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2015年11月28日 (土)

天皇は「沖縄を私利で売った」のか?

199HNumigarasuさんのご質問です。投稿先はこの記事です。
※http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-f1ae.html

「基地反対派はよく、「昭和天皇が米軍に沖縄を売り渡した」みたいなことをよく言っているのですが、この「天皇メッセージ」はやはり当時の状況から見るとそれ以外にこたえられなかったのかなと思うんですが、ご意見をお聞かせいただければ、幸いです」 

う~ん、ありましたね、そんなこと。2012年11月頃の話です。 

昭和天皇の御用掛であった寺崎英成氏の文書が米国公文書館で発見されたということが発端です。 

まずは、この寺崎氏という人物は誰なんでしょう。寺崎氏はNHKの「マリコ」というドラマにもなった人です。 

開戦時に、宣戦布告文を手交するのが遅れた原因は、この当時、一等書記官だった寺崎氏の送別会が原因でした。 

彼のせいだとは言う気はありませんが、駐米大使館は怠慢のそしりはまぬがれないでしょう。

「マリコ」の原作者の柳田邦夫氏は、寺崎氏を日米の狭間でもがく良心的な外交官として描いていますが、私にはかなり能力に疑問符のつく人物だと思っています。 

なにせ彼は、戦後、マーカーサー会見で数少ない日本側通訳として天皇に付き添いながら、下のような写真を天皇に撮らせてしまっているような人物です。 

この写真は1945年(昭和20年)9月27日の天皇とマッカーサー会談の時に撮られた、歴史的写真とされています。 

Photo
上の写真で、マッカーサーがノーネクタイの崩した事務服姿で腰に手を置き、陛下が直立して正式なモーニング姿で納まっています。 

仮に敗戦国であったとしても、たかが占領軍の軍人が、王族(天皇は王ではありませんが)や元首に対してこのような傲岸無礼な態度はとってはならないのが、国際的外交プロトコル(儀礼)です。 

こんなものを、拒否することなく撮らせるという付き添いスタッフは、私から見ればあまりにもお粗末です。 

この写真に驚いた山崎巌内相は、この写真を発禁にしようとしましたが、GHQに拒否され、山崎内相まで公職追放の憂き目に合いました。 

なにを、マッカーサーが日本国民に宣言したかったのか、お分かりですね。 

マッカーサーは芝居がかった俺様キャラの男で(おまけに貴族趣味)、厚木に降り立った時には、いつもは使っていないコーンパイプで決めて見せたような人物です。

日本占領なんて、オレから見ればチョチョイのチョイよ、というところですか。イヤな奴だね~。

Photo_3

彼はこううそぶいているのです。 

「天皇などはオレから見れば小物よ。今後、オレ様が日本のテンノーなのだ」 

こういう時代の空気が分かった上で、この寺崎書簡を読まないと分からなくなります。

さて、この寺崎氏が、1947年9月19日付けで天皇の意向だとして、GHQに伝えたのが、GHQ外交局長であったウィリアム・シーボルトの書簡として残っていた、というわけです。 

シーボルトってと言われると、いきなり幕末かと思っちゃいますが、もちろん現代の人です。このシーボルトが、米本国に伝えていたのが、公文書館にあったということで、左方面の人たちが大騒ぎしました。 

問題とされているのは、太字の部分です。 

■文書A
「天皇の顧問・寺崎英成氏が当事務所を訪れたさいの、同氏との会話要旨をメモした1947年9月20日付けマッカーサー元帥あて覚え書きのコピーを同封することを光栄とするものです。
米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を続けるよう日本の天皇が希望していること、それが疑いようもなく私利に大きく基づいているものである点が注目されましょう
また天皇は、長期租借(そしゃく)による、これら諸島の米国軍事占領の継続を求めています。寺崎氏の見解によれば、日本国民はそれによって米国に下心がないことを納得し、軍事目的のための米国による占領を歓迎するだろうということであります。」(太字引用者)
 

原文も出しておきます。 

It will be noted that the Emperor of Japan hopes that the United States will continue the military occupation of Okinawa and other islands of the Ryukyus, a hope which undoubtedly is largely based upon self-interest. The Emperor also envisages a continuation of United States military occupation of these islands through the medium of a long-term lease. In his opinion, the Japanese people would thereby be convinced that the United States has no ulterior motives and would welcome United States occupation for military purposes.

