある政治家の態度です。「オレは反対だ。解決はお前ら国がやれ」では話になりません。

    つまり、反対派は解決する気がないのです。いや、もっとはっきり言いましょう。解決されては困るのです。

    なぜなら、揉め事があれば、そこに政治利権が発生するからです。

    翁長氏の政治的原資は、まさしくこの島の揉め事です。

    私は翁長氏が島の不幸をネタにしていると思っています。だから私は彼を、「悪霊」と呼びました。

    私は彼が、かつての太田知事のようなタイプの人なら、そのような呼び方はしませんでした。なぜなら、左翼人士の太田氏には思想と行動に一貫性があるからです。

    ですから、私は太田氏を批判をしても、彼が「票のために主義を変えて、権力者になりたいために立候補した」とはまったく思いません。

    翁長氏を批判したのは、翁長氏がなんの解決案も持たないで、ただ「選挙に勝ちたいから」反対を叫んで知事になってしまったことです。 

    さて、HNくるみさんは「憶測」だと決めつけていますが、記事のどの部分でしょうか。 

    私はこの記事で、資料で固められる部分は書いています。たとえば稲嶺氏に対しての「15年期限」については、勧めたのは翁長氏だと自身がインタビューで言っていることです。 

    仲井真氏に対して、「県外」と公約させたのも、それを選対部長就任の条件にした翁長氏だというのは、別に秘密でもなんでもありません。

    それは翁長氏の以後の動向と、仲井真氏の発言からも間違いありません。仲井真インタビューでも名指しこそ避けていますが、そう語っています。 

    建白書になかった「県外」を、署名させてから入れて、それを知事選の小道具に使ったのも、事実です。 

    さらに、県議の頃は賛成派その他大勢ではなく、まさに司令官でした。これは動かしようがない事実です。

    下の写真は知事選の時のものですが、もっとも大きくブレたのは、この翁長氏です。

    よく言うよ。なにがブレていないだ。ふざけるな、と言いたいですね。島の中でもっともブレた男が何を言うか。

    彼は政治家として雑兵ではなく、司令官ですよ!

    Photo_2

    彼はいくどもこれについてメディアに質問されていますが、明確な答えをしたことは一度もなく、すべて民主党政権がどうした、自民どうがどうしたと他人のせいにするばかりです。

    もし、国連に行ってまで反対を訴えるくらいの、移設反対の信念の持ち主ならば、県議の頃から一貫して反対していればいいでしょうに。

    このどこが「憶測」でしょうか?むしろ彼は憶測どころか、分かりやすすぎるタイプの政治家です。揉め事を糧にして権力を狙うタイプだからです。

    ですから、翁長氏を反戦・平和のシンボルにするのは止めたほうがいいと思います。彼はそんなタイプの人間ではありません。

    彼には、HN那覇市民さんのコメントにあるように、市長時代に翁長氏がしたのは那覇軍港の移設と龍柱くらいなものです。

    那覇市民の民生に対して、彼が新たなページを書き加えたことがあるなら、教えて下さい。

    そして那覇軍港移設には、様々な利権がからみ、さらにここでも彼は、そのときの都合で3度も態度を変えました。

    彼が米軍基地の移設の推進派で、反対派の浦添市側を切り崩していたのはまぎれもない事実です。
    ※過去記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-edca.html

    知事になっても、民生は知らぬふりです。もちろん島の経済興隆のためのグランドデザインは皆無です。

    つまり、翁長氏は致命的に政策立案能力が欠落しているのです。

    Photo

    彼の本質は、狭い県の政界の中でうごめいて、時の利権を喰ってきたただの利権政治屋にすぎません。

    そんなていどの人物が、「オール沖縄」を背負って国連で演説しようなどと野望を抱かねばよかったのです。

    しかし、翁長氏は彼を信じてきた人々すべてを裏切って、自らの野望を取りました。

    また必ず、かつての仲井真氏に対してしたような仕打ちを、いま彼を支持している人達にするでしょう。

    そして残ったものは、島んちゅうの分断と、本土と島の分断です。同胞同士の争いです。

    それは、想像以上に島に大きな傷を残すでしょう。

    「悪霊」という表現はたしかに言い過ぎでしたが、私には別の言葉が彼に対してみつからないので使ったまでです。 

    ※指摘にしたがって当該写真は削除しました。

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    日曜写真館 朝焼けの河口にはすすきが似合う

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    コメントでお題を頂戴したすすきです。ほんとうに難しい。

    クリックして大きく拡大してご覧ください。小さくて見えなかったものが見えますよ。

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    翁長知事 選挙が第一、政治は第2

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    仲井真氏は先日の1年ぶりのインタビューで、このようなことを語ってくれました。 

    苦々しさがにじみ出るような言葉です。 

    「--翁長氏は辺野古移設阻止を唱えるだけだ。
     那覇市長も務めていたが、政策を遂行したり物事を解決したりするためにプランを作り、ステップを踏んで進めていくということを一度もやったことがないのかもしれない。
    (市議や県議など)議員歴が長い方は選挙が第一で、政策は二の次という傾向がある。翁長氏も選挙に役立つことを一生懸命考える政治家だ
    とても考えられない相手とも一緒に組む。良くいえば弾力的だが…」
    2015年10月.23日 産経新聞)
     

    Photo_4

    仲井真氏から、「選挙に役立つことを一生懸命考える政治家だ」と評された、翁長氏のインタビューも残されています。 

    この朝日新聞のインタビューは2011年暮れ、基地負担がない那覇市長だったにもかかわらず、オスプレイ反対運動の旗振りをやった時期になされています。 

    この時期に既に翁長氏は、仲井真氏を引きずり降ろす決心をして、左翼陣営を取り込んだ「オール沖縄」を作ろうとしていました。 

    そのために県内首長に踏み絵をさせた「建白書」には、普天間基地の撤去・閉鎖しか入っていませんでした。 

    だから、保守系首長も署名したのですが、いつのまにか翁長氏は、秘かに「県外移設」の一項を書き加えていました。 

    Photo_3(写真 朝日新聞インタビュー2012年11月4日より。後ろのボードのハイサイがハンタイに見える)

    このインタビューはなかなか出色で、翁長氏の混乱した素顔がよくでているレアなものです。ここで翁長氏がポロリとこぼした本音がこの部分です。
     

    「稲嶺恵一知事はかつて普天間の県内移設を認めたうえで『代替施設の使用は15年間に限る』と知事選の公約に掲げた。あれを入れさせたのは僕だ。防衛省の守屋武昌さんらに『そうでないと選挙に勝てません』と。こちらが食い下がるから、向こうは腹の中は違ったかもしれないけれど承諾した」
    ※朝日新聞2012年11月24日http://www.geocities.jp/oohira181/onaga_okinawa.htm

