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2016年2月

民・維の「合流」の背景にある共産党「国民連合政府」構想

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土曜の後半部分です。全面的に書き直しました。

書き直したらかえって長くなっちゃった。なに?短くしてほしいって。殺生な。 

今年の参院選のキイパーソンは、巷間いわれているように共産党だと私も思います。

なぜなら、共産党自身の表現を使えば「国民連合政府」、伝統的共産党表現ならば「民主連合政府」が、私の知る限り日本の政治史上初めて現実味を帯びたからです。 

さて、共産党のボスの志位さんは、60年安保はおろか、70年安保すら知らない世代です。  

おそらく党の先輩から、さんざん「あの素晴らしく高揚したアンポの日々」の話を聞かされて育った世代です。 

いつかオレも60年、70年安保闘争に負けないグレートな闘争を指導してやるんだ、と志位青年は心密かに誓ったことでありましょう。

下の写真は36歳での若さで書記局長に抜擢された時の貴重なスナップです。 棚に並ぶマルエン全集が涙です。

マルエン全集って、マルクス・エンゲルス全集のことで、昔の左翼青年にとってのステータスシンボルで、当時のヤンキーのソアラみたいなもんです。

それにしても、「ジーンズが似合う」・・・。す、すまん、ひー腹の皮が痛い!

ちなみに「書記局長」といっても共産党独特の呼び方で、秘書室長はなくて、指導部の下級ボスのことです。

昔は「書記長」という泣く子も黙る、コワイボス猿名があったのですが、スターリン以降あまりにかんじが悪いので消滅しました。

しかし改めて見ると、このジャガイモのような顔は政治家として得だよな。つい警戒心を解除してしまうタイプの顔です。

これが先々代のミヤケンだったら、ドスのきいた低い声で「悪りぃようにいたしやせんから、ひとつご一緒に連合政府つくりませんかね」といくら言われても、皆逃げます。

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それはさておき、おめでとうございます。ついにその日は来ました。それが去年の「15年安保闘争の大爆発」です。 

私のような70年安保を経験した者には、ぬるいサイダーのようなものでしたが、志位さんにとっては格別なものに見えたはずです。 

この前段には翁長氏を知事につけた「オール沖縄」があります。これが共産党「国民連合政府」オリジナル初号機です。これについてはさんざん書きましたのでいいですね。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-e327.html 

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日本共産党赤嶺候補サイトより引用
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2014-12-11/2014121101_01_1.html 

続いて、第2弾の反橋下でまとめ上げた「オール大阪」が続きます。

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(共産党選挙チラシ)

 上のチラシは党名が記されていませんが、共産党の公式チラシです。ここでも共産党は[全野党共闘+保守の一部]という構図を実現させています。
※関連記事 http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-f389.html

そして柳の下の3匹めが、本番というべきこの安保法制反対運動でした。

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上の写真は去年8月30日に撮られたものですが、ひときわ志位さんの高揚した顔が印象的です。 

これは野党党首たちが愛想を振りまいたということより、共産党が「全野党共闘」の主導権を握ったということが重要なのです。 

やや食傷されたことでしょうか、まだ続きます。げっぷ。 

「戦争法案反対」と同時期に行われた岩手県知事選挙おいては、この勢いを借りて安保以外で全野党党首が共同記者会見する「歴史的快挙」をなし遂げています。 

Photo_2写真 新聞赤旗8月20日より。キャプションも同じ。「達増拓也岩手県知事候補の必勝を誓い手を握る生活・小沢代表、維新・松野代表、(1人おいて)民主・岡田代表、志位委員長、社民・吉田党首」)

この時期に共産党は、国会議員が天皇陛下臨席の開会式に出てみたり、自衛隊容認などという「柔軟」ぶりを見せつける小業を仕掛けています。

あくまで小業です。共産党が本気で天皇や自衛隊を容認するつもりなら、綱領から書き換えるでしょう。そういうプロセスをとるのが、よくも悪しくも共産党なのです。

こう並べてくると、共産党が何を目指しているのか、明瞭に見えてくるでしょう。「全野党共闘」、つまり[全野党+保守の一部] のいわば「オールニッポン」です。

そんな志位さんが代々木の党本部の委員長専用金庫から引っ張りだしたのが(←単なる想像)、あの秘密指令書です。 

その表紙には、「極秘 国民連合政府戦略指令書」とスタンプされています(←単なる想像)。 

ところで、今回の志位さんの歩み寄り路線は、多くの国民は「あのガチガチの共産党が柔軟になったのか」と美しい誤解をしていますが、とんでもない間違いです。 

この「国民連合政府」戦略は、従来通りの共産党の古典的戦略どおりで、そこから一歩も出ていません。 

共産党ナンバー4だった筆坂秀世氏の『日本共産党』には、この「国民連合政府」の説明があります。

「日本共産党が目指しているのは、「資本主義の枠内で可能な民主的改革」であり、この改革を実行する政府を「民主連合政府」と命名している」

では具体的になにをこの「民主連合政府」はするのでしょうか。

「綱領では次の三つを掲げている。
①安全保障・外交分野では、日米安保廃棄し、米軍基地をなくし、非同盟・中立の日本にする。
②経済分野では、大企業の横暴をおさえて、国民の生活と権利を守る。
③憲法改悪を許さず軍国主義の心配のない日本にする」

ここで、筆坂氏がいう共産党綱領とは、伝説のカリスマ・宮本委員長の後継者だった不破氏が作った2004年第23会大会綱領のことですす。以降改正はありませんから、現行綱領です。 

ところで、共産党が他の野党と本質的に違うのは、今でもマルクスレーニン主義を掲げるイデオロギー政党だということです。 

ですから、理屈どおりに運動するのが大原則で、天皇陛下の臨席される国会開会式に出たからといって突如「柔軟」になったわけではありません。 

この共産党が作ろうとしている「国民連合政府」は、社会主義革命のひとつ手前の前段階革命である「民主革命」なのです。 

共産党は、革命を二つの段階に分けています。 

まず1段目ロケットは、護憲反安保で反自民勢力を結集し、一気に「国民連合政府」を作ります。 

そしてやがて、その「国民連合政府」の中に共産党の影響力と勢力を増殖させ、数は少なくても主導権を握ることです。 

軒を借りて母屋を乗っ取ろう作戦といっていいでしょうね。 

そしてやがて、2段目ロケットを天高く打ち上げ、「社会主義革命」の星を作るんだ、ガ~ンという展開につながります。

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アニメ「巨人の星」より 

まぁ2段目に関しては妄想の類で、今そんなことを言い出しても「お薬出しておきますからね。お大事に」となってしまいますが、1段目ロケットに関しては妙なリアリティを持ち始めました。 

志位さんは、どうやらこの4連発の成功で、「民主連合政府」戦略を本気で仕掛ける時期だとおもったようです。

あ、そうそう、「成功」というのは勝ち負けではなく、「民主連合政府」を作るための素地ができた、という意味です。

志位さんとしては尻込みする岡田民主に押しかけ女房よろしく、32小選挙区で自分の候補を降ろしてまでも、野党統一候補を応援すると宣言しました。

志位共産党は2009年の総選挙で民主党に308議席を取らせる原動力の1つとなった「候補者降ろし」を参院選 でも展開しようとしています。

これが今回のなんかよく分からない民主と維新「合流」の背景です。

民主党や維新の党内事情などどうでもいいのであって、ほんとうのテーマは、この共産党が提唱し、とうとう32選挙区での自党候補降ろしまでやってみせた「国民連合政府」という寝業に民・維が乗るか乗らないかなのです。

もちろん、一度吸った政権党の甘い夢が忘れられない岡田氏と松野両氏が、この志位さんの甘い誘いに乗りたくてこの「合流」を決めたのはいうまでもありません。

長くなりましたので、今日はこのくらいで。

※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-1e0e.html

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日曜雑感 ほんとうに懲りない脳内放射能地獄の人たち

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名無しとか「基地外」さんとか、予想以下ではあったけれどやっぱり来ましたね。

ま、昔はコンナもんじゃなくて佃煮ができるほど来たけど(笑)。

まず警告。「名無し」あるいは「基地外」というような品性下劣なHNは認めていませんので、つけないで下さい。

ふゆみさん的確なアンサーありがとうございます。

さて、しかしどうしてこーも短絡するかね、このテの人らは。

自然の摂理に基づいた放射能との対応と書いただけで、安倍信者だって?
あのね、当時自民は野党なの。知ってたかなぁ?

事故対応の責任者は管直人という、今はきみらのほうで旗振っているらしいが、気の毒に誰にも相手にされない人だって、知ってたかな?

その女房役の官房長官は、今、民主の幹事長している枝野さんだったの。くどいけど知ってたかな?

安倍政権は、民主の除染や原発政策を継承しているだけで、私は不満ですが、ぜんぜん事故とは関係ないの。

原発事故が起きたのも、放射能がコワイのも、電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、みんなみんな安倍が悪いって言うのはやめようね。
無知がバレるからね。

そのうち君ら反原発運動編の歴史年表には、「アベ注水中止を命令」とか「スガ、今直ちに健康の心配はないと発言」なんて乗るんだろうな(爆笑)。

移住させて「人体実験」(悪趣味な表現だな。書いた人の人格が分かるよ)したいのなら、責任者だった当時の官邸メンバーにお願いしようね。

管、枝野、寺田、海江田、斑目そしてこの細野などだね。
特にカン氏などは、避難地域だなんて生易しいもんじゃなくて、4号炉の使用済燃料プールに沈めちゃってね。

東電からなら、清水、武黒あたりにも行ってもらいますか。

しかし、みんなジジィだからガンが出る20年後には、もう別の原因由来のガンかどうかわかんないけどね。

低線量被曝の晩発性?なんですか、そりゃ。そんなこと今回はテーマにすらしていませんよ。

書いたのは自然の放射性物質の捕獲機能を明確にするために、2011~12年のデータで検証しただけです。

私が記事で今回「結論づけた」のは自然のセシウム・トラップ機能のパワーだけです。
よく読みなさい。

「低線量の晩発障害が認められた事実」が認められたって、いつ誰が?
そんな公式ペーパーが、ただのひとつでもあったらおせーえて。

よもや「福島で40万人がガンになる」ってデマってたバズビーのECRRじゃないよね。
自由報道なんじゃらの上杉?岩上?

ハッキリ言って、放射能関係の健康被害について「事実として認識」するのは、以下の3ツの国際機関しかありません。

チェルノブイリ事故の後の健康被害調査のために作られ、福島事故の報告も提出した国連科学委員会。

放射線防護のための国際機関であるICRP。あるいは、原子力利用全般の国際機関であるIAEAの三つです。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-0ca3.html

低線量被曝危険説についてはかなりの分量の記事を書いていますか、とりあえずこれをご覧ください。
※関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-f3ce.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/j-rad.html

このような脳内放射能地獄「壁」の中の人たちが信奉するのは、バンダジェフスキー氏やトンデル氏らです。

ベラルーシのバンダジェフスキー氏の説は以下の理由で否定されています。

①ベラルーシのゾーン2避難義務区域、ゾーン3避難権利区域 の子供の被曝量増加の原因は、森林地域の食伝統である自生キノコの摂取による。これは10月から12月に被爆量が急増していることからわかる。

②ベラルーシにおける小児甲状腺ガンは事故後4年目の1990年から始まり、1995年にピークを迎え、16年後の2002年に平常に戻っている。これは事故直後の半減期8日の放射性ヨウ素131の被曝が原因である。

③バンダジェフスキー説の、セシウムの長期低線量被曝が小児甲状腺ガンの原因だとするならば、避難区域以外の児童もまた、甲状腺ガンを長期に渡って発症しつづけねばならないが、そのような統計上の事実はない。

④50数例の例証は疫学データとして不十分であり、結論はみちびけない。

ですから、彼の論文は科学論文に必須である、他の研究者の査読がつけられていないもので、科学の世界ではこのようなものは科学論文に値しないという扱いを受けています。

トンデル氏は極北の遊牧民の体内に、トナカイ肉やコケモモ、キノコなどから内部被曝し、セシウムが多くの後障害を起したとしています。

私はそれもあるかもしれないと思いますか、だからなにです。

バンダジェフスキー氏の50数例の事案からすべてを解き明かすことには無理がありますし、トンデル氏の検証した北極圏に住む狩猟民と私たち日本人を比較することも意味がありません。

内部被曝が食によるのなら、風土に規定される食に濃厚に影響されるからです。日本人はトナカイ肉もコケモモも食べません。

ICRPはこのふたりの説をまったく相手にしていません。唯一もてはやしているのは、日本の反原発派だけです。

あくまでICRPが認めているのは、100ミリシーベルト以下の危険は「わからない」から、微小ではあるが「ある」と想定してリスク管理をしておこう、ていどです。

これについては、リスク評価とリスク管理の違いとして、このシリーズの最初のほうで書いておきました。

このように書くと、今度は「こいつらは原発推進派だ」とか言うんでしょうね。
推進派だろうとなんだろうと、国際的に公に認められた事実だけを「確認された事実」と呼ぶのですよ。

むしろリアルな被爆量を知りたかったら、現実の福島県の消費者の食卓から測定データを積み重ねることです。

これにはいくつかデータがありますが、いちばん食卓に密接した実践報告にコープふくしまの「陰膳運動」があります。

これは、組合員にもう一食分多く作ってもらって、この「陰膳」を計測してみようという運動でした。ネーミングも洒脱です。(縁起が悪いという声もあるかも)。

現在この「陰膳」運動はもっと広まっており、リアルな「被爆」地の食卓のデータを知る貴重なものに成長しています。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-d666.html

福島県の食材を中心として、2日間6食分を均一に撹拌してそのうちの1kgを試料とします。いちばんリアルな、食からの被曝値がでる方法です。 

その結果、現在までに測定が終了した27家族の食事の計測の結果、放射性セシウムが検出限界の1Bq/kgを超えたのは4家族しかなく、最高値も11.7Bq/kg(セシウム134が5Bq/kg、セシウム137が6.7Bq/kg)だったことが分かりました。 

これは体内にあらかじめある放射性カリウムの変動の範囲内であり、京都大学医学研究科の調査も同様に低い数値をしめしています。 

コープふくしまは、これらの「陰膳」実測数値を上げて、「現行でも、内部被ばく線量が著しく増加する状態にはない」と結論づけています。 

脳内地獄をふれて回ったり、街頭で踊りまわるのもけっこうですが、少しは現地に来てまじめに計測活動などやってみたらどうでしょうか。

ともかく低線量被曝論者に致命的に欠けているのは、その疫学的実証データーなのですよ。

だから私に、「脳内被曝」と言われるのです。

まぁ、こう言うと、晩発性だから20年後に分かるとかいいそう(苦笑)。事故直後は、5年以内に40万人ガンになるとか言ってたのにね。

私は、避難地域についての今の除染作業についてはナンセンスだと思いますが、それをもってして直ちに帰還できるかどうかは別次元のテーマだと思っています。

地域によって、ポイントによってケースバイケースで検討するべきことです。

自然の力が偉大であっても、だから一斉に帰還させろなどというのは短絡です。

個人として放射能に恐怖するのは勝手です。いくらでも家の中で愛犬相手に騒ぐか、お仲間のネットサークルで「フクイチでまた核爆発が起きた」なんて言っていて下さい。

しかし、それとマスの避難計画や、除染という社会的コスト(つまり税金ね)をかけてやるパブリックなことを一緒にしないことです。

かつての2011年には、誰しもが正しい知識を求めてパニくたものです。

読めばわかりますし、隠す気もありませんが、私もそのひとりです。

しかし、事故後5年もたって、すでに事故の健康被害の影響は出るなら出ています。

こういうと「遅れて晩発障害が出る」、と言い返されるのでしょうが、初期の5年間に何もなく、それから20年後に多発する可能性は限りなくゼロです。

チェルノブイリで晩発障害が問題になったのは、あくまで初期にひどい被害を出したからです。その解明もなされているし、晩発障害についての事故の調査も存在しています。

もういいかげんにしなさい。

※コメント欄からこちらに移しました。

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日曜写真館 土浦のお雛さま

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第3極政党の破綻は見えていた

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福島事故後処理問題はもう少し続けたいのですが(←まだやるんかい)、今日は一休みして、民主党さんの「党名」問題を軽く考えていきたいと思います。 

いや違った。「党名」ではなく、「合流」でしたかね。 

松野氏たち民主脱走組は、全員、確か離党届けも拒否されて、除名処分になっていたはずで、どのツラ下げて復縁、いや違った「合流」なのかと思います。 

まぁ、なんでもいいや。日本人の過半数がそう思っていると思いますが、要するに「野合」です。 

そんなこといまさら分かりきったことなので、私はあの人たちにマスコミのように「なにが政策なのか明らかにしろ」、なんてヤボは聞きません。 

自分の党すらまとめられなかった民主党にそんなものは初めからあるはずがないし、橋下なき「維新」においておやです。

Photo_3民主党HP https://www.dpj.or.jp/article/107981

なんせ「維新」の松野頼久代表からして、沈む民主党から2012年9月に後ろ足で砂をかけて出て行ったと御仁です。これからは第3極の時代だとか言ってね。 

ところが、第3極路線はみんなの党は解体し、「維新」も分裂しました。第3極の結集がうまくいかなかったのはちょっと考えればあたりまえです。 

理由は小選挙区制度だからです。 

たとえば、ひとつの選挙区に4人候補者がいるとしましょう。 

・A候補・・・磐石の看板、地盤あり・自民党
・B候補・・・労組などの応援で強い地盤あり・民主党
・C候補・・・どちらもなし・第3極
・D候補・・・共産党、あるいは公明党だけが地盤
 

日本全国南から北まで、こういう構造の選挙区はザラですね。 

この場合、AとBはその時の風向きで逆転する可能性があります。2009年の政権交代のケースですね。 

ではDの共産党、あるいは公明党の候補はといえば、比例代表獲得票を上乗せできますから、名簿上位なら当選の可能性があります。 

問題は3番目の候補者です。このままでは、絶対に当選するわきゃありません。 

ただし、強力な地域政党で、カリスマ的な指導者がいた場合は別で、逆転現象もありえます。これが橋下氏の率いていた頃の「維新」のケースです。 

橋下氏の地域政党モデルはそれなりに興味深いもので、巨大単独与党が君臨しかねない今の小選挙区制の下では、もっとまじめに検討されるべきテーマだと思っています。 

ただし、これには漫才師とアジテーターを足して、戦略性を持たせた橋下氏のようなキャラが絶対条件です。

Photo_2https://www.youtube.com/watch?v=b_8BakZHkN0

この好きかキライかは別にして、得難いキャラを追い出してしまったあのビンボー神のような松野さんだと、まぁ考えるだけムダというものです。 

それはともかく、A、B以外の候補が生き延びようとすると方法としては、ふたつしかありません。

①公明党のように自民党と連合して与党になる。
②共産党のように全国に薄く広くいる支持者を足して、それなりに比例代表票を積み上げる。

つまり「松野維新」は、今述べたすべての条件を欠いています。おそらく次回の参院選では壊滅するのは必定です。

一方Bの民主党はどうかといえば、ご存じのとおりです。特にこと新たに分析するようなことなどない、既にどこをどうしたらいいのかという次元ではなくなってしまった半壊状態の政党です。

潰れないのは、大金持ちなくせにケチの岡田氏がせっせと使わずにため込んだ巨額の政党助成金があるからです。

さて真の問題は、こんなハンチクな政党ではなく、共産党です。それについては次回に。

※お断り 後半はテーマが異なるので分割して明日に回しました。

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その8 トータルな自然の浄化を知らない「除染」作業の虚しさ

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かつて「除染など無意味だ。福島は住めない。逃げることが勇気だ」などと言って、徒に恐怖を煽り立てている人たちが大勢いました。今でも数こそ減りましたが残存しています。 

下の画像は、毎回同じで恐縮ですが、「美味しんぼ」2014年5月のスピリッツに掲載された『美味しんぼ・福島の真実』です。 

当時私はこの掲載と同時に強く反論し、ミニ炎上までした記憶があります。 

ここで登場するのは、福島大学の現役教員である荒木田岳氏ですが、きわめて断定的に「福島は住めない論」を、雁屋哲氏に吹き込んだ人物のひとりです。 

彼の言動を見ていると、典型的なデマッターがたどることを言っています。 

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 (週刊スピリッツ2014年5月「美味しんぼ・福島の真実」より 以下同じ)

彼らは大げさに騒ぎ立てるだけで、地道な実地計測をしていません。するとしても、せいぜいが、市販のガイガーカウンターで街の通学路の側溝か、近所の河川敷を計るていどです。 

特にこのような人たちは側溝、つまりはドブがお好きなようで、なにかというとこのドブの泥土にくっつけんばかりにして計測しています。 

側溝は、街路や家屋の放射性物質が流れ込むためにホットスポットになるに決まっている場所です。 

週刊現代、上杉隆、グリーンピース、反原発団体などやり口はすべて一緒で、センセーショナルに騒ぎたければ、ドブで計ります。 

ですから側溝の計測記録を出して来る人がいたら、まず眉に唾をつけて下さい。ほとんどが、ことあれかしのデマッターですから。 

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降下した放射性物質は、屋根や道路面にいったん溜まり、その後に雨で雨樋から側溝、下水施設、あるいは用水路から川へと流れ、最終的には海に流れ出して希釈されていきます。

途中の各所では、堆積物として徐々に溜まっていくわけですが、そこでは堆積が重なるために濃度が必然的に高くカウントされることになります。

ですから、荒木田氏が持ち出した下水道は非常に特殊なスポットで、イコール街全体の汚染そのものではないのです。

別に「住めない福島」だけの問題ではなく、東京都の下水処理施設ですら同じでした。

東京都下水道局

上図のように、東葛下水処理場などは、事故から1年たった2012年3月でも未だ1万ベクレル/㎏を超えています。

放射性降下が微小だった神奈川県の下水処理施設も同じでした。溜まるのです、下水施設は。

では、「東京も神奈川も住めない」と言うべきなんでしょうか(苦笑)。わけはありません。

下水道や処理施設の汚泥の粘土分子は、強力なセシウム・トラップです。※トラップ 特定の物質を捕獲して封じ込めること。

昨日お話したように、泥や粘土の分子構造の中に、キレート効果で放射性物質を封じ込めてしまいます。

ですから、人間には利用できません。できない以上、放射能を遮蔽したのと同じことです。

どうしてこう簡単なことが:分からないのかと、かえって不思議なくらいです。

この人たちにとっては、放射能は民俗学でいう「ケガレ」みたいなもので、いったん汚染されたらもう半永久的に「汚い」のでしょうね。

さて、荒木田氏たちはこれだけ恐怖の大魔王みたいなことを仰せになるのですから、トータルな汚染状況を調査しているのかといえば、そうでもなさそうです。 

本格的に、農村に分け入って谷津田を一枚一枚計測したり、阿武隈山系の森林を踏査しようという努力をはらっていないくせに、まるで預言者のように「福島は除染しても住めない」などと平気で言う神経がわかりません。

この「美味しんぼ」事件の反論で、私が一番力点を置いたのは、放射能は自然のエコシステムの中で、有効に無力化しているということです。

荒木田氏は、下のように河川を除染しろとか、海に出るの阻止しろとか言っていますが、少しは真剣に湖沼や水系の浄化に取り組んでいる研究者の話を聞くべきでしたね。 

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私は2011年夏、霞ヶ浦の環境保全に関わる地元大学の専門家と共に霞ヶ浦や付近の河川や水田などを実測調査したことがあります。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-8e5d.html(6回連載)

河川で有意な放射線量がわずかに測定されたのは事故直後だけで、それは静かに移動して湖や海に流出していることがわかりました。

では荒木田氏のいうように、「海に拡がるのを阻止」する」必要はあるのでしょうか。

ありません。それは水系の仕組みをみれば理解できます。荒木田氏などが考えているように山や街に降った放射性物質が、キャッホーと一気に河を経て海に流れ込むわけではないのです。

山に降った放射能は、水田に流れ込み、用水路を経て河川に流れ込みます。その過程をひとつひとつ検証せねば、「福島が住めない」などと安直にいえないはずです。

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座間市HPより

では順を追ってご説明していきます。

できるだけ専門用語を使わずに、図表を使って平明に解説します。

荒木田氏から「いくら街を除染しても、すぐに山から汚染水が流れてくる」といわれた、山系に降った放射能汚染はどうなっているのでしょうか。

実は阿武隈山系には、研究者の実地調査が何度も入っています。

まずは、もっとも初期の11年9月に、福島県山木屋地区標高600mの福島第1原発側斜面で、新潟大学・野中昌法教授が行なった土壌に対するセシウムの沈着状況の計測結果です。

Photo『放射能に克つ農の営み-ふくしまから希望の復興へ』より 

●山木の土壌の放射性物質分布
・A0層(0~7㎝)・・・・98.6%
・A1層(7~15㎝)・・1.4 (2011年9月測定)
 

このように、放射性物質は微生物が分解中のその年の腐植層(A0層)に98.6%存在し、その下の落ち葉の分解が終了した最上部(A1層)には達していないことが分かりました。 

事故後、福島の山間部では、この森林に降下したセシウムが、A0層とA1層の間にある地中の水道(みずみち)を通って雪解け水となって流れ出していくものと推測されます。 

セシウムは、葉と落ち葉に計71%が集中しており、それは地表下7㎝ていどに99%蓄積されていました。 

畑以上に表土に結着した量が多いようです。これは山の表土がトラップに有効な腐食土に覆われているためだと思われます。

言い換えれば、山は畑以上にトラップ力が強いようです。

大部分は土中にトラップされますが、2011年に降った放射性物質の一部は沈下せずに、むしろその下の去年の腐植層との隙間を流れ出したと思われます。 

いわば、初年度の汚染水は大部分を土壌に残留し、土壌分子に固定されながら、一部が地表を滑ったような形で下に流れ落ちたのです。

国立環境研究所は筑波山における調査に基づいて、この山からの流出量は「事故後1年間の放射性セシウムの流出量が初期蓄積量の0.3%だった」と述べています。
http://www.nies.go.jp/shinsai/radioactive.html 

わずか0.3%であっても汚染物質は、山と里地との接点である谷津田の水口(みなくち)を汚染しました。

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私たちの地域での自主計測会の様子 ガイガカウンターをビニール袋に入れて計測している。筆者撮影

下の谷津田のデータは同じく野中教授らのグループが測定したものです。

11年度米で、もっとも多くセシウムが検出されセンセーショナルに騒がれたのは、谷津田水口周辺でした。

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左手手前が水口。下にいくと水尻。ここから用水路に入り、河に出て行く。この写真は二本松ではありません。筆者撮影

放射性物質を含んだ山からの水は、まず水口でトラップされ、下へ流れるに従って減衰して、より下流の水路や河川に流れていくのがわかるでしょう。

福島県二本松・放射性物質が玄米で500bq検出された水田付近の測定結果
同上の空間線量(マイクロシーベルト)
・水口・・・・1.52
・中央・・・・1.05
・水尻・・・・1.05
同上土壌線量(ベクレル /㎏・セシウム134・137の合計)
・水口・・・・6200
・中央・・・・3900
・水尻・・・・2600

 しかも、事故から5年近くたった現在は、この11年の汚染された山の地層の上に、さらに新たな腐葉土の地層ができたために、11年の地層は50㎝以下に沈下しているはずてす。

これによって、事故直後山の表土を滑り落ちる汚染水の流出量は、今はほぼ途絶えたか、激減しているはずです。

さてこの山からの汚染水は谷津田を経て用水へ、用水から川へと流れこみます。ではこの河の汚染状況はどうでしょうか。

Plaza阿賀野川 http://www.hrr.mlit.go.jp/agano/kangaeru/tushinbo/2009/places/06_g-agmzpl.html

