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« フランス同時多発テロ その4 池内恵氏 テロに対する過剰反応が「効果」となる | トップページ | パリ同時多発テロ その6 EUの国境廃絶は失敗だったのかもしれない »

2015年11月20日 (金)

パリ当時多発テロその5 ISが宣告した「恐怖政治」

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HN山口さん。おっしゃるお気持ちはありがたいのですが、あなたは正確に池内氏の言説を伝えています。 

池内さんは、「イスラム国」という呼称を変更するように言ってきた、私のような立場に対して「わかった気になってんじゃないよ」という批判の矛先を向けている、としか解釈しようがありません。 

お互いに引用ばかりで恐縮ですが、池内氏はこうフェースブックに書いています。誤解がないように、パラグラフごと引用します。https://www.facebook.com/ 

■11月17日 池内恵フェースブック 

「『イスラーム国』を『イスラーム』と呼ぶな」といった、素人でも何か言った気になれる入り口で騒いでいた人たちは、報道される事実を見て、やはり分析のためには「イスラーム国」と呼ぶしかないことに気づくといい。 

政治的主張として「偽イスラーム国」なりなんなり呼んでもいいが、自分自身が何について話しているか分からなくなる、そもそも分かっていないのならやめたほうがいい。 

結局、ジハードの理念という世界のイスラーム教徒の社会の共通のインフラを利用して扇動すると、少数だが結構な数を動員できてしまうのがジハード主義の最も大きな強みで、それを『イスラームと呼ぶな』と言って、自粛したところで、実態が見えなくなるだけ。『イスラーム』」のある教義を掲げると、世界各地で少数だが一定数が動員されるという現実を出発点にしないと、対策も取れない。 

動員される数は限られており、冷酷にミッションを自発的に実行するから対策に困り、社会の動揺は大きいが、だからといって国と社会がしっかりしていれば負けるはずはない。ジハード主義に国や地域を乗っ取られる国は、政治がおかしいのです」(太字引用者) 

要するに彼が言っていることは、ISはコーランのジハード(聖戦)という概念から発生していて、ISは世界のイスラームの共通の理念的インフラを使って煽動しているのだ、ということです。 

ですから、「IS」という言い方に変更してみても、その本質はなんら変わらず、かえって安易な呼称変更することで、「実態が見えなくなるだけだ」と言っています。 

Photo

まぁ、そのとおりですな、としかいいようがありません。

と同時に、この言い方は、多くの一般人にとって大変に危険ですよ、とも言っておきます。

私は、「IS」という呼称について、一般のイスラム教国や、平穏な生活を続けるムスリムに対する差別と迫害を生みかねないという認識を変更する必要を認めませんので、このまま使い続けるつもりです。

浅学な私ごときが言うのもおこがましいのですが、池内氏は、学的誠実さに拘泥するあまり、現実社会の中にゴロゴロ転がっているイスラームに対する無知から来る偏見について低く見積もりすぎでいるように感じられます。 

率直に言って、私を含めた多くの日本人にとって、イスラーム学そのものに関心があるとはいえません。「世界を知る」一環として、正しい知見を得たいと思う程度です。 

ですから、彼らのジハード主義がイスラームの教えと本質的つながりがあるかどうかについて、判定するだけの知見の蓄積が欠落しています。 

わかったふりをする気は毛頭ありませんが、「本質的な部分から出ている」と指摘されれば、ISに対しての恐怖は多くの無辜のイスラーム教徒に対しても、等分に向けられるでしょう。

現にそうなっています。ヨーロッパでは、移民排斥運動は今後激化するでしょう。

ハリウッドは、ムスリムはテロリストだという印象を与える映画を大量生産し、スクリーンの中で面白おかしくムスリムを撃ち殺し続けることでしょう。 

中国は狡猾にこの機会を狙って、東トルキスタン(ウイグル)の民衆の抵抗を、「抵抗する奴らはISだ」と主張し、対IS包囲網への参加を申し出ることでしょう。

そして本来、私たちが警戒し、恐れねばならない相手がISと名乗る醜悪極まりないモンスターだけだったにももかかわらず、その恐怖は溢れだし、一般のイスラム諸国や、イスラム教徒にも向けられていくようになります。

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そうです。それは池内氏ふうに表現すれば、「リテラシーのかけらもない」感情、つまり漠然としているが故に根源的な恐怖が根っこにあるからです。

つまり今回ISが作り出したのは、まさにテロの語源である La Terreur(テルール)、すなわち「恐怖政治」そのものだったのです。

恐怖は、相手の対象が見えないが故に増幅され、飛散していきます。

彼らISが作りだしたのは、まさに「テロ」という言葉の語源どおり「恐怖」でした。

考えて見てください。まったく平穏な宵のとばりにつつまれたカフェのテラスでの一時を楽しむ恋人たち。あるいは、劇場で音楽に包まれる人々。サッカーの国際試合に熱狂す人々。