     おもしろいですね。ここで翁長氏は、むしろ手柄顔をして、「15年期限」は知事選のための選挙戦術にすぎなかったと言い切っています。

    いいのかよ、こんなこと言っても、と言う気がしますが、あと5年くらい後に、翁長氏のインタビューを読みたいもんです。同じことを言うんでしょうかね。

    それはともかく、これは反対派の人たちがよく口にする、「稲嶺元知事が15年間の使用期限を切ったのに、閣議決定ひとつで本土政府が裏切った」という事件の裏事情をはしなくも暴露してしまっています。

    Photo_4

    まず当時の、翁長氏の立ち位置を確認しておきましょう。 

    平成11年(1999年)の第6回県議会(定例会)での、翁長県議の発言です。 

    「飛行場移設について、解決に向けての作業が大詰めに来ていることがこれでうかがわれます。よって、県議会においても、普天間飛行場の返還について1日も早く実現させるべき県議会の意志を示すものであります」

     この翁長氏の演説によって、県議会は「普天間飛行場の早期移設に関する要請決議」は可決します。 

    この決議は「 普天間飛行場移設問題関係資料 - 沖縄県」に収録されていて、その前後の経過がよくわかります。ネットでも閲覧できますから、ご覧になって下さい。 

    当時から、今やグリンピース本家までが出ばってきたジュゴン問題が取り上げられているのがわかって、興味深いものです。

    共産党はこの翁長氏の決議案に猛反発して、実に300の質問状を出しています。その中には、ジュゴンの藻場も含まれているのが微苦笑を誘います。

    当然、当時の翁長氏は、「ジュゴン?はぁ、そんなもんと人様の安全とどっちが大事だ」の立場です。  

    このような共産党に同調する太田昌秀知事に対しても、翁長氏は「オールオアナッシングの姿勢だ」とバッサリ斬り捨てています。

    今の翁長氏に聞かせたいような台詞ですが、同じ年に名護市が普天間移設を容認する決議を出した時に、自民党県連幹事長としてその指揮をとったのも翁長氏です。

     そして、自民の悲願だった革新系太田知事から、保守系知事に知事の椅子を奪還するために編み出した翁長氏の奇手が、インタビューに出てくる「15年期限論」です。

    航空基地は10年以上の時間をかけて、3千億とも4千億とも言われる税金を投じて作られます。

    10年かけて作って15年で閉鎖するなんて、バカなことが実現するはずもありません。とうぜん、米国は拒否しました。

    Photo_6
    ではどうしてこんな実現不可能な、妙ちきりんな公約が出来たのでしょうか。

    このへんも翁長氏自身に説明してもらいましょう。

    「沖縄の民主議員も、普天間の県外移設を主張したから、党本部とねじれて居づらくなった。もし自民政権になればああなるんだよと、仲間に言っています。自民の拘束力の強さは民主とは違いますよ。
    『県外移設』『オスプレイ配備撤回』などと議員が言えば、党は容赦ない。でもそれに従った議員は、その次の選挙で必ず落ちます。県民は許さない」(朝日インタビュー)

    東京の本部の言うことを聞いていたら、選挙で勝てないから「勝てそうな公約」を掲げる、これこそが翁長氏の選挙の秘策でした。

    しかし、直前に移設大賛成の旗を大っぴらにふりまわしたので、「作るけど、15年で閉めるからね」という言い訳つき移転案になったというわけです。

    これを翁長氏は、当時防衛省の天皇と言われた移設の官僚側責任者の守屋氏に、「選挙に勝つためなんだから!」と泣きついて呑ませてしまいます。

    おそらく、一回稲嶺氏を知事に据えたら、あとは閣議決定で覆せばいいという阿吽の呼吸が両者にあったと思われます。

    沖縄県連側は、「選挙に勝つために」という名分で県連独自の公約を作り、本部はそれを黙認して、勝った後に当然のような顔をしてヒックリ返す。

    これが翁長氏が深く関わった自民党政治だったというわけです。

    Photo(写真 2010年11月28日 2回目の知事当選のバンザイをする仲井真氏。仲井真氏より選対本部長の翁長氏のほうが嬉しそうにみえる。宮古毎日より)

     そして、仲井真知事2期めの選対部長に要請された翁長氏が、これを引き受ける時の条件したのが、バカバト氏によって作られてしまった県民の「空気」である「県外移設」でした。

    バカバトは、馬鹿特有の作ることは苦手ですが、破壊するのは得意という困った御仁です。

    バカバトなかりせば、おそらく第1次仲井真時代にこの問題は完全結着がついたはずでした。

    元々「県外移設」などが空論だと知り尽くしていた仲井真氏は、これに難色を示します。

    しかし、ここでまた翁長氏は仲井真氏に、おそらくこんなことをささやいたはずです。

    「もし、あんたが負けたら、宜野湾市長の伊波が知事になっちゃうよ。そうなったら、過激なあいつか何をしでかすかもう誰にもわからない。ならば、責任をもって知事選に勝つのが政治家のあるべき態度でしょう」

    「県外移設」は方便。政治家にとって嘘も方便。方便も軍略、というわけです。

    元々実直な技術畑の人間で、経済人だった仲井真氏など、沖縄政界の古狸だった翁長氏にかかれば、たわいもないものだったのかもしれません。

    そして、仲井真氏を支えるそぶりをしながら、仲井真氏が承認の決断をするやハゲタカのように、それに食らいつき一挙に葬ってしまったのです。

    Photo_7(写真 そして双六の上がり。仲井真氏が言う「とてもかんがえられない相手と組んで」勝った自分の当選。居並ぶのは共産党、社民党、社大党、労組といった左翼陣営と、経済界の反主流派たち。利用したつもりが利用されるという呉越同臭、いや同舟)

    実に見事な手際です。

    自らが食わせた時限爆弾を、自分の手で爆発させ、後釜に座る、並大抵の策士ではできないことです。

    仕掛けられた仲井真氏としては、「お前の言う通りにしただけだろう」と叫びたかったはずですが、公人となった身となれば、そのようなことは言えるはずがありません。

    かくして仲井真氏は、翁長氏の罠にハマり、知事の座を彼に奪われて、志半ばで野に下ることになります。

    私たちは翁長氏のような人物を、なんと評したらいいのでしょうか?

    プラグマチスト?ポピュリスト?あるいとマキャベリスト?