これについても゛新潟県が2011年に調査したデータがあります。

そしてほぼこの底土、護岸部分にトラップされたために水質自体の汚染は非常に低く、河口での線量は著しく減衰しているのがわかります。

阿賀野川放射性物質調査結果 2011年新潟県http://www.pref.niigata.lg.jp/housyanoutaisaku/1339016506464.html
1 阿賀野川の河川水
  5月29、30日に、上流~下流の7地点の橋で採取した河川水から、いずれも放射性セシウムは検出されませんでした
これまでの阿賀野川水系の淡水魚の測定結果
8魚種で検査を実施 不検出~49ベクレル/kg
2 阿賀野川の底質(泥等)(別紙1参照)
  5月29、30日に、上記7地点の橋から採取した川底の泥、砂等の10検体を分析し、最大68ベクレル/kg湿の放射性セシウムを検出しました。
3 阿賀野川岸辺の堆積物
  5月29日に、川岸3地点で試料を採取し分析したところ、中流の岸辺で表面から深さ30~40cmの層で採取したものから最大232ベクレル/kg湿の放射性セシウムを検出しました。

 私が述べたように、河川水からは検出されず、川土や川岸からのみ検出されています。 

これはセシウムの特性が水に溶けにくい性格のためです。これは農水省飯館村除染実験時の調査記録にも記されています。

下の計測図を見ていただくと、表層の粘土がもっとも多くセシウムをトラップし、その下のシルト(粘土が混ざった層)はそれにつぎ、砂質になるとまったくといっていいほどトラップしなくなるのがわかります。

だから、セシウムは地表5㎝前後の部分に多くあったわけです。

002

http://www.s.affrc.go.jp/docs/press/pdf/110914-09.pdf

この飯館村除染報告書はこう述べています。

「放射性セシウムは農地土壌中の粘土粒子等と強く結合しており、容易に水に溶出しない。一方、ため池や用水等、水の汚染は軽微である。」

つまり、放射性物質は河に流出したとしても、水に溶けにくいために底土、岸に吸着してしまい、水質汚染につながりにくいのです。

というわけで、新潟県の阿賀野川の計測結果で水質汚染がなかった理由がこれです。

では、これを荒木田氏が言うように、「除染に意味があるとしたら河川の除染だ」というようなことをしたらどうなるでしょうか。

除染方法が具体的に述べられていないのですが、河川や湖沼では底土を大きなポンプ浚渫船で吸い込むしか方法はありません。

つくづくこの「福島住めない論」の荒木田氏は、なにも知らない人だとため息が出ました。

Photoポンプ浚渫船 http://blogs.yahoo.co.jp/crazyfloater/33522132.html

こんなことをしたら、せっかく河口や底土、あるいは岸の土壌に決着してトラップされているセシウムは攪拌されて、泥と水が混ざり合って、元の木阿弥です。

このように河川の「除染」は意味がないばかりか、かえって汚染の拡散となってしまうのです。

ですから、環境省は福島県、茨城県の湖沼や河川の除染にはあえて手をつけていません。

河川以外にも、一部は下水路から処理施設へと向かいますが、この段階で処理場汚泥に沈殿するのは冒頭に見たとおりです。

このように山から流れた汚染水は、森林から海への長き道のりを辿って各所で「捕獲」されて封じ込められていっています。

そして海にたどり着いた放射性物質も、海流で沖まで持っていかれ、海流に乗って拡散していきます。

このような複雑に絡み合う日本のエコシステムは、放射能という新たな敵に対しても健全に機能し、放射性物質を各々の持ち場で封じ込め、次の場所に譲り渡していったのです。

これが自然生態系の外敵に対する防衛機能です。

そしてこの自然のトータルな協同の力によって、放射能物質はいまや見る影もなく衰弱していました。

今国が民主党の置き土産としてやり続けている「除染」作業は、この自然の摂理に従ったセシウムトラップの数億分の1の働きもしていないでしょう。

人間のやることが、いかに虚しいものかお分かりいただけたでしょうか。

※一回アップしたら、記事のセンテンスがグチャグチャでしたので、再アップしました。

 

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その7 除染したければ自然の力を借りることです

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平時には平時の考え方があり、緊急時には緊急時の考え方があります。 

1ミリシーベルトをはあくまでも、何も起きていない平穏無事な時の基準にすぎません。 

ですから、そんな規制値を事故直後に当てはめたら、かえって収束作業の足をひっぱり、住民に不要な負担をかけてしまいます。 

リスク管理は、それをすることによるリスク削減と、それをやったことによる社会的なマイナスを天秤にかけて、軽重を計ることです。 

住民は避難によって職と住を同時に失いました。 

残された街のインフラは痛み、住居も再び住めるかさえ見当もつきません。 

というか、再び故郷に帰ることができるのかも、まったく見通しが立たないのです。 

このような状況の中で、700人以上が亡くなられています。おそらく遠からず千名を超えるでしょう。

原発事故そのものによる死者は出ませんでしたが、避難はこれほど多くの人を蝕み、殺したのです。 

そして誰も住んでいない街を、延々と2.5兆円ものコストをかけて除染作業が続いています。 

除染というとものすごいことをしているように思われるかもしれませんが、そのおもな仕事はただの草刈りです。 

Photohttp://curassy.com/I46b2e1f

除染とは、原発事故により放出された放射性物質由来の環境汚染が、人の健康や生活環境に及ぼす影響を、低減することを目的とした作業です。 

これには2種類あります。 

まず、表土を削ったり、草を刈って放射性物質を取り除く「除去」です。 

もうひとつは、放射性物質を土やコンクリートで覆うことで被ばく線量を下げる「遮蔽」です。 

しかし、こうした「除染」をしても、実は放射能はなくなりません。 

よく勘違いされていますが、放射能は一定の時期まできて核種の自然崩壊が終わるまで消滅することはありません。 

ですから、「除染」とはなんのことはない、どこかに移動するだけです。 

Photo_2同上 

そしてひたすら、行き場のない低レベル放射性廃棄物の山を築くことになります。 

いまやその量は、2千200万立方メートルに達すると推定されています。 

この中間処理施設はすったもんだのあげく双葉街に決まりましたが、建設には1.1兆円かかるとされています。 

除染と中間処理のコストだけでしめてなんと3.6兆円です。 

人は故郷に帰還できず、避難先で次々に亡くなられていき、残った街はダーストタウン化し、そしてその街を除染するために3.6兆円かけて、毎日草刈りをしているというわけです。 

この最初のボタンの掛け違いは、細野氏が環境大臣だった時に決めた「平時」と「非常時」を取り違えた1ミリシーベルトに始まります。 

では、どうしたらよかったのでしょうか。実は解決方法は既に分かっています。

言われてみればコロンブスの卵のようなことですが、徒に人の力で「除去」しようとするのではなく、自然の力を借りることです。 

3・11当初、セシウムは、「謎の放射性物体X」でした。

しかし現在は正体も分かっていて、その弱点もほぼ解明されています。

よく勘違いされていますが、放射性セシウムは万能でもなければ、最強の物質でもありません。

放射性であるという点を除けば、自然界にあるフツーの(非放射性)セシウムと同じだと思ってもかまわないのです。 

問題を煎じ詰めれば、 放射能が長い期間なくならないのなら、人間に利用できないように無害化すればいいだけではありませんか。

要は、放射性物質を「遮蔽」してしまい、人に触れる量を極小化すればいいのです。これが無害化です。

この時にゼロベクレルでなくちゃイヤという人は、ご遠慮ください。話が進みませんから。

リスク管理では、冒頭に述べたように、「それをすることによるリスク削減と、それをやったことによる社会的なマイナスを天秤にかけて、軽重を計ること」をします。

リスクが極小なら、社会的にプラスの方を選択していきます。

具体的にみていきましょう。まずは、敵の正体を知る必要があります。

いったん地面にフォールアウト(放射性降下)したセシウムは、どのような動きをしているのでしょうか。

これも分かっています。 

①表層土壌の鉱物質や腐植物質()に結着して、とどまるケース。
※植物が発酵分解されてできる物質のこと
②表層土壌から溶解してより下の地層に沈下するケース。

②の地下水へ流出するというのもないわけではありませんが、比率にすればわずかです。

というのは、セシウムは土壌の粒子と堅く結合して、簡単に水にとけださないからです。それについては後述します。

下図は2011,年9月の農水省の飯館村における除染実験報告ですが、放射性物質がきわめて浅い地表面にいることが確認できます。

大部分は地表面5㎝ていどのごく浅い層に存在します。http://www.s.affrc.go.jp/docs/press/pdf/110914-09.pdf (以下グラフ一緒) 

014_4

①耕していない牧草地や畑地の場合・・・地表面から5㎝までに9割以上のセシウム層が存在する。
②ロータリー(※)で耕した畑地の場合・・・ほぼ均等にロータリー深度に薄まって均一化する。

※トラクターにつける回転刃 

つまり耕さない場合には、放射能はいつまでも表層から5㎝ていどに居続けるということです。

そしてロータリーで耕すと、放射能がなかった下層の土と混合されて均等に薄まっていきます。

プラウ(鋤)で耕すと、鋤は縦に深く掘れるために15~20㎝あたりに埋め込まれた形になります。

いずれにしても、人間や植物が接触する地表面からは「隔離」されることが分かります。

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図 農水省 本宮市における反転プラウ(30cm)耕後の放射性セシウムの深度分布

2011年当時の、私たちの行った実測値で確認しましょう。

なお、これは線量が高いいわゆるホットスポットの計測値です。セシウムは揮発性なので、その時の風向きや地形によって濃淡が生じます。

・2011年3月末の畑地の実測値・・・800ベクレル/㎏
・同年5月第1回目の耕耘後  ・・・100
・同年6月第2回目の耕耘後  ・・・80

※端数切り捨て

このように人間が耕すという営為をすることによって、放射能は確実に無力化していくことが分かります。

ではどうして、土がこのような放射性物質のトラップ(罠)の働きをするのでしょうか。

これは福島現地に入った、心ある農学者たちの地道な研究によって解明されています。

セシウムなどの放射性物質は電荷がプラスです。すると、当然マイナスにくっつきます。

すると土の中の腐植物質は、マイナス電荷ですからセシウムをビシビシと吸着していくわけです。

しかし、電気的吸着は弱いので、短時間で離れてしまいますが、どっこい土壌に含まれる粘土質には無数の分子レベルの微細な穴が開いているのです。

電気的結着が弱まって離れ始めた放射性物質は、次はキレート効果によって物理的に吸着されていきます。

簡単にキレート作用について説明します。

キレートというのは、元々はカニのハサミのことで、カニがチョッキンするように金属分子を鉱物の構造の中にはさみ込んでしまうことを言います。

ある分子がカニのはさみのようにカルシウムイオンなどの金属イオンと強く結合し、安定した化合物(錯体)を作る作用のことです

この場合、粘土やゼオライトの微細な穴がセシウム分子とあつらえたように同一だったというわけです。

そのためにセシウムは穴にキレート作用でスッポリとはまり込みますが、なんと無情にもこの分子の穴は徐々に閉まっていきます。

ピタッと閉まった分子の穴は簡単に再び開くことがないために、「セシウムのアズガバン」となってしまいます。

こうして、放射性物質は、強力に土壌内分子に物理的結着をしますが、時間がたつにつれ結着は強くなる傾向すらあるようです。

これが土壌の「トラップ機能」というもので、この土の思わざる素晴らしい働きによって、セシウムは土壌の分子内に封じ込められることになりました。

私は信仰心が薄い人間ですが、これを知った時、神は我々を見放さなかったと思いました。

ちなみに植物にも移行しますが、たかだか千分の1ていどにすぎません。

ですから実際、私たちがしたひまわりによる除染はまったく効果がありませんでした。

第一、ひまわりの茎って太くて大きいので、持ち出すのが大変で、しかもいちおう低レベル廃棄物ですから燃やしたり、捨てたりもできないので処分が大変です。

このひまわりなどの高吸収作物が有効ではないということは、農水省の上記の飯館村での除染実験でも証明されています。
002_2

http://www.s.affrc.go.jp/docs/press/pdf/110914-09.pdf 

こうして考えてくると、放射能移行の少ない草刈り除染は、無駄な労力を巨費を投じて意味のあるかないかわからないことをやっていることのように思えます。

放射性物質を「持ち出す」という発想そのものがダメで、むしろ持ち出さずにその場で「封じ込める」のが正解なのです。

このようにリスクが極小化されれば、くだらない1ミリシーベルト除染などにこだわらず、ケースバイケースで対応を決定し、社会的プラス、すなわち帰還や農業を再開することが正しいリスク管理の選択だったのです。

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1ミリシーベルトに根拠があるのか? その6 間違った「除染」と真の除染

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丸川大臣が標的になっているようで、今度は「環境の日を間違えた」という、前回よりもっとどーでもいいようなことのようです。 

猛烈な既視感。次はおおかた、漢字の読み方かカップ麺の値段クイズといったところでしょうね(失笑)。バカか。

毎回こればかりです。偏向報道というのもおこがましい、それ以前のただのガキのイジメにすぎません。 しかも女性ばかり標的にするたちの悪さ。

キャスターがしたり顔で、「1ミリシーベルト失言の丸川大臣がまたまた失言の嵐です」みたいなことを言っているのをみると、心底げんなりします。 

丸川さんの1ミリシーベルト問題は「失言」ではなく、除染のあり方に対する「意見」です。

出し方の問題は私も指摘しましたが、言っていることの内容は間違っていません。むしろ簡単に謝るなよ、といいたいくらいです。

福島の避難区域の復興が遅れています。その最大の原因は民主党政権が決めた除染が遅々として進まないことです。

除染の目標を、1ミリシーベルトなどという「最適化」を忘れた非現実的目標にしてしまったからです。

Photo
環境省HP

上図を見ると川俣町、浪江町、大隈町などの浜通りの一帯が手つかず、飯館村ですら4%ていどです。

この状況が続けばこれらの地域は、事実上の永久立ち入り禁止地域になる危険性すら出てきました。

カナダ経済紙のフィナンシャルポスト(2012年9月22日)は、ローレンス・ソロモン氏の論評を掲載して、こう述べています。
http://www.gepr.org/ja/contents/20121015-01/

「東日本大震災で失われた人命は1万6000人、行方不明は3500人と災害の中でも最悪の結果となったが、加えて16万人(原文9万)もの人々の避難の問題が今も続いている。この死者の大半は、出してはならないものであった。」

このようにソロモン氏は、事故そのものより、むしろ避難したことによる強度のストレスによって多くの人か亡くなったと指摘しています。

避難者の関連死亡者数は既に700人を超えて、このままだと再び故郷を見ることなく亡くなる人々が急増すると考えられています。

Hqdefaulthttps://www.youtube.com/watch?v=tcOQ_dowufc

思えば、ダッシュ村の三瓶さんも、避難先で亡くなられてています。どんなにか双葉の里に戻りたかったことか・・・。

京都女子大水野義之氏による、福島事故も含む避難者の死亡原因は以下です。http://www.gepr.org/ja/contents/20121210-02/20121126-u.ppt.pdf

避難者の死亡原因
・避難所における精神的肉体的疲労   ・・・30%
・避難所への移動によるストレス      ・・・20%
・病院の機能停止による初期治療の欠落・・・20%

Photo_2チェルノブイリ原発を囲む新シェルターの半分部分      Agence France-Presse/Getty Images       

実はこれとまったく同じことが、既にチェルノブイリ事故の後に出ていました。

チェルノブイリ事故の後に出たガンによる死亡者数は、事故による被曝ではなく、その後の避難民に多く出ています。
※http://www.cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=412

チェルノブイリ・フォーラムによる総死者4000人の内訳(原子力資料情報室による)
【これまでに確認された死者:約60人】
・放射線急性性障害134人のうちの死亡       ・・・28人
・急性障害回復者106人のその後の死亡       ・・・19人
・小児甲状腺ガン約4000人のうちの死亡        ・・・9人
【ガン死者:3940人】
・1986-87年のリクビダートル(※)20万人から・・・2200人
・事故直後30km圏避難民11.6万人から       ・・・140人
・高汚染地域居住者27万人から           ・・・1600人

※現場に投入されて闘った隊員(軍人・民間人技術者)たち

チェルノブイリ事故では約40万人が住んでいた家を追われ、汚染地域では産業が衰退し、社会インフラの崩壊が進行しています。

また、汚染地域からは、被曝による健康障害ではなくIAEA専門家によれば、避難による「精神的ストレス」が人々を大量に蝕んでいます。

福島県の除染の遅れによる避難の長期化は、もはや終わりが見えないまでになっています。

私は1ミリシーベルトなどという「平時」の基準を強引に当てはめたために、かえって真の「除染」が遅れたと思っています。

というのは、人が活動することこそが、もっとも大きな「除染」効果を生むからです。

たとえば、この浜通り後域に多く拡がる農村地帯は、耕すという農作業で、確実に放射線量を下げることが可能です。

私たちの地域での調査によれば、2011年3月中旬に400ベクレル/㎏以上あった土壌は、耕耘を重ねるごとに急激に線量を下げていき、数回の耕耘することによって8分の1から10分の1の40ベクレル以下にまで減少することが分かっています。

また、作物への移行も、当初予想されたよりはるかに限定的で、移行率は1000分の1程度であり、それも回を重ねるごとに急速に減少し、わずか数回の収穫で放射性物質は検出限界値以下になりました。

これが私たち農業者が感謝の念と共に言う、土の遮蔽効果、別名、「土の神様の力」です。 

農地は都市のマスコミの無責任な流言蜚語をよそに、急速に放射能の影響下から逃れ始めていきました。

一方、多くの山林が被曝したわけですが、そちらは耕すことができないわけですが、どのようになったでしょうか。 

わが県の山林汚染のデータは下図にあるとおりです。

Photo_3常陸太田市在住・布施氏計測による

この測定結果は2012年に計測された、福島県との県境の茨城県北部のものです。

セシウムはおもに地表面にある去年の落ち葉に付着しており、平均4800ベクレルていどです。 

一方、今年の落ち葉は最大値で270ベクレル、平均で129ベクレルと30分の1でした。

これは3.11後の放射性降下(フォールアウト)による、落ち葉の外部被曝が山林の落ち葉に付着したものの、新たな落ち葉には影響が少なかったことを現しています。

森林は毎年落ちる落ち葉が堆積していき、放射性物質を含んだ層は、いまや1メートルほど下に入ってしまっています。 

もちろんわずかですが、この汚染層を通過する水が沢水に流れ込んだ結果、谷津田の沢水取り入れ口周辺を汚染することが観測されています。 

2011年に大量に発生した福島県の暫定規制値超えした米は、この落ち葉が水田に流れ込む沢口周辺で起きています。

しかしむしろ、流出するより、汚染物質を食い止める働きのほうが強いことが分かっています。 

下の写真をご覧下さい。山林の空間線量は1~2マイクロシーベルトですが、下の耕耘した農地は半分以下の0.5マイクロシーベルトにまて落ちています。

Photo茨城大学農学部小松崎教授による

これは放射能が、農地や住宅地に達する前に山林がブロックして、そこで食い止められていることを示しています。

まさに山が守ってくれたわけです。

したがって山林はむしろ除染などを考えずに(技術的にも困難ですが)、このまま農地や宅地の障壁として機能してもらったほうがいいようです。 

このように「耕す」という人のあたりまえの営みや、山林の自然の働きがこそが、土壌中のセシウムを有機質や粘土質に固定化させ閉じ込めてしまうことが分かりました。

このような人間と自然の営みの中での「除染」こそが、真の放射能との戦いのはずです。

現在行われている除染は、逆に人間の社会的活動を追放し、その関与を草刈りていどの除染に限定してしまうことで真の「除染」を妨害してしまっています。

ICRP「勧告111」に従って、収束過程である5年内は20ミリシーベルトていどを目標としていれば、今頃はそうとうに浄化がすすんだはずでした。

拙速に「民意」にひれ伏した民主党政権のホピュリズムの毒が、今、このような形で復興に祟っているのです。

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その5 ICRP緊急時3原則 緊急時基準・住民参加・最適化を逸脱した民主党政権

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丸川さんの1ミリシーベルト「失言」事件から、ずいぶんとあれこれ考えてしまいました。 

なにせ、私のブログはいまでこそ「ありんくりん」やっていますが、2011年から丸々足かけ3年間、原子力問題とエネルギー問題ばかりやってきたもんで、語りだすと止まらないので、ご容赦ください。 

一気に記憶が戻って来たというかんじでしょうか。しかも怒りと苦々しさの感情と共にですから、われながらタチが悪い(笑)。 

さて天災、人災に関わらずリスクが爆発した時点で、政府の役割は決定的といっていいくらい重要です。 

一般国民は「平時」のままの状態にいます。ナニがなんだか分からない情報過疎に陥っていて、テレビの映像だけポカンと見ているだけなわけです。 

その時に政府が一緒にパニくっていたら、話になりませんが、一緒になって阿波踊りをしていたのが当時の民主党政権でした。

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この悲惨極まる状況の中で、官邸スタッフでほぼ唯一正気だったのは、実は今回丸川さんに噛みついた細野豪志首相補佐官でした。
※関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-15e5.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-a56d.html
 

対策統合本部事務局長の細野氏は、官邸に専門家を中心とする実行部隊の知恵袋的「助言チーム」を作ることを構想し、近藤駿介原子力委員会委員長にリーダーを依頼します。  

近藤氏は、原子炉の確率論的安全評価の第一人者であり、この時期、海を隔てて同じく福島事故の分析と対応に苦慮していた米国側原子力機関トップとも人的ネットワークを持っていました。  

この官邸側近藤氏と、現場の吉田所長らの働きによって、なんとか事故は収束に向かったわけですが、ほんとうに薄氷の危機とはまさにこのことでした。 

この政権内で比較的まともだった細野氏が、後の野田政権時の環境相時代に決めたのが、この1ミリシーベルトという規制値でした。 

今回この丸川発言を真っ先に糾弾した細野氏は、このようにツイターで述べています。

「事故後はやむを得なかったが、福島にのみ「緊急時の基準」を適用し続けるわけには行かない。除染の長期的目標として、「平時の基準」を適用するのは当然。」

おいおい細野さん、自分が言っていたことを都合よく忘れたんですか。 

Photo

当時内閣官房参与だった小佐古敏荘氏が、テレビの前でペチョペチョ泣きながら、「20ミリシーベルトを容認したと言われたら学者生命が終わりだ。自分の子どもにそうすることはできない」と訴えて辞任してしまった事件は、当時大きく騒がれたものです。

これに政府として答えたのが、補佐官時代の細野氏です。 

「われわれが最もアドバイスを聞かなければならない原子力安全委員会は年間20ミリシーベルトが適切と判断している。政府の最終判断だ」(2011年4月30日時事)

 まことに凛々しい原則的態度で、これがICRP「勧告111」に述べられた、国際スタンダードどおりの対応なのです

それに対して野党に落ちた細野氏は、「いつまでも福島のみ緊急時の基準を使うわけにはいかない」と言い出します。おいおい、すり替えてはいけない。 

なにが「いつまでも」ですか。

問われていたのは事故から4年後の現在ではなく、一般的に事故収束末期といえる5年後の2016年のことでもありません。事故直後の2011年から12年のことです。

その「時期」に1ミリシーベルトという平時の最下限の数値を使って、避難指示や除染を開始したという「時期」が適切だったのかと、私は問うています。 

この「時期」に使うべき指標は、細野さんもよく知っているはずの「勧告111」です。

「勧告111」については、政府に答申した日本学術会議のPDFにあります。国民向けに大変分かりやすく書かれていまので、ぜひご覧ください。
※日本学術会議 「
放射線防護の対策を正しく理解するために

「勧告111」は、被曝の防護基準を「平時」と、事故後の「緊急時」に分けて考えています。 

年間1ミリシーベルト以下という基準はあくまでも「平時」で、事故直後の収束過程は年間20ミリシーベルト以下です。

そして「長期的にこの平時の値である1ミリシーベルトにしていきなさいね」、とICRPは述べています。

つまり何も起きていない平和な「平時」と、事故が起きた直後の「緊急時」では、適用する基準自体が違うのです。

それを事故直後から、平時の基準値を適用してしまうという大きなミスをしたのです。

では20ミリシーベルトを超えたら、人体に健康被害が出るかと言えば、そんなことはありません。

先日述べたように、世界の自然放射線量の平均は2.4ミリシーベルトです。

中国広東省陽江、インドのケララ、ブラジルのガラパリなどが有名で、中でもイランのラムサールが最も高く、平均で日本の24倍です。

さすがびっくりしますが、この放射線量は、福島の高放射線地区以上の自然放射線に常時さらされていることになります。

しかし住んでいる人は、だからナニというかんじで、住民のガンの発生率は世界平均です。

もちろん、放射線に人工も自然の区別もなく、人体への影響は一緒ですし、人体には放射能耐性などありませんので、念のため。

つまり20ミリシーベルトでも、100ミリシーベルトでもよかったわけですが、リスク管理は最小限リスクが「哲学」ですから、とりあえず1ミリ~20ミリシーベルトということにしたのです。

なお、今回の福島事故では幸いにも、20ミリシーベルトにさらされた住民はいませんでした。

仮にいたとしても、健康被害は限りなくミニマムだったでしょう。

ですから、細野氏が補佐官時代に言っていた、「年間20ミリシーベルト」という考え方はたっぷりとマージンをとったリスク管理です。

Photo_2
さらに当初政府は、「5ミリシーベルトを目指して除染する」という方針まで立てていました。

これも収束過程基準としては厳しすぎますが、まぁ妥当といえます。

実際に、前回取り上げた『スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか』によれば、スウェーデンでも同様に、事故前まで1ミリシーベルトの射線量の防護基準を採用していましたが、事故直後からの1年間は5ミリシーベルトの被曝も許容しています。 

これは事故直後において、いきなり平時の1ミリシーベルトに戻せというほうが無理だからです。

無理にそうすることによって、かえって社会的摩擦がより大きくなると考えるからです。これはチェルノブイリの避難による悲劇を教訓にしています。

さてICRP「勧告111」は、緊急時に政府がとるべき対応を定めたもので、3つの原則があります。

①緊急時・収束過程基準
②住民参加
③最適化

簡単に説明しましょう。

まず緊急時・収束過程基準(※)ですが、これは空間線量や食品基準値に適用されますが、このとき政府の説明がいいかげんだとかえって混乱を深めてしまいます。
※「緊急時・収束過程基準」は私の表現です。ICRPは使っていません。

事故直後に出たコメの暫定基準値500ベクレルといったものがそれにあたります。

特にうちの国だけが高く設定しているわけではなく、どの国もICRPの指導に沿って実施している国際スタンダードです。

しかし政府が満足な説明もなくそれを出したために、「輸入食品基準値よりなぜ国産のほうが高いのか。こんなものを食べて大丈夫なのか」などの憤激の声が多く国民、特に主婦層から上がってしまいました。

そしてさらに政府が、「レントゲン1回分より低い」などというバカ丸出しの比喩を使ったために、多くの消費者が東日本の農産物の買い控えに走りました。 

あのね、こういう比喩はよく概説書に書いてあるけど、国民はそういう言われ方したら、「あたしは毎日レントゲンを浴びているの」ってなります。

ましておや、小さな子供もがいれば、「子供に毎日、レントゲン検査させることはできない」とかんがえて当然です。

これが脱原発運動の論拠に成長していくことになる、低線量内部被曝脅威論の始まりです。

おまけに、事故翌年に政府は一気に500ベクレルを、一気に5分の1の100ベクレルにするという「快挙」を演じます。

たいしたタマです。こんなことは5年かけてやるべきことです。これで一気に農業者は地獄に叩き落とされました。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-f9e2.html