彼らに弾丸を平然と、弾丸を浴びせるられるということへの根源的「恐怖」です。

必死に逃げようとする妊婦まで、無表情に射殺できるという狂気です。

これは、現代における生活のスタイルそのものを、血と銃弾で破壊する行為です。そこにあるのは、まちがえようもなく、人間の死です。

倒れた人々の頭を、ひとりひとり射殺していくような、底知れぬ人間に対する憎悪と恐怖です。

Photo_7
それは、私であったかもしれないし、多くの日本人であっても少しもおかしくはなかったのです。

そこが、青山通りであっても、国立競技場であっても、東京ドームであっても少しもおかしくはなかった。

想像するまでもなく、高い確率でデロリストは、来年の伊勢志摩サミットを標的に据えているはずです。

その場合、警戒厳重な会場を狙う必要はなく、東京でも大阪でもいささかもかまわないはずてす。

非常事態権限や共謀罪、あるいは特定秘密保持法を、まるで民主主義社会の敵のように叫ぶ皆さんにお聞きしたい。

あなたは、パリやサンドニの風景を日本でも見たいのですか。彼らが仕掛けているのは「戦争」です。

そうならば現在は、もはやあなたが考えているような、制限なき自由が謳歌できる「平時」ではないのです。

その意味で、私はISのこのテロは、世界の人々に対して、テロという「恐怖政治」と戦争を宣告したのだと思います。

しかも始末に悪いことには、彼らの「戦争」は、一般のそれと違って守りようがありません。

宵のカフェテラスで食事を楽しむことや、コンサートやスポーツ観戦を自由社会は禁止できないからです。

自由社会の根本原則は、開放的社会であることです。自由に、法律の枠内でありさえすれば、自由な行動が許されています。

それをターゲットにしたISは、実に「見事な」標的を選んだものだと思います。

仮に、このテロの標的が、国家機関や警察や軍隊ならば、私たちはこれほどまでに衝撃は受けなかったはずです。

しかし彼らが狙ったのは、文明の心臓ではなく、柔らかい無防備な脇腹でした。

Photo_3(写真 シャルリ襲撃事件の折の、各国首脳の追悼デモ)

さて、今後自由主義社会は、ロシアまで含んだ「対IS統一戦線」を作っていかざるをえなくなりました。

自由主義社会を根本から否定する「恐怖政治」との、交渉や話しあいなどありえないからです。

ロシアは、ウクライナ侵攻による国際包囲網を帳消しにするいいチャンスをえたと思うでしょう。

もちろん彼らもまた、ロシア航空機テロによる多大な犠牲を払ったからです。

では、彼らの対IS掃討作戦がうまくいくかと言われれば、残念ながら、それは大変に難しいと思います。

池内氏が冷厳に述べているように、そのジハード主義がイスラーム共通の根っこの本質的な部分に根ざしているが故に、シリアのISが物理的に壊滅することがあっても、別な地域で、限りなく同じような「IS」が誕生してしまうことでしょう。

Photo_4

思い出してみてください。私たちはこんな繰り返しを、何度見させられてきたことでしょうか。

アフガニスタンのソ連侵攻は、イスラームの「聖戦」という概念を現代に蘇らせ、CIAの手によってアルカーイダという怪物を生み出しました。

そして、アルカーイダは9.11同時多発テロを引き起し、米国はイラン、イラク、アフガンにおける対テロ戦争の泥沼に首まで漬かって、国力を疲弊させていきます。

米国が提供していた世界の安全保障インフラは、大きく揺らぎ始めます。

また、対テロ戦争によってフセインなどの独裁者が打倒されたことによって、中東と北アフリカ地域に生れたのが「統治の真空」と呼ばれる状況でした。

Photo_5
美しい言葉で、「アラブの春」と呼びます。

しかし美名とは裏腹に、そこで起きたことは政府が消滅し、軍隊は与えられた銃を自らのために使うようになった社会でした。

ここに無数に誕生したのが、多くの崩壊国家と、そこを根城にするジハード主義者というテロリストたちでした。

そしてこの「アラブの春」の波をもっとも遅く受けたのがシリアであり、そこでまたもや米国が育成してしまったのがISというモンスターでした。

米国という国の、恐ろしいまでの馬鹿ぶりが分かります。今さら嘲ってみてもしかたがありません。あの国は力の強い阿呆なのです。

そして、望むと望まざるとにかかわらず、その知恵足らずが、世界の安定を支えており、我が国は米国と同盟する以外に生存できないのです。

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このISは崩壊したイラク軍人たちにより結成され、「統治の真空地帯」となったシリア領内を「領土」化していき、国境線を超えた版図の拡大を目指すようになります。

そして、ISは池内氏の指摘するとおり、拡大し拡散して、ヨーロッパ全土に飛び散っていき、そこからまた新たなテロの芽を吹き出します。

つまり自由社会は、いまや国の外と内部に「恐怖政治」の種を抱え込んでしまうことになったのです。

このような世界情勢の中で、若者たちに「革命を起こそう」と煽動する音楽家がいること自体が信じられません。

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コメント

過激な思想を背景に活動する個人や組織は何処の国にも存在しますが、国家の監視の下通常は社会の片隅で細々と活動しているに過ぎま
せん。インフラや地域の共同体が文字通り破壊され、経済的な基盤を奪われ無秩序の中に放り出された人々の受け皿としてして機能している側面も見逃せないと思います。経済的基盤でもあり同時に共同体としても機能しているのでしょう。人質ビジネスは拡大する共同体の要請でもあるのではないでしょうか。構成員の子供達の学校、病院経営など構成員の家族を養っていくための資金の調達手段にもなっているのでしょう。彼等に対するアプローチが思想面に偏るのは危険だと思います。

HN由紀子さん。
オウム真理教も、「病院」も「学校」ももっていました。工場すら持っていました。彼らは、麻原を頂点とする「共同体」を営んでいました。

その中では金なしで暮らせる宗教的「共同体」です。そして子供も育てていた「共同体」でした。
オウムは「政府」や「軍隊」すら持っていました。
おそらく狭い日本でなければ「領土」も所有したかったことでしょう。

そして彼らが企んだのは、オウム真理教で世界を一色に染める妄想の革命戦争でした。

その意味では、ISはオウムに酷似しています。
政府と領土を持ち、疑似社会を営み、世界を相手に革命戦争をしかけるところまでそっくりです。

だから、なんだと言うのでしょうか。「共同体」を作ってさえいれば、彼らが犯した殺人や、テロが肯定されるとでも?免罪されるとでも?

