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米軍基地「返されても困る」事情とは

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沖縄の基地問題というのは、入り組んだ迷路のようになっています。 

たぶんこの「分かりにくさ」が沖縄問題への関心を、本土で低下させる原因になっているような気がします。 

「スッキリしているだろう。基地は沖縄差別だ。本土政府は安保の負担をすべて沖縄県民に押しつけているんだ。その上にまた新基地をつくるなんて許せないぞぉ」、と翁長氏が言ったとおりのことを信じることができる人には、それもまたひとつの側から見た「真実」だと申し上げておきましょう。 

私は、このようなよく聞く左翼陣営の見方も、誇張されていますが、まったくの嘘だとも思いません。 

過剰な基地負担はまぎれもない事実ですし、沖縄の悲劇的な歴史もほんとうです。 

ただ、真実のすべてではないというだけです。 

この「戦争と基地の島」、あるいは、「鎮魂と抵抗の島」という本土リベラル文化人好みのイメージによって周到に隠されたことが、ひとつあります。 

それは身も蓋もないようですが、カネです。 

長年沖縄を語る場合、人間を動かす根本原理であるはずの欲得を、「見えません、見えません」としてしまいました。 

しかし、これだけもつれるということは、素直に考えても、ただのイデオロギーだけのもつれのはずがありません。

かし、それがなぜか沖縄の基地問題だけでは、「カネの一件はないものにしょうね」とする、本土政府と沖縄県の阿吽の常識が状態化してしまいました。

ですから、本土政府は建前上、名護市長選挙の直前に北部振興予算を出しても、絶対に「基地の見返りとして」とは言いませんでした。

その理由は、米軍基地は、あくまでも「銃剣とブル」で押しつけられたものである以上、本来沖縄は「補償金として貰うと、容認したことになる」からです。

一回、その名目で補償金を取ると、次からは基地があることに文句を言うことが難しくなります。

また基地補償金として限定してしまうと、基地を持つ自治体だけに配分せねばならなくなります。

たとえば原発立地交付金は、茨城県なら東海村にしか交付されませんので、他の自治体はいくら緊急避難地域でもなんの補助金ももらえません。

しかし、沖縄の場合、あくまでももらう建前は、離島僻地の「振興」が目的の振興予算ですから、基地のない南部、離島まで配分されます。

納税者から見れば、ただの言葉遊びにすぎませんが、そのような沖縄側の事情もあって、カネのことは黙っている習慣がついてしまったというわけです。

だから、やたら沖縄県の言うことが観念的平和主義に聞こえる時がありますが、建前しか言えないから、そうなっちゃったわけです。

そして沖縄に対するほんとうの共感があるわけでもない本土の左翼たちが、それを政治利用して「怒号の島・沖縄」に仕立て上げてしまったのです。

しかしシンプルに考えれば、基地がある自治体側にも、「基地に出て行かれては困る」というお家の事情もあると考えるのが常識です。 

基地が出て行けばすべて万々歳ならいいのですが、簡単にそうではないことが分かるのが、宜野湾市のお隣の浦添市で起きています。 

Photo_6(写真 那覇港浦添ふ頭地区公有水面埋立事業18.3ヘクタール。浦添市HPより)http://www.city.urasoe.lg.jp/docs/2014110101437/

浦添市には、翁長氏の市長時代の置き土産の那覇軍港移転先埋め立てが進んでいます。 

その経過については、翁長氏の人となりが分かる事情がありますが、それは下の記事でお読みください。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-edca.html 

キャンプ・キンザーが返還されて起きたのは、歓声ではなく、とまどいと「返還パニック」でした。 

沖縄タイムス(2008年7月30日)の「返還パニック」と題された記事はこう伝えます。 

「北谷町で二十六日に開かれたシンポジウム「米軍再編とどう向き合うか―中部地区の課題」を聴いた。米軍再編に盛り込まれた「嘉手納以南の基地返還」後の跡利用に対する首長たちの危機感がひしひしと伝わった。
 儀間光男浦添市長は、キャンプ・キンザーの跡利用事業費には四百億円必要と説明。うちライフライン整備などで市の負担は少なくとも二百十億円かかるとの試算を示し、「とてもじゃないが市単独で資金調達できない。民間資金の導入を考えなければ跡利用は実現しない」と嘆息した」(太字引用者)

 キャンプ・キンザーといわれても本土の人にはピンとこないでしょうが、空港から中部・北部に向けて走る国道58号線から、フェンスに囲まれた人気のない巨大倉庫群が左手に見えませんでしたか。あれがキャンプ・キンザーです。 

ここは幹線国道の脇、しかも慶良間も見えるという絶好のスポットですが、ここですら、「返してはもらってはみたが・・・」という嘆き節が聞こえるというのです。 

儀間市長は、「400億円跡地整備にかかるが、市には半分の金しかないんだ」と悲鳴を上げています。 

「儀間市長の言葉で特に印象に残ったのは、嘉手納以南の基地返還で土地の過剰供給による経済的な「返還パニック」が起きる危険性を指摘した点だ。キャンプ・キンザー跡地でも、商業・住宅地として需要が見込まれるのは返還面積の三分の一程度だという」(同) 