    それらはすべて当たっていますが、少し違うと思います。

    私には翁長氏が、自らの野心を遂げるためなら手段を選ばないポピュリム政治家に見えます。

    翁長氏には、思想も「心」もありません。政策も理念もありません。信義も道義もありません。

    そこに詰まっているのは、のし上がりたいという空っぽの権力欲だけなのです。

    ■お断り 首長に対して失礼だろうと指摘されましたので、改題しました。

     

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    反対派は流血を求めている

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    辺野古に警視庁機動隊が投入されました。 

    沖縄タイムスの報道です。 

    「【名護】米軍普天間飛行場の返還に伴う名護市辺野古新基地建設をめぐり、抗議行動が続く米軍キャンプ・シュワブゲート前に4日、警視庁機動隊が投入された。沖縄県外の機動隊が抗議行動に直接対応するのは初めて。同日早朝、ゲート前の警備は従来の県警機動隊と合わせて総勢200人規模となり、抗議行動の市民との対立が激化。座り込んだ市民らを強制排除する場面もあり、一時騒然となった。抗議行動に参加していた市民に逮捕者とけが人が出た」(2015年11月5日) 

    Photo(琉球新報11月5日) 

    平和センターの山城議長は、「琉球処分だ!」と叫んでいるようで、「沖縄の歴史を知っているのか」という罵声が飛んだと報じています。 

    警視庁機動隊を「ヤマト」と見立てて、ヤマトがウチナーに強権と暴力をもって「新基地」作りを強行しようとしているというのが、この人たちの描く図式のようです。 

    反基地運動家たちは、敵は政府=ヤマト、つまりは本土の人間すべてだと主張し始めていて、そんなことを言えば言うほど、本土人達の反発を招くだけになります。 

    私は、今回の警視庁機動隊の投入には、まったく驚きませんでした。政府の本気度を翁長氏にしっかり伝達しました、ということです。

    本土政府が、予想を裏切って一気に代執行の手続きに入った以上、工事現場の安全を保全するために、日本の最精鋭の警察部隊を入れてくるのは時間の問題でした。

    政府はもっとも盛り上がるであろう工事再開の時期に、最精鋭部隊を入れただけです。

    さて沖縄の新聞だけ読むと、再び「銃剣とブルドーザー」で押し進めているような錯覚を受けますが、政府がもっとも恐れているのは流血の事態です。  

    上の写真でも、機動隊は出動服姿でプロテクターやヘルメットは装備していません。 ひとりの老女の抵抗に対して、実に7人掛かりでそっと移送しています。

    これを強制排除などと言われては、70年安保世代は失笑してしまいます。 

    警視庁機動隊が本気を出した強制排除は、こんなものではありませんよ。私の左ひとさし指は今でも曲がってますもん。(どうでもいいか) 

    あくまでこれは危ないから、「おばぁちゃん、こっちの安全なほうに行こうね」とお引き取り願ったというだけのことです。あまり大げさに悲壮がらないで下さい。 

    移設事業の中で、もし血が流されれるような事態が起きれば、県民の沖縄ナショナリズムは激昂し、その怒りは県の頭越しに国と米軍に直接ぶつけられるでしょう。

    そしてそれは最悪の場合、ヤマトとウチナーの致命的分断につながりかねません。

    それは、たかだかと言ってはナンですが、普天間基地の危険除去に伴うシュアブの増設にすぎない今回の工事を、なんと「琉球処分」に重ねようとする彼らの発言でも明らかです。

    左翼陣営の標的は、基地だけに止まりません。本土と沖縄を対立させ、互いに憎悪させることによって、沖縄の「独立」に弾みをつけることです。

    そのためにいまや「平和運動」の象徴的場所になってしまった辺野古で絶対に欲しいのが、流血です。

    しかも、それは屈強な若者や本土の外人部隊ではなく、お年寄り、それも女性が望ましいことまで計算に入れています。

    「動員の本土過激派学生、逮捕の際に負傷」じゃあ、訴求力ないもんね。

    Photo_2(写真 この写真につけられた琉球新報2014年10月30日のキャプション。「体張り工事車両進入に抵抗 シュワブゲート前   86歳島袋文子さん」http://ryukyushimpo.jp/news/entry-162982.html常識的に考えれば、こんな危ない場所で、90ちかいお年寄りに体張らせるなよと言いたい。写真をみれば、座り込んでいるのはお年寄りばかりだ)

    去年11月、シュアブ前で、琉新が警官による「公務員暴行凌虐罪」事件を報じました。

    なかなかスゴイ記事ですよ。

    「目撃したカメラマンTさん(※琉球の記者のこと)によると、島袋さんは基地内に入ろうとするダンプカーのミラーをつかんで阻止しようとしたが、機動隊医院に手を外され、その拍子に転倒した
    強制排除で自身も手を負傷したアルバイトの女性(31)は『おばあを守るべき警察は、島袋さんが倒れているのに写真を撮っていた。ほんとうにひとい』と悔し涙を流した。
    現場に駆けつけた三宅俊司弁護士は「被害者本人から話を聞き、特別公務員暴行凌虐罪で告訴したい。この責任はとらせる』と話した」(
    琉球新報11月21日)

    はいはい。告訴でもなんでもしなさいって感じです。たぶん受理されないでしょう。

    だって、これは「お手柄警官が老女を救助した」というだけの話なんですから。

    走るダンプに飛びつくお年寄りを助けると、特別公務員暴行なんじゃら罪になるなら、警官などやってられません。

    ならば、ダンプに飛びついた老人をそのままにしておけとでも。すぐに落ちてダンプのタイヤの下敷きになりますよ。

    手を外せば公務員特別暴行なんじゃら罪、そのまま放置すれば今度は得たりとばかりに「市民を守るべき警察が、老人を見殺しにした」と騒ぐわけです。

    問われるべきは、走るダンプのミラーステーに飛びつくという常軌を逸した危険行為をした老女を叱らずに、助けた警官を糾弾するという倒錯した報道姿勢です。

    そしてそれ以上に、危険な現場の最前列に老人を並べて、流血の事態の誘発を狙う卑劣な左翼陣営の戦術です。

    彼らが一貫してとっている戦術は、わざわざもっとも危険な最前列に老人たちや女性を押し出しています。

    今回もまた、地元2紙と左翼陣営は、この機動隊による「老女暴行事件」の再現を手ぐすねひいて待っているはずです。

    そして、一滴の血が流れれば、それを号砲にしてマスヒステリア状況を作り出そうとしています。

    ※写真は毎日新聞知的財産センターの要請によって削除しました。

    (写真 辺野古前のデモ隊。「全基地撤去」とある。この人達の本音がわかってぬるく笑えるプラカード。じゃあ、この埋め立て工事止めても、諸君らの闘争には終わりはないわけだ。永久にズっとやっていたいわけだ)