これが日本をあまり好きではない人にかかると、このような解釈になります。 

いままで放射能問題で再三登場願っている、雁屋哲氏です
※今日また2015年1月30日
http://kariyatetsu.com/blog/1228.php 

「沖縄を米軍の基地にしたのは誰なのか。それは、昭和天皇である。
昭和天皇が『沖縄にずっとアメリカ軍に存在して貰いたい』といったのが始まりではないのか」
 

雁屋氏は、こう書いて、「誰が鳩山氏を責められるんだ。天皇が沖縄を売り渡したために米軍基地の悲劇が始まったんだぞ」と言っています。 

実は、このシーボルト文書には、別バージョンもあります。こちらのほうが、当時沖縄の処遇を巡って日米が何を協議していたのか、よりスッキリと分かるでしょう。

■文書B
「天皇は米国が沖縄をはじめ、その他の琉球諸国に対する軍事占領を継続するよう希望している。天皇の意見では、そのような占領はアメリカの利益になり、また、日本を防衛することにもなる、ということである。
また、天皇は、沖縄(その他必要とされる諸国)に対する米軍の軍事占領は、主権を日本に残したまま、長期(※中略)25年ないし50年またはそれ以上の租借方式という擬制に基づいて行われるべきであると考えている。
天皇によれば、このような占領方式は、米国が琉球諸島に対していかなる恒久的野心ももっていないと日本国民に確信させ、ひいてはこれより、他の諸国、とりわけソ連や中国による同様の権利要求を封ずるであろう。」(太字引用者)

いかがですか。「天皇が私利で沖縄の軍事占領を続けるように頼んだ」というのは、シーボルトの悪意のフィルターがかかった、ただの主観にすぎません。 

シーボルトは、いかにも当時の米国のリベラル派のインテリらしく、国が破れれば真っ先に逃亡するヨーロッパの王族に、天皇を重ねています。

Photo_5
ところが、天皇はその範疇ではありませんでした。陛下がなされたことは、敗れた国民を見舞って慰謝することだったのです。

陛下のご巡幸は行程は3万3千キロ、総日数165日にも及びました。

GHQはヨーロッパではありえない、「敗れた王」の慰謝の旅を初めは冷笑的に眺めていました。石をぶつけられて恥をさらし、すぐに止めるだろう。

その時に、オレたちかとりなしてやればいいさ。「オレこそたちが、日本の新しい王なのだから」、と。

しかし、GHG高官達の「期待」はものの見事に裏切られました。陛下は各地で、数万の群衆にもみくちゃにされ、国民は泣きながら心から笑っていました。

赤旗を持って出迎えた共産党の労働者たちすら、赤旗を捨てて、いつしか万才を叫んでいたのです。

陛下が各地で国民に聞いたことは、「食べ物はあるか」「家はあるか」でした。

唯一、陛下の心残りは、戦争で最も大きな被害を与えてしまった沖縄県に行けなかったことです。この無念さは、終生、陛下の胸の内にあったといいます。

英国の新聞はこう書きました。

「日本は敗戦し、外国軍隊に占領されているが、天皇の声望はほとんど衰えていない。各地の巡幸で、群衆は天皇に対し超人的な存在に対するように敬礼した。何もかも破壊された日本の社会では、天皇が唯一の安定点をなしている」 

そんな天皇が、我が身かわいさの「セルフ・インタレスト」(私的利益)で、こんな書簡を寺崎氏に書かせたと思うほうが愚かです。

いくら寺崎氏がヘタレでも、そんなことを米国側に伝える道理がありません。 

あくまでも、天皇が言ったと思われることは、あくまで日本が主権を有するという大前提で、米国に25年ないし50年間ていど期間、租借形式で米国が沖縄を預かっていてくれないか、というものです。

Photo_2
では当時の沖縄に対して、米国がどのような意志を持っていたのか押えておきましょう。 

少し前の戦争中に遡ります。

米国のルーズベルトは戦争中の1943年11月のカイロ会談で、中華民国の蒋介石にこう言っています。 

当時、中華人民共和国など影も形もありませんでしたので、念のため。中華民国は、唯一の正統政府でした。

「私、琉球は地理的に貴国に大変近いこと。歴史上貴国と緊密な関係にあったことを考慮し、もし貴国が琉球を欲しいと思うなら、貴国にあげて管理を委ねようと思っている」(遠藤誉『チャイナギャップ』) 

もちろん、このルーズベルトの領土認識自体も誤りですが、それ以上に、それに対して蒋介石は動揺を隠せず、こう返答していることに驚かされます。 

「私はこの(琉球)群島と米中両国で占領し、その後、国際社会が米中両国に管理を委託するのがいいかと思います」(同) 