儀間市長は、「カネがない上に、跡地には入居希望が少なくて空き地だらけた」と訴えています。 

この理由は、記事が述べるように返還跡地が、今や供給過剰なことにあります。 

Photo_4http://www.nippon.com/ja/features/h00028/

 赤い部分が「今すぐ返還」予定地で、既に不動産市場で供給過剰ですから、これに青い部分の「代替地が見つかったら返還」の大所である普天間基地分が加われば、もう中部地域の地価は暴落してしまいます。

今までチビチビと切り売りしてきた貴重な軍用地が、一挙に何百ヘクタールというまとまった大面積で放出されるために、周辺地域の地価が大暴落するわけです。

既に1987年に返還されている牧港住宅地区の現在の光景について、樋口耕太郎氏(沖縄大学人文学部准教授)はこう苦々しげに述べています。

「せっかく返還された基地の再開発も同様だ。1987年に返還された200haを超える米軍牧港住宅地区の再開発によって誕生した那覇新都心おもろまちは、基地返還後の経済波及効果のモデルケースとして取り上げられることが多いが、その街並は減歩率が不足して道路面積が十分に確保できず、日中は渋滞で車では出ることも入ることもままならない。目抜き通り、沖縄県の顔とも言うべき県立博物館・美術館の正面に、パチンコ店と量販店と低価格のビジネスホテルが連なる街並を見て無念と感じる県民は少なくない。長年基地返還のために戦って、県民が手に入れようとしていたものはこんな街なのだろうか」
(沖縄タイムス・オピニオン2014年12月19日)
 

実は、このような「返されても困る」という話のほうが、沖縄では一般的なのです。

たとえば、移設反対派の旗頭である名護市・稲嶺市長がキャンプハンセンの一部返還を拒んだことは有名です。 

稲嶺氏は、大嫌いな田中防衛局長に頭を下げてまで、返さないでくれと懇願しました。
※過去記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-c07c.html 

嘉手納基地を抱える嘉手納町でも、こんな困惑の声か上がっています。 

「太田県政時代から町長を務める宮城篤実嘉手納町長は「国際都市形成構想は十年たって紙くずの山を築いただけ。プランニングだけで財政的な裏付けがないと意味がない」と指摘した」(同) 

「返してもらっても、いい跡地計画がない。なぜなら金がないからだ。金がなくなったのは基地がなくなったからだ」、ということのようです。 

2006年に「象の檻」こと楚辺(そべ)通信場、瀬名波(せなは)通信施設、読谷飛行場が一挙に返還された時には、返還反対の看板が立ち並んだということもあったそうです。 

嘉手納弾薬庫返還の時は、地主たちが跡地に自衛隊小銃訓練場を入れる計画に反対した社民党の東門(とうもん)市長に、反対を撤回するように求めています。 

このように、返還されても困るという地元と、返還を急ぎたい政府との間で、宙吊りになっているのが、この基地移転問題なのです。

Photo_5

すると、「決まらないまま、ズっとこのままでいたい」、というのが、移転反対派の本音なのかもしれません。

そう考えると、「全基地撤去」というような空論的スローガンを叫び、「すべての新基地反対」を唱えるということは、結局、現状維持がいちばんいいということになってしまいます。

ただこれでは何十年かけても、一歩も進まず、解決するどころかいっそう迷路に深く踏み込んでいきます。

ならば政治家が泥をかぶってでも決断するべきだと考えたのが、本土においては安倍氏と菅氏のコンビであり、沖縄側では仲井真氏だったようです。

そして、「解決などは求めない」という翁長政権との、真っ向勝負になったわけです。

そういう眼で眺めると、現状を変えたくない翁長氏はゴリゴリの保守、変えていかねばと思う安倍氏は革新ということになっちゃうんでしょうか(笑)。

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    沖縄問題」カテゴリの記事

    コメント

    おはようございます。毎日、拝見しております。

    >宜野湾には、翁長氏の市長時代の置き土産の那覇軍港移転先埋め立てが進んでいます。

    →浦添にはです。

    >儀間宜野湾市長は 矢印→儀間浦添市長です。

    投稿: 義挙人 | 2015年11月13日 (金) 09時00分

    すいません。修正しました。感謝します。たまにやります。この手の凡盆ミス。

    投稿: 管理人 | 2015年11月13日 (金) 09時13分

    朝からすみません、リンク先の古い場所に間違えて書き込んでしまいました。無視してくださいー!

