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2016年1月14日 (木)

日本はドイツほど器用に立ち回れなかっただけだ

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ジョジアーヌ・クリュゲールという、戦争の時代を生きたフランス人が書いた、『ボッシュの子』という本があります。

自叙伝形式で綴られていますが、その内容はむしろ原題の、『
戦争の胎児』というほうがよく伝えているでしょう。 

日本版タイトルの「ボッシュ」とは、フランス語で「ドイツ野郎」という俗語ですから、タイトルは「ドイツ野郎の赤子」ということになります。 

ご承知のように、フランスは、1940年から1944年の大戦期に、カイライ政府とナチス・ドイツに直接占領されていた部分に分割されていました。 

多くのドイツ兵が進駐し、それを迎えたフランス人はそれを受け入れない者たちと、受け入れて生き延びようとする人たちに自然と分かれていきました。 

この4年間の間に、春をひさぐ女性だけではなく、真剣に愛し合った結果、多くの混血児が生まれました。 

『Uボート』というドイツ映画にも、恋人のフランス娘の写真を宝物のようにしている若い水兵が映し出されていました。

この水兵がもっとも恐れていたのは、残した恋人がレジスタンスにひどい目にあわないか、ということでした。

彼女たちが産んだのが、「ボッシュの子」です。ボッシュの子を産んだフランス女性は、パリ解放の時にさらし者にされました。

下のパリ解放時の写真を見ると、無残にも髪をパリカンで刈られ、あろうことか幼児まで抱き抱えさせられて、罵倒と嘲笑、そして喝采の中を歩かされています。 

自分の国を自力で解放出来なかったフランス人による、集団リンチと呼ぶべきでしょう。

Photo出所不明

実は、この写真に写るような「ボッシュの子」を生んだ女性の多くは、戦時売春婦でした。 

日本風にいえば「慰安婦」です。ドイツ軍は、占領地域において兵士用売春宿を運営していました。

朝日新聞と並んで慰安婦問題の火付け役であった日弁連は、こう述べています。 

「近代軍隊の中で、慰安婦を置いたのは日本だけであり(略)『人道に対する罪』に該当する」(1992年7月11日日弁連シンポ資料) 

つまり、日弁連は、世界広く見渡しても、日本だけが類例ないほど突出した残酷な慰安婦制度を有していたという主張をしているわけです。 

まったくの誤りです。 

日弁連が何を根拠にそう言っているのか分かりませんが、これが国内だけでなく欧米の定説にもなっています。 

昨日あえて強調しましたが、わが国が国際的に慰安婦問題で批判されたのは、「慰安婦がいた」こと自体ではありません。 

こともあろうに、「一国の正規軍が当時国内であった朝鮮半島から暴力的に女性を大量に拉致して慰安婦にした」、という朝日新聞の捏造報道が世界中に流布されたからです。 

結果、各国が自らが慰安所に類似するそれを有していた歴史は都合よく忘れさられて、「近代軍隊の中で、慰安婦制度を持ってたのは日本軍だけだ」という都合よい解釈が定説になってしまいました。 

慰安婦問題をことさらに大きく取り上げて日本バッシングに励んだ国として、中韓以外にドイツがあります。 

ドイツに恨まれる覚えはないのですが、彼らはことのほか慰安婦問題がお好きだとみえて、今回の日韓合意においてもまっさきに賛意を示しました。余計なお世話です。 

彼らドイツ人の心の中には、ナチスドイツの戦争と、日本がした戦争が同じものだとした上で、「日本人は戦争についての加害者意識が欠落していて、未だに謝罪を拒んで戦後補償もしていない」という批判をし続けてきました。 

たとえば、ドイツのフランクフルター・アルゲマイネ紙は1995年7月28日付で、このように書いています。

「旧日本軍の参謀本部がいわば売春宿のヒモとなって組織していた犯罪」(略)たいていは未婚の朝鮮人女性が、嘘っぱちの約束に釣られ、身代金で買われるか、あるいは誘拐されて、強姦凌辱の限りを尽くされた。(略)結局は、関係省庁の文書庫の中に、大量の証拠書類が見つかった」