    もっとも、そのテに乗るほど本土政府もナイーブではありません。  

    それが政府と米国がもっとも重視する、「基地を取り巻く環境の安定」を揺るがすことが目に見えているからです。  

    ですから、政府は、この辺野古の移設作業において、ぜったいに流血の事態を避けたいと考えているのは当然のことです。 

    そんな流血の事態を避けるために、全国一デモ馴れしている警視庁機動隊を連れてきたのです。 

    警視庁機動隊は、先日の国会前の安保騒ぎで、数万の反対派をやんわりと、しかし徹底的に押さえ込みました。 

    一滴の血も流れていません。彼らは暴力のプロではなく、流血を回避させるプロフェッショナルなのですから。 

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    慰安婦問題は既に日韓両政府の手を離れている

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    日韓首脳会談が開かれました。 

    朝日新聞の社説(2015年11月3日)はこう述べています。 

    あいも変わらずの朝日節なので、読み飛ばして下さってかまいませんが、この一節だけは気になるところです。
    ※全文はこちらからhttp://shasetsu.seesaa.net/article/428985080.html

    「こんなごく当たり前の意思確認がなぜ、いまに至るまでできなかったのか。互いの内向きなメンツや、狭量なナショナリズムにこだわっていたのだとしたら、残念である」

    ホー、朝日は、ここまでズルズルやっているのが、「双方に問題があると言うわけですね。そして、「互いのメンツや偏狭なナショナリズム」が原因だと、言いたいようです。 

    では、もうひとり、河野談話に沿って「解決」を試みた、当時の日本政府の首相のコメントも聞いてみましょう。村山富市元首相です。 

    「日本は)国家の責任として打開すべく話をつけるべきだ」とも主張した。」(日経8月22日) 

    村山氏がお歳なのはわかっていますが、あなたの政権時に「償い事業はやっているのですよ。しかも国として。もう忘れたのですか。 

    この経過は政府が作成した「河野談話検証討報告書」に詳細にレポートされています。私も当時、逐次それを読むシリーズを延々とやったことがあります。
    ※全文はこちらから
    http://www.mofa.go.jp/files/000042168.pdf

    http://www.sankei.com/politics/news/140620/plt1406200013-n1.html 

    さてこの慰安婦問題は、意図的歪曲と思い込みの山なのですが、いくつかポイントを上げておきます。 

    Photo_8(写真 テレビ朝日報ステより)

    まず最初のポイントは、韓国政府は初めから謝罪と賠償を要求していたわけではないことです。 

    今のパククネ氏の対応だけを見ている人たちは、あの強固な「謝罪要求」が一貫した韓国政府のオフィシャルな姿勢だと思いがちですが、違います。 

    この慰安婦問題が、朝日の報道によって大爆発したとき、当時の韓国大統領だったキム・ヨムサム大統領の姿勢は、むしろ炎上するのは迷惑で、賠償はいらないと明言していました。 

    政府の河野談話検証報告はこう述べています。

    「慰安婦への「措置」について日本側が、いかなる措置をとるべきか韓国政府の考え方を確認したところ、韓国側は、日韓間では法的な補償の問題は決着済みであり、何らかの措置という場合は法的補償のことではなく、そしてその措置は公式には日本側が一方的にやるべきものであり、韓国側がとやかくいう性質のものではないと理解しているとの反応であった」(検証報告書)

    整理するとキム大統領は、こう述べていたことになります。

    ①「補償」は日韓間で法的に決着しているので、日本側が勝手にするものであり、韓国側は要求しない。
    ②慰安婦に対する賠償は、韓国がするものである。

    なにか、いまになると、日本政府の公式見解をそのまま聞くような気分ですが、1990年代初期までは韓国側もしっかり日韓基本条約の性質を理解していたのが分かります。 

    むしろキム・ヨムサム大統領に至っては、謝罪は求めても「賠償は韓国でやるから、そのことで韓国は道義的に優位に立てるのだ」とすら言っています。  

    その謝罪すら、実は当時の韓国政府のニュアンスは、このようなものでした。

    「日本人が提起して慰安婦問題が大きくなってしまった。日韓メディアが問題化させた。メディアのあり方としていかがなものか」
    (月刊文芸春秋・浅利慶太氏との対談における発言)

    いやキムさん。私も「いかがなものか」と思いますよ。この慰安婦問題は日韓両国のマスメディア、なかんずく朝日新聞による巨大偽装建築物なのですから。

    125351d85cf9361ce52bb4b1275a3559

    キム・ヨムサム大統領は、この慰安婦問題は当時の韓国政府すら問題視しておらず、朝日が宮沢訪韓時に騒いで国際問題化させたために、仕方なくとりあげたのだと語っています。

    これほどまでに新聞が「世界を動かした」ことは、歴史上なかったはずです。ただし悪い意味でですが。

    メディアの歪曲報道による発端。これが第2のポイントです。 

    ですからまして、キム大統領は決して日本の河野談話に基づく、「償い事業」などを歓迎していないことが分かります。

    Photo_9
    ここで第3のポイントが出てきます。 現在、ほとんど忘れられているようですが、日本側が謝罪と賠償を行なった事実です。

    宮沢政権を継いだ村山政権は、キム・ヨムサム政権の「賠償など必要がない」という対応をこちらから押し切った形で、1997年1月から元慰安婦の希望者に償い金一人当たり500万円と首相のお詫びの手紙を添えて支給を開始します。 

    これが「アジア女性基金」です。

    「「1995年に設立された「基金」には、基本財産への寄付を含め約6億円の募金が集まり、日本政府は、インドネシアでの事業をもって事業全体が終了する2007年3月末までに拠出金・補助金あわせ約48億円を支出した。韓国における事業としては、事業終了までに、元合計61人に対し、民間による寄付を原資とする「償い金」200万円を支給し、政府拠出金を原資とする医療・福祉支援事業300万円を実施(一人当たり計500万円)するとともに、これらを受け取ったすべての元に対し、当時の総理の署名入りの「おわびの手紙」をお渡しした。その数は、橋本政権下で27件、小渕政権下で24件、森政権下で1件、小泉政権下で9件に及ぶ」 (政府検証報告書)

    これは、当時の政府が取り得る最大級の個人補償対応であり、これ以上の対応を望むのは不可能であったでしょう。 

    ですから、いままだ安易に慰安婦に「謝罪と賠償」を要求する人達は、これ以上なにをしろというのか、逆にお聞きしたいくらいです 

    それはさておき、いきなり韓国政府からストップがかかります。その理由はなんだったのでしょうか。

     の償い金とお詫びの手紙の手渡しが止まった理由が、第4のポイントです。

    それは韓国内で、日本のお詫びと賠償を実力で妨害する勢力が登場したことです。韓国マスコミと挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)です。 