2番目にICPOがいう「住民参加」ですが、政府は原発事故直後に年間被曝基準を、1mSvから20mSvに引き上げました。

これまた当然のこととして、突如20倍になったことに多くの住民は驚き、恐怖しました。

これも正しい措置なのですが、ここでも充分な政府の説明ケアが欠落していました。

こうなるともう誰も政府を信じなくなります。国民は、政府の公式発表より週刊誌やネットの流言蜚語を信用するようになります。

その時期から、数万人規模の避難区域以外からの県外避難者が発生し始めます。

また食品規制値も平均500ベクレルに上げたために、平時と緊急時規制値の違いがわからない国民に恐怖が蔓延しました。

ありとあらゆる量販店には、「放射能計測済」とか「当店は東日本の食品は取り扱っていません」などというポスターが張られることになります。

また2012年2月には、政府は福島県の事故周辺20キロメートルを警戒区域とし、福島県飯館村などを計画的避難区域に設定しました。

ここで、政府の指示による大量の認定避難者が出ます。

これについてのリスクコミュニケーションもまた、おざなりでした。

政府は、区域の設定時点において、放射能と健康に関して正しい情報を出して、避難することが妥当かどうか、住民自身にいったんボールを戻して、話あって決定させるべきでした。

そうとうの地域で屋内にいればまったく問題のない空間線量だったはずです。じっくり、政府や行政が説明し、ひとたひとりの意志を確認できる時間的余裕はあったはずです。

お仕着せの半強制避難では、かえって問題が隠されてしまって、解決が遠のいてしまいます。

このように大震災に耐えた日本社会の秩序は、原発事故収拾過程のたび重なる政府の失敗によって、まさに崩壊の危機に瀕していたのです。

このような国民全体に拡がった大規模な放射能パニックを背景にして、福島県の規制値の引き下げと除染要請が出たわけです。

このような場合、政府のとるべき態度はひとつしかありません。

パニック心理に膝を屈することではなく、政府のいうことに耳を貸してくれるようにすることでした。

つまり、正しく情報を公開し、正しく説明し、充分な住民の議論をしてもらうことてす。

したがって、ここで細野氏は福島県の要請をしっかり説明して、突っぱねるべきでした。

政府は、「皆さん、ひたすら規制値を下げればいいというのは間違いですよ。そうすることによって別の社会的弊害が起きるのです」と福島県に説明すべきでした。

これがICRPがいう「最適化」です。「勧告111」はこう述べています。

「最適化とは、被曝のもたらす健康被害と、それをなくそうとする防護対策の不利益のバランスを取ることだ。例えば、避難によって地域社会の崩壊、また経済活動の停滞などが起こる可能性がある。」

やみくもな安全配慮は、かえって復興の妨げになってしまうのです。

かくして政府は、このICRPの「勧告111」に述べられた、「緊急時規制値」「住民参加」「最適化」という事故処理の3本柱すべてから逸脱していくことになります。

長くなりましたので、今日はこのくらいに。

※大幅に加筆しました。一発で決められる他のサイトをみるともうひれ伏します。

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1ミリシーベルトに根拠があるのか? その4 パニックは原発事故直後の情報発信の失敗により起きる

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「1ミリシーベルト」問題を進めます。 

当時政権にいた民主党は、あらゆる局面で失敗を繰り返していました。 

ズブの素人である菅氏が、原子力事故の現場指揮に介入し、海水の注入を止めるように「命じた」たかと思えば、避難指示は猫の目のように変わり、逃げた先のほうがより線量が高かったりする悲劇が頻発しました。

一方、女房役の枝野官房長官は、伝えるべきSPEEDIによる放射性物質拡散情報を隠蔽したうえに、「直ちに健康被害を及ぼすものではない」という言い方を再三にわたってテレビで繰り返しました。 

「直ちに健康被害を及ぼすものではない」・・・。絶句する表現です。 

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このように政府から言われれば、国民は「そうか、時間が立つと放射能の毒が拡がって、病気になるのだな」と、晩発性障害の可能性があると政府が言ったと受け取ります。 

実際に、多くの国民がそう理解して、ミネラルウォーターや西日本の農産品に走りました。 

そして、終わることのない数年間に及ぶ当時「風評被害」と名付けられた、「被曝」地差別が引き起こされることになります。

もっとも重度の放射能恐怖症に罹った人たちの中からは、自主避難者がでます。

・県外自主避難者数・・・23,000名(約半数)
・県内自主避難者数・・・18,000名(避難区域でない市町村からの避難者数)
・計          ・・・約41,000名

ちなみにわが農場も潰れかかり、以後3年間もの間、無明地獄をさまよい続けるはめになります。 

それはさておき、これは放射能の規制値だけの問題ではなく、事故後のリスクコミュニケーションの問題としてとらえ返されるべきです。 

1ミリシーベルト問題もその文脈で考えてみましょう。

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ここにひとつの原発事故を総括した、優れた報告書があります。 

スウェーデン政府はチェルノブイリ事故発生直後の1年間の社会的混乱を総括して、一冊の報告書にまとめました。  

これは、スウエーデンの防衛研究所、農業庁、スウェーデン農業大学、食品庁、放射線安全庁が1997年から2000年までに行った合同プロジェクトで、「どのように放射能汚染から食料を守るか」という報告書にまとめ上げられています。  

『スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか』(合同出版)という邦訳もあります。  

この報告書の完成は、事故後10年まで待たねばなりませんでしたが、その報告の範囲は食料だけにとどまらず実に広範で、事故対応、放射能規制、広報のあり方、食品規制、農業対応、そして防衛研究にまで及ぶものです。 

わが国の事故調が技術的解明に終始し、一部においては「だから日本人は」というような安直な文明批評に陥ったことと較べると、その徹底した態度に感銘すら覚えます。 

これを手にしてみると、スウェーデンでも事故直後、多くの問題が発生していたことがわかります。

チェルノブイリ事故以後、北欧は深刻な放射能汚染にさらされました。  

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 チェルノブイリ事故だのヨーロッパのセシウム137分布図
(ネーチャー誌2011)
 

スウェーデンは、事故後の風向きの下流に位置したために、スウェーデンの一部は、福島における40㎞地帯に相当する被曝を受けました。  

また、放射性物質を吸着しやすいキノコ類や、またトナカイやヘラジカを好んで食べる食習慣があったことも、より問題を複雑にしました。 

スウェーデン政府は率直に、この社会的混乱の原因を分析しようと試みています。 

スウェーデンの原発事故処理の教訓 
バニックは事故直後の情報発信の失敗により起きる
 

報告書冒頭でスウェーデン当局は、このようにみずからを省みています。

「チェルノブイリ原発事故によって被災した直後のスウェーデンにおける行政当局の対応は、『情報をめぐる大混乱』として後々まで揶揄されるものでした。」
「行政当局は、ときに、国民に不安をあたえることを危惧して、情報発信を躊躇する場合があります。
しかし、各種の研究報告によれば、通常、情報発信によってパニックの発生を恐れる根拠は無く、むしろ、多くの場合、十分に情報が得られないことが大きな不安を呼び起こすのです。とりわけ、情報の意図的な隠蔽は、行政当局に対する信頼を致命的に低下させかねません。」
「行政当局が十分な理由を説明することなく新しい通達を出したり、基準値を変更したりすれば、人々は混乱してしまいます」

このようにスウェーデン政府は、情報の隠蔽と二転三転する説明こそが、国民に混乱を与える最大の原因だとしています。  

これがリスク・コミュニケーションの失敗です。 

スウエーデン政府が自戒を込めてここで「行政当局は、ときに、国民に不安を与えることを危惧して、情報発信を躊躇する場合がある」と述べていることに注目してください。 

このような大事故の場合、政府の危機管理能力を簡単に超えてしまうことが往々にあります。 

まさに、チェルノブイリがそうであったし、わが国の福島事故や東日本大震災がそれにあたります。 

この時に、政府は国民や民間企業の協力なくして収拾することは不可能です。そしてこの協力を得る近道は正しい情報の発信です。 

いかなる事態が起きて、今どのような状況なのかについて、隠し立てすることなく、明解に意思疎通すべきです。

何をあたりまえなことを、と思われるかもしれませんが、現実に多くの企業や行政が、大規模な事故においてやりがちなことは、この「情報隠し」なのです。 

今起きている事故の状況でイッパイイッパイなのに、正しい情報なんか与えればいっそうこの混乱が広がてしまうと、腰が引け、いつしか出しそびれてしまう内に、週刊誌などにスッパ抜かれるはめになります。 

当時、わが国の政府が最初に国民に伝えるべきは、いうまでもなく危険情報の基本中の基本である放射性物質拡散図でした。 

これはSPEEDI情報として、官邸は持っていたにも関わらず、なぜか握りつぶしてしいまいます。

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結局、日本においては火山学者の早川由紀夫氏が、上図の拡散シミュレーション図を週刊現代に暴露することで、いっそうパニックに輪をかけていくことになります。

後にこの早川氏は度し難いデマッターになっていきますが、当初このようなセンセーショナルな登場をしたために、信奉者が多く出ました。

上の画像は事故から既に2年以上たった時期に出た「美味しんぼ」ですが、政府の詳細な拡散図がでているにもかかわらず、根拠はこの早川マップです。

いかに早川氏が、反原発運動に強い影響をあたえたのかわかるでしょう。

当然ただの想定図ですから、間違いだらけで、事態は鎮静化するどころか、いっそう拡がっていくことになります。

そもそもこんな基本的情報は政府が直ちに発表するのかあたりまえで、週刊誌に先にでてしまうということ自体が、度し難い政府の無能ぶりと国民に対する愚民視を表しています。 

スウェデン政府は三つの情報は正確に直ちに伝達すべきだとしています。

①汚染の拡大状況
②事故状況
③食品規制

政府が、この三つのリスク・コミュニケーションに失敗すると、国民は「政府情報を一切信じない」、「まだなにか隠しているに違いない」という根深い不信感に直結していくことになります。 

そして以後、政府がなにを言おうと信じようとせずに、ネット空間の情報や週刊誌、テレビからのバイアスのかかった情報だけを信じる層が生まれてしまうことになります。

ああ、今日も1ミリシーベルトにたどり着けなかった(涙)。

 

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日曜写真館 さぁ、蘭の季節!

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「報道の自由」と「競争の自由」はトレードオフだ

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私は丸川発言を擁護するためにお話しているわけではありません。むしろ丸川氏に対しては、細野氏とは別の意味で批判的です。 

丸川氏は講演の場で発言し、すぐに事実上の撤回をし、謝罪しています。 

こんなにすぐに腰砕けになるようなら、いっそう言わないほうがよろしい。 

ただの民主党批判をチクリとしたいていどならやめたほうがいいし、前政権の政策を問い直すわけですから、環境省内部でしっかりとした議論を尽くして、学界や福島県などにも諮ってからやるべきでした。 

同様に高市氏の放送法発言もそうです。

こういう自由社会の根幹である「報道の自由」に触れるようなテーマは、しっかりとした議論を準備するのが前提で、よくある「保守政治家の信念」みたいなことでやると今回のようなことになります。 

高市氏の場合、「放送倫理という有名無実の空文が現在、機能していますか?」という問いかけを国民にすべきでした。

民放はとうの昔に「報道の中立性」などどこ吹く風なのは、去年の「戦争法案」の極端に偏った報道姿勢でお分かりになったと思います。 

下は民間のある保守系団体による平和安保法制の報道時間調査ですが、極端な偏りが存在するのが分かります。 

TBSとテレ朝しか見ない人にとって、世の中は法案反対しかないと思うでしょうね。

メディアの中立性などは、とうの昔に神話です。

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上のイラストは、メディアのバイアスについて描かれたものですが、沖縄問題などを伝える本土メディアはつねにこの調子です。沖縄地元2紙のスゴサなど知る人ぞ、知るです。

文芸評論家の小川榮太郎氏が代表理事を務める「日本平和学研究所」が、安保審議を取り上げたNHKと民放計6局の報道番組(9月14~18日)に関する調査結果を公表しました。

調査方法は、番組内の街頭インタビューやコメンテーターらの発言を、安保法制への「賛成」「反対」の2つに分類しました。

その結果はいささか衝撃的なものです。Photo_4

●安保法制についての放送時間割合
・テレビ朝日系「報道ステーション」(対象4651秒)・・・反対意見95%
・日本テレビ系「NEWS ZERO」(1259秒)   ・・・同90%
・TBS系「NEWS23」(4109秒)・         ・・・同90%
・フジテレビ系「あしたのニュース」(332秒)    ・・・同78%
・NHK「ニュースウオッチ9」(980秒)        ・・・同68%

あからさまなまでのバイアス報道です。特に報ステの偏向ぶりのすさまじさには、予想された結果ながら、圧倒されます。
ここまで来るとも、もはや一部勢力の宣伝機関といわれても仕方がないでしょう。
この結果を踏まえてこの保守系団体は、フェアネス(公正)を要求しています。
私は基本的には同意しますが、そもそも民放に、「フェアネスドクトリン」など求めるのが、そもそもお門違いだと思っています。

どうぞマスコミは言いたいことを、言いたいようにやればいいのです。 このていどの政権党からのジャブでビビってどうすると思います。

え、報道が「萎縮」しているですって。ご冗談を。

「権力批判」がジャーナリズの高邁な責務と常々高唱しておられる民放の皆さんが、高市発言ていどで「萎縮」するはずがないじゃないですか。

ただし、民放の「報道の自由」が、なにとトレードオフ(※)の関係なのかしっかりと見ることです。 ※トレードオフ 何かを 達成するために別の何かを犠牲にしなければならない関係のこと。

高市氏の「放送法4条で電波はとめられますよ」みたいな言い方では、ただの言論統制になってしまいます。 

いちおう放送法の当該部分をあたっておきましょう。

放送法第2章 放送番組の編集等に関する通則放送番組編成の自由)
第3条 放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。
(国内放送等の放送番組の編集等)
第4条 放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
一 公安及び善良な風俗を害しないこと。
二 政治的に公平であること。
三 報道は事実をまげないですること。
四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

高市氏が言うように、なるほど日本の放送局は免許制であり、国の許可を得て周波数帯の電波の一部を利用させてもらっていて、その代わりに放送法4条を遵守する義務を追っています。

しかし問題はそこからなのです。 

政治的な公平性を欠く報道」などを、国家権力には判定できませんし、するべきではありません。 

それはこの第4条の前の第3条に出てきます。

(放送番組編集の自由)
第三条
 放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。

この第3条どおりにすればいいので、それを後で政府があーでもないこーでもないと言うほうがおかしいのです。

いかなる権力も、本質的に自分の権力に対する批判を好まないものです。 

かつての民主党政権時にも、露骨に言論統制ととれる言葉を、政府や党の要人がひんぱんに口にしていたものです。 

有名なものとしては輿石幹事長の、高市氏などマイルドにみえるようなこんな発言もあります。

「間違った情報ばかり流すなら、電波を止めてしまうぞ!政府は電波を止めることができるんだぞ。電波が止まったら、お前らリストラどころか、給料ももらえず全員首になるんだ」(週刊現代2012年3月17日)

ゴイですね。まるでヤクザですね。この人、山梨で教師やってたんですってね。子供がかわいそうです。

しかしこれが、自民、民主をとわず権力の座に座った人間の本音というべきでしょう。 

ですから、公平・中立の判断権者が時の権力であるかぎり、「政治的公平性」の担保などないに等しいのです。 

極論すれば、公共放送は別にして、民放には統制が及ばないし、その意味で民放の「報道の自由」は第3条に則って完全に保障すべきです。

批判する権利があるのは、唯一、視聴者である国民だけです。

国民のみが「あの報道はおかしい」と発言できる批判する権利があるのであって、判断権者が国であるべきではありません。

先の「放送法遵守を求める」団体も、気持ちはわかりますし、指摘は正当ですが、これでは民間の言論を国家がより強権的に統制してくれと頼んでいることになってしまいます。

国家が言論を統制する余地を残した放送法4条などの前近代的な法律は、抜本的に改正されるべきです。

Photo_5http://www.iza.ne.jp/topics/entertainments/entertainments-6590-m.html

むしろ、問題とすべきは、民放が言論の自由と引き換えに、現在、極端な寡占状態となっている地上波の利権について問いただすべきでした。 

民放の矛盾は、自分は極端に寡占の地上波の既得権益の上にあぐらをかきながら、自分が批判されれば「報道の自由」を言いたてる図々しさです。 

平たく言えば、お上から巨大な利権をもらいながら、反権力のポーズなんかするなよ、ということです。

つまり、放送局は権力から独占的な周波数帯という巨大権益をもらう代わりに、「報道の自由」を棄損しかねてい放送法第4条を受け入れた、というトレードオフの関係にあるのです。

現在の地上波は7局での異常な寡占状況が半世紀以上続いており、このことが正常な価格やコンテンツの競争を妨げています。  

「報道の自由」とこの地上波の寡占による弊害は、本来一対の問題です。 

「報道の自由」を求めたいなら、「競争の自由」という自由主義経済のルールに従うべきなのです。  

現況、わが国で選択できる地上波はわずか7局にすぎません。これほどまでの寡占が維持されているのは先進国ではわが国のみです。  

これに対して米国はどうでしょうか。
※「
米国におけるテレビの今(前編) - KDDI総研(Adobe PDF)」

「2010年3月に米連邦通信委員会(FCC)が発表した全米ブロードバンド計画(NBP)では、2015年までに放送局からの「任意競売」により、120MHzの無線帯域をワイヤレスブロードバンド用に割り当てるという勧告が行われた。捉えようによれば、FCCは、未来はワイヤレスブロードバンドにあると決定し、逆に地上波放送は過去の産業であると決定したように見える」

このように米国では既に放送周波数は、任意競売制に移行しています。  

一方わが国は、総務省によって約30周波数のキャパに、わずか7局という極少の周波数帯に絞られた上に、それを既得権者に対して割り当てるといった社会主義計画経済もどきの方式を未だに堅持しています。  

これが放送法という枠組みで、権力が放送を恣意的に管理できる余地を残してしまいました。 

現在の米国は地上波だけでも30局以上も競合し、視聴者は保守系からリベラル系まで幅広く選択できるようになりました。 

また、動物や自然、宇宙などさまざまなコンテンツが豊富にあります。これが、米国の映像コンテンツ王国の基盤を作っています。  

わが国のような地上波の独占状況下では競争が限定されるために、放送法が要求する「政治的中立」が保持される前提条件そのものが欠落しています。 

そして放送法を監督・規制すべき立場のBPOも、民放連のお手盛り組織にすぎず、中指立ての香山リカ氏が委員にいるようなところです。  

そのためかどうかはわかりませんが、朝日・毎日系のテレ朝、TBSは報道の中立性」など知ったことかとばかりに報ステや報道特集、あるいはNEWS23で左翼バイアスをむき出しにしています。 

一方、読売・産経系の日テレ、フジは遵守精神があるためかどうか、人畜無害のエンタメ局になり下がっているようです。 

もはやこんな形骸化した放送倫理規定など不要であり、新聞なみにスタンスを自由にする代りに、地上波に競争原理を持ち込むべき時です。

テレ朝、TBSがサヨク路線に走るなら、その正反対の米国のFOXのような保守局があってもいいわけです。

視聴者にとっては、コンテンツの自由選択の幅が広がるので大いにけっこうなことです。

民放はそれがお嫌なら、放送法で電波を停止されても怒らないことですね。

付け加えますが、NHKは公共放送として準国営放送として保護されており、もっとも多くの周波数帯割り当てを独占でき、テレビを設置しただけで税金まがいに視聴料を徴収する強力な権利をもっている以上、民放とは根本的に別物です。

したがって、放送法は厳格に適用されるべきですので、念のため。

 

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1ミリシーベルトに根拠があるのか? その3 リスク管理とリスク評価は違う

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頂戴しましたコメントにありましたように、石垣島や本島にも大量の自主避難者が「脱出」しました。 

有名な歌人までいるようですが、これらの人たちの脳内地獄をなんと評してよいものやら。 

当然の結末として、彼女たちの大部分は失業し、一家離散などを引き起し、気持ちよく受け入れた島の地域にも大きな負担を残したようです。 

これについては、いくつか記事を書いておりますので、ご覧ください。
※関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-f2f9.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-b4b4.html

彼女たちの多くは、計画的避難地域の外から逃げ出しており、「被曝」とほぼ無縁だった神奈川県や宮城県の人までいます。 

私の生きる地域のような、確実に「被曝」した地域ならまだしもわからないではありませんが、まったく「被曝」と無縁な地域から逃げ出してしまうというのは、いかに彼女たちがひどい放射能パニックに襲われていたのかわかります。 

むごいようですが、彼女たちは「被害者」であることは確かですが、それは「デマの被害者」という意味においてです。

そのデマの発信源は、当時マスコミや運動家を中心として星の数ほどいましたが、本来、民間のデマを抑える立場の民主党政権自身が発信源になってしまっていたために、いっそうパニックを煽ることになりました。

Photo https://mobile.twitter.com/okinawa_yasai

さて、なぜこの1ミリシーベルトの除染などということを、政府は決定してしまったのでしょうか。 

いちおう「科学的根拠」らしきものはあります。それが国際放射線防護委員会(ICRP)が2008年に出した「勧告111」です。 
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ICRPは1950年に設立された民間団体ですが、国連の傘下にあって、放射線防護の国際的機関として認められています。
 

同じ国連機関で、福島事故の調査結果を発表した機関にUNSCEAR(国連放射線影響科学委員会/略称・国連科学委員会)があります。 

このふたつの機関は、性格がちょっと違っています。 

ICRPの仕事は、放射線の「リスク管理」です。 

「リスク管理」(Risk  Management)の基本は、想定されるリスクが起こらないようにするために、そのリスクの原因と なることの防止策を検討し、実行に移すことです。 

一方、国連科学委員会の仕事は、「リスク評価」(risk evaluation)です。 

リスク評価とは、事故のリスクとその大きさが、受容可能かどうかを分析して判定することです。

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この国連科学委員会の福島事故に対するリスク評価結果は、2014年4月に既にでています。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/unscear-0b78.html

国連科学委員会 (UNSCEAR)報告書要旨
①日本国民の総被曝線量(集団線量)は、甲状腺がチェルノブイリ原発事故の約30分の1
②全身が10分の1
③チェルノブイリと比べて、放射性ヨウ素131の総放出量は3分の1未満
④セシウム137は4分の1未満
⑤ストロンチウムやプルトニウムは「非常に微量」
⑥(がんが増加しても非常に少ないために)見つけるのは難しい
⑦「福島はチェルノブイリではない」

ひとことで言えば、国連科学委員会の「リスク評価」の結論は、「福島はチェルノブイリではなかったし、住民のガンの発生が増加することは考えにくい」と述べています。 

ではなぜ、私がこの「リスク管理」と「リスク評価」の違いにこだわるのかといえば、民主党政権がこれを混同したからです。 

たとえば、昨日述べた100ミリシーベルト以下の危険性について、「リスク評価」の立場は「疫学的因果関係が認められないために、限りなくないと思う」と答えます。 

それに対して「リスク管理」の立場は、前者と同じ見解に立ちつつ「放射線被ばくは少ない方がよい」という立場を取るがゆえに、100ミリシーベルト以下まで影響があるかのようなLNT仮説(閾値なし仮説)をいまでも認めています。 

あくまで放射線防護の「哲学」のようなもので、科学的「知見」ではないのです。

Photo_2東京新聞2011年7月20日より

このLNT仮説があくまでも「リスク管理」の目安だと知らないで、この100ミリシーベルト以下にまで、機械的に適用すると、「2ミリシーベルトよけいに浴びると、200万人の福島県民のうち、がんで亡くなる人が200名増える」などといったトンデモを言い出すようなります。

事故当時、日本にやってきた「放射能デマ業界の世界的権威」であるクリストファー・バスビーなどは、「フクシマでは40万人がガンになる」と叫んでいましたが、同じ理屈です。

ICRP自身が、「実効線量は、特定した個人の被ばくにおいて、確率的影響のリスクを遡及的に評価するために使用すべきではなく、またヒトの被ばくの疫学的な評価でも使用すべきではない」と言明しています。

しかしこれをゴッチャにしたのが、当時、世間に掃いて捨てるほどいた低線量被曝心身症の人たちです。 

一般人ならともかく、政府自らがこれをゴッチャにして避難や除染基準を作ったり、食品基準を作ってしまったのですから、たまったものではありません。

このように1ミリシーベルト問題の根は、「リスク管理」に対する勘違いにあります。

次回詳述しますが、本来ならリスク評価上は、オックスフォード大学名誉教授のウェイド・アリソン氏の言うように「100ミリシーベルト以下」でもよかったわけです。

ICRP自身も1~20ミリシーベルトと「勧告111」で述べているように、緊急時には平時とちがう規制値が適用されるべきでした。

仮に20ミリシーベルト以上であったとしても、これが原因で小児ガンや甲状腺ガンになる可能性はほとんど考えられません。

それを自らの事故処理の不手際が引き起こした放射能パニックに怯えたポピュリスト政権は、1ミリシーベルトなどというこれ以上下はないという下限の数値を規制値としてしまったのです。

長くなりましたので、「勧告111」や基準値については次回に続けます。

 

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1ミリシーベルトに根拠があるのか? その2 わかりやすく語ろう放射能

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この「1ミリシーベルト」問題はわかりにくいので、できるだけ平明にお話していきたいと思います。 

まず単位となっている「シーベルト」からいきましょう。略称はSvです。 

放射線防護で大きな足跡を残したロルフ・マキシミリアン・シーベルトさんというスウェーデン人物理学者の名を取っています。 

日本人だったなら、1ミリスズキと言われていたでしょうね。 

よく、聞く放射能(正確には放射線量ですが、一般呼称を用います)の単位にベクレル(Bq)もありますが、どう違うのでしょうか。 

ベクレルのほうは、主に食品や水・土壌の中に含まれる放射能の総量を表す場合に使われます。 

ちなみに、ベクレルは、フランス人のウランからの放射能を研究したアンリ・ベクレルさんの名を取っています。 

ですから、食品の放射能規制値で、「1キログラムあたり500ベクレルとする」というような使い方をします。 

一方、シーベルトのほうは、外部被曝や内部被曝で実際に人体が影響を受ける放射線量を表す単位として、「1時間あたり1ミリシーベルト」のような形で用います。

つまり、ベクレルは本来持っている放射線量の量であることに対して、シーベルトはそれかどれだけ人体に影響のあるのかを示した数値を表しています。

下の写真は、私たちの地域での放射能測定の様子です。この場合、土壌が計測対象なので単位はベクレルです。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-c07b.html

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さて、丸川大臣は「1ミリシーベルトには科学的根拠がない」と発言したわけですが、いちおうこの単位も押さえておきましょう。 

これは1シーベルトの1000分の1です。 

ではこの1シーベルトはどのていどに危険な数値かといえば、急性被曝による吐き気などの症状がではじめる数値です。

この倍の2シーベルトになると、5割の人が死亡します。

雄山が福島から逃げろと言っていますが、確かに2シーベルト以上なら正しいのですが、あいにく単位はその1000分の1でした。

関係ないけど、栗田さんの人形のような無表情な顔がコワイ。犬猿の仲の亭主と姑の気色悪い接近ぶりがたまらないのか。

思うに、山岡の鼻血は、雄山と親密にしすぎたせいだね。

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えー、それはともかく、逆に半分の500ミリシーベルトでは、リンパ球の減少が見られ、100ミリシーベルトあたりからグラデーションのように、喫煙・暴飲暴食などの生活習慣による健康被害と混じり合って、これが放射能被害だと言えなくなります。 

放射線防護ではこの100ミリシーベルト以下を、「わからなく」なるが、「ないともいえない」ということで、そのまま「いちおうあるかもね」ていどのニュアンスで考えています。 

というのは、100ミリシーベルト以上までは、鉄板の臨床記録があるのです。 

放射能障害が分かっているというのは、悲しいことですが、わが国は広島・長崎の被爆という悲劇を通じて大規模疫学調査である寿命調査(LSS・Life Span Study)がなされたからです。  

