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2016年2月20日 (土)

「報道の自由」と「競争の自由」はトレードオフだ

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私は丸川発言を擁護するためにお話しているわけではありません。むしろ丸川氏に対しては、細野氏とは別の意味で批判的です。 

丸川氏は講演の場で発言し、すぐに事実上の撤回をし、謝罪しています。 

こんなにすぐに腰砕けになるようなら、いっそう言わないほうがよろしい。 

ただの民主党批判をチクリとしたいていどならやめたほうがいいし、前政権の政策を問い直すわけですから、環境省内部でしっかりとした議論を尽くして、学界や福島県などにも諮ってからやるべきでした。 

同様に高市氏の放送法発言もそうです。

こういう自由社会の根幹である「報道の自由」に触れるようなテーマは、しっかりとした議論を準備するのが前提で、よくある「保守政治家の信念」みたいなことでやると今回のようなことになります。 

高市氏の場合、「放送倫理という有名無実の空文が現在、機能していますか?」という問いかけを国民にすべきでした。

民放はとうの昔に「報道の中立性」などどこ吹く風なのは、去年の「戦争法案」の極端に偏った報道姿勢でお分かりになったと思います。 

下は民間のある保守系団体による平和安保法制の報道時間調査ですが、極端な偏りが存在するのが分かります。 

TBSとテレ朝しか見ない人にとって、世の中は法案反対しかないと思うでしょうね。

メディアの中立性などは、とうの昔に神話です。

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上のイラストは、メディアのバイアスについて描かれたものですが、沖縄問題などを伝える本土メディアはつねにこの調子です。沖縄地元2紙のスゴサなど知る人ぞ、知るです。

文芸評論家の小川榮太郎氏が代表理事を務める「日本平和学研究所」が、安保審議を取り上げたNHKと民放計6局の報道番組(9月14~18日)に関する調査結果を公表しました。

調査方法は、番組内の街頭インタビューやコメンテーターらの発言を、安保法制への「賛成」「反対」の2つに分類しました。

その結果はいささか衝撃的なものです。Photo_4

●安保法制についての放送時間割合
・テレビ朝日系「報道ステーション」(対象4651秒)・・・反対意見95%
・日本テレビ系「NEWS ZERO」(1259秒)   ・・・同90%
・TBS系「NEWS23」(4109秒)・         ・・・同90%
・フジテレビ系「あしたのニュース」(332秒)    ・・・同78%
・NHK「ニュースウオッチ9」(980秒)        ・・・同68%

あからさまなまでのバイアス報道です。特に報ステの偏向ぶりのすさまじさには、予想された結果ながら、圧倒されます。
ここまで来るとも、もはや一部勢力の宣伝機関といわれても仕方がないでしょう。
この結果を踏まえてこの保守系団体は、フェアネス(公正)を要求しています。
私は基本的には同意しますが、そもそも民放に、「フェアネスドクトリン」など求めるのが、そもそもお門違いだと思っています。

どうぞマスコミは言いたいことを、言いたいようにやればいいのです。 このていどの政権党からのジャブでビビってどうすると思います。

え、報道が「萎縮」しているですって。ご冗談を。

「権力批判」がジャーナリズの高邁な責務と常々高唱しておられる民放の皆さんが、高市発言ていどで「萎縮」するはずがないじゃないですか。

ただし、民放の「報道の自由」が、なにとトレードオフ(※)の関係なのかしっかりと見ることです。 ※トレードオフ 何かを 達成するために別の何かを犠牲にしなければならない関係のこと。

高市氏の「放送法4条で電波はとめられますよ」みたいな言い方では、ただの言論統制になってしまいます。 

いちおう放送法の当該部分をあたっておきましょう。

放送法第2章 放送番組の編集等に関する通則放送番組編成の自由)
第3条 放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。
(国内放送等の放送番組の編集等)
第4条 放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
一 公安及び善良な風俗を害しないこと。
二 政治的に公平であること。
三 報道は事実をまげないですること。
四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

高市氏が言うように、なるほど日本の放送局は免許制であり、国の許可を得て周波数帯の電波の一部を利用させてもらっていて、その代わりに放送法4条を遵守する義務を追っています。

しかし問題はそこからなのです。 

政治的な公平性を欠く報道」などを、国家権力には判定できませんし、するべきではありません。 

それはこの第4条の前の第3条に出てきます。

(放送番組編集の自由)
第三条
 放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。

この第3条どおりにすればいいので、それを後で政府があーでもないこーでもないと言うほうがおかしいのです。

いかなる権力も、本質的に自分の権力に対する批判を好まないものです。 

かつての民主党政権時にも、露骨に言論統制ととれる言葉を、政府や党の要人がひんぱんに口にしていたものです。 

有名なものとしては輿石幹事長の、高市氏などマイルドにみえるようなこんな発言もあります。

「間違った情報ばかり流すなら、電波を止めてしまうぞ!政府は電波を止めることができるんだぞ。電波が止まったら、お前らリストラどころか、給料ももらえず全員首になるんだ」(週刊現代2012年3月17日)