    このあたりの事情を、当時アジア女性基金の理事をしていた下村満子氏(朝日新聞記者)はこう証言しています。 

    下村氏は、朝日の記者として戦争責任を謝罪し、それに対して賠償するべきだという立場で、この基金の理事になった方です。

    Photo_4

    その下村氏すらこう語っていますひ。やや長いですが、アジア女性基金の理事の証言として貴重ですのて、引用します。

    「下村氏 そうです。韓国社会では名乗り出ること事態が『日本兵に身を売った』『汚い女』と親戚づきあいもできないので大変な勇気がいる。
    国家賠償を強く要求しているが、それは日韓条約で終わっていて絶対に出来ないので、道義的責任として医療福祉費としてひとり500万円ほど出した。
    朝日新聞はどちらかというと国家賠償を!という立場だったが、私はそんなものは成立するはずがないし、少なくても慰安婦のおばあさんが生きている間にせめて500万円を手渡したいという一心でやった。
    お金だけじゃなくて、総理のお詫びの手紙を渡した時に、皆さんワーーッと号泣して、『これだけで十分です』と『これを見せればお墓にも入れてもらえる』『お金よりこれだ』と言う位皆感動して、私も抱き合って泣いた。
    逆に言えば、日本は真面目に、一生懸命やれる範囲でやった、と」
     

    Photo_7
    「それを挺対協は『絶対に受けとるな』『受けとったら将来国家賠償2000万円取ってやるのでお前たちの権利はなくなる』『政府から出ている生活保護費もストップする』とか嘘八百。
    受けとった人を妨害するのは、まさに人権問題ではないのかと。
    挺対協は慰安婦を楯にとって、利用して、はっきり言っておばぁちゃんたちのことをぜんぜん考えていない」

    ※BS日テレ【深層NEWS】(8/19)http://dametv2.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/32-6d8d.html

    政府検証報告書も、この挺対協と韓国メディアの狂態をこう述べています。

    「これに対し、韓国のメディアは「基金」事業を非難し、被害者団体等による元7人や新たに「基金」事業に申請しようとする元に対するハラスメントが始まった。被害者団体は、元7人の実名を対外的に言及した他、本人に電話をかけ「民間基金」からのカネを受け取ることは、自ら「売春婦」であったことを認める行為であるとして非難した。また、その後に、新たに「基金」事業の受け入れを表明した元に対しては、関係者が家にまで来て「日本の汚いカネ」を受け取らないよう迫った」  (政府検証報告)

    この激しい挺対協とメディアの人身攻撃によって、賠償に応じた元慰安婦たちは身の危険すら感じたと言います。

    Photo_10
    そしてこれ以上の韓国内の混乱を恐れたキム・デジュン大統領によって、1998年3月、正式に韓国政府からの基金の中止要請を受けて、この償い事業は中止に追い込まれます。

    日本側の善意の謝罪と償い事業は、韓国人団体が激しく妨害し、その結果、韓国政府が中止を要請した、これが第5のポイントです。

    「この時期、韓国政府は、金大統領自身本件について金銭の問題をなくせ、政府間のイシューにするなという意見であり、両国の問題は存在しないと思った方がよいとして、『基金には申し訳ないが、政府間の問題にならないよう終止符を打つべき』旨述べていた」  (政府検証報告書)

    この経過を見て分かるのは、当時の韓国政府の立場を現在のパククネ政権はなにひとつ継承しておらず、変心したのは日本政府ではなく、韓国政府の側だという事実です。   

    最後に日本側がなおも基金の賠償から福祉事業への転換を考えていたことに対する当時の韓国政府の意見を紹介します。

    「1999年3月下旬に行われた日韓の事務方のやりとりにおいて、突如韓国政府が方針を変え、この問題では何かしてもしなくても批判されるということを冷静に踏まえておく必要がある」 (政府検証報告書)

    まさに今や、かつての韓国政府自身の仰せのように、わが国は「何かしてもしなくても批判され」ているわけです。  

    「謝罪しない」と言っては批判され、謝罪すれば「賠償していない」と言われ、賠償を始めれば、韓国国内の反日勢力が寄ってたかって潰し、潰したら今度はまた、「なんの償いもしていない」と振り出しに戻るというわけです。 

    Photo_11(写真 韓国政府によって正式に出品展示された慰安婦マンガ。13年1月、フランス・アングレーム国際漫画祭。欧米では日本が戦中に韓国女性を奴隷狩りのようにして強制連行し慰安婦にしたことが、もはや「史実」として定着してしまった)

    そして二国間だけでは飽き足らず、こともあろうに諸外国に行くたびに告げ口して回るのですから、もはや永遠のループです。

    安倍氏は会談後に「解決を加速する」という表現をとっていますが、いかなる解決があるのでしょうか。

    このように慰安婦問題は、既に日韓両政府の手を離れています。

    意志決定する主体はパククネ氏でもなく、安倍氏でもありません。ただの民間団体である挺対協なのです。

    挺対協は絶対に国家賠償以外の解決を望みません。そしてそれは既に締結された条約の改変にあたり、国際法上不可能だからです。

    ですから、日本政府に村山氏のような人物が再度座って、もう一度「お詫びと賠償」を実施しても、17年前の光景が再生産されるだけにすぎません。

    したがって、この慰安婦問題の最後のポイントとして、慰安婦問題に終点はなく、どこまでも続くネバーエンディング・ストーリーなのです。 

    私たち日本人としては、韓国が怒鳴り疲れるまで、放っておくしかないでしょう。

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    首脳会談で李克強が南シナ海についてしゃべれるはずがない、

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    安倍総理とパククネ大統領の会談は1時間と報じられていますが、実質は1時間半で、そのうち1時間はクネさんが慰安婦問題をズッとしゃべっていたそうです。 

    「韓国を訪問中の安倍晋三首相は2日午前(日本時間同)、同国の朴槿恵大統領と初の日韓首脳会談をソウルの大統領府(青瓦台)で行った。慰安婦問題について、今年が日韓国交正常化50年であることを念頭に、できるだけ早期の妥結を目指し、交渉を加速させることで一致した」(産経11月2日) 