    投稿: ふゆみ | 2015年11月13日 (金) 10時43分

    本文のキンザー埋め立ての写真、キレイな海が写っていますが 那覇市から嘉手納基地までの間で、唯一自然の海岸線があったのが、キンザーでしたがご覧のように綺麗に海岸線が埋められちゃいました。もしかしたら、ジュゴンが泳いでいたかもしれませんね。沖縄での埋め立ては、辺野古だけでは無く今でも自然は破壊されているのです。

    投稿: 宜野湾市民 | 2015年11月13日 (金) 13時16分

    返還跡地はインフラ整備に巨額な資金が必要なわけですが、そこは国からの支援金を・・・(もごもご)←w

    というのが沖縄県の本音ですか。民間資金の活用こそが返還跡地開発の肝になるのでしょうが。
    というわけで、ご参考までに現在進行中の西普天間住宅地区の状況を憂う記事を。
    http://www.sankei.com/premium/news/150602/prm1506020009-n1.html

    これから返還される跡地開発のモデルケースとしたいらしいのですが、国からの補助金がなければ全く成り立たないような計画だそうで。
    モデルケース=国の支援金頼みてこと?←w
    そういえばこの土地って、世界一危険な普天間第二小学校の移設予定地だったんですね。先日、過去記事に突っかかって来た人の書き込みで初めて知りました。まだまだ勉強不足だと痛感。

    話は変わって、おもろまちの跡地利用ではいろいろと問題があったみたいですね。
    投機筋の暗躍による先行土地取引とか、減歩率に対する地主会の反発とか。

    確か訴訟もあったよな・・・って調べたらありました。
    都市計画(用途地域)の突然の変更と、県外業者への土地の低価格売却問題。
    こちらが訴えた住民たちのサイト。
    http://omoromati1.exblog.jp/i6/

    残念ながら、裁判では住民側が敗訴したようです。

    で、訴えられたのは・・・那覇市長時代の翁長さんですか(^^;;
    利権が絡むとすぐ名前が出てきて笑ってしまいます。

    > 宜野湾市民さん
     米軍基地があったから守られてきた海岸を、基地がなくなるからとあっさり埋めてしまう沖縄県。
    なんで辺野古の海しか守ろうとしないの?って頭が痛くなります。
    泡瀬干潟なんて、辺野古と全く同じような理由で住民に訴えられて負けたのに、懲りずに計画変更して埋め立ててますからね。
    ホント、沖縄の人って綺麗な海を守りたいのか埋めたいのか・・・内地人の私にはさっぱりわかりません。

    投稿: ひこ~ | 2015年11月13日 (金) 14時40分

    宜野湾市民さん。
    私、霞ヶ浦浄化運動に関わっていたので、この写真を見てぞっとしました。
    画面の海を覆っている茶色のものが、土砂です。おそらく工事によるものでしょう。
    土留めが甘かったのだと思います。

    ひと頃のやんばるも、ひどいものでした。コヘンゾコの海岸線などは赤茶色に濁っていました。
    パイン畑や道路工事が原因でした。
    埋め立て工事をいちがいに悪者にする気はまったくありませんが、沖縄では9割以上が補助金でできてしまうというお手軽さが禍しています。

    翁長知事他県の虫の土砂への混入を問題視して条例まで作りましたが、そんなことより、こういう土留めなどをしっかりと見なおしたほうが、生態系保全には有効です。

    何人かの方から、なぜ沖縄県警がこんなに弱腰なのかと問われていますが、翁長氏は今年の1月に海保と県警を呼んで辺野古の警備に「配慮を求めた」そうです。
    警備局次長からは「適切な警備をしている」と突っぱねられたようですが。

    反対派は、特に大規模な抗議活動の場合、弁護士や地元2紙の記者を随伴しています。
    なにかあった時に、すぐに反対派の弁護を行なうためで、記事にも書いた島袋のオバーの事件の時にも、この両者がいたために、大騒ぎになりました。

    平和センターの山城議長が、基地侵入て逮捕された時にも、反対派は大騒ぎして、夜中に名護警察前でシュプレッヒコールを上げたり、様々な方法で圧力をかけ続けました。

    当然ですか、警察はこのような揉め事を嫌います。
    そしてこのような状況では県警はなまじ地元が管轄なだけに、非常に慎重にならざるをえなくなります。

    これが、警視庁機動隊を配備した理由だろうと思います。


    投稿: 管理人 | 2015年11月13日 (金) 15時14分

    ふゆみさん
    今の立川に来られたら驚く位に変わっていると思いますよ。


    米軍から立川基地が全面返還(国に)されたのが1977年、商業エリア、官庁エリア、防災基地エリア(駐屯地含む)、公園エリアと長年開発がなされ終わりに近づいてきました。
    残念なことにあの広さで一般住宅エリアは無いに等しい。

    まだ立川市内には未利用地が残るものの38年を経てやっとです。
    またお隣りの昭島市なんかはいまだに跡地がそっくり手付かずな状況です。


    住民の危険除去を優先すべきですので県内だろうが県外だろうが普天間飛行場の返還は大賛成。
    大きな問題はその後の跡地をいかに早く開発し利用するのかにつきます。
    民有地が92%?の普天間、行政と土地所有者の意見か纏まるのかどうか。
    法律で返還後三年までは国から地代の補償があるようですが、道路・電気・ガス・水道などのインフラ整備が終わらないと土地活用は出来ません。

    所有者は地代収入ゼロ、固定資産税を納付するだけの年が続くようになりますね。

    投稿: 多摩っこ | 2015年11月13日 (金) 15時44分

    多摩っこさん、ふゆみさん。
    結局、国が普天間跡地計画をしっかりと立てて、県民にプレゼンする必要がありますね。
    あんがい、これが有効な移転へのプレゼンも兼ねるかもしれません。