これはいわば被曝の巨大データ・バンクで、責任ある広島大学医学部研究機関による、実に20万人以上の、しかも40年間という被曝者の終生に渡る追跡調査です。  

これは被爆者手帳によって、その方が亡くなられるまで健康状況を追跡したもので、世界でこれを凌ぐ疫学記録は存在しません。 

この広島・長崎LSSの調査の結果、以下のような放射能の影響があることがわかっています。   

障害は被曝後数週間で発生する急性障害と、数か月から数十年の潜伏期間を経て発症する後障害(晩発障害)に分けられます。  

これは受けた放射線量によります。

100ミリシーベルト           ・・・・吐き気、倦怠感、リンパ球の激減
250ミリシーベルト以下        ・・・・臨床症状が出ないが、後障害
250ミリシーベルトを短時間に受けた場合・・・・早期に影響が出る
500ミリシーベルト           ・・・・リンパ球の一時的減少
1500ミリシーベルト    ・・・・半数の人が放射線宿酔(頭痛、吐き気など)
2000ミリシーベルト          ・・・・長期的なは血球の減少(白血病)
3000ミリシーベルト          ・・・・一時的な脱毛
4000ミリシーベルト          ・・・・30日以内に半数の人が死亡
(「放射能と人体」1999年による) 

広島・長崎では500ミリシーベルト以上被曝した場合、その線量によってガン発生率が増大することがわかっています。  

1時間に年間許容限度の放射能を浴びてしまうと、人体はDNA損傷を修復できなくなってしまいます。それがガンなどの原因になる可能性があります。

またもや「美味しんぼ」で恐縮ですが、福島で山岡こと雁屋氏は「たまらない倦怠と鼻血が出た」といっていましたが、これは100ミリシーベルト以上を一気に浴びた急性被曝症状です。ホントなら、死ぬか、高い確率でガンを発症します。

雁屋氏が死んだとか、ガンになったという噂は聞かないので、こういう類の話は、世間では「幽霊は見たがる人にのみに見える」と言っています。

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放射線はその量と時間によって、大量に一時期に被曝すれば活性酸素を発生させてDNAに損傷を与えます。  

逆に言えば、少量の放射線を浴びても、人体はよくできているもので、切断されたDNAを自己修復してしまいます。  

これをグラフで表したのが、福島事故以来一躍有名になったLNT仮説(閾値なし仮説・Linear-No-Threshold )というものです。 

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100ミリシーベルト(mSv)以上の被曝についてはAのライン(赤実線)のように、被曝線量に比例して発がん率が上昇しました。 

ここまでは、さきほどお話したように広島・長崎の鉄板記録があって「美味しんぼ」のようなヨタではなく事実です。 

しかし、100ミリシーベルト以下については、疫学データーが存在ません。 

しかし、リスク評価としては「ないとも言い切れない」ということで、このグラフでは点線で描いていますが、「100ミリシーベルト以下も線量に比例する」と叫びたい人たちは、実線で書いています。 

しかし、立ち止まって考えてみましょう。

放射性物質という目に見えない無味無臭の物質だから、恐怖心が募りますが、これが私も好きなアルコールだったらどうでしょうか。 

アルコールによる健康被害が、このLNT仮説だとすると血中アルコール濃度が0.4%を越えると、約50%が死亡するから0.04%を越えると、約5%が死亡する恐れがあるということになります。

0.04%とは、ビール1本分ていどです。

わきゃないでしょう。だって常識的に考えて、大量摂取すれば危険ですが、少量摂取すれば百薬の長になるかもしれないわけです。

ちなみに酒には強い弱いの体質がありますが、放射能に強い体質などはありません。

ただし、80ミリシーベルトあたりで健康になるというホルミシス効果説もあります。

ラドン温泉の薬効というやつですね。ただし、科学的に解明されておらず、いまのところは異端の説となっています。

このLNT仮説の危なさは、このような大量摂取した時の危険性を、そのまま比例して見積もったことにあります。

ただし、ビール1本をゲコが宴会で、無理やり一気飲みさせられたというケースもあることを考えて、ICRP(国際放射線防護委員会)は、このLNT仮説を否定していません。

おそらく現実にはあえて100ミリシーベルト以下を書くとすると、開米瑞浩氏によればこんな感じではないかとのことです。

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しかし、この科学者がデータがないから「わからない」と言っていることを逆手にとって、「わからないから判明していないだけで、ほんとうは危ないのだ」という人がゴッソリ発生しました。

科学者が言う「わからない」は、一般人が使う「わからない」とは意味が違います。

先ほど漫画の中で雄山は、「知見がないことはわからないことだ」なんてバカを言っていますが、知見はありますが、疫学的に他の健康障害の中に紛れ込んでしまって「わからない」のです。

したがって、1ミリシーベルトていどの低線量被曝の健康被害は、「疫学データがないために科学的根拠がない」という意味てのです。

その意味では丸川大臣の言い方は、誤りではありません。

ではまったく低線量被曝の疫学データが「ない」のかといえば、そんなことはありません。

南相馬病院の坪倉正治医師と、東京大学の早野龍五氏によるホールボディカウンター(WBC)の測定と分析結果かあります。

南相馬で測定した約9500人のうち、数人を除いた全員の体内におけるセシウム137の量が100ベクレル/kgを大きく下回るという結果が出ました。これは測定した医療関係者からも驚きをもって受け入れられたそうです。

この調査の時にも実は4名の高齢者が1万ベクレルという高い線量を持っていました。この原因もわかっています。

この方たちは、自分の土地で育てた野菜を食べていたこと、特に浪江町から持ってきたシイタケの原木から成ったキノコ類を食べていたということです。

原因がわかると防ぐこともできるので、この分析は有益なものだと思います。

なおこのキノコによる放射性物質の過剰摂取は、ベラルーシでも観測されています。

ベラルーシで長年被曝に対しての研究と指導を続けている、ベルラルド放射能安全研究所のウラジミール・バベンコ氏は、「基準値の100~200倍あった」と話しています。

おそらくこの被曝原因物質が、乾燥きのこだとすると、25万bqから50万bqという気が遠くなるような線量です。これを5bqですら恐怖する方々はなんと評するでしょうか。

このきのこ類による子供たちの被曝は深刻でした。下図がベラルーシ児童の被曝数グラフです。

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ベルラルド放射能安全研究所による

これを見ると、白くハイライトした部分が飛び抜けて高いのが分かります。2003年11月、2004年11月、2006年11月・・・すべて秋のきのこ収穫期にあたっています。

特にきのこに大きく食生活を依存する貧しい家庭では小児ガンなどが多発したようです。

秋のきのこを食べたこと、これがベラルーシの児童被曝が今に至るも続く最大の原因です。

このベラルーシ特有の原因を押えることなく、「ベラルーシでは、事故後10年、25年経つ今でも小児ガンなどが発症している」ということを平気で書く人がいるので困ります。

では福島に戻って、事故後の子供の被曝状況はどうでしょうか。

坪倉先生のチームでは、これまでに、いわき市、相馬市、南相馬、平田地区で子供6000人にWBCによる内部被ばくの測定をしました。親御さんの心配もあり、この地域に住む子供の内部被ばく測定の多くをカバーしています。(一番多い南相馬市で50%強です。)

6人から基準値以上の値が出ています。6000人に対して6人というのは全体の0.1%で、この6人のうち3人は兄弟です。

基本的には食事が原因に挙げられるでしょうが、それ以外にもあるかもしれないそうです。
子供の線量について、坪倉先生はこう分析します。

「子供は大人に比べて新陳代謝が活発で、放射性物質の体内半減期が大人の約半分ということがわかっています。ですから、子供の場合は例え放射性物質が体内に入ったとしても、排出されるのも早いです。」

このように福島事故の後も、放射能による有意な健康障害は確認されていません。

1ミリシーベルトという民主党の規制値がいかに現実ばなれしているか、おわかりになったでしょうか。

民主党政権は原発事故終息に失敗し、その反動で起きた国民の放射能パニックを、本来ならば正しい情報を与えて、「冷静になれ」とクルーダウンすべきなのを、逆に煽ってしまったのです。

■参考資料 LNT理論に関する論争 原子力技術研究所 放射線安全研究センター
http://criepi.denken.or.jp/jp/ldrc/study/topics/20080604.html

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1ミリシーベルトに根拠があるのか?

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丸川大臣が2月7日に、「除染の1ミリシーベルトに科学的根拠がない」と発言したことに対して、人あろう、それを決めたご当人の民主党細野氏から噛みつかれて、撤回して謝罪してしまったそうです。 

「東京電力福島第1原発事故後に国が除染の長期目標に掲げた「年間1ミリシーベルト以下」をめぐり、丸川珠代環境相が7日の長野県松本市の講演で「何の科学的根拠もなく時の環境相が決めた」と発言したとされる問題で、丸川氏は12日の閣議後会見で、「根拠がないという言い方は間違いだったと思う」と失言を認めた。
 丸川氏は会見の冒頭で、「発言が誤解を招いたとすれば、特に福島をはじめ被災者の皆様に誠に申し訳なく、心からおわび申し上げたい」と陳謝。一方、「『科学的』根拠と言ったかどうかは記憶があいまい」として、発言の撤回については否定した。」 (産経2月2日) 

バカ、かと思いました。いえ、どちらともです。 

丸川さん、謝るくらいなら、しっかりと勉強してから言いなさい。「誤解を与えたとすれば」という言い方もおかしい。 

「誤解を与えた」と言うくらいなら、こんな講演でのひとことではなく、環境相として責任をもった根拠資料をキッチリ揃えて発言すべきでした。 

こんな形で謝ってしまうと、1ミリシーベルトを基準にした除染という愚行が、今後も延々と続くことになります。 

噛みついた細野氏に至っては、こんな愚かな政策を決めてしまった張本人ですから、あんたにだけは言われたくありません。

この両人の政治家としての資質には、興味がないので今回触れません。 

問題は「1ミリシーベルト」です。これが細野氏が民主党政権時に定めた規制値でした。 

この背景には、当時世間を覆っていた放射能への過剰反応による、「1ベクレルでも低線量被曝して多臓器疾患を起こす」「事故前はゼロだったんだからゼロに戻せ」というような脱原発派の「民意」がありました。 

これにおびえたのが当時の民主党政権でした。民主党政府は、事故収束に失敗しただけではなく、情報を隠匿したり、朝令暮改の発表をしたあげくリスクコミュニケーションに失敗しました。

その結果、国民にいらぬ動揺を与えてしまい、生み出されたのが「ゼロベクレル主義」と私が呼んでいる過剰に放射能の被害を恐怖する心身症でした。

首都圏を中心としてあらゆる地域に子供を持つ若い母親たちのサークルができます。

やがて、彼女たちはネットを通じて武田邦彦、上杉隆、岩上安身、早川由紀夫、岩上安身(以上5名敬称略)などの醜悪なデマゴーグたちの言説を、「真実」として受け取るようになります。

彼女たちの中から自主避難者が多く出ました。
※関連記事 http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-b4b4.html

これが大きく成長し、脱原発運動になっていき、去年の「反アベ」「戦争法案反対」へと続く、今様市民運動の源流となります。

SEALDsの奥田愛基(あき)さんも、この時期、脱原発デモに出会っています。

Photo_2出所不明

このリスクコミュニケーションの失態を押し隠すために、今度は民主党は逆に走ります。

一変して隠蔽から、過剰なまでの「民意」の迎合へと逆噴射したのです。

えば、このスラップスティックなジグザク走行こそが、民主党政権時の政策すべてにみられる大きな特徴です。典型的なポビュリスト政権のパターンですね。

かくして彼らが作ったのが、非現実的なまでに厳しい放射能規制基準の数々でした。

ひとつが、食品基準です。14年かけて徐々に下げていったベラルーシの緊急食品規制値を、事故後1年で直ちに達成しろ、というようなことが平気で行われました。

このような「民意」に対する過剰なおもねりが、何を招いたのかといえば、福島県産農産物と住民に対する、終わることのないバッシングでした。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-4e0c.html

食品規制値について言いたいことは山ほどありますが、先を進めます。

Photo_4http://www.alive-net.net/saigai/youbou20110502.htm

そして同じような「放射能パニック」に迎合した政策は、計画的避難地域の設定による大量の避難民を生み出しました。

その数は環境省の公式数字で
http://www.env.go.jp/policy/hakusyo/h25/html/hj1 …

・避難指示区域等からの避難者数・・・約10万千人(平成25年3月時点)
・福島県全体の避難者数      ・・・県全体で約15万4千
・福島県内への避難者数      ・・・約9万7千人
・福島県外への避難者数      ・・・約5万7千人

そしてその避難者の死亡者数は、東京新聞2015年3月11日によれば
※http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2015031002100003.html

・2015年3月現在の「原発事故関連死」・・・1232名

東京新聞の「原発関連死」という定義は、あたかも福島事故そのもので死亡者が出たような錯覚をあたえるので疑問がありますが、すくなくとも千名を超える避難民が、避難先で亡くなられたことは事実のようです。(いうまでもありませんが、事故そのものでは死亡者はありません。)

Photo_3http://karapaia.livedoor.biz/archives/52176379.html

さて、2006年に、チェルノブイリ原発事故の当事国になったロシア、ウクライナ、ベラルーシ3カ国と、国際原子力機構(IAEA)や世界保健機関(WHO)など多くの国際機関が協同で「チェルノブイリ・フォーラム報告書」を作りました。http://www.iaea.org/Publications/Booklets/Chernobyl/chernobyl.pdf 

この報告書で身につまされるのは、単なる事故原因の究明や残留放射線量の記述だけではなく、いやむしろ重みとしては原発事故「その後」を詳細に追っていることです。

原発事故が広範な地域住民の心になにを残したのか、生活がどう変わってしまったのか、ガンや奇形などの後障害があったのかについて詳細に報告されています。

チェルノブイリ原発事故により多くの人々が、住み慣れた土地を離れて強制移住していきました。あるいは、政府による命令ではなく、自主的に数万の人が放射能禍を恐れて国外に移住していきました。

その結果、多くの街や村が消滅して、バラバラになっていきました。生活の伝統から切り離され、職はなく、政府の補償金だけで食いつなぐという生活を強いられた人々が大量に出ました。

人間を殺すに刃物はいりません。今まで生きてきた記憶のつまった土地から切り離し、隣人から隔離し、仕事を与えねばいいのです。

人が施しだけで生きるような環境を作ることです。

そうすれば人は人としての最も重要ななにかを急速に失っていきます。失われていくもの、それは人としての根っこの部分です。自分を信じる力とでもいったらいいのでしょうか。

いったん人としての尊厳を奪ってしまえば、人は国に頼ってしか生きられなくなります。そして頼っても頼ってもその空白は埋められることなく絶えず人を蝕み、やがてアルコール依存症など強ストレスを引き起こすことになります。

そして母体に放射能が残留しているのではないか、子供に遺伝してしまうのではないか、育っていく子供がガンになりはしないか、という恐怖は長い時間、女性たちを苦しめ続けました。

このような不安を与えた根源は、定まらない原子力事故対策と、その反動で生まれた民主党政権の「民意」への過剰な迎合にあったのです。

長くなりましたので、明日に続けます。

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平和安保法制特別委員会における慶應大学神保謙准教授の意見陳述(全文)

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なんとも不思議なのは、今回の北朝鮮のミサイル実験を、去年あれほど大騒ぎした安保法制と関連づけて見ようとする人が、マスコミに皆無なことです。 

護憲派の皆さんは当然のこととして、保守派にも私が知る限りゼロです。知っていらしたら教えて下さい。ひとりで論じているって、けっこう心細いもんなんで。 

たぶん理由は、今回のミサイル発射が、安保法制の死角に入ってしまったからなのでしょうね。 

護憲派は、そもそも安全保障なんて生まれてこの方、一度もまじめに考えたことがないのですからしゃーないのですが、保守派ですら分かっていないんですから、こりゃシャレになりません。 

あの法案は単なる米軍との協力をスムースにしようとした「だけ」のもので、自衛隊が抱える根本矛盾は初めからスルーしていました。 

安保法制は、集団的自衛権とは無関係なものも多く入っているので分かりにくいのですが、要は、米軍が南シナ海での警戒監視を強化するために、自衛隊のバックアップが必要だから、きちんと法整備してくれよ、という米国の要請に基づくものです。

ですから、肝心要なはずの日本の安全保障の「穴」は、いっこうに繕われていません。 

そもそも、あの安保法制審議で、民主党は「個別的自衛権で対応できる」と言い続けたわけですが、その足元の個別的自衛権が「穴」だらけなのです。 

最大の安全保障の「穴」は、「平時」と「有事」に機械的に区別してしまったことです。 

ところが、現実には昔の大戦ではあるまいに、宣戦布告が届いてからおもむろに、「さぁ戦争だ」なんてなりません。 

「有事」とは、「他国から組織的かつ計画的な攻撃を受けた場合」と規定されています。 

これが下されて初めて「有事」と認定されて、防衛出動、海上警備行動、ミサイル破壊措置命令などが下されるわけです。 

しかし、現代の戦争は突如として、おもいがけない形で開始されます。

手段も軍艦や航空機だけではありません。超高速のミサイル攻撃もあるでしょう。宇宙空間における戦争はいまや映画ではありません。

攻撃形態も、正規軍が制服を着てくるとは限りません。民間人を装った兵隊の上陸もあるでしょう。

想定される空間も、陸海空だけてはなく、今やサイバー空間まで広がっています。

このような時代に、かつてのような「前線」と「後方」、あるいは「有事」と「平時」を区分して、前者は危険、後者は安全などと言うのは世間知らずにすぎます。

そのような区分けが不可能になった時代が現代なのです。

政府は、「グレーゾーンにおけるシームレスな対応」という言い方をしていましたが、「グレーゾーン」こそが一般的な状況なのが、現代なのです。

ですから、そこへの踏み込みが不足していては、現実にはなんの改善もされないのと同じです。

その意味で、安保法制は一定の意義があったが、内容的には半分しか達成できなかったと評価するべきです。

た、そのことについても、保守マスコミや論壇からも安倍氏を擁護するあまりか、まったく指摘がなかったのは残念なことでした。 

唯一気を吐いたのが、終盤の9月8日に与党の参考人で登場した、慶応大学准教授・神保謙氏でした。 

神保氏の陳述は、私が知る限り安保法制の最良の分析です。ぜひ全体を通してお読みいただくことをお勧めします。 

要約しようかとも思いましたが、かえって神保氏の論理構築の理解を妨げると思い直して、全文をそのまま掲載いたします。

一部読みやすくするために改行を施してあります。

                      ~~~~~~~~~

Photoniconico

9月8日 神保謙(参考人 慶應義塾大学 総合政策学部 准教授)の意見陳述(全文) 参議院『平和安全特別委員会』 

慶応大学の神保でございます。本日は、平和安全保障法制特別委員会に、参考人として意見を述べる機会をいただきましたことに、まず深く感謝申し上げます。 

まずはじめに、今回提出されている平和安全保障法制整備法案及び国際平和支援法案は、「日本の安全保障政策に必要不可欠な法案である」というわたしの基本的な考え方を述べた上で、現下の安全保障環境の変化を鑑み、現在提出されている法案でもなお不充分であり、「仮に法案が成立したとしても不断の体制整備が必要である」という問題意識を、わたしからは表明させていただきます。 

まず基本認識を申し上げます。 

冷戦終結後の日本の防衛・安全保障政策は、安全保障政策の変化に応じて大きな深化を遂げてきたわけでございます。1992年のPKO法の成立以来、日本は延べ14回の「国連PKOミッション」に1万人を超す自衛隊員を派遣し、すでに20数年間にわたるグローバルな展開をしてまいりました。

また1997年の日米防衛協力のガイドライン及び2年後に成立いたしました周辺事態法の成立以降は、我が国を取り巻く地域で生じうる紛争に、日米共同で対処する枠組みも整えてきたわけであります。 

また2000年代に入りますと、国際テロリズムの時代に入るわけですが、その台頭と拡大に対しても、テロの温床となりうる地域に対する人道復興支援を中心とした国際協力に、積極的に関与してきたわけでございます。

こうした過去20年にわたる日本の安全保障政策の展開は高く評価されるべきであると考えておりますが、今日そこには2つの新しい、しかも「深刻な問題」が発生をしているということを指摘したいと思います。 

第1は、こうした数多くの自衛隊のミッションの拡大を、これまで既存の法律の改正や時限立法の中で乗り切るという、いわば「増改築工事の繰り返し」であったということでございます。 

きょう、わたし配布資料を準備しておりまして、配布資料の「防衛計画の大綱と脅威認識 ― 政策・制度の空間概念 ― 」という格子図をご覧になっていただきたいと思います。

これは、最新の2013年12月に発表された、我が国の防衛計画の大綱に示されている文章を抽出したものなんですけれども、その文章に示されている〔脅威認識と我が国の政策〕。これに対応する制度を、グローバル、アジア太平洋、そして日米を中心とした二国間、そして国内という「空間軸」の中でまとめたものでございます。 

これはやや乱暴な分類ではございますけれども、ここでわたくしが示したかったことは、ご覧になっていただくとわかるとおり、脅威の性質自体は、グローバルから国内に至るまで、「空間及び領域を横断する性格」を持つようになってきているということでございます。

そして近年の政策も、徐々に国内から二国間、アジア太平洋地域、グローバルへと、「横断する指向」をもつようになってきているということでございます。しかしながら「制度」についてご覧になっていただくと、それは「空間別の縦割り」によって作られているものが多いということでございます。

ここに、安全保障環境は領域横断になっているにもかかわらず、制度自体は空間の縦割りにとどまっているという、「ミスマッチが生じている」ということをまず指摘したいと思います。これが第1の問題でございます。 

第2の問題は、21世紀の我が国を取り巻く安全保障の最大の変化といってもよいと思います、中国の台頭に関することでございます。それが我が国の安全保障に、「2つの新しい領域への対応」を迫っているということを申し上げます。 

1つは、本委員会でも再三にわたり問題提起があったと了解しております、「グレーゾーン」と呼ばれる事態でございます。

まさにわたしの図で申し上げますと、この「二国間」と「国内」の間。そして事態でいいますと、「平時」と「有事」の間。そして法制度でいえば、「自衛権」と「警察権」の間の切れ目に、我が国の主権を侵害する「重大な事態が生じている」ということは、本委員会の皆さまが共有するところであろうと考えております。 

もう1つは、先日の軍事パレード、皆さんご覧になったと思いますけれども、そこでも示された中国の軍事力の急速な拡大が、我が国ひいては周辺国、さらにこの地域に関与する米軍との「軍事バランス」を大きく変化させているということでございます。

特に米軍の地域的関与に関する、これ「拒否力」と呼びますけれども、これが高まっていること。これを専門用語では「A2/AD環境」と呼んだりしますけれども、このこと自体が東アジアの「紛争抑止・紛争対処への方程式」を大きく変化させつつあるということでございます。 

以上、申し上げた2つのミスマッチ、あるいは新しいドメインの拡大こそが、「なぜ今日、我が国が確固とした安全保障の法制度を策定しなければならないか」という、重要な根拠だとわたしは考えているわけでございます。

そしてそこには日本の防衛政策にとって、今日、最も重要な「3つの領域への対応」が明確に意識されているわけでございます。 

第1は、「グレーゾーン事態への対応」。これは平時と有事の中間領域、そして警察権と自衛権のすき間を埋める対応ということになります。 

第2は、これは90年代からの「宿題」であったわけでありますけれども、朝鮮半島台湾海峡での有事を念頭においた周辺事態、本法律では重要影響事態における日米の共同対処能力の強化。そしてその延長線上にある、集団的自衛権の限定的行使をめぐる問題でございます。 

第3は、国際平和協力における自衛隊の役割の「国際標準化」。それを通して日本が世界の平和維持・平和構築で積極的な役割を果たしていくこと、という以上の3つでございます。 

この法案自体を見てみると、現在提出されております平和安全保障法案自体はたいへん複雑に構成されておりまして、多くの国民の皆さんには大変わかりにくいものとなっております。

この複雑さをじゅうぶんに単純化できず、国民の理解を得られていないという状況は、率直に言って政府与党の皆さんの努力不足を指摘しないわけにはいきません。 

せっかくの機会ですので、外部の有識者という立場で招かれているわたしであれば、「このように整理するのになぁ」という形の視点をいくつか、提示をしてみたいと思います。 

本法案はわたしの理解するところ、先ほど申し上げた3つの領域に対して、切れ目のない「シームレスな対応を目指す制度構築の試み」というのが、ひと言で申し上げる、平和安全保障法案の最大の目的だと考えております。 

この切れ目のない対応がなぜ必要であるか。それはすでに述べたとおり、安全保障上の脅威が領域横断的であるにもかかわらず、我が国の法制度がじゅうぶんに横断的ではないという問題認識から出ているわけでございます。

ですからこの「シームレス」という概念に対する理解が極めて重要だと考えているわけですが、しかもこのシームレスという概念は、わたしの考えでは以下の4つの領域に及ぶと考えております。 

第1は、事態の段階をめぐる考え方でございます。これは「防衛計画の大綱」や、「日米防衛協力のガイドライン」でも示されているわけなんですけれども、「平時から緊急事態までのあらゆる段階で切れ目のない体制整備をすることが重要だ」という、こういう考え方でございます。 

しかしながら実際には、グレーゾーンと有事の間、そして低強度紛争と高強度、ハイエンドな紛争との間には、「制度的・能力的な隙間」が厳然として存在しており、これを埋める方策が不可欠であるというのがひとつ目、つまり1番目のシームレスの考え方でございます。 

第2番目のシームレスの考え方は、地理的空間に関する概念でございます。先ほど来、申し上げた領域横断的な脅威に対応するためには、我が国はどこまでの地理空間を安全保障上の空間とみなすのか。これはここまで議論、委員会でも議論されたとおりだと思いますが、事態の性質に応じて変化する概念でございます。 

かつて、これは周辺事態として想定された「朝鮮半島周辺の地理的区分」ということにとどまらず、21世紀の安全保障環境を考えると、特に海洋安全保障。東シナ海から南シナ海、インド洋、そして中東地域にひろがる広域空間の戦略的重要性は間違いなく高まっており、さらにそういった広域空間であるからこそ、さまざまな形態の国際協力や共同行動に参画する必要性が増したというのが、これが「空間的シームレスの必要性」でございます。 

第3の概念は、「アクターの連携」でございます。従来の周辺事態法であれば、その協力相手はアメリカに限定をされておりました。しかし、今般提示されている重要影響事態法案では、後方支援の対象国は、オーストラリア等の友好国を含めるという設計になっております。

これは、仮に朝鮮半島有事で、そうした有事が発生した場合ですけれども、その対応に従事する部隊は、アメリカ以外の多国籍の軍になるということはほぼ確実であります。

その場合、日本が柔軟に後方支援ができる枠組みを整備できるかどうかということは、これから起こりうる朝鮮半島の危機管理や紛争対処においても、わたし自身は必要不可欠と考えているわけでございます。これが第3番目です、「アクターの連携」。 

そして最後は「領域横断」ということでございます。特に、先ほど申し上げた中国の拒否力の拡大、〔A2/AD環境〕。さまざまなミサイルや戦闘機、潜水艦などを持っているわけですけれども、こうした環境においてアメリカ軍、そして日米同盟が、中国に対して相対的な優位を確保し続けるためには、実はさまざまな領域に対する、これは宇宙やサイバー空間を含むわけですけれども、これはアメリカの用語で「クロス・ドメイン」といっておりますけれども、クロス・ドメインの領域で協力を深めなければいけない。さまざまな領域をシームレスに担保するということが必要だということでございます。 

これが「切れ目のない」ということを言っている4つの領域でございまして、これを正確に使い分けて法案の中にどのように反映させるかということが、たいへん重要だとわたしは考えているわけですけれども、現在提出されている平和安全保障法案は、わたしのレジュメの(2)に示したとおりなんですけれども、たとえば自衛隊法の改正は①と③に対して、そして重要影響事態法案は②に対してといった形で整理することによって、シームレスという切り口から、なぜ現在この法案が重要なのかということが、国民の皆さまに対してよりわかりやすく説明できるのではないかと考えております。 