冗談ではない。
あなたがおっしゃっていることは、一種の論理のすり替えです。
問われているのは、ISの大量殺人です。そのような時に、「いや彼らも共同体を持っていいこともやっているのだ。テロには理由がある」というような議論は、本質をそらす議論です。

彼らが地元でなにをしていようと、していまいと、今回の事件とはなんの関係もありません。
仮にあるとすれば、彼らが自らの「領土」内で、テロリストを育成し、彼らに自爆用爆薬とそのジャケットを与えて、テロを命じたことくらいです。

パリでISがいかなる残虐行為を働いたのか、直視せねば、何の議論も始まりません。

テロ組織の討伐の一方で若者のリクルートを防ぐには、シリアを安定させて産業を興すしかないのでしょう。
今日の朝日新聞には、ロシアがアサド政権を見限っていると報じました。新政権が上手く成立すれば良いのですが、大国間の綱引きが妥結するかどうか。

誠に皮肉な話ですが、アメリカでテロが起こってアメリカも本気になった方が話が進みそうです。それだけにISILはやらない、と予想します。

実に「由紀子」氏のおっしゃるとおり。
先進国の国籍をもつテロ実行犯などを見て、彼らを(たとえば)アノニマスみたいな理念によるネットワークのように捉えるのは正しくない。
いろんな意味で、実効支配地域の存在そのものが持つ意味はなおざりにできない。
ISは一面幽霊のような存在だが「肉」の部分も持っている。
「イデオロギーによる有志の総体なのだから掃討してもどーせムダ」と思わせるところまで含めての、無差別テロ戦略である。

タリバンやアルカイダ、ボコ・ハラムとても、内戦地帯やトライバルエリアのような法の支配が充分に機能しない地域がなければ発生しえなかった実体的な根っ子を持つ組織であり、
同様にISもまた本質的に新しいミュータントの類ではなく、歴史上数限りなく発生した、宗教上の原理主義を旗印にして暴発した「叛徒」のひとつであることは間違いない。

これはそうした集団の主張や行動を認める認めないとはまたぜんぜん別の話。

あと、「プー」さんのおっしゃる「シリアの安定」なくして解決なしというのもそれはその通りなんだけども、
日本の敗戦時には街は焼け野原と化していても少なくとも国境線は確定していたので、あとはその枠組みの中でみんなでガンバルだけだったけど、
シリア(と、イラクやトルコの一部を含むあの地域)はその「スタートライン」にもはるか遠い。
いまはISが焦点になっているが、彼らを除くことは最終的な安定化へのわずか一歩に過ぎない。

テロ集団が発生するにはそれなりの原因(貧困・人種差別等)があるのでしょう。
元を辿ればサイクス・ピコ協定なんて所にまで行き着くのかも知れません。
リベラルな方々は鬼の首を取ったように「欧米列強のエゴが原因だ」
なんて仰います。確かに一理あるのかも知れませんが、
寅さん風に言うならば「それをやっちゃあおしまいよ」という奴です。
どんなに高邁な信念を持っていたとしても、残虐非道の限りを尽くしては
一部の者を覗いて誰からも理解されないし、共感も呼ばないでしょう。
今回の出来事は正にその振る舞いとしか言いようがありません。

パリでは街に市民が戻りつつあると言います。
怖がって出歩くことを控えていてはテロリストに屈することになるからだとか。
正直、勇敢だと思いますし、偉いなあと感心します。
一方我が国では、如何にテロの対象にならないようにするか、
何てことをテレビでやっています。
もうね、何をか言わんやの心境です。
イスラム国に二人の人質を惨殺された際、
首相のイスラエルでの発言が原因だあー。
などと馬鹿騒ぎしていた民主党を想起してしまいましたよ。

(付記;ポツダム宣言受け入れ時点で領土・国境線は「確定」なんかしてないぞ! と
たとえ話の中の単語に食いつく人がもしいたらメンドイな ってことで一応先回りしておくが、
言うまでもなくそれは分断国家になるような大枠での対立はどこにも無かったという意味である)

少々長いですが、以下引用です。

今現在、最も一般的に受け入れられているカルトの定義は、1985年にアメリカで開かれた『カルト問題:学者と識者のための協議会』で採択されたものです。
「カルトとは、ある人間か、観念か、物に対して、過度の忠誠心・献身を現し、非倫理的な方法で人を操作したり、高圧的な手段により人を説得したり、コントロールしたりしようとする集団、あるいは運動である。(その方法とは、友人や家族から隔離させること、衰弱させること、暗示感応性や服従心を高めるための特別な手段の使用、グループによる強い圧力、情報統制、個性の抹消や批判的な考えの停止、グループに対する依存心やグループを離れることに対する恐怖心を助成することである。)これらの手段は、グループの指導者たちの目的を推進するためのものであり、実際に信者自身やその家族、及び社会に損害をもたらす(あるいはその可能性を秘めている)ものである。」
 この定義で特に重要視されている問題は、人間社会に破壊的結果をもたらすという点です。ですから、一つの宗教団体がカルトであるかどうかを判断するために、どんな被害が出ているかを慎重に調べる必要があります。勿論、「破壊的結果 」と、一口で言っても、様々なものがあります。家庭崩壊、人命の損失、財産の略奪、人格の荒廃などですが、このような被害が出ているという確かな証拠があるなら、ある宗教団体の実態を表すのに、「カルト」という言葉を用います。しかし、一風変わった集団を軽蔑するために、あるいは、ライバルのイメージを落とすために、カルト呼ばわりをしてはいけません。人間社会に破壊的結果 をもたらしているかどうか、これがポイントなのです。
以上引用。