    会談内容の詳細は公表されていませんが、なにやら自分は選挙があるから、年内に「解決」しろと言ったとか言わないとか、そりゃ、あんたの都合でんがな。 

    残りは、あたしはTPPに入りたいから力貸せ、とかいう「未来志向」の話だったようです。 

    はいはい、特に驚かなくなった自分が哀しい(笑)。 

    日本側の対応は、首脳会談に必ずつく共同声明や、共同記者会見も開かなかったことでも明らかです。 

    Photo_2
    パクさんは当事者能力がないのですから、本来、話あっても意味がありません。 

    さて、これは日中首脳会談の折の、李克強首相との会談テーマだった南シナ海のことも同じです。

    李は南シナ海に紛争について、一切発言を許されていません。

    Photo_6(写真 李克強。北京大学卒、英語ペラペラ。頭脳明晰。西側に受けがいい。ブルームバーグよりhttp://www.bloomberg.co.jp/news/123-N7DBNZ6JTSEL01.html

    まずは李の立ち位置から押えておきましょう。 

    李は、習近平と対立する胡錦濤派の出身です。この党のエリート集団の名をとって、別名「共青団派」、略して「団派」とも称されています。 

    共産青年団とは名前こそ過激派みたいでオドロオドロしていますが、次代を担う党幹部を作るためのエリート養成機関です。

    マルクス主義も注入されていますが、それ以上に合理主義的発想を好みます。 

    経済においては、李がかつて「オレはGDP統計なんか信じていないからね。信じられるのは鉄道輸送量と電力消費量だけだから」と米国要人に言ったことが、ウィキリークスに暴露されたように、共産党の幹部とも思えないクールさが信条のようです。 

    ですから、外交政策においては、国際秩序に協調してその枠内で徐々に米国に並ぶ勢力にのし上がることを考えています。 

    Photo_7(写真 汪洋副首相 李克強と同じ共青団出身の重鎮)

    たとえば、李に並ぶ共青団派閥のもう一人の大幹部である汪洋(オウヨウ)が、米国で行なった講演を見てみましょう。

    汪はバリバリの政治局委員兼副首相という要人です。 

    汪は、去年12月18日に米国シカゴで開かれた第25回中米合同商業貿易委員会(JCCT)の席上で、このように述べて、聴衆である米国の政財界の人々から拍手を浴びました。 

    「米中はグローバルなビジネスパートナーではあるが、世界を導いているのはアメリカである。アメリカは既に秩序とルールを主導している。中国はこの秩序に参加したい、規則を尊重したい」と。その上で汪洋氏はさらに、「中国には、アメリカの指導的地位に挑戦する考えもなければそのような能力もない」 

    ね、なかなか衝撃的じゃありませんか。米国の国際秩序におけるイニシャチブを認めていているからです。 

    この汪の発言は、実は習近平の国際方針と真っ正面からぶつかっています。 

    習の外交方針は汪が述べるように、「米国は既に秩序とルールを主導している。中国はこの秩序に参加したい」などという可愛らしいものでは決してありません。 

    習の外交方針は一貫して、米中2国による太平洋分割をめざす、「新型大国関係」です。 

    Photo_3(写真 2013年6月8日。いわゆるノーネクタイ会談。この場で米中太平洋分割提案をした。朝日新聞より)※http://www.asahi.com/special/news/articles/TKY201306100084.html 

    中国の国営人民網はこう報じています。 

    「2013年6月、習主席はオバマ大統領とサニーランズで「ノーネクタイ」の会談を行った際、「中米の新型の大国関係の構築」を提唱した。中国国際問題研究院の阮宗沢副院長は「新型の大国関係の構築という中国の新提案は、間違いなく現在の国際関係において最も創意ある『中国の案』だ」と指摘した」(2015年09月09日http://j.people.com.cn/n/2015/0909/c94474-8947720.html 

    ところがこの習の「もっとも創意ある中国の案」は、オバマからすげなく拒絶されます。お気の毒。 

    たしかに、オバマは米国国務省やバイデン副大統領などの提唱するG2(2大国関係)に対して魅力は感じていました。 

    しかしそれはあくまでも、環境や民族・宗教紛争などの国際的な問題に対して、もっと中国を関与させようというものにすぎず、よもや習がチャラとして言ってのけた、「太平洋をハワイで分割しようぜ。西はお前、東はオレ」などというものではなかったからです。「

    「太平洋を分割」って、あんた300年前の大航海時代のボルトガルとスペインかって(苦笑)。

    日本人には正気の沙汰とは思えませんが、このウルトラ時代錯誤な縄張り意識こそが、習の中華秩序なのです。

    習の脳味噌の中には中華帝国の版図が厳然としてあり、その拡大こそが自らに与えられた使命だと考えています。 

    Photo_9(写真 南シナ海の人工島。兵器が設置されていると豪州メディアが報じた)

    そこで、米国に太平洋2分割提案を拒絶されて怒った習が始めたのが、この間の南シナ海における人工島建設でした。 

    これは、米国と台頭に軍事的・外交的に渡り合って、アジア全域から米国を排除するものでした。これを習は、「アジアの新安全観」と称しています。 

    そして、先日の第2回訪米で、オバマの説得にもかかわらず習は、人工島建設を強行することを断言しています。 

    Photo_4(写真 第2回訪米。習のぶっちょヅラは、昨晩なにがあったのかよく分かる。それにしても軍事パレードの時といい、感情がよく顔に現れる人だ。ニューズウィークより) 

    この習の方針と、汪発言はまったく正反対であり、中国の赤い宮廷内部では謀叛と取られても仕方がない性格のものでした。 

    Photo_8(写真 習にガン飛ばされる胡錦濤。フォーサイトよりhttp://www.fsight.jp/11922

    実際に、習は怒り狂い、汪が胡錦濤前首席の指示によってこのようなふざけた反乱を開始したと受けとりました。 

    そして抜く手も見せずに、汪が帰国したわずか4日後の12月22日、、共青団の大番頭である胡錦濤の元側近・令計画(全国政協副主席・中央統一戦線部部長)を逮捕・拘束します。 

    これは、習の李と汪、さらには、共産団トップの胡錦濤に対しての強い警告でした。

    習は、こう無言で言っています。 

    「もし、今後お前ら、共青団一派が外国でふざけた反党的発言をしたら、令の次はお前らだからな。胡だって、そのうち潰してやる」 

    このような立場の李が、外国で、しかも「小東洋鬼」ごときを相手に、南シナ海について言質をとられるようなことをしゃべるはずがないではありませんか。

    李はおそらく、習の米国に対する軍事挑発を苦々しく思っているはずです。

    「なにも、今、中国経済が危機に瀕して、諸外国の支援が必要になるかもしれない時期を選んで、こんなマネをすることはないだろうに」、と。

    李は、この習の非合理的軍事膨張路線が招く、米国との対立を恐れています。

    ただし、そんなことを口にしようものなら、ただの更迭では済まないこともまた、よく分かっていると思われます。

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    東アジアの暗い絵

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    日中韓首脳会議が終わりました。もちろん、なにも解決はするはずがないし、顔を合わせたということ自体に意味があるというところです。 