与党及び政府関係者の皆さんにおかれましては、極端な単純化や便宜的な事例紹介にとどまらず、国民にわかりやすく説明する努力を引き続き継続していただきたいと思っております。 

最後に、わたしは現在提出されている法案に強く賛同する立場ではありますが、いくつかの苦言を申し上げたいと存じます。最大の苦言は、本国会における議論が、日本国憲法に対して合憲か、違憲かという議論に相当多くの時間が割かれ、「日本の安全保障政策のあり方を問う議論」自体は、充分に展開されてこなかったということでございます。 

僭越ながら私見では、平和安全保障法をめぐる最大の論点は、この法案が「シームレスな安全保障体制を確保できているかどうか」ということにあると考えております。しかもその点に関して、わたしは研究者という立場から、現行の提出された法案では「充分ではない」と考えております。これが、「仮に本法案が成立したとしても不断の体制整備が必要だ」と冒頭に申し上げた所以でございます。 

絞って3つの論点のみ申し上げます。 

第1の論点は先ほど来、申し上げております「グレーゾーン事態への対応」でございます。これは、警察権と自衛権の切れ目を埋める方策ということが焦点となっているわけですけれども、この方法に関しましては、「海上保安庁及び警察の能力の権限拡大」と、「自衛隊による警察権の行使の適用拡大」という、いわば「下から上へ」のアプローチと、「上から下へ」の双方のアプローチがございます。 

今回の安保法制では、グレーゾーンに対して「上から下」。つまり、自衛隊海上警備行動や治安出動の「迅速な閣議決定の手続き」や、平時に活動する米国に対する「武器等防護」というものを当てはめようとしているわけでございます。

当然わたし自身も、海上保安庁のみで対応できない事態に自衛隊の出動を柔軟に担保することは重要だと考えておりますが、他方で、もう一方の「下から上へ」の作用。つまり海上保安庁の権限拡大については、特に海上保安庁法(第)20条。これは警察官職務執行法(第)7条の規定の準用になっておりますけれども、これに事実上がんじがらめになっている「武器使用権限をどうするか」ということの議論については、依然として本国会では欠落したままになっていると考えております。 

当該事態に対して海上保安庁の権限の能力を拡大して、警察権、いわば英語でいいますとホワイトホールを拡大するのか、それとも軍事組織を早期に投入する方がいいのか、ということを考えるのは、これは日本が「国家としてエスカレーション管理をどうするのか」ということの戦略にかかわる問題でございまして、この「戦略論」こそが法制度に反映されなければいけないと考えているわけでございます。これが第1点です。 

第2の論点は「武力行使の新三要件」として提示された、存立危機事態をめぐる問題でございます。わたしはかねてより、「日本が集団的自衛権の行使を認めることは当然」という立場で議論をしてきました。この観点から昨年の7月の閣議決定において、「武力行使に関する新三要件」として〔我が国と密接な関係にある他国〕を含めたことは画期的であると考えております。 

しかしながらその後段であります、〔我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある〕という定義が付加された結果、その行使できる範囲が限定されすぎた、限定することは反対しておりませんが、それが「限定されすぎた」のではないかという懸念をもっているわけでございます。 

たとえばこれまでの事例研究でもございましたように、日本以外の他国に向かうミサイルを、日本のイージス艦が迎撃できるかどうかは、この解釈によれば甚だ疑わしいところだと言わざるを得ません。このままの状況では、日米のミサイル防衛に関する共同行動には、重大な支障が生じるという可能性を危惧いたします。 

時間がまいりましたので、最後簡単に述べたいと思います。第3は、国際平和協力の改正をめぐる問題でございます。 

今回の改正案の焦点となっているのは、PKOの〔参加5原則〕に関して、「受け入れ同意が安定的に維持されていることが確認されている場合、駆けつけ警護を含む任務遂行型の武器の使用」としたということでございます。この方向性自体は、日本のPKO参加を国際標準に合わせていく上で必要不可欠であり、歓迎すべき改正であるというふうに考えております。 

しかしながら問題となるのは、その前提となる〔受け入れ同意が安定的に維持されている〕という状況認識そのものでございます。

現代の中東、北アフリカ、西アフリカにおける秩序の不安定化は、しばしば広域に偏在する越境型の武装組織、これが特に組織化されているわけですけれども、こうした組織による破壊活動によってもたらされております。 

これは国家の分裂等によって、紛争当事者が固定的に存在していた「90年代のPKOの状況」とは大きく異なるわけでございます。

これらの地域に展開される現代のPKOは、越境型の過激組織のテロ活動や急速な治安等の悪化等のこうした事態の変化にも対応することが求められます。より現代の実態に即した「PKO参画の法的基盤」が今後形成されるということを望みたいと思います。 

以上で2分ほど超過して大変失礼いたしましたけれども、わたしの冒頭の発言を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。

                                                 (了)

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北朝鮮のミサイルを迎撃できないのは政治システムの問題だ

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私は粘着性なんですかね(苦笑)、この1週間北朝鮮のミサイルについて考えてきました。 

もうすこしだけ続けます。ダーっ、まだやるのか、という声が聞こえそうですね(笑)。 

日本マスコミが軽薄なのは今に始まったことではありませんが、なぜ弾道ミサイル報道が、トンチンカンなのかお分かりになるでしょうか。 

それは北朝鮮のミサイル実験を、自分の国内問題として自覚していないからです。 

だから、テレビで北朝鮮専門家にペラペラしゃべらせて、ロケット発射台のカバーが開いたから進化したドータラというような方向に、話題を逸らしてしまっています。 

あんな発射台のカバーなんて、どうでもいいのです。

問題はむしろ、私たち受け手の日本の「政治システム」上の問題です。

私は今回の北朝鮮の弾道ミサイル発射は、日本人に間違った印象の刷り込みをしてしまったと思っています。

毎日毎日、大きな設置型ロケットの映像を見せられていると国民は、「そうか、北朝鮮や中国は、ああいうロケットを静々と打ち上げてくるんだな」という印象を持ったはずです。

Photo_4出所不明

ちゃいまんね。

あんな大型の光明星ナンジャラなどは米国への恐喝道具でしかなく、せいぜいがイランなどへの商談用展示品にすぎません。

日本に飛んでくるのは、光明星なんじゃらではなく、ノドン(朝鮮名「火星6号」)という中距離弾道ミサイルです。

Photo出所不明

先日もお話したように、ノドンは日本攻撃に的を絞った弾道ミサイルで、射程1300㎞、日本全土が入ってしまいます。

さらに射程を延ばして3200㎞までにしたムスダン(BM25)も、保有しています。

Photo_2出所不明

これらの弾道ミサイルは、大部分は通常弾頭ですが、そのいくつかには核兵器が搭載されていると考えられています。

保有数は、米国防総省が2013年5月に提出した「北朝鮮の軍事力2012」年次報告にはこのようにあります。

Photo_3(出典 Military and Security Developments Involving the Democratic People’s Republic of Korea 2012 - U.S. Depertment of Defense
邦訳 http://obiekt.seesaa.net/article/358829852.html

上図で「ランチャー数」とあるのが、車両移動式発射装置(TEL・ 輸送起立発射機)です。

ひとつのランチャーには5~6発のミサイルが用意されていますから、ノドンとムスダンには、各300発が準備されているとわかります。

つまりこの2種類の日本用弾道ミサイルは、両方ともこの移動式発射装置から発射されるわけです。

ですから、世界中の注目を浴びながら、オバさんアナがこめかみに血管を浮かせて発表するなんてことはないのです。

Photo_5それにしてもこの人が出てくると、すべてが悪いギャグに見えてきちゃうね。

脱線しますがお名前は、リ・チュニさん72歳で、北朝鮮で一番エライ女子アナだそうで、この人がでると重大放送ということのようです。まぁ、どうでもいいけど。

それはさておき、金正恩が日本に向けてノドンを発射した場合、日本列島に秒速3キロで飛翔し、10分で着弾してしまいます。

もちろん、発射した瞬間に、北朝鮮上空のミサイル早期警戒衛星と日本海側にあるXバンドレーダーが探知するでしょう。

しかし、それだけです。日本は「探知するだけ」しかできません。迎撃できないので、仮に核兵器が搭載されていた場合、中規模都市なら一瞬で全滅します。

日本にはノドンを高い確率で撃墜できるはずのSM-3やPAC-3があるのに、どうしたんだとお思いになるでしょうね。

残念ですが、やるぞやるぞと大騒ぎしてくれたような今回の場合と違って、「平時」において突如として発射された場合、まったく対応がとれません。

それは国内法において、自衛隊の迎撃ミサイル発射は「武力行使」とみなされるために、「ミサイル破壊措置命令」をもらって、それを受けて初めて迎い撃てるからです。

ノドンが着弾するまでの10分間でやるとすれば、防衛大臣が首相承認は初めから諦めて、自衛隊法82条3項の「緊急対処要領」を超解釈して、直ちに迎撃命令を出すしかないでしょう。

これも防衛のスペシャリストの中谷大臣ならともかく、仮に民主党政権時の田中直紀氏などが防衛大臣だったら悲惨。

「ノ、ノドン?ウドン?」とか言っているうちに着弾していますって。

つまり、現状の「政治システム」では、ノドンは防げないのです。

Photo_7ノドンの原型R-17スカッド http://www.b14643.de/Spacerockets_1/Diverse/Scud/Scud.htm

このように書くと右方面から、「だから策源地に対する先制攻撃をしろ」という声が出そうですが、これも無理です。

策源地とはこの場合、ノドンの発射基地のようなことを指しますが、ノドンは先程みたように移動式トレーラーで、北朝鮮全土の山中に密かにバラ撒かれて配置されています。

似たケースが湾岸戦争にありました。

イラクは大量に保有していたスカッドミサイルをイスラエルに向けて発射したのですが、それを潰すために英国の特殊部隊はイラク国内に潜入し、大変な危険と犠牲を払ってひとつひとつ居場所をつきとめねばなりませんでした。

同じように、北朝鮮でノドンの発射装置の位置を知るためには、多数の特殊部隊を潜入させてしらみ潰ししていかねばなりません。

そもそも日本にはそんな特殊部隊の運用能力はないし、米国ですらそうとうに困難でしょう。

第一、自衛隊の特殊作戦群を北朝鮮に入れるとなると、考えただけでも気が遠くなるような膨大な政治的な障壁が待ち構えているでしょうね。

仮に発射位置がわかったとしても、北朝鮮を空から攻撃するような能力は日本にありません。

わが国の空自は、純粋に「専守防衛」に徹しているために、他国への攻撃能力はゼロだからです。

これについても、攻撃能力を付与するとなると、シールズの坊やたちがまた「戦争だ」と大騒ぎすることになりそうです。

結論からいえば、現状では「平時」において北朝鮮のミサイル攻撃を事前に防ぐことも、発射後に迎撃することも不可能です。

できるとすれば、ひとつしか私には思いつきません。

「破壊措置命令」のような非現実的な国内法を廃止して、発射を探知したら自衛隊が独自判断で常時迎撃可能な「政治システム」を作ることです。

あ、もうひとつありますが、それは次回に。

※写真 つくば実験植物園のセコイアの巨木

 

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日曜写真館 春が来たよ

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北朝鮮ミサイル実験に見るミズーリ号の長い影

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今週の初め、北朝鮮の弾道ミサイルの発射報道があった時に、なにか大きな見落としがあるような気がしました。 

風呂の中でボーっと考えていたんですが、3つあるような気がします。

ひとつは、再突入です。いったん大気圏外に出たミサイルを、再度大気圏内に突入させねばただの「人工衛星」で終わってしまいます。

これでは、「地球観測にようこそ」で終わってしまいます。しかし、キム坊やは米国を恐喝したいのですから、これではシャレになりません。再突入させてホンモノの大陸間弾道弾であることを誇示せねばなりません。

ところが、お気の毒にもこの再突入は宇宙技術の上でも高い障壁だとされています。なにせ弾頭が、マッハ20、1500度というという摩擦熱に耐えねばならんのです。

今のところ、幸いにも北朝鮮にはこの技術はないとされています。

ですから、北の光明星ナンジャラは、とりあえず「人工衛星・大陸間弾道弾もどき」なのです。しかし、ただの通過点にすぎませんが
※追記 ただしこの「人工衛星」は、電波を発信しておらず、姿勢制御ができないためにくるくると回転しているので観測衛星としてはモノの役にはたっていません。

二つ目は、そういった技術的なことではなく、日本の問題です。

国民の多くは、去年の安保法制との関わりで今回のミサイル実験を見ていません。 

今回、北朝鮮の弾道ミサイルに対して、あたりまえのようにして日米韓の3カ国が協力して、それを探査・追尾し、いざとなったら破壊できる準備をしていました。 

このような国境を超えて飛んでくるミサイルに対して、個別的自衛権ではどうにもならないのはわかりきっています。

ひとつの脅威に対して、複数の国が共同で対応する集団的自衛権が問われた状況でした。しかし、そういった議論は影も形もありませんでした。

政府としても、こんな1日を争う鉄火場でもめたくないので、黙っていただけですし、マスコミは単に気がつかなかったか、北朝鮮のミサイル迎撃のような誰しもが賛成しそうなこと例証にされたくなかったのでしょう。

いちおう集団的自衛権を押さえておきます。

集団的自衛権right of collective self-defense)とは、ある国家武力攻撃を受けた場合に直接に攻撃を受けていない第三国が協力して共同で防衛を行う国際法上の権利である。その本質は、直接に攻撃を受けている他国を援助し、これと共同で武力攻撃に対処するというところにある」Wikipedia

今回起きたことは、まさにこの集団的自衛権の想定する概念どおりの事態でした。

Photo_2(2014年4月10日 ムスダン発射時の各国イージス艦配置図 日本「こんごう」「きりしま」、米国「ジョン・S・マケイン」「ディケーター」「シャイロ―」、韓国「世宗大王」「栗谷李珥」「西厓柳成龍http://obiekt.seesaa.net/article/354712832.html

上の3カ国のイージス艦配置図は2014年のムスダン発射時のものですが、今回は公表されていませんが、似たものだったはずです。

さきほどの集団的自衛権の定義の「ある国家」の部分を、米国でも日本でも、あるいは韓国にでも置き換えてみればお分かりになるでしょう。

「共同の武力対処」という部分は、今回の日米韓国のイージス艦の展開や、在日米軍のXバンドレーダーによる追尾、そして日米による迎撃ミサイルの配備がそれに当たります。

これについては先日、短くですが書きましたので、これで置きます。

さて三つ目は、「ミサイル破壊措置命令」のことです。

これも当然のように国民は受け止めていましたが、こうは考えませんでしたか。

ああこういう時は、アベでよかった~。ハトカンだったらエライことだった。

まぁもし、時の首相がハト氏だったら、「ボクは破壊は友愛的じゃないからキライ。話合いをするんだもん」などと叫びそうですし、カン氏なら「このイージスはこっちに持ってこい」などやりそう(おおコワ)。

どっちも、防衛大臣の進言するミサイル破壊措置命令を、素直に聞きそうにありませんね。

となると、首相の承認は必須ですから、ミサイル破壊措置命令は出せず、したがって自衛隊は何もできません。

「無防備都市宣言」をしていようと、「非核都市宣言」を神棚に飾っていようが、降って来る時には降ってきます。

この破壊措置命令についても押さえておきましょう。 

「破壊措置命令とは、弾道ミサイル等により、日本国内で重大な被害が生じる可能性がある場合に、内閣総理大臣の承認を得て防衛大臣が発令する命令である。自衛隊法82条の3に規定されている自衛隊の行動であり、命令により自衛隊の部隊が日本領空又は公海において、弾道ミサイルの撃破を行う。」Wikipedia

これは自衛隊法第82条の3(弾道ミサイル等に対する破壊措置)が根拠法です。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S29/S29HO165.html
 

この条文を読むと、まずこう書いてあります。グダグダ長いので、抜粋して見ておきましょう。

「1 防衛大臣は、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に対し破壊する措置をとるべき旨を命ずることができる。」

「命ずることができる」ので、「せねばならない」ではないことにご注意ください。

ということは、政府の恣意が、さきほどのハトカンではありませんが、存在する余地があるということです。

ところが、この「首相の承認」は絶対条件なのです。

ただし、3で総理がハト氏のような場合も考えて、承認の暇がないときは、「緊急対処要領」で破壊措置命令が下せるという一定の逃げ場を作っています

次にこの命令の有効期間です。

「2 防衛大臣は、前項に規定するおそれがなくなったと認めるときは、内閣総理大臣の承認を得て、速やかに、同項の命令を解除しなければならない。」

え、この破壊措置命令って、出したり引っ込めたりするもんなのと思われた方、正解です。

これは防衛出動や海上警備行動と同じく、そのつど出さねばならず、状況が終わったら解除せねばならない性格のものなのです。

ならば、時の政権がそれを意図的にサボタージュした場合、どうするのでしょうか。

自衛隊は何もできないまま、国民の頭上に核ミサイルが落下することを指をくわえて見ているしかありません。

自衛隊の指揮官の冗談に、「防衛出動や海上警備行動なんか、出し放っしにしておいてくれればいいのに」というものがあるそうですが、ダメなのです。

Photo出所不明 

このようないつ来るかわからないミサイル攻撃に対して、その都度「破壊命令」を出したり引っ込めたりするのは、世界広しといえどわが日本だけです。

他国の場合、このような国民の安全に直接関わる事態に対しては、指揮官は自らの判断で対応することが可能です。

もちろん上級司令部を経て、大臣や首相の承認も求めるでしょうが、いちいち「ミサイル破壊命令」などは出しません。

これはそのうち詳述しますが、「禁じたこと以外はできる」というネガティブ方式で、軍が統制されているからです。

一方日本は「こういうことをしろ」という命令がないと、それ以外の対処は禁じられているポジティブリスト方式ですから、いちいち政府の命令待ちです。

Photo_3ANN映像より

この原因は、「専守防衛」という概念が自衛隊を縛っているからです。

去年、安倍氏も国会審議で、「集団的自衛権の行使は専守防衛の範囲内」だと繰り返していました。

もちろんウソです。

これは野党が、「個別的自衛権は合憲。集団的自衛権は違憲」というおかしな議論の立て方をしたために、その論議に飲み込まれないためにとった政治的方便でしかありませんでした。

現代において、集団的自衛権は安全保障を考える上での大前提であって、日本だけが専守防衛でやれるはずかありません。

そもそも、「専守防衛」という言葉は、歴代与党が苦し紛れに作った造語で、こんな安全保障の概念は世界にはありません。

したがって、英訳不可能という日本だけのヘンな概念なのです。

専守防衛って訳してごらんなさい。 only self-defense?(笑)
ないよ、そんな言葉。

そもそも憲法9条2項で、軍隊はおろか「武力行使」すら「交戦権」に当たるとして禁じてしまった上に、そのあってはならない自衛隊の上に、集団的自衛権である日米安保を乗せたのです。

まるでムリ偏にムリ。フィクションの上にフィクション。オンボロ家の屋根にペントハウス。

こういうムリは止めて、家の柱を補修しようというのが、改憲です。

いままで、なんとかやれたのは、長い期間冷戦下にあったために、実際に日本が攻撃される事態が遠くに見えたからにすぎません。

そして今や、中国の軍事膨張、国境を超えて飛んでくるミサイル、サイバー攻撃、ISのテロまで出てくる始末です。

どれひつととっても、「戦後」に考えもつかなかったことばかりです。

それを個別的自衛権だの専守防衛だのといった、「戦後」のどさくさに生まれた概念では、手も足も出ないことは自明です。

というわけで、最初のかけ間違ったボタンである9条2項を修正できないまま、さまざまな現実対応をほどこしてきたツケが、今どっと回ってきています。

そのために自衛隊に対して、一回ごとに「防衛出動」やら海上警備行動、ミサイル破壊措置命令などを出しては引っ込めるという苦しい対応をすることになってしまいました。

日本において、いまだ安全保障においは、「戦後」は終わっていないのです。

ミズーリ号の長い影」(※)を感じさせるこのミサイル発射事件でした。

※小川和久氏の著作名です。
※長くなりすぎたので、後半のポジティブリストの部分を割愛し、大幅に修正しました。
いつもすいません。

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日米のミサイル防衛は既に一体化している

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ミサイル防衛について、いい機会ですからもう少し続けます。

昨日も追加でご紹介した志葉玲氏は、こうも述べています。

「日本側が勝手にパニックになっても、はっきり言って北朝鮮側は、日本など相手にしていない。それは、今回の「事実上の長距離ミサイル」が、大陸間弾道ミサイル開発の一環、つまりその標的は日本ではなく、米国であることからも明らかだ。」
http://bylines.news.yahoo.co.jp/shivarei/20160209-00054244/

志葉さんときたら、「そもそも日本なんか北朝鮮は相手にしていないんだから、カヤの外の日本はおとなしくし9条読んでろや」、とおっしゃりたいようです。 

実はこの志葉氏の言うことは、半分はほんとうですが、半分は間違いです。 

今回のキム坊やの脅迫の相手は、なるほど米国でした。 

いままで、田舎ヤクザしていたキム一家が、いよいよ錦糸町あたりにブイブイ(キム坊ちゃんの場合ブヒブヒというかんじ)言わせながらの全国区デビューといったところです。 

今回はモデルガンでしたが、そのうち実弾を込めた銃も用意してくるようになるでしょう。

なにせこの3代目組長は、キレるとすぐにぶっ放すのですから、たまったもんじゃありません。

さて志葉氏は、日本は「何もできないカヤの外」と述べていますが、まったく違います。 

むしろ志葉氏が知ったら、かえって氏の「左翼魂」に火が着きそうなほど、既に米国のミサイル防衛の一角に位置づけられています。

今日はそのあたりを見ていきましょう。できるだけ平明にお話ししますので、おつきあいください。

このミサイル防衛システムにおいて、日米は安保法制成立以前から一体となった運用をしてきました。

言い換えれば、去年の安保法制はいわば「追認」のためにあった部分もあって、集団的自衛権はとうに実現していました。 

それがXバンドレーダーです。 

Photo_4出所不明

XバンドとはXジャパンとはなんの関係もなく、マイクロ波を使用したきわめて解像能が高いレーダーのことです。
 

一般のレーダーは、飛翔してくる物体をただの点として映しだすだけですが、このXバンドレーダーを使うとその形状まで分かるため、「こりゃノドンだ」という種類まで識別できてしまいます。 

おまけにこれは移動式です。海上移動型と地上型があって、その状況次第で最もよい位置に移動が可能です。 

日本には既に、2014年に青森県車力と京都府経ヶ崎に地上型が配備されています。 

これを使えば、丸々朝鮮半島全域が監視でき、北朝鮮がミサイル発射すれば直ちに分かります。 

日本ではこれをFPS-5という名で呼んでいて、下の防衛省資料によれば、既に全国11カ所にXバンドレーダが設置されるか、その計画中です。

 

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防衛省 

例によって例の如く、例の人たちによって反対運動があったために、防衛省が詳細な説明をしていますのでご覧になって下さい。 

防衛省「TPY-2レーダー(Xバンドレーダー)の配備について皆様の疑問にお答えします」(2013年4月) 

Xバンドレーダーが、ズラリと日本海側に並べられているのが、目を引きます。

これは北朝鮮、あるいはロシアから発射される弾道ミサイルを監視するためです。

また、本州の西部、九州、沖縄に配備されるのは、監視対象が中国の弾道ミサイルにもあることを示しています。

Xバンドレーダーは、2000㎞前後(※)で探査が可能という説があります。(海上型は4000㎞)軍事機密なので教えてくれませんけど。※1000㎞という説もあります。

もちろん、水平線の下から打ち上げられれば直接には見れないのですが、コンピュータが発射軌道から逆算して発射位置を特定するなんて離れ業も可能だという話もあります。

実はこのXバンドレーダーは、THAAD(サード・終末高高度防衛ミサイル)とワンセットになっています。

考えてみればあたり前で、レーダーで「見ているだけ」ではなんの意味もありません。迎撃して初めて意味があります。 

Photo_6出所不明

上図を見ると、北朝鮮、ないしは中国から米国に向けて発射された弾道ミサイルは、わが国のXバンドレーダーで直ちに捕捉されて、イージス艦のSM-3迎撃ミサイルと米国のTHAAD迎撃ミサイルによって、丁重にお出迎えされる仕組みになっています。

このように米国に向かう弾道ミサイルの迎撃システムの前哨ラインが、日本にあることは、米国防衛にわが国も尽力していることと同じです。

よく誤解がありますが、脳味噌が足りない米国人が思うように、わが国は米国に一方的に守られているわけではありません。

横須賀を中心として空母打撃群に母港を提供し、さらには、米本土のミサイル防衛の前哨拠点でもあるのです。

トランプさん、大統領になりたきゃ、ちっとは勉強しなさいよ。

それはさておき、既にこの迎撃実験は、去年10月30日に日米によって実施されて、成功しています。

つまり今、韓国が入れるの、いれないのとグチャグチャ悩んでいたTHAADシステムなど、日本は既にMD(ミサイル防衛)システムの一部として、とっくに組み込んでいたわけです。

ただ、日本が保有していないのはTHAADミサイル本体だけで、今回、中谷防衛相が導入を口にしたのは、このミサイル本体導入の話です。

Photo_7http://obiekt.seesaa.net/article/392740228.html

なお、このXバンドレーダーは米本土に向かう弾道ミサイル迎撃だけではなく、日本を直接に標的にしている、北朝鮮のノドンや東風21号も補足が可能です。

上図はノドンの射程範囲です。北朝鮮が日本を攻撃する意図をもった場合、確実にこのノドンを使うでしょう。

北朝鮮のノドン(下写真)は数百基あるとされて、すべて日本が標的です。

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しかも、ノドンは移動式発射ミサイルなために、事前に地上で発射前に捕捉することは事実上不可能だといわれてますから、やっかいです。

ただし、今の時点は、核弾頭は搭載されていないと思われますので、むように怖がる必要はありません。これについては別稿で詳述します。

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上の写真は、戦勝70周年軍事パレードに登場した東風21号ですが、下図はこの射程範囲を示しています。

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射程距離にはすっぽり、わが日本列島が入ってしまいます。

米国議会諮問機関の「米中経済・安全保証調査委員会」の2010年版レポートには、日本に到着する脅威として、射程1750㎞以上のこの東風21Cを上げています。

配備数は、2000年代の配備数は60~80発、発射基数は70~90基と推測されていますが、いまはさらに増加しているはずです。

米国本土のミサイル防衛も日本のミサイル防衛も、やることは一緒であり、同じミサイル防衛システムの中にあって、互いに守り合っていることを、日本人もしっかり知ったほうがよいでしょう。

長くなりましたので、今日はこのくらいに。

 

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日本の自称「リベラル」は世界基準のリベラルではない

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今回の北朝鮮「人工衛星」発射を受けて、「あれは米国を協議に引き込むためのもので、日本には関係がない。それを利用して軍拡に走るアベ政権のほうこそ問題だ」という意見がでています。

典型的な意見は、人権・環境ジャーナリストの志葉玲氏のものです。

北朝鮮の脅威を過剰に演出し、パニックを招いた結果、安保法制推進や改憲に利用されるなど、ジャーナリズムとして恥ずべき行為だ。また、むしろ安倍政権が安保法制や、およそ憲法とは言えないような自民党改憲案での改憲などを推し進めていくことこそ、むしろ日本の安全保障上の脅威や人権上の問題をより深刻化させるだろうことを、あらためて肝に銘じてもらいたいのである。 」
http://bylines.news.yahoo.co.jp/shivarei/

この間、よく聞きませんでした、この手の言説。 

言説だけならともかく、民主党は維新、共産、社民、生活各党といった「オール日本」のメンツたちが、安全保障関連法の廃止法案を来週中にも共同提出するようです。

まったく、やれやれです。 

Photo_2http://www.asyura2.com/15/senkyo191/msg/730.html

震災などにおける日本国民の団結心は実証済みですが、こういう外部の軍事的脅威に対しては、なぜかまとまれないのが、ウチの国の最大の弱みではないでしょうか。 

なにもよりによって、国民の生命、財産、自由が犯されようとしていて、それに対して国際社会が一致団結して立ち向かおうとするその時にタイミングを合わせなくてもよさそうなものです。 