宗教に名を借りたテロ集団かな。

HNnanba氏とやら。ご卓説ありがとう。
そもそも私はISを「分析」しようとは思っていない。その意志も意欲もない。

池内氏の知見は、重要だが、支配されていない。憲法学者たちと9条の会の関係にアナロジーしないでほしい。

だから、彼らが自称「領土」とらでどのような「実態」があるのかの意味についても、まったく関心がない。
そのようなことは、もっと後の時代の学者たちがノンキにやってくれ。
今、必要なことは、ISのプロバガンダ映像にあるようなことではなく、もっと実践的な知見だ。

もう後藤氏たちが殺されたことを忘れたのか?喉元過ぎれば熱さ忘れるではないが、おおかたの日本人は、もう忘れかかっている。
「日本がテロの標的にならないように」ではなく、もう既に「なっている」という事実から開始すべきだ。
その上に立って、伊勢志摩サミットということが控えていることをちゃんと見ていただきたい。

そのテロを防ぐという意味で、彼らの「国内」を分析するのなら、大いにやったらいい。
そうでないご卓説は、ただの饒舌にすぎない。

ちょっと何が言いたいのかわからないですね。
なんで感情的になってるのかもわからないし。

欧州で、マレーシアで、テロ準備の摘発が続いています。ムスリム人口でいえばアジアは最もムスリムが多い地域です。インドネシアとマレーシアの安定とオーストラリアを含めた東南アジア各国公安の連携は必須だと思います。
個人的には日本に今住むムスリムからのホームグロウンテロよりも、日本人の中に一定数存在する過激な破壊的思考に振れた人間が改宗もしくは宗教に関係なく呼応する可能性の方がずっと高いのではと危惧します。
日本でテロを起こさせない為ならば、私は一定の不自由を受け入れます。

nanbaさん。「である」調で書くと、けっこうキツイので、いつもの「です」調に変えましょうね(笑)。

あのねnanbaさん、イラっとはしましたか、別に怒ってもいませんし、ましてや感情的なんかにはなっていませんよ。

なんて言うのかな・・・、たまに勘違いする人がいるんですが、あなたは、ここが掲示板かなにかだと誤解しているでしょう。
このコメント欄は、あくまでも私の記事のフォーラムなんですよ。それがルールです。

あなたは私の記事に関係することを、なにも書いていません。
ただ、自分の意見を長文で開陳しているだけです。
だから、私の記事とまったく噛みあわないのです。
あなたにとってはそれでいいのかもしれませんが、ならば、そのようなことは、どうぞご自分のところでおやり下さい。

あ、そうそう、憲法学者と池内さんを重ねるのだけはやめて下さい。
他の人は知らないが、私は彼をそんなアイコンだと思っていませんよ。
それは池内さんにとっても迷惑でしょうし、私は意見が違うなら違うと言っています。
それに幾通りにも解釈できるほど彼の言説はあいまいではないですよ。
むしろハッキリしすぎているくらい(笑)。

ですから、私はイスラームについて教えて貰える部分は謙虚に吸収しているつもりです。

それと、もうひとつ。
私にとっては根本的なことで、あなたにとってはどうでもいいことかもしれないが、私はこのパリ同時テロに対して素で怒っているもんで。
後藤さんの時も素で心底怒りましたから、私。

たぶんその体温があなたと違うんでしょうね。
ま、そこまではあなたに求めませんが。
そういうことですんで、そのつもりで書き込んで下さい。

かみ合う議論をしませんか。

勿論、彼らを正当化するつもりもありませんし、その様に書いたつもりもありません。私が言いたかったのは只、機能面からの分析も必要ではないかと言うことだけです。だから何だと言われればそうですかとしか言えませんが。失礼致しました。

HN由紀子さん。わかっています。正当化はなさっていません。
ただ、あなたが言うようなISに対する「理解」は今するべきなのかどうかという「時期」の問題なのです。
キイワードは「時期」です。

それが何年か後ならかまいません。あなたがおっしゃるとおりでしょう。
しかし今のパリは、例えればオウムがサリンを地下鉄で撒いた直後の東京のようなものです。
その時に、「彼らにも共同体がある。それには意味がある」というのは、見当違いじゃないでしょうか。

私たちは、今、何を殺されたパリ市民と共有すべきなのか、それを考える時なはずです。

私の答えは、鎮魂と怒りとです。

ああ、私も当事者ですね、失礼しました。確か基本コメントへのコメントは管理人さんの許容範囲までで禁止でしたよね。
荒らしの後や、心が傾く問題に対してついついスコーンと忘れてコメントを繋げてしまいます。自重します。
ただ、最後に難波さんへ。
管理人さんはご自分の文体を一度断定調で書き込んだ後に意図しないキツさを感じて語尾を書き直し再コメアップしただけですよ。

nanbaさん。

それこそまさに持論の垂れ流しじゃないですか?
いや、論にすらなってないか。どこを向いて話しているのか分かりません。
相手には「何が言いたいのかわかりません」と返しては言いたいことだけを書き連ねていますね。噛み合う訳がないでしょう。
それでもさらにしつこく食い付くあたり、あなたは自ら「けして珍しい光景ではない」などとおっしゃるように、あちこちでこんな荒し行為をなさってるんだろうなと推測されます。