    本来出席せねばならない習はあえて、格下の李首相を送り込むことで、「オレが行くほどの場所じゃないから」とばかりに、地域覇権国のメンツを保とうとしたようです。 

    Photo_8(写真 日中韓首脳会談 当然ながら、なんの成果もあるはずがない。朝日新聞より)

    今後、東アジアはすぐに戦争という事態にはならないでしょうが、今日の扉写真のように大量の雨水をたっぷりと含んだ暗雲が垂れ込める、非常に長い不安定な時期を迎えることになります。 

    近代国家として幼年期にあった日本は、朝鮮半島を日本の安全保障の堤防と考えたために、朝鮮を領有するという重荷を背負い込むことになります。

    このような、西欧人神父をして「はげ山の国」と言われた国をあえて領有する理由は、唯一安全保障上の理由があったからにすぎません。 

    戦後、日本はこの重荷から解放されます。それは、米軍が常駐したからです。

    米軍の存在が朝鮮半島にあってこそ、日本は始めて朝鮮半島を通じて来る、大陸の圧力から逃れることが可能となったのです。 

    また、米国をカスガイにして、米日韓同盟を結ぶことができたために、安定した政治環境が生れました。

    日本が独立した韓国に膨大な援助を与えたのは、ひたすら安定した隣国を得たいからでした。

    さて、今、この構造は急激に崩壊に向っています。 

    ひとつは、言うまでもありませんが、韓国の急激な中国への傾斜です。

    Photo_3
    これは、米軍の撤退という時期と同調して顕在化しました。 米軍は現在ソウル以北から完全に撤退し、実質的には1万人規模までに縮小させています。

    Photo_5(図 平成15年防衛白書より)

    もちろんその背景にあるのは、米国の衰退と、中国のめざましい台頭という時代背景があります。 

    中国の海洋進出は、陸上においてすべての地域に進出してしまったために、海洋に押し出したと考えられています。 

    中国は21世紀世界最大の大軍拡を行なっていることは、ご存じのとおりです。

    Photo_6http://blog.jog-net.jp/201508/article_2.html

    公表されただけで日本の3倍に達します。上図を見るかぎり、日本はまったく防衛費を増加させていません。 

    つまり、中国は周辺国の脅威がないのにかかわらず、この10年で世界のいかなる国もしたことがない大軍拡をしていることがわかります。

    さてこの中国は、米中間の干渉地帯としてしか朝鮮半島の意義を認めていません。 

    中国はあの精神不安定な2国を領土とする気はさらさらありませんし、それは元、明の昔から変わらない一貫した中国の方針でした。 

    中国が朝鮮半島統一のイニシャチブを握った場合、北の核の牙と米軍という楯を取り除いて無害化された、親中国家が誕生します。

    このような中国主導で、朝鮮統一が行なわれた場合、日本にとって今までのように朝鮮半島を考えずに済んだ時期は終わり、対馬海峡で中国の力と対峙することになります。

    まさに120年前の、日清戦争前段の構図の再現ですが、残念ながら、日本にはかつてと違い、外交的になす術もありません。

    Photo_2(画 フランス人風刺画家ビゴーによる。この絵の中で中国人は「そろそろ、日本がおッ始めそうだが、小魚の歯切り。 恐るに足らん」と言っている。ビゴーのみならず、西欧列強は日本の惨敗を予想した)

    では眼を海洋へと向けてみましょう。

    中国の海洋に向けた膨張を、米国と日豪が南シナ海で停めることに失敗した場合、南シナ海は中国の内海と化し、そのまま東シナ海へと流れ込んできます。

    いや、既に南シナ海を軍事制圧するに可能な3千m級滑走路すら建設され、海軍基地も着々と完成に向っています。

    戦闘機部隊の配備は、早ければ1年以内と見られています。

    Photo_7
    このテンポは、朝鮮半島よりはるかに早い速度で進むでしょう。

    早ければ東京オリンピックの後に、日本は米中の力の均衡点が、与那国まで下がったことに気がつくはずです。

    つまり、今後の10数年のスパンで見た場合、日本は北は対馬海峡まで、南西は与那国まで、力の均衡点が大きく下がる可能性が大変に高いといえます。

    この不安定に揺れ動くアジアの地殻の上に、沖縄の島々は浮いていることを、沖縄県民は知る必要があります。

    今の安定は明日の安定ではなく、時代は大きく変化しつつあるのです。この流れの中で、「米軍は出て行け」ということが、何を意味するのか、もう一回問うてみてください。

    コメントで紹介戴いたように、果たして屋良朝博・沖国大講師の言うように、「(南シナ海における米中間の緊張は)沖縄とは関係ない遠い所の出来事」なのでしょうか。

    沖縄よ、舵取りをまちがえないように、慎重に聡くあれ。

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    日本の国境線画定と琉球王国

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    翁長氏は知事に就任すると、4月12日に河野洋平氏に連れられて、真っ先に訪問したのが中国でした。 

    翁長氏が本土に渡って政府と会談したのが、この後の4月17日ですから、訪中のほうを優先したわけです。

    翁長氏の「心の宗主国」がどちらか、実によく伝わる話でしみじみします。

    ちなみにどうでもいいですが、下の写真が安倍首相と会談したときの翁長氏のものですが、一枚下の李克強氏との会談時と較べて見てください。

    思わず失笑するほど、実に分かりやすい人です。

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    (写真 訪日して日本国首相に拝謁を許す翁長琉球王。翁長氏は大変にコンプレックスが強い人らしく、今でも「なんだたかだか県連幹事長だった男か」と言われるのを嫌う。だから、官房長官が相手なのは大いに不満で、首相にもこういう横柄な虚勢を張って大物ぶりを誇示したがる。寂しいねぇ)

    その時の中国共産党外交機関紙「環球時報」(2015年4月14日)の記事は、こう伝えています。 

    中国が沖縄をどのように見ているか、よく伝わってくる記事ですので、やや長いですが、引用しておきます。 

    「中国のアジアとの運命共同体の理念や一帯一路構想、そしてアジアインフラ投資銀行の設立は多くの国の支持を受けつつあるが、日本では様々な複雑な理由により、中国の平和的理念が歪曲、あるいは無視されている。
    それに対して沖縄は、中国の主張を比較的容易に受け入れることができる。
    その理由は第一に沖縄が歴史的に中国と深い関係があること。
    第二に清明節(祭)を重視するなど中国とは風俗習慣において共通点があること。
    第三に第二次大戦中、集団自決をさせられるなど軍国主義の被害を受けていること。
    第四に米軍基地が集中しており、安全への不安を中国と共有していること。
    日本国内では最近、政府の対中政策を批判し、正確に中国に向き合うべきだとする声が高まりつつあるとともに、沖縄での米軍の新基地建設への反対に同情、支持する声も絶えず高まっている。翁長知事の今回の訪中は、こうしたエネルギーを後押しするとともに、沖縄が今後中日間で橋梁の役割を果たすための基礎を作ることになる」