よくこういう記事が書けるなというくらい、突っ込み所満載です。 

いつ「大量の証拠文書が見つかった」のでしょうか。よもや吉見義明氏が1991年に「発見」したという防衛研究所にあったあの文書のことでしょうか。

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 出所不明

あれは「慰安婦募集において、違法行為を厳しく取り締まれ」という通達ですよ(苦笑)。 

そんなものまで「強制連行の動かぬ証拠」としたくらい、証拠は皆無なのです。 

もし、吉見文書と別物ならば、「関係省庁の文書箱にあった大量の証拠文書」とやらの一枚でもいいから、是非お見せ下さい。

Bundesarchiv_bild_101iimw101907_fraウィキによる 

上の写真は1940年、フランスを占領したドイツ軍が開設した慰安所の風景です。

こともあろうに、ユダヤ人の宗教施設であるシナゴーグを徴発して、売春宿に使用しています。

ユダヤ人に対する差別と迫害と重なって、きわめて悪質です。

ドイツは日本とほぼ同じ、慰安婦制度を持っていました。

慰安婦問題を研究する上での基礎文献となっている秦郁彦氏の『慰安婦と戦場の性』によれば、ドイツにも日本のそれと酷似した慰安婦制度があり、ドイツ語文献すら存在します。 

これは1977年に書かれたフランツ・ザイトラーの『売春・同性愛、自己毀損-ドイツ衛生指導の諸問題1939年~45年』という文献です。

思わず失笑するほど、日独の慰安婦制度は酷似しています。 

まず 日独共に占領地においてだけ慰安所を開設したことです。国内には兵隊用慰安所は共に存在しません。

慰安婦証言に、日本国内の慰安所に送られたといった証言が出てきますが、それだけで嘘だとわかります。

というのは、慰安所とは兵士による占領地における暴行を防ぐ目的と、私娼を買って性病予防に罹ることを防ぐ目的で作られたのですから、国内にあるはずがないのです。

なお、当時は朝鮮半島と台湾は「国内」でしたし、住民は「日本人」でした。 

慰安婦募集も、日独共に自国の軍隊を関与させていません。それはあえてそのような暴力的行為をしなくとも、慰安婦の定員は充足していたからです。

そもそも韓国の主張のように20万人もの女性を「国内」から狩り集めたら、朝鮮人男性が怒り狂って当然です。治安もクソもなくなってしまったことでしょう。

もちろん、慰安婦は貧しさから「売られた」ケースも多く、自分の意志に反して恥辱をなめた女性も少なくはなかったでしょう。

しかし、それにも増して、彼女たちには、一般兵士の何十倍ものを高額な報酬が保証されていました。

最初に名乗り出た金学順さんも、貯めた金は現代に換算すると億の単位となります。

ただし、その一部が軍票だたために使えないということで、怒って日本政府を訴えたのです。

ところで、兵士に性病を罹患させないのが目的ですから、厳重に衛生管理がなされていました。

これはドイツも同じで、ザイトラーは、衛生管理、軍医による検診、アルコール類の持ち込み禁止、料金の統制、慰安婦の登録制度、避妊具の使用の強制、暴力の禁止、憲兵による監視など、厳重な内規があったとしています。

日本も瓜二つです。

唯一日独が異なるのは、日本が現地部隊指揮官の判断だったのに対して、ドイツは軍地区司令官という高位の指揮官が設置許可を与えていたことくらいです。

「国防軍慰安所と親衛隊(SS)用の慰安所は占領地に開設され、地区司令官の監督下て、前線の中隊長が軍医と相談して運営した」 (同書) 

ドイツの場合、地区司令官という最高位の司令部で管理していたために、日本以上に「国家の関与」が強まっています。  

ザイトラー文献を読んだ歴史家の秦郁彦氏をして、「どちらかが見習ったのではないか」と言わしめたほどです。 

案外、これはほんとうかもしれません。

ドイツ占領下で500カ所あったと言われる慰安所が設立されたのが1939年で、日本とほぼ同年代ですので、同盟関係にあった両国はなんらかの影響を与え合った可能性すらあります。

わが国の「人権団体」の常套句に、「ドイツを見習え」というものがありますが、確かに日本はドイツに「見習った」のかもしれません。

ただ唯一大きく異なるのは、ドイツが大戦の歴史すべてナチスの蛮行として全面否定したことでした。 

戦前と戦後で、あたかも「違った国」であるかのような自己欺瞞をすることで、ドイツ人はg;戦後の欧州社会を延命しようとし、そして今や欧州の盟主の地位にあります。

わが国は、そんなドイツのように都合よく、「ヒットラーの時代」と戦前を切り捨て、勝者に向けてのいい子ちゃんの顔を取り繕うことが出きるほど、器用に立ち回れなかったというだけのことです。