この人たちが「戦争法案」と呼んでいた平和・安保法制は、まさにこういう事態に対応したものなのです。

Photo防衛省

簡単にご説明しておきます。

今回、北朝鮮のミサイル発射に備えて、海自は迎撃ミサイルSM3を搭載した「きりしま」など3隻を日本海に1隻、2隻を東シナ海に振り分けて配置しました。

これは、予想される飛行経路に近いエリアの備えを手厚くするためです。

上の防衛省の解説図には、他国の海軍艦艇が出ていませんが、もちろん現実には違います。

今回も米海軍は、米海軍横須賀基地に配備している弾道ミサイル防衛(BMD)が可能な艦艇6隻のうち「ベンフォールド」など数隻を、海自と協同の警戒態勢に入れたと思われます。
※NHKニュース2月7日http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160207/k10010400361000.html

韓国海軍もまたBMD能力はありませんが、レーダー探知のためにイージス艦を出したようです。

つまり、2月初めには、この朝鮮半島周辺の公海上に、日米韓の三カ国の艦艇が、北朝鮮のミサイル発射に備えて共同行動を取っていたことになります。

これら3カ国のイージスを中心として、米国の高感度の赤外線センサーを搭載した警戒衛星による早期探知、空自の高性能レーダー国内「FPS5」レーダーサイト4カ所の追跡、あるいは米海軍ミサイル追跡艦「ハワード・ローレンツェン」などが、一体のものとして機能して、初めて有効なミサイル迎撃体制を取れるわけです。

このような各国が共通の脅威に対して、共同の行動をとるという状況こそが、まさに集団的自衛権が想定している状況です。

別に、野党が言っていたような、「米国の戦争に世界の裏側までついて行くこと」でも、ましてや「徴兵制を敷く」ために安保法制を作ったわけではありません。

こういうアサッテのことばかり言っているから、現実の脅威が目の前に来ても鈍感なのですよ。

日米韓3カ国が共通の安全保障上の協力関係を築こうとしている時に、「戦争法案廃止案」を提出するという政治センスが、もうまったく危機対処能力を喪失しています。

勘違いしていただきたくないのは、日本ではこういう類の人たちを「リベラル」と呼び習わしていますが、まったくリベラルの世界基準じゃありませんから。

Photo_3(ロイター=共同) 

たとえば、上の写真は2015年11月16日、パリのソルボンヌ大で、同時多発テロの犠牲者を追悼し、黙とうするオランド大統領(中央)です。

フランスはパリ同時テロを受けて直ちに緊急事態を宣言し、「テロとの戦争状態」に入ったのですが、政権はフランソワ・オランド率いるフランス社会党でした。

ちなみに社会主義インターの中心政党が、このフランス社会党です。

保守であろうとも、革新(欧米にこのような言葉はありませんが)であろうとも、やることは一緒なのです。

だから政権交代しても、国民は安心していられます。

日本のように、政権交代した瞬間に外交・安全保障の機軸である日米同盟を揺るがすようなことは、欧米ではありえないことです。

またこの国家緊急事態法も、安倍氏が必要性を口にするやいなや、自称「リベラル」の人たちから「とうとうアベはヒトラーの全権委任法を目指し始めた」として批判されたものです。

おいおい、ではオランドもヒトラーですか。

きっとこの人たちは、日本でISのテロが起きたら、「ISにねらわれるようなことをしたアベがいけないんだ。アベはこのテロを利用して軍事大国の独裁者になるつもりなん,だ」。(←室井佑月さんの声でね)

欧米のリベラルは歴史的に、外国が国民の生命、自由、財産という基本的人権が犯されようとする時には、これと敢然と戦ってきました。

これをフランスでは、レジスタンスと呼びます。

それがあって初めて、国が国民の基本的人権を犯そうとした時に、戦うことが可能だったのです。

国という枠組みと、国民は対立する概念ではなく、国が国民の生命・自由・財産を保障する限りにおいて、共同して国を守るのが前提でした。

その意味で、欧米において保守とリベラルの差は単に国内政策上の違いだけであって、国民が危機に陥る時には、協力して国を守るというのは共通の価値観として定着しています。

Photo_4出所不明

しかし先進国において、わが国だけはその例外でした。

わが国では、危機においても「平和」を叫び、防衛体制に入ろうとする政府に抵抗することこそが、「リベラル」だと信じられてきました。

彼らは深いところで、勘違いをしています。

国民を守ろうとすることまでを「戦争」と呼んで忌避してしまったら、誰がいかなる手段で国民を守るのでしょうか。具体的に教えて下さい。

対話も結構ですが、北朝鮮のように対話も何も成立しない相手には、ひたすら防衛に徹するしかないはずです。

中国に対しては、犯されない守りを固めて、静かに毅然と話し合うべきです。守りがあるから外交交渉が可能なのです。

ところが、日本の自称「リベラル」は、防衛と対話を二項対立のように考えてしまっています。

左翼とリベラルの根本的な違いは、「国」という存在を前提にして考えるか、否かなのです。

日本の自称「リベラル」は、世界基準のリベラルが国という枠組みこそが、国民の基本的人権を守ると考えていることに対して、国家そのものを打倒することを目的とするただの「左翼」なのです。

だから、自由主義国家の打倒を究極の目的とする共産党が主導して、「オール日本」「戦争法案廃止政権」が提唱されたりします。

共産党を含む連立政権などは、イタリア以外ではありえないことです。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-1e0e.html

戦後日本社会に根強く残る、リベラルと左翼という本来相いれない概念の混同も、いいかげん脱皮していかねばなりません。

ただの左翼でしかない輩が、世界基準のリベラルを「ネトウヨ」と安易にレッテル貼りできるような価値観を変えていかねばなりません。

多少なりともその足しになったのが、今回の「キム坊やの冒険」の唯一の収穫だったのかもしれません。 

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核ミサイルを持ちたがるキム坊やを待ち受ける3ツの壁とは

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テレビである北朝鮮専門家がこういっていたので、思わず吹いてしまいました。 

「ニューヨーク、ワシントンが危険にさらされることが現実のものとなった。米国の核の傘は破れ傘になった」 

この人はミサイルと、人工衛星の初歩的な違いを知らないようです。 

私は初めから、再突入技術なきロケット技術は、戦略核兵器たりえないと述べていました。 

ひとことで言えば、あれは「人工衛星」です。ただし、今のところは、ですが。 

あの「人工衛星」は自称「地球観測衛星」だそうですが、自分の国民の食料費1年間分を注ぎ込んで、何が「地球観測」だつうの。 

ですから、たぶん何の電波も発信されることはないでしょう。

それはさておき、200㎏の重量を持つ「人工衛星」を打ち上げたわけですが、キム坊やの前にはいくつか壁が残っています。

まず、あの程度では核兵器が搭載できないと思われます。 

つまり、ペイロード不足です。 

ペイロードとは最大積載量という意味で、この場合はミサイルがどれだけの重さの弾頭を運べるのかを示しています。 

Photo出所不明

鈴木一人北大大学院教授によれば、これでは不十分だそうです。
 

鈴木氏は去年7月まで、国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして活動し、日本の弾道ミサイルと核兵器の専門家です。

「以前よりも倍の能力を持つロケットに改良されていると見ることも出来るが、しかし、200キログラムはロケットの能力としてはまだ十分ではなく、小型化した核弾頭を北米大陸まで到達させることは難しいと考えられる。」
※Foresight2月8日http://www.fsight.jp/articles/-/40912

北朝鮮の弾道ミサイルで実用化されているのは、スカッドB/C型とノドンですが、これらに搭載できる核弾頭は、重量500~1000kg以下にする必要があります。
日経BPネットhttp://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/news/061013_kaku/index2.html

Photo_2出所不明 

ということはですよ、今の倍ていどのペイロードが必要なわけですが、さぁどうしよう。 

手段はふたつしかありません。

さらに大型のロケットを作ることと、核弾頭を小型化することです。 

前者のロケットの大型化は、そう遠くなく達成するでしょう。今、既に用意されているロケットもあると聞きますから、たぶん次回にはさらに大型化してペイロードも増えるはずです。 

そして後者の核兵器の小型化も、そうとうていどまで進んでいると見られています。 

というのは、世間で言われるほど、これは困難な技術ではありません。 

歴史的には、17年前の1998年のパキスタンやインドも既にこの小型化には成功しているような、「枯れた技術」だからです。
※澤田哲生東工大助教によるhttp://agora-web.jp/archives/1515068.html 

さて、この二つの壁を超えると、その先にあるのが冒頭に述べた「再突入」です。 

先程の鈴木教授によれば、ロケットとミサイルの違いはその軌道です。

「弾道ミサイルは早期に燃焼を終え、そのまま放物線を描いて高度を上げ、最終的には地球の引力に引き戻される形で大気圏に再突入して目標に到達するように設計されている。
 逆に衛星打ち上げロケットは、第1宇宙速度(秒速7.9キロメートル)を獲得するため、燃焼を続け、地球の引力に負けないだけの速度で地球の周りを周回させる。
 そのため、衛星打ち上げロケットから放出された物体は大気圏に再突入することを目的としておらず、将来的に地球の引力に引き戻されて落下するときも、そのまま大気との摩擦(正確には熱の壁による空力加熱)によって燃えてしまうような作りになっている。」(前掲)

軌道図を、ご覧になると分かりやすいでしょう。 

Photo_5出典 David Wright, “Trajectory of Satellite Launch vs. ICBM Launch”, Union of Concerned Scientists, April 9, 2012 鈴木論文による

ICBMとある赤線がミサイルの軌道曲線です。途中の高度400~500キロまではロケットの青線と一緒ですが、そこからミサイルはグングンと高度を上げていき、やがて頂点で地上に落下してきます。

これが再突入です。

一方、ロケットは再突入されたら意味がありませんから、地球周回軌道に人工衛星を乗せるために水平の軌道をとります。

つまり、鈴木教授によれば、「ロケットかミサイルなのか、衛星打ち上げ用のロケットなのかは、大気圏に再突入することを前提としているか、していないかの違い」があるのです。

では、この再突入技術が確立されたかといえば、鈴木教授はノーだと述べています。

「北朝鮮は過去に1度も再突入の実験をしていないのである。2012年の衛星打ち上げも一応衛星を軌道に投入したが、それがきちんと機能せず、大気圏に突入して燃え尽きてしまったが、今回も打ち上げた後に物体を軌道上に放出し、地球を周回していることが確認されている。つまり、北朝鮮はミサイルを開発しているとしても、1番大事な再突入の技術が完成しているかどうか定かではない。」(前掲)

このように、この再突入技術が完成されて初めて北朝鮮は、大陸間弾道ミサイルを保有したと評価することができるわけです。

私はこれも、この腰が引けた今の国際社会のていたらくでは、数年以内に達成すると思います。

そうなった時、あの時「あれは人工衛星だ。政府は軍拡のために利用している」と筋違いのことを言って北朝鮮を擁護していた、社民党や沖縄2紙はなんと言うのでしょうか。

「人工衛星」はあくまで、北朝鮮にとっての通過点でしかないのですから。

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沖縄2紙さん、「こんな時だから立ち止まって」県民の安全を考えなさい

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今回、自分たちの真上を北朝鮮のロケット/ミサイルに通過された、沖縄のマスメディアの報道ぶりをのぞいてみましょう。 

まずは、朝日新聞の「天声人語」に相当する、沖縄タイムスの「大弦小弦」(2月8日)欄です。なかなか突き抜けていますよ。
※http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=153124 

タイトルは「こんな時だから立ち止まって」ですが、もう読まないでも、中身がわかっちゃいますね。

「こんな時だからこそ立ち止まって考えたい。政府が「ミサイル」と呼ぶ物の正体は何だろう。北朝鮮は「人工衛星用ロケット」と主張している。
» 翁長知事「心臓凍る思い」 沖縄被害なし
▼2009年の発射直後は政府も「飛翔(ひしょう)体」という、分かりにくいが中立的な言葉を使っていた。その後なぜかミサイルに変わり、前回12年12月、そして今回の発射で人工衛星の地球周回が確認されても呼び方を変えない 。
▼先端に載せるのが弾頭か人工衛星かの違いで、技術的に共通点が多い。制止も聞かず、核実験を強行する国が打ち上げ技術を誇示するのは危険極まりない。その通りだが、衛星は衛星だ 。
宮古島市石垣市への迎撃ミサイルPAC3配備はなぜか。軌道を計算できない破片には無効だと、専門家が繰り返し指摘している。万が一ミサイル本体が向かってきたら、射程わずか数十キロのPAC3は10セット以上なければ全県をカバーできない 。
▼危機の演出、
自衛隊のPRという以外に説明できない。北朝鮮の暴走を利用している。今後、両国間で対立が深まった場合、北朝鮮だけでなく政府も事態をあおる可能性がある。
▼やっかいな隣人が相手だとしても、常に事実に基づく冷静な議論が必要だ。
パフォーマンスでなく、地道で実質的な努力を。携帯電話メールで「上空をミサイルが通過した」と告げられた者として、望みたい。(阿部岳)」

なるほど。「冷静な議論」は賛成です。私も昨日の記事で「正しく怖がろう」という放射能の時の教訓をくり返したつもりです。

簡単にまとめておけば
①「光明星4号」の発射実験は、軍事転用可能な弾道ミサイル実験である。
②これは国連決議3本に対する重大な違反行為である。
③しかし、北朝鮮は、再突入技術を持たないために、これがただちにICBMの保有を意味しない。

なんだ、たった3行で書けるじゃないか(笑)。 

一方、この沖タイの「大弦小弦」は、こう言いたいらしいですね。

①核実験を強行する国がロケット技術を誇示するのは危険極まりないが、衛星は衛星だ 。
②宮古、石垣には破片しか落ちてこないし、PAC3の配備は少なすぎて無意
味だ。
③これは政府と自衛隊が意図的に危機を煽る「危機のPR」をしているのだ。
④冷静な議論、つまり政府のPAC3配備には反対だ
。※ここまでは書いていないが論理展開上そうなる。

はい。必ず沖タイが、「政府の危機の煽り」だと言うと思っていました。 

中国と北朝鮮の危険性を認めてしまえば、沖縄に海兵隊が「居る意味」が県民にバレてしまうからです。

ですから常に、この人たちにとって中国と北朝鮮の危険性はなにがあっても、「ないものでなくてはならない」のです。

たぶん沖タイのデカイ社屋にノドンが落ちてきても、「あれは米軍のミサイルだ」といい続けるのが、この地元2紙なのです。

Photo出所不明

続いて、琉球新報(2月8日)が報じる宮古、石垣の人々と、そしてなぜか北朝鮮ミサイルとはなんの関係もない辺野古の反対派運動家のご意見です。

「【石垣・宮古島】北朝鮮の事実上のミサイルが上空を通過した先島諸島。「発射前倒し」の情報を受けた地元自治体や関係機関は7日未明から対応に追われ、緊迫感に包まれた。一方、地域住民は被害がないとの情報に安堵(あんど)の表情。
宮古島市では初めて基地外に配備されたPAC3を前に抗議する住民の姿も見られた。
石垣市の男性(35)は、3歳の娘と車でバンナ公園に向かった瞬間、ミサイル発射を知り、自宅に引き返した。「迎撃ミサイルが搬入されて物騒だ。北朝鮮には過激なことをやめてほしい」とこぼした。
大城事務局長は「政府は、
北朝鮮中国の脅威をあおり、基地強化を正当化するのだろう」と危機感もあらわに。「軍事力で敵対するのではなく外交ルートで対話を続け、解決を目指すべきだ」と強調した。
ミサイルをめぐる緊迫した動きに違和感を抱く人もいた。東京都から2カ月に1回ほど、辺野古を訪れるというアルバイト女性(32)は「東京の人間には、
オスプレイや戦闘機が飛び、弾薬運搬車が当然のように行き来する沖縄の日常の方がよっぽど危ない」と語った。」

Photo_2出所不明 

はい、いかがでしょうか。今回の写真ではないようですが、島を守りに来た自衛隊車両の前に立ちふさがっている人もいますね。

地元2紙の報道によれば、島民は北朝鮮のミサイルにはまったく無関心で、むしろ自衛隊のPAC3の配備におびえて、「政府と自衛隊の危機のPR」に強く抗議しているようです。 

ため息が出ます。自分が何を言っているのか、ほんとうに分かって書いているのでしょうか。 

沖縄県人は、こんな記事を読まされる本土人の気持ちも多少なりとも考えるべきでしょう。 

これは既になんどとなく警告していますが、普天間の移転問題をきっかけに生まれてきた、沖縄に対する本土人の突き放したような冷やかな「気持ち」です。 

「そんなにイヤなら、ばかばかしいから、税金かけてあいつらを守ってやるなよ」 

普天間の移転はイヤダと叫び、北朝鮮のミサイルが自分のほうに飛んでくれば今度は、抗議すべき相手を間違えた騒動ばかりが沖縄から伝わってきます。

こんなことばかりが報じられれば、本土人たちの中に段々と、「勝手にしろ」という気分が増殖するのは避けられないでしょう。 

今はまだ「気分」ですが、本土人の心の中の沖縄県人に対する温かい同胞を思う気持ちまでもが失われていく結果になるでしょう。 

こういう本土人の気持ちなど、沖縄の地元マスコミはまったく考慮していません。 

ですから、いつまでも視野狭窄のままで、左翼丸出しの主張が通用すると勘違いしています。Photo_3
(東京新聞2012年12月8日より引用)

さて、今回のPAC3配備は、北朝鮮が実験日を繰り上げたためにまさに滑り込みでした。

完全に配備の準備が整ったのは、数時間前だったほどです。

そこまでして本土から駆けつけた自衛隊員に対して、「迎撃ミサイルが搬入されて物騒だ。北朝鮮には過激なことをやめてほしい」(琉新前掲)と言う神経が分かりません。

「過激なこと」をしているのは北朝鮮なのか、自衛隊なのか、そこをはっきりさせましょう。

どうして、このようなイロハのイがわからないような報道が、沖縄でまかり通るのでしょうか。

Photo_4ミサイル発射をみる金正恩 朝鮮日報

北朝鮮は一貫して弾道ミサイルと、それに搭載可能な核兵器を開発し続けてきました。

そしてそれを制止する、国際社会を敵にまわし、何度となく暴発を続けてきたヤクザ国家です。

特に今の正恩政権の過激さは、かつてのように「米国との交渉のため」という合理的外交目標すら消し飛び、ただいたずらに核兵器を誇示し、戦争を呼号するまでに至っています。

このような国こそが、真に「過激」と呼ばれるべきなのではありませんか。

落下する部品や破片は、宮古、石垣に落下する可能性が充分にありました。

なるほど、沖タイが言うように、「万が一ミサイル本体が向かってきたら、射程わずか数十キロのPAC3は10セット以上なければ全県をカバーできない 」のは本当です。

ならば、自分たちの危険を国に強く訴えて、PAC3を増設してもらうのか筋ではないでしょうか。

それを逆に、「そんなことは政府の危機の演出だ」として、配備反対を訴えるに至っては、倒錯しているとしか思えません。

おっしゃるとおり、政府が「いやー、PAC3なんかでは効果ないから、配備してもむだだよね。ま、運を天に任せましょうや」なんて言おうものなら、地元2紙はなんというか見物です。

きっと、「国はまた沖縄を見捨てた」とやるのでしょうね。

私は地元2紙が左翼的論説をすること自体は、報道の自由の範疇だと思っています。

しかし、このような具体的な危険に対して、その警戒心を緩め、さらには危機から国民を守ろうとする政府こそが「敵」だといわんばかりの論説は、報道倫理からの逸脱だと思います。 

地元2紙さん、「こんな時だから立ち止まって」、たまには真剣に県民の安全をかんがえたらいかがでしょうか。

■追記
沖縄県の名誉のために、このようなメディアがあることを追加しておきます。

こんな本土に持ってくれば至って常識的な新聞が、本島に存在しないことが、沖縄県の悲劇です。
八重山日報(2月9日)
http://www.yaeyama-nippo.com/
「ミサイルが発射された模様です」―。防災無線のスピーカーから流れる音声に「まるで空襲警報のようだ」と感じた市民や観光客も多かったのではないか。北朝鮮が2012年に続き、先島諸島方向に向けミサイルを発射した。八重山を取り巻く厳しい国際環境が改めて浮き彫りになった◆関係機関の対応で一つ疑問に思ったのが翁長雄志知事の言動だ。発射から約3時間半後、報道陣の質問に「心臓が凍る思い」と答えた上で、ミサイルを迎撃する自衛隊のPAC3(地対空誘導弾パトリオット)について「一体全体、どんな精度があるのか、素人には分からない」と語った◆自衛隊に反対する勢力を含む「オール沖縄」に配慮した発言だという。しかしミサイルが県民の頭上を通過した非常時であり、支持者に気を使い、わざわざ自衛隊に嫌味を言っている場合なのか、首を傾げる◆石垣市の中山市長は、ミサイル発射とほぼ同時に報道陣の前に姿を現し、防衛省のPAC3配備については「迅速な対応に感謝したい」と語った。非常時、首長が市民、県民へどう存在感を示すかというアピール力も含め、両者の危機管理能力の差を感じざるを得ない◆沖縄の首長には、北朝鮮の暴挙にも中国の領海侵犯にも、きちんと対峙する姿勢が求められる。

※悪いクセで改題しました。

 

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正しく怖がろう、 北朝鮮のミサイル実験

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北朝鮮が「事実上のミサイル」である、「光明星4号」という人工衛星を打ち上げました。 

米国も確認していますから、今回は成功したようです。 

いままで、2012年の光明星3号1号機が失敗、光明星3号2号機が成功でしたので、3機目2度目の成功です。

「【ソウル=藤本欣也】北朝鮮は7日正午(日本時間同日午後零時半)、国営メディアを通じて特別重大報道を行い、事実上の長距離弾道ミサイルである地球観測衛星「光明星4号」が同日午前9時(同9時半)に北西部・東倉里(トンチャンリ)の「西海衛星発射場」から打ち上げられ、午前9時9分(同9時39分)、「軌道進入に完全に成功した」と発表した。
 金正恩(キム・ジョンウン)第1書記が6日に「打ち上げ」の命令を下したという。発射の映像は報じなかった。」(産経2月7日)

Photo_3http://news.twoeggz.com/guoji/2016-02-07/1203239.html

上の北朝鮮配信の写真で、金正恩がタヌキ腹を突き出して眺めているロケットが、軍事用のサイルになると「テポドン」となり、人工衛星になると「銀河○○」となります。

しかし、この男、いっそうヘンな髪形になったものよな。ひと頃のテクノカットみたい(笑)。

中身はどっちも同じです。弾頭に人工衛星のようなものを積んでいるか、原爆を積んでいるかの差です。多少違う点が一点ありますので、その説明は後ほど。

テポドンの場合、射程は6000キロといわれ、米国のハワイ、アラスカ、西海岸の一部が射程に入ります。今回はもっと長射程です。

北朝鮮が人工衛星だといおうと、国際機関に事前通告しようと、国際的には一括して「弾道ミサイル実験」として非難されることになります。

というのは北朝鮮には、この平和利用と軍事目的の境がないからです。

北朝鮮は、かつて2006年7月にスカッド、ノドン、テポドンの計7発の弾道ミサイルを日本海に向けて発射しました。

もちろん完全な軍事目的で、イランなどへも既に輸出もされたという説もあります。

この国の数少ない輸出品は軍事製品とマツタケで、特に同じく国際的に制裁を受けているイランは上得意でした。

マツタケは冗談ですが、恐喝用品の製造販売が生業というのが、この北朝鮮なのです。

そのことによって、国連はミサイル技術に関する活動を制限するために国連安全保障理事会決議169517181874(※)を決議し、一切のロケット発射は、この決議3本の違反となります。
※外務省HP訳文

Photo_4出所不明

つまり北朝鮮は、いままでの掟破りの所業によって、いかなる形での弾道ミサイル実験も、やろうと思った瞬間に国連決議3本に対する違反となってしまうわけです。

さて正しく怖がるために、もう少し詳しく検証してみましょう。

今回打ち上げた「光明4号」ことテポドンは、基本的には一緒ですが、唯一軍用と違うのは人工衛星は再突入を考えないために、大気圏に突入する際のさまざまな高度技術を必要としないことです。 

この再突入の技術があって、初めて軍用の大陸間弾道ミサイル(ICBM)になります。 

ですから、この「光明星4号」は、いままでの彼らの技術を一歩進めてはみたものの、本格的なICBMのひとつ前の段階の技術だと分かります。 

「光明星4号」のYouTubeの動画をご覧いただければ、それがお分かりになると思います。https://www.youtube.com/watch?v=LCG9j37BQx0

Dsc_8744https://www.youtube.com/watch?v=LCG9j37BQx0
打ち上げられた「光明星4号」は、徐々に水平に近い軌道をとります。 

1段目のロケットを切り離しました。

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1段目は朝鮮半島西側の海面に落下して、四散しましたが、そのまま高度約500kmの太陽同期軌道へと飛行を続け、衛星を分離し、軌道に投入することに成功ました。 

Dsc_8753_2

とまぁ、ここまでは北朝鮮ができたということですが、実はここからがけっこう大変で、再度大気圏内に再突入させねば晴れて弾道ミサイルにはなりません。 

考えてみればあたりまえで、もう一回地球に落とさねば、そりゃ武器じゃないよね。

ところがこれは、宇宙技術先進国である日本ですら、まだ成功していない高度な技術です。 

というのは、大気圏再突入には適正な角度で再突入を誘導する技術と、「再突入体」(RV)という、弾道を保護する耐熱タイルのカバーが必要です。 

その際の温度は、「標準大気でマッハ3の突入速度の場合、理論値でよどみ点温度350℃を超える」(Wikipedia)とされています。 

この再突入技術が確立されていないと、せっかく小型化に成功して積み込んだ核弾頭も、燃えて半球状になってオシャカになったり、誤作動したりしてしまって使い物になりませんから、北朝鮮はICBMを持ったと宣言できないわけです。

ちなみに、日本がこの再突入技術を持っていないのは、純粋に政治的理由で弾道ミサイル開発という疑惑を避けるためでした。 

脱線しますが、日本が有人宇宙技術を持っていない理由は、金がかかりすぎるというのもありますが、この再突入技術が確立していない(※)ためもあります。(※日本は再突入技術の一部は保有しています)

ここにも哀しい日本の敗戦国症候群がありますね。

それはさておき、今回の実験で、北朝鮮はICBM保有への道の一歩手前まで来たと評価できます。

今後、これに載せる核爆弾の小型化と、再突入を実験すると思われます。

金正恩の脳味噌には、「国際社会」という概念自体がありませんから、性懲りもなく宮古と石垣島の上空を今後も何度となく襲って、実験をくりかえすでしょう。

それについては次回に。 

※参考資料http://www3.nhk.or.jp/news/liveblog/northkorea/index.html

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命を捨てても、米軍基地はなくならない(再掲)

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一回削除したのですが、ご要望がありましたので、恥をしのんで再掲します。

青年期の頃のことは思い出したくもあり、思い出すと身震いするほどイヤな時があります。今回は後者のほうです。

                       ~~~~~

私の「テント村暮らし」は、大昔の相模原戦車阻止闘争しかありません。それは相模原補給廠から修理し終わった戦車を、ベトナムに搬出するのを止める闘争でした。 

Photo_7

大分前に記事にしたことがあります。

7年前のものですが、2011年の福島事故前のものですので、今読み直すと、まだしっかりリベラルしていますね。
※関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/1_0e52.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_809c.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_bb68.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/4_010c.html 