    201504190353

     (写真 訪中して李克強首相閣下に拝謁する翁長琉球王) 

    ここで環球時報を通して、中国政府が言っていることは、こういう意味です。

    ①沖縄は、中国の冊封国という属国であった。
    ②沖縄は、中国本土と同一の風俗、習慣を持つ「中国人」の国であった。
    ③沖縄と中国は、共に日本軍国主義の被害者であった。
    ④今もまた米軍基地の被害を受ける共通の被害国である。

    そして別の記事では、こう述べています。同じく環球時報(2010年9月19)です。 

    「琉球は明治政府が中国から強奪したものだ。今でも日本政府は琉球独立を弾圧している。琉球人は中国の福建と浙江、台湾の人間だ」

    つまり、この環球時報の一連の主張を要約するとこうなります。 

    「中国人が作った琉球国は、歴史的にも人種的にも中国であるにもかかわらず、日本が強奪した。今もまた日米に虐げられている琉球人は立ち上がって、中国と共に戦い、自らの独立を勝ち取るべきである」 

    Photo(図 沖タイが「明治沖縄人が待ちわびた」と伝える清国北洋艦隊の黄色龍旗。龍は中国皇帝の象徴。ウィキより)

    困ったことには、これに呼応する沖縄内部の人達がいます。沖縄タイムスは、名物コラム「大弦小弦」(2005年5月16日)でこのように述べています。
     

    「黄色軍艦がやってくる…。船体に黄色の龍の文様を描き、黄龍旗を掲げる清国の南洋艦隊は黄色軍艦と呼ばれたという。知人とこの話をしていたら、黄色軍艦が沖縄を侵略すると、勘違いして話がややこしくなった。
    実際は逆で、明治の琉球人にとって清国軍艦は援軍だった。武力で琉球国を併合した明治政府に対し、琉球の首脳らは清へ使者を送って救援を求めている。そして、沖縄側はその黄色軍艦を待ちわびたのだった」
     

    Photo_4(写真 中国北洋艦隊の主力艦であった鎮遠。独製で、当時の日本は、このような最新鋭艦は保有していなかった。しかし日清戦争で北洋艦隊は全滅し、この鎮遠は日本に拿捕されてしまった。写真はウィキ) 

    ここまで手放しで「中国よ、早く沖縄を解放するために来てくれ!」と叫ばれると、こっちが鼻白みます。

    いまもなお、沖タイは、黄色の旗ならぬ黄色のハンカチを社屋につるして、中国艦隊の到来を待ち受けているのかもしれません。

    Photo_5(写真 再建なった現代の中華帝国北洋艦隊の雄姿)

    それはさておき、前回見てきたように、清国は台湾出兵の時に結ばれた、「日清両国互換条款」(1874年)によって、沖縄人を「日本臣民」として認めます。 

    これは、当時、誕生したばかりの近代国家として、国境線の確定を急いでいた日本政府にとって、中国側が沖縄を領土ではないことを宣言したと受け止められました。 

    よく日本の歴史書には台湾出兵を、「日本のアジア進出への野望」と描いているものがありますが、間違いです。 

    それは台湾出兵からはるか数十年先の日本と、安易に重ねてしまっているから起きる錯覚で、維新から西南戦争に至る内戦で疲弊しきっていた当時の日本政府に、外征の余裕がなかったのは明らかでした。

    政府内部でも、出兵を巡って鋭い対立がありました。

    当時の日本には、台湾のように清国すらサジを投げたマラリア猖獗の地は、はっきり言って欲しくなかったのです。 

    むしろ日本が関心を持っていたのは、仮に領有しても苦労が絶えない台湾ではなく、むしろ日本国の西南の国境線を確定することと、そして自国民の保護だったはずでした。

    このような日本にとって、前近代的な冊封体制を基にした中華秩序の枠内でしかアジアを見れない中国とは、どこかで一線を画す必要があったのです。

    いや、これは今から100年以上前のことではなく、いまもなお、中国は当時と変わらぬ国家意識の持ち主であることを忘れてはなりません。

    たとえば、中国の国境意識は、かつてと同じようにとんでもなくファジーなのです。

    これは尖閣問題で出してくる中国側の資料が、尖閣領有の根拠として「1534年に琉球王国の水先案内で琉球に渡った折に、尖閣を見た」ということからもわかります。

    「見た」だけで領土だというのですから、沖縄は冊封していたのですから、文句なしに中国領だという主張が成立してしまいます。

    ならば足利義満は1401年に、明の建文帝から「日本国王」として冊封を受けていますから、この伝でいけば日本もまた晴れて「中国領」です。そのほうが嬉しいかな、沖タイさん(笑)。

    このように中国の領土概念は、伸び縮みするゴムマリのようなもので、一度冊封した国はいつまでも「領土」だと考えています。

    中国官吏が通りかかって「見た」だけの孤島も、岩礁も、いやその周辺の暗礁すらも皆「神聖な領土」ということになります。

    いま仮に他国領であっても、それは「帝国主義によって奪われたもの」である以上、実力で取り返すのは「神聖な中華民族の使命」なのです。

    実際に、そのとおりのことを今、南シナ海で展開して、国際世論から批判を受けています。

    彼らにとって九段線こと、「中国の赤い舌」は、かつての中華帝国の版図でした。

    彼らからすれば、いまの人口島建設は、「元々自分の領土だったものを、元に戻しただけ」なのですが、そんな実効支配を伴わないたわごとに、国際社会が耳を傾けるはずもありません。

    米国が遅まきながら発動した「航行の自由作戦」に対して EUはこの作戦を支持する声明を出しました。

    これによって今回の作戦は米軍が中心を担い、NATOと日豪が後方支援に回る国際規模の作戦になる可能性があることが示されました。

    中国ははるかかなたから「追跡監視」をしていると言っていますが、もし中国が軍事的な誘惑に駆られた場合、NATOまで相手に回す覚悟が必要になってきたというわけです。

    つまり中国のあいも変わらない中世的な考え方は、21世紀の「国境線の実力による変更」を禁じる国際法の精神と、根本的に相いれないことは明らかなのです。

    次回はもう少し、近代国際関係史からみた沖縄について考えてみます。 

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