ルーズベルトは、中国に沖縄の統治の意志がないと見て、ここでこの話しは沙汰止みになりました。 

この瞬間に戦後における沖縄の国際的地位は、確定したと言えます。少なくとも、中国ではなくなったのです。

これが、中国が沖縄を領土だ主張することが誤りである歴史的根拠です。 別に隋の時代まで遡らなくてもいいのです。

それはさておき、もしこの時、蒋介石が、「そうですな。もらっておきましょうか」と言ったら、今頃は沖縄は中国の領土で、嘉手納基地には五星紅旗が翻っていたことでしょう。 

中国に領有を辞退された以上、沖縄の領有権は米国に属します。

ちょっと待てよ、日本に相談もなく、勝手に決めていいのかと言いたいところですが、できてしまうのです。残念ながら、日本が米国に戦争に破れたからです。

歴史上、軍事占領に伴う実効支配ほど、有効な領土化の手段は存在しないのです。それはクリミア半島や、南シナ海の埋め立てを見れば分かるでしょう。

一度他国の軍隊に居すわられたら、それを排除して主権回復するには、再度戦争で勝つしか方法はないのです。

一方、沖縄を取り囲む国際情勢も大きく変化しました。冷戦が熱い戦争になってしまったのです。

台湾海峡、中華人民共和国の成立、そしてその直後の朝鮮戦争は、いやでも沖縄を軍事的枢要として領有せねばならない米国の意志を固めさせることになります。

また、米国以外の連合国側も、米軍による沖縄の信託統治や、日本の沖縄に対する主権放棄を主張する声が非常に強く残っていて、沖縄が日本から切り離される危険性は非常に高いものでした。

この天皇発言とされるものは、この時代背景を抜きに語れません。

天皇が述べたことは、「中国やソ連の領有になる可能性があるのならば、主権は日本のままで、米国が一時的に借りる形ではいかがだろうか」というものです。

この時、天皇が提案したとされる「外国の統治下にある地域に潜在的に有する 主権」が、潜在主権です。

当時、米国は、日本の潜在主権すら認めず、米国の信託統治領か準州のようにしていくつもりでした。

もしこのような処遇を米国が宣言した場合、それで沖縄の戦後の地位は半永久的に確定してしまったことでしょう。

日本側としては、このような状況に立ち至る前に、米国にしっかりと日本の意志を伝えて、米国領として固定化されるのを防ぐ必要があったのです。

ところが、占領軍に軍事支配されて主権を奪われ、丸裸も同然だった当時の日本には、何もできません。できるのは、米国との外交交渉だけでした。

そこで、天皇かオファーしたとされるのが、この「潜在主権」です。実は当時、このような概念は外交用語にありませんでした。

この天皇提案を受けた本国国務省のジョン・フォスター・ダレスは、驚きながらこう述べたそうです。

日本に主権を残しつつ、米国の戦略的要請を確保していると解釈解釈できる条約を作るもので、以前の国際法には見られない表現だ」(太字引用者)

このどこが問題なのでしょう。実に時宜に適した妥当なものです。

この天皇の「潜在的主権」という微妙な表現は、ダレスが言うところの米国の「戦略的利害」と、「日本の主権」を絶妙なバランスで調整したものでした。

日本が、今の翁長氏のように、「米軍の占領ゼッタイ反対」と叫んでも、米国は歯牙にもかけなかったでしょう。

しかし、日本国の元首たる天皇の提案として、日本の潜在主権を認めた上で、米国の顔も立てるという提案がなされれば、米国はノーと言うわけには行かなかったのでしょう。

Photo_4(写真 沖縄復帰運動の法的根拠はこの天皇の「潜在主権」に基づいていた)

そして、後の沖縄の本土復帰において、その返還交渉の法的根拠は、この「潜在主権」になっていきます。

私は、この素晴らしい外交手腕を発揮された陛下に感謝こそすれ、「私利で売った」という言いがかりには呆れます。

このような時代背景も、米国とのつばぜり合いも関係なく、歴史を切り取ると何も見えて来ません。

沖縄の左の人の特徴は、このように時代背景も、当時の国際情勢も関係なく、「本土vs沖縄」という狭い硬直した視野でしか見ないことです。

もっと視野を拡げて、当時米国が何を考えていたのか、それはどうしてなのか、中国はどう考えていたのか、日本政府はそれにどのように対応して、どうしたかったのかなど、沖縄を取り巻く状況をさまざまな角度から見ることです。