    どうせ、跡地利用の段階で、市の資金がショートするのは目に見えているわけで、今の段階で跡地計画を作って、他の自治体とすり合わせる必要があります。

    本来、こんなことをするのは県なんですか、県政を闘争と間違っている人ですから、真面目な跡地計画など念頭にないのです。

    投稿: 管理人 | 2015年11月13日 (金) 15時55分

    なんだか難しい話ではありますが、
    それこそが本来のカタチですから仕方がないことだと思います。
    つまり、これまで軍用地のバラマキにいかに依存しつづけていたのかがよく分かる事例ですね。
    インフラは「これまでの迷惑料」として国が主体になって整備するにしても、跡地利用は地元が計画作成して実行するのが当たり前だと思います。活かすも殺すも地元が調整した上でやるのが当たり前。自治体に当事者能力が欠如しているのだと思います。

    今日の記事のような極めて複雑な事情はあるのでしょうが、基本線ではただの甘え。
    そんなんだから沖縄の事情は本土から見て「いい加減にしてくれ」とウンザリした目で見られるのだと思います。
    沖縄以外の財政赤字の田舎の再開発エリア(もちろん上手く行ってるともおもえませんが)なんか身近に見てると、「散々大金貰っておいて、いったい何をやってるのか?」とも言いたくなりますよ。そういった「空気感」が最近の沖縄に対する冷めた見方に繋がっているのではないかと思います。

    投稿: 山形 | 2015年11月13日 (金) 16時19分

    管理人さん

    この広さでほとんどが民有地、所有者一人一人の利害がぶつかりグダグダになりそうです。
    国がプレゼンするのも面白いですが実際はインフラ整備の予算を出すくらいでしょうね。
    跡地利用のプランまで国は押し付けるのか!なんて言われそうですもの。

    投稿: 多摩っこ | 2015年11月13日 (金) 16時48分

    連投失礼。
    宜野湾市民さん。

    未だに前時代的な中○派が何度も分裂しながら反対運動を繰返している関空ハンターイ!
    莫大な赤字を出したプロジェクトの賛否はともかく…あらら、スナメリの群れの定住が確認されました。
    20年もたって人が容易に近付けない海上空港ならではの環境保全になっているのではないかと。

    異論も多いでしょうが、沖縄北部訓練場の返還には私は反対です。
    知床半島のようなやり方もあるでしょうが、今の沖縄を鑑みるとリゾート乱開発によるヤンバルの破壊にしか思えません。だったらマリンコが時々演習場として使用するだけの立ち入り禁止区域の方がよほどマシではないかと思います。

    投稿: 山形 | 2015年11月13日 (金) 17時03分

    多摩っこさん、1度ほんの30分ほど立川に寄って、駅前だけで腰が抜けました(>_<)
    幸町に住む友人と、これすごい事になってるけど私らが墓に入る頃受け切れる程人が居るのかしらねー、と話しました。今の子育て世代の次が立川に住むかが鍵だと感じます。
    本土の跡地利用は国有地なので、沖縄県には民有地である事と気候をふまえて全く違った角度からプレゼンを提案する価値があると思います。沖縄的な文化イメージも大切にしたいですね。ベンチャーで県内から知恵を募る資金などは今ある予算から回せるはずです。
    ジュゴンやサンゴを愛する人達からも建設的なプレゼンを出すチャンスが生まれます。
    それにしても、ネットに上がってる軍用地選びのコツ?に
    返還されなさそうな所を選ぶ
    とあり、それはそれで素晴らしい強かさだと感心しました。普天間はどっちなんでしょうか…

    投稿: ふゆみ | 2015年11月13日 (金) 17時17分

    山形さん。う~ん気持ちはわかりますよ。大いに。
    私は北部訓練場から連なる過疎の村に住んでいましたから。

    でも、あれは返して貰うべきです。ともかく無駄にデカイ。あれが返還されただけで、ぐっと占有率は縮小します。
    ジャングル戦訓練や市街戦訓練は、フィリピンででもやってもらうことです。
    既に返還リストに入っていますから、米軍は折り込み済みなはずです。

    あの手つかずの貴重な原生林が乱開発されないためにも、一括して国が管理するなんらかの保護措置が要ります。
    国定公園にするのもひとつの方法でしょう。

    しかし、返されたら北部の自治体は「返還されても困る」と言い出しそうですね。当座、使い道がありませんからね。

    先ほどからの跡地利用もそうですが、もう自治体レベルの跡地計画でなんとかなるような大きさじゃないのです。
    国が主導してやらないと、軍用地主もギャギャー言うし、ひと坪反戦地主なんて人達も騒ぐでしょう。

    これは仲井真氏なら出来た仕事です。彼は優秀な政策家でしたから。
    しかし翁長氏は経済オンチの利権屋にすぎませんでした。
    だから、次の知事に期待して、跡地計画を国主導で策定すべきです。
    闘争一色でほんとうに当事者能力がない。これが翁長県政の最大の欠陥です。