ゴイですね。まるでヤクザですね。この人、山梨で教師やってたんですってね。子供がかわいそうです。

しかしこれが、自民、民主をとわず権力の座に座った人間の本音というべきでしょう。 

ですから、公平・中立の判断権者が時の権力であるかぎり、「政治的公平性」の担保などないに等しいのです。 

極論すれば、公共放送は別にして、民放には統制が及ばないし、その意味で民放の「報道の自由」は第3条に則って完全に保障すべきです。

批判する権利があるのは、唯一、視聴者である国民だけです。

国民のみが「あの報道はおかしい」と発言できる批判する権利があるのであって、判断権者が国であるべきではありません。

先の「放送法遵守を求める」団体も、気持ちはわかりますし、指摘は正当ですが、これでは民間の言論を国家がより強権的に統制してくれと頼んでいることになってしまいます。

国家が言論を統制する余地を残した放送法4条などの前近代的な法律は、抜本的に改正されるべきです。

Photo_5http://www.iza.ne.jp/topics/entertainments/entertainments-6590-m.html

むしろ、問題とすべきは、民放が言論の自由と引き換えに、現在、極端な寡占状態となっている地上波の利権について問いただすべきでした。 

民放の矛盾は、自分は極端に寡占の地上波の既得権益の上にあぐらをかきながら、自分が批判されれば「報道の自由」を言いたてる図々しさです。 

平たく言えば、お上から巨大な利権をもらいながら、反権力のポーズなんかするなよ、ということです。

つまり、放送局は権力から独占的な周波数帯という巨大権益をもらう代わりに、「報道の自由」を棄損しかねてい放送法第4条を受け入れた、というトレードオフの関係にあるのです。

現在の地上波は7局での異常な寡占状況が半世紀以上続いており、このことが正常な価格やコンテンツの競争を妨げています。  

「報道の自由」とこの地上波の寡占による弊害は、本来一対の問題です。 

「報道の自由」を求めたいなら、「競争の自由」という自由主義経済のルールに従うべきなのです。  

現況、わが国で選択できる地上波はわずか7局にすぎません。これほどまでの寡占が維持されているのは先進国ではわが国のみです。  

これに対して米国はどうでしょうか。
※「
米国におけるテレビの今(前編) - KDDI総研(Adobe PDF)」

「2010年3月に米連邦通信委員会(FCC)が発表した全米ブロードバンド計画(NBP)では、2015年までに放送局からの「任意競売」により、120MHzの無線帯域をワイヤレスブロードバンド用に割り当てるという勧告が行われた。捉えようによれば、FCCは、未来はワイヤレスブロードバンドにあると決定し、逆に地上波放送は過去の産業であると決定したように見える」

このように米国では既に放送周波数は、任意競売制に移行しています。  

一方わが国は、総務省によって約30周波数のキャパに、わずか7局という極少の周波数帯に絞られた上に、それを既得権者に対して割り当てるといった社会主義計画経済もどきの方式を未だに堅持しています。  

これが放送法という枠組みで、権力が放送を恣意的に管理できる余地を残してしまいました。 

現在の米国は地上波だけでも30局以上も競合し、視聴者は保守系からリベラル系まで幅広く選択できるようになりました。 

また、動物や自然、宇宙などさまざまなコンテンツが豊富にあります。これが、米国の映像コンテンツ王国の基盤を作っています。  

わが国のような地上波の独占状況下では競争が限定されるために、放送法が要求する「政治的中立」が保持される前提条件そのものが欠落しています。 

そして放送法を監督・規制すべき立場のBPOも、民放連のお手盛り組織にすぎず、中指立ての香山リカ氏が委員にいるようなところです。  

そのためかどうかはわかりませんが、朝日・毎日系のテレ朝、TBSは報道の中立性」など知ったことかとばかりに報ステや報道特集、あるいはNEWS23で左翼バイアスをむき出しにしています。 

一方、読売・産経系の日テレ、フジは遵守精神があるためかどうか、人畜無害のエンタメ局になり下がっているようです。 

もはやこんな形骸化した放送倫理規定など不要であり、新聞なみにスタンスを自由にする代りに、地上波に競争原理を持ち込むべき時です。

テレ朝、TBSがサヨク路線に走るなら、その正反対の米国のFOXのような保守局があってもいいわけです。

視聴者にとっては、コンテンツの自由選択の幅が広がるので大いにけっこうなことです。

民放はそれがお嫌なら、放送法で電波を停止されても怒らないことですね。

付け加えますが、NHKは公共放送として準国営放送として保護されており、もっとも多くの周波数帯割り当てを独占でき、テレビを設置しただけで税金まがいに視聴料を徴収する強力な権利をもっている以上、民放とは根本的に別物です。

したがって、放送法は厳格に適用されるべきですので、念のため。

 

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コメント

いつもブログを拝見しています。

もし、可能であれば、記事にしていただきたいテレビ番組があります。

第11回日本放送文化大賞テレビ番組グランプリと、日本民間放送連盟賞の最優秀賞を、ダブル受賞した作品で、先日、全国放送があったのですが、追加取材をして、また放送します。

日本人みんなが、記憶にとどめておくべき出来事だと思います。内容は、満州からの引き揚げ(特に不法妊娠の被害にあった女性を中心に)に関するものです。

>>山口放送制作
NNNドキュメント'16「奥底の悲しみ」(仮)
2月21日(日)深夜0:55~1:55(22日(月)午前0:55~1:55)
※全国の日本テレビ系列で放送

丸山氏も高市氏も、古くは第一次の頃の安倍総理も、思ってる事を言えそうな時に言いたいから言っているように見えますね。
言いたい事ほど時を選んで理論武装もして根回しもしてから発し、それから論議の末に中間地点なり何処なりに落とし込む。そういう手順をお願いだから踏んで欲しいです。大人なんだから!
放送の自由については、米国人が自由に選んで情報を得る程に思想的に極論に振れたり、ZDFが国営放送なのに恐ろしく偏向していたり、他にも各国色々な問題を抱えたままそれぞれの国の法のもとに運営されています。自国の法には従いながら話し合う自由が日本にはあるのですから、勝手に法を突破してこっちが正しい!とテレビが言う資格はありません。
テレビは地上波を解放して新聞は軽減税を蹴ってからですね。

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