なんとも不思議なのは、今回の北朝鮮のミサイル実験を、去年あれほど大騒ぎした安保法制と関連づけて見ようとする人が、マスコミに皆無なことです。
護憲派の皆さんは当然のこととして、保守派にも私が知る限りゼロです。知っていらしたら教えて下さい。ひとりで論じているって、けっこう心細いもんなんで。
たぶん理由は、今回のミサイル発射が、安保法制の死角に入ってしまったからなのでしょうね。
護憲派は、そもそも安全保障なんて生まれてこの方、一度もまじめに考えたことがないのですからしゃーないのですが、保守派ですら分かっていないんですから、こりゃシャレになりません。
あの法案は単なる米軍との協力をスムースにしようとした「だけ」のもので、自衛隊が抱える根本矛盾は初めからスルーしていました。
安保法制は、集団的自衛権とは無関係なものも多く入っているので分かりにくいのですが、要は、米軍が南シナ海での警戒監視を強化するために、自衛隊のバックアップが必要だから、きちんと法整備してくれよ、という米国の要請に基づくものです。
ですから、肝心要なはずの日本の安全保障の「穴」は、いっこうに繕われていません。
そもそも、あの安保法制審議で、民主党は「個別的自衛権で対応できる」と言い続けたわけですが、その足元の個別的自衛権が「穴」だらけなのです。
最大の安全保障の「穴」は、「平時」と「有事」に機械的に区別してしまったことです。
ところが、現実には昔の大戦ではあるまいに、宣戦布告が届いてからおもむろに、「さぁ戦争だ」なんてなりません。
「有事」とは、「他国から組織的かつ計画的な攻撃を受けた場合」と規定されています。
これが下されて初めて「有事」と認定されて、防衛出動、海上警備行動、ミサイル破壊措置命令などが下されるわけです。
しかし、現代の戦争は突如として、おもいがけない形で開始されます。
手段も軍艦や航空機だけではありません。超高速のミサイル攻撃もあるでしょう。宇宙空間における戦争はいまや映画ではありません。
攻撃形態も、正規軍が制服を着てくるとは限りません。民間人を装った兵隊の上陸もあるでしょう。
想定される空間も、陸海空だけてはなく、今やサイバー空間まで広がっています。
このような時代に、かつてのような「前線」と「後方」、あるいは「有事」と「平時」を区分して、前者は危険、後者は安全などと言うのは世間知らずにすぎます。
そのような区分けが不可能になった時代が現代なのです。
政府は、「グレーゾーンにおけるシームレスな対応」という言い方をしていましたが、「グレーゾーン」こそが一般的な状況なのが、現代なのです。
ですから、そこへの踏み込みが不足していては、現実にはなんの改善もされないのと同じです。
その意味で、安保法制は一定の意義があったが、内容的には半分しか達成できなかったと評価するべきです。
また、そのことについても、保守マスコミや論壇からも安倍氏を擁護するあまりか、まったく指摘がなかったのは残念なことでした。
唯一気を吐いたのが、終盤の9月8日に与党の参考人で登場した、慶応大学准教授・神保謙氏でした。
神保氏の陳述は、私が知る限り安保法制の最良の分析です。ぜひ全体を通してお読みいただくことをお勧めします。
要約しようかとも思いましたが、かえって神保氏の論理構築の理解を妨げると思い直して、全文をそのまま掲載いたします。
一部読みやすくするために改行を施してあります。
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■9月8日 神保謙(参考人 慶應義塾大学 総合政策学部 准教授)の意見陳述(全文) 参議院『平和安全特別委員会』
慶応大学の神保でございます。本日は、平和安全保障法制特別委員会に、参考人として意見を述べる機会をいただきましたことに、まず深く感謝申し上げます。
まずはじめに、今回提出されている平和安全保障法制整備法案及び国際平和支援法案は、「日本の安全保障政策に必要不可欠な法案である」というわたしの基本的な考え方を述べた上で、現下の安全保障環境の変化を鑑み、現在提出されている法案でもなお不充分であり、「仮に法案が成立したとしても不断の体制整備が必要である」という問題意識を、わたしからは表明させていただきます。
まず基本認識を申し上げます。
冷戦終結後の日本の防衛・安全保障政策は、安全保障政策の変化に応じて大きな深化を遂げてきたわけでございます。1992年のPKO法の成立以来、日本は延べ14回の「国連PKOミッション」に1万人を超す自衛隊員を派遣し、すでに20数年間にわたるグローバルな展開をしてまいりました。
また1997年の日米防衛協力のガイドライン及び2年後に成立いたしました周辺事態法の成立以降は、我が国を取り巻く地域で生じうる紛争に、日米共同で対処する枠組みも整えてきたわけであります。