    投稿: 管理人 | 2015年11月13日 (金) 18時04分

    基地の面積をしきりと強調するわりに最も広大な北部訓練場が話題にならない。「高江がー」はありますが。これもきっと都合が悪いのでしょう。返還されるとぐっと占有率がヘリますのに。だからこそ都合が悪いんでしょうけど。

    こんな動きがあったようです。
    「早期移設全国へ陳情書 名護市議会保守系2会派」
    http://www.yomiuri.co.jp/local/okinawa/news/20151112-OYTNT50023.html
    徐々にですが、はっきりと声をあげる動きがみえてきたように思います。

    話は変わりますが、埋め立てに関して言えば、有数の革新自治体大宜味村の結の浜なんかも残念なものです。手つかずの海岸を埋め立てて私が記憶している風景がなくなってしまいました。
    http://www.vill.ogimi.okinawa.jp/yui_beach/
    もう完成して8年たつのに宅地が半分程度しか売れてない。
    https://www.facebook.com/odsog/posts/524776224322873
    塩屋湾奥にある大保ダムの建設残土を安上がりで処理するために埋め立てたらしいとのこと。ここに書かれている「残土」の問題、成程、有効利用の余地があるようですが、利権がからむとまた不可解なことになるんでしょうかねぇ。

    投稿: クラッシャー | 2015年11月13日 (金) 19時26分

    翁長知事は、基地が県経済の阻害要因の何ものでも無く、那覇新都心や北谷、ライカムモールを引き合いに 沖縄県が特別な振興予算を貰っている訳では無いと発言し、新聞はでかでかと煽り立てる。
    前にもコメントでありましたが、人の流れが変わっただけで 必ず近くの町が被害を受け、寂れて行く。
    浦添市の屋富祖道り、宜野湾市の普天間街、沖縄市全体。
    政府は、辺野古移設と振興予算はリンクしないなどと言うのは止め、他府県との違いや、沖縄県だけの特別な予算と軽減税率等をちゃんと説明するべきだと思う。沖縄県の基地負担に、国民の多額の税金が注ぎ込まれている事を私達多くの県民は知らされていないし、理解していないのだから。

    投稿: 宜野湾市民 | 2015年11月13日 (金) 21時22分

    ふゆみさん

    昔を知っている人は余計に驚きますね。
    官庁施設や商業施設なので昼間人口>夜間人口になってます、相乗効果でマンションや戸建ての新築分譲も増えてますけど…。

    飛行場が陸軍→米軍→陸自、横田もかすってるし東駐屯地も健在、結局は基地の町です(笑)


    普天間に限らず、開発後の維持費まで国を頼りにされても困りますが、跡地利用計画は今までに何年もの時間があったので骨子に肉付けの段階だと思いますよ。

    基地依存は低い、国からの交付金も多くない、沖縄にばかり押し付けるなという翁長知事の手腕の見せどころです。


    本土人は黙れ!と言われそうですがこれからの宜野湾市長は跡地利用で強いリーダーシップが取れる人がなるべきだと考えます。

    投稿: 多摩っこ | 2015年11月13日 (金) 21時32分

    普天間の跡地利用は特措法で国が絡む極まりになっています。しかし、具体的にどこまで“特別な援助”をするかは政府次第です。引き出したいですね。

    案外、辺野古移設に最後まで反対し続けた挙句に移設と普天間の返還が実現した方が、返還跡地に対する「国の責任」が高まるかもしれませんよ。鉄軌道の実現にもつながれば最高かな。

    なんか昔ながらの発想(手法)で申しわけありません。でもそういうクセをつけたのは今までの政権ですから・・・当局がそう思っていても責められません。

    国が基地問題と振興はリンクしないさせないと保証しているので、何をしても一応安心です。

    辺野古区の「仕方なく受け入れるけど、地元の振興・負担軽減はちゃんとしてくれよ」というのがスタンダードですが、「金で転んだ(売った)」と前知事同様に吊るされるわけで、これも何十年も歪ませたままにしてきた国の責任でもあります。(自民党県連の責任は・・・・いいです。なれずしにでもなればいい。解体消滅!)

    51ヘクタールの西普天間住宅地区でもわかるとおり、地権者はお上頼りですが減歩率も問題だし従前額が確保できないようでは、首は縦に動きません。

    普天間飛行場はそれの10倍近い面積です。

    結果、国の特別な援助が必須になります。普天間に大規模な「公園」をつくるにしても「国営」を求めます。県市は、整備はもちろん、それを維持管理するチカラもありません。墓地くらいは自力で頑張りましょうか。

    今まで所有者の自己使用ができなかった代償として跡地開発は国が・・という意見もあるでしょう(私も実はそっちです)が、代価を受け取っているので、土壌調査後更地返しが普通です。沖縄県は特措法で別ですが。

    昔は沖縄県でもそうでしたが他都道府県では今でも土壌清浄すらあやしいまま返還されます。当然地代も即ストップ。後は自治体と地権者でどうぞお好きなように、跡地の一部に国有地があって利活用に必要なら適正価格で売ってあげますよ、です。