私は今回のパリのテロに関してと言うか。基本的にテロって物自体、認めたくないですね。テロを聖戦と呼ぶ事も、
イスラムの教えの中に聖戦があるのは理解できますし破壊の後の再生って考え方も納得できるかは別として理解はできます。
でも、異教徒を虐殺したり惨殺したりする事を、武器すら持たない一般市民を無差別に殺害する事を、聖戦と呼んでいいのかと。

戦とはそもそも民を守る為に兵同士が戦う事のはずです。
異教徒であろうと民を標的とする行為はいくさですらない、ましてや聖戦などであるはずがないと私は思います。

感情論だけで建設的な意見が出せないのが情けないですが、

管理人さんは勿論、長きにわたってリアリストとして非常に有益な情報を発信して頂いて有り難いです。
nanbaさんのコメントの独得の視点には感心させられること頻りです。

お二人の考えにはそれほど大きな違いは無いのではないかな? と思います。
ただ、解決至難の大事件に対してどう取り組むかは本当に難しいですね。


コーランにジハードが書かれているからと言っても、殆どのムスリムは隣人と折り合って暮らす善良な市民です。
そういう人々や国々と連携できないかな、と期待したいですが。
オバマ大統領はキリスト教徒で父がムスリムだというのですから、リーダーシップを発揮して欲しいですね。

nanbaさん、の名前使ってる方、以前の方とは違う方のような…

管理人さんは「時期」がキーワードだと述べています。
沖縄に関して言えば「今」は感情的に寄り添う時期を過ぎて冷静に分析して道筋を定めて行く「時期」

パリのテロにおいては「今」はまだ冷静に何かを判断できるだけの確かな情報が少ないから被害者や遺族に寄り添う気持ちが大事な「時期」

管理人さんの言説に私は矛盾は感じません。

「馬鹿は、隣の火事より恐い」と日本人は言ってきま
した。リクツはどうであれ、非武装の民間人を無差別
に好きなように殺す、ような凶暴な大馬鹿達は、自分
が殺される前に殺さないといけません。だって自分や
家族が蜂の巣やミンチにされてしまうんですよ、それ
も大馬鹿どもの妄想で。話し合いなんてトンデモナイ。

人が人を殺してはイケナイ理由は、弁証法的にはナン
とでも言えますが、ホントの理由は人を殺すと自分も
同じように殺されるからです。フツーの他人と付き合
って生活しているフツーの人は、だから殺人なんてし
ません。するのは「自分も死のうと思った」なんて人
だけです。報復の怖くない馬鹿には人殺しが出来ます。

ISは自分達で「イスラーム」を名乗らなければならな
い所からして、イスラームではありません。私は教徒
ではないけれど、一般イスラーム教徒はISをクソだと
思っているハズです。ムハンマドに恥をかかせるよう
な集団です。ジハードは、まさにイスラーム教徒達が
今回のパリ無差別殺戮のようなハメになった時のみに、
「他人を殺してはいけない」戒律を中断し、自分達が
生き残る為に戦うことを許されるという教えです。
気に入らないから殺せ!聖戦だー、なんてモンは預言
者は許されていません。

素早くテッテ的にやるのが、後世にまで恨みを残さな
いと思います。私の地元の「伊勢志摩サミット」は心配
です。日本の外交力は頼りにならないので、テロを大国
に政治利用されそうでコワイです。

最初の由紀子さんのコメントの解釈ですが、
a) ISは内戦に追われた人たちの受け皿として必要だ(ISに対し肯定的な意味で)
b) IS及びジハード思想の存続のためには実態としての組織(nanbaさん風にいうと「肉の部分」または「元栓の部分」)が必要だ(そこに対する分析、対策を考えないと問題は解決しない。)
という二通りが考えられると思います。

私はbと受け取りましたし、おそらく由紀子さんやnanbaさんもbを意図してのコメントと思いますが、管理人さんはaと受け取ってしまったのでは?
だから、『「共同体」を作ってさえいれば、彼らが犯した殺人や、テロが肯定されるとでも?免罪されるとでも?』という風に述べられているのではないでしょうか。

最初のボタンのかけ違いでズルズル行ってしまっているようで残念です。

由紀子さんやnanbaさんの実態部分に対する意見については私も同意見ですし、池内氏も否定していません。
その実態部分から発せられるジハード思想のメッセージに共鳴する人間が世界中に広がるムスリムの一部から散発的に表れるというのが池内氏の基本的な思想です。

ちなみに今日の池内氏のFacebookのコメントによるとイスラム過激派の巣窟と言われるベルギーでも実際にテロに参加するのはムスリム1万人に一人程度だそうです。

そうこうしているうちにマリでも事件が起こりましたね。
気が重くなります。

起きている事象はテロリズムであるが、ここまで組織的に尚且つ背後に支配的な擬似国家ISがある事を思うと、オランド大統領が言っている「これは戦争だ」の意味をもっとよく理解すべきではないか。
ISはイスラムの名の下に暴力と恫喝で支配しようとしている。
人類の歴史では、このISに限らず不条理な暴力と恫喝の支配で統治していた時間が歴史の大部分といっても過言ではない。今なお、アフリカの一部地域では人間の権利も自由も踏みにじられた生活を強いられている現実を見ることがしばしばある。
歴史を見れば、先人たちが多くの血を流しながら、この暴力の支配を打ち破り、人間それぞれの尊厳に基づいて、自由な言論と法の下に互いに尊重しあうシステムを築き上げてきた。
なぜ多くの血が流されてきたかと言えば、人間とは弱いもので、暴力と恫喝の支配に屈するものだから、簡単にはひっくり返せなかった。
多くの犠牲の歴史の上で、近代になって漸く築いてきた自由で民主的な社会なのである。
自由で民主的な社会では、言論の自由を保証し、例え異質な主張であろうと、その主張に対する理解と寛容な精神で臨んで来ている。
だが、これには前提がある。この自由で民主的な世界を維持して行く事に価値観を共有する限りにおいて理解と寛容な対応がなされるのである。
今、このISにより「自由で民主的な世界」が脅威にさらされ、破壊され様としているという認識があるのだろうか?
暴力と恫喝に立ち向かって、命を捨ててもこの価値感を共有する社会を守ろうという意思があるのだろうか?
過去の歴史を見ても、自分の身が危なくなると、暴力と恫喝の支配を目指す者にも1分の理があるという理由で、その暴力と恫喝に同調する卑怯な輩は多々いたのではないのか?