 

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コメント

固く結んだへの字口で彼等のようにきっぱりと、私のせいじゃない!私は悪くない!と言い通すのは、あれはあれなりに労力が要るというか、お国柄が違うというか、私達は真似のできない強さですね。
真面目な国同士でつい見習いたくなるのですが、実は最も真似しない方が良い国。なぜかといえば情の持ち方が全く異なるからかなと思っているところです。
20万拉致虐殺したのは今の日本国じゃないんだからいいじゃない?あなたのせいだって言ってないのに庇い立てするのは昔に戻りたいから?ナチのした事は最悪のクソだから厳密な数や中身が違うだとか私達は言わないわよ。
という相手に「戦争責任はあったけどこんな出鱈目では気がすまない」という気持ちは全く理解されないのです。「東アジアには子孫に罪を着せ続ける野蛮な理不尽があるから私達のせいにされない為に受け入れられなないのだ」というなら理解されます。
そういう意味で安倍首相が「子孫の謝罪」をストップさせようと上手いアプローチをしているのを私は評価しています。

どうしてドイツは日本を敵視するのか、今ひとつ理解出来ません。
同じ技術立国と位置づけてのライバル視なのかも知れませんが、敗戦にあたっての日本が「うまく立ち回った」と考えているのかも知れません。
日本は国家の分断を免れた、というのがその理由らしいですが、小賢しく「うまく立ち回った」のはドイツの方です。
ナチに対して、ホロコーストの被害者と共に批判する立場に自身を置く事で、実はナチと一体だった国民のジェノサイドへの協力関係をうやむやにしてしまったんですから。
さながら謝罪はナチの蛮行についてで、ドイツそのものの戦争責任には全くと言っていいほど言及しない。
日本人はそうはいきません。どうしても「一億総懺悔」などという事になってしまいます。
HSふゆみさんのおっしゃるように、メンタリティの違いなのでしょう。

それにしてもドイツはツイています。
戦後、西側ヨーロッパの脅威はソ連でしたが、鉄のカーテン、冷戦構造の顕在化の中で、地域の工業生産力が期待される西ドイツとの協力関係が近隣諸国には必須だったのです。
対して日本は国土分断をまぬがれたものの、その代償で単独講和とするほかなく、国共内戦では中共が勝利してしまい、朝鮮戦争は未だに終戦しない状況が続いているんだから最悪な環境下です。

旧日本軍は同盟国ドイツの強い要請があったものの、民族浄化などに協力していないどころか、逆にユダヤ人に人倫的な配慮も示しています。
カタチ優先ではあっても、大東亜共栄圏の人種平等の理想も根本的には存在していました。

帝国陸軍はその創設からドイツを模範としたもので、軍の構成から基礎的作戦まで学びました。
両国の慰安所システムの酷似は、日露戦争後のドイツ軍の福利厚生を範にしたからでしょう。
なのでやはり慰安所に関しては、ドイツの方に一日の長があるようです。
日本の慰安所は最大400ヶ所(金原日誌)、記事中のザイトラーの著書によればドイツでは500ヶ所、しかも国防軍用だけでなくアウシュヴィッツなどの強制収容所の囚人向け、外国人強制労働者用の慰安所まで別口で存在していた、という念の入れようです。
日本人は否応なく慰安所や慰安婦の事を知るようになりましたが、ドイツでは自国の慰安所の存在自体知らない人が大部分のようです。
戦争の惨禍、わけても戦争による女性の人権侵害に向き合っていない国は本当はどちらでしょう。

山路敬介さん、おっしゃる通りです。冒頭の疑問を私も持ち続けています。推察は以下の通りです。
ドイツをはじめ諸国は慰安婦制度があった事を大きく扱いはしなくとも隠してはいませんでした。語るべきでない仕方のないものだったからだと思います。
彼等から見れば、韓国中国で問題視されてもいなかった慰安婦問題を日本人自らが言い立て国際社会に持ち出して謝る謝らないと揉め、金をどしどし払っている。距離をとらないと皆一緒に謝ろうよ!なんて言ってきそうです。しかもドイツが関わったおばあさんが糾弾してくるならまだしも日本人から言われる筋合いはないのです。ドイツ人は目的意識の曖昧なこういう態度を最も嫌い軽蔑します。
1番の問題は言い出しっぺが日本人であることです。どこにでもあった、という言葉を用いる程に、軍を持つ国々から防衛ラインを張られてしまうのだと思います。

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