    長くなりすぎました。

    普天間の跡地利用は国の特別な援助抜きでは成しえません。那覇により近いキンザーと同時なら困難性は数倍増です。

    忘れている方もおられるでしょうが、特措法は期日がくれば終わるのです。現行特措法の終了は平成33年3月末でしたか、また延長強化するのか、終わらせて「要綱」程度に落とすのかは政府の判断です。

    現知事の行動が吉と出るか凶と出るか、結果は数年後にわかるのでしょう。


    投稿: 文若 | 2015年11月14日 (土) 09時49分

    文若さん。
    すごく分かります。沖縄は特殊な事情を持ってますし、協定もあります。
    他県の場合、ウチのトコも同じですが本来「原状回復」して更地で返還するのが当たり前ながら、駅裏の再開発やろうとしたら戦前から旧鉄工社、東ソー、山形ガスの土地だったので重金属や有毒物質だらけで大変なことになりました。
    汚染土を郊外までダンプでピストン輸送して埋めて、その残土の上に新しく広くて足湯やオートキャンプ場付きの広い公園を整備して対処。
    終わったと思ったら、地下道路通そうとしたところでまたカドミウム出たー!で、裁判に。地下道は2年遅れて開通。
    ちょっとした田舎都市でそんなもんですよ。
    あちこちで同様な事が起きてます。

    地位協定の一部改訂で「土壌検査が出来る」は、地味なことながら大きな進歩です。

    私が昨夜北部訓練場返還に関して敢えて「暴論」を書きましたが、残念ながら管理人さん以外からは反応無しでした。
    某軍事系SNSでは以前人数を限った「グリーンツーリズム」にしてヤンバルの自然を活かせないか?と書き込んだら…見事に袋叩きに会いました。
    知床半島みたいな僻地の世界遺産でも観光客増加によるトラブルが多発しております。国定公園なら蔵王のスキー場の乱開発を散々見て来てますし…あんなので環境保護など無理!自治体の都合で住宅地整備したいというと簡単にそのエリアが公園から解除されます。
    ならば国立公園(北部訓練場が返還されたらたぶんこれになるかと)ですと、基本的に地元が勝手にやれなくなりますが、各地を見てるとそこは交渉次第のようですね。沖縄の事情を知るほどに、なんだかゴタゴタが増えそうな気がしますが。

    投稿: 山形 | 2015年11月14日 (土) 11時40分

    山形さん(^^)遅ればせながら、私も北部開発には大反対なので国有林にして保全以外立ち入り禁止にしないなら返還が最後でも良いくらいかと思います。面積は確かにどばっと減りますが、使えない所ばかり返しても負担は減ってないと言うのは必至ですから。

    投稿: ふゆみ | 2015年11月14日 (土) 14時08分

    昨日書き込もうかと思っていたのですが。
    どなたからの訂正がないので…
    浦添市長は松本哲治さんだと思います。市長戦前から翁長氏に散々振り回されていますね。
    儀間三男さんは市長戦敗れて直ぐに参議院議員となられています。

    基地返還されて出来るのは毎回大型商業施設でしょう。
    キンザーにはサンエーがライカム以上に大型の店舗を計画中。
    ライカムがいつまでもつのかと、良く話題になります。
    このブログに集まられる方々のように真剣に考えていませんよ。翁長氏一派は。
    知事戦前に平良氏があちこちで言っていたことは、「基地がもたらす経済効果は土地、給料合わせてもたかだか2000億、今の沖縄は観光だけでも2.5倍の4600億。基地など国の経済援助など当てにしないで沖縄はやれる。何も本土中央の決めた法律に縛られる必要はない。建築法も税法も。」翁長氏も那覇市長時代(2012年11月だったと思います)「沖縄に経済援助なんかいらない。税制の優遇措置もしなくていい」と言っていました。
    琉球新報にいたっては、琉球民族独立総合研究学会を後おし。コラムにしっかりと後おし記事何度も書いてますし。
    本当に彼らは沖縄をどうする、どうしたい、と考えているのでしょうか?
    辺野古に住んでる知り合いが、「買い物に幾度に反対派の人達に取り囲まれ検問を受ける。何でよそ者が我が物顔で自分達の土地で好き放題をしているのか」と、コンビニも食堂もトイレだけ使いにくる反対派が外迄行列なのだそうです。彼は「地元の為の戦いだと言うのであれば、弁当も飲み物もお菓子も地元で買って欲しいよ。トイレだって水道代にペーパー代、掃除だってかかるって、知事は解っていないんだろうなぁ。ゴミ処理だってどんだけかかるって。男達は人の家の周りでタチションだぞ。匂いだってたまったもんじゃない。」地元は迷惑困惑しているのです。
    「基地は子供達には仕事が生まれる。他所に仕事探しにいかなくっていいんだよ。」
    「家族バラバラにならないで生活出来るようにしてくれるのが一番の地元思いじゃないのかな。」
    こんな事も言っていました。「ジュゴンは俺達におまんま食わせてはくれない。珊瑚だってこの辺りは死んで白くなったやつばかり。その証拠に誰か珊瑚見にきたか?10年も代替え地にと言われて待った挙げ句に、知事のいいように振り回されている。」地元の声は絶対に報道されません。
    反対派は沖縄の綺麗な海を無くしたくないと言います。では浦添も那覇空港も埋め立て反対しなきゃおかしいですよね。
    ジュゴン、ジュゴンと言うけど、空港沖での目撃情報もあります。
    基地は絶対作らせない。無くすと言うなら那覇軍港よりでっかい軍港はどうなるのでしょうか。キャンプハンセンは還さないで、と懇願した名護市長の頭の中には何があるのでしょうか。
    軍港は10年以上前に県と那覇市と浦添市で那覇軍港管理組合なるものが出来たような記憶がありますが、今はどんな機能をしているのかと、きになります。
    返還されたら、建設業会、観光業界、儲け話だけが頭の中飛んで回っているのでしょうか?
    ナビー@沖縄市様、私は諦めてなどいませんよ。沖縄と沖縄に住む人達が大好きです。住みやすい沖縄を願っています。
    このブログの中には私が知りたい、と思う情報や素晴らしく素敵な沖縄思いの方々が沢山です。ナビー@沖縄市様の考えや意見を読ませて下さいませ。