まず、この価値感を守る戦いにおいては、いかなる理由が有ろうと、このような無差別大量殺戮は許される事ではない。
相手の価値感である「暴力による支配」に対しては、「暴力で対抗する手段」でなければ相手の支配原理での勝利は有り得ない。それだから、オランドは、犯罪として断罪する(裁判にかけて相手の言い分も主張させる)と言っているのではなく「戦争として暴力で相手を潰す。ここには価値観を共有するものとしての理解と寛容の世界ではない。残虐な暴力と恐怖の手段で相手を屈服させる」といっていると理解しています。

管理人として警告します。
私は夜にPCを開けない習慣なので、開けてビックリポン。
同じ人物が低劣な内容ばかりを連投しています。この人物のHNは5ツもあります。
・ 難波 ・難波(よい子(よい子・nanba ・ nanba?・ nanbaとやら

以上全部、同一のIPです。しかも、この人物はかつて「王様の耳は」というHNで荒らしを働いて、アク禁指定された人物です。
しょうこりもなく、別のHNできたので気がつくのが遅れましたが、荒らし行為以外何者でもないですね。

しかし、なんなんだろうね。こういう他人様のブログ荒らして快感を覚えるっていうのは。一種の愉快犯なのかね。

このIPの2015年11月20日17時40分以降分は全削除します。(それ以前のは流れがわからなくなるので保存しました)
またIP-210.・・・・はアクセス禁止措置にしました。

前回2どされていますから3度めで、アク禁されるのが趣味のようです。

まぁ、たぶんいかなるブログでもコメント欄に、執筆者の悪口雑言(たとえば「ロバの耳」とか「准尉ていど」のようなことを書き散らして削除しない所はないでしょう。

このようなみっともない行為を、平気でするというのがイヤダ。節操がないのがイヤダ。

毎回毎回ルールを書くのもイヤですが、全部常識の範疇です。
だんだん項目が増えてくるというのも、なんか民法の判例みたいですね。

[●コメントのルール]
①礼儀正しくしてください。罵詈雑言は禁止。
②掲示板ではないので、自説の開陳なら別の場所でお願いします。
③HNを絶対につけて下さい。書き込み欄にニフティが「任意」なんてフォーマットをつけているので(私には変更できません)、いいと思っている人がいますが、「名無し」は基本的にダメです。
④HNを複数使い分けることは禁止です。またHN 侮辱語を使うことは、あたり前ですがダメに決まっています。
⑤基本的に連投は自粛していただきたいのですが、議論の展開もありますので、常識の範疇内で。ダラダラ続く場合、「そのくらいで」と止めます。

守らない場合は削除対象にします。なおも続けた場合、アクセス禁止にします。
私にそんな野暮なまねをさせないで下さい。


(あ、反映されてるんだ)
最後の一手といえば私の偽者を自ら演じるくらいか?それすら、お前ならやるだろう。

nanbaという方はよほど病んでらっしゃいますね。。。

しつこさだけでも尋常ではない。
長文作成能力やレトリックばかりで何の考えも述べていない。
妄想が激しすぎる。
見知らぬ他人を繰り返し攻撃しては悦に入り浸る。

相手にされなくても当然でしょう。

スゴイネ。あれから nanba は別なIPで二回入れてきました。
「異論封殺」だそうです(苦笑)。なんか朝日好みの台詞ですな。ここは私のブログでっせ。

あ、そうそう、こんな言葉があったよ。
「人の悪口というものは、仲間うちで言うのは凡人、口にださないのは賢人、不特定多数に発信するのは暇人」
(BY 宇宙兄弟)

暇人さん、お大事に。もう二度と来ないでね。

管理人さんブログと言うものは管理人さんがお借りさせて貰って利用させて貰ってるのであって、決して「私のブログ」と言うような、個人の所有物のような類いのものではありませんよ

管理人さんの記事に対して、私の文章を主張なさるのなら話はわかります

管理人さんのブログというものの認識に対して、一般的理解が異なるから絶えず炎上が起こるのではないでしょうか?

記事自体がある種の思想的背景を持ったものであるので、それに対して反論が出てくるのは当然の事態でしょう

もう少しユルユルーとそのようなコメントに対してのレスをして貰えると有り難いです

あまりにコメント欄にルールを設けるようであればそもそも論として、承認してから記事を反映させるような形態のブログを利用なさると良いですよ

私も色々なブログを読みますが、lPを晒すような暴挙に出るものはなかなか目にした事がありません

たぶんいかなるブログでもコメント欄に云々ありますが、基本そのようなコメントはスルーするのが、常識的な態度です

 初めましてさん。

 管理人さんの『私のブログ』ですよ。小説に著作権が有るように、このブログには著作権があり個人のものです。

 ルールを設けるのは個人の自由です。このルールのおかげで、炎上は、起きておりません。

 管理人さんのブログをよく読んでおられますか。

>管理人さんブログと言うものは管理人さんがお借りさせて貰って利用させて貰ってるのであって、決して「私のブログ」と言うような、個人の所有物のような類いのものではありませんよ


だとすると事務所や店舗を借りてる法人や商店は「その事業主の会社」じゃないんだね。
誰の会社になるんだろう( ̄O ̄)物件の貸し主のモノか?
器と中身を混同してませんか?