また2000年代に入りますと、国際テロリズムの時代に入るわけですが、その台頭と拡大に対しても、テロの温床となりうる地域に対する人道復興支援を中心とした国際協力に、積極的に関与してきたわけでございます。
こうした過去20年にわたる日本の安全保障政策の展開は高く評価されるべきであると考えておりますが、今日そこには2つの新しい、しかも「深刻な問題」が発生をしているということを指摘したいと思います。
第1は、こうした数多くの自衛隊のミッションの拡大を、これまで既存の法律の改正や時限立法の中で乗り切るという、いわば「増改築工事の繰り返し」であったということでございます。
きょう、わたし配布資料を準備しておりまして、配布資料の「防衛計画の大綱と脅威認識 ― 政策・制度の空間概念 ― 」という格子図をご覧になっていただきたいと思います。
これは、最新の2013年12月に発表された、我が国の防衛計画の大綱に示されている文章を抽出したものなんですけれども、その文章に示されている〔脅威認識と我が国の政策〕。これに対応する制度を、グローバル、アジア太平洋、そして日米を中心とした二国間、そして国内という「空間軸」の中でまとめたものでございます。
これはやや乱暴な分類ではございますけれども、ここでわたくしが示したかったことは、ご覧になっていただくとわかるとおり、脅威の性質自体は、グローバルから国内に至るまで、「空間及び領域を横断する性格」を持つようになってきているということでございます。
そして近年の政策も、徐々に国内から二国間、アジア太平洋地域、グローバルへと、「横断する指向」をもつようになってきているということでございます。しかしながら「制度」についてご覧になっていただくと、それは「空間別の縦割り」によって作られているものが多いということでございます。
ここに、安全保障環境は領域横断になっているにもかかわらず、制度自体は空間の縦割りにとどまっているという、「ミスマッチが生じている」ということをまず指摘したいと思います。これが第1の問題でございます。
第2の問題は、21世紀の我が国を取り巻く安全保障の最大の変化といってもよいと思います、中国の台頭に関することでございます。それが我が国の安全保障に、「2つの新しい領域への対応」を迫っているということを申し上げます。
1つは、本委員会でも再三にわたり問題提起があったと了解しております、「グレーゾーン」と呼ばれる事態でございます。
まさにわたしの図で申し上げますと、この「二国間」と「国内」の間。そして事態でいいますと、「平時」と「有事」の間。そして法制度でいえば、「自衛権」と「警察権」の間の切れ目に、我が国の主権を侵害する「重大な事態が生じている」ということは、本委員会の皆さまが共有するところであろうと考えております。
もう1つは、先日の軍事パレード、皆さんご覧になったと思いますけれども、そこでも示された中国の軍事力の急速な拡大が、我が国ひいては周辺国、さらにこの地域に関与する米軍との「軍事バランス」を大きく変化させているということでございます。
特に米軍の地域的関与に関する、これ「拒否力」と呼びますけれども、これが高まっていること。これを専門用語では「A2/AD環境」と呼んだりしますけれども、このこと自体が東アジアの「紛争抑止・紛争対処への方程式」を大きく変化させつつあるということでございます。
以上、申し上げた2つのミスマッチ、あるいは新しいドメインの拡大こそが、「なぜ今日、我が国が確固とした安全保障の法制度を策定しなければならないか」という、重要な根拠だとわたしは考えているわけでございます。
そしてそこには日本の防衛政策にとって、今日、最も重要な「3つの領域への対応」が明確に意識されているわけでございます。
第1は、「グレーゾーン事態への対応」。これは平時と有事の中間領域、そして警察権と自衛権のすき間を埋める対応ということになります。
第2は、これは90年代からの「宿題」であったわけでありますけれども、朝鮮半島や台湾海峡での有事を念頭においた周辺事態、本法律では重要影響事態における日米の共同対処能力の強化。そしてその延長線上にある、集団的自衛権の限定的行使をめぐる問題でございます。
第3は、国際平和協力における自衛隊の役割の「国際標準化」。それを通して日本が世界の平和維持・平和構築で積極的な役割を果たしていくこと、という以上の3つでございます。
この法案自体を見てみると、現在提出されております平和安全保障法案自体はたいへん複雑に構成されておりまして、多くの国民の皆さんには大変わかりにくいものとなっております。
この複雑さをじゅうぶんに単純化できず、国民の理解を得られていないという状況は、率直に言って政府与党の皆さんの努力不足を指摘しないわけにはいきません。
せっかくの機会ですので、外部の有識者という立場で招かれているわたしであれば、「このように整理するのになぁ」という形の視点をいくつか、提示をしてみたいと思います。