    長々となってしまいました。
    年と共に頭が回らなくなってまとめるのが苦手になってしまいました。

    投稿: 沖縄のおばぁ | 2015年11月14日 (土) 14時57分

    沖縄のおばぁさん、こんにちは!
    浦添市長は2008年の話なので当時は儀間氏、今は松本氏ですね。
    沖縄は他の田舎に比べて巨額な予算がついている分、それに目が眩んでしまうのでしょうね。
    普通の地方都市として繁栄を極めはしなくとも地に足を付けた暮らしが代々できるような街づくりを提案できる政治家が支持されて欲しいです。
    私の周りではやはり沖縄はスローライフの聖地のような憧れがあり、旅先でお世話になった民宿の方々のゆったりとした笑顔が継がれていくことを願っています。

    投稿: ふゆみ | 2015年11月14日 (土) 15時30分

    HN沖縄のおばぁ様。いつもありがとうございます。このブログの取り柄は、本土と沖縄の普通の人達がまじめに沖縄についてかんがえるところだと思っています。

    今後ともよろしくお願いいたします。楽しみにしております。
    正直言って、沖縄左翼たちとの討論にはほとほと疲れています。いつもワンパターンですから。
    それより、普天間跡地利用をどうする、北部演習場はどうするといった議論のほうがはるかに楽しく、具体的に沖縄が見えてきます。

    あ、ふゆみさん、私北部演習場返還論者だからね(笑)。乱開発で荒れと考える前に、荒れさせないためにはどうしたらいいか、かんがえようよ。日本人の責任だからね。
    基地にしておくほうが荒れないというのは事実だけれど、それはある種の甘えでしょう。

    返還から見えることはいっぱいあって、自治体財政や、軍用地主問題など沢山あります。
    跡地整備にしても、果たして国の仕事なのかどうなのかについて文若さんが詳しく解説願いました。

    皆さん、有意義な討論をありがとう。

    投稿: 管理人 | 2015年11月14日 (土) 16時19分

    沖縄のおばぁさん

    市長のくだりは2008年の話ですよ。

    >「基地がもたらす経済効果は土地、給料合わせてもたかだか2000億、今の沖縄は観光だけでも2.5倍の4600億。基地など国の経済援助など当てにしないで沖縄はやれる。何も本土中央の決めた法律に縛られる必要はない。建築法も税法も。」

    だったらまず税制優遇などの廃止を政府に働きかけてもらいたい。
    全く嘘八百ですね、観光収入なんか流動的で政情や何か悪い噂が立てばとたんに青色吐息。

    振興予算として莫大な国税をつぎ込んできてますが、何故か沖縄の経済自立が出来てない。

    翁長知事は国に楯突いてるくせに基地跡地の整備や維持費に金を出してくれと国に言ってるとか。(まともな都市計画ができてるの?)

    基地の地主たちも考え方を切り替える時期にきてます。
    何ですか、減歩率が低くて道路が狭い?渋滞だ?土地提供したくない。
    国が金を出しても、これじゃ区画整理なんか出来ないでしょう。
    強欲だと中途半端な街づくりで地価も上がらずに損をするのは地主、税金も死に金です。

    返還されたら地代バブルは終わりなんですけどね。

    投稿: 多摩っこ | 2015年11月14日 (土) 16時25分

    管理人さん(^^)
    ちょっと古いデータしか拾えなかったのですが北部訓練場の地主は
    地主数:70人
    年間賃借料:4億6千4百万円
    これならば国有化が見えてきそうですね。
    2000人以上もいる普天間の地主達とは違う取り組みが可能だと思います。
    屋久島のケースを見ても、自然に立ち入ればそこは破壊を免れないし、海岸線と森をセットで保全してプロ以外入れなくしたとして。
    自治体は地代が無くなるのは辛いでしょうが開発資金の心配は無くなる。国庫は払っていた地代より少ない額で保全できるのではと思います。
    このような、開発しない土地を国が持つパターンで今ある街が廃れるリスクを回避する必要があります。あっちこっち掘って島をぼろぼろにせずにね。