暴挙って(笑)IPアドレスから個人の住所や電話番号などの情報が特定できるわけじゃあるまい。
自動的に表示されるサイトは全て暴挙になりますよね。
もしかしてIPからお前を特定してやるとか脅されたとか?


コメントを無視するもしないもブログ主の自由でしょう

ブログ記事の内容に対し何の主張もなく、HNを何度も変えながらひたすら誹謗と中傷を繰り返されたら、「テメェ、ふざけんな!」となるのは当たり前でしょう。
IP晒しはあまり品がないというのは分かりますが、相手次第で管理人が判断なさることです。実際、こちらの管理人さんは大変我慢強いとおもいます。

ジャーナリストや作家を名乗る有名人(例えばK谷S一さんやO石A司さんなど)なんかはちょっとでも気に入らないコメントが入る度に不思議なほど「出ていけ!」と罵倒してはしょっちゅうIP晒しをやってますね。
ブログは個人の所有物では無いなんてのは話のすり替えにすぎません。管理人さんの庭のようなものです。そこに乱入してきて暴れられたら…当然「退場」でしょう。

お返事ありがとうございます
例えば、ブログ 誰のもの などで検索してみて下さいm(__)m
私の主張は法的にも正しいものとなっています
著作権を主張出来るのはあくまでも文章など自己制作のものについてのみです
明らかな荒らし行為などは当然削除対象になるでしょうが、通常コメント欄への書き込みも著作権が発生します
便所のらくがきと揶揄される2chですら、投稿には正統な理由が無い限り(しかも法的な)、簡単には削除しませんよ

物件の話で例えれば、あくまでも建物は貸し主のものであり、事業主のものとはなりません
賃貸借契約により一定の権利を得るだけです
このアナロジーはちょうど良い例えとなると思います
感情論は横において、あくまでも事実らしきものを探求して貰えればわかると思います

ルールそのものはただのネチケットであってわざわざ書く必要すらない基本的な事ばかりですよね。
それを、厳しいルールみたいに捉えるのもどうでしょう。

ん、これは新手の荒しか?

法的にどうかなどではなく、ここでは管理人の元で真実らしきものを追求するために「記事内容について有意義な議論しよう」というだけのこと。
種子さんのおっしゃるとおりネチケットの範疇です。
初めましてさんのやってることは、もっともらしいことを言いながら全く矛盾していますね。

>2chですら…
はい。ここは2chではありませんし、自由掲示板でもありません。全く的外れですね。削除やアク禁は管理人裁量です。

It can't be understood each other.
(ーー;)

ごめんなさい。初めましてさんも、もしかしてnannbaさんと同じでは?法的云々より、その場のルールが先ず大事では?法律違反じゃなければ何でもOKってのは、倫理的にNGでは?例えて言う なら脱法ドラッグみたいなもんでしょ。いるんですよね。自分は法律違反じゃないから、正義だって言うひと。それって本当に正義?

一宮崎人さんに、同意。

まず場末の酒場のような場所や他人のブログで法律云々を演説して自己を肯定するような連中は、社会的常識がないのですよ。

法律論をぶつけたいなら、せめて「コモンセンス」くらいは読んで下さい。法は時代の社会常識で変わるのですよ。典型的なのが近年の道路交通法違反の厳罰化ですね。

コモンセンスくらい、大概は高校1年の社会科の先生が意義を教えてくれるものだとばかり思ってましたが、いわゆる「ゆとり教育」ではそんなことも教えてくれなくなったのかなあ。

偉そうに「この法律がぁー!憲法がぁー!」と叫ぶだけで内容やその法体系など全く理解せずに、自分が優位にたった!オレが正義なんだ!という連中が大量発生して明らかな違法行為を繰り返して醜態をさらしたのが安保法案反対デモをやった連中です。

皆さんご返事ありがとうございます
私のブログ主張はある程度インターネットに馴染んだ世代なら至極当然の共通認識、それこそコモンセンスなのですが、山形様のような議論の本筋からあまりに脱線なさるようなご返答だと無駄にコメント欄が伸びるだけなのでここらへんにしておきます

1つだけ言わせて貰いますが、ゆとり教育などとレベリングで世代論を語るのはナンセンスだと思いますよ それを産み出した世代もあなた方ではないのですか? 先輩方が学んできた時代よりもハイレベルに置かれる高等教育の場面では、現在のほうが圧倒的に入試問題の難易度も上がっています
逆に言わせて貰えれば、ネットに関してはあまりにもネチケットやリテラシーに対する知識に欠けているように感じます 何故私がこういう事を言うのか
コメント欄への投稿を上手に扱えないブロガーはその一点のみで記事の信頼性を失う事が多いからです 言葉の信憑性はまず第一に誰がいうか?にありますので

どこのサイトからも誘導されず、クリックして何かを欲しがったりせず、アクセスを伸ばしてランクインを喜んだりしない管理人のブログにそんな商用じみた公共性を押し付けに書き込み続ける道理がありません。
垣根の低い個人の庭で声をかけて談議を交わす時の礼儀がまずあるべきでしょう。ネットでも町内会でも同じです。迷惑行為をやめて下さい。