テントの中で、学生たちは安酒を飲みながら、熱量だけは高い議論に明け暮れていました。 

当時私たちも、三島事件の影響を強く受けていました。 

もうこんな座り込みやデモだけでは基地はなくならない、日常的に米軍戦車はベトナムに送られてしまう、という強烈な焦りがありました。 

そして、当時の私たちの中に芽生えていたのは、身体を張ること、それももはや自死を前提にした米軍基地攻撃しかないんじゃないか、という思い詰め方が登場するまで、そんなに時間がかかりませんでした。 

丸腰で基地に突入して米兵に撃ち殺されれば、この重い扉がわずかに開いて、なにか新しい展望が開けると思っていたわけです。 

思春期から青年期にありがちな、自らの命の重さと「大義」をてんびんにかけて、自分の生命をまるで塵芥のように軽く考えていました。 

思えば、自分の生命が自分だけのものだと信じている当時の自分に、今の私は舌打ちしたくなります。

それはただの青年期特有の近視眼と奢りにすぎません。 

私は私だけで生きているわけでない。自分を育ててくれた両親がいて、それと地続きになった命の連鎖の上に自分がいるという簡単なことに気がつかなかったのです

まったく恥ずかしいほど、幼稚だったと思います。

私は、同世代の人たちがまるで美しいだけの記憶で、70年安保前後の武勇談を語るのを見ると、苦々しい気持ちになります。 

第一、そのような命の捨て方では、米軍基地はなくなりません。 

基地は世界情勢の必然的要請があってそこにいるのですから、淡々とそのまま「そこにいる」だけなのです。 

本気で変えたければ、米軍基地かそこにいなければならない国際状況を少しでも変えていき、その中で徐々に今の矛盾点をひとつひとつ洗い出して、改善していくしかないのです。

時間はかかりますが、青年には私より多くの持ち時間があるはずです。

しかし、直ちに結果を求めたい者には、一時的な状況の突破感があります。

だから怖いのです。 

 

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日曜写真館 黄金の夕暮れ

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TPP 兼業を守ることが農業保護ではない

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【速報】台湾で大地震が発生! 南部の高雄市近くでマグニチュード6.4の大きな揺れ! ビルが倒壊し、多数の人が生き埋めになっている模様!  ※台湾テレビ局ライブ映像 → youtu.be/XxJKnDLYZz4 #台湾地震 pic.twitter.com/xiy44XWgfO

台湾で大地震が発生!政府は直ちに救助隊の派遣を!

http://news.ltn.com.tw/news/life/breakingnews/1596403

Caexrz3ucaal9in
                      ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

[本文ここから]

自戒をこめていうのですが、あまりにもTPP交渉の内容がわからなかったために、疑心暗鬼の部分がありました。 

そのために、日本の交渉力を最低限に、そして被害を最大限に見積もるという傾向が存在しました。

この無関税化が進むと、農業、医療などはグローバリズムの植民地にされて世の中真っ暗になるぞという言い方が、ずいぶんとなされてきました。 

いわば狼少年の罪です。私も率直に反省しています。 

合意後も、しょうこりもなくされているのを見ると複雑な心境です。 

これは「TPP交渉差し止め・違憲訴訟の会」という団体ですが、民主党政権時代の閣僚で、私が唯一評価している山田正彦氏がボスのようです。

名称からして「違憲訴訟」ですか(ため息)。なんでも憲法持ちだせば、いいってわけじゃなかろうに。

「交渉参加国による署名式を四日に控える環太平洋連携協定(TPP)をめぐり、国を相手に違憲訴訟中の弁護士らが協定案の英文を分析し、すべての農産品の関税が長期的に撤廃される恐れがあるとの結果をまとめた。他の経済協定にある関税撤廃の除外規定が、聖域と位置付けたコメなどの「重要五項目」も含め、ないことを指摘。聖域確保に関する条文上の担保がなく、将来的に「関税撤廃に進んでいく」と懸念している。
 分析したのは「TPP交渉差し止め・違憲訴訟の会」の幹事長を務める弁護士
の山田正彦元農相、内田聖子・アジア太平洋資料センター事務局長、東山寛北海道大准教授ら十人余りのチーム。」(東京新聞 2016年2月2日 )
※http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201602/CK2016020202000136.html

山田元農相は、口蹄疫の時の農水大臣という修羅場をくぐった人物です。 

口蹄疫のような初動が求められる海外悪性伝染病が猛烈な勢いで拡大しているのに、時の首相のハト氏は「国外・最低でも県外」などというたわごとで頭が真っ白で使い物にならないような状況でした。 

おまけに、宮崎県知事はあのパーフォーマンス命の東国原氏ですから、お気の毒としか言いようがありません。その悪条件に耐えて、山田氏の対応は立派でした。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/cat22079514/ 

ただし、この人は頭が固い。ほとんど原理主義的農業保護論者です。 

無関税化が進むということは、言い換えれば消費者の税負担が減るのとは同義です。 

関税でブロックしているのは、税金を投入してブロックしているのと同じだということに、山田氏のみならず、農民ももう少し自覚的であるべきです。

Photo_3http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Gaien/7211/songs/sugar.html

関税自主権は重要な主権ですし、たしかに沖縄の砂糖や北海道の乳畜産製品のように、守らねばならない関税が存在するのも事実です。 

それは、農業が地域経済の基幹になっている地域の場合、その崩壊は地域全体の崩壊に連動するからです。 

そしてそれは、地域の極端な過疎化や、自然環境の荒廃につながっていきます。 

特に、沖縄・奄美の離島のサトウキビ栽培が無関税化した場合、島の経済は急速に衰退し、最悪な場合、無人に近い島が国境から数百キロ続くこともありえました。

このような事態がひとまず食い止められたことは、ほっとしました。甘利氏の功績です。 

TPP合意まで、農水省とJA全農は、口を開けば「自給率が13%になる」とか、「米価崩壊で経営崩壊」になるのかといっていました。 

実はこれは結論から言えば、JA全農傘下の兼業コメ農家の組合員防衛からのみ発想した論法にすぎません。

053

TPP反対を、コメ兼業農家防衛に短絡させるがごとき戦略自体に問題がありました。 

こんなことばかり言っているからJA全農が叫べば叫ぶほど、一般国民からは「農家から既得権を奪い取るのがTPPだ」という攻撃を招き寄せてしまう結果になりました。 

それが、交渉開始時の各社世論調査で、TPP支持率6~7割という数字に現れています。 

まるでTPP交渉とは、なんのことはない重要5品目防衛のためにやるんだと、国民に思わせてしまったのは失敗でした。 

この悪しきイメージは、農業全体の今後にとっても大きなマイナスなはずですが、どうも我が業界は視野が業界内だけに固定されていて困ります。 

JAはよい意味でも悪い意味でも、日立や東芝のようなそれ自体ひとつの宇宙ですので、どうしても外の世界が何を考えているのか疎くなりがちなのです。 (ただし単協のほうは、それぞれ性格が大変に違います)

ところで、私たち農業者から見ても、コメ兼業農家のあり方は大変に特殊です。 

農業は、コメ、野菜、果樹、畜産など多岐に渡るのですが、その中で一番異なっているのが、農業の筆頭のように思われているコメです。 

コメを作っている農家は140万戸といわれていますが、このうち1ヘクタール未満が7割です。1ヘクタール以下では、いくら食料基地の農村でも食えません。 

またコメ専業はわずか3万戸ほどにすぎません。というと、2割程度しか専業がいないことになります。 あたりまえですが、専業(官製用語で主業農家)が2割しかいない農業分野などほかにはありません。

日本に163万いるといわれる農家の内、専業は45.1万、農業が主な収入となっている第一種兼業農家は22.4万しかありません。

約6割の96.5万が、農業以外を主な収入とする第2種兼業農家です。

この比率は、世界を見渡しても類例がなく、異常だと言わざるを得ません。

Photo
出典 農水省2010年農林業センサス http://www.maff.go.jp/j/tokei/census/afc/2010/houkokusyo.html

農水省や自治体農政課は、このような兼業農家のことを「自給的農家」、あるいは「零細農家」と呼んでいます。

こういうくだらない言い換えはやめてほしいものです。本質を分かりにくくする日本人の悪い癖です。  

「自給的農家」というと、まるで自給自足の農的生活を送る古典的な農民のようなイメージが浮かびますし、「零細農家」というと小規模だが歯を食いしばってがんばっている農家のようです。 

もちろん違います。 日頃は農村に住んで、街に働きに行って土日だけ田んぼだけ出ているパートタイム農家層のことです。当然、収入の9割以上は街での勤め人の給料です。 

兼業農家のほうも儲かるからやっているというより、田を荒らしてしまうと近所から苦情が来るので申し訳がないのでやっているのが実情です。 

沢山売るほど作っていないので「自給的」「零細」ということなのでしょうが、兼業農家と言ったほうが分かりやすいと思います。

Photo_2出典 農水省2010年農林業センサスより

上のグラフをみると、農業からの年間収入が50万を切る農家が圧倒的なのが分かります。

逆に年間300万円以上の農産物の売り上げがあるのは、全体のわずか20%ほどしかありません。

しかもこれは売り上げで収入ではありませんから、必要経費を引くとほとんど残らないのが実情です。 

この兼業層が、地域によっても大きく違いますが、JA組合員のかなりの割合を占めています。  

コメ兼業農家層にとって、関税がはずれて米価が下がるとやっていけないのでJAはTPPに反対しているという側面もあります(それだけではありません。念のため)。 

これは、農業の大きな柱のひとつである野菜と比較してみることでわかります。(欄外参照) 

コメは最短11日間程度の年間労働で出来てしまうほど、機械化が進んでいます。 

ゴールデンウィーク前後に田植えをして、盆休み前後に稲刈りをするというのは、自然の農事歴というより、むしろ勤めとの関係からそうなっているだけです。 

一方、野菜、畜産農家は手間の塊のためにほとんど兼業はいません。 

ジャパン・プレミアムといわれるほど厳しい規格選別にさらされ続けている野菜や果樹、畜産分野では、品質の維持のために専業であるのはあたりまえで、ここが大きくコメ農家一般と違うところです。 

コメは農家戸数こそ野菜農家と変わらないように見えますが、その8割が兼業農家によって占められていて「主役」というのもおかしな話ではあります。 

その上、生産額もまた野菜の6割程度しかない部門であるにもかかわらず、778%の高関税で守られているというのもなんだかな、と思われて当然でしょう。 

はい、農業者の中にも、この私のようにこりゃヘンだと思う人はいくらでもいます。 

ですから交渉期間中、関税撤廃にピリピリしていたコメ農家に対して、野菜農家にはほとんど関税撤廃に対しての不安感はありませんでした。(畜産はありましので、念のため) 

この不安を具体的な数字で見てみましょう。 

県や地域によっても違いますが、昨年のコシヒカリの生産単価が、コシヒカリ1俵(60㎏)1万前後です。 これに減反協力で2000円程度上乗せされます。 

生産原価は9000円から1万円弱といったところでしょうから、10アール作って3万から5万円ていどの利益がでるかでないか、といったところです。 

ですから、先のグラフでみたように、減反協力金が出なければ、ガソリン代も機械代も出ないでしょう。 

だからハッキリ言って兼業農家はコメなど今でもやめたいのが本心です。 

しかし止められないのは、稲作という農業は歴史的に共同体で維持してきたものが故に、個人の判断だけでどうなるものでもない部分が今でもあるからです。 

たとえば自分の田んぼが農地改良区に入ってしまえば、その負担金を含めて替わってくれる農業者の資格を持つ人にしか田んぼを売ってはならない決まりです。 

こんな人は滅多にいるもんじゃありませんから、自分は街に勤めていても、泣く泣くゴールデンウィークに家族に謝りながら田植えをすることになります。 

一方、専業農家は、ブランド化に努力したり、大規模化したりしてスケールメリットを得ることができます。 

また生産原価も集約化して15から20ヘクタールに拡大すれば、10アールあたり6500円ていどまで落とすことができます。 

コメは集約化が可能な技術が、極限まで進んでいます。無人ヘリから種まきして、ロボットが稲刈りすることは夢ではありません。 

私の友人にも50ヘクタール以上やっている男がいますが、労働力は彼と奥さんだけです。法人経営ならばその十数倍は簡単でしょう。ただし減反さえなければですが。 

減反は兼業専業の区別なく頭割りで30~40%を削減することを命じてきます。一般の人は想像できますか? 

作りたいのに作らせない。頑張りたいのに頑張らせない。頑張ったら罰則が来る。それが減反政策です。 

この国はことコメだけは社会主義計画経済、あるいは国が元締めのウルトラ大規模な談合をやっているのです。 

つまり、兼業農家は止めたいのに止められない、専業農家は増やしたいと思ってもできない、こんな行き詰まった状況のなかでTPPは持ち上がったのです。 

現在のように778%の高関税の壁を作って毎年100万トンちかいMA米(ミニマム・アクセス)を国家輸入し、それの保管に百数十億円かけ、さらに減反のために6千億円の税金を費やしています。 

全部、税金です。馬鹿馬鹿しいと思いませんか。 

その上、税金で守るのは、内心早く止めたい兼業農家ですから情けなくてります。

そしてその結果、もっと頑張りたい専業農家の足を引っ張る減反は、ズブズブと形を変えながら維持され続けていくわけです。 

こんな税金頼み、談合と兼業頼みの農業がいつまでも続くはずがありません。 

そもそもこんな兼業農家頼みにしてしまった農政自体が誤っていました。とうに専業農家がそれを担っていなければならなかったはずでした。

農業は国土を保全し、国民の食を保障する産業ですから、語弊を恐れず言えば、保護されて当然です。

しかしTPP交渉が一段落していい機会です。

農業界は、補償要求の条件闘争の真っ最中ですから、やられた史観丸出しですが、実際はそこそこの結果だと、甘利さんに手を合わせているでしょう。

逆に言えば、いままでの悪しき構造が温存されてしまう結果にもなりました。

                    ~~~~~~~ 

農家数の比率
・コメの農家数     ・・・24.9%
・野菜の農家数    ・・・22.5%
 

農家数が占める比率は一緒です。ただし、コメと野菜を作る農家が重なっている場合があります。  

②国産比率
・コメの自給率   ・・・95%(ただしミニマム・アクセス米77万トン)
・野菜の自給率  ・・・80%
 

生産額(22年度農林水産統計による)
・コメの生産額   ・・・1兆5517億円
・野菜の生産額  ・・・2兆2485億円
 

野菜はコメよりはるかに大きな経済規模です。  

関税率
・コメ  ・・・778%
・野菜 ・・・  3%
 

比較にならない。

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甘利事件とTPPはなんの関係もない

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甘利さんが辞任し、TPPが署名にこぎ着けました。 

さて、この本来なんの関係もない事象ふたつを強引に接着する奴が出てくるだろうな、とは思っていましたが、いきなり民主党の岡田氏がかましました。

 まぁ、こんな調子です。

「岡田氏が「甘利氏はグレーだ。甘利氏が、大きな権限を持ってアベノミクスの司令塔、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の最終交渉をした。きちんと検証すべきだ」と迫ると、首相はさらにボルテージを上げた。
 首相は「週刊誌報道がTPP交渉や経済財政政策に影響するのか。するはずないじゃないですか」と身ぶり手ぶりを交えて大声でまくしたてた。
 岡田氏は「TPPは農家に死活問題だ。週刊誌報道ではなく、こうしたお金にルーズな事務所、あるいは本人が大きな権限を持っていたことに、危機感を持つべきだ」と再反論。
首相はたまりかねたのか、「公党の代表として嫌疑をかけるなら、具体的にどの品目に影響を与えたかいわないと、ただの誹謗中傷だ。週刊誌報道に頼らず、具体的な案件をいってほしい。ないものをないと証明するのは悪魔の証明だ」とまくしたて、「交渉をけがすのはやめてほしい。甘利氏は命がけでがんばった」と甘利氏をかばった。
 岡田氏は「ない、と言ったのはあなただ。説明する責任がある」と応戦した。」(産経2月3日)

こういう岡田氏のような、まったく関係のないことを、つなぎ合わせてあらかじめ自分がもっていきたい「印象」を作ることを、「印象操作」といいます。

これはやっちゃいけない詭弁論理といわれています。 

印象操作とはこういうことを指します。

「印象操作は、第三者に対して任意の人や物事に関して自分の都合のいい印象を与え ようとする事。 」

この岡田氏の追及は、まさにこの印象操作そのものです。 

まず、岡田氏の脳内に存在する週刊誌で得た「甘利はグレーだ」から、「TPP疑獄」に直結するという考えを示します。

「甘利氏が大きな権限を持ってTPPの責任者としていろいろなことをやっている。ちゃんと検証すべきだ。TPPは業界や農業に携わる人達にとって死活問題だ。生産者から見ると巨大な権限を持った人が疑いをかけられていることについて疑惑を持つべきだ。甘利氏に確認する必要がある」

Photo(産経2月4日 TPPの協定文に署名し、記念撮影する高鳥修一内閣府副大臣(左から5人目)ら各国代表=4日、ニュージーランド・オークランド 共同)

もそも、岡田氏はTPPというものを分かっていません。 

TPP条約はその中身は24分野の作業部会があって、それがまた多くのテーマに枝分かれしています。 

それを一括して「これがTPPだ」という言い方は、「日本の高い山は全部富士山だ」というようなものです。 

ですから、「TPP」という巨大で複合的な条約を、まるで一個の存在のように考えてはダメなのです 

よく、政府側が農業でウン兆円損して、貿易で製造業がウン兆円得してうんぬんと言っていますが、バカ言ってると思って下さい。 

あんな足し算引き算には、なんの意味もありません。 

個別の分野について、TPPがどのような影響を与えるのか、丹念にバラして見ていかねばならないので、異なった分野を比較してみても無意味です。 

Photo_2JA兵庫より引用https://ja-grp-hyogo.ja-hyoinf.jp/news/news/post_25.html

反対の急先鋒のJAも、農業組合協同新聞(2016年2月5日)でこう書いています。
※http://www.jacom.or.jp/column/2015/11/151130-28681.php

「豚肉と薬を考える。豚肉が安くなって、薬価が大幅に高くなった場合である。薬価が高くなった場合でなく、医療費が高くなった場合と考えてもいい、TPPで、そうなることは、充分に予想できる。
 この場合、薬価が高くなっても、健康を維持するために、いままで通りの薬を買って飲む。薬の代金が大幅に不足するから、豚肉を買う量を減らし、我慢して豚肉代金を節約し、薬代金の不足分に当てる。このように、TPPの結果として、消費生活の全体を考えると苦しくなる。消費者は、TPPでソンをする。
 TPPで消費者がトクをする、と主張するなら、このことを否定しなければならない。だが、そのことに無頓着な議論が横行している。政策論は結果の全てに責任を持っている。だから、想定外などという無責任な言い訳けは許されない。」

間違っています。 

豚肉が安くなるというのは関税が下がるからですが、医療費や薬価が高くなるという根拠が示されていません。 

「充分に予想できる」という根拠こそが重要なのですが、それが示されないまま「豚肉を節約して医療費に当てる」みたいな短絡をしてはダメです。 

関係のない豚肉生産と医療費を個別にきちんと分析しないで論理展開するから、こういう無茶な論理展開になります。 

政府側は「TPP推進」という立場でウン兆円の得といい、反対する側は、「TPP反対」という大前提があって、そこから演繹してくるので、これではまともな実態分析にはたどり着きません。

ましてや岡田氏の場合、週刊誌を読んだていどの知識で「TPP疑獄」にしたいと考えています。

「甘利氏はグレーだ」→「甘利氏はTPP交渉で巨大な権限をもっていた」→「だから疑惑がある」というわけですが、岡田氏が「疑惑」であって欲しいという気持ちはよく分かりますが、フツーこういうのは、ただの妄想と呼びます。 

まぁ、こういう追及をしたいのなら、岡田さんは週刊誌ネタ以上の独自調査をすべきでしたね。 

ですから、首相にこう逆襲されてしまいます。 

「交渉そのものを汚すようなことを言うのはやめるべきだ。甘利大臣は命がけでTPP交渉を頑張って、結果を出してきた。いきなりそういう言いがかりをされても答えようがない」。

岡田氏はたじたじとなって、こう切り返すのがやっとでした。 

「ない、と言ったのはあなただ。本会議で断言した以上、その根拠を示す責任がある」

すると首相は待ってましたとばかりに、こう述べています。

「私はないと言いきった。ないことをないと説明することは悪魔の証明だ。あると主張する方が立証責任がある」

Photo_2

 スピリッツ2014年5月19日発売号より引用
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-d21b.html

ああ、やっぱり出ましたね。ないことを証明せよ、というのは首相も言うようにあの悪名高き「悪魔の証明」というやつです。

例によって「悪魔の証明」の意味も押さえておきましょう。

「悪魔の証明 「ある事実・現象が『全くない(なかった)』」というような、それを証明することが非常に困難な命題を証明すること。」

たとえば、沖縄の先島には島ひとつごとにハブがいるといわれていますが、「いる」ことを証明するのは簡単です。一匹確認すればいいだけですから。

しかし、「いない」というのを証明するのは難儀です。全島くまなく探し回らねばなりませんし、検証の時にいたらアウトだからです。

私たち「被曝地」の住民は、この4年間、さんざんこれをやられました。

この漫画の中で雁屋哲氏は、こう主人公に言わせています。

Photo

同上

「低線量被爆の影響がないというなら、ないという証拠をみせろ」と雄山は言っています。

これが「悪魔の証明」です。低線量の影響は、雄山がいうような「わからない」のではなく、わからないほど(無視できるほど)かぎりなく「ない」のです。

雄山こと雁屋氏は、自分たちの主張によっても「ある」ことを説明できないので、お前らが「ない」ことを説明しろと、逆切れしているだけです。

おそらく、こういう書き方をされたら、多くの国民には「福島は未だ危険な土地である」という印象が強く刻印されたはずです。

すさまじいばかりの福島差別ですが、このように:「悪魔の証明」は、往々にして印象操作とワンセットで使われます。

Photo_3安保関連法案に反対する大規模集会で、手を取り合い野党共闘をアピールする党首。(左から)生活の党の小沢共同代表、民主党の岡田代表、共産党の志位委員長ら=30日午後、国会前 産経2015年8月31日) 

これとまったく同じ論法をとったのが、今回の岡田氏でした。 

岡田氏たち野党は、去年の安保法制の時も、まともな安全保障論議を回避して、「戦争法案」「徴兵制が来る」「憲法違反」という3本立てプロパガンダだけで、政府を追い詰めたというおいしい記憶があります。

民主党はこれに気を良くして、甘利事件で二匹目のドジョウを狙ったようです。

岡田氏は視聴者に対して、「TPP絡みでも贈収賄があった」という風評が立つように誘導しています。

今回の甘利秘書をめぐる疑惑は、民主党の大西健介議員が質問で述べているように、環状道路をさえぎるように薩摩興業が建物を立てて、「ゴネ得を狙ったことに清原秘書が加担した」ところにあります。

恐喝常習犯の「一色」がゴネ得がうまくいかなかったために、文春に駆け込みました。

なんのことはない、恐喝犯と汚れた秘書の揉め事を、ゲスな週刊誌がスクープしたというだけの話です。

いうまでもなく甘利氏がわずか100万の金であったとしても、無造作にもらってしまったという倫理的批判は可能です。

また清原秘書への監督が杜撰の極みだったのも事実です。

今後、議員と議員秘書の口利きについては、さらにきっちりと議論を煮詰めていく必要があります。

しかし、それとTPP交渉とはなんの関係もありません。

いいかげんこういう低レベルな「追及」に、甘利事件やTPPを持ち出さないで欲しいものです。

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福岡高裁那覇支部の30年間延長和解案

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泥沼化するとみられていた沖縄県と政府の訴訟について、大変に面白い動きがありました。 

福岡高裁那覇支部の裁判長から、「和解案」が出てきたのです。ご承知の方は引用以下に飛んで下さい。 

沖縄タイムス(2月3日)はこう報じています。

「和解案は、多見谷裁判長が1月29日の第3回口頭弁論後、非公開の協議の場で提示した。裁判所の指示で公表されず、県は裁判所に公表を要求していた。
「根本的な解決案」とされる県の承認取り消し撤回は、国の計画通りの新基地建設が前提となるため、県側は受け入れない可能性が高い。期限付きで返還か軍民共用にする国と米側の交渉も不可避となる。
 一方、「暫定的な解決案」とされる国の提訴取り下げは工事の中断が同時に求められ、根本的な解決策とはならず、国にとって歓迎する内容ではないとみられる。

翁長雄志知事の埋め立て承認取り消しに対し、国が違法確認訴訟や「是正の指示」など、別の手段で争う可能性も残る。
 翁長知事は第3回口頭弁論後、記者団に対し新基地建設は造らせない方針を示し、和解案への対応は「まったく白紙」と述べた。県側の竹下勇夫弁護士は、「行政事件訴訟の中で和解勧告は、かなりまれではないか」との認識を示していた。 代執行訴訟は、今月15日に翁長知事、29日に稲嶺進
名護市長の証人尋問を終え、同日結審する。和解案を国、県ともに受け入れない場合、3月中にも判決が言い渡される見通し。」

同じく共同通信(2016年2月2日)です。いわば要約バージョンで、こちらのほうが分かりやすいかな。

「米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古沿岸部への移設をめぐる代執行訴訟で、福岡高裁那覇支部が国、県に示した二つの和解案の内容が2日、判明した。一方の案は翁長雄志知事に埋め立て承認取り消しの撤回を求め、国には移設後30年以内の辺野古返還などを米国と交渉するよう促した。別の案は、国が訴訟を取り下げて工事も中止し、県と再度協議するよう求めている。」

つまり、福岡高裁那覇支部は、こう言っているわけです。 

ふたつ道があります。「根本的解決」と「暫定的解決」です。市民語で平たく言えば、「大人の解決」と「子供の解決」がありますが、どっちにしますか?と、裁判長は両者に尋ねているわけです。 

暫定的解決ですが、これは両者が自分の主張を取り下げるというものです。 

翁長側は承認取り消しを取り下げ、国も工事を再開せずに県と再協議する、というものです。 

これがなぜ「暫定的」かといえば、これでは両者とも振り出しに戻ってしまって、和解と同時にまた大喧嘩するからです。 

つまり元の木阿弥で、次の判決までメンドーを先延ばしただけです。こんなめんどくさいことは、次の判事が考えてよ、というやつです。

だから子供の解決と、私は呼びます。

公有水面法と地方自治法の、機械的解釈だけなら勝ち負けはわかりきっています。国が100%勝ちます。もし負けるなら、日本は法治国家の看板を降ろすべきです。

かといって、福井地裁の溝口裁判官のように、安全保障事案に憲法を持ち出してトンデモ判決をされてはたまったものではありません

たとえば、「埋め立ては憲法第13条・幸福追求権に反するので、国の敗訴を命じる」、なんてやられたら目も当てられません。

実際に地裁レベルには、このテのことをやりそうな裁判官がゴロゴロしています。 

しかし、この福岡高裁那覇支部の裁判官が優れた知恵者だと思ったのは、もうひとつ「根本的解決」案を出したことです。

それは一言で言えば、大岡裁きのような痛み分けです。

翁長側は承認取り消しを撤回する、国もまた30年後に米国と返還交渉をする、といった内容です。

思わず、膝を打ってしまいました。裁判官は翁長氏の言行録をよく調べています。彼は2006年に辺野古案が決定された時の沖縄側の自民党中枢だったからです。

翁長氏は、知事当選直前に朝日新聞のインタビューに応じてこう答えています。
翁長雄志さんに聞く沖縄の保守が突きつけるもの 2012年11月24日

「――しかし県議時代には辺野古移設推進の旗を振っていましたよね。
 苦渋の選択というのがあんた方にはわからないんだよ。国と交渉するのがいかに難しいか。
 革新勢力は、全身全霊を運動に費やせば満足できる。でも政治は結果だ。嫌だ嫌だで押し切られちゃったではすまない。
 