    投稿: ふゆみ | 2015年11月14日 (土) 20時31分

    HNふゆみさんの北部訓練場の「年間賃借料464百万円」は桁間違いでは?県(出展は防衛局)の資料を見ますと、H25年度実績で54百万円のようです。
    (民間に支払われている借地料とは別の意味でしたらすみません。)

    なぜか北部訓練場は国有地率が高いんですよね。いつから国有地となったのかなど経緯はわかりません。詳しい方がおられたらよろしくお願いします。

    やんばるの話ついでに・・・
    以前も大国林道のことを書かせていただいかと思いますが、あれほど需要必要性と環境破壊のバランスが取れていない公共工事も少ない。

    整備すること自体も無駄と破壊ですが、ムリな設計のために台風大雨の度に崩れまくって、その後もなかなか補修しないので、土砂でまくりです。

    今はさすがに林道整備は一応止まっているようですが、大田知事時代から裁判もしてます。高江で「やんばるの自然を」と訴えている人たちのブログに「身近な自然破壊の例」のこれが全く出てこなかったのが不思議です。

    ※以前、嘉手納飛行場が日本陸軍の飛行場(屋良補助飛行場)だったということで勉強になりましたが、嘉手納飛行場の国有地率は1割未満で、それほど普天間とかわらないんです。
    昔はあんな広大な飛行場ではなくて短い滑走路プラスちょっとした建物くらいだったのかなと想像しました。

    投稿: 文若 | 2015年11月15日 (日) 06時46分

    朝から失礼します。平成25年に400→54百万円にがくんとおちてますね。私の拾った表やWikiの4億という数字は古いものでした。
    今スマホしか手元になくPDFの検索がし辛いので土地と地主と地価のどれが動いてそうなったのかは見つけられていません。
    話はずれますがパリ関係の安否確認でどんよりしています。知人に犠牲者が居なくとも歩いた場所で事件が起こると胸が凍りつきます。

    投稿: ふゆみ | 2015年11月15日 (日) 10時33分

    デマ飛ばし沖縄を攻撃せねば。 

    投稿: 管理人 | 2015年11月15日 (日) 16時29分

    警告!上のHN「管理人」は私ではありません。
    おいおい、やめてくれよ。
    とうとうオレも、ニセモノがでるようになったか(苦笑)。

    この荒らしのIPは 126.●●●.●●.173 です。
    記録されました。

    極めて悪質な荒らしですので、さらししておきます。
    私が「デマで沖縄を攻撃」?
    怒る気にもなれない。
    くだらないことやっていないで、真正面から来いよ。

    投稿: 管理人 | 2015年11月15日 (日) 17時38分

    なりすまし管理人…、クズが。
    サヨクというか詐欲というか…

    管理人さん、ホントに大変ですね。めげずに頑張ってください。頼りにしてますので。

    投稿: クラッシャー | 2015年11月15日 (日) 18時50分

    HNふゆみさんへ
    『桁間違いでは』などと失礼しました。またまた勉強不足でした。
    400百万円から翌年に54百万円になってますね。国県市町村民間の「持ち面積」はかわっていないのに(地主数は78人から72人になってますが)極端な違いです。ミステリーです。

    ちなみに稲嶺進攻撃で言われる「162ha」ですが、国側としても人質的要素があったということは想像に難くありません。

    だからこそ、稲嶺市長は歴代市長とは違った対応をする(喜んで返還を受け入れる)と思ったのですが、買いかぶり過ぎでした。

    地位協定が云々というのなら「ここは使っていないようだから返還できるんじゃないか」という問いかけを毎年しなければなりませんし、日米間で返還合意したものを従前どおりのお願いをして先延ばしするなんて。

    ゴリゴリの左翼・・・とはちょっと違うんじゃないかな?というのをそういうところでも感じてしまいます。

    傾斜地だろうと鍋のふただろうと取れるときに取るのが本来の基地反対のありかたでしょう。「金で魂を売った(金で転んだ)稲嶺市長」とのソシリは免れません。

    再編交付金は受け取っていませんが従来からの防衛補助事業、9条交付金はどうでしょう?案外ちゃっかり防衛省のお世話になっているかもしれませんよ。


    投稿: 文若 | 2015年11月15日 (日) 22時06分

    文若さん

    北部訓練場の国有地、興味がわいたのでググッてみました。
    多分これなのかなと思います。


    >国頭村の山が国有地と民有地に法的に区分されるのは、明治32〜36年の土地整理(土地官民有区分)と明治39年の杣山特別処分(国有林野の有償払い下げ)によってである。
    それ以前の王府時代には、国頭間切では村ごとに杣山や山野が区分され、農民の夫役で造林や管理が行われていた。
    その利用形態は一種の入会利用であった。

    投稿: 多摩っこ | 2015年11月16日 (月) 01時08分

    多摩っこさん。文若さん。はい、この議論はこの程度で。

    投稿: 管理人 | 2015年11月16日 (月) 03時39分

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