ふゆみ様
私は貴方のように高圧的な書き方もしていませんし、それなりに礼儀を払って書き込みしていますよ? 公共性云々の下りの言語用法も、町内会のような狭いコミュニティーとネットのような不特定多数に見られる事を前提としたツールとを同じレベルで例えるのも私には正直意味不明です
ごめんなさいね
逆説的に貴方方が町内会のような場所にここをしてしまっていると判断するのが賢明だと思いますよ

町内会は最小単位の他人同士の関わりです。顔が見えるからこそ踏み越えない一言があります。それを顔が見えないネットでなら言葉遣いさえ丁寧であればいつまでも語り続けて良いものでは無い、
という意味で書いていますよ。つまりネットと町内会は同じ単位として扱っていません。むしろ広⇆狭の対比として述べているのです。

>初めましてさん

『初めまして』などと名無し同然のふざけたHNを使っておきながら、

>逆に言わせて貰えれば、ネットに関してはあまりにもネチケットやリテラシーに対する知識に欠けているように感じます

とはギャグですか?

偉そうに講釈をたれるので有れば、もっとまともなHNで発言しましょう。
僕のHNもふざけているように見えるかもしれませんが、この10年間、ネット上のどこでもこれ以外のHNは使っていませんよ。

ちゃんたゃん様
ハンドルネームと議論の内容は基本的に関係が有りません はっきり言いまして批判としてレベルがひくすぎますね
どうでも変えられるハンドルネームに自己同一性を持たせるのには限度があります
あくまでも書かれた文章のやり取りで建設的な議論をやり取りする程度の常識はお餅下さいね
ハンドルネームと主張の正統性は関係無いです
ネットは文章でしかやり取りできませんのです
ごめんなさい、貴方のおっしゃるような言い方を私にも許してもらえるなら出直してきて下さい

ちゃんたゃん様
ハンドルネームと議論の内容は基本的に関係が有りません はっきり言いまして批判としてレベルがひくすぎますね
どうでも変えられるハンドルネームに自己同一性を持たせるのには限度があります
あくまでも書かれた文章のやり取りで建設的な議論をやり取りする程度の常識はお餅下さいね
ハンドルネームと主張の正統性は関係無いです
ネットは文章でしかやり取りできませんのです
ごめんなさい、貴方のおっしゃるような言い方を私にも許してもらえるなら出直してきて下さい

>初めましてさん

内容がどうのこうのの前にマナーやネチケットを語るのならの話をしているだけです。
それと、相手のHNくらいは間違えないようにしましょう。
誤字脱字も読み返しましょう。

HN初めましてさん

あまり名指しして非難することはない私ですが、本質の議論ではないしつこい反論が続いているのでお聞きします。答えられなければ、回答無しでも結構です。

まず、どこのリテラシーを基準にこの意見を言っておられるのですか。日本ですか、米国ですか、中華人民共和国ですか?

世界につながっているこのITの世界で、どこの国のリテラシーを主張されるのでしょうか。その根拠は何ですか?

ちなみに中華人民共和国では、政府に反する意見を開陳すれば、ブログは封鎖され、不穏当な意見を言えば逮捕拘束される憂き目に会うとも聞いております。
中華人民共和国の人民はこのリテラシーなのか暴挙なのかに従うべきだとの主張なのでしょうか?

形式論のつまらない事で物事の本質論議を乱すべきではないと思います。
本質的な論議であるかどうかは、このブログを見ている人達が判断しています。
管理人さんが不当な言論圧殺をしていたら、読者はこのブログから去るだけなのです。

貴方がつべこべ言う必要性は全くありません。

おやおや、伸びてますなぁ。
初めましてとかいう方は「俺はただの荒しです」と宣言してるだけですね。
脱線云々はあなたが一方的かつ勝手にやらかしただけで、責任転嫁の典型。
何も答えられないから逃げた詭弁でしかありませんね。
とはいえ、あれっ、勝利宣言出してもう終わりにしたんじゃなかったの?そこまで執着しては不毛なことを吐き続けるとはねえ。
そんなに悔しかったのかなぁ、ごめんね。私は一般人なので、そんな異常心理の持ち主が相手だとは思って無かったもんで。配慮が行き届かず申し訳ありませんでした。

それにしても中身のない荒しをこれだけ続けるダークな熱意にはむしろ感心してます。
そう、初めましてさん自身が仰るとおりにネットは匿名の文章のやりとりなのです。
だから「当たり前のネチケットくらいは守りましょう」と言ってるだけですが、何か異論のある方はいるのでしょうか?

たっつあん様
ネットのリテラシーはその性質上、一国にとどまるものではありませんし、そのような議論はこれまでにあらゆる国の人たちがあらゆる形でなされてきたと言うのが現実です

中国を例に出す議論は不毛なので触れません

私はむしろ言論弾圧や村社会化させるような同調圧力を形成しているのは貴方のような人だと思っています

山形様
主張する文章の内容に比べて、あまりに無駄な中傷が多くこのようなキャラクターには答えるに値しないと考えています

荒らしだの、勝利宣言だの、異常心理だの、悔しいだの、ダークな熱意だの、よくもまあこれだけの中傷的な言葉を使えるなぁとドン引きするだけです(笑)

自分のレスにレスがついたから、返答してるだけなのにこれが荒らしになるのはこれ如何に?


はい皆様、このていどでお終いにいたしましょう。

やはりか。まさかの撒き餌に入れ食い爆釣でした。
見事なものです。完全に底が割れましたな。

管理人さん、すいませんでした。
これで止めますね。

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