稲嶺恵一知事はかつて普天間の県内移設を認めたうえで『代替施設の使用は15年間に限る』と知事選の公約に掲げた。
 あれを入れさせたのは僕だ

 防衛省の守屋武昌さんらに『そうでないと選挙に勝てません』と。こちらが食い下がるから、向こうは腹の中は違ったかもしれないけれど承諾した」

ここで、得意気に朝日にしゃべっているのは、当時自民党県連のボスだった翁長氏が、2006年、移設に消極的だった稲嶺元知事を説き伏せて「代替施設」(つまり今で言えば辺野古の「新基地」のことですが)への移転を「使用は15年に限る」という条件をつけて呑ませてしまったことです。

これについて翁長氏は「ほーら、オレ様の力量を見ろ。革新の連中みたいに反対、反対だけじゃダメなんだぜ。頭使えよ」と言っているわけです。

それがまんま今回、翁長氏の頭上に降ってきたわけです(苦笑)。

さぁ、どうします、翁長さん。

「暫定的解決案」は、ただの仕切り直しですから、国は絶対に飲みませんよ。

国は黙っていても勝訴する展望があるし、ここで再交渉しても同じことの繰り返しに終わるのは目に見えています。

翁長側としてはズルズル泥沼化して、ファインティング・ポーズをとり続け散れさえすればいいのですから、こちらがお望みでしょうが、まぁ絶対に国はうんと言いません。

ここで、今、国がいったん工事再開を止めているということに配慮ください。これは偶然ではないと思います。

憶測の域を出ませんが、国はなんらかのルートで裁判所の「根本的解決案」を聞いています。

その上で、この「根本的解決案」を県と話しあう用意があるということで、再開を中止したのです。

Photo_3琉球朝日放送2015年4月17日より引用

もし、知事になる直前の翁長氏ならば、この「30年間延長案」に乗ったでしょう。

知事就任後も、官邸での会談で翁長氏は、安倍氏にこう述べています。

「普天間の一日も早い危険性の除去、撤去は、これは我々も沖縄も思いは同じであろうとそう考えています」「辺野古への移転が唯一の解決策であると、こう考えているところでございまして、これからも我々丁寧な説明をさせていただきながら、理解を得るべく努力を続けていきたいと思います」と述べました。
これに対し翁長知事は、16年前に稲嶺元知事と岸本元名護市長が受け入れを表明したのは、あくまで使用期限などの条件付きだったとして、前提条件を欠く現状では「受け入れた」とはいえないと、真っ向から反論しました。」(琉球朝日放送2015年4月17日)

これは、使用制限という条件さえ整えば移転合意も可能だということですよね、翁長さん。

一方国としても30年間ということは、22年にできたとして2052年ですか、そこまで引っ張れば東アジシ情勢も変化するかもしれないし、そもそも米国海兵隊がグアムに移転しているかもしれません。

ならば、自衛隊と共用の沖縄北部第2民間空港にするということも、十分に可能なわけです。

国が馬鹿でなければ、この「根本的解決案」を呑みますね。修正稲嶺合意ですから。

翁長氏にとっても、本来なら、選挙直前の持論であったはずの「使用期間限定論」に戻ればいいだけです。

ただ「オール沖縄」、しかしてその実態は共産党・社民党、社大党というガチガチの左翼陣営は、うんと言いますまいね。

なにせ、「いかなる新基地も反対」ですからね。「いかなる」をつけたら、交渉もクソもありませんよ。

翁長さん、悪いことは言わないから、かつての稲嶺さんを説得した調子で「全身全霊を運動しに費やしている」人たちに、「政治は結果だ」と言ってやって下さい。

そうでないと、県民からなんだ翁長は左翼陣営のパペットか、と言われます。

■追記
「根本案」は国も沖縄県も否定的だ。県幹部は「埋め立てが前提で、『辺野古に新基地を造らせない』との知事公約からすればとても受け入れられない」と指摘。政府側も、米国が時限使用に応じるシナリオは描いておらず、日米が主張してきた抑止力論とも矛盾する。政府関係者は「現行計画の短い1200メートルの滑走路では軍民共用の効用も少ない」と語る。」
毎日新聞 2月4日

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辺野古移転反対運動 よそ者のよそ者による、よそ者のための闘争

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HN山路さんの辺野古座り込みテントでのお話は、たいへんに面白く読ましてもらいました。 

「弛緩した雰囲気のなか酔いもあり、求められるまま「あそこで2、3人焼身自殺してみたまえ。必ず工事は出来なくなるぜ」と冗談話をしました。
しかし、これまでの闘争とちがい(辺野古移設により)土地を奪われた者がいるでもなく生活を脅かされる人間が出るワケではないので、そこまでやろうという人間がいるはずがないだろう、という結論に落ち着きました。」
 

Photo出所不明

わ、はは、そうですか、いずれにしても正直なのはいいことですよ。 

私もあそこには昼間ですが行っています。私の時には、活動家風の若い男が、なにしに来たァという雰囲気でしてね、パンフを買って早々に退散しましたものです。 

じゃあ、座り込みテントの住民は、あそこが地元から立ち退きを要求されている上に、現地の人間がまったくいないことを自分では理解しているわけですね。 

実はこの移設反対運動の、最大の矛盾点はここなのです。 

新滑走路ができることによって被害を被るはずの現地住民に、反対運動をする者が、ほとんどいないという事実です。 

もちろん、現地にも反対派はいますよ。だいたい2割くらいだろうと言われています。しかし、地区という共同体はまとまって動くものです。 

現地3地区も別に積極受け入れではありませんでしたが、長年に渡る厳しい交渉の結果、最も地元に被害がなく、それによる経済的損失も補償される約束をして容認したのです。 

他の地域がとやかく言うべきことではないし、住民でも自分は反対だとしてもそれに従うのがルールです。 

Photo_6(三里塚第2次強制収容 出所不明)

まぁ、普通の住民闘争は、現地の住民が現地の利害を基にしてやるものですから、当然成田闘争のように「三里塚・芝山連合空港反対同盟」みたいな現地住民による反対組織が先に出来ます。

上の写真は、成田闘争の1971年の第2次強制収容時の写真です。ここで、互いに鎖で身体を縛って座りこんでいるのは、全員が現地の農民のオバちゃん、オジちゃんたちです。

彼ら三里塚反対同盟は、婦人は地区の婦人会を基礎にし、老人すら老人会が基盤でした。一番突っ走った青年行動隊すら、青年団や4Hクラブが根っこにありました。

今や、軒を貸して母屋を過激派に乗っ取られてしまいましたが、成田闘争ですら少なくともこの時期までは、農村共同体としての農民闘争だったのです。

では、辺野古の座り込みの写真をご覧頂きましょう。

Photo_7http://monsoon.doorblog.jp/archives/54546030.html

ここには現地住民はおそらくひとりもいません。仮にいたとしても、それは地区とは関係なく個人としての参加です。

この人たちの多くは、県下や全国からの「有志」の集まりです。はっきり言えば、左翼政党か労組の活動家のみなさんたちの動員です。

日当をもらって来ているからどうのという批判があるようですが、本質的にはそんなことはどうでもいいことです。

問題なのは、他人の共同体である生産と生活の土地に、地元の了承なく上がり込んで、「戦う」という姿勢そのものです。

現地の人が座り込みの場所として作るのが、本来の意味の「団結小屋」とか「座り込みテント」という施設なのです。 

Photo_8Wikipedia

沖縄においても、団結小屋は作られたことがあります。

上の写真は伊江島の土地収用反対闘争の時のもので、現存しています。とうぜんこの団結小屋は、地元住民が作ったものです。

ところが、現在の辺野古座り込みテントのように、よそからの押しかけ「支援」(←誰を?)が、現地住民から、出て行ってくれというのに上がり込んでしまうという話など、私は聞いたことがありません。 

Photo_10

だいたい、ここは生産と生活の場である漁港施設内ですから、なんの断りもなく闘争拠点にされたら、地元はさぞかし迷惑でしょうね。 

法的にも漁港施設は漁協の所有物のはずですから、完全な不法占拠です。漁協は立ち退き要求と、賠償請求を行うことが可能です。

実際に平成24年に、名護市長に正式に当時の区長からの立ち退き要求が出されていますが、もちろん動く気配もありません。 

稲嶺市長が握り潰したからです。それどころか、市長選があれば真っ先に駆けつけるのが、このテントなんですから、チャーナランサ。 行政官としての適格性が疑われますね。

稲嶺さん、旧久志村はあなたの生まれた場所じゃないか。なぜ現地住民と膝をつきあわして話合いをもたないんですか。 

Photo_3琉球新報2014年11月19日より引用 「海上基地建設に反対する市民らにあいさつする県知事選で初当選した前那覇市長の翁長雄志さん=19日午後2時28分、名護市辺野古のキャンプ・シュワブゲート」) 

そういえば、翁長氏などは、知事当選のお礼に真っ先に行ったのが、この外人部隊による座り込みテントでした。 

翁長氏の後ろに、「平和センター」の山城さんが見えますな。翁長氏が、どこを向いて知事やっているのかよく分かる一枚です。 

そうです。「辺野古闘争」とは、徹頭徹尾、現地不在の借り物の闘争なのです。 

現地にある座り込みテントで、座っている人は余所から来た活動家の人、そこを「現地の人が戦っているんだ」と錯覚して交流に来る人も余所の人、闘争のシンボルに見立てて当選お礼に来る翁長氏も余所の人。 

借り物の土地で、借り物の時間に、他人が現地づらして上がりこんだまま動かない、確かにその意味で座り込みテントは、辺野古移転反対運動のシンボルであるのは確かです。

さて宜野湾市民の「民意」は、今回の市長選ではっきり出ました。 

移転先隠しもなにも、宜野湾市民の「民意」はスッキリと「出て行ってくれ」です。 

そして受け入れ側の辺野古地区もまた、「しょうががない。お困りなようですから、どうぞ」と言っているわけです。 

これを本土の評論家で「金に目がくらんで」といった馬鹿野郎がいました。あたりまえでしょう。漁業権という経済の基盤を失うのだから、補償金もらってどこが悪いんですか。

これほどはっきりした「民意」はないんじゃありませんか。最大の当事者2者の意見が、きっちり整合しているのですから。 

これをなぜしっかりと受け止めないのか不思議です。 

新滑走路が出来ても、なんの影響も受けない南部などの人たちは、ひとまず現地2者の意志を尊重すべきではないのでしょうか。

「よそ者のよそ者による、よそ者のための闘争」というあり方は、いいかげん考え直さねばなりません。

 

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宜野湾市長選を潮目に状況は逆転した

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宜野湾市長選以降の沖縄の状況は、大きく変化しました。まるで、サッカーの一発のゴールが、それまでの試合の流れを逆転させるようなものです。

政府は工事の再着工を来年春にまで延ばして、翁長知事と話あう用意があると言っています。

数カ月の遅れなど意に介していません。ガツガツしないよ、余裕だよ、というわけです。

さぞかし翁長氏は、古巣がいかにしたたかだか思い出して歯噛みしていることでしょう。

前回はお前が寝返った奇襲だから負けたのだ、もう次はないと政府は言っています。

「防衛省が米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)の名護市辺野古移設で、辺野古沖の護岸工事の着手を当面見送ることが31日、分かった。埋め立て事業に詳しい国土交通省の技官が移設担当として防衛省に出向したことを受け、工事の進め方や土砂など資材の調達方法を見直す方針で、一定の時間がかかるため護岸着工も春以降にずれ込む。平成32年10月までの埋め立て工期に遅れが生じないよう、着手後は作業を加速させる。」(産経2月1日)

去年の夏に続く、2度目の休戦呼びかけとなりますが、この背景には下の写真で晴れやかに踊る宜野湾市長選によって生まれた巨大な力関係の逆転があります。

Photo_8琉球新報1月24日より引用

「安倍晋三政権は、1月24日の宜野湾市長選で支援候補が勝利したことで、翁長氏の反対攻勢に一定の歯止めをかけることができたと判断。移設を効率的に進めるため「計画を磨く余裕を得た」(政府高官)とみている。
当面は法廷闘争に全力を傾けつつ、翁長氏との対話にも乗り出す方針だ。(略)
移設をめぐる対話でも、政府と沖縄県の攻守が逆転しつつある。」(同)

※http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160201-00000043-san-pol

翁長氏が「オール沖縄」という名の共産党の御神輿に乗っている限り、この「休戦」においてもなんの前進もないでしょう。

翁長氏は「絶対反対」以外、なにも言うことを許されていないに等しい哀しい「裸の王様」にすぎないからです。

もし、彼がタフネゴシエーターだったのなら、いくらでも選択できるオプションはあります。

このブログでかねがね言ってきているように、シュワブ陸上案などその最たるものです。

海を汚したくないという県民の気持ちに寄り添って、しかもシュワブ基地の敷地内に作るのですから、文句のつけようがありません。

これだったらグリーンピースもこないよね(←ホントに来た)。

しかし、政府はいままでの名護市や土建業者、そして漁協、辺野古地区との信頼関係から、そう簡単に元には戻れません。

ですから、翁長側からこういう正論を提案された場合、政府もたじろぐでしょう。

貰った県からの提案をムゲにはできませんから、その間、「休戦」期間は延々と伸びてしまいます。事実上の着工の一時停止です。

こういう脇腹をえぐるがごとき一発(←明日のジョー)が、翁長氏にはできません。

ただ、ボーッと、ハンタイ、ハンタイと言っているだけです。

思わず翁長氏に、勝ちたかったら得意の腹芸を見せろよ、と叫びたくなります。

しかし彼にはできません。

なぜなら、翁長氏が共産党に担がれた「裸の王様」だからにすぎないからで、共産党の方針からはずれることはできないからです。

その貧相な状態を暴露することこそが、政府の狙いです。

そしてこんな硬直した首長を戴いていいのですか、と県民に問うています。

ここで翁長氏が蹴るということでもしてくれれば、また別の意味で面白いのですが、来沖した菅氏を相手にネチネチと厭味を垂れるのが関の山でしょう。

政府はこういう厭味しか垂れられない、解決能力を喪失した翁長氏の惨めな姿を、県民に見せることが「休戦」の目的といっていいのです。

ですから、どんどん突っ張って下さい、というのが政府の本音です。

勢力の均衡が破れたことは、かの沖縄タイムス(2月1日)すら渋々認めています

共同通信社が30、31両日に実施した全国電話世論調査によると、米軍普天間飛行場名護市辺野古に移設する政府方針を「支持する」は47・8%、「支持しない」は43・0%だった。」
※http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=152138

●共同通信 全国世論調査
・移設賛成・・・47.8%
・   反対・・・43%

沖タイに「本土は冷たい」と言われようが、全国の判断は辺野古に移設するのが最も合理的だという結論です。

では沖縄ではどうかといえば、NHKは出口調査の結果をこう報じています。
※http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/300/236229.html

「アナ)辺野古移設反対が多数を占めなかったということですか。
安達)NHKの出口調査でもはっきりしています。辺野古への移設によって、基地の危険性を除去することの是非を聞いたところ、賛成57%、反対43%と賛成が反対を上回り、賛成と答えた人のうち、およそ80%が佐喜真さんに投票しています。」

●NHK 宜野湾市長選出口調査結果
・移設賛成・・・57%
・   反対・・・43%

Photo_9日本共産党赤嶺候補サイトより引用
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2014-12-11/2014121101_01_1.html

これで見えてくるのは、移設=新基地=基地負担の増大=移設反対、という「オール沖縄」の論理のデタラメさが全国だけではなく、沖縄においても認識され始めてきているという事実です。

「負担を軽減しろ!だから移設反対」では、まるっきり矛盾しているじゃないか、と思う国民が多数になりつつあるのです。

そして、「オール沖縄」の結論は、ナンのことはない、共産党の言っていたままの「安保粉砕・基地全面撤去」にすぎないこともバレました。

そして、上の写真の街宣車に並ぶ人たちのように、「オール沖縄」とは共産党を主力とする左翼陣営の偽装表示だということもわかってきました。

宜野湾市民の方たちは、宜野湾市長選で走り回る、大量の共産党運動員をごらんになったはずです。

反対派がとり得る方法は、今や二つしかありません。

ひとつは法廷闘争の乱訴です。

これもまた、訪沖した菅さん相手のイヤミと一緒です。

法廷闘争というのは、法律の運用と解釈をめぐって行わます。当該法は、地方自治法と公有水面法です。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-1bb4.html

翁長側の勝算はゼロです。今春から敗訴が続々と出るでしょう。控訴はしても、上級審ではもっと厳しくなります。

ならばもうひとつの頼みは、得意の「民意」です。「民意」は圧倒的多数で「オール沖縄」を支持している、という神話が崩壊の兆しを見せています。

新たな「民意」は、すでに今回の宜野湾選で出ています。次いで、沖縄市長選、県議会選、そして天王山の参院選で問われます。

沖縄市と県議会で翁長側が破れることになった場合、参院選に誰を推すかで、もめるはずです。

左翼陣営は、伊波氏を推すでしょうが、翁長側は志村氏のような保守変節組を持ってきたいはずです。ここで一悶着あります。

もし、伊波氏が立てば、それは、「オール沖縄」が、「保守と革新が手を結んだ島ぐるみ闘争」という仮面を自ら脱いだことになります。

そして敗訴の上に、これら三つの選挙に破れることがあれば、「オール沖縄」は総括をめぐって空中分解し、翁長氏は口先だけのレームダックに転落します。

反対派指導部が望んでいるものは、「民意」をかきたてるための引火物です。

何度となく書いてきていますが、端的に言って、それは「流血」です。それも外人部隊のプロ運動家よりも、県民、それも老人か子供といった社会的弱者が望ましいでしょう。

流血ほど人を狂わせるものはありません。

万が一、揉み合いの局面で、老人、子供の「流血」が出れば、三つの選挙はことごとく「オール沖縄」が征することでしょう。

仮に法廷で政府側が勝利しても、虚しいものになります。

なぜなら、「敵意に囲まれた外国軍隊の基地は孤立する」からです。

ですから、反対派はこの流血事件を誘引するために、さまざまな挑発を行っています。

ある時は座り込んで、老人を押し立ててゴボウ抜きさせてみたり、コンクリートブロックを子供に手伝わせて積んでみたりと、あれやこれやの戦術を駆使することでしょう。

反対派がしていることは、HN山路氏がいみじくも言ったように、「中国のサラミスライス戦術」のように、一歩一歩ジリジリとテロリズムへと陣地を延ばしていき、衝突する局面をさらに多く演出することです。

そのような時に、かつての私たちのように、「身体を張って米軍基地を攻撃し、撃たれて死ぬ」ことを選ぶような、短慮に走る若者が出ないことを祈るばかりです。 

※最初にあった前半の回想を含む部分は全部カットし、改題しました。ついでにアート風の扉絵も差し替えました。

時間をおいて読み直してみたら、いかにもジジィの言いそうなことで、実にくだらない(涙)。
今の若い人は、オレらの頃よりよほどクレバーだよ。

チバリヨ、ニセター!ただし、法の範囲で。

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「一色」はなぜ3年の時効前に「告発」したのか?

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甘利事件についてもう少し考えてみます。 

なんつうか、かんつうか、釈然としないのです。 

私にとって最大の謎は、なぜ「一色」(※)がこんなに早く「告発」に出たのかわかりません。※「一色」が本名ではないという説が有力ですので、括弧をつけて表記します。また明らかな犯罪者ですので、敬称も略しす。 

だって、贈収賄罪の時効は 贈賄側3年、収賄側5年です。 

Photo(辞任会見に臨む甘利大臣 ロイター1月29日より引用)http://news.goo.ne.jp/topstories/politics/78/9f9f6652b7990ebc012c40d7cc16b1eb.html

それなのになぜ、こんなに早く出て来たのか分かりません。「一色」とやら、あんた、まだバリバリの時効前だよ。

安全な3年目に入ってから告発するのが合理的であり、時効が成立していない期間に自らのみを危険にさらす意味がわかりません。 

こういう恐喝犯は、絶対に自分がお縄にならない時期を見計らって、しかも匿名で時効切れになる3年目以降に、「はい、私、恐れ多くも、こういうダーティな金を、清原秘書と大臣に渡しましたです。良心の呵責に耐えきれず告発させて頂きます」と名乗り出てくるものなのです。 

ボケていた?まさか。ボケていた男があれだけ緻密に、下の政治資金報告書にあるように、清原秘書の詰める大和事務所に、毎週のように通って少額献金しているわけがありません。

平成26年2月4日から12月9日まで、ほぼ毎月1万から2万、(100万と50万が各一回)を事務所に献金しに行っています。

こんな餌撒きを絶やさないで、しかもこの間清原秘書を接待漬けにしていたマメな男が、ボケていては困ります。

Soe

http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/contents/151127/1134200117.pdf 

ちなみに、この1200万円の領収書ですが、全額が政治献金ではなく、清原秘書との接待に使用したものも含むと、「一色」自身が言っています。

公選法では、議員側は接待できないルールがありますから、「一色」側が出すのは当然です。

これを込み込みにして1200万というからおかしくなるので、どこまでが接待で、どこからが政治献金だったのかをハッキリ線引きせねばなりません。

今の時点では、政治資金報告書に記載のある額が、直接に渡したものだというふうに考えていいので、適正に処理されたと思います。

それはさておき、告発の時期の怪しさに話を戻します。

清原秘書を使ってURから巨額な補償金を受けたとしても、こんな「告発」をすれば司直によって捜査対象になり、すべてがオジャンになってしまうからです。 

う~ん、わからな~い。自分で作って、自分で壊してしまう意味がわからない。 

なぜ自分で仕込んで、自分で潰すのか、詐欺犯の心理として理解できません。 

5

となると気になるのが、あの衝撃的な文春の頁をデカデカと飾った1200万円の領収書と紙幣のコピーです。 

なぜ、あんなものを取っておいたのでしょうか。恐喝犯は、絶対にあんなものを取っておきません。自分で証拠をペタペタ残しておくようなものだからです。

前にも書きましたが、第一あんなもの何の意味もないのです。ただのハッタリ。

家宅捜索で同じナンバーの紙幣が見つかれば話は面白くなりますが、もらった方が紙幣のナンバーを記録しているわけがありません。

ですから、これは証拠性はまったくなく、恐喝の道具に使うか、あるいは別の目的があったとしか思えません。

ただし、恐喝を受けていたとしても、清原秘書が貰った金のうち使い込んだ300万は本来政治資金にすべきを私腹したのですから、問題なく業務上横領です。

URに口利きすれば、こちらは収賄です。いずにしても、清原秘書はどのような言い逃れもできません。

では、「一色」がなんのために、こんなことをしていたのか、です。

もっともあり得るのは、清原秘書に対する恐喝です。こんなかんじ。

「清原サンよ~、こんなにワシから金もらって、接待受けてからに。もうワシゃあんたに、いくら注ぎ込んだとおもうねん。1200万やぞ。ほれ見ぃや、領収書も、札のコピーも揃っとるぞ。これバラしたら、大臣の政治生命もなくなりまっせ。TPP大臣なら10億、20億くらいあるやろ」(←なぜか大阪弁)

ところが、大臣側はそれを拒否しました。

これを大臣本人が知っていたかは分かりませんが、去年の夏から秋にかけてでしょうから、甘利さんはTPP交渉の追い込みで、そんなことにかかずり合っている余裕はなかったはずです。

このどこかの期間に、「一色」は文春に情報を売り、恐喝の道具立てに「文春に暴露するぞ」ということを加えていたはずです。

外国人ビザ申請で、文春に写真を撮らせていますから、それ以前にはもう文春との癒着関係は成立していたはずです。

一方、文春は去年10月に新谷編集長が降ろされて、人事刷新されています。

「(「創」誌は)10月8日、松井社長が編集会議で編集長の休養を報告した際の様子を詳細に明らかにしているのだが、それによると、松井社長はこう切り出したという。
「私はこの度、新谷君に3カ月の休養を取ってもらうという決断をしました。理由はこの10月8日号のグラビアに掲載された二つの春画です。私はこれが『週刊文春』のクレディビリティ(信頼性)を損なったと判断しました」
「新谷編集長は官邸とあまりに親密なため、安倍政権寄りの記事を経営陣が問題視したための処置」(トカナ2015年11月14日)
※http://tocana.jp/2015/11/post_7938_entry.html

部数低迷と「春画」問題で悩んでいた文春は、10月の編集長交代により、「親安倍」から「反安倍」にスイッチしました。

そして、今まで掲載すべきではないとしてお預けにしてきたこのネタを、新編集長は覆して、政局バクダンとして投げ込む決断をしたと思われます。

おそらく文春経営トップも了承したはずで、一編集長ごときの判断ではこんな大きな決断ができるはずがありません。

憶測の域を出ませんが、文春はそうとう前の時期から「一色」と接触し、共犯関係にあったと思われます。

「一色」の正体も、その目的である恐喝も知りながら、金の授受の写真を撮り、それを「一色」が恐喝の材料にするという犯罪行為のカタブまで担いでしまっていまったわけです。

「一色」はこんな人物です。

「一色氏は数年前まで東京・八王子に本拠地がある右翼団体に所属していたが、いわゆる「大物右翼」などではない。活動は神奈川県内が中心で、「会社を経営しているという触れ込みで、業者と役所とのもめ事に介入する事件屋のようなことをやっていた。陳情のために地元選出の代議士や地方議員の事務所にもよく出入りしていたが、しっかりした秘書がいる事務所からは警戒され、相手にしてもらえなかった」(地元紙記者)
 警戒される理由は、議員にトラブル処理の陳情を持ちかけるが、陳情がうまくいかないと豹変してマスコミや警察に告発し、議員側に揺さぶりをかけるという、いわば「告発常習者」の前歴があったからだ。
 3年前、一色氏は今回の甘利大臣告発の「ひな型」ともいえるような行動を起こしている。神奈川のベテラン県議M氏(自民党)が標的にされた。」(週刊ホスト2月1日)
http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/postseven-20160201-381594/1.htm

このように「有名」な恐喝常習犯の「事件屋」で、しかも暴力団の背景がある「一色」が持ち込んだ話が、どんな性格のものかは、文春編集部はよく知り抜いてはずでした。 

知り抜いていて、あえて使ったとしか思えません。正気の沙汰とも思えません。

「天下の文春」も地に落ちたものです。

文春の読みとしては、甘利居直り→安倍擁護→支持率急落→自民党内部から反乱→予算案と引き換えに内閣総辞職→自民惨敗、というコースまで進めると読んでいたはずです。

しかし、安倍氏のほうが上手でした。

安倍氏は安直な擁護をせずに、「説明責任を果たしなさい」として突き放し、甘利氏はわずか1週間で第三者弁護士を入れた調査まで揃え、大臣の地位と引き換えに、秘書と告発者の関係を含め、すべてを表沙汰にしてしまいました。

民主党や他のメディアはバンザイを連呼しながら、文春の読後感想文みたいな追求をしていましたが、今や「任命責任」ていどしか攻撃材料がないようです。

文春と民主党が期待していた内閣支持率下落に至っては、安倍氏を死ぬほど嫌いな毎日新聞の調査でもこの調子です。

「毎日新聞は30、31両日、全国世論調査を実施した。安倍内閣の支持率は51%で、昨年12月の前回調査から8ポイント上昇した。支持率が5割を超えたのは2014年3月調査以来。不支持率は30%と前回より7ポイント低下した。」(2016年1月31日)

まぁ、見事な危機管理の手本のような対応ですな。

これで、政権側からボールを投げ返された「一色」と文春側はパニックになったことでしょう。

一気に両者のブラックな関係の方が、注目を浴びるようになってしまったのですから。自業自得ですな

しかし、こう絵解きをしてみても、「一色」が3年以内に出てくるという理由が分かりません。

ひょっとして、ありえるとすれば、功を焦った文春の新編集長が、「一色」との間にあった3年後に暴露という約束を一方的に破って掲載してしまったのでしょうか。

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