本法案はわたしの理解するところ、先ほど申し上げた3つの領域に対して、切れ目のない「シームレスな対応を目指す制度構築の試み」というのが、ひと言で申し上げる、平和安全保障法案の最大の目的だと考えております。
この切れ目のない対応がなぜ必要であるか。それはすでに述べたとおり、安全保障上の脅威が領域横断的であるにもかかわらず、我が国の法制度がじゅうぶんに横断的ではないという問題認識から出ているわけでございます。
ですからこの「シームレス」という概念に対する理解が極めて重要だと考えているわけですが、しかもこのシームレスという概念は、わたしの考えでは以下の4つの領域に及ぶと考えております。
第1は、事態の段階をめぐる考え方でございます。これは「防衛計画の大綱」や、「日米防衛協力のガイドライン」でも示されているわけなんですけれども、「平時から緊急事態までのあらゆる段階で切れ目のない体制整備をすることが重要だ」という、こういう考え方でございます。
しかしながら実際には、グレーゾーンと有事の間、そして低強度紛争と高強度、ハイエンドな紛争との間には、「制度的・能力的な隙間」が厳然として存在しており、これを埋める方策が不可欠であるというのがひとつ目、つまり1番目のシームレスの考え方でございます。
第2番目のシームレスの考え方は、地理的空間に関する概念でございます。先ほど来、申し上げた領域横断的な脅威に対応するためには、我が国はどこまでの地理空間を安全保障上の空間とみなすのか。これはここまで議論、委員会でも議論されたとおりだと思いますが、事態の性質に応じて変化する概念でございます。
かつて、これは周辺事態として想定された「朝鮮半島周辺の地理的区分」ということにとどまらず、21世紀の安全保障環境を考えると、特に海洋安全保障。東シナ海から南シナ海、インド洋、そして中東地域にひろがる広域空間の戦略的重要性は間違いなく高まっており、さらにそういった広域空間であるからこそ、さまざまな形態の国際協力や共同行動に参画する必要性が増したというのが、これが「空間的シームレスの必要性」でございます。
第3の概念は、「アクターの連携」でございます。従来の周辺事態法であれば、その協力相手はアメリカに限定をされておりました。しかし、今般提示されている重要影響事態法案では、後方支援の対象国は、オーストラリア等の友好国を含めるという設計になっております。
これは、仮に朝鮮半島有事で、そうした有事が発生した場合ですけれども、その対応に従事する部隊は、アメリカ以外の多国籍の軍になるということはほぼ確実であります。
その場合、日本が柔軟に後方支援ができる枠組みを整備できるかどうかということは、これから起こりうる朝鮮半島の危機管理や紛争対処においても、わたし自身は必要不可欠と考えているわけでございます。これが第3番目です、「アクターの連携」。
そして最後は「領域横断」ということでございます。特に、先ほど申し上げた中国の拒否力の拡大、〔A2/AD環境〕。さまざまなミサイルや戦闘機、潜水艦などを持っているわけですけれども、こうした環境においてアメリカ軍、そして日米同盟が、中国に対して相対的な優位を確保し続けるためには、実はさまざまな領域に対する、これは宇宙やサイバー空間を含むわけですけれども、これはアメリカの用語で「クロス・ドメイン」といっておりますけれども、クロス・ドメインの領域で協力を深めなければいけない。さまざまな領域をシームレスに担保するということが必要だということでございます。
これが「切れ目のない」ということを言っている4つの領域でございまして、これを正確に使い分けて法案の中にどのように反映させるかということが、たいへん重要だとわたしは考えているわけですけれども、現在提出されている平和安全保障法案は、わたしのレジュメの(2)に示したとおりなんですけれども、たとえば自衛隊法の改正は①と③に対して、そして重要影響事態法案は②に対してといった形で整理することによって、シームレスという切り口から、なぜ現在この法案が重要なのかということが、国民の皆さまに対してよりわかりやすく説明できるのではないかと考えております。
与党及び政府関係者の皆さんにおかれましては、極端な単純化や便宜的な事例紹介にとどまらず、国民にわかりやすく説明する努力を引き続き継続していただきたいと思っております。
最後に、わたしは現在提出されている法案に強く賛同する立場ではありますが、いくつかの苦言を申し上げたいと存じます。最大の苦言は、本国会における議論が、日本国憲法に対して合憲か、違憲かという議論に相当多くの時間が割かれ、「日本の安全保障政策のあり方を問う議論」自体は、充分に展開されてこなかったということでございます。