そうしないと、「日本が沖縄を捨てた」「天皇が私利で沖縄を売った」、という薄ぺらいものになってしまいます。

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コメント

自分にとっては、昭和天皇に占領政策の権限は無かった。Q.E.D.
でおしまいと思ったのですが、流石です。

誰かの片言隻句を印籠の如く正当性を強調する輩に対し、時代背景や関係人物の発言などを多角的に検討しないと、うっかり騙されてしまいます。

浅学な自分は、論者の発言が中国の存在を念頭に置いているかどうかで信用に値するか判別しています。

マッカーサーさんは野心はあったものの、決してワル
モノではなかったようです。彼にしてみれば「なめん
なよ日本人ども。私が民主国に変えてやるから、私の
言うことを聞くんだぞ」という、少しビビって(神風
が吹く)いたのを威勢で誤魔化し、米国人らしい一本
気な正義感を持って、軍人を超えた出世を狙うという
具合だった。まあ、デキル人はフツーそうですわ。

ただ、彼の手下どもにはロクな奴だけでなく、平気で
ウソを言い、その為にその文書を作らせなかった(証拠
を残さない)ような者も多くいたらしい。現場で彼等は
甘い汁を吸っていた。現在の中東などの米占領地では
実際にどういう統治になっているかは想像できますね。

でも、その後の米国の他国統治のモデルになっている
くらい、日本統治は上手くいった。昭和天皇の「私は
どうなっても・・」はウソらしいけど、それが真実と
思ってしまうほど陛下は戦後日本を良くされた。こん
な話しは、サヨクはだっキライですからね。

陛下が「沖縄を私利で売った」などとは、状況的に考
えられないし、これからも一級の資料が出るごとに否定
されると思いますわ。今回は、右翼らしいコメになり
ました。w

自分の愚問にここまで丁寧にお答えくださってありがとうございました。

まとめ読みしてましたら昭和天皇の記事、丁度昭和記念公園にて昭和天皇の愛されたメタセコイアの木を眺めてきたばかりです。

いい話をありがとうございました。

翁長知事を批判している「アリの一言」というブログを読んでいたのですがシベリア抑留すらも昭和天皇の責任にしています。これについてはどう思われますか?

umigarasu さん。「アリのひと言」ですか、いちおうかなりの苦痛をともなって、最新記事だけ読んでみました。
読みながら死ぬかと思ったぜ(笑)。

左翼と言っても2種類あります。
日本が好きでもっと日本を良くしたいという左翼と、日本がとことんキライで、できたらくたばれ、という2種類です。

前者とは会話になりますし、時には教えられることも多々あるのに、後者とはお互いに日本語でしゃべっているはずなのに、まったく会話が成立しません。
向こうもそう思っているでしょう。
このご紹介のサイトは、ざっと見ただけですが、後者です。

シベリア抑留による強制労働の責任はまずもって、捕虜を労役に使うことを決定したスターリンと、ベリアにあります。
彼らが主犯です。

ジュネーブ協定の戦時国際法に違反する、非人道的行為で、パイロットを殺されたくらいで大騒ぎするほどの「人道的」ロシアが、107万人の日本人を違法にも抑留し、言語を絶する強制労働させ、確認済みの死者だけで25万4千人、行方不明・推定死亡者は9万3千名、総計約34万人の日本人を殺しています。

昭和天皇の責任ですか?考えるまでもないことで、天皇にはそのようなことを知るよしもなかったし、仮に知っておられたら全力で阻止されたでしょう。

あえて日本側の責任者を探せば、交渉にあたった関東軍総司令官・山田乙三と関東軍総参謀長・秦彦三郎でしょう。
彼らが、強制労働を容認したという説もあります。
これには諸説があって、真相は分かっていません。


なんか放射脳といい琉球北海道独立論者と言い反天皇靖国自衛隊等々日本には後者の左翼が多いような気がします。そういう日本をよくしたい左翼がもっと増えないと原発も基地問題も安保も何も解決しないと思います。答えてくださってありがとうございました。

失礼しました。そういうの部分ははいりませんでした。
しかし、後者の人たちのブログを見てびっくりしました。「安倍は五輪の開会式で土偶と特攻隊のパレードをしようとしている」らしいです。僕は安倍政権は嫌いですけどこういう人たちが「自分は日本の為に戦っている」と言っても説得力がないと思います。

報道ステーションで「天皇と沖縄」をやるようです。どうせ明日には、「アリの一言」のような人たちや分離主義者たちも陛下を批判するでしょう。げんなりします。王室をつぶしたフランスやドイツやネパールはどうなりましたか?

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