僭越ながら私見では、平和安全保障法をめぐる最大の論点は、この法案が「シームレスな安全保障体制を確保できているかどうか」ということにあると考えております。しかもその点に関して、わたしは研究者という立場から、現行の提出された法案では「充分ではない」と考えております。これが、「仮に本法案が成立したとしても不断の体制整備が必要だ」と冒頭に申し上げた所以でございます。
絞って3つの論点のみ申し上げます。
第1の論点は先ほど来、申し上げております「グレーゾーン事態への対応」でございます。これは、警察権と自衛権の切れ目を埋める方策ということが焦点となっているわけですけれども、この方法に関しましては、「海上保安庁及び警察の能力の権限拡大」と、「自衛隊による警察権の行使の適用拡大」という、いわば「下から上へ」のアプローチと、「上から下へ」の双方のアプローチがございます。
今回の安保法制では、グレーゾーンに対して「上から下」。つまり、自衛隊の海上警備行動や治安出動の「迅速な閣議決定の手続き」や、平時に活動する米国に対する「武器等防護」というものを当てはめようとしているわけでございます。
当然わたし自身も、海上保安庁のみで対応できない事態に自衛隊の出動を柔軟に担保することは重要だと考えておりますが、他方で、もう一方の「下から上へ」の作用。つまり海上保安庁の権限拡大については、特に海上保安庁法(第)20条。これは警察官職務執行法(第)7条の規定の準用になっておりますけれども、これに事実上がんじがらめになっている「武器使用権限をどうするか」ということの議論については、依然として本国会では欠落したままになっていると考えております。
当該事態に対して海上保安庁の権限の能力を拡大して、警察権、いわば英語でいいますとホワイトホールを拡大するのか、それとも軍事組織を早期に投入する方がいいのか、ということを考えるのは、これは日本が「国家としてエスカレーション管理をどうするのか」ということの戦略にかかわる問題でございまして、この「戦略論」こそが法制度に反映されなければいけないと考えているわけでございます。これが第1点です。
第2の論点は「武力行使の新三要件」として提示された、存立危機事態をめぐる問題でございます。わたしはかねてより、「日本が集団的自衛権の行使を認めることは当然」という立場で議論をしてきました。この観点から昨年の7月の閣議決定において、「武力行使に関する新三要件」として〔我が国と密接な関係にある他国〕を含めたことは画期的であると考えております。
しかしながらその後段であります、〔我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある〕という定義が付加された結果、その行使できる範囲が限定されすぎた、限定することは反対しておりませんが、それが「限定されすぎた」のではないかという懸念をもっているわけでございます。
たとえばこれまでの事例研究でもございましたように、日本以外の他国に向かうミサイルを、日本のイージス艦が迎撃できるかどうかは、この解釈によれば甚だ疑わしいところだと言わざるを得ません。このままの状況では、日米のミサイル防衛に関する共同行動には、重大な支障が生じるという可能性を危惧いたします。
時間がまいりましたので、最後簡単に述べたいと思います。第3は、国際平和協力の改正をめぐる問題でございます。
今回の改正案の焦点となっているのは、PKOの〔参加5原則〕に関して、「受け入れ同意が安定的に維持されていることが確認されている場合、駆けつけ警護を含む任務遂行型の武器の使用」としたということでございます。この方向性自体は、日本のPKO参加を国際標準に合わせていく上で必要不可欠であり、歓迎すべき改正であるというふうに考えております。
しかしながら問題となるのは、その前提となる〔受け入れ同意が安定的に維持されている〕という状況認識そのものでございます。
現代の中東、北アフリカ、西アフリカにおける秩序の不安定化は、しばしば広域に偏在する越境型の武装組織、これが特に組織化されているわけですけれども、こうした組織による破壊活動によってもたらされております。
これは国家の分裂等によって、紛争当事者が固定的に存在していた「90年代のPKOの状況」とは大きく異なるわけでございます。
これらの地域に展開される現代のPKOは、越境型の過激組織のテロ活動や急速な治安等の悪化等のこうした事態の変化にも対応することが求められます。より現代の実態に即した「PKO参画の法的基盤」が今後形成されるということを望みたいと思います。
以上で2分ほど超過して大変失礼いたしましたけれども、わたしの冒頭の発言を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。